四季が移ろうこの時期は、寄せては返す波のようにふたつの季節が行き来する。 夏の香を残す昼の太陽はいささか眩し過ぎて、彼は己に怠惰を許しながら秋風が訪れる夜を待った。 ひたひたと迫る闇の気配は心地好い。 穹窿から残照の欠片さえ尽きた頃、ようやく銀の瞳は開かれる。 深閑たる闇のなか何より確かに浮かび上がるは己自身。軽佻浮薄な夏の余韻を脱ぎ捨てて、冷えた風に肌を締める。 考えねばならぬこともある。特に此れという拘りも無いが、選ぶとなれば扱いは習熟せねばなるまい。手段を使いこなせなければ、目的など達し得ないのだから。 カツカツと石畳を歩き抜け、勾配のある土の道を辿り、やがて道さえも無くなる先へ行く。 其処は月が支配する丘。 広大な野に見渡す限りの可憐な花が咲き、月を見上げて純白の蕾を綻ばせる。 風は薄く、濃く、気紛れに野を駆けて舞い上がらせた無数の花弁で視界を覆う。雲は細くたなびき、ときに夜煌の月に遮を掛けて人目の利かぬ闇をもたらす。 白月が冴える夜は意識まで研ぎ澄まされていくかのよう。 世界の息吹に浸されながら、望む終局を迎えるための一手を仮想する。 例えば地を削ぐように低く薙ぎ払われる肉厚の剣。踏み込みと共に気を吐いて突き出される掌底。漫然と避けようと思うときには、もう暴威は眼前に迫っているはず。何を見、何に備えるか。どう構え、どう動くべきかの気構えが有ると無いとの差は大きい。 交差した両の腕で衝撃を受け止め、追撃に備えて横跳びに転げるとしたら。一回転の間に組み上げた計算を、どのタイミングで炸裂の力へと具現しようか。フェイントのひとつも入れるなら、如何にして気を散らすのが良いだろう。 もしくは体軸をずらして致命打を避け、多少の痛みを代価に懐へと飛び込むべきか。なれば得物を操る腕の流れひとつにも意識が向かう。 繋げるか、止めるか。出しきるか、余すか。ただ一手でさえ、掘り下げるほどに底の見えぬ深みへ至る。 そも、思い描けぬものを体現するは難しい。と同時に、脳裏に描いた絵空事のみでは己の骨を、腱を、筋肉を自在に動かす鍛錬には成り得ない。 夏を終えたこの時期に、身を引き締め直すのも良いだろう。 ゆえに、『常闇の端倪』竜牙 狩生(nBNE000016)の誘いはたった一言。 「ひとつ、手合わせをいたしませんか」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:はとり栞 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月05日(水)23:35 |
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■メイン参加者 0人■ |
●月皇に踊れ 手加減の無い獅子の王剣が煌めきを引いて友を襲う。 返される刀は劣らぬ光を帯びて漆黒に燃える刃紋を閃かせた。 ざあ、と漣のように風渡る花圃。星影さえも退かせる月讀が君臨する空のもと、絶えぬ剣戟の音ばかりが夜のしじまを震わせる。 「生憎とこの身の傷は伊達ではないぞ!」 陣兵衛は彼女の太刀筋を厭うた浅い攻めを豪快に払いのけると、迷わず深く踏み込んだ。一閃が鮮血を散らすも、朱を刻まれた刃紅郎の頬は歪みはしない。 今宵、久方振りの気配が傍らに在る。 隙すらも策だというのか。入れ替わり斬り込んできたランディの、力尽くで叩き下ろされる無骨な鉄塊に、煉獄の美女が小さく舌打つ。 「陣兵衛さん!」 だが此方とて一人ではない。彼女の前へ庇い出た悠里はさらにと相手へ肉薄し、柄を肩で受け止めて斬打の威力を大きく削いだ。息吐く間も無く襲いくる獅子の蹴撃にとっさに腕が動いたのは、想定の賜物。流れる動きで沿わせた手甲で脚をいなし、かかる衝撃を虚空へ流す。 「いくぜ降魔!」 かつてのように。 ランディが腰溜めに剛剣を構えれば、それ以上の合図は不要。 「いざ、力と技の双輪と成ろうぞ!」 血色の眼光が交錯する。対の疾風がくると見るや、退くどころか渾身の一振りを携え攻め入った人の姿に、ミミはふるりと身を縮めて翠の双眸を見開いた。 「これが……人と人の、戦い……」 やはり獣と対する狩りとはまるで違う。ときに力量をも覆す知性の質が介在する。 目にも留まらぬとはこういうことを云うのだろう。眼が速度を映せても、次手の予測が無ければ視線が動きに置いていかれる。 「私には……とても……真似、で……きないわ」 楔は淹れた紅茶を飲むのも忘れ、物憂げな溜息を零した。 手隙の誰かをと探せども、さすがにその気の無い者に挑むわけにはいかず、貴志は今宵の誘い主に声をかけた。 覇界闘士の醍醐味は攻手をかいくぐっての至近の一打。真剣勝負を申し出れば『常闇の端倪』竜牙 狩生(nBNE000016)は棍杖を手に取ることで快諾を示した。 「己の力量を測るべく、先輩の胸をお借りできれば——」 続く孝平の呼びかけにも喜んでと応じた狩生は、戦法の異なる相手ゆえに得るものもあるとの言に、まさにと頷き同意する。 素早き蝶か、重厚な壁か。 互いに読み合い動かぬ二人は相反する特性を誇る。 先に動いたのは護りと集中を高めた真琴。膂力を揮う彼女の黒目勝ちな瞳をひたと見据え、亘はその視線が狙うものを見定めた。ふわりゆらりと切先を捌いては、高まる熱を笑みに宿して攻勢へ転ずる糸口を窺う。 計算高い洞察は演舞めいた幕開けを生んだ。 鏡のごとく放たれた相互の気糸は、爆ぜるような風切り音を立ててすれ違い、そして鏡のごとく両者を射抜いた。 得た痛みにも対局の愉楽は薄れず、好む戦域まで距離を狭める弐升に、レイチェルも微笑を浮かべ歩み寄る。チェーンソーが鋭く唸り利き手を狙いくれば、彼女はその鋼の横腹を撫でて軌道を逸らし、痛打たり得たはずの一撃を凡打に変える。 そのとき、丘の一角で土煙が舞い上がった。 地面に発砲し時間稼ぎの遮幕を目論むも、お構いなしに突っ込まれては用を為さない。 「いっちょ本気出すぜ!」 闘気を滾らせ、わきわきと揉むように指を動かし土煙を抜けてくる嬉しげな神那に、リーゼロットの唇がわずか開いた。洩れたのは苦笑にも似たかすかな吐息。 被弾も恐れぬ相手では牽制も意味は薄い。ならばと、当たれば致命打になりかねない神那の得手を殺ぐべく、寸分違わぬ狙撃が上腕を撃ち抜いた。 「約束だからな、射撃は無しだ」 いかつい手甲を掲げバラバラと弾丸を落として見せる狄龍へ、風斗は軽く剣を下げただけの所作で対峙する。剣の正道を歩んできた彼には型破りな者こそ好敵手。白銀の刀身に走る赤を期待に輝かせ、剣技を無駄無く繰り出していく。 力も技も間違いなく相手が上。だが、鋭い剣尖を避け損ねても狄龍にはまだ、盾がある。己の腕だ。 「左の一本はくれてやる!」 受けた剣を軋む鉄腕ごと左へ流し、よろめく身体を押し倒さんと掴みかかった。 ●風舞の調べ 神はスキルという荒技を世に与え賜うたが、威力を自在に御する術を許してはくれなかった。それゆえ、真剣勝負ともなればただで済むはずもない。 細腕に分厚い魔術書を抱えて医術の頁を詠み上げるエリスらの尽力があればこそ、鍛錬は心置きなく進められる。 三千は仮初めの翼を羽ばたかせ、上空から純白さざめく丘を見下ろした。鍛錬を終えた負傷者が居ればすぐ癒しに向かおうと心を配るが、合間に視線はついつい知己へ向く。 「全力でいくわ」 高らかな宣言と共に、薄藍のコートがはためいた。 じかに斬り結ぶ高揚に秘色の瞳を輝かせる。と同時に、負ければ恥辱の罰ゲームが待つとなれば勝負は決して譲れない。愛用の銃剣を槍術さながらに操った刺突に確かな手応えを感じつつ、ミュゼーヌは積極的に前へ出た。 互いに良く知る仲だけに、彩花は射手が接近戦を選ぶ意外性にも動じない。そちらから飛び込んできて下さるなら好都合、望むところと迎え討つ。 「お得意様とはいえ勝負は勝負、手加減は無用ですわ!」 声は振り向かぬまま後方に控える相棒へ届けられ、その相棒——モニカは銀氷の瞳で一瞥しただけで特にこれといった言葉も返さず、ただ愚直なまでの弾幕で応えた。 少し身を屈めれば低めの背は高く伸びた月見草に埋もれて消える。 草間を掻き分ける音も銃声に呑まれ、大きく迂回したエナーシアが砲台状態のメカメイドの背後に迫るのも容易かった。 好きなだけ狙って一発を撃てば照準が此方を向くことさえ計算済みだ。強風が舞い上げた花弁に紛れて肉薄し、短刀で相手の銃身を跳ね上げる一方、自らは銃口を押し当てて、真白き微笑を浮かべ引き金を引く。 「これで、バニー役は決まりかしらね」 守夜は手に汗握って声援を送っていたが、仕合う疾風と礼を交わせば修行に臨む男の顔に成り変わる。 間合いを計り合う最初の時間は静的で、それでいて激しい鍔迫り合いに似た緊張を伴う。 疾風は側面へ回り込めた一瞬を契機に一気呵成の攻めに転じた。理不尽な革醒の悲劇が無くなるその日まで——、信念を胸に、朝星を冠したメイスを振るう。 「遠慮無く攻めてこい!」 「お望み通り、抜群の連携を見せてあげましょ♪」 数歩先に着弾する魔炎の裏を駆ける舞姫を支えるのは、恵梨香からの声ならぬ声。月が隠れた間の熱源も、茂る月見草の高低も、手に取るように報される。 後方に立つ少女の老成した眼差しは万事に広く向けられていた。 例えば何かトラブルでも装えば人の好い彼は引っかかるに違いない。どんなトラブルを演じようかと策を弄するのは、実戦で同様の轍を踏まないよう願うからこそ。 そんな搦め手まで練られているとは露知らず、快は二人同時に相手取る試練を己に課した。 退かぬと定めた心は彼の足を前へ導く。放たれた音速の抜き打ちにも臆さぬ一歩で機先を制し、砂色の刃が力の乗りきる前の戦太刀を弾く。 防戦のみにとどまらず唐突に後衛への突破を試してもみるが、動線を遮り立つ前後の連携は堅く容易には崩れない。 次の瞬間、不意に視界から消えた金の髪と銀の刀。 倒れるほどに身を低くしてなお平衡を保つ舞姫が、さすがの快をも翻弄する。純白の花の下から閃いた二の太刀が鮮やかに肉を削ぎ、夜天に真っ赤な糸を引いた。 「日本のBONZEと、天然術者! 面白そうな相手!!」 きししと歯を剥いて笑うはアンデッタ。術師同士の三つ巴なんて戯びに心躍らぬわけがない。 「攻撃あるのみなのですよ~♪」 奏音は大小のアルカナで魔法陣を浮かび上がらせると、のほほんとした雰囲気とは裏腹の苛烈な魔力を迸らせる。されど護印を結び常に動き続けるフツという的はなかなか完璧には捉えきれない。逆に、わずかタイミングを外して投じられる彼の符が時折少女らを傷付けもした。 やがて黒き鳥が死を運ぶ闇の時間が訪れるだろう。 夜目を持つアンデッタは月光の絶え間に勝機を見込む。干涸びた猿の手を捧げ持ち、使いの鴉を滑空させるのだ。 ●雲霞と戯れ 棚引く雲が気紛れに天穹を漂い、月が陰れば世界はとたんに闇に没した。 だが、その無明のなかでさえ応酬は止まらない。 彩歌は煌めく碧眼で人の形の熱を捉え、射程ギリギリを保ちながら精密な気糸を投じていく。夜を薄めた色の瞳で闇を視るヴィンセントは、即座に飛び退っては次手でさらに遠ざかる彼女の追走を余儀無くされた。 高く高く舞い上がっての策も練るが、高度が邪魔はしても重力は味方してはくれぬと、低空での狙撃に意識を絞る。 「私はお馬鹿さんだから、小細工なんて出来ないの」 雲が去り月が花園を照らしたとたん、そう言って地を蹴った老齢の少女に狩生は殊更瞳を細めた。『しない』と『できない』に言及するのは、『お馬鹿さん』をわざわざ否定するのと同じくらい無粋なこと。 高く腰を伸ばした姿勢のまま、マリアムは華奢な腕で担ぎ上げた戦斧を上段で横薙ぎに振るう。 「お優しいことで」 水平の攻めと垂直の守りが搗ち合った刹那、至近で囁きが交わされた。 「美しいものを斬るなんて、淑女のやることじゃないでしょう?」 「では、紳士としては貴女を手折るわけにもいきませんね」 ぎん、と得物を弾き合って離れれば、月見草は赤錆びた厚刃と紫電が通過した微風にそよいだだけで、散りもせず其処に在る。 それでおしまい。 一振りのみの充足を貴んだ狩生は、いつか貴女の紅茶を頂いてみたいものですなどと微笑んでみせた。 次いで進み出た悠子がさらりと黒髪を揺らして一礼すれば、お待たせ致しましたと恭しい礼を返される。双方の探る視線が交わると、あっさり先鞭を取ったのは狩生のほうだった。 迫る相手に緋銀のカタールを構えて待つが、揮われたのは技でも武器でもなく草下に隠れた足払い。よろめくも然したる痛みは無く、悠子は即座に気糸を放つ反撃に出る。 彼のことはそれなりに解っているつもり。 だからこそ、解るからこそ、判らない。一体どんな奇策でくるのか。ともかく冷静であれと未明は己に言い聞かせ、オーウェンのからかいめいたステップを見定める。 真剣な面持ちも好いが、ここぞと思えば委細気にせず全力で斬りつけてくる気の強さもまた愛らしい。誘う左右の動きに対し剣先が横に揺れたのを見、オーウェンは研いでいた集中力を発揮した。 細く長い白刃が、がくんと半身を地中に沈めた彼の頭上をまんまと空振りする。 しかし未明とて地下への警戒は抜かりない。流れた愛剣をすぐに体幹へ引き戻して身構える……が、仕掛けられたのはまさかのタックル。 「これで、勝利かな?」 低い突進に押し倒された花園で、額に触れたぬくもりが小さく笑った。 「貴方と遊ぶなら万全の状態で」 きりりと眼鏡をかけて対すれば、おや、とわずかに眉を持ち上げた狩生の顔が見える。 戯れ合いと大差無いゆるい交戦をけしかけつつ、流れる雲を目の端に入れ、月が隠れたその直後、那雪は闇に乗じて雪花の透刃を思いきり突き出した。 戯れに慣れた油断を突くはずだった短刀はしかし、狙った手応えを返さない。草を苅った青臭さのみを得て『油断』も罠かと悟ると同時、間近で揺れた空気に、逆に打たれる衝撃を覚悟する。 ——が、 「嗚呼、やはりこのほうが瞳の色が良く見える」 こめかみを掠めた指先は眼鏡をそっと外していっただけ。 茫と瞬く那雪の手に彼女のものを返すと共に、「数分だけ、お願いできますか」ともうひとつを預けた彼は、月明かりが戻ったときにはもう背を向けていた。 次に控えるは、蒼白の髪を風に遊ばせ、ただぶらりと自我を凝めた刃を持つ者。 「この一戦をどう考えるうさ?」 向けた人参はマイク代わり。司会者然としたバニーガール姿の光は、ぼくがりりぷ~をコテンパにしたかったのにと私情も揶揄も駄々洩らしつつ、解説という名の茶々を入れる。 「先輩諸兄の戦いぶり、興味深いですな」 未熟な自覚と習熟の願望を持つがゆえ、ジョンは学びの機会に心躍った。弓を扱う自分にも活かせるものを見逃すまいと、モノクルの奥の瞳を凝らす。 目に焼き付いたのは止まらぬ超速の刃。 相手に合わせては勝機は薄いと、りりすは考える間を与えず仕掛けていく。 己の思考すら追い付かぬほど矢継ぎ早に攻め入りながら、単調さだけは努めて嫌った。高く斬り上げたかと思えば身を低くし、身長差を逆手に懐へ潜り込む。捻くれた切先は紅い雫を攫ったが、感じた手応えの多くは棍杖に剣筋を遮られてのもの。 ひゅ、と音ならぬ気配に仰け反り後転すれば、持ち手を支点に反転された杖の柄が顎をかすめて行き過ぎる。 鈍器に擦られひりつく痛みは神経に障ったが、向こうが此方の動きに慣れてきたなら頃合いだ。 りりすが総身のギアを一段高めれば、狩生は眼差しを鋭くする。 それでも、脳裏に残る印象が誤差を呼んだか。初手と同じ技、同じ動きの、動き出しの早さの違いに彼が半拍遅れたのを見、紅涙の鮫は牙を剥くように口の端を引き上げた。 ●花酔に嗜み 夜の雫を浴びた蕾がそこかしこで綻び、丘は冴え冴えとした月の香に満たされていく。 まさに幻想的の一語。常ならば月見酒と洒落込むところと目尻に皺を生んだヴァルテッラだが、今宵は別の楽しみがある。 父と娘ほど歳の離れた少女の霊刀を、小細工を棄て真正面で受け止めると、彼は大上段に構えた鎖鋸を呼気と共に叩き下ろす。 もし影を自在に広げられたら。願いは有れど、其れはあくまでクリスの影であり映し鏡の域を出ないと誰よりも使い手自身が識っている。だから彼女はただ「影よ」と双身を喚び起こし、生身の腕と影の腕で二重に斬り込んでいく。 「祭りは参加しなきゃ損じゃないか」 ばさぁとコートを脱ぎ捨てた幼顔な婆のボディスーツの稜線は、真っ平ら。 「レッツ殴り愛ターイムっ♪」 対して、艶女が惜しみなく晒す褐色の肌は悩ましい豊かな曲線を描いている。 開戦早々懐へ飛び込んだ雷鳥は、眼前で揺れる魅惑の果実を僻む間も無く堅固な膝蹴りに迎えられた。胸を打たれ肺が潰れて咳き込むも、これぞ接近戦と口角を裂いてニタリと笑う。 四肢を狙い来る徒手を、ステイシーはそのまま膝で受け肘で押し返す。歪な薔薇が気怠く咲く鋼鉄のブーケを叩きつけ、喉を灼く酒に酔うかのごとき熱い交戦の最中「終わったら一杯どうかしらぁん?」と甘ったるい息も吹きかける。 避け難いと判ずれば、鋼の右腕を盾に軽く飛んで爆炎に浮かされることで衝撃を減じた。かかる火の粉を払いつつ「あとで珈琲をご一緒に如何ですか」などと誘うカイに、火球を降らす朋彦はにこと微笑み、自分も朝淹れにウォッカを垂らしたものを隠し持っているのだと明かす。 炸裂する焔に自らも炙られようと、朋彦は面で相手を捉えることを優先した。魔力を循環させる一手より、近付かせないことが今は肝要。 それでも間近に迫ったカイは、実力差に驕らぬ布石を丁寧に打つ。次手に意識を集める相手の腕を掴んで投げを交える。体勢を崩させると、朋彦の琥珀に磨かれた霊木が打ち込まれるより早く、死影を植える必殺の刃を深々と刺した。 剣禅一如。 竜一は心中でくり返し、二刀を提げた自然体で彼女と向き合った。煩悩と呼ばれかねぬ想いとて、まっすぐ剣に乗せれば集中の糧となる。 ユーヌは遠く距離を保つ線の動きを、不意に、まっすぐ迫る点の動きへ切り替えた。 近さゆえに傷付く危険もあれど、彼の呼吸を、鼓動を、ぬくもりをも感じるほどに意識を向ければ、隔てる皮膚さえも超えて触れた心を知れる気がする。 やがて懐で白刃を躱したユーヌがすれ違いざま死角を取ると、 「私の勝ちだな」 決め手に欠けた攻防に式符がついに王手を指し、一瞬の不意打ちがとどめを刺した。 竜一が事態を理解できたのは、頬を掠めた髪が離れていってから。 突然で味も何も判らなかったけれど、頬を染め目を逸らす彼女に、唇に触れた柔らかな感触と熱とが幻ではないと知る。 共に足元を狙い合う選択はやはり血筋か。 精度と引き替えの狙いに時折足を、稀に狙いがずれたか尻をぺぺんと叩かれて、夏栖斗はくそと歯噛みした。クソオヤジが腰の大太刀を抜きもしないのも癪に障る。 どうにか後ろへ回り込んで「ブチ泣かす!」と放った破砕の掌打は、瀬戸際で防御の鞘を挿し挟まれたが、それなりの手応えも感じほくそ笑む。 が、それも束の間。 「父の偉大さを見せてやるでござる!」 伸びた腕を戻しきれぬうちに振るわれた、激しい放電を伴う虎鐵のフルスイング。ぱぁんと宙を舞った愚息は美しい放物線を描き、どさりと大の字に倒れ込んだ。 ついて来いと示す手加減の無い剣戟は、其れに見合う者にこそ。 右と思わせ左、左を匂わせて右。双剣に翻弄され反応が遅れれば、防ぐ間も無く腕に、肩に、痛みが刻まれる。ようやく受け止めた一撃さえ手が震えるほどの重みに押しきられたが、 「どうした、お前の力はその程度か!」 檄を飛ばされるまでもなく、ジースは目指すべき壁を超えんと滾る闘気を反撃に込める。 「うらぁあああっーー!!」 その鉾槍を片手では受けきれず両の剣で止めざるを得なかったことに、拓真は静かに頬をゆるめた。 そうだ、それでこそ——。 半ばで途切れた呟きの続きは、結ぶ刃で伝えられる。 あの日から、俺は何処まで来られただろうか。 かつて『その他大勢』が眩しげに見上げた『主人公』が今、文字通り手の届くところに居る。追い、追われ。変わらぬ距離に変化が生じたのは、影を帯びた男が接近へ転じた瞬間から。 ヴンと駆動する刈り刃を受けた銃身が、力の軌道に作用する。受け流すばかりか力を足して送り出され、その勢いに引きずられた零六がつんのめった。 「ハハハハハッ! 楽しいな!」 だが彼は踏ん張った片足を軸に、回し蹴りのごとく刃を返す。 「アンタはどうだ? 感じねえか!? もっと、もっともっと楽しもうぜ!」 剣呑な笑みで応えた喜平は草間の影で足を払い体勢を崩させると、打撃と射撃とを澱みなく繰り出していく。重厚な鎖鋸と、それにも引けを取らない大型銃とのせめぎ合いは、どうやらまだまだ終わりそうにない。 ●夜焉を奔る 「どしたオラぁ! 殺されてぇか!?」 業炎を畳み掛ける炎鬼のごとき男をフィクサードに見立て、顎を狙った優希の蹴りが出迎える。正鵠を射ずとも火勢を殺げれば上等だ。続いて交わした拳を支点に反転し、振り向きざま渾身の裏拳を叩き込む。 骨を砕いたほどの手応えがあったというのに、後頭部を押さえ血糊を吐き捨てた火車の眼光は苛烈さを増す。右半身を引いた流れる動きはさらなる攻勢の構えだ。 「こんなんで死ぬならお互い先はねえ!」 未だ余力があるのかと優希は目を見開いたが、それも一瞬。不敵に唇を歪め、烈火の懐へ飛び込んでいく。 「……面白い。ならばその命、捥ぎ獲ってくれる!」 その身が動く限り、攻防は止まらない。 身体の真芯に振り下ろされた白銀の厚刃を、無骨な黒金が払い逸らす。逸れてなお肩にざっくり落ちた刃の重みと痛みにわずか膝が折れたけれど、それでもモノマの足は止まらない。 彼が突き出した腕を、今度は静の鉾槍が阻む。 斧頭を横に引き、迫る身体を柄で押し返すも、するりと流れた掌は上腕を掠めた。破砕の気を注がれ体内が弾けるような痛みを覚える。これで当たり損ないか。妙な感慨さえ滲ませながら、静は攻勢を絶やさない。 片足を軸に、横に流れた斧頭の勢いそのままに身を捻れば、回転の重みを加えた斧刃が凄まじい勢いで叩き付けられる。 モノマが派手に草を薙ぎ倒し吹き飛んだのを見、無言で切先を下げる静。それは終わりではなく、次手への備えだ。激突の瞬間、自ら飛び退った彼の負傷は見た目ほど大きくはない。 起き上がりざま真空の刃を浴びせられたが、モノマは深く森羅の気を吸い、一息に草間を馳せた。 「突き抜けろおぉぉぉ!!」 低い姿勢から大地を蹴る勢いで飛び出し、渾身の掌打を放つ。 「……さあ……今日こそ、白黒付けるぜ!!」 「アンタそれ言いたいだけでしょう実は!」 シマウマでも被っとれ、とつれない言葉を浴びせつつ、その瞳は既に狩人の色を帯びている。 身を低くし草間をジグザグ走る獲物の姿は酷く見えづらい。ざざ、と飛び出し襲い来るその直前、待ち構えていた詠唱の最後の一編が紡がれる。放たれた魔矢は狙いが外れたのか、明奈が構えた盾の端だけを掠めた。 だが、それはむしろ狙い通り。 双盾の片側のみを押されれば多少なりとバランスも崩れる。 その隙に先に懐へ飛び込まれ、明奈は慌てて右のシールドを向けた。顔面を殴打するような一振りはアンナの小盾に押し返されたが、真の狙いは左の一打。右盾に隠れた視界の裏から振り上げた鉄槌が、強かに顎を捉えた。 衝撃に脳が揺れ、網膜に星が散る。 白んだ視界が戻りきらぬまま、アンナは半ば破れかぶれで聖光を喚んだ。 そもそも、癒し手が前衛と一騎打ちすることが無茶なのだ。その厳然たる主張は鮮烈な力と化して、月さえ霞ませる閃光を発した。 世の中には譲れぬものがあり、戦わねばならぬときがある。 「本気でお相手してあげるわ、それで気が済むならね」 肩を竦めた天使の背で純白が揺れた。もふりと。もふもふと。もっふりもふふと。 薔薇の飛刃が色の薄い肌に朱線を引く。小さく短い手の振りに狙う軌道も推察できぬまま、ただ掠り傷を受けてもいられない。ゆらと垂らした指の先で遊色を鈍く光らせ、ミカサは一息に距離を詰めた。 腕の重み任せの大振りを控え、小柄な相手に小幅の裂創を贈ろうと意識する。そう、全てはもふもふのため。 だがエレオノーラは本当に本気だった。本気で全力だった。 見上げる瞳が彼の視線を見定めて、来たる鉤爪を刃で弾き流す。ときに短く切り返してくる爪に捕まれば、同時に腕を掴み返して関節に薔薇の棘を突き立てた。 下から上へ、死角から流れ出るような切り上げは幻惑を色濃くし、読まれまいと視線にまで神経を注がれれば刃を逃れるはいよいよ難しい。 こんな羽、あたしには意味の無いものだわ。 最後まで立っていた一人は醒めた瞳でそう言い残し、花香をひるがえして丘をあとにする。 ざ、と夜に舞ったきしめん——もとい、草色の長布。 視界を阻まれ踏鞴を踏む者と、慣れで動き続けられる者の差が、戦場を彩る朱の量に比例していく。 地力、経験、思考にさえ彼我の隔たりが感じられた。ヘルマンの蹴りは褐色の肌を浅く掠めるばかり。それすら、『格下』を避け損ねた屈辱にか無意識に舌打つうさぎの返礼で軸足を払われ、派手に転倒させられる。 だが執事めいた優男でも、彼とて男。劣勢に甘んじて終わるつもりなどない。 這いつくばった草間から飛びつき伸ばされた手が、緑布ごとうさぎの腕を掴む。引き倒すように手を引くと同時、逆立ちさながらに振り上げた堅固な脚が横っ面を痛烈に蹴りつけた。 「がっ!?」 頭を振って体勢を立て直したうさぎの、常よりほんのわずか、見開かれた瞳。 「……くそっ、なんで……今のは躱せてたはず……!」 ただ一筋垂れた鼻血を乱雑に拭い焦れたように声を荒げる強者に対し、ヘルマンは数多伝う流血もそのままに乱れた息に薄い笑みを滲ませた。 これで終いと、どちらともなく察して動く。 大上段から振り下ろされるヴァージニアの巨大な聖剣と、一歩踏み出し迎え討つ光のあいようのつるぎがギンとぶつかり、刃を擦る硬い音を立てて鍔迫り合う。 「これがボクの必殺……S・フィニッシャー!!」 最後の力を振り絞り、光が剣を走らせる。縦に、横に、剣尖を振り抜いて、最後に袈裟懸けの煌めくすじを闇に描くと、ザンッと片膝立ちで着地した。 互いに剣を収めたあとは、ただ力強く握手を交わす。己を磨く者同士、なんか他人みたいな気がしないなあ……と少女が笑った。 一様に蒼白い月を仰いでいた純白の花たちが、気付けば薄紅に染まりはじめていた。 朝の兆しを感じた花はうっすらと己を変えていく。 花を閉じた月見草はいつの日か、今宵の種からより一層の花を生むだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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