犯罪クリミネイション
●正義とは目的である
私は正義の覚者。
優しい優しい覚者。今日も誰かを助けるために生きている。
あ、赤ちゃんが泣いていて困っているお母さんがいるわ。
赤ちゃんを殺しちゃえば、もう赤ちゃんの鳴き声に悩まされることはないわ。
よかったわね。貴方は自由よ。自由、なんて素晴らしい。正義だわ。
あら、危ない。おばあさんが事故に遭いそうになっている。
じゃあ、あの車を運転手ごと壊しちゃいましょう。よかった、おばあさんは事故に遭わないわ。なんて素晴らしい、正義だわ。
歩きタバコなんてマナー違反。子供の顔に当たったらどうするの? 火傷しちゃうじゃない。
タバコごとあの人もなくしちゃいましょう。うん、それがいいわ。なんて素晴らしい、正義だわ。
私は正義の覚者。困っている人がいたら助けずにはいられない。
私は正義の覚者。マナー違反は大嫌い。
●
「自称覚者が、現れるんだよー!」
くるくると巻いたツインテールを揺らしながら久方 万里(nCL2000005)がブリーフィングルームに集まった覚者達に告げる。
「自称?」
「そう、本人は覚者と言っているけど……うん、たしかに覚者だったの。」
「……だった?」
過去形で語られるそれに、良くない予感を察しつつも覚者達は問い返した。
「すごく真面目な人だったの。ちょっとした悪いことも見逃せない。そんな人。だからなのかな……破綻、しちゃったんだよ」
万里の双眸が曇る。正しいことを行うが故に起こる矛盾。正義とは絶対的なものではない。相対的なものだ。誰かの正義は誰かの悪になる。それが破綻者「咲間・楪(さくま・ゆずりは)」を壊してしまったのだ。
「名前は、咲間・楪さんっていうの。破綻深度は2。時間がかかれば、3に進行しちゃうかも……。楪さんは人がたくさんいる駅前の交差点で、歩きタバコをしている人を見かけて、凶行に及ぶみたい。それに巻き込まれた人たちも大怪我してるのがみえたの」
まるで自分が痛みを感じているかのように眉根にシワを寄せて万里は状況を説明していく。
「みんなにはそれを止めてもらいたいの」
それと……。そう言って夢見の少女は覚者達の顔を見渡してから、意を決して口を開いた。
「まだ、きっと間に合うと思う。正気に戻ったら、破綻者としての凶行を思い起こして、楪さんはきっと自分を責めると思うんだよ。それでも……それでも!楪さんを助けてあげて!」
●正義とは信念である
私は、この力を得て、人を助けたいと思った。力が発現した時にお母さんを怪我させてしまったのだ。お母さんはそれでも「大丈夫、大丈夫。あなたの力は悪いものじゃないわ。正しいものだから安心して」といって泣きじゃくる私を慰めてくれた。だけど優しいお母さんはその怪我が原因で数ヶ月後鬼籍に入った。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
謝ったってなにも帰ってこない。それは知っているけれど……。それでも。だから、だから。だから。
――だから私は贖罪するのだ。お母さんを傷つけて、殺してしまった贖罪を。
私は正義の覚者として、たくさんの人を助けて悪を糺さなくてはいけないのだ。そうすれば、私のこの力は悪いものじゃなくなる。お母さんの言ったとおり、正しいものになるから。
『ありがとう、覚者さん。あなたのお陰でたすかったわ。何かお礼は……?』
そうして、人を助けた。困ってる人を探して、助けて、感謝なんかいらない。お金だっていらない。だって贖罪だから。そうしないと私は生きていてはいけないのだ。
『これくらい誰でもやってることだろ? 車だって通ってなかったから赤信号でも通れるとおもったから……!』
昨日も、今日も明日も。人を助ける。悪を糺す。明日も。明日もそのまた明日も。明日ってなに?人助け。そう、人助け。
『そこをどいてくれ! 妻が苦しんでいるんだ、少しのスピード違反は多目にみてくれ!』
そう、悪いことは正さなきゃ。
『私はそいつにいじめられていたんだ……なのにどうしてそいつを助けるんだ! そいつさえいなければ! そいつが死ねば私はいじめられなくて済むんだ!』
そう、命が危険にさらされている人は助けなきゃ。
助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助ける。助けるってなに?
お母さん、私の力は悪くないって言ってくれたよね? 悪いことを正すことが正義でしょう? 誰かを助ければそれは正義でしょう?
●正義とは■■である
私は正義の覚者。困っている人がいたら助けずにはいられない。
私は正義の覚者。マナー違反は大嫌い。
なら、私は誰が助けてくれるの? ねえ、助けてよ。正義の味方がいるならば。
私は正義の覚者。
優しい優しい覚者。今日も誰かを助けるために生きている。
あ、赤ちゃんが泣いていて困っているお母さんがいるわ。
赤ちゃんを殺しちゃえば、もう赤ちゃんの鳴き声に悩まされることはないわ。
よかったわね。貴方は自由よ。自由、なんて素晴らしい。正義だわ。
あら、危ない。おばあさんが事故に遭いそうになっている。
じゃあ、あの車を運転手ごと壊しちゃいましょう。よかった、おばあさんは事故に遭わないわ。なんて素晴らしい、正義だわ。
歩きタバコなんてマナー違反。子供の顔に当たったらどうするの? 火傷しちゃうじゃない。
タバコごとあの人もなくしちゃいましょう。うん、それがいいわ。なんて素晴らしい、正義だわ。
私は正義の覚者。困っている人がいたら助けずにはいられない。
私は正義の覚者。マナー違反は大嫌い。
●
「自称覚者が、現れるんだよー!」
くるくると巻いたツインテールを揺らしながら久方 万里(nCL2000005)がブリーフィングルームに集まった覚者達に告げる。
「自称?」
「そう、本人は覚者と言っているけど……うん、たしかに覚者だったの。」
「……だった?」
過去形で語られるそれに、良くない予感を察しつつも覚者達は問い返した。
「すごく真面目な人だったの。ちょっとした悪いことも見逃せない。そんな人。だからなのかな……破綻、しちゃったんだよ」
万里の双眸が曇る。正しいことを行うが故に起こる矛盾。正義とは絶対的なものではない。相対的なものだ。誰かの正義は誰かの悪になる。それが破綻者「咲間・楪(さくま・ゆずりは)」を壊してしまったのだ。
「名前は、咲間・楪さんっていうの。破綻深度は2。時間がかかれば、3に進行しちゃうかも……。楪さんは人がたくさんいる駅前の交差点で、歩きタバコをしている人を見かけて、凶行に及ぶみたい。それに巻き込まれた人たちも大怪我してるのがみえたの」
まるで自分が痛みを感じているかのように眉根にシワを寄せて万里は状況を説明していく。
「みんなにはそれを止めてもらいたいの」
それと……。そう言って夢見の少女は覚者達の顔を見渡してから、意を決して口を開いた。
「まだ、きっと間に合うと思う。正気に戻ったら、破綻者としての凶行を思い起こして、楪さんはきっと自分を責めると思うんだよ。それでも……それでも!楪さんを助けてあげて!」
●正義とは信念である
私は、この力を得て、人を助けたいと思った。力が発現した時にお母さんを怪我させてしまったのだ。お母さんはそれでも「大丈夫、大丈夫。あなたの力は悪いものじゃないわ。正しいものだから安心して」といって泣きじゃくる私を慰めてくれた。だけど優しいお母さんはその怪我が原因で数ヶ月後鬼籍に入った。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
謝ったってなにも帰ってこない。それは知っているけれど……。それでも。だから、だから。だから。
――だから私は贖罪するのだ。お母さんを傷つけて、殺してしまった贖罪を。
私は正義の覚者として、たくさんの人を助けて悪を糺さなくてはいけないのだ。そうすれば、私のこの力は悪いものじゃなくなる。お母さんの言ったとおり、正しいものになるから。
『ありがとう、覚者さん。あなたのお陰でたすかったわ。何かお礼は……?』
そうして、人を助けた。困ってる人を探して、助けて、感謝なんかいらない。お金だっていらない。だって贖罪だから。そうしないと私は生きていてはいけないのだ。
『これくらい誰でもやってることだろ? 車だって通ってなかったから赤信号でも通れるとおもったから……!』
昨日も、今日も明日も。人を助ける。悪を糺す。明日も。明日もそのまた明日も。明日ってなに?人助け。そう、人助け。
『そこをどいてくれ! 妻が苦しんでいるんだ、少しのスピード違反は多目にみてくれ!』
そう、悪いことは正さなきゃ。
『私はそいつにいじめられていたんだ……なのにどうしてそいつを助けるんだ! そいつさえいなければ! そいつが死ねば私はいじめられなくて済むんだ!』
そう、命が危険にさらされている人は助けなきゃ。
助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助ける。助けるってなに?
お母さん、私の力は悪くないって言ってくれたよね? 悪いことを正すことが正義でしょう? 誰かを助ければそれは正義でしょう?
●正義とは■■である
私は正義の覚者。困っている人がいたら助けずにはいられない。
私は正義の覚者。マナー違反は大嫌い。
なら、私は誰が助けてくれるの? ねえ、助けてよ。正義の味方がいるならば。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者「咲間・楪」を止める(生死は問わない)
2.一般人に被害が及ばない
3.なし
2.一般人に被害が及ばない
3.なし
正義とはなんぞや。
人とは常に正しくありたいと思う生き物だと思います。だからこそ正しくあるために努力をします。
追い詰められた結果、破綻した少女のこれ以上の凶行を止めてください。
ロケーションは人通りの多い昼間の某駅前。足場などの不備はありません。
咲間はマナー違反をする男性をみかけたら、それ以外は見えなくなるような猪突猛進型です。
件の男性よりマナー違反や犯罪行為があるならば、そちらに集中するでしょうから、比較的誘導は難しくないと思います。
一般人へのフォローもお願いします。
破綻者・咲間・楪(さくま・ゆずりは) 深度2
17歳の少女です。1年前の事件で母をなくし、以来個人の覚者として活動してきました。真面目で勤勉、少々神経質のきらいもありましたが概ね問題なく活動していましたが、ここ最近になって思いつめすぎて、ゆっくりと破綻していきました。
火行の獣憑[猪]
火行の術式と、重突・改、爆刃想脚を使用します。武器は手甲。
反応速度は高めです。
皆様の思いの丈をプレイングに込めていただけると嬉しく思います。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/8
4/8
公開日
2017年12月25日
2017年12月25日
■メイン参加者 4人■

●
俺はこの場を救う正義のために悪を行う!
決していやらしい思いはなく、システマチックに、依頼の成功を前提として行われなければならない重要な任務なのだ。
いや、いやらしい思いはなくはない。男の子だし。いやいや、ないよ? ぜんぜんないよ?
震える手がスカートに伸びる。その距離は20センチ、15センチ、5センチ、2センチ、1センチ。
たった10ミリの距離。だというのに、そこにあるのは圧倒的なプレッシャー。七星剣の隔者と相対したときよりも、大妖に見下されたときよりも重くのしかかる。
やるぞ、やれよう、やれよ俺ぇ! 俺いつまで考えてんだよお!
●
私は歩きタバコをする男性を見かけた。ひどいマナー違反だわ。タバコを持つ手が子供に当たったらどうするの。大怪我をしてしまう。
因子の力を身体に巡らせる。どくんと心臓が跳ねれば私の手は一回り大きくなる。前よりおおきくなっている気はするけれど。
手に合わせおおきくなった手甲を構え注意(はいじょ)するため口を開こうとした瞬間、女性の悲鳴が聞こえた。
黒髪の女性が赤髪の少年に襲われんとしている。こんな昼間の街なかで。破廉恥だわ。助けなきゃ。
踵を返し、彼らのもとに向かう。あの少年の手を切り落として女性を救わなきゃ。
●
「来たようじゃの」
『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141) がぬばたまの黒髪を妖薙・濡烏に捧げる。それは妖薙との契約であり、約束。同じ色の刃は捧げられた乙女の黒髪と同化し妖しく煌めく。
「ああ、そのようだ」
『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019) は樹香と並びたち、咲間・楪に向かい合うように進路妨害をかける。
猪の少女は鋭い牙と明らかに異形に肥大した手に気づいているのだろうか。――破綻者。その深度は刻々と深まっていく。ゆっくりと。しかして加速度的に。
(哲学的なことを悩み、単身の活動で心身をすり減らし……。壊れないほうがおかしいというものだ)
いたましげに赤貴は目を細める。
「だが、誰かを助ける前に自分に助けが必要だと気づいたようだな」
そこに救いはあるのだと、楪に伝えるために覚者たちは動き始める。
「その、大和ちゃん、これは事故なんだー!これは世界のためなんだー!」
「きゃー、たすけてー(棒) 彼女がくるのがもう少し遅ければ、ジャックさんの脳天に星を見せることになるところだったわ」
騒ぐ『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403) をあしらう『月々紅花』環 大和(CL2000477) を見やり、楪は口の中でどういうこと? と問いかけた。
何かが違う。そこに悲壮感はない。まるで友達どうしが巫山戯あっているようにしか見えない。
楪の動きが止まった瞬間、彼らは手際よく己が因子に覚醒し戦闘態勢を整え、一般人を誘導し始める。
大和が足のホルダーから呪符を抜きだし妖艶な仕草で口付けると、パリパリと雷が纏い付いた。近くのマンホールに投げつければドォンと大きな音をたててはじけ飛ぶ。と、同時に「何かが爆発したみたい、逃げましょう!」と避難誘導を叫べば周囲の一般人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「転ばんようにな!」
ジャックは油断なく、呆然とする楪を睨みながら仲間を克己する祝詞を展開し、すれ違い様に転びそうになった子供を支え声をかけた。
これで、準備は整ったと、赤貴は骨でできた無骨な斧を楪に向ける。巨大でありながらも軽く鋭いそれは見るものを威圧するような迫力を有している業物だ。
「そう、そうなの、そうなのね。貴方達は……私を騙したのね。私は、正義を行っているのよ。どうして邪魔するの?」
楪の肥大した腕がまたぎちぎちと重量を増す。
ルールに反した者を罰するのは、なるほど悪を糾すことなのだろう。しかし、何を以て罪と罰の天秤を定義するのか。誰かの正義は誰かの悪になる。それは月並みなほどに語られ続けた命題であり、真実だ。だからこそ赤貴は自分を正義であると見なしてはいない。
足元から隆起した岩槍と突きを重ねる巨大な拳が音を立てて削れあう。まるで己が信念のせめぎあいのように。赤貴の頬を一筋の閃光が通りすぎ鮮血がこぼれ落ちた。
「わかるか? 人の社会で正義を謳うのであれば、オマエは法を学ばねばならない」
この四半世紀でこの国の法律が形骸化しているとはいえ法はそこに存在している。私的な判断で行われるそれは私刑でしかない。
「違う! だって助けるための犠牲は仕方ないじゃない! 私が助けなかったら……。それに法律を犯しているほうが悪いに決まってる!」
「法に則っていれば、それは正義だろうか? 残念ながら、そう単純ではない」
地を這う連撃と厳しい正論が楪の身体を打ち据えた。法を守ることで別の法を犯しているということを暗に告げている。
「うるさい、うるさい!!」
法はあくまでも社会を円滑に回すためのシステムでしかない。とは言え、法を犯すものを糺せば正しくなれる。楪はそう思っていた。
「そう。様々に語ることはできるが、どれも一面でしかない」
「そんなの! 知ってるわよ! だったらどうしたらよかったの? 誰も教えてくれなかった!」
色鮮やかな樹の葉を纏い樹香が斬撃をひふみに重ねて煌めかせれば、楪の肌から赤が舞う。
真っ直ぐに貫く正義。それは樹香にも重なるそれだ。楪の今はともすれば自分にもあったかもしれない未来なのだ。樹香は濡烏を強く握りなおし、楪を救うと誓った。その気持ちは誰よりも強いと自負している。
やってきたことは許されないかもしれない。だからこそ死は償いにはならないと思う。
「……ワシには師匠がおる。ワシの祖母じゃ」
ひとつひとつ噛みしめるように、自分の正義のあり方を問うかのような口調で語りかける樹香。
「だから、なに?」
樹香の美しい髪が一房手刀に貫かれ空円を描いた。それでも樹香はひるまない。
「祖母から力の使い方と目の前の人を助ける思いやりを教えて貰わなければ、ワシはとっくに破綻していたじゃろうて。なればこそ、祖母から受け継いだこの正義を自分のものとして戦う」
「私だって、お母さんが教えてくれたから……! 私の使う力は正しいって……!」
同じ、なのだ。同じなのに、何故道を外したのだろう。何故破綻してしまったのだろう。私はお母さんのいうように正しい力を使っていただけなのに。
「お前様にも、見てもらうぞ。お前様にも聞いて貰うぞ。ワシの正義を、の」
ずるい、ずるい。楪にとっては樹香こそが、なりたい姿だったのだ。ぎちり、ぎちり……と空気が淀む気配がする。楪が手甲のついた獣手を尖らせ背後から、水と光の連続攻撃を浴びせてくるジャックと大和ごと貫かんと振り上げた。
「!」
その気配をいち早く察知した赤貴は樹香の間に割り込み空を撫で、凪のような動きで樹香を狙う破滅の軌道を反らし、たたらを踏ませた。
「なにを、したの?」
ダメージは全く受けていない。なのに楪は封じられた獣の腕に重くのしかかる圧力を覚え、血走った目で赤貴を睨む。
「ちょっとした手品だ」
ならばと、楪は因子の力を組み上げ赤い火柱で赤貴と樹香を染める。明らかに序盤よりも火力が上がっていることがわかる。ジャックは大和とアイコンタクトで攻撃から回復にシフトすることを伝えた。
「なによ! 嫌い、みんな嫌い、わかんない! 私は正義を貫いてるだけなのよぉお!!」
駄々をこねるように火柱が何本も、何本も立ち上がる。
「ちっげえよ!!」
叫ぶ楪より大きな声でジャックが叫んだ。
「もう、オマエのそれは正義じゃねえよ! 追い詰められてるだけやわ!」
ビクリと楪の肩が震える。
「正義ってのは聞こえはいいけど大変なことなんよ。自分の正義を押し付けることは誰かの正義を否定することだって、楪も気づいてるんやろう?」
彼女はうつむいて答えない。それでも、その沈黙は肯定しているようにみえた。
「助けるっていうのは相手を思いやることだ」
「……私は今貴方達に否定されているの?」
「ちげえ、俺は、俺達は今、みんな楪を助けたいって思っている」
楪の動きがびくりと止まる。
「貴方はまっすぐすぎて周りが見えなくなっちゃったのね。さっきは私を助けに来てくれてありがとう」
顔をあげると、大和と目が会った。
ありがとうなんていわれたのはいつぶりなのだろう。お礼なんて別にほしくなかった。けれども、それでも、その言葉を貰えたときは心が少し楽になっていたのだ。
「貴方の思想は間違ってなんていないわ。だって、被害に合いそうになっていたのを一番にたすけにきてくれたんだもの。けれどもやりすぎてはだめ。一歩下がって状況を見てから判断しても遅くないわ」
正義を実行すればするほどに、非難された。間違ってるのは世界? 私? そんなことすらわからなくなっていた。そうだ。私はただ、ただ肯定されたかっただけなのだ。この力は正しいものであると。
そして同時にこの行いが間違ったことだと指摘もされたかったのだ。そうすれば止まることができる。
「自分だけで抱え込みすぎたの」
少し短くなった横髪をなでつけながら樹香が微笑む。ああ、綺麗な髪なのに申し訳ないことをしちゃったな。そう思う。
「お前様を……破綻したまま死なせはせぬよ」
優しい言葉に、涙と笑みが自然にあふれる。
「そうそう、いい笑顔やね。女の子は誰しも笑って生きるべきやわ。辛くて苦しいのに正義のためによく頑張ったよ。一度休め」
私はもう休んでもいいの? ずっとずっと正義を実行しつづけなくてもいいの? 正しさを証明しつづけなくてもいいの?
膝の力が抜ける。ぺたんと座り込み、4人の覚者を見つめる。
「正義とは、虹のようなものだ。いくつもの色で輝き、常に遠く、走っても手を伸ばしても届かない」
ポツリと続けられる赤貴の声に目を向け、楪は黙って続きを促した。
「それでも見上げることをやめず、いずれ辿り着いてやる。そんな思いのことだ」
「ねえ、私は、悪いことをしたのでしょう? それでも、まだ、走ってもいいの? 手を伸ばしてもいいの?」
「それはお前次第だ」
ふいっ、と目を逸らすがその言葉に冷たいものはない。厳しい言葉はただただ自分を案じてくれていたものだと今ならわかる。
「ヒトは幾度間違えてもやり直せる。俺だってひとのことを言えないことをしてる。だからさ、俺もこれからどうすればいいか一緒に考えてやれる。一緒に美味しいごはんでもたべながらさ!」
「ななな、それって、デートの誘い……なの?」
少女らしい自意識の過剰さで真っ赤になる楪。そ、そんな誘いなんてされたことないし、わかんないしと口の中でもごもご呟いた言葉はジャックに聞こえただろうか。
「ねえ、貴方が貴方の考える正義とマナーの枠に囚われているのであればわたしが壊してあげるわ」
――貴方は十分に正義を貫いたわ。
ああ、ああ、それは、ずっとずっとずっと欲しかった言葉だった。
――だけれども、私はひどいことをした。正義という言葉で飾って、ひどいことをなんども何度もつづけた。記憶が飛んでしまっている部分は有るにせよ、たくさんの人を傷つけた。そんなこと許されるわけはない。
だから――。
手刀が自らを向く。ありがとう。最後に助けてくれて。本当の正義は貴方達だわ。本当にありがと――……。
「……死なせぬといったじゃろう?」
樹香がその手を止める。
「死は償いにはならぬ」
ぎりぎりと締め付ける手が痛い。それは樹香が本気で止めている証だ。
「生きて、再び人を助けてこそ、償いになろう」
目を背けたくなるような厳しい言葉。けれども、それは希望を与えてくれる優しい言葉。
「そうね、さしあたってはこれからはFiVEで仲間と一緒に困っている人を助けてもらえないかしら?」
大和の温かい手が添えられる。ほんとうに、こんなろくでもない私に、この人達はお人好しにも程がある。
「私を、私を助けてください、覚者の皆さん」
目を閉じる。樹香が、赤貴が、ジャックが、大和が頷いてくれた気配がした。
私はこれからも償いをしなくてはならない。でも、彼らのお陰で前みたいに追い詰められているものは無くなったと思う。
だから、つぎに目を開けたとき、彼らにお願いをしようと思う。少しだけ図々しいかもしれないけれども。
――私と友達になってください。美味しいごはんを一緒に食べにいってくれませんか?
●
正義とは目的ではない。
正義とは信念ではない。
――正義とは贖罪ではない。
――――正義とは――……。
俺はこの場を救う正義のために悪を行う!
決していやらしい思いはなく、システマチックに、依頼の成功を前提として行われなければならない重要な任務なのだ。
いや、いやらしい思いはなくはない。男の子だし。いやいや、ないよ? ぜんぜんないよ?
震える手がスカートに伸びる。その距離は20センチ、15センチ、5センチ、2センチ、1センチ。
たった10ミリの距離。だというのに、そこにあるのは圧倒的なプレッシャー。七星剣の隔者と相対したときよりも、大妖に見下されたときよりも重くのしかかる。
やるぞ、やれよう、やれよ俺ぇ! 俺いつまで考えてんだよお!
●
私は歩きタバコをする男性を見かけた。ひどいマナー違反だわ。タバコを持つ手が子供に当たったらどうするの。大怪我をしてしまう。
因子の力を身体に巡らせる。どくんと心臓が跳ねれば私の手は一回り大きくなる。前よりおおきくなっている気はするけれど。
手に合わせおおきくなった手甲を構え注意(はいじょ)するため口を開こうとした瞬間、女性の悲鳴が聞こえた。
黒髪の女性が赤髪の少年に襲われんとしている。こんな昼間の街なかで。破廉恥だわ。助けなきゃ。
踵を返し、彼らのもとに向かう。あの少年の手を切り落として女性を救わなきゃ。
●
「来たようじゃの」
『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141) がぬばたまの黒髪を妖薙・濡烏に捧げる。それは妖薙との契約であり、約束。同じ色の刃は捧げられた乙女の黒髪と同化し妖しく煌めく。
「ああ、そのようだ」
『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019) は樹香と並びたち、咲間・楪に向かい合うように進路妨害をかける。
猪の少女は鋭い牙と明らかに異形に肥大した手に気づいているのだろうか。――破綻者。その深度は刻々と深まっていく。ゆっくりと。しかして加速度的に。
(哲学的なことを悩み、単身の活動で心身をすり減らし……。壊れないほうがおかしいというものだ)
いたましげに赤貴は目を細める。
「だが、誰かを助ける前に自分に助けが必要だと気づいたようだな」
そこに救いはあるのだと、楪に伝えるために覚者たちは動き始める。
「その、大和ちゃん、これは事故なんだー!これは世界のためなんだー!」
「きゃー、たすけてー(棒) 彼女がくるのがもう少し遅ければ、ジャックさんの脳天に星を見せることになるところだったわ」
騒ぐ『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403) をあしらう『月々紅花』環 大和(CL2000477) を見やり、楪は口の中でどういうこと? と問いかけた。
何かが違う。そこに悲壮感はない。まるで友達どうしが巫山戯あっているようにしか見えない。
楪の動きが止まった瞬間、彼らは手際よく己が因子に覚醒し戦闘態勢を整え、一般人を誘導し始める。
大和が足のホルダーから呪符を抜きだし妖艶な仕草で口付けると、パリパリと雷が纏い付いた。近くのマンホールに投げつければドォンと大きな音をたててはじけ飛ぶ。と、同時に「何かが爆発したみたい、逃げましょう!」と避難誘導を叫べば周囲の一般人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「転ばんようにな!」
ジャックは油断なく、呆然とする楪を睨みながら仲間を克己する祝詞を展開し、すれ違い様に転びそうになった子供を支え声をかけた。
これで、準備は整ったと、赤貴は骨でできた無骨な斧を楪に向ける。巨大でありながらも軽く鋭いそれは見るものを威圧するような迫力を有している業物だ。
「そう、そうなの、そうなのね。貴方達は……私を騙したのね。私は、正義を行っているのよ。どうして邪魔するの?」
楪の肥大した腕がまたぎちぎちと重量を増す。
ルールに反した者を罰するのは、なるほど悪を糾すことなのだろう。しかし、何を以て罪と罰の天秤を定義するのか。誰かの正義は誰かの悪になる。それは月並みなほどに語られ続けた命題であり、真実だ。だからこそ赤貴は自分を正義であると見なしてはいない。
足元から隆起した岩槍と突きを重ねる巨大な拳が音を立てて削れあう。まるで己が信念のせめぎあいのように。赤貴の頬を一筋の閃光が通りすぎ鮮血がこぼれ落ちた。
「わかるか? 人の社会で正義を謳うのであれば、オマエは法を学ばねばならない」
この四半世紀でこの国の法律が形骸化しているとはいえ法はそこに存在している。私的な判断で行われるそれは私刑でしかない。
「違う! だって助けるための犠牲は仕方ないじゃない! 私が助けなかったら……。それに法律を犯しているほうが悪いに決まってる!」
「法に則っていれば、それは正義だろうか? 残念ながら、そう単純ではない」
地を這う連撃と厳しい正論が楪の身体を打ち据えた。法を守ることで別の法を犯しているということを暗に告げている。
「うるさい、うるさい!!」
法はあくまでも社会を円滑に回すためのシステムでしかない。とは言え、法を犯すものを糺せば正しくなれる。楪はそう思っていた。
「そう。様々に語ることはできるが、どれも一面でしかない」
「そんなの! 知ってるわよ! だったらどうしたらよかったの? 誰も教えてくれなかった!」
色鮮やかな樹の葉を纏い樹香が斬撃をひふみに重ねて煌めかせれば、楪の肌から赤が舞う。
真っ直ぐに貫く正義。それは樹香にも重なるそれだ。楪の今はともすれば自分にもあったかもしれない未来なのだ。樹香は濡烏を強く握りなおし、楪を救うと誓った。その気持ちは誰よりも強いと自負している。
やってきたことは許されないかもしれない。だからこそ死は償いにはならないと思う。
「……ワシには師匠がおる。ワシの祖母じゃ」
ひとつひとつ噛みしめるように、自分の正義のあり方を問うかのような口調で語りかける樹香。
「だから、なに?」
樹香の美しい髪が一房手刀に貫かれ空円を描いた。それでも樹香はひるまない。
「祖母から力の使い方と目の前の人を助ける思いやりを教えて貰わなければ、ワシはとっくに破綻していたじゃろうて。なればこそ、祖母から受け継いだこの正義を自分のものとして戦う」
「私だって、お母さんが教えてくれたから……! 私の使う力は正しいって……!」
同じ、なのだ。同じなのに、何故道を外したのだろう。何故破綻してしまったのだろう。私はお母さんのいうように正しい力を使っていただけなのに。
「お前様にも、見てもらうぞ。お前様にも聞いて貰うぞ。ワシの正義を、の」
ずるい、ずるい。楪にとっては樹香こそが、なりたい姿だったのだ。ぎちり、ぎちり……と空気が淀む気配がする。楪が手甲のついた獣手を尖らせ背後から、水と光の連続攻撃を浴びせてくるジャックと大和ごと貫かんと振り上げた。
「!」
その気配をいち早く察知した赤貴は樹香の間に割り込み空を撫で、凪のような動きで樹香を狙う破滅の軌道を反らし、たたらを踏ませた。
「なにを、したの?」
ダメージは全く受けていない。なのに楪は封じられた獣の腕に重くのしかかる圧力を覚え、血走った目で赤貴を睨む。
「ちょっとした手品だ」
ならばと、楪は因子の力を組み上げ赤い火柱で赤貴と樹香を染める。明らかに序盤よりも火力が上がっていることがわかる。ジャックは大和とアイコンタクトで攻撃から回復にシフトすることを伝えた。
「なによ! 嫌い、みんな嫌い、わかんない! 私は正義を貫いてるだけなのよぉお!!」
駄々をこねるように火柱が何本も、何本も立ち上がる。
「ちっげえよ!!」
叫ぶ楪より大きな声でジャックが叫んだ。
「もう、オマエのそれは正義じゃねえよ! 追い詰められてるだけやわ!」
ビクリと楪の肩が震える。
「正義ってのは聞こえはいいけど大変なことなんよ。自分の正義を押し付けることは誰かの正義を否定することだって、楪も気づいてるんやろう?」
彼女はうつむいて答えない。それでも、その沈黙は肯定しているようにみえた。
「助けるっていうのは相手を思いやることだ」
「……私は今貴方達に否定されているの?」
「ちげえ、俺は、俺達は今、みんな楪を助けたいって思っている」
楪の動きがびくりと止まる。
「貴方はまっすぐすぎて周りが見えなくなっちゃったのね。さっきは私を助けに来てくれてありがとう」
顔をあげると、大和と目が会った。
ありがとうなんていわれたのはいつぶりなのだろう。お礼なんて別にほしくなかった。けれども、それでも、その言葉を貰えたときは心が少し楽になっていたのだ。
「貴方の思想は間違ってなんていないわ。だって、被害に合いそうになっていたのを一番にたすけにきてくれたんだもの。けれどもやりすぎてはだめ。一歩下がって状況を見てから判断しても遅くないわ」
正義を実行すればするほどに、非難された。間違ってるのは世界? 私? そんなことすらわからなくなっていた。そうだ。私はただ、ただ肯定されたかっただけなのだ。この力は正しいものであると。
そして同時にこの行いが間違ったことだと指摘もされたかったのだ。そうすれば止まることができる。
「自分だけで抱え込みすぎたの」
少し短くなった横髪をなでつけながら樹香が微笑む。ああ、綺麗な髪なのに申し訳ないことをしちゃったな。そう思う。
「お前様を……破綻したまま死なせはせぬよ」
優しい言葉に、涙と笑みが自然にあふれる。
「そうそう、いい笑顔やね。女の子は誰しも笑って生きるべきやわ。辛くて苦しいのに正義のためによく頑張ったよ。一度休め」
私はもう休んでもいいの? ずっとずっと正義を実行しつづけなくてもいいの? 正しさを証明しつづけなくてもいいの?
膝の力が抜ける。ぺたんと座り込み、4人の覚者を見つめる。
「正義とは、虹のようなものだ。いくつもの色で輝き、常に遠く、走っても手を伸ばしても届かない」
ポツリと続けられる赤貴の声に目を向け、楪は黙って続きを促した。
「それでも見上げることをやめず、いずれ辿り着いてやる。そんな思いのことだ」
「ねえ、私は、悪いことをしたのでしょう? それでも、まだ、走ってもいいの? 手を伸ばしてもいいの?」
「それはお前次第だ」
ふいっ、と目を逸らすがその言葉に冷たいものはない。厳しい言葉はただただ自分を案じてくれていたものだと今ならわかる。
「ヒトは幾度間違えてもやり直せる。俺だってひとのことを言えないことをしてる。だからさ、俺もこれからどうすればいいか一緒に考えてやれる。一緒に美味しいごはんでもたべながらさ!」
「ななな、それって、デートの誘い……なの?」
少女らしい自意識の過剰さで真っ赤になる楪。そ、そんな誘いなんてされたことないし、わかんないしと口の中でもごもご呟いた言葉はジャックに聞こえただろうか。
「ねえ、貴方が貴方の考える正義とマナーの枠に囚われているのであればわたしが壊してあげるわ」
――貴方は十分に正義を貫いたわ。
ああ、ああ、それは、ずっとずっとずっと欲しかった言葉だった。
――だけれども、私はひどいことをした。正義という言葉で飾って、ひどいことをなんども何度もつづけた。記憶が飛んでしまっている部分は有るにせよ、たくさんの人を傷つけた。そんなこと許されるわけはない。
だから――。
手刀が自らを向く。ありがとう。最後に助けてくれて。本当の正義は貴方達だわ。本当にありがと――……。
「……死なせぬといったじゃろう?」
樹香がその手を止める。
「死は償いにはならぬ」
ぎりぎりと締め付ける手が痛い。それは樹香が本気で止めている証だ。
「生きて、再び人を助けてこそ、償いになろう」
目を背けたくなるような厳しい言葉。けれども、それは希望を与えてくれる優しい言葉。
「そうね、さしあたってはこれからはFiVEで仲間と一緒に困っている人を助けてもらえないかしら?」
大和の温かい手が添えられる。ほんとうに、こんなろくでもない私に、この人達はお人好しにも程がある。
「私を、私を助けてください、覚者の皆さん」
目を閉じる。樹香が、赤貴が、ジャックが、大和が頷いてくれた気配がした。
私はこれからも償いをしなくてはならない。でも、彼らのお陰で前みたいに追い詰められているものは無くなったと思う。
だから、つぎに目を開けたとき、彼らにお願いをしようと思う。少しだけ図々しいかもしれないけれども。
――私と友達になってください。美味しいごはんを一緒に食べにいってくれませんか?
●
正義とは目的ではない。
正義とは信念ではない。
――正義とは贖罪ではない。
――――正義とは――……。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし
