下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






そうだ、キャンプに行こう!

●青天の霹靂(いつものこと)
「そういう訳でキャンプに行くのです」
 目の前でニコニコとした笑顔を浮かべる『清廉漆黒』桃子・エインズワース(nBNE000014)の『唐突』さは今日も今日とて何一つ変わらなかった。
 困った戦略司令室長の真似をしたのかブリーフィングにリベリスタを呼び出した彼女は取るものも取らずド真ん中160キロの剛速球で自分の予定を告げてきたのであった。
「梅雨入り前、暑くなる前に山にキャンプにいきたいんだとさ」
 桃子は何処と無く怖いから――取り敢えず微妙な視線を向けられた『戦略司令室長』時村 沙織(nBNE000500)は小さく肩を竦めてそんな風に答えを返す。
「俺の趣味から言えば快適なホテルでゆっくりと……なんだけどね。
 そこの姫様はテント設営とか、飯盒炊飯とか、キャンプファイヤーとかしたいらしい。
 ……ま、腐ってもイギリスハーフ。腐ってもお嬢様……
 ……ああ、腐ってないからそういう目で俺を見るな」
 爛々と輝く桃子の視線を受けた沙織のトーンが一気に落ちる。相手が年頃の女子であるならば無類の強さを誇る彼をしても彼女は到底御し切れまい。
「まぁ、そんな訳で付き合わされる事になったから……
 お前達も良ければどうかと思ってね。俺はどっちでもいいんだが――
 ああ。でも可愛い女の子が居るならそれはそれで――」
「――使えない男ですね!」
 熱意の無い沙織の言葉を桃子が今度は遮った。
「川遊びをするのです。お魚を取るのです。皆でご飯を作るのです。新緑の季節を楽しむのです。気持ちのいい空気の中をお散歩するのです。キャンプファイヤーを皆で囲うのです。満天の星を見上げるのです。たまに殴るのです」

 ――最後!?

「きっと楽しいですよ。ももこさんとあそびましょう!」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI  
■難易度:VERY EASY ■ イベントシナリオ
■参加人数制限: なし ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年06月15日(金)22:43
 YAMIDEITEIっす。
 五月五本目。行楽イベシナ。
 タイトル最初『桃子’sブートキャンプ』だったんですが軍隊っぽくて楽しくなさそうなので辞めたです。
 プレイングのルールが設定されていますので確認して下さいね。

●任務達成条件
・楽しければそれでいいんだ

●シナリオの備考
 キャンプに行くシナリオです。
 基本的に山のキャンプ場で出来そうな事は許容しますが、『●プレイングの書式について』のルールは必ず守るようにして下さい。
 守られていないと描写が省かれる可能性がマッハになります。

●プレイングの書式について
【キャンプ準備】:テント設営や各種準備等
【食事】:作る、食べる等
【ハイキング】:山の空気とゆっくりとした時間を満喫しましょう
【沢遊び】:川で遊びます。魚を取る等も。
【キャンプファイヤー】:夜のパートです。夜空を見上げる等もここで。

 上記の五点からプレイング内容に近しいもの(【】部分)を選択し、プレイングの一行目にコピー&ペーストするようにして下さい。
 プレイングは下記の書式に従って記述をお願いします。

(書式)
一行目:ロケーション選択
二行目:絡みたいキャラクターの指定、グループタグ(プレイング内に【】でくくってグループを作成した場合、同様のタグのついたキャラクター同士は個別の記述を行わなくてOKです)の指定等
三行目以降:自由記入

(記入例)
【キャンプ準備】
Aさん(BNEXXXXXX)※NPCの場合はIDは不要です。
がんばりますです。

●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間と参加者制限数はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・イベントシナリオでは全員のキャラクター描写が行なわれない可能性があります。←重要!
・獲得リソースは難易度Very Easy相当(Normalの獲得ベース経験値・GPの25%)です。
・内容は絞った方が描写が良くなると思います。

●参加NPC
・桃子・エインズワース
・時村沙織
・時村貴樹←年寄りの冷や水
・真白智親
・真白イヴ
・将門伸暁
・天原和泉
・クラリス・ラ・ファイエット
・セバスチャン・アトキンス
・アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア


 以上、宜しければご参加下さいませませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 107人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ホーリーメイガス
悠木 そあら(BNE000020)
覇界闘士
月星・太陽・ころな(BNE000029)
デュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
マグメイガス
アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)
クロスイージス
ミルフィ・リア・ラヴィット(BNE000132)
ナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
マグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
ソードミラージュ
ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)
ナイトクリーク
斬風 糾華(BNE000390)
スターサジタリー
エナーシア・ガトリング(BNE000422)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
ナイトクリーク
源 カイ(BNE000446)
マグメイガス
雲野 杏(BNE000582)
スターサジタリー
ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)
覇界闘士
大御堂 彩花(BNE000609)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
覇界闘士
鈴宮・慧架(BNE000666)
クロスイージス
白石 明奈(BNE000717)
クロスイージス
祭 義弘(BNE000763)
デュランダル
鯨塚 モヨタ(BNE000872)
ソードミラージュ
仁科 孝平(BNE000933)
ソードミラージュ
上沢 翔太(BNE000943)
ソードミラージュ
紅涙・りりす(BNE001018)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
マグメイガス
シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
ソードミラージュ
天風・亘(BNE001105)
ナイトクリーク
リル・リトル・リトル(BNE001146)
スターサジタリー
モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)
ホーリーメイガス
ニニギア・ドオレ(BNE001291)
ホーリーメイガス
臼間井 美月(BNE001362)
ソードミラージュ
ルア・ホワイト(BNE001372)
覇界闘士
加奈氏・さりあ(BNE001388)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
スターサジタリー
百舌鳥 九十九(BNE001407)
デュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
マグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
デュランダル
蘭・羽音(BNE001477)
スターサジタリー
八文字・スケキヨ(BNE001515)
クロスイージス
ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
クロスイージス
レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)
クロスイージス
蔡 滸玲(BNE001593)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
クロスイージス
ステイシィ・M・ステイシス(BNE001651)
覇界闘士
付喪 モノマ(BNE001658)
プロアデプト
如月・達哉(BNE001662)
覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
ホーリーメイガス
翡翠 あひる(BNE002166)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
クロスイージス
フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)
スターサジタリー
結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)
スターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
ナイトクリーク
三輪 大和(BNE002273)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
ホーリーメイガス
エリス・トワイニング(BNE002382)
マグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
ホーリーメイガス
ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)
プロアデプト
ロッテ・バックハウス(BNE002454)
覇界闘士
葛木 猛(BNE002455)
スターサジタリー
劉・星龍(BNE002481)
覇界闘士
焔 優希(BNE002561)
マグメイガス
大魔王 グランヘイト(BNE002593)
デュランダル
ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)
デュランダル
羽柴 壱也(BNE002639)
スターサジタリー
白雪 陽菜(BNE002652)
スターサジタリー
那須野・与市(BNE002759)
クリミナルスタア
タオ・シュエシア(BNE002791)
スターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)
クリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
クリミナルスタア
烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)
ホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
スターサジタリー
桜田 京子(BNE003066)
マグメイガス
斎藤・なずな(BNE003076)
プロアデプト
エリエリ・L・裁谷(BNE003177)
デュランダル
ノエル・ファイニング(BNE003301)
ナイトクリーク
フィネ・ファインベル(BNE003302)
ホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)
クロスイージス
日野原 M 祥子(BNE003389)
ダークナイト
ウィンヘヴン・ビューハート(BNE003432)
ダークナイト
赤翅 明(BNE003483)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
ダークナイト
ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)
ダークナイト
朝町 美伊奈(BNE003548)
プロアデプト
阿久津 甚内(BNE003567)
ナイトクリーク
蛇穴 タヱ(BNE003574)
ダークナイト
スペード・オジェ・ルダノワ(BNE003654)
ダークナイト
カルラ・シュトロゼック(BNE003655)
プロアデプト
チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワ(BNE003669)
ホーリーメイガス
石動 麻衣(BNE003692)
クロスイージス
エインシャント・フォン・ローゼンフェルト(BNE003729)
ソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
レイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)
レイザータクト
伊呂波 壱和(BNE003773)
レイザータクト
日暮 小路(BNE003778)
レイザータクト
アルフォンソ・フェルナンテ(BNE003792)
レイザータクト
カミラ・フォン・リューネブルク(BNE003794)
ソードミラージュ
シザンサス・スノウ・カレード(BNE003812)
レイザータクト
ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)
レイザータクト
波多野 のぞみ(BNE003834)
マグメイガス
シェリー・D・モーガン(BNE003862)
クリミナルスタア
アーベル・B・クラッセン(BNE003878)
   

●テント設営!
 良く晴れ渡った青空が緑の弾ける山にやって来た一団を心なしか眩しそうに見下ろしていた。
 燦燦と照る太陽は一頃よりも存在感を増していて、うっすらと汗ばむ陽気と言えない事も無かったが――高台の清涼な空気は爽やかそのものといった風で屋外での活動にはいい按配だと言えるだろうか――
「はいはい、皆さん! キャンプのしおりを確認して下さいねー! まずは準備からですよー!」
 拡声器を片手にしたボーイスカウト風桃子がしきりに仕切りの声を飛ばしている。
 行楽の季節に彼女に誘われ……少し強引に引きずられ『キャンプ』に付き合う事になったリベリスタ達は百名以上も居た。
「あ! 桃子さーん! きっぐうですねえええええ!
 同じく桃子さんである所のステイシィさんも来ちゃいましたよー!」
「キャラが被ってんだよ!」
「ええええええー!?」
 揮発性の記憶力を相も変わらず発揮して、ループの如きやり取りを繰り返す桃子と桃子(ステイシィ)のやり取りである。
 盛況の主要因が彼女の人望なんだか恐怖政治なのだか中毒なのかそれ以外の魔的な引力なのかは知れないが――何れにせよ百名余からなるキャンプともなれば中々本格的で賑やかである。準備も十分に必要な所だろう。
「ちゃきちゃきテントを張るのですよ。貴様等の働きに今夜の寝床が掛かっている! 言い訳を垂れる前にサーと言え!」
 何かを勘違いしたように拡声器を振るう桃子の激励(?)を受け、リベリスタ達はいまいち覇気の無い声で「ういー」と返事を返す。
「新緑の香る季節にキャンプをするのは良いですね。日本には梅雨という降雨期があるとも聞いていますが……」
 空を見上げるアルフォンソはそう言いながらも少し安心したような風だった。
 梅雨にはもう少し猶予があるし、山の天気は変わり易いと言われるものだが、雨雲も裸足で逃げ出す魔除けの彼女にその心配も不要だろう。
「さて、テント設営なんてて久しぶりですね。イタリアに居た頃はちょくちょくと友人とどこかに出かけたものですが……」
 久し振りと言いながらも、そこは大の大人の男。アウトドアに腕をぶすアルフォンソである。
「……エリス、撮影中……」
「さあキャンプですよ。部屋から出たくないあたしですが、キャンプとなれば話は別です」
 最近凝っているのか相変わらず愛用のデジカメを構え、思い出を切り取るエリスに向けて全く珍しい事に奇妙なまでのやる気を発揮する小路が宣言する。小路と言えば、曰く「息をするのも面倒臭い!」。歪なる現代社会の暗部を見つめているが如く齢十歳にしてやる気というやる気の殺げている少女なのである。誰が呼んだかレイザーニート。草葉の陰でクェーサー夫妻も嘆く駄目軍師は顔つきからして、今日違う。
「何故ならば気分を一新した状態で寝れるじゃねーですか。設営したら即寝るです。テントと言えば我が城です」
「おー……」
 外れた方向に拳を握る小路にエリスが感心したような声を上げた。
 抜け目の無い桃子は予めロケーションを見繕っていたのだろう。十分なスペースの開けたこの場所は数多いテントを張るにも丁度良さそうだった。キャンプ場でも無ければ案外やり難い事もあるものだが……なかなかどうしてその政治力は実に都合良く発揮されるものだ。
「俺はキャンプファイヤー用に……薪を調達してこようかな!」
「気をつけて下さいねー」
 鉈を片手に気合を入れるアーベルに桃子がひらひらと手を振った。
「大丈夫、大丈夫。こういうの得意だし――」
「怪我しても、ももこさんはホーリーメイガスvなので生きてる限り大丈夫ですよ!」
 些か不穏なやり取りだが……
「ええと、まずはポールをセットして……?」
 難しい顔でテントのパーツを弄繰り回すクラリスをりりすが『珍しく』素直にサポートしている。
「やってあげる」
「あら、意外と頼りになりますのね」
「そのドレスじゃねぇ」
 目を丸くしたクラリスにりりすはへらりと笑みを見せた。
 何を勘違いしているのかこのお嬢様は山に来ても余りそのいでたちが変わらない。
 桃子の用意した『キャンプのしおり』には動きやすい格好で、とあるのだが。
「あくまでも私流!」とでも言わんばかりのクラリスはマイペースそのものといった風だ。
「とりあえず、長袖と虫避けね。タオルも多めに用意したから使うとイーよ」
「……!」
 スリープにポールを通しながらりりすが言う。
「……」
「……うん?」
「……ありがとう、なのですわ」
「気にしなくていいよ。くろリスお嬢さん。僕とひと夏の爛れた関係をえんぢょいしよーぜーあばんちゅろーぜーだきゅむにらせろー。いぇいぇー」
「前言撤回しますわあ!」
 何れにせよ少なくとも欧州はドイツくんだりのお嬢様よりは随分とキャンプ慣れしているりりすである。
 太陽は高く空気は澄み渡っている。耳の奥に川の涼やかなせせらぎの音色が滑り込んでくる。
 嘘のように穏やかな時間は今日という休日の価値をリベリスタ達に予感させていた――

●沢遊び!
「ん……綺麗な音達。静かな森も、決して無音ではないのね」
 川のせせらぎ、木の葉擦れ、動物の鳴き声。
 目を閉じれば際立つ感覚は自然の時間に身を浸したミュゼーヌを十分に楽しませるものだった。
「ふむ、夏っぽく川で西瓜冷やすか」
 麦わら帽子とワンピース姿のユーヌは胸元に持ち込んだ丸い西瓜を抱いている。
「西瓜割りとかあるらしいが……リベリスタがやると粉々か?」
 少し難しい顔でそんな風に呟く彼女は大き目の岩に腰掛けて踵までを水に浸してぱちゃぱちゃと足を動かしている。
 歳相応にも見えるそんな『愛らしい』姿を見せる彼女の一方で、
「時村室長が桃子さんのワガママに巻き込まれて……気が付けばお約束になっている気もしますわね」
 この発言は当人に告げたなら「じゃあ、しっかり敷いてね」と言われそうな所だろうか。
 訳知り顔でやれやれと肩を竦めるのは彩花だった。腕前と経験の方は未知数だが釣りに挑戦する事を決めた彼女は『しなければならない事の無い』時間の中でのんびりと竿を揺らしている。考えてみれば若年ながらに『家業』の忙しい彼女である。生来の如才なさで『どうにかしてしまう性質』なのは間違いないが、年相応の部分もある事を考えれば休息も大切な事であろう。
「……あら、ばらけましたわね」
 清流のせせらぎに眩いばかりの美貌が綻ぶ。
 匂うような緑の中に佇む美しい少女の姿は『絵画的』で――ばしゃん!
「……あーっと、手が滑ったー」←棒読み
「バカメイドッ!」
 ……モニカが居るから『漫画的』であった。
「桃子様、これこちらで宜しいでしょうか?」
 抗議する主人の声を全く華麗に無視をして名札付きのスクール水着を着用した三十七歳(最近歳を取りました)がテキパキと仕事をこなしている。
「あ、あはは……」
 完璧な風情をすっかり台無しにした彩花を宥めるように笑ったのはハーフズボンとパーカー水着が涼しげな慧架だった。
 すらりと長く眩しい位に白い両足をサービスする彼女は「ほら、リベリスタなら手で捕まえられるかも!」と煮える(笑)彩花をとりなした。
 ……『茶々』の面々、友人達と時間を過ごせば。否が応無く飛び込んでくるのは自然の織り成す柔らかな音色達ばかりではない。
「種が少々面倒だが、美味しいな。塩振ると美味しいらしいが、よく判らないな」
「通の食べ方ですわね」
「通(笑)」
「モニカッ!」
 ミュゼーヌは目を開けなくても分かる――想像のつく光景に僅かに噴き出した。
 森閑とした一時も嫌いでは無いが、些か粗忽な友人達の作り出す『音色』もまた彼女の耳を楽しませるそれである。
「ミュゼーヌさんも如何です?」
「ええ、頂くわ」
 クーラーボックスから自前の紅茶店のアイスティーを手渡す慧架に全く一分の隙も無く此方は『絵画的』なミュゼーヌは微笑みかけた。
 彩花にはモニカが居た。ミュゼーヌには居なかった。(二度目)
 渓流で涼やかに遊ぶのは彼女達だけでは無い。
 折角河原の近くにキャンプを張ったならば沢遊びをしないのは勿体無い、という事である。
「虫! つまんで針に突き刺すの?」
 蒼褪めた顔で動揺を隠せないのは祥子だった。
「……ギャー! ちょっと動かないでよ!
 っていうかムリ! 触れない! どうすんの? なんなの? しぬの!?」
「誰か餌付けて! っていうか、虫以外の餌無いの!?」
「ほら、貸してみろ。手早く餌付けてトライ。あ、餌奪われたら言えよ? 俺が変わりに付けるから……」
 何でも上手くこなすとは言え、然程の経験も無いお嬢様に比べて此方は随分と手際の良い翔太である。悲鳴を上げた祥子や陽菜から竿を受け取りやる気が無いという割に面倒見の良い所を見せる彼以下『太公望』の面々は確たる釣果を得るべく竿を振るう面々であった。
「さすが翔太は慣れてるなー」
「まぁな。だけど釣りは持久戦だからな」
「分かってるさ、簡単に釣れない事くらい――」
 ツァインは笑う。
「穏やかな気持ちで自然と一体になり、河の流れを感じるのだ。
 これぞ明鏡止水……って偉い人が言ってた気がする」
 何処か冗句めいた――そんな言葉に傍らの優希が「何だそれ」と首を傾げた。
「フ、でも今日は良い息抜きができそうであるな」
 燦燦と降り注ぐ太陽の光を無数に乱反射する水面は宝石も及ばない輝きを湛えて横たわる。
 時折吹き抜ける風は柔らかく涼やかで時間をのんびりと潰す事自体を嫌に感じさせる事が無いのだ。
「こうしてると小さい頃おじいさまの肩叩いてたの思い出すよ~。魚釣れたら焼いたり蒸したりすけど貴樹のおじいさまも一緒にどう?」
「それも良いかも知れんな」
「……陽菜ちゃん、次は優希さんにエサ付けてもらったらいいんじゃない?」
「――――」
 耳元で囁く意地悪な祥子に当たりが来るまでの暇潰しとばかりに貴樹の肩を揉んでいた陽菜の表情がパッと変わる。
「ワタシは魚を獲りますっ! フフフ、獲れたらホイル焼きにして二人で食べるのデス」
 目を白黒させる陽菜に代わり、貴樹に見栄を切ってみせたのは素手での奮闘を漸く諦めたシュエシアだった。
 パレオ付きの赤い水着を着た少女は陽だまりの中、発育のいい体を弾ませてまさに生命力を弾けさせている。
「今日ばかりは奢る奢られるは関係ありませんからね、純粋に楽しみましょう!」
「うむうむ」
 肝心の貴樹が『取れるか怪しい魚』より胸を揺らす彼女の方に注目しているのは、何て言うかこの親にしてあの子あり。
 しかして、「ところで、今日の水着はどうでしょうか!」と尋ねた彼女であるからそれは本望なのかも知れないし。
 そんな風で居ながら捨て目が利くのも親子は同じなのである。
「はしゃぎすぎて転ばぬようにな」
「……む、ええ、ハイ、内心結構はしゃいでる、のデス」
 絶妙のタイミングで釘を刺された少女が頬をほんのり赤くした。
「キャンプというと軍在籍時代を思い出しますね。なにせ、野外訓練の定番ですから」
 クーラーボックスから取り出した冷えた缶ビールを片手に星龍はかなり『贅沢』な時間を過ごしていた。
「アシュレイ君はインドア派のイメージがあったけれどもねぇ……」
「あっはっは。三百年前はネットがあれば生きていける時代じゃないでしょう?」
 似たような風情で煙草を燻らせて尋ねた烏に大笑いをしたアシュレイが応えた。
「成る程、そりゃそうだ」
 文明の進歩がインドアを作り出したようなものである。大昔から本の虫は居ただろうが、何やら杏に尋ねられながら岩場に腰掛けて足をバタバタやる落ち着きの無い彼女が『そういうタイプ』には余り見えないのは確かである。
「デコッパチのあんちゃん、日本に来るって言うしなぁ……『混沌』事件、聞いたら空気が読めねぇかい?」
「分かってるじゃないですか」
「いやな、愛を囁いても良かったがどうにもめんどうだしよ」
 星龍にせよ、烏にせよ。釣れるか釣れないかは大した問題では無い。ゆっくりと釣り糸を垂らす時間そのものが至福という事である。
 一方で大分食欲の方にウェイトが傾いている二人も居る。
「おいしそうなお魚とるのです! 食べられる分だけとりましょう!」
「了解。『食べられる分だけ』ね」
 大食淑女(ニニギア)のリクエストを受けたランディが少しだけ含みを持たせた調子で応えた。
 野蛮にして豪放、豪快、何処からどう見ても強面のランディも実は恋人にはかなり弱い。かなり甘い。
 どちらかと言えば大いに尻に敷かれる格好の彼はやはり種族柄……じゃなかった予想通りサバイバルにはかなり強い。
「大漁だなぁ、熊とかいねーかな?」
 川魚を次々と捕まえてはそんな風に呟いた。
「熊!? 食べるの!?」
「美味いぞ、結構」
「熊怖いけど、なんだかかわいい気もするの……
 うん、食べるより乗るほうが楽しいわ。斧持った人と熊は仲良くなるの法則なのです」
 何処かメルヘンな事を言ったニニギアの脳裏には熊にまたがり鉞を担いだランディが赤い前掛けをかけて「がはは」と笑っているのだろう。
「ふむ……この辺りは今だ平穏なまま……か」
 特別な力で従えた鳶に魚を取らせ、のんびりと周囲を見渡すのは雷慈慟であった。
 この日本が短い間で随分と『不安定』になったのは間違いない。崩界の事態に気を揉む彼にとってはこの何でもない山の風景が何でもないままだったのは確かに安心出来る事実だった。
「願わくば、何時までもこのままならば良いのだが……」
 雷慈慟はちらりと騒がしい辺りに視線をやる。
「なずな様も早く~! 落ちて! じゃんぷですぅ!」
 何とかと煙は高い所に……じゃなくて、態々高い所から川に飛び込んではキンキンとした高い声を上げているのは言わずと知れた『騒がしい辺り』のロッテである。
「ちょ、ちょっと怖いけど……えい!」
 ロッテに続き水飛沫を上げたのは相方になるなずなである。
「くふふ、なずな様とデートなのですぅ!」
「べっ、別にデートとかじゃないし!」
 水浸しの乙女達は子猫同士がじゃれあう姿を思わせる。
 口では必死に否定するなずなだが案外満更でもなさそうで、ロッテはと言えば言うまでも無くこの時間を満喫している。
「……でも、誘ってくれて……ありがと。ちょっと嬉しいし、楽しいし……」
 視線を逸らしたなずなの口をついたモゴモゴとした呟きをロッテが聞き取れたかどうかは定かでは無い。
 沢の時間はそれぞれの楽しみの中で過ぎていく。
「学校の授業もですが、自分がフツウに混じっていると、不思議な感じです、ね」
 水着の上にパーカーを羽織り、麦藁帽子をかぶったフィネがふとそんな風に呟いた。
 何処かむずむずとくすぐったくなるような感覚は――彼女に戦うだけではいけない、と教えてくれるかのようだった。
 数奇な生まれと育ちを辿った彼女は普通の子供とは大分違う。、子供向けの冒険活劇と童話絵本が知識の寄る辺、暗殺者としての訓練は彼女の価値観にある種の瑕を与えた筈だった。でも、それでも。
 友達と――『メイフィス』の面々で過ごす時間はそんな彼女だからこそ尚更大切なものになる。
 浅瀬に石で囲んだ生簀を作り、逃げられないように囲みの高さと隙間にも気をつけて……
「わ。カニさん発見です……っ」
 あどけない顔に少しの驚きを乗せてスペードが声を上げた。
 飛沫が上がる度に楽しくて、生簀の中に『戦果』が増える程に光景は賑やかになる。
 まるで宝箱を開けるような時間は少女達の中であくまで特別なものであり続けるだろう。
「カワゲラさん、うごうごかわいいです。ずっと見ていたくなります」
「わぁ。素敵な水族館みたいですね」
 フィネが言い、スペードが微笑む。
「これは狩りなんだよ。明は獲物を狙う水鳥」
 真顔の明がハンターの視線ですいすいと泳ぐ魚の影を追っている。
「あっ! ちょ、逃げた! そっちにおっきいお魚行ったよー! って、競争だっけ?」
 三人は笑った。でも、大きなのは捕まえたい。競争よりも重要である。
「思う存分あそぶんですよみんな! 自然とたわむれるのも、情操教育のいっかんです!」
 少し背伸びして『難しい事』を言うお姉さん(エリエリ)の一声が晴れ晴れと響き渡る。
「みいちゃんは後ろで見てないで一緒に遊ぶんですよ?」
「私は皆を見ていようかな……って……!? ちょ、姉さん……!?」
 中には美伊奈のように『見学』しようとする者も居るには居たが予め釘を刺して彼女を引っ張るエリエリはそれを許さない。
「……もう、エリ姉さんったら」
 花が綻ぶような美伊奈の表情は言葉とは裏腹に嬉しそうである。
「ふう。こんなもんっすかねェ? 『水場でパチャパチャやって遊ぶきゃわゆい幼女』の練習は」
 大凡子供らしくない台詞を口走るのはタヱである。
「やーもー、この芸風ってちょっとサボるとすーぐクオリティ落ちちゃって。
 お兄ちゃんたちの観察眼ってのは馬鹿になりやせんからねェ。これでおぜぜを取ろうってンなら、精進精進!」
「たえちゃんはギャラリーに金を請求しない!」
 案外苦労性のエリエリはあっちこっちに世話を焼く。
 しかし美伊奈にせよ、タヱにせよそんな事を言っているのは初めの内だけだった。
 素足になって水をパシャパシャとやり始めた美伊奈は楽しそうにしていたし、問題発言を繰り返していたタヱも気付けば「やっべ普通に楽しい。あ、魚だー♪」と夢中になっていた。
 エリエリは言う。力一杯言う。
「せっかくの機会なんですから、思い出作りをてってーてきにやるのです! がんがん遊ぶのです!」
 そして、気付く。
「……ああ、邪悪ロリ分が足りない!?」←レゾンテートルないしはアイデンティティの崩壊
「シザンサスにワリとガチで水を掛けて遊ぶ――のんびりするとはそういう事よ」
 ……『幻魔館』の面々が水浸しになるのは館の主人たるシルフィアの言を聞けば必然だったのかも知れない。
「やられたらやり返す、それがカレードの家訓でしょう?」
 家訓かどうかは知れないが、反撃の用意は十分だとばかりに応戦するのは『仕掛けられた』シザンサスである。
「川で魚獲りをするにゃ! さりあは水を怖がらないのにゃ! 泳げないけどにゃ!」
 勇壮に宣言して川の中に飛び込んだ白いスクール水着のさりあは川の中程、少し深い所でばっちゃんばっちゃんと水を飛沫かせ、
「おおっと、バランスが!」
「む、何処を掴んで――」
 些かわざとらしくバランスを崩して見せたフィオレットは豊か過ぎる程に豊かなシルフィアの胸に掴まって悪びれない。
「この乳はボクが育てた」
(フィオレットは感電しないのか確かめたいのでちょっとずぶ濡れにしよう……)
 さりあのばしゃばしゃが魚をぴょんと跳ね上げた。服の中に飛び込んだ魚にシザンサスが声を上げる。
「ちょ、どんな命中率で魚はいるんですか!?」
「うむ。運命だな」
「誰かとって……あああああ胸をどさくさ紛れに揉むなああああああ!?」
 黒のワンピースの清楚な彼女は予想以上に面白系。
「みんな可愛いし、眼の保養にもなるなぁ」
 駄目な仲間達の為にタオルを準備万端用意済みなのはのぞみである。
「……って私は引率の先生か何かですか?」
 思わず噴き出すのぞみ。全く本当に実に騒がしいやり取りである。
「クラリスお嬢様……
 あぁ、夢が叶いお嬢様の執事になり幸せ過ぎて涙と鼻血でティッシュ一箱消費した天風です……」
 一方で黙っていれば割といいお顔をしていて、黙っていれば格好もつくのに態々台無しにする亘のような者も居る。
 ひんやりとした川の水を白い掌に掬い、少し驚いたような顔をするクラリスもそれはそれで絵にはなるのだが……
 この二人の共通点は『喋ったらどっちも台無し』という所。
「最近は暖かいので川で水に触れるのは如何ですか? 素足で感じる自然の水の心地よさは格別ですよ」
「水に濡れるのはあまり……」
「大丈夫ですよ、自分がエスコートしますから。転んだりしなければ……」
 生真面目な顔をして説得する亘はしかして内心で、
(……けどハプニングがあったらいいな!)
 等と考えていたりするのだからジト目を浴びるのも必然と言えば必然か。
「ん。冷たくて気持ちいい」
 喧騒より離れ上流で、足を沢に浸して静かな時間を過ごしているのは大和である。
 右足首から首筋にかけて螺旋状に絡みつく蛇の鱗は彼女にとって濫りに衆目に晒すべき物では無い。
 彼女が蛇神様の加護――とする獲得因子は彼女がこの世界に得た奇跡そのものでもある。
「……何て、濃い……」
 胸を一杯にするのは新緑の香り。梢の音に、せせらぎに耳を傾ければ不意の眠気が彼女を誘う。
(ほんの少しだけ、ほんの少しの間だけ……今は)
 おやすみなさい。
「ひゃっ!? ……ビックリしたよおー!」
 不意に肌に触れた冷たい水の感触に可愛らしい悲鳴を上げたのはルアだった。
「ちょっとした水遊びなら、早過ぎるって季節でもないし――うん、涼しくて気持ち良いね」
 彼女が振り向いたその先には何時もと同じように少し意地の悪い笑顔を浮かべた恋人が居る。
 行楽のシーズン。緑の山の景色は圧倒的でルアの目を奪うに十分だったけれど、スケキヨは或いはそれが少し面白くなかったのかも知れない。
「そんな顔も可愛いな」
「もう!」
 頬をぷっくりと膨らめたルアの甘噛みのような抗議に笑ったままのスケキヨ。
「おや」と目を細めた彼は不意に彼女の頬に手を伸ばした。
「……?」
「ルア君の傍に虹が。本当に綺麗だね。でも勿論君の方が……」
 スケキヨの殺し文句はやはり何時もと同じようにルアに劇的に作用した。
 顔をぼんと赤くした彼女は見事につるりと滑ってバランスを崩し……水飛沫が上がる。
「……一歩遅かったか」
「うう……」
『女の子座り』をしてスケキヨを上目遣いで見上げるルアが少しだけ涙目になっているのを見て彼は少し反省した。
「このままじゃ風邪を引いてしまうね……大丈夫、二人でくっついていればそんな事は無いから」
「――――!」
 ……ああ、反省させない彼女の可愛さ。彼は反省しないだろう。今日も、きっと。俺ならしないね!

●ハイキング!
「ハイ! 今回はキャンプという名の山籠もり!
 幻となってしまった『桃子’sブートキャンプ』を秘密裏に実行します!
 打つべし! 打つべし! 一杯の憎しみをこの拳に込めて大木に貼り付けた沙織んポスターを打つべし、打つべし!
 見ててくれますか、桃子様! 今日も最高に輝かしい桃子様~」
「うるさいです」
「ももこさ……げぶっ!?」
 雰囲気にそぐわしくないエーデルワイスがスパっと片付いた所で……
 初々しく香しい緑の色が次の季節に向けて日増しに強さを増す陽光を照り返し、舗装もされていない山道へまだらな影を落とす。
 茶色と黒のマーブル模様は、さわさわと梢を揺らす涼やかな薫風と共に揺れて動いて色合いを変えながら山の風景を作り出している。
「──良い日和でごザいますネえ」
「全くだ」
 すれ違い、言葉を投げかけた滸玲に応えた沙織の額に汗の玉が浮いていた。
 山の清涼な空気を肺一杯に吸い込んでゆっくりと散策する。
 たまの運動は時には格別なものだ。それがデスクワークに日々精を出す類の人間であるならばリフレッシュ効果もひとしおか。
(キャンプか……幼い頃家族で行ったきりね……)
 機嫌良く少し早いペースで歩を進める沙織の背中を眺めながら恵梨香はそんな風に――ぼんやりと考えた。
 長い時間が過ぎればどんなに鮮烈な思い出もやがて色を失い、滲んでぼやけてしまう。
 何事でもない過ぎた時間の――過ぎ去ってしまったアルバムの一ページでしか無いならば、それは言うまでも無い。
 何事か気楽に話しかけてくる沙織の軽口に何時もと変わらない素直ではない答えを返しながら恵梨香は遠い日を追憶する。
(あの時はアタシが転んで兄におぶって貰ったりしたっけ……)
 泣いたのかも知れない。我慢したような覚えもある。何れにせよ『お兄ちゃん』は自分を背負って歩いてくれたのだ。
「――――」
 ぼんやりしていたからか、不覚にも山道に躓いた。
 たたらを踏みかけ、手をつこうとした恵梨香を長身の影がさっと支えた。
「しっかりしなよ、護衛ちゃん」
「……不覚でした。申し訳ありません」
 硬い受け答えが『期待通りではなく、同時に想定通りだったらしい』沙織はひょいと肩を竦めた。
「……何時かこれも滲むのかしら」
「うん?」
「何でもありません」
 鉄面皮のように表情を変えない少女は相変わらずにべもない調子で首を振るのだ。
 ハイキングに繰り出した面々は少なくなかった。
(暑くもなく、寒くも無く、戸外の活動をする時期としてはこの季節は良いですね)
 新緑の風景を何となく楽しみながら歩を進めるのは孝平である。
 梅雨を過ぎれば夏らしく気温が上がってくる事は長い間この国に住んでいる人間は皆知っている常識だ。
「ここの山ではどんな野鳥が居るのでしょう? それも楽しみですね」
 のんびりとした時間は追い立てられる事が無いから景色に、環境に意識を向けるには丁度いい。
(世界に害為すエリューションが数多居る事をおもえばあまり手を抜いている暇も無いのですが……
 この所少々失態を重ねておりますし、しばしの休息をお許し下さい)
 まるで懺悔でもするように内心だけで呟いて一人散策するのはノエルである。
「……全てがこのように穏やかに過ぎていけば無用に血を流す必要も無いのですが」
 溜息にも似た調子で呟く彼女はまさに鋼と銀色の正義を体現している。
 自分で理解している通りに『休み下手』な彼女は休日にも仕事に思いを馳せてしまった自分に小さく苦笑いする。
 この休日に戦いは無い。何処にも戦い等、ありはしないのだから――

●食事の時間!
 遊べば遊ぶ程、羽目を外せば外す程――腹の虫は鳴くものである。
 日も少し傾き始めた頃、キャンプを構える『本部』はいよいよ忙しなさを増していた。
「飯ごう炊飯ってちょっと憧れてたんだよね♪」
 大きな瞳をキラキラと輝かせて飯ごうを握り締める美月の傍らで式神のみにが大きな溜息を吐く。
『はいはい。今日もド不器用な主のフォローに奔走してギリギリで料理を成立させる仕事が始まりますよー』
 美月のチャレンジと式神の労苦の方はさて置いて。
 材料の方は人数なりに山程持ち込んでいるのは確かである。キャンプの定番から或いは場合によっては奇をてらったメニューまでやってやれない事は無い。飽きたのか早々に監督を放棄した桃子はふんぞり返るのが仕事だから統制等取れる筈も無いのはまさに必然。
「キャンプの食事といえば『カレー』。
『カレーに始まってカレーで終わる』なんて言葉も聞いたことがあるくらいですから。
 ……なんて与太話は置いといて、定番というものは定番足りうる理由があるからこそ定番になる訳です」
「やっぱりご飯が楽しみだよね! 定番だとカレーだよね」
 少し持って回った解説をした麻衣にウィンヘヴンがうんうんと頷いた。
「辛さはやはり甘口、中辛、辛口の三種類。余程の人用には少量で『桃口』でも作っておきましょうか」
 理科の実験器具のような秤を持ち込んだ麻衣がそう言うとヴィンへヴンは「賛成!」と目を輝かせた。
 度を越えた『辛党』に位置するウィンヘヴンが夢見る赤い地獄はさて置いて。定番自体は全く妥当な事実である。
 だからと言う訳でも無いのだが、美月と明奈のコンビも考えている事は同じだった。
「フフ。僕はご飯を炊くからね! 白石部員はカレーを作ってくれたまえよ!」
「おう。キャンプといえばカレー。異論は認めない!
 部長は米を炊くのに情熱を燃やすならば、ワタシはカレーを作ってみせよう!
 伝説はここから始まる、僕のワタシの白石カレー。独身カレー!」
 自炊にある程度の自信がある明奈が程々に発育のいい胸を張る。
 百を越える胃袋が期待を掛ける炊事の時間はまさにキャンプの鉄火場と呼ぶに相応しかろう。
「適当にお肉を鋏で捌いて解体解体。子供の頃思い出すな~猫とか結構筋ばっててさ~」
「殺人鬼ちゃんかっわいーんだよなー。いつも物騒な事言ってて暇しないしー」
 緩い調子でじょきんじょきんと肉を『解体』する葬識に、これまた緩い調子で甚内が応える。
 一見して調理場には余り似合わない二人は似たような事を言いながら彼等なりに和気藹々と『手伝い』を続けている。
「こんにちは~ブラックモアちゃーん」
「えーちょーっ殺人鬼ちゃーん知り合いなのー?
 紹介してよ紹ー介! 僕ちゃん抱かれたい! 抱かれてみたぁーい!」
 寿命が縮みそうなベッドシーンにも関わらず気に留めない甚内である。
 ひらひらと手を振って応えるアシュレイはと言えば、難しい顔で『夏野菜とチキンのカレー』に挑むアリスと料理の真似事をしている様子。
 否、その表現は些か正しくない。
(……私が、私がしっかりしないと……アシュレイちゃんのカレーの為に……!)
 悲壮な決意をするアリスは魔女に料理をさせる事を既に諦めていた。健気な少女は魔女の為に奮迅の働きをみせている。
 名目上は共同作業だが、アシュレイに任せればどんな惨事が起きるか分からない……賢明にもそれを察した彼女の小さな双肩には未来全てが掛かっていた。
(出来たら皆さんに……そしてアシュレイちゃんに私の作ったカレーを食べてもらいたいのです)
 頑張れ、アリス。
「タダ飯が食えると聞いて飛んできたぞ」
 香ばしい匂いを立て始めた炊事場にふらりと姿を見せたのは欠食児童のような(失礼)シェリーである。
「こうして食事にありつけるのもおぬしのおかげか。しかし、妾を餌付けできると思わないようにな」
「十三歳以上になったら感謝してくれよ」
「どういう意味じゃ」
「別に大した意味は無いぞ」
 様子を見に同じく顔を出した貴樹が息子と同じ事を言っている。
 深淵を覗く時、深淵も又汝を見返しているのだから――気にしない方が賢明というものである。
「全く、困った爺さんだ」
「面白くていいじゃないか」
「……身内だと結構困るんだぞ」
 苦い顔をした沙織に笑って達哉が外国ラベルのペットボトルを差し出した。
「何これ」
「うちの会社が作ったの。新製品の試供品ついでの差し入れってトコか」

●キャンプファイヤー!
「桃子さん、桃子さん」
「えなちゃん、えなちゃん」
「今日は一杯写真を撮ったのですよ。桃子さんのキャンプは私が確かにファインダーに切り取ったのだわ」
(多少歪な感じはするのだが)相変わらず仲の良い二人は今日という時間をたっぷりと楽しんでいた。
 半ば桃子の勢いに引きずられている節もあるエナーシアだが、何だかんだで満更でも無いのだろう。
 その上で趣味になっている写真を沢山撮れた事もあってか概ね満足そうである。
「厚生福利の時から写真を撮り始めて幾星霜。
 七緒さんの個展を見に行ったりで前よりは随分と見れる感じになってきたわ。
 こうして撮ったのを見返してみても笑顔一杯で主催したかいがあったというものだわね、桃子さん」
「えなちゃんが撮ってくれると一番嬉しいのでした」
 澄ました顔で胸を張るエナーシアとニコニコとご機嫌の桃子。
 彼女のフィルムの中に恐怖の連続写真EX『メフィストの抱擁』――そのメカニズムが収められている些細な事実は置いといて。
 山の短い日も落ちて、山程振舞われた夕食で腹も満ちれば――キャンプの夜もクライマックスを迎える頃である。
 アーベルがしこたま集めた薪を組み上げて――いざ点火すれば赤々とした炎は夜を舐め上げ、暗闇の中に十分な存在感を示す事となっていた。
 揺らめく炎の照らし出すのは仲間であり、友人であり、誰かの恋人である。
「友人たちと一緒に、夜の語らいだ。ああ、こういうことができる友がいるって、素晴らしい……」
 感激したような顔で聞いている此方が恥ずかしくなるような事を呟く風斗のアレさはさて置いて。
 都会(まち)の光とは意味合いを違えるそれは何処か幻想的に夜を彩る特別な灯りに違いない――
「今日は沢山魚とか取ったッスよ。楽しかったッスね、やっぱり外で過ごすのは向いてるッス」
「それは良かったですね」
 リルの言葉に相槌を打つのは凛子である。
「凛子さんはどうだったッス?」
「私は――私はいつも通り救護班でしたけどね。怪我人が出なくて良かったです」
 盛り上がり始めた周囲を眺めて、のんびりと談笑する二人はそれなりにいい雰囲気にも見えた。
「こうしていると何だか学生時代を思い出しますね。リルさんはこれからかも知れませんが――」
 年上の彼女が悪戯っぽく笑い、リルは却って背伸びをする。
「さあ! 踊るぜファイアー!
 胸に秘めるはエロスとパトス! 迸る想いはソドムとゴモラ! ステップ踏んでくるくるすとーんと踊りましょ!」
 ――静かな時間もやはり長続きはせず、韻を踏むように調子良く言った竜一の声が夜に響く。
 キャンプファイヤーを囲うならダンスの一つもしておく所だろう、と考えたのは彼だけでは無い。
 竜一の声を聞き、意を決したリルはここぞと凛子に誘いを出した。
「凛子さん、その、一緒に踊るッス!」
「……あら」
 凛子の目が丸くなる。
「……こういう事はなかったですけどね」
 あくまで余裕たっぷりの凛子に耳元で囁かれ、リルの顔は真っ赤になった。
「楽しんでるか?」
「うん」
「そうか。……それなら良かった」
 炎を見つめるイヴの淡々とした調子は何時もと変わらなかったが、ユーニアは思い切って言ってみる。
「いってみるか? ステップわからなければ、俺で良ければ教えるけど」
「出来ないと思うけど……」
 小首を傾げたイヴはユーニアの瞳をじっと覗き込んで言う。
「教えてくれるなら、やってみる」
「さあ、皆踊りましょ――?」
 賑やかな調べが夜を震わせた。
 あくまで淡く微笑んだ糾華の手を取るのはセラフィーナ。
 勿論、『あうとどあ』の面々も臆面無い竜一の呼びかけに少しだけ面映く、少し胸を躍らせている。
「もっと気安くなっていいかしら? ちゃんとした友達になりたい、みたいな。
 とっくに友達のはずなのに気負ってるの。ふふ、そんなの何か――おかしいでしょ?」
「それなら、言葉にしちゃいましょう。私と糾華さんは友達です。とっても仲良しです。
 だから、遠慮なんていらないんです。いっぱい話して、遊んで、楽しみましょう!」
 余りにも『素直』なセラフィーナの一言に糾華の白い頬に朱色が差した。
「そうね」と応える以外の術を無くした彼女の視線の先で相変わらず仲睦まじいフツとあひるがゆっくりとしたステップを踏んでいる。
「しかし、依頼で肩を並べた仲間と、こうして踊るってのは不思議なもんだな。
 ちょいと照れくさいが、その方がかえって思い出になるってもんだけどよ」
「うん。何かこんなのって新鮮ね――」
 気恥ずかしい位だから、却っていい。
 良く知っているようで知らないかも知れない仲間と触れ合う掌の熱は特別な夜に特別な価値を与えてくれた。
 まるで修学旅行か林間学校のような――誰にも少しの郷愁を感じさせる風景は何処か胸の奥を一杯にする。
「こうしてキャンプするのなんて……いつぶりかしら」
「機会はあるさ。今夜も、それから次もな」
「大丈夫です。ボクも頑張って取っ付いてみますから」
「おう、リードは任せとけ!」
 多分、可愛ければ何でも良いのだろう。
 遥か彼方より闇を切り裂いて注がれる虎美の熱烈で猟奇的な感情に気付く事も無く元気な竜一は壱和の手を取って踊っている。
「セラフたんかわいい! 羽に手を置き、もふもふくるくる。
 あひるたんかわいい! 抜け羽拾って、もふもふくるりん。
 あざにゃんかわいい! 髪の毛さらさら、なでなでウギャアアアー
 壱和たんかわいい! イヌミミもふもふ、頬ずりステップ!」
「撫でられたりぎゅっとはびっくりですけど……お兄さんっぽくて素敵ですね」
 フォローなのか本音なのか揺らめく炎に照らされて壱和の頬が赤く染まっている。
「オウ、竜一は程々にな!」
「フ、フッさん徳たけー! 浄化されそ……グワァァー!」
(お兄ちゃん……!)
 虎美の中の結論がドゴォ! でバチィ! でヒギィ! に決まったのは兎も角。テンションの高い竜一である。
「でも、ピーチだけは勘弁な!」
 本番の夜に楽しみを見出すのは彼等ばかりでは無い。
「カレーもたらふく食ったしもう一遊びすっか。
 燃え移ったりしなさそうな場所探して花火やっぜ。キャンプファイヤーでも火使ってんだしいいよな?」
 やはりここは子供の面目躍如か尽きない体力に気力は十分。
 花火を手にしたモヨタに『りべりすた子供会』の仲間が加わって期待に瞳を輝かせている。
「いやー、子供は元気で良いでのう。見ているこっちまで楽しくなってきますな。
 さて、私は線香花火とライターを用意しましたが。火を扱う訳ですし水もバケツに入れて何個か置いておきましょう」
 面倒見良く『保護者』役を買って出たのはキャンプ場の殺人鬼みたいなナリをした九十九である。
 密やかに食事の準備ではプロのカレー屋の実力を存分に発揮した彼である。
「花火やーボクもするー! 九十九さん火ーつけて火ー!」
「はいはい、今つけますからのう」
 ころなの声に応えて九十九がライターで火をつける。
「せやあんな、ボク最近しっぽ鍛えてるねん。ほら見てー。
 なー、ほんでな大抵のもんはしっぽで持てるよになってん。ほら見ててな――」
「これこれ、尻尾で花火は危ないですぞ」
 子供は微笑ましく――そして手の掛かるものだから。彼は今回は裏方にサポートにと忙しい。
「モヨタ様にとってはこれが小学生最後の夏で、コロナ様にとっては中学校最初の夏になるんじゃろうか……
 わしは今年も来年も小学生じゃ。ちょっとさびしいのじゃ。ちょっとだけじゃが……」
 夜に散る美しい火花を眺めながらふと与市が呟いた。
「……与市、なに寂しそうな顔してんだよ。中学校行っても、ずっとお別れってわけじゃないじゃん。放課後にはまた遊びに行くぜ」
「……そうじゃな」
 子供の時間の密度は高い。常に成長する彼等は多くの出会いと別れを経験して大人になる。
 しかし、その別れは――モヨタが言った通り今では無いだろう。
「クラリスさんのその心意気や向上心、素晴らしくも肖りたいですわぁ!」
「ふふ。貴女は中々筋が良くってよ? ですわあ道は一朝一夕にして成らず、ダブルピースの悪魔に負けず、さあですわあなのですわあ!」
 炭酸で酔っ払ったクラリスと変なテンションに引きずられたカミラがおかしな調子で笑い声を上げている。
『Orkus Palast』の残る面々は――とてもついていけない男性陣二人、エインシャントとセバスチャンの二人は嘆息して顔を見合わせた。
「そう言えば、卿は伯から連絡を受けたのだろうか」
「まぁ、現状では様子見といった所でしょうな」
 炎を見つめながら一口お茶を口にしたセバスチャンの本音はエインシャントにも見えない。
「あの御方らしいな」とだけ呟いた彼はかの伯爵の名代が積極的に仕事の話をする心算は無い事を察して篝火の方へと視線を移した。
 炎が赤々と燃えている。相も変わらず騒がしく、しかし昼間とは少し違う顔を覗かせたリベリスタ達を照らしている。
「気まぐれで出てきたは良いが、やはり退屈じゃ。付き合え、塔の魔女」
 やはり、夜も深まれば大人の最後は酒になるか。
 ゼルマに「はいはい、只今」と応えたアシュレイがホイホイと彼女の横に腰を下した。
「なぁ、魔女よ。妾はな、暇を持て余しておるのじゃ。
 神秘の深奥へ到る道は遠く、それ自体はやり甲斐のある事業には思うがな。それだけを追って生きられる程、一途でも無いのだよ」
「ふむ」
「妾の人生はたかだか七十余年。ヌシに比べれば小娘だろうよ。
 じゃが、妾でさえ飽いたこの時間を比する事もかなわぬヌシが何を思って過ごしているのか興味があってな――
 ――いや、まぁ良いか。それもこれも先の話。今宵は兎に角、このグラスを干すのに付き合え」
「いーですねえ」
「そうそう。久しぶり。飲もう?」
 酒席にふらりと神出鬼没な天乃が加わった。
「今日はアシュレイの恋愛について聞こうかと思って……」
「!」
「ううん。ジャックについて、語ってもらおう。興味があるのは、否定しないから」
「いいぞ、それは。もっとやれ」
「マジですか……」
 何処と無く鼻白むアシュレイをゼルマが囃し立てる。
 こんな時直球な天乃の追求が鋭いのは知れていた。
(魔女の動向にシリアスな)並々ならぬ興味を『隠さない』ゼルマ、天乃の一方で、(娘の動向にコメディな)興味を『隠せない』父親も居る。
「ぐぬぬ……! 愛しの雷音が……ぐぬぬぬ!!」
「はいはい、どうどう。聞いてあげるから落ち着きましょうね」
 まさに地団駄を踏むような『いい年の厳ついおっさん』を『可憐な美少女にしか見えないアレ』が宥めている。
「夜空とキャンプファイアーを見ながら酒盛りなんて最高じゃない」
「拙者の愛しの天使はどうやらデートらしいでござるよ! ぐぬぬぬ!
 今日はもうべろんべろんになるまで飲んで泣き寝入りしてやるでござぁ……」
 酔っ払えばおいおいと泣き出さんばかりの虎鐵のテンションにエレオノーラは小さく肩を竦める。
「キャンプの夜、大人達がやることと言えば……酒盛り!」
 駄目聖職者・ソラ先生の一言に同意の快哉が上がる。
 篝火を囲う『酒盛り』の面々は何れも呑める年齢の――いや、飲兵衛達である。
「飲めや歌えや踊れの大騒ぎ! 私がこの場にいて静かに飲もうなんて甘いのよ」
 ソラの場合、全く外見は少女そのものといった風なのだが、中身は更にぐうたらで所々子供めいている。
 法定年齢に十分で、分解酵素の準備は十分か。「おじーちゃんは私と呑み比べね!」と可憐が可憐を指名するこの組み合わせは普通の街の居酒屋ならばまず間違いなくアルコールの出てこないそれである。
「いい、気分が悪くなったらというかなる前に止めるのよ?」
「負ける気一ミリも無いの!?」
 エレオノーラ(※美少女)はウォッカが水のロシア人である。(※テストに出ます)
「うむっ。炎を囲んでの宴会、楽しいものだ。ウォトカでご相伴と行こうか!」
 景気の良い声を上げた同じロシア人――ベルカが決して『強くない』事を考えれば個人差は大いにある所なのだろうけれど。
「定番の乾き物も良いが、ドイツではアイスヴァインも定番だ」
 予め用意してきたツマミを一口、ディートリッヒは呑み慣れた黒ビールで喉を潤す。
「まあ、あれだ。こういう風に自然に触れて楽しむのもいいんだが……
 皆でわいわいやりながら一杯、ってのもいいもんだ」
 チューハイの口を開けて傾けて、少し冗談めかした義弘がにっと笑う。
「だが、山の中だ。風邪は引くなよ」
「分かってるよ。でも、こういうのは、雰囲気で酔えるっつーけどさ本当なのかねえ」
 ジュースの注がれたコップを覗き込むようにして猛が言った。
 大半は成年だが彼は未成年。実際の所『酔った自分』の経験は無いのだが――
「少しリフレッシュする為に桃子さんのお誘いに乗りましたが……
 確かにたまにはハメを外して呑むのもいいかも知れませんね」
 幽かに笑ったカイが持ち込んだのは純米酒と黒糖焼酎四十四度。彼の呑み方はそれをストレートで、である。
(お酒が尽きるのが先かそれとも酔い潰れるのが先か……)
 山の空気は澄んでいて見上げた星は街で見るそれよりも近くさえ感じられた。
 人が手を伸ばしても星を掴む事は出来ないのに、それさえ可能に感じる錯覚は――酔いの所為だろうかと考える。
「楽しそうな事しているじゃない。わたくし達も入れてくださらない?」
「ももこでーす」
 宴も盛り上がる酒盛りの場にそんな風に割って入ったのはティアリアと彼女についてきた桃子の二人だった。
「わたくしはワインにするわね。桃子は何にする? ああ、まだ未成年だったわね」
「ぴちぴちの! 十八歳!」
 ブイサイン。無闇に勝ち誇る桃子。
「唐突だが、余が大魔王グランヘイトである。
 今宵も恐怖を振りまいているようだな、桃子よ。
 褒美だ。この血の如き紅よりい出、乾いた大地を表す甘露(大魔王お手製アップルジュース)をくれてやる」
「後で反省しましょうね、大魔王様」
「何の事だ、我は」
「いいから反省しろ!」
 彼女は本当に唐突に出現した甲冑姿の大魔王()から『乾いた大地を表す甘露』を受け取るとくぴくぴと呑みだした。
「今日は少し疲れたけれど……最近常に慌しいものね。楽しかったわよ」
 談笑に加わるティアリアの言葉に面々が頷いた。どちらかと言えば清楚で可憐でインドアを好むように『見える』彼女だが、蓋を開けてみれば色好み鉄球をぶん回して敵を殲滅するような――中々に破天荒なお嬢様である。
 目を閉じた彼女は艶やかな唇を少しだけ皮肉気に歪めて、
「――こんな機会をくれた桃子には感謝しないといけないかもね」
 そんな風に呟いて……
「……桃子?」
 ……呟いてから当の彼女が消えている事に気が付いた。
 そして、燃え盛る炎から少し離れた場所に目を向ければ――
「あ~お星さま綺麗だね~☆ 流れ星に願い事か~ちょっと初体験かも☆」
『熱海プラス』の二人――終と京子はその時、零れる星を見た。
「アレが落ちる前に三回お願いするとお願いが叶うっていうよ!
 皆は次に流れてきたとき何をお願いする? 私はね、いつまでだって皆と一緒に居たいってお願いするよ」
 終に頬を紅潮させた京子が告げた。
「う~ん、お願い事か~」
 曖昧な態度で答えを濁した終は内心でふと考えた。
(ずっとみんなと一緒に……か。京ちゃんの願い事が叶うとオレの願い事は叶わない事になっちゃうな~)
 自分の内心を知らず、熱心な顔をして相変わらず夜空を探す京子の横顔を見つめ終はふと微笑んだ。
「えーと、じゃあオレはみんなとずっと友達でいれますよーに☆ かな?」
 答えは幾らかの逃げを孕んでいたけれど、少女はそれに気付かない。
「いいね! ところでこのまま寝るってのもつまらないよね!
 枕投げしよう! 枕投げ! 私のハニーコム枕ガトリングが火を吹くわよ!」
「そりゃいいや」
 変わった話題に終は笑う。京子も笑顔のままだった。

●砂ゾーン他!
「Bonsoir.沙織――」
「――Bonsoir.お姫様」
 ――相変わらず空気を作る二人が居る。
「それにしてもキャンプとはね」
 温い笑みを浮かべて極々自然の所作のまま、氷璃は沙織の膝の上に座り込む。
「付き合うとは思わなかったよ」
「勿論。バカンスとしては悪くは無いけれど――正直を言えば私は地べたの上で眠るような趣味は持ち合わせていないわ?」
 収まりのいい小さな体と、軽い重みに何を言うでもなく沙織は小さく肩を竦めた。
「じゃあ、どうして」
「言葉遊びが好きね、沙織。貴方は鈍いの? 自信のあらわれ? それともそれは意地悪の心算なのかしら」
 抜けるような氷璃の白い肌は彼女が陽に多く当たるような生活をしていない事を示している。
『箱庭を騙る檻』を手放す事は無いフランス人形のような彼女はまるで朴念仁の耳を噛もうとでもするかのように薄い唇を耳元に寄せた。
「貴方が、居るから」
 冷たい青い目の怜悧な美貌からは信じられない程に――彼以外の全てに向ける視線からは想像もつかない程に、情熱的に囁くのだ。
「まさか、私の誘いを断ったりはしないでしょう?」
 予め準備は整えた用意周到なる彼女である。
「À votre santé」
 ワインの毒は貴方よりも甘いのかしら。星空(そら)の下、肌寒ければ寄り掛かってみればいいじゃない?
「――酔い潰れたら送って頂戴。でも――オイタはダメよ?」
 悪戯なサファイアがチェシャ猫のように笑っている。
 くるくると巡る言葉は本音か、その逆か――



「アシュレイ様……お話、宜しいですか……?」
「んー?」
 ひんやりした缶ビールを受け取ったアシュレイは何処か胡乱とした目をミルフィに向けた。
「一度話を聞いてみたいと思っていたのです。
 貴女様は……アリスお嬢様の事……どう思っておられるのですか?」
「どうって」
「如何にお嬢様が人や世間を知らぬとはいえ、貴女様がどういう方で、これまで何をしてきたか、全く存ぜぬという訳ではありませんのよ?
 ……しかしそれでも、お嬢様は、貴女様を『信じて』いるのですわ。その純朴さが、お嬢様の良い所であり、悪い所でもありますが。
 解れ、汲めとは申しませんわ、でも、お嬢様のお気持ち、少しなりともお心に留めおいて欲しい……とは思いますのよ」
「ははあ」
 缶ビールのプルタブを持ち上げた魔女は悪戯な猫のような目で思い詰めたようなミルフィを見る。
 濡れた唇で缶の縁をぺろりと舐めた彼女は無意味な程に扇情的に微笑んだ。
「いい子だとは思いますよ。私からすれば眩しい位。いい子じゃないですか、健気で――それから愚かかも知れない。
 アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアを幾ばくかでも理解しながら、その風聞を信じようとはしないのですから」
 皮肉気でからかうような言葉にミルフィの頬が赤らんだ。
 飄々と風を流す柳のように魔女の態度は煮え切らず、全くもって捉え所等ありはしない。
「塔を登れば、転げて落ちる。命綱か受け止める人が『大切』なのは分かっているのでしょう?」



「星を見ましょう」
 チャイカの誘いを受けたミリィが望遠鏡を覗き込む。
 遥か彼方を近付ける望遠レンズ越しに覗く世界は少なからぬ驚きを彼女に与えるものだった。
「ん、ここまで来れば多分大丈夫ですね。
 見て下さい! みるきーうぇいがこんなにくっきり!
 ほら、あそこに見えるのがアークトゥルスですよっ!」
「……綺麗。あの場所じゃ見れない光景、ですね」
 丁度箱舟と同じ名前を冠した星に目を見張り、チャイカの声を聞きながらミリィが呟く。
「なるほど、あ……ならあの場所にあるお星様は何て名前なんですか?」
「望遠鏡だと、木星が一層ダイナミックに見えますよね。そうそう、そこの横にあるのがガリレオ衛星ですよー」
「凄い……」
 実際の所、ミリィにはある種の天才であるチャイカが弾幕のように並べる各種銀河や星雲の解説を完全に理解する事は出来なかったが――
 目の前に圧倒的な光景が広がり、友人が楽しそうに喋っている以上はそれで十分なのだった。
「チャイカさん、今日はお誘いありがとう御座います!」
 笑顔が弾ける。チャイカも笑う。
 彼女もミリィが楽しんでいるのが分かれば今夜の報酬には十分過ぎた。



「狼座って今の季節に見えるんだっけか。
 地平線近くに昇るらしいから、ここじゃちょっと見えないかな~」
 感情が豊かな木蓮の表情は面白い程、良く変わる。
 寡黙であり、逆に不器用な所がある――龍治はそんな彼女の姿を見る事が好きだった。
「……鹿座は存在しないっぽい。むー」
『二人の星座』を探して一喜一憂する木蓮に小さく苦笑いを浮かべて――それからそれをどうしようもなく好ましく思った自分を自覚した。
「狼座というのは実在するのだな」
 鹿座が無い事を一応慰めて、龍治は木蓮と同じように空を見上げた。
 緩く言葉を交わし合うこの時間は穏やかで何にも変え難い。
 死地を踏む程に、運命を磨耗させる程に――得るものも失うものもあるのだ。
 少なくともこの時間は零れ落ちていく砂時計のような、そんな。『失うもの』に違いないのだろう。
「一日に出来ることって意外と少ないな」
「ああ」
「やりたい事が半分以上残ってる」
「……ああ」
 振り向いた少女の顔に張り付いた笑顔が何処か泣き笑いに見える、そんな錯覚。
 短く応えた龍治はぐっと木蓮を抱き寄せた。驚いた顔をした彼女に龍治は低く呟いた。
 彼女が何を言いたいのかは最初から分かっていたから――『スナイパー』は先手を取ってその小さな胸を射抜くのだ。
「又、来よう。残るこの夜も、楽しんで――」



 背中合わせに座って、空を見上げて。星を見つめて。
「独り言なんだけどさ。あの時、俺嘘ついてたわ」
 快は半ば独白するようにレナーテに言葉を投げた。
「『どれが正解なんて分からない』と言ったけど、俺は思ったより利己的な人間だったみたいだ」
 彼の言葉にはそこに到る主語が無く、それでも彼女はその言葉を余りにあっさりと受け止めた。
 花の名を冠した鬼の女の生き様は生き急ぐ青年に何かを思わせるに十分だった。
 数限りなく刻まれた目にも見えない小さな瑕は、子供では無い――かといって大人程は擦り切れていない青年達に幾度も問いを投げかけるのだ。
「何度も死線を潜って、これからも命がけで。想いを抱えたまま逝けば、きっとそれは後悔だから。
 相手に辛い想いをさせるかも知れない。でも俺はそれ以上に――きっと自分が後悔したく無いんだ。
 恋したのなら追い求めると思う。それが出来る限り、俺は」
「後悔したくない、か」
『独り言』を聞いたレナーテは暫しの沈黙の後にポツリと呟いた。
 彼の言葉が対象を持った『独り言』であったのと同じように、彼女の言葉も対象を持つ『独り言』に過ぎない。
 星空の下、聞いているのは互いだけ。篝火の揺らめきも離れた闇の中には届かず、夜は変わらずに静けさを保っているのだから。
 その声が二人きりの場に静謐な存在感を増している。
「その理屈は判る。判るのよ、だから怖い。
 私だって後悔はしたくない。仲のいい友達ができたらもっと仲を深めたいと思うでしょう。恋をしたら誰かを求める事もあるでしょう。
 でもね、多分……その時、私は私の中で判断が出来ないの。
 私は弱くて平凡で、割り切れないし割り切りたくない。
 想いを抱えたままで死ぬ事と相手により辛い想いをさせてしまう事とどちらの後悔がより大きいのか――天秤に掛けずに居られない」
 ふ、と力の無い笑みを零したレナーテは背中合わせの快の肩に軽く頭を置いた。
 空を見上げた彼女の声は全く吐息のか細さでこの夜に零れ落ちた。
「……最初から、測れるような事でもないでしょうにね。
 もっと早い内に気がついておけばよかったかもね。そうすれば誰とも深く関わる事なく生きていけたかもしれないのだし――」
「俺はレナーテさんに会えて良かったと思ってる」
 僅かに冗句めいたレナーテは――少し怒ったような快の声が心地良い。
「……そうね。ありがと」
 だから続いた一言は物理的な距離程に――彼に近付いた、そんな気がした。



「気持ちの良い夜ですね……」
 月明かりの下、月光のように柔らかな彼女が微笑(わら)う。
「ああ、本当に」
 短い答えを返した拓真は長い黒髪を幽かに靡かせて振り向いた彼女に目を細めた。
「……普段、溜まっている疲れをきっちり吐き出していかないとな。
 空気もとても澄んでいるし……何より、こういった雰囲気を味わうのは良い事だ。
 ……やはり、この様な場所で見る夜空はよく星が見えるか」
 どちらかと言えば物静かな彼がやや饒舌になったのは名に月の字を持つ彼女が幻想めいて美しく見えたからなのか。
 それとも、静か過ぎるこの夜に彼女が溶けてしまいそうに思ったからなのだろうか――
「月と星が近い……良い場所です、此処は」
「ああ」
 夜になれば少しだけひんやりとした空気が頬を撫でる。
 一歩を踏み出した拓真が悠月の手を取れば、掌の熱は自ずと互いの存在感を宵に結ぶ。
「良く見えますね。月の輝き、瞬く星……あれはレグルスでしょうか」
 西の空に瞬く白い星。存在感を示す獅子座の一星は七十九光年という全く気の遠くなるような彼方からこの一時に光を届けているのだ。
 人間の時間の刹那は星と比すれば否が応なく際立った。
 永遠等人間の身には有り得ない。増してや日々二人が命を戦場に預ける立場ならば言うに及ばぬ。
「……悠月」
 名を呼ばれ、手を引かれれば月の少女は抗わない。
 極自然な所作から唇が重なれば、刹那は或いは永遠か。
「今日は、この空に広がる星の事を教えてくれ。君の知る事を、俺も共有したいから」
「……はい。今夜はまだ長いですものね」
 交わす言葉が嗚呼、呆気ない程――宙に酔う――



「空って広いな。まるで、吸い込まれそうだ――」
 満天の星空の下、まるで逆さまに落ちていくような――それは錯覚。
 幽かな眩暈を覚えた俊介の耳の奥に少し甘えたような――聞き慣れた恋人の声が滑り込んでくる。
「星は、見てるだけでも楽しいけど……
 その意味とかも、知ってると……もっと、楽しめるんだよ。
 ちょっと、勉強してきたから……俊介にも、教えてあげるね」
 奇しくも同じ時、星を見上げているのは――羽音と俊介も同じだった。
「星なんて見て、楽しいのかよ!? 楽しい! 羽音がいるから!」
「ふふ……」
 耳触りの良い甘い言葉がお互いの鼓膜を甘やかにくすぐる。
 居心地の良いような、却って悪いようなもどかしい時間に羽音の声が良く通った。
「あの橙色の星は、アークトゥルス。あっちの白い星は、スピカっていうの。
 この二つの星は、『春の夫婦星』って呼ばれてて……
 仲良しの夫婦が、手を繋いでこの星を見ると……その夜、良いことがあるんだって……」
 上目遣いでそう言う羽音の声色に甘えが混ざっている。
「そっか」
 少し素っ気無く頷いた俊介に彼女は一瞬だけ落胆した顔を見せたが、
「んー、まだ夫婦じゃないけど、これから夫婦になるだろうし。
 妻とか、恥ずかしいな。夜にイイコトとか、ちょっとそれエロイっすわー」
 続けた俊介の言葉にその顔は一気に紅潮した。
 指先が絡む。しっかりと、解けぬように。
(どこにも、行かないでね)
(この命が消えるまで、愛してる)
 手を繋いで、星を見上げて。
 君と一緒なら何でも新鮮で――この世界の何だって楽しいんだ。
 何でもいいんだ、一緒にいられるなら。世界がなくても、いっそ地面が無くても良い。

 ――見上げる空に二人で堕ちよう。



「南の島もよかったが、山で見る夜空も綺麗だな」
 レジャーシートの上に二人並んで寝転んだ。
 何時も活発な彼女が――彼の前では借りてきた猫のように大人しい。
 いや、正確には言う程大人しくは無いのだが、全く夢見る乙女のように可憐さが前に出るのは事実である。
「は、はい、山と海ではまた違いますね。どちらもすごく綺麗です……」
 差し出されたモノマの腕の上にちょこんと小さな頭を乗せて星を見る壱也は見て分かる程ハッキリと赤面し、ガチガチに硬くなっていた。
(せ、先輩と一緒に寝て……せ、先輩に……う、うでまくらしてもらっちゃった! 幸せすぎて、このままわたしが星になりそう……)
 大袈裟なようで居て、全く本気。高鳴る鼓動は平時の平静を大きくブッチギリ、顔が熱くなっている事は嫌という程分かっている。そんなに気にしていない様子のモノマが少しだけ恨めしく、逆に何倍も愛しい。
「先輩は、意地悪です」
「ん? そうか?」
「こんなに近くで先輩と過ごせるようになるなんて、こんなに大切にしてもらえるなんて、思ってもみなかったけど――
 ――えへへ、すごく、幸せで、贅沢だなぁ、わたし」
 抱き寄せてくれる力強い腕が好きだった。『先輩』を構成する何もかもが特別で、何もかもが愛おしい。
 うっとりと頭を摺り寄せた壱也に満更でも無いモノマは少し照れた顔をした。角度的に見えない、男の沽券はそれで十分。
(ちったぁマシになってきたが俺もまだまだだな。
 もっと強くなんねぇとな。壱也とも一緒に居てぇし――両立できるかどうかしらんが、やってみなきゃ結果なんて出るわきゃねぇな)
 想いを新たにするのに『後輩』の可愛らしさは十分だ。
「あぁ、大好きだぜ、壱也」



「騒ぐのは嫌いじゃないが、朱鷺島とは落ち着いて話すのが好きだから」
 きっとそう意図してはいない――殺し文句のような台詞を吐き出して、カルラは小さく息を吐いた。
『色々な意味で心配性』な父が気を揉んだ雷音とカルラが二人。
「……とは言え、気の利いた話が出来る訳じゃない。
 むしろ自分語りなんて真逆なんだろうけど――でも、知っていて欲しいから」
「そんな事は無いのだ」と頭をぶんぶんと振った雷音に「ありがとう」と微笑んでカルラは『話』を始めた。
 拉致られて体を切り売りされて、死ぬ寸前に救われて。
 その結果が、フィクサードを憎むしかできない似非リベリスタの出来上がり――
 掻い摘めば短い話。
「業界的にはよくある話だよな。でも、それを変えたいと思ってる。それだけなんだ」
 端的に言ってしまえば彼の言う『良くある話』。
 しかしてドラマの一つ一つに血が通い、事情がある以上は――物語に聞くそれと現実は余りにも違い過ぎる。
 それが痛みや現実をある程度共感出来る友人同士ならば尚更だ。
「よくある話、だけれども……だからこそ、辛くないわけじゃないだろう?」
 雷音は言う。真っ直ぐな瞳をカルラに向けて。
「同じような目にあう人を、無くしたいのだろう? なら、君は似非なんかじゃない。じゃないと、思う」
 失くしたものが戻らない事を雷音はある意味誰よりも知っている。
 けれど、終わらない限り再び始める事が出来るのが人生だとも思うのだ。
「ボクも昔話をしようか。過去に戻りたいとは思わないけど、過去は今のボクを創りあげたものだから――」



 キャンプの赤い火がやがて小さく細くなる。
「遅かったな」
「キャンプに行くって言われた時から決めてたのです」
 燻る熱気の残るその場所で――沙織にそう答えたのはそあらだった。
「キャンプファイヤーの火が終わりに近づいた頃が丁度良いのです。
 また火が邪魔をする前に――何処か別の場所に連れて行って下さいって言ったら――どうするですか?」
 頭上には満天の星。夜を照らした炎が消えればそこは静けさと闇の世界である。
 薄闇に互いの表情は良く分からなかったが――そあらには確信に似た予感があった。
 幾度と無く繰り返したやり取りである。自分の好きなこの人はこんな時きっと『あんな顔』をする。
「いいよ。じゃあ、手」
 そあらがおずおずと差し出したその手を大きな――少し骨ばった手が握る。
 きっと自信たっぷりの、少し意地の悪い顔をして。彼はこの位何でも無い事のように振舞うのだ。
「……火から離れたら、ちょっと寒いのです」
 それが少し悲しくて、それが少し悔しいそあらは僅かに唇を尖らせて少し鼻にかかった声で言う。
「さおりんは、ちゃんと温めてくれるのですよね?」
「勿論」
 ひょいと抱き寄せるその所作はなめらかで、冗談めいて。
 そあらの期待する『それ以上』では無かったけれど、まるで温かみが無い訳でもない。
 逃げ水のような彼とどれ位距離が縮まったのだろうかと彼女はふと考えた。
 ……答えはでない。しかし、近くに居る沙織は本物で、伝わる鼓動も又本物なのだ。
「……知ってるです?」
 そあらはふと呟いた。
 先を促す沙織に応え、大きな息を吐き出して言った。
「『夜空に浮かぶ星々は死んだ人の魂』で地上に残した大切な人を見守ってくれてるらしいです。
 あたしは悲しい事ばかりでしたけど、三高平に来てさおりんやらいよんちゃんに会えたのはきっと……」

 それは、きっと。

●時間を、切り取って
 夜も深まり、テントの中。
「風斗くんも夏栖斗も仲いいねー」
「全然! 全く! この白黒と、仲が悪い!」
「別に仲いいとかそんなこと無いですからね! チャラチャラしてるし! もっと普段からピシッとしてもらわないと!」
 何の気なしに言った悠里の言葉を何故だか夏栖斗も風斗も否定して、お互いにヘッドロックを決めている。
 気が昂ぶって眠れない夜に年頃の男共が集まれば――話題は大抵似通うものだ。
「で、夏栖斗も火車くんも、最近彼女とはどうなの?」
 年長の余裕かエンジェルが故か調子付いた悠里が修学旅行の夜の如くちくちくと後輩達を突き回す。
「どうって――」
「――言ってもよ?」
 夏栖斗と火車は顔を見合わせ、頬を掻く。
「いやあ、超ラブラブ! うちの彼女超かわいいし! 最近火車きゅんもぽんこつだよな!」
「誰がポンコツだよ。しかし、こーいうんは久々だなぁ、おい。林間学校以来だわ」
 少し憮然とした火車がコホンと咳払いをした。
「いやな? 朱子みたいなタイプと付き合った事がなぁ……
 こう……何っつーか……意外と淑やか? いや単純に可愛いっつーか、ああ、俺がいなきゃコイツ駄目だなって(ポンコツ的に考えて)。
 つーか、人前で惚気た覚えねぇぞ!?」
「自覚症状がありませんッ……宮部乃宮先輩……!」
 ポンコツ二号の発言に沈痛な顔をした風斗が突っ込む。
「何だよ、自分だけ安全な顔してさ」
 そんな風斗を混ぜっ返したのはやはり夏栖斗だった。
「自分こそ……なあ、楠神、うさぎとどうなん?」
「何故そこで……うさぎ? どうなん、って、別に変わりは無いぞ。
 ……オレのもっとも信頼する「親友」であることに、な」
 男なんだか女なんだか狸なんだかうさぎなんだか分からない彼の『親友』――犬束うさぎの正体は依然、杳として知れていない。
 しかして、性格上の問題から彼を『男』と決め付ける事にしている風斗は全く微妙な二人が周囲からどう見られているかを慮る事無く――ある意味で恥ずかしい台詞を吐き出した。
「ふーん」
 ニヤニヤと笑う夏栖斗。
「あ、ションベン……」
 立ち上がり、テントの入り口をめくった時――
「ギャー!!!」
 ――まさに断末魔のような悲鳴が響き渡った。
「なんか金髪で白い羽生えてて、緑の目のガチアクマ!
 外にアクマが居る! 皆! 早く伏せて祈れ!!!」
「誰が悪魔だ」
 嬉し恥ずかしボーイズトーク♪ を聞いていた影がそこには二つ。
 一人目は(所望した新技の実験台で)血塗れた大魔王グランヘイトを引きずる桃子・エインズワースその人。
 そして、もう一人は……
「……こほん」
 彼女を面白半分でここに誘い、同時に『聞かなければ良かった』と心から後悔する話題のうさぎであった。
 褐色の頬を心なしか赤く染めた彼だか彼女だかの三白眼は――その視線は所在無く宙を彷徨っている。
「な、な、な、な……」
 こちらは面白い程動揺して「な」を繰り返す風斗程では無いが『聞くべきではない一言』が突き刺さったうさぎはそんな彼をからかう事も忘れて唯ポリポリと頬を掻き続けている。
「誰が悪魔か詳しく」
「僕が悪魔の子でした、ごめんなさい!」
 襟首を締め上げられる夏栖斗。
「ナシだ! 今のは何かの間違いだ!!!」
 兎に角ウルセー風斗。
「もう知らん」
「あはははははははは――!」
 ごろんと寝に入る火車、指を差して笑う悠里。
 キャンプの夜は喧々囂々と過ぎていく。
 この先に何があるか誰も知らず。
 まるで永遠に続くかのような『猶予』は――この先に何があるかも知れないのに。
 切り取られた思い出のまま、美しく。今だけは誰も欠けないまま、更けていくのだった――

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
 YAMIDEITEIっす。
 107白紙なし。全員描写したと思います。抜けていたらミスですのでご連絡下さい。修正します。
 砂ゾーンは何か何時に無くこう、砂で。
 白紙0ですし、特に楽しそうなイベントになったので大成功にします。

 切り取られた時間は永遠。
 この時、確かに誰も生きているのです。
 行く先にどんな運命があったとしても。

 シナリオ、お疲れ様でした。