● カレンダーではもう9月だった。早いもので夏休みも終ってしまったし、『何時も通り』の日常が戻ってくるだけだった。朝起きて、学校に行って、授業を受ける。昼休みは何をしようか。友達と笑いあいながらお弁当を食べよう。気になるおかずを交換して、それから、それから――? もう人も少ない。ざざ、と波の押し寄せる音だけが耳朶を這う。 「わたし、何がしたいんだっけ」 何もかも、忘れてしまった。 始業式は今日だった? それとも明日? 嗚呼、それより、海風が気持ちいいな。人がいないとまるでこの大きな海を一人占めした気分になる。 両手を広げて、ぱしゃり、と海に足を踏み入れる。 このまま、沈んでしまいたいな。沈めたら、どれだけ幸せなんだろうな。 ● 「さて、新学期。宿題は済んだかしら?」 ブリーフィングルームで意地悪く笑ったのは『外見』は中学生の『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)だ。 「ひっそりと夏の終わりに皆にお願いしたい事があるの」 モニターに映し出されたのはピークを過ぎ去った大きな海。ただ、一部分だけ異様に透き通っている場所があった。まるでその部分だけ『何か』別物もがある様な、そんな色である。 「お察しの通り此れはアーティファクトの効果よ。勿論、アーティファクトと言えば、六道。食中り、というわけでもなさそうだけど」 趣味が悪いのは変わらないけれどね、とフォーチュナは付け加えた。 ざざ、と波が押し寄せる。其処にぼんやりと立っている少女がいた。その眸はただ海を反射して、水面の揺らぎが映るのみ。音声は入っていない。静かに、押し寄せる波が文字通り彼女を『攫った』。 「――え?」 「このアーティファクトは思い出を攫う。何でもよ。過去も未来も全て攫うわ。形状は本当に小さな貝殻よ。 ただ、その貝殻の周囲1m程度がこうやってい様に透き通る。そして、この場所に足を踏み入れると、攫われる、という訳ね」 その絵面はちょっとした神隠しだった。だが、実際は本当に姿を隠すわけではない。 波に攫われた少女は水泡となってその『透き通った』場所に漂っている。もう思い出は残っていなかった。だから、攫われた。アーティファクトに囚われた。もう要らないと、忘れる事もない、と思ったから。 「水泡を壊さずにアーティファクトを取り除けば彼女達は戻ってくる。本当に取り込まれるまでにはまだ、時間が浅いから。でもね、一つ問題があるの。このアーティファクト、自然に現れた物ではないわ」 自然にではないとしたら『人為的』なものでしかない。ならば、その犯人が近くにいるだろう。 「皆が、アーティファクトを回収しようとしたら、邪魔が入るわ。六道のフィクサード、名前は夏生」 「そのフィクサードは何をしようと?」 「彼女は、思い出が欲しかった。学生生活も送ったことないし、友達もいなかった」 だから、他人の思い出を盗んでしまおうと思った。影の少女が日向の娘に憧れるかのような、そんな想い。 「アーティファクトを手に入れようと効果範囲に入れば、アーティファクトは特殊空間を作り出すわ。夏生の幻が皆の思い出を奪おうとする。 対抗するには大切な思い出を胸に持っていればいいの。其れで幻が弱まる。 ただし、注意してほしいのは『想いを持つだけ』じゃいけないわ。戦いは免れない。しかも1対1のね?」 思いを強く持ったうえで戦わねばならない。1対1の想いの戦い。そして、真剣勝負。 「皆にお願いしたいのは、攫われた少女達の確保」 さあ、悪い夢を醒まして頂戴。フォーチュナは優しく微笑んだ。 踏み入れたつま先で、遊ぶ影がゆらゆらと。ただ、水面に黒く映って揺れていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月10日(月)23:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「――夏生?」 砂を踏みしめ『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は座りこんだ少女に声をかけた。ぼんやりとする六道のフィクサード、夏生の目は何かに囚われた様に遠い。 空虚、其処にあるのはただの抜け殻。じっと彼女の顔を見つめた『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は口元にゆるく笑みを浮かべた。りりすの唇から零れ出る鮫の牙。その瞳が映すのは何の意味か。羨望か、嫉妬か、皮肉化、自嘲か、劣等であるか、虚栄であるか。 『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)の足元から影が伸びあがる。意志ある影が彼の想いを表す様に複雑そうに揺れた。 「あの子は思い出が欲しいんだよね?」 『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)の金の髪が夏風に靡く。様々な出来ごとが胸に過ぎる。まだ彼女が黒い髪に黒い瞳をしていた頃――涙を失ったあの時だって忌まわしい記憶であっても思い出だった。 「思い出って色々あるよね」 皆は、どう?と彼女は小さく問うた。応えが欲しいのではない。唯、良き事も悪い事も、全てが陽菜である理由であるから。 朝霜の様な薄いヴェールを揺らし『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)はその眸に夢を湛える。体内で活性化した魔力に目を伏せる。 「さあ、行きましょう」 ● 波打ち際に来るとしてやや似合わぬ黒づくめの侭、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)はアーティファクトが作り出す異空間へと踏み入れた。 ワン・オブ・サウザンドを握りしめて彼は前を見据える。目の前の少女が握りしめるものも星龍と同じライフル。異常なまでに精度の高いソレを握りしめ、六道フィクサードは目を細めた。 「私自身の大切な想い出はアークの皆さんと共に過ごした夏」 傍目から見たならばきっと何時も通り。変化もない、ただ、淡々とした毎日を送っていると。けれど、変化がないわけではない、と。 「一分一秒たりとも酷似しているように見えて、過去のものとは違い日々新しい刺激に満ちている」 構えたライフル。極限の集中力により動体視力が異常に強化される。コマ送りになる光景に想い出がそこには映し出されていた。 「「それ故に平凡に見えても、平凡に非ず」」 星龍と夏生の言葉が重なる。両者が放つのは同じスキル。逃れる暇など与えない銃弾が、夏生の頬を掠める。弾に意味を込める。自身の全ての力を。弾の軌道は、想い出だ。この弾が描く軌跡は自身の過去の軌跡。 「他人のものを掠めても借り物であり、決して同一化出来ない事を――」 知ってくださいと吐きだされた弾丸が夏生の腹を抉る。彼女は笑った。 「その内容を君はいくつ言えるんだい?」 ぼこり、水泡が揺れる。飲み込まれまいと吐きだす銃弾が夏生の――幻の額を貫通した。 脳の伝達処理能力を向上させ、集中領域に行きついた『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)は眼を開ける。 「ヤマは、能力者としては其れ程強うなくての……」 語るのは生業と出会った人々の記憶。水泡がヤマと夏生の前を通り過ぎる。 「一般人を狙って潜り込んで、心を許した所で殺るのが手管だった」 暗殺者の集団。其れが彼女ら『ヤマ』の生きる道なのだ。何も知らず年を重ねた訳ではない。幼き頃に人を殺め、殺して殺して殺し続けた。 「色んなところで、色んなやつと付きおうた」 遠い国で出会った亡命者の一家の娘や地方議員、殺し屋。出会った人間は全て澱んだ思いを持っていた。娘は友人が中々居ないからと純粋に喜び、先立った娘の代わりにと地方議員は本当の父親の様に優しく彼女を育てた。殺しの事実は、彼女のものだ。 「どうやって、殺したの」 「娘は首を折って崖から突き落とした、養父は寝ている時に首を掻き切った。殺し屋は……手こずったの。笑いながら死によるものだから」 目に焼き付いて仕方がない。網膜に刻まれる死に顔。覚えてる、全て。最期を看取った自分が忘れたら、誰もその最期を知らないのだ。 「……嗚呼、すまんなあ。フィクサードは日陰者。故に日向者の記憶を欲しがるのは分かる」 自分が同じ物を手に入れたら、同じ事をしたかもしれない。気糸で夏生を絡め取る。誰かに渡すわけにはいかない記憶があった。 「ヌシの命は必要悪の範疇に入らぬ」 ● パラパラ漫画の様にコマ送りになった世界で陽菜は夏生を見つめた。 「ナイトメア・ダウンって知ってる?」 幻の少女は其れに頷いた。大きな事件が陽菜に残した傷跡は、余りにも大きな物だった。 幼い彼女は大好きな祖父と手を繋いで静岡を訪れていた。海で遊び、温泉に入り、美味しい物を食べて、充実した一泊二日を過ごして祖母たちのもとへ帰ろうと祖父と笑い合った。 眩い光で包みこまれると共に、次に目を開けると瓦礫の下に居る事が分かった。世界が暗転する。目を見開く。小さく、お爺様と呼んだ。近くにある祖父の顔が満足していて、嗚呼、とっさに庇ってくれたんだとその時ばかりは冷静になった。 あふれ出る涙で前が見えない。抱きしめてくれる祖父の腕が、力強くて。動かなくなった祖父をおじいさま、おじいさまとたどたどしく何度も呼んだ。意識が途切れるまで、何度も、泣きながら、死なないでと祖父の体を揺らした。 大好きな祖父との最後の想い出。祖父の最期、祖父との最後。失う訳にはいかない思い出であるし、あげられるほど軽くもない。 逃さぬように何度も何度も夏生を撃ち抜く。インビジブルアーチェリーから放たれる攻撃に夏生は晒されながらも笑った。 「辛いなら、忘れてしまえばいいじゃない」 「それでも、アタシとお爺様の最後の想い出なんだ」 金色の髪が揺れる。祖父の知っている自分とは随分と姿が変わってしまった。祖父の愛した人――祖母の髪と瞳。変わってしまったけれど思いだけは変わらずにあることを知っていた。 「ねえ、貴方、泣けないの? 代わりに、泣いてあげようか」 夏生の言葉に陽菜は笑う。嗚呼、想い出も、泣く事も代わりになんて、誰かがすることなんて出来ないのだ。 放つアーリースナイプは夏生を撃ち抜いた。 「――きっと仲良くなれるよ、アタシ達」 目を閉じていたエナーシアの頭の中で想い出が反芻する何てことない想い出だった。 「何なのですこの食べ物は……」 目の前の奇妙な色合いの食べ物にエナーシアは眉を顰めた。不味いと街で評判だから、食べてみなくちゃ解らないし物は試しだと何でもの屋で大切な過去の人である師匠筋の爺が差し出す皿から一口摘む。 「……意外とイケるのです」 「ほらな、言ったこっっ――!?」 思い出すだけで小さく笑みが零れた。大切でない想い出なんてなかった。世界は何もかもを忘れない。全て積み木の様に積み重なって、想い出を渡した所で揺るぎやしない。自分と言う土台に重ねて行くものだから少しなら差し出したって良い。 「想い出が欲しいのなら、あげるのも吝かではないわ」 本当に欲しいならね。魔力銃を構えたままエナーシアは夏生を見つめた。互いに向かいある。銃を握る夏生の腕がふるりと震えた。 「くれるの?」 「ええ、だけど、駄目ね。どうあろうと貴女が欲しいものを私が与える事は出来ないわ」 夏生の目が見開かれる。細められたエナーシアの瞳はただ冷たい色を湛えながら少女の幻へと銃弾を放つ。彼女の手に放たれた弾丸で銃を取り落とした。 「想い出を奪った想い出になるだけよ。貴女の想い出には決してならないのだから」 夏生が慌てて銃を拾いあげて放った魔力を得た弾丸を部分遮蔽が弾く。 「欲しくもない貴女にあげるものは一片すらないのだわ」 他人から奪った想い出等要らなくて、自分の想いでが欲しいのでしょうとエナーシアは夏生を撃ち抜いていく。 彼女のポケットから覗く紙がかさりと揺れる。何度だって撃ち抜いた、少女の表情が歪んでいく。何度だって、絶えず撃ち抜いて。 ● 六道と言われると自身が所属する場所の『教義』には反しているけれど、正直ロアンは興味を持っては居なかった。懐中時計を眺める。時計の針が、ゆっくりと刻む。 目の前で笑った夏生の手にはクレッセント。三日月の様な鋭さを湛えた其れは神の代行者として裁く為の武器だ。 「想い出は渡せない」 じっと見つめるその先に、妹の姿が見えた気がした。青い瞳に神秘を湛えた妹。神が彼女を愛したから、彼女は傷だらけだった。何度も代わりたいと、護りたいと思った。幼い頃から戦いに赴く妹の小さな背中が、余りにも弱弱しくて。 大丈夫、と笑う彼女の体を抱きしめて何時までも泣いた。如何してこの子なんだろう。如何して神はこの子を選んだんだろう。無慈悲にも幼い妹を選んだ神を信仰だと危険へ晒す教会や両親は如何してこの境遇を不幸だと思わないのだろう。 あの頃の妹の事を覚えておきたい。彼女が苦しんで歩んだ日々を、自分が忘れてしまっては、絆が失われてしまう。 夏生の死の刻印がロアンに刻みつけられる。牙で唇を噛み、彼は気糸で夏生を絡め取る。 「過去も未来も、全ては僕が僕である為のものだ。妹との絆だ。誰にも渡すものかッ!」 「想い出がないと絆ではないの?」 夏生の声は冷めきっていた。想い出の彼女が大切な絆であったとしても想い出でしか彼女との存在を、繋がりを覚えられないのか、と。違う、と漏らしても其処から言葉が出ない。かしゃん、と懐中時計が懐からこぼれ落ちる。 流れ出す血なんて気にしなかった。護るために、全てを。忘れない為に。銀の髪に鋼糸が触れる。夏生の目はただ、笑っていた。 運命を燃やしてでも、食らいつく。何度だって、この思いを守るため。 「想い出は本人を本人たらしめる大切な者だ。皆の想いで、きっちり返して貰うよ――ッ!」 放たれた気糸が少女の体を締め付けて、彼女の頭に目掛けて落とされる黒き闇。水泡が揺れる。 他人の思い出を自分の物にするなどとそんな行為、理解すら出来なかった。『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)は前を向く。奪い取れるなら奪い取ればいい。彼はナイフを振るう。 「教えてやる、想い出と言うのは自分だけのものだと言う事をな!」 放たれる澱みなき連撃に夏生は笑った。嗚呼、喜んで。どうぞ、教えてくださいな、と。 エルヴィンの想いでは楽しくて堪らない物だった。弟と共に過ごした日々が、楽しかった。喧嘩もしたし、馬鹿な事もした。笑いあえていた、綺麗な記憶だった。其れが壊されるまでは。壊されて、二度と手に入らなくなる想い出。 弟が狂ったようにナイフを突き刺す。何処に――?自分の胸に。深々と突き刺さった其れが、何かを奪い去った。運命に愛され、一命を取り留めながらも、胸には憎しみなどなかった。唯、虚無だけであった。 手を伸ばして、其れがもう一度戻るならば幾らだって努力した。もう戻らないと分かっていた、手を伸ばす事すらやめてしまった。空しさが胸を締め付けていた。 「――俺はリベリスタだ。世界を見て、想ったんだ。この世界は何て哀しいのか、と」 「そうだね、哀しい、とても空しいよ」 世界は、案外そんなものだよ、幻惑の武技は幻影を生み出し、翻弄する。 唯、世界は空しかった。自身に訪れた悲劇が、もう誰にも訪れない様にと。運命に愛されたならば、その為に運命を捧げようと。 「例え、無謀でも、偽善でも、俺は戦う! ヒトを、その心を救うために――ッ!」 悲しみを失くし、綺麗な想い出が自身の付いた膝をもう一度立たせた。運命を燃え上がらせ彼はナイフを振るう。幸せを潰させないために。悲劇を喜劇へと変える為に。 ● 「御機嫌よう、夏生。羽衣と少しだけ、お話ししましょう?」 羽衣と同じグリモアールと防御用マントを身につけた夏生は頷く。互いの姿がはっきりと認識できている。唯、どちらも魔術書を開く事はしない。話をしよう、と羽衣は夏生に歩み寄る。視線が交わる。 「羽衣に思い出なんて、殆ど無いわ。わすれたの。辛い事と一緒に、しあわせもみんな」 忘れた、ことにした。 羽衣の言葉に夏生はじっと彼女を見据えた。得たもの全てが幸せではない。初めからないなら何も感じられない。どちらも不幸せで、どちらも幸せなのだろう。果たしてどちらが良いのかなんて誰にも解らない。 こぽり、水泡が音を立てる。胸に手を当て、羽衣は目を伏せる。 「羽衣の昔が貴女にとってしあわせかは、知らないけれど」 忘れたものでいいなら、欲しいならあげると少女の様な笑みを浮かべたまま彼女は囁いた。けれど、と彼女は続ける。 「大事なものがあるの。此処に――アークに来てからはとてもしあわせ」 名前を呼んでくれる人が居る。手と取ってくれる人が居る。共に在る事が幸せだと笑ってくれる人が居る。優しい人たちが、沢山居る。想い出としてはまだ真新しくて、刻まれたばかりだけれど。其れでも一番手放したくないと思えるのはその気持ちだから。 「羽衣は知ってるわ。戻らないって知ってるから、想いでは綺麗なの。自分で刻んだ記録だから、想い出は暖かいの」 彼女の胸の中。あてた掌からとくんと伝わる鼓動の向こう。欠片の様に漂う想い出。一度でも失えば、もう見つからないかもしれない程に小さな欠片。ふわりと暖かで、ずっと抱きしめて居たくなる想い出。 「だから、あげないわ。羽衣のしあわせは羽衣のものよ。ごめんね、忘れたもの、あげても良いって言ったけど、やっぱりそれもあげたくない」 もう思い出したくないけれど、それも『羽衣』である証明になるから。『わたし』が『わたし』である為に、何より『アークの匂坂羽衣』であるために。 「――貴女には負けられない」 開いたグリモアールが淡く光る。周囲に展開された魔法陣から繰り出された魔力弾は夏生を撃ち抜いた。 「羽衣のものは、何一つだってあげないんだから」 浮かべた笑みは、まだ、あどけない少女のものだった。 求める、手を伸ばす。奪う。満たされることなく、繰り返し、繰り返す。何度も何度も求めて求めて、奪って。届かないで。繰り返して。嗚呼、それはこの寄せては返す波の様。 ぽこり、水泡が舞う。 「無いなら、奪ってしまえばいい」 目の前に居る鮫は、自分と同じだった。無銘の太刀を握り、リッパーズエッジは未だ血に濡れた様に赤く輝いている。 速度がりりすと包み込む。目の前の夏生は首を傾げて笑った。あなた、同じ事を考えるんだね、と。如何してこうにも似た者同士が多いのか。鮫の因子は同じような性格になる様に打ち込まれるのか。嗚呼、そんな事は関係ない。それよりも寂しがり屋で不器用なお姫様を奪いに往くしかない。 りりすは想い出を語ろうとはしなかった。語る事はなかった。ただ、その太刀で切り裂くだけだ。自分より相手が強い事など分かり切っていた。想い出を語る事で幻が揺らぐ――だから勝てるチャンスがあると聞いていた。 そんなことしなかった。想い出が無いわけではない。想い出が大事だと思うぐらい、作ろうと思った。目の前の夏生というフィクサードと。 「想い出ってヤツは、奪うよりも作る方が簡単なのさ」 体が風の様に、早くなる。踏み出したまま、打ち込んだ澱みなき連劇を受け止めた夏生は眼を見開いた。 「作る? どうやって」 「おままごとでも何でも付きあうさ」 僕が、君と想い出を作ればいい。その言葉に夏生の瞳には涙が滲む。彼女の繰り出す光の飛沫がりりすの腹を切り裂く。 足を掬われそうになる夏生は喰い下がる、動揺した。想い出を、共に作ろうと言われる等と思わなくて。動揺が、彼女の足を攫う。 「ッ、如何して!」 求める。無理やりに奪う。けれど満たされない。渇望で咽喉が渇く。もっと頂戴と涙を浮かべて手を伸ばしても届かなくて。繰り返してきたけれど、この満たされぬ思いを満たそうと言うのか。 「独りで作れないモノなら二人で作れば、いいんじゃね?」 水しぶきの様にキラキラと輝いた雫がりりすを切り裂く。運命を燃やして、ぐらつく膝を押さえて立ち上がる。想い出を奪われる訳にも行かない。負けるわけにはいかない。それよりも尚更。 「此処で僕が引いたら、また、独りだろう?」 寂しくて、求めて、求めて。手を伸ばしてきた。波が少女の足元を掬う。涙が伝う。 「独りで平気だってヤツは、他人から奪おうなんて思わねぇよ」 幻が揺らぐ。放つ澱み泣き連撃が、波から救い出す様に。怯えた鮫と手を伸ばす鮫。目の前の彼女が偽物だと知っているから、負ける訳にはいかない。惜しむ運命なんてなかった。 「友達、なろう」 ぶわ、と水泡が舞いあがる。波が引いていく。 ● 助け出した少女達に安堵して、ロアンとエナーシアは解放する。回収されたアーティファクトは羽衣の手の中に収まっていた。 ただ、茫然と涙を流しながら座りこむ夏生にエナーシアは呆れながら一枚の紙を差し出した。 「私、憧れから女子高生を始めたのです。自分で一歩踏み出すのですよ。そんな影に閉じこもってないでさ!」 差し出したのは三高平高校の願書。学生生活をした事がないという夏生は茫然とその紙を見つめていた。 「想い出盗んでる暇があるならアタシ達と一緒に想い出を作ろうよ」 手を伸ばした陽菜に夏生は俯いてただ、泣いた。友達だろうとりりすは泣いている夏生を見つめた。ざあ、と波が何かを攫う様に引いていく。 夏が、終わる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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