●帰って来た温泉犬(大量のおまけつき) 気がついたら、目の前には見覚えのある景色が広がっていた。 「……また、こちらに来てしまったようですねえ」 むくむくした黒い毛皮の犬に似た姿のアザーバイドは、ぐるりと周囲を見回すと、そう言って首を傾げた。 振り返れば、次元の裂け目というべき穴がぽっかりと口を開けている。どうやら、温泉を探して歩き回るうち、この穴を通り抜けてこちらの世界に来てしまったらしい。 「許されるのなら、一風呂浴びて帰りたいところではありますけども……」 間近でほかほかと湯気を立てている温泉を眺めて、彼は残念そうに言う。 彼は、自分が招かれざる来訪者であることを知っている。うっかり長居してしまえば、この世界に迷惑をかけてしまうだろう。 以前に訪れた時とは、少々感覚が異なっている気もしなくはないのだが――まあ、早く帰ることに越したことはない。 後ろ髪を引かれる思いで彼が踵を返した、その時。 穴の中から、小さな生き物が大量に押し寄せてきた。 どうやら、あちら側の次元の裂け目が“彼ら”の散歩ルート上にあったらしい。 取り立てて害のある生き物ではないが、“彼ら”とて、この世界にとって招かれざる客であることに違いはない。 彼は大事にならないうちに“彼ら”を穴に戻そうと試みたが、時すでに遅し。 “彼ら”は風景の変化に戸惑い、口々に騒ぎながら周囲を走り回っていた。 捕まえようにも、どうにも数が多すぎる。 「これは……困りました。叱られてしまいますかねえ」 彼はそう言って、どうしたものかと腕を組んで考え始めた。 ●ペンギンを捕まえて送り返す会(ついでに温泉) 「温泉に行って、ペンギンを捕まえてくれ」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、集まったリベリスタ達に向けてそう切り出した。 いまいち状況が飲み込めない様子のリベリスタ達を見て、数史は頭を掻きながら言葉を続ける。 「ペンギンと言ったが、こいつらはアザーバイドだ。つい先日、迷い込んできたのを元の世界に帰してもらったばっかりなんだが……どうやら、また来たらしい」 しかも、今回は数が多い。フェイトを得ていないアザーバイドだということを除けば、基本的に危険はない生き物ではあるのだが、この数では捕まえるのも骨が折れるだろうということで、人を集めることにしたのだそうだ。 「現場は、山奥に湧いてる自然の温泉だ。一般の人間はまず足を踏み入れない場所にあるから、人目とかそういうのは気にしなくていい。ペンギン捕まえるついでに、温泉に浸かる余裕くらいはあるだろう」 ただ――と、数史はファイルをめくりながら言葉を続ける。 「なんか知らんが、別種のアザーバイドがもう一体いるみたいなんだよな。二本足で歩く黒い犬みたいなやつだが、どういうわけかフェイトを得てる」 ま、放っておいても問題はないだろう、と言った後、思い出したように一言付け加える。 「あ、あと今回は俺も同行するんでよろしく。アザーバイドやディメンションホールを間近で見るチャンスだし、これも仕事ってことで」 あまりに白々しい物言いにリベリスタ達が沈黙で返すと、数史は観念したように頭を下げた。 「……ごめんなさいウソつきました、俺も温泉入りたいです」 最初から、そう言えば良いものを。 なんとも微妙な空気の中、数史は決まり悪そうに「それじゃ、よろしく」とその場を締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月21日(火)21:30 |
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●あっちもペンギン、こっちもペンギン 山の奥でひっそりと湯気を立てている、のどかな温泉。 そこに辿り着いたリベリスタ達が見たのは、視界を埋め尽くすペンギン(正確にはペンギン型アザーバイド)の群れだった。 「お、おねーちゃんふこふこのペンギンだ」 「ええ、もこもこのペンギンね、雷音さん」 皇帝ペンギンの雛そっくりな小さな生き物たちを前に、雷音とこじりが言葉を交わす。 彼女らが名乗るは『アークの対アザーバイド担当』、彼らを送り返すために一網打尽、もとい粉骨砕身。 「温泉ペンギンの群れたァ、いい銭になりそうじゃありやせンか! こいつァひとつ、稼ぎの種に……」 ペンギンの群れを見て興奮したタヱは、雑誌に売り込む目的で彼らの写真を撮ろうとしたものの、神秘は秘匿せよ、ということで周囲からストップがかかってしまった。 一瞬落ち込むものの、転んでもタダでは起きないのがタヱである。 こうなれば、この温泉自体をどこかに売り込むしかない。 「ようし、そうなりゃとっととペンペン野郎を捕まえるぜ!」 ペンギンを捕まえるべく張り切る彼女だが、このような山奥の温泉に買い手がつくかは謎だ。 「ペンギン型、ねぇ。やっぱり魚が好物なのか?」 燕が持参した魚を差し出すと、それに気付いたペンギンたちが翼をぱたぱたさせて彼女に駆け寄る。魚をペンギンたちにちらつかせつつ、燕はディメンションホールへ彼らを誘導し始めた。 「なにこれ可愛い~! いやーん、持ち帰りたい~!」 ペンギンたちを見て、ジルが歓声を上げる。捕まえたら思う存分抱っこして撫でて頬ずりして……と逸る気持ちを抑えつつ、彼女は匍匐前進でペンギンたちにゆっくり近付いていった。彼らを怯えさせないよう気を遣うのは、紳士淑女の嗜み――らしいのだが。 「ああ、ペンギンの雛の大パノラマがっ! ああ、ああっ!」 地面スレスレの視界一杯に捉えたペンギンの群れを見て、匍匐前進のまま悶えるジル。ちょっと不審者に見えなくもないが、そっとしておこう。 「温泉ですぺんぎんさんですわんこさんです! です!」 湯気を立てる温泉とペンギンの群れ、そしてその向こうにいるむくむくした犬のアザーバイドを見て、アルトゥルが声を上げる。興奮して息継ぎを忘れているのはご愛嬌、なにしろ初めての温泉だ。 「ぺんぎんさんこんにちは!」 アルトゥルは足元を歩くペンギンに挨拶した後、抱きしめて良いかを問う。 問われた意味がわからないのか、ペンギンは小さく首を傾げたものの、彼女から逃げようとはしない。そこを捕まえてぎゅっと抱きしめ、灰色の羽毛をもふもふ堪能。 群れから離れかけたペンギンを見つけた未明は、ペンギンを怖がらせないよう静かに近付いていく。ペンギンの傍らに屈みこんで警戒心が解けるまで待ち、ゆっくり歩み寄ったペンギンの頭を優しく撫でた。 (……やばい、このふわふわ感やばい) ペンギンが嫌がらないのを確かめて、そっと抱き上げ。ふわふわした灰色の羽毛の温かな感触が手に伝わる。 山奥に迷い出た彼らが、さらにはぐれてしまわないように――という目的が、すっかり『ペンギンと触れ合う』ための大義名分と化している気もするが、誰も彼女を責められまい。なにしろ、滅多にない機会である。 「可愛いペンギンちゃんがいっぱいだわ、送り返しちゃわなきゃいけないのがもったいないわね」 足元を駆け回るペンギンたちを見て、アルメリアが思わず溜め息を漏らす。 こっそり一人くらい連れて帰っても……などと危ない考えがついつい頭をよぎるが、そこはぐっと我慢。 触れても嫌がらなさそうな一体を選んで、彼女はペンギンを抱き上げた。 お持ち帰りができないのなら、今ここでもふれるだけもふっておくことにしよう。 あまりこの世界に長居させるわけにはいかないとはいえ、少しの間、一緒に遊ぶくらいは許されるはずだ。 基本的にこちらの言葉が通じないペンギンたちだが、例外的に彼らの言葉を解する雷音のような者もいるわけで。 那雪は彼女に通訳を頼みつつ、眠たげな口調で彼らの好物を訊く。見た目通りというか、やはり、彼らは魚を好むらしい。 「ぺんぎん……ぺんぎん、さん」 呼びかけながらペンギンを抱きしめ、優しく撫でて灰色の羽毛に顔を埋める。 もふっとした肌触りは、思わず眠りに誘われてしまいそうで。慌てて頭を振りつつ、那雪は腕の中のペンギンを見る。 「もふもふで、ぎゅってして、お昼寝したらきっと、気持ちいいのに……」 元の世界に戻さなければいけないのが、とても残念。 「こんにちはペンギンさんたち、この世界にようこそなのだ。少々の時間なら遊んでくださってよいのだが、遊びつかれたら君たちの世界に帰ろう」 それまでは一緒に遊ぼう、と雷音の呼びかけに集まったペンギンたちを眺めて、こじりが眉を寄せた。 「これは……まずいわね」 ――可愛すぎる。 顔がにやけそうになるのを、こじりは意志の力を総動員して堪えていた。何故なら、彼女は威風を纏う女子高生・源兵島こじり。ペンギンなどに惑わされるわけにはいかない。 「お、おねえちゃん、可愛いな! 愛しいな、どうしよう」 「どうするもこうするも、心に身を委ねなさい」 ずらりと並んだペンギンたちを前にはしゃぐ雷音に、こじりが答える。 ここぞとばかりにペンギンの海に飲み込まれていく雷音を見守るこじりを、一体のペンギンが見上げた。 どうやら、彼女の髪飾りに興味があるらしい。 「大事な物だから、後で返して頂戴な」 こじりは髪飾りを外し、ペンギンにそれを差し出した。 ペンギンの海に飲まれる者がいれば、ペンギンを空に舞わせる者もあり。 朽葉に小さな翼を与えられた一体が飛び上がった後、それに興味を持った他のペンギンたちも次々に空中へと羽ばたいていく。 「三改木さん、ありがとー!」 ペンギンたちと一緒に翼の加護を受けた悟が、嬉しそうに空を駆け回りながら朽葉に両手を振った。空中で回転したり、悠々と空の散歩を楽しみつつ、ペンギンたちの手を引いてディメンションホールの方へと誘導していく。隙を見てペンギンを抱きかかえ、彼らを撫でるのも忘れない。 隔てられた異世界に帰ってしまう彼らを思うと寂しいけれど、会うことが出来なかったはずの生き物たちと一瞬でも触れ合うことができるのは、幸せなことだとも思う。 彼らにとっても、この空の散歩は良い思い出になるだろうか。なったら良い。 つい先日にも見たばかりのペンギンたちを眺め、守羅は彼らの親は一体どうしたのかと思う。見たところ全員が同じ大きさをしているので、雛の姿をしていてもこれで成体なのかもしれないが。 自前の翼を羽ばたかせ、端の方から一体ずつ捕まえていく。腕の中のふかふかした灰色の羽毛を堪能しながら、彼女はふと我に返った。 「あたしとした事が魅了されそうになってた……」 楽しげに空を飛ぶペンギンたちを眺め、ウィンヘヴンも不死鳥を思わせる自らの紅翼を広げる。 「へぇー、ペンギンのアザーバイドかぁ……しょうがないから帰してあげよー」 彼女はペンギンを優しく捕まえると、はしゃぐ彼らの手を引くようにしてディメンションホールへと導いていった。 「成程。世界がもふもふの可愛さにトチ狂ったんですね」 先日の五倍の数で押し寄せてきたペンギンたちと、何の悪戯かフェイトを得てしまったらしいむくむくの犬型アザーバイドを低空飛行で眺めつつ、朽葉が呟く。 でもまあ、お馬鹿だけど数で圧倒するペンギン勢にフェイトを与えなかったあたり、まだ理性が窺えるかもしれない。 そう思いつつペンギンたちと空中遊泳を楽しんでいた朽葉は、地上でペンギンを捕まえている数史を見つけると、悪戯心を出して彼を指差し、ペンギンたちに呼びかけた。 「疲れたら、あのおじさんの頭の上に落ちると安全だよ」 その言葉を理解したのか、一体のペンギンがさっそく数史の頭の上に着地する。 「ちょ、何かペンギン降ってきたペンギン!」 慌てふためきつつペンギンと格闘する彼に、りりすが歩み寄った。 「奥地君はアレかね。『殺す』と言われてるのに、のこのこアークの外に出るとか、マゾなのかね? それとも誘っているのかね?」 その言葉に、数史が一瞬びくりとする。アークに来る前に助けてくれた命の恩人の一人に命を狙われるとか、よくわからない状況ではあるが。 「え、や、その、そんなつもりはないが……殺すにしてもしばらく後にしてくれ。フォーチュナとしての仕事もロクにしないまま死んだら、何のために助けてもらったんだかわからなくなるからな」 彼の返答を聞き、りりすは「まぁ、イイや」と背を向ける。 「温泉で殺戮とかしたくないし。のんびりしたいし。ペンギン可愛いし。あぁ、可愛いなぁ」 できれば、もふもふしたり高い高いしたり抱きしめて転がったりしたいところだが、小動物に懐かれない身がちょっと恨めしい。 一方、喜平は餌でペンギンたちを集め、朗らかに爽やかに穴まで誘導……しようとしたものの、途中から完全に実力行使になっていた。 華麗にして瀟洒なる芸術的な動きで、彼はペンギンたちを千切っては投げ、千切っては投げ。次々にディメンションホールへと放り込んでいく。 ――逃げるペンギンもシュート! ――逃げないペンギンもシュート!! ――世界平和のためにダイレクトシュート!!! 「愛らしく振舞っても無駄無駄無駄ぁぁ! だからシュートぉぉぉ!!」 もう誰にも止められない。 ●湯煙の中で その頃、温泉では水着を纏ったリベリスタ達が一足先に湯を楽しんでいた。 「温泉など燃やし尽くして焦土にしてやろうと思ったが、ペンギンと犬人間が居るのなら特別に見逃してやろう!」 チューブトップビキニ姿のなずなが、湯に浸かりながら声を張り上げる。炎に魅入られた彼女の気質はここでも健在だが、温泉を燃やすのは思い留まってくれたらしい。 「本当なら、水着なんて無粋なものは無しにして、素肌で楽しみたいのだけど……」 豊満な肢体を赤のビキニに包んだティアリアが「ま、仕方ないわね」と肩を竦める。そんな二人を見て、創太が呆れたように口を開いた。 「そこの問題発言してるティアリアと体型ごと焦土化してるなずなは落ち着け」 「……おい誰の体型が焦土だ! 燃やすぞ十凪ィ!!」 怒鳴った後、なずなは隣にいるティアリアの胸を見る。 「しかし、どうしたらそう育つのだ?」 「そうねぇ。創太に揉んで貰えばいいんじゃない? ふふっ♪」 「ふん、聡明な私は知っている。揉まれて大きくなるのは一時的な事だと……!」 二人のやりとりを聞いて、創太はティアリアから目を逸らす。役得といえば役得だが、どうにも目の毒だ。 それに気付いたティアリアが、からかうような声を上げた。 「……あら、どうしたの? もっとちゃんと見たいのかしら?」 「うっせーよ、んなもん見た……くねーよ! あと、んな適当なことでっち上げんな!」 誤魔化すようにもういい、と言って、創太はなずなを引っ張ってペンギンの回収に向かう。 「おい十凪、そっちへ回れ! 挟み撃ちにしてやるのだ!」 「了解だ、おらよっ! ……ってそこ、もふってないで送り返してやろうぜ!?」 「モフモフだ! ははははは!」 コンビネーションでペンギンを追い込んだり、そうやって捕まえたペンギンをどさくさに紛れてもふったり、大騒ぎな二人を眺めつつ、ティアリアは「もう少し優しく扱ったらどうかしら」などと言いつつ湯に深く身を沈めた。 「ふぅ、いいお湯ね……♪」 温泉の縁では、凛子と桐が互いの背中を流し合う。 「こういう水着しかもっていなくて……」 苦笑する凛子が纏うのは、競泳用の水着だ。青い水着を身に着けた桐が、彼女の背中を流しながら声をかける。 「水着を競うわけでもありませんし気にしなくていいと思いますよ?」 肩越しに微笑みを返す凛子の足元に、一体のペンギンが歩み寄った。 「あなたも背中を流して欲しいのですか?」 背を流してやると、ペンギンは気持ち良さそうに翼をぱたぱたと動かす。 その後は、二人と一体でのんびりと足湯を楽しんだ。 「こういうまったりもいいですね」 しみじみと言った後、桐はふと自分の傍らに視線を落とす。 いつの間にか、さらに何体かのペンギンがすぐ近くまで歩いてきていた。 「一緒に踊りましょう?」 彼はそう言うと温泉から上がり、有名なアイドルグループの歌の振り付けを真似て踊る。凛子が携帯ミュージックプレーヤーで音楽をかけてやると、ペンギンの一体がリズムに合わせて翼を動かし始めた。 ペンギンに桐が振り付けを教える傍らで、凛子が近くでペンギンと戯れていたりりすを誘って練習に巻き込む。 「ダンスするペンギンは素敵ですね」 踊るペンギンを眺め、微笑む凛子。 桐の教えた踊りが、今後のペンギン界で流行することもあるかもしれない。 本日の温泉はちらちらと白が舞う雪模様。 金だらい、OK。底にタオル、OK。中に敷き詰めた雪、OK。 その上にペンギンを乗せて温泉に浮かべ、明、スクール水着でいざ出陣! ペンギンがのぼせることなく温泉を楽しめるようにという心配りだが、なかなか具合は良いようだ。 はしゃいだ明は、前方に数史の姿を発見し。 「フォーチュナさん、どーん!」 勢いのままに突っ込んだ。 不意を突かれた数史は「ぐえ」とか変な声を出したが、まあ大した問題はなかろう。 「きゃははははっ! すっごい楽しい! 素敵な予知ありがとう!」 たらいの上ではしゃぐペンギンを抱え、無邪気に笑う明に、数史も「どういたしまして」と笑い返した。 シンプルな白のビキニを纏ったリーゼロットが、熱い湯にゆっくりと身を沈める。仕事とはいえ、タダで温泉に入れるというのだから、行かない理由はなかった。 惜しむらくは水着着用という点だが、人数が人数だし、男女を分けられない以上は仕方がない。ペンギン送還はそこそこに、温泉を楽しむつもりでいる。 一方で、水着どころか仮面をつけたまま温泉に浸かっている九十九のような者もいるわけだが……まあ、仮面をつけて温泉に入るなとは誰も言っていないし問題はないだろう。仮に外せと言われたところで、己の生き様たる仮面を外すつもりはないが。 ともあれ、温泉である。日々の疲れを癒すのに、これほどのものがあるだろうか。 厳密に言えば仕事に来ているわけだが、仕事の前に英気を養う、これ重要。 「ふいー、この暖かな熱が身体に染み込む感じがたまりませんなー。皆さんも、そう思いませんかな?」 そう言って、彼は周囲にいたリベリスタ達に温泉卵を勧めた。 「……うむ、なんというか……。平和だな」 温泉の外で繰り広げられるペンギンとリベリスタの追いかけっこを眺めつつ。 拓真は、隣で湯に浸かる数史に声をかけた。 「フォーチュナの任務、いつもお疲れ様だ」 彼の言葉に、数史は「まだまだ新米だけどな」と苦笑して答え。 「俺は“視る”だけだよ。危険なことも、辛い役目も、いつも皆に任せきりだ」 「フォーチュナの力が無ければ、俺達もただの力を持つ者に過ぎない」 迷いのない口調で、拓真は言った。 フォーチュナに、戦うリベリスタの代わりが出来ないように。 戦うリベリスタもまた、フォーチュナの代わりは出来ない。 「今はまだ、俺はあなたに世話になった事は無いが。いずれそういう機会も訪れるだろう。……その時は、宜しく頼む」 「こちらこそ、だ。――ありがとう」 数史はそう言って、拓真に笑いかけた。少し、心が軽くなったのかもしれない。 温泉の楽しみといえば酒。……かどうかはともかく。 成人しているリベリスタの中には、温泉に浸かりながら酒を呑む者もいる。 「……うん、ごめん、完全に状況にかこつけて温泉浸かることだけ考えてやって来ました」 成人組にお猪口を渡して酒のお裾分けをする快は、いっそ清々しいほどにこう言った。 水着の代わりに湯浴み着と、格好からして気合充分である。 お盆に日本酒のお銚子とお猪口を乗せて、温泉にゆっくり浸かりながら雪見酒。 余興として、二足歩行の犬やペンギンのアザーバイド。 「たまにはこういう骨休めも必要だよね」 ついつい女性陣の水着姿に目が行ったりもするが、紳士たる快はいかんいかん、と自制した。 賑やかに酒を酌み交わす者たちがいる一方で、マイペースに楽しむ者もいる。 七は皆が織り成す喧騒を横目に眺めつつ、ビールをちびちび飲んでいた。 「皇帝ペンギンの雛(っぽい生き物)や犬さんと一緒に天然の温泉を楽しめるなんて最高だねえ」 本当は混浴の温泉でも裸で楽しみたい派だが、今回はボーダーのタンキニを身に着けている。 これがまた旨いんだなー、などと言ってスルメを噛み締めながら、心ゆくまで湯に浸かる。特に、寒い時期は長く浸かっていられるのが良い。 ふと横を見ると、スルメの匂いにつられたのかペンギンがそばに来ていた。七は手を伸ばし、灰色の羽毛に包まれたペンギンを撫でる。貴重な癒しのひと時だった。 綾香は温泉にアザーバイドの群れが出たということで来てはみたものの、犬やペンギンの群れを見る限りはあまり心配は要らなかったようである。このまま帰るのも風情がないし、折角だから楽しんでいこうと温泉に入ったところで、偶然に知った顔を見つけた。黒のビキニを着た天乃に、きさくに声をかけていく。 振り返った天乃もまた、綾香の顔を見て口を開いた。 「不思議と、こういう場所で縁がある、ね」 湯に徳利とお猪口を入れた桶を浮かべ、肩まで湯に浸かりながら「二十歳も越えたし、一度はやってみたかった」と言う。酒を勧められた綾香は、やんわりとそれを断り、サイダーの瓶を開けた。 「生憎アルコールと縁がなくてね、炭酸さ」 酒は飲めなくても、女同士でゆっくり楽しむのも悪くはない。そのまま、二人は酒とサイダーを片手に談笑を始めた。最近の出来事や、戦いから離れた日常のことなど。こういった内容を話す機会はあまりないから、それがどこか新鮮で。 今度、一緒にどこか行こうと誘ってみようか――そう思って顔を上げた天乃の目に、綾香の胸元が映る。 (……しかし、圧倒的) 思わず自分の体と比べてしまい、こういう場所だと差が歴然だと思う。戦いでは邪魔になるから、別に良いのだけれど。 幼く見える顔と身長が災いして酒を入手できなかったらしいエナーシアは、酒の代わりに炭酸飲料を入れた盆をお供に、彼女の仕事に励んでいた。 両手に二つの数取器を構え、持ち前の鋭い観察眼を活かしてまずペンギンの全数を数え、続いてリベリスタ達の手で送り返されたペンギンの数を数える。 二つの数取器がカチカチと音を立てるたびに、エナーシアは皆に残りのペンギンの数を告げていった。 「残り、四十二。ペンギンの残数がリベリスタを下回ったわよ」 百いたペンギンたちも、リベリスタ達の働きでもう半分を切っている。 「これから先は争奪戦、モフりたければ奪うのだわ! 今は悪魔が微笑むなのです」 彼女の声に、ペンギンを追うリベリスタ達がますます盛り上がった。 ●ペンギンの魔力 もこもこちっちゃいペンギンたちを前に、猛とリセリアはすっかり和んでいた。 「動物園に行っても見れないよな、こんな景色」 「小さいけどペンギン。……お人形みたいでかわいい」 アザーバイドという話ではあるが、見た目は皇帝ペンギンの雛にしか見えない。 大量にいる彼らを全員元の世界に帰すという仕事ではあるものの、楽しまなくては損というものだ。 「頑張って捕まえないとですね」 二人は息を合わせて、ペンギンを脅かさないようにゆっくり近付いていく。 そっと掬い上げるようにして、二人の手がそれぞれにペンギンを抱き上げた。 「……おぉ、もこもこだ。よし、大人しくしてるんだぞ?」 腕の中のペンギンを撫でてやりながら、猛は同じようにペンギンを抱いているリセリアを見る。 彼女と、彼女が抱くペンギンをじっと見比べつつ。 「うん、ペンギンも可愛いけど、リセリアも可愛いな」 ペンギンを抱く猛の姿に、くすりと笑みを浮かべていたリセリアは、彼の言葉に頷きかけて――そして、動きを止めた。 「ええ……え?」 何と言っていいかわからなくなり、リセリアは頬を赤く染めながら困り顔で彼を見る。 猛は笑顔のまま、腕の中のペンギンに「お前もそう思うよな?」と語りかけた。 まるで肯定するように嘴を開き、小さく鳴き声を上げるペンギンに、リセリアはますます赤くなって黙り込んでしまった。 こんな微笑ましい一幕もあった。 餌として用意したニシンの切り身を振るフィネのもとに、ペンギンが歩み寄る。 「よちよちぺたぺた、うわあ、うわあぁ」 どこか危なっかしい足取りを見て、ペンギンが一歩進むごとに声を上げてしまう。 ――すてんっ、ぺちっ。 気の抜ける音を立てて、ペンギンが転んだ。 「かわいい……っ! 可愛いです、ね、はる……」 振り返ったフィネの視線の先には、ペンギンの被りものをかぶった陽斗の姿。 それを見て、フィネは思わず彼にしがみついた。 「陽斗様も可愛い……っ」 しかし、陽斗の徹底ぶりといったらない。防水加工の着ぐるみこそ時間が足りず調達できなかったものの、会話すら行わずコミュニケーション手段はジェスチャーのみ。ペンギンたちの気を惹くべく手をバタバタさせ、必要とあらば湯にも沈む覚悟だ。 そこに来て、彼にしがみつくフィネがワールドイズマインを使って安心感をアピール。これでペンギンたちの心を掴めぬはずがない。 「可愛い……」 本来の目的も忘れてひたすらニシンをペンギンに食べさせるフィネを優しく見守り、陽斗はペンギンたちをディメンションホールまで先導する。努力の甲斐あって、ペンギンたちは彼について来てくれたが――着ぐるみ被りものの類はこれで最後にしようと陽斗は誓う。もはや風前の灯になりつつある彼のプライド(という名のフェイト)を守る為に。 少し離れた場所では、鋼児と櫂の二人がペンギンを追っていた。 「んだよこのモッフモフなペンギンたんは……可愛すぎんだよクソッタレがぁ!」 こうなったら死ぬほど愛でてやると覚悟を決めた彼だが、任務は無情にも『全てのペンギンの送還』である。「クソッタレ」を連呼しつつペンギンを追い込もうとするも、可愛さに邪魔されて本気になれない。 逃げてきたペンギンを捕まえた櫂が、灰色の羽毛を撫でながら思わず声を上げた。 「ふかふか……!」 ペンギンを抱き上げ、存分にもふる。 「鋼児くん、この子、ふかふかだよ……この抱き心地最高だよ……」 うっとりしながらペンギンを堪能した後、櫂は慌てて我に返った。 (……変な子だと思われなかったかしら) 櫂は心配になって鋼児の横顔を窺ったが、正直なところペンギンに対する我の失いっぷりでは彼に軍配が上がると思う。 「あぁマジペンギンたん可愛すぎだろマジ恋すんぞ」 周囲を駆け回るペンギンたち、そして櫂が抱えているペンギンを眺めて、とうとう鋼児は耐えられなくなった。 「やっぱ俺にはこんな可愛いペンギンたんを追うなんて出来ねぇよおおおおおおお!!」 あとは任せたぜ……と言って、その場に崩れ落ちる鋼児。 最期に良い夢を見た、とばかりに表情を緩ませた彼を見て、櫂も密かにほくそ笑んだ。 頑張れ鋼児、これを切り抜けたらペンギンたちとの温泉と櫂の水着姿(黒ビキニ)が待っている。 リベリスタとペンギンが入り乱れる喧騒の中、アウラールは「お前ら、少しは落ち着け」と口を開いた。 彼は、友人に「ペンギンの王としてどうにかするべき」と言われての参戦である。 頭の上にいる『ぴよこ』が本体かどうかはさておき。 「訓練されたリベリスタの実力を見せてやる」 鮮やかなアンダースローで、ペンギンたちをディメンションホールに送り込む。犬アザーバイドに聞いたところ、どうも彼らは雛ではなく成体らしい。 温泉から出て再びペンギンを追う数史を見つけ、アウラールは彼に声をかけた。 「フェイトって、ボトム特有のものなのかな?」 「……どうだろうな、そういう可能性もあるかもだが」 「そういう風に考えると、救って欲しいと思っているのは神様の方なのだろうか」 手を取り合わなきゃな――俺達は皆、弱いのだから。 先日、元の世界に帰した一団よりもっとたくさんの数でやって来たペンギンたち。 彼らを追いつつ、アーリィがリンシードに声をかける。 「あ! リンちゃんそっちの方にいったよ! つかまえてー」 対するリンシードは、アーリィの声にも反応が鈍い。ペンギンがすぐ近くにいるのにぼうっとしていたり、少し離れた場所にいるペンギンを眺めていたり。 「リンちゃん!」 アーリィに再び声をかけられて、リンシードはようやく彼女を見た。 「あっと……ごめんなさい、捕まえないと、ですね……」 実のところ、リンシードは先日に参加した依頼での出来事をまだ引きずっている。 ペンギンたちには和むものの、それは彼女を引き上げる要因にならなかった。 (リンちゃん元気ない……のかな……? 何かあったのかなぁ……?) アーリィも、リンシードの様子がおかしいことには気付いている。 何かあったのなら知りたいと思うが、本人が言いたくないことを無理に聞き出すことはできない。 だから――アーリィはリンシードの手を取った。 「よーし! せっかく来たんだし今日はペンギンさんと追いかけっこ楽しも!」 しっかりと手を繋いで、彼女を引っ張るように駆け出す。 「ほらほら! リンちゃんも走って! 走って!」 「わっ……え、えっと……よろしく、お願いします……」 アーリィの笑顔に、リンシードの心も少し、軽くなった気がした。 ●犬さんと語ろう 別の一角では、もう一人の来訪者との交流が行われていた。 むくむくした黒い毛皮を持つ、人語を解する犬のアザーバイド。 その周りに集まったのは、以前に彼と縁があった者たちが多い。もちろん、犬さんはリベリスタ達のことを覚えている。 「やや、これはこれは皆さん。お会いできて嬉しいです。またご迷惑をおかけして申し訳ないですが――」 しきりに恐縮する犬さんと再会の挨拶を交わした後、うさぎは犬さんに語りかけた。 「実は前と事情が変わってまして、説明を……」 犬さんがフェイトを得て、この世界に逗留しても大丈夫になったことを、噛み砕いて伝える。 これは喜ばしいことにも思えるが、実はそうとも言い切れない。 ディメンションホールを塞がなければいけない以上、犬さんが逗留した場合は故郷に帰れなくなる。 危険も多いこの世界に残ることが彼にとって良いことなのか、うさぎには判断がつかない。 「――ていうか、犬さんの名前は何ていうの?」 ひらひらした布を腰にあしらった黒いワンピースの水着を纏った祥子が、犬さんに問う。 それを聞き、綾兎が慌てたように口を開いた。 「……ごめん、名前忘れてた。俺は神薙綾兎」 「私は犬束うさぎと言います。お名前、教えて下さいますか?」 以前、自分が名乗っていなかったことに気付いた犬さんが、リベリスタ達に名乗る。 「おや、これは失礼を。ワタシは~~~と申します」 どうも肝心なところが聞き取れない。 彼の世界の言葉を解する奈々子には辛うじて意味が通じたものの、それを皆に伝えることは出来なかった。 単純に、発音がこの世界の基準に当てはまらないのである。 「こちらではややこしい名前のようですし、“犬さん”で構いませんよ」 犬さんは、そう言って笑った。 その後は、温泉の中でささやかな宴になった。 酒の用意は、快からのお裾分けも含めて完璧である。 犬さんと杯を交わす奈々子を始め、皆が酒やジュースで歓談を楽しんでいた。 「運命を手にしたんだね。これでいつでも、こっちへ温泉入りにきても大丈夫なんじゃない?」 「此方の世界に住む、という手もあるかもね。ここだけじゃなく、色んな温泉も巡れるわ」 綾兎と奈々子の言葉に、相変わらずスクール水着姿の迷子が続けて口を開く。 「露天風呂で雪見酒もいいとこあと一月程度しかできぬが……お主も幻視が使えれば各地の温泉巡りもできそうなものじゃがな」 フェイト手に入れた勢いで似たようなの使えぬのか、と問う彼女に、犬さんは首を傾げつつも「そういうことができたら素敵ですねえ」と笑った。 幻視は使えずとも、温泉好きの彼がフェイトを得られて良かったと綾兎は思う。 自然と微笑が浮かんだが、次の瞬間、そんな自分に気付いて慌てて咳払い。 「そういえば、あっちで温泉みつかったの?」 「いえ、残念ながら。でも、諦めずに探すつもりですよ」 ワタシの世界に温泉の素晴らしさを広めたいのです、と犬さんは熱く語る。 彼は、やはり自分の世界に帰るつもりらしい。 「いくらでも温泉連れてってあげるのに……マジでウチに来ない?」 「ご期待に沿えず申し訳ないです。でも、お誘いいただいて光栄ですよ」 がっかりした様子で犬さんの毛皮をもふる祥子に、犬さんは丁重に礼を返した。 「お主らも飲むか? うりうり」 いつの間にかそばに寄ってきていたペンギンたちを撫でつつ、迷子が酒を勧める。 犬さんと会話を楽しみ、仲間達の賑やかな様子を眺めて。 こうしてまた、温泉に浸かりながら犬さんと話をする機会を持てたことが、うさぎには嬉しかった。 ●また会う日まで 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、あれだけいたペンギンたちもリベリスタ達の奮闘により残らず元の世界に帰された。犬さんとも、そろそろ別れの時間である。 「また、会えるよね? 折角の縁、だし……さ」 視線を逸らし、頬を染めながら綾兎が言う。 『二度ある事は三度ある、ってこの国じゃ言うの。ここは閉じるけれど……“運命”が繋がったらまた会いましょう』 奈々子が、犬さんの世界の言葉で再会を願い、彼に笑いかけた。 「ええ、きっと会えますとも。それでは皆さん、ごきげんよう――」 黒いむくむくした毛皮を揺らし、集まったリベリスタ達の全員に何度も何度も手を振りながら。 そうやって犬さんが去った後、温泉のディメンションホールは破壊された。 またいつか、彼らに会える日が来るだろうか――それはきっと、運命だけが知っている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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