● 必要最低限とはいえない程度に物が増えた部屋。 現像した写真の整理を終えた彼女は呟いた。 「……くばんなきゃ、ねえ……」 ● 「市役所で、また写真展やるから」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、無料整理券を配りだした。 「ぼちぼち手伝いも始めたけど、七緒が撮った写真、またまた結構たまったんだって」 『スキン・コレクター』曽田 七緒(nBNE000201)は、元フィクサードである。 無料奉仕だった市の広報の下請けが、仕事に変わっている。 昨年は、写真集が、二冊も出版されている。 結構、評判がよく、売れているらしい。 そういや、相変わらずあちこちうろついてるなぁ。と、リベリスタ達は首肯する。 「市政だよりとかで使わなかった分も結構あって、今回はそれの貼り出し」 なるほど、なるほど。 「ここんとこ、助けを呼ぶことを覚えたらしい。先日死にそうな声で電話かけてきて見に行ったら、大量の写真の真ん中で力尽きてる七緒が……。取った写真を個別に配ろうとしてたらしいんだけど、能力が追いつかなかった」 あ~。そこは学習しろよ。一年たってもそれかよ。 「段取りできなくて、途方にくれてたらしい」 これだから、ナンニモデキネーゼは。 「今、楽団対策でスタッフそっちにまわせない」 そういえば、目ぇ血走らせたスタッフがファイル抱えて走り回ってるもんなぁ。 なんか、目に浮かぶようだ。 「で。みんなも忙しいと思うけど、気分転換に七緒の写真の展示の手伝い行ってくれると嬉しい」 それに、と、イヴはぼそりと言う。 「握りつぶすなら、展示される前がいいと思う」 びくっと反射的に反応を示したリベリスタ、数名。 「七緒、ここのところ栄養状態いいから、結構あちこちうろうろしてる。みんなの目に付かないところで、ろくでもない瞬間撮ってる可能性もある」 ああ、それなりにご飯食べてるんだ。と胸をなでおろすリベリスタ、数名。 「もしくは、自分の写真引き伸ばして展示するよう工作するなら今のうち。ついでに、人前で焼き増し頼めないあの子の写真ゲットできる可能性がない訳ではない」 なるほど。さらされる前に自分で色々すればいいのか。 「クリスマスとか正月とかバレンタインとかで撮って歩いたのとか、三高平のあちこちの日常のスナップとかあるよ。みんな意外と写ってるから」 さっきデータを一足先に見てきたというイヴはちょっと目をそらして、ぷぷぷと発声し、無表情のまま口元を手で隠した。 「現在七緒のやる気は、写真撮るのだけに注がれている。たまたま見かけて面白がって撮ったのもあるみたい。……自分で確認した方がいいかもね」 イヴは無表情。ちょっと口元がむずむずさんだったけど。 「ね、七緒」 ブリーフィングルームの隅。 ここしばらくの徹夜で生ける屍と化した七緒がにやぁっと笑って、片手だけ挙げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月28日(木)23:04 |
||
|
||||
|
● 「待望の……と言っていいだろう。曽田七緒三度目の「三高平市」である。曽田の撮るフェティッシュな側面とは待ったくの別ベクトルがこれだ。クリスマス、正月、バレンタインデーといったイベント、それ以上に大量の日常の人の営みを撮る。2012年、どちらの曽田も素晴らしい写真集を刊行した。今回もたくさんの市民ボランティアが会場の運営を支えたとのことだ……」 ● そんな期待のフォトアーティスト、曽田七緒さんは叱られていた。 開場数時間前。 現場入りは、曽田七緒生活向上委員会が自宅まで迎えに行ってようやく成し遂げられた。 「まあ、何ですか」 蒸気が癒すタイプのリラックスグッズを目元や肩に貼り付けられて、毛布をかけられ、寝かされて。 「貴女が作者なんです、疲れてるのは分かりますが――」 ドリンク栄養剤と薬膳おかゆを並べられる。 「なるたけ早く回復して仕分けに指示や意見が言えるようになった方が良いでしょ」 もちろん、うさぎの説教もつく。なぜ腕まくりする。 「そんな訳でマッサージをですね……今回は足ツボマッサージなるものを教わって来ましてね? 大丈夫、ビックリするほど効き目あります。ビックリするほど痛いけど。いいから遠慮せずに、ほら」 しまった、あっついおかゆがあるから机蹴飛ばして逃げられない。 「ていうか、あんたタイじゃないよぉ。古式タイマッサージの方が――ああああっ!?」 「大丈夫、痛いからあっいや違ったゲフン大丈夫、元気になれますからいいから」 「いやああああっ!!」 七緒さん、活が入りましたぁ。 お手伝いさん、作業開始してくださぁい。 ● そあらさんは、転がっていた。床に。 (クリスマスの思い出を中心にお手伝いしようとおもうのです。七緒さんならきっと素敵な写真を撮ってくれてるに違いないのです) 七緒は裏切らない。ご飯食べさせてくれる人は特に。 信頼のこっそり撮り・本人公認。 「指輪のプレゼントを貰うところも恥ずかしいのです! でもいっぱい焼き増ししてもらうのです。保存用と観賞用と……」 それでは、オタクの三点買いだ。 (らいよんちゃんとニニさんとのケーキ販売の写真まであるのです! あれ…よくみたら壁の隙間から虎鐵ぱぱが。相変わらずストーカーみたいなのです) そあらがいちごつまみ食い写真まで展示されているのに気がつくまで、後32秒。 「クリスマスの時の俺とレナーテが写ってる写真、展示が終わったらどれか1枚譲って欲しいんだけど、駄目かな? ただとは言わない。もうすぐ入荷する清酒「三高平」の新作」 「ただでやってるけど、差し入れは大歓迎」 ホクホクと酒瓶を受け取り、新田快の写真を選別。 「二人で出かけることはあっても、『二人の写真』ってなかなか無いんだよね。お薦めのやつを一枚。ライトピラーが綺麗に写ってるヤツがいいな。こういう光の美しさって、素人じゃなかなか上手く撮れないから……ところどころ、背景に何か面白いものが写り込んでるけど、まあ、仕様だよね。ホントは彼女と1枚ずつ持ちたいけど、焼き増し、難しいんだよね。ネガを借りて焼き増ししてくる、って訳にもいかないしデータならその場ですぐ、なんだけど」 いつになく饒舌な快に、データをすぐ取り出せる七緒は速攻でプリント処理をした。二枚。 「川原で膝抱えてたってのに。すっかり惚気聞かせるようになって――」 そっちの方がましだけど。人間らしくて。 海依音は、自分を呪っていた。 (どうしてワタシはここを選んだ?! ねえどうしてここを選んだ!Xmasだからってちゅっちゅprprhshsしてるカップルだらけじゃないですかやだー) 「ジーザス・クライスト!」 祈りの言葉ではない。海依音は祈らない。 (彼氏居ない歴長くなる昨今どうせみなさんクリスマスなんてキリストの誕生日とか言われてるけど本当は違う事知らないでしょう!) 本来は双角神の祝日ですね。 (じゃあ何の日なんだよ! いちゃつく日かよ! ふざけんな!) 「ああ、もう七緒君、このカップルの写真事業仕分けで半分に切ってもいいですか? それを同性同士でつなげて禁断のカップル爆誕とか。どうです!!ねえどうですか?!」 よし、言質取れた。 「ピピー、ダウトー」 笛を銜えたアラストール登場。 この人恋愛勘定わからないので、お嫁に行きたいアラサーシスターの気持ちには一切共感しませんよ。 さあ、石抱いてみようか。 性別不詳の人なので、口説いてみるのもありですよ? ベリーハード。だけど。 エーデルワイスは、トリガーハッピーだった。 「いかに黒歴史だろうと、写真を握りつぶしたら、廊下に正座して石抱いてもらいます――そんなこと言われたら意地でも握りつぶしたくなっちゃうではないですか!!! 特にリア充っぽい写真なんか!!! よし、握りつぶしましょうね♪ うふふふふふふふふ。リア充っぽい写真を片っ端からデストローイ! 邪魔する奴はジェノサイド!この世からリア中をエリミネイトするのです!!」 (B-SSS撃ちたいなぁ・・・撃っちゃお♪ あはははっははははは) 「ま、頑張りの成果を無に帰そうってのはいけないよね」 クルト、現行犯逮捕に成功。 黒歴史握りつぶし阻止とかリア充に八つ当たりしようなんてかわいそうな人を妨害するのって楽しいじゃないですかとか思ってんだよこのディレッタント。 「あ、やめろアークの犬共! 私は世の悲しい人々の為に正義の鉄槌ををおをををっをおを」 「握り潰すだなんてダメよ。写真って言うのは、二度と無い貴重な一瞬を閉じ込めたものなのよ? 例えそれが黒歴史であろうとも、無き物にするだなんて、撮った人に対する愚弄だわ」 (……って言い過ぎかしら?) 霧音が、意味深な笑みを浮かべながら立っている。 (別に黒歴史も見てみたいとか、そんな事は無いわよ。無いったら) というか、握りつぶしてるの、他人の幸せな写真だし。 石抱き正座の場に、するるるっと、いりすが寄ってきた。 「小生、いいりべれすた。もはんてきりべれすた。具体的に、拷問とか・・・結構・・・好き。きゃっ」 いや、赤面してお顔隠しても、言ってることで台無しだからね? 「しびれた足とか、つつきまわしたいから、頑張る。小生、楽して拷問したい。暴れる子を無理やり、縛りあげるのとかも好きだけど」 げに恐ろしきは、リベリスタでござい。 「あ、でも自業自得なのは仕方ないわよね」 霧音さん、エグザクトリィ。 彩歌はその騒動を横目で見ながら整理していた。 (廊下に正座とか割と辛いと思うけど――) リノリウムは冷える。 (……、そうか、私は他人の面白写真を観に来たのか) 今の騒動も、間もなく貼り出されるのだ。 なにが面白いって、他人に起きるハプニングほど面白いものはない。 (まあ普通に整理しましょう。最近はネタになるような行動もしてないし。駅前の牛丼屋でお昼摂ってる所とか、年末にバイク乗って外行くところとか――) 見た目はうら若い女性なんだから、行動には気をつけようよ。最近緩んでるよ。Dさん。 丼かっ込んだり、耳が引っかかるからってノーヘルとか、よくないよ。 ほら、その時の写真見て我が振りなおして。 達哉は割りと早い時間に来た。 「お疲れ。最近、忙しかったからな……花火から始まって出版イベントとかいろいろあったしな」 わさわさと差し入れ。 「クノア粥とラルカーナパフェ作ってきたのでみんなで食おうぜー!」 スタッフみんなで頂きます。 「――というわけで感想宜しく」 そう言って、ちゃっかりアンケート用紙を配り出す。 「うちは今ラルカーナフェアを開催中だからな」 答えてあげて下さい。 よもぎは、ほんとに真面目に、撮った月別に分けてから人物、風景、その他に分類していたのだ。 (展示するに耐え難いものを見つけたら、その場に本人が居たらどうするか訊ねてみよう) そのくらいの気遣いを持ち、私も帰ったらデジカメを弄ってみようと思っていたのだ。 その写真を見つけるまでは。 (……!? な、い、いつの間に…!?) アークが誇る戦闘頭脳。ゲートボールに興じるスタイリッシュ老人会、狩生さんとの2ショット写真ではないですか。 (じつは狩生くんの写真は一枚も持っていないんだ、もし写真嫌いだったらと思うと頼む勇気が出なくてね……こっそりと戴いてもいいだろうか) いや、それはまずい。 (ああ、よし、七緒くんには後でお礼をしないと。ふふ、お菓子でいいかな?) 地味に浮かれている。 その背後に、シビリス。 「フフフ。不正はいかん、いかんよな。いかな黒歴史とは言え、それは己が歴史。己が歩んで来た道を否定してはならぬ。握りつぶさせはせん。見据えよ。しかと見据えよ! 見据えるのだ!」 はっ。しまった。こっそりないないも握りつぶしとかわらない。 「しかしどんな写真を気にして………」 「――っ」 ただの2ショット写真です。特に一緒に撮ったと言う訳でもなくですね。二人でいるところをたまたま撮られたというかですね。 「………お、おう。まぁ、その、なんだ。前向きに生きたまえ。あ、それ、焼き増し希望を出せばいいのではないかなっ」 い、石抱きは必要ないだろう、早とちりだ! アーデルハイトは、本人がこれは自分だと自己申告しなければまるで幻想のようだった。 クリスマスの夜も更けた頃。 三高平センタービルの屋上から、建物の明かりが消えて人の気配が少なくなった街並みを見下ろしているアーデルハイトを道路から望遠レンズで捉えた写真。 「お気に入りの場所なんですよ、ここ」 (静かな夜ならば格別の事。おぼろげな月明かり、まばらな灯火が、積もった雪に映える夜の闇が世界を優しく覆い隠す、安らぎの時間) 「ぽつんと世界に取り残されたような雰囲気が好きなんです」 写真を一目見た後、すぐに戻すアーデルハイトに、七緒は焼き増しは必要かと問うた。 「写真や絵画を最も楽しむ方法をご存知ですか?」 それは、忘れた頃に見ることです―― 悠里は、滅びろと挨拶される果報者である。 なので、人の幸せを祈る余裕があるのだ。 (後で写真展を見に来る人が、自分の写真や誰かの写真を探す時にわかりやすいようにしたいな) 恋人との写真が欲しいという下心の分を差し引いても真面目な仕事振りだった。 (これは…あ、この子はこの子と付き合ってるって聞いたな。うん、仲良さそうでいいな。この子とこの子は相変わらずだなぁ。うんうん、みんな幸せそうで何よりだ) そのために戦っていると言っても過言ではない。 「あ、あったあった」 つい声が上がるのは許してやってほしい。 (クリスマスのツリーをカルナと見上げてる時の写真か。本当にいつの間に撮ったんだろう……あとで七緒さんにこの写真貰っていいか聞きに行こうっと) いっそ、うんとでっかく引き伸ばしてやろうかと言われ、真っ赤になるまで23分。 優希が差し出したクリスマスの写真は、瑞樹の心に火をともした。 「これ、確かあの時の……」 瑞樹には自分のことのように思い出される大和の記憶。 (知識はあるけれど、それは本来私のものじゃない。だから、こうやって私自身が改めて知っていくことも大切だよね) 「大和はいつも穏やかに笑って、人の気遣いばかりしていたな人を包み込む優しさを自然体で持っていたというか……」 それは、優希の中の大和だ。 大和の記憶では受け継ぐことのできない、大和のカタチのひとつだ。 「反面、持ち前の責任感故に、出歩いたり遊んだりという経験は少なかったのかもしれない」 その数少ないうちの一つになったクリスマス。たったの二ヶ月前のことだ。 「瑞樹には、三高平市の街の事、皆の事を知ってもらいたい。そして大和の分まで、色々な物を見て……幸せになって欲しい」 大和の思いを受け止めてくれた瑞樹だから。 優希の言葉に耳を傾けていた瑞樹は、慎重に言葉を選んだ。 「……私はあの人にはなれないけど、遺志を継いで生きることはできる。だから、一杯教えてね。記憶にある事も、ない事も全部」 優希は、励ましと応援を込めて懸命に笑顔を作る。 笑うべきだと思った。 その頬をそっと包んだ瑞樹は、代わりに微笑んだ。 「そして、もう何も教える事がなくなったら、今度は新しい時間を一緒に積み上げていってほしいな」 (あの人が大切に思っていた人達、今、私が大切に思っている人達。一緒に歩いて行けるといいな) 「大和の写真は大切に取っておく。共に過ごした時間は決して忘れない」 優希は、そう呟く。 「俺や雅やフツ、そして瑞樹と共に生き続ける」 僕らは生きる。今はもういない君といっしょに。 猛は、写真を仕分けしつつ、遠目にそんな優希の様子を眺めていた。 いつもは騒々しいくらいの猛がお忍びだ。 邪魔はしたくなかった。 (――一年くらい前だと、今頃もっと荒れてても可笑しくない、と思ってたんだがな) 要らん心配だったか。と、猛は息を吐いて安心した笑みを浮かべる。 (もう、あいつは復讐の為だけなんかに生きちゃ居ない。俺からもう口出しする事もねえ。悪友としちゃ、喜ばねえとなぁ) ことあるごとに、果し合いを口実に誘い出していたことを考えると、ちと寂しくもあるが。 「けどまぁ、喧嘩じゃ俺の方が一枚上手だね。うん」 と、納得して頷きつつ、赤と青の写真を手に撮る。 優希と猛が笑みを浮かべながら喧嘩をしている物だ。 照れ臭そうに頭を掻いて、写真を置き。 「残りの仕分け作業、頑張るかあ……」 七緒は、ごほうび。と、猛のノベルティに写真を忍ばせた。 ● リベリスタのお仕事は、世界の崩界を防ぐこと。これすなわち、日常を保つことである。 シェリーは、口にいっぱい物をほおばっていた。 「お疲れのようじゃな」 縁日の帰りか!?と言わんばかりに大量の食料を携えている。 「悪いが、これは妾の分だからな」 「けーち」 ぱっと写真を見て回った感想を告げる。 「なかなか良い出来、というよりも、よくこんなに集めたの感心する。いつのまにか、妾と雪待の恵方巻き決戦も撮られておったしの」 むっこむっこと口の中に消えていく食物。どんどん減っていく手にした食料。 「まだまだ、妾の知るプロには遠い気もするが、その行動力だけは負けず劣らずじゃな」 「ほほほ、まだ若輩者で~――」 カリスマフォトアーティストの謙遜など気色悪い。と、周囲の連中は鳥肌モノだ。 「ところで、おぬしのお気に入りの一枚というやるはあるのか? “今” そんな所でヘばっていて良いのかの?」 にったぁ。と、七緒は笑った。 「今、気に入りの最新作はこれかなぁ」 シェリーが来てから今までの写真。 両手いっぱい抱えていた食物が、その腹に収まりきるまでを撮影し続けた連作。 実際、その腹が膨らんでいくのがなかなかリアルだ。ぱらぱら漫画が作れそうな枚数だ 「これ、はっといてぇ」 七緒の手にはセルフシャッター。 当日撮影分ブースに新たな作品が飾られた。 ベルカは、相好を崩していた。 (これは良い仕事である。単調作業かと思いきや、思わぬアクシデントも含まれ、なおかつ自分を番号で呼んで欲しくもなる……じゅるり) 条件反射、パブロフの犬。 (おや、これは……記憶に新しい節分の恵方かぶりスナップ! 「下向いてて、よく七緒だと分かったな」の場面ではないか!) 初対面のパートナーに照れちゃって、ずっと目線下だったのに、七緒の撮影範囲に入ったとたんにピースかましたのだ。 (そう、きっと……同志七緒が放つアンニュイな雰囲気、そして殺気ならぬ撮気に気づいたからなのだ! やったーさすがビーストハーフだね!) ビスハは、不意打ち無効。 「これ1枚くだたい」 あい。 竜一は、大音量で叫んでいた。 「二人の日常的にラブラブしている写真を! 普段から、俺がユーヌたんにぺろぺろちゅっちゅしている写真を! おはようのチューから、おやすみのチューの写真を!」 まずユーヌを抱きしめ、撫で回し、頬ずりをしてから、両ほほ、おでこ、唇、と順にキスをするまでがワンセット! の連射写真が複数セットある。 「大きくでっかく張り出そう。うむ。ユーヌたんは俺のだというアピールだ! 周りを飛び交う悪い虫は、ぶっ潰す!」 ヤンデレの兄、ここにあり。やっぱ、兄妹だわー。 「妙な場面ばかりだな。キスなどそう張り切って撮るものでもないだろうに」 「あんたらの写真、そんなんしかない」 と、七緒は言う。 立っていると身長差で届かないから無理矢理につま先立ちで襟元つかんで引き寄せキスしてる写真をまじまじと見ながら、ユーヌは言う。 「竜一の顔が緩みきって、変質者一歩手前にも見える」 もう境界超えてるんじゃないかな。 (恥ずかしいから、あまり大きく張り出して欲しくはないが、なんだか無駄に満足気だから良いか) 赦すのか。ええい、竜一め、爆発しろ。 ロリーナは、はじゅかち。だった。 「三高平市に来たてのわたしも撮られてたりするのかしら?あら、これは・・・わたしのパンチラ写真じゃない!」 後ろ向きだから顔は分からないけど、普段から好んで履いてるマイクロミニのスカートがめくれあがり、ピンクと白のしましまおぱんつが覗く。 (これは握りつぶすなんてもったいないわねっ!) ナイス決断である。 (自己顕示欲の強いわたしは、パンチラすら「女の子の武器」として使う!) ちょっと恥ずかしいけど、その恥ずかしさが逆に快感。 ほほを赤らめる12歳は、展示待ちの束にその写真を入れた。 「お、姉写真だ。これは、珍しい外出する姉だ。ひきこもってる姉もあるし」 日常スナップの整理をしていたラシャの声に、カインが振り返った。 「エ? 私の写真?? 引き篭ってるのにあるか……ワー、ホントニアルゥ。なぜ映っているし」 どこにでもいる曽田七緒。 「この姉写真は特にいいな。ここは引き伸ばして展示……え、駄目?」 「……自分の写真は徹底排除じゃー!」 「私の写真は――あっ、天狗の鼻岩で吊るされてるのがあった」 師走に断崖絶壁で宙吊りで作業したのもいい思い出ですね、リベリスタ。 「こんなの良く撮ったなあ。しかしこれどうやって撮ったんだろうな。その場にいた覚えないし、このアングルどうやっても人間業では……」 「え? 人間業じゃない? どれどれ……ってこれは――」 (まさか、心霊写真? いや、そんなことないよね、まさかね……) 海産物の霊はいるかもしれない。 カインはいい笑顔を見せた。 「…ふぅ、これで自分だけの写真は全部、後は燃すだけ…ッテウワナニヲスルヤメロー。七緒ちゃんに楽しかったと礼を言わねば~」 あなたの背後に、お仕置き部隊。 さあ、いいこのラシャには、お姉ちゃんとの2ショット写真を上げようね。 ティエは、ドキドキしていた。今日、初仕事だ。 (小さなコトからの信頼官憲を深めていくのが王道ナイト。つまり写真を握りつぶすのを阻止する系の仕事をだ) 「血と涙とかの結晶の作品握りつぶすとか、ヒドすぐるでしょう?」 キャッチ&リリースしようとしたら、首を横に振られた。 ひどすぎる人は、石抱きの形と決まっている。 「オー、フュリエちゃん、やるねぇ。ハイ、ポーズ」 (仕事達成の朝日にはナイトとしての格がウナギの如く上がるにちがいない) うなぎみたいに上がるかどうかは別にして、スナップに捕獲記念のお星様シール張ってあげる。ぺた。 エナーシアは、勉強家だ。 (一昨年の福利厚生からカメラを扱い始めて趣味として写真を撮り始めたのだけど、流石にプロの写真は参考になるわね) 七緒に直接聞いたりはしない。 エナーシアが七緒の写真を流石と思うところと七緒自身が写真で語りたいところは違うと、エナーシアは確信している。 スナップ写真をじっくりと見ていくのを、 (私は写真を上手くなりたいのじゃない、私が撮った写真を撮りたかったモノに近付けたいだけだわ) 空気の切り取り方をのんびりと手に入れようとしているエナーシアの横顔を、七緒はカメラに収めていた。 整理に回ってきて、エナちゃんを慌てさせるまで13分。 叶は、バレンタインの写真を仕分けしていた。たった一人で。 人の恋愛喜怒哀楽は蜜の味。 興味津々に見つめては手が止まる。じっと覗き込んでる。 「こっちには来たばっかだってのに、ちゃんと撮られてるんだからおっかないねぇ」 でも、新顔ほど目立つから、餌食なんだよね。割と、 とあるビルの催事ホールの隅っこ。 影薄く一人でケーキやココアを貪る、しょぼくれた叶のスナップ。 「俺ってば、こんな顔して写るんだなぁ」 「甘いもん好きなら、甘いもの屋にいけばぁ? やたらとあるよ。カフェとか甘味処」 しょぼくれてる暇も与えない連中が待ってるよ。 (アイドルとしては展示会でこう……貼り付けて貰えるとさ、人気度が増えそうじゃん?) だから仕分けのお手伝いをしつつ、自分の写真を引き伸ばすリストにぶち込むのだ。 これは地道な芸能活動ですか、ちゃっかりですか。隠さない分ましってことですか、分かりません。 (んで。アイドルらしい姿はさ。皆に「見える」場所でやってるから、アピールも終わってる訳だよ) 地道にストリートライブしてるよ、明奈っさん。 (なので、普段の日常の一コマから明奈ちゃんの自然体を一枚選び出したい。登校中の写真とかね) それは、七緒のオキニイリでもあったので、明奈がのけぞるほど大きく伸ばされた。 情けを知るアイドル、明奈ちゃんが積んだ善行――あまりにもあれな写真を隅に写す――に報いるためである。 疾風の写真は派手なものが多かった。 「いつの間に撮られたんだ。思ったより色々あるな。」と仕分けを手伝う。 (戦闘員や怪人に扮してヒーロー役に派手に吹っ飛ばされてたり、何かのイベントでモルの着ぐるみ着こんで「もるもる」言ってても、それはお仕事だから、誇りにはしても恥ずかしい事は無いはずだ) 「無いんだよ? ホントだよ?」 「わかってるから、こっちみんな。その顔、撮るぞ」 ヒーロー役やってる時の写真は引き伸ばして目立つ様に。彼女の写真はちゃんとゲットの疾風さんに、ヒーロー役のオファー、よろしくお願いします。 嶺は、場所、人物、その他諸々のカテゴリーに従って、一枚一枚丁寧に分類していた。 「これ、ミスプリントね。展示しない奴」 「あー、これはとりかえばやの時の……」 うっかり口に仕掛けたレイの背後に、七緒が移動及びナイアガラバックスタブ寸止め。 「アーク職員。VTSの資料は――」 「非公開です。即刻シュレッダー――」 「そう。そのとおりぃ。んじゃ、その段取りでぇ」 (握りつぶしたい衝動に駆られていたのだ。かえって好都合) とある公務員二人のいちゃいちゃ写真は、こうして闇に葬られた。 義衛郎は、とある公務員の片割れである。 広報課の手伝いで、七緒の写真はちょくちょくの、おなじみさんだ。 「お疲れ様です。どちらが良いですか?」 「甘くないの」 「個人的には甘い方で、少しでもカロリー摂取してほしいところですが」 「甘いもの、たくさんもらったぁ」 「何気ない日常の写真って大事だよね。後で見返したときとかに思うよ」 義衛郎は、一通り見て回った後だ。 「こうして写真って形で遺せる物があるって分かってると、安心だな。オレも明日にはいなくなってるやもしれないし。リベリスタ稼業だから」 すぐそこでシュレッダーをかけている恋人に聞こえただろうか。 「これからも気の赴くままに、日常を撮っていってくださいね、曽田さん」 七緒は、無言で頷いた。 ● 誰かの肖像が欲しい。 出来れば本人に気づかれずに欲しい。 そんな気持ちにもこっそり応えてみたりする写真展。常識の範囲内で。 糾華は、できるだけなんでもないことのように言おうとしていた。 「こんにちは、七緒さん。写真、頂きに来たわ。あと、その、リンシードの分も頂けないかしら?」 「リンシードぉ?」 にったぁと笑う七緒は、マイムマイムで踊ってた二人を覚えている。 「折角だから、本人に渡したいわ。私が」 「どぉぞぉ。お好きなだけぇ」 「あ、ここはあの時の……ね」 「仰せの通りぃ」 いちいち確認する糾華を、七緒はにまにましながら見ている。 事務所の友達のことでも思い出しているのかもしれない。 「ありがとう。どれも素敵な写真だわ…ちょっと恥ずかしいのはあったけれど」 そう言って僅かに朱を上らせる女子中学生に、うくくと笑う七緒は大人気ない。 「特に凄く恥ずかしそうな写真は被写体本人の希望により展示取りやめになら……ない? やっぱり?」 ホントは書類提出してくれればいいんだけど、まんざらでもない顔してるので、七緒は黙秘。 「残念ね。でも、とても素敵な写真ね。ありがとう」 杏の鼻息が荒かった。 (まこにゃんとアタシの写真を探すわ。色々写真を撮ったけど他にも色々あるはずよ。まこにゃん……まこにゃんの可愛い写真……) 愛が深すぎて、そこが見えない。 「はぁはぁ、まこにゃん……まこにゃんきゃわわ! ぺろぺろ!」 「まじでは舐めんなよお。ふやけるからぁ」 「あ!!まいえんじぇるのぉイヴたんとのツーショットぉ!!!!!!!!!焼き増ししてもらおう!!!」 御龍が奇声を上げる。 「あんたは、自慢のデコトラ、真・龍虎丸とのツーショットとかぁ働いてる姿は、焼き増しいらんのかぁ」 「写真家も大変だねえ」 「働いてるよねぇ、あたし達ぃ」 珍粘からは笑顔がこぼれていた。 (しゃしん、しゃし~ん。私の大好きなイーゼリットさんの写真は有るかな~?) 状況に覚えがある写真を発見。 (おや、これは私がイーゼリットさんを見守っている写真ですね……ま、良いか。見られて困るものでもないですし) 焼き増し、焼き増し。 「ん、可愛い子の写真もたくさん有りますね~。うふふふ、良いですよ。良いですよ。まさに眼福です! 全部持ち帰って、自宅の第二展示室の壁一面に張りたい所ですね」 「一は、男?」 誰もが聞きかねた質問をずけっと聞く七緒クオリティ。 「イーゼリットさんの写真で一杯ですけど、それが何か?」 「おまわりさぁん、こっちですぅ」 「大丈夫、盗んだりなんてしませんから。私仕事はちゃんとしますからちゃんと展示のお手伝いをしますよただ……少し私の心のメモリーに登録する時間を頂いても宜しいでしょうか? 良い写真ですね七緒さん」 おまわりさぁん。 亘は、拳を握り締めていた。 「あえて先に宣言します」 しちゃって下さい。 「ふわりと雪舞うロマンティックなクリスマスに現れた幻想的で美しい黒天使なお嬢様の写真が欲しいから来た訳ではない……筈ないでしょう!」 二重否定。 「そんな写真があるなら何としてでも手に入れたい。さぁ、お嬢様のみ写ってるベストショット…絶対探し出しましょう!」 鍛え上げたテクニックとスピードと第六感的なお嬢様センサーで高速仕分けして、恩寵まで投げ捨てる覚悟の亘の奮闘具合は、涙を誘った。 「――ない」 他の誰かと写ってる写真はある。ベストショットと言っていい写真もある。 しかし、シングルショットがない。 (そんな、奇跡の一枚が手に入ったら焼き回しはせずそっと持ち出し、七緒さんにお礼を言って颯爽と退場するはずだったのに!) 誰か、ここに石を持てぃ! 「七緒さん、何でお嬢さまの写真がないんですか!?」 「全部青い影がカメラの前に立ちはだかって、クラリスが見切れてるからだよぉ?」 心当たりはぁ? 冥真に対する七緒の目つきは、クリスタだった。 差し出されたゼリー飲料をずるずる音を立てて吸い上げながら、メタルフレーム越しにガンを飛ばす。マイナスイオンが消し飛ぶ。 「――面屋。仕事は選べや」 おまわりさん。ここにヤのつく自由業の人がいます。 「薔薇やら菊やら椿やら、華やかだな。ああ? 純潔守ろうって気概はないのか」 ガチホモ依頼のエキスパートの婚約者になってしまった友の心中、察するに余りある。 「ゆんの写真はやろう。肌身離さず持ってろ。男に身を任せる前に思い出せ」 リコルは、いい意味で勘違いをしていた。 「この様に大量の写真を1人でお撮りになったのでございますか? 七緒様はバイタリティに溢れたお方なのでございますね!」 いえ、自分のためのリソースを徹底的に削ってます。 「熱いコーヒーをご用意して少しでも疲れを取って頂きましょう!」 気合の入ったメイドさんの気合の入ったコーヒーが振舞われた。 「おや……? わたくしの写真もございますね! こちらの写真にはお嬢様も写っておりますね!」 写真の中の『お嬢様』は、年相応のかわいらしさだ。 (……後でお嬢様のお写真を分けて頂いてアルバムをお作りしましょう。大切なご令嬢の成長を間近で見られません旦那様方の為に……) 虎鐵は父です。やましくないです。 「雷音……! 拙者の知らない雷音の写真はあるでござるか!?」 娘の写真、探しています。 家族写真もかき集め、一枚一枚に入念なチェック。 「ああ……寝顔が可愛いでござる……天使すぎるでござる……」 一緒に映っている夏栖斗にも言及してあげて下さい。 (様々な娘と息子の写真を集めて家族のアルバムを作るでござる。大切な時間。大切な思い出。拙者はそれに何度も救われた事か……) 両手いっぱい写真を抱えている姿は、もう通報の段階を超えているので、皆は温かく見守っている。 (拙者はそれを切り取るのでござる。拙者を救ってくれてありがとうという想いと出会ってくれてありがとうという感謝を。そしてこれからもそれを紡いでいこうと思うのでござる。だから…拙者はまだ死ねないでござる) 「この綺麗な思い出を作ってくれる家族を護らねばでござるな……」 (すっかりこの写真展も町の名物になったな。七緒が元フィクサードだって知らねーのも増えた……ま、良い事か) 日常写真の仕分けを手伝っていたランディは、ニニギアを見つけた。 「ニニも来てたのか、って何隠してんだ?」 慌てて手の写真を隠すニニギアは、あたふたとそれを背後に隠す。 「いいから見せてみ」 ひょいと奪われた写真は、なぜわざわざそれを選ぶのか不思議なほどいつものランディだ。 それを見て、ランディはニニギアの頭をぽんと撫でた。 「サンキュ、俺も見つけたら同じ事してたろうさ」 かしゃ。 「はぁい、展示追加ぁ」 「おう、七緒、どうせ撮るならいい感じに頼むわ」 「最高にいい感じに撮ったわよぉ」 くすくす笑っていたニニギアの視線が止まった。 だいすきだった――今も大好きな人たちの素敵な笑顔。 様々な想いが溢れて、つい手が止まった。 「うん、いい場所に、貼らせてもらおう」 「――ああ」 少し前の日常の写真を見ながら色々な事に思いを馳せる。 失くした日常、これから迎える日常、さまざまに。 共有できる想いが大切なこと。 ● 異世界から、新たな仲間来訪。 写真という技術は、彼女達の心に何をもたらすのか。 少なくとも、会場に華やぎがプラスされているのは間違いない。 リリィはこの間、七緒と同じ仕事をした。 (仕組みはよく分からないけど、風景をあっという間に絵にできるんだよね。リベリスタさんのいろんな姿があって、とっても楽しかった) 「よくわかりませんけど、時間をきりとったもの、のようにみえますね? すごいです……私にはそんなことできませんから。これも、この世界のしんぴ、なのでしょうか?」 シャルティアには、まだボトム・チャンネルの技術と神秘の区別がわかりづらいようだ。 『神秘じゃなくて、技術」 「私にもやりかたを教えてほしいです。だめですか?」 この調子でいくと、七緒はフュリエ対象の写真教室でも開くことになるかもしれない。 「ナナオ、お疲れ様だよ」 頑張ったナナオに牛乳をあげて、なでなで。 「それにしても……ええと、七緒さん。疲れているようにみえます。よろしければ、これをどうぞ。この世界ではゆうめいな食べ物だとききましたので」 シャルティアからはバナナ。ものすごく健康的だ。 「ボクは写真の撮り方は知らないけど、ナナオがすごいのは分かるよ。いろんな事が伝わってくるの」 リリィは、身振り手振りを交えて、精一杯伝えるんだ。 「ねぇねぇ、七緒さんはさ、この写真を撮ってどうするつもりなのかな。これをみんなに見せて、みんなに思い出してもらうのが嬉しいのかな」 エフェメラに問われて、七緒は、むむ? と、唸りだした。 フュリエに職業について話すのも野暮だ。 二人にレンズを向けて、シャッターを切る。即効でプリントに回し、できたのを二人に差し出した。 「ナナオは、人を見るのが上手だね」 「とっても素敵なことだよね♪ 今度からはボクたちもお手伝いして行きたいな!」 「よろこんでぇ」 サタナチアは比較的冷静に分析していた。はじめは。 「これがアークのリベリスタ……なるほどね。私はまだ彼らの戦っている姿や討論している姿しか見たことがないの」 「季節ごとに催される祭りの写真も気になるけど、まずはリベリスタの生活だよね」 ヘンリエッタが応じる。 「……!? これどういう状況? ニホンにはこんな変なものが居るの?」 「服装や食べ物、道具に文化。興味は尽きない。リベリスタたちの名前と顔を覚えるいい機会にもなってくれる事だろうね」 眺めて回るが、わからないことが結構多い。 「こっちのはあの偉い人……沙織の写真ね。隣に居る人が全部の写真で違うけれど、何かの催しかしら……」 それについては、おいおいわかるようになると思う。と、リベリスタも明言を避けざるを得ない。 「えっ、なにこれ……のべるてぃ? 食べ物か何か……? 何が入ってるかわからないけれど、留守番してる子たちのお土産にするわ……あ、ありがと」 ぼそぼそ礼を言うサタナチアは、中に自分の写真が入っていることを知らない。 「……あれ?」 ヘンリエッタの手が止まる。 (オレの写真なんて流石にまだ無いだろうと思ってたけど……) つい先日の、箱舟に来たフュリエたちと話している姿が1枚。 (知らないうちに撮られているっていうのは、なかなかに気恥ずかしいものだね。でもレンズを、興味を向けてくれたのが嬉しい。ふふ) ……有難う、と呟いて。 たびたび止まるお手伝いは続く。 チャノは、大真面目だった。 (日常の写真を見て、この世界での暮らしぶりを学ぶ! 私、ちゃんと真似をして、おかしくないようふるまいたいのです) その意気込み、イエスだね! 「ファウ、みてみて、この写真きれい! シェルン様の写真はある?」 「誰かの姿、景色、その瞬間。こうして記録し形にして残す事ができるのですね……」 なんて、珍しいものなのでしょう。と、ファウナはため息をつく。 「…こういう事が出来たら、新生する前の世界樹の姿を何時でも見る事も出来たのでしょうか」 (変わる前、変わった後のラ・ル・カーナ。既に記憶の中にしかない姿……新生して、これからも変わっていくだろう姿。それを形として残していく事も……) より年長のファウナには感慨深い。 ひょっとすると、彼女が念写取得第一号フュリエになるかもしれなかった。 ミォベルは、顔を合わせたフュリエに声を掛けられるたび、挨拶しなおすことになった。 「ごめんね、記憶がないから皆のことよく覚えてないんだー。これから仲良くなってくれると嬉しいかな?」 ふと見ると、さっきまではしゃいでいたチャノが黙り込んでいる。 (あは、ジッと見つめちゃって。チャノちゃん楽しそう) 「何か面白い写真とかあったのですか?」 「ミォ、おいしそうなカレーの写真ですよ。」 後ろからのぞき込んだミォベルの顔が、みるみる青くなった。 「ど、何処で撮ったのですか!? ええい、こうしては居られないのです。わたし、きゅーよーを思い出しました。失礼するので――」 「チャノ、ミォベル、そちらの進み具合はどうですか」 「ひぃ、ファウナちゃん!?」 ミォベルの手には、写真。どう見ても闘争準備のポーズです。 懲らしめ部隊の面々がターゲットオンしてるぜ逃げられないぜフュリエでも容赦しないぜ。 「ご、ごめんなさいなのです……ついカッとなった、今は反省しているです」 そういう言葉を覚えるのはもっと後でいいんじゃないかなぁ。 「ちらほらリリス達の写真があるけどぉ……とりあえず集めてみるぅ? あ、これリリスが初めてボトムに来た日の写真だぁ~。寝惚けながら歩いてたら、何時の間にか一人になってたんだよねぇ……そっかぁ…こんな不安そうにしてたのかぁ……) たすけを 「これってルナちゃんじゃない?」 ふぁっと奇声を上げて、ルナが写真を隠した。 「なんで隠すのぉ? ほら、リリスのも見せるからルナちゃんのもぉ」 「コレはお姉ちゃんの威厳に関わるって言うか!」 (な、何で何も無いところで転んでるところとか、涎垂らしながら寝てる姿が……!?) 七緒は面白いと思ったものは、みんな撮る。 「……あれ? それって普段のルナちゃんだよねぇ?」 「……う、うわーん!?」 姉の威厳なんて、そもそもなかったぜ。 ルナがわっと泣き伏す中、アーシェはリリスの前に写真を並べた。 「あ、これはこの前の初仕事の時のね。で、こっちは公園のベンチでお小遣いで買ったリンゴを食べてる所。おいしかったよ」 何気に、リンゴは初体験だった。 「んー……やっぱり皆の写真あると良いよねぇ……皆で撮った写真とか欲しいけどぉ…やっぱり全員写ってるのは無いのかなぁ…?」 フュリエ大集合の写真ゲットのため、辺りからわらわらフュリエが集まってくるまで、3分。 ● 一年。 あの時いた誰かはもういない。 七緒は、それを隠したりはしなかった。 「ちゃっす七緒ちゃん。どう? 写真整理はかどってる? ってふうでもないか」 なんとなく落ち着かない顔をしているのは、向こうで妹がいるからだろうか。 「僕とこじりのがあればもらっていくよ――みてみて、七緒ちゃん、これ、らぶらぶじゃね? 他に、ラブラブなのってなかった? あるっしょねえあるっしょ」 撮ってくれてるっしょ? と、食い下がる姿は、ワンコみたいでかわいいけど、ものには限界ってものがある。 「自分の胸に手を当てて考えてみろぉ。あんたらがわかりやすくラブラブだったことってあるかぁ?」 スクラブみたいにざりざり削られているのは結構あるが。 「それにしてもいっぱい撮ったんだね。カメラで写すのは楽しい? 趣味があるのっていいよな」 「好きなことを仕事にしたからね、無理がきく――」 と言った途端に、えぐられる七緒の足ツボ。 曽田七緒生活向上委員会は、不定期で活動中です。 「僕なんか、アークの仕事がいそがしくってワーカホリック! それで沢山の人が助けられたら十分だからさ。助けれないことも多いけどね」 「全部は無理だよぉ。時の運ってものがあるからぁ。全部は撮れない。全部はたすけられない」 七緒は、にやぁっと笑った。 「だけど、諦めない。最善は尽くす」 そうしたいから。 雷音は、片端から探していた。 (日常の一欠片。そんな優しいモノがあるのなら探そう、彼女を。一つ一つ探せば彼女にも日常はあったはずだ) 彼女が何を好んだか、どこがお気に入りだったか、雷音はそれに詳しくなることは出来なかった。 (やっと友達になれたと思ってた――) 「……冴、冴っ……」 彼女の欠片。アークの廊下で、たまたま撮られたスナップ写真。 特に表情がないのがまた彼女らしくて。 (やっと、泣けた。彼女のために) 「冴……」 (もっと一緒に居たかったもっと楽しいことがあるって教えたかった一緒に買物にもいきたかった普通の女の子の友達として笑いあいたかったもっともっと大好きになりたかった――!) 写真を抱きしめて、今はもういない彼女の欠片を、少しの時間でも友達だった彼女の思い出を。 笑顔は、雷音の胸の中に。 「ありがとう、冴」 伊吹は、少し怒っていた。 「あいつも結構写ってるな……一族の掟だとか言って避けていたのに」 黒い羽根の息子同然は、三高平市での生活を楽しんでいたようだ。 七緒の無差別撮影のため、三高平市民には肖像権はあってなきが如しである。 死んだものを責める訳には行かない。 「俺には一枚も撮らせなかったくせに」 口に出してから、伊吹はそれがやや子供じみた悋気だったことに気がつく。 (……まあ許そう。こうして残っていてよかったのだ) 伊吹がアークに来て、三ヶ月が過ぎようとしている。 (長いようで短い期間だが、まるで昔からここにいたような気がするな。あいつがいた期間もたった一年半だというのに) 冬から春へ移ろう間に、多くの戦友に恵まれ、また幾人かと別れることになった……まだ思い出として振り返るには早すぎる。 今は感傷に浸っている時ではない。それでも、今日だけは。 「あいつの分の写真は俺がもらってもいいだろうか」 七緒が否という訳がなかった。 鷲祐も探していた。 「奴もあの現場にいた……そのレンズに収まっている可能性は高い。拡散は看過できないんだ」 昨年刊行された七緒の写真集から目を離す。 在りし日の公園の、否、公園の緑に埋もれるようなツリーハウスから。 「……身長と光の加減……日常のスナップとて、其処には本職の理があるはずだ……!」 後は必死に写真捜査。日付は2/5以降のもの。主に朱々とした写真を探す。 あの、思い出すのも切ない雪合戦の日。何が起こったのか詳しくはアーク本部レクリエーション報告書を紐解いて欲しい。 司馬さんね、悲しいことがあったのよ。 「えぇい! 手が足りんかッ!? そこの酒呑童子! 力を貸してくれ!」 「了解した どの様な写真を所望か。先日炎上した公園家屋の写真か。一体何故そんなことに――」 紐解いてください。 「……なるほど」 「要は、インフェルノな写真を誰にも持ってかれたくない」 「しかし 家屋が炎上した事実は確りと受けと――」 「よーく考えて。家燃えてるんだよ!?」 「――そうだな そういう思い出も大事だな」 なんか、二人の心がすれ違ってる。 でも、展示はする七緒クオリティ。 鷲祐のあまりの悲壮さに、七緒は写真集に入れるのと、焼き増しは、なしにした。展示はするけど。 「よし、今日はお疲れ。飲むぞ!!」 「そうか……そうだな。ソレも悪くない。付き合おう。飲むぞ」 会場から出て行く二人の背中を七緒激写。 「展示、追加ぁ」 雷慈慟、展示物、0から1へ。 都心の事務所の連絡先は教えてやらん。 ご婦人へのデリカシーを鷲祐に教授してもらってから、出直しといで。 鷲祐もないけどな。 ● 閉会。といっても、まだ帰れない。 アラストールは、具体的に言うと、写真の現像総数と実際の出荷量の確認に勤しんでいる。 足りない物があったら再確認して再現像され、また明日飾られるのだ。 はがしてもはがしても、貼り出されるのだ。 ウラジミールは、ぐったりしてる七緒の元にやってきた。 「食事もまだだろう?」 おにぎりとお茶が差し出されるのを、七緒はありがたく受け取った。 「ハロウィンやクリスマスの写真。皆の楽しそうな表情が実に良い」 「ウラジミールさんは、癒しぃ」 「曽田女史からのお勧めやベストがあるなら、聞かせて欲しいな。話しが長くなるようなら酒を用意しよう」 「あ、新田が酒くれた」 「今夜は長くなりそうだ」 ● 酒飲んで熟睡状態で発見された七緒がまた叱られるのは、十二時間後のことである。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|