● 日本の夕暮れ時は、血のように赤い。 「戦う殿方は素敵ね、バルベッテ?」 「ゾクゾクするわね、ベルベッタ?」 フィクサード同士の交渉の場。 立体駐車場での取引に、のこのこと入り込んでくる女学生の集団。 品性に欠ける繁華街ということを考えると、場にそぐわないことこの上ない。 そもそも、余計な茶々が入れられないよう結界が張ってあったはずだ。 「ケイオス様の下で戦わせてあげたいわ」 「小指の爪の先が擦り切れるまでね」 孔雀石の目をした女学生が細い指に楽器ケースを下げている。 女学生の会話は続いている。 しかし、口を開いているのはたったひとり、外国人の少女なのだ。 それ以外は、日本人。 なにより動きがぎこちない。 それ自体の意思を強烈に抑制されているような、見えない拘束具で制御されているような。 ぐき、ごき。 関節がかたい人形を無理やり動かしたらこんな具合になるのかもしれない。 「うふふ。この子達可愛いでしょう? 手始めにそこで拾ってきたの」 「ちょっとグラグラしているけれど大丈夫よ。あなた達を、あたし達の、ひいてはケイオス様の兵隊にするには十分な働きをしてくれると思うの」 皆、耳から血を流している。 血だけではない。なにか白いものも混じっている。 その耳の中からもぞもぞと出入りしているものがある。 指だ。 ネイルアートが施された細い指。 爪がとても鋭く尖った指が、頭蓋の骨を砕きながら耳孔から脳をほじくり返して這い出てきたのだ。 逆光で顔がよく見えない。 しかし、目玉が裏返ってはいないか。 眼窩から鼻腔から、締りのすっかりなくなってしまった口から、血の塊が、顔の半分を真っ赤に染めて首から胸から腹からぐっしょりと汚している。 しかし、そのくらいでビビっているようでは、デスペラードミスタは名乗れない。 フィクサード達の行動は早かった。 おびただしい数の弾丸が、少女たちに降り注ぐ。 びち、びち、びちびち。 少女たちの背後に血だまりができる。 穿たれた穴。 貫通する銃弾がコンクリの壁にめり込む。 彼らに宿る神秘に衰えはない。 「あたしもバルベッテも芸術家だから、肉体労働、まして戦闘には向かないの」 なぜ死なない。 たっぷり鉛玉をくれてやったのに。 露骨に死んでる連中はともかく。 なんでこの外人娘はケロッとしているんだ? 「あたしもベルベッタも芸術家だから、素材はきちんと吟味するの。今の感じでは、あなたたちは有望だと思うのよ」 朗らかだ。 場にそぐわない。 穴だらけの少女たちは前進を続ける。 取れそうな手足をブランブランと揺らしながら無言で進む。 「もちろんケイオス様やバレット様は特別よ。比べるなんてありえないわ」 「言わずもがなだわ。そもそもの前提が間違っているわ」 外人娘はいそいそと楽器ケースを開け、吹き口に可憐な唇を添わせる。 穴だらけの少女たちに、今度は刃物がたんまりと振るわれた。 肘から切断され、膝を逆に折られ、手首は粉砕され。 それでも、少女たちは止まらない。 外人娘は朗らかに笑う。 「では、捧げましょう。ケイオス様に、異郷の兵隊を」 「精々働いて尽くしてちょうだいね」 ケースの中から現れる小さな喇叭。 最も高く鋭い音を出す、E♭菅・ロングコルネット。 アーティファクト「細断コロラトゥーラ」 ひと吹きで、それまでぎこちなかった少女の死体達が、百戦錬磨のフィクサードに掴みかかる。 一人のフィクサードに複数の死体が飛びかかり、急所を噛みちぎる。 少女の顎にそんな力はない。 びきぼきと骨のへし折れる音がするが、死体はそんなことに頓着しない。 逃げを打つフィクサードの足に何かが絡みついた。 腕だ。 関節が外れて、へし折れた肘から骨を露出させた肉の蛇と化した腕が、両足に絡みついているのだ。 悲鳴を上げようとした口に、鎌首のようにもたげた拳が入り込み、メリメリとそのまま喉の奥にまで付きこまれる。 もごもごっと喉が動いた。 握っていた拳が開かれたのだ。 ぐるりとフィクサードの目が裏返る。 「そうそう」 「そんな感じで」 やめてくれ。 そんな死に方は嫌だ。 死んだあとにそんなおぞましいものになるのは嫌だ。 腑分けした内蔵を売りさばくこともある連中が泣き叫ぶ。 駐車場での取引は、なし崩しに終わる。 死体が死体を産み、生者は死体に蹂躙される。 この地区から主要なフィクサードは一掃されるだろう。 「足取り優雅に」 「かつ力強く歩いて頂戴」 一人の少女の口から二人分の声色。 「ケイオス様は喜んでくださるかしら?」 「バレット様にも喜んでいただけるといいわね」 ● 「『一人上手』バルベッテ・ベルベッタ。担当、金管楽器担当。コルネット奏者」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターに孔雀石の目をした女学生を映し出す。 イヴと同級生といっても、素直に頷けるあどけなさだ。 「バロックナイツ『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの私兵集団『楽団』の一人。見た目に騙されてはいけない」 イヴは無表情だ。 「アークを殲滅させに来ている。自分の筋書き――楽譜通りに事を運ぶ気満々。最終的には三高平を死体で埋め尽くそうとするでしょうね。53年前のポーランドの件から容易に想像できるけど」 モニターに模式図。 「連中は、死んだ者を兵隊に使う。ネクロマンシーって言葉くらいは聞いたことがあると思うけど。ゾンビマスターって言った方がわかりやすい? ケイオスとその楽団はみんなそれ。しかも優秀」 ゾンビマスターって言い回しが優雅じゃないって怒り出したら笑えるというイヴは無表情。 「連中は力ある死体――革醒者を殺して手駒にする気でいる。あちこちのが襲われてるのを、今こっちが止めに入っているところ。今は、相手に戦力を与えないことが優先。そして、こっちの戦力は温存。こっちが傷つくとその分向こうが喜ぶ」 生前はいかなる者であれ、死体はもれなく向こうの味方になる。 イヴは無表情。 「そのうちの一人の動きを捕まえた。繁華街に現れる。そこで、フィクサード集団を死体に変えて配下にしようと目論んでる」 イヴは無表情。 「既に、そのために手駒として女学生が数人犠牲になっている」 モニターに出される数枚の写真。 たまたまそこにいただけなのに。 「フィクサードの方は、まだ間に合う。連中に死体を調達させる訳には行かない。フィクサード達を生き残らせて」 イヴは無表情。 「デスペラードミスタがいる。面子の手前、退かないだろうね」 その舎弟も、一人前と認められる革醒者だ。 「だからこそ、連中の使役する死体になったら厄介。人間性の大半は喪失する。生前の知性や理性は断片的にしか残ってない。死者の苦しみは際限なく、結果、獰猛で危険な存在に成り果ててる。ここまでは、まだいい。ノーフェイスや並のE・アンデッドにはよくあること」 イヴは無表情。 「操られる死体はそう簡単にやられない。恐ろしくしぶとくしつこい。死んでいるから痛みも感じないし、部位欠損しても平気で動く。というか、その部分も動く。投げつけられた腐った拳が顔に当たった瞬間、指を動かして目玉えぐってきたりする」 部分が動くというのはそういうだ。 「――つまり、そのへんの女子高生が歴戦のフィクサードを殺せるくらいの化物になり果てるってこと」 捨て身ですらない。 もう、失うものなど何もないのだ。 死体は、何も持っていない。 「みんなの仕事は、フィクサードを死なせないこと。これ以上に死体を「楽団」のおもちゃにさせないで。楽団員の生死は不問」 イヴは無表情だ。 「無理な深追いを禁じる。死んだら最後、奴らの駒にされるということを忘れないで。転がってたら、止め刺されるよ」 イヴは無表情だ。さらに釘を指す。 「手ぶらで帰せれば、それでいい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月07日(金)23:25 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 孔雀石の瞳の楽団員は、微笑んだ。 赤子の姿をした天使が吹く喇叭は、こういう音がするのだろうか。 高らかに響く柔らかな高音。 快晴の朝に聞いたら、一日幸せになれそうだ。 血臭渦巻く屋内駐車場で死体を動かすための音色なんて、あんまりだ。 ぎこちなかった少女の死体達が、百戦錬磨のフィクサードに掴みかかる。 引き裂かれるスーツ、ダウンジャケット。 吹き出す羽毛が舞い散る中、フィクサードは後方に突き飛ばされた。 立ちふさがる二刀流の邪気眼美形、スレンダーなバトルドレスの女の子、奇抜な衣装のナイスバディ綺麗なお姉さん、古風なセーラー服の大和撫子。 「ちーっす、アークでっす。バロックナイツのケイオスさんに喧嘩売りにきましたー」 邪気眼美形――『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)は、死体の狩場に乱入する。 バロックナイツのケイオスさん。 現実的な名前ではない。 フィクションや都市伝説の住人だ。 現実世界で語られるなら、一介の革醒者には死が待っている。 それだけではない。 「生者を殺して、その死体を操る? 生者と死者の尊厳を両方冒涜とか最悪ね」 『自堕落教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329) は、そう言い切る。 目の前の、口から血と限界まで伸ばされた舌を露出させて、鼻から脳みそと鼻汁を垂れ流した死体の兵隊と同じように、完全に動かなくなるまでこき使われるのだ。 「別になかよしこよしやろうってわけじゃないのよ」 ソラは、しりもちを付いているフィクサードの脇にしゃがみこむ。 「使えるものは使う……学校とかで習わなかった?」 ミコシ・ルートの若い衆がいきり立つ。 「このガキャ、兄貴にむかってなんだその口は」 兄貴と呼ばれた男は、そいつの頭を拳骨で殴った。 「黙ってろ。こちらは、てめえより場数踏んでる姐さんだ」 兄貴は、そう言ってソラを見た。 「――だよな。アークのそらせん」 二つ名の『自堕落教師』で呼ばれるのと、どちらがマシか。 「あなたたちは、私達が提供した敵の情報と私達の作戦を利用してこの場をのりきればいいの」 「なんだよ、正義の味方のアークが、悪党稼業にやけに優しいじゃねえか」 生死の境で、それでも笑うのが、デスペラードミスタだ。 大型弦楽器を模したボウガンを担いだ『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)が一喝する。 「こいつらの目的はアンタ達を殺してこの女学生みたいにしてしまう事! アタシ達の目的は、それによりこいつらの戦力増強を防ぐことよ!」 不本意と顔に書いてある。 「非革醒者であの実力っす。端的に言えば、革醒者であるアンタ達があーなったら、こっちも仕事が増えて困るって訳っすよ」 『STYLE ZERO』伊吹 マコト(BNE003900)が、隈の浮き出たねむたげな目元をこする。 「ああいう子が怪我するのは、避けたいっす」 スレンダーなバトルドレスの女の子――『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は、まっすぐに死体女学生を見据える。 (これ以上やらせないよ……!) 体中、フィクサードの銃弾を浴び体中をグシャグシャにされているのに、まだふらりふらりと立っている。 今日のおそらく二時までは生きていた。 フィクサードが闊歩する繁華街に来なければ、楽団員の尖兵にされることもなかったろうに。 (この子たちみたいに、なんて絶対ダメ!) 「わたしたちは退かないよ。だからお願い、今だけでいいの。協力して、助けて」 こんな事態でもなければ、協力なんて本当に嫌な奇抜な衣装のナイスバディ綺麗なお姉さん――『ブラックアッシュ』鳳 黎子(BNE003921)は、さりげなく訂正する。 「死にさえしなければ、手伝うなり逃げるなりお好きにどーぞ」 アークも善意のみばかりではないということだ。 逆にその方が安心できるのは、シノギの問題かもしれない。 敵の敵は、暫定味方だ。 「あの子たちは損壊するたび手強くなる。集中攻撃が一番効率いーとおもうの」 お節介な新興組織・アーク。 顔がしれている者が混じっていることも、主要七派に懇意を結んでいない弱小組織のフィクサードの肝を冷やす。 こいつらが出てくるような事態。 「アタシとしてはあんたらの命なんて惜しくもなんとも無いの。ただ、此処で死なれると後々面倒な事になるのよね――」 杏の笑みが怖い。 「おとなしくアタシ達の指示に従いなさい! そうすれば、ここは見逃してあげるわ」 死にたくなければそうしなくてはならない。 ちんまりした風見 七花(BNE003013)は、むっつりしている。 「フィクサードに手を貸すのは多少気が引けますが」 率直な言葉だ。 「死体が楽団員の手に渡れば、ねずみ算式さながらの速さで被害が拡大していくことでしょう」 本当に嫌そうに七花は言う。 「楽団のやり口も不愉快です。計画を阻止です」 それにですね。と、言葉をつなげる。 「死後を好き勝手にされるのも不愉快だと思いませんか?」 七花、若干ツンデレ風味だ。 「従わないってんならあんたら纏めてチェインライトニングでなぎ払ってあげても良いのよ…?」 終いには、杏による恫喝。 いい女に命の心配されて悪い気はしない。 兄貴は頷いた。 「よぉくわかったぜ。俺らが生きてても迷惑。だが死なれるのはもっと迷惑ってことだろ」 だったら、わかりやすいや。と、兄貴は舎弟のケツを蹴り飛ばす。 「ありがたく盾になってもらうぜ、アークさんよぉ! いい子にしてっから俺らを生かしといてくれ。命の礼は応相談だ! あとで話付けようや!」 「んじゃ、これ。こうしててくれれば怪我しにくいっすから。あとで、撃ち方の指示さしてもらうっす」 レールガンを担いだレイザータクトは、前線に向けて銃を構えた。 「やっぱり、アークは、聞いた通りのおバカさん達みたいよ、バルベッタ」 「みんな可愛い顔なのに残念ね、ベルベッテ」 「でも、案山子としての使い心地は良さそうよ」 「では、持って帰りましょう」 「ケイオス様は褒めてくださるかしら」 「バレット様も褒めてくださるかもしれないわ」 ● 「外国美少女」 『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)は、生唾を飲む。 竜一の彼女も外国美少女だが、話が別らしい。 (一人二役してるようだけども、うちの妹もよくしてるし、許容範囲だろ) その認識は間違っている。 「――無事でいればお兄ちゃんと慕ってくれたかもしれない女学生たちを犠牲にしやがって……!」 少女の死体四人編隊を前にして、それを創造した楽団に怒りがこみ上げてくる。 「だが、この子も悪いが、全てはケイオスが悪いんだ!」 美少女に悪いことさせる奴が一番悪人という竜一にブレはない。 「作曲家ならともかく、演奏家で芸術家とはね。形に残らない物を作るって言うのは、正直言って理解しがたいね」 マコトの呟きに、外人娘は口角を釣り上げる。 「心が貧しい人がいるわ、バルベッタ」 「その場限りの刹那の美しさを理解していないのね、ベルベッテ」 「花は散るからこそ美しいわ」 「花火は消えるからこそ最高よ」 「ライブの良さがわからないなんて不幸だわ」 「ライブは最高よね」 「重ね合わせられる音、重なり合う生者と死者。ねえ、バルベッタ」 「その場の楽団全員のノリ。それを統率する完璧な指揮。ねえ、ベルベッテ」 「「この世の最高の芸術のなんたるかを知らない人達。永遠のライブに巻き込んであげるわ」」 孔雀石色の瞳が炯々と光を放つ。 白金色のコルネットからあふれる音が、死体女学生を躍らせる。 細断コロラトゥーラ。 うねるような装飾音符の羅列。 指三本でどうしてこれだけ音が羅列するのか。 恐ろしい程しなやかな薄いナイフが空気を切り裂く。 キラキラと、星の破片が降るような。 すべての動きを止めて聞き入ってしまいた誘惑に駆られるのは、アーティファクトの魔力ではない。 純粋な演奏技術だ。 (……人の生き方にとやかく言うほど、立派な人生は歩んでないけどさ) マコトは、くわえタバコのフィルターを噛み切りかける。 (そういうこと言われると、超ストレスたまんだけど――?) ストレス解消のためのリベリスタ活動だって言ってんだろ。 ● 「狼煙を上げよ、法螺貝を吹け、鬨の声を上げよ。此処は戦場也。盛者必衰、生者必滅。此の現世は――諸行無常が刻に在り!」 古風なセーラー服の大和撫子――『永御前』一条・永(BNE000821) の口上に、外国娘が感嘆の声を上げる。 「カブキ デ ジャポネよ! さすが本場ね、バルベッタ」 「カブキは男がするのよ、ベルベッテ。でも、美しい凱旋曲のよう」 「私達はケイオス様を凱旋させて差し上げなくては、バルベッタ」 「バレット様にもお喜びいただけるしね、ベルベッテ」 四人の死体女学生が、四人のリベリスタと対峙する。 なりふり構わぬ死体の特攻を四回しのぎきるのは難しい。 「殿方は後回しでいいわね、バルベッテ?」 「ええ。まずはご婦人からよ、ベルベッタ」 「「こっちのおねえさんから行きましょう」」 殺到する。 孔雀石の瞳の楽団員は今の自分の手駒が脆いことを知っている。 だから、徒党を組ませる。 リベリスタと一体一で相対して勝てるとはこれっぽっちも思っていない。 爪が、顎が、ひしゃげた腕が、割れた頭が、永に襲い掛かる。 「そのお姉さんは本当のことを言ったわ。生者は必ず死ぬわ」 「でも死人はもう死なないわ」 「「あなた達もそうなったらわかるわ」」 リベリスタ達は、死体女学生達をミコシ・ルートと後衛に突貫させることは防いだが、それが一人に殺到することを妨げえることはできない。 永の振るう薙刀が女子高生の腹をえぐる。 放たれる電撃に、裏返った白目が白濁し、沸騰した血液が煮えたぎって泡になる。 だが、動きは止まらない。 黎子の気糸が死体を縛り上げ、動きを止めさせる。 「縛られてしまったわ、バルベッタ」 「ならば外させましょう、ベルベッテ。少し形は変わってしまうけど、すぐにまた動けるようになるわ」 ばきべきぼきごき。 吹き鳴らされるファンファーレ。 死体は、骨が折れようが砕けようが気にしない。 断ち割られた腹からドロドロと長い長い腸がはみ出し、大蛇の有様で革醒者を追い詰める。 一生で最も生命力にあふれた年頃だ。 それが、ヒトのカタチさえ放棄させられて、腹の中身で人を襲うような化物にされている。 辺りに充満する血と臓物の臭いに、ミコシ・ルートの若い衆がえづき始めた。 折り重なり、雪崩れかかる死体女学生。 ちぎれた手首が永の三つ編みに絡まって、でたらめな方向に跳ね回る。 「ちくしょおおおおおおおっ!!」 ミコシ・ルートの若い衆達が絶叫する。 「化け物に食われたくねえよっ! 死んだ後に化物になんかなりたくねえよぉっ!」 おぞましい。 厭わしい。 竜一が刀を振りかぶる。 「くっそ、やりづらいが……これ以上、女学生の犠牲を増やさないためにも……!」 すべてを巻き込み、粉砕する。 戦鬼烈風陣。 切り裂く数多の剣風に見境はない。 今、それを使えば、確実に傷ついている永も巻き込む。 永の生命力に賭けるか? 「私は死なない――っ!!」 永は叫ぶ。 死体女子高生の歯が、永の肉を食いちぎっていく。 死体女学生の指が、永の骨から肉を引き剥がす。 力任せに体を壊される痛みと恐怖は尋常ではない。 それでも、死体の檻の中から垣間見える永御前は毅然としていた。 「世界最強だろうが楽団だろうが、神州日本を――私が愛する人達が眠る国を踏み荒らす者は許さない!」 意を、決した。 竜一は、双の得物を旋回させた。 吹き荒れる剣風が、永もろとも死体女学生を切り刻む。 「放して、永さんを放してよ!」 旭の脳裏に一瞬死体の永が浮かぶ。 「――絶対ダメなんだから!」 殺到する死体を永から引き剥がそうと、旭は突貫する。 集中攻撃、集中攻撃。 旭は、先ほど自分が口にした言葉をくり返す。 攻撃するべき対象は、最初に永と相対した死体だ。 「お願い。今だけでいいから。協力して。助けて」 同じ言葉の重みが違う。 旭の手甲から炎の柱が吹き上がり、コンクリートの天井を焦がす。 「みんなこの子を攻撃してぇ!」 業炎に飲まれた死体女学生。 「あれを最優先攻撃目標に」 マコトの攻撃方針は即座に修正された。 「麻痺しないなら、こっちでしょ。まだ、体力にも余裕があるしね!」 黎子の甘美な死の刻印が、死体をさらに彼岸に近づける。 ソラの召喚する福音だけでは足りないとみるや、マコトの詠唱が重ねられ、微風が屋内駐車場を吹き抜ける。 自爆もどきのこんな手は、何度も使えない。 だから、とにかく数を減らさないことには話にならない。 「もう! 無茶して!」 七花の目が見開かれる。 魔術師の瞳が幻視する死神の鎌が、再び動く死体に死のプレゼントをする。 「あんたらは前に出ず、皆が集中攻撃してる奴を遠距離攻撃で狙いなさい!」 フィンガーバレットやらヤッパやらを構えるミコシ・ルートの舎弟に、杏の指示が飛ぶ。 当の杏は、四種の魔法をより合わせ、永にのしかかっている死体の頭に黒い奔流を突き立てる。 「うわあああっっ!!」 ミコシ・ルートから絶叫とともに吐き出される銃弾も加わった。 完膚なきまでに、部分という部分がミンチになるまで丁寧に念入りに「壊された」死体女学生が二体。 それをこしらえるために、危うく仲間一人を永遠に失うところだった。 そもそもミコシ・ルートが限界だ。 日頃相手にするのは、精々敵対組織のフィクサード。 E・アンデッドと戦ったこともないだろう。 兄貴はともかく、舎弟どもは涙と鼻水で顔面はぐしゃぐしゃだ。 小便を漏らしていないだけマシかもしれない。 生きていないモノを自在に操る者の恐ろしさをリベリスタは腹の底から感じていた。 「二体減ってしまったわ、バルベッテ」 「これは、結構骨ね。このままでは損得勘定が合わなくなるわ、ベルベッタ」 UFOキャッチャーのぬいぐるみがアームからすり抜けたような顔をする外国娘に、杏は口の端を不敵に釣り上げる。 「申し訳ないけれど、あんたの思い通りにさせないっていうのが今日のアタシのお仕事なのよね。今回はおとなしく引き下がってくれないかしら」 でなければ、さらに死体女学生を潰す。と、描きかけの魔法陣が宙を旋回する。 「アタシだって無駄な労働はしたくないのよ。貴女も嫌いでしょ? 肉体労働」 損得勘定から行けば、リベリスタの方が赤字覚悟の大放出だ。 あれほどイヴが「撤退させるだけでいい」と言い続けていたのが今わかった。 「そろそろ帰らない?このまま続けてもお互い損するだけだしさ」 こちらが優位な内にと、マコトは撤退勧告をする。 先ほど呪いの魔弾を放った銃身は連射可能の状態になっている。 ん~。と、「一人上手」は小首をかしげる。 「お土産がないと、バレット様に叱られそう。ねえ、バルベッタ」 「でも、手ぶらだとがっかりされそうよ。ねえ、ベルベッテ」 細断コロラトゥーラの吹き口に唇を寄せたまま、孔雀石色の瞳の楽団員は一人問答を続ける。 「プンプンとがっかり、どっちがマシかしら」 「がっかりするバレット様は見たくないわ」 「じゃあ、今日は叱られることにしましょう」 「仕方がないわね」 ため息を付くのではなかった。 吹き鳴らされるコルネット。 死体女学生が一気に退く。 吹き上がる死人の血肉。 いきなりのエンジン音。 上階から突っ込んでくるイタリア車。 跳ね上がるトランクに自ら飛び込んでいく死体女学生。 運転している男の耳からも血が垂れている。 「それでは、みなさん、ごきげんよう。バルベッテもベルベッタもとてもお名残惜しいわ」 後部座席にちょこんと腰をかけた「一人上手」は、アーティファクトに唇を寄せたまま別れの挨拶をした。 「撃ちてえよ……」 ミコシ・ルートの若い衆の指が引き金にかかったままだ。 その指を、兄貴が上から掴んだ。 「オメエじゃ、あの化物は倒せねえ。それどころか、ここに居る全員くたばることになんだぞ。歯あ食いしばれ、ここは耐えどこだ」 そういう兄貴もギリギリと歯を軋らせる。 「またお会いできるといいのだけれど、ねえ、バルベッテ」 「その時は連れて帰るわ。ねえ、ベルベッタ」 ばいば~い! と可愛らしく手を振りながら、楽団員は暴走車で戦場から退場する。 ミンチ肉、女子高生二体分が残された。 ● 倦怠が、場を包んでいた。 体力にも魔力にもまだ余裕はあるのに、泥のように疲れていた。 「読めなかった……」 リーディングを試みたマコトは、ルーレットのようにコロコロ主体を変える「一人上手」の思考の気色悪さに顔が青くなっている。 「……無念でしょうね、全く。あのフィクサードをすぐ倒せるほど私達が強ければ……。殺される前に私達が気付ければこんな事には……。せめて他にあなたたちがのような人が出ないようにしますから」 黎子は、赤い塊に声をかける。 もはや死体とも言えない、どちらがどちらかわからないほど混じりあったそれ。 「楽団員」の操る死体は、ここまでしなければ止められなかった。 「楽団はこんな奴等ばかりなのかしら。やってられないわね」 ソラのつぶやきが全員の心を代弁していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|