●十月十三日は母ちゃんの誕生日なのに毎年桃子を忘れるねこたんへのアンチテーゼ 「さあ、祝え!!! 貴様等が忘れぬ! その内に!!!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月23日(水)00:30 |
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●宴 「ちーっす! あ、すぶりはやめて! 今日はちゃんとお祝いに来たから!」 言い訳めいた夏栖斗の首筋を冷たい汗が伝う。 「僕も大人になったんだ。桃子を怒らせるような愚挙はもうしない。 いや、マジほんとだって! まじまじ! たまにはイケメンモード! イケメンだからね!」 その両手に抱いたピンクの薔薇の花束は丁度二十本を数えている。 夏栖斗が『本当の本当に最後の最後までイケメンモードなのかどうかはさて置いて』。 年に一度の大イベントなのである。 その日が何時までも誰にとっても特別に嬉しい日で在り続けるかどうかは難しい問題としても…… 一年に一度、その誰かにとって『のみ』大切な記念日は少なくとも歳若い――未だ婚期もお肌の曲がり角も気にしないで日々を謳歌する事が出来る、子供と大人の境目にある少女にとっては実に喜ばしい日であると言えるのだろう。 お座敷は緩く楽しい空気に満ちている。 仰々しいのも、形式ばったものも好かない主賓の好みを考えれば…… 自然と盛り上がる『無礼講』は当然の成り行きであると言えるだろうか? 「アーク医務室からドクターストップが出たので休みに来たー。 モツチラしてるような状態でも平然とスルーして依頼に送り出すとこからさー。 『そこまでよ!(AA略』されるとか実際オタッシャ寸前みたいだからねー」 実際問題、「今日は専らゆっくり京料理を食べに来た」と公言する岬のような者も居る。 つまり、今日という日は『誕生日にかこつけた骨休め』でしかないのだ。 「エインズワースの次姫様の成人のお誕生日ですか…… 私が三高平に来たときはもっと小さい女の子な感じでしたが……」 「いやー、桃子ちゃんと梅子ちゃんがもう二十歳なんて時が経つのは早いね」 まだまだ妙齢の嶺も気付けば齢二十六を迎えていた。 二十四になった悠里には某霧也との死闘を振り切った――可愛い恋人が出来ている。 時の過ぎるのはやはり何とも言えない程に早く―― 「みんな桃色の悪魔とか温羅の化身とか言うけど、なんだかんだで桃子ちゃんの事好きなんだね」 「後で温泉裏に面貸すといいのです。エンジェルとか言ったり出来なくしてやる」 「次姫様、桃味と梅味、それとさくらんぼ味のマカロンです。お口に合えば良いのですが」 ――悠里に前科何犯かの眼光を突き刺しながらも、コロリと表情を変え。桃子、梅子、それから二人の母親である桜子に掛けた、可愛らしいラッピングの小箱(ギフト)を手渡す嶺に微笑む桃子も成る程、数年前と比べれば何処かしっとりとした女性の趣を身につけている風であった。 「……ああ、そうだよな。そうだ、双子も二十歳か。早いもんだな……」 悠里や嶺の言葉、しみじみと呟く影継――彼の用意した『祝! 桃子・エインズワース様ご聖誕二十周年』なる巨大な垂れ幕が力一杯主張する通り。十月十三日は桃子・エインズワース(と梅子・エインズワース)の二十回目の誕生日である。何とも言えない気恥ずかしさから「十月十四日はただの祝日!」と言い張った梅子よりは、桃子は臆面無く自分を堂々と祝う剛毅な気質の持ち主だったのは言うまでもない。 「しかし桃子様は一体どこまで突っ走るのでしょうか……」 「益々、可憐に! 美しく! 桃子さんの大人の魅力(みりき)が有頂天でとどまる事を知らなくなってしまう!」 「最近はアークに来たばかりの新人リベリスタを調教して好感度アップとかやってたらしいし。 はい、みんなで読もうチュートリアル……ぎぎ……役得なような、フェイトが削れそうなような……」 「歓喜しろ!」 「えぇえええええぇ、それでは本日が誕生日の桃子様から一言ご挨拶をお願いします!」 「はい、桃子さんです! 美少女です! 今日で二十歳になりました!」 尚もデス・ピーチロック(頭部ホールド)を掛けられる影継から目を逸らして……今日の経緯を振り返れば。 あれでも忙しい時村室長を締め上げて――ハイ・シーズンを迎えようという時村観光の旅館の一つを制圧し……騒がしさの内にシャトルバスを一路京都目指してぶっ飛ばしたのがつい先程の出来事である。かくて迎えた桃子の桃子による桃子の為の桃子の誕生日を祝う会は準備万端の宴会場に連なったという訳だ。 あらすじは手早いが、こんな事に遠大なドラマも何もありゃしないのでこれで良しとしておこう。 「はい、桃子! これ私からのプレゼント! うちの商品のギャルのパンティーね! やったね、これで両手がフリー。両手でパンチ打ち放題だよ!」 ニコニコ笑う虎美に応える桃子も又ニコニコしている。 ※ ギャルのパンティー(種別:アームズ) [2S] 掲げたり投げつける事でダメージが発生するという、神秘の不可解さと不条理さを体現したかのような一品。はくだけでも攻撃力は得られるが、その際は投擲する時に気をつけたい。投げつけても手元に気付くと戻っている。デザインと色は各種ランダム、手にした際に決まる。清楚からエロいものまで様々。 「ありがとう、虎美さん。竜一さんならイヴたんペロペロ! とか叫びながら温泉の方に!」 「ありがとう、桃子! 夫がいつも迷惑かけるけど助かるよ! 梅子の事も力になれる事があれば協力するから――何時でも言ってね!」 宴会場から駆け出す虎美の背中に手を振る桃子にお嬢様が声を掛けた。 「お誕生日おめでとう、桃子さん。 生来の可憐さに加えて、大人の淑女としての魅力も兼ね備えたのではないかしら。 私もそんな大人になりたいものだわ」 他ならぬ桃子を捕まえて、他ならぬミュゼーヌがたおやかに微笑む。 完璧なお嬢様の佇まいは猫かぶりの彼女のそれとは土台つくりが違うのだが…… 「ふふ、宜しければ如何?」 コップを片手に一杯の手酌を買って出たミュゼーヌはあながち冗談でそれを言ってもいない。 「いつか、桃子さんとも一緒に飲んでみたいわね。 ほら、淑女同士、優雅にワインなんて様になるんじゃないかしら。室長に極上の一本を用意でもしてもらって、ね」 「よし、ドンペリでいきましょう!」と意気込む桃子に少し困ったような笑みを見せた彼女は「室長に悪い事をしたかしら」等と軽く冗談めいていた。 「桃子さ~ん、誕生日おめでと~ですよ~」 一方で緩い調子で声を掛けるユーフォリアは見事なばかりに脱力している。 一言祝えばこれで義理は十分と、既に開け始めた酒瓶をコップに注いではチビチビゴクゴクと手を休めてはいない。 「日本のお酒も美味しいですね~タダのお酒なら尚更です~」 酒は吞んでも吞まれぬと豪語する彼女は外国人を日本流に言うなら『ざる』か『うわばみ』だ。 一流の料亭を備える高級旅館の酒と肴は素晴らしいものである。 ユーフォリアの言う通りそれが『タダ』ならば言う事は無い。 「はっぴばーすでー桃子さん……特に何もプレゼントとかは用意してないのですが……これ、食べますか?」 『タダ』がどうこうの意識があるか無いかは置いておいて、それを楽しみにこの時間を過ごすのは両手に竹串を持ち、もっしゃもっしゃと専ら食べる事に熱心なリンシードも同じであった。 「むしろ、美少女が食べ頃だと思いました」 「目が怖いです……あ、ついに二十歳ですね。 大人の仲間入りです…お酒も飲めますね……お酌とかしますか? 所で桃子さん、種族なんでしたっけ…角生えてるように見えたので――」 「――気のせいです」 「気のせいでしたか、そーでしたか……」 随分表情を作るのが上手くなったリンシードである。 しかし、こういう時は在りし日の動じなさ……あの無表情が恋しくなる所だろうか。 「二十歳か……この場合、目出度くも有るんだがって感じかねぇ」 「含みのある言い方をしますね!」 今にも絡まれそうで概ねピンチのリンシードに救いの船を出したのは何故かアシュレイを摘んでやって来た烏であった。 「私を巻き込まないで下さいー」 アシュレイの抗議は聞こえない振りをして。桃子の視線を軽く受け流す烏は言うのである。 「桃子君が生まれてきた日、素晴らしい祝いの日にしたいもんだがね。 そのキャラのまま二十歳を突っ切るってのはそろそろ限界もあるんじゃねぇかとおじさん思うわけ」 そう言う烏は不思議と『今でない時、ここではない何処かで』誰かに似たような事を言った既視感にも似た感覚を覚えていたが――まぁ、それはさて置き。 「この三高平には師と呼ぶべき人物がいる事におじさんは気がついたわけだ。 それがこの宴会ハムスター・アシュレイ君」 「私を、巻き込まないで、下さい!!!」 数百年経ってもキャラが『ぶれない』この珍妙なおっぱいさんは確かに見る所が十分だ。 それは所謂一つの『見習ってはいけない例』とも言うのだが、青筋を浮かべた桃子にとっても飄々としたままの烏にとってもそんな事は些細な問題なのである。 「なんかツノ生えてますけど大丈夫ですか?」 「生えてませんよ!」 「ありゃ、ごめんなさい。酔っ払っちゃったかな?」 すかさず混ぜっ返すユウに律儀に桃子が突っ込みを返した。 「むしろ桃子さんを酔っ払わせたいです! よっぱライダー!」 「は、はい!」 ユウの妙なテンションの高さは一瞬桃子さえも圧倒した。 「丁度アークの守護神もいらっしゃることですし、飲み易い物からずずいといってみてはいかがでしょーか。私も飲みます!」 「はい、御呼びですね! 折角桃子さんが二十歳になったんだから、これは酒を飲まない手は無いでしょう。新田酒店、責任もってエスコートさせていただきます」 ユウの景気の良い呼び水にすかさず快が相槌を打った。まさに就職活動真っ最中の筈の彼ではあるのだが、気晴らしに支払うバイタリティの豊かさはこの男の場合特筆するべきものがある。 「その甲斐性を少しは彼女に使用しろ!」 「放っておいてよ!」 閑話休題。 「というわけで最初の一本は、三高平酒造がこの日のために特別ラベルで準備した『あらごし桃酒』! お酒だけど白桃ジューズみたいな感じだから、これなら初めてお酒呑む人でも、飲みやすいと思うよ」 餅は餅屋、酒は酒屋という事か。快が用意したのは桃子に合わせた特別の一本である。 「それでは、桃子さんの二十歳の誕生日を祝って! 乾杯!」 ご相伴に預からんと成年の面々が快の周りに顔を出す。 「桃がらみで一緒なんだね~」 吞むには年齢が足りないが、甘い香りはメイの鼻腔もくすぐった。 「やっぱり花より団子。温泉や紅葉よりおいしいもののほうが魅力。 でも当然今回の主役の歓待しないとね」 酒の良し悪しは十一歳には分からない。強いも弱いも然りである。 『性質の悪いのが酔っ払った時どうなるか』も当然ながら子供のメイには分かっては居なかった。 口当たりの良い『あらごし桃酒』をくっくっと開ける桃子の吞みっぷりに拍手が上がる。 「意外と吞めるじゃないですか!」 宴は早々と盛り上がりを見せている。目を細めて雰囲気を楽しむ快が「もっと、もっと強いのもってこい」と調子に乗った桃子の悪酔いの果てにデスピーチボムで日本庭園に頭から突き刺さる羽目になるのは――きっと語らない方が良い余談になるのだろう。 ●古都の一時 「はっ、ちょっと其処なおねーさん、道を教えて頂けませんか?」 「――何してるの? え? 迷った?」 宴席ばかりが全てでは無い。『観る古い街並みが目新しい』京都の午後を自分なりに過ごしていたシーヴが声を掛けたのは半ば呆れたような調子で小さな嘆息を吐いたシュスタイナだった。 「テヘ、ラルカーナに無いもの多くてついついです。同じ顔した人がいっぱい居るのに三高平とは文化違うしっ」 「ちなみにそれは鴬張りって言うのよ。簡単にいえば防犯の一環らしいわ」 足元で鳴る床の音色に不思議そうな顔をしたシーヴを先回りするようにシュスタイナが言った。 「それからあれは枯山水。水の代わりに小石を使ってるのよ。 歩いたら駄目よ。歩いたら、書いてある模様が台無しになっちゃうでしょう?」 「……えっ、降りてよく見ちゃダメ?」 露骨に残念気な顔をしたシーヴにシュスタイナは軽く頭を掻く。 視線を少し外して罰の悪そうな顔をした彼女は何だかんだで面倒見が良い。 「あっちに、歩いても大丈夫なお庭があるから行ってみる?」 確かに奔放なフュリエの少女にはそちらの方が良く似合う。 元気の良い返事には『少しひねくれた顔を見せたがる』少女の顔も綻んだ。 旅館の敷地内には成る程、見事な日本庭園が広がっている。 「其処なお嬢さん。友達のいない三十路男に、ちょいと付き合っておくんなさいよ」 「あらあら。彼女さんはいいんですかあ?」 その一角の休憩場で色付き始めた葉を見上げていたアシュレイに声を掛けたのは義衛郎だった。 「知ってます? 義衛郎様。私、人間関係をややこしくするのは中々の腕前なんですよ!」 悪趣味な冗句には流石の義衛郎も苦笑いで応える他は無い。 「ま、祝い事に託けて酒を飲むのも大人の特権ではあるんだけど、まあ折角京都に来たんだしね」 お供には酒もいいが、お茶とお菓子もいいものだ。 一応外国人である所のアシュレイはやはり京都がお好みなのか頷くでも無く否定するでも無く目を閉じて時間を過ごしている。 「そういえば……今日は梅子と桃子の誕生日なんデスよね。 貴樹は二人がアークに来た日のことって知ってます?」 「ああ、覚えておるよ。まぁ、年齢なり、スケールなりだな。アレ等もそれなりには大きくなった」 宴の喧騒から程々の内に退散し、庭園を歩いているのは貴樹とシュエシアも同じであった。中座した貴樹をシュエシアが追いかけた……という形式は何時もの通り。祖父程の年齢の貴樹を孫程のシュエシアが追いかけるのは中々夢がある風景ではあるのだが。 「桃子は子供の頃からあの最強さを発揮していたんでしょうか……ちょっと気になります。 ヨシ、ワタシあとで直接お祝いしてくるデスよ!」 「それがいい」と頷く貴樹は少女達に同年代の友人が出来る事を望んでいる節があった。 運命の紆余曲折により戦いの日々に身を置く事になったといっても十代には十代の時間がある。桃子は確かに今日二十歳を迎えたし、来年の夏にはシュエシアもそれを追うのは決まっているのだが、大人の責任は大人の責任。相手が二十歳であろうと十九であろうと本質的には変わらないものと言える。 「あ、いい所に居た――」 手を振った木蓮を振り返ったのは日本的な旅館には少し似合わない――欧州の高貴な家の出を思わせる黒髪の美少女――つまりクラリスだった。 「初めまして! アークでライフル使いをさせてもらってる草臥木蓮っていうんだけどさ。 亘は大事な弟分でさ、陰ながら二人のことを見守ってたんだが…… そういや挨拶もまだだったな~……と思って、本日馳せ参じたわけだ! へへー、突然ゴメンな。こうして会えて嬉しいぜ!」 「ああ……って、何だか物凄く恥ずかしい時間の到来な予感がしますわよ!?」 殆ど確信的にごちたクラリスの元には当然と言うべきか――『姉貴分が心配するまでもなく』弟分からエスコートの誘いが舞い降りている。温泉の時間から始まって――戦いに疲れた翼のケア、黄昏の京都を二人で眺める時間、叶うなら抱きしめて――「ich liebe Dich」。 「……あれ!? 何でお二人がここに!?」 現れた亘のプランが上手くいくかどうかはこれからの勝負になるのだろう…… 休日は大切だ。 悲喜こもごも、時間はそれぞれ。 どういう経緯があれど、時間はリベリスタ達の鋭気を養うかけがえのない思い出になる。 「……折角の京都だ。目立った観光地などにも足を運ぶのも悪くは無いかも知れないな」 「任務以外では、日本国内でさえ遠出は滅多にする事が無いですものね」 庭園を眺め、秋晴れの青空を見上げた拓真がそう言えば柔い空気を纏った悠月は小さく頷いた。 「……今は気儘に旅、などという訳にもいかないけれど」 悠月は拓真に寄り添い小さく漏らす。 「何時かは――今日以上に、ゆっくりと見て廻れたら……」 アークの眼前に新たに広がる『世界』を前にそれでも二人は『次の機会』を諦めない。 「君と共になら何とかなるだろう、宜しく頼む。悠月」 ●温泉 「湯上がり浴衣が伝統と格式のユニフォーム! ラケット代わりのスリッパを握り締め、温泉卓球のターンです! いま、ここに……、『第二回ピーチカップ』の開催を宣言します! 桃子様に戦いを捧げよ! 勝利か、さもなくば死か! 敗者の血と臓物と怨嗟の叫びで、生誕二十周年を赤黒く彩るのだ!」 本人が聞いたらば重傷必至の煽り文句と共にスリッパを掲げる舞姫である。 安心の出落ち要員。超時空温泉卓球美少女戦死戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫。【第二回ピーチカップ】のタグで物語を綴るのは安心安全彼女のみ。たった一人の戦いが今始まった! 「微塵も残さず砕け散れ! エターナルフォース・アルシャンパーニュ・スマッシュ!! 一瞬で相手の周囲の空間ごと消滅させる。相手は死ぬ! ヒャッハー!」 一人で壁打ちは寂しくて死にそうなのでフェイト使用。 滂沱の涙を流しつつ、黙っていれば美少女な舞姫の横の台でのんびりと卓球に興じているのは、 「旅館に迷惑かけねェ勝負と来りゃあコレだよなッ!」 「よし、存分に羽を伸ばそうか! ルールはスキルの使用は無し、勝った方が牛乳を奢る……ってところだね」 「勝ったら牛乳オゴリかァ……オレのにはブラックペッパー入れてくれッ!」 「はいはい。勝ったらねぇ」 此方は『当然ながら』ぼっちではないコヨーテと真澄の二人である。 「でも、実は卓球したコトねェんだよなァ。真澄ィ、テキトーにルール教えてくれよッ!」 「ん? やったことないのかい? それじゃあまずは要点だけ教えようか…そうそう、ラケットをそう持って…… ああ!? 見事なホームラン、だけど惜しいねぇ。野球だったらそれで良かったんだけど……」 「ん、む、こ、こうか……? 畜生ッ、難しいなッ!?」 勝負以前に卓球の細やかな動作は力任せや猪突猛進が良く似合うコヨーテには手強いものになっていた。くすくすと笑う真澄は難しい顔をする彼に根気良く『いいやり方』を教えていた。 和気藹々と楽しい『勝負』の空間を死んだ魚の目をした舞姫が見つめている。 壁にどんどかと額を打ち付けるその姿は気の毒過ぎて好きにやらせてあげたくなるそれである。 閑話休題。 些か順序は逆転したが、旅館と言えば卓球。卓球と言えば温泉。温泉と言えば牛乳である。 今回の旅行における大きな楽しみは宴会と温泉なのは言うまでも無い。 「そんなことよりイヴたんだ! イヴたんイヴたん! 一緒に温泉に入って日ごろの疲れを癒そう! 俺が手取り足とり体中の隅々まで洗ってあげるよ! イヴたんはただのんびりとしていてくれればいいから! 日ごろ頑張ってくれているイヴたんへのご褒美だよ! 頭洗ってあげるから、泡が目に入るといけないのでギュッと目をつむってるんだよ! はああああん! イヴたんは今日もかわいいよおおお! 今日はイヴたんを慰労するつもりできているからなんでもワガママ言ってくれていいからね! お兄ちゃんに任せなさい! ぺろぺ――ゲヴ!?」 「お兄……夫がいつも迷惑をかけまして!」 「後は、宜しくお願いします」 ……結城竜一容疑者(20)のちょい不穏当な寸劇があった気はするが、心と体をケアするという意味において安心して脱力出来る空間というのはとても重大な価値を持っている。 「このチーム名は正直どうかと思うんですが」 真顔で言う桐の指摘する所はズバリ彼の名を冠した【桐ハーレム】なる悪乗りの産物。 そしてこの桐の八面六臂の活躍と言えば修羅の如しである。 「やーめーてーくーだーさーいー、私のこと煮て食べるんですね!? あるいは水に沈めて、浮かんでこなかったら魔女だって言うんですね!? 助けてください、許してくださいーっ!」 「ここは皆で仲良く入浴する所ですから! 皆も着替えてるでしょ? 落ち着いてください!」 まずは何を勘違いしたか暴れて逃げ出そうとするフェリシーを羽交い絞めする所から始まって…… 「ん? ああ、ここは水着を着るところなのか……どうしたものかしら」 わざとらしく頬を赤らめて―― いかにも『裸の上からタオル巻いてます』てな風に『着ていない振り』をしたセレスティアに軽くからかわれ、 「紐を引っ張ったらほどけます。紐を引っ張ったらほどけます」 大事な事を二度言った黒いビキニの小鶴がのたもうたのは白いソープを塗りたくり「雪ちゃんに掛けられちゃった」の一言である。とある三丁目の田奈さんの言う所によれば桐は『スカートはいてても、やっぱり中身は男の子』。なればこそ小鶴に言わせれば「弄りたくなるのは乙女のサガ」。 「京都駅の駅ナカの和食のお店は、だし茶漬けとか、さわらの西京焼きとかが美味しいんですよ。あそこもう一度行かなきゃ……でも懐石料理、にしんそば、京野菜、湯葉……。京都ラーメンとかも行く必要がー」 防水タブレットを片手にグルメマップを検索するリンディルは最早ボトムの人以上にボトムに馴染んでいる。そんな彼女が何故か桐に寄りかかる風なのはお約束の一端であるのかも知れないが。 「あの、あまり雪白さんにくっついていると……」 何処かもじもじと言葉を発し、さり気に抗議めいたアルテミスのトーンは小さい。 その後の言葉が出て来なければ自分でも困るばかりで――彼女は代わりに強い気持ちで桐に言う。 「――お隣行ってもいいですよね?」 「あ、はい。大丈夫ですよ」 桐の手が優しくアルテミスの頭に触れた。 考えてみればそれは中々凄まじい光景である。 「友人に『雪白さんと一緒に少し温泉で羽を伸ばしてらっしゃい。行かないとか言ったら口の中にフラッシュバン押し込んで発破するわよ。ダメージ0だから何度でもできちゃうわよ』という、何か酷い脅しをされて、あと目が怖かったので来てみました、が…… ……うん、なるほど。微量の各種鉱物がお湯に溶け込んでいて、それが身体に影響して良い効果がでてくるのですね。普段はシャワーだけで済ませていましたが、こういうものもあったとは……」 距離を置いて華やぐ空間を眺める佳恋は何処か達観したように取り敢えず目の前の状況から自身を切り離していた。サガなのか本能なのか運命なのかは知らないが、兎角桐の周りには佳恋を含め女子が多い。羨ましいようなそうでもないような結論は読み手の方に預けておくとして……どうあれ、温泉の面々は彼等以外にもお湯に浸かり疲れを溶かす時間をそれぞれ楽しみ始めていた。 「紅葉綺麗だね。散った葉っぱがお湯に浮かんでるのも風流だよね」 「そうだな。これだけ綺麗に染まっていると綺麗だな。て思うな」 頬を薔薇色に染めた傍らのアリステアの上目遣いに涼は一つふぅと大きな息を吐き出した。 「わたし、京都って初めてなんだよね。時間があったら観光とかしてみたいなって。 ……あとで一緒にどっか行こ?」 「京都なあ。……割りとこっちは来ていたりするんだけども。 高校の修学旅行とか京都だったしな。清水寺とか金閣寺とかな。ま、後で色々見てみようか?」 「うんっ」 アリステアの小さなおねだりに軽く応えた涼は肩に頭を預けてくる少女の体温に少し微笑む。 お安い御用なのだ。こんなに傍にいてくれるのだから。 何でもしてやりたくなるのだ。これだけ無防備な姿を見せてくれるのだから―― 水気を払い、そっと頭に触れる涼の手にアリステアな子猫のような仕草で応えた。 恋人達の時間は何時でも素晴らしく甘やかだ。 「お、アシュレイじゃないかえ。ご一緒していいかのう? 梅桃が誕生日だそうじゃのう、本人達は喜んでおるからめでたい事なんじゃろうが……」 「あっはっは、彼女等『たかが』二十歳ですからねぇ!」 温泉でのんびりとくつろぐアシュレイの隣に腰を下ろしたレイラインが複雑な顔をした。 「……しかしわらわも人の事言えんが、浮くのう。何とは言わんが、ぷっかぷかじゃのう」 寄る年波はやはり、温泉を至高の空間に変えるものなのか。 二人揃ってぷっかぷかな一組は両手足を伸ばしてまさに温泉を満喫といった風であった。 「そう言えばお主の占い外れたぞよ? だって彼氏出来たもん!」 しょうもない自慢をするレイラインにアシュレイが暗い瞳を向けている。 「まだ勝負はこれからですよ。相手はフィクサードでしょう? 元でしたっけ? フフ、自慢じゃないですがフィクサード界隈の民度の低さ、甲斐性の無さ、生活力の乏しさを甘く見てはいけませんよ。彼氏が出来る事がゴールではないのです。あくまで女の子は幸せになってはじめて……」 「にゃぎゃー!?」 「そう言えばですねー」 暗い情念の渦巻く湯船にノー天気な少女の声が割って入った。 「今度のハロウィンでアシュレイさんのコスをしようとしたんですよー。 そしたら……布地がずれてあちこち見えてしまって……まぁ、結局コスは淫乱ピンクさんにしたんですけど……それはおいといて、布地をずらさない神秘的秘密を是非ご教授いただきたく!」 「ずばり魔法です!」 「魔法じゃ仕方ありませんね! そう言えばわたし、知らない間に痣が増えてたんですけどー。 ここの温泉って打ち身にも効くみたいなんで丁度良かったですねー」 キンバレイが宴席で『何時ものルーティーン』をこなした事は言うまでも無い。天井に突き刺さった彼女を地面に下ろすのは一苦労だったのだが、幸せな少女の記憶からはポッカリその暗黒のシーンが消えている。 「ふー……良い湯です」 「そーですねー……」 厚手のバスタオルを巻いたうさぎは相変わらず『どっちか分からない』。 「……んー、普段は何時もの服を着ておられるから実感し難かったですけど。 こうして見ると桃子さん、大人になられてますよね。 いやまあ、全体的な印象で、ですけどね。実際どうです?結構育ってるんじゃないですか?」 「まー、何センチか位は。言っておきますけど、ウェストだけは据え置きですからね!」 そんなうさぎが相手だからか桃子は平然と混浴風呂に居るうさぎ、不躾に視線を送り、不躾にそんな風に言ったうさぎにもさして警戒する様子も無く、並んでお湯に浸っていた。 「……んー、やっぱり、生きてれば成長して行きますよね。 まあ、成長止まってる人もいますけど、そういう人でもやっぱり、変化はある」 うさぎの言葉はしみじみとしたものだった。 「日々と年月の積み重ね。そう考えると……何だか無性に嬉しい物です。本当、ご成人おめでとうございますね」 少し照れたのか、それともお湯の熱さの所為なのか。桃子の顔はほんのりと桜色に染まっている。 「今日は吞まされたかも知れませんが……良かったらどうです? また一献。 今晩のお付き合いはまだ無理でも、お酌位なら私にも出来ますよ」 「――――」 目をぱちくりとさせた桃子にうさぎは小首を傾げた。 「どうかしましたか?」 「そう言えばうさぎさんは年下でした!」 この年齢不詳感は半端ネェ。 ミュゼーヌと言い、このうさぎと言い言われないと忘れがちな正真正銘の未成年である。 ●Happy Birthday! 「腹黒ピーチのお祝いは専門家にお任せして…… 賑やかに過ごすのも良いですが旅館の庭園で静かに時の流れを感じるのも京都らしい過ごし方と思わないです? 京都には名庭と呼ばれる所が多数あるですが――この旅館のお庭も凄く立派なのです」 「親父の自慢らしいぜ。まぁ、この時期に予定をねじ込まれて現場は苦労したみたいだけどよ」 十月の時間はそあら曰く「寄り添って歩くに丁度いい」。傍らの沙織にそう告げれば彼は「成る程、そりゃそうだ」と彼女を軽く抱き寄せた。整えられた植木に白石の海。観て回る時間は静かながら悪いものでは無かった。自然と減る口数に、そあらの動悸は少しずつ高まっていた。 「今年に入って休むまもなく戦い続きで本当にお疲れ様なのです。 あたし何時でも横にいて支えるですから。 さおりんも疲れたときは無理せずあたしに甘えてほしいのです。今は二人きりですし暗がりですから誰も見てないです。遠慮なんていらないです。いつも騒がしいあたしですけどそれでもあたしはさおりんの安らぎの場になりたいって思うので――」 言葉には切れ目が無く、殆ど一息。 そこまで言いかけたそあらの唇に沙織の長い人差し指がそっと触れた。 「エインズワース家の方々は見ていて飽きませんね」 騒がしい宴席はどうなった頃だろうか。 温泉で湯治を気取ったリベリスタも、観光に繰り出したリベリスタもそろそろ休んでいる頃合かも知れない。月明かりの下に佇む彼――セバスチャン・アトキンスに声を掛けたのはアーデルハイトだった。 「実に、良い時間でした」 『銀の月』の異名の通り――彼女は月下に良く似合う。 吸血鬼らしい西洋的な美貌の持ち主ではあるが、月下美人の呼び名も相応しかろう。 「ああ、まったく。今は――夕涼みに?」 庭園を眺めるセバスチャンの台詞にアーデルハイトは微妙な応答をした。 日中はまだ暑くなる事もあるが、随分陽気も秋めいてきた。温泉で火照った体に十月の風は心地良い。 「少し、お話は宜しいでしょうか?」 「ええ」 「――セバスチャン様はいかなるご縁でローエンヴァイス家にお仕えになられたので?」 アーデルハイトもまた辺境の名家の生まれである。主だった使用人とは代々家族ぐるみの付き合いなもので、良くも悪くも距離が近かったと言えた。問いはそれが故。そんな彼女が見るセバスチャンとローエンヴァイス伯の主従関係はある種の理想そのものであった。 「それは――何と答えれば良いか。些か気恥ずかしい昔話も混ざりますぞ」 苦笑めいたセバスチャンは「いい」と答えた手前、彼にしては珍しい困った顔を見せていた。 「どんな昔話でも」と促したアーデルハイトに執事は訥々と過去の出来事を語り出す。『誰も信用しようとはせず、最大級の才能を持ちながら何かに追われているようだった女主人との馴れ初め』を。 静けさの夜は忠実な紳士さえ少し饒舌にさせて、そして時間は更けていく。 「結局、七夕の願いは叶わなかったけれど――一ヶ月程度の遅れなら誤差の範囲内と言えるかしら?」 からかうように、試すように言った氷璃に応える沙織は腹立たしい位に余裕めいてスマートである。 「デートに遅刻しないのは男の当然。待たせるのは女の特権で待つのは度量。 ま、そこまでは『定石通り』として。遅れた男に何て言うかで女の価値も決まるんだぜ」 九月二十三日は氷璃の誕生日である。七夕と今夜の中程に位置するその日は肩を竦める彼女にとっての『特別な記念日』である。齢を重ねれば誕生日が嬉しくないという意見も多いが、実年齢程は老成してはおらず、むしろ可憐な少女の外見を肯定するように情熱的な彼女の場合は『好きな人と過ごす誕生日』は重要なものだったと言えるのだろう。 「そう思っているから責めて居ないじゃないの。 ふふっ。それじゃあ、労って貰いましょうか。過ぎてしまった時間のお祝いも兼ねて、ね?」 厄介事の多かった九月の祝勝会を兼ねているならばもっと盛大にお祝いしても良かったけれど。 氷璃を酔わせる為のものは一通りに揃えた夜である。 素晴らしいワインは当たり年の血の赤だ。 目の前には不敵な態度を崩さない『可愛くない』王子様が居る。 「私は世界を守る為に。貴方はR-TYPEを打倒する為に。 À votre santé。私と貴方の運命に幸多からん事を――」 ――命令なら、どんな事でも果たしてみせましょう。 今まで、自分なりには頑張ってきたと思います。 どうですか? アタシは役に立っていますか? アタシは―― 夜風に吹かれる黄昏の時間を恵梨香は決して嫌いでは無い。 禁煙ブームに嫌な顔をして、屋外で紫煙を燻らせる沙織の横顔を見るのが嫌いでは無い。 何なりとご命令を――心からの想いである。 貴方の役に立てるならば――それ以外に何が必要だろうか。 しかし、何も命令がないのなら、何もする事がないのなら―― (――今この時間だけでも、ただ傍に居させてもらってもいいですか) 問えば迷っただけ意味は無く、クールな彼はきっと少女の頭に手を置くのだろう。 しかし、それが分かっているからこそ少女は何も言わない。 難しい顔で宙を眺め、然して難しくも無い結論との狭間で揺れている。 「夜分遅くに失礼するのだわ……全然怪しい者じゃないのですよ?」 無理を言って用意させた桃子貸切の特別室にエナーシアがヒョイと顔を覗かせたのは騒がしい時間もお開きになり、ゆっくりとしたそれに姿を変えた後の出来事だった。 「これは怪しいえなちゃんなのです。拿捕するのです」 「クリティカルによる絶対回避には自信があるのですよ?」 ファンブルにより絶対直撃の方にも――ではあるが。 元は宴の前に忍び込み、一時を『こっそり』と過ごそうとしていた彼女ではあるが――どうにもあの騒がしさの間を縫うのは難しかったという事である。彼女が手土産にしたのは『応龍新田 完熟ピーチ』。共通の友人である酒のプロは今頃日本庭園のオブジェだが、 「今年のコンテストで優勝して『天下御免』の称号を受けたのが、ちょうど桃のお酒だったので一升戴いてきたのです。 桃子さんは初めてだからお酒の強さは分からないし。 私はあまり強くないのでアルコール度数も低く飲みやすい奴で――つまり、ピッタリだったのですよ」 虎は死して皮を残し、快は死して酒を残す。 大した量がある訳でも無いから二人きりで。 「ありがとです。嬉しい」 「皆々様には御内密。ひっそりこっそり悪い娘同盟と参りませう」 額を突き合わせるようにしてクスクスと笑うエナーシアと桃子は何とも愉快そうだった。 「乾杯!」の小さな声にグラスが涼しい音を立てる。 桃子の二十歳の誕生日は最後ばかりは穏やかに――日常に解け、その姿を滲ませていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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