●強襲、バカンス 海の青さは空の色を映したものだともいう。 美しく、漣を奏でる海面が時折白く砕けては一面の凪に溶けていく。激動の運命も太平洋の真ん中までは届かない。人の世の営みがどれ程に忙しなかったとしても、『太陽に向けて』進む貸切の豪華客船はまるでそれを意に介していないようにも見えた。 「……暑いな」 「ああ、暑い」 船のデッキ、手すりから身を乗り出すように体重を預けて煙草を燻らせているのは言わずと知れたこの船のオーナーである。 「景気のいい顔しろよ、二枚目」 「別にしけてる訳じゃねぇよ」 時村沙織は少し億劫そうにそう答えた。 視線を声に向けない彼に話しかけたのもアーク(ふね)の責任者の一人である。肩を竦めた真白智親は沙織に並ぶように横に立ち、似たような仕草で煙草を吹かし始めた。 「税金は上がる。吸える場所は減る。ヤニ好きには辛い世の中だ」 「研究開発室は認めてやっただろ」 「気分の問題ってのは重要だ。だが、大手を振れれば尚更美味い」 都会の喧騒とは無縁の青空の下は全く奇妙な程の平静を湛えている。つい先日までこの船の乗員が命を賭す戦いに身を投じていた事等、嘘のように。 「時間は誰にでも平等で、望んでも望まなくても明日はやって来る」 智親が何を言わんとしているかを『明敏に察してしまった』沙織は苦笑いでそれに応えた。時間も運命も不可逆でどれ程に望んでも巻き戻る事は無い。何時でも、同じ。人間が守る意味を持つのは過ぎた日ではなくこれより来る明日であった。 「無理矢理にでも連れていくんだよ」 「ああ」 沙織の言葉に智親は頷いた。 「少しでも休ませなけりゃパンクしちまう。俺のエゴだな」 「ああ」 「だから、バカンスだ。約束した南の島なんだよ」 海鳥の声が遠く響く。青い空にぽっかりと浮かぶ白い雲。 素晴らしく冴え渡るコバルト・ブルーを熱心に見つめたならば、不思議な言葉でそれを茶化す彼女の笑顔が見えるのだろうか? 曖昧な世界の境界線上にたゆたう。誰もが皆。 不具合に塗れた運命がどれ程、心を揺すったとしても。 「暑いな」 「ああ、暑い」 ――また、夏はやって来た。 ![]() ![]() ![]()
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