「リア充爆発しろ!」
「リア充爆発しろ!」


●医者の不機嫌
 壁にひびが入ったのが、すべての始まりだったかもしれない。
 小さな地震で、老朽化した大学病院の建物はあちこち地味に壊れた。業務に支障はなかったが放置するわけにもいかず、補修業者が呼ばれた。
 だが。
「あ、これハートに見えません? こう、丸っこい感じの」
 そのうちの誰かが要らない茶目っ気を出した。もとの壁より明るい色のパテで、ひびを埋めていったのだ。丸っこい、かわいい、ハート形に。
 俺の部屋の裏を!
「誰もいない?」
「いないって。大丈夫」
 ここにいる。爆発しろ。
「噂は知ってるよな」
「うん。ここでキスをしたカップルは……」
 結ばれる。誰が言い出したかは例によって不明だが、近所の学生の間では、まことしやかにささやかれている。
 爆発しろ。
「バクハツシロ」
「じゃあ、いいか」
「うん」
 毎日毎日入れ代わり立ち代わり来るカップル。
 爆発しろ。
「バクハツシロ……!」
「……今何か聞こえた?」
「さあ。ま、いいや。行こうぜ」
 足音が消えていく。いや、近づいてくる。
「ねえ、知ってる?」
 違う奴らだ。
「ああ知ってるぜ。『病院跡の恋の叶う壁』」
 爆発しろ。
「バクハツシロ」
「あたしを連れてきたってことは」
「ふっ……わかってんだろ?」
 爆発しろ。
「バクハツシロ」
 もうこれしか言えない。考えられない。
 もう何か月言い続けてきたか、今夜だけで何度口にしたか。すべて『彼』の頭からはとんでいる。
「わかんなーい」
「じゃあ体から教えてやろうか?」
「いやんっ」
 爆発しろ!
「バクハツシロ……!」
「何か言ったか?」
「ううん?」
「じゃあ……愛してるぜ、ベイビ」
「あ・た・し・も」
「ゥガアアアアアアアアアアアアアアア!」
 言葉にならない叫びが響き渡り、壁にこぶしほどの穴が開く。さすがにカップルも動きを止めた。が、男の手はちゃっかり女の肩を抱いている。
 爆発しろ! 爆発しろ! 爆発しろ!
「バクハツシロ!」
 ひびの入ったコンクリートの壁が吹き飛んだ。

●困りますよねー
「ええっと、とにかく心霊系の妖なんですー」
 眉根を寄せて、久方 真弓(nCL2000003)は説明を続けた。
「I市にもう使われていない大学病院の分館があるんですが、1階の1部屋に妖が出現したんですねー。もとになっているのは研究中に亡くなった男性で、姿も半透明ですが、ほぼそのままみたいです」
 とはいっても妖になっているのだ。殴る蹴るはあまり意味がないだろう。
「以前は力が弱く、時折来るカップルを壁越しにどなるくらいでしたー。ですが病院が移転し、建物が売りに出されて、さらに心霊スポットとして話題を集めてしまったそうなんですー」
 真由美の手には何冊かの雑誌があった。大学病院跡を恋愛のパワースポットとして取り上げた記事ばかりだが、いずれも表紙は三文ゴシップ誌のものだ。
「それを信じてくるカップルが増えて、今は順番待ち状態らしいんですよー。バカみた……いえ」
 困りますよねー、と言う真由美の目は笑っていない。
「それが原因で、妖の思念が強くなって力を持ったとみるべきでしょう。今日の夜には声で壁を吹き飛ばせるまでの力を手にしますー。カップル数組が巻き込まれるようですし、明日から始まる解体工事にも支障が出るでしょうしー……今夜中の対処をお願いしますねー」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:なす
■成功条件
1.妖1体の撃破。
2.カップル5組の保護。
3.なし
こんにちは。なすです。
リア充爆発しろ! と言ったら壁が爆発しました。という妖です。
そうだったらいいのにな。


●妖
高井 まなぶ(心霊系、ランク2)
論文執筆中に死亡した男性の思念。死因は過労と脳溢血。
背が低くがっちりした体形。白衣姿で死んだが、解剖医には「トラックの運転手?」と聞かれた。
享年42。生涯独身。
死後も病院の研究室で論文を書いている(と思っている)。
カップルの声が聞こえると反応して「爆発しろ」と怒鳴る。
・スキル
「爆発しろ!」→遠距離単体攻撃。怒鳴り声で指定箇所に爆発を起こす。
壁殴り→近距離単体攻撃。壁から落ちた石を念力で動かして殴る。腕も動くが、実体化するわけではない。
レポートビンタ→近距離列攻撃。レポートの束を念力で動かしてビンタ。腕も動くが、実体化するわけではない。


●病院
I市にあるI大学病院跡地。L字型の建物と、駐車場、前庭がある。
入院、療養施設としての役割もあり、『緑あふれる庭』が売りだった。
妖のいる部屋はL字の長い方の端。
壁の外側の庭は荒れ果て、雑草や木が茂って見通しが悪い。


●カップル
爆発時点では、壁の前に1組、壁から3~5メートル離れた位置で順番待ちをしている4組の計10人。
雰囲気を味わうため、互いが見えない位置にいる。
『保護』とは『妖や覚者の能力による怪我をさせずに、現場から離脱させる』ことを指す。


●時間
壁が崩れるのは深夜0時30分。
カップルは22時前から入れ替わり壁の前でいちゃついては帰っていく。
最速で現場に向かえば23時には到着できる。


●その他
妖はカップルの声に反応するが、解体工事の作業員への害がないとも限らない。
おびき寄せてでも、今夜中に撃破することが望ましい。


皆様、ふるってご参加くださいませ。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
公開日
2015年10月29日

■メイン参加者 6人■

『暁の脱走兵』
犬童 アキラ(CL2000698)
『可愛いものが好き』
真庭 冬月(CL2000134)
『ぬばたまの約束』
檜山 樹香(CL2000141)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『『恋路の守護者』』
リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)
『かわいいは無敵』
小石・ころん(CL2000993)

●恋路を邪魔するけど
「君に捧げる。聞いてくれ。『僕のは」
「どうも、こんばんは」
 ギターをかき鳴らしかけた男と寄り添った女は、ぬっとあらわれた緒形 逝(CL2000156)の2メートル近い長身にぎくりと身を引いた。
「どういう目的でこちらに?」
「や……特には。な?」
「うん」
「そうですか。ここの警備をしている者ですが、最近不法侵入多くて困ってるんですよね」
「……はあ」
「建物自体の老朽も激しいですし、妖も出るそうで」
 逝の威圧感に強張っていたカップルの顔が、『妖』の単語でひきつる。自分が感情をたどってやってきたことを知ったらどうするんだろう。膨れるいたずら心を、逝は無表情のまま追いやる。
「危険なので、こうして見回りをしているんですが、もしお帰りいただけない……あ」
 逝が言葉を終えるのを待たず、2人は病院の正門へ走っていってしまった。残された逝は、カップルのもたれていた壁に目をやる。フルフェイスヘルメットを片手で持ち直し、パテで描かれたハートをなぞった。
「しかし生前に、別の形にすれば良かったんじゃないかね?」

「自分は夜間警備として働いているのでありますが」
 同じく警備員を装った『暁の脱走兵』犬童 アキラ(CL2000698)も、カップルの説得にあたっていた。
「この病院は明日取り壊される予定でありまして、壁が破損している箇所もあり、危険です。退去をお願いしたいのであります」
「へいへい」
 露骨に嫌な顔をした2人は、背中を曲げて立ち上がる。
「出口はそちらではないでありますよ」
「うるせえな」
「ここどけばいーんでしょ」
「できれば敷地から出ていただきたいであります」
「……はーい」
 だらだら歩く2人を見送りながら、アキラは素早く周りを窺った。あの速度では妖の出現時刻には間に合わないし、第一本当に出ていくかも怪しい。
「……仕方がないであります。解身(リリース)!」
 宣言したアキラの全身をまばゆい光がつつむ。轟音とともに、両足と右腕が黒鋼色に変化する。
「怪しい影が見えたであります。避けてほしいであります!」
「うぇえいっ!?」
 しゃがみこんだ2人の髪を巻き上げて、経典が風を切る。機械化された右手の一撃は、伸びた庭木の一枝を触れずに刈り取った。
「……ちょっとやりすぎたでありますかな」
 カップルは全速力で正門の方角へと逃げ去っていた。

「今、何か聞こえなかったの?」
 庭木の陰に隠れながら、『かわいいは無敵』小石 ころん(CL2000993)は呟いた。
「さあ」
 飛ばせた鳥系守護使役ゆきつきを見上げつつ、『可愛いものが好き』真庭 冬月(CL2000134)は首をかしげる。
「ていさつした限り妖は1体だけだし、一緒に来た誰かじゃないかな? しぶといカップルがいたとか」
 正門側から盛大なくしゃみの音がした。
「かもしれないの。さて、っと」
 枝越しに向こうを窺うと、ペアルックの男女が、隠れるように寄り添っている。
「素直に警告を聞いたと思ったら、やっぱり帰ったふりだったんだね」
「ころん、こういうカップルってすごくイライラして大嫌いなの」
 どちらからともなくうなずくと、2人はさっと左右に分かれた。冬月は右へ、ころんは左へ。カップルの後ろへ回り込む。
「今夜は、ダイキさん1人だけのあたしだから」
「……出ていけ~……」
「僕も生涯、マミだけに僕を捧げるよ」
「生涯? もう、ダイキさん」
「……カエレ……」
「えっ?」
「え……」
「出ていけ~」
「カエレ……」
 2人の会話が止まった瞬間、ここぞとばかりにころんと冬月は畳みかけた。カップルが身を寄せ合うと、トレーナーのハート柄がくっつく。
「出ていけ~……できもしない約束しちゃって。ほんっとバカみたいなの。出ていけ~」
「カエレ……まあまあ、排除、もとい保護ができたら、僕らだって似たようなことやるよ。……カエレ」
 声色変化で出す奇声に、本音が混じりはじめたころ、カップルはくっついたままよたよた正門に向かっていった。
「……こんなところで死なないで、無事に帰っていつか平凡な別れを迎えなさいなの」
 トレーナーからつんと顔をそらしたころんの横で、冬月も苦笑いする。
「怪我せず逃げてくれるといいんだけど……」

「……困りましたネー」
 リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は自分のB.O.Tが作ったクレーターを背に、困り果てていた。
「それぐらい俺だってできっからな?」
「タッくんかっこいい!」
 彼女の前にできた2つ目の穴は、目の前のカップルの男が炎を放ってこしらえたものだ。自分のそれよりもはるかに小さいが、精霊顕現の因子を持っているらしいタッくんは、得意げに女を腕にぶらさがらせていた。
「警備員だかしらねーけど、チー子の前でびびってにげられっかよ」
「タッく~ん」
「……ハア」
 ため息がリーネの口から出ていく。べたべたしたスキンシップへの呆れが半分。もう半分は、これだけ触られながらも男の目線が自分の胸元に注がれていることへの呆れだ。
「仕方ないデス……」
 もう1度重苦しく息を吐くと、リーネはつかつかと穴を回り込んだ。女の目がとがる。
「何よ」
「な、何だよ?」
 が、男の目は揺れるリーネの胸を見ている。2人の命を守るためだ。心の中で釈明して、リーネはタッくんの手を取った。
「お願いデス。ここから離れてくだサーイ」
「え?」
「あんた、あたしのタッくんに」
「貴方の事が本当に心配ナノデス。……だめデスカ?」
 美女に手を握られ、うるうるとした上目づかいでこう言われて
「っす」
タッくんはなびいた。
「はあ? ……はああ!?」
 チー子はキレた。バシッと凄まじい音が夜に響く。
「ってえな、何だよ」
「こっちの台詞よ! 1回、きちんと話し合おう」
「何を」
「あたしとあなたのこと!」
 タッくんを引きずりながら、チー子は正門へと進んでいった。
「すみませんデース……」
 手を合わせるリーネの謝罪が届いたかはわからない。

●偽カップル作戦
「やはり効果は薄かったようじゃの」
 自身の作った結界をものともせずに進んできたカップルに、『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)はやれやれと頭を振った。廃病院の庭を散歩よろしく歩き回ってから告白だなんて、一体どこがロマンチックなのか。
「もうすぐ、例の壁だよ」
「どきどきするっ」
 タイミングを計りかねて追いかけてきた自分の身になってほしい。そんな気持ちと、カップルの甘い会話を聞かされ続けた苛立ちとが声に出た。
「……去れ……立ち去るのじゃ……!」
 おどろおどろしくも厳めしい樹香の声音に、男女が悲鳴を上げて走り去っていく。迷彩のスキルを解いて見送る樹香の周りに、覚者たちが集まってきたことにも気づかずに。
「演技カジョウじゃないデスカー?」
「一般人に被害を出すわけにもいかぬからの。さ」
 自分のことを棚に上げるリーネににっと笑いかけてから、樹香は後ろを向いた。くすんだ壁のハートは、暗い中でもはっきり見える。
「始めようかの、お前様方」
 樹香から懐中電灯を受け取り、冬月ところんがさっと腕を組んだ。
「ころん」
「真庭さん」
 冬月がころんの頭を撫でながらリードし、2人は壁のハートへと近づいていく。
「ころんは本当にかわいいよ」
「真庭さんもかわいいから、ころんたち、きっと世界一かわいいカップルなの」
「僕は誰よりも幸せ者だな」
「ころんも幸せ者なの。真庭さんと同じくらい」
「うぅ、私も愛しの彼と一緒に来たかったデース……」
「そう浮つくでない。あくまで妖討伐の為じゃぞ」
 片思い相手を思い浮かべるリーネを樹香がたしなめた。
「……ツシロ」
「自分たちも行きましょうか」
「そうだな」
 壁の向こうから漏れてきた声を聞いて、逝とアキラもぎこちなく肩を並べ、懐中電灯をつける。
「ねえ、知ってるでありま……知ってる?」
「ああ知ってるぜ。『病院跡の恋の叶う壁』」
「じ、あたしを連れてきたってことは」
「……わかってんだろ?」
 表情こそ硬いが、壁に近づくまでには何とかカップルらしいやりとりになっていた。
「わかんなーい」
「じゃあ体から教えてやろうか?」
「いやんっ」
「バクハツシロ」
 妖の声もはっきり聞こえてきている。
「妖も少し可哀想デスネー……恋はこんなにドキドキしてとても楽しいものデスノニ……」
「そろそろ来るぞ」
 樹香が薙刀の柄を握りしめた。
「バクハツシロ……!」
「かわいいころん、愛してるよ」
「ころんもかわいい真庭さんが大好きなの」
 冬月、ころんカップルが抱きしめあう。
「バクハツシロ……!」
「俺だけを見ろ、アキラ」
「は、はいっ」
 壁に背をつけたアキラの横に逝はドンと手をついた。
「愛してるぜ」
「ゥガアアアアアアアア!」
 壁のハートに、一瞬にしてひびが走る。こぶし大の石がはがれおちた。
「来たぞ!」
 逝がアキラを庇いながら素早く下がる。
「リア充爆発しろって気持ちもわかるけど、だからって本当に爆発させるなんてかわいくないよ!」
「壁のハート、ロマンチックでとってもかわいかったの。でも………ころんのほうがかわいいの!」
 冬月ところんもぱっと抱擁を解いて覚醒した。冬月が若返り、ころんがぐんと成長し、見た目の年齢が逆転する。
「妖には、一緒にいる人いなかったデスカ?」
「相手は1体じゃ。油断はならぬがな」
 植え込みの陰から躍り出た樹香が薙刀を構えた。後ろでリーネがシールドを作り出す。
「バクハツシロ!」
 コンクリートの壁が吹き飛んだ。

●妖
 もうもうとあがる土埃の向こうから、男の影が現れる。2本の懐中電灯に照らされた妖の体躯は、元医者の幽霊とは思えないほどに太く、強靭に肥大化していた。
 がぱっと大きく、口が開く。
「バクハツシロ!」
 怒鳴り声そのものが爆発するような一撃は、リーネのかけた蒼鋼壁ごと冬月を吹き飛ばした。
「モテない男のひがみ……」
 たたらを踏んでこらえ、冬月は懐中電灯を持った手を優雅に振る。壁の中から漏れ出るかび臭い空気を、さわやかな香りが追い払っていく。
「かわいくない!」
 飛び出したつるが妖の横っ面を張った。怯んだ隙に、アキラは一気に距離を詰める。
「無念はいかばかりかと思いますが、しかし捨て置くわけにはいきません!」
 機械の脚で踏んだ地面が隆起した。土の槍が白衣を貫く。
「爆発しろと言うお前を、棘にて内から爆ぜさせてやるとしようぞ」
 樹香の放った種から伸びる棘が、さらに穴を増やした。
「ガアアアア!」
 激昂した妖が左腕を振り上げる。部屋の中から汚らしいレポートの束が現れ、その手に収まった。団扇のように左右に振りながら、覚者たちを蹴散らそうと迫ってくる。
「ちょっと! 可愛いオレの顔に傷がついたらどうしてくれるのさ!!」
 顔に当たりそうになったレポートを、冬月は慌てて腕で防いだ。ころんから贈られた水の鎧がふわりと紙を止める。そのまま妖の腹にハンドガンを押し当て、引き金を引いた。
「く……うあっ」
 が、撃った衝撃波の勢いも利用され、レポートを振り抜かれる。地面を転がった冬月を、ころんと樹香が下がらせた。傷ついた腕を水滴で癒すころんの手は、頼もしくも美しい大人の女性のものだ。
「ライバルにかわいくなくなられたら困るの」
「明かりは地面にでも置いておくがよい。奴が見えるように頼むぞ」
 うなずいた冬月に樹の生命力を込めたしずくを授け、樹香は振り返りざまに2粒目の種を妖に投げつけた。飛び出た棘が、今度は額をかすめて薄い頭髪を散らす。
「ギャアアアア!」
「うっ」
「ぐうっ」
 振り回したレポートが樹香をかすめ、今度はアキラと逝に激突した。土の鎧で威力を殺したものの、アキラはわずかによろめく。
「大丈夫か! アキラ」
 自身も傷を受けた逝がとっさに駆け寄って支えた。しっかりと胸に抱きとめたまま、土を槍に変えて反撃する。
「よくも俺の大事な人を……!」
「そ、それは、どどどういう意味でありますかっ!」
 素に戻っていたアキラは、演技を続ける逝の腕の中で赤面した。妖も同じくらい真っ赤な顔で、憤怒をあらわにする。
「グアアアア!」
「ワオ、ちょっと羨ましいデース!」
 羨望のまなざしを送りながら、リーネは突進してきた妖に衝撃弾を撃ちこんで押し返した。
「さみしさは分かりマス。でも、邪魔させまセンヨー!」
「邪魔って何のでありますか!」
「恋のガードは任せてくだサーイ!」
「こここコイ!?」
 勘違いをしたリーネの乱射する衝撃波で、妖が叫びながら押し戻されていく。
「アハハ! 思惑通りさね」
 顔の下半分だけで笑いながら、逝は、ぽん、とアキラの肩を叩いて腕を離した。
「ええ? あ、危ないでありますっ!」
 よく事情を呑み込めないまま、アキラは目の前の妖に何とか意識を戻す。3つ目の種を投げようとした樹香を、振り上げられた石からガードした。
「アキラ、君だって危ない!」
 逝が地面を盛り上がらせ、再び殴り掛かろうとした医者を弾き飛ばす。
「味方を守ることも大事だが、アキラ自身も大事だ。小石ちゃんに水衣をかけてもらわないと」
「え、あ、わわわ」
「あれこそ演技過剰じゃろう」
「わかっててもイライラしてきちゃうの……」
 種を投げつける樹香に同意し、それでもころんはアキラに水のベールを着せかけた。
「妖も2人ばっかり狙おうとしてるみたいなの」
「ま、狙いが固定されるなら、倒しやすくなるかもね」
 回復した冬月がつるの鞭で妖を突き刺す。
「新しい恋の芽生えデスネー!」
 勘違いしたままのリーネも衝撃波を撃ちこんだ。しかし妖は振りかえらず、髪を振り乱しながら叫ぶ。
「バクハツシロ!」
「アキラっ!」
 アキラの足元の爆発を察知した逝が、飛び込んでその身体を突き飛ばした。次の瞬間、土煙に長身がかき消える。
「演技に少々気持ちが入りすぎではないかのう?」
 黄金色に輝くしずくを作り出しながら、樹香が逝の元へ走った。
「っ、自分を、庇って……」
「いやだから演技だよね?」
「演技なの。でも妖も怒るくらい迫真の演技なの」
 立ち尽くすアキラに追い打ちをかけようとする妖を、冬月の操る2本のつると1枚の紙が阻む。妖の目の前で燦然と光り輝いたのは、ころんの自撮り写真だ。
「あの2人が入りこみすぎちゃう前に終わらせるの。どんなカップルよりかわいいころんの写真で我慢してなさいなの」
 横ピース、ぶりっ子ポーズ、首をかしげた困り顔、ジャンプの瞬間をとらえた1枚。次々投げつける写真に、同じショットはない。
 が、2人の女性の目にはころんの努力は映らなかった。
「うう、緒形さんの思いは無駄にしマセン!」
「貴様……許さんであります!」
 目を潤ませたアキラが経典を振るって突撃し、号泣するリーネが衝撃弾で援護する。
「……入りこんじゃった人、3人目なの」
 ころんが呟いた時には、妖の右手の石が木端微塵に砕け散っていた。続いて左手のレポートが、分厚い本の角で薙ぎ払われる。
「ギャアッ」
 慌ててかき集めようとする動きもむなしく、妖の腕をレポート用紙はすり抜けていく。別の石を掴もうと伸ばした指も消えかけている。
「力が弱くなってる?」
「多分、もう一息なの」
 どちらからともなくうなずき合うと、冬月ところんは左右に分かれた。退路を断つべく病院の壁側に回り込んで、後ろからつるを振るい、写真を飛ばす。
「モテない男のひがみは!」
「かわいくないの!」
 猛攻の隙間をぬって、アキラが再び経典で殴りつけた。
「仇は討たせていただくであります! 恋の悩みも苦しみも無い世界へ、及ばずながら送り仕る!」
「もう誰の恋も邪魔させマセン!」
 涙を振り飛ばしながらリーネもB.O.Tを撃ちこむ。もだえる妖の口が開いた。
「バ――」
「そうは問屋がおろさぬぞ」
 すかさず光る種が放り込まれる。直後、鋭い棘が内側から妖の体を貫いた。悲鳴も恨みも、もう声にはならない。
「これで、緒形さんに顔向けできマス……」
「勝手に殺しては気の毒じゃ」
 頬をぬぐうリーネの袖を樹香は引いて、振り返らせた。
「まあ、ご愁傷様……と言っておこうかね」
 土埃にまみれた逝が、最後の1かけまで見逃すまいと言うように、消えていく医者を見つめていた。
「――……」
 いやいやをするように振った首も、両手も、あっという間に見えなくなる。
「本当に嫌だと言うなら行動を起こすべきだったな、医者先生?」

●恋は尽きない
「季節外れだけど、ごめんね」
 ころんの備えたハート形のチョコレートを囲むように、覚者たちは廃病院跡で手を合わせた。妖の元は人間の思いだ。弔ってやれば無念も和らぐだろう。
「……さて、帰ろうか」
 すらりとした大人の身体に戻った冬月が、全員を促す。樹香は懐中電灯を拾い上げた。
「そうじゃの。早く報告せぬと、なんぞありそうじゃよ……」
「真由美さんはいつでもかわいいけど、送ってくれた時の目は笑ってなかったの」
 ころんもチョコレートの箱を、18歳に戻った手にとる。
「妖はいなくなったけど、また別のカップルが来たのかな?」
 近づく話し声を遮断するようにヘルメットをかぶりつつ、まあ知らないけど、と逝は気楽そうに言った。とっくに演技はやめ、素に戻っている。泣いていたリーネもけろりとしていた。
「もし次に出たら、今度は彼と……おぉっと! いけません! 依頼は依頼デスネ!」
「カップルというのは、ああやっていちゃつくのが楽しいのでありましょうか……? 謎です」
 夜空を見上げ、アキラは大きく息を吐いた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『『恋路の守護者』』
取得者:犬童 アキラ(CL2000698)
『『恋路の守護者』』
取得者:真庭 冬月(CL2000134)
『『恋路の守護者』』
取得者:檜山 樹香(CL2000141)
『『恋路の守護者』』
取得者:緒形 逝(CL2000156)
『『恋路の守護者』』
取得者:リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)
『『恋路の守護者』』
取得者:小石・ころん(CL2000993)
特殊成果
なし



■あとがき■

お帰りなさいませ。お疲れ様でした。
皆様のお力で、無事廃病院跡の妖は消えました。
カップルたちも、真実を知れば感謝してくれるはず(?)です。
MVPは、俳優顔負けの演技力を見せてくださった逝さんにお贈りします。
ご参加ありがとうございました。




 
ここはミラーサイトです