≪猟犬架刑≫薔薇は、死の囁きに誘われ
≪猟犬架刑≫薔薇は、死の囁きに誘われ


●手招くうたごえ
 ――教会に行った女はね、そこで男が横たわっているのを見たんだよ。それは顔に蛆虫が這いずり回る、腐った男の死体だったんだ。
 私も死んだらこうなるのか――そう尋ねた女に、牧師はこう答えたのさ。
『そうですよ。あなたも死んだら、こうなるのです』

 ――ああ、これはわらべうただと少女は思った。分厚いカーテンに覆われた部屋で、うとうとと微睡んでいた時、招いても居ないと言うのにそのひとは目の前に立っていた。
「……腐った男の死体は見せられないけれど、彼は死んでいたんだ」
 漆黒の外套を纏った彼は、まるで死神のよう。その何処か楽しそうにうたう唇は、少女に逃れられぬ現実を突き付けることとなった。
(お父さん)
 もし自分と連絡が取れなくなった時は、約束の場所に向かいなさい――その伝言通り父親が行方不明になり、少女が此処で息を潜めるようになってから暫く経つ。そうして幾つもの昼と夜を繰り返す内に、幼い彼女にも段々状況が呑み込めて来た。
(お父さんは、死んだんだ)
 ――そして、お父さんの『同士』だと言うひとも恐らくは。既に夢と現の区別も曖昧になってきた少女だったが、そう実感すると瞳からはぽろぽろと涙が零れて止まらなくなった。
「ああ、泣かなくてもいいよ。みんなね、死ねば一緒になれるんだから」
 目の前のひとの言葉は、何故だか優しい。みんな一緒だと、死の前には全てが平等になるのだと、言っていることはよく分からない所もあったけれど――それは奇妙な程に、少女の心を安らぎで満たしていく。
「ねえ、お父さんの所に連れて行ってあげる」
 手を差し伸べたひとが、その時ほんの微かに――カーテンから仄かに零れる、夜明け前の光を見遣った気がしたけれど、それも些細なことだ。
「うん。一緒になれるなら、それで」
 しゃらん、と立ち上がった少女の首元で揺れたのは、薔薇と六芒星が組み合わさった金細工の首飾り。お父さんがくれた大切なもので、同じものを持つひとは『同士』なのだと言っていたけれど――それはもう、少女を此岸に繋ぎとめる鎖にはならなかった。
「さよなら――『薔薇の隠者』」
 ――そして花は、またひとつ手折られる。

●月茨の夢見は語る
 先日F.i.V.E.が遭遇した『バスカヴィルの猟犬』――七星剣に連なる彼の存在は、巽と言う破綻者の男を始末する為に動いていた。
「その猟犬の足取りが、うっすらとだけど掴めたの。場所は山間の森、其処に建てられた別荘のひとつ……猟犬は其処で、今度は幼い女の子を始末しようとしてる」
 痛みに耐えるような顔で『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)はそう言って、そのままぎゅっと拳を握りしめる。その女の子の名前は星羅――小学校にあがりたての、巽の娘のようだ。猟犬によって命を絶たれた巽が最後まで案じていた存在が、今度は父親の後を追うように殺されてしまう――それだけは何としてでも止めて欲しいと、瞑夜は訴えた。
「猟犬が星羅ちゃんの居場所を突き止めるのは、丁度夜明け前。どうやら星羅ちゃんはお父さんの言いつけで別荘に隠れていたみたいなんだけど……お父さんが死んだこと、そして助けてくれるひとも居ないことを知って、生きる望みを失ってしまうみたいなの」
 死を願うまでの絶望を、かつて抱いたことのある瞑夜は、その心境を容易に想像出来たらしい。結果、自ら進んで猟犬の手にかかってしまうのだが、直前に別荘に踏み込んでふたりの間に割って入れば、惨劇は阻止できると瞑夜は言った。
「原因は分からないけれど、猟犬の活動には制限時間があるみたいなの。みんなが猟犬を相手にして、一定時間持ちこたえられれば……タイムリミットを迎えた猟犬は撤退する」
 詳細は不明だが、何らかの行動で時間を短くすることも可能かもしれない――しかし、猟犬に挑んだ者が悉く蹂躙されている過去も踏まえて、戦闘そのものを疎かにすることがあっては危険だと念を押す。
「あと、気をつけて欲しいのが星羅ちゃんのこと。基本はみんなが間に立ち塞がることで守れるんだけれど、彼女はみんなのことを良く知らないし、信頼していいのかも分かっていない状態だから」
 それに加え、少女は猟犬から父親の死を告げられて絶望しきっている。死ねば父親と一緒に居られると、甘い誘いに心を揺さぶられている状態なのだ。だからどうか、星羅に生きる希望を与え、自ら死地へ赴かせることの無いようにして欲しいと瞑夜は訴えた。
「夢見では……『薔薇の隠者』と言う言葉が聞こえた。巽さんも最期にその言葉を残していたし、上手くいけば星羅ちゃんを通してその真実に迫れるかもしれない」
 ――そしてそれは、猟犬の足取りを追う手がかりにも通じるはずだ。それでも先ずは、どうか少女の未来を守って欲しいと、瞑夜は最後に深呼吸をしてからそっと頭を下げた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:柚烏
■成功条件
1.猟犬との戦いを一定ターン持ちこたえる
2.星羅を猟犬に殺させない
3.なし
 柚烏と申します。七星剣の猟犬、彼と対峙する二度目の夜がやって来ました。どうか無事に、惨劇の夜を越えて下さい。
※この依頼は『≪猟犬架刑≫それは、残酷な月が招く夜』にて『薔薇の聖印』を入手した三島 柾(CL2001148)さんに優先参加がついています。
(ただし優先効果はオープニング公開日翌日昼12時までに予約をした場合に限ります)

●バスカヴィルの猟犬
七星剣の元で暗躍し、特定の人物の殺害に動いている存在です。おそらくは男性だと思われますが、詳細は未だ謎です。得物は槍、前回の戦いでは基本的な体術を使用してきましたが、今回はどう動くか不明です。
※任務に忠実に動くようで、今回の彼の目的は星羅の殺害です。
※どうやら今回は、活動に制限時間があるようです。その為一定ターンが経過すると、戦場から撤退します。

●星羅
前回猟犬によって殺された、破綻者・巽の娘です。翼人×水行の能力者ですが、戦う力はありません。
小学校にあがりたての女の子ですが、年齢よりも聡明なところがあるようです。現在、生前の父親の言いつけにより別荘に隠れ住んでいましたが、ひとりきりの生活に追い詰められて、心が折れかかっている状態です。
父親から贈られた金の首飾りをお守りにしています。

●今回の戦闘についての補足
・覚者全員が猟犬と星羅の間に立ちはだかっている状態であれば、星羅は猟犬から攻撃を受けません。
・ただし、星羅が自分から戦場に近づく・星羅を連れて戦場を離脱しようとした場合、星羅は猟犬の攻撃射程に入ったと言う扱いになり、標的となり攻撃を受けます。

●星羅の説得について
・彼女は父親を失ったことを突き付けられ、生きる希望を失いかけています。ひとりきりで生きるよりは、死んで父親と一緒になりたいと思っています。その為、死を与えると言う猟犬に救いすら求めている状態です。
・彼女に適切な言葉をかけてやることで、死への望みを断ち切り、戦場に飛び出すのを止めることが出来ます。しかし突如現れた皆さんが何者なのか、信用出来るのかも判断がつかない状態なので、説得の言葉は慎重に選ぶ必要があります。不用意な発言は逆効果になる恐れもありますので、注意してください。

●薔薇の聖印について
このアクセサリを装備している場合に限り、星羅への説得にボーナスが付きます。戦い後の情報収集などもスムーズに行えるでしょう。
※ただし、アイテムが無い状態で巽の名前を出したり、聖印について触れたりすれば、逆に不信感を抱かれます。
※アイテムがあれば有利にはなりますが、ないと駄目と言う訳ではありません。もっと重要なのはプレイングです。

●戦場など
時刻は夜明け前の暗いころ、場所は山中にある別荘です。星羅が隠れ住んでいたので、灯りもつけておらず窓はカーテンで覆われています。別荘に突入し、星羅を殺害しようとしている猟犬と対峙した直後から始まります。

 難易度相応の判定を行うと思います。その為、不用意な行動、言葉ひとつが危機を招く可能性もあります。戦闘方針は具体的に、また戦いに抱く覚悟の強さも関わってきますので、死へ抗う強さを示して頂ければと思います。それではよろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年05月26日

■メイン参加者 8人■

『Queue』
クー・ルルーヴ(CL2000403)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『偽弱者(はすらー)』
橡・槐(CL2000732)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)

●死の影を払う者たち
 夜明け前が一番暗い――そんな言葉がふと脳裏をよぎった。山間の森は未だ深い眠りに支配され、其処にひっそりと佇む隠れ家には、招かざる客の訪問を受けた少女がひとり。
(死んだ方がいいってまで思うのは、どれだけ絶望してるんだろうな)
 その気持ちは、そう簡単に理解出来るものではないと『一級ムードメーカー』成瀬 翔(CL2000063)は思う。だから翔は自分に何ができるか、何をしてやれるか――それだけを考えて別荘に踏み込んだ。
「……の前に、猟犬から星羅を守り抜くっ!」
 けれど先ずやるべきことは、少女――星羅の命を他人の好きにさせないことだ。夜明けを前に、分厚いカーテンに覆われた室内では、ふたつの影が絵画のように向き合っていて。暗視で問題なく周囲の状況を確認した翔は、直ぐにふたりの間に割って入る。
(彼女が一人になったのは、クーの落ち度です)
 続く、燐光を纏う小柄な影――『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は、緩慢に視線を巡らせた星羅の姿を見て、微かに心をざわめかせたようだった。自分は抜け殻のようになった彼女に、何かを重ねているのだろうか。ならばこれは感傷なのだとクーは冷静に捉えつつも、以前救えなかった命を思って瞳を伏せた。
(クーが、私が止めていたならば……)
 ――その言葉はしかし、胸中の底に沈めて。一方で『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は、凛とした佇まいで星羅の前に立つ。
(……『薔薇の隠者』か。小さな子供でさえ、こんな手練れを差し向けて確実な抹殺を狙うほどの何かがあるという事)
 術符を構えた冬佳が目配せをするのは、『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)――星羅を任せる、と告げたまなざしに彼が頷いたのを確認して、冬佳はその二つ名の如く涼やかな声で以て告げた。
「それ以上に『彼』に託されたこの子は、何としても護り切りましょう」
「へぇ……確か君たち、前にも会ったね」
 と、其処で猟犬は、突如現れた者たちの正体に合点がいったらしい。黒衣の下で、くすくすと笑う声が響いて――偶然にしては出来過ぎな今の状況に、彼は面白そうに肩を震わせる。
「死ねば一緒になれる……全くの戯言ですね、言っていて恥ずかしくないのでせうか」
 しかし、『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)は冷水のような言葉を浴びせ、酔っ払いの寝言としては相応しいと言えますと鼻を鳴らした。
「……『人間元来一人で生まれて一人で死んでいく』のですよ」
「僕は、概ね死が平等だという事に異論はないが。死んだら、皆一緒だなんてのは死んだことのない奴の世迷言だぞ」
 深淵を覗き込むような、底知れぬ光を灰の瞳に宿した深緋・幽霊男(CL2001229)は続ける――死んだ人間の行く場所は、生きている人間が決めるのだと。
「戯言、世迷言……君たちはそう断じるわけだ。でも、何が正しいかなんて、結局誰にも分からないからね」
 然程、問答には興味を示さない猟犬と仲間たちが睨み合う間、柾は星羅へ向けて薔薇と六芒星の首飾りを取り出していた。
「すまない、驚かせて。俺は三島柾。お前は巽の娘の星羅だよな……これはお前の父から、今際の際に託されたものだ」
 ――ああ、と、自分の首にもかかる聖印を目にした星羅の瞳が見開かれ、大粒の涙が頬を伝う。猟犬の影響で破綻者となった巽、そして彼を追う猟犬を止める為、自分たちは父親が亡くなった場所に居た――静かに父親の最期を語る柾を、星羅は受け入れざるを得なかった。
「その、首飾り……お父さんの。やっぱり、本当に」
「しかしお前の父は、巽は破綻者となりながらも、必死に生きようとしていた」
 なんで、と力無い声で呟く星羅の手を取り、確りと目を合わせて、柾はきっぱりと告げる。
「まだ果たさなければならない事が、守らねばならない者が居たからだ」
 タンと靴音高く、その時『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が地を蹴った。狐面の下の素顔は分からない――けれど彼女は、恐らく笑っていたのだろう。
「ハロー! 日本の脅威とやら、私情で話をしようよ」
 挨拶代わりに大太刀を翻し、その切っ先を猟犬に突き付けて零は言う。――自分も七星剣だったのだと。
「端っこだったから、貴方みたいなのとは会えなかったけどね。だから親しみを込めて、先輩☆ って呼んでいいカナ?」
 ――その言葉の端に滲むのは、純粋に戦いを楽しもうとする狂喜と狂気。そんな零と共に『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)もまた、緋の太刀を構えて猟犬と向き合った。
「死後の世界を語るなんて、やけにロマンチストじゃない? ……今度は簡単に負けないわよ」
 櫻火真陰流、酒々井数多――高らかに名乗りを上げた少女は灼熱の炎を滾らせ、名乗りなさいと猟犬を真っ向から見据える。
「僕は七星剣の犬だよ。皆は僕のことを『バスカヴィルの猟犬』と呼ぶね」
 犬は犬だと、それ以上のことは不要とばかりに、猟犬は禍々しい槍を手に、行く手を阻む覚者たちに牙を剥いた。
 ――彼らはこの夜を終わらせる。乗り越えた先にはきっと、眩い夜明けが待っている筈だから。

●花散らす猟犬
(開け……っ!)
 開幕と同時、部屋のカーテンを開けようと動いたのは翔だった。念動力で一気に動かそうとしたのだが――テラスに通じる窓を覆うカーテンは暗幕を思わせる大きなもので、隠れ家を守る為にある程度の耐久性を要しているのだろう。それはほんの僅か、動かすことの出来る重量を超えていたようで、分厚い幕は静かに彼らを闇の中へと留まらせる。
「困ったね、直ぐ終わらせるつもりだったんだけど」
 そう呟きつつも猟犬は容赦なく、槍を振りかざして一気に前衛を薙ぎ払った。畳みかけるような連撃は、以前も見せたもの――敵の解析を行おうとした幽霊男だが、その輪郭すら捉えることは出来ず、ただ得体の知れなさを抱くに終わる。
「それはそれとして、その槍くれよ。代わりに骨とか買ってやるぞ。鳥が良いか?」
「へえ、強請る人なんて初めてだ」
 室内でも問題なく槍を扱う猟犬は、穂先を伝う紅をうっとりと眺めながら笑った。その一振りで斬り裂かれた傷口を押さえながら、歯を食いしばって立ち上がる数多は、猟犬の持つ槍にふと違和感を覚える。
(特殊な神具かも、とは思っていたけれど……扱う代償に体力を奪うとか呪いとか、ううん違う)
 ――先ほど零と自分の血を啜るように、槍が不気味に脈打ったかのように見えた。見れば零の一撃が掠めて出来た猟犬の傷が、いつの間にか塞がっているような。ならば自分が考えていたのとは、逆なのか。
「……っ!」
 咄嗟に掌から圧縮した熱を放って、数多は猟犬を弾き飛ばし――其処で翔が神秘の雫で、素早く彼女の傷を癒していった。その一方でクーは土の鎧を纏って守りを固め、後方では柾が星羅の動向に注視し、槐は浄化と同時に少しでも回復を促そうと動いている。
「私達がやる事、それは全力で猟犬を食い止める事です」
 英霊の力を引き出し、その能力を高めた冬佳は銀の髪を揺らして滴を舞わせた。自分たちが倒されれば、猟犬は星羅に狙いを定める――確かに相手は強敵ではあるが、未だ分からないことも多いのが気になる。
(夢見では、時間が限られているとの事でしたが……)
 ならば一定時間持ちこたえれば、勝機はあるのだ。それでも猟犬を追い詰めるべく、数多や零は真っ向勝負を仕掛けていた。
「鬼ごっこがお望みならしてあげる。私と貴方、どっちが鬼か分からないけれど」
 甲高い音を立てて刃が打ち鳴らされ、零は猟犬に追い縋る。しかし、向こうの狙いは彼女ではなくその後方――守りと回復に動く中衛だった。
(まさか、此方を狙って……!)
 気弾の一斉掃射が立て続けに襲い掛かり、喉をせり上がる熱い塊を、幽霊男はごぼりと口から吐き出す。鉄の味が一杯に広がり、彼女は無造作に包帯で口元を拭って頭を振った。
(七星剣でも色々居るという訳か、遊びが無いな)
 どうやら圧投は当たりが甘かったのか、猟犬へ負荷をかけるまでには至らなかったらしい。クーもまた相手の動きを封じようと圧力をかけているようだったが、それも目に見えて動きを封じるまでにはならなかった。
 ――が、前衛から離れた位置で妨害を行う彼らを、そのままにしておけば面倒だと猟犬は判断したようだ。
(……でも、ちょっと待つのですよ。これだと決めていたローテーションが――)
 後衛に立つ槐は、予め立てた作戦の前提が成り立っていないことに気付き、僅かに顔をしかめた。前提、それは――敵の攻撃は前衛が受けるものと考えていたことだ。その為、前衛の体力が厳しくなったら中衛が前に出て交代、前衛がある程度下がった所で自分も中衛に出て、ローテーションに加わるつもりだった。
 が、猟犬は守りの要となる中衛を一気に落とそうと動き始めている。こうなった場合の対処法は、無い――遠距離攻撃を行うという可能性、そして相手は機械的に動く存在では無いと、考慮しておくべきだったのかもしれない。
「……なんでその薔薇を狙うの」
 ぽつりと呟かれた数多の声にも猟犬は反応を見せず、いまいち感情が読めないと、零は黒衣を靡かせる猟犬に何度目かの太刀を振り下ろした。それでもゆらりと躱す彼は、機械のような人間――いや、人間らしい感情などとっくに捨てているのか。
「何故猟犬なんかに? 何故使命を全うする?」
 その問いにも彼は、ただ悠然と――犬は命に従うものだとばかり笑うだけ。それは従順だとか忠誠だとか、そんな立派なものではなく、ひととして決定的な何かが欠けているようにも見えた。
「俺は……俺達は、猟犬の手からお前の父を守れなかった。謝って許されることじゃない」
 ねぇ死ぬのと、追い詰められつつある状況を察したのか、諦観の表情を見せる星羅に――それでも柾は懸命に語りかける。彼女の命だけでなく、その心も守ると誓うように、彼は薔薇の聖印をそっと星羅の手に握らせた。
「それでもあいつは、最期に『薔薇の隠者』を……娘を頼むと言ってこの聖印を託した」
 巽を守れなかったと、柾は自分に言い聞かせるようにもう一度言う。けれど、最後にあいつから託された願いは、想いは、託されたものは守りたいのだと。
「星羅、巽の代わりなんて誰もなれない。だが、傍にいる。お前を一人にはしない」
 力強く柾はそう言って、震える星羅を強く抱きしめた。ああ、震えていると言うことは、彼女は迷っているのだ――死を受け入れたくないと、生きていたいと。だから柾は、瞼の裏に今も鮮やかに蘇る大切なひとへ、祈るように想いを吐露する。
(百合……俺はもう、守りたいと思った者を誰も失いたくない)

●暁光が照らす未来
 ――何故戦い続けるのか。それは、こうして貴方のような強者に会えるのが嬉しいからだと零は言った。
「そして、私は正義の為に戦う。F.i.V.E.は少なくとも正義側だから。悪を滅ぼし、正義を示すのです」
 自分に酔っているだけと言われてもいい。譲れないのは、きっと誰かの為になると自分が信じて完結していることだから。
 ――何故助けるのか。それは『嫌がらせ』なのだとクーは言った。猟犬の甘い言葉、絶望を嗤うその様が鼻につくのだと。
「立ち続けます。牙は届かずとも、猟犬の顎に腕を突っ込み邪魔する程度なら出来ます」
 過ちは繰り返さないと告げる、クーの意志は巨大な岩槍を生んで、猟犬の足元を一気に貫かんと迫る。懸命に翔たちが回復に動いてくれているが、それすらも追いつかなくなって――ジリ貧になってきたと悟った数多は、時間切れを狙い全力で防御に専念した。
「にーさまが待ってるんだから、こんなとこで死ぬわけにはいかないもの!」
 倒れたって、足にしがみついてでも星羅のところへは行かせない――その気迫を感じ取った猟犬は、執拗に己へ追い縋る前衛ふたりの勢いを削ごうと、地面から炎の柱を立ち上らせて一気に焼き払おうとする。
「貴方は悪よ、貴方は傷つける事しか知らない。私たちは兵器だわ、やろうと思えば手先ひとつで人を殺められる」
 だから私たちは本当は戦ってはいけないのだと、炎の舌に絡め取られながらも零は言い切った。大太刀を握る手は血で滑り、立て続けに繰り出す剣技が自身の体力を削り取ろうと――彼女は立ち向かうことを止めない。そんな覚者たちの懸命な姿を、柾に庇われた星羅はじっと見つめていた。
「……俺も大切な人を失った。だからお前の今の想いも、気持ちも否定はしない」
 なぁ、と柾は星羅に言い聞かせる。いずれ自分たちは、死という旅路へ向かう時が来るだろう。だが自分も星羅も、まだその時にはきっと早いのだ。
「死んだら終わりなのよ! 貴方のお父さんが貴方に託した思いもそこで終わっちゃうの。そんなの、そんなのあんまりだわ!」
 彼女の父親を守れなかった自分たちが、偉そうなことなんて言えないけど、だからせめて――数多はありったけの力を振り絞って、星羅に想いを伝えようと声を張り上げる。
「私達がお父さんの想いを繋げに来たから、貴方はもうひとりじゃない。こっちに手を伸ばして!」
 その言葉を最後に、数多は豪炎に包まれた槍の一撃を受けて意識を手放した。それでも、自分に託された物を知りたくないかと問うたクーは、続けて戦場には似つかわしくない、酷くのんびりとした問いを投げかける。
「オムライスは好きですか? お腹が空いたでしょう。夜が明けたら、ご馳走しましょう」
 ――だから少しだけ、待っていてくださいと。そう告げるクーに頷き、回復に奔走しつつ翔も、星羅に生きて欲しいのだと伝えるべく動いた。
「なあ、友達と遊園地行った事あるか? ジェットコースター……はまだ無理だろうけど、コーヒーカップとかメリーゴーランドとか一緒に乗ろうぜ!」
 生きていれば辛い事もあるけど、楽しい事も沢山ある筈だから。美味しいものを食べて走って笑って、そんな『当たり前』を味わってみないかと翔は笑う。
「オレで良かったら友達になれるし! 一緒に遊ぼうぜ! お前の事は絶対に守るからさ!」
 星羅、と少女の名を呼び、柾は巽の意思を引き継ぐことを改めて誓った。
「……辛い事ばかりで苦しくて悲しくて、どうしようもないこの生だが、それでも。巽が願ったように、そして俺自身がお前に願うように、一緒に生きよう」
 その言葉に星羅は、あたたかな涙を流しながらぎゅっと柾を抱きしめ返して、その胸に顔を埋める。これでもう、彼女は大丈夫だろう――奇妙な高揚感に支配されながら太刀を振るう零は、己の魂を削るかの如く何度も、逃れられぬ死のさだめ、その化身たる猟犬へと立ち向かっていた。
「人を殺す、その悲しみを知らない貴方はこれからも同じことを続けるのね。なら、止めて――」
 ――彼女の声を不意に断ち切ったのは、無慈悲な槍の一撃。しかし、串刺しにされたかに見えた零は、黄金の光に包まれて確りと戦場に立っていた。瞬く間にその傷が塞がっていく中、彼女は己を貫く槍を力任せに引き抜くと、返す勢いで己の刀――鬼桜を猟犬の足に突き刺して床に縫い止める。
「私の名前は、鳴神零!! 猟犬、キサマの名を名乗れ!! そして覚えておきなさい!! 貴方を倒すのはこの私!!」
 床に落ちた狐面、それで覆われていた傷ましい傷痕を隠すことも無く、零は己の素顔を猟犬に見せつけた。吹き荒れる嵐は雷を呼んで――それは猟犬の纏う黒衣を、朝日を遮る暗幕を、瞬く間に塵へと変えていく。
「そして今後一切合切、貴方が動く時は私の妨害が容赦なく入る事を、脳裏にくっきり刻んでおけ!!」
「あ、ああああああ!!」
 猟犬が恐れ慄いたのは、魂を捧げた零の気迫に気圧されただけではあるまい。水礫で窓を撃ち抜いた冬佳は、其処から射し込む暁光――そしてそれに照らされた猟犬の素顔を見た。
「雪のような髪、血のような赤い瞳……やはり、容貌そのままの白子でしたか」
 冬佳の言葉通り、猟犬はアルビノを思わせる外見をしていたが、その整った顔立ちは今苦悶に歪んでいる。青ざめた肌――露わになった彼の胸元にくっきりと浮かび上がっていたのは、彩の因子の証である紋様だった。
「隔者でしたか……ですが吸血鬼のように、日光は嫌いですか?」
 冷静に問うクーの声は、果たして聞こえていたのだろうか。彼は陽の光を恐れるように顔を覆い、震える唇がうわごとのように何かを呟く。
 ――おねがい、と彼は『何か』に向かって呼びかけたかのように見えた。すると猟犬の影が膨れ上がって彼を呑み込み、その姿は瞬く間に影に溶けていく。
「僕のひととしての名前は、ジョシュアだよ……ジョシュア・バスカヴィルだ、裏切者の鳴神零」
 そうして去り際に名を名乗った猟犬――ジョシュアの血色の瞳だけが、影の中でも妖しい輝きを放っていた。最後、微かに聞こえたのは独白か何かか、彼はこう言い残したのだ――古い古い家の呪われ子だ、と。

 泣きたい時は泣くべき、そう言って胸を貸したクーに泣き疲れた星羅はもたれかかって、今は静かに寝息を立てていた。
「青ざめて吠える犬は、病んでいるのか……それとも飢えておるのかの」
 そんな少女に、父の居場所は自分が決めればいいと言った幽霊男は、霧のように消えた猟犬のことをふと思う。一方で零は、死を運ぶ黒犬にこれからも抗い続けることを決めた。
「薔薇の花言葉は愛情よ……その汚い手で、手折らせるなんて許さない」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『花守人』
取得者:三島 柾(CL2001148)
『死を祓う暁光』
取得者:鳴神 零(CL2000669)
特殊成果
なし




 
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