二つ目小僧
二つ目小僧



――side a female office worker――
「ねえ、お姉さん」
 夕方のオフィス街――長く伸びた影法師を見ながら帰り道を歩いていると、後ろから声をかけられた。
 振り返ると、いつの間に背後を取られたていたのか――小学校高学年ほどの少年の姿。
 少々異様なのは、彼がアイマスクのようなものを着けていることである。
「僕、かっこいい?」
 少年は続ける。
 最初は何かの病気で目を隠しているのかとも思ったが、少し早めの厨ニ病とやらの方があり得そうだ。
 微笑ましい気持ちになった“私”は、快く答えることにした。
「うん、かっこいいよ」
 “私”の返答を聞くと、その少年はにっこりと笑って言う。

「こ れ で も ?」

 ゆっくりとした手つきでアイマスクを剥がしていく彼。
 なぜか身体が硬直し、“私”は目を離せない。
「ひ……っ!」
 息を呑む。
 あらわになった少年の左目……が、本来あるべき場所には。
 あろうことか、“両目”が存在した――。
「い、いやぁああああ!」
 身体の硬直が解けた“私”は、背中を向けてひたすらに逃げる。
「見たよね、お姉さん。さあ、お代をちょうだいな――」
 走れども走れども。
 その声はぴったりと耳元に貼りついて離れない。
「残念だな、お代が貰えないんなら――“伝法”だよ、みんな」
 ふと声が止み、辺りは急に静かになった。
 “私”は息を切らせながらも安堵する――ああ、助かったのだ、と。
 だが次の瞬間、“私”は何者かに腕を掴まれた。
「え、なに……?」
 いや、掴まれたのは腕だけではない――よく見れば、無数の腕や頭が四肢を離すまいと食らいついている。
「伝法じゃ……伝法じゃ……」
 ――絶句。
 この世の光景とは、とても思えない。
 “私”の意識はそこで途絶えた。


――side You――
「また一人称の夢でしたけど、今回は気付きましたよ~!」
 どや顔で資料を配る久方真由美(nCL2000003)。
 前回の依頼で少々失態を犯したと語っていたが、どうやら今回はつつがなく夢見の仕事を全うできたようだ。
「さて、未来の被害者さんは東京都下で働く二十代後半の女性です」
 早速お仕事モードに切り替わる真由美。
「ちょっと遠いですけど、被害が想定される日は日照などの関係から数週間後と予測されますので、問題なく間に合いますね」
 資料のタイトルを見て、“あなた”はすぐに疑問を覚える。
「二つ目小僧――?」
 普通じゃん。
 と、恐らくそこにいた全覚者が思ったはずだ。
「ええ、二つ目小僧です。ただし、二つの目は両方“左側に”ついていました」
 左側に両の目――想像するだけで全身がむずがゆくなる。
「妖が古妖かは微妙なところですが、“伝法”という古語を使っていることから、恐らくは古妖に分類されると思います」
 資料の下の方に、米印で“無銭飲食、無賃乗車などの意?”と書いてあった。
 “あなた”は考える。
 この妖怪、それほど悪い存在なのだろうか。
 確かに夢見が夢に視た以上、人への危害を加えることは確定した未来。
 だが、“お代”とやらさえ与えれば避けられたことのようにも思える。
 いずれにせよ、話を聞いてもらうには一度やり合ってみるのが一番か……。
 そんな中、誰かがふと声を漏らす。
「もう片方――本来“右目”があるはずの場所は、どうなっていたのだろう?」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:さくらもみじ
■成功条件
1.古妖三体の撃退
2.一般人、および一般器物への被害を抑える
3.なし
 さくらもみじです。
 二回目の依頼となりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 前回はあっという間にトリックを見破られてしまいましたので、今回は少々意見が割れそうなお題目です。

●敵情報(計3体)

①『二つ目小僧』(妖ランク2相当)

・道化の魔眼と戯笑の邪眼……全【ダメ無】【混乱】【呪い】※
・いびつでゆがんだ獣たち……物近列【出血】

②『蛇』(妖ランク1相当)

・藪を突いて……物近単[貫2:前100後50]【毒】

③『芋虫』(妖ランク1相当)

・一寸の虫も……特遠単【不運】

※……開幕先制で使用してきます(それ以外では使用しません)。
   “本来右目があるはずの場所がどうなっているか”について、多数決で最多数派が正解していれば完全無効化できます。

●環境情報

・夕方のオフィス街なので、ある程度の人通りが予想されます。
 ただし、近くに人気のない神社があり、そこでなら安全に戦えます(障害物のない範囲は30m×50mほど)。
・OPの女性は狙い撃ちされたわけではなく、偶然襲われたようです。
 仮に彼女が襲われずとも、他の誰かが同じ目に遭っていたと推測されます。
・付近の環境を著しく損壊するような立ち回りはファイヴのコンプライアンス的にできません。

●その他

・仮に“右目”の謎が解けなくても、難易度『通常』から『難しい』になったりすることはありません。
 あくまでも『通常』の範囲内で攻略のスムーズさが変化します。
 覚者の皆様にはお気軽に推理要素を楽しんでいただければと思います。
・仮に謎解きを完全放棄した脳筋パーティで来ていただいても、リプレイ内で謎の回答は必ず提示いたします。

 では、よろしくお願いいたします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
公開日
2016年04月26日

■メイン参加者 6人■

『天使の卵』
栗落花 渚(CL2001360)
『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)


――side Yuki Kokuto――
 鬼さんこちら、手の鳴る方へ。
 黒桐 夕樹(CL2000163)は心の中で口ずさみながら、夕暮れ前のオフィス街を歩いていた。
 周囲に人影はない。
 一般的な企業が業務を終えるには、まだ少し早い時間帯である。
「黒桐くん、今回の依頼はハーレムねんっ」
 夕樹の斜め後ろから声をかけたのは魂行 輪廻(CL2000534)。
 着崩した着物から覗く瑞々しい肌――オフィス街でなくとも少々目立つ。
 かくいう夕樹も学生服を着込んでおり、周辺の風景からは浮いている二人であった。
「夢見の視た被害者は女性でしたからね。女性が多い分には、ターゲットを誘いやすくて結構です」
「んもう、そっけないわねん。お姉さん心配だわん」
 夕樹は輪廻の言葉を聞き終わる前に、不意に後ろを振り返った。
 高めのビル、広めの道路、等間隔の街路樹――別段、変わった様子はない。
「なんだか視線を感じた気がするんですけど、気のせいみたいですね。俺、そろそろ隠れます」
 移動中の打ち合わせで、輪廻が神社の周辺を歩き回り、夕樹はつかず離れず物陰から連絡等のサポートを行う手筈になっていた。
 二人を除く今回のメンバーは、数十メートル先の神社に待機している。
 うまくそこへ誘導できれば被害は最小限に抑えられるだろう。
 夕樹は黒に溶けこむよう物陰へと身を潜めた。
 ひとりになっても変わらぬ足取りで、輪廻は街並みを歩いていく。
 鼻歌の一つでも聞こえてきそうなほどご機嫌な足取り――不思議な人だ、と夕樹は思った。
 そこへ――。
「ねえ、お姉さん」
 ――資料にあったフレーズ。
「僕、かっこいい?」
(早い……もう“かかった”のか)
 夕樹が瞬きする間に、輪廻の背後には小学生くらいの男の子が立っていた。
 西陽が眩しくて細部は見えないものの、場所が場所だ――人違いの可能性は考えるまでもないだろう。
 取り急ぎ、夕樹は神社にスタンバイしている四名に遭遇の旨を送信する。
(魂行さんは言っていたな――)
 夕樹は先ほど輪廻と交わした会話を思い出した。
 曰く、今回の一件は“口裂け女”の都市伝説に酷似している。
 “格好いい”とも“格好悪い”とも答えてはいけないのではないか、と。
 優雅な動作で少年へと振り返った輪廻は、花のような笑顔で答えた。
「そうねん――“まあまあ”よん」


――side Yuika Kikusaka――
「えっと、左ヒラメに右カレイ……あれ、右カレイに左ヒラメだったかな?」
「どっちも合ってるよ、結鹿さん……」
 栗落花 渚(CL2001360)の控えめなツッコミに、菊坂 結鹿(CL2000432)は舌を出して片目を閉じる。
 他に人のいない神社――大きな柱の陰に、四人の覚者は潜んでいた。
「と、とにかく、私は右側に目はないと思います!」
「私も、お魚さんの幽霊だと思う。これで“右目がない”派は二票だね」
「私は“三つ目小僧”――見世物にするため敢えて三個目の眼となる義眼を入れられた子どもの逸話から、実は右目は一つなのではないかと」
 望月・夢(CL2001307)が絹糸のように細い声で対案を出す。
「私自身が第三の目を持つ怪の因子なので、少々偏った見方やもしれません……」
 移動中、輪廻も同じようなことを言っていたことを結鹿は思い出した。
 これで“右目は一つ”派も二票――夕樹は“右目も二つ派”であったことから、見事に票が割れたことになる。
「ボクは――断言しきれるような根拠のある説は思いつかないね。二対二対一、無理に統一する必要もないんじゃないかな」
 葉柳・白露(CL2001329)の意外な一言。
 確かに、そこに執着するのは本筋から逸れるような気もした。
 ――と、そのとき。
『聞こえるかな。いま、ターゲットと魂行さんが接触中だ。すぐにそちらへ向かう』
 結鹿の聴覚野に夕樹の声が直接届く。
『向かう……けど、なるべく驚かないでほしい。少し、想定外でね』
「想定外って、なんだろうね……」
 同じく声を聞いたであろう渚が、不安そうな声で結鹿を見た。
「もしかして、輪廻さんが危険な目に……?」
「来るよ――お喋りはそこまでだ」
 言って、白露が腰の二刀に両の手を添える。
「――目覚めながら夢見る者。陽のくちづけは冬をも焦がす」
 詠唱が終わると、白露の全身を炎の気が覆った。
 触発されたように土や岩、因子の力を身に纏う一行。
 やがて神社の入口に設えられた石段の階下から輪廻と思しき頭が見え――次いで、見覚えのない頭もシルエットを現す。
「なにやら話していますね。私が輪廻さんなら聞こえたやもしれませんが……」
 夢は目を凝らしつつ耳をそばだたせている。
 四人の中には視力も聴力も抜きん出て優れている者はいないため、非常に歯がゆい。
 動体視力なら負けないのに、と結鹿は唇を噛んだ。
 しばらく待つと、ようやく二人は声が聞こえる範囲までやってくる。
「――だなあ、お姉さん。僕なんか年上好きですし、隙あらばお姉さんと仲よくしたいなーなんて」
「あらん? あなた、なかなか見る目があるわねんっ」
「伊達に他の人より眼が多くないです。しかし驚きましたよ。まさか、あそこで“まあまあ”とは――」
 続けて視界に入る、輪廻の笑顔と二つ目小僧――らしき少年の笑顔。
「す……」
 結鹿は考えもしなかった光景を目の当たりにし、目を丸くした。
「すっごいフレンドリーに話してるーっ!」


――side Yume Mochizuki――
「さて……神社デートの誘惑に負けちゃいましたけど、なんだか不穏な感じですねぇ」
 少年の言葉を聞き、どうやら自分たちの存在には勘付かれているらしい、と夢は身構える。
 ならば、先手必勝――。
「其は神域。覆い、遮り、縛り、封ぜよ――」
 飛び出しざまに夢が言の葉を紡ぐと、やにわに霧が辺りを包み始めた。
「お手伝いします!」
 結鹿が負けじと霧を深め、少年の四肢に纏わりつかせる。
 その隙を突くように、渚は灯籠や狛犬を縫って階段の方へと駆けた。
「その姿……術……ずいぶん芸達者ですね、お姉さんたち。もしかして同業さんですか?」
 アイマスクを斜めにずらし、左側だけを器用に露出する少年。
 間違いなく、その左目は“二つ”存在した。
「それなら、ここら一帯は僕らのシマです。とっても気が引けるけど、すぐに立ち退いてもら……」
 言い終わらぬうち、少年の足元で小さな火花が弾ける。
 瞬く間に燃え広がった炎は少年の顔面めがけ、疾く直線的に柱を形成した。
「あれ……避けられちゃったかな。でも、答え合わせくらいはできそうだよ」
 言葉の主は白露――すんでのところで直撃は回避されたようだが、迷いのない奇襲である。
 焼け落ちるアイマスク――その下の素顔が衆目に晒された。
「お姉さん、怖いですねぇ――あれ、お兄さんかな? まぁ、どっちでもいいですけど」
 少年はあらわになった“三つの眼”で白露を見据える。
「同業だとかシマだとか、どうでもいいけどさ。君のやり方、完全に詐欺でしょ。お代を取るなら先に言わなきゃね」
「何を言っているんです? お代は見てのお帰りで――ですよ」
 きょとんとした顔で少年は言葉を返した。
「それに――この右目を見られちゃったら、生きて返すわけにはいかないなぁ」
 先程までの柔和な口調はどこへやら、混沌を孕んだ視線が一行に向けられる。
「“蛇”さん、“芋虫”さん――それに、動物のみんな。ちょっとだけ、お手伝いしてね」
 少年の声に反応して、彼の背後から二人の女性が現れた。
 彼女たちは少年と同様、敵意を持った目で一行を見据えている。
「――――――――」
 夢も、その他の覚者も、みな言葉を失った。
 蛇と呼ばれた女性は、身体じゅうに何匹もの蛇を這わせている。
 そして、芋虫と呼ばれた女性には――四肢というものが存在しなかった。


――side Nagisa Tsuyuri――
「う……っ」
 渚は気分が悪くなり、その場に膝を突きそうになった。
 階下から遅れてやってきた夕樹がそれを支える。
「あ、ありがとう……」
「……あまり直視しない方がいい」
 かくいう夕樹も、表情こそ変わらないものの顔色は決してよくなかった。
 遠目に見ただけでこの状態――近くで見た人たちは、さぞ混乱していることだろう。
「なんなんだろ、あの古妖たち……」
「……俺にもわからない。けど……魂行さんは何か知ってる様子だったな」
「こっちでは、夢さんが何か掴んでるのかもって思った。あんまり喋る人じゃないから、私の勘違いかもしれないけど……」
「そうか……まあ、考えても仕方ない。相手方に逃走の意図や人質を取る様子はなさそうだし、俺たちも行こう」
 言い残し、先に距離を詰める夕樹。
 大きく深呼吸をして、渚も決意を胸に駆け出した。
「では皆様……今宵お目にかけますは、“見てはならぬもの”のオンパレヰド。どうかごゆっくり、堪能くださいませ――」
 高らかに謳い上げた少年の背後から、再び新たな影が現れる。
「双頭の虎――!?」
 渚が戦線に加わる頃には、既にその虎が前衛陣に跳びかかろうとしていた。
「危な――っ」
 渚の声より先に、灼熱の炎を宿した輪廻の拳が虎を捌く。
 地面すれすれから跳ね上がる激しい所作にも関わらず、構え直した彼女の服は、些かも乱れず元通りに着崩されていた。
「へえ……お姉さん、効いてないね。僕の眼が――」
 怯える虎を呼び戻し、少年は驚いたように言う。
「後ろの儚げなお姉さんも効いてないのかな。参ったな……」
 少年の視線を追うと、舞い散る桜のように身を翻す夢の姿があった。
「演舞――手伝います!」
 渚は祈りを込め、仲間の自然治癒力を活性化させる印を結ぶ。
「させない――」
 芋虫と呼ばれた女性に睨みつけられたと思うや、具現化された負の力が渚の身に集中し始めた。
「生麦大豆二升五合っ!」
 しかし、軽さを取り戻した結鹿がそれを阻むよう斬りかかる。
「ふたりともありがとうございます、これで戦えます!」
「結鹿さん、下――っ」
 息もつかせぬ攻防――いつの間にか這い寄っていた蛇の頭が結鹿に躍りかかる。
「……あなたの相手は俺だ」
 夕樹の言葉と同時に、蛇の胴体から鋭い棘が飛び出した。
 のたうち回る蛇、慌てて呼び戻す女性――。
 少年の表情にも、少しばかり焦りの色が覗えた。
「強いね、お姉さんたち。でも、負ける訳にはいかない――僕らの居場所は、ここにしかないんだ」


――side Hakuro Hayanagi――
 白露は前衛のひとりだが、積極的な行動は敢えて慎み様子見に徹していた。
 蛇、芋虫、多眼、奇形の獣――それら全ての言葉が指し示すものは、よくよく考えてみればたった一つしかない。
「居場所ね――瞬きする間に失ったボクには、しがみつく価値も理由も、よくわからないけど……」
 白露の脳裏をよぎるのは、憤怒者に一族郎党根絶やしにされたあの日のこと。
「――獣たち、お願いするよ」
 動きを止めた白露に対し、少年は更なる動物を背後から呼び出してけしかけた。
「今度は六脚の鹿ですか――」
 一閃――光の粒子が鹿の眼前を奔る。
「“三つの眼”は、アナタの専売特許ではありませんよ」
 声の主は夢。
 儚げなその表情は、わざと外したことを雄弁に物語っていた。
 他方――蛇と呼ばれた女性の身体から、ひどく怯えた一匹が夕樹を威嚇する。
 夕樹は即座に迎撃体制を取るが――振り上げたいばらの鞭は、振り下ろしどころを見失って虚空を彷徨った。
「やめよう……もともと傷つけ合うのが目的ではないんだ」
 夕樹の言葉に、敵も味方も――ごく一部を除く全員が沈黙をもって首肯した。
 だが――。
「……よくわからないけど。わからないなりに、なんだか気に入らないな」
「奇遇だね……僕もだよ」
 口を真一文字に結んだ狛犬を挟んで向かい合うは、葉柳白露と古妖の少年。
「獣たち――こいつを仕留めるんだ!」
「魔王を舐めてもらっちゃ困るんだよ!」
 言葉と共に狛犬の台座を踏み越え、空中で二刀を抜く白露。
 まずは奇形の動物を薙ぎ払い、即座に本体へ――。
「……なんで、動かないの」
 ――斬りかかろうとしたが、眼前の光景に白露は全ての気勢を削がれた。
 動物たちは少年の命を無視して、ただひたすらに――少年を護るべく立ち尽くしていたのだ。
「ずるいねえ……斬れないよ。魔王には魔王なりの、矜持ってものがあるんだからさ」
 抜かれたばかりの二刀は、何ら仕事をすることなくすぐに鞘へと戻ることになった。
 すると、虎と鹿が――白露に歩み寄ってくる。
 額を擦りつけたり、肌を舐めたり――これでは、まるで。
「はは……君のこと、仲間だと思ってるみたいだ」
「仲間……って」
 その意図の示すところに気がつき、白露は瞬時に真顔に戻る。
「動物の仲間――え、牛? 違うよ魔王ね、ここテストに出るからね」


――side Rinne Kongyo――
「“小屋”は、どこへ行ったのかしらん?」
 輪廻の言葉に、少年はハッとしたように三つの眼を見開く。
 その反応は、輪廻にとってある程度予測の範疇であった。
「いつの間にか――なくなっていました。僕たちはその生き方しか知らなかったのに……」
 いわゆる“見世物小屋”が規制されはじめたのは数十年前のこと。
 今ではほとんどの興行が廃止され、数えるほどしか残っていないことを輪廻は知っていた。
「よもや――その三個目の眼は、かつて“義眼”ではありませんでしたか?」
 夢の問いかけに、しかし少年は首を横に振る。
「僕は生まれつきの“多眼症”です。片目だけ二つ――すぐに売り飛ばされた僕は言われました。“普通の眼”は隠せって」
「そんな……」
「左目を隠せば普通に生きられたじゃないですか……」
 渚と結鹿は涙を湛える。
「いいんです。僕は両親を恨んではいないし、教育係に対する憎しみもありません――」
 俯いて語る少年の顔には、本当に憎悪の色など浮かんでいなかった。
「――ただ、やっと見つけた居場所が。みんなと仕事をできる場所がなくなることが……恐かった」
「それで、小屋がなくなったことに気づかないふりをして――何十年も、ここで興行を続けていたということですか」
 夢の問いに、今度こそ少年は首を縦に振る。
「これ……」
 夕樹は短く言うと、棒のついた飴を少年に差し出した。
「なんですか? これ……」
「……お代。味の文句は受けつけないよ」
 少年はしばらく受け取った飴に目を落としていたが、不意に三つの目から雫を流した。
 その雫を受け止めるように、輪廻は少年を抱きしめる。
「みんなの居場所、ずっと守ってきたのねん――もう大丈夫、よく頑張ったわん」
 柔らかな慈愛が少年を包む。
「それと、あなた――本当はかっこいいわよんっ」
「ありがとうございます、お姉さん……そして、皆さん――」
 少年は全てのしがらみから開放されたように、笑顔のまま消えていった。
 それを見て、少年に付き添っていた人々や動物たちも――順々に消えていく。
「成仏、できたのかな」
 渚は日の沈みかけた空を仰いだ。
 結鹿は目を閉じ、大きく息を吐く。
「ええ、きっと。笑ってましたから――!」
 輪廻は微かに残る温かさを胸に、六文銭の印刷された紙を風に飛ばした。
 視界の端で、火行の誰かがそれを燃やしてくれたのを、輪廻は見逃さなかった。

――Mission Cleared.

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『其は牛に非ず』
取得者:葉柳・白露(CL2001329)
『夕暮れの黒』
取得者:黒桐 夕樹(CL2000163)
『天使の卵』
取得者:栗落花 渚(CL2001360)
『ひらめき少女』
取得者:菊坂 結鹿(CL2000432)
『線より細い』
取得者:望月・夢(CL2001307)
『よろづに通ずる』
取得者:魂行 輪廻(CL2000534)
特殊成果
なし



■あとがき■

 皆様お疲れ様でした。
 今回は{眼0:眼1:眼2:他=2:2:1:1}で票が割れたため、便宜的に“正解者のみ開幕BS付与解除”という処理を行っています。
 また、魂行輪廻さんの“誘導時「まあまあ」「普通」と回答”がクリティカル判定となり、開幕BSの付与タイミングが後ろ倒しになりました。

 p.s.ヒラメの妖怪という発想には脱帽でした。私の意図と異なっただけで高い推理力をお持ちだと思います。




 
ここはミラーサイトです