ひな祭り大作戦
●
3月3日、桃の節句ことひな祭り。本来は上巳の節句と言われ、3月初めの巳の日であったことからその名が付いたらしい。その当時は3日である必要は無かったらしいが、いつの間にか3月3日の行事になったとか。
この桃の節句に飾られるのが雛人形である。
人形は女の子が健やかに、優しく育つようにとの願いを込められたもので、早くしまわないと婚期が遅れるというのは迷信らしい。
しかし、まあ。人形の世界にも色々あるようで。
「今回の依頼は端的に言うと、ひな祭りの男雛と女雛のヨリを戻してって話だ」
『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)のその言葉に、集まった覚者の一部は目を点にした。
「いや、そのまんまの意味だよ? 男雛に愛想尽かした女雛が箱の中に引きこもったから、どうにかしたいって話だ」
空気が一斉に沈んだ。しんと水を打ったように鎮まった。
「あ、あれ……? 私変な事言った……?」
多分変な事は言っていない。ただ、事実をかいつまみ過ぎである気はする。
……気を取り直して。
事件現場は京都市の老舗デパート。毎年この時期になると3月3日のひな祭りイベントに向けて7段飾りの豪華な雛人形が飾られるそうだ。
だがこの雛人形達、実は付喪神だった。長いこと愛着を持って飾られてきたがために遂には古妖になってしまった、とのことで。
もっとも彼等も飾られることも人の目に晒されることも大好きらしく、人の目に触れている間はすまし顔で人形らしく座っているらしい。
閑話休題。
でもって意志があるということは、時々いさかいが起こる訳で。ついには男雛と女雛で夫婦喧嘩が起こり、女雛が箱に引きこもってしまったそうだ。
夫婦喧嘩の理由は『男雛が三人官女と会話してるところを見て女雛が嫉妬した』とかそういうことらしい。だがあくまでそれはきっかけだろう。過去にも色々あって、つもりにつもって、今回それが爆発したんじゃなかろうか。でもって男雛に本音をぶちまけて引きこもったのはいいものの出てくるタイミングを逃してしまったんじゃなかろうか、と正美は言った。
「蜻蛉日記とか源氏物語でも『実力行使に出る女性』はいるし……時代問わないねこういう話は……」
何でそんなこと分かるんだ、という言葉に正美はさらりと真顔で
「学問オタクの父親持ってれば、それは、ね?」
とだけ。両親の間であったいざこざは沢山見てきた様子であると覚者達は察して、それ以上聞かなかった。
とにかく、このまま雛人形――しかも、女雛がいない状態だとデパート側としても困るし、男雛も困る。とのことらしく、ここは古妖に一日の長があるFiVEにお願いしたいらしい。
「えー……。で。男雛が女雛の気をひくためにパーティしたいそうなんだが、その為に君達に集まってもらったんだ。他の雛人形たちと協力して盛り上がれば、女雛もそれに誘われて出てきて機嫌直すだろうって」
要するに雛人形たちと一緒に盛り上がって楽しもうという話だ。料理を作って食べたり、白酒を用意して飲んだり、飾りつけをしたり、演奏したり。色々考えられることはあるだろう。
「とにかく楽しんでくるといいと思う。これも大事な仕事だ。じゃ、頑張って盛り上げてくるといい」
3月3日、桃の節句ことひな祭り。本来は上巳の節句と言われ、3月初めの巳の日であったことからその名が付いたらしい。その当時は3日である必要は無かったらしいが、いつの間にか3月3日の行事になったとか。
この桃の節句に飾られるのが雛人形である。
人形は女の子が健やかに、優しく育つようにとの願いを込められたもので、早くしまわないと婚期が遅れるというのは迷信らしい。
しかし、まあ。人形の世界にも色々あるようで。
「今回の依頼は端的に言うと、ひな祭りの男雛と女雛のヨリを戻してって話だ」
『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)のその言葉に、集まった覚者の一部は目を点にした。
「いや、そのまんまの意味だよ? 男雛に愛想尽かした女雛が箱の中に引きこもったから、どうにかしたいって話だ」
空気が一斉に沈んだ。しんと水を打ったように鎮まった。
「あ、あれ……? 私変な事言った……?」
多分変な事は言っていない。ただ、事実をかいつまみ過ぎである気はする。
……気を取り直して。
事件現場は京都市の老舗デパート。毎年この時期になると3月3日のひな祭りイベントに向けて7段飾りの豪華な雛人形が飾られるそうだ。
だがこの雛人形達、実は付喪神だった。長いこと愛着を持って飾られてきたがために遂には古妖になってしまった、とのことで。
もっとも彼等も飾られることも人の目に晒されることも大好きらしく、人の目に触れている間はすまし顔で人形らしく座っているらしい。
閑話休題。
でもって意志があるということは、時々いさかいが起こる訳で。ついには男雛と女雛で夫婦喧嘩が起こり、女雛が箱に引きこもってしまったそうだ。
夫婦喧嘩の理由は『男雛が三人官女と会話してるところを見て女雛が嫉妬した』とかそういうことらしい。だがあくまでそれはきっかけだろう。過去にも色々あって、つもりにつもって、今回それが爆発したんじゃなかろうか。でもって男雛に本音をぶちまけて引きこもったのはいいものの出てくるタイミングを逃してしまったんじゃなかろうか、と正美は言った。
「蜻蛉日記とか源氏物語でも『実力行使に出る女性』はいるし……時代問わないねこういう話は……」
何でそんなこと分かるんだ、という言葉に正美はさらりと真顔で
「学問オタクの父親持ってれば、それは、ね?」
とだけ。両親の間であったいざこざは沢山見てきた様子であると覚者達は察して、それ以上聞かなかった。
とにかく、このまま雛人形――しかも、女雛がいない状態だとデパート側としても困るし、男雛も困る。とのことらしく、ここは古妖に一日の長があるFiVEにお願いしたいらしい。
「えー……。で。男雛が女雛の気をひくためにパーティしたいそうなんだが、その為に君達に集まってもらったんだ。他の雛人形たちと協力して盛り上がれば、女雛もそれに誘われて出てきて機嫌直すだろうって」
要するに雛人形たちと一緒に盛り上がって楽しもうという話だ。料理を作って食べたり、白酒を用意して飲んだり、飾りつけをしたり、演奏したり。色々考えられることはあるだろう。
「とにかく楽しんでくるといいと思う。これも大事な仕事だ。じゃ、頑張って盛り上げてくるといい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ひな祭りを最大限盛り上げて楽しむ
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
§概要
雛人形たちとひな祭りを盛り上げて下さい。
料理作るもよし、人形の服仕立ててあげるもよし、一緒に食事をとるもよし、演奏やったり、7段飾りのセッティング一緒にやったりとか、色々出来ることはあると思います。
必要な材料、道具等はデパート側で用意してくれるそうです。
ちなみに白酒はれっきとしたアルコールだから未成年飲んじゃだめよ。マスタリングで甘酒とかジュースとかその手のものになるからね。
§雛人形(古妖・付喪神)
由緒正しい京雛。ただし准教授曰く「男雛と女雛でどっちが右に座るかで大正時代ごろから幾度となくモメたらしい」
明治初期生まれだが使う言葉は現代口語。お客さんの会話を聞いている内に覚えた模様。
古妖なので食事は取れる様子。
サイズは一般的な雛人形のサイズ。
雛人形は計15人(体?)
彼等と一緒にひな祭りを盛り上げて下さい。
・男雛(親王)
・女雛(親王姫)
今回夫婦喧嘩でもめにもめた二人。男雛は女たらし気味。男雛曰く「女雛は嫉妬深い」とのことだが真実はよく分からない。まあ色々あるんでしょ(思考放棄)
女雛は現在しまわれてる箱の中で引きこもっている。男雛は現段階では若干反省してる……かどうかは不明。
ただ現状このままだとまずいので何とか女雛の機嫌は直したいとのこと。
ちなみに某童謡で「お内裏様」「お雛様」という言い方をしていますがアレ、両者とも「男雛女雛2人1対を表す」言葉なので「お内裏様とお雛様」だと4人になってしまうらしいです(今回のシナリオ書くにあたって腰抜かした衝撃の事実その1)
でも口語として広まってるのでプレイングに「お内裏様」とか「お雛様」って書いても品部はリプレイで一切ツッコミません。もう広まっちゃってるしね。別にいいと思うの。
・三人官女
女雛の家庭教師的存在。中央の女性が既婚者(という設定らしい)で年長、それと若い女官が2人。年長の女性は若干お局様気味とのこと。
・五人囃子
元服前の貴族の子弟(恐らく12歳以下の少年達)
持っている楽器は太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡だが、オモチャの小さい楽器を与えられればラッパだろうドラムだろうと使える模様。何故とかツッコんじゃいけない。
・右大臣
・左大臣
男雛お付きの従者。「大臣」とは名がつくが公卿ではなく実際の所は武官。要するに男雛の護衛、騎士的存在。
雛段から向かって右側に左大臣、左側に右大臣がいる。
白髭を生やした方が左大臣、若い方が右大臣。
赤いお顔なのは左大臣だったよ(今回のシナリオ書くにあたって腰抜かした衝撃の事実その2)
・仕丁(しちょう)
宮廷の雑用係を預かる3人組の男達。衛士とも呼ばれる。
日傘を差す青年(怒りっぽい)
殿の履物を預かる中年(悲観的で泣き虫)
ホウキで掃除をする老年(楽観的で笑い上戸)
の3人。
さあ! ネタは提供した! 頑張って盛り上げて!! 頑張って執筆するから!!
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/7
7/7
公開日
2017年03月18日
2017年03月18日
■メイン参加者 7人■

●それぞれの
気楽な夢見に送り出された7人の覚者達。移動中雛人形にそれぞれ思ったことはあったようだ。
「付喪神でも夫婦喧嘩ってあるんだ……」
と感心したのは今回の面子で唯一の男性である如月・蒼羽(CL2001575)だった。状況としては感心している場合ではないと彼も分かっているのだが。
「付喪神になるくらい、長い間一緒にいたら……色々、思うことは溜まりそうだよね……」
その傍らで、『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)がぽそり。レンゲさんが彼女の髪をぴこぴこといじっているが、それを気にしている場合ではない。
「お雛様の夫婦喧嘩の理由が女絡みとか……なんていうか、リアルすぎて夢が壊れた感じッス……」
『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)がちょっとゲンナリしつつ一言。雛人形と言えば女の子が憧れる夫婦の姿である。そんな人形達がそんな理由で喧嘩したとなれば……がっかりするのも当然か。
そんな彼女の様子を見てきっぱり言ったのが『風に舞う花』風織 紡(CL2000764)である。
「自分の女もぴしっと守れないような男はだめですね」
背筋をピンと伸ばしてばっさりと断言。一瞬空気が止まるレベルで断言したが、それを聞いた蒼羽も頷いて「奥さんを泣かせるのは良くない」と。とはいえそんな話ばかりもしてられない。
「この時期しか飾って貰えんお雛さんやのに……」
と言ったのは『泪月』椿 那由多(CL2001442)だ。折角の機会なのに。拗ねて逃してしまったら、後悔しか残らない。
「長引いても拗らせちゃいそうですし、一肌脱いじゃいましょうか」
『深緑』十夜 八重(CL2000122)がそう言ったのに、那由多は頷いた。
「一緒にみんなと騒いで、楽しんでくれたらええな」
「そうですね」
『調和の翼』天野 澄香(CL2000194)も頷き、言った。
「ここは天岩戸作戦で行きましょう」
外でわざと騒げば気になって出てくるに違いない。作戦名も決まった所で覚者達は一様に頷いた。
目指せ、最高のひな祭りパーティー。
●目指せ天岩戸
飾りつけを担当することになったのは、ミュエルと蒼羽と舞子の3人だ。
「うちにあった雛人形は小っちゃいやつだったッスから、7段飾りの雛人形は憧れッス!」
「私の家にあったのも……男雛と女雛のだけだったな……」
「僕は妹の為に飾ってたけど……」
何せ妹の為に3日を過ぎる前に速攻しまっていた蒼羽である。とはいえ。
……健やかで……優しい……。
(願いは、込めているんだけどね……)
思わず遠くを見る。いやいや妹さん、健やかで優しいと思いますけどねとその場にあの夢見がいたら言いそうだが。
蒼羽が重たいものを持ち運び、ミュエルと舞子が小物を雛段の上に置いていく。
「ええっと……これは……」
ミュエルが困惑しつつ橙を置いた所で、老年の仕丁が笑いながら言った。
「お嬢ちゃん、それは反対側におくんだよ」
「え、逆……?」
ミュエルは思わずまごつく。それを見て仕丁は更に笑った。
「ははは。冗談冗談。最初の置き方が正しいんだよ」
「え、え……?」
……仕丁はミュエルをからかっている。しかしそんなこと彼女には関係ない。完全に硬直した。
そんなトラブルに見舞われながらも、自分が担当する所の飾りつけが終わったら、ミュエルは雛人形達に飾りつけを即席ではあるが作ることにした。
五人囃子は音楽をするので音符柄のリボンをへこ帯に。
右大臣や左大臣、仕丁には光沢の強いサテンのリボンで帯を作る。
女性である三人官女にはおそろいのショールを用意して。
「……お局様には、色違いのビーズを……つけようかな……」
女雛にもリボンで用意をする、が。それは男雛に会ってからの話だ。とりあえずお内裏様達の分以外を全部仕上げてから、ミュエルは立ち上がった。
「喜んで、くれると……いいな……」
一方で舞子は箪笥や牛車を見ながら中年の仕丁にポツリ。
「これって確か、結納の品なんスよね」
「君、よく知ってるね……」
博覧強記で増強された知識を持つおかげか、説得力のある発言である。仕丁はいつもの落胆ぶりを見せつつも頷いた。
「新婚当初のピュアでらぶな気持ちがあれば、仲直りもしやすいんスがねぇ……」
「そうなんだよね。僕等もさ、親王様と姫様のお熱いトコ見てるから……」
「やっぱラブラブな時期はあったッスか」
「……あったよそりゃ。新婚の頃とかそうだったし。だからさ、今みたいにこんなことで大喧嘩して引きこもるとか考えられなくって……」
いつもの調子で泣き崩れ始めた仕丁に、舞子も流石に困惑する、が。いつまでも悲嘆している訳にもいかない。
「ここはいっちょ、どーんと盛り上げて新婚時期のアツアツっぷりを取り戻すッスよ!」
「そ、そうだね……上手く行くといいけど……」
そんなガッカリしている仕丁を横目に舞子が手にしたのは電飾。更に造花や風船。ミュエルも折り紙を折って飾りを作り始めたので、本当にパーティーの様相になりそうだ。
キラキラに飾って女雛をびっくりさせて笑わせようという作戦だ。
それを見つつ力仕事をしていた蒼羽はと言えば。
「へーえ」
舞子の飾りつけを感心しがら、仕丁の青年と話をしていた。
「所で、男雛はどこにいるか知ってる?」
「ああ、あっちですよ」
指さされた方を見てみれば、ひな壇の隅で落胆している彼の姿が。
「やっぱり凹んでるんだ」
「まあ自業自得ですけどね! 女雛様泣かせるとか!」
仕丁の青年は憤慨して怒鳴る。蒼羽は腕を組んで頷いた。
「奥さんを泣かせるのは良くない」
「そうですよね! ここはいっそガッツンと言ってくださいよ!」
ガッツン、か。と思いつつ、蒼羽は料理をしている女性陣をちらりと見た。確か澄香たちが三人官女や他の雛人形から話を聞いてくれている筈だ。
沸騰寸前のお湯から昆布を引き上げる。いい出汁の匂いだ。
「ふふ。楽しいですね」
八重は菜箸で昆布を引き上げ、いつもの笑みを浮かべた。ひな祭りの定番メニュー、ハマグリの吸い物を作っているのだ。
「塩の濃さはどうしましょうか」
「お公家様ですし……出汁をしっかり取って薄めにしましょうかね?」
八重の問いに澄香はちょっと首を傾げつつ、そう答えた。
澄香の提案でちらし寿司とハマグリの吸い物を作ることは決まっていた。あとは雛人形達からリクエストを受けて好物をいくつか作る事に。
何せ三人官女のお局様が詳しく教えてくれた。
「私の持ってる情報なんてそんな大したことないわよ」
……なんてお歯黒の口で言いながら無駄な世間話――というか主に旦那への愚痴や後輩官女の仕事の拙さについてだが――を交えつつ、延々と語られてからようやく得た情報ではあるが。
いつ喋りが止まるのかと澄香は不安になりもしたのだが、好物や喧嘩の理由も聞けたのでその点収穫である。
三人官女はババロア、五人囃子はコロッケ、右大臣は茶碗蒸し、左大臣は酒のつまみなら何でもいいそうなので出汁に使った昆布を佃煮にして。で、仕丁たちはひなあられが好きだそうだ。
「所で天野さん、女雛様の好物は分かりましたか?」
「ごま団子だそうです」
甘い物が好きな八重はその言葉に微笑みを返した。
「ふふ、香ばしくておいしいですよね」
なんて会話をしつつ、二人で協力しながら料理を作る。
ひな祭り定番のちらし寿司は澄香の提案で菱餅風の三色に。八重の作ったケーキや澄香の作ったババロアも菱餅の形だ。
「こういうのは色と形に意味がありますからね」
と言って八重はイチゴ風味の生地と、抹茶風味と普通の生地と3つ作って重ねることにして。折角なので那由多たちに差し入れすることにした。
「せーの」
見よう見まねで指揮者のように指と尻尾を振りながら、那由多はリズムを取っていた。五人囃子にラッパやドラム、キーボードを持たせて演奏の練習中である。雅楽ではなくてバンド風味の演奏だ。
最初こそ若干リズムやテンポに狂いがあったが、数回繰り返すうちに音が音楽としてまとまった。
「すごいなぁ。流石やわ」
手を叩いて素直に喜び、彼等を褒める。
那由多もちょっと歌いたいなと思っていたが、謡の五人囃子が歌を歌っているのを見て
(これやったらうちの歌はいらんかな……)
なんて遠慮していた。そこに八重がやってきてひとまず休憩。
「お疲れ様ですよ。ケーキ、もしよろしければどうぞ」
「おおきに。八重さんもお疲れ様です」
その間に五人囃子と情報交換だ。八重は八重で夫婦喧嘩の理由を彼等から探ることに。彼等も理由については心当たりのある所はあったようだ。
「あと料理の要望はありますかね? 唐揚げとかどうですか?」
その言葉に五人囃子たちは子供らしく目を輝かせ、両手を上げて騒いだ。
「わー! 是非!」
「楽しみですー!」
……なーんて。思わず八重はクスクス笑う。
そんな時のことだ。五人囃子の一人が那由多に声を掛けてきた。
「所で黒猫のお姉さん」
「はい? うちのこと?」
「折角ですから一緒にどうですか? 歌など歌われたら」
「ええの?」
「はい。是非」
彼女はちょっと頬を赤らめてから、しかし顔をほころばせて頷いた。
「では遠慮なしに」
「女雛が戻ってこなかったら今年のあんたたちの役目はおしまいですよ!」
ときっぱり言って男どもの盛り上げにかかった紡。ひとまずひな壇のセッティングが終わった仕丁と大臣を集めて騒ぎ立てるよう仕組む。
「も、盛り上げるって何すれば……」
「我々は親王様の身の回りの仕事が第一で!」
「ははは。楽しそうだからいいじゃないか」
なんて三者三様の反応だが、紡はぴしゃり。
「うるせーです! 女雛のいないひな祭りなんてルーも福神漬も玉ねぎも入ってねーカレーに等しいです!」
その言葉に思わずまごつく3人組であった。
「とりあえず踊るんですよ! 騒ぐんですよ! もうハイになってイエーイウエーイみたいなそういう感じで!」
「いえーい……」
「うえーい……」
呆気に取られる右大臣と左大臣。それを紡は見逃さなかった。
「あんた達もホラ、盛り上げるんですよ!」
「え、えええ……」
若干要領は得ないがしかしまあ、盛り上がるよう騒げと言われて不器用ながらも仕丁も踊り始めた。
「ひゅー! かっこいいですよー!」
それを紡は手拍子をして最大限盛り上げた……所でそっと離脱する。
彼女が向かった先は女雛の入った箱だ。濁り酒の入った一升瓶を携え、どかっと胡坐をかいて箱の前に座る。
「おおーい、女雛さん。踊りを肴に女二人で飲みませんか?」
とは言ったが、まあ当然ながら箱に引きこもりっぱなし。しかたないので手酌をしつつ酒を一気に煽る。ぷはーっと息を吐いてから、もう一言。
「今、他のメンバーが料理作ってるんですよ。飾りとかも豪華で、色々あるみてーですよ。料理待ってる間に、色々聞かせてください」
「……」
「長年連れ添ってたら愚痴りたいこともあるでしょう。同じメンバーなら尚更です」
「……」
「でもね、うっさいことグチグチ言ってくる歯切れの悪い男はぶっとばしてやればいーんですよ!」
彼女の心は、箱と一緒にちょっとずつ動いている。紡はそれを感じた。
でもって、その『歯切れの悪い男』こと男雛はと言えば。
只今蒼羽と二者面談中である。澄香や八重達のお陰で既に情報は彼の元に集まっていたが、当人の口から聞きたいことは沢山ある。
「僕なら男同士だし話しやすくないですか?」
と言って男雛と話すことにしたのだが。まあ彼の口から出てくるのは……後ろ向きな言い訳だった。
「女雛は嫉妬深くて」
「私だって色々考えてるんだ」
「ちょっとぐらいこっちの気持ちを慮ってくれたって」
とかとかとか。
蒼羽の笑顔から……更に言うとその目から、笑みがすうっと消えた。
「僕は基本、男だから女だからとかいう言い方は嫌いだけど。でも奥さん泣かせておいてぐだぐだしている男は鉄拳制裁してもいいと思うんだ」
ねぇ? と口調だけは柔らかい物の、妹そっくりのその笑顔、特にその目は猛禽類の光である。男雛は腰を抜かしてひっくり返った。今回の引きこもりのきっかけ自体は勘違いが主であるものの、男雛本人も長い事彼女にかけた迷惑は相当なレベルで自覚していたようである。
「わ、私は今年ぐらい女雛を左に座らせるかどうかで官女たちと話をしていただけだぞ?」
「うん知ってる。でもだったら誤解解きましょうよ。何とかしたいんでしょう? 僕達だって仲のいいお雛様達見たいんですから」
●開かれる岩戸
そしてすべての準備は整った。料理も、ひな壇も、音楽も。
紡の座った傍に置かれた箱の前にそろった14人の雛人形と7人の覚者は集った。あとは、彼女の心を箱と一緒に開けるだけ。
「女雛さん、大分箱の中から返事してくれてますよ」
大分出来上がって来た紡がにやっとしたり顔で笑って語る。それに那由多は頷いた。
「さん、はい」
那由多の指揮で五人囃子が演奏を始め、それと共に彼女達は口を開いて歌い始めた。
当然、歌はひな祭り定番のあの歌。2番に差し掛かり、三人官女の名が出てくる所で、那由多はちょこっと良い事を思い付いた。澄香と目を合わせ、頷く。
「ねえさまは はぁやく出てきてくだしゃんせ」
その瞬間、カタッと音がして箱が動いて。澄香はそれを見逃さずふたを開けた。
「あっ」
思わず女雛は驚いたような声を上げ、そしてじっとこちらを見ている。
蒼羽は男雛の肩を指で軽くたたき、がんばれと口パクでエールを送った。意を決して歩を進める男雛。
「姫……すま」
済まなかったと言おうとした瞬間、男雛に飛んできたのは女雛の強烈な蹴り。蒼羽と澄香はあの黒い翼の彼女を連想した。
「え? 姫。何?」
困惑を隠せぬ男雛に、女雛が抱き着く。それを見てようやく覚者と人形達は安堵に胸を撫で下ろしたとか。
箱に引きこもりっぱなしの女雛の為に八重がプロパルを使って着物を綺麗にした。
「お姫様はいつだって素敵な姿でいて欲しいですからね」
そう言いつつ小さな筆で顔に着いた汚れを取る。ちょっと女雛はくすぐったそうだったが、八重はそれにつられて笑った。
「ふふ、美人さんですね」
更にミュエルが持ってきたのはリボンで作った羽織りだ。透けるリボンを使ったそれは、女雛の好きな桃色。男雛から聞いた好みだ。
「男雛様……女雛様のこと、ちゃんと見てるんだよ……大丈夫……」
いつも通りの口調だが、確信をもってミュエルは頷いた。
「この際ッスから女雛もイメチェンしてみるのもいいッスね! 出会った頃のときめきを思い出させるッス! 時代は魔性の女ッス! 目指せ美魔女ッス!」
そこまで舞子が言って「あ」と言葉を止めてから一言。
「でもさすがにこの時期は伝統的にいてほしいッスけど」
その言葉に男雛と女雛は目を見合わせ、そして微笑んだ。
「これで一件落着かな?」
蒼羽が呟く。それを聞いて舞子の緑の人魂が揺らめいた。
「でもせっかく用意したんですからみんなで楽しまなきゃッスよ! いっぱい食べたいッス!」
「とりあえず酒持ってくるですよーぅ!!」
紡の言葉を皮切りに、パーティーが始まった。
澄香は微笑んで一言。
「沢山作りましたからどんどん召し上がって下さいね」
ずらっと並んだ料理に舌鼓を打てば、澄香と八重は嬉しそうに笑い。
仕丁が紡に仕込まれて盛り上げて、蒼羽の提案で大臣たちが奉納試合を始め、五人囃子の演奏もあって大盛り上がりだ。
一通り終わった所でみんなで食事をとって、飾り付けられたひな壇を見て感心して舞子が胸を張ったり。
紡は大人達に酒を勧め、自分も飲んで飲んで飲んで、男雛に説教をかましていた。
「あんたはねぇ、甲斐性なしですよ!」
「はい……」
「一人の女を守れずして何が男雛ですか!」
「その通りです……」
最終的にはべろんべろんになって「酒がねぇですよ~~」と潰れるまで彼女は飲んだとか。
尚、その間ミュエルは女雛の聞き役に徹していた。もう三人官女には女雛に話を聞いてくれるよう伝えてはあるのだが、今回ばかりは彼女が女雛の聞き役をやりたいと思ったのだ。
ずっと話を聞いた所で、女雛はミュエルに一言。
「こんなきれいな羽織り、本当にありがとうね。ずっと大切にするわ」
微笑まれ、ミュエルはまごつきつつも静かに頷いた。
そんな賑やかな様子に那由多は微笑む。
「ほんま、上手く行ってよかった……」
こんな依頼に出るのは初めてで少し緊張したこともあったけれど、これで何とか丸く収まりそうだ。それが彼女には嬉しかった。
蒼羽もその傍らで頷き、微笑んで妹そっくりに笑った。
「これで、二人とも末永く仲良くなってくれるといいな」
●その後
後日、FiVE経由で覚者達に写真が送られてきたらしい。何だか嬉しそうな夢見に呼び出され、手渡された写真に映っていたのは7段飾りの雛人形達。
不思議なことに、男雛が向かって左に座っている。しかもすまし顔と言うよりも満面の笑みだ。話によると、雛人形を見た客の中には「京都なのに何で関東雛を飾っているんだ」と言い出す人もいたそうだ。
だが、その笑顔は見た人皆を幸せにしたとかで、例年より好評だったらしい。
……どうか。末永くお幸せに。
気楽な夢見に送り出された7人の覚者達。移動中雛人形にそれぞれ思ったことはあったようだ。
「付喪神でも夫婦喧嘩ってあるんだ……」
と感心したのは今回の面子で唯一の男性である如月・蒼羽(CL2001575)だった。状況としては感心している場合ではないと彼も分かっているのだが。
「付喪神になるくらい、長い間一緒にいたら……色々、思うことは溜まりそうだよね……」
その傍らで、『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)がぽそり。レンゲさんが彼女の髪をぴこぴこといじっているが、それを気にしている場合ではない。
「お雛様の夫婦喧嘩の理由が女絡みとか……なんていうか、リアルすぎて夢が壊れた感じッス……」
『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)がちょっとゲンナリしつつ一言。雛人形と言えば女の子が憧れる夫婦の姿である。そんな人形達がそんな理由で喧嘩したとなれば……がっかりするのも当然か。
そんな彼女の様子を見てきっぱり言ったのが『風に舞う花』風織 紡(CL2000764)である。
「自分の女もぴしっと守れないような男はだめですね」
背筋をピンと伸ばしてばっさりと断言。一瞬空気が止まるレベルで断言したが、それを聞いた蒼羽も頷いて「奥さんを泣かせるのは良くない」と。とはいえそんな話ばかりもしてられない。
「この時期しか飾って貰えんお雛さんやのに……」
と言ったのは『泪月』椿 那由多(CL2001442)だ。折角の機会なのに。拗ねて逃してしまったら、後悔しか残らない。
「長引いても拗らせちゃいそうですし、一肌脱いじゃいましょうか」
『深緑』十夜 八重(CL2000122)がそう言ったのに、那由多は頷いた。
「一緒にみんなと騒いで、楽しんでくれたらええな」
「そうですね」
『調和の翼』天野 澄香(CL2000194)も頷き、言った。
「ここは天岩戸作戦で行きましょう」
外でわざと騒げば気になって出てくるに違いない。作戦名も決まった所で覚者達は一様に頷いた。
目指せ、最高のひな祭りパーティー。
●目指せ天岩戸
飾りつけを担当することになったのは、ミュエルと蒼羽と舞子の3人だ。
「うちにあった雛人形は小っちゃいやつだったッスから、7段飾りの雛人形は憧れッス!」
「私の家にあったのも……男雛と女雛のだけだったな……」
「僕は妹の為に飾ってたけど……」
何せ妹の為に3日を過ぎる前に速攻しまっていた蒼羽である。とはいえ。
……健やかで……優しい……。
(願いは、込めているんだけどね……)
思わず遠くを見る。いやいや妹さん、健やかで優しいと思いますけどねとその場にあの夢見がいたら言いそうだが。
蒼羽が重たいものを持ち運び、ミュエルと舞子が小物を雛段の上に置いていく。
「ええっと……これは……」
ミュエルが困惑しつつ橙を置いた所で、老年の仕丁が笑いながら言った。
「お嬢ちゃん、それは反対側におくんだよ」
「え、逆……?」
ミュエルは思わずまごつく。それを見て仕丁は更に笑った。
「ははは。冗談冗談。最初の置き方が正しいんだよ」
「え、え……?」
……仕丁はミュエルをからかっている。しかしそんなこと彼女には関係ない。完全に硬直した。
そんなトラブルに見舞われながらも、自分が担当する所の飾りつけが終わったら、ミュエルは雛人形達に飾りつけを即席ではあるが作ることにした。
五人囃子は音楽をするので音符柄のリボンをへこ帯に。
右大臣や左大臣、仕丁には光沢の強いサテンのリボンで帯を作る。
女性である三人官女にはおそろいのショールを用意して。
「……お局様には、色違いのビーズを……つけようかな……」
女雛にもリボンで用意をする、が。それは男雛に会ってからの話だ。とりあえずお内裏様達の分以外を全部仕上げてから、ミュエルは立ち上がった。
「喜んで、くれると……いいな……」
一方で舞子は箪笥や牛車を見ながら中年の仕丁にポツリ。
「これって確か、結納の品なんスよね」
「君、よく知ってるね……」
博覧強記で増強された知識を持つおかげか、説得力のある発言である。仕丁はいつもの落胆ぶりを見せつつも頷いた。
「新婚当初のピュアでらぶな気持ちがあれば、仲直りもしやすいんスがねぇ……」
「そうなんだよね。僕等もさ、親王様と姫様のお熱いトコ見てるから……」
「やっぱラブラブな時期はあったッスか」
「……あったよそりゃ。新婚の頃とかそうだったし。だからさ、今みたいにこんなことで大喧嘩して引きこもるとか考えられなくって……」
いつもの調子で泣き崩れ始めた仕丁に、舞子も流石に困惑する、が。いつまでも悲嘆している訳にもいかない。
「ここはいっちょ、どーんと盛り上げて新婚時期のアツアツっぷりを取り戻すッスよ!」
「そ、そうだね……上手く行くといいけど……」
そんなガッカリしている仕丁を横目に舞子が手にしたのは電飾。更に造花や風船。ミュエルも折り紙を折って飾りを作り始めたので、本当にパーティーの様相になりそうだ。
キラキラに飾って女雛をびっくりさせて笑わせようという作戦だ。
それを見つつ力仕事をしていた蒼羽はと言えば。
「へーえ」
舞子の飾りつけを感心しがら、仕丁の青年と話をしていた。
「所で、男雛はどこにいるか知ってる?」
「ああ、あっちですよ」
指さされた方を見てみれば、ひな壇の隅で落胆している彼の姿が。
「やっぱり凹んでるんだ」
「まあ自業自得ですけどね! 女雛様泣かせるとか!」
仕丁の青年は憤慨して怒鳴る。蒼羽は腕を組んで頷いた。
「奥さんを泣かせるのは良くない」
「そうですよね! ここはいっそガッツンと言ってくださいよ!」
ガッツン、か。と思いつつ、蒼羽は料理をしている女性陣をちらりと見た。確か澄香たちが三人官女や他の雛人形から話を聞いてくれている筈だ。
沸騰寸前のお湯から昆布を引き上げる。いい出汁の匂いだ。
「ふふ。楽しいですね」
八重は菜箸で昆布を引き上げ、いつもの笑みを浮かべた。ひな祭りの定番メニュー、ハマグリの吸い物を作っているのだ。
「塩の濃さはどうしましょうか」
「お公家様ですし……出汁をしっかり取って薄めにしましょうかね?」
八重の問いに澄香はちょっと首を傾げつつ、そう答えた。
澄香の提案でちらし寿司とハマグリの吸い物を作ることは決まっていた。あとは雛人形達からリクエストを受けて好物をいくつか作る事に。
何せ三人官女のお局様が詳しく教えてくれた。
「私の持ってる情報なんてそんな大したことないわよ」
……なんてお歯黒の口で言いながら無駄な世間話――というか主に旦那への愚痴や後輩官女の仕事の拙さについてだが――を交えつつ、延々と語られてからようやく得た情報ではあるが。
いつ喋りが止まるのかと澄香は不安になりもしたのだが、好物や喧嘩の理由も聞けたのでその点収穫である。
三人官女はババロア、五人囃子はコロッケ、右大臣は茶碗蒸し、左大臣は酒のつまみなら何でもいいそうなので出汁に使った昆布を佃煮にして。で、仕丁たちはひなあられが好きだそうだ。
「所で天野さん、女雛様の好物は分かりましたか?」
「ごま団子だそうです」
甘い物が好きな八重はその言葉に微笑みを返した。
「ふふ、香ばしくておいしいですよね」
なんて会話をしつつ、二人で協力しながら料理を作る。
ひな祭り定番のちらし寿司は澄香の提案で菱餅風の三色に。八重の作ったケーキや澄香の作ったババロアも菱餅の形だ。
「こういうのは色と形に意味がありますからね」
と言って八重はイチゴ風味の生地と、抹茶風味と普通の生地と3つ作って重ねることにして。折角なので那由多たちに差し入れすることにした。
「せーの」
見よう見まねで指揮者のように指と尻尾を振りながら、那由多はリズムを取っていた。五人囃子にラッパやドラム、キーボードを持たせて演奏の練習中である。雅楽ではなくてバンド風味の演奏だ。
最初こそ若干リズムやテンポに狂いがあったが、数回繰り返すうちに音が音楽としてまとまった。
「すごいなぁ。流石やわ」
手を叩いて素直に喜び、彼等を褒める。
那由多もちょっと歌いたいなと思っていたが、謡の五人囃子が歌を歌っているのを見て
(これやったらうちの歌はいらんかな……)
なんて遠慮していた。そこに八重がやってきてひとまず休憩。
「お疲れ様ですよ。ケーキ、もしよろしければどうぞ」
「おおきに。八重さんもお疲れ様です」
その間に五人囃子と情報交換だ。八重は八重で夫婦喧嘩の理由を彼等から探ることに。彼等も理由については心当たりのある所はあったようだ。
「あと料理の要望はありますかね? 唐揚げとかどうですか?」
その言葉に五人囃子たちは子供らしく目を輝かせ、両手を上げて騒いだ。
「わー! 是非!」
「楽しみですー!」
……なーんて。思わず八重はクスクス笑う。
そんな時のことだ。五人囃子の一人が那由多に声を掛けてきた。
「所で黒猫のお姉さん」
「はい? うちのこと?」
「折角ですから一緒にどうですか? 歌など歌われたら」
「ええの?」
「はい。是非」
彼女はちょっと頬を赤らめてから、しかし顔をほころばせて頷いた。
「では遠慮なしに」
「女雛が戻ってこなかったら今年のあんたたちの役目はおしまいですよ!」
ときっぱり言って男どもの盛り上げにかかった紡。ひとまずひな壇のセッティングが終わった仕丁と大臣を集めて騒ぎ立てるよう仕組む。
「も、盛り上げるって何すれば……」
「我々は親王様の身の回りの仕事が第一で!」
「ははは。楽しそうだからいいじゃないか」
なんて三者三様の反応だが、紡はぴしゃり。
「うるせーです! 女雛のいないひな祭りなんてルーも福神漬も玉ねぎも入ってねーカレーに等しいです!」
その言葉に思わずまごつく3人組であった。
「とりあえず踊るんですよ! 騒ぐんですよ! もうハイになってイエーイウエーイみたいなそういう感じで!」
「いえーい……」
「うえーい……」
呆気に取られる右大臣と左大臣。それを紡は見逃さなかった。
「あんた達もホラ、盛り上げるんですよ!」
「え、えええ……」
若干要領は得ないがしかしまあ、盛り上がるよう騒げと言われて不器用ながらも仕丁も踊り始めた。
「ひゅー! かっこいいですよー!」
それを紡は手拍子をして最大限盛り上げた……所でそっと離脱する。
彼女が向かった先は女雛の入った箱だ。濁り酒の入った一升瓶を携え、どかっと胡坐をかいて箱の前に座る。
「おおーい、女雛さん。踊りを肴に女二人で飲みませんか?」
とは言ったが、まあ当然ながら箱に引きこもりっぱなし。しかたないので手酌をしつつ酒を一気に煽る。ぷはーっと息を吐いてから、もう一言。
「今、他のメンバーが料理作ってるんですよ。飾りとかも豪華で、色々あるみてーですよ。料理待ってる間に、色々聞かせてください」
「……」
「長年連れ添ってたら愚痴りたいこともあるでしょう。同じメンバーなら尚更です」
「……」
「でもね、うっさいことグチグチ言ってくる歯切れの悪い男はぶっとばしてやればいーんですよ!」
彼女の心は、箱と一緒にちょっとずつ動いている。紡はそれを感じた。
でもって、その『歯切れの悪い男』こと男雛はと言えば。
只今蒼羽と二者面談中である。澄香や八重達のお陰で既に情報は彼の元に集まっていたが、当人の口から聞きたいことは沢山ある。
「僕なら男同士だし話しやすくないですか?」
と言って男雛と話すことにしたのだが。まあ彼の口から出てくるのは……後ろ向きな言い訳だった。
「女雛は嫉妬深くて」
「私だって色々考えてるんだ」
「ちょっとぐらいこっちの気持ちを慮ってくれたって」
とかとかとか。
蒼羽の笑顔から……更に言うとその目から、笑みがすうっと消えた。
「僕は基本、男だから女だからとかいう言い方は嫌いだけど。でも奥さん泣かせておいてぐだぐだしている男は鉄拳制裁してもいいと思うんだ」
ねぇ? と口調だけは柔らかい物の、妹そっくりのその笑顔、特にその目は猛禽類の光である。男雛は腰を抜かしてひっくり返った。今回の引きこもりのきっかけ自体は勘違いが主であるものの、男雛本人も長い事彼女にかけた迷惑は相当なレベルで自覚していたようである。
「わ、私は今年ぐらい女雛を左に座らせるかどうかで官女たちと話をしていただけだぞ?」
「うん知ってる。でもだったら誤解解きましょうよ。何とかしたいんでしょう? 僕達だって仲のいいお雛様達見たいんですから」
●開かれる岩戸
そしてすべての準備は整った。料理も、ひな壇も、音楽も。
紡の座った傍に置かれた箱の前にそろった14人の雛人形と7人の覚者は集った。あとは、彼女の心を箱と一緒に開けるだけ。
「女雛さん、大分箱の中から返事してくれてますよ」
大分出来上がって来た紡がにやっとしたり顔で笑って語る。それに那由多は頷いた。
「さん、はい」
那由多の指揮で五人囃子が演奏を始め、それと共に彼女達は口を開いて歌い始めた。
当然、歌はひな祭り定番のあの歌。2番に差し掛かり、三人官女の名が出てくる所で、那由多はちょこっと良い事を思い付いた。澄香と目を合わせ、頷く。
「ねえさまは はぁやく出てきてくだしゃんせ」
その瞬間、カタッと音がして箱が動いて。澄香はそれを見逃さずふたを開けた。
「あっ」
思わず女雛は驚いたような声を上げ、そしてじっとこちらを見ている。
蒼羽は男雛の肩を指で軽くたたき、がんばれと口パクでエールを送った。意を決して歩を進める男雛。
「姫……すま」
済まなかったと言おうとした瞬間、男雛に飛んできたのは女雛の強烈な蹴り。蒼羽と澄香はあの黒い翼の彼女を連想した。
「え? 姫。何?」
困惑を隠せぬ男雛に、女雛が抱き着く。それを見てようやく覚者と人形達は安堵に胸を撫で下ろしたとか。
箱に引きこもりっぱなしの女雛の為に八重がプロパルを使って着物を綺麗にした。
「お姫様はいつだって素敵な姿でいて欲しいですからね」
そう言いつつ小さな筆で顔に着いた汚れを取る。ちょっと女雛はくすぐったそうだったが、八重はそれにつられて笑った。
「ふふ、美人さんですね」
更にミュエルが持ってきたのはリボンで作った羽織りだ。透けるリボンを使ったそれは、女雛の好きな桃色。男雛から聞いた好みだ。
「男雛様……女雛様のこと、ちゃんと見てるんだよ……大丈夫……」
いつも通りの口調だが、確信をもってミュエルは頷いた。
「この際ッスから女雛もイメチェンしてみるのもいいッスね! 出会った頃のときめきを思い出させるッス! 時代は魔性の女ッス! 目指せ美魔女ッス!」
そこまで舞子が言って「あ」と言葉を止めてから一言。
「でもさすがにこの時期は伝統的にいてほしいッスけど」
その言葉に男雛と女雛は目を見合わせ、そして微笑んだ。
「これで一件落着かな?」
蒼羽が呟く。それを聞いて舞子の緑の人魂が揺らめいた。
「でもせっかく用意したんですからみんなで楽しまなきゃッスよ! いっぱい食べたいッス!」
「とりあえず酒持ってくるですよーぅ!!」
紡の言葉を皮切りに、パーティーが始まった。
澄香は微笑んで一言。
「沢山作りましたからどんどん召し上がって下さいね」
ずらっと並んだ料理に舌鼓を打てば、澄香と八重は嬉しそうに笑い。
仕丁が紡に仕込まれて盛り上げて、蒼羽の提案で大臣たちが奉納試合を始め、五人囃子の演奏もあって大盛り上がりだ。
一通り終わった所でみんなで食事をとって、飾り付けられたひな壇を見て感心して舞子が胸を張ったり。
紡は大人達に酒を勧め、自分も飲んで飲んで飲んで、男雛に説教をかましていた。
「あんたはねぇ、甲斐性なしですよ!」
「はい……」
「一人の女を守れずして何が男雛ですか!」
「その通りです……」
最終的にはべろんべろんになって「酒がねぇですよ~~」と潰れるまで彼女は飲んだとか。
尚、その間ミュエルは女雛の聞き役に徹していた。もう三人官女には女雛に話を聞いてくれるよう伝えてはあるのだが、今回ばかりは彼女が女雛の聞き役をやりたいと思ったのだ。
ずっと話を聞いた所で、女雛はミュエルに一言。
「こんなきれいな羽織り、本当にありがとうね。ずっと大切にするわ」
微笑まれ、ミュエルはまごつきつつも静かに頷いた。
そんな賑やかな様子に那由多は微笑む。
「ほんま、上手く行ってよかった……」
こんな依頼に出るのは初めてで少し緊張したこともあったけれど、これで何とか丸く収まりそうだ。それが彼女には嬉しかった。
蒼羽もその傍らで頷き、微笑んで妹そっくりに笑った。
「これで、二人とも末永く仲良くなってくれるといいな」
●その後
後日、FiVE経由で覚者達に写真が送られてきたらしい。何だか嬉しそうな夢見に呼び出され、手渡された写真に映っていたのは7段飾りの雛人形達。
不思議なことに、男雛が向かって左に座っている。しかもすまし顔と言うよりも満面の笑みだ。話によると、雛人形を見た客の中には「京都なのに何で関東雛を飾っているんだ」と言い出す人もいたそうだ。
だが、その笑顔は見た人皆を幸せにしたとかで、例年より好評だったらしい。
……どうか。末永くお幸せに。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『幸福の黒猫』
取得者:椿 那由多(CL2001442)
『緑の天使』
取得者:十夜 八重(CL2000122)
『妹を想う兄』
取得者:如月・蒼羽(CL2001575)
『特攻盛り上げ隊長』
取得者:風織 紡(CL2000764)
『岩の扉を開ける者』
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『突撃爆走ガール』
取得者:葛城 舞子(CL2001275)
『羽衣の織り手』
取得者:明石 ミュエル(CL2000172)
取得者:椿 那由多(CL2001442)
『緑の天使』
取得者:十夜 八重(CL2000122)
『妹を想う兄』
取得者:如月・蒼羽(CL2001575)
『特攻盛り上げ隊長』
取得者:風織 紡(CL2000764)
『岩の扉を開ける者』
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『突撃爆走ガール』
取得者:葛城 舞子(CL2001275)
『羽衣の織り手』
取得者:明石 ミュエル(CL2000172)
特殊成果
『雛人形の写真』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員

■あとがき■
皆様お疲れ様でした。美味しそうな料理にそれぞれの雛人形とのやり取り、更に男雛と女雛のフォローまでと、色々あってこんなリプレイになりました。
とても楽しかったです。参加してくださった皆様にも楽しんで頂けると幸いです。
とても楽しかったです。参加してくださった皆様にも楽しんで頂けると幸いです。
