黒の楽団
黒の楽団


●音楽は人の心を動かす
 個々の楽器が出す音が重なり、響き合い、ひとつの壮大な芸術を作り上げている。
 無名の楽団の演奏ということで、聴衆はそれほどの期待をしてはいなかっただろうが、壇上に上がった男女十名の演奏は瞬く間に人々の心を掴んでいた。
 誰もが目を瞑り、ただ演奏だけを聴いている。これほど「仕事」がやりやすい状況もない。
 演奏の中に、新たな音が加わった。それは激しく、強く、鈍くも鋭く、温かくも冷たい。
 何事かと聴衆が目を開け、音のした客席の方へと目を向けると、その辺り一面は血の海と化していた。座席には小さな穴がいくつも開いていて、そこに向けて機関銃が掃射されたことを示していた。
 ――誰がこんなことを?その疑問は、壇上から演奏者たちが逃げ出していたことからわかる。

「悪いが、ちょっと静かにしておいてもらうぜ」
 コンサートが始まる三十分前。楽屋にて。
 「本来の」演奏者たちは既に準備を終え、出番を静かに待っていた。そこに突然、十名の不審な男たちが詰めかけて、あっという間に全員の腕をロープで縛り、猿ぐつわをしてしまった。相手は銃を持っているため、抵抗することもできなかった。
「へぇ、貧乏楽団にしては、いいの使ってるじゃん。こういうのが馴染むんだよなぁ」
 男の内の一人が、近くにあったヴァイオリンを手に取り、軽く鳴らす。いかにも無教養で楽器の演奏なんてできなさそうな男だったが、その演奏は意外にも精緻で技術の高さが伺える。
「まあ、安心してくれよ。同じ音楽仲間を殺しはしないって。ただ、今日のコンサートに覚者が団体で来ているらしいんだよな。音楽のよさもロクにわからないってのに、なんかのコネで前の方のいい席取ってる奴ら。そいつらをやったら、俺たちは退散するからよ」
「おたくらのコンサートは台無しにしちまうけど、きちんと途中までは演奏するから許してくれよな。こう見えて、結構有名なんだ。人呼んで黒の楽団、ってな。覚者に人生狂わされた、哀しき音楽の天才たちのレジスタンス――なんつって」


「全く、ひどい話だよな、音楽をそんなことのために利用するなんて!」
 久方 相馬(nCL2000004)の苛立ちを含んだ言葉に、依頼の概要を聞きに集まった覚者たちも同調した。
「相手はたった十人の憤怒者だ。それに対して襲われた覚者は三人。普通に真正面からぶつかったら、少なくとも負けるはずはなかったんだけどな……まさかコンサートにやってきて、その演奏者が襲ってくるだなんて思わないよな」
 襲われた覚者はファイヴ所属の者ではなかったようだが、相馬はそうフォローを入れる。いずれにせよ、相馬が人を死ぬ夢を見てしまった以上は、その相手を助けなければならない。そこに覚者も一般人も、善人も悪人も関係はない。
「事件が起きるコンサート会場の場所はわかってる。みんなには、連中……黒の楽団だっけ、そいつらがコンサート会場に入り込む前に取り押さえてもらいたいんだ。コンサート会場に入り込まれてからじゃ、本当の楽団の人を人質にされて厄介なことになる。一人も取り逃すことなく、捕まえてもらいたいんだ」
 覚者たちは強くうなずき、相馬に背を向ける。すると、その背中に彼の声がかけられた。
「そうそう、無事に奴らを取り押さえられたら、コンサートを楽しんできてもいいんじゃないか? 夢には見なかったけど、念のためのコンサート会場の警備、ってことでさ。正直な話、会場がいっぱいになるほど有名な楽団のコンサートじゃないから、当日券もあると思うぜ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:今生康宏
■成功条件
1.憤怒者たちの無力化
2.なし
3.なし
OPをご覧いただき、ありがとうございます。今生康宏です。
今回の任務は、楽団に扮した憤怒者を討伐するというものです。

●討伐対象:黒の楽団(憤怒者×10)
 「黒の楽団」と名乗る、音楽を得意とする若者たちによる憤怒者集団です。すばらしい音楽を演奏し、それに魅了されている内に覚者を襲撃する、という冗談なのか本気なのかわからない活動を行っていますが、OPにあるように、意外に油断ならない相手です。
 楽団に扮しているだけあり、楽器のケースを持ち歩いていますが、中に楽器は入っておらず、銃やナイフといった武器が入っており、楽器は既にコンサート会場に運び込まれていたものを使用して演奏しています。私物ではない楽器で人の心を動かせる演奏ができる辺り、演奏技術はいずれも非常に高いようです。
 装備、役割の打ち明けとしては、二名がナイフを所持する前衛(男性)、四名がアサルトライフルを装備した中衛(男性)、残り四名がマシンガンを装備した後衛(男性二名、女性二名)です。基本的にこの陣形は崩さず、前衛以外は可能な限り覚者への接近を避け、遠距離からの銃撃で倒そうとしてきます。
 特殊な武器の入手経路を持っているのか、どれも大火力の武器であり、覚者といえども攻撃を集中させられると危険です。
 また、今回の依頼はコンサート会場への移動中の彼らを、覚者たちが奇襲するという形であり、彼らにとっては不本意な状況での戦いなので、相手は不利を悟れば逃げ出し、本来の目的であるコンサート会場を奪取、人質を盾に覚者に抵抗をさせないようにします。
 彼らは自分よりも音楽の才能がないのに、覚者であるというだけで成功した音楽家やアイドルに強い恨みを抱いており、覚者はどんなことをして殺してもいい、と平気で思っています。説得は不可能に近いばかりか、話し合おうという姿勢を見せただけで、倒しやすい相手だと判断されて集中攻撃を受けかねません。単純に倒すべき敵であると判断されても問題はありません。

 コンサート会場があるのはあまり人口の多くないベッドタウンであり、周囲の家屋には日中、ほとんど人はいません。戦闘が大規模なものになっても、それに気づく一般人はまずいないことでしょう。
 コンサートは妖や無法者の存在を考慮し、午後三時からという早めの時間から開かれます。「黒の楽団」は午後二時ぐらいにコンサート会場への移動を開始します。会場への経路はいくつもありますが、彼らが選んだのは人通りの少ない道のため、戦闘中に一般人が通りかかる可能性はありません。道幅は二台の普通車がすれ違えるほどで、周囲は日中無人の家屋ばかりです。あまり入り組んではおらず、相手に土地勘がある訳でもないので、特別な備えやスキルがなくても戦闘や追跡が困難になることはないでしょう。
 覚者たちが到着するのは、ぎりぎり「黒の楽団」に追いつけるぐらいの時刻のため、あらかじめコンサート会場側に襲撃があるかもしれないことを告げておく、コンサート会場の近くに待ち伏せる、といったことはできません。そういったことをしたい場合は班分けをし、戦闘と同時並行的に進める必要があります。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年09月22日

■メイン参加者 8人■

『アフェッツオーソは触れられない』
御巫・夜一(CL2000867)
『ブラッドオレンジ』
渡慶次・駆(CL2000350)
『弦操りの強者』
黒崎 ヤマト(CL2001083)
『瑞光の使徒”エル・モ・ラーラ”』
新田・茂良(CL2000146)

●黒の序曲
 「黒の楽団」はその名の通り、黒いスーツに身を包む楽団だ。楽団といえば、普通はそうなのだろうが、全員が全員「仕事」の時はそれを着て行動するのだから、見た目は若いマフィアのようにも見える。とはいえ、彼らの顔を見れば、それは至極普通の二十代の若者たちだ。そして、彼らは二十代の若者として普通の雑談をしながら、これから「仕事」をする会場へと向かっている。二十代の若者として普通である軽い調子で。
「呑気なもんだな。今からやることは、そんな調子でやれるって訳かい」
 『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)が吐き捨てるように言った。話し合いが通用しない相手だということはわかっている。既に彼は覚醒して若き日の姿を取り戻しており、臨戦態勢だ。
「駆さん、さっさと行きましょ。ああいう手合をいつまでものさばらせておく義理もないわ」
 『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)も抜刀し、移動中の彼らを奇襲するつもりでいる。相手は武装しているとはいえ一般人。それに、今は楽団員に偽装しているため、すぐに武器を取り出すこともできない。機先を制することさえできれば、そのまま押し込むことができるはずだ。
「正直、憤怒者と言っても、一般人を攻撃するのはイヤなんだよな……。でも、それが必要なことなら、オレはやるぜ!」
 『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)はギターを握りしめながら言った。相手は管弦楽の演奏家だが、同じ音楽の世界を生きる者として思うところがあるようだ。
「では、行きましょう。あまり時間を無駄にもできません」
 最後に『菊花羅刹』九鬼 菊(CL2000999)が言ったのを合図のようにして、覚者たちは一斉に走り寄る。前衛を務めるのはこの四人だ。相手は強力な銃器を持っているが、だからこそ、一気に攻め込んで無力化を狙う。
「覚者か!? くそっ、俺たちの計画がバレてたのか……!」
 油断しているように見えていて、相手もそれなりの警戒をしていたのだろう。尋常ではない足音に振り返り、それぞれが楽器ケースから武器を取り出す。だが、対処は間に合わない。
「何も命までは取られねぇよ。ま、お前らに気合が足りなかったら、どうなるかわかんねぇけどな!」
「同じく、とりあえず殺さない程度にやらせてもらうわ。あと、私は酒々井数多、覚者でアイドルです☆」
 なんとか前衛の役割を担う楽団員が前に出れたが、それぞれ、駆と数多の攻撃を受ける。手加減はしているが、覚者の攻撃を正面から受けて平気な一般人はいない。当然、早くも戦闘不能に陥る。
「ちっ、おい! 絶対に覚者には近寄るな! 距離を取りながら撃ちまくれ!」
 楽団のリーダー格が指示を出し、自身もライフルを発砲しつつ中衛に位置取った。
「奇襲を受けても、すぐに立て直して冷静に対処できるか……一般人の身で覚者を相手取るだけはある、っていうことだな」
 戦闘班で唯一回復スキルを持つ『アフェッツオーソは触れられない』御巫・夜一(CL2000867)は、後衛で戦局を見極めつつ、回復を担当する。少し引いた視点から見てみると、相手の動きも決してただの若者たちのそれではなく、個々の能力で大きく劣る相手と戦うための戦略を理解しているものだとわかる。
「銃の狙いも悪くはないようだな。しかし、素人は素人だ」
 赤坂・仁(CL2000426)は覚者となる以前から武器を握っていた者として、厳しく憤怒者たちを見つめる。そして、見事な狙いで敵後衛を狙う銃撃を繰り出した。


「突然の事で申し訳ありません。僕達は憤怒者のグループがこの会場に襲撃をかけてくる事を伝えに参りました。無事にコンサートを終らせる為にも、会場運営の方々の協力が不可欠です。ご助力お願いします!」
 黒の楽団の足止めを仲間たちに任せ、『瑞光の使徒”エル・モ・ラーラ”』新田・茂良(CL2000146)たちはいち早くコンサート会場へと向かい、これから起ころうとする事件を関係者へと伝える役目を遂行していた。一応は警備員がいるが、彼らが黒の楽団を止められるとは思えない。さすがに彼らもただの一般人を撃ちはしないだろうが、実銃で脅されれば道を開けざるを得ないことだろう。茂良は羽を動かして覚者であることをアピールしつつ、まずは警備員から話しを通していく。
「その羽……本物の覚者の方ですね。わかりました、中へお通しします」
 覚者である。それだけで見た目は幼い少年である茂良が信頼され、尊敬され、大の大人にも丁重に扱われる。……黒の楽団は、こういった覚者の特別扱いを幾度となく見てきて、実際にそれによって自らの夢を潰されたのだろうか。そして、後の自分の人生を全て捨て、彼らを殺そうとするほど強い憎しみを覚えたのだろうか……。
「俺は扉とかの施錠を手伝います! 俺と、俺の仲間たちが奴らは止めるつもりですけど、もしもの時のための時間稼ぎにはなるはずなんで!」
 『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)も、持ち前の身軽さで会場側に回っていた。関係者の説得は、それを有利にさせる能力を持った茂良に任せ、彼自身は会場の封鎖後、黒の楽団の侵入を防ぐ役目を担う。仲間たちがよくやってくれているはずだが、数人は逃げ出してしまうかもしれない。それを警戒するのが彼の仕事だ。
 すぐに別の警備員がやってきて、奏空と手分けをして会場の施錠作業が進められる。一方で、茂良は会場の責任者、そして今回、黒の楽団によって狙われている観客の覚者へと話を通すのを急いだ。
 一般人への説明は、彼のワーズ・ワースの能力も相まって滞りなく進む。問題は覚者の方で、大声を上げることはなかった、自分たちの命が狙われていると聞いて、さすがにぎょっとした。
「彼らは僕の仲間が対処中です。一般人の皆様には他言無用でお願いします」
「そ、そうは言われてもな……お、俺たちだけでも外に出た方がいいんじゃないか? そしたら、会場の人に迷惑はかからないし……」
「仲間が人数の上では劣っているので、万が一、会場への接近を許してしまう可能性もあります。ひとまずは、僕らを信頼してここで待っていてもらえませんか?」
「いや、でもな……」
 相手は高校生ぐらいの男女三名だ。同じ覚者の、しかも年下に守られるというのはバツが悪いのか、協力したがっている。
「大丈夫です。こちらはこういったことに慣れていますので」
 最後は少し強引に言い聞かせて、会場を飛び出した。こちらの対処にあまり時間をかけたくはない。仲間は今も戦っているはずだし、もしも逃走者が出ていれば、奏空が一人で応戦しているはずだ。彼の無事を祈りながら、茂良は文字通りに飛んで行った。すると、とりあえず敵はまだ来ていないようだ。
「お待たせしました。こちらはもう大丈夫です」
「それはよかった。じゃあ、みんなに追いつけるように走ろっか! 挟み撃ちにできたら、逃げられる心配もないし」
「はい!」
 二人の少年が走り出す。しかし、そこからほど近いところで戦う覚者たちもまた、全力で走っていた。

●終止符
「えっ、ちょっと、逃げるなよー!」
 ヤマトは走りつつ叫び、火柱を放った。だが、相手はすぐ近くに上がる炎も意に介さず、全力で逃げる。脱兎のごとく、とはこのことだ。
 会場班がもしもの場合に備えて対処している間、戦闘班は黒の楽団を「傷めつけ過ぎない程度に」攻撃していた。会場側の安全確保ができるまでは、相手を倒すことよりも、足止めして時間を稼ぐことの方が大切だ。下手に攻め過ぎてしまって、相手に逃走されてしまってはまずいことになる。
 だが、相手は臆病。あるいは慎重だったのだろう。前衛があっという間に打ち倒されてしまったことから不利を悟り、撤退戦の様相を呈してきた。そして今、中衛に更に欠員が出たことにより、完全な逃走を決めたようだ。
「僕らが来た時点で策は破綻……逃げを打つというのは正しい判断ではあると思いますが、面倒ですね」
 菊も武器を手に走りながら、悔しそうに言い捨てる。相手は逃げながらも、定期的に後ろを向いて銃撃を加えてくる。多少は被弾したところで大したことはないし、夜一の回復もあるのでゴリ押せはするのだが、あくまで遠距離攻撃のできる者が牽制気味に攻撃を繰り出しつつ、追跡に務める。実際のところ、覚者たちは相手を追跡しながらも、それほど悪い状況だとは考えていなかった。
 確かに今、彼らは倒すべき相手に逃げられ、それに追撃を与えることも難しい状況にある。だが、彼らが戦う裏で別の大切な役目を果たしてくれていた仲間は、もうそれを終えて、自分たちの応援へと向かってくれているだろう。その確信があった。
 ならば、敵は逃げているのではなく、その仲間の方へと近づいていっていることになる。なら、今の自分たちは魚を獲るための網へと魚を追い込んでいるようなものだ。不利などころか、確実な勝利へと接近している。
 先頭、役割としては後衛の憤怒者が足を止める。それ以上の接近は危険だと判断したのだ。
「なんとか間に合った……って感じでもなかったかな。むしろ、いい感じに挟み撃ちができた感じ?」
 奏空が飛苦無を手に持ちつつ、仲間たちに手を挙げる。
「その様子だと、会場側はもう安心みてぇだな。つまり、お前はいよいよもって八方塞がりって訳だ」
 駆は油断なく武器を構えつつも、黒の楽団に語りかける。降伏勧告のようなものだ。
「今更、俺達が覚者相手に大人しく捕まるとでも思うか?」
「それが憤怒者の矜持、といったところか……。ならば、血を見てもらうしかないな」
 仁は躊躇なく機関銃の銃口を憤怒者たちに向ける。覚悟のある相手に対して、手加減をする必要はないだろう。
「血を吐くような練習をした末に、今の身分に流れ着いたんだ。今更、そんなもんを怖がる訳もないだろ? まずは前だ! 人数が少ない方を叩いて、包囲を崩すぞ!」
 黒の教団も、それぞれの銃を構え直して、正面……茂良と奏空の方へと射線を集中させた。激しい砲火が二人を包むが、当然、それを黙って見過ごす覚者ではない。
「オレだってバンドやってるけどさ、アンタらのやってるようなことのために、音楽はないだろ!? 結局、アンタたちの音楽への思いってのは、簡単に悪用できるようなものなのかよ!?」
 怒りと共に叫びながら、ヤマトが火柱を上げる。二人を狙う後衛の銃弾を、そして銃自体まで炎が溶かしていく。銃を失った相手はすぐに懐に隠していたナイフを抜いたが、奏空がそれに応戦した。
「俺たちだって、道は探した! でもな、華やかな舞台は覚者でいっぱいで、何の能力もない一般人は足をかけることすらできないんだよ! お前ら覚者は、なんで妖を倒すだけの身分で満足してくれないんだ!? 俺たちはそれには間違いなく感謝しているのに、どうして俺たちの世界にまで侵略してくるんだよ!?」
「覚者にも色々いるということだ。戦えない覚者もいて、彼らは人とは違う自分のことを恐れ、追い詰められている。そんな弱者にも居場所を作るのが、人間の社会というものではないのか? ――工藤、無事か? 今、癒やす!」
「ありがとう、御巫さん。まだやれるよ!」
 別同班には前衛が不足している。その穴を塞ぐため、乱戦の中、面接着を持つ数多は民家の塀を経由して、敵後衛の前に降り立った。
「いい加減、遠くからこそこそ撃たれるのに嫌気が差してたのよね。遠巻きに撃つことしかできないなんて、やっぱり覚者が怖いの?」
「ええ、怖いわよ! あんたたちなんて、見た目は人間だけど、化物も同然よ! だからこそ、妖なんかの相手もできるんだわ」
「恐れられるのも、当然なのかもしれません。でも、僕たちは生きていかないと、いけないんです」
 相手の女性の言葉に、茂良は悲しげに答える。前衛が補強されたことで、相手は両面から力押しで挟み込まれるような形になった。追い詰められた状況で相手は死に物狂いで銃に火を噴かせ、それが失われればナイフ、あるいは徒手空拳で迫ってくる。しかし、覚者にその怒りの拳が届くことはない。
「終いだ。それ以上来られたら、こっちも本気で殺すことになっちまう」
 駆がリーダー格の男の腕を掴み、それをあらぬ方向へと折り曲げる。ごぎり、と嫌な音がして、男の顔は苦痛に歪んだ。
「は、はは……。こっちは殺す気でいた。本気で全員をこの銃でひき肉に変えるつもりでいたんだ。なのに、なんだ? こっちの武器はお前らがほんの少し体を動かすだけで壊されて、ちょっと力を加えるだけで、骨まで簡単に折られる。俺たちは、何と戦ってたんだ?」
「覚者ですよ。それを化物と呼ぶ者はいるでしょう。しかし、そんな化物が覚者です」
「そうだな、とんでもない化物だ、覚者ってのは。こんなのと競い合って、勝てるはずがないよな。音楽でも、力でも。俺たちはただ、覚者に守られて、覚者に道を譲るしかないんだ。命を守ってもらってるんだから、感謝をして、喜んで、な……」
 男は力なく笑う。笑い、笑って、心が壊れてしまったかのように笑うものだから、既に取り押さえられている他の楽団員が本気で心配そうな顔をしたほどだ。
「あの、さ。もしよかったら、全部終えた後、俺たちにお兄さんたちの演奏、聞かせてもらえませんか? あっ、腕、折れちゃったのですぐには無理だと思いますけど、それもしっかり治して……」
 奏空が言うと、男は笑うのをぴたりとやめて、しかし、自嘲するような表情になった。
「覚者に演奏、か。おい、そこの赤髪の。お前、音楽やってるんだってな」
「あ、ああ、そうだよ! 今はまだ、アンタたちより技術はないけどな、いつかは――」
「そんな話じゃない。――それ、本気でやってるつもりか?」
「もちろん! 覚者だから優遇してもらえるだろ、とか、そんなの考えてねぇよ! オレはオレの力でミュージシャンを目指すんだ!」
「……そうか。どっかの誰かと被るよな、そういうの」
 男が言うと、他の楽団員が苦笑した。今は黒の楽団と名乗る彼らは、誰もが十代の頃は、ヤマトと同じように音楽の世界に憧れる少年たちだった。音楽に全てを賭けて、全てを燃やし尽くしたからこそ、今はこうして黒い炭の塊のようになり、暗い情熱を燃やすことしかできないのかもしれない。
「俺たちは覚者が嫌いだ。そのせいで、ただでさえ狭かった芸能の世界の登竜門が、狭められるようになった。そのことはこれからも、恨み続けると思う」
「その気持ちはわからないでもない。俺たちは今回は、お前たちの起こす事件を止め、捕縛するように依頼されただけだ。その気持ちまで変えろとは言わない」
 夜一が言うと、リーダーはそれに苦笑を漏らす。
「それはお互い、面倒がなくてよかった。でもな、もう一度社会に出たら、こんなことはやめるだろうよ。今までは運がよかったのか、上手くやれてきたが、お前らみたいなのに出くわしたら、命がいくつあっても足りない。一つしかないこの命、適当な使い道を見つけるよ」
「そうだな、それが賢明というものだろう。……その内、自分のように自身が覚者となるかもしれないしな」
 仁は小声で言って、リーダーの捕縛を始めた。腕が折れ、抵抗をする様子も見られないが、相手が殺人未遂犯であることには変わらない。
 リーダーと同意見なのか、他の楽団員も抵抗することなく、大人しく拘束を受ける。後は、然るべき相手が彼らを連れて行くことだろう。口ぶりからすると、既に殺人も犯しているらしい。どのような裁きが下るのかはわからないが――。
「とりあえず、大事にならなくて済んだわね。茂良君たちのお陰ってところかしら。あっ、でもこの後、コンサート会場にはまた連絡に行かないといけないのよね?」
「そうですね。コンサートを楽しみに待っている皆さんがいますし、今回狙われていた覚者たちも、不安に思っているはずなので、安心させてあげないと」
「じゃあ、また俺たちで行こっか、新田君。残りのみんなはこの場でいてもらった方がいいだろうし」
 茂良と奏空がまた会場へと取って返そうとした時、またあのリーダーの男が口を開いた。
「今更、俺たちが逃げ出したりするかよ。最低限の人間だけ残して、ついでにコンサートを楽しんできたらいい。俺たちが演奏できるようになるのは当分先なんだ。それまでにクラシックを聴く耳を鍛えておいてもらわないと、演奏しがいがない。……ま、一生、演奏する機会なんて来ないかもしれないけどな」
「粋なことを言っているつもりのようですが、僕は残りますよ。貴方以外の仲間への傷は最小限に留めたんです、逃げるだけの体力は残っているはずですから」
「そういうことなら、俺も残ろうか。クラシックなんて俺にゃ似合わないからな」
「自分も現場の後処理に残ろう。たまには音楽も悪くはないと思うが」
 菊、駆、仁はその場に残り、後の仲間を送り出した。その後、黒の楽団と覚者たちは言葉を交わすことはなかったが、リーダーの言葉通りに暴れたり、逃げ出したりすることはなく、奇妙な沈黙だけがあった。
「やっと、俺たちの青臭い夢にピリオドが打たれたのかもな。ま、こういう幕切れもありか」
 最後にリーダーはそう言って、連行されていったという。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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