●招待 時勢が動けば事情も動く。 青天の霹靂は突然だからこそそう呼ぶものだ。 「――そういう訳だ」 一先ずそんな風に言葉を結んだ『戦略司令室長』時村 沙織(nBNE000500)は少なからぬ苦みの混ざった難しい表情でリベリスタ達の顔を見回していた。 「……今回は断れなかった、と」 「事情を勘案すれば、な。主立ったものが一つならいざ知らず。 ……二つも揃った上で『好意のアプローチ』を袖にすれば『敵対』と受け取られかねない。『極めて高度でシビアな政治的判断』ってヤツだ。正直気は進まないけどね」 肩を竦めた沙織にリベリスタも似たようなリアクションを返していた。 ケイオスによる『混沌組曲』の猛攻の爪痕残る三高平。土俵際の勝利に興奮冷めやらぬアークにその『招待状』が届いたのはつい昨日の出来事であった。 その差出人の名前を見れば沙織の反応も理解出来るというものだ。『あの』シトリィンならずとも異口同音に口を揃える共通認識は間違いない。即ちそれは『世界最強のリベリスタ組織』は同時に『世界最凶のリベリスタ組織』であるという些か穏当ではない『問題』である。 ――噂の彼等は畏敬と畏怖を込められ通称『ヴァチカン』と呼ばれている。 「……招待状を要約すればつまり。『遥か極東の地にて不埒な獣共を狩る勇者達を記念すべきこの時に招きたい』。形式めいたプロセスだが、『ヴァチカン』にとって今がどれだけ重要な時期なのかは知ってるよな。神秘界隈の『裏側』は決して表に出るものじゃないが――彼等にとってそれは表裏一体なんだろう」 「……『極東の勇者』を招いて新体制の結束を固めると」 「或いはもう一つ。『極東の勇者』を呼びつける事で『ヴァチカン』の威容を知らしめる意味もあるかもね。彼等のプライドの高さと自負心は示威的な意味合いを発揮する事も多いから」 「『勇者』って程いいもんじゃないけどな」 「一度(ジャック)はフロック扱いして貰えても二度(ケイオス)は無いのさ」 沙織の言葉にリベリスタは頷いた。 彼が口にした『主立った理由が二つ揃った』の意味は単純である。一つは彼等自身の事情に纏わる特別さ。もう一つは先のケイオス戦時――シトリィンを介して――アークが『ヴァチカン』に作った借りを指す。つまり、今回はアーク側に弱味がある以上、『失礼』は働けないという理屈が立っている。 「まぁ、他ならぬ『ヴァチカン』が部外者を自身の秘奥に招き入れる筈は無いしね。精々、俺達に期待されているのはパーティの話の種。それから『今後の付き合いについて』の打診位なもんだろう。政治は俺がやるからお前達が気にする必要はないが、『勇者』は連れていく必要がある。基本的に物好き以外はゆっくりイタリア観光でもしてくれればいいんだけど――」 沙織はそこで言葉を切って溜息を吐いた。 「――一難去ってまた一難だ。おっかねぇよなぁ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月11日(木)00:33 |
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●ミラノ 日本からフランスはパリを経由して凡そ二十時間近い旅程の後である。 しかしてそれでも元気を失わない辺りはリベリスタだからなのか、それとも年頃の女子からなのか―― 「いやー、ラッキーってのはこの事よね!」 青く晴れ渡る異国の空にも負けない程に澄み切ったテンションは勢い良く――少しだけ窮屈に機内に押し込められていた体を大きく伸ばしたのは伊吹をお供に連れたウーニャ・タランテラその人であった。 「お仕事ならぬお仕事で海外旅行。自前で来るのとはまた別の気分じゃない?」 「……まぁ、確かにな。実を言えばこの歳で海外に来るのは初めてだしな」 革醒者には革醒者の苦労がある。その辺りパスポートさえ何とかしてしまうのは如何にも蛇の道は蛇、アークらしいと言えるのだが。 ウーニャからすれば『一人で放っておけないから』。伊吹に言わせれば『体良く使われている気もするが』。果たしてどちらの概念が強いのかはさて置いて、やり取りをする二人を含めたアークのリベリスタ達は実に総勢二百名近くも今日イタリアの空の下に居る。 他ならぬ彼等がこうしてイタリアの地を踏んだ理由は――唯の行楽の為では無い。 先のケイオスとの決戦の顛末はやはりと言うべきか新たな展開を生み出した。『一応』アークに好意的な存在である『ヴァチカン』からの式典出席の要請を受けた沙織は先方のリクエストに応える形で彼等の言う所の『勇者』であるリベリスタ達を伴って渡欧する事を決めたのである。世話になった以上は袖にも出来ず、さりとて心躍る相手でも無い。難しい顔をした沙織曰く「政治は俺がやる」との事であるから――リベリスタ達にはかなりの自由が認められている以上、確かに半分は御褒美の旅行であると言えなくは無いか。 「堅苦しい場は合いませんし、そういった場は他の方にお任せするって事で……」 そして、羽を思い切り伸ばす心算の弐升にとって――さざみと結衣の二人にとってはこれはその『旅行』以外の何者でもない。 「招待旅行だし旅費はかからないわよね。浮いた分で色々楽しめそうだわ」 「折角だからイタリア料理を楽しもう! イタリアはパスタにピッツァ、それにトマトベースの料理が美味しいんだよね。さざみんはどんな料理が好き?」 「私はミネストローネかな」と言った結衣にさざみは少し思案する顔をした。 「そうね。ピッツァは食べやすいし、お腹は膨らむしで好きよ。 折角だから本場のマルゲリータを頼んでみようかしら。シェアしてみるのもいいかもね」 元はイタリア王妃マルゲリータ・ディ・サヴォイア=ジェノヴァを迎える為に作られたとも言われている『マルゲリータ』はバジリコの緑にモッツァレラの白、トマトソースの赤がイタリア国旗の三色を表しているかのような、最もベーシックな一枚である。 本場を訪れたならば是非食べたい一枚――ツボを押さえたさざみの一方で、 「……ミラノ風ドリアってミラノニハネエヨ」 「ええっ!? ミラノふードリアどこ!?」 景気良く日本のファミレスでも探した方が確実な料理の名前を挙げるミーノの姿もある。 「大道芸とかより団子。ご飯優先カ。マア、イイケドヨ」 相変わらずと言えば相変わらずで如何にも色気より食い気なミーノに軽い頭痛を禁じ得ないのはリュミエール。 「大道芸以外にもドゥオモ大聖堂やサンタ・マリア教会等、見所は多いぞよ。神様は信じておらぬが建物の素晴らしさは別物じゃ」 『ミラノ風ドリアがミラノに無い事』に全身全霊の驚きを示すミーノにレイラインが言葉を添えた。 「勿論、心が満たされたら次はお腹を満たす番じゃな。 『神様が通るから兎に角大きく作りましょう』という決め事の上に建築された古い建物は大きな地震が比較的少ないヨーロッパの地理上のアシストも受けて現代にも立派な姿を数多く残している。石造りの建造物は木造に比べて保存が良いから、実は見渡す景色、街並みそのものがかなりのアンティークで見る価値がある位である。日本の何処を見回しても成る程、民家やアパートメントが二百年ものの建築物であれやこれやと彫刻が施されている等という事は無いだろう。 街の教会の中心的な存在であるドゥオモは言うに及ばず。 「イタリアのイケメン男子もいいけどやっぱり本命はお買い物よね☆ プラダの本店なんて滅多に来るものじゃないしね――」 ウーニャの口にした世界最高の『商店街』であるガッレリアも――セントラルステーションから少し足を伸ばせば楽しみは多い。 「言っとくけど、熾竜くん、あんまりキョロキョロしないでね。恥ずかしいし」 「……この害獣は……」 肩を竦めた伊吹は軽く保護者の心算だったが、なかなかどうしてウーニャもこれでお嬢様である。 「日本以外の国も良いものだな」 伊吹が呟く。 イタリアの中でも特に華やかなミラノをまず見て回ろうと集まったリベリスタ達は各々に自由な空気を抱いていた。 「場所はミラノの公開図書館、アンブロジアーナ図書館です。 初版本、人間の皮膚でできた型押し装丁のような際物まで! ――あぁ、素晴らしきイタリア! ひゃっほい!」 『魔術師らしい』喜びを爆発させる七花の姿は何時もより少し『はめを外した』感じかも知れない。 風光明媚な風景をゆっくりと歩けば日本とはまた違った賑やかな空気が肌を柔らかく包み込む。 「ジェラートどれも美味しそうですね」 「ちょっとこれは……迷っちゃうわね。よかったら交換する?」 「色んな味を楽しみたいですから、ダブルで頼んじゃいましょうか、と」 「二人で四種なんて何だかちょっと贅沢な気もするわね」 「あ、チョコと、ピスタチオも美味しそうです!」 小さなサイズでも二種類は頼めるのはイタリアならではの風である。 都合二人前四種のイタリアン・ジェラートを舐めながらのんびりと街を行く壱和とシュスタイナの行く手、大通りの歩道では乳母車に顔だけを出した男が奇妙な人形のような声を上げている。全身に金色の衣装を纏った女は宙に微動だにせず座っている。聞こえてくるイタリア男の歌声は――意味は分からないまでも異国情緒を感じさせるには十分過ぎた。 いやぁ、いいですね。こういうのは心が躍りますよ!」 感心した声を上げているのは生佐目である。 「カッコいい仮面の一つも売っていれば良いのですが…… アルレッキーノ、ドットーレ……いろいろありますが、健康祈願を兼ねて、メディコでも買ってみましょう。 当時の実用性から滲む凄味……いや、ヴェネチアの方にも足を伸ばした方がいいかも知れませんね!」 テンションの高い見知った顔――生佐目にシュスタイナが小さく呟いた。 「……海外は初めてなんだけど」 「ボクも初めてです。海を渡ると随分日本とは違いますね」 厳密を言えばシュスタイナにとって日本は『海外』なのかも知れないが。 ともあれ、リベリスタ達はのんびりとしたイタリアの時間を堪能していた。 『ヴァチカン』からは少しきな臭い空気も感じないでは無いのだが――彼等もリベリスタである以上、即座に一瞬即発とはなりはすまい。 「政治だとか外交なんて腹芸は出来もしませんから――子供は子供らしく遊ぶとしますか」 仁身はそこまで言ってから少年らしく瞳を見事に輝かせた。 「コンクラ-ヴェ? 世界遺産? そんなものに興味はありません! ここはイタリア。生のセリアAが見れるんですよ、千年の昔でも遥か未来でもない――今、現在、この瞬間のACミランが! ディアボロに比べて勝るものが何処にありますか。いや、そもそも比べる事自体がおこがましい!」 嗚呼、赤と黒のストライプは熱狂的なファンが多い事で有名である―― ●ヴェネチア 「やっぱし凄い! 運河! これが水都だ、ホラ、ねぇラシャ~♪」 「運河だ運河。すごいな姉よ。フィレンツェもあるけど、やっぱり水都といえばヴェネチアだな。 おっ、こっちもジェラートも売ってるな。姉よ、早速買いに行くぞ! 食べ比べだ。 今度はバニラにヘーゼルナッツ、美味しいぞー!」 「あそこも美味しいジェラートが! こっちのはどうかな、これは楽しみだ!」 カインにラシャ、アーノルド姉妹の頭の中はジェラートで一杯。味わいも場所によって随分変わるのがまた楽しい。 街角で色々なジェラートが楽しめるのもイタリアならではである。 「一度はきてみたかった水の都!」 「雷音とヴェネチアデートでござる! 拙者もジェラートを食べるでござるよ!」 アークを飛び出して遥か異国までやって来ても雷音と虎鐵の様子は変わらない。 「室長が上手くやってくれている間に、観光はちょっと忍びないな。 で、でも、慰安旅行を兼ねているなら、すこしでも楽しまないとだめなんだぞ」 「うむうむ、拙者は雷音が居ればどこでも天国でござるし楽しいでござるよ! 今日も可愛いでござるよ!」 尤もその原因は困った年長者の方にあるのだが―― 街中で車を見掛ける事が殆ど無いというのはちょっとしたギャップである。 水の都と呼ばれるヴェネチアには周知の通り沢山の運河が通っている。沢山の運河に街の区画が分断されている以上、自動車は殆ど機能しないのだから当然である。主要の交通は水上バス。ボートを自前で持っている家もある。 「美しい景色、心癒されますわね」 風に揺れる髪を押さえてうっとりと呟いたのは氷花だった。 「『アドリア海の女王』の異名を持つ都市。その名に惹かれた私としては、一度足を運んでみたかったのですわ……」 ゴンドラに揺られるのは専ら観光客達だろうか。 成る程、観光客用に豪華な装いをしたゴンドラは見た目にも美しくアドリアの風を感じるにはもってこいである。 「あれは何処で乗れるのかな?」 ゴンドラ乗り場は幾つも街の中に存在しているが、やはり日本とは勝手が違う。 やはり、ヴェニスまで足を伸ばしたならばサンタルチアの一つも聞きながら時間に揺られてみたくなるのは人情であるのだが。 「さて、ここにやって来たのは他でもない。 本場のカンツォーネを聴いて学ぶためである! ゴンドラのおっちゃん方の歌う姿をこの目と耳に焼き付け! そのサービスを心に刻み! 超銀河的アイドルワタシのアイドル力を高めるのだ!」 無闇やたらに気合の入った明奈が事前に調べた所によると『意外と歌わない』という説もある。 それらしいカフェやバーでも探すか、と彼女は考えていたのだが……実はそれはあっているようであっていない。カフェやバーに歌い手がふらりと顔を出す事はあるのだが、大抵それはチップありきの話である。雨の日に傘を差し出す男も、広場でハトの餌を押し付けてくる黒人も、ゴンドラ乗りの歌もバーのアコーディオンもサービスには料金が掛かるのは文化の一部。『意外と歌わないゴンドラ乗り』に気分良い歌声を所望するならば、何ユーロか手渡してやれば話は早いという訳だ。 「ボクも一度ゴンドリエーレのカンツォーネを聞いて見たかったんだ♪ 修学旅行みたいで楽しいね」 キョロキョロと辺りを見渡すアンジェリカ。 ヴェニスの場合、街それそのものが最高の観光ロケーションであるのは言うに及ばないが、サンマルコ広場を中心にドゥカーレ宮殿やサンマルコ寺院等見る場所は少なくない。有名なカフェ・フローリアンで広場を見ながら本場のカフェラテを楽しむのもいい。彼女場合、手持ちのバイオリンで何処かの演奏に混ざれたならば最高だ。 「楽しい一日をくれるアークに感謝だよ!」 「この船着場の辺りに、立っていたのよね…… 同じ場所で、同じポーズしましょ! あひる、黒髪の方するから! 壱也バンダナね!」 「初海外で聖地巡りできるだなんて……! そしてあのゴンドラに乗ろうとしていた……う、テンションあがる! 鼻血出そう! うん! こんな感じかな!? ちょっと腰つりそうだね!」 「この先にある、小さな島で……修行してるのね……! 閉じ込められて! 熱い友情芽生えて! ひゃあああ! つらい…… オイルまみれで、二人で過ごして……ホモ……」 「漲ってきた! 興奮する……よ、よだれ出てる!? 仕方ないよね……じゅる」 「写真撮って貰おう! 壱也ちゃん頼んで!」 「よおし、任せて! このテンションでポーズ決めて頼んでみる! ぼんじゅ~る!」 ……何が何やら『プロ』しか分からないトークで盛り上がるお腐れ様二人、あひると壱也(両・彼氏持ち)はさて置いて。 アークのリベリスタ達は一生懸命観光するものあり、のんびり休日を過ごす者あり様々である。 「オルクス・パラストってドイツだっけ? この辺判る?」 「全然、分かりませんわあ!」 「……案外、使えないね」 「イタリアは私も余り来た事がありませんのよ」 灯璃とクラリスが連れ立って歩いている。 「絶対執事の方が詳しかったかな? でもあの人乗せたらゴンドラが沈みそうだしね」 「沈みますわね、間違いなく」 灯璃の言葉にクラリスが冗句めいてコロコロと笑う。 「美味しいもの食べに行こうよ。良いとこのお嬢様ならレストランも顔パスだよねっ」 「えっ……」 「えっ……」 灯璃の無茶振りは兎も角。 「ヴェネチアといえば、一風変わった郷土料理!」 今回は一人食べ歩きを楽しもうと考えているのは密かに個人のレパートリーは勿論、店番しているブックカフェのメニューを増やせたら……と野望(?)に燃える光介である。ヴェネチアに食なしとは言うが、案外それは他所の街の嫉妬であるかも知れない。美味いリストランテは探せばあるもので、彼も勿論観光名所であるサンマルコ広場の辺りは避けて地元感漂う場所を探してみようという腹心算であった。 「ポレンタも捨てがたいですが、やっぱりここは魚介かな。 イカスミのリゾットに、イワシのマリネ……ボンゴレ! ぎょ、魚介の宝石箱です……!?」 ――参考までに言うならばイタリア旅行中最も美味しかった(やみ評価)のはヴェネチアのリストランテでした。 イタリアは総じてお高めですが、程々のお値段で雰囲気が良くフォーマルな黒いスーツを着た店員さんが素敵なお店でしたよ。 ヴェネチア、喰いモンあるじゃんよ。 「……ま、たまには海外旅行も悪いもんじゃありませんね。店長はお誘い感謝です」 「この国のゴタゴタに口も手も出す心算は一切毛頭ありませんが」と釘を刺す事は忘れずに呟いたのは慧架に連れ立ってヴェニスにやって来たモニカであった。 「彩花ちゃんがなにやら過酷な状況に陥ってるらしいですが……なんともまぁご愁傷様ですねえ」 「公休は社員の権利ですので」 日本は大御堂重工三高平支部に缶詰になる主の事を清々しい程に考えないモニカの一言である。 彼女からすれば自らの権利である休みを行使して来た以上は曰く「『デストロイド・メイド』は来ていません」である。態々称号にキャッチ、ステータスシートまで真っ白にして望んだ唯の休暇は『アークの要請を受けたものではない』プライヴェートである。沙織にそれを申し出た所、口の上手い彼に「費用はどうせプライヴェート・ジェットだ」と押し切られ自費の負担はならなかったが。兎に角、『唯の観光客』である彼女には仕事の心算が一ミリたりとも存在していない。 「やっぱり見ているとゴンドラの遊覧も素敵ですねぇ。 あ、紅茶は何時もの通り持参していますからご心配なく。何かお土産に良さそうなものがあれば見繕って……」 慧架はその先は口に出さず、 (モニカに似合いそうなヴェネチアン・グラスをプレゼントしたら面白いでしょうか。例えば色違いとかで――) 等と考えた。 表情の少ない割に感情の豊かなメイドはあちらこちらに視線を投げて『雪のようなシニョリーナ』のそのビジュアルから実に街中に目立っている。 目立っていると言えば目立ち過ぎる位目立っているのは実は彼女ではない。 「仮面と言えば怪人、怪人と言えば私ですけど。 最近、キャラが少し薄くなったような気がするんですよな……ここらでテコ入れが必要な気がするのですよ」 怪しいローブに仮面。見事な位に普通ではないその男は言わずと知れた九十九である。 日本ならば割と確実に職質を受けかねないいでたちなのだが、その辺りはイタリアはかなり緩い所がある。何せ街中に多種多様なパフォーマーが居るのは先述の通りなのだ。お巡りさんも決して暇人ばかりではない。 「木蓮、お前には警戒心が足りないのだ。俺は少しは言葉も分かるが……」 「そ、そうか……! 流石、龍治だな。頼りになる……!」 「海外は特に手癖の悪い者も多い。尤も俺が居る以上、お前がどれ程気を抜こうと手出し等はさせんがな」 「ふふ~、惚れ直したぜ! なあなあ、今度俺様にも簡単な単語から教えてくれる?」 「機会があれば付き合ってやらんでもない」とニヒルに格好を付けた龍治の顔は冷静なままだったが――耳は木蓮の言葉に露骨に応えて嬉しそうにぴこぴこと揺れている。木蓮に『引っ張り出された』格好だが彼は彼で旅行を楽しんでいるのだろう。 「ゴンドリエーレ日本語出来ないみたいだからな。龍治が居れば安心だな!」 「う、うむ」 傭兵時代にイタリア語を聞き齧ったのは事実。簡単な会話が出来るのも事実。 しかして、そこまで全幅に頼られると万一にも失敗が出来ない――思わず応える声も揺れる男の面子がそこにある。 この龍治の言葉は事実である。日本と比べれば治安がある程度悪いのはお約束で、だから特にお巡りさんも暇では無いのだ。 ユーロ経済によるインフレの所為なのか、ガイドブック(2006年産)に記された物価は悉く嘘である。ヴェニスの有料トイレは5~60セントとあったが、驚きの1・5ユーロ。水上バスの一日パスも驚きの五割増しであった。物価の所為か、お国柄か。物乞いの皆さんも何処へ行っても目撃するし、膝の上に傾斜のついたクッションを敷いて流れるように土下座を繰り返す彼等はプロ土下座ストと言っても過言ではない。でも余談だけれど。イタリアはピザは滅茶苦茶安くて美味いよ。 大いに脱線、閑話休題。 「格好良いマスクの一つや二つ、買って帰るとしましょうか。 うむむ、この鳥のくちばしっぽいマスクとか素敵ですな。む、この派手な装飾の仮面も中々……ううむ迷いますな」 ショー・ウィンドウを眺める九十九が感嘆の唸り声を上げた。 日本では中々お目にかかれない手の込んだ仮面は見事なものである。見事な程に値が張るのは当然だが。 ヴェニスの下町を見て回れば手造りの工房の備わった『仮面の専門店』等という珍しい店舗に巡り会う事もある。カーニヴァルの仮面が所狭しと並ぶ店内は好きなものにとっては天国かも知れない。 「島巡りに観光に……ラ・ル・カーナに居る妹達のお土産も考えないとね! ねっ、どんなのがいいかな?」 「きらきら透き通ったのがあるみたいだよ。あれ、すごいんじゃないかな」 「美しき水上都市、しかし徐々に水没しつつあるとか……時の流れの無常と、流れ行く美しさの二律背反とでも呼ぶべきかな。 ラ・ルカーナとは違う、自然との共存の形は実に魅力的だね。情報と知識を書に記す僕としては、この姿を記録せざるを得ない……」 微笑ましく時間を過ごすのはこの世界の殆ど全てが新鮮に映るルナやエウリス、スィン等――ラ・ル・カーナの乙女達である。 その実、お土産を買うならば下町で探す方が『掘り出し物』が多かったりもするものだから侮れない。 ヴェネチアン・グラスの青い皿(いいお値段)を買い損ねたのはツアーに遅れる外国人達に呪い歌を届けるやみ痛恨の極みであった。 こん畜生! 出発時刻に遅刻するなよ、お前だ! 外国人! 「生まれて初めての海外旅行……と言うより、初めて本州の外に出た。 テレビや本では良く見るが……やはり来てみると中々感動があるな」 「楽団との戦いが落ち着いたら桜をみようねって、お約束してたけど……海外にぐれーどあっぷなの。アークはすごいのね」 街並みそれそのものが驚く程に見栄えする。雪佳のしみじみとした呟きに応えたのは傍らのひよりだった。 誰の日頃の行いが良かったのか――見事な散歩日和の強めの日差しにひよりは少し目を細めていた。吹き抜けるアドリアからの海風は爽やかで多少気温が上がっても汗が余り出ないのは湿度の低い欧羅巴ならではである。 「水が好きなの。ここはたくさんの水音があってすてき。 知らない景色、匂い、耳慣れない言葉――でも、ここにもたしかに人の営みがあるのね」 少し歩けばすぐに水路に突き当たる。ヴェニスと水は切っても切り離せない関係だ。 「それにしても……日本人の私には初の海外旅行がイタリアって、ちょっと贅沢な感じだわ」 「あ、そうか。そういえば糾華って日本名だもんね。 わたしは元々ヨーロッパの生まれだけど、イタリアの生まれじゃないし来た事もなかったなぁ。イタリア旅行は初めてかな」 「まぁ、外国に行く機会なんて――行こうと思わなければそんなものかも知れないわね」 フランシスカの言葉に糾華は頷く。 「私も『海外』なんて始めてです……いえ、単に記憶がないだけかもしれませんが…… 世界には、まだまだこんな綺麗な場所があるんですね……」 「私以外は皆外国人だけど」と呟いた糾華にリンシードがそんな風に応えた。 「貴女はどこから来たのかしらね? 帰る場所は決まってるけれど、ね?」 「それは……お姉様の隣です!」 「ふふ、お二人はとても仲が良いですからね!」 セラフィーナの言う通りである。糾華とリンシードは特に言うに及ばず、【黒蝶】の面々は今日もとても仲が良い。ケイオスとの決戦でも息の合った所を見せた少女達は今日は屈託無く歳相応の顔を覗かせて――糾華が『贅沢』と呼んだアークからの『ギフト』を大いに楽しんでいた。 「ゴンドラに揺られれば水の都をもっと堪能出来るでしょうか。カメラを持ってきましたから、今日は一杯撮りますね」 セラフィーナのカメラは【黒蝶】が舞うイタリアの風景を記録し続けていた。 「ぴ、ぴーすします……!」 「じゃあ、私も」 「はい、ちーず」 頬を染めたリンシードと澄まし顔の糾華をセラフィーナのファインダーが切り取った。 そして、何処か物思いに耽るように水の都を見つめるフランシスカも。 「……えへへ。思い出の一枚ですね」 何処か照れたように微笑むセラフィーナに面々が似たような表情で応えている。 素晴らしい景勝地での特別な思い出は歳若い彼女達に大きな足跡となって残るだろう。 無慈悲な運命がどれ程に牙を剥こうとも、想いは戦う為の力になる。 はてさて。ゴンドラに揺られたいと思っていたリベリスタ達は多かった。 ゴンドラ乗り場には大抵観光客が一杯である。日本人は英語圏ではないからちょっとハンデがあるのは否めない。 「おしゃべりしてくれる電子辞書ももってきたもん、だから大丈夫。きっと大丈夫。 なのに、なのに、何だか全然分からなくなってきた……!」 ゴンドラ乗り場で結局困ってしまったのは『万全の準備』をしていた筈の旭であった。 辞書は『わたしは予約しました』と喋っているが、問い返すゴンドリエーレの言葉には目を白黒させるばかりである。 状況が分からないというのは外国特有の出来事である。困り顔の旭に出た助け舟は予想外の人物からだった。 流暢なイタリア語で何かを告げたのはふわふわのピンクの髪をツーテールに纏めた『少女』であった。 「わ、わ、大丈夫……になったの?」 「ええ」 見ず知らずの『少女』は完璧な日本語で旭に微笑み掛けた。 「ありがとう! ぐらーつぃえっ!」 笑顔でお礼を言う旭に「どういたしまして」と笑った彼女はもう一言だけを付け足した。 「娘達が何時もお世話になっているようだから、ね」 何が何やら分からない旭はこの言葉に小首を傾げたが、彼女は「順番みたいよ」とゴンドラの方を指差して手をひらひらと振っていた。 「また近々、ね」 ゴンドラは運河を進む。 「ゴンドラに揺られていると不思議な感覚になる、わ。 建物がぎゅうぎゅうで、息苦しいかもって思っていたけど、そんなでもないわね」 思乃が辺りを見回しながらしみじみと呟いている。 「一人にならなければ、ここにくることもなかったから。その点では、孤独でよかったのかしら。 一人にならなかったら、ふふふ、ふふふふ。皮肉。皮肉ね」 ゴンドラは運河を悠々と進んでいく。 「おい、遠子! ガキの頃からの念願叶って良かったじゃねえか!」 「あ……うん……とってもうれしい……ありがとう、正太ちゃん……」 「ヒュー、流石だな! 水の都ってな伊達じゃねえぜ! 古くせえだけかと思ってたけど、なかなかイカした風情だぜ」 カンツォーネの調べを道連れに。特別な誰かと過ごすヴェニスの日は言いようも無い位に心に強く焼き付く光景である。 どうしようもない程に素直に感謝を口にした遠子に少しだけ照れた正太郎は早口でそんな風に言った。 「ゴンドラ乗りのオッサンも、いかつい顔に似合わず良い声してんぜ! イタ公ってな、陽気で良いヤツばっかだな」 「うん……透君来れなくて残念だったけど……」 水の都で聴くカンツォーネはまるで物語の一ページのようである。 「ゴンドラ漕ぐの、面白そうだよな。ちょい、やらせてくれよ」 「え? 正太ちゃん、無理いっちゃダメだよ……危ないよ……ほんとに、わ、わ……」 運河に水飛沫が上がる。 「水の都は有名ッスね。運河が主な交通とか聞いたッス。あとはため息橋とか、高潮で街が沈んだりするそうッスしね」 ガイドブックを片手に流石に国際経験豊かな凛子は如才なく大目のチップを渡したから船頭は実に機嫌良くゴンドラを進めていた。凛子とリルのカップルも今日という日を楽しんでいる面子の一組だ。 「……こういうのもいいッスよね」 隣同士、二人の距離はかなり近い。だがその温かみはリルにとって何とも言えずこそばゆい喜びである。 「お昼ならランチボックスにサンドウィッチを作ってきましたからここで食べますか?」 「勿論ッス」 並んで眺める街並み。キラキラと太陽を跳ね返す水面は何とも言えずに美しい。 ……ヴェニスの運河は『見た目程には夢が無い』のは事実なのだが、それも忘れる程にこの街は幻想的であった。 「この後はどうしましょうか」 「このままのんびり、ゴンドラに揺られるのもよさそうッスね。 あ、でも――日が暮れる前に、少しだけため息橋見に行ってみたいッス」 凛子に軽く体重を預けたリル。そんなリルの様子に凛子は穏やかに目を細めていた。 (日没に行く勇気はまだ無いッスけど……) いつかはきっと――必ず。 カナル・グランデ大運河をゴンドラでゆらゆら。 揺らめく太陽が水面に映りきらきらと輝いている。 「……こうしてるとマルタを思い出すね」 ふと呟いたのは双子の姉弟の姉――ルアだった。 「ああ、故郷に居た頃もこうして遊んだっけな」 同時に同じ事を考えたのは二人にとっては偶然でも何でもないのだろう。 何時でも一緒の双子は今日という時間も、想いも共有している。誰よりも強い結びつきを持つが故に。 「昼寝してるルアの髪を撫でたり、お菓子を口につっこんだり。 ボート沖まで漕ぎすぎて親父にぶん殴られたり、母さんに号泣されたり――やんちゃだったよな」 「学校の友達は元気にしてるかな。日本に来てから一回も帰ってないから心配してるかも」 懐かしむように言うジースの頬を風が撫でた。ふと胸を去来した寂寥感は何処の理由を置いたものだっただろう。 双子の弟はテレパシーのように姉の頬を濡らした涙の存在に気がついた。彼女の顔を見る事も無い内に。 何を考えてるかは大体分かる。桟橋に船を寄せて、頭を軽く撫でてやる。 「『普通である幸せ』の時間を護ってくれて……ありがとなの」 「大丈夫。これからもずっと護ってやるからさ」 過ぎ去った時間は戻らない。しかし紡がれる未来は『弟』ならぬ『男の決意』に満ちている。『最愛の姉』の為ならば。 楽しい時間は驚く程に早く過ぎる。 燃えるような夕焼けがヴェニスの街を見事なクリムゾンに染めていた。 赤。赤。一面見回しても――まるで一色のような赤である。 「……またこうやって、折々の美しい光景を見たい物だな」 「……桜も、いっしょに見に行ってくれるの?」 「ああ」 「わあい、うれしいの」 自らの袖をぎゅっと掴んだひよりの頭を雪佳の優しい手がやわやわと撫でていた。 優しい時間は何時までも続くだろう。彼が彼で居る限り、彼女が彼女である限り。嵐の運命が微笑む、その限り―― ●ローマ 「はふー! ココがあたしのご先祖様が住んでたトコロなんだねぃ。 こんな形で訪れるコトになるとは思ってなかったなぁ……ローマは一日にして成らずとはいうけれど、時間が許す限り目一杯楽しませてもらうよぅ!」 アナスタシアが感嘆の声を漏らしたのは当然であると言える。 世界最高の観光地の一つとして名高いローマは掘れば世界遺産が埋まっているとさえ言われている。 人類史のストロングスタイル、中心地として長かったローマ等は余りにもそれが顕著過ぎる為、地下鉄は二本しか走ってはおらず、新たな計画は十年単位で遅延を見せているらしい。何かに当たる度に考古学者と保護の観点が顔を出す風情ではなかなかどうして市民の足が便利になる日は遠いようである。むべなるかな、駐車場を作るスペースも無ければ景観に合わない建物を作る事も禁止されているような所もあるのだから駐車場等というものも無く、街中には笑える位の路上駐車の嵐が吹き荒れている。誰も気に留めない。むしろサイドブレーキを掛けないケースも多く。ある種の互助的な礼儀なのか、かけていないからいざとなったら路上駐車を自力で押してスペースを作り路上駐車をする始末である。 「ローマ、コロッセオ駅から一番近いトコロといえば……やっぱりコロッセオ!」 「ころっ……せお駅って読むの? これ……」 アナスタシアの目がきらきらと輝き、微妙なイントネーションでサタナチアが言った。 サタナチアにとってはボトムの人混みも交通の主要である駅も遊園地のようなものである。 『色々な場所に行ける場所』というだけで感動の対象であるのだが―― 「色んな人を見れるのも面白いわ。こういうのって何ていうのかしら、人間観察……? で、でも。わ、笑わないでよね」 ――実に微笑ましい所だ。 マジで街中にある非日常の塊は長径188メートル、短径156メートル、高さは48メートル、45000人収容を誇る楕円形のモンスターである。 「これがローマのコロッセオか、圧巻だなあ、おい。こういう時、表現の仕方が陳腐だと泣きたくなるな」 「フラウィウス闘技場……二千年近くも前にこんなものを作ったなんて……」 猛と並んで『それ』を見上げ、ふと口を突いたリセリアの台詞が彼女の博識を物語る。 『巨大なもの』を指すコロッセオの名は実は仇名である。正式な名称は建造に携わった皇帝の名から『フラウィウス円形闘技場』というのだが――コロッセオの方が圧倒的に通りがいいのはご存知の通りである。 「此処で格闘大会でも開いてるんなら、参加したんだけどなぁ……残念だぜ」 「見世物の剣闘、処刑の場……そして今は死刑が云々。作られてからの永い時を、この地の歴史の中に在り続けた物…… 闘技場での闘技大会なんて、今ではお話の中位になっちゃいましたね。今もそんなものがあるならば、興味はあるのだけれど……」 猛の軽口にリセリアが頷いた。少年は兎も角、意外とバトラーな少女である。 ローマ時代の建物は流石に殆どが朽ちており、フォロ・ロマーノに当時の名残を少し覗く位ではあるのだが。 街の中心部を覆う素晴らしい城壁と半分以上も残っているコロッセオだけは今も健在でその威容を損ねては居ない。 「いやー飛行機は眠れませんでしたし日本から長旅でしたし時差もありますし! 眠いですね! でもなんだか楽しくなってきましたよ宮部乃宮さん! ねぇ、楽しいですね! 宮部乃宮さん!」 「なんだ!? 眠いなら寝てろ! そのテンション何処から出したんだよ!?」 「乙女には秘密が一杯なんですよう!」 『引っ張られて』イタリアくんだりまでやって来て今『振り回されている』。 黎子と火車の関係は何となくくすぐったくて、何となく居心地が良い。それを自覚する火車だからこそ、つい悪態の一つも吐きたくなってしまうのだが――『秘密が一杯』らしい黎子の表情からは何を考えているのか読み取れないのが性質が悪いのだ。 「コロッセオですよ宮部乃宮さん! おっとチケット売り場にすごい列が…… しかしこんな事もあろうかと色んな観光施設に並ばず入れるローマパスを用意してあります!」 「ほぉ。そんなモンあんのか。隠密型らしい仕事できんじゃねぇか」 ローマは超メジャーなる観光地が故に兎に角待ち関係がしんどいのだ。日本から十数時間のフライトを要する旅先である。一般の観光にツアーが効いてくるのは時間を金で買うイメージである。優先で入れれば確実に回れる場所は増える。受け売りですけどね。 「おお……撫でてくれるなんて珍しいですね」 「でかした」と黎子の頭を撫でた火車は『やってから』ふと微妙な顔をした。 (……あかんコイツ朱子じゃない。油断するとこーなっからヤなんだよ……) 複雑な火車の顔を見て小首を傾げた黎子はある意味火車にとって『他人以上に触れ難い』存在であった。 死んだ恋人の姉を、どういう風に見ればいいのか――少し不器用な少年にはまだ分からない。 惹かれる想いは無い訳では無いのだが――何もかもが違う『朱子と黎子』を同一視しているかも知れない自分がブレーキになる。 「……なんだよ」 「変な宮部乃宮さんです」 「ああ、もう! いいだろ、んなもん!」 火車は力技で状況を何とかする事にした。取り敢えず大声で流れを断ち切って。 「おらサッサと行くぞボケェ!カス団潰して気分悪かねぇしなぁ!」 「んーそうですね! 行きたいところはたくさんあるのです、早速入りましょーう」 黎子は黎子でそれに応じた。 ボーイミーツガールは複雑だ。 「うむ、気儘な一人旅じゃ。バカチンの根比べに興味は無いんでのぅ。頭が挿げ替わろうと古臭い組織は何も変わらぬ!」 一方で清々しい程に単純に割り切った瑠琵が見所満載のローマの存在感に大きく頷いた。 「イタリア観光INポンペイ!」と気合を入れ足を伸ばしたらしい竜一とユーヌのカップルも気合は十分だった。 「すげえわ、ローマはやっぱ。カエサルは偉大だわ。ハゲの女たらしだけど」と賛辞なのだかディスなのか親近感なのだか良く分からないコメントを添えた竜一が漫画で男根崇拝があると読んだ事があるポンペイにユーヌを連れて行きたかったのは何故なのか。童貞の考える事は正直たまに分からない。ユーヌはと言えば恐らくは「おや、目隠しして今更だな? 竜一より大きいと言って欲しいのか? 比べてポークビッツか、とか?」等と表情も変えずに言うのだろうが。「実際のサイズは後ろの虎美に聞いたほうが早そうだが」いいのかそれで。 どうあれ一夜で消えた街に感じる諸行無常はユーヌにとってもロマンを感じるものなのだが。 「海外旅行でハネムーンだやったとか思ってたらお兄ちゃんはユーヌを取るんだねわかったよそんなお兄ちゃんの五十メートルぐらい後ろからイーグルアイでじっと熱視線を送ってあげるねそうあの隣にいるのはユーヌじゃなくて私私なんだよつまりブレラヴァを併用すればあそこでお兄ちゃんときゃっきゃうふふしてるのは私だって事になるじゃんやったねひゃっほーお兄ちゃん愛してる道行く人が変な目でみてるけど私気にしないだってお兄ちゃんがいればそれでいいしだから帰国したら婚姻届出そうね目の前でしてるみたいな浮気したらひどいんだから具体的言うとこのスタンガンでバチっとだからこっち向いてよお兄ちゃん!」 ……そんな事より、荒ぶっている虎美さんは多分どうしても止まらない。 竜一は自分の命運(フェイト)が一晩で消えていないかを心配するべきだろう。どうでもいいけど。 「この辺りは剣闘士グッズも多いね~☆ 見て見て舞りゅん、コスプレしてる人も居るよ!」 「ふおお、剣闘士の衣装があるよ、超かっこいい! お小遣いはたいて買っちゃうよ!」 「いきなり即断の大出費!? まだ先は長いのに!」 何が熱海なのだか分からない『熱海コロシアム』なアレは相変わらずの終と舞姫である。 コロシアムの近辺には多くの出店が並んでいる。飲み食いの移動販売車何かは特に目ン玉飛び出る位高いので注意が必要だ。 「ヒャッハー! 超テンション上がってきたー! そうだ、このまま観光しましょう! ほら、みんなも着替えて! はやく! 絢爛たる剣匠(ソードマスター)ブリュンヒルデ! さあボウヤたち、かかってらっしゃい!」 「ああ、舞りゅんが(いつもの)駄目な感じになってる! でもその心意気やよし! 颯爽登場! 美少年剣闘士、終君でっす☆ 舞りゅんは金髪碧眼って事もあってそれっぽいね~☆ よ! ローマのアテネ☆ でもこの格好でさむらーいを名乗るのは説得力無いよ☆」 「OH! SAMURAIGIRL!!!」 「いぇーい!」 荒ぶる舞姫が黙ってさえいれば美少女なのは何時もの事、終も旅行の所為かノリノリである。 日本人を見ると侍とか声を掛けてくる外国人がやたら嬉しそうなのもある意味の風物詩である。 実際街中歩いていたら「SAMURAI、うちの店いかがっすかねー」みたいな事言われたり……さて置いて。 主役級のコロッセオは勿論の事、流石のローマと言うべきか見て回る事を決めたリベリスタは多かった。 「まぁ、クライアントの面子を立てるのも仕事よね。 私はホテルでも取って休んでるわ。楽な仕事で助かるわ。 ああ、そういえば知り合いの傭兵仲間が生きている頃に絶賛していたわね。 『この国の刑務所の料理は高級レストランにも劣らない味』ですって。私には刑務所気分を味わう趣味は無いけれど」 ……勿論、こと『多様性』に関しては恐らく世界最強のアークである。 このセシルのようにいまいち観光に覇気を発揮しない人物も居ないではなかったのだが。 しかして、まぁ。大半はまずは何を置いても観光である。 「このローマはな、こっちの世界の人間の作った街じゃ――一番か二番目に古い街なんだぜ」 「すごい!」 「人間も建物も三高平と全然違うからな。俺はこういう古い街並みも好きなんだ」 ユーニアの言葉にエウリスがいちいち感嘆の声を上げていた。 フュリエにとっては見るもの全てが特別である。 「初めてみる道は新鮮でいいね♪ 観光の醍醐味ってやつだよ。 でも、スペイン広場と言えば……今はジェラートを食べたりは禁止なんだっけ……」 ふと瑞樹が呟いた。 実は特にちょっと表情を変えたユーニアの予備知識はローマの休日である。それが意味する所は、その心は…… (お姫様のエスコートか。我ながらベタ過ぎんな) ……口にするには少し……否、大分気恥ずかしい『事情』である。 「後は真実の口も鉄板かな」 ガイドブックを片手に辺りを見回す『如何にもジャーニー』な瑞樹。丁度それを耳にしたユーニアがエウリスに水を向けた。 「そうだ。俺達も――真実の口に行ってみるか」 「真実の口?」 「老人の顔がレリーフになってるんだ。口に手を入れて嘘を吐くと抜けなくなるみたいな……」 「な、何だかちょっと怖いね」 ユーニアが誓う予定は「俺はどんなことがあってもエウリスを守るぜ」。 当人を前に気後れしなければそういう予定になっている。真実にする心算なのである。 「そうだ! 真実の口に手をいれにいくのだ! 僕は偽りも嘘もないからな! 手を入れる位天才的に考えて簡単な事なのだ!」 真実の口の話を聞き、すっかりその気になっているのは陸駆も同じである。 「でも念のため和泉にも一緒に来て貰うのだ。和泉が先に手をいれたら僕も入れるのだ。怖くないぞ! 天才だからな」 女の子に毒見をさせれば『ご祖母堂』も悲しもう。されど和泉は「はいはい」と困った少年の台詞にもニコニコと笑っていた。 「終わったらご祖母堂へ証拠写真を送るのだ」 「ああ、そうそう。郵便を出すならヴァチカンに足を伸ばした方がいいですよ」 和泉の言葉に陸駆は首を傾げた。 「イタリアの郵便はいい加減なんです。ヴァチカンは正確ですからね」 一応、別の国であるが――出入りは極めて簡単だ。少なくとも神秘ならぬヴァチカンは。 「それにしても……街の中にフツーに遺跡があるんだね。すごいなローマ!」 「まこにゃん、トッレ・アルジェンティーナ広場ってトコに行きたいんだっけ? いいわよ、行きましょ」 「わあい! 何だかのらねこちゃんがたくさん住んでるんだって。それが見たかったんだぁ♪」 真独楽が言う通りローマの到る所には遺跡が山程眠っている。眠りから目覚めた遺跡も相当数保存されて残されている。 「しっかし、こんな大規模観光都市で神秘を秘匿してるってのは凄まじいぜ。 三高平市も神秘都市だが規模と性質がまるで違うな。たとえこの都市で神秘絡みの事件が起きたとしても、『別のもの(神の奇跡)』として捉えられちまうんだろうな。こういう木を隠すには森の中式の神秘隠蔽法もあるってことか」 成る程、影継が感心するのも当然である。街中には唸るほど教会やオブジェが存在しているし、市内を巡る観光バスの車窓から飽きない程度には、覚え切れない程度に遺跡を含めた『そういったもの達』が覗けるのである。 「あのオブジェ、ウィルモフ・ペリーシュの作品って言われても疑わないぜ」 あるんだ、街中にそんなもん(前衛芸術系)が大量に。 そして、人類史に確かな意味を刻んだ遺跡達が最近は専ら野良猫の家になっているというのは全くもって事実であった。 「杏、あの高い所でライヴとか出来たら凄いのにね♪」 「まこにゃんが望むならアタシは官憲だって恐れないわ!」 恐れて下さい。 ……しかし、何はともあれローマは凄い。 「ふらふら来たはいいけど、ヴァチカンてなんだっけ? イタリア? イタリアってどこだっけ……ええと、だれかにくっついていけば名所とかには行けそうだからそれで……」 例えばこんな有様の涼子でも全く問題なく見れるものを見れるのはある意味親切と言えば親切なのかも知れない。 「古代遺跡ってえぇよなぁ……浪漫溢れるやんなぁ…… そういう訳で突発イベントや! オカ研メンバーと古代ローマ遺跡巡りやよ!」 「おー」 「ま、メンバーじゃないけどね」 【オカ研】組長の椿の景気のいい掛け声に些か覇気の無い声を上げたのはシャルロッテと彩歌、プラスアルファの爽やか坊主であった。 「ヴェネツィア広場とかサンタ・マリア・イン・コスメディン教会選ばない辺りセンスを感じるわ。 中に入る場合は事前予約必要らしいけど。その辺は上の方に掛け合えば何とか。まあ黄金宮殿が駄目ならあのコロッセオもあるしね」 「……そういえば、黄金宮殿ってまだ未発掘の場所が多いんよな? ほら、うちESPあるからバレへんやろし、こっそり入って、曰くありげで面白そうなもんあったら部室に飾れんかなぁ……とか。 コップでも、彫刻でも……凄い興味あるし……」 「行くの? すごいわね。勇気ある」 「えへへ。色々みてまわるって面白いよねー」 椿の不穏当な発言に彩歌が感心し、シャルロッテは良く考えずにニコニコと笑っていた。 ※洒落にならないので辞めましょう※ 「……せやな」 はい。 「……ま、生憎私は公の場でアークの看板背負える程の器じゃねえですからね。式典とか御免蒙りますし」 「フッ、当然と言うべきか。俺もそういうの得意じゃないぜ」 「……皆まで言わずとも、風斗さんにそんな事を期待している人物はいません」 「照れるな」 うさぎと風斗が夫婦漫才(?)をしているのは【白黒狸兎】のワンシーンだった。 (い、い、いかん、いかんぞ! 海外なんかでまたそぞろにライバルが増えては困るのじゃ!) アウトさんの周囲は相変わらずながら今回は通訳を買って出た冬路や、 「楠神さんに『付いてこい』と言われました。 私という存在の必要性を演繹的に推測した結果。 1:現地地形の把握、ナビゲート。 2:翻訳者とハイテレパスで接続し言語問題を排除する――の二点が目的であると考えられました。 故にイドはローマの地図のみならず、有名店や各種観光施設の存在を脳内に記憶し。 また瞬間記憶を用いたこの遠征の記録係を受け持ち、後程記録媒体を変えて同行者に配布する計画と準備を有しています。 尚、服は市販の洋服を装備しています」 このイドといった少女(……と言えるかどうかは微妙だが)達の姿もある。 「……いや、イド? これは任務とかじゃなく、観光な、観光? もっとこう、日本には無い光景を楽しんだり、ご当地のメシを味わったりだな……ええい、いいからついてきなさい!」 「はい、移動します。リベリスタ」 「うさぎ、お前もこの子を気にして手伝ってくれ!」 「しかし、なんじゃろうなあ。 昔は考えもせんかったよ。こうやって、好いた者達と、別の国を平和に歩くなんてのう。ふふ、なんだか夢みたいじゃ」 風斗は必死にイドに観光の目的を告げ、冬路はもじもじしながら多幸感に浸っている。 「公の場で無いにせよ、アークの一員としてこの土地に着てるのですから。 変なトラブル起こして勤め先の名前に泥を塗るような事は……あ、でも。私、知ってますよ。 この後、無駄な色気(テンプテーション)を振りまきまくって卜部さんがナンパされて風斗さんが止めに、ああ、喧嘩は…… ……あー、手伝って下さい、街野さん。あいつら止めますよ、物理的に」 台詞の終わりも待たない辺りが如何にも主人公体質の風斗さんの本領発揮なのだった。 こいつ等はこいつ等で飲み慣れた味噌汁みたいな安定感を感じるが、初心者カップルめいた組み合わせも中々宜しい。 「り、涼……? お任せしてるけど、どこに連れて行ってくれるの?」 「一度行ってみたかった所かな」 たかが呼び捨てにするだけでもアリステアにとっては気恥ずかしい作業であった。 恋に恋する少女にとって、初めてと言ってもいい――少なからず現実的に意識する相手である所の神城涼はやはり特別な相手と言えるのだろうか。ローマの石畳をゆっくりと歩く。歩幅の小さいアリステアに合わせるように歩く涼である。やがて目的地が近付けば街角にしつこい位に矢印と『とある場所を示す名前』が目に付くようになった。 細い路地の向こうに不意に開けた空間があった。それは―― まさにローマでも指折りの名所であるトレヴィの泉であった。 幸運にも時間がやや早かった為かツアー客の人だかりは避けられたようだった。 見事な彫刻の吹き上げる水、晴天の下に飛沫を上げるそれは何とも言えぬ圧倒的なスケールを感じさせるもの。 噴水の下、水の中に溜まった無数にも思える硬貨がこの場所を訪れた人間の願いを物言わず語っている。 「このへんの彫刻のセンスはどうかな。て思うところもあるけど。 ――ね。キミはこの泉に伝わる言い伝え、知ってる?」 「良く分かんない。コイン、投げるの? じゃあ涼と同じ二枚投げてみるね」 後ろを向いた涼に倣い、予め用意した一ユーロ硬貨を二枚。無邪気なアリステアの言葉に此方は『二枚の意味を知る』涼は軽く笑った。 彼の指が硬貨を二枚指で弾けば、涼やかな音がした。口には出さないけれど―― (キミと一緒にいられればいいな、って――神頼みするようなガラじゃないけどもな?) ――信じたい奇跡もたまにはあるものだ。同じようにコインを投げたアリステアがトレヴィの言い伝えの意味を知るのは帰国後の話。 そして偶然にこの時、この場所を訪れていたリベリスタ達がもう二組。 「やってきましたイタリアはローマ! 勇者なんて役柄から千光年は遠い俺は観光に専念しちゃうぜ! 色々と観て回る予定はあるが……先ずは有名所のトレビの泉だな」 「おお、すげえ……思ってたよかでっけー。青い空と白い建物の対比が綺麗っつーかスゲーな、これ」 一組目は――この場所を『始まり』に選んだ喜平とプレインフェザーのカップルである。 此処に来るまでも手を繋いで歩いていた辺り、三月の陽気にも『お熱い』二人だった。 「投げてみようか」 「ああ。コイン投げは勿論挑戦しないとな」 一瞬、超頭脳演算でも……何て考えたのはリベリスタの業である。 直ぐに自力で上手くやろうと思い直した彼女は「何時もの御褒美頼むぜ、神様」と可愛らしく天に祈ってみたりもする。 全く以心伝心で――敢えて言わずとも二人が二人揃って二枚の硬貨を握っていた。 (隣に居る大好きな人と 死ぬまで一緒に居られますように) 背後から、水音が響き渡った。 「富永はどのお願いにしたんだ? あたしは……秘密で。……もう、言わなくたって分かるだろ?」 視線を外して拗ねたように言ったプレインフェザーに喜平は軽く胸が一杯になる。 「それ以上は聞かないよ。効果の程はこれから日々で自ずと分かるだろうからね――」 もう一組はトレヴィを最後に選んだ二人である。 『ヴァチカンに呼び出されたのはアークのリベリスタである。従って自営業の一般人である自分は関係の無い事だ』。 見事に知己のモニカと大差無い強弁で『ローマの休日』を洒落込む事に決めたエナーシアは全くマイペースそのものだった。 「トレヴィの泉とは、王道ですね!」 「イタリアには前に一年位居たんだけど。ずっと裏のほうばかりだったので観光名所とか行ったことはないのよね」 世界規模の根無し草だったエナーシアの場合、一箇所に長居をする事は却って珍しい位の話であった。当然のように同道した桃子に言わせれば「えなちゃんとイタリアデート!」である。 「えなちゃんかわいいえなちゃんかわいい!」 「どうして鼻息が荒いのでせうか><」 エナーシアが一般人であると主張するのと同じ位に胡散臭い桃子のノーマル宣言は何時もの事。 コロッセオにパンテノン、オベリスクに凱旋門――敢えて『ベタ』に回ると宣言しただけはある。 ジェラートとカメラを片手に時折手など繋いでみては実に微笑ましい少女達の光景である。 「実はここがメインで最後なのだわ」 「では、アレをやるですか」 『アレ』と口にした桃子がエナーシアをけしかけて『決めた』涼の決定的瞬間を収めていた事――その使用目的、用途は知らない振りをする事として。トレヴィの泉に仲睦まじい男女ないしは女女が訪れればやる事等最初から大体決まっていると言えるだろう。 「折角なのでGPコインを二つ、揃えて一つに見えるように。準備は良いです? 桃子さん」 「この桃子さん、不覚は無いのです! 士道不覚悟は切腹です」 「何だか分からないけど、物凄い気合なのです><」 「せーの」という掛け声と共に硬貨が宙を舞う。後ろ向きに投げ入れられたコインは一枚ならば再びこの場所を訪れられるよう。三枚ならば誰かと別れられるように。二枚ならばその逆だ。ずっと一緒にいられますように―― 「――楽しいコトを続けましょう」 ――零れた言葉が少女の笑顔と共にイタリアに咲いていた。 苦労をした分のリターンは享受されるべきである。 入場待ちの行列を超えてコロッセオの中を見て回った面々は全く馬鹿馬鹿しい程に壮大なそのスケールに少なからぬ驚きを感じていた。 (今まで散々ケンカに明け暮れたけど。命の取り合いまではした事はなかったな。 なんだか遠くに来ちまった気がするよ……昔はそれが当たり前だったろうに) 闘技場の中心、復元された舞台の一部を眺めて嘆息したのは成果である。 「強くなるさ……まだまだこれから」 呟いた台詞は誰に言うでもないものである。 感慨に耽る成果の一方で上がるテンションを堪え切れない二人も居た。 「ぬおー! でっかーい! ナゴヤドームよりでっかーい!」 実に単純明快で分かり易い歓声を上げたのは『ナポリタン』の筆文字と絵の入った不思議なTシャツを異文化コミュニケーションの切り札に頼む美虎だ。ちなみに同道の『兄貴分』である隆明も何時ものマスクを外している。 「テンション上がるな美虎! 古代ローマの象徴! 幾人もの闘士が血を流し戦ってきたって考えると燃えるな! 燃えるぞ!」 「隆明こっちこっち。一緒に並んで? いぇーい!」 「うっは、こりゃいいや! カッケぇ! よっし、写真撮ろうぜ! 美虎! ……すいません、写真お願い出来ますか?」 「ん? ああ、いいぜ」 サングラスを掛けた長い金髪の男はつい日本語を使ってしまった隆明に驚くべきか見事な日本語でそう返してきた。 彼がちょっとした驚きを感じるよりも早く「いいから二人で並んどけよ」と促した男に従い隆明と美虎はポーズを取った。 そして、軽快なシャッター音。 「はい、おめでとさん。いい思い出にしとくといーぜ」 カメラを返した男は口元に軽やかな笑みを貼り付けて礼を言う二人にひらひらと手を振った。 ……よくよく見れば、観光地の異常な昂ぶりを抜いて見れば。革醒者は同じ革醒者を感知出来るものである。 目の前の『彼』がそんな存在である事を隠していないのであるとするならば、全くそれは当然――周囲のリベリスタ達にとっては寝耳に水で、青天の霹靂で、想像外の『非常事態』に違いなかった。サングラスを掛けているから、適当に縛った髪型が少し違うから。ジーンズを履いて蒸しているからか腰に脱いだ上着を巻いている。ラフな衣装が余りにも『正装』とは違いすぎるから――すぐには気付かなかったが彼等は『つい最近』目の前の男の顔を見ている。 「キース・ソロモン!」 酷く場違いに嬉々とした声を上げたのはコロッセオを染み付く唯の観光地ならぬ空気に感銘を受け。 何より念願の欧州に(強敵との)出会いの予感をひしひしと感じていた天乃であった。 「アイハブ……ナイトエラントリー。レッツファイト、ウィズミー」 「日本語で分かるってよ」 「要するに私と闘おう」 「いやいや、出会いが衝撃的過ぎるだろ。口説くなら、今度ジェラート奢ってやるからもっとムードでもくっつけてよ」 「むぅ……」 酷く気安くさりとて歴戦の戦士が『反応出来る余地も無く』ぽんぽんと頭を撫でたキースに天乃が小さな唸り声を上げた。 リベリスタ達の動作は早く、現場付近に居た仲間達はすぐにその場に集まっていた。平穏のコロッセオの真ん中に平穏から最も程遠い男が居る。輪を作るようにしたリベリスタ達の中心に本来のこの場所に誰よりも『そぐう』男が立っている。 「しかし、ニアミスとは驚いたぜ」 翔太の言葉にキースは小さく肩を竦めた。 「俺は別に驚いてねぇぜ。元々、オマエ達が呼ばれるかも知れないってんで――よ?」 「狙い通りって事か? 人気が無いなら怪我しない程度に『付き合って』やってもいいけどな――」 「――狙いなんてねぇよ。俺はしたいようにするだけさ」 優希と共に現場に駆けつけた翔太がちらりと相棒を確認した。 観光客でごった返すコロッセオで彼が暴れたならばそれは大惨事になる。翔太としては状況を大人しく収めるのが最良だ。 「……お前もこの風に惹かれたって事でいいのか?」 「ああ。最高だろ、コイツはよ。まずデケェ。それからアツイ」 優希の言葉に笑ったキースは首を鳴らし背伸びをするようにしてコロッセオの空気を吸い込んだ。 「コイツには千年過ぎても消えねぇ血の臭いがこびりついてやがる。ま、今強く臭うのは最近俺がつけたもんだけどよ」 屈託無い笑顔でとんでもなく物騒な事を言う。 リベリスタに知る由も無いが、彼がこのコロッセオで――夜のコロッセオで『ヴァチカン』と一戦交えたのは極最近の出来事である。 報告書の通りの男に――優希は苦笑いを浮かべた。同時に安堵もしていた。 成る程、キースの目は青いままだ。恐ろしく強大な存在感には殺気らしいものがまるでない。 「やり合う気は無い……という訳か」 「こんなトコでやったら……無意味に人殺す趣味はねぇんだよ。『狩った』ばっかで満腹だしよ」 優希の問い掛けにキースはさもない事のようにそう言った。 『親友』が日本でやらかした大惨事に加担しながらこの物言いは――何とも言えずバロックナイツである。 要するに彼は『無意味でなければ別に殺す事事態を忌避していない』という事だろう。さりとてその言葉は今は助かる部分がある。 数人のリベリスタが束になったとしても余りにも荷が勝ち過ぎているのは明白である。 「期が熟したら遊んでよ、剣闘士にも休息は必要。そう思わない?」 「ラブレター送りたい位だぜ」 葬識の言葉に軽く応える。 「この先の方舟はメタ・スダンスで休憩する暇もないんだろうね。 日本の方舟は六日と七夜を超えたあとは――どこにたどり着くんだろうね?」 「あの世(あっち)かこの世(こっち)か。ケイオスに会えたら宜しく言っといてくれよな」 「キースちゃん、自分で言えばぁ?」 「あん? 良く切れる鋏は――錆びないようにもっとピカピカに磨いとけよ?」 「楽しみだねぇ!」 冗談にもならない冗談をかわす二人はどちらも十分物騒だ。 「では俺も一つだけお前に告げよう」 「ほう?」 視線を向けたキースを真正面から見据えて優希は丹田に力を入れた。 「バロックナイツが立ち塞がるというのであれば――俺達アークはこの拳で、風穴を開けてくれる。それだけは覚えておけ」 凛然とした宣誓を――見事な宣戦布告を受けたキースは破顔した。 やたらに――無駄に爽やかに。端正過ぎる程端正な甘いマスクは熱烈な恋をしているかのようだ。 「ああ。そうそう。やっぱ、そうでなくちゃ嘘だろう? 実はバロックナイツがどうこうとかどーでもいいんだけどよ。もう、今ときめいちまってどうしようもねぇ。 俺もその内日本(そっち)に遊びに行くからよ。まぁ、何つーか『本気の歓迎』ってのを楽しみにしてるぜ!」 ●ヴァチカン 「少しは見直したかい?」 「ええ、あなたは結構キマってると思うわよ。でも、超幻視はどうしたの? ……何だか、すごく変よ」 花粉だけならば耐えられる。 愛があっても耐えられないのは花粉と脂粉の組み合わせである。 こんな場所だからこそ、連れ立ってやって来たカイと藍の夫妻は息の合った掛け合いを見せている。 「それにしても、重要な時期とは復活祭の事か。コンクラーヴェの後だからか」 予定通りフォーマルなスーツを着て格式ばった会場を見回したのは好機に情報収集の一つもしてやろうかと思っている疾風であった。 ローマ市内に存在する『世界最小の国』はれっきとした独立国である。 ベニート・ムッソリーニの時代に正式に独立国家として承認されたこの国は千葉辺りのテーマパークにも及ばぬ程度の国土しか持たないながらも、ある意味で世界中に強力な影響力を発信している不思議な場所でもある。 (エウリスちゃんのお姉さんとしても、フュリエ代表としても、変なところは見せられないっ……!) 「エフェメラ、大丈夫?」 「も、勿論。大丈夫だよ!」 漲る気合で緊張を振り払ったエフェメラを『ボトム慣れ』しているエウリスが逆に気遣っている。 お姉さんと妹の関係が裏返る時もたまにはあるという事か。 しかし、何事もポジティブなエフェメラは「少しでも好印象になるように頑張るよっ!」と前向きに気合を入れている。 「ヴァチカンのう……アークと親戚みたいな正義の味方と聞くが、どのような感じなのじゃろうか?」 「うーん、コメントが難しいですわね。取り敢えずミストラルさんはご飯を食べていれば大丈夫だと思いますわあ!」 「む、そうか。それならば妾も得意じゃぞ」 ミストラルとクラリスのやり取りに理央が軽く肩を竦めた。 「『ヴァチカン』も色々だね」 宗教家が何か問題を起こさないとは言い切れない昨今である。 「内部は腐っちゃいるが、あいつらの実力は本物だろうな。 室長の『政治』は案外台所事情の厳しい連中の都合に関わる部分かも知れないな?」 達哉の言葉に肩を小さく竦めたのは沙織である。何処から何処まで信憑性のある話かは分からないが、確かに昨今世情を騒がせる事があったのも事実である。そんなやり取りに『ヴァチカン』周りで響いた醜聞を何となく思い出し、イブニングドレスを纏った理央がアルコールの無いシャンパンを軽く舐めた。 「枯れ木も山の賑わい……私は癒すしか能がない身ですしね」 「シエルさんはラテン語が出来るみたいじゃないか」 「……それでも、です。私はこれで仏教徒のようなものですし、『ヴァチカン』には敬意を持っていますが」 1965年に『ヴァチカン』が可決承認した『諸宗教宣言』は彼女にとって特別なものである。 『ヴァチカン』の表と裏がどの位密接な関わりを持っているのかは――少し分からない所ではあるのだが。 「そういうものか」 化粧を薄く纏い、髪の毛を真っ直ぐに下ろした理央は中々どうして大人びていて『素敵』なのだが、シエルは兎も角、日本人の理中にとっては言語の壁は小さくない。理由は違えど専ら壁の花に徹する事に決めた彼女は周辺の人々を観察するように『失礼ではない程度』の視線を向けていた。 (それにしても、こんな所があるなんて――ね) ヴァチカン市国の面積は約0.44km2である。一体『何処でやるのか』という疑問も無い訳では無かったのだが…… 開かれている場所とそうでない場所の情報が一致しないのは神秘業界の常であった。 一行が地下に降ったその先には――人々が知らぬ秘奥の一が存在していたという訳である。尤もこれは入り口に過ぎないのだろうが――少なくとも今日のアーク一行にとっては目的地なのだった。 「それにしても綺麗な建物に、素敵な壁画もあったわね。私、少し驚いちゃった」 「ん? ああ、俺は良く分からねーけど。まぁ、確かに凄かったな」 ニコニコと笑うニニギアは『ヴァチカン』の文化的価値に興味を示しているようだったが、少し生返事になったランディの方はそんな事よりも長い裾のドレスを着た『彼女自身』の方が気に掛かっていた。 「……これでも緊張してるのよ。話、聞いてる?」 唇を少し尖らせたニニギアにランディは「ああ」と頬を掻いた。 「俺は柄じゃないけどな。……ニニは教会育ちだったな、こういう雰囲気は懐かしいか?」 「うん。何だか、いいなって思うわ」 肩にそっと触れたランディにニニギアはすぐに機嫌を直した。 当然ながら『倒されたケイオスに間違えられる事も無く』。自身をして『絶対にオールバックにはしない』と硬く決めたミカサが珍しくフォーマルな礼服を着て、色つきのグラスを外している。 「カトリックの総本山ね……昔イタリアに居た頃も近寄らなかったわ。元は正教徒だったしね。 まぁ、二十年前の下っ端諜報員の事なんて誰も知らないとは思うけど」 ミカサがエスコートするのは『愛らしい天使のようなその顔』を何となく仏頂面にしたエレオノーラであった。 フォーマルな服装を、厳密なドレスコードを――突然言われて対応出来る人間が多い筈も無く。ヴァチカンからの招待に出席する事を決めたリベリスタ達の多くの面倒を見たのはあの沙織なのだが……エレオノーラのこの表情の理由はそこにある。 「良く似合っているのに」 「……それがかえって嫌なのよ。言ってないのにサイズまで完璧だし……」 不必要な程に完璧に似合う白系統のドレスは決してエレオノーラに『彼』なる代名詞を使用しないやみの潔さの表れである! 「ヴァチカン……良いね。イタリアはバロック建築発祥の地だから興味深いよ。芸術と建築の妙、見惚れ過ぎないようにしないとね」 「今度はそうしてね」 エスコートすると言ったミカサが『ヴァチカン』の建物の荘厳さに魅せられ、軽くつねられたのは置いておいて。 かくて招待を受けた沙織以下、多くのリベリスタ達は――『ヴァチカン』の求めに応じて今、式典パーティの最中に在るのであった。 「折角の招待だ、思惑はどうあれ豪奢なパーティを堪能させて貰おうか」 「政治の事は分からぬが、うむ。この制服は私も一度は着てみたかったのだ!」 『キングオブイリーガル』と呼ばれるからには子供のなりでも白いスーツを着る福松はそれ相応に決めていた。長身にタイトスカートが良く映えるベルカもある意味でとても『アークらしい』正装で話を聞きに来た参加者に『個人の話』と前置きした上でアークの武勇伝等を披露していた。 日常では余りお目に掛かる事は無い、実に煌びやかなパーティである。 「緊張してる? でも、気後れする事無いぜ?」 「緊張はしているがこういう場は初めてではない。が、気遣いは嬉しく思う」 「うん。じゃあ良かった。笑顔で立っていれば、それだけで立派にお姫様に見えるんだから」 「……ん」 冗句めいた琥珀に目で頷いたフィリスはふと悪戯気を覚えて歓談に近付いてきた『ヴァチカン』の男に微笑んで言った。 「アークの末席に籍を置かせて頂いております、フィリス・エウレア・ドラクリアと。 『極東の勇者』と言えるほどの実績はありませんが、後学の為に参加させて頂いた次第です。 此方は――我が勇者の浅葱琥珀と言います、宜しければ覚えて差し上げて下さいませ」 「……おいおい……」 これには琥珀の方が少しやり難そうな顔をして、男の方は仲のいい所を見せた二人に「成る程!」と拍手をした。 「悪いな、一緒に来てなんて無理言ってさ」 「急に呼び出して、何事かと思えば……外国のパーティーだなんて、ビックリだよ」 「ドレス姿似合ってるよ」 「ううん、平気。それに嬉しい。俊介の役に立てるのならどこへでも、喜んで……♪」 『久し振り』に仲の良い所を見せている俊介と羽音の向こうには、 (……何事も無ければ良いのだが……) 会場には『着慣れた』制服と軍人らしい厳粛な雰囲気を纏い、異変が無いか辺りに気を配るウラジミール、 「制服を着て黙って立っていればお金が貰えるなんて……なんて私向き」 「ア、アークの代表として、だもんね……すごく緊張するの。 ルメ、イタリア語とか普通に喋れるけど……うっかり変な事言わないように気をつけないと……!」 同じ【なのはな荘】の住人でも対照的な反応を見せている小梢とルーメリアの姿もある。 「SHOGO、ワタシとセンドーシャ・ファイトデース!」 HOUOUってSHOGOにちょっと似てる――そんな理由でここに居る完全に緩い翔護は気楽に楽しそうである。 (一難去ってまた一難。問題は一難で片付くかという事ですね。 私のような若輩がご一緒していいのか悩みますが、これも経験でしょうか) 一方で少し難しい顔をしたミリィが内心だけで呟いた。 「まぁ、マナーは『将校の嗜み』である。何らうろたえる事は無い」 「……そうですね」 「『副官』は『上官』を立てるものだからな」 正しく上下がある訳ではないが、先の決戦でのミリィの活躍を引き合いに出してリオンは軽く冗談めいた。 無論、その言葉は少女の可憐な面立ちを解す為の――これは『紳士の嗜み』である。 確かに示威的な意味も政治的カラーも強い自己主張の旺盛なパーティである。さりとてパーティはパーティでもある。素直に楽しいかどうか個々人の状況の受け止め方でかなり異なるだろう。確かに小梢の言う通り『居るだけで仕事が済む話』でもあるし、気楽に楽しんでいる翔護にも特に問題はあるまい。同時にルーメリアの言う通り、ミリィやリオンの様子を見るまでもなく『緊張する現場』でもあるのだからやはり難しい。 「勇者ね……言葉通りの意味にとっていいのか疑問ではあるが。 これを機会に、こちらからの反攻に転じるきっかけになればいいんだが……」 『事情の多い』リベリスタであるから、エルヴィンの仮面着用での出席は認められた。 (世界には『最強』があふれている。『国内最強』、『十三人で世界最強』、『最強のリベリスタ組織』。えとせとら、えとせとら。 成る程、彼らは強いのだろう。比べるまでもなく。戦うまでも無く。だが。はたして。彼らは『最強』であろうか。小生は否と考える。最強とは『孤』でなくてはならぬ。『個』で無くてはならぬ。そうでなければ意味が無い。そうでなければ甲斐が無い――) パーティには少女にも見える可憐な姿には相容れぬ『獰猛』な思考を巡らせるいりすのような人物も紛れている。 「……ま、それはそれとしても。強そうなの一杯見かけてるから面白いって言えば面白いけどね」 ……やはり、良くも悪くも如何にも『ヴァチカン』らしい他の参加者に比べればやはりアークの面々は非常にバラエティに富んでいると言えるだろう。 「こないだ来たからねぇこっちにぃ。とはいうもののぉあたしゃ運転手だからねぇ。別にどーでもいいけどぉ。 っていうかこういうとこは嫌いだよぉ。神やら信仰やらはねぇ。まっイヴたんがいるかなぁと思ってぇ」 「失敗したわ、普通に観光にしておけばよかった。久々のイタリアなのに勿体ないことしたわ……」 イヴが「しーっ」とジェスチャーをやっている御龍も、『自前の子供用ドレス』を着たソラにも。アークらしいと言えばアークらしい奔放な面子にとっては特にパーティは少し硬すぎると感じられたようだ。イタリア行きを決めた理由は溜まりに溜まった学校の業務から逃げる為だったのだが――パーティに出て愛想を振りまくという行動は不慣れでは無いが今の彼女には別に楽しい事ではない。それでも強かに「にっこり笑って相槌打ってればいいんでしょう?」と言ってのける辺りは中々堂に入ってはいるのだが。 「しかし……フォーマルな格好って、ピンと来ないな」 露出を抑えた黒のドレスの裾を摘み、杏樹が眉をハの字にして何とも微妙な顔をしていた。 彼女の普段の服装は修道服なのだから、言ってしまえば『ヴァチカン』にとっては『究極のフォーマル』なのかも知れないが。 「素敵な機会に……信頼出来る方と御一緒出来て嬉しいです」 「……ん、そうだな」 リリの言葉に頷いた杏樹は『ブン殴ってやりたい相手』のお膝元で大人しく澄ましている自分に軽く苦笑いを浮かべていた。 同じ黒いドレスを纏ったシスターでも『神』なる存在に表裏を向ける杏樹とリリはこの場への反応が異なる部分がある。 二人のシスターにリリの兄である『不良神父』ロアンを加えた【銀十字】の三人はアークの重要人物であるイヴを護衛する為にこのパーティにやって来た。聖職であるが故、何れも十字をあしらった何かをその身につけている。やはり――職分柄も含めて『ヴァチカン』からの覚えは良いのかも知れなかった。だからなのかは三人には定かでは無かったのだが―― (これはこれは……予想外の大物が来た) ロアンは穏やかな笑みを浮かべたまま、自分達に近付いてきた男を内心だけで値踏みした。 世界最強にして最凶。信仰と狂気は紙一重。「胸糞悪いけど、興味はある」とはロアンの間違いない本音であった。 「同じ信仰者として、純粋な畏敬の念を持っております。この喜ばしい場にお招き頂けた事、とても光栄に思います」 リリは微笑んだ。 「初めまして、聖なる方――お勤めを有難う御座いました。『枢機卿』」 齢は七十過ぎ程だろうか。革醒者たる彼に『外見年齢』は意味は無いのかも知れないが。 「長旅をご苦労様です。日本における皆様の活躍、神の意志を届ける活躍を我が事のように喜んでいますよ」 聖職の彼等は『イタリア人枢機卿』の事を知っていた。 アゴスティーノ・ベルトリーニ枢機卿は折り目正しく挨拶をしたリリに穏やかな微笑を浮かべている。 (きっと超つえーリベリスタなんだぜ。間違いない! 前の法王もすげーオーラ放ってたしな!) ラヴィアンの考えた『それ』はある種の最大のタブーである。 『ヴァチカン』の幹部が如何程の能力の持ち主か等は当然分からないが、重要なのはアゴスティーノを含む複数の『枢機卿』がこの会場に居る事であった。 (あの破滅の魔女めの裏をかく――『連携』出来る相手足り得ればよいのじゃがな) 畏まった顔で佇む桃子の傍らではメアリが抜け目無い視線を枢機卿達に投げていた。 「……失礼。私の名前は新城拓真と言います。 ……少しばかり、お尋ねしたい事があるのですが宜しいでしょうか」 「ふむ?」 「ヴァチカンの……いや、あなたの正義はどの様な物を指すのかと……一度伺いたいと思っておりまして」 アゴスティーノが声に振り向けばそこには静やかな悠月を従える拓真が立っていた。 (水面の下に何の思惑が存在しない訳も無いでしょう。しかし、この場、この機会。又と無い。 欧州の在り様……しかとこの目で確認させていただきます――) 楚々とした悠月は敢えて拓真よりも前に出る事は無い。しかし玲瓏な彼女の瞳はある種の冷たい鋭さを帯びていない訳では無かった。 「難しい事をお尋ねになる」 「……申し訳ありません」 「いや、『私がそう思う程度の意見』を言うならば簡単ではありますが。『ヴァチカン』のそれは生きている。『神の意志』に添い遂げるのが我々の役目なれば。それを簡単に口にする事は――軽挙と言わざるを得ますまい」 アゴスティーノの抱く空気は穏やかながら酷く絶対的なものがあった。 拓真は喉から出かかった次の言葉を『本能的に』引っ込めた。 彼が只者ではない事は明白。彼を含む『枢機卿』は厳密なルールは兎も角、事実上は『法王』に昇る為の選挙権を持つ『ヴァチカン』の有力者達である。その全てが異能者であるかどうかは知れないが――『ヴァチカン』の裏側に――『そんな人物』が顔を出す以上は、神秘界隈の噂話も、ロアンの予想も幾らか裏付けられたと言えるだろうか。 「御高名は予ねてより。伝え聞く伝承、伝統も輝かしい。 我々まで招待された事に対し、不肖酒呑雷慈慟。一組織員と致しましても、光栄至極に存じ上げます」 「これはご丁寧な挨拶を。痛み入ります」 腹の中の『威容や自尊心を満たす事よりもすべき事がある筈だが……』、『誓約に……制約が 彼等の強さなのだろうか』両面の想いを押し殺し顔にはまるで出さずに挨拶した雷慈慟にアゴスティーノが会釈をする。 そんな男達のやり取りを片目を瞑って眺めているのは涼やかな笑みを浮かべた珍粘であった。 (度を超えたものは何だって狂気ですけど。きっと彼等の信仰もその域に達してるんでしょうねー。実にいい) 慣れないフォーマルなドレスは沙織のセレクトだ。名前さえ聞かなければいい所のお嬢様にも見える珍粘は仲間と枢機卿のやり取りを眺めながら、細いグラスに白い唇を当ててくっと傾け、『目的』を続行する事にした。 (後はそうですね。革醒者は美形が多いですし――綺麗所のレベルを見れば、その組織のレベルも分かろうってものですよ!) アゴスティーノは言う。 「何れにせよ、皆様には楽しんでいただきたく思います。 皆様が『我々の友である事が証明されれば』これに勝る喜びは無いのですから」 「……だ、そうだぞ。お言葉には甘えなくてはな?」 「……言うわよね、オーウェン」 自身に水を向けた恋人に未明は少し唇を尖らせた。 「こう言ったフォーマルな場所も、お前さんと一緒に来て見たかったのだ……それにお前さんのドレス姿も見られるしな?」 「ああ、もう! 言っておくけど、仮に私に振られても――難しい話は全部任せるからね!?」 少し意地悪く口の端を持ち上げたオーウェンは決まり過ぎる位に決まったいでたちで全く物怖じをした所が無い。さりとて『普通の女の子』である所のパートナー・未明の方は場所の空気に少し惑っている所があった。彼女はどちらかと言えば生真面目な性格であるから、 「物慣れず緊張していましたけど、皆さんのお陰で漸く気も解れてきたところです」 「おお、それは結構。では、この時間にも神の祝福がありますように」 ……等と『張り付いた笑顔』と辛うじて事前に予習した英語の定型文で『危機』を避け。 クスクスと笑うばかりで『この位までは』助け舟を出さない隣のオーウェンを睨んでいたのだが。 注目を集めるという意味ではとっておきの加賀友禅を新しく下ろした嶺や普段から着物を着こなす霧音はかなりのものであった。 外国人は大抵着物姿の日本女性に目を奪われるものらしい。 (こういう場は得意ではないのよね) 苦手でも――興味が無い訳では無かった。 ノルマは沙織に恥をかかせない事。目的は『見るだけでも良い経験になる』といった風。 「かの有名な『ヴァチカン』を一目見たかったのよ」 『己との差を知る為に」という先は告げなかった霧音の言葉に歓談する男性が満足したように頷いた。 「アークの者として、このような場に招かれるのはまたとない僥倖ですわ」 「『パートナー』と共にお招き頂けて光栄です」 と、歳それなりのやり取りをする彼女に『おかしな視線』が向かないようにと義衛郎が上手くフォローしているのも効いている。 「……はー、ドキドキする。粗相の無いように気をつけないと。でも、イタリアの女性って素敵……」 会場の男女比は圧倒的に男の方が多いのだが、カクテルドレスを纏ったレイチェルは目ざとく目当てを見つけては嘆息を繰り返していた。 いや、彼女とてそれだけを目当てにやって来た訳では無く、一応『こういう場を経験しておきたい』、『ヴァチカンの人たちを見ておきたい』という気持ちはあったのだが。間違いなく気は緩めていないとは自身の言である。 「ああ、でも素敵……」 ほわん。 「ご、ごきげんよう!」 「この人達とはどう関わっていくんだろう」と内心は戦々恐々としながらも (お母さんがやってたみたいにすれば大丈夫なはず……) と、強張ったへーベルが『社交』している。 「そこで俺はゾンビ共を千切っては投げ千切っては投げ……! 立ち上がった俺を見て楽団が叫んだんだ、このゾンビ野郎! ってね、HAHAHAHAHAHAHA!」 敢えてパーティの雰囲気を和ませようと『大袈裟な事実』を語るツァインを『ヴァチカン』のリベリスタ達が取り囲んでいた。 「ノエル・ファイニングと申します。お見知り置き頂ければ幸いです」 余り評判のいいとは言えない『ヴァチカン』ではあるが、このノエルのように『好意的』な人物も居る。 (アークの代表格、という柄ではありませんが折角『最凶』と名高い方々とお会いできるのであれば、ね。 彼らの強い『正義』『信仰』をどのように行為に転化し、その敵を如何なる心境で相手取っているのか――興味は絶えない) ノエルや、 「いや、実に楽しい。世界に名だたる強者達に会えるのはな」 『厳密に言えば個人的な快楽の要素が強い』朔は微妙な所だが、彼女が生まれた蜂須賀家のように『強いリベリスタ意識』を持つ人間にとっては『ヴァチカン』の容赦なさは至極正当に映る事も少なくは無いだろう。 「お初にお目に掛かる。方舟の蜂須賀朔だ」 しかし朔の場合、会場内を物色して『一番強いヤツ』を見つけて挑んでやろうと思っている位なのだから筋金入りだ。 「社交界でお上品に、なんてガラじゃねぇけどよ。そりゃ、世界最強のリベリスタっつーのには興味あるわな」 「気が合うじゃないか」 「『歪曲』についりゃ意外だったけどな。『ヴァチカン』でも早々起きねーってのはいよいよアークがおかしいだけか?」 瀬恋の言葉に応えた朔は断られれば、パーティのジョークで済ませればいいとは思っているのだが。 個人的な興味で動いていると言えば『同じ相手の情報収集』にやって来たゲルトや鷲祐も同じであった。 (俺も一応はカトリックだ。ヴァチカンという場所に感じ入るものはある。父が女狐と嫌うシトリィンに興味が無い訳でも無いが――) 「――俺の目的は一つだ」 ゲルトや鷲祐は『ヴァチカン』の式典よりは個人的事情に根ざしてこの場所に居る。 宿敵(パスクァーレ)の足跡を知るという意味で重要な場所にも思われた『ヴァチカン』は結論から言えばその通りではあった。 かつてはカトリックの所属にあった彼を『追った』のが誰かは――簡単に予測の出来る事実だったのである。 そして――会場でも特に人だかりを作っているのは三人。二人目と三人目は一組だが。 一人目は『社交界の食虫花』シトリィン・フォン・ローエンヴァイス。 「御機嫌ようシトリィン様。その節はお世話になりました。 ふふ、直にお会いでき光栄です。オルクス・パラストの名を傷付ける事無く肩の荷が下りた気分でした」 「……ねぇ、クラリス」 彼女を見るなりクラリスを伴って歩み寄ったのは言わずと知れた亘であった。少し値踏みする目で挨拶する彼を見た彼女は傍らのクラリスに意地の悪い水を向けた。 「貴方のいい人?」 「……んぐ!?」 咽る亘、視線を明後日に逸らしたクラリスに構わないシトリィンは今度はクルトで遊び出す。 「珍しい。フォーマルな場に顔を出す事もあるのね」 「そりゃ、ニートとしてはのんびり観光、と洒落込みたいですけどね。 独逸に本家を置く一族としては、締める所を締めないと仕送りを止められかねない」 「成る程ね。そんなのも面白い気はするけれど」 「御冗談を」 「楽しめばいいじゃない。『世界最高』のパーティだわよ?」 戯言を楽しむシトリィンの傍に烏が歩み寄る。 「お初におめにかかります、ローエンヴァイス伯・シトリィン」 「あら、色男ね」 「先の戦いでの様々なご助力に是非直接御礼を申し上げたく……」 それから『塔の魔女』の狙いについても少し意見を交わしたく――といった所。 上手い機会を探る烏の一方でそれよりはもう少しストレートに弾んだ声を上げたのはアリスだった。 「シトリィン・フォン・ローエンヴァイス伯様! 私、ヴィクトリカ家息女、アリス・ショコラ・ヴィクトリカと申します。 シトリィン伯様、アリスは、お母様から伯様の事をお聞きしてから……ずっと、ずっと伯様にお会いしたかったのです!」 「あら、今度は可愛いアリスね。ルイス・キャロルの中から出てきたみたい」 「今回の『楽団』関連、そしてこれまでにも、数多くのご助力、ご支援を頂き、誠に感謝致しますわ」 念願叶って頬を薔薇色に染めるアリスを控え目なミルフィが見つめていた。 アリスがそのものずばりのアリスならば、ミルフィは童話から飛び出した兎といった所だろうか。 「箱舟は、決して卿を飽きさせることはございません。 玉石いずれも余さず輝きを放つ、一目では見切れず一掴みでは持ち切れぬ、宝石箱のごときなれば」 「期待してるわ」 『――願わくば、よき隣人であらんことを』 アーデルハイトとシトリィンの最後の一言が綺麗にユニゾンした。 (アレが噂のシトリィンか……) そんな光景をじっと見つめる結唯の姿もある。 そして『特に目立つ二人目、三人目』は言うに及ばぬ時村親子である。 「……今回は盛大な催しにお招きを受けまして。『ヴァチカン』の威風には全く驚くばかりですよ」 「丁寧な要請を痛み入る」 『政治』に勤しむこの沙織や貴樹の傍には『ヴァチカン』、『アーク』、『それ以外』。種別を問わず多くの人間が居た。 「いやー、風歌院さん海外に出た事はないんですよねー。でも通訳なら出来るかと思いまして!」 英語、イタリア語を当然のように使いこなす沙織や貴樹には余り必要は無かったが専ら文音の『バベル』はそれ以外の人々に機能している。 「……って事で、貴樹のおじいさま今日一日よろしくね!」。会場外で胸を張った陽菜や、 「む。これは中々……」 時折豪華な料理を『もぐもぐ』しながら油断なく辺りの様子を伺うアラストール、吏雄は要人の護衛を買って出たリベリスタだ。 貴樹の傍にはそれ以外にも女性が多い。 「はいはい、沙織君の未来のお母様ですよ」 お母様ですよ。甘えてもいいんですよ! 月二十万GPですよ!」 『この地に踏み入るのはうんざりでしたけど』と予め前置きしていた海依音、 (だって、総司令様だもの! 敬愛するアークの総司令だもん! 様て、なんかくすぐったいわね……なんて呼べばいいのかな。 ご隠居? 総司令様? 大穴でお、おじいちゃんとか……!? ダメに決まっている! そも私のおじいちゃん違う!) 「貴樹様……! あの、お側に華とか如何ですか……!?」と真っ赤なドレスの自分を売り込んだ魅零の姿があるし、 「……久しぶりにこういう煌びやかな雰囲気に触れてみたかったのデスよ。 こういうものにご無沙汰だと、色々オンナとして気が緩んじゃいますからね!」 此方は『何時もの』調子で彼に付き従うシュエシアが居るのは言うに及ぶまい。 「ねぇ、沙織さん。僕ヴァチカンってあんまり知らないけどどんなリベリスタなの? 僕が知ってるのは彼等が世界最強のリベリスタって事ぐらいだし……」 機会を見つけて少し体が空いた沙織に悠里がこそりと問い掛けた。 「そう言えば死霊術士って『楽団』位しか名前を聞かなかったけれど……そういう事?」 口を挟んだ綺沙羅に沙織は小さく頷いた。 「そういう事。殆ど『ヴァチカン』に根絶やしにされたのさ。 アシュレイみたいな『魔女らしい魔女』もな。さっきのエーデルワイスの見ただろ。洒落になんねぇ。 一番強くて一番容赦ない連中さ。自分の価値観を全く疑わない。正義がそこにあると思ってる。 皮肉じゃなしにね。迷わないから最強だ。バロックナイツと殴り合って残った組織なんて今まで他に一つも無い」 沙織は「うちは除いてね」と付け足した。 『さっきのエーデルワイスの』と彼が言及したのはアシュレイに化けてパーティに出席しようとしたエーデルワイスが『手違い』で深手を負わされた事件の事である。かの有名な『魔女狩り』は言うに及ばず。凡そ四百年程前に記録されている神秘史の一大エピソードである『正逆戦争』は『疾く暴く獣』の脅威と共に『ヴァチカン』の実力を歴史に刻んでいる。彼等が『世界最強』と呼ばれる理由はまさにそこにある。但しそれは『世界最高』では有り得ない。 「……ま、洒落が通じねぇ奴等なのは間違いないけどよ。『パーティ』だし。ある程度の緩さは仕方ないよな」 「でも、この後は堅苦しい仕事から逃れて『ローマの休日』ですか王子様? スペイン広場でのジェラートの食べ歩きは禁止されたらしいですよ」 エーデルワイスが幾らか心配なのか溜息を吐いた沙織が何だかんだで楽しんでいる父親の姿に零せば、『護衛』の恵梨香が軽い皮肉を口にした。以前に比べれば随分と打ち解けた彼女らしいと言えば彼女らしく沙織は「残念。奢ってやろうと思ったのに」と笑って、彼女の実に複雑で微妙な反応を引き出していた。 「パーティだし」 繰り返された言葉に「その通り」と父親の方も意に介している様子は無い。 それでも恵梨香の例を挙げるに及ばず、『仕事』をしながらも上手い事回りに気を遣う沙織の周りには父親と同じような状況がある。 つまり、沙織の傍にも女性が多い。 「さぁ、ナイトバロン。貴方の戦いぶりを魅せて頂戴?」 「応援しててね」 「勿論。でも――『私の沙織』はこんな時に失敗しないわ」 本音を言えばラノ・スカラ座のPalcoを貸し切って――オペラ鑑賞辺りが氷璃の希望だったのだが。 (ヴァチカンは私達に何をさせようとしているのかしら? 牽制し合って動けない自分の代わりに動く駒?) 『欧州で最も安全で最も危険な場所』に沙織が赴く以上、そこにいなければならないと思うのは『恋する乙女』の必定だった。 本人の中ではあくまで沙織の『パートナー』として。今日この場に臨むのは薄く化粧をした何時もより美人に見えるそあらだ。 (変な動きがあってもあたしが傍に居れば大丈夫ですし……) 頑張ったらきっと沙織は言ってくれるだろうと――そあらはこの後を想像して少し頬を染めた。 (堅苦しいのは疲れるです。折角イタリアまできたのです。トレヴィの泉で一緒にコインを投げられたら――) 乙女の事情に関わらず『社交』は続く。終わらないダンスのように虚実を織り交ぜ。 「この度はアークの、そして信徒の一人として、この地にお招き頂き誠に光栄です。 今日における世界の安寧は、ひとえに主の賜物と存じます。 その威光が十全に行き渡らぬ小さな島国ではありますが、有能な指導者の采配があってこそ。 私個人には勇者などと身に余るお言葉でございます」 「聖人が来ておるなら是非会ってみたくての。そういう意味では念願が叶ったぞ」 「はは、お美しいお嬢さん方にそう言われれば悪い気はいたしませんね」 青いパーティドレスが目に眩い折り目正しいミュゼーヌと、赤いドレスを着たシェリーの言葉に如才無く受け答えたのは、専ら沙織と貴樹の相手をしているチェネザリ・ボージア枢機卿であった。外見年齢は四十に差し掛かる頃か、沙織より少し上に見える彼は――軽やかな言葉を聞けば分かる通り若く見える優男である。 「この度はケイオス打倒ご助力ありがとうございます。新参ではありますが世界の綻びを正す者同士今後もよろしくお願いします」 「まるで七五三だな」と軽く自分を揶揄した夏栖斗が名乗り丁寧に頭を下げ、 「素晴らしい催しをありがとうございます」 『相棒』の快が同じように名乗り、最高級のバローロに賞賛の言葉を並べれば。チェネザリは笑ってこう返したものだ。 「ああ、お二人があの『有名』な」 「自分はまだ、神秘界隈では三年目の若輩ですから」 ソツ無く嫌味も無く謙遜してみせた快は自分の身の程を知っている。恐らくはチェネザリのそれは多分にリップサービスを含む言葉だが『ヴァチカン』の協力を受けた組織の長と二者を『仲介』した組織の長、そして『世界最凶である筈のヴァチカン』の幹部も良く化けていると言う事が出来るだろう。 (それにしても、さすがの雰囲気ね。重圧感とでも言うかしら。 月並みな表現で悪いけれど、化け物ね。それとも、向こうからすれば、わたくし達も化け物になるのかしら――?) 麗しいドレスを今夜も見事に着こなすティアリアは「ふふ」と華やかな笑みを浮かべた。 『最凶』の組織は腹芸も出来るから『最凶』だと言えるのかも知れない。 そんな連中に見出された以上、アークもなかなかどうして順調に道を踏み外しているではないか? 「……是非、この後は是非『もう少し深いお話』をさせて頂きたいものですな。 遥か極東にて獣を狩る勇者達と、我々西の盟主が手を組めば――いえ、協力出来る事を探したならば。 あの歪夜の騎士団に煮え湯を呑まされる事もありますまい。ええ、お互いにですよ」 沙織に微笑を向けるチェネザリ枢機卿が何を考えているのかは――場の誰にも読めなかった。 深い、余りにも深い水底のようなその底知れなさはある意味で『ヴァチカン』を何よりもハッキリと感じさせるものになる。 「そう遠くない未来に、何かお願いをする事があるやも知れません。 いえ、勿論。『お互いがお互いを尊重し、お互いの利益と出来る提案』である事は言うまでもありません。 全て、我等が父の御名の下に。『祝福』あらん事を――」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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