● ゆらゆら、と。 夜空を映した海辺に零れる星屑や月灯りに混じって。 水底にともるあかりが、揺れていた。 「ねえ、ねえお姉さま! 見て、光る蟹よ!」 夜の帳が落ちた頃。部屋に駆け込んできた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)に目を向けて。 『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は少しだけ驚いた様に、その手の中を見つめた。 ふわり、と。灯るあかりは、淡い桃色。 「……何これ、何か塗ったの?」 「違うわ、元々光っているの! お外にもっと沢山居るわよ?」 示す先。窓の外を覗けば、暗い海に灯る、いくつもの白。 ぱちり、と瞬いた。どうなっているのか。紅の瞳が、不思議そうに揺らめいた。 「――異界の来訪者のようですね」 ノックの音。静かに開いた扉から顔を出した、『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)は微かにその唇に笑みを浮かべた。 その日だけ。やってきた何かが齎す奇跡。 「海洋生物に、明かりが灯っている様ですね。そして……それに触れると、色が変わるようです」 試してみたのですが。と、差し出した手に乗る貝は、淡い銀色を零していた。 すう、っと目を細める。 「夜も更けてしまいましたが、折角です。……少しくらい夜更かしをしても、今日は怒られない日でしょう?」 少しだけ外に出ませんか。そんな言葉に頷いて外に歩き出したフォーチュナはふと、思い出した様に足を止める。 こんなものが見れる日は、滅多に無いのだから。 「……未だ遅くも無い時間だし、誰か来ないか誘ってからいくわ」 先に行ってて。そんな言葉と共に、その足はリベリスタの元へと向かっていった。 ● 「まぁ、そう言う訳で。滅多に見れない景色だしさ。夜の海で遊んでみない?」 投げられた誘いの言葉。未だ眠りについていなかったリベリスタを捕まえて、フォーチュナは首を傾げる。 「だいぶ涼しくなったし、外でお酒を飲むのも良いと思うし。遠くまで行かないなら泳いでみても良いと思う。 海の生き物は全部、光っているんだけど……まぁ、触ってみると面白いかもね。その人それぞれの色に変わるみたい」 あたしはまだ試してないんだけどね。そう笑って、フォーチュナもまた立ち上がる。 「最近ゆっくりする暇とか、あんたら無かったんでしょう。……こんな日だし、少し夜更かしして、のんびりしない? 凄い静かだしさ、二人で言葉を交わすのも、楽しく騒ぐのも良いと思う。……ビーチ広いし、誰が何しても問題ないでしょう。 まぁ、気が向いたら来て頂戴。……それじゃあね」 手がひらひら、と振られる。 少しだけ楽しげな足取りが、軽やかにビーチへと歩いていった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月08日(土)22:41 |
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● ちかちか、と。瞬く灯りの中、砂を踏み締めて。那雪は隣を歩く狩生を見上げた。 一度だけの奇跡の夜。そんな夜を、この青年と過ごしたい。そんな少女の誘いに笑顔で応じた青年が、如何しました、と視線を向ける。 「偶には、こういう夜の散歩も、素敵だと思わない……?」 「ええ。……君となら尚の事」 微かな笑み。ゆったりとした足取りが、不意に乱れる。危ない、と声が聞こえた気がした。 柔らかな砂に足を取られて転びかけたその身体を、差し出された手が支える。 ほう、っと息を吐いた。怪我は無いですか。そんな問いに頷いて、けれど控えめに、那雪は銀色を見上げる。 「……えと、ね。また転ばないように、その……洋服の裾、掴んだらダメかしら……?」 そんな問いかけに返るのは、微かな笑い声。 差し出されたのは、白いシャツの腕だった。 「袖とは言わずに、此方へどうぞ。……勿論、那雪君が宜しければ、ですが」 ゆっくり、歩き出す。足元に光る貝が綺麗で、那雪は思わず目を細めた。 狩生は銀色だった、と聞いたけれど。なんだかそれもすごく納得だった。 自分は何色になるだろうか。そう問えば、少しだけ考える様に目の前の瞳が細められて。桜のいろでしょうか、と、応える声。 細い指がそっと、貝を拾った。ふわり、灯るのは淡い紫。少女の瞳の色。 「……君には、優しい色が似合うと私は思います。その色もお似合いだ」 「そんな風に思って貰えてたなんて、嬉しいの、よ」 彼にとっての自分の色も、今此処に灯る色も。少しだけ緩んだ表情と一緒に、その小さな手が優しく、貝を包み込んだ。 浜辺に屈んで、2人きり。細い指先が、近くの貝を突けば、ふわりと灯る翡翠色。 「光る海かぁ。ちょっとあの時の光景に似てるね」 さらり、流れ落ちる同じ色の髪を眺めて、悠里はそっと呟いた。 クリスマスの日。随分昔のようで、けれどまだ1年も経っていないのだ、と気付いて笑みが漏れる。 季節は移ろって、その中で互いが欠ける事無く、こうして共にあれる事は奇跡にも等しくて。 「そうですね……」 感謝しなくては、と、カルナはそっと目を閉じる。 全ての神秘が、これくらい綺麗で優しいものだったら。もう二度と、彼に無理をさせなくても済むのだけれど。 現実はそうはいかなくて。彼も、自分も、戦うことを止められない。 そんな思案に沈む彼女を、優しく見つめて。 「色々区切りがついて浮かれてたのかな? 普段の僕じゃ考えられないぐらい大胆な行動に出てたし」 伸びた手。白くて華奢な手と繋いで、もう片方は腰へ。 転びそうになったカルナごと確り受け止めて、あの日刻んだステップを。 零れ落ちた貝が、悠里の手に触れて、金色の煌きと共に波に浚われる。 「もう、ほら……」 少しだけ、怒った様な声は一瞬。ふわり、カルナの齎した翼が誘うのは、煌き零れた波間の舞台。 翡翠の髪を、金の髪を、優しい灯りが煌かせる。音楽は、無いけれど。 「あはは、これは素敵だなぁ」 あの日と同じ。不器用で、ぎこちなくて。でも飛び切り素敵なダンスを、もう一度。 きらきら、光る生き物に負けないくらい、その瞳を輝かせて。 光介は思わず浜辺へと駆け出していく。 「わ、すごい! 蟹もヒトデもきらきらしてますよ!」 弾んだ声。夢中になって蟹をつつくその背を優しく見つめて、シエルはほう、と吐息を漏らした。 「まるで星空を映した鏡の様……」 夢中になっている彼。その背を見ているだけでも、本当に心が温かくて。 一緒にいると、自分まで幸せだった。思わず微笑んで、あ、と声を漏らす。 そういえば。 「ちょっと失礼しますね……」 不意に耳元で聞こえた声に、光介が答える間も無く。ふわり。 遠くなる砂浜と、近づいた満天の星空。そうっと抱き締めて、夜空へ大切な彼を攫ったシエルは楽しげに微笑む。 「いつぞやのお約束……今、果たそうかと」 2人だけの空中散歩。 足元には、海の宝箱。彼にはどんな風に見えるのだろうか。そっと様子を伺えば、幸せそうに微笑む横顔が見えて。 「今日だけの……特別な夜景ですね」 囁くような声に頷いて。海を明るく輝かせる星のしずくは、一体どれ程あるのだろうか、と思いを馳せる。 とても、綺麗だ。だけれど、自分にとって、何より美しく大切な星は。 回していた腕に、力を込める。そんなシエルの腕を、光介もまた、そっと抱き寄せる。 こうやって、いつでも自分に安らぎをくれるひとに、感謝をこめて。 「夏でも夜は冷えそうッスから、タオルでも持ってくればよかったッスかね」 風に揺れる、暗闇でも分かる白衣。珍しい水着姿を覗えば照れを隠すように先に歩き出してしまった凛子の背を追って、リルもビーチへ入っていく。 小走りに、その背に追いつけば、青い瞳が見上げるのは遠い夜空。 「良い思い出あるのは学生の時までですけどね……」 そんな言葉と共に、語られる思い出と、夜空一杯の星のはなし。 幾つもの逸話に耳を傾けて、そっと屈んだリルは、目の前で煌く幾つもの貝に手を伸ばした。 「色々光ってて綺麗ッスね……」 その中でも、特別綺麗なひとつ。可愛らしい巻貝をそうっと包み込んだ。ふわり、と零れ落ちる紅いきらめき。 立ち上がって、差し出す。これなら彼女の長い髪にも似合うだろう。 「嬉しいです。大切にしますね」 「光って綺麗。似あってるッスよ」 優しい煌きは、彼女の褐色の滑らかな肌を、髪を、美しく彩って。 満足げに笑ったリルを見つめて、凛子もそっと笑う。少しだけ、屈んで。 「……ありがとうございます」 頬に触れた唇。一瞬、固まって。真赤になって慌てふためくリルに、凛子が思わず笑ったのはこの直後のことだ。 ● 「あ、飲み物も持って来たんでどうぞ……」 エリスを見送った響希に声をかけて、紅麗は控えめに、手に持っていたジュースを差し出す。 有難う、と笑って受け取られたそれに無意識に尻尾が揺れれば、フォーチュナは面白そうに目を細めた。 「あの、ひとつ質問があって」 こういうイベントに1人で参加とは、可笑しいのだろうか。世間話の合間、投げかけた問いに、目の前の瞳が瞬く。 不審に思われたのだろうか。慌てて、誘う相手がいないと言うか、と付け加えれば、少し気分が落ち込んで、思わず仮面を押さえた。 「別に良いんじゃない? あー、でも、誰かと話したい、とか遊びたい、なら、そうねぇ」 あたしで良ければ付き合うけど、如何? 少しだけ涼しい夜風が頬を撫でる。まぁ、可笑しい事じゃないわよ。そう笑ったフォーチュナの足元に転がる貝を見遣って。 嗚呼、そういえば、と再び口を開き直した。 「そういえば……響希さん。海の生物には……?」 「え? 嗚呼、……まぁこんな感じ」 何色か気になるんでしょ、そんな言葉と共に掬い上げられた貝に灯るのは、やわらかい銀色。 夜が好きだから、きっとその所為ね。そんな囁きと共に、放られた貝が煌きと共に海に沈んでいく。 それを、目で追って。 「その……ヘンなのに付き合ってくれて有難う……」 ぽつり、忘れずに告げようと思っていた礼を声に出せば、返るのは笑い声。 「お礼言われる事じゃないわ、こっちこそ、誘ってくれてありがと」 気が向いたらまた遊んでね。残ったジュースを飲み干して、フォーチュナは楽しげに目を細めた。 「何が見つかるかなあ。貝かなあ。蟹かなあ」 手と手を繋いで。常とは違う、ただ一人に向ける優しい笑顔を浮かべた疾風は、ゆっくりと浜辺を歩いていく。 白いワンピース。何時もならすぐにはしゃいでしまう筈の愛華は、その隣で幸せそうに表情を緩める。 今日は、はしゃぐよりも、ロマンティックな雰囲気に飲まれて。静かなお散歩がしたい。 「私が触ると何色かなぁ?」 屈んで、手を伸ばした。ワンピースの裾が濡れても良かった。だって、あんまりにも綺麗で。 波間から掬った、小さな魚。ふわり、可愛らしい紅色に染まったそれに目を細める彼女の横に、疾風も屈んで。 「何色に光るのかなあ? 人によって色も違うのかなあ? 不思議だよねえ」 今年も来れた、南の島。折角の機会に想い出を作りたい。そう微笑んだ疾風を、愛華は少しだけ見つめて。 繋いでいた手を、控えめに、握る。 「ねぇ、疾風さん……私もっと大人になるから」 だから、ずっとそばにいてね。 少しだけセンチメンタルな彼女の言葉。それを受け止めて、疾風は確りと、その指先を絡め直した。 ふわふわ、光の行き過ぎる海を眺める様に。1人歩く狩生の、すぐ横。 「――私だ!」 ばしゃり。唐突に発光しながら現れた千景に、銀の瞳が大きく見開かれる。 驚いたのだろうその表情はしかし、悪戯常習犯には少々物足りなかったようで。 「……おいおい、せめて目玉が眼鏡を突き破るぐらいは驚いてくれないと楽しくないじゃないか」 「ご期待に添えなかった様で。……何をしていらっしゃるんですか」 投げかけられた問いには、飄々と肩を竦めて見せる。あ、袖から魚出てきた。 砂糖吐きそうな程甘ったるい世界を、海水の塩分で中和しようと思っただけだ。 そんな事を嘯いて、嗚呼、と思い出した様にその指先が浜辺の向こうを指差す。 「あ、そうそう。『常闇の端倪』、向こうで何か君を探してるっぽい人が居たよ」 自分は人を驚かせるのに忙しい身。この辺で。 答えも聞かずに、再びばしゃん。海の中へ消えていく影を見送って、狩生もまた、示された方へと歩いていく。 遥かな海原。その一端で、思いを馳せながら。 ベルカは揺れる小船でゆったりと、奇跡の海を楽しんでいた。 折角の機会だ。夜の太公望でも気取って。針すら付けずとも良いかもしれない、何て思いながら、竿を海に向ける。 この日。この時間だけ。何かがやってくる。 最底辺のこの世界では、それ故に常に来訪者ばかりで。その影響は決して良いものばかりは無いのだけれど。 だからこそ、こんな奇跡を目に出来るのだとしたら、其処まで悪くは無いのかもしれない。 そう、考えて、ふと。岸辺を歩くフォーチュナの姿を認めたベルカは、少しだけ声を張る。 「あ、月隠先生! 少し、波に揺られてみませんか?」 此方に気づいたのだろう、手を振ったフォーチュナが頷くのを見てから。ベルかは静かにその船を浜辺へと寄せた。 幾重にも灯る明かりの中で、揺れる蝋燭。 こうしてゆっくり花火をするのは何時以来だろうか。 少し穏やかな、けれど色とりどりの炎を零すユーヌの花火から、火を分けてもらった竜一の花火が放つのは、噴水の様な火花。 通称ドラゴンらしい。まさに竜一。それが潰える前に、火を点すのは打ち上げ花火。 竜が昇るように天に上がって弾けたそれに、満足げな顔と、少しだけ微笑ましげな瞳。 次は何をやろうか。そう思案するユーヌの前で、竜一が休み無く取り出すのは、鼠花火。 火をつけて、追い掛け回す。その姿を眺めて。 「一つ、二つ、三つ……数増やすと賑やかで面白いな」 転ばないようにな、と心配しながら放り込むのは、新たな刺客。 「ねずみ花火に囲まれていた、だと……!? ギャアアア!」 上がる悲鳴。疲れた、と言わんばかりにユーヌの隣に戻って、次にやるのは線香花火。 無言、只管に無言。互いになぜか全力で、段々と弱弱しくなっていくそれを見つめている筈だったのに。 微動だにしない彼女が、少しだけ気になって。 「頬ツンツン。むふふー!」 目が合う。燃え尽きる前に落ちたそれに少しだけ笑って。立ち上がった。 なんだか童心に帰っていた気がするけれど。ついでだ。その広い背中に、覆い被さって。 「子供っぽく背中堪能させて貰おうか?」 重いなら降りるが。そんな言葉に寧ろ軽すぎると返した。何時もより少し甘えたな恋人を大事に背負って。竜一はゆっくり、部屋へと歩き出す。 「すごい星空なの、何だか手が届きそうね」 楽しげな声。2人で浜辺を歩きながら、ルアが大好きな彼を見つめれば、返るのは優しい笑顔と、 「こうすると、もっと星空が近くなるんじゃないかな?」 ふわり、浮き上がる身体。一気に高くなる視界。 抱え上げられた、と気付いて。慌てて手を伸ばしてその身体に捕まろうとするけれどそれは少し遅くて。 そのまま2人一緒に、柔らかな砂の上に倒れこんだ。 「っと……大丈夫かい?」 優しい声。恐る恐る目を開ければ、煌く星空と、大好きなスケキヨの顔。 夏に、あてられていたのかもしれない。目の前の彼。いつもの、安心出来る相手ではなくて。 大好きな、男の人だ、と思う。染まる頬。 それはスケキヨも変わらなくて。彼女を組み敷く様な状況は流石に少し、照れるけれどでも、こんなに。 こんなにも素敵な女の子が、自分の恋人なのだと思うと無性に幸せで。 「……転んで、どこか痛めていないかな?」 指は、首は、額は? そっと、何度も何度も。告げた箇所に口付けを落とす。 いとおしげな瞳が、仕草が、胸を締め付けた。何時もよりずっと恥ずかしくて、胸が苦しかった。 でも、それ以上に。 「好きなの。ずっと一緒なのっ」 真赤になって、それでもそんな想いを伝えてくれる大事な少女を抱き締めて、スケキヨもまた頷く。 「有難う。……勿論、ずっと一緒だよ」 星空よりも綺麗な君と。来年もまた、この星を見よう、と誓ったのはきっと、どちらも同じだった。 ● 夜なのに、海の生き物のきらめきで光る海。不思議で、何処か儚い。 そんな印象に惹かれる様に。大和はふらふらと、海の中へと足を進めていた。 少し冷たい水に、腰まで浸かって。漸く我に返る。水を吸って重たくなった服に、ひとつ溜息。 まぁ、仕方ない。今くらい、小さい事を気にせずにいたって良いだろう。 だって、折角の不思議な一夜なんだから。 ゆらゆら、揺れる波間で、光も揺らめく。大和の髪を照らすそれを見つめて。 嗚呼、もういっそ飛び込んでしまおうか。 逡巡は一瞬、ざぶん、と飛び込んで。不思議な海の中揺蕩って、満天の星空を眺めた。 聞こえるのは、潮騒の音だけ。ゆらゆら、ふわふわ、漂うままに、身を任せて。 「この静けさを……楽しみましょう?」 こんな夜も悪くは無いと、思った。 ざぶんと。沈んだ世界は、つきあかりと淡いきらめきで一杯で。 手と手を繋いで泳ぐフツとあひるは、楽しげに目を細めた。目指すは珊瑚の森。 少し見上げれば、差し込んだ月明かりで海面もきらきら、光っていて。とても綺麗に見えた。 あひるの指先が、悪戯に魚をつついてみれば、ふわりと灯る彼女の色。 くい、と手を引いた彼女の望みは、言われなくても知っている同じ様に魚に触れて、自分の色を灯した。 寄り添いあう二匹。ああ、まるで自分達みたいだ、と笑った彼女の気配。 ゆっくり歩いて、辿り着いた珊瑚の森。滅多に見られない、珊瑚の産卵が今目の前で行われていた。 神秘的で。全てが、輝いていて。それを2人だけのものに出来るのが、たまらなく嬉しかった。 手を、握り直した。視線を交わして。 「この景色、2人だけの宝物にしようね」 上がる気泡。勿論だ、と頷く大好きな恋人に、花の様な笑みを浮かべて、あひるは海上を見上げる。 月の光が、きらきら。光る生命もゆらり、揺れていて。 今。こんなにも輝く世界の中で、ふたりぼっちみたいだ。 彼と一緒なら寂しくないから。幸せそうに吐息を漏らして。寄り添った二つの影は、動かなかった。 「楽しんでおられれば何より、です」 「ん、ありがと。まぁそっちも楽しんで」 たまたま浜辺であったフォーチュナと言葉を交わして、その背を見送りながら。 美雪はぼんやりと、海辺を散策していた。 誘おうと思っていた相手の都合が悪かったのだけれど。妹の保護者として此処に来た。 光る海や、生き物も綺麗だけれど。その瞳は空を見上げて。 「太陽系に銀河系。ボトムの世界なのに、何故こんなに広いんでしょうね……?」 そこに、意味はあるのだろうか。誰に言うでもなく漏れた呟きは、潮風に攫われて溶けていく。 まぁそんなしっとりした空間の中で。 \突然の蟹工船/ 正直そのネタに私が一番吃驚していると言うのは置いておいて。 「夜闇を切り裂いてオレ惨状☆」 「そうだな、どちらかと言うと惨状だ!」 きらっ☆ そんな効果音がつきそうなイケメンスマイル。いやまじ無駄遣い。 終と、それについて砂浜に出てきた五月の発言は中々にインパクトのあるアレだった。 「アベックがステディを見つけていちゃらぶなのだな」 いやまだぎりぎり幼女枠くらいの君がそんなことを言わないで欲しい。ステディとか誰に教わったんですか>< そんな彼女を従えて。終の演説は開始される。 「カップルの皆さんは今日もお熱いですね! 末永くお幸せに☆ ……だが、数少ないシングルの同士諸君……!!」 自分にはまだ早い? キャラじゃないから? カムチャッカの荒波の如き激戦を繰り広げた諸君らが何を弱腰な! そもそもカムチャッカの荒波が分かる人が少ないと思います。あ、蟹もいちゃらぶしている。ヒトデもだ。 終の演説を聴いているのかいないのか、五月はじいっとそれらを見つめる。嗚呼、癒される。 「そう言って何もしなかった結果を見よ……! これがリア充とオレ達の差だ……」 ばっと手を広げる。そこはかとなく漂い続ける甘い空気。うん、甘い。 これがリア撲という奴なんだろうか。ステディとのラブゲームをブロックしているのだろうか。 五月の純粋な疑問が痛い。目を細めて、ああ、終が楽しそうだなぁ、と思った。 でも良く考えたら、終だって何時かは結婚して……あれ、自分ひとりぼっち? 「これは立ち上がらないではいられない。シングルの皆、本を読もう!」 何がどうなってそうなった。確かに読書は大事だけれど。 そんな彼女に後押しされるように月明かりのスポットライトに照らされた終の演説にも熱が入る。 「今こそプロレタリア派のようなハングリーな不屈の精神を呼び起こせ! 石に齧りついてでも敵に喰らいつくリベリスタ魂を見せつけろ!」 もしそれでカップルが成立したのなら。 \全力で祝ってやる/ あ、呪わないんですね。そんな、読んでないと分からないようなネタ怖い。 「労働は文化なのだ。労働だ! そう、愛に向かって労働するのだ」 どういう事なのか全く分かりません。言い終えて満足したのだろうか、五月の瞳が、足元のヤドカリへと移る。 家を交換するヤドカリ、ガン見。嗚呼可愛いなぁ。 何かとりあえずすごいインパクトの演説は、静かに終わりを告げた。 ● 「外でないの? 触ると色がかわるみたいだけど見てみないの?」 どんな色になるか興味は無いのか。そう尋ねる夏栖斗に首を振って、こじりは指を絡める。 其のまま、身を寄せて。 「近すぎたら、見えないものもあるのよ」 呟くような声に、夏栖斗は何か言う事も無く。ただ、静かに海を見つめる。 人工の光ではないもの。同じ明るさの筈なのに、こうも違うのは何故だろうか。 「儚く、見えるわね」 「儚くても、そこに確かにあるんじゃないかな」 外に出なくても、こんな風に夜を過ごせるならそれも悪くは無い。 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか。徐に立ち上がったこじりは、纏っていた服を唐突に脱ぎ捨てる。 暑い? そんな問いかけに首を振って。やっぱり近くで見たくなった、そう告げれば、嬉しそうに笑う顔。 「おっけ! 夜の海もたのしいもんな、触って光の色を確かめこようぜ! こじりの色はなんとなくピンク色のきがするな」 直感だけどね。弾んだ声。立ち上がった彼に対して、既に水着の彼女は振り向く事無く歩き出す。 「何をしているの、さっさと泳ぎに行くわよ」 貴方は何色かしら。そんな呟きが耳に入って。其のまま2人、まだ明るい海へと歩き出した。 最低限の照明。外と、其処に居る人達を眺めながら、ミュゼーヌは三千の用意したアイスティーを口に含む。 昼間はとても賑やかだったのに、夜になればこんなにも静かで。 隣に腰を下ろした彼の声だけが、聞こえてくる。 完全世界。否、今はその完全さは失われたけれど、そこであった事を、包み隠さず。 大変だったのね、と、囁くほどの声で返した。 「それでも。貴方が無事に生きて帰ってきてくれた……これほど幸せな事はないわ」 手を握って。じっと見つめた。 仕方の無いことだと知っている。けれどそれでも、彼が傷を負う度に、このぬくもりを失うのではと胸が張り裂けそうになって。 だからこそ、本当に良かったと、心から思う。 「大好きなミュゼーヌさんが帰りを待っていてくださるから、今回の戦いも乗り切れました」 有難う御座います。そう告げれば、少しだけ綻ぶ表情。 金の睫が震えて、伏せられる。それは、甘い口付けの催促。 「これからも必ず生きて帰ってくる様、呪いの掛け直しよ。……魔女の口付けは海の星々の力を得て、貴方を束縛し続けるんだから」 そんな囁きごと飲み込むように。 「……それと、えっと、ただいま」 唇は、優しく重ねられた。 伸びた手が、打ち上げられた貝を拾う。 葬識の手の中。ふわり、灯った紅。血の、いろ。 「そんなに俺様ちゃんは血なまぐさいかなぁ? 俺様ちゃんわりと血嫌いなんだけどなぁ~」 じい、っと見つめる。汚れれば洗濯は大変だし、何より汚い。 隣を歩いていたフォーチュナにそうは思わないか、と尋ねれば、まぁ、そうね。と頷くのが見えた。 長い爪が同じ様に貝を掬う。灯った、柔らかな銀色。 「ああ、君らしい色だね」 「……あたしはその色、あんたの目の色かなぁ、と思うけど。未だ真っ赤な、綺麗なあか」 貝を弄びながら。呟かれた言葉に、殺人鬼は答えない。 少しの沈黙。それを破ったのは、やはり葬識だった。 「そうだ、このまえの質問。とびっきりの素敵になったら……だっけ?」 きっと殺すだろう。そう告げられた言葉に、どうして、と返る声。 どうして、だなんてそんなの簡単だ。素敵な命は、さっさと奪わないと誰かに奪われてしまう。 「殺すことは愛することだ。俺様ちゃんは殺人鬼だからね」 そうすることでしか、ヒトを愛する事は出来ないよ。 揺らがない根幹。つめたくて、けれど常に変わらぬ紅いひとみ。 「奪った後は、どうなるのかしらね。でも、もう誰のものにも出来なくなるなら、それは悪いことではないのかも」 殺人鬼のあいって難しいのね。銀色の貝が、沖を目掛けた様に放られた。 刺されないようにそっと。ビニール袋で水ごと掬ったくらげ。 ふわふわ、白く光るそれをエレオノーラの前に差し出して、捕まえたのだ、とミカサは告げて見せる。 どうせ、酒を飲んで福利厚生を終えてしまうであろう相手だし。なんだか世話が焼ける、と思われているようでもあるし。 それなら、そのように振舞おうじゃないか。これも演技だ。別に、光っていて綺麗だから捕まえたかった訳じゃない。 滅多に自店から出て来ないミカサが珍しく出かけている事を珍しく思いながらも、エレオノーラの目は何処か誇らしげに見える無表情を見逃しては居ない。 ゆらゆら、手元のくらげと同じ色が、海いっぱい。目を細めた。 足元に気をつけてくださいね、そんな言葉と共に、拾った綺麗な貝殻をひとつ。エレオノーラへと差し出す。 「エレオノーラさんが触ると何色になりますか?」 応じる様に受け取ったエレオノーラの手の中で、ふわりと灯るグレー。 白でも黒でもないそれに、バランスが良い、と微かに笑う。ミカサは触らないのか、と言いたげな視線に、返るのは左右に振られた首。 自分が触っても、どうせ色なんて変わらないから。幾重にも折り重なる誰かの色に目を遣る。 灰色の髪と、黒い瞳。色を失った己の姿が、暗い海に微かに映って見える。 「試してみればいいじゃない。やる前から諦めちゃだめよ」 まあ無理にとは言わないけれど。貝を弄びながら。押しも引きもしないのは、エレオノーラが大人だからだろうか。 ふわり、落ちる沈黙。ちかちか、どこかで瞬く明かりの中で。ふと。 「あ、ほらそこ、カニいるわカニ」 エレオノーラに示されるまま。折角だ、と伸ばした指先で、蟹を突く。 どうせ変わらない、と思ったそれは、仄かにくすんだあおいろを灯す。未だ遠くない昔。良く見ていたいろ。 目を閉じた。潮騒の音が、少しだけ遠い気がした。 ● 砂浜に座って。狩生を誘ったよもぎは、優しく光る貝をぼんやりと眺めていた。 「月の綺麗な夜は良いね、それに今夜は特別なようだ」 今日しか見られないのは惜しいけれど、だからこそ余計綺麗なのだろうか。 それを肯定するように頷いた青年を少し、見遣って。落ちる沈黙。 言葉にするか否か。迷って、控えめに、その声が漏れる。 「……この気持ちがね、もしごく普通の恋というものなら、きみは困るだろうか」 性別すら曖昧な自分だから。気持ちの正体が分かる前に、聞いておきたいと思った。 何時かは、本当の自分のことを話せたらと、思うけれど。 そんな、何とか搾り出した様な声に、しかし青年は迷う事無く口を開く。 「先に断っておきます、私に君を傷つけるつもりはありません」 冴え冴えと。いろの欠けた銀色が、よもぎの方を向く。 「求める気持ちがありません。色恋も、他人にも。情熱のまま生きるには、私は歳を取りすぎた。君が望む答えは返せない」 淡々と、告げられる言葉に淀みは無い。 「数少ない友人が居ればそれで良い。……私は優しくなんて有りません、自分の為に生きている、身勝手な男だ」 沈黙が落ちる。それを破ったのはやはり、よもぎで。差し出されたハンカチ。 「返しておくよ。急だし、私の方のはまた今度にでも」 きっと、また会うだろうから。そう微笑んだ彼女からハンカチを受け取って。また今度、と青年もまた微笑んだ。 隣には缶ビール。人気の無いそこでひとり、釣りをしていた御龍は、視界一杯の煌きに目を細めた。 満天の星空に、満天の光る魚達。夜の海は怖いというけれど、これならきっと怖くない。 神秘的だ。泳ぐのも楽しいだろうけど、釣り人ならこれを釣らない訳には行かないだろう。くい、と引かれた竿を、力一杯上げる。 引き上げた大物。突けば、灯るのは自分の髪と同じ色。 「……あ、れ、何してんの?」 「おや響希さん。ここには誰もいないよぉ。あたしが釣りしてるだけさねぇ。あ、ビール飲む?」 見知った顔。声をかけて缶を差し出せば、感謝の言葉と共に受け取られた。 何してるの、と言ったんだったか。竿を振りながら、御龍は口を開きなおす。 「いやぁーカップルが多くてねぇ。独り身にはちょっとねぃ。だからこうしてのんびりと釣りさぁ」 ロマンティックだ。そんな呟きに頷いて、フォーチュナもまた静かに缶を傾けた。 2人きり。砂浜を歩き回りながら、淡く光る緑色を、木蓮の指先がつまみあげる。 「うわぁ……すっげぇ、マジ光ってる!」 弾んだ声。こんなに綺麗なものが見れるなんて思わなかった。そう思っているのは、後についていた龍治も同じで。 「ここに来て良かったなぁ……龍治もそう思うか?」 花が綻ぶような笑顔に思わず胸を高鳴らせて、ほんの少し躊躇ってから、頷いて見せた。 もう少しだけ歩いて、人気の少ない場所。楽しげな木蓮が、不意に控えめにその片手を引く。 「……なあ、ちょっとだけ2人で泳ごうぜ」 夏の最後の思い出だから、と強請る声。しかし、水着を持ってきては居ない。流石にすぐに頷く事は出来なくて、けれど何故か、否定する気持ちにもならない自分に、龍治は微かに笑う。 この美しい風景に呑まれたせいか、それとも。 「……ああ、仕方ないな」 足がつく範囲でのんびりと。流されないように、片手を取ったまま。煌く海を、2人きり。 目を細める。嗚呼、綺麗だなぁと、小さく声が漏れた。 「龍治、お前とこの光景を見れて俺様は幸せだ。……また2人で色んなものを見ような」 そうして、家に帰ってから思い出話をするのだ。きっと、それはすごく楽しい。 嬉しそうに微笑む彼女。其のまま手を引いて、抱き寄せた。 広い腕の中。うみのにおいのする胸元に、木蓮の頬が寄る。 彼女と共にであれば、きっと楽しいに違いない。だから、何時までもずっと。 「それを味わわせ続けてくれ。柄でもない事だが、……悪くはない」 彼女の笑う気配がする。人の気配が無いそこで、寄り添う影はやはり、離れない。 「うわぁ……」 綺麗過ぎて、思わず息を呑んだ。海も、星も、全部綺麗。宇宙に居るみたいで。 転がる貝に、手を伸ばした。そんな壱也の背を見つめながら、モノマもまた、この宇宙に思いを馳せる。 何処の誰だか知らないが、洒落た奴も居たものだ。 「貝殻も、綺麗ですね」 手にとって、ころころ。転がるたびに違って見えるのは、まるでひとのこころのようで。 歳相応の笑みを浮かべる彼女をちらりと見る。色々あったけれど、こうして今共にあるのだから、細かい事は良いだろう。 もっと海のほうへ。そう、手を引く彼女に微かに笑う。 「気をつけないと濡れちまうぞ?」 脱ぎ捨てたサンダル二足並べて。スカートを少しだけ、持ち上げて、膝くらいまで。 少し冷たい水が心地よくて、足元を泳ぐ光の筋が、とてもきれいで。 見ほれてるうちに、ぱしゃん、と。かかった波が服を濡らす。顔を見合わせて笑ってしまった。 まぁ、すぐに乾かさなくても問題無いだろう。壱也の手が、水底の貝を拾い上げる。そして今度は、そっと、モノマの手に乗せた。 手を握った。こんな素敵な夜に、一緒に居られるなんて幸せだ。じっと、大好きな先輩を見上げる。ぶつかる視線。言葉は必要なかった。 そっと重なる、唇。そう言えば、去年はこの島で星を見たんだったか。 吐息が交わる距離で。モノマはそっと囁く。 「着替えたら、また天体観測にでも行こうか」 宇宙の広がる此処で、なんてきっとすごく、贅沢だ。 ● 久々に愛娘といちゃつける。弾む気持ちと、日ごろから苦労を重ねる彼女への気遣いを胸に秘めて。 虎鐵は煌く海に目を細めた。 「雷音、海の生き物達が光ってるでござるよ! 綺麗でござるな」 まるで蛍のようだ。そんな呟きに雷音も頷いた。 上手い事を言うものだ。機会があれば、蛍も来年見に行こう。そんな約束を交わしながら、その指先は差し出されていた蟹に触れた。 ふわり、煌いたものの、白いまま変わらないそれ。少しだけ、眉を下げた。 「なんだか少し損をした気分だな。虎鐵は何色になった?」 覗いた手には、やさしいあおいろ。少し、落ち込んでいるのだろうか。 何時もよりずっと優しく笑って、虎鐵はその貝を覗き込む。 「それは雷音の心が綺麗だからでござるな!」 「いつも見えない方の目の色だな。柔らかくて優しい蒼だ」 見えないからこその本質なのだろうか。そんな事を思って、両目を開けるように言う。 本当なら、あまり此方のひとみは見せたくないのだけれど。ぎこちなく開いた瞳に、嬉しそうに笑う。 綺麗だった。海みたいに、深くて優しい。 ゆっくり、海の中に蟹を還す。其のままぼんやりと、遠くを見つめた。 思いを馳せる。思うところは幾つもあるけれど。 「大丈夫だ、ボクは何処にもいかない。虎鐵の側にいる」 「雷音! 拙者も雷音の傍にずっといるでござるよ!!」 優しい口約束。潮風が優しく髪を揺らしていく。 「浴衣、似合ってるかしら?」 海辺を2人でのんびりと。着慣れぬ浴衣を気にするレナーテに、快は優しく笑う。 異界で捕らえられた時は流石に、この姿を見れないかもしれない、と思ったけれど。 「浴衣、見れて嬉しいよ。満月の下で、とても綺麗だ」 あの時、返事をしなくては、と思ったから、絶対に死ねないと決めることが出来た。今回も、彼女に助けられたのだ。 そんな彼の言葉に、レナーテは微かに笑う。 きっと、これから先も心配かけさせられ続けるのだろう。でも、それを責めるつもりなんて無かった。 「寧ろ、私と付き合ったせいで変に意識し過ぎるような事があったら困るわ」 そう。彼が彼である以上。それを止める事が出来ない以上。心配は付きまとうものなのだ。 でも、今と前で違うこともある。今度は、心配するだけではなくて。 「辛い時はいつでも吐き出して。これからは、ちゃんと聞いて受け止めてあげられるから、ね」 もう、友人ではないのだから。唯一無二。多くを分かち合う存在。 そんな彼女の言葉に、頷いて。快はそっと、その手を取る。 これからも色々心配をかけるだろう。沢山失敗して、挫折して。彼女に甘えるだろう。その上で。 「俺が君に何をしてあげられるのか、正直な所自信が無いけど」 改めて、よろしくね。此方こそ。そんな言葉が、交わされる。 僅かに落ちる、沈黙。ああ、と。思い出したように、彼の声が静寂を破る。 「もし甘えていいなら、一つ、お願いしたい事があるんだ」 ――キスしたい。囁く様な声。人の気配は無くて。音もしない。寄り添った影が重なったのかどうかは、2人だけが知っている。 二人並んで、きらきら光る夜の浜辺。目を細めるティアリアの横で、響希も楽しげに砂浜に転がる貝を摘み上げる。 「こういう幻想的な場所が自然に出来るってすごい偶然よね」 折角だ、ちょっと触ってみようか。そんな、何時もより少し弾んだティアリアの声に笑って。 響希は手の中で淡く光るそれを差し出した。何色に、なるのだろうか。触れた指先、ふわり、零れたのは優しい銀色で。 「ふふ、同じね。わたくし達、結構似ているものね」 「あたし、ティアリアサンの足元にも及ばなくない? ……でも、そう思ってくれるなら嬉しいなぁ」 くすくす、交わす笑い声。のんびりと、もう一度歩き出して。 ふと、思い出したようにティアリアは首を傾ける。この夏。想い出になるようなことはあった? そんな問いかけに、少し悩む様に瞳を彷徨わせる姿を見遣って、彼女は銀の貝を撫でる。 「わたくし達はかなり忙しかったけれど……わたくしの一番の思い出は今こうして貴女と歩いていることかしらね」 戦いの記憶、なんてものはすぐに上書きされて消えてしまうものだけれど。 こうして過ごす、やさしくきれいな時間は何物にも変えがたい。そう、とても、大切なものだ。 「誘ってくれて感謝しているわ。ありがとう、響希」 また、こんな時間を一緒に過ごしたい。そんな申し出に、フォーチュナは気恥ずかしげに笑う。 「……あたし、あんまり友達居ないから、なんか照れるけど。ティアリアさんが良くしてくれてるの、すごく嬉しい」 今年の夏のいい想い出のひとつだわ。そんな風に笑って、歩く砂浜は夜が更けても尚、明るさを失わない。 まるで、御伽噺の様な光景だ、と遥紀は思う。 そして、出来る事なら。家で待っているであろう子供達にも、この光景を見せてやりたかった。 そんな心を見透かすように。 「チビちゃん達こういうの好きそうだよね、見せてあげたかったな」 綾兎の呟いた言葉に、思わず笑った。ぶつかる視線。 「綾兎に懐いているから、俺に君を独り占めさせてくれなそうだけど」 からかうような声。真赤になってそっぽを向いた彼はしかし、足元に気をつけるように、と気遣いを向ける。 転びそうになったら助けるけど。そもそも、転ばないように先に手を繋いでおけば……なんて、自分は何を考えているのだろう。 気恥ずかしげに首を振った綾兎に、遥紀はまた少し笑って。そっと、手を差し出す。 「転ぶのは怖いから、俺と手を繋いでくれませんか騎士さん?」 結ぶ指先。子供の代わりに触ってみようと決めた蟹に、手を伸ばす。きっと、暖かくてやさしい色になるだろう。 そんな互いの言葉を裏付けるように。 「目の覚める様なスカイブルーか、やっぱり綺麗な色だな」 「キレイな茜色だね、なんだか懐かしい気になるよ」 晴天と、夜の帳が落ちかかる前の夕暮れ色。対極な色合いはしかし、まるで同じ空の下で繋がれているのだと示すようで。 「……愛しているよ、優しい黒兎」 子供達と、君と。それだけで、世界はこんなにも優しくなる。繋いだ指先を、確りと絡める。 そんな、やさしいあいのことばに応える様に。 素直じゃない好き、と共に絡んだ指先はよりいっそう強く、握られた。 ● 膝を抱えて、海を眺める。なみのさざめき。絶え間ないそれが、雅の思考を埋めていく。 本当は、全て夢なんじゃないだろうか。そんな気持ちにさえ陥る。 少し前まで。毎日死にそうな思いでフィクサードとして生き抜いて。今ではこれ。 現実感の欠片も無くて、なんだか笑えてしまう。 「……更にはあたしに友達って呼べるような子が出来るとかね」 しかも、とびきりの良い子だった。普通の社会なら、今の自分の様にがさつなのとは、接点すらないはずなのに。 神秘界隈の混沌さんに感謝するべきなのか。こんな場所だからこその、出会いだった。 潮風が、時々肌を舐める波が、雅の意識を曖昧にして、急に現実に引き戻す。 バカンスも、もう終わり。明日からはまた、血生臭い、切った張ったの世界だ。 自分は、そんな世界も好きだけれど。もし。もしも。そんな心の奥を、知られてしまったら。 どう、思われてしまうのだろうか。 「何があっても割り切るしかないけどさ」 ぎゅ、と膝を抱える腕に力を込めた。ふわり、降り積もる不安は、消えてくれなかった。 少し前に拾った貝。それは喜平の手の中で幾度も幾度も、色を変えて。やがては淡い緑色を灯していた。 優しい色。とてもやさしい、彼女の瞳の色。 目の前で、満天の星空を見上げる少女の背を見遣って。喜平はそっと息を吐いた。 想う。薄氷を踏むような日々を顧み、帰るべき場所と待っていてくれている人が在る事の、何と幸せなことか。 「綺麗……烈しい戦いがあったばっかなんて嘘みたい」 還って来てくれて、ありがと。そんな囁くほどの声と共に。その存在を確かめようとでも、言う様に。少女――プレインフェザーの腕が、力一杯喜平を抱き締める。 折角だ。気の利いた言葉のひとつもかけてやりたいけれど、何故だか今日はひとつだって出てきてくれない。 仕方が無い、と苦笑した。こんな日もある。だから。 「……な、目瞑れよ」 その声に応じた。見えなくなる視界の外で。きっととても緊張した表情の少女が見える気がする。 一瞬だけ。掠めるように触れた唇の端。上手く重ねられなかった事にも気付かない彼女を再度瞳に移して、喜平は笑みを浮かべる。 恥ずかしいから見るな、と言いながら、気恥ずかしげな顔を隠す様に抱きついてくる少女の身体を、確りと抱き返す。 抱き締められたなら、更に強く。その先があるのなら、より長く。 「やれる事をやれる様にしか出来ないのが俺だ」 せめて、彼女からの誘いがあるのなら精一杯の想いで応じよう。そう決める。そんな彼の目の前で、プレインフェザーもまた、そっと目を伏せる。 このひとが、最初で最後なら、良い。 「……大好きだよ。バカ」 甘い囁きも、潮風は優しく攫っていく。 ● 砂浜に1人。幻想的な魚を肴にして、塔矢は酒を傾けた。 「やっぱ異世界の連中は不思議なもんだな、向こうじゃソレが普通なんだろうけど」 此処の普通と、あちらの普通。あまりに違うそれがなんだか不思議で。 また、一口。 もっと、こういうものが見れたらいい。 美しいものを喜ぶ気持ちは、まさに生の喜びに等しくて。ふ、と息を吐いた。 バカンスは終わり。今度は、別の誰かがこんな気持ちを味わえるように。 「明日からもアークのお仕事、頑張るか」 呟いた言葉は、涼しさを増した海風に攫われていく。 2人一緒に、星の海を泳ぐ。散りばめられた闇夜の宝石たちは、どれも自身を焦がし、燃え尽きようとも輝いている。 何て綺麗なのだろうか。感嘆しながらも、夜鷹の心は暗く沈んでいく。 醜い自分が、余計に嫌になった。抱きかかえた、細いレイチェルの身体を確り抱き直す。 こんなに、こんなに汚れているのに、この黒猫は本当に自分の所に留まり続けてくれるのだろうか。 何時か全てを曝け出した時、この醜い手を、すり抜けていってしまうかもしれない。なら。いっそ。 ただの、「優しい兄」のままの方が良いのではないか。醜い自分なんて、見せないで。 少しだけ暗い瞳。それを見上げて、レイチェルもまたそっと目を伏せる。 こんなに、こんなに汚れているのに、この黒猫は本当に自分の所に留まり続けてくれるのだろうか。 何時か全てを曝け出した時、この醜い手を、すり抜けていってしまうかもしれない。なら。いっそ。 ただの、「優しい兄」のままの方が良いのではないか。醜い自分なんて、見せないで。 少しだけ暗い瞳。それを見上げて、レイチェルもまたそっと目を伏せる。 今。自分は誰よりもこのひとの近くにいる。たったそれだけのことが、これほどに嬉しくて。けれど、もうそれだけでは満足出来ない事に、誰より彼女自身が気付いていた。 目を、開ける。覚悟は決めていた。 彼へと、踏み込む覚悟を。 「……綺麗ですね」 零れ落ちた呟き。そうだね、と頷こうとした夜鷹を遮る様に、レイチェルは景色もそうだけれど、と続ける。 今、言ったのは夜鷹のことだ。抱き締める腕に力を込める。夜鷹の表情が一瞬固まって、そんな事は無いと首を振る。 「俺は、綺麗じゃないよ。とても醜いんだ」 「いいえ。貴方は、貴方が思っているほど醜くなんてない」 透き通った紅の瞳が、真っ直ぐに夜鷹を見据える。心なんてものは幾らでも麻痺させられるのだ。 諦めれば良い。何も考えなければ良い。そうすれば何にも感じない。 けれど、夜鷹は戦っているのだ。諦めずに、ずっと。その心がどれだけ痛んでも。 「そのまっすぐな想いが、私にはとても輝いて見えます」 ぎゅ、と抱き締める。口を閉じた、その美しい彼女の心が、夜鷹にはどうしようもなく眩しかった。 揺るがぬ新年は尖っているけれど。透き通るガーネットそのもの。 穢れひとつない輝きを、自分の醜さで、汚したくは無いのに。 頭ではそう思っても、心は言う事を聞かない。この腕を振り払う事等、出来るものか。 「ごめん……」 少しだけ掠れた囁き。少しだけ近い星空で、灯りがちかちかと、瞬いている。 「はー……珍しい現象に出くわすモンだなぁ」 そんな呟きと共に。浜辺をふらついていた火車は、共に歩く黎子を振り向く。 友達の居ない自分が暇をもてあまさずに済んだ、と感謝の言葉を告げられれば、火車は軽く首を振って見せる。 別に、嫌々、って訳ではないのだから。少しだけ落ちる沈黙。 「まあ、今回の福利厚生を見ていて、朱子と宮部乃宮さんがアークにいたのは幸運だったと思ったのです」 不意に、零れた呟き。火車の目が動く。 黎子が昔いた組織は小規模だった事もあり、こんな余裕は無かった。だから、こんな来訪者の存在も知らなくて。 此処に居る皆は、幸せそうだった。きっと、妹も、目の前の彼もそうだったのだろう。 「……実際相当幸せな方だと思うぞ ココは」 言われてみれば、此処以外大して知りもせず、興味も無かったけれど。 そんな返答に、黎子はそうっと視線を提げる。幸せだったのだろう。だって、そうでなければ。 「私は、自分を棚に上げて貴方達を恨んでいたかもしれません」 「……恨まれる筋合いはねぇな。打てる手を打たなかった奴にはな?」 漏れた囁きに返るのは、鋭い言葉。一瞬震えた肩を見逃さずに、火車は肩を竦めた。 蒸し返しても仕方の無い事なのだ。そうはならなかった。それで良い。 「……ええい。また朱子の話になってしまいました。許して下さいね、貴方としかできないのです」 「許すも許さんもねぇよ 暇なら付き合うさ」 不思議と、大切な彼女の深い話は、黎子としか出来ないから。 そんな呟きと共に、目的の無い散策はゆっくり、続く。 そっと。砂浜に腰を下ろして。祈はただひとり、潮の音に耳を傾ける。 さく、さくと。砂を踏む音。 「お前も来ていたのか、葛葉」 「それは、私の台詞よ。廻斗がこうして足を運ぶなんて……違うわね」 此処に座っていれば、貴方が来る様な気がしていたから。 なんて、本気にしただろうか。楽しげに笑う姿に、一瞬眉を上げながらも、まあいいかと隣に腰を下ろした廻斗に、祈は静かに海に目を向ける。 「でも、そんな気がしていたのは確かよ」 前のあの時も、こんな光景の中だった。星の様な光の灯る海。ふわふわ、舞う蛍。 丁度同じことを思い返していた廻斗もまた、少しだけ迷う様に視線を下げて、口を開いた。 「先日の戦いでは、世話になったな」 理解している。あの癒しが無ければ、自分は負けていたのだろうと。改めて礼を、と言う廻斗に、祈は軽く首を振った。 「いいのよ、私はただ癒す事しか出来ないから」 「……あの日、お前は尋ねたな」 何故、自らを省みないのか。微かに頷く顔を見遣って。廻斗は淡い煌きに目を細める。 理由は、ひとつだ。 「俺は、死ぬ為に戦っているからだ。戦って、殺して、その果てに死ぬ為に生きているからだ」 馬鹿だと思うだろうか。けれど、本当の事だ。 迷いの無い瞳。視線を交えて。祈はゆっくりと、口を開く。 「――嘗て、私の問いに答えた人がもう一人居たわ」 彼の様に愚直で、自らを省みなくて。同じ様に戦って戦って、最後には。 首を振る。もう、そんなのは嫌だった。 「私はもう嫌よ。……貴方が死を求めるなら、私が死を阻む翼になる」 「……なら、守ってみせろ。その翼で、俺を、死から」 あくまで淡々と。返る声。けれど、その心は本当は少しだけ、望んでいる。 この世界で生きる意味を、彼女が見せてくれる、ことを。 「ね、宗一君。綺麗だね」 喧騒から離れて2人きり。何時もどおり、否、少しだけぎこちない雰囲気を振り切る様に、霧香は笑う。 皆皆光っていて、あしもとにも、夜空が広がっているみたいで。 すごく、ロマンティックだった。けれど、そんな霧香の声にも、宗一の反応は鈍くて。 「……ん? ああ、本当だ。光る生き物が沢山いるんだったな」 言われて海を見遣って、初めて気付く位には余裕は無かった。 言葉を発することに戸惑う。鈍感な自分でも、もうとっくに霧香の想いには、気付いていた。 だから。漸く気付いたこの気持ちと、向こうの気持ちが寄り添いあう事も、もう何と無く気付いていた。 ただ、そう。この気持ちを言葉にするのが怖いのだ。今この時間、この関係が終わってしまうのが、怖い。 友達として。ふざけあい、言葉を交し合った日々に戻れなくなるのが怖い。 ぐるぐる、と。胸を満たす感情。そんな宗一の様子に、霧香が気付かないはずも無くて。 誘われた理由は、何と無く分かっていた。分かってしまう。 それはとても嬉しい事で、でも、同時に、とても怖いことだった。 この関係が変わること。壊れること。怖いのはお互いに一緒で。けれど、互いに前に進まないといけない、と言うことも、知っている。 未来を、見なくてはいけないのだ。 深呼吸が、ひとつ。視線がぶつかった。 「霧香、好きだ。俺と付き合ってくれ」 どんな返答でも、確りと受け止める。そう覚悟を決めた宗一の瞳を見つめて。 霧香もまた、ひとつ、覚悟を決めた。 「……うん、あたしも。あたしも、あなたの事が、大切です。宗一君」 ずっとずっと、想っていた。片想いが終わるとき。 この先に願うのは、ひとつだけ。 どうか、居なくなりませんように。ずっと、一緒に居られますように。 世界一杯の星屑が、やさしく瞬く。 夜の帳は降り切って、近づいてくる朝のいろ。 瞬く明かりが消えるまで、囁き合う声は、消えなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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