●おされ。 『戦略司令室長』時村 沙織 (nBNE000500) は偶然顔を合わせたリベリスタに問い掛ける。 「クリスマス、予定ある?」 年の瀬も差し迫る十二月後半。 一年の過ぎるのは早いもの。この間ハロウィンを過ぎたと思えば、もうそこには聖夜の仰々しい異名が日本の宗教観には些か噛み合わない玩具会社の陰謀の結果が鎮座しているでは無いか。 「都合合ったら海に出ようぜ。 で、お洒落なロケーションで夜景とかお喋りとかカクテルとかを楽しむの」 筆者の些か妬ましく、些か原理主義的な主義思想の方はさて置いて。 沙織の今年の誘いは何時に無く、非常にストレートなものだった。 「しかし、何時もながら唐突だな、お前」 「思い立ったが吉日って言うだろ」 「……普通はそういうのって周到な準備が要るもんだろ」 「だって俺、御曹司だしね」 肩を竦める沙織にリベリスタは苦笑いをした。 使える立場は使い倒すという部分において確かに彼はそういう人間である。 ともすればアーク恒例の感もある『聖夜前の強敵との決戦』はつい先日まで続いていた状態だ。至急危急火急に緊急な救援派遣を差し置いて、流石の沙織も遊ぶ計画を立ててはいなかった事だろう。つまる所彼は事件が一応終息したその日から実に僅かな時間で『海上のパーティ会場』を用意した訳で。その辺りは慣れているリベリスタにとっては想像に難くない。 「畏まるのは得意じゃないぞ?」 「そんなもん今更じゃん」 「ま、そうだけど」 沙織は「どうせフォーマルな場にはならねぇよ」と気楽なものである。確かにリベリスタは色々だ。奇人変人の類が多いのは言うに及ばず、そうでなくとも人種も常識も――ついでにフュリエも含めれば世界次元すら――様々な文化の坩堝なのだから『そういうもの』であるのは事実なのだ。 「一応レギュラーな予定は三高平港を出発して二~三時間のコースかな。 どーせ貸し切り。ああ、言っとくけど部屋はたっぷり余ってるからな。 イレギュラーが必要なら、『延長戦』も含めて何ならアシストしたって構わないぜ」 「お前、本当に不良坊ちゃんだなぁ」 笑う沙織の軽口は何処まで本気か分からない。 しかし確かに豪華客船で海を行く聖夜のナイトクルーズはそれ相応にロマンティックで思い出深いものにはなるだろう。恋人と一緒ならば言うに及ばず、友人同士でも友情を温めるには丁度いい。お一人様で参加したって、出逢いの切っ掛けになるかも知れない。 「うーん」と悩ましい顔をしたリベリスタに悪戯気な顔をした沙織が一言を付け足した。 「でも、そのナイトクルーズ――本番までは一山あるぜ」 「一山って何だよ」 思わず首を傾げたリベリスタに沙織は言った。 「出港は三高平港だぜ。ほら、例年恒例埠頭にはアレがソレで。 所謂一つの抵抗勢力の温かい見送りを受けて、聖夜を洒落込むのもいいじゃない?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月10日(金)23:51 |
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●ドンキ・マイヒメ 秩序と混沌。善と悪。光と闇。破壊と再生。リベリスタとフィクサード―― 世の中には決して並び立つ事の出来ぬ『両雄』が常に存在している。 ある者の主義は他のある者の主義を侵し、ある者の善意は他のある者にとっての悪意足り得る。一人を殺せば罪人と呼ばれる事が殆どだが、百人、そして千人を殺せば時に英雄の冠を得る事もあるだろう。 人類の歴史はまさに戦いの系譜である。 神ならぬ全ての人間は遥か数千年の昔より連綿と――終わらない盤上の上で無為な遊戯(ゲイム)に耽っているのだ。 まぁ、この仰々しい前置きと―― ――同志リベリスタ人民諸君! 我々は今日という許されざる日に反撃の狼煙を上げた反クリスマス大連隊である! 諸君らは今まさに権力による思想的侵略を受けている。 諸君らの革命的精神は、いまや崩界の危機に瀕しているのだ! その侵略とは何か? 言うまでも無く、プチブルどもの喧伝する偽りのクリスマスである! これこそ我々人民の孤独を浮き彫りにし絶望に追い込まんと画策する反動主義者の卑劣な攻撃に他ならない! 同志リベリスタ人民諸君! 今こそ権力とその走狗に階級的鉄槌を下す時がきたのだ! 我々の、我々による、我々の為の静かなる夜と平穏を取り戻すべく結集せよ! 全ての闘う同志リベリスタ人民諸君! 地獄常闇の如き悪夢の夜に集いし勇者達よ! この闘争に勝利せよ! ――拡声器を片手に夜の埠頭にその声を轟かせる舞姫の主張は関係があるようで関係が無い。ゲバ棒とヘルメット、防塵マスクで完全武装。何処の学生運動家かと思わせる彼女の出で立ちはおよそ数年前からクリスマスだのバレンタインだのの度に壁に頭を打ち付けてきた彼女の妄執を十分に確信させるものである。 「われわれはー、ぜったいにー、あきらめないー。 リア充はー、抵抗をやめてー、投降しろー。この埠頭はわれわれが占拠するー」 トラックの荷台に『リア充爆発しろ』との幕を張り、シスター姿のまま主張するのはレイである。圧倒的多数に対する寡兵少数派が投降を呼びかけるのはどうなのか――時村沙織の言う所の『抵抗勢力』がまさに彼等のホームであるこの三高平港埠頭で実に情熱的な抗議を行っているのはまさにその彼が『要らねぇ事』を企画した事に起因する。「クリスマスの記念にお洒落なナイトクルーズとかどうだい?」とかどう考えても吐き気を催す邪悪の所業である。かくて、埠頭に集まった一部の人々は放棄した。必ずや邪智暴虐の試みを除かねばならぬと激怒したのである。 「埠頭のバリケードでディーフェンスディーフェンスうへえあははクリスマスは楽しいなあオイ!」 突き刺さるような肌寒さと少数のおかしな熱気にヤられているのかいまいち読点無く早口で口走ったナビ子の目は据わりに据わっていた。そもそも男だか女だか未だに不明なアラウンドサーティー・ナビ子の場合、(どうせギャグキャラだし)別段抵抗活動に身を投じなければならない理由は無かったのだが、同時にギャグキャラが故にどの現場に自分を放り込むのが一番正しいのか理解していたとも言える。 ディフェンスに定評のあるナビ子とか書かれるとどう考えても愉快な感じに違いない。 「ここは反復横跳びでディフェンスよ。その方が多く見えるから!」 「え、えっと……えっと……えーと、良く分かりませんが舞姫さんのお手伝いをしないとっ!」 「ストレス解消は健康にもいいのよ!」 「そ、そ、そうだそうだー! 舞姫同志の言うとおりだー! ……こういうのも楽しいですねっ、なんだか新鮮ですっ! 運動にもなりますしっ!」 埠頭の街より側には騒ぎを聞きつけて集まってきた敵(仮)の姿が人だかりを作っている。 豪華にライトアップされたクルーザーを背にここは通さんと気を張る舞姫は何が何だか分からない内に巻き込まれた三郎太を巻き込んでその場で反復横跳びを始めていた。 「えーナビ子ぉー、ナビ子はいらんかねー。合コンの数会わせにイベントのサクラ役ぅー、焼き肉の焼く係にカードゲームの配り約ぅー。なんでもこなせる素敵なフォーチュナ、ナビ子はいらんかねー!」 ……余りに悲惨な風景。余りに虚しい光景である。 如何ともし難い時流の趨勢にすら逆らい、敢然と立ち向かう彼等はまるでラマンチャの男を思わせる。 「クリスマスにその行為は空しくなるだけですよ、たぶん」 どうしても黙って素直に船を見送るには心の方が寒すぎる―― 「バリケード作ったりしてる人たちは撤去です撤去。 ちゃんとデモ行為は許可申請出さないといけませんよ。 出しても許可されないでしょうから撤去ですが、兎に角ルールは守りましょう」 そんな彼等を眺めてまずは説得を試みる五月。一方、傍らの恵梨香は深い溜息を吐く。 「……本当に皆お祭り騒ぎが大好きなのね」 白いホイッスルを首から下げた彼女は鋭く警告の音色を奏で、断固と埠頭を不法占拠する『集団』に言い放つ。 「これからそこのクルーザーではアークの福利厚生イベントが行われます。 これはアークと時村室長が主導した公益性を持つ事業の一環です。 不必要な邪魔をするようであれば強制排除に踏み切ります」 「やれるものならやってみなさい! 団結の力は強いんですよ!」 吠えるレイがそう言う理由は……『集団』と書いた辺りがポイントである。 気が付けば孤独だった彼等の戦いには多くの援軍が駆けつけていた。顔を見渡せばどいつもこいつも大して印象に残らないへのへのもへじ、まるでチュートリアルのAさんの如く平々凡々極まりない、でも何時か何処かですれ違った事位はあるようなそんなリベリスタの皆さん。 「お暇な人が居ればこっそりお話しにいってもいいかなって思ったんだけど…… あれ? ここはどこ? 私は誰? いや、私は神様……じゃない。月鍵だわっ! よく分からないけれど、せき止めればいいのよね? ディーフェンス! ディーフェンス! 全力防御してやるわっ! 何故こうなってるのかわかんないんだけどしてやるのよ!」 そして何故かどうしてか何でこうなったのかそこに居る月鍵世恋(25)。 「まさか、この月鍵(25)、初恋がまだだということを露見されているのであろうか…… くっ、これは由々しき事態だわっ…… この事実を知った人をすべて消してしまわなければ!」 実際の所どうなのかは分からないが恐らく今の説明口調的独り言のお蔭で露見したのは間違いない。 彼等はリーダーに仰いだ舞姫の後ろからさかんにシュプレヒコールをあげている。 「地元で最強の月鍵さん(25)の力を見せてやるっ!」←モブ混ざり 「ディーフェンス! ディーフェンス!」 「畜生! 主人公みてーな面しやがって!」 「リア充反対! フェイトが初期値で5点もねぇ俺に謝れ!!!」 ……どうしようもない主張(メタ)の数々が確かに対決姿勢を示していた。 「……パーティーとかガラじゃないし、熱い声援飛ばす方でもよかったんだけど。 こっちのが高いごはんにありつけそうだったからね」 黒服のおねえさんめいている――涼子が手袋を付け直してヤる気十分にごっつい丸太を持ち上げた。 「仕方ありませんね……」 半ば先刻承知だった恵梨香が手を挙げて合図を出すと――白いランプが彼等を照らす。 「警備ね……こんな……クリスマスなのに……ぶつぶつ……」 「あ、でもお姉様。今、私達とっても目立ってます」 「そ、そうかしら?」 「借りたロードローラーでいざ、お姉様とダンデム出撃です……これぞ人類の英知ー?」 (一緒ならまぁいいのかな……) 恵梨香の後背より現れたのは工事現場用の舗装車両に乗って現れた糾華とリンシードの組み合わせであった。何故可憐な少女達がクリスマスにかような登場の仕方を選んだのかはミステリが尽きない。されど、微妙に仲睦まじく微妙にイチャイチャと出現した制圧部隊の登場にバリケード部隊は逆に闘志を燃やしている。 「時間かける物ではないし、糾華とリンシードはそのままGOーだ。 進路そのまま、ああ、大丈夫。轢かれても死なないのしか向こうには居ない」 一瞬「うわあ」という視線を向けた二人に一人冷静なユーヌが指示を出した。 モブでも何でもリベリスタはリベリスタである。それにギャグキャラは死なない法則も心強い。 かなり乱暴で大雑把な結論ではあるが、因果律に誓って大丈夫なのだろう。多分。 「どいてどいて。どこに行くかわからないわよー」 「はーい、邪魔する人は一緒に整地しますからねー…… せっかくの年末を地面と過ごしたくない人はどいてくださーい」 進撃を始めた糾華等の暴虐に蜘蛛の子を散らす烏合の衆達。 (あっ悲しくなってきました。涙が止まらない、何故だろう。 そもそも出会いを求めるのならこちら側で吠えるのではなく…… 一人でもあの船に乗り込んで素敵な殿方を探すべきなんですよ。 それなのに私はどうしてこちらにいるのでしょう。 もっと貪欲に生きるべき……ああ、これを来年の抱負にしましょう。 来年こそ彼氏が欲しい! 彼氏ください! 神様!) 滂沱の涙を流し始めるレイ。騒ぐ舞姫、うろたえる三郎太。 「あぁ、悲鳴が気持ちよいですね……ふふふ……あくまで私達はいい事してるだけですからね」 「あ、ちょっと運転させて。なんだか楽しそう!」 先程のドン引きも何の事やらロードローラーの上で少女達が戯れ合っている。 「イチャイチャしてるところ悪いが、逸れてるから軌道修正宜しく」 「あら?」 「まぁ、少女に踏まれたいマゾにも見えるから問題ないかも知れないが」 ユーヌの忠告もやや遅くあちこちから「ぎゃー」だの「わー」だの悲鳴が響き渡っている。 埠頭は寒い。何処までも寒い。 軽くイラついた五月が暗い海に水柱を作り出せばもっと寒い。凍える。死ぬ。 「今日も楽しく見切れ十回を目指すぞーっと!」 「……私、何してるんだろ?」 だから無茶を振るなというナビ子の向こうで世恋が妙に可愛く「へくちゅん」した。 ●海上クリスマス 「お、アシュレイちゃん。メリークリスマス」 「――あら、あっちこっちで良く会いますね!」 パーティ会場で見知った魔女の背中に声をかけたのは、この場は一人の義衛郎である。 暖かで煌びやかな室内はあの埠頭の逆を行くものだ。 天井の高いホールの中央には今日の為に用意された大きなもみの木が立てられている。 見事に『ドレスアップ』したそれは全くクリスマス情緒を感じさせるのに十分で―― 「ま、社会人にクリスマスもへったくれも無いけどな。 今日も昨日も、きっちり労働させていただきましたとも」 「世知辛い世の中です」 「よし、そんな事よりピザ食べよう、ピザ。 オレ、宅配ピザみたいな分厚いのじゃなくて、ぺらっぺらの薄い生地のが好きなんだよね」 「もぐもぐ。それより、今回は『奥方』は大丈夫なんですかあ?」 口の端にトマトソースをくっつけるアシュレイの世話を焼く義衛郎は揶揄する問いを軽くかわして逆に切り返す。 「アシュレイちゃんも、彼等の奮闘放っておいて良かったの?」 「裏切りの魔女ですから!」 「壁の花を放置なんてできないよね。ごきげんうるわしゅう、アシュレイちゃん」 堂々とその大和級の胸を張るアシュレイに一人で会場に現れた夏栖斗が歩み寄った。 「クリスマスの夜に魔女を誘えないようじゃ、男がすたるからね。 よかったらお喋りか――ダンスでも踊らない?」 片目を閉じてウィンクを作ってそんな風に誘う少年は随分と見違えた感がある。 「あれから……最初のバロックナイトが終わって二年だね。 君の計画はうまくいってる? アークは役者不足じゃない? いいよ、どんな話でも。例えばアシュレイちゃんの本音とか、本心とかでも――」 七百年を生きる魔女に少年の腹芸は通じまい。故に問いは殊の外ストレートである。 夏栖斗の顔からは少なくとも二、三年前の『子供っぽさ』は大分消え始めている。 「んー……駄目そうなら私、長居しない主義ですし!」 そんな彼の顔をジッと見つめたアシュレイはまるで悪戯気な猫のような顔をした。 「クリスマスに遊びで魔女を誘えないより、『勝負』にもっていけない方が問題だと思いますけどね!」 「……今、すごく刺さったんだけど!」 華やかなアシュレイは独り寝が寂しいという割にこんな時間も楽しんでいる様子である。 だからか。始まる前から疲れる大騒ぎをサクっと見なかった事にしたのは―― 「ナイトクルーズっ、ご飯美味しいし、海広いっ!」 料理の皿を片手にデッキに出て夜の海を眺めているのはシーヴとメリッサの二人だった。 「寒いけど……夜の海も、月が出ると素敵なものね」 空からちらちらと舞い落ちる雪は気が付けば一時的に止んでいた。 冬らしく冷たく澄んだ空は淡やかな月光で眼窩へと微笑みかけている。 「ラ・ル・カーナにない光景が何か不思議ー。ゆらゆら揺れて面白いしっ」 「こら、そんなに乗り出さないの」 「ふにゃ? わわっ、むぅ~、危なくないもんっ! 落ちたりしないのですよっ、って……うー……」 「でも、落ちてからじゃ遅いのよ。風邪引きたくないでしょう?」 フュリエのシーヴにとっては海すらも珍しいものである。 手摺から身を乗り出した彼女の腕を引いたメリッサは少ししょげた様子に面食らう。 しかし、彼女をそれ以上に『困らせる』のは…… 「あっ、でも心配してくれるメリッサおねーさん優しくて好きーっ」 「……………そ、そう」 照れを表情に出したくないメリッサに何とも言えない顔をさせたこの直球振りの方である。 「クリスマスとはいえ、立派なクルーザーを貸し切りか……毎度の事ながら、良くやるぜ」 パーティ会場をぶらぶらと歩きながら辺りを見回して感嘆半分呆れ半分の声を漏らしたのは猛だった。 「あはは……流石に慣れてきたとはいえ、やっぱりこれはこれで緊張します」 「逆を言うと『慣れてきた』っていうのが凄いよな」 当然ながら今夜もリセリアと時間を過ごす彼はアークのリベリスタになったという数奇な運命にしみじみと言った。 「偶にリベリスタになってなかったら俺はどうしてたんだろな、と考えるんだよな」 「リベリスタになってなかったら……ですか?」 小首を傾げたリセリアに「ああ、いや」と言葉を重ねた彼は「はいはい、ある意味本業っす。ご奉仕しまっしょい」と軽やかに銀色の盆を備えて登場した夕奈から二人分のドリンクを受け取った。 「ま、こうして美人の嫁さんも居るし文句は何もねぇけどな?」 「もう。……こちらこそよろしくです、猛さん」 冗句めいた猛に内心で苦笑したリセリアが応え、細いグラスがチンと澄んだ音色を立てる。 御覧の通り、『予定通り』三高平港を出発したクルーザーでは今まさに海上のクリスマス・パーティが開催されていた。参加者は良く見るリベリスタだけで六、七十名程。普段からアークの仕事を手伝う裏方さん等も招待された今回のパーティはそれなりの規模のものになっている。 (……使い所に躊躇なく、さりとてひけらかし誇示するでもなく…… あん親子はまあ、揃って『本物の金持ち』やわね。ガチやガチ。 ……じゃ、あんま媚び売っても鬱陶しがられるだけか。 やっぱ順当に誠心誠意奉仕するしかないわな。話が出来るならしてみたいけど……) 細やかな所にも捨て目が利く夕奈は給仕であちこちを動き回り、そのついでに歓談に応じる時村親子の様子を眺めていた。 「これは……舟遊びと申すにはいささか豪勢すぎますね」 「却って屋形船位の方が風情があるもんだけどな」 「成る程、そういうのも良いかも知れません。 ……若い頃は初めてのデートで街角の洋食屋さんに入るだけでも緊張したものです」 そんな沙織が楽しそうに話をする相手は一見は女学生めいた永である。 姿形見目だけを言うならば精々が十代後半といった所だが、彼女の実年齢は言の通りである。 「ナイフとフォークも上手に使えず、見かねたご主人にさりげなくお箸を差し出していただいたのを覚えております」 「そう言えば、既婚者だったっけ。親父が残念がる」 「御冗談を」 何かと話をする機会も多い『老人仲間』の揶揄を軽く流した永は逆に沙織に言う。 「時村室長は、そろそろ身を固められないので?」 「……ま、色々とね。ややこしいのよ」 「名立たる財閥の跡目ともなれば軽々とはゆかぬのでしょうね。 さりとて此の世は諸行無常。時間は無限ではないのですから。 お父様にも孫の顔でも見せて孝行しておあげなさいな――年寄りのお節介ではありますが」 二人の会話は(外見上は)歳若い少女に『あの』沙織が押されているという少し見ない風情になっている。 永が親切で気にかけた友人――沙織の父である貴樹の方はと言えば…… 「去年は貴樹と一緒でしたけど、今年は桃子も加えて賑やかに過ごせたらなぁ、と思ったのデスよ!」 「あはは、この親父には気をつけるべきですけどね!」 シュエシアと桃子という華やかな年頃の女子に囲まれて満更でもなさそうな雰囲気であった。 「ま、何事も元気なのは大変結構」 「頑張りマスよ! 桃子とはもっと仲良くなるのを目標に…… 貴樹とは……もっと愛人らしさに磨きをかけるのを目標に頑張るのデス!」 「うむ。やる気があって大変宜しい」 元気良く大声で宣言される『とんでもない一言』は健康的過ぎて決してそれらしくはないのだが。ニコニコ笑ったままの桃子も慣れた調子の貴樹もこれにうろたえる風は無い。傍から見れば孫と祖父、実際の所もそんなものに近いのだが、沙織の遺伝子が何処から由来しているかは実に分かり易いご老人である。 ……数居る中からよりによって海千山千の連中を選ぶ辺りは、シュエシアも大概根性が据わっている。 「……ま、御覧の通りだ。ありゃ長生きするから問題ない」 肩を竦めた沙織に永は微苦笑を浮かべていた。 そんな彼女にグラスを手渡した沙織はパーティ会場のステージの方を指差した。 「お前に馴染みがあるかは分からんけどよ、『ライブ』が始まるみたいだぜ」 「らいぶ……」 難しい顔をした永が指し示されるままに注目した先にはすっかり準備を万端に整えた【BoZ】の姿がある。 「聖なる夜に降臨すべきは聖人であるべき。 そう、そしてこの世界に置いてそれはBuddhaさ。 俺はクリスマスツリーに扮した電飾バリバリな衣装とギターでエレクトリックにいくぜ!」 「アークにこの身を預けたその時から、凡そどんな覚悟も済ませている。 職務があれば務めるのみ我々の目的は救世。人身心中世界そのものの救済までを視野に活動している」 ギターの“Dragon”そしてドラムの“L”。平たく言えば竜一、そして雷慈慟。 「クリスマスは船上、もとい船浄ライブだ!」 このイベントにスペシャルライブを行う彼等を率いるのは―― 「皆、一年間おつかれ! 思いっきり食べて飲んで喋ってるかい。 生きているからこそ食べられるという当たり前の喜びを、オレ達リベリスタは他の誰より実感してると思う。 そんな食事に対するありがたみを歌にしてみた。聞いてくれ、新曲『仏間でイタダキマス』」 ――言わずと知れた“Buddha”ことフツである。 「救世を開始する」 “L”の短い宣告と共にライブのビートが刻まれる。 (BoZの目的は衆生救済。 その救世こそのためには、今一時、リア充どもが相手だろうが、 俺は全てを許す寛容さを見せよう。 他のメンバーに置いていかれるわけにはいかないからな!) 気合を入れた“Dragon”のピックが弾き出すのは『泣きのギター』。 ――しっとりと仏壇の線香がともりはじめ 慌ただしく巡る輪廻、誰もが釈迦になる 僕は解脱、往生まぎわ。天の宿命に従った 功徳抱え、浄土の中、一人で鍋ろうか―― 「……らいぶ、ってすごいんですねー」 「思わず感動でキンバレイさんの記憶もぶっ飛ぶレベルでしたよね!」 「……あー、だから途中で意識が途切れた感があったんですかねー」 しみじみ言うキンバレイの頭には大きなばってんの絆創膏がついている。会うなり失礼な事をのたもうた彼女が桃子の左で宙を泳いだのは場の全員が見なかった事にした白昼夢である。夜だけど。 「ふー、ひどい目にあった!」 「あ、ナビ子さんナビ子さん! おとーさんが姫初めしたいって言ってたので、船から下りたらうちまで来てください! 姫じゃなくてもそれはそれで良いから無問題だそうです! ちなみに姫初めじゃない場合は菊ぅげぶ!?」 「おっと手が滑った★」 たった今通りがかりのナビ子に声をかけた彼女が再び膝から崩れ落ちたのも気のせいである。 「色々大変なんですねー」 「まぁ、アーク倫理委員会委員長ですからね、ももこさん」 証拠隠滅にキンバレイをテーブルの下に隠す彼女の動作は何時かのデ・ジャヴである。 (表立ったことは何時も桃子に任せてるから、あたしはこういうの、あまり得意じゃないのだわ……) 「姉さん!!!」 そんな彼女がふと通り掛かったウェイトレスの梅子を見るなり目を爛々と輝かせ…… 「うわ、ちょっ、もも……っ、あんたおかし、なにそのいきお――こら、離すのだわ!」 「天狗!」 「誰が天狗なのだわ!!! ちょっと――あんたまで相手がいないの!? あたしにはそういう趣味は無ーい!」 倫理とは何ぞやと哲学したくなる勢いで彼女を抱きしめ倒していたのは余談である。 ――祈りながら浄土沿いを 輪廻へと少し急いだ 襖開けた君は忙しく 鍋を煮込んでいた 誇らしげに現世での姿(なり)を見せると 君は心から悟って その表情を見た己もまた 愚直に鍋を煮詰めた―― 「相変わらずアークは騒がしいな」 「うむ、だがそれも良いでござるよ」 「そんなところも、愛おしいのだけれども」 歌詞に小さく噴き出した雷音が少女らしく柔らかに笑った。 傍らに立つ義父――背の高い虎鐵を上目遣いで見つめて彼女は言う。 「甲板にでて、少しパーティの熱を覚ますのだ」 「雷音と一緒にパーティを抜け出すのでござる! ウキウキするでござるな!」 「……馬鹿。単純過ぎるのだ」 雷音の表情は余り台詞とは合っていない。 明るい会場を背にして外に出れば吹き付けた風に彼女は小さく震えていた。 「手……」 「うん?」 「手が冷たい。少し位は気を利かせろ」 繋いだ虎鐵の手ごと彼のポケットに手を突っ込む。 「こんな平和がずっと続けばいいのにと思うのは、わがままかな?」 独白めいた呟きは少女の受けた傷を物語る。 「君は、いなくならないでほしい、ずっと一緒にいるのだぞ」 傲慢な『命令』は切なる願いそのものだ。 「大丈夫でござる。拙者は消えはしないでござるよ」 優しく表情を崩した虎鐵はポケットの中の手をぎゅっと握る。 「――なんて言ったって拙者は雷音の夫でござるからな!」 でも、その台詞で台無し。ああ、雷音ちゃん可哀想……(※義理の親の発言です) ――仏間でも手を合わせて 鍋れるような気がしていた ネギもカモもゆらめいて ガツムシャと箸で追いかけた 良い昆布と鰹ダシも全部 分かち合う日がくること よそって 頬張り合っている 気が向いたら 仏間でイタダキマース―― 華やかなパーティで醸し出される異色ユニットの異色なライブ。 サビを迎えた頃、偶然にパーティ会場に顔を出した伸暁が密かに口元を緩めていた。 「……フッ、『ヤツ等』も中々やる……」 ●BAR『黒猫』 賑やかなパーティ会場に比べ、シックな雰囲気を醸しているのは船内のバースペースだった。 元々カクテル・クルーズを謳っていた今回の企画である。 沙織が特別に用意したバーテンダーは落ち着いた格好も実に様になる美形・将門伸暁その人だ。 「いらっしゃい」 幾度目か開かれたバーの扉の向こうからリルと凛子のカップルがやって来た。 (せっかくのクリスマスッスから、ちょっと頑張って大人の雰囲気も……) 緊張にか少し難しい顔をしたリルの一方、紫色のパーティードレスを見事に着こなした凛子の方は余裕を感じられる様子である。尤も普段は活動的な格好を好む彼女の場合、こういう装い自体は希少価値が高いとも言えるのだが。 「似合ってるよ」 「リルさんの前でならこういう格好もと思いましたので……」 軽口を叩いた伸暁に微笑んだ凛子が言う。勿論傍らで顔を赤くしたリルに聞かせるようにである。 「リルは飲めないッスけど、凛子さんはジュース好きッスか?」 「ええ。二人でこうして一緒に過ごせるだけでも充分楽しいですよ」 凛子としてはリルが『大人っぽいエスコート』を頑張っている事実それそのものが愛おしい。 「注文は?」と尋ねた伸暁にリルが「ジンジャーエールで」と答えると彼は笑った。 「新田、『雰囲気たっぷり』にな」 「了解! バックバンドらしくいい仕事してみせるよ」 カウンター内の快に耳打ちをした伸暁は指を立てる。 快が今回バーの手伝いをしているのは酒屋の息子という技能を生かしたアルバイト……もあるが、主な理由は内定先に決まった時村物産から「一流サービスを体感する為、手伝って来い」との辞令を受けたからである。という理屈をつけた取締役専務、時村沙織に命じられたからである。 特別を銘打って用意されたバーだけあり、スペースには結構な客が居た。 「おお。いつの間にこんな大人っぽい格好できるようになったのか」 「もう少しで大人だから……大人の雰囲気、教えてくれる約束なの……」 Aラインの黒いワンピース、その首元に鮮やかな蒼石のアクセサリーをあしらった那雪は確かに――スツールで彼女を待っていた鷲祐が目を細める程に大人びて見えていた。 「……ワンピース、初めてだけど。変じゃない?」 「……ああ、大丈夫だ。こう言うのはそうだな――素敵って言うんだ。とても、似合ってるぞ」 公園の家で一緒に燃えた一張羅にかわる特別な衣装を張り込んだ鷲祐はバーに似合いの雰囲気である。 小首を傾げて問い掛けた那雪の白い頬に朱色が差した。はにかむ乙女は何時だって最高に魅力的。 「あ、えと……お酒飲めないから。何を頼めばいいのかしら……?」 「ノンアルコールだな。それじゃ、お姫様にシンデレラを。十二時まで、ちょっとだけ大人の世界だ」 頬を紅潮させた那雪と格好をつけた鷲祐を見て伸暁が笑う。 「オレンジ、レモン、パイナップルが強めだけど。 そうだな、司馬には――『ブラックレイン』なんかはどうだ?」 男は何時も黒く染まれという事か。 「ご機嫌よう、三千さん。今夜は素敵な夜会にお招き頂きありがとう」 「いらっしゃいませ、ミュゼーヌさん。こちらをどうぞ」 「あら――」 三千からの誘いを受けバーに赴いたイブニングドレス姿のミュゼーヌを出迎えたのは少しだけ気取った彼の仕草と、予約席で待つ色鮮やかなカクテルだった。 「――これは?」 「えと、伸暁さんにお願いしてバーを貸して貰ったんです。 ノンアルコールで、ミュゼーヌさんの為に作ってみようって思って」 「まぁっ……三千さん、わざわざ私の為にそこまで」 サプライズは可愛いお嬢様に少なからぬ驚きと効果を与えた模様だ。 三千がちらりとカウンターに視線を送ると伸暁は「上手くやれよ」とウィンクをしてみせた。 「感謝です」と小さく会釈した三千はうっとりと手元を見つめるミュゼーヌに視線を戻す。 「綺麗だわ……」 足の長い細いグラスになみなみと注がれているのは青と無色の見事なグラデーションである。 飲みやすさを十分に考えたそれはグレープフルーツをベースにミントのアクセントを添えている。 「今日のミュゼーヌさんのドレスの色をイメージして作ってみました。 かき混ぜると全体が鮮やかな青になりますから、それからお召し上がりください」 「ふふ、万能な執事っぷりにどんどん拍車が掛かっていくわね」 清涼な味わいにミュゼーヌの頬が緩む。 「モニカ、アルコールのめないんだ。普通に飲んでると思いました」 「……いや、飲めませんよ? お酒に対しての耐性は分解酵素の問題で…… 肉体年齢そのものが止まってるんですから。法律的には問題ありませんけどね」 ソフトドリンクをちびちびと舐めるモニカに慧架が「成る程~」と相槌を打つ。 ある意味で完璧な職業主義者のモニカには珍しく、今夜は私服姿を披露していた。 「可愛いじゃん」 「……アレは放っておきましょう」 揶揄する沙織の声にモニカはにべもない。 「まあ、お嬢様が小さい頃に着ていたやつを借りて来ただけですけどね」 「お下がりとは……では来年はちゃんとモニカ用のドレスを買うとしましょう」 「では期待している事にします」 万年メイド服姿のモニカにおめかしの機会がどれ程あるかは分からないが。 逆を言えば万年『その』体型なのだからサイズが合わなくなる事も無いだろう。 バーの席には当然、先程挨拶の軽口を飛ばした主催の沙織の姿もあるのだが…… 「さおりんと二人きりでロマンチックなクリスマスデートなのです! ……と言いたい所ですけど狭い空間ですと回りは見知った顔ばかりなのです…… さおりん提供のクリスマスクルーズですから仕方ないのですけど。 いつかは二人だけで過ごす特別な夜にしてもらいたいものなのです」 「まぁ、むくれなさんな。のんびりした夜もいいもんだぜ」 その彼はと言えば大体いつもの調子ではしゃいだりむくれたり忙しいそあらを上手くあやしている。 「ストロベリー・ファームで」 「はいよ、了解」 スポンサーから入ったオーダーは難しい顔をしたお姫様を満足させる為の特別な手段である。 凍った苺とクラッシュド・アイス、ホワイトラムをブレンダーに掛ければ魔法がそこに現れる。 「簡単には誤魔化されないのです」 呟くそあらの雰囲気もカクテルを一口二口と口に含めば変わってくる。 酒の力は特別で、特別である理由が別にあるならば――それは尚更絶大だ。 「……少しだけ、我侭言ってもいいです?」 こんな夜なら答えはYes。 場は穏やかながら楽しい歓談の時間を作り出していた。 呑める年齢ならば当然の事、未成年にしても雰囲気に酔うという部分は重要なのである。 「やあ、こゆとこではオトナの女性が絵になりますねえ。私は逆に自分の貧相さを嘆くばかりで……」 「あっはっは、うさぎ様はまず男なんだか女なんだかハッキリしてからじゃないですかね!」 スコッチをロックであけまくる飲兵衛(アシュレイ)にうさぎは肩を竦める。 「どっちにしても、ですよ。 いやー、しかしお一人、ですねえ。今年も。ああいや弄っているのではなく。 純粋な疑問と言うか、正味な話、貴女なら男何て幾らでも落とせるでしょ。 少なくとも遊び相手ならより取り見取りの筈です――それが毎年聖夜に一人。 魔女のお眼鏡に適う程の男は、そうはおりませんか?」 テーブル席のガラスに頬杖を突き、お喋りモードのうさぎが問う。 スコッチをまた一杯空にしたアシュレイは「そうですねぇ」と何とも中途半端な相槌を打った。 「私は『塔の魔女』ですからねぇ。 関わると破滅させちゃう以上は、『どうでもいい』相手はちょっと重たいかなーって思いますね」 「予想外な返答ですねぇ」 「私、付き合うなら殺されてもいい位の相手に限るんですよ」 アシュレイの言葉を受けたうさぎは「例えば、あのジャックさんみたいに?」という切り返しを言葉にする前に飲み込んだ。代わりにうさぎは深い溜息と共に言う。 「……私は逆に、狙う獲物は居ても戦果が芳しくないんです。 今日何てこの船に誘う事すら出来ませんでした……ほんと、貴女の魅力が羨ましいですよ。 所詮、無い物強請りですけど……」 「ですから、うさぎ様はまず男なのか女なのか……」 「やっほー、こんばんはアシュレイさん」 「あら。今日も私はこぶつきばかりにモテモテですね!」 だらりとしたアシュレイとうさぎのやり取りに参加し、彼女の隣に座ったのは悠里だった。 「いやー、実はね……またカルナと予定があわなくてね…… 本当ならクリスマスの夜、二人で夜景を眺めながら食事してイチャイチャしたかったのに…… 最近予定があわなくて……しょうがないんだけどね……、こればっかりは……」 (あちゃー) うさぎはアシュレイの目のハイライトが急激にダウンする様に顔を抑えた。 「でも昼間はね! 二人で買い物に行ってね! お互いのクリスマスプレゼントを買ったんだよね! ほら見てこれ! これにしようってカルナが言ってね! 可愛かったなぁあの照れた顔! ……あれ? アシュレイさんどうしたの?」 「うわああああああん!!!」 隣に座った悠里をアシュレイがぼかすかやっている。 「嶺さん、この人何なんですか!」 「……え? あ、ああ……まぁ、そうですね」 此方は余裕たっぷりである。呑むなら一人に限る、曰く「グイグイ飲みまくるとか恋人の目があったらアカンじゃないですか」。男の目等不要とばかりにテキーラを楽しむ嶺は唐突に泣きついてきたアシュレイを「どうどう」と受け流した。 「祖国にいたころは、よく夫と二人で蜂蜜酒を飲んだものです」 「旦那……」 「世界最古の酒、神々の酒、知恵の血…… 様々な呼び名を持ちますが、特に夫婦の営みには欠かせぬもの。 酔いに任せて羽目を外しすぎたこともございましたが…… 女は業深く、男は罪作り。これだから世界は面白い」 「独り寝が寂しいよう!」 楚々たるアーデルハイトが静かに呑みながら軽く笑えばアシュレイはそんな彼女に酔っ払って泣き付いた。 (いつか、本気で酔った貴女とお話ししたいものです。――願わくば、月が紅くない夜に) 「そう! だいたいね! 黒覇さん、早く迎えにきて! ってはなしなのよ!」 荒んだアシュレイに途端に呼応したのは誰あらぬ言わずと知れた海依音である。 「ラブカクテルマッハなんだからこうなんていうか! 惚れ薬的なカクテル頂戴! ほら、クリスマスなんだし、ワタシにクリスマス的な歌を歌って! ロマンチックなクリスマスを過ごさせてちょうだい! ぼっちクリスマスさみしぃよぅ! 将門君! 海依音ちゃん美人よね? なんでこんなにモテないの? おかしくない? 家事もできるしスタイルもいいし、得意料理は肉じゃが! そんなワタシがモテないなんて絶対世界がわるいんだわ! ファッキンジーザスクライスト!」 「ワタシに似合うカクテル頂戴!」とカウンターに突っ伏した海依音に伸暁は黙って冷水を差し出した。 屈んで耳元で小さく零す。 「呑み過ぎだぞ、海依音。それじゃ――美人が勿体無い」 「……あっ……」←背景効果音つき(?) それこそプロの本気。囁き(ウィスパー)なる超絶イケボである。 「でも、確かに……婚活って大変なんですよねぇ。大変なんでしょうねぇ」 アシュレイやらを含む以上――あと海依音が余りにアレ過ぎる以上は、素直に『歳が近い同士でのガールズトーク』という部分を認め難いかも知れない嶺がしみじみと言った。 「『来年の事を言えば鬼が笑う』なんて言葉があるけどさ。どうなん? ちちまじょさん。 いや、ちちまじょさんは『鬼』っつうには、見目麗しすぎるけど。油断ならねぇとか、少なくとも、世界の行く末を担う一角ってのは間違いないじゃない?」 混ぜっ返したいりすに「ふぇ?」とあざとく泣き真似を辞めたアシュレイが向き直る。 「次は飲もうよって話。幸か不幸か小生も来年は二十歳にゃなれそうだし」 アシュレイはいりすの言葉にんーと視線を泳がせた。 唇に指を当て、少しだけ困ったように言う。 「――そうなれば、嬉しいなあ」 実にしょうもない光景の一方で相も変わらず微妙な人間関係を覗かせる『カップル』もある。 「よー、一杯どうよ。御美しいお嬢さん」 「……一体どうしました宮部乃宮さん。もう酔ってるんですか」 「なん……? いやっ、まだ飲んで無ぇ!」 一人バーのスツールで黄昏る黎子に火車が声を掛けるのは毎度の話だ。 カッコ良く言えば孤独癖がある、悪く言えばコミュ障気味で残念ガールの黎子は「そうですか」と頷くとすっかり慣れた感のある火車相手に自分が今何をしていたのかを語り出す。 「今ね、私はですね。クリスマスに一人バーでグラスを傾ける…… いいですか、宮部乃宮さん! 今私はこの瞬間、とても美学していたんですよ!」 「……あっそ」 頭をボリボリと掻いた火車が隣の席に腰を下ろす。 「俺はバーテン見に来たんだよ。NOBUが居るんだぜ、呑むしかねぇだろ!」 「そうですねえ、NOBUさん多芸ですねえ…… ……って、ああそういえばNOBUさんってすごい有名人でしたね。 身近になりすぎて忘れてました!」 元々ファンだ、と語る火車と相槌を打った黎子に伸暁は「サンキュ」と笑って軽いツマミを差し出した。 「そういや梅桃ももう二十歳だ。あいつ等が呑んでるの見てみたいな」 「あー、もうそんな歳なんですか。あの二人。 桃子さんはともかく梅子さん……うーむ……度し難い。 自覚なく年齢止まってる可能性もありますしまあ……見てみたいですね。今度飲ませましょう」 そう答えた黎子の視線は慌しく下手糞なウェイトレスをする梅子の姿を捉えていた。 曰くたまには女の子らしい事をしたいらしい彼女はこの機会に中々の頑張りを見せている。 「まぁ……革醒者に歳は関係ないってー言うしな……」 「私は別に止まってませんよ?」 「……いや、いい。NOBU、コイツに気の利いたの一杯頼むわ」 「了解。じゃあ鳳のイメージで赤だ。 ルジェ・クレーム・ド・カシスとシャンパンで――『キール・ロワイヤル』。何となくお前っぽいだろ?」 広い店内は十分なスペースを持っている。 歓談から少し場所を離して、奥のテーブルで二人呑んでいるのは龍治と木蓮の組み合わせである。 「パーティも気になったけど……龍治は賑やかな所より静かに飲む方が好きだからな。 俺様も今日は龍治、お前とゆっくり過ごさせてもらうぜ!」 「……ん」 嬉しくて仕方ないとばかりに空気の華やぐ木蓮と、それに寡黙に頷く龍治の組み合わせは一見すれば木蓮側の熱烈さの方が目に付く雰囲気ではあるのだが…… 「落ち着いた時を過ごすには、此処も十分に賑やかではあるが…… 邪魔するものはないだろうから、まあ、良い」 酒は静かに呑みたいもの。傭兵時代から彼一流の流儀を持つ龍治が尻尾をパタパタと振らんばかりの木蓮の髪をくしゃっと撫でてやるのは『彼にとって彼女がどれ程特別か』を物語っている。 木蓮はカシス・ジュース。龍治は言うに及ばない。 乾杯の軽やかな音に目を細め、ゆるりとした時間を過ごす二人は全く恋人同士である。 「そういや、トートバックありがとうな♪ こうやっていつでも持ち運べるものって、近くにお前を感じられて嬉しいんだ。 特に最近は遠征も増えてきたし……な」 「ん」 「こっちのあげたやつは……」とちらりと視線を投げた木蓮の表情が緩んだ。 「へへ」 「スキットルは、常に持ち歩いている。有難い」 酔いの所為か若干熱を持った顔を自覚して龍治は敢えてぶっきらぼうにそう言った。 プレゼントは、喜んで貰えて、何より。 未だに、こういった贈り物には疎い。 答え合わせには、毎度緊張するのだが。 ……その顔を見られたなら、悩んだ甲斐があったというものだ。 (言 え る か) 「うん? どうしたんだ? 龍治ぅ」 無邪気に甘えてくる木蓮にチビチビと酒を舐める龍治は「うむ」だの「むぅ」だのハッキリしない声を上げながら頭を撫でるという葛藤の様を見せている。やたがらす(笑) マダオとその嫁はさて置いて。 「Joyeux Noël」 「いい夜だな」 「そうね。貴方が居るから」 「思い付きとは言え、悪くない趣向だわ。でも、悪巧みを表に出したのは失敗ね」 「虚を見て実と思え、その逆も又然り。本当に悪い事をする時は内緒でするよ」 「イレギュラーはイレギュラーなればこそ。不測の事態は今夜の最高のスパイスよ。 ……ふふっ、沙織もまだまだね」 「成る程、次はそれも考慮しよう。誘っていい?」 此方は臆面も無く互いに言いたい事を言う氷璃と沙織の組み合わせである。 シックなドレス姿の氷璃は「クリスマスなんて数年前から何十年先まで予約済みだわ」と笑った。 特別な夜の特別なバーで静かに酒を飲む。 何時もとは少し趣が違うが、その変化も氷璃の言うスパイスの内だろうか。 「カクテルのチョイスは貴方にお任せ――いいえ、貴方が私に作って頂戴」 強請る氷璃に伸暁は楽しそうな顔をした。快が「室長、腕の見せ所ですね」と笑っている。 「じゃあ、一つ。そうだな――お前のイメージならブルー・ムーン。 上手くなくても、笑うなよ?」 微妙な人間関係の機微も優しく聖夜は包み込むものだ。 「お久し振り」 「ひさしぶり、だね」 「君に会えて、すごく安心した。今日は有難う」 「ううん、こちらこそ! すごく、うれしい」 久し振りにゆっくりと顔を合わせたロアンと旭は窓から雪を見ながらこの時間を楽しんでいた。 「何だか顔が見たくなっちゃって――」 「どしたんだろ。何かあった……? ロアンさんは、げんき? ないてない?」 「泣かないよ」 撫でる格好を見せた旭にロアンが笑う。 「今日は――メリークリスマス」 「うん、メリークリスマス!」 プレゼントを交換して、何となく感傷的な夜を過ごす。 僅か数時間で終わりを迎える幻想的な航海は――それでもきっと誰にも特別だったに違いない。 「うん、そうだね。特別だよね」←ナビ子この辺 ●スペシャル・クリスマス 「ところで部屋にも入ったんだから下ろしてくれない?」 全女子憧れの的である『お姫様抱っこ』――しかし、憧れは憧れのままだから良くて。 実際にいい歳でされてみれば何とも気恥ずかしい気分にさせられるものである。 (なぜさも当然の如く抱えられたままなのか……) 暴れる事も諦めて部屋に運ばれて、未だ彼(オーウェン)の腕の中。 未明はぶっきらぼうな口調に何とも乙女らしい機微を込めて実に複雑な顔をしていた。 「大丈夫かね? 足を挫いたりは?」 「それは――……大丈夫だけど」 事の起こりは未明がヒールを折ってしまった事。 「結構、ドラマとか映画に出てきそうなシチュエーション好きよね」 「お前さんは要求を余り口にしないからな。毎度俺の考えを押し付けてはいないかと心配になる物だが」 「嫌じゃないわよ、別に」 それ以上理由も理屈も必要なく、これに到れば説明も必要無いだろう。 しかし、彼女からすればそれより何より重大な事は別にある。 「で、聞くけども。イスでもソファでもなくベッドに下ろした事に何か理由があるわけ?」 ベッドに座るような格好でオーウェンをじっと見上げて見つめている。 意地の悪い『王子様』は自分の今の顔を見て、何を考えているのだろうかと―― (……あ、駄目だ。すごく駄目) ――考えたら、少し動悸がおかしくなった。 「……裏野部の件の後にな、紫月に怒られてしまった。 問題が無い様に振舞うのは結構ですが、姉さんにもその様に振舞うのですか、と」 「……あの子ったら」 ベッドに二人で腰掛けて時間を過ごす。 『まるで夫婦のような』拓真と悠月のやり取りは平穏に満ちていた。 しかし、拓真の、悠月の生は決して穏やかなものばかりではない。或いはオーウェンと未明が、彼自身がそう言ったのが証明している通り――人より死に近い場所に居る彼等は大切な誰かへの重い十字架を背負っているとも言えた。 「気に病むな……と言う事は出来ませんけど」 月のような女は俯く勇者をその胸に優しく抱き寄せた。 「初めから強く在れる人など居ません。 ……拓真さんの御祖父様だって、きっとそうだったのではないでしょうか」 「ああ……」 幾多の戦場に辛酸を舐めぬ事等有り得ない。 過去も、現在も、そして未来も――行く手は毒の茨に満ちている事だろう。 「やせ我慢、と言う訳でも無いんだが……染みついてしまっているのかな」 「……吐き出してくだされば、全部受け止めます。あなたが前に歩んで行く為に」 しかし、それでも拓真には悠月が、悠月には拓真が居る。 「悠月、結婚……しようか。君が欲しい」 言葉は『今更』の確認だ。 何より大切な『今更』に艶やかな唇が「はい」を紡ぐ。 白い息が冷たい冬の空気に弾んでいる。 客船のデッキに出た雪佳とひよりの二人は再び降り始めた雪を見上げて夜気を思い切り吸い込んだ。 「……はは、流石に外は寒いな。肺の中まで綺麗になるような気分だけどさ」 「うん、とっても気持ちいいね!」 さむそうだな、と雪佳の手を見つめたひよりはやや大袈裟に首を振って言葉に応えた。 彼のエスコートだと思えばひよりにとってはこれも嬉しい。 寒いのも、賑やかなのも静かなのも――心を弾ませる材料の一つにしかならないのだ。 「こんな所にすまない。どうしても、二人きりで伝えたい事があったから」 「ううん、とってもきれいだし。お話ってなあに?」 邪魔する者の無い夜に――二人のシルエットが近付いた。 「君と出会って、ほぼ一年。 剣と異能の道に生きると決めてこの街に来て、これ程の安らぎを得られるとは思っていなかった。 気がつけば、君の笑顔を愛おしく思えて……自然と、目で追っていた」 粛々とした雪佳の言葉は決意を秘めた男の強さを秘めている。 「……気持ちを知りながら、ずっと答えを保留したままですまなかった。 ひより。俺は……君の事が、好きだ」 真っ直ぐで純粋な告白はまるで誓いのようにも響く。 大きな瞳を僅かに揺らめかせたひよりはそんな彼に飛びついた。 「安らぎを貰っているのはわたしも! 弱いままで、泣くかせめてと笑うかしかできないけれど―― それでもちゃんと生きようと思えたのは、ゆきよしさんが居たからなの」 恋人達を祝福する紙吹雪のように雪が散る。 「だから――とっても嬉しい!」 この一瞬よ、願わくば永遠であれ―― 「Guten Abend、クラリス様。そして少々失礼!」 「きゃあああああ!?」 日頃は壊れ物でも扱うようにクラリスに接する亘だが、今夜ばかりは少々違った。 全力ダッシュからお姫様抱っこ、そして羽を広げて夜の空に。 「……い、いきなりやぶからぼうに何ですの!?」 強引に『船』にエスコートした亘に何故だかクラリスは顔を赤く染めている。 「強引に御連れした事は本当に申し訳ございません。 でも残りの聖夜は一緒に……自分の隣に、ずっと居て欲しかったんです」 「ぅ……」 自身に上着をかけた亘のド直球に何とも居心地の悪そうなクラリスは頬を掻く。 「傍に居る時間が長ければ自分の好きがたくさん見れますから。 でも笑顔もそうですが――自分はもっと色んなクラリス様を見てみたいです。 出来るなら毎日……あ、嘘でも冗談でもないですからね?? ふふ。そうです。良ければ今から――ハロウィンの続きをしませんか?」 「わ、亘さん……」 「……?」 「がっつきすぎですわあ!」 首をぶんぶんと振って自分の翼で夜に飛び出したクラリスを慌てて亘が追いかけた。一見すれば『噛み合わなかった』このやり取り、しかしクラリスの背中を追いかける亘は『正面からこの時の彼女の顔を見ていない』。 「いぇーい」←ナビ子この辺 ●Happy End! 「……夏草や、兵共が夢の跡……」 寒い埠頭に大の字に寝転がる舞姫(※潰された)は死にたい位の孤独に苛まれていた。 寒い。寒い。兎に角寒い。爆発炎上しそうな位に寒い。ああもう寒い。いい加減にしろ! 「……ふ、ふふふふふふ……」 笑うしかない彼女の頬にふと、熱い何かが触れた。 「……?」 「ココアです。温まりますよ!」 逆さまになった舞姫の視界の中に笑顔の三郎太が居る。 「くれるの……?」 「はいっ」 笑顔は満面。舞姫の氷の心に光が差した。 「メリークリスマス、ですよっ」 だからそう、これは人知れず語られぬ――聖夜の奇跡、Happy End。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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