●仮装はドレス・コードです。 「楽しんでるか?」 リベリスタに声を掛けてくる『戦略司令室長』時村 沙織 (nBNE000500) の調子は何時も気安い。 「何時の間に俺の背後を……!?」 おどけて返したリベリスタの言は冗談にしても、『お偉いさん』でありながらフットワークの軽く彼が存外に神出鬼没であるのは事実である。 「ハロウィンらしい空気だな。何でもどっかではジャック・オー・ランタンも出たとか」 「……その力の抜き方は室長らしいけど」 「『万華鏡』もうちのスタッフも優秀でね。御陰様で」 くすくすと笑う沙織はお気楽そのものである。 悪性の神秘は耐えないが、そうでないものが訪れる事もあるものだ。 十月の末、多国籍軍を抱える三高平の街は――アークはハロウィンの催しに華やいでいた。沙織が最初に口にした問い掛けは賑やかな街の空気に対してのものであり、諸々工夫を凝らすリベリスタ達に対してであり、この日に訪れる『ちょっとした奇跡達』に対してのものなのだろう。 「室長は何してんだよ」 呆れ半分で嘆息したリベリスタに沙織は「仮装」と短く返した。 彼のいでたちは何処かで見たような――『かぼちゃパンツの王子様』。黒地のベースに白いラインが入っている。尤もこれは海外では比較的メジャーなコスプレの一つではあるのだが…… 「今何をしているかって答えなら招待状を配ってる」 「招待状?」 「今回の催しものは仮装パーティと仮装舞踏会です」 沙織はリベリスタにお洒落な封蝋で封印された手紙を手渡した。 開いてみればそこには―― ――ハロウィン・パーティのお知らせ 本日午後八時過ぎより三高平センタービルでハロウィンパーティを開催します。 リベリスタ各位におかれましては是非鋭意『仮装の上』でこれに御参加頂きたく招待状をしたためさせて頂きました。 会場には食事と飲み物、ダンスフロアの用意がございます。 歓談、時間の過ごし方はご自由に。 身を守る為のお菓子はご持参の事。悪戯は『程々に』お願いします! 「――尚、独断と偏見により一番愉快と『城主』が感じた仮装にはささやかながらプレゼントを贈りたいと思っております」 「城主?」と問い返したリベリスタに沙織は「俺、俺」と自分を指差す。 何の事はない。薄々分かってはいたが、結局こういうイベントになれば張り切る沙織が今夜も変わらなかっただけの話である。 「仮装か……」 確かに時期柄用意がない訳でも手に入らない訳でもないだろう。 気が向けば軽く顔を出してみるのもいいのかも知れない。 ――嗚呼、くれぐれも。飴玉やクッキー、マシュマロだけは忘れずに。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月16日(土)23:44 |
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●ハロウィン・パーティ13 特別な夜には特別な出来事(イヴェント)が必要だ。 思い出は何もしなくても積み重なるけれど、時間をより鮮やかに印象付けようと思うならば、手を抜く事は厳禁だ。例えば繊細なる注意を払い、靡かない美女を口説き落とそうとする時のように。例えば最高の材料を準備したシェフが丹念な下仕事から腕を振るおうとするかのように―― 「ようこそ、我が城へ」 ――『こういう時間』に労苦を惜しまないという意味では今夜リベリスタ達を招いた招待主『城主(ときむらさおり)』は格別の主義の持ち主だったと言えるだろう。 「室長? どうしたんですかそんな恰好で。王子様?」 「そう、王子様。似合うでしょ? 後で付き合ってよ」 とんがり帽子に魔女の恵梨香が少しばかり呆れたような視線を向けた。 「それもハロウィンパーティーの『戦略』ですか? ご命令ならダンスの相手でも給仕の真似事でもさせていただきますが、悪い魔女の相手をしているより、綺麗なお姫様の相手をする方が戦略上重要ではありませんか?」 「まあまあ、そう言わない」 「これはどうも、ご招待頂きまして……」 「……ま、そんなに硬い席でもなし。むしろ緩い位だからな、気楽にしてくれていいんだけど」 恵梨香で遊ぶ沙織の下に義衛郎と嶺がやって来た。歳相応といっていいだろう。頭を下げた義衛郎に沙織は軽く応えた。恵梨香の言った沙織のコスプレ……仮装は日本では馴染みが薄いが――ハロウィンの本場たる欧州ではぼちぼち見かける仮装である。かぼちゃパンツの王子様に扮した彼は相変わらずの調子でしかし多少やり難そうな様子なのは着慣れない格好だからなのだろうか。 「しかし、他人の事言えないがお前達もこりゃ中々……」 肩を小さく竦めた義衛郎は今夜は『特に事故も無く』二人連れである。 彼はスラヴ神話に登場するコシチェイの衣装――死神や魔術師を思わせるローブの上にフード付きマントと髑髏の仮面を着用している。 「トリックオアトリート! 私は『対策』の方は万全ですけどね」 白い指先に摘んだ生キャラメルはきっととても甘いもの。 当然と言うべきか『今回は無事に』傍らにある嶺はその彼と合わせにしたのだろう。 同じくスラヴ神話に登場するルサールカの仮装に身を包んでいる。金に緑の混ざる長いウィッグと真白いドレス、花の冠。それから少し肌を青白く見せた化粧は水死の妖精を思わせるものだ。 「お。れーちゃん、このプリン美味しいよ」 「こっちのコウモリチョコムースもおいしいですよ」 食事を済ませてきた以上は専らドリンクとスイーツを楽しむ構えだ。落ち着いた様子でそれなりにパーティ慣れしている所を見せる二人は和気藹々と時間を過ごしていた。 「こんばんは、時村司令」 徐々に賑やかさを増していくパーティ会場を機嫌良く眺める貴樹に声をかけたのは鎧武者姿の見事な永だった。彼女の仮装は仮装ならぬ『本物』である。白糸威鎧は奥州一条家永時流初代、一条永時が愛用した白糸威の大鎧一式。鎌倉時代に造られたと伝えられており、弦走韋の桜の意匠にも風格は十分だ。 「おお、永殿。楽しまれておられますか」 「御蔭様で。堂に入った佇まいで驚きました。武道の心得がおありで?」 「齧った程度だが――時村の男児の必修と言える故」 永の口にした貴樹の扮装は触れなば切れん鋭利な雰囲気を醸す剣豪のそれである。 茶飲み友達然とした永と貴樹のやり取りは口も実になめらかである。年齢からすれば貴樹より上のリベリスタも少なくは無いが、リベリスタの場合必ずしも『歳相応』とはいかない所は否めない。 「名家の生まれも大変ですね……やはりご子息も」 「不肖の息子ではありますが」 永の脳裏に過ぎった沙織は成る程、何でもそつなくこなす器用な男である。この親にしてあの子有りかと奇妙に納得した永は続いて冗談めかしたような笑顔を見せた。 「政治家で剣豪と申しますと……柳生但馬守宗矩と申したところでしょうか?」 「はは、これは過分な評価を頂きました。確かに武家と言えば武家、旗本の家ではありますがな――」 貴樹はそう応えると会場の隅に視線をやった。 「桃子、桃子! よかったら初の共同作業(イタズラ)しません? 二人でカボチャのお面を被ってデスね、それからワッと驚かせて……」 「老人に心負担は如何なものかと!」 そこでは誰を的にするか概ね想像のつく――羽衣を纏った仙女風のシュエシアが悪巧みに『あの』桃子を誘っている。 まるで孫でも見ているような目線で「むむ、それは確かに……」と首を傾げたシュエシアを見た貴樹は小さな微笑みを零した永とは対照的に呵呵と微笑ましい光景を笑っていた。 ハロウィン・パーティの場は仮装が義務付けられている。勿論、凝った仮装を楽しむ者もいるし、微笑ましい……を通り越して馬鹿馬鹿しい、とかシュールの域まで到達した者と様々だ。 「アボカドです」 独特の三白眼と無表情をそのままにうさぎはアシュレイに面と向かってそう言った。 「アボガドです」 「……アボガドですねぇ」 緑色の楕円球体から稼動域の少ない手足を突き出したうさぎは何だか奇妙な生物めいている。 「もうね」の看板を律儀に手にしたうさぎに今夜は相方が居ない。 「良く転がりますよ」 「……そうでしょうね」 「丸いし」 「何をやっているのです?」 何とも言えない空間に割って入ったのは相変わらずノー天気な顔をしたキンバレイであった。 白と桃色の何処かで見たようなホーリーメイガス――つまり魔王の扮装をした少女は大きな目をくりくりとさせておかしな二人のやり取りを眺めていたようだ。 「あら、珍しい。今夜は青あざがないんですね!」 「はい。MOMOKOさん曰く『私の姿を世間に宣伝するのは良い事だ。見逃してやる!』だそーで」 キンバレイ本人としては腹パンの一発も食らう覚悟だった分、拍子抜けといった風である。 「そこでそこで。あしゅれいさんあしゅれいさん……きんばれい重大なことに気付いてしまったのです! みんなお友達とパーティーに着てるのにきんばれいは一人なのです…… ……これはひょっとしてぼっちというやつなのでしょうか?」 「大丈夫。私も何時も寂しい独り寝ですからね!」 小学生に疲れたOLみたいな返答をするアシュレイは、それを相談する相手としてはこの上なく間違っている。 「やあ、アシュレイちゃん。ご機嫌いかが? その格好可愛いね!」 何処と無く暗鬱な空気を纏ったアシュレイに晴れた秋空のように軽快な声をかけたのは夏栖斗である。 煙草の入っていないパイプを咥え、探偵を気取った帽子を被った彼は世界で最も有名な探偵を思わせる姿で立っていた。 「やや、これは随分タイムリーですねぇ」 コロコロと笑ったアシュレイは言葉を付け足す。 「モリアーティ教授の口癖は『ホームズは居ない』ってそんな感じでしたしね!」 声マネの所だけ幾分かトーンを落とした調子である。恐らくはそれは余り似ていないのだが。 「意気揚々とエントリーした時さ、僕書き間違えちゃって『saa,』ってそこで投稿しちゃって! (中略)迷探偵になってしまった僕を慰めて! 今、すごく聞き流された気がするんだけど!」 「よしよし」 「仕方ないなぁ」とばかりに頭にポンポンと手を置いたアシュレイに一瞬だけ夏栖斗の目が細くなる。 「ところでその仮装エロいね。何か似合うからさ、ひょっとしてそれって昔自前で着てたりして――」 「――そう、それです。良いのですか? いや、だってシスターって異性交遊禁止でしょ。そう考えると思いっきり独り身宣言にしか見えな……あ、失礼しました」 「うわあああああああん!!!」 少しの意図を持って踏み込みかけた夏栖斗を絶妙のタイミングでうさぎの言葉が攪拌した。 騒がしい三百歳(仮)は地団駄を踏んで悔しがっている。 パーティの歓談の時間は悲喜こもごもである。 「仮装してれば参加できるって聞いて来たんだけどぉ……リリス、ダンスとかしたこと無いから…… え、お菓子とか必要なのぉ……? お菓子なんて、用意してないんだけどぉ……どうしよぉ……」 やはりフュリエという身の上から『こういう場所』には不慣れなのかキョロキョロと不安そうに辺りを見回しているのはリリスであった。彼女の場合、余りハロウィンを理解していない。理解していないから考える必要があって、考えれば考える程、簡単に分かろう筈も無く、つまり…… 「……ZZZ……」 「は! 仮装の記念にパーティに参加してみれば! 都合の良い事に実にセクシーな悪魔に扮装した顔見知りのフュリエが無防備に寝ていたでござる!」 知恵熱ならぬ知恵眠気を誘発して寝息を立てたリリスの元に幸成が忍び寄る。←他意は無い表現 「このけしからん姿に悪戯心が芽生えるも、忍びたる者ここは自制!」 アーク通報したいリベリスタの王位を争う一角はまさにブレない忍びである。 手にしたグラスをリリスの頬にそっと押し当てれば「ひゃん」と小さな声を上げた彼女はすぐに飛び起きた。 「見た所、ハロウィンについて詳しくご存知ない様子。自分が一つ指南いたそう」 「え、あ、良かったら、教えてもらっても良いかなぁ……? アークって、変な人が多いって皆言ってるけどぉ……真面目そうな良い人に会えて良かったぁ……」 どっとわらい。 「アメリカのシューティングレンジでは、デフォルトでゾンビの的が置いてあったりするんで」 何故か会場の片隅にはおかしなブースが出来ている。 何故かパーティ会場に極当たり前のように用意された射的場(?)ではゾンビ姿の快が、 「……って和泉さん、それ軍服に合わせた銃? 自前?」 「ふふ。大丈夫ですよ。ちょっと改造した程度のガスガンです。アーク有数の防御力を誇る守護神なら……」 「大丈夫なの!? 本当!?」 目の据わった和泉に狙いを定められていたり、 「ハロウィンだもの。ちょっとしたお茶目よ?」 「お茶目!?」 魔女の衣装に南瓜のチャリオットをくっつけた氷璃に轢かれてみたり忙しい。 「はは、何か盛り上がってるよなぁ」 「……ですね」 書生の衣装を着たエルヴィンと『はいから』な袴姿のレイチェルの兄妹は二人揃って大正浪漫を演出する衣装に身を包んでいた。 「なんかこうやって一緒に遊びに行くのも久しぶりだな」 「ん……」 しみじみと、少しだけ意地悪く言ったエルヴィンにレイチェルが頷く。 確かに最近のその前は――この可愛い黒猫の妹は兄にくっついて過ごす事が多かったような気もする。 「……最近ずっと彼の所に行ってばかりだろ」 「……あー、最近彼にべったりだったのは認めます、うん。 まあ付き合いたてだから仕方ないというか、多少は許して欲しいなーとか」 視線を軽く明後日に微妙な顔をして頬を掻くレイチェルは少し早口で弁解めいた。 しかし、そこからふと思いついたように兄の顔を覗き込み―― 「……えーとその、もしかして寂しかったの?」 ――そんな言葉にエルヴィンはやはり兄貴の分の貫禄は崩さずに頷いた。 「そりゃ、寂しくないって言えば嘘になるけどな。 それよりも、お前がようやく俺以外の他人に心を開くようになったって方が、俺には嬉しいよ」 「何時までも子供扱いなんだから」 嘆息を一つ、何とも言えない――はにかんだような表情でレイチェルが言う。 「嫌じゃないけどさ、いまさらだし。 わかったよ、兄さんが寂しくないよう今度からはもうちょっとかまってあげる事にする」 「そーしてくれ」 「……そう言えば話は変わるけど、兄さんお菓子は持ってるの?」 レイチェルはチョコレートにマシュマロ、キャンディ。手持ちの巾着に『プロアデプトらしく』予めお菓子を用意していた。一方のエルヴィンはと言えばそんなレイチェルに渡したきりの手ぶらである。 城主は言った。 ――お菓子の準備は忘れずに―― 「イタズラなら俺にどうぞ、ってな」 気楽な彼がこの言葉をすこーし後悔する事になるのはもう少し先の話である。 ●Trick!13 悪戯というものが何なのか――厳密に定義する事は少し難しい。 例えば寝ている最中に顔に落書きをしてみるとか、顔面にパイを投げてみるとか。 肩を突いて振り返った誰かの頬に指を当ててみる、後ろから膝を『かっくん』とやってみる…… 些細なものから重たいものまで一口に悪戯と言ってもこれはイマジネーションの勝負になるのだろう。 「はははははははははははは――!」 故に。 恐らくは。 何故かパーティ会場を高速移動し続ける変な怪獣(しばしゅうすけ)が居たとしても。 怪獣の着ぐるみに唯一自前の尻尾をびたんびたんとしていたとしても。 それは彼が悪戯だと言い張ったその瞬間からきっと悪戯になるのだろう。 (……仮装ってのは、しんどいんだな……) さもありなん。 「俺の名はハロウィンからの使者! シャドウジャック・O・ランタン!」 さもありなん。例え影継が何時もの反動で何かを解き放ってしまっていたとしても。 主にリア充を探して南瓜を投げつけるという暴挙に到ったとしても。 その彼が巨大なジャック・オー・ランタンから手足を突き出している事から酷くバランスが悪かったとしても。 バランスが悪いから転がってうさぎと一緒にごろんごろん目が回ったとしてもである。 沙織が主宰したハロウィン・パーティはある程度の悪戯が認められていた。パーティ会場は予めある程度『暴れる』人間が居る事も含めてか広々と区画されており、準備は万端といった風だった。 「今日はイイ日だなァ! なんてったって、悪戯してイイ日なんだからなッ! いちや、準備イイか? 平和ボケしたモンスター共に見せてやろうぜ……ハロウィンのあるべき姿をなッ!」 「今日は両手を挙げていたずらしちゃうぞー! お菓子ももらっちゃうかもだし! もちろん準備おっけー! 平和ボケモンスターに突撃だー!」 怪気炎を上げるコヨーテと壱也は言うに及ばず、気合の入っている人間も少なくない。 (あー、楽しみだなぁ!) (後でからし入りのシュークリーム食べさせてやっからなッ!) ……相方を疑わない壱也と相方もきちんと狙っているコヨーテの顛末はまた騒がしいものになるのだが。 城主を含めた参加者は半ばどんな『出し物』が出るのか、楽しみにしている部分もあり…… そこかしこで始まった『悪戯』は悲鳴と笑い声と――綯い交ぜの歓声を生み出し始めている。 「Trick or Treat! さて、ここでクイズなのです!」 Trick or Treatの主にTrick――何時もと同じようにご馳走を頬張る桃子にエナーシアが問い掛けたのは突然の出来事であった。 「わはひへふか」 まさか己が悪戯されると思っていなかったのか、当然のように菓子等持たぬ桃子である。王冠とフクロウの羽のドレスに羽角を模したヘアバンド、胸元には『XV』の数字をあしらった衣装を身に纏ったエナーシアは桃子をじっと見つめている。 「クイズなのです。 ……クイズなのですよ? 私は一体、何の仮装をしているのでせう? 実は、折角の仮装……誰も判っていないみたいなのです><。」 「……」 桃子の額を一筋の汗が伝い落ちる。 曰く『誰にも分かって貰えなかった仮装』。その看破難易度はそこんじょそこらの分かり易いものとは大分違う。でも私が当ててあげないとえなちゃんがえなちゃんが。えなちゃん! えなちゃんかわいい!(ここまで0・01秒) 「分かるです?」 期待の篭った視線が痛い。 「……え、えっと、その……」 「確かに本家のイタリアでも時代においてかれそうとの話もあるけど、亜種が複数の国で作られているくらいには人口に膾炙していた筈なのです。頼むのですよ、桃子さん! これで当たらないと仮装『名称しがたきもの』になってしまうのですよ!」 「くっ、く……」 プレッシャーに思わず声を上げる桃子にエナーシアの顔が綻んだ! 「それなのです!」 「……へ?」 「流石桃子さんなのだわ!」 華やいだエナーシアの表情に桃子が「当然です」とか胸を張り出す。 CUCUとか何とかその辺で検索するとカードゲームとかこうそういうのがそれなんじゃないかな! 「今年一年いい子で過ごしたイヴにハロウィンサンタからプレゼント~♪」 「おー、白雪! 美味そうなケーキだな、ありがとよ!」 陽菜の差し出したケーキの箱に智親とイヴの真白親子が嬉しそうな顔をした。 「……これ、色々入ってる。梨? 秋の味覚のケーキ?」 「ここで切り分けてもいいし、お土産にしてもいいからね!」 陽菜の性格を考えれば何処かに仕込みがあるのは明白なのだが――彼女はいの一番に伝えたものだ。 『このケーキに悪戯要素はありません。安心してご賞味ください』 (まだTrickの方が残ってる訳だけど……愛しい娘の笑顔の為ならこれくらい安いはずだよね?) ほくそ笑む陽菜――ハロウィン・サンタが後ろ手に握るのは些かお高い請求書…… 「ひゃ……!?」 しかし、まぁ――隙だらけの智親の意識は愛娘に忍び寄る魔手の方に向いていた。 つけ耳と民族衣装、エプロンと壊れた傘――小人をイメージした扮装をした夕奈がイヴのスカートをめくったのである。幸いにして長いドレスのスカートは『めくり切れなかった』のだが。 「……お、驚いた。だめ、ぜったい。だめ……」 雪のような白い肌に紅色を乗せたイヴが抗議めいてスカートを抑えている。 「トリックオアトリート! やってる事完璧小学生やけど気にせーへん! もう十八やけど!」 悪びれない夕奈はそもそも相手が誰かを確認してはいなかったらしい。猛烈な勢いでバットを獲得し、迫り来る智親を見るや否や彼女はやはり猛烈に走り出していた。 「目がマジやん!!!」 「おーい、大人なんだから。暴れるのは程々にしとけよ」 「心配ねぇ。すぐに仕留める」 沙織の軽薄な声に応える智親は随分とガチであった。 「こんばんは、沙織さん、ハッピーハロウィン。今夜も大人気ね」 「おかげさまで」 沙織が声に振り向けばそこには飲み物を片手にした糾華が立っていた。 改造弓道着と言っていいのか――独特の扮装に身を包んだ彼女は数年前より随分大人びている。僅かに小首を傾げる所等、元の素材と相俟ってこれはなかなか―― 「……こんばんわ、時村さん……はっぴーはろうぃん、です……」 当然ながら一緒に居たリンシードが絶妙なタイミングで気を逸らすのがまた良いものである。 「相変わらず仲いいね」 「そうでしょ?」 頬を少し染めたリンシードとは対照的に糾華の方は涼やかなものである。 「相変わらず、イベント事が好きというか……無駄に大掛かりというか…… まあ、仕事のストレスの発散も必要ですものね、お疲れ様です」 くすりと笑い、『まるで予め用意されていたかのように』手近のテーブルからかぼちゃプリンを差し出した糾華の所作は優雅で完璧だった。 「今年のイベントで準備してたかぼちゃプリンなの。よろしければどうぞ」 クスクスと笑うリンシードの視線の先には「ありがと」と受け取る沙織が居る。 訳知り顔のリンシードは糾華の悪戯の正体を知っている。『トリック』はハズレ一択。黒蝶館のイベントで出たプリンは甘さが十倍だ。 (さて、どうでる、沙織さん) 銀のスプーンでプリンを食べた彼の表情は変わらない。 「……あれ?」 拍子抜けした顔のリンシードが思わず尋ねる。 「……甘くないですか……?」 「甘いよ」 軽く応える沙織は成る程、そう言えば王子様の扮装だった。 「女の子が作って持ってきたもんは、どうあれ――顔に出さずに頂くのがルールなのよ」 城主の流儀はさて置いて。 「一緒に、トリックオア……ならぬ、とりっくあんどとりっく!」 「うむ。トリック&トリック、悪戯まみれだな」 会場で悪戯に励むのは真独楽とユーヌの二人も同じだった。 偶然か合わせたものか二人の扮装はタロットのDevilとキュートな小悪魔で統一感がある。ユーヌが予め用意したお菓子の小箱には『驚かせる為の仕掛け』が施されている。『悪戯を仕掛けようとしてきた相手こそ的にする辺り、ユーヌ・プロメースらしい』と言えるのかも知れないが…… 「よぉし、ユーヌナイス!」 ユーヌが驚かせ、真独楽が背中に悪戯の張り紙をする…… 実にオーソドックスな二人だが、真独楽の悪戯は最後はその相方に向いていた…… 『末永く爆発しろ!』の張り紙はユーヌも気付いたがこれは敢えて気にした素振りは無い。 平気の顔で「ふふん」とばかりに悪戯を楽しむユーヌはなかなかどうして大物である。 「気にするまでもないしな」 実際、うぬたんかわいいようぬたん。 ●ダンスホールは艶やかに8 飲食・悪戯のパーティ会場とはフロアを変え――余所行きの雰囲気を作り出しているのは沙織が誘ったもう一つ。仮装ダンス・パーティの会場だった。 (今宵は神秘と魔法に満ち溢れたお城で甘い時間を過ごすのです。 魔法の力でドレスアップしたシンデレラと同じ純白のドレスにガラス(のような)靴を履いて…… 王子様はあたしを見つけてダンスを申し込んでくれるのです! 「なんて美しい姫だ、一曲踊って頂けますか?」ってあたしの手をとって! ダンスホールの一番目立つ中心の位置にさり気無く誘導してくれるのです! 恥ずかしい><) そあらの『些か自分に甘美過ぎる』そんな夢想が形を結ぶかどうかは――シュレディンガーの猫……犬だけど。 「……わざとらしく意地悪く通り過ぎられたら泣くですよ?」 「しないってば」 意地悪な顔の沙織が言えば、膨らんだ頬も少しは萎む。 嗚呼――解けない魔法を望むは乙女。 手を取られれば、そあらは何かを言う気を無くしていた。 くるりくるりとステップを踏む恋人達の――或いは友人達の。 特別な時間を切り取れば、今夜の特別なハイライトにするにも十分だろう―― 「こんばんは、アシュレイさん。今日も一人?」 「今日『も』とか言うの辞めましょうよ!」 壁の花、嗚呼壁の花、壁の花。 好き好んで『塔の魔女』をダンスに誘う者も少なく。 特に何をするでもなく光景を眺めていたアシュレイに声をかけたのは『串刺し公』の悠里だった。 「今日は僕も一人なんだよね。カルナと予定が合わなくて……あぁ、悲しい…… ……あのね、やめてね。そうやって露骨なガッツポーズするのね。道連れだ、みたいな目はね」 咳払いを一つした悠里はアシュレイに告げる。 「……まぁいいや。そんな訳で一人同士ダンスでも踊ってみない?」 「皆まで言わずとも! 年下のイケメンゲット!」 「してないからね。ぜんぜん、まったく」 余談ながら彼女は『塔の魔女』である。 (所謂ラッキースケベ的な事にならないようには気をつけよう!) そう考えた彼が――『不幸な事故』でその戦艦大和に顔からダイブする事になったのは言うまでも無い。 「さあ、イヴたん一緒に踊ろう!」 一声と共にワインレッドのドレスを纏ったイヴをホールに導いたのは――何故か竜一だった。 「……いいの? これ」 イヴもそれ相応に年頃になってきた今日この頃である。 複雑な乙女心の欠片だか、他の事情だかを覗かせた彼女に竜一は安請け合いで胸を張る。 「踊り方がわからないとかなら俺が教えてあげるよ! はぁ~~~ん! イヴたんは今日もかわいいなあ。 おかあさんの衣装だって? そっくりなのかあ……」 「写真で見たよ。とっても似てた」 「そっか」 竜一はふと考える。 (って、事はあれ? ……智親の方が俺より危険(ロリコン)なんじゃ……) ワルツの基本は三拍子。何だかんだで面倒見のいい竜一にイヴが微妙なステップで応えている。 「はぁ~、イヴたんは小さくて柔らかくていい匂いだなあ。 もっとすり寄ってくれていいんだよ! もう秋だしね! 寒くなってきただろうしね!」 「……………はぁ……」 やっぱり竜一は竜一だった。 仮面をつけてドレスを着て。 間近いフラウの顔をじっと見る。 「ハッピーハロウィンだぞ!」 五月(メイ)の言葉に応えるフラウの扮装はまるで吸血鬼のようだった。 「さぁ、色褪せる事の無い夜を紡ぐっすよ!」 快活な二人にしっとりとした夜が似合うかと言えば微妙な所だ。 「あまりダンスはした事がないが大丈夫だろうか。す、ステップが少し不安かな?」 「大丈夫っす。うちがついてるっす」 言葉は少しの強がりを含んだが――それでも「うちだってこんな時ぐらいしか踊る事はないっすけどね」と内心考えたフラウも吝かではないのだ。「うちのお姫様をリード出来る程度には頑張りたい」。 想いが実ってか、生来の運動神経のなせる業か――二人のワルツは不慣れな割には噛み合っていた。 「おっと……段々慣れてきたかな? フラウ、どうかな? オレ、上手になった?」 「ん、上出来っすよ、メイ」 少しずつステップも鼓動も――そのリズムを増していく。 繋いだ指先と同じようにこの時間、決して気持ちが離れる事は無いのだろう。はにかむ二人の表情は、まるで鏡を合わせたかのように同じで――二人はお互いにそれに気付いてはいないのだ。 「ところでフラウ、『暗黒闇ダンス』とはなんなのだ?」 「暗黒っぽいヤミーのお任せ創作ダンス的な何か。きっと何とかなるっすよ、たぶん」 俺が聞きたいんだってば! 「目深にフード被ったら……ちょっと魔女っぽくなるかしら?」 未明のドレスはロリータではない『そのもののゴシック』だ。 フード付きケープを被って外して、ちょっとした遊び心を見せた彼女を間近で見守るのは言わずと知れたオーウェンである。 「魔法をかけて貰うのも悪くは無いな。『かかるか』はこれからの相談だが?」 傲慢にも聞こえる絶対の自信を見せたオーウェンの扮装はスーツにマント。顔の上半部を隠す白い仮面。曰くの所の『魔王』を表現した仮装である。 「言ったわね」 モーツァルトの室内楽に乗って手を取った未明とオーウェンの距離が近くなる。 「あー、コルセット苦しい」 少しだけ罰が悪そうに呟いた未明は実の所『パートナーの腕前頼み』である。憎らしい位にソツが無いオーウェンはそんな彼女にクスクスと小さな笑みを見せ、やはり見事なリードを見せていた。 「こうしてダンスするのは何度目かしら」 「確かに久し振りではある。果たして今回は上達しているか、観察させて貰う事にしよう」 「……貴方としか踊ってないし。少しくらいはマシになってきたと信じたい」 くるくると二人のシルエットがフロアに舞う。 幾度目かのターンで未明をマントの内に抱き寄せたオーウェンはその首筋にキスを落とす。 「こら、ダンスフロアでの悪戯は駄目なんじゃなかったの?」 「妃の首筋から血を吸うのは、良くあるシーンではないかね?」 「フードがあって良かったわ」とは未明の言。本当に『良かったか』は彼女のみぞ知る―― 「南瓜の悪魔達が明るく笑う夜……私達も、灯火の一つとなりましょう」 マントを翻して颯爽と現れたるは青い騎士。 凛然たるその美貌は曇らず、強き双眸は唯前だけを見つめている―― 「――何て、ね?」 悪戯気に小さく舌を出したミュゼーヌが伴うパートナーは言うまでも無く三千であった。 「優秀な忠犬さん、私をエスコートする事を許可してあげる」 「はいっ、エスコートさせていただきますっ」 ミュゼーヌの言葉に大きく頷いて犬執事の姿に扮した三千が応える。 銃士隊の家系だと言うミュゼーヌも、執事姿の三千も見事な位に似合う理由はそれが『無理の無い』ものだからなのだろう。 (鮮やかで素敵な南瓜騎士。マントを翻しながら踊る姿は、華やかでやさしい炎のようです――) 三千の『感想』を果たして惚気と笑えるか。 華やいだミュゼーヌは美しい。成る程、恋人の視線で見ればそれは一層尚更になるだろう。 「えっと、ミュゼーヌさんが炎なら、僕は燭台でしょうか……上手く支えることができたらよいのですけ……わわっ」 「支えてくれなくては困るのよ?」 敢えてバランスを崩す『悪戯』をしてみせたミュゼーヌは顔を赤くした三千の腕の中。 「ふふ……ごめんなさい。大丈夫? でも『私は貴方にだから支えて欲しいの』」 ミュゼーヌの目が笑った。 (ごめんね、室長) 本気じゃない。あのいい加減な室長はこの位の『悪戯』ならば大目に見てくれるに違いない。 曰く服装はくたびれた黒スーツ。社会の荒波にもまれてうらぶられた中年のコスプレ! (まぁ、扮装とは裏腹に俺のハートは浮ついている訳だが――) それもその筈、今日、富永喜平の腕の中には他でもないプレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラックが居るからだ。 (……喜平とダンスは3回目…だけど、普段からやってるワケじゃねえし、上達も何もなあ……) 片や浮つく気持ちを隠せない喜平、片や若干の緊張を隠せないプレインフェザーである。 黒スーツのくたびれたサラリーマンがエスコートするのはお姫様の代名詞的『灰被り(シンデレラ)』。 「時間だ、お姫様」 ガラスの靴の代わりにブーツを履いた姫が喜平に導かれホールに踊る。 音楽に合わせ、身を寄せれば体温と鼓動がお互いの気持ちを温める。 緩やかに流れる時間は引き延ばされた『有限の永遠』めいていて――心を擽る刺激はあくまで心地良いばかり。 「……足を踏む回数は減っただろ?」 「ああ」 わざとらしく悪戯めいて『足にとまる』プレインフェザーに喜平は頷いた。 少しだけ身を屈めてその耳の中に熱の篭った言葉を滑り込ませる。 「素敵だよ」なんて月並みな言葉も少女の動悸を高めるには十分で、でも。 「奇跡を待つだけの品行方正なお姫様は、あたしの性に合わないみたい」 曲の終わりに頬を染め、伸び上がった彼女の反撃は――格別の誘惑それそのもの。 ――十二時の鐘で帰らなきゃなんて、つまんない事言わせないで。 折角のお祭りの夜だもん。二人で、この夜を続けられる魔法、探しに行こうぜ―― 「何だか、物語の中に迷い込んだみたい」 水色のドレスのシンデレラ――遠子の言葉は成る程、納得のいくものだ。 ダンス・ホールには魔王やらサラリーマンやら南瓜騎士やら忙しい。 ごちゃ混ぜにしたメルヘンのスープは賑やかながら幻想的でもあるのだが。 (でも、一番の理由は……) 遠子がじっと見つめた正面には正太郎の顔がある。 南瓜のクラウンを被った王子様は少し気恥ずかしそう位に「何だよ」なんて言っている。 「俺はいいんだよ! でも……何つーか…… すっげぇ綺麗だな、遠子! ドレスが最高に似合ってんぜ!」 ダンスの時間は魔法のようだ。 「遠子……、じゃねえな、シンデレラ姫」 ハロウィンの夜だから、これは仮装だから――普段言わない台詞も自然に無理なく口を突く。 「嗚呼、麗しき姫よ! 貴女のような聡明な人に出会えるとは、なんという幸運でしょう! 一目見た瞬間に恋に落ちるなど、こんな運命の導きがあろうとは……どうか私と一曲踊って頂けませんか?」 まるで、舞台のようだ。 一瞬『正太ちゃんの似合わない台詞』にきょとんとした遠子は―― 「ふ、ふふ……ごめんね、正太ちゃん。 私の為に考えてきてくれたんだね……でも、正太ちゃんの口からそんな言葉を聴くとおかしくて…… ふふ、ふふふ……」 大きな瞳を潤ませて小さく笑みを零していた。 「……って、ちょいとキザだったか。わ、笑うなよ」 次の音楽が始まった。少し罰の悪い正太郎がそれでも遠子の手を取った。 「今夜は、十二時の鐘は鳴らないぜ? ネバーエンディングでダンシングオールナイトだ! ガラスの靴なんてなくても、どこに逃げたって見つけてやるぜ、レディ!」 「ふふ、ふふふふふ……」 正太郎は懲りはしない。今夜は――ハロウィンの夜だから。 「今宵は宜しく頼む」 「今宵のお誘い、感謝致します。それでは、炎の魔神さん――参りましょうか」 炎の魔人と雪の衣を纏う雪女。 優希と瑞樹の仮装は敢えてカップルとしては最も遠い――炎と氷の組み合わせだった。 「ふふふ、私には似合わないね」 「そうだな。もっと元気な方がそれらしい」 「よし、そうしよう。いつも通り、元気よくいこう!」 これまでとうって変わって早い曲調が鼓膜を撫でる。 二人の方を見てひらひらと手を振る沙織のちょっとした『アシスト』だ。 アップテンポに合わせステップを踏めば赤い焔に照らされ雪の白が舞い踊る。 『情熱』と『冷静』が絡み合う瞬間はそう―― 「おぉ!? 強気だね!」 ――くるりとターンし、瑞樹をその胸の中に抱き寄せた優希というワンシーン。 握った手が熱くなる。頬が熱を持っているのは自分で分かる。 今日と言う日は今日しかない――だから。 「さあ、この一瞬一瞬を楽しもうよ!」 「更に飛ばすぞ。ついてこれるか?」 笑顔の優希が冗談めいた。 炎と白雪――それも良い。二つは混ざれば溶けて重なるものだから―― グレーの耳と尻尾、毛皮風のウォーマーをつければ気分はすっかり狼男。 もう少し歳のいった――悪い大人が狼を気取ったならば淑女には注意が必要だが―― 「わあ、ハイウインドさんの仮装、とっても素敵ですっ! よくお似合いですよ」 人好きのする満面の笑顔でそう告げる蒔朗の場合、可愛らしさが先に立つ。 「似合って……ますか? ちょっと、照れちゃいますね」 少し照れて呟いたイリアは恐る恐るといった風にこのパーティにやって来た。 もし仮に「場違いじゃないか」と聞かれればそんな事は無いと言い切れるのだが――乙女心は得てしてドキドキするものなのだ。 「こんな恰好をしたのは初めてなので緊張しますね。折片さんも格好良いですよ」 蒔朗が狼男ならば、イリアの扮装はとんがり帽子の魔女である。 元は『一人で参加するのは心細かったから』。しかし時間はそれよりいいものになるのは間違いない所だろう。 「お誘い頂けて光栄です。今夜は楽しみましょうね!」 「えっと……その、恥ずかしながら、ダンスの経験もあまり無くて……」 「大丈夫です。リード――しますからっ」 安堵したイリアの顔を見て蒔朗は気持ちを新たにした。 (本当は、おれもダンスなんてちゃんとしたことないけど――でも) こんな時、男の子は『頑張る』ものなのだ。 練習を思い出して、さあ。クイッククイックスロースロー…… 「Du bist wie eine Blume So hold und schön und rein」 時にストレートな言葉は何よりも胸に響くものだ。 極々普通の『フロイライン』の格好をしたクラリスに、王子様(わたる)の一言は一層響いたのかも知れない。 「ある歌の一説ですが、会う度に前より輝いてそう感じるんです。 宜しければ自分と踊って頂けませんかフロイライン――」 気障と言えば気障。『何時もの空気』なら手痛い反撃が来たかも知れない。 しかし「何だか卑怯ですわあ……」と呟いたクラリスはそれ以上を言わずに亘の手を取っていた。 「ふふ、こんな風に踊るのは初めてですね」 「私は付き合ってもいいのですわよ? 亘さんが、そのごにょごにょ……」 ごにょごにょの内訳に『ムードが』とか何とかそんな言葉が混ざっている事に亘は若干苦笑しながらも、今夜は手際良くそんな彼女をリードしていく。 「楽しんで貰えるでしょうか」 「楽しい、ですわよ」 「自分は近くで貴方の笑顔を見れる事がこの上なく幸せで好きなんです」 「酔っ払っていますのね。未成年なのに――」 酒は厳禁。しかし、亘は微笑むだけ。 短く感じられる楽曲が何曲か終わり、亘は最後にやや芝居がかった一礼をした。 「最高の夜をありがとうございました。クラリス様」 熱を持った『フロイライン』の額にそっと軽い口付けを落として―― 「さて、城主様。この度は私のような者までお招き頂き――厭われる魔女の身に有り余る光栄ですわ」 「いやいや、魔女殿。ご高名なる魔女殿の呪いは怖い。何でも隣国の姫君はそれで永遠の眠りに落ちたとか」 「乗るわね、沙織。もうちょっと続けたらいいかしら?」 氷璃ははにかむように微笑んだ。 『凍ったシャンパンのよう』と言われた彼女の頬にシャンパンで赤が差している。 「――なんてね。うふふ。さぁ、沙織。Voulez-vous danser avec moi?」 緩やかなワルツに乗って時間が流れる。 身長差のある組み合わせだが、リードする方もされる方もこれにはなかなか慣れたものだ。 「私にとってこの時期はHalloweenよりToussaintなんだけど」 「断りはしないだろ?」 「それは――そうよ」 少し拗ねたように唇を尖らせる氷璃がこんな時ばかりは『外見相応』に見えてくる。 新造の最新都市に聳える城(シャトー)はハロウィンの魔法に満ちている。 「ああ、そうだわ。Une farce ou une friandise?」 「じゃあ、もう少し甘いのを」 笑い声が互いの耳元を擽れば――氷璃の方はもう一歩を踏み出した。 「それとも――この場で悪戯してあげましょうか?」 ハロウィンの夜は思い思いの形で更けていく。 時間を止める事は出来ないけれど――幻想の『南瓜狂騒曲』は誰の胸にも確かな思い出を刻んだだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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