●フュリエの誘い ラ・ル・カーナを揺るがした激震の時間から幾ばくか。 辛うじて小康状態を取り戻したラ・ル・カーナ橋頭堡にフュリエ達が顔を出したのは突然の出来事だった。 とは言え、過日の戦い以来は橋頭堡で防衛準備を進めるリベリスタ達に協力する形で世界樹の周辺にキャンプを張る彼女達である。少なくとも以前よりは余程『リベリスタ達に関わる』機会は増えているとは言えるのだが―― 「ええと、その!」 ――畏まった態度はかなりの緊張を帯びている。 「今日はシェルン様からのお言葉を預かって来ました」 少しおどおどとしながら、慣れない調子でフュリエの少女は言う。 手紙にしなかったのは『解読』の問題なのだろう。 彼女が告げた所に拠ればシェルンはフュリエの村にリベリスタ達を招きたいらしい。それは歓待であり、それ以上の意味を持っているともいう。 「……フュリエの儀式ね」 シェルンに拠れば彼女の扱う魔術――に似た――特別な力は簡単には扱えないまでもリベリスタの運命を多少なりとも回復する事も出来るという。 「『……フュリエの村で皆様にお会い出来る時を楽しみにしております』です」 すーはーと大仰に深呼吸をするフュリエは『やり切った』顔をしている。 その様子は少し滑稽だが、それだけフュリエにとってシェルンと――それからバイデンを退けたリベリスタ達は特別な存在なのだろう。 「……皆、来てくれたら私も嬉しいけど」 エウリス・ファーレ (nBNE000022)の言葉にリベリスタは顔を見合わせた。呼びかけは予想外と言えば予想外だが、フュリエが歓迎をしようという気持ちは確かだろう。 (さて、どうするか……) 開発研究室は『忘却の石』の追加を求めているともいう。 フュリエの村に赴けば有形無形得るものもあるのかも知れないが…… |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月18日(火)22:32 |
||
|
||||
|
||||
| ||||
| ||||
|
●世界樹の村I 「ラ・ル・カーナへ来るのはこれで何度目でしょうか。 一度目はフュリエ達と接触を持つ為、二度目は橋頭堡建設と防衛の為、三度目はバイデン達への逆撃の為…… ……考えてみれば、こちらでゆっくりとした時間を過ごすのは初めてな気もしますね」 ぼんやりと呟いた大和が今日見る世界は赤茶けた荒野ではない。 見渡す限りに広がる緑の森は異世界(ラ・ル・カーナ)が狭い世界だという事を忘れさせる程度には見る者を圧倒するものだ。 リベリスタ達がこの世界で良く知るのは精々が世界の継ぎ目――橋頭堡付近の情報でしか無く、実地で歩き回る世界樹の森は全く新鮮な感動にも似た――ある種、特別な感覚を誰にも与えるだけの新鮮さを秘めている。 「魔女の薬は薬草や香草やその他もろもろで作るそうですけど、こちらの世界の植物で薬に使えそうなものってありますか?」 「どうでしょうねぇ?」 「魔女の薬って、どれくらい効くんでしょうか。その……興味がありまして。 惚れ薬は必要無いですけど、まぁ何と言いましょうか、その……」 「あっはっは! 正式に依頼があったら考えますよ!」 キョロキョロと辺りを見る嶺とアシュレイのやり取りが示す通り、異世界での行動においても今日は格別に気楽である。 穏やかに陽が差し込む風光明媚な森の中はリベリスタ達がラ・ル・カーナで大凡見た事の無い『平和』に満ちていた。 「フュリエの村……イメージはゲームとかのファンタジーな村なのだが、何だか不思議な感じだな」 小首を傾げた五月の視線の先にあるのは見慣れない植生の溢れる森の中に見事に馴染んで佇む、フュリエの集落だった。ボトム・チャンネルでいう所の住居に当たるのは何処と無くきのこを思わせる――不思議な植物である。 リベリスタの大半が初めて訪れるその場所は『完全世界』とされたラ・ル・カーナの『本来の姿』を今も色濃く残しているのだろうか。 それはそれとして。 溢れる異種族! ときめきファンタジア!! 何時だって胸の高鳴りはインフィニティ!!!(※危険) そして美女にはモンスターが付き物、そうだろ悪豚P……じゃない、オークさん!」 「安心しなさいよ、今回は豚さン、お仕事できてンのよ。 売り出し中、未来のスーパーアイドル白石明奈ちゃンをプロデュースしている謎の敏腕プロデューサー『悪豚P』とはあっしの事だったのだ! 今日はグラビア撮影のつもりで来たンだが……明奈ちゃンはすっかり観光気分じゃねぇか……まあいいか」 ビキニアーマーに装備を纏う明奈と天然に鋲つきの革鎧と斧を備える豚……オークは実にファンタジックな風景に馴染んでいた。 「まさに完全世界にやってきた、不健全世界からの使者! よし、撮影スタッフよろしく頼むぜ!」 ……豚が何を考えているかを突き詰めるのも辞めにして。 世界樹の森を行き、フュリエの集落を訪れたリベリスタの数は実に百五十近くを数えている。彼等が今日、この場所を訪れたのはフュリエの族長・シェルンの招待を受けてのものだった。 「ま 特に目的はないんだけど……あたしも、森とか山とか、自然は嫌いじゃないし。 本当は荒野も好きなんだけど……こっちの世界のはなんか物騒だしな。 観光も兼ねて、静かで綺麗で空気がうまくて、のんびり休憩出来そうな所でも探してみっか。この世界には、どんな風が吹いてんのかな」 リベリスタ達の骨休めと治癒を提案した彼女の話を受けた彼等は(研究開発室から下された大雑把な特命『出来れば忘却の石を拾ってこい』はさて置いて)まさにプレインフェザーが口にした通り『特にしなければならない事は無く』この場所を訪れたのだ。 「相変わらずアイドルしてるわねえ……さって、私は私のお仕事ね」 横目で盛り上がる明奈と豚を見たアンナは慣れない戦いに赴いたフュリエ達のケアをする事を目的に定め、 「はーるばる参りました異世界ラルカーナ! 石川県警じゃァねェですが久々のノアであります!」 ノアは『やり過ぎる』アークの筋金入りを警戒するパトロールと自分の役目を決めていた。 「いいじゃない。最高。村でゴロゴロして過ごすわ……何か問題でも?」 不思議な程に居心地のいい森の中で大きく背伸びをしたのは言わずと知れたソラである。曰く「村の調査とかおしゃべりで情報聞き出すとか仕事だし。石さがしとかどうかんがえても面倒だし。宴会は魅力的だけど今はひとりでごろごろしたい気分」。どんな場所に於いても自分らしさを忘れたくないと豪語する彼女がこの絶好の休息日和を見逃す筈は無いのだった。 ……つまる所、この僅か数名を見ても分かる通り、今日は自由な日という訳だ。 集落に足を踏み入れるなり、そこかしこの家々から、木陰から大勢のフュリエが可憐な顔を覗かせている。 リベリスタ側の諸々の思惑は兎も角として、全が一、一が全とするフュリエ側の反応は実に分かり易かった。 「ただで食べられるんなら行かない理由がないよねー……と思ったけどなんか草ばっかり食べてそー。 やっぱ肉食べてないから『タタカイ?』『何それ?』『人外?』『歌?』って感じだったのかなー? 肉食系とかいうしねー」 「お呼ばれしちゃったからにはこっちも楽しまないとねぇ。珍しい食べ物もあるみたいだしぃ、楽しみだなぁ」 何気に薀蓄深い事を言うのは岬。呟いた御龍が何とはなしに手を振るとフュリエ達は「きゃあきゃあ」と小さく沸いた反応を返すのである。その顔に浮かぶ微笑と一様に友好的な雰囲気は察しようとしなくても伝わってくるものだ。 (私としてはフュリエたちの暮らしが興味深いですね。 私達の祖先の文明レベル、文化水準で比べると果たしてどの時代のものと言えるでしょうか?) アルフォンソの学術的興味は今日、フュリエという種そのものの在り様に向いていた。 『完全世界』の名を持つラ・ル・カーナにおける原初の種族とされるフュリエは元々酷く変化をしない、変化を厭う『完全な』種族だった筈なのだが、紆余曲折を経た今、その『完全性』はかなり薄れている。言い換えればそれはより『人間的』になったとも言え、リベリスタにとっては以前よりは理解出来る相手に『変わった』とは言えるのだろう。 (一度、撤退しましたが、晴れてバイデンとの戦闘で、相手に撤退させたほどのフュリエの増援。 本当、ありがたいと思います。しかし、それにしても、何が彼女たちを変えたのか…… まさか、わたくしたちの何かに確たる原因が? この世界からしてみれば、わたくし達は異物(アザーハイド)なのかも知れませんが……) アーネストの疑問に答えを与え得る存在は今ここには無かったが。先のアークのラ・ル・カーナ再侵入において『初めて』轡を並べて戦った彼女達との距離は少なくとも以前よりは縮んでいると言えそうだ。 「……ようこそ、いらっしゃいました。リベリスタの皆様」 集落を訪れたリベリスタの面々にそう言って深く頭を下げたのは程無く森の奥から現われたシェルンだった。 族長の彼女は美しい。長い髪は一分の傷みも無く極上の絹糸のようである。切れ長の瞳は涼やかで落ち着いた物腰は他のフュリエ――例えばエウリス等とは全く印象と違えるそれである。性差の無いフュリエには些か勿体無い素晴らしい肢体も又然り。 「先ずはありがとう、来てくれて嬉しかった」 「この度は、お招きありがとうございます」 「ええ、勿論先の助力もね。感謝しているわ」 丁寧に頭を下げたフュリエ――族長のシェルンに応えたのは喜平、疾風とミュゼーヌであった。 「私も……まだ運命に見放されていないみたいだけど、その綻びを繋いで頂けるなら幸いだわ」 「心苦しく思います」 「いえ、そういう意味では無いのよ。ごめんなさいね」 ミュゼーヌはシェルンに小さな苦笑いを浮かべてそう応えた。 先の援軍もこの程、傷付いたリベリスタ達を『癒す』という歓待も『元より誰が為の戦いか』と問えばある意味で当然の意味合いも感じなくは無いだろうが、流石にそれを愚直に表現する程の未熟者はここには居まい。 「……しかし、今後はフュリエも確固たる敵として認識されたのは間違いない。 時間がどれだけ残されてるか分からないが……フュリエにも戦い方を覚える必要があるかも知れないね。 折角出来た異世界の友人に死なれたら悲しくなっちゃうからね……」 「はい。しかし、難しい話はまた後で……まずは皆様を歓迎させて下さいませ」 少し難しい顔で呟いた喜平にシェルンは神妙な顔で頷いた。 数多いフュリエが喜びの感情を表す森の中には様々な色を湛えた光茫がちらちらと散っていた。 彼女達の感情と共に在るのか宙を舞う無数のフィアキィ達も心なしか浮かれているようにも見えるのだ。 「よっす、こないだはお疲れさん!」 「あ、モクレン……」 「こっちは龍治。えっと……俺様の大切な奴、だ。紹介しておこうと思ってな」 「大切な人……?」 小首を傾げるエウリスに「コホン」と咳払いをする龍治である。 「雑賀龍治だ。宜しく頼む」 「ふぅん……」 (……大切な奴、か。ファーレにも理解しやすい様ぼやかしているとは言え、少々気恥ずかしいものがあるな) 龍治はエウリスが『恋愛の機微』を理解しまいと踏んでいた。 故に顔に出さなければどうという事は無い……という計算も立っている。実に賢明な事に。 「……これはこういうヤツだから」 一方の木蓮は照れる彼の内心を不器用で無骨な応対から察してか少しにやついている様子である。 「ほーらほら、うちと異文化交流しましょーフェリエたーん! ゲーム起動、うちが手取り足とり胸取り教えてあげるから、でへへ!」 何故かギャルゲーを持ち込んでプレイさせようとする瞑も居る。 尤も、フュリエ達の興味は専ら光と音を放つ電子の箱――パソコンそれそのものに向いているようだ。 「ふふ、異文化ならぬ異世界コミュニケーションといった所ですね」 「成る程、不思議なものですわあ!」 そんなやり取りを眺めてしみじみと言うのは亘とクラリスの二人だった。 「此方も私は二度目ですからね、お嬢様をしっかりサポート、エスコートしますとも!」 風景も周囲のフュリエにも初めてではない亘が胸を張り、少しいい所を見せている。 「それじゃあ、色々見て回ろうぜ。やっぱこっちで言う所のファンタジー世界みたいな感じなんかね……」 「緑の側には本来のラ・ル・カーナの姿がある……ファンタジーかどうかは兎も角……落ち着いた良い所ですね」 「異世界ってのも、中々面白いもんだな……次はあっちに行ってみようぜ?」 世界樹の森と一体化したフュリエの集落はかなりの広さがある。森の中を散策するのは猛とリセリアである。 極自然に取られた手の伝える熱に一瞬だけリセリアは目を丸くしたが何も言わずに「……はい」と頷く。 「さすがにボトムとは勝手が違うと全てが不思議なものに見えてくるのだ。 ……彼女たち…彼らにとってもベストな道を見つけれるといいのだ。こちらでの薬草学もすこし学んでおきたいな」 「折角の機会だ。橋頭堡付近の実状しか 我々は情報を得ていないからな……」 「……本来我々が立ち入れる世界ではないのだろう。探求すべき神秘としては最高峰だ」 彼の抱く本音は神秘探求同盟たる者の性なのか、 (フュリエにバイデン。二つの不完全か。何……我々の世界ですら多様な人種が手を取り合えるのだ。上手くやれる道もあろう) その小さな『可能性』を夢想するロマンチストの性なのか。その辺りは結論が出る話では無い。 集落に到着したリベリスタ達は物珍しい異世界の集落の風景に好奇の視線を向けている。 話によればフュリエ達はリベリスタ達を迎える為に何か用意をしているという事であったがそれはそれ。見た事も無い何某かが山のように並んでいれば、まずは一通りあれこれしてみようという気が先に立つのは当然と言えば当然か。 「自分が害獣谷戦闘法、の教官、だ」 「そう、わたしが訓練教官のブリュンヒルデ先任軍曹である!」 眉をキリリと引き締め、ぽつりと言葉を漏らしたのは天乃、無駄に力一杯なのは舞姫。 「あのさ、ラルアって子この辺にいる? 前会った時戦い方を教えてやるって約束したから来たぜ」 手を挙げて自分にアピールしたラルアを見たユーニアが軽く笑った。 「自分達の世界を守りたいというなら、それは俺達と同じ事だぜ」 喜平が危惧した通り、フュリエが近い将来、苛烈な戦いに晒される事は目に見えていた。 ならばこそ、彼女等は――好奇心と共に自分達を取り囲むフュリエ達に戦いの手管を教え込もうと考えたのだ。 「教えてくれるの?」 「戦いをだ! サーと言え!」 「サー!」 ……しかして、元来の種族気質を考えればハートマンタイムには程遠い。 楽しそうなフュリエ達は戦闘訓練と銘打たれた彼女達の主導にも余り緊迫感を抱いていない様子である。 「何やら面白そうな事をやっていますね。私もよかったらお手伝いさせてもらっても良いですか?」 気分はクールな女司令官。眼鏡をキラリと輝かせ、ここにレイチェルが参戦した。 にこやかなるスパルタ主義者、黒レイチェル。開幕神気を得手とする彼女(データバトラー)にそういう意味の妥協はあるまい。 「おい、何か困り事はないか?」 「……?」 「……本来、一番大切なものは常に大衆の中にあるもんだ。ならば、そこに寄り添う者も、入用だろう」 「……!」 シェルンの考えを手繰る気は無い。忘却するべきものは何も無い。宴会は勝手に食い尽くす――ならば、何をするか。取り敢えず日曜大工で鍛えた腕を見せ付けるばかりである。ぐらついた椅子を見つけてトンカンやり出した鷲祐にフュリエ達は目を見張る。 「一にして全、が事実ならば水着をはやらせればエウリスもシェルンもあんな格好をして登場じゃ! フュリエの人気テコ入れのためじゃ! 水着大会……イン ラ・ル・カーナぁ!」 一方で何の事かは分からねど、妙なテンションで声を張ったメアリの言葉にパチパチと拍手をしている者達も居る。 「しかしこう女ばっかだと、女子校にでも来たような気分だぜ……」 ニヒルにクールに呟くも、 「こないだはありがとな。助かったぜ」 「ううん!」 「こちらこそ!」 「つよそう。すてき!」 「……私達とは違うね?」 「うん、違う違う」 (……ふ、複雑だが……これは俺のモテ期というヤツなのか!?) 『男』や現状についての聞き込みをする筈がきゃいきゃいと囲まれて満更でも無いのが影継である。 「今日は、おとなしく『突撃! 隣のフュリエ村!』ってことで。 今回はフュリエたんたちの村へお邪魔することにしました。 うん、このフュリエの家が実に趣がありますねぇ。エウリスさんたちフュリエは普段、どんなことをして過ごしているので?」 「風に揺られたりぼーっとしたり……」 「なるほどなるほど。それではここで恒例のお宅拝見ベッドチェーック! くんかくんか!」 「……程々にしてね、竜一。何か怖いから」 ……エウリスをも含んだ周囲のフュリエに不安の眼差しを送られる竜一の有様も何時もの通りだったりする。 「あら、こんにちは、蜂須賀さん。……少しお話があるのですが宜しいでしょうか?」 「こんにちは、紫月さん。奇遇ですね」 竜一を見てか、それともそれは想定内だったのか…… 「アークのリベリスタには少々素行の悪い方もいらっしゃるので注意は……」 「ええ。事が起きる様なら対処出来る様に一緒に行動を。その、個性的な方が集まっていますから……」 この場合の『個性的』が示すのはヤな意味のオブラートに違いない。 紫月と冴が考えたのは「くんかくんか」や「ブッヒッヒ!」のもたらす暗澹たる未来である。 それが杞憂で済めば何よりではあるのだが、取り敢えず警戒はしておこうと頷き合っている。 「あっはっは! 全く、正しい判断ですね!」 気楽に大笑いするアシュレイに「やっほー★」と声を掛けたのは何だかんだで彼女がお気に入りである葬識だった。 「どう? 見つけた? ミラーミスとか、この世界の『神』とか。 無貌の巨人の足跡は、世界を見つめるあの木にどんな爪痕を残したんだろうねぇ~?」 「さあ、どうでしょう? 私は知りませんし、例え分かっても言いませんからね!」 やり取りは軽いが何処と無い剣呑さを秘めている。 「そう言えば」 二人の間に割って入ったのは麻奈だった。 「おっぱいさんて異世界に行った経験あるらしいけどここなんかな? それとも別の所?」 「ここじゃありませんよ。私は皆さんと同じでここは良く知りません」 「俺様ちゃんはまあ、どうなっても構わないんだけどさ。掻き回すのは、吝かじゃないけどねぇ☆」 好奇心豊かで魔術に興味を持っているらしい麻奈の質問攻めをアシュレイは慣れた調子で軽くかわした。 平和極まりない風景にやり取り達は似つかわしくない異物である。 種別こそ異なれどそれは―― 「村の人達と異文化コミュニケーションを! 互いの世界の娯楽やスポーツの話を聞いたりしたり! スポーツに国境も世界線も無いんですよ! 取り敢えず相撲をプッシュ! 戦う事を覚えるなら格闘技は有益ですよ! アシュレイさんも何か自分の好きな物をピーアールしましょーよー。 フュリエの人達、私達に好感持って下さってますから好き勝手吹き込めゲホゲフゲフン……もとい、ちゃんと聞いてくれますよ!」 ――無表情のまま三白眼をあっちこっちにやりながら無責任な提案をするうさぎも含めての話である。 (……私達。ええ、そう何ですよね。 彼等にとって『私達』は、一括りです。リベリスタか、フィクサードか、そんなカテゴリは彼女らは知らないし関係ないでしょう、きっと) 「うーん、面白そうですね。それも」 「ボトムでは得られない忘却の石の様な神秘道具や知識・種族との邂逅。 チャンネル間での様々な相互影響。今回の事は単純な異世界の危機を救う正義の味方ごっこで終わるものでもないのでは?」 「……あら、何かをお疑いですか?」 「一応いいえ、と言っておくわ。でも約束は破らないで欲しいわね。容赦は出来ないから」 「ふふ、怖いですねぇ」 うさぎの気持ちを知ってか知らずか――恵梨香の口にしたやんわりとした釘にもアシュレイは気楽にニコニコしたままで。 「やっちゃうの? ブラックモアちゃん。俺様ちゃん、君を殺せるなら大歓迎」 そんな彼女と、それからのんびりとリベリスタ達との時間を過ごすフュリエ達を眺めた葬識は楽しそうに笑っていた。 「フュリエの集落での娯楽と言うものが知りたい。……話をしたり、水浴びをしたり……いや、もう少し別の。そうだ。 気に入るかは知らないが、こちらの世界から提供する娯楽はこれ。戦略も学べるカードゲームだ」 一方、センドーシャなる珍妙なカードゲームを取り出した福松は「ふむふむ」と覗き込むフュリエ達に指南を始めている。 「いいか? ドローする時は気持ちを込めるんだ。 イメージしろ、自分が勝利するヴィジョンを。それがいい『引き』を生む。 そう、そうだ。決して気持ちでは負けるなよ。さあ、いざ尋常に勝負だ! スタンドアップ・即・センドーシャ!」 「水浴びか。水浴びね!」 フュリエの言葉の一端に強い反応を見せたのは山田中兄弟の弟――修二の方であった。 「シェルンさんもスゲェからな。あのアシュレイと比較しても遜色ないぜ。正に双璧だな。うん。案内してくれよ」 本能の赴くまま風の向くままの弟の発言に眉を顰めたのは兄の修一である。 「このように他人の素肌を眺めようとする者は大抵悪いことを考えているのですよ。俺の世界の豆知識です」 村の案内をフュリエの少女に頼んでいた修一は彼女に言い聞かせるようにそう言った。 「おい兄貴、それじゃあ俺が邪な奴みたいじゃないか」 「おっと、暴力的な男はフュリエの皆さんに好かれませんよ」 「……いい性格してるぜ」 「これでホントに性別無いってんなら俺の男としてのセンサーは故障中ってことになっちまうぜ」 詰め寄る自分を軽くかわす修一に修二はぼやく。 この兄弟、双子らしくその顔立ちは似ているが性質は全く別物のようである。 「……そう言えば水浴びは全裸、だったな」 不意に通りがかりポツリと呟いたさまようよろい――盾の持つカメラがシーンに意味深を添えている。 彼は村内を見回り、フュリエの生態や異世界の様子、村の防備等を確認するという比較的崇高な目的を持っているのだが…… 「オークへいい手土産になるな」 「……くれぐれも気をつけて下さいね?」 それは修一に念を押させるには十分で不思議そうな顔をしたフュリエは「はい」と頷いた。 「あー、その服とかどー作ってんのかちょっと気になってたんだよねー」 「服?」 「そうそう。不思議な服じゃん。それに縫製とかも気になるし。 アンタ達ってさ、こういう服とかって着ないの? こういうのとか、こういうの。フリフリしたやつね。絶ッ対似合うと思うんだよね」 トランクで『可愛い服』を持ち込んだゐろはの元に気付けばフュリエ達が集まっていた。 「そう言えば、フュリエの皆さんの着ている服とかどうやって作られてるんですかね? アクセサリーとかも付けているみたいですし、エウリスさんやシェルンさんも結構オシャレですよね? 生地とかすべすべっぽいし、手縫いじゃこうはいかないのではないのです?」 「うーん、謎だわ。燃える」 そこにヒョイと顔を出した京子にゐろはが唸る。 「やっぱり、大半のフュリエの人はスマートですよね。シェルンさんとかアレ、戦艦ですよね。何気にアシュレイさんみたいな。 シェルンさんを見た後に確認すると親近感が沸きますよね。友達になれますよね」 「シェルン様? ……? 友達になりましょう」 「ええ、なりましょう!」 些か個人的事情の混ざる京子の親近感である。 「まー、絶対可愛いってマジ人形みたいなんだもん、着なきゃ勿体無いわ。 着ようよー! なんならあげるしさ! ね! うん、気に入ってくれたら作り方とか教えるし!」 何時に無く熱っぽいゐろはによって始まるのは言わずと知れたハイパー着せ替え人形タイムである。 「可愛い!」 「どうやって着るの?」 歓声を上げるフュリエの感性もやはり女子に近いのか着るのに苦戦はするものの、『可愛い衣装』を嫌がる様子は全く無い。 ……リベリスタ達は驚異的な適応能力を発揮してめいめいにフュリエの村での時間を過ごし始めていた。 行動のジャンルがプラスにせよ、マイナス方面にせよ、面白にせよ、お役立ちにせよ。休む彼等が此処に在る事がシェルンの施術の条件である。彼女は奔放な彼等の姿に少しだけ困った笑みを浮かべながらも、それを細かく咎める事はしなかった。 とは言え、フュリエ達も決して満更でも無いのだろう。元より保守的で長らくの間『客』を迎える事も無かった彼女達は『自分達を救う為に異世界からやって来た勇者様達』にある意味で夢中である。 「つ、強そうな……こうか!」 「かっこいい!」 「じゃあ、こうだな!」 調子に乗ってポーズを取る影継は言うに及ばず絶頂期である。 「こりゃどういう仕組みなんだい?」 「フュリエは世界樹の森に生えるツミョンクっていう大きなきのこをくり抜いて家を作るのよ」 「ほー。異世界ってのはやっぱり面白ぇもんだなぁ」 そんな説明を受けた吹雪がぺたぺたとキノコの家を触りながら感心した声を上げている。 「……面白い?」 「面白いと言うよりは……橋頭堡で過ごす事はあっても、こうしてフュリエの皆さんの村に訪れて、のんびりとする機会は殆どありませんでしたから」 自分の様子を頻りに伺い、耳をぴこぴこと動かすフュリエにミリィは少し笑って応えた。 案内役を願えば彼女は二つ返事で頷いた。見て回るに十分な広さのある世界樹の村のあちこちへと彼女を引っ張りまわしていた。 「こうして過ごす時間は短くても、少しでも仲良くなれたら嬉しいのです。 ……異世界のお友達って、やっぱり素敵だと思いますから」 「うん!」 そう言ったミリィに満面の笑顔で頷くフュリエの少女。 彼女だけではない。フュリエ達が共有するのはリベリスタ達への感謝と、彼等に対する友好の念である。リベリスタ達が何かする度に興味深そうに視線を向け、耳を傾け、彼等の世話を焼こうとむしろ機会を伺っているようでもあった。 「さて、どんなものがありますかね?」 愛する家族への土産物を見繕うのは京一、 「うーん、不思議な森だわ」 水筒を首から提げてお菓子を持ってフュリエ達の生活を眺めたり話を聞いたりとのんびりした時間を過ごすのはニニギアである。 (せっかく友好的に知り合えたんだもの。理解しきれるとは思わないけど……少しはね。 何か通じ合うものを見つけたい。できれば、私たちにも興味を持ってほしいのよ) そう考える彼女はフュリエを理解し、又フュリエに自分達を理解して欲しいという強い気持ちを持っていた。 「……後ね、聞きたい事があるの」 それから―― 「この世界の美味しいものって何かしら?」 ――少しばかりの、食欲も。 「とても綺麗な村……ですね」 日々の激務、ラ・ル・カーナ橋頭堡での作業の疲れも洗われるかのような気持ちである。 村内――世界樹の森の中を見て回った瑠輝斗は自身の傍にやって来たエウリスにそんな風に言葉を掛けた。 「何か不思議ですけど……こんなに綺麗だと、同じラ・ル・カーナとは思えなくなります。 本当のこの世界がこんなに綺麗だと分かって……守らなくてはと。 フュリエさんやフェアキィさんともっと仲良くなれたらいいのに……そう思ったのです」 「うん、『私も』そう思ったよ」 小さく首を傾げた瑠輝斗にエウリスは続けた。 「ウミとかミナミノシマとか大きなフネとか……皆の世界もとっても面白かったし。 別だし、分からないからこそ、分かり合えたらいいと思う。少なくとも私は――そう思うんだ」 ●世界樹の村II 「折角の宴席ですから、私達もお手伝いをしないと……♪」 青いエプロンドレスに可愛らしいエプロンを着けて微笑んだのはアリスである。 フュリエの村の中には見た事も無い不思議な食材が幾つも用意されている。勿論リベリスタ達が持ち込んだ分に関しては『フュリエ達にとって』見た事も無い珍しい食材に違い無いのだが。 「フュリエの方々に、私達の世界のお料理を作って…… ラ・ル・カーナの食材を使ったお料理も召し上がって頂きたいですから……♪」 料理は食材のみによって決まらない。比較的調理技術が簡素であるとされるフュリエ達に比べてそれに手慣れたリベリスタ達の『実力』は確かなものと言えるだろう。腕をぶすのは当然アリスだけでは無かった。リベリスタ達はゲストだが、やはりと言うべきか中には積極的に手伝いを申し出る者達も数多く居たのだ。 「ここは、あたしの出番だよね」 まさにその役割を自認するのは『食堂の看板娘』である凪沙である。 「生地はサクサク感を重視で、甘味は全てムイムイの実を煮込んで出して……ううん、ムイムイってこれでいいのかな?」 試行錯誤は承知の上で未知の食材に挑むのは料理に自信の彼女の性か。 「パイとタルトと……クノアの実でアイスも作れるかも知れないなぁ」 研究に余念が無いのは凪沙だけではなくシエルも同じ。 「牛乳にマンゴージュースとかバナナを混ぜると美味しゅうございますね…… きっとラ・ル・カーナにも……フルーツ牛乳に適した実があるのではないかとっ! イチゴ牛乳とか王道ですからムイムイの実でも美味しい様な気がするのですっ!」 「ムイムイ、持ってくるね!」 「この『牛乳』と果汁を混ぜるとこれがまた美味なのです…… ところで、ラ・ル・カーナに温泉は湧いているのでしょうか?」 「へ?」 あっちこっちにぶっ飛ぶシエルの連想思考にフュリエはついてこれていない。 しかし、一緒に作業をする事で親しくなれればと考えた彼女をまさに今フュリエの少女達が手伝っている。 「パンケーキを焼きまくるよ! トッピングは蜂蜜とバター、チョコソースにベリーソース・生クリームの中からお好きなのをどうぞ☆ アイスあればもっと美味しいのに……冷凍庫があれば……は、氷!?」 「……作る?」 フュリエの肩で青いフィアキィが瞬いている。 「うん、頼める!?」 共同作業なのは終の所も同じ。 「……クノアの実の……お粥……美味しかった……作り方……分かる?」 「うん。一緒に作ってみようか」 (……フュリエが……橋頭堡に来た時……出してあげたいし……) 更にはエウリスや他のフュリエが今度は自分達の番とエリスと一緒にクノア粥を作り始めていた。 今日も仲が良いのは未明とオーウェンである。 「じゃ、予定通り私達は宴会の準備ね」 「ふむ、メニューは……こうするべきか」 二人は用意したレシピを片手に軽く頷き合う。 (フュリエ達が好みそうな肉類を含まない木の実野菜重視のサラダは味が薄くなりがちなので、事前にさっと湯に通しドレッシングに気を使う事。リベリスタ用の肉多目な煮物はゆで卵に染みるように逆に味をしっかりと。飲み物は果汁の多いジュースをソーダで割ってみるといった所か――) 何事も小器用にこなす抜け目の無いオーウェンが今日手掛けるのはちょっとしたシェフの真似事である。 「ん、茹で加減はこれ位かしら。はい、あーん。摘み食いじゃないわよ、味見」 「む……」 「あーん」 「……うむ、アルデンテ……だな」 押し切られたオーウェンが居心地の悪そうな顔をした。 「こちらの果物も乗せれば、フュリエ達にも食べやすくなるかな。少し分けてもらいましょ。 あら、これ美味しいわね。なんて名前の実かしら。橋頭堡にもしまた畑ができたら、育ててみたいわねぇ……」 しかし、次のフルーツタルトの準備を進めるこの未明がオーウェンの気分を上向きにしている原動力なのは言うに及ぶまい。 「私は、宴会でのデザート作る、の。料理はあんまり、だけれど……これ位なら」 牛乳を使ったミルク蕨もちは最近那雪が嵌っている甘味である。 しげしげとその手元を眺めるアシュレイにプレーンと抹茶と苺ソースの三種類の味を用意した彼女は「味見、してみる?」と問い掛ける。一も二も無くコクコクと頷いた魔女はもぐもぐと(些か味見からはみ出す程に)それを摘んで親指をくいっと立てた。 「……折角、だし……こちらの果物で、酸味がある爽やかな果物、見かけたら教えて……くれる?」 「探してみますよ!」 現金なアシュレイに那雪は淡く微笑んだ。 大勢を相手取るとなればこれに勝るモノは無い――と。 「カレーを作って皆に振舞うぞ! やっぱり文化交流と言ったら食べ物からだしな」 「フ、カレーか。唯一絶対にして完璧なるレシピを持つ俺にかかればフュリエ達はカレーの美味さにひれ伏すだろう」 簡単、大量生産、味安定とこういう場ではまさに強さを発揮する大鍋料理のチャンピオン――カレーの準備を進めているのはやる気十分のツァイン、妙な自信に満ち溢れる優希、翔太、エルヴィン、紅一点の祥子といった仲の良い面々だった。 「……鍋ひとつやふたつじゃ足りねーなこりゃ」 「ま、人数が人数だしな」 うず高く用意された材料の数々に感嘆の声を上げるエルヴィンに気の無い調子で答えたのは翔太である。 「カレーの玉葱にみじん切りは必要ない。スライスだけで十分だ」 「普通のママカレーとはいえ……これは材料を切るだけで大変ね」 異彩を放つ程に手慣れ……ているのかも知れない優希を除けば祥子の指示で些か不器用に包丁を握る面々である。 「まー、俺はこの辺で……ちょっと休憩を……」 「翔太逃がさんぞ! 手が痺れるまで切り続けるんだ!」 「えー……」 やる気のない男の面目躍如をしかかった翔太を逃がさぬとツァインがブロックしている。 「ダメだー! 優希は味付けに手をつけちゃダメ!事件になっちゃう!」 「フ、俺は手加減を知る男だ。今回は激辛カレーは封印しておいてやろう」 壮絶な辛党であるらしい優希の制御も含めて彼は中々忙しい。 「……んー、俺らだけで全て作るのは難しいかな。ちょっと手伝ってくれねぇか?」 「はーい。これを切ればいいの?」 「そうそう。サンキュー」 興味津々といった風に作業風景を見守っていたフュリエに声を掛けたのはやはりこんな時もある種の『ナンパ』に余念の無いエルヴィンだった。彼女達に応えた彼の笑顔は実にチャーミング。 「何この体力勝負なカレー作り。なんかの修行なの? いつの間にか必殺技が身についてそうな過酷さだけど……みんなで作って食べるのは楽しいわよね!」 ふぅと息を吐く祥子がこれより続く試練にも似た大量生産に一つ気合を入れ直している。 「さて、と。こっちの人達がどんな食生活かしらないけど…… おいしいものは万国共通、きっとアタシらがおいしいものはこっちでもおいしいはずさっ! なんたって食べる人の為の愛情がこもってるからねぇっ!」 そして、当然ながらこんな最高の活躍の場を三高平の胃袋を支える『彼女』が見過ごす筈も無い。『丸富食堂』を細腕で……コホン、ふくよかなその両腕で支える富子は食堂で人気のメニューを恐ろしく素晴らしい手際で次々と用意していた。食べるより、作る。彼女にとっては作った料理で生まれる誰かの笑顔が何よりの報酬なのである。 「丸田様、お皿こちらで良いですか」 「ああ、宜しく頼むよ。数が多いからねっ」 「はい。まおは頑張ります」 そんな富子を素直にこくりと頷いたまおが律儀に手伝っている風景は中々微笑ましいものがある。 シェルンの招きから始まろうとしている宴席はリベリスタの協力もあってより大掛かりなものになろうとしていた。 準備は大変だが、ボトム・チャンネルの味覚がフュリエにも好評なのはエウリスの実例が保証している。 誰かの為に作る料理は、誰かと共に食べる料理はそれ自体が楽しく素晴らしいものなのである。手慣れている者も居ない者もある意味恐らく多分きっと。この時間を楽しんでいる事は間違いないだろう。 「今回はスパゲッティ・ミートソースでも作ってみるわ」 パティーダが主に饗しようという相手が――牛馬を使ったソースが――勇牛(うし)やら勇馬(うま)である事は些細な余談。 「……あー、離せよ。離せって」 「野菜を、切れ!」 ……翔太とツァインは未だにじゃれていて、 「ボクの作った料理は馬鹿兄ィいわく前衛的でSAN値に挑むような味なんだって言うからやめとくぜー」 岬の判断は恐らく全く賢明だった。何事も適材適所というものは大切なのである。 そう、全く―― 「綺麗な村よね、ここは。自然豊か、というのもあるんでしょうけど――それ以上に調和が取れているといった趣ね。 まぁ……ここだけ見ると完全世界というのも頷けるわね」 「別荘の一つも欲しくなりますよねぇ。橋頭堡は埃っぽくていけませんよ」 「うふふ。そうね。フュリエにあのきのこのお家一つ貰えないかしら。 この村は平和でいいわね。ここでずっと暮らしていたら、幸せなのでしょうね……」 「……ティアリアさん、平和が好きなのですか?」 「桃子には刺激が足りないかもね。なんでもないわ、忘れて」 ――歓談するお嬢様二人、小首を傾げる桃子と幾らかアンニュイなティアリア。 働く気何ざ一ミリも無い二人。何処までもゲストに相応しくゲストたる二人のように。 出来る出来ないは置いておいて世の中には適材適所というものがあるものだ。 忙しなく動くのも良い、のんびりと日光浴を洒落込むのも良いだろう。元より今日は休日なのだから。 (異世界で生まれた魂は、一体どこに行くんだろうな。 叶うのであれば、望む場所に行けばいいと思う。望む人に、会いに行ければいいと思う。 そうじゃなけりゃ、この三千大千世界の魂は、その全てが迷子になってしまうではじゃないか――) 空を見上げて一人手を合わせて、フュリエの、バイデンの、仲間の冥福を祈るフツが居ても、それでもいい。 ●世界樹の森III 「私は氷河凛子という医者です。改めてになりますが、よろしくお願いします」 「シェルン・ミスティルです。この程は……」 騒がしくも楽しい時間を窓から眺めたシェルンは目を細め、それから丁寧に頭を下げた凛子の顔を真っ直ぐ見た。 「あの子達をああも構って頂いて……私も嬉しく思います」 一は全、全は一。珍しい時間にはしゃぐフュリエ達の感情を共有するのは玲瓏なる美女も同じなのだろう。 「いえ、お招き頂けて良い時間を過ごさせて頂きました」 軽く微笑む凛子の姿はある程度、雰囲気に相応しい十分な余裕を持っていた。 不明だらけの異世界において『世界樹の守り人』とされるシェルンは特別な存在である。フュリエの集落の中でも一番大きい居住空間に凛子をはじめ――彼女に話を聞きに来たリベリスタ達は居た。 「暫く顔を見る事は叶わなかったが……無事だった様で何よりだ、シェルン殿」 「其方こそ、ご壮健のようで何よりです。お世話になってばかりで……」 「いや、件の一戦での敗北以来、連絡がつかなかったからな。異世界に足を踏み入れた時、貴女と接触した人間としては気が気じゃなかった」 フュリエの集落で話をするのは二度目になる拓真が言い、 (バイデンの領域が荒野なら……成程。その性質は種の在り様を映しているのでしょうね。 フュリエの領域、世界樹の森。三つの月が見守る……穏やかな本来の姿がフュリエの元には在るのですね……) 紹介を受けた悠月は一つ礼をした。 「初めまして、シェルン様。風宮……悠月と申します」 赤い荒野と豊かな森に思いを馳せた彼女は目の前の美しいフュリエが種を体現する存在である事を直感していた。 『本来は永遠に変わらない』フュリエの最も古き族長は与えられたある種の『システム』を思わせる。 「……以前、エウリスさんが他の方々と自分は少し違う……と仰っていたのですが。 あの言葉はどういう意味なのでしょうか。貴女はそれを認識していらっしゃるのでしょうか?」 問い掛けた悠月の言葉を継ぐように凍が切り込んだ。 「ああ、そうだ。フェリエ、バイデンのほとんどはピュアと言ってもいい。でもシェルン様は異質に見える、まるで裏があるのではないかってね」 「少なくとも私とエウリスは別という事です。エウリスは一番若い子ですから、感受性が豊かに生まれた…… 或いは磨り減っていない、と表現する事も出来ましょうか。私については……或いは守り人としての役割がそう思わせているのかも知れません。永くを生き、ラ・ル・カーナの歴史と在り様を理解しております。 他の子やバイデンと同じかと問われれば……それは確かに違うかも知れません」 些か配慮の欠ける凍の言葉にも特に気分を害した風は無い。答えるシェルンに悠月は小さく頷き、当の凍は「そういうもん?」と首を傾げた。 (……どうなんだろう、フュリエって……) 見た目にはシェルンは穏やかそのものといった風で、フュリエの集落には特に危険らしきものはない。 しかし、笑顔のままで――それでもにフュリエに心を許さない陽菜のような者も居る。 ラ・ル・カーナにおけるアークの活動は三ヶ月以上に及んでいるが、フュリエやシェルンの事も含めて現時点までに判明していない情報は多かった。保守的で積極的にリベリスタ側に関わろうとはしていなかったフュリエの今日の変化はこの世界にある種懐疑的であり、暗中模索を続けてきたリベリスタにとっては渡りに船だったのは確かであるが、そも『今日まで謂わば非協力的だった』彼女達に不明の責任が無いとは言えまい。情報獲得の機会はやはり得難く、この機会にリベリスタ達は疑問をぶつける事に決めていた。 「あなたの知識から、俺たちが更なる力を得る方法を知らないだろうか?」 「生憎と」 エルヴィンの問いにシェルンは首を横に振った。 「先のラ・ル・カーナの戦いでは、わたくし共アークにご助勢頂き……まことに感謝致しますわ。 フュリエの方々は、争いを好まず、戦いには参加されぬものと認識しておりましたので……正直、驚きを隠せないでおりますけれど。しかしながら、ああしてご助勢頂けたという事は……今後は……フュリエの方々は……アークに組し、協力……共に戦ってもよい……とお考えになられている、とみるのは……いささか早計ですかしら……?」 「勿論、元より私達の世界の話なのです。お恥ずかしながらそれでも私達はこれまで私達のままでした」 ミルフィの問い掛けにシェルンは肯定の返事をする。 『フュリエがフュリエのままだった』という言葉は格別の意味を持っている。シェルンの説明によれば『完全世界』における生命体はある種の『完成』を約束されていたという。『戦いを知らぬ、永劫の平和の種族』として定義された彼女等はこれまで自身等が滅亡の危機に瀕しようとも剣を抜く心を持てないでいたのが現実である。 「しかして、これより先は」 穏やかながらに言葉に力を込めたシェルンは言った。戦うと。 「理不尽な暴力や厄災は、突如として平穏を脅かす。それに甘んじては、誰かが辛く悲しい思いをするわ。 私はそんなモノに屈したくないし、そんな人々の守り手でありたい――貴女達は、戦いに何を見出すかしらね」 ミュゼーヌは頷いた。少なくともこれまでよりは――フュリエにも見るべきはある。 「下位世界は上位世界に影響を及ぼさない、筈だったが。 お前らは少なからず影響を受けているし、捕まっていた連中の話や戦った感想を踏まえると、バイデンにも多少違和感を感じる。 最初は異邦人である俺らの在り方を見ての影響……とも考えたが。 エウリスが俺らの世界でフェイトを得たのは上位世界の存在に対する下位世界の影響、とは考えられねぇか?」 「……と、言いますと?」 「不可逆の原則がどれだけ信用出来るか分からないって意味だよ。 リベリスタが世界を壊すなんて笑い話にもならんって事だ。一応、用心しておきな」 ランディの言葉にシェルンは小さく頷いた。 「この世界の成り立ちを教えてもらえないか? 腑に落ちないところがいくつもあるからな」 「……そう。基本的な事で申し訳無いけどね。何より大切な事にも思えるんだ」 一方で宗一、理央はゆっくりと切り出した。 「知りたいのは世界樹について。シェルンさんには世界樹と世界の関わりの始まりから世界樹の役割、フェリエやバイデンと世界樹との繋がり等々、ボク達が『全く何も知らない前提』で世界樹について話をして貰いたいな」 「世界樹は――ラ・ル・カーナそのものであると認識しております」 頷いたシェルンは理央の要請に応え、話し出す。 「……私の直接見た最初の風景には唯、世界樹がありました。 世界樹の記憶を辿った時、私は知りました。何も無い世界に、この世界の雛形に世界樹が生まれ、大地が空が作られました。この世界に存在する物質、事象、生命体は――世界樹という一個より増えた産物とする事が出来るでしょう。この場で全ての創世を口にするのは余りに長く、又意味を持ちませんから割愛させて頂きますが」 世界そのもの、という表現にリベリスタは聞き覚えがある。 ボトム・チャンネルの人間は世界を司る神とも称すべきそれをミラーミスと呼んでいる。 「……」 宗一は押し黙る。雌雄の差を持ち、生殖で増える人類に比べてやはりアザーバイドは超常識的と言えるのだろう。 「世界樹に役割と呼ぶべき役割は存在しません。世界樹はラ・ル・カーナそのものなのです。 強いて言うならば唯、そこに健在である事が世界樹の役割であり、私達の希望でした。 ……残念ながらその希望は現在叶わないものになっておりますが。フュリエはラ・ル・カーナにおいて長い時間、より世界樹に近いフィアキィを除けば――ほぼ単一の高度知的生命体としての地位を保っておりました。私達は在りし日の世界樹と非常に近く、その在り様は非常に親和していたと言える事が出来たでしょう。しかし、あの忌まわしい日以降、世界樹は私達フュリエを増やす事を辞めました。乾き、枯れ始めた大地にバイデンを作り出し、危険な巨獣達を産み落としました。繋がりという意味では現在の世界樹はフュリエよりも彼等に近いのかも知れません」 「世界樹にはバイデンについての情報があるはずですが、それに触れたことはありますか。 十三年前に現れた無形の巨人について、世界樹に何か記録は残っていませんか。 ……ラ・ル・カーナのこれ以上の荒野化を止める方法に心当たりはありませんか?」 「バイデンは世界樹の本来持ち得なかった感情の発露です。 姿の無い巨人はとてつもなく恐ろしい存在でした。このラ・ル・カーナとは――世界樹とは似ても似つかない、存在。 この世界を司る樹さえ何ら問題にしない、正真正銘の破壊の神……と言えば良いのでしょうか。 この世界の荒廃を食い止めるには根本的には世界樹の状態を元に戻す必要があると思います。しかし……」 螢衣に答えるシェルンの言葉には寂寥と無念が混ざっている。 世界樹は彼女等にとって神であり、母である。教師であり、寄る辺でもある。 現状にフュリエが抱く感情は簡単に想像がつく所にあろう。 「私は世界樹に触れ、世界樹の能力の一端をある種の奇跡という形で扱う事が出来ます。 それはラ・ル・カーナの調和と調律の為に、ラ・ル・カーナの記憶に触れる為に扱われた能力です。 しかし、あの日以来――世界樹の形が少しずつ変わっていくのを食い止める事は出来ませんでした。 世界樹に『潜る』事が出来る守り人の能力も、世界樹の拒絶には無力だったという事です。迷路のように入り組むその中を何度彷徨ったとしても、私は答えを見つける事が出来ませんでした。そこには私の知る世界樹は、無くて」 「フュリエもバイデンも世界樹が新たな命を生み出している事に違いは無いけれど…… フュリエを生み出していた頃と比べてバイデンを生み出すペースはかなり早い。これは偶然なのかしら?」 シェルンの言葉の途切れ目に氷璃が言葉を挟んだ。 「世界樹が新たな命を生み出すタイミングがラ・ル・カーナに住む誰かが死を迎えた時だとすれば、新たな命を生み出す為の力を蓄える間も無く……文字通り、身を削って生み出し続けている可能性は?」 「……分かりません。しかし、バイデンや巨獣……忌み子が『増える程にこの世界が枯れた』のは事実です。 最初は極限られた地帯だったあの荒野がやがてはラ・ル・カーナの半分を――半分以上を侵食するに到ったのです。 世界樹に渦巻く……世界樹さえ持て余すおぞましい『憤怒』はあのバイデンそのものです。単純にして純粋な世界樹の怒りは、彼等という形で外に吐き出され続けているのです。恐らくは、今この瞬間も」 恐らく死という概念さえ薄かったであろうフュリエと、在りし日のラ・ル・カーナは不変の世界だったに違いない。 薄皮の一枚を運命が突き破り、無貌の巨人がこの世界を覗いた時――破滅に向けて歩み出したのはこの場所も、ボトム・チャンネルのも変わらない。それはつまり同一であろう。 この世界に満ちる『忌み子』達は世界樹の変容そのものを意味している。 フュリエが少数派になったと言うならば、世界樹は彼女達にとって遥か彼方に遠ざかりつつあるという事だ。 「世界樹そのものを調査する事は可能か否か。可能ならシェルン様立会いの下、機会を設けて欲しく思うのですが……」 「世界樹を傷付けたりする事が無ければ、調査をする事は構いませんが、現状の世界樹は日毎に――私さえも拒否しつつある状況です。 皆さんの持つ神秘が世界樹に通じるかは、確かに確かめてみないと分からない事であるとは思いますが……」 疾風の言葉にシェルンは思案顔をする。 「私たちと違い、世界樹から生まれ、単性のみで暮らす、フュリエ。 彼女たちには果たして『性』という概念は有るのでしょうか? 私たちにとって『性』とは『生』を育むものであり、そしてそのことは『聖』に通じます」 切り口を変えた茉莉の言葉に難しい顔をしたままのシェルンが応える。 「実は皆さんの言う『性別』という概念を最近まで私は余り理解していませんでした。 しかし、話を伺った限りで……一応、理解はした心算ではあります。皆さんには二種があり、それはフュリエとバイデンのような個体の性質の差を表していると認識しています。逞しく強く大きい者を『男』、弱く小柄な者を『女』と称するのでしょうか」 いざとなれば生命を育む女は男よりも強いとされる事もあるが……シェルンにそれを理解しろというのは酷か。 生命体としてのサイズと筋力を主に比較してそう言った彼女に茉莉と含めたリベリスタは何とも微妙な顔をした。 「……成る程」 しかし、フュリエが全て女であり、バイデンが全て男であるというのは何とも意味深である事は間違いない。書記役として手元の手帳に聞いた話を書き留めるジョンが小さく呟いて頷いた。 「シェルン様、貴女はこの世界をどうしたいんだ?」 嘆息交じりに言ったのは快である。 「俺達はバイデンに囚われて彼らの村を見てきたよ。数千のバイデンが暮らしていた。 多分それはフュリエより多くて……俺達を足した所で物量では負けてる。 局面では勝利出来てもバイデンを滅ぼす形でラ・ル・カーナを元に戻すのは難しいと思う。彼等が今も増えているなら尚更だ」 「これからバイデンはどーするの……? このまま放っておくとまた攻めてきそうだし…… 今はフュリエも変わったし、もう一度、お互いを理解する機会とか……必要ない?」 「そうそう、わたしもバイデンたちとお話したよ。 一概に全員がそうじゃないけど、バイデンたちもちゃんと話ができるし…… なんか思ってたよりもバイデンなりの考えがあるんだって思ったよ。戦いが好きなのはそのままだけどね」 「バイデンとの友誼は血によって購われましょう。 ならば、死闘を越えた私達……敵として刃をかわした今のフュリエの言葉ならば幾分か届き易いかとも思うのです。 私は、私達で力になれる事があるならば、是非協力させて欲しいとそう思っています」 「僕はバイデン、フュリエ、双方にそれなりの好感を持っている。 ……自分で言うけど、捕虜としてバイデンに接した人は少なからず同じ気持ちだと思う。 だから正直を言えばバイデンかフュリエのどちらかが滅ぶなんて結末を望んでいない。僕は、まだ共存の道を探しているんだ」 「バイデンは、君たちと分かり合えない種族ではないと思う。 バイデンは喉の乾きを潤すように『敵』を求めているだけ。 けれど、何も考えずに行動しているわけじゃあない。君たちがバイデンについて知りたいことは分かる範囲で全部教えるつもりだ。だから――」 快を援護射撃するように口を開いたのはルーメリアであり壱也でありスペードであり悠里であり夏栖斗だった。 柳眉を一瞬ハッキリと吊り上げ口元を歪めて押し黙ったシェルンはこの時初めてと言っていい位に強い反応を見せていた。 「……分かり合う? 共存、ですか」 声は底冷えを感じさせる程に澄んで響く。 しかしそれも一瞬の事。復唱するようにそれを口にした美しい女の表情はすぐに元の平静を取り戻している。 「……フュリエのみんなが戦う意志を見せたから、バイデンに認められる可能性はそれなりにあると思う。 いや、もっとハッキリ言えばフュリエのみんなが変わったのと同じようにバイデンも変わったのかも知れない。 その原因が――何処にあるかは分からないけど」 「根本の原因は世界樹じゃないかって、俺達はそう踏んでる。 世界樹の歪みを、この世界の歪みそのものを何とかしなくちゃ――状況は解決しないような、そんな気がするんだ」 悠里や快、それ以外の面々も含めてフュリエの集落と同じようにバイデンの集落でも時間を過ごした者はこの世界に横たわる相容れぬ者同士の決定的な違いを良く理解していた。しかし同時にバイデンの語るフュリエ、フュリエの語るバイデンの『像』が必ずしも確実な正解でない事を知っていた。 長らく争いを続ける二種がお互いに好感を持っている訳も無かろうが、リベリスタは或る程度の客観視が可能である。バイデンはフュリエが言う程には話せない連中では無かったし、フュリエはバイデンが言う程には傲慢でも惰弱でもない。尤もそれは『完全世界が変化した為の副産物』なのかも知れなかったが。何れにせよバイデンもフュリエも『完全世界のルール』から逸脱し始めているのは間違いが無い。 「シェルン様。……お、覚えてますか? 一番最初にあたし達がフュリエの里にやってきた時。あたしは『出会えた縁を大事にしたい。きっと何かに繋がる』って言いました。その時は、正直、何かを見越してた訳じゃなくて……その、そうなれば良いな、って気持ちだったんです、けど」 ゆっくりと視線を向けるシェルンに霧香は不器用に告げた。 「……シェルン様には、その『何か』が見えましたか? あたしは、そう――後悔だけはしたくない、です」 リベリスタ達の言葉を受けたシェルンは大きく息を吐き出した。 相変わらず表情からその真意を読み難い彼女ではあるが、リベリスタの話に聞く耳を持っていないという風では無い。 「……もし、世界樹を『外』の方が知ろうとするならば、方法は一つしか無いでしょう。 世界樹の迷宮を進み、そのコアに直接接触する事。しかし、往時ならば兎も角、今の世界樹に近付く事に危険が無いかと言えばそうは言えません。同時に世界樹を傷付ける事を――現状で私達は許容出来ません。難しい話になります」 世界樹がラ・ル・カーナそのものだとするならばそれが傷付いた時、世界に何が起きるかは想像もつかない所である。 さりとて、虎穴に入らずんば虎児を得ずも又、自明の理である。 朽ち逝く世界を救おうとするならば最早時間が多く残されていないのは確実である。 ラ・ル・カーナを跋扈する巨獣は『何か』の訪れを知るようにその姿を変えつつあるという。 バイデンの動向は戦い以後は知れていないが、彼等がこのまま引き下がる筈は無い。 「ま、重要なのはこの世界が滅びを免れるには何が必要で何をする必要があると考えているか教えて欲しいってこった。 シェルン君が望まない手段も選択の内にあるのか、それとも座して『その時』を待つかって話さね」 烏は何時もの調子で煙草を燻らせかけ、シェルンの宝石のような瞳にじっと見つめられて「失敬」とライターをしまった。 「完全なるものが不完全となった、良い側面もあるだろうさ。 ……だが、この変化は崩壊への予兆――いやそれ以上の『始まり』だって、おじさんは捉えてるんだわ。 永遠のフュリエには実感が無いかも知れないがね。何気に時間ってのは金より尊いもんなんだぜ?」 烏に言われるまでもなく、世界樹と世界の変化を誰よりも痛感し続けているのは当のシェルン本人であろう。異邦人による世界樹へのアクセスを歓迎してはいないであろう彼女がそれを口にしたのは――可能性の中にそれを含める事を良しとしたのは、何よりも如実に現況を示す『現実』そのものである。さりとて、彼女がそれを忌避するのは或る意味では当然である。かの無形の巨人も又、世界樹に『触れてしまった』異邦人だったのだから。 「うーん、むずかしい話は分かんないけどー」 張り詰めた雰囲気に無言の緞帳が降りた頃、それまでとは違うテンションでのんびりとした声を上げたのはシャルロッテだった。 「しぇるんもあしゅれいも、お胸おっきーけど……どうやったら大きくなるの?」 「……は、はぁ……」 「あはは! 恋ですよ、秘訣は恋!」 困惑するシェルンより先にアシュレイが軽く答えた。 「恋?」 「そう恋! 女は人生と男性に揉――」 彼女の意図する言葉の真意を『きちんと』説明したならさぞかし少女の情操教育には悪いのだろうが…… 「――そうだ! シェルン、貴女は恋とかしないの?」 アシュレイの余計な説明を瞳を輝かせた魅零の声が遮っていた。 「皆好きとかそういうのはだめよ。 傍にいるだけでドキドキしたり、顔真っ赤になったり……そうね、特定の一人ってやつかしら。 恋とか愛とかあるでしょう? 黄桜は、うひひ、なーいしょっ!」 「ふむ……」 緩んだ空気に毒気を抜かれたようなシェルンは視線を宙に彷徨わせてから、やがて言った。 「たまに呼び出した子の様子がおかしい事はありますが――私は良く、分かりません」 ♪ らーるかーなうぉーずがでーるぞー! らーるかーなうぉーずがでーるぞー! こーいつはどえらいべりはいーえっくす! こーいつはどえらいべりはいーえっくす! のめりこめっ! のめりこめっ! のめりこめっ! のめりこめっ! ばーいでんたーちにはなーいしょだぞー! ばーいでんたーちにはなーいしょだぞー! のめりこめっ! のめりこめっ! のめりこめっ! のめりこめっ! 「……舞姫だ」 「舞姫です」 「舞姫だな」 外からは調子外れな歌が響いていた。 「あー、訓練してるんだな」 と、一人ごちたのは喜平である。 誰ともなく特定された舞姫等の『教導』は今も続いているのだろう。 緩やかな時が流れる世界樹の森の会談に幾つもの思惑が浮いては、消える。 この場で次の結論は出なかったとしても、シェルンは揺らいだようにも思える。次に向かう為の楔は確かに打たれたか―― ●世界樹の森IV 「こっちに来れないさおりんのために絶対見つけてさおりんにお届けするのです。 忘却の石の見た目はあたしの瞬間記憶がばっちり覚えたのです(`・ω・´) 超直観を生かして石の在り処を探して、迷子にならないように道も覚えておくのです。 石はあたしには必要ないものかも知れませんが、さおりんが喜ぶならそれでいいのです。 そうしたらさおりんはあたしの頭をなでなでして『良くやったな、そあら』って褒めてくれるのです(´・ω・`*)」 実に分かり易いあらすじ説明をありがとう、そあらさん。 「……ところで、ここは何処なのですか? たすけて! さおりん(´・ω;`)」 リアクション芸人が「押すな」と言ったら押してやるのが武士の情け。捜索犬・そあらのプチ迷子はお約束である。 シェルンの招待に応じたリベリスタの『強いて言えばしなければならない事』が世界樹の森の散策だった。 より厳密に言うならばそれはあらすじのそあらさんが概ね言い切った通り『忘却の石』の探索である。 「ボクは戦いが苦手。だけどその代わり、こういう物探しは得意だよ。 なんてったって、探偵だからね。適材適所。ボクはボクなりにアークの助けになるよ」 探し物を見つける仕事……となれば『猫耳探偵』を自認するせいるがやる気を出さない理由は無い。 「忘却の石ってどうやって発生してるのかな。 昔から地面に落ちてるのか、ある日突然パッと沸くのか。空から降ってくるのか……」 顎に手を当てて探偵のポーズ。可愛らしく思案の姿を見せるせいるである。 主題がシェルンの招待を受ける事……という情報収集か外交の方にウェートの重い今日の日ではあるが、この程アークの誇る天才・真白智親がかの『忘却の石』をリベリスタの為に転用する為の技術を開発するに到りつつある……という情報は当然ながら非常に重要なものになった。 「以前、私たちアークに託された忘却の石。 今後も研究し、その成果をものとするには数が必要とされるらしいですからね」 この真琴のようにリベリスタ達の幾ばくかは智親の要請に応える形でシェルンに許可を取り、『忘却の石』の探索に乗り出したという訳だ。 「ラルカーナ、スッゴク来てみたかったのヨ! ここッテ土も空も空気も、色んなものがキラキラして見えテ本当にステキ! 今日はいっぱい探検シテ、いっぱい楽しんじゃおう!」 「何かこういうのもピクニックみたいでいいでござるな! 宝探しみたいでござる。宝物は地中深く眠っているものと相場が決まっているでござるよ!」 酷くテンション高くイントネーションのおかしな日本語を紡ぐ伊丹、厳しい顔に似合わずはしゃぐ虎鐵の姿は実に楽しげで。 「それらしき物がないか、景色を楽しみながらぶらりぶらりと。 何せ貴重な品らしいですし、そう簡単に見付かるものでもないだろうし、あったらラッキーくらいのつもりで…… いや、しかし中々苦戦しそうですよねぇ」 「あはは。探求は千里の道を歩む亀のようなものと申しまして」 「早く戻れたらご馳走があるかも知れませんしね」 「あはは、それはそうとまた今度奢って下さいな!」 森林浴めいた義衛郎とアシュレイは旧知で友好的にのんびりとしている。 「ま、千里の道も一歩から。地道に頑張るとしようかね。 神秘素材だけど、どうなんだろうね。普通の鉱物なら同一条件下でのが、より多く生成されそうだけど。 そこのトコどうなのさ? 石の発見条件に共通項があるなら、その辺を重点的に探すって手もあるけど。 匂いでってのは難しそうだから、地面の色が変わっている所や、光を反射してたりという痕跡がないか……問題は生成条件か」 「貴女に協力を頼みたい所なのだが。塔の魔女」 「さー。異世界の事ですからねぇ。まぁ、テキトーに頑張れば何とかなるんじゃないですか?」 「緩いね、アシュレイ君は。別にいいけどね」 (……アークに貢献したいと思いながら、打算で『この』魔女と取引している自分はぶん殴りたいけどな) 自身の力を強化する事に余念の無いりりすは珍しく真面目で、自身の『身の程』を良く知る『元一般人』の晃はアシュレイを頼ったのだが、彼女は二人の思惑を知らん振りのまま、相変わらず暖簾に腕押し柳に風といった所。 (私には忘れたい記憶がある。それは、アークが始動したばかりの頃に参加した依頼……『幻想は眠れぬ原野で石となる』での私! 何であんな格好をしてしまったのか。外国人だからって踏み外しすぎでしょう。 そのおかげでしばらく引きこもることにもなってしまった。あの仕事の事は忘れなければ、忘れなければ…… 忘れたい忘れたい忘れたい忘れたい忘れたい。忘れたいと思えば思うほど鮮明に思い出してしまう。うぐぐぐぐぐ! ドゥフwwwwもうやだwwww早く見つけて帰りたいで御座るwwwwwヌカポウwwwwwオピュあばばばば!!!) 『忘却の石』の名の響きに忘れたい過去への切なる願いを託すアンリエッタは自身の傷を更に衆目の下で抉り、 「たまには真面目に魔術の探求するよ! 研究室行きとはいえ、一度は目にして手に取りたいってのが魔術師の本音なんだよ。 賢者の石は手にした事あるし、折角なら忘却の石も見てみたいもん」 一方で大真面目に珍しく食い気より知的探求を優先させているウェスティアの考察は…… (しかし『完全世界』ラ・ル・カーナにそもそも忘却の石なんてのがあるのが不思議だね でも、『完全世界』に不必要なものがあるかな? 必要があるからこそ存在があるって事は……) ……全くなかなかどうして何時に無く合理的に鋭く事実の本質を抉ろうと機会を伺っている。 「やー、こぉんな素敵で不思議なシロモノは直に探すに限るね! 回収しても最終的には開発室行きですけれど、その前に支障が出ない程度に弄くり回して調べるくらいは構わんよな!」 詩人のやる気は些か私欲のままに発揮され、 「地図に空白があったのなら埋める、それが人類というものだわ。さあ、地図の上の魔物を追い出しに行くとしましょうか」 クール(?)な雰囲気よりはずっと情熱的でロマンチストなエナーシアは限りなく広がる『未知』に書きかけの地図を広げ、フュリエからの聞き込みと地道な探索で『忘却の石』を求めんと気合を入れていた。 やる気があるとか無いとか以前に、 (忘却の石というモノの恩恵には是非あずかりたいと思いまして。 全部が全部……という程でもないですが、少しだけ自身を改めたいと思う点がありますから。タダで物を貰おうだなんて都合の良過ぎる話ですし、せめて表面上だけでも手伝ったポーズだけでも取るのが社会への礼儀ですよね) 「世間体って大事ですよね。まあ私は減ったフェイト戻す目当てなだけなんですけどね」 「メタ過ぎるでしょう、それは。あと心を読まないで、馬鹿メイド」 「さて……こういう時に頼れるのは運命なんでしょうか? 本当に欲しいと渇望する事でみつかるのか。私にはそういったスキルはないので直感にまかせるとしましょう」 面白大御堂シスターズ(適当)みたいなアレでソレな奴等も居る。(※メイドと何か仲良しな慧架は除く) 恋愛事情から気分転換、実用への期待等実に様々と言えるのだが――リベリスタの意識に統一感が無いのは毎度の話ではある。 協調性というモノに欠けに欠けまくった『個性的』な面々は出る杭を打たないアークに全く似合いの人材であると言えるだろう。 ――閑話休題! 「兎に角森を荒らさない事に注意だな。鉱石というなら、地面に埋まっているのかも知れないけど……」 思案のし所に「さあ、どう探索するか」とクルトが首を捻る。 「フュリエ達に聞いた話によればこの辺りのエリアで石が見つかったという例はあるようだけど……」 「闇雲に探しても仕方ないと思うのよね……」 全く彼やこじりの言う通りである。高台から森を見回し、雷音に話を聞き……工夫はしても中々上手くいかない所である。 手掛かりも碌に無く、土地勘の無い場所を探索しろと言われてもそこはそれ難しい所ではあるのだが…… 「純粋に観光……と言う事でも面白かったのだがな。折角なのだし、こちらは任務に就くとしよう。 ああ、すまないが少し手伝ってくれないか?」 「何をすればいいの?」 「『忘却の石』というモノを探している。分かるか?」 「何となくは……」 声を掛けた葛葉に応えるフュリエの言葉は余り頼りになるものでは無かった。 しかし、リベリスタ達の作業に興味を引かれたらしいフュリエ達が樹の枝の上に座って応援し、ちょこちょこと走り回っては彼等の袖を引き……と手伝いになるのだかならないのだか良く分からない関わりを持ちたがっているのは微笑ましい絵である。 「でも……そうね、何だかこうしてると童心に帰っているみたい」 河原で綺麗な石を拾ったり、海辺でやどかりを探したり。 普段は気難しい所があるこじりも今日は『一人が故』にか何処かウキウキとしながら下生えを掻き分け、木の洞を覗いている。 研究開発室によれば忘却の石は多く見つかれば見つかっただけ意味があるらしい。 森のあちこちに散ったリベリスタ達は写真で見た程度のその不思議な石を只管探している。 「この辺り実際に歩いたことがないし、未知の場所を調べるのは面白いな」 長い黒髪をふわりと揺らした大気の流れにユーヌは目を細めていた。 心地良い風の通る森の道は空から降り注ぐ強い太陽光も茂る葉で遮り、快適な空間を作り出している。ボトム・チャンネルならば『秘境』と呼ばれるような場所に行かなければ吸う事も出来ないであろう圧倒的に澄んだ空気は事これまでに溜まった胸の中の澱を浄化して取り除いてくれるようですらある。 「……さて、広いな」 透視で地表近くに神秘が眠っていないかを確認し、集音装置で捜索の範囲を効率的に広げていく。 「散歩がてらに歩いて回るには丁度いいけどな。……鉱脈になってれば御の字だが、どうなんだろうね」 「さあな。そもそも見つかるかどうかも良く分からない代物だ」 木の枝の上に座り双眼鏡を片手に森を見るモノマに上向いて答えたユーヌは少女のなりには少し不似合いに肩を竦めて見せた。 「ま、いいけどな。ここ、結構気持ちいいし。もふもふしてたらもふるのだ」 見慣れない植物や荒野の巨獣とは全く違う小さな動物らしきものを眺めるモノマは実に気楽な調子であった。 「暗い場所は暗視で探すとして……普通の石との区別付くのよね……?」 写真は見せてもらったがその辺りは実際に現物を見ない事には難しい所。 世界樹の森に危険な生物が居るとは思えないが蛇に似た生き物でも居ればそれは確かに事である。確認した後で草むらに手を突っ込みガサガサとやるレイチェルは「たまにはこっち方面でも役に立ちたいのよ」と今日は少し気を入れて探索に臨んでいる。 「アリア・オブ・バッテンブルグ僕らは天才だ! 故に! 天才らしい探し方をするのだ! ソレが天才の勤めだ!」 「うむ、天才は天才的方法で石を見つけるのだ。それは天才にしかできない、効率も天才的にいい方法なのだ」 殆ど漫才の二人組である。陸駆の言葉に力強く頷いたアリアはL字型の鉄棒を両手に掲げ、無い胸を一杯に張って偉ぶる。 「ふっふっふっ、陸駆。これはなんだと思う? そう、ダウジングなのだ!」 「おお、ダウジング! そうか! ダウジング! すばらしいぞ! 貴様が片方をもって僕がもう片方をもつ。普通は一組二本を一人でもつが二人でもてば2×2で四倍の探索能力が期待できるのだ! つまり四倍の探索能力で二人で探すから更に倍になって……ひとより八倍の探索能力なのだ!」 「そうなのだ!よくわかっているな! アリアの計算でも陸駆と使うとそうなると出ていた! これで忘却の石をがっぽがっぽなのだ!」 普通に考えると頭の痛くなりそうなてんさい(笑)の計算式を完全肯定出来るのはてんさい(爆)が故なのだろう。 「そうだ! がっぽがっぽなのだ! 僕らの天才性が怖いな!」 高らかに笑って盛り上がる少年と少女の『完全なる計算』は他所に置いといて。 (忘却の石の力は大体予想通り。だからキサはキサの推論が正しいかどうかが気に掛かる……) ウェスティアと同じように『忘却の石の持つ意味』に踏み込んだ思案をする存在がもう一人居た。綺沙羅の瞳は深淵を覗き、蓄えた魔術知識はその神秘の在り様を推察している。『忘却の石』がラ・ル・カーナの産物である以上、それは恐らく『ラ・ル・カーナの為に』存在している可能性が高いとも考えられた。 (もし、もし――世界を書き換えられるような『忘却』があったならば――) 彼女は故に探していた。在るかどうかも分からぬ存在ではあったが――広い世界樹の森でこの短い時間の中で見つけられるものでもないのだろうが――その大いなる鍵の存在を『信じて』。 森の中を行く黎子はキョロキョロと辺りを見回しながらのんびり言った。 「どこまで進んでもよくわからない植物ばっかりですねー」 「……そーだな」 「これじゃ唯のお散歩ですねい」 「……………そーだな」 「あんまり乗り気じゃない感じです?」 「あー乗り気じゃないね! そもそもオレにはフュリエ連中、バイデンより解らねぇしよぉ!」 積極的に自分を引っ張る黎子に遂に爆発したように声を上げたのは火車だった。 「第一、何でオレが欲しくもねぇ石探して下見て歩かなけりゃならんのだ……! そもそもこんなチマチマした作業好きじゃねぇし、趣味じゃねぇし……その、まぁなぁ、暇なら付き合う……っつぅたしなぁ」 最初だけ勢いのいい文句は竜頭蛇尾のように途中で萎んでいる。 彼の語気を一気に沈めたのは言うまでもなく自分の顔を真っ直ぐじぃと覗き込み「まあ、家で暇してるより異世界観光の方がいいじゃないですか」とそう言った黎子の――吸い込まれそうな瞳の黒である。 「しかし、ここでオレ等がした事と言えば中世さながらの戦争位なモンだしなぁ」 「シェルンさんが『運命の治癒』をしてくれるそうじゃないですか。私、アークに来てからだけでも何度もぶっ飛ばされまくってますし」 「……うん、まぁ、御利益あるなら それに越した事ぁねぇけどよぉ」 (……それにあなたにだけは死んでほしくないですからね) 「大体オメェは戦闘中気ぃ抜きすぎなん……あ…? 今何か言ったか?」 「いいえ、何にも」 何とも複雑な関係を醸す二人のやり取りである。 「足だ! 捜索は足で稼ぐのだー! 忘却の石を数えるだけの簡単なお仕事です! なんかテンションあがってきたーっ!」 ベルカはまるで犬のように森を駆ける。リベリスタ達の捜索はそれなりの長い時間に及んだ。 成果を出した人間も居れば、発見に失敗した人間も居る。 肌に浮いた汗を袖で拭い、こじりは首を傾げて手にした石を光に翳す。 「……うーん、これかしら?」 ラ・ル・カーナに時折現われるという不思議な石は光を特別な角度から浴びる掌の中で透き通るように変化している。 ●世界樹の森V 「きゃー! 異世界でパーティー、超楽しそうー!」 「クッ……楽しそうね、まこにゃん! でも今日のアタシは盗撮……じゃない、隠れて撮影の係なのよ!」 「えへへ、まこもするするぅ♪」 その全身から全力全開で愛らしさを発揮する真独楽とデジカメを片手に危険人物振りを発揮している杏である。 「どこでも宴会かよ! アホだなアークのやつらは!」 そう言った俊介が果たしてその『アークのやつら』の標準から外れているかどうかは……口を噤んでおく事にしよう。 かくて、悠久の時間を抱く世界樹の森とフュリエの村は何時に無い賑やかな時間を迎える事になっていた。 「フュリエの皆にはまず感謝を。 あの時皆の援軍というきっかけがなければ、正直どうなっていたか。 その代償に、今後バイデン達の闘争の標的となる恐れは出てしまうで御座るが…今のままではバイデンに対抗するのは至難の業で御座ろう。その力を磨けばいつかは対抗できる者も出てくるやもしれぬが、くれぐれも無理はせぬよう。 フュリエの皆も既に立派な自分の友なれば……無理は禁物にて、宜しく頼もう! では、乾杯!」 綺麗な忍者――幸成が乾杯の音頭を取り、フュリエ達は小首を傾げながら見よう見真似で木のカップをコツンと合わせた。 「食って食って食らいまくるぜ! 食べることはすなわち生きること。自分の血と肉とし、生を充実させること。即ち、食べる事は勝つ事だ!」 「この所の戦いは熾烈なものでしたからね。それに備えて後悔の無いよう今を楽しむのも大切でしょう」 いいペースで豪快に色鮮やかな果物を頬張り、見慣れた料理をかっ込む。豪快そのものといった風のディートリッヒ、静かに呟いて危険の無いくつろいた雰囲気に身を浸すのは清涼感を覚える果汁を絞ったジュースのコップを片手にした貴志。 「なーなー、フュリエの食べ物でオススメってある?」 「チピルの葉のサラダは美味しいです。あと、皆さんに合うように味の濃いタルマイと頂いた『ブタニク』を一緒に焼いてみたのもありますよ」 「へー、異世界合作か! よし、孤独じゃないグルメのコーナー開始だぜ!」 「……まおも貰っていいですか?」 目を大きくして大皿に並ぶ料理を見回したラヴィアンがナイフとフォークをカチンと鳴らし、給仕の手伝いに奔走していたまおがお腹を鳴らして声を掛ければフュリエ達は「どうぞ!」と笑顔を浮かべてそう言った。 「こほん、すまないがこっちの料理が切れているぞ。追加を頼む」 淡々と素晴らしいペースで皿を空にするシェリーにエウリスが飛ぶように次の皿を持ってきた。 「異界の味も万物の根源たるマナと同じく、奇跡たる神秘の一であろうや」 世界の理を語るには不似合いな場でも、シェリーの言うは深淵である。 「皆で作ってみたクノア粥もありますよ!」 「うむ、やはり味付けから何から何まで違う。 そもそもこの食材はなんだ。実に美味だ。こんな食事がまた取れるなら、この世界も悪くはないな」 満悦といった風に頷くアルトリアにフュリエが少しはにかんだ。 宴席は予想以上に華やかなものになっていた。元々調理やらその辺りには疎いと聞くフュリエ達ではあるが、森の恵みを中心としたこの世界の『御馳走』というものは――ましてやボトム・チャンネルより持ち込まれた食材との『コラボ』に到ってはまず普通に食べる機会は得難いのだから、リベリスタ達が手伝った分も加えれば十分といった所である。 「……なにこれ、おいしい!」 「ボトム・チャンネルはこういうのが一杯あるんだよ」 「……すごい……エウリスは色々知ってるね」 エウリスとフュリエの少女のやり取りを見れば、 「ふゅりえのごはん! ミーノはつたいけんなのっ!!!」 「イツモノコトながらあれだ。馬鹿、ダナ。全部食べつくすってそれは流石に無理ダロウ……」 「まずはでざーとからっ! ……えっと……どれがでざーと……? くんくんくん……このりょうりすっごいあまいにおいがするの~! みーののよかんがつげているの! はんにんはおまえなの!」 「最初にスイーツって……糖分摂取で満腹中枢刺激されて眠くなるし満腹ニナルゾ。こいつ何で太らなインダ……」 猟犬とグルメ王を備えセオリーを無視するおかしけいさぽーとじょし・ミーノと呆れ半分のリュミエールを見れば分かり易い。 フュリエも一安心するだろうし、手を掛けたリベリスタの奮闘は十分に知れる所だろう。 「森の多いところで、食事、いいですね」 「ぶもー、もっと持って来い!」 「あぁ、スパゲッティ・ミートソースですね。そして、牛肉と馬肉を使用しているようですね」 勇馬と勇牛のやり取りにアーネストが口を挟んだ。 「えー!? パティ、勇牛に共食いさせないでほしいです!」 「え? 共食い? 違うと思う……」 「知らないわ」 馬頭の勇馬と牛頭の勇牛に知らん顔をするのは此方は『犬』のパティーダだった。 彼女のささやかな悪戯、或いは嫌がらせは同じ『天王寺』の姓を持つ双子をピンポイントに狙っていた。 「何で家の家計は白黒ばかりなんだか……」 仕掛けておいて喧騒に溜息を零すパティーダは全くマイペースを崩す心算が無いらしい。 「どうぞ、桃子様」 「うむ」 「お持ちいたしました桃子様」 「おそい!」 「ははあ、むむっ、これは妖しい。私が毒見しますね」 「失礼な事を言うでない!」 「申し訳ございません! 代わりに芸でもしましょうか! スタンダードナンバーからNOBUの真似!」 「よきにはからえ!」 一方、何故か殿様然として上座でふんぞり返る桃子の世話を小姓のようなエーデルワイスが焼いている。 「フュリエのリトルでキュートなフェアリーに……俺のソウルがビートする! って何なのよ」 彩歌のその疑問は大半の人類が解決し得ない類のミステリーである。 「お酒は? ……ま、フュリエは作らないわよね」 「こちらの世界の料理、果たして私たちの世界の酒と合うか試してみようかと思いましてね」 風景を肴代わりに眺めながら彩歌は自身で持ち込んだ安い酒と星龍の用意したバラエティー豊かなアルコールを手酌で舐めている。 「フュリエの皆さんも試してみます?」 「それ、面白いかもね」 不思議な飲み物に興味を示すフュリエに「飲む?」と冗句めいた星龍と彩歌は顔を見合わせるフュリエを見て笑っていた。 「アシュレイさん、この間はどうもありがとうございました」 「あはは」と何時もの軽妙な笑顔を浮かべながらのんびりと光景を眺めているアシュレイに声を掛けたのはセラフィーナである。 「思えば、アシュレイさんが閉じない大穴を作らなければこうして異世界に来てフュリエと会うことも無かったんですよね。 ……変な話ですが、そういう面でもこの、出会いには感謝しているのですよ」 「あ、あはははは……」 「未来予知でサポートしてくれることも多いし、アシュレイさんももうすっかりアークの一員ですね!」 「まぁ、それは、そのですね。あははははは……じ、人生万事塞翁が馬と……」 純粋極まるセラフィーナの言に嘘は無かったがこの言葉には流石のアシュレイも少し悪びれている様子。 とは言え、この魔女に今回の件で――というよりはこの所までの関わりの中で一定の親近感を覚えているのは決して彼女だけでは無いようだった。 「よ! アシュレイ、今日もおっぱ……じゃなくて、今日も綺麗だな! 気の利いたこと言えないけんど、アシュレイ頑張ってくれたみたいだからな! 怪我はもう平気なん?」 「お陰様で。意外と頑丈みたいですよ、私!」 取り分けた料理の皿を片手に差し出して笑って見せたのは俊介だ。 生来の『軽さ』を十分に発揮する彼も、何かと彼女を気にかける葬識やうさぎ……他の面々も然りである。 風聞より、名実より、殆ど確信と言ってもいい予感より――彼女との時間が抱くのは悲劇の予感でしかない。日々、神秘界隈に身を置き、紙一重の破滅を潜り抜け続ける彼等がそれを察せ無い筈は無いのだが…… 「……あ、美味し★」 「ホントだ……」 「あはは、那雪様。ほっぺにクリームついてますよ、可愛い!」 「……もう……」 まるで『オトモダチ』の顔をして風景に溶け込むアシュレイは不思議な感情を煽るのだ。 (先の拠点を巡る攻防戦でアシュレイさんが自らの命を賭してまで私たちに協力してくれたこと。 彼女はバロックナイツを倒すことを条件に私達に協力を約束していますが、果たして、自らの命を賭してまで危地に赴くまでの姿勢。 それは――そこまでする価値があるということなのでしょうか?) 綺麗な花には棘がある、という使い古されたフレーズを思案した孝平は思い浮かべた。 「……楽しめていますか?」 「勿論! 孝平様も一緒にどうですか!」 「……あ、はい……そうですね」 目のやり場に困る――その姿と距離感に少し孝平は鼻白む。彼女はやはり美しい。 食虫花と知られていても……それが神秘史に裏切りの足跡のみを刻む女怪を信じる事が愚かと知られていながらも。『犠牲者』が後を絶たなかった理由は接すれば分かる単純な事実に違いなかった。恐らくは『自分だけは』と考えていたジャックと同じように。砂漠に渦を巻く流砂のように、沼の底で蟠る澱のゆらめきのように。彼女の笑顔は誰かの心を捲り、足元を掬う。 (……或いは、そこまでもしないといけない程、彼女の願いは強いものなのでしょうか?) 饒舌に何やら話しかけてくるご機嫌のアシュレイに応えながら孝平はふと考えた。 嗚呼、これを魔性と呼ばずして何と表現し得ると言うのか―― 「……へっくちん!」 ――まぁ、齢三百歳(仮)に似つかわしくないくしゃみをする女の『素』がどうなのかは別の問題としてである。 「ねぇねぇ。誰か一緒にこれ食べようよ?」 小さな胸の奥に蟠る戦いへの悲しみを今は沈めて、気丈に言うのはアリステア。 (全幅に信用出来る筈も無く、かといって邪険にする程気に入らない人物でもない……これが厄介か) 魔女を眺め、もぐもぐと串焼きを頬張りながら何となくアラストールは考えた。 (此度の危うい勝利は我々だけでは為し得ず、フュリエとアシュレイ殿あったが故。 今後、立ち位置が変わる事もあろうが、今は素直に感謝しておこう――) 些かオーバーアクションで騎士子たんが目を見張る。 「……これは、美味しい。此方の方も中々いける」 只管に燃費が悪いのか相変わらずにもぐもぐもぐもぐやりながら小柄な少女騎士は首を傾げるアシュレイに新しい皿を差し出した。 「あ、ありがとうございます!」 「……うむ」 世界樹の森で過ごす時間は平和だった。平和そのものだった。 それはリベリスタ達が知る『完全世界』の風景とは全く別。 在りし日のこの場所はかくも平穏だったのかと彼等に知らしめるに十分ではあったのだが…… 破滅の幕は人知れず上がろうとしていた。 誰も知らない水面の下で、誰に心の準備を問う暇も与えず。 人の営みを超越した不出来な運命はこの一時の平穏を永遠のものとする気は毛頭無かったという事か。 平和な時間を引き裂いたのは耳を劈く獣の咆哮。 変わり始めたフュリエとバイデンと、それ等を変えたかに思われたリベリスタ達はやがて『それ』に会う。 宴席もたけなわになった頃、緩やかな時間を存分に満喫していた彼等は――見上げた不思議な色の空の彼方に『それ』を見たのだ。 「あれは――」 ――天の裂け目より血走った眼球が見下ろしている。 人ならぬ存在(もの)ととてもそうとは呼べないような巨大な器官がグラグラとラ・ル・カーナを焼いていた。 恐らく憤怒と渇きの荒野の果てで――バイデンもそれを見ただろうか。 リベリスタは息を呑み、フュリエは怯え、シェルンは言葉を失った。 「無形の、巨人……」 乾いた声が麗らかな森の中に掠れて消えた。 天の眼球は程無く闇の彼方へ消えていく。天の割れ目は縫い合わさり、何事も無かったかのように消えてしまったけれど。 ざわめく。 ざわめく。 ざわめく。 空が、大気が、大地が、森が――何もかもがざわめいた。 死に到る病に赤く染まる世界樹の絶叫が――ラ・ル・カーナを揺るがした。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|