●2003.7.01 潰れた内臓に痛みが響く。 手足は石のように固まって重く、最早自由には動かない。 我が身を襲った恐るべき敵から逃れた所で、最早ここには未来(さき)は無い。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 騒がしい呼吸が耳障りだった。 気配を殺さねば。殺さねば敵に見つかってしまう。見つかってしまうのに。 「……ハッ、ハァ……ハッ……」 浅く早い呼吸を堪える事は出来ない。 肺に損傷があるのだろう。突き刺された時か、叩き付けられた時か、それ以外か――何時傷付いたか等、まるで分かりはしないけれど。 胡乱としたまま、低い天井を見上げた。 その場を誤魔化して逃れた俺が最後に辿り着いたのはこの古びた納屋だった。 隠れ潜むには余りに心もとない場所。饐えた臭いが鼻をつく不快感。立て付けの悪い扉が開けばすぐさまに俺はThe End。 (ああ、唯息を殺して運命にすがるって訳だ) ――到底、分のいい賭けとは言い難い。 俺は王。 幻想の現世を影で繰り、嘘と踊る虚言の王。 何人騙したか。何人殺したか。数数える事も馬鹿馬鹿しく、詮も無い。 せめて、絢爛に。華々しく。 ……朦朧なる夢想から我が身を現実に引き戻す熱気と額を流れ落ちる汗が鬱陶しい。 俺は最初から運命なんて信じては居なかった。 我が身を終える事よりも、我が身がこんな結末で朽ちる事が許せない。 その筈だったのに。 「――――」 ごとごとと戸が鳴った。 不意に強い光が納屋の中に差し込んだ。 これまでかと口の端を歪めて入り口に視線をやれば其処には見慣れぬガキが居る。 夏だというのにまるで日焼けしていない、青白い顔をした線の細いガキだった。 「……」 「……………」 阿呆みたいに見つめあう事暫し。 口を開くのも億劫な俺より早くガキは俺に駆け寄った。 「……おじちゃん、大丈夫?」 「……」 「おじちゃん、大丈夫?」 誰がおじちゃんだ、と答えかけて血に咽ぶ。 「怪我してる……」 「ああ。文句あるのか」 「ここ、私の家……」 「……」 そりゃあ文句があるだろう。 「……おじちゃん、こっち……」 「誰が……おじちゃんだ」 頭の緩いアホガキは殆ど動かない俺の手を引く。 頭の悪いバカガキはガキなりに必死で――実に馬鹿馬鹿しい事に不法侵入した虚言の王(このおれ)を助けようとしているらしい。 (本気か、コイツ……) 何人騙したか知らない。何人殺したか知れない。 最後のガキは騙す必要も無いらしかった。 こんな災厄を家の中に呼び込もうとするのは――バカじゃ足りない。まるで足りない。 (まぁ、いいさ。虚言の繰言、最終章――絢爛に血で染まるなら万々歳……) 内心も知らずに必死なガキ。俺は大きく息を吐いた。 運命何て、信じちゃいけない。運命なんて、そんなもの。 ●討伐依頼 「嘘ってのは高等知能に許された最もクールな知的遊戯(ゲーム)の一つ。そんな風には思わないかい?」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の一言は今日も今日とて唐突だった。 「……ま、勿論仕事の話なんだけどね。ここ数年姿を眩ませてたあるフィクサードが行動を開始した。資料に拠れば男だ。男だが本名は不明。年齢は……二十代にも見えるがこれまた不明。顔形も戸籍も何度も変えているからその正体は調べるだけ無駄骨。自ら『虚言の王』と名乗りを上げる……」 「大層な名乗りだな」 「嘘しか吐かないのは事実らしいよ。心の底からの捻くれ者、根性曲がり。それだけ徹底しているなら感心出来る……こういうの何て言うんだっけ? イービル・アイ?」 伸暁の言葉にリベリスタは苦笑した。 敵味方善悪問わず神秘界隈ではよくお目にかかる人種ではある。 「どんな事件を起こしてるんだ?」 「連続殺人」 「……そりゃ何とも血生臭い。しかし、突然か」 「ああ。突然だ。八年前、オルクス・パラストのリベリスタと交戦後――姿を消したらしくてね。致命傷を与えた……という記録があるから死んだものと思われていた。しかし、甘かったらしいね。今こうして完全復活を果たしたってワケ」 リベリスタは黙って伸暁の言葉の先を待つ。小さく肩を竦めた彼は続きを話しだした。 「結論から言えば、虚言の王を永らえさせたのはある子供――葛乃木彩夏という少女だ。当時は万華鏡なんて無かったから。神秘の足取りを全て追う事は出来なかったんだろうね。 当時八歳だった彩夏は――『虚言の王』を匿った。勿論、彼が悪人なんて事は考えもしなかったんだろうけどね。結果的に彼はそれで命脈をつないでしまったと」 「八年も動かなかった理由は……ひょっとして」 「……断言し難いけどね。彩夏は今も生きてる。それが答えかも」 三千世界に氾濫する陳腐な愛の物語。彼が何より否定する幻想に過ぎまい。 「勿論、本当の所は分からない。特に相手は『虚言の王』だからあくまで話半分に聞いてくれ。彩夏は先天的な疾患を持っているらしくてね。この夏、体調を著しく崩している。元々、子供の頃に今時分の余命宣告を受けていたみたいだ。 ……問題はここから。『虚言の王』は嘘を叶える嫌な手段を持ってるんだな」 伸暁は溜息を吐いた。 「アーティファクト『不当な聖杯』。十倍の代価を代償に魔力の及ぶ範囲で退屈な嘘を本当に変える品物さ。『虚言の王』が殺したのは既に九人。 十人分の命のWish。彼の望みは……何だろうね?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月12日(火)00:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●嘘を吐く 世の中は何時だって不実と欺瞞に満ちている。 人間(ひと)に他人(ひと)を理解する術は無く、肉体の枷は越えようの無い壁としてそこに横たわる。 ましてや―― 「フィクサードは、嫌いなのよ」 ――彼我が敵同士ならば言うまでも無い。 「どうして、こんな事が出来るんでしょうね」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)の大人びた顔立ちに珍しく疲れた憂いに似た色合いが浮かんでいた。 「どうしてだろうな?」 無骨な中折れ式のリボルバーを手に問うでも無く問うた少女に応えたのは相対する一人の魔術師だった。 「訊いて納得するお前達じゃあるまい。それが嘘でも、本当でも」 迷いを生まぬ為に、無表情に近く言葉を漂わせたミュゼーヌに応える声は、奇妙な笑みさえ含んでいた。 嘘に塗れたこの男を――フィクサード『虚言の王』と言う。アーク本部からの要請を受けたリベリスタ達は彼の為す連続殺人を食い止め、アーティファクト『不当な聖杯』を回収する為にこの場所へやって来たのだ。 「自分以外の誰かを犠牲にして、己を願いを叶えるか。成程、不当の名に違わぬ能力だ。 そうまでする君が抱く願いは己が為か、それとも、避け得ぬ運命を変える為か。 ……考えても仕方のない事だがね。私のやるべき事に変わりはないから」 『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)の声に男は笑う。 「世の中に己が為以外の願いがあるものか。 誰が為であろうと同じ事。それは誰が為の利己である。簡単だろう?」 「嘘しか言わないのと、真実しか言わないのにどれだけ差があると言うのかしら。 どちらも出来ないなら逃げるしかないのだけど、それは卑怯と言えるのかどうか――」 『トリレーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)の言葉は幾らか哲学めいていた。 (虚言の王は彩夏さんを救いたいんだろうか? もしそうなら、ボクにはその気持ち、解る。たぶんボクも同じ事をするから……) 男の真意を捜す『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の瞳が幾らかの迷いに揺れていた。 事件に葛乃木彩夏という少女の存在が関わっている可能性をリベリスタ達は知っていた。フィクサードを強く憎むミュゼーヌの表情が幾らかの複雑に染まる理由である。 魔術師は八年前、少女に出会い姿を消した。そしてその少女は今、緩やかに命を失おうとしているらしい。 (何人も騙し不幸にした嘘吐きが……この数年の時間に何を見て、何を思ったのか……) 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は薄い唇から溜息と共に無意識の言葉を吐き出した。 「……これは、答えではないだろうか……」 決戦の場は少女の家。この期に及びこの場に残る、その意味は―― 「九名を殺害したのは不当な聖杯の力で葛乃木彩夏の病を癒す為か? 一人生かすために十人殺す名前に違わぬ理不尽な交換比率だな」 「馬鹿を言え」 一方で吐き捨てるように言った『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)の言葉を虚言の王は笑い飛ばす。 「ガキに救われた命だ。戯れに大人しくしてやったがな。 もうくたばるガキに遠慮する意味はねぇよ。俺は、虚言の王だ」 「やはりフィクサードとの会話は火力で行われるのが相応しいか」 「……」 瞳に澱み無く言い放つ魔術師の顔を『Silver bullet』不動峰 杏樹(BNE000062)が見つめていた。 彼女の双眸は相手の心をめくり、覗き込む特殊な魔力を秘めていた。 「……嘘つきな王様か。何をしたいのか分からないけど、不当な聖杯を使って来た報いは受けてもらう。同情する余地はない」 凪のような虚無が広がる虚言の王の心の中に杏樹は小さく嘆息した。 (でも……) 心の上に心を置く。二重底の男がペルソナを纏う事を彼女は最初から知っていた。 (でも、彼が彼女にどんな嘘を吐いてきたか知らないけど、その嘘で救えたモノもあるんだろうな) 開けられたままの窓が室内に初夏の風を運ぶ。頬を撫で髪を揺らしたそれに杏樹は僅かに目を細める。 「エピメニデス曰くクレタ人は嘘付きである。元々届かせる気もない言葉より、絢爛に華々しく参りましょう?」 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の唇に温い笑みが貼り付いていた。 饒舌な言葉が止めば、場の空気は戦場のそれへと変わるのだ。 ――ケケケケケケケケケケケ! 高まり始めた緊張感を切り裂いて『何か』が笑う。 (意思を持つという破界器『不当な聖杯』――!) 『星の銀輪』風宮 悠月 (BNE001450)にはそれがどれ程の技量で作られたものなのか、或いはどれ程の奇跡を積 み重ねての存在なのかは痛い程に分かる。素早く構えを取る悠月の視線は虚言の王ではなく音の発生源――彼の手にするくすんだ金色のカップに注 がれていた。 金色のカップに注がれていた。 ――いいネェ、いいネェ! 嘘に欺瞞、失望に怒り! アァ、それに。おネェちゃんの熱い視線、気持ちいいゼェ。たまらねェ。イッちまうそうだぜ―― 饒舌なカップは我慢し切れないとばかりに不愉快な言葉を吐き散らし、ピカピカと何度も瞬いていた。 悠月は眉を顰めた。もしこれに意思を与えた存在があるとするならばどんな大魔道とて、その品性を疑わざるを得ないのは確実である。 「お前は、煩いんだよ」 虚言の王は呟いて不当な聖杯を高く掲げる。 「道具は道具らしく、使われてろ――!」 ●嘘を吐かなくちゃ 「どうも僕は君達の事が好きみたいなんだ。『十人目』になってしまってもイイかと思ってしまう位には――」 複雑な感情を隠せないリベリスタ達の中でもそんな風に呟いた『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は特別な一人だった。 「でもね。僕の『業』が囁くんだよ。君は『敵』だと。恋焦がれた『敵』だって。 殺さずにはいられない。踏みにじらずにはいられない。もし、見逃したら後悔に打ちひしがれる、そんな敵の一人だって!」 まさに誰よりも早く、その時を待ち侘びていたかのように。愛らしい顔に獰猛な笑顔を貼り付けた小さな獣は床を蹴った。 りりすの望む敵は目前の王だった。王そのものだった。『くだらない一事』の為に『己が欲の為に』誰ならぬ世界を侵す事が出来る――それに微塵も躊躇しない壊れた強さ。幾度望んでも、幾度殺しても。そんな特別な誰かとの戦いの風は『りりすをりりすとして自覚させる』この上無い至上に違いなかった。 爆発するその『好意』を顕すかのように素早く速力を纏ったりりすはそのまま疾風の如く敵の間合いへ踏み込んだ。 ゆらり揺らめく幻影は手にしたパイルバンカーの威力を最も引き出す形で魔術師を穿とうと襲い掛かる。 「困った事に……君を殺したいって思うのも。君に殺されても構わないって思うのも全部『本当』なのさ。 僕はそんな僕を浅ましいと思うけど。悍ましいとも思うけど。エゴイズムから離れた愛情なんてありえない。君『は』そう『思わない』だろう?」 ――戦いは始まっていた。 しかし、十二対一――或いは二という多勢に無勢の戦いにも拘らず、戦いはそう簡単なモノとはならなかった。 彩歌のしなやかな指先が一直線に伸びる気糸を紡ぎ出す。 影を従えたアンジェリカが戦いの中で死角に回り込み、敵の拘束を試みた。 しかし、 「流石に、やるね――!」 「簡単にはいかないみたいだね……」 彩歌の一撃は威力が足りない。不当な聖杯による強化を得たという魔術師は多少の神秘等モノともしないか。 「……っ……」 そしてそれは息を呑んだアンジェリカのギャロッププレイも同じ事だった。 技量の差もあるのだろう。彼女の一撃は虚言の王を捉えはしたが、彼の動きを奪うまでには到っていない。 (あの、聖杯を何とかしないと――) 彩夏の命を救うのに必要ならば、不当な聖杯を使うしかないなら、彼女は使いたいとそう思っている。 「逃がさない……!」 リベリスタを遥かに上回る力を見せる虚言の王ではあるが、杏樹の狙撃は彼にしても厳しい圧倒的な精度を持っていた。 神秘の魔弾が大きな効果をあげない事を察した彼女の次の判断は早かった。聖杯を持つその手を狙うのは滑り落ちる貨幣さえ正確に射抜く無比の射撃である。手の甲を傷つけたボウガンの一撃に魔術師は怒りの声を上げる。 ――オイオイ、大丈夫かよ! ケケケケケケケケ! 命は九個あるんだぜェ? さァ、俺に命じなよ! この馬鹿共を片付けろってサァ! 「道具は使われていろと言った筈だが?」 溜めた命を代価に願えと迫る聖杯にリベリスタ達は息を呑んだが、その言葉は他ならぬ魔術師自身が否定した。 彼が口の中で呟き始めた詠唱はまさに長尺の呪文を半分にも縮める魔道の真髄。 「呑み、食らえ。我が――葬送よ!」 右手から流れ落ちた鮮血が宙に散る。物理的な威力――禍々しい黒鎖と化した鮮血は斜線の開いていたリベリスタ達全てを飲み込んだ。 「これは……」 声を上げたのは誰か。 その身を縛り上げる呪縛、侵す猛毒、噴出す血と、覆う不運の気配にリベリスタ達の態勢は一気に乱れる。 高等魔術による被害は半端なモノでは無い。しかし魔術を行使した虚言の王自身も今の一撃に痛んでいる。 「しっかりするです……!」 辛うじて後衛で一撃を避けた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が天使の福音を響かせた。 戦いの中で瞳も支援を強めるが、態勢が完全に立て直せたというレベルには程遠い。 「……チッ、手こずらせる……!」 それでも苛立つ魔術師の舌打ちは状況を理解しているが故だった。 「――命の重さは同じであること、それすらも詭弁。貴方は夏を終わらせたくないのか?」 虎の子の魔術も幾らか『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の守護結界に阻まれていた。 「誰かを救いたいと思う事は尊い。しかし、無辜なる人を殺めた事は、見過ごせぬのだ――!」 その呪縛を弾き飛ばしたのは皆の盾たらんとするアラストールの強い意志の発現だったのかも知れない。 彼女より、パーティに恐怖払う柔らかなる光が降り注ぐ。 「数多の命を犠牲にして叶える願いなんて、到底許容出来ないわ」 動きを取り戻したミュゼーヌの銃撃が魔術師の脚を撃ち抜いた。 (でも、彩夏さんは何の罪もない一般人。私が守るべき『この世界』の住人だから……) 還らぬ命を無駄にしない為にも――言わぬ彼女の内心には珍しい惑いがある。凛然とした彼女の『例外』がそこに在った。 連携と手の数の差は虚言の王を少しずつ追い詰め始めていた。 「君は僕を殺せ。僕は君を殺す。勝った方が総取りだ!」 どうせ嘘しか吐けないならば、その嘘を突き通せ――りりすは退かない。決して、退かない。 瞳が倒された。彼女は運命で起き上がる。エナーシアが撃つ。 「これでっ……!」 アンジェリカの黒気が魔術師を強襲する。 「悪いけど、倒させて貰うよ」 葬送の調べにもその身を凍らされる事は無い、彩歌の一撃は冷徹だった。 「これは希望、というよりは、願望の類であるかも知れないが――」 傷付き、疲れ、呼吸を乱して。それでも倒れない虚言の王にヴァルテッラは言葉を投げた。 「もし君の願いが葛之木君の為であるならば…… 義理や情などと言う物に興味はないがね。約束しよう。信念を以て戦った相手にだけは、最大限の敬意を払う事を。 少なくとも、その想いが無意味な物であったと誹られる事の無いように」 「願いは、アイツの、為じゃ、ネェ――!」 激した虚言の王は叫ぶ。喉も裂けよと怒鳴り散らす。 ――そうだ、そうだ! それでイイ。もっと、吠えろよ。ええ? 嘘しか吐けネェ、三流が! 俺がそうしてやった三流が! 「ぶっ壊すぞ、このクソ道具」 ――壊せないだろ? お前には。ええ? 壊せネェから面白いんじゃねぇか! 聖杯と王の関係は…… 「ああ、壊せないさ。壊しちゃいけない」 虚言の王は『リベリスタを見て』そう言った。 パーティは長い詠唱を始めた彼を攻め立てる。仕留めようと攻め立てる。 肉を削られ、骨を砕かれ、血反吐を床に吐き散らし、それでも運命を燃やし、執念で粘る虚言の王は倒れない。 決着のその運命を決定付けたのは―― 「――空木さん……!?」 ――長引いた騒ぎに気付いて扉を開けた少女だった。 「ああ……」 惑いの顔を浮かべたリベリスタ達とは対照的に虚言の王の顔は冷静に満ちていた。 「一生、引きずって気にしろよ。決して忘れられぬ後味の悪さを思い知れ。 不幸になれ。お前何ざ大嫌いだ。早く死んじまえ。クソガキめ、俺はずっとお前を殺してやりたかった」 「……!」 杏樹の表情が強張った。 「待て! お前がいなくなったら、誰が彼女の傍にいてあげるん――」 「――さあ、不当な聖杯よ。彩夏、クソガキに最悪な気分をくれてやれ。 クソったれた人生をあと何十年かくれてやる――俺の呪いを叶えてくれ!」 制止は聞かぬ。彼の最大の魔術は、言葉と共に『彼のみ』を撃ち抜いた。 ――ケ、ケ、ケ、上等だ! 聖杯が輝く。間違いの無い奇跡が起きる。 表情を失った彩夏の全身に生命力が宿ったのが、誰にも分かった。 「……嘘吐きめ」 アラストールの胸に去来するのは虚言の性への哀れみか。優しい嘘への同情か。 目の前で朽ちる特別な男の残骸に――少女はぺたりと床に崩れた。 ●嘘を吐いた。 「彼には、どうしても叶えたい願いがあった。多くの人の命を奪ってまで。 途方もなく重い犠牲を背負って生きる事になるわ……それでも、貴女はこの奇跡を受け入れる?」 ミュゼーヌの言葉に彩夏は涙ぐんで頷いた。 長く死の淵に居て、諦念に満ちていた少女だ。 誰かを犠牲にして助かりたかった訳では無いのだろう。 しかし、彼女は生きたいのだ。『空木さん』の願いを無碍にする事は出来ないのだ。 「そう……」 ミュゼーヌはそんな彩夏に少し不器用に微笑みかけた。 彼女には罪は無い。この願いを断罪する権利はこの場の誰にも無いのだ。 「帰らぬ命なら活用するのが供養というものだろう」 「僕は覚悟なく殺し。信念なく生かすのさ。君の決断は正解だ」 瞳が言い、りりすは笑った。 「ああ。断罪すべきは――」 ヴァルテッラは転がる真鍮のカップに視線を投げる。 ――ケケケッ、いいのかよ。俺を壊したらガキも死ぬぜ! 「いいや、死なないよ」 不当な聖杯の言葉をあっさりと否定したのは彩歌だった。 「まぁ、順序は変わったけど。そういう事よね」 「うん。私にも異論は無い」 「魂を天に還してあげるです」 エナーシアが、杏樹が、そあらが頷く。 ――え、ちょっと…… 「――汝の祈りに応えよう」 軽く鋭い音が響き渡る。魔力の煌きが宙に散る。 アラストールの振り下ろした刃は不当な聖杯を木っ端微塵に打ち砕いていた。 虚言の王は嘘しか吐かない。 彼が壊してはいけないと『言った』ならば。それは―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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