●魔女の提案 人間同士が分かり合う事は難しい。 長い時を共に過ごした盟友、身を焦がすような時間を共有する恋人、生まれた時から当然のようにそこにある家族をしても分かたれた別個同士が――同一ではない者同士が、互いの完全な理解に及ぶ事等望むべくもない。 話せば分かるは真実であり、幻想でもある。 話せば話した程度に分かるのは間違いないが、話した程度にしか分からないのも又確かな事実であるのは否めまい。 ――ましてや、それが元々敵であったモノ――記憶新たなつい先頃まで命と存在を賭けて争いあっていたものならば、どうか。 互いがその真意を伏せ、危険なカード・ゲームに興じている状況ならばどうだろうか。 答えは火を見るより明らかである。かくも無残な状況で、相互理解を安請け合い出来る者は全く夢見がちか、神仏の類位なものだろう。 或いは長い時間が心を解きほぐす事はあるかも知れない。 互いの不信は共に過ごす日々で洗い流される事もあるのかも知れない。 しかして、彼女がやって来たのはつい先日。 「はい。そんな訳で宣言通り私、皆さんと分かり合いたいと思います。 元々、悪党だったのは私の方なので、自分で頑張ろうと思いました。 三高平市にお邪魔した記念です。ちょっと企画を考えてみたのです」 にこにこと笑う『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(ID:nBNE001000)には一切微塵も屈託が無い。世の中には巧緻よりも拙速が尊ばれる事は多々あるが、果たしてこれはどうなのか。 「ズバリ、ティーパーティーです。 私の『お店』でゆっくりお茶とお話でもしたいなぁ、とか。 知ってますか? イギリスではスコーンにクロテッド・クリームとジャムをつけて食べるんですよ。家庭の味ってヤツです。 ……まぁ、私はそういうの出来ないんですけどね」 常識外と言えば余りに常識外である。様子を伺っても良さそうな局面で真っ直ぐに攻め入られたようなものである。故に――アシュレイが突然に切り出した『提案』はリベリスタにとって予想外のものになっていた。 「……」 「でもでも! 世の中には通販とゆー便利なものもありまして! ……う、む。何か誠意が無い響きですね、通販は…… えーと、ほら。駄目で元々、頑張ってみるという選択肢も残されています! だ、誰か手伝ってくれたりしたら劇的に状況が改善するかとも! パンドラの箱の中に一欠片希望が残されたのと同じようにですね、私のキッチンにも何か夢や希望の残骸位は! 諦めたらそこで試合終了ですし! イモリと蝙蝠の目玉煮る位、魔女には朝飯前ですし!」 「その例えは辞めとけよ」 「!」 「……本気か?」 まくし立てるアシュレイに少し面食らい、問い掛けたリベリスタに彼女は「はい」と大きく頷いた。 『塔の魔女』は神秘界隈に古くから名を刻む、古参の女狐である。かの『バロックナイツ』にも名を連ねる彼女の実力をアークの面々は肌で感じて知っている。相対したからこそ理解している。 一見した時の彼女が『軽い』のも又、経験で知ってはいたが……朗らかな笑顔を浮かべる魔女の雰囲気を全面的に信じられるものでもない。しかし、「うーむ。やはり他力本願はいけません。本番までに練習してみましょうか」等と深刻な顔をして顎に手を当て思案顔をする魔女からは取り敢えず何かの企みや邪気のようなモノは感じられないようにも思える。 「あ、勿論。私なんて気にしないでもいいです。 ホント、出来るだけ頑張りますから……御友達同士で遊びに来てくれるだけでも!」 殊勝な魔女の言葉が巧妙な演技によるものか、それともこの場の本音であるのかが断定出来ない事が最大の問題であるとは言えるのだが―― 「お茶会の他にも、ほらアレです。 私、三高平に来たばかりなので、出来たら皆さんに色々な場所を案内して頂けたら嬉しいなー……とか」 リベリスタの顔を上目遣いに見上げるようにしたアシュレイはぼそぼそと呟いた。互いの関係を考えればどう転ぶかは分からない提案である。彼女は彼女なりに『考えた結果』の言葉と言えるのだろうか。 「うーむ」 思わず小さな唸り声を上げて逡巡したリベリスタにアシュレイは少しだけ罰が悪そうに言った。 「出来たら、でいいですよ。 もし、付き合ってくれるなら知り合いやオトモダチを増やしたいなぁって……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年02月02日(木)00:42 |
||
|
||||
|
||||
| ||||
| ||||
|
●或る朝の出来事 「おはよう! アシュレイさん! 俺達も手伝うよ!」 「おっはよ! 開店おめでとう! 今日は楽しもうな!」 一月の早朝の涼やかな空気を切り裂いて――清涼なベルが辺りに響いた。 「おはようございます。ようこそ――メイド喫茶『魔女の鉄槌<マレウス・マレフィカム>』へ!」 朝一番で入り口の戸を潜った玲と静を朗らかな満面の笑顔で出迎えたのは言わずと知れた『塔の魔女』――今日の『場』を主催するアシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアその人であった。 争いは虚しいものだと誰かが云った。 争いは不必要なものだと誰かが説いた。 争いは唾棄すべき愚かと誰かが笑った。 争いは人生そのものだと解いた人間も居る。 何が正解で、何が不正解かと問われれば――全てが正解であり、全てが不正解であると答えざるを得ないだろう。 この世界に二つ以上の個が産み落とされ、並び立ったその時から恐らく争いは此の世の中心にあったのだ。 どれ程の美辞麗句で飾ろうとも、どれ程忌み嫌おうとも。どれ程、互いを慈しみ、自律に努めようとも――数が増える程にその努力は馬鹿馬鹿しく、個が異なる程に、事情を違える程に理想があな遠き幻想である事を思い知れる。 生物の歴史とはまさに闘争そのものだった。 神の望んだ楽園(かんせいしたえでん)から踏み外した時より。 神に愛された一握り(にんげん)でさえそのくびきよりは逃れ得ぬ。 しかして、善悪の知恵の実を齧った人間は『望んで』不完全に堕ちながらも、不出来な解決への望みを捨てはしない。 唯、本能のままに争う事を良しとせず。『敵を愛せ』と述べた誰ぞの言葉をなぞるかのように。 ……人間『らしい』努力は時に本来交わらぬ運命同士を交えさせようともするのだった。丁度、今日もそのままに―― 「あ、これお祝いな!」 「わあ、綺麗!」 静の差し出した明るい色合いの薔薇の花束に満更でも無いのかアシュレイの雰囲気が華やぐ。 長くアークの――リベリスタの敵だったアシュレイが『協定』を結び、三高平に居住を始めたのはつい先日の出来事である。 『協定』の成立から殆ど時間も経っていないこの時期にアシュレイが提案したのは要するに『親睦会』のようなものである。元より分かり合えぬから敵同士だった者同士である。理と論より『味方』となった今でも感情的な蟠りはそう簡単には消し得ない。彼女が謂わば『歓迎され会』とでも言うべき場を設けたのはその辺りの感情的しこりを嫌ったからかどうなのか――ともあれ、アークのリベリスタ達は思惑こそ様々ながらそれでも随分と人が良かったと言えるだろう。アシュレイのこの呼びかけに結構な数の人間が『付き合ってやる』事を決めたのだから。 「折角だから仲良くやりたいしな! まずは今日のを成功させて……」 「新鮮なクロテッドクリームを用意したよ。それから朝摘み苺のジャムとマーマレードも。皆フレッシュで美味しいんだ!」 ……実は『お茶会』と称された親睦の機会まではまだ結構な時間がある。 魔女は大鍋で呪いを煮る。誰の運命さえ一緒くたに混ぜ込んで、ぐつぐつぐつぐつ毒を煮る。 鷲鼻の老婆がお姫様に呪いを掛ける童話の姿からは随分と遠いけれど――笑顔のアシュレイには何とも言えない不安が付きまとう。 静と玲が朝も早くから『彼女の店』を訪れたのは彼女の絶望的と言える家庭科能力を心配しての気遣いからだった。 そして放っておけないレベルのダメな人を見過ごすまいと助力を買って出たのは当然彼等ばかりでは無い。 「お招きに預かり光栄だ。今日は準備の手伝いをさせて頂く。 実の所私もまだここに来て日が浅いため、語らう相手が見つかっていない。アシュレイ君と似通った状況とも言えるしな」 「魔女のお茶会を手伝うなんて面白そうじゃないか」 専らその理由は興味本位といった風。バゼットに続き『通販で買った』ドイツのアイリッシュ・モルトを片手にクルトが顔を出す。 「冬場に淹れる際のポイントを一つ。ポットやティーカップは温めておくと良いよ。 まぁ、普通にお湯を沸かして――イモリとか混ぜないで『茶葉だけを使って』淹れればそんな酷い事にならないはずだけどね……? ああ、あと温めるのにフレアバーストの詠唱は辞めようね」 「おっはよー☆ お茶会のお手伝いに来た終君でっす☆ 終君の名にかけてお茶菓子は切らせない☆」 朝から突き抜けるようにテンション高く陽気な終が手を振った。 「……うん。……色々と……大変そう。とりあえず……熱意だけは……買うけど。 スコーンは……エリスにとっても……故郷の……味。良くやるから……出来る」 対照的に『アシュレイが準備していた』厨房を見るなり心なしか悲痛な声を上げたのはエリスである。 「アシュレイは……サンドイッチを……作ったら……良い……と思う。 準備が……出来た……具材を……パンに挟み込む……くらいなら……簡単だから」 「重要任務というヤツですね!」 モノは言いよう、無駄にポジティブなアシュレイにエリスが頷く。 そんな彼女に愉快そうに声をかけたのはウーニャだった。 「この間はカフェオレごちそうさま。意外と言ったら失礼だけど、結構おいしかったわ。インスタントだけど」 「大勢のお茶会の準備って結構大変なの。だから放置も面白そうだったけど」と少し意地悪に笑っている。 「オートミール入りジンジャークッキー持ってきたわ。 一応手作りよ。見栄えは素朴だけど、香ばしくて飽きのこない甘さがお茶請けにぴったりなの」 何を考えているのか、何も考えていないのか、それとも演技をしているだけなのか――何とも判断のつかないアシュレイの様にウーニャは小さく嘆息した。魔女の『醜聞』を実は彼女は余り気にしていない。「私なんて害獣呼ばわりされた事もあるし」とは彼女の言。ピンクの害獣たる少女に実際問題そう呼ばれるだけの責任があるかは別問題にして―― 「一応、歓迎する気はあるのよ」 ウーニャは言う。 「トモダチってそんなに難しくないと思う。 一目会って恋に落ちることだってあるし、会った瞬間敵になることもあるけど…… 私達には共通の目的があって、争う理由は一先ず無い。今はそれで十分よね?」 「真なる魔女が『Malleus Maleficarum』の名を使うというのも……相応しくも皮肉が利いているといいますか」 「いい名前でしょう!」 「『工房』の方ならまだ納得もいくのですが。喫茶店の名前としては……どうなのでしょう? ともあれ、初めまして、『塔の魔女』。魔術師、『女教皇』の風宮悠月と申します――」 ウーニャに続き、持参した玉露を手渡しながら悠月が丁寧に挨拶する。 「いやだって気になるだろあのマジカルおっぱい。 ……服もストッキングみたいなの着てるしさ。謎の親近感がさ!」 その一方で『手伝い』を買って出た中でも異彩を放つのは明奈である。 「魔法? 神秘? 努力でその地平には辿り着けるの? ツボか何かがあるの? 成功すればおまえのバストは倍になるの?」 「力仕事でも何でも任せておけ」と胸を張る一方で悲しき天才の如きフラグを立てる明奈さん。 手伝いに来たのだか冷やかしに来たのか遊びに来たのだか分からない明奈にアシュレイは律儀に応え『秘孔』やら『バストアップ体操』等といった『思いつきの適当』(※ここ重要)を伝授している。「お、おお……」と感動めいた少女が『馬鹿正直に』実践を始める姿は愛しいものである。 「アシュレイさんのエプロン姿を堪能しに来たよ」 ふらりと七が姿を見せた。 「もとい、お茶会の手伝いに来たよ。でも、いいよね。美女とエプロン。 そんなに料理が得意って訳でもないんだけどね。一人暮らし歴長いし、それなりに手伝えるとは思うしね」 成る程、メイド服に白いレースのエプロンをつけたアシュレイは非常に似合わないが可愛らしいと言えば可愛らしい。 「何だか、テンション上がってきましたよ!」 朝一番に戸を開けたのは玲と静の二人だったが、店内の賑やかさはすぐにそれ以上のものになっていた。 魔女が気合を入れるなり、肘に当たって床に落ちた真新しい白い皿が鋭い音を立てる。 「……」 「あはは……」 微妙に気まずい沈黙を、 「あ、大丈夫です。片付けますからちょっと待ってて下さいね……!」 すかさず辜月がフォローする。 (こういう時ですし粗相の無いように……) 裏方仕事も楽しめる人にとってはそれなりの楽しみである。 (楽しいお茶会になるのが一番ですしね。頑張りましょう――) 和気藹々と調理を始めたリベリスタ達を見て、少年は密かに気を入れる。 大規模なお茶会の準備はある意味で『戦闘』のようなものだ。鮮やかな指揮がモノを言う事もあるかも知れない。無いかもしんない。 「水は軟水、硬水を一番香と味がしっかり出るようにブレンドしないと、それからきちんとジャンピングで淹れる……」 「ふむふむ」 アンジェリカの講釈にアシュレイは聞き入っている。 「お茶の葉はこっち。取り敢えずこれはダージリンだけど……」 ティータイムをこよなく愛する英国人にしては余りに心許ないアシュレイに少女はちらりと視線を向けた。 「……一つ聞きたいんだけど……」 「何でしょう?」 「あなたにとって『愛』って何?」 ジャックは恐らくこのアシュレイを愛していた。 アシュレイも又――彼には少なからぬ感情があったようだ。しかし、その結末は幸せなものにはならなかった。アンジェリカはそれが解せない。仮に自分が似た立場だったとして――瞼の裏に今も残る『神父様』を裏切ろうとは思えないからだった。 「そうですねぇ……」 見よう見真似でお茶の練習をしながらアシュレイは吐息のような言葉を漏らした。 元より回答が戻るとは思って居なかった問いだったから、アンジェリカは思わず魔女の横顔に視線を注ぐ。 「女の子の一番ですよね。月並みですけど」 アンジェリカが次の言葉を重ねるより前に、 「お菓子、お菓子作るよ。アップル・クランブル。 掌サイズのタルト生地を焼いてきたよ。いーっぱい! ね!」 明が元気良い言葉を投げた。得意なのだろう。辣腕を発揮する彼女の方に向き直ったアシュレイが「わー、ぱちぱち!」と手を叩く。 「作るのは甘さ控えめのクラムと林檎のスライスだけ。アシュレイさんも一緒に作ろうよ!」 「む、で、出来るでしょうか!」 「ほら、クラムはこんな風に混ぜるんだよ。この続きやる? 林檎切る? それとも魔女っぽく、仕上げに魔法の粉(クラム)ぱらぱらーってする?」 「!」 必要以上に広々とした厨房が今日ばかりは有意義に使用されている。 普通ならば手狭に感じられるだろう人数も、『丁重に出迎えたアークの客分』である彼女の店ならば問題は無い。 「お菓子作りは未経験。壊れそうでドキドキするな。……ええと、こんな感じで大丈夫でしょうか?」 「わ、陽斗様、お上手、です……っ!」 陽斗が丁寧にくり抜いた生地を見て、フィネが嬉しそうな笑顔で応える。 「大丈夫、怖くはありませんよ」 「あ、あのっ、アシュレイ様もやってみません、か?」 アシュレイを見て逡巡する様を見せたフィネの耳元で陽斗が優しく囁いた。 背をそっと押され、意を決して切り出した少女が用意したのはショートブレッドの生地とハロウィン用の型である。 魔女帽子、トカゲにコウモリ、エトセトラ。確かに魔女のお茶会にしっくり来る型は丁度いいものばかりだった。 「あ、やってみます! 教えて下さいね!」 果たしてアシュレイは面々に構って貰って嬉しそうな様子であった。 元々社交的な女である。生来の不器用は言葉を受け、やる気に満ちているようだった。 真剣な顔でフィネの手元を覗き込む彼女は『女の子らしいスキル』に興味津々の様子である。 朝の時間は休日にしては比較的慌しく過ぎていく。 (安易に信じる事は、どちらにとっても不誠実。初めから放棄するのもまた、寂しい。 悩んで迷って、自分なりの答えを探すのが、一番だと思うから。このお茶会――応援します) フィネがちらりと眺めたアシュレイの横顔は真剣そのもの。視線はじっと手元の生地へと注がれている。 どれ程の敵であろうとも、これまでどんな関係であったとしても――無防備な姿を晒す彼女からは今、害意は全く感じられない。 又、リベリスタ達も殊更の敵意を向ける事をしていない。関係は奇妙で、関係は釈然としないもの。互いの真意は語られるばかりの所には無く、ある意味で『協定』はコン・ゲームの様相を呈していた。 しかして、この時間がどうしようもなく平穏なのは否めない事実に違いなかった。平和、なのである。 『人間性』を垣間見てしまえば、それが『化け物』とは思えなくなる。 人間は『自分と同じ何か』を根源からの敵とは見做し難いものである。或いはそれは魔女の策謀なのかも知れないが…… 「折角お店を構えたのですから、目標を立ててみませんか? 十年後には隠れ家的な名店になっていたいな、とか」 アーデルハイトは『遠い未来』を語る自分の言葉の無意味さを知っていた。 「会社員がふらりと立ち寄ったり、作家が打ち合わせをしたり、常連客が指定席を作ったり。 何処かの御曹司がデートの席を予約したり、地上げ屋の嫌がらせに立ち向かったり……」 薄氷の上の同盟に未来を語るのがどれ程に『甘い考え』かも理解していた。 ――長く、ここに居るといい―― その言葉は希代の魔女に投げかけるには余りにも期待出来ないそれである。 だが、時が来れば呆気無く。シャボンのように割れてしまう夢物語だとしても――その実、彼女は構わなかった。 「思い出を作って下さい、沢山。塔(スカイツリー)は崩れなかった。それも必然かと存じます」 「ええ」 フィネは頷いた。 「甘いものは、笑顔の橋渡しですから。たくさん、たくさん、作りますね」 フィネは笑った。小さく頭を振って腕をぶすのだ。 お菓子より甘いと笑われようとも――未来に在る全ての可能性を否定したくないから。 奇しくも二人は思うのだ。全てそう、目の前のお菓子達が――願わくば幸せの魔法でありますように、と。 「……料理下手の鉄則っ! ひとつ! 最初は色気を出さずレシピをなぞる事に専念すべし! ふたつ! 料理は心とかいう台詞は上級者の言と肝に銘じて廃するべし! みっつ! 必ず味見せよ!途中で失敗に気付けば何とかなる!」 「愛情だけじゃダメですか!」 「ダメに決まってる。というわけでスコーン焼くわよそこの魔女。御託はこの際いらんのだ!」 目を見開くデコ。ずびしと指差したアンナに悪乗りしたおっぱいが「イエッサー」と敬礼する。 「貴女神秘に精魂注ぎすぎて色々投げ捨ててる気がするのよ。 偶には全部頭から放り投げる時間つくりなさい。コレは交渉でもなんでもなし。 単なる料理下手の料理教室。OK? ……あ……」 「あ?」 「……焦げた……」 ●アトリエの出来事 「アシュレイさんアシュレイちゃん。 宜しければ工房の方見せてくれないかな? 主に私の好奇心と知識欲に塗れた暇潰しの為に」 その一言を切り出したのはまがやであり、カインであった。 「この敷地にあると聞いた、工房とやら……見学できないだろうか? 是非見たい」 「物好きですねぇ。魔女のアトリエが見たい、とか」 「クッキーを持ってきたが、引越しのお祝いということでどうぞ」 ラシャがお茶会用にどうぞ、と差し入れを渡す。 「シーニャはどうかな?」 カインはと言えば興味本位で試してみて……小さく咽たアシュレイに「かかか♪」と笑っていた。 かのバロックナイツが使徒位に名を連ねる『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアはまさに生きた伝説の一端である。 他者の追随を許す事は無い次元で総ゆる神秘とその術を蓄えた彼女の研究に触れる事はアークの一部のリベリスタ達にとってはまさに望んでも早々は叶わぬ特別な機会となっていた。尤も魔術師は神秘を秘匿するものである。彼女が『見せる』範囲に秘奥がある筈も無いのだが―― 「しかし、これはすごいな。うちにも魔術工房欲しいなあ……」 しみじみとラシャが言う通り。広い部屋に所狭しと展開された魔術書やら実験器具やら。恐らくは何かのアーティファクト、やら。 アシュレイの工房は見るからに魔術師の陣地といった風で神秘に身を置く者ならば訪れる価値は十分あるものと思われた。 魔術を遍く極めんとするならば一朝一夕では及ぶまい。故にそれは大いに気分の問題と言えるのだろうが―― 「ま、見学させてくれて助かったよ」 喜平はニコニコと笑ったまま「どういたしまして」と応えたアシュレイに構わず周囲の光景を一瞥した。 店内の方もそうだが、工房も自分の目で確かめてみたかった理由がある。 (この『場』に、中、長期的な何かを見越して仕掛けがしてある可能性もあるしね) 喜平とてアシュレイがすぐさま何かを始めるとは考えては居ないが、何事も信用と用心は別という事である。 取り敢えず彼の見た範囲では今の所怪しい部分は見つかっていない。巧妙に尻尾を隠す女狐をそれで信用出来るかと言えば大いに違うが、『何かが見つかれば不穏当な事態になりかねないのだから、何も見つからない事自体は吉報である』のは間違いが無い。 「なんか御同輩にはアーティファクト作りまくってる御仁もいるらしいが、魔女殿もココでそういうの作ってくのか?」 「うーん、まぁ一応。何らか作ってですね、皆さん……というよりアークにお譲りしたりしようかなーとは思っていますが」 「成る程、期待しとくか」 カメラを片手にした影継はアシュレイの言葉に「ふむ」と頷く。 彼が口にした『御同輩』の作品は『死んでも使いたくないもの』が多いが、彼女の作品はどうなのだろうか、という疑問はある。 「だ、大丈夫ですよ!」 アシュレイは影継やリベリスタの表情から何かを読み取ったのかパタパタと手を振った。 「副作用や問題の出ない『唯強い』アーティファクトの造り方もあるんです。 皆さんの扱っている武具の大半もそうですし……その辺は威力を取るか、安定を取るか…… 勿論、代償を設定してもいいならば『すんごいの』も造れなくは無いですが…… 安心して下さい! 例え真似しようと思ってもあの天才の真似なんて出来ませんから! 個別の作品の他にも真白室長とも話し合って量産化出来る装備の開発にも着手しますからね! どうぞご期待下さいな!」 ●お茶会の出来事26+48 「人生には山があり、谷があり……大変だ! やっぱり道は平坦なほうがいいな、平均的に」 零児はしみじみと言った。あらん限りの想いを込めて声に出した。 「つまり、何が言いたいかというと……あの魔女はなんなんだ! 山あり谷ありとんでもない事になってる! ぼ、僕は……平坦な方が好きなんだー! ぺったんこばんざーい!」 彼のごくごく個人的な性癖の話は余り追求しない事として。 「ちょりーっす! ブラックモアちゃん! こんちこれまたお世話になります。初めましての殺人鬼です。いやー本日、全くお日柄もよく!」 その腹の底に『フィクサードを殺戮す(ころす)殺人鬼』の本能を秘めながら底抜けに明るく葬識が言う。 「いえーい! アシュレーイ! あっそぼ!」 そして、続いた夏栖斗は今日もやはり友好的だった。 「マジで魔女の鍋とかつくったことあるの? そうそう、三高平にも魔女がいてさ! ちょーこえーの、腹パン一発で沈められるんだぜ? 僕いままで何度沈められた事か。マジ気をつけてね! 金髪で羽根はえててホリメとかで一見天使にしかみえないのが曲者だよなあ、あれは悪魔だね! むしろアシュレイのほうが魔女っぽいけど天使だゲブ!」 「はーい、気をつけます!」 ピリピリ肌を刺すような『友情の握手』を求める葬識と、腹に重いのを一発貰ってそれ以上喋れなくなった夏栖斗と本日のスコアを(影継と夏栖斗の)『2』に伸ばした天使を見比べたアシュレイがニコニコと笑っていた。 「わ、リアルアシュレイちゃんだー、かーわーいー! 初めまして、桜ちゃんです、仲良くして下さいおねーさま☆」 中々強かな所があるのは桜である。 「何でも屋さんでは現在クライアントを募集中です! アシュレイちゃんのメイド喫茶に可愛いメイドさんは如何ですか? これでも給仕は一年間ウェイトレスで鍛えたですよっ」 「やった! これで勝つる!」 社交的……と言えるかどうかは微妙なエナーシアに代わり、すかさず『JaneDoeOfAllTrades』をアピールするのを忘れない。 アシュレイが外人らしい分かり易い反応で拳を握る。 「この手の仕事はハロウィン以来だけど。何なら後で事務所に案内するわよ」 取り敢えずはお試しで……とメイド服での接客を手伝う二人である。 「はーい、お待たせしました☆ ごしゅじんさまっ!」 「お茶をどうぞ、御主人様。スコーンの替りは如何でしょうか、御嬢様」 前職(ウェイトレス)の経験を十分に生かす桜と仕事には如才無いエナーシアである。 全く『益体も無い』メイドさんの真似事に興じる彼女が、 「メイドさん!」 「如何が致しました、御嬢さ……」 「えなちゃん!」 「うぎぎ、桃子さんに補足されてしまったのです><。」 魔王にとっつかまったのは運命の必然なのである。 「ん、今日はすごい日。まじょと邪悪ろり(18)……じゃなかった、腹ぐろー桃子がそうぐーする日。すっごく、ろくでもないことが起きそ」 「何で僕!?」 桜に後を託したえなちゃんと冥華の言葉と代わりに何故か(ry)られた可哀想な誰かはさて置いて。 見ての通り約束の時間を過ぎればお茶会の会場――メイド喫茶『マレウス・マレフィカム』には多くのリベリスタが訪れていた。 「ぼくにとってご飯をくれる人は神様ですが。 貴女はさながら天使様のようでした……巷ではまいえんじぇるって言うんですよね?」 相変わらずの盛大な腹の音を隠せずに夏明が店の戸を潜る。 行き倒れ同然だった彼がこの店で(冷凍の)牛丼を振舞われたのは過日の出来事――請求書がアークに届いたのは余談。 「わたし! イーリスっていうです! なんとっ! ゆーしゃなのです!」 「わあ、勇者様。(皆さんが用意してくれた)お茶とお菓子がありますよ!」 「!」 「どうぞ、どうぞ」 「スコーン! 紅茶! いっぱいたべるです! のむです!」 イーリスがテーブルに並んだ(結果的に)華やかなもてなしに目を輝かせた。 「シンヤからカルナを助けてくれてありがとう」 それだけは本当に――どうしても伝えたかった悠里が真っ直ぐに彼女の目を見て言う。 「いつか僕達を信じていいって思ったらアシュレイさんの目的を教えて欲しい。 「僕はアシュレイさんを信じる。アシュレイさんと分かり合える日が来るのを信じるよ。 だから、まずはアシュレイさんと友達になりたいな!」 淡く微笑んだアシュレイは真っ直ぐな悠里を少し眩しそうに見つめている。 「これ、私の手作りですけど、英国のお菓子です♪私も英国育ちで……アシュレイさんには、どれも懐かしいお菓子と思います!」 あの日のスカイツリー以来の縁。 たどたどしくも瑞々しく。大きな瞳に少しの緊張を覗かせて上目遣いを送るのはアリスである。 「さて、お茶会だ。手製の『特殊形状的世界』(パンケーキ)は如何かね? アークの誰かとアシュレイが政略結婚する事になれば良いと思ったが……嫁増加系パッシブ0。 これは色々いかん。魔女をまずお姫様! にしなくては」 「何か目がマジじゃないですか!?」 どんな使命感を持っているのか櫛とドライヤーを両手に魔女のウェーブの髪をねめつけるツヴァイフロントの姿もある。 「ちーっす! アシュレイちゃん、ちーっす! お久しぶりっすねー? まさかこうなるとは思わなかったっすけど。まー、コレも何かの縁って事でお近付きの印に……」 刹姫の持参したのは年齢的な都合でR-15な冬の新刊である。 「こ、これはジャパニーズHENTAICOMIC! USUIHONN!」 「都合よく外人アピールっすね! あたい16なんでそこんとこ宜しくっす! 時にキース様とケイオス様、どっちが攻めでどっちが受けっぽいか教えてくれると嬉しいっす!」 「キース様が攻めですかね……ですが強気受けも捨て難い。丁寧語サドも、またいいものです……」 「!」 サブカル好きのアシュレイが乗れば刹姫の目の色がピンク色に染まっている。 凡そ仇敵同士のやり取りとは思えない緩い様に小さな笑い声を上げたのはクリスだった。 「アークの連中はお人良しだ。ついこの前まで敵であった者でも、受け入れている。 危機意識が足りないのかも知れないが……私はそれでいいと思うのだ。アークがお人良しだったからこそ、このお茶会ができるのだから。 いや、君も案外付き合いが良い方なのかも知れないが」 言葉に振り向いたアシュレイに彼女は小さく会釈した。 「ごきげんよう、アシュレイ。ナイトクリークのクリスだ。 ふふ……君が本心ではどう思っているか、どうなのかは知らないが。覚えておくといい。『お人好しは伝染する』。 いつか、キミがアークの本当の仲間になってくれることを祈っている」 悠然としたクリスの言葉にアシュレイは「そうですねぇ」と相槌を打った。 そのやり取りを見て心を新たにした少女が居た。 (そ、そうだよね。始めないと、始まらないんだ!) お茶会に勇気を振り絞って参加した健気な少女が居た。 (彼女は物凄く強くてフィクサードな訳で、ちょっと怖いって思っちゃう面は否めない。 でも、だからこそ仲良くならなくちゃ。溝は埋める物だよ!) どんなゲームでも、どれ程の絶望が待っているとしてもゲームはスタートボタンを押さなければ始まらないのだ。 美月は挫けそうになる気持ちを奮い立たせておずおずとアシュレイの方へ歩み寄る。 「理解し合うのは大事だよね、みに」 その何時に無く頑張る姿は普段から彼女を見下し倒している式神にも「ほー」と感嘆せしめる。 「あの、アシュレイ君。プレゼントを用意したんだ。 自分の一番好きな物を共有って言うか、紹介って言うかさ、そう言うのが一番相互理解に良いんかなって…… ジャジャン! ジャパニーズの名作(クソ)ゲームだよ! 選りすぐりのを五本! 良かったらやってみてね!」 「剛田の挑発状、デス・スカーレット、四十九日(改)、仙石姫、そしてマイナー・ドリンクローザー……私、ぶぶ漬け出されてますか!」 「ええ!? 心から歓迎したのに!」 「やっぱり馬鹿だった……」←みに 閑話休題! 「アシュレイちゃんに興味津々に来たら、クラリスたんまでいる、だと……?」 目を見開いた竜一が乾いた声で呟く。←シリアス 今日のお茶会でアシュレイと並んで『ゲスト』と言えそうなのはあのオルクス・パラストより新しく派遣されたクラリス・ラ・ファイエットである。澄ました顔でちょこんと席に腰掛け、品のある仕草で紅茶を啜る彼女を物珍しさからか多くのリベリスタが囲んでいる。 「初めましてクラリスさん。ようこそアークへ、そして三高平へ! 俺の名はツァイン。来てくれて嬉しいぜ!」 ここは『M・G・K』の面目躍如と早速クラリスの世話を焼いているのはツァインである。 「こっちはお勧めの店、喫茶とか洋服とか。そっちがアークのコーポの一覧! あぁ、うちは私設自警団やっててさ。まぁ見回りや案内が主な活動だから。こういうのはお手のもんだなっ、役立ててくれよ!」 「あらあら、これは御丁寧にどうも……」 「気にしないでくれ。あ、一番のお勧めは直接案内だから、そこの所宜しくなっ!」 三高平にやって来た誰かの新生活を応援する彼である。こういう所に抜かりは無い。 「慣れない異国だと大変でしょう? 私で良ければエスコートしますが?」 同じように同道を申し出た凛子にクラリスは優雅に笑う。 「クラリス様は、アシュレイ様に興味がおありとか…… 当家のお嬢様も彼女に御信頼を寄せられているようで……いえ、取り敢えずはお嬢様の信頼するお方を信じようとは思うのですが。 実際の所、クラリス様はアシュレイ様をどう思われますか?」 穏やかなお茶会ではあるのだが、そこはそれ。特別な事情が消えた訳では無い。 小さな尻尾を必死で振る室内犬のように人懐こく純粋そのものといった風のアリスが気が気では無いのか、ミルフィーは時折アリスとアシュレイの方に視線を投げながら暖かい紅茶を音を立てずに啜るクラリスに問いを投げかける。 「正直な所を言えば、彼女は相当な危険人物と言わざるを得ないでしょうね。 皆さんに実感があるかどうかは別問題として、世界史において彼女と組んだ人物や組織は全て塔の運命に呑まれているのですわあ。 皆さんが直近で目の当たりにしたかのジャック・ザ・リッパーも含めてです」 証左としてはこの上ない実例である。微妙な顔をしたミルフィーが「成る程」と小さく呟く。 「同じダークナイトとして、興味があった。その力をどう感じているのか」 次の言葉を掛けたのは静かにお茶を口にしていたアルトリアだった。 力に覚醒した時、闇の力を厭うた彼女にとって、自身に非常に肯定的なクラリスの見解はかねてより興味がある部分であった。 「力は力ですわ。何事も変わらず、使いこなせるか否かの」 クラリスは似たような質問には慣れているのか全く動じる事は無く白磁のカップを静かに置いた。 僅かに鼓膜を揺らした澄んだ音と同じ程度には彼女の言葉に澱みは無い。 「どんな力であるかより、その力で何を為すか……それが大事だと存じますけれど。違いまして?」 「迷いは無い、か」 ふ、と薄く笑ったアルトリアの心をその言葉から読む事は難しい。 微妙と言えば微妙な空気を入れ替えたのは気配り性の一人の青年だった。 「……ま、心配には心配だし、色々あるとは思うけど。今日はほら、ね。 はじめまして、新田快です。クラリスさん、ようこそアークへ。お噂はかねがね。名門の出身だって聞いてるよ」 「うふふ、ごきげんよう。快様もこの所、随分と有名人ですわよ! まぁ、知る人ぞ知る……アンテナの鋭い方ならチェック済みの新鋭って感じですかしら?」 話に入ってきた快に会釈を返したクラリスの言葉は快の疑問を解決するものだった。 欧州においてもアークのリベリスタは名前を知られ出しているらしい。 といってもやはりその冠には『あのアークの』がつく、といった所か。つまり、ジャックの陥落はそれ程大きな出来事という事だ。 「大学にご興味は? 差し支えなければクラリスさんの事や、お家の事も聞いてみたい気がするんだけど」 「私は遠野 うさ子。専門は電子戦と後方支援なのだよ。 ところでクラリスさん寒くないのだね? 見た目寒そうなのだけど」 「三高平にようこそ。射手のヴィンセントです」 うさ子としては傍らのヴィンセントの視線の行方が気になる所なのである。 「三高平の空は飛んでみましたか? ここは一般人の目を気にしなくていい。オルクスの本拠地のある街もこんな感じなのでしょうか? 空から見るこの街の夜景は綺麗です。いいスポットがあるのでよかったら今度一緒に……痛っ!?」 「知らないのだね」 唇を少し尖らせたうさ子はそう言ってそっぽを向く。 お尻を強めに抓られたヴィンセントは「これはしまった」と罰が悪そうに頬を掻く。 「うふふ、ご遠慮しておきますわあ。可愛い恋人が可哀想ですものね!」 「こいっ……!?」 真っ向から言われれば赤面する他は無いうさ子をクラリスは楽しそうに眺めている。 スコーンを一口。朝摘みのイチゴのジャムがお気に召したのか、もう一口。 「くろリスお嬢さん可愛いよね。ちなみに黒くてクラリスだからくろリスお嬢さん。 くろリスお嬢さん、お顔なめなめしてもイイ? だきゅむにしてもいい?」 「いえ、お構いなく……ええ」 鮫のように笑う()りりすに思い切り警戒の様子を見せるクラリスである。 「お茶会ってしんししゅくぢょの社交場っぽいし、今年の僕は人に優しく。嘘だけど!」 「私、受けるより攻める方が好みですわあ……」 案外、引いても居なかったらしい。 「こんにちは、麗しのフロイライン。天風と申します。以後お見知りおきを――」 その白い手をそっと取り、手の甲にキスを落とした亘の所作がお気に召したのかクラリスは目を細めて微笑んだ。 「日本のお茶も如何ですか? この機会に少しでも日本を好きになって貰いたいですからね」 そう言う彼が内心で「クラリスさんが熱い緑茶を飲んで舌を出す仕草を見たい!」等と思っているのはアレとして。 歓談は社交場に場慣れしたクラリスの如才無い受け答えもあって華やかなものになっていく。 「ふむぅ……たまには洋菓子もいいもんじゃのぅ……♪」 全く甘い匂いのお茶会は『女の子の』特別である。 齢幾つを数えようとも乙女は乙女。アシュレイが乙女を言い張るならば、彼女も無論乙女に違いない。 「何か余計なナレーションがある気がするが幸せじゃ……♪」 レイラインの可憐な美貌がにへらにへらと緩んでいる。 「あら、本当。これも美味しいですわあ」 ひょいと横合いから大皿の菓子を摘んだクラリスを見れば、レイラインの大きな瞳は一層輝きを増していた。 「その服可愛いのぅ! どこの洋服屋さんで仕入れたのじゃ? わらわのは三高平駅傍の――」 「あら。そちらこそお可愛らしい。成る程、駅前ね……」 意気投合に十分な趣味の一致と言えるだろうか。 「我は皐月丸禍津と申す。貴殿と同じダークナイトだ。以後見知りおきを」 「あらあら、まあまあ」 「我は日本人だからな。欧州には少なからず興味がある。……それにしてもその服似合っているな」 ……少なからず興味があったのは衣装の方も同じらしい。 コホンと咳払いした禍津は「うふふ」と笑ったクラリスに、 「『東方十字騎士団』というダークナイトの集まりがある。気が向いたら顔を出してくれれば嬉しい」 そんな風に言う。 (おいおい……『ですわあ』口調なんてまさにチョロそうな感じ!) 盛り上がる少女(?)達に舐め回すような視線を向けるのは言わずと知れた豚……じゃねぇオークである。 ――オルクス・パラストから凄い逸材が来たと、黒船襲来だと聞いて! こりゃ洞穴でEROEROな本読んでる場合じゃねぇ! ……と、まぁ。物凄い勢いでスーツと帽子を引っ掛け駆けつけたのがつい先程である。 丁寧な口調で受け答え、皆に下手に出ながらクラリスを眺め倒すオークはお茶を一口思わずしみじみと呟いた。 「こいつぁすげぇのが来たもンだなぁ!」 彼の頭の中でクラリスが何度ダブルピースを決めているかは言わない方が華である。 ぐねぐねと太目の体をくねらせてクラリスと視線が合わないように移動を繰り返しているのがひたすらやらしい。 カオスゲージ下げんぞ、豚! 「あ、クラリス。同じ力の、せんぱい。 ロズのこと、知ってるでしょうか。知らないかな。ロズ、オルクス・パラストにひろってもらったんです」 「ああ――」 直接クラリスがロズベールを知っている事は無かったが、事情自体は『良くある』事である。 合点がいったという風に頷いたクラリスと歓談するアシュレイを交互に眺め、少年は素朴と言える疑問を口にした。 「あれが、アシュレイ……オルクス・パラストで聞いた、まじょ。 楽しそうに話してて、ロズ達のてきに見えないですけど。クラリス、あの人の何がきになるんですか?」 「そうですわねぇ……」 形の良い顎に指先を当てて、クラリスは言葉を探しているようだった。 「強いて言うなら、全てが。あの女、『全く毒気が無いから』恐ろしいのですわあ」 駆け引きは世の常。神秘界隈で長きを生きる魔女ならば尚の事。 笑いながら談笑相手の喉を切れる――これ以上恐ろしい相手が果たして居るだろうか? 大凡の予想とオークの期待を裏切り、クールに出来る所を見せるクラリスである。 「胸の神秘に挑むか、肩出しの腋へと望むか……目が離せん……! 桃さんも別の意味で目が離せないけど。近寄りたくない的な意味で」 「む……」 カメラを手に目移りし倒す竜一の鼻の下を確認してユーヌが小さく声を漏らした。 何故、何時も彼はカメラを持っているのだろうか。何故、撮影しなければならないのだろうか。 いや、撮影しても構わないのだ。微妙なアングルから特定の女子の艶かしい絵ばかりを狙っていないのならば。 いや、狙っていてもそれはそれで可愛いのだ。竜一はそんな所が愛しくて、彼らしくてこう。何と言うか悪くは無いのだが。 「それはそれとしてだな」 何となく後ろから抱き着くその姿は体格の差もあって微笑ましい。 「落ちる、落ちる!」 どれ程ユーヌたんがかわいいよユーヌたんでも余計な事を言った竜一を桃子が敢えて放置した理由ではあるのだが。 お茶会の時間はそれぞれの形で過ぎていく。 一応名目を言うならば『魔女との親睦会』には違いないがそこは当人も言った通り。 その心算無くても遊びに来てくれれば十分、といった緩い集まりなのである。 「所で、あの人だかりが出来てる、そう、おっぱい。あれは誰だ?」 何せ、イセリアのように本題趣旨を理解していない者も居る。 「魔女! だと!? わわわわ、なん、私は、なんという所に迷い込んでしまったんだ! これは罠だな! 食べ放題の甘い罠だ! ええい、茶だ、茶を飲んで落ち着け、カテキンだ、緑だ、マイナスイオンだ! 考えろ、考えるんだ、やった! 考えたぞ私! ぐーてんはんばーぐ! こんにちは!」 ……この姉(イセリア)あって、妹(イーリス)有りか。 草葉の陰で挟まれた陰気な妹(イーゼリット)が泣いている、そんな絵がありあり浮かぶ。 「――今日は余の部下であるところの魔王桃子の様子を視察しにきた。 邪悪ロリと威風を取得した余は今や威風邪悪大魔王!」 一方で無闇に堂々としている人も居た。 「この紅茶は出来損ないだ。飲めぬ。余が本当の紅茶を入れてやる。 良いか。まずはポットを予め温めておく。そして十分に沸騰させた湯をすぐに注ぐ。更に……」 何だかよー分からん視察に来たらしいグランヘイト様は実に甲斐甲斐しく器用にお茶を淹れていく。 何もせんとソファに腰掛ける桃子とどちらかがどうか等は言うまでも無い。邪悪威風大魔王的に考えて。 「さぁ、飲んでみるが良い。これが大魔王の茶というものよ!」 「わあ、大魔王様すてき!」 「フン。この程度も出来ぬから貴様はいつまでも処女なの……」 「あ! 突然手が滑りました!」 「ンがっ!?」 口は禍の元である。折角パワーアップした大魔王様が些か威厳無く床でのたうち回っていたり、 「桃子様桃子様桃子様ー♪ アシュレイ姉さんも魅力的だけどやっぱり桃子様ー♪ 桃子様の暇潰しを助けるべくあれを即席で作ったのですよー。王様ゲーム!」 「跪け!」 「え。くじとかまだ引いてな……」 「這い蹲れ★」 「はい……」 エーデルワイスが何時もの通り理不尽に苛められていたりと桃子の周りは実に結構忙しない。 「どうも初めまして。私、山田茅根と申します。今日は桃子さんにお礼を言いに参りました」 やって来た茅根が小首を傾げる桃子に言う。 「おおっと、これは失礼しました。以前、娘の名前を褒めて頂いた件でお礼に来たのです。 娘の名前は山田珍粘と申しまして、いや、あの名前を素敵と言ってくれたのは桃子さんだけでしたね。 本人は斬りかかって来るし。聞いた人は『ひとでなし』とか言うし……そりゃ人じゃありませんしね」 けたけたと笑う茅根に桃子がポンと手を打った。 「折角珍しい名前をつけたのに余り受けなくて、実はちょっと寂しかったんですよねー。 だから桃子さん、どうも有り難う御座いました。くふ」 「いいえ、どういたしまして! 山田氏ねさん! 伊藤さんの親戚ですか?」 「茅根です。あと誠に申し訳ないのですが全く無関係です」 「あ、はい。氏ねさんですね!」 「茅根です」 貴重な邪悪ロリに珍粘とかつける奴は滅…… シリアスなシーンでなゆなゆを美少女然と書いている時、地の文で『珍粘』とか書かないといけない俺の気持ちがお前に分かるか!? 「くふ」 ……コホン、個人的事情はうっちゃっといて。 「それで、最近はどうなの?」 のんびりとお茶を嗜む桃子に比較的にのんびりと付き合って時間を潰しているのはティアリアだ。 嗜虐性質が似ているからなのか、邪悪ロリは惹き合うからなのか。凡そ同席する事が多い二人はそれなりに打ち解けている。 ティアリアの言葉には主語が欠けていたが桃子は鋭敏に察して彼女が望む答えを返した。 「姉さんは相変わらず姉さんですよ。この間ドブに嵌ってたし、この前は自動ドアに激突してましたし」 心から嬉しそうに「馬鹿ですよねー」と語る桃子にティアリアは「ふぅん」と相槌を打つ。 「今日はどうして来たの? 何が興味を惹いたのかしら。やっぱり無駄に目を引くあの大きいものかしら?」 「何となくですかねぇ。まー、男の人なら目の保養! ってシーンなのかも知れませんけど」 幾らか気が無く答えた桃子にティアリアは二度目の「ふぅん」を繰り返した。 桃子は暫し逡巡し、紅茶を一口。クッキーを齧って、エーデルワイスを苛め、ぐったりしたえなちゃんを更なる御奉仕に付き合わせた後。 「うーん、皆さんと遊びたかったから、ですかねぇ。魔女自体は関わってもいい事がなさそうですし」 「くす、桃子らしい。貴女、諦めた方が良さそうよ?」 「地の分がえなちゃんなのです><。」 マイペースと言えば桃子だけでは無い。 何時如何なる時もブレない、行動に一本鋼鉄の芯が通った人物と言えば――間違いなくこの人の名が挙がるだろう。 「『陰ト陽』でもお手伝いしてるですからお茶は美味しくいれられるのです。 気に入ったのでしたら毎朝でもいれてあげるのです」 即ちそれは相も変わらず健気に瑞々しく沙織の世話を焼く白いティーセットを片手にしたそあらである。 彼女からすれば魔女のお茶会もオープン前の遊園地も懺悔室も温泉旅行も夏の海の出来事であろうと変わらないらしい。 彼女にとって重要なのは大好きな誰かがそこに居る事で、問題は彼が自分を構ってくれるか否か――それのみに帰結するのだろう。 「ホントだ。上手いね」 「愛の力なのです」 そあらの鉄板ぶりは変わらない。 しかして、変わらないのは沙織の方も同じである。 「あ、いらっしゃい、時村さん……ご注文、どうぞ……?」 「珍しい格好してるじゃん」 休日に入った俄かのお仕事。メイド服でテーブルにやって来たリンシードをからかうように沙織は笑った。 「コンビニケーキとか、インスタントコーヒーとか、ありますよー…… ……今日は商売じゃないですけど……どうせだから、注文していってください…… え、メニューの値段が酷い……? 綺麗な、メイドさんが……見れるんですよ……?」 「成る程」 「……失礼しました。何でもないです……」と照れて頬を染めた少女に沙織は言葉を被せた。 「『可愛い』メイドちゃんは早速見れた訳だしね」 年齢を考えれば『綺麗』よりは『可愛い』リンシードである。 言葉の対象とからかって遊ぶ沙織の視線の先が自分である事をハッキリと自覚した少女は視線を少し明後日に向けて「……お茶のサービスぐらいは、してあげます……」と嘯いた。 例え相手が十一歳でも未来への投資は全く余念無いらしい。 ましてやそれが―― 「初めまして室長。ベアトリクス・フォン・ハルトマンです。この度、アークに協力させて頂く事になりました」 「心強いね。ありがとう」 「いえ、非才若輩の身なれば。御迷惑をおかけする事もあるかと思いますが、以後、宜しくお願いいたします」 ――十八のクールビューティー。つまり、ベアトリクスならば言うまでも無い。 懇切丁寧な挨拶に完璧な出来る上司の所作で応えた沙織は彼女の長い黒髪にレンズの向こうの目を細めている。 別にそこに悪意や他意が多い訳では無いのだが…… (従姉妹からは室長には気をつけろ、と言われていましたが……何を気をつければ良いのでしょうか?) ベアトリクスの判断よりは従姉妹の判断の方がより妥当であると言えるのは間違いない。 「何なら、後で街を案内しようか。アシュレイの案内は俺以外の誰かがやるだろうしね――」 「有り難く。では、後程都合が合いましたらば……」 何せ、噂はあてにならないもの、と一つ頷いたベアトリクスである。 「……筋金入りなのデスね」 「何が?」 観察、といった風に場を眺めていたタオの呟きを聞いた沙織が視線を向ける。 それは全く自然な所作で無意味にテーブルの上の彼女の手に触れている辺りを指す言葉なのだろう。 「……まあそれは良いデス。この際、沙織に一つ頼みがありまして!」 「頼み?」 払われた手に構わず問い返した沙織にタオはこくこくと首肯する。 「うふふー、今度沙織の父親……貴樹? を紹介してほしいんデスよ! あっ、別に恋の花咲くお嬢様のお願いとか煌びやかなモノじゃありませんよ 日本じゃ何かと物入りなのデスが、実家から持ち出したお金もそろそろ底を突くので、ここは!自分でも動くべきかなと!」 「……」 「えへへ、あっけらかんとは言えませんね、照れますねー♪」 悪びれず言う愛人希望(?)に沙織が嫌な顔をする。 彼が微妙な顔をした理由は主に二点。 うっかり成立してしまいそうな父親の節操の無さと、「あ、沙織は狙いません」。きっぱりとした付け加えによる所が大きい。 「俺は娘位の母親持ちたくねぇよ」 結婚は兎も角の話ではあるが。娘位の相手を口説くのは問題が無い癖に。 「むぅ」 「そあら、楽しい?」 小さな唸り声を聞いた沙織の視線がもう一度そあらへ向く。 「お菓子もケーキもいっぱいなのです。どうです? チョコスティックでゲームするです?」 言葉を掛けて貰える事が嬉しい。自分を見て貰える事が嬉しい。全身全霊、命短し恋せよ乙女。 可憐なその美貌を桜色に染めて上目遣いでそう言うそあらはまるで少女のような瑞々しい華やかさをこれ以上無く湛えていた。 「この場では微妙です? でもさおりんがしたいならフルコースでもいいのですよ?」 頑張る彼女をいなすように沙織の指先がふわふわの栗毛を軽く弄ぶ。 「そあら、あーん」 何時もの少し意地の悪い笑顔を浮かべた沙織はショートケーキの上に乗った苺をフォークでとって彼女の小さな口へ放り込んだ。 生クリームのついたそれは甘い。 (誤魔化されたのです) 甘いけれど、むぐむぐと口を動かすそあらは少し、不満。 「――ご満足頂けたかしら? Mon seigneur」 「意外と付き合いがいいな」 「どの口が言うのかしら。一体、誰の趣味なのかしら? 前向きに考えると言ったでしょう?」 軽口を発端に『見慣れないメイド服』を着込んだ氷璃と彼のやり取りは何時もの通り何処か皮肉な色に洒落ている。 「それで? 私に使用人の服を着せた感想は?」 氷の乙女はそれは高いプライドの持ち主である。 「本来ならば屈辱ものよ」と微笑(わら)う唇はあながち嘘を言っていない。 何せ彼女は誰に傅く真似をするのも実の所、まるで趣味では無いのだ。そんな彼女が『その気』になる理由等、最初から―― (自惚れられないタイプなんて、実際何も面白くは無いけれど――) 乙女心は複雑である。自惚れて欲しい、なんて言ったらそれは大きな負けになる。 「何なら、俺のお世話とかしてみる?」 最上級の『合格』を言い渡した沙織に気を取り直した氷璃は薄い笑みを浮かべて応えた。 コン・ゲームは続く。勝負はこれから。今不利だからと言ってそれは負けでは無く、有利だからと言って勝ちでもない。 「あら。いいわね。お茶を淹れてあげましょうか。肩でも揉んであげましょうか? それとも、嗚呼――いっそ。夜伽の一つも命じてみる? Monsieur?」 「さおりん、あーんとするです!」 「んぐ」 ――色々この辺りで限界である。そあらが苺を沙織の口に突っ込んだ。 「相変わらずですね。程々にして頂けると色々な問題が省けるのですが――」 実に淡々とコメントを添える恵梨香は同席の沙織の様子に小さな溜息を吐き出した。 緩いと言えば緩い場だが、彼女は何らアシュレイに気を許す事は無く本来意義的な『護衛』に徹していた。 元より沙織がアシュレイと個人的に会う事は『協定』で禁じられてはいたが、恵梨香に言わせればそういう問題では無い。 (周囲に破滅を振りまく『塔』は危険。仮にも仲間――いえ、『それ以上』だったジャックを裏切った彼女だもの) 人当たりの良さに騙されて二の轍を踏めばそれは余りにお粗末というものだ。 一方で彼女程気を張っては居ないが、護衛の意識があるのはアラストールも同じだった。 コメディエンヌが躍動する――沙織のテーブルをちらりと確認した彼女は正面の魔女に口を開いた。 「お招き自体は嬉しく思う。 けれど魔女とは古今東西二枚舌を持っているもの。正直を言えば私は貴女をあまり信頼はしようとは思いません。 ですが……貴女が悪意を持って行動し、私達を裏切ろうとしない限りは、信用位には値しましょう」 魔女と差し向かいでお茶を飲む、等という光景が如何に暢気なものかをアラストールは感じていた。 しかして、その暢気な有様がそう嫌なものに感じられないのが不思議と言えば不思議だった。 「正直に伝えれば、わたしは貴女のことが怖い。深く関わった人物の多くが破滅しているから、尚の事です」 困ったような視線を向けるアシュレイに大和が告げる。 「……ですが」 「?」 「折角、出会えたのですから、いつまでも怖がっていたくない。だからわたしはお話したいと思います。 三高平に来てどうでしたか、気に入った場所はありましたか。ブラックモアさんが何を気に入り、嫌うのかを知りたい」 大和の言葉にアシュレイは大きく頷いた。 「沢山、お話をしましょう。それが一番の方法ですから――」 全く大和の言う通りである。この『お茶会』は元より奇妙な時間(とき)なのだ。 相手は世界で有数の危険人物のその一人。単純な事実は彼女がどんな笑顔を浮かべていたとしても変えられる筈は無いのだから。 「よう、塔の魔女。今日は茶会に参加しにきてやったぞ。ほれ、茶を注がんか」 「あ、はい! 只今!」 堂々たるゼルマの声に応え、アシュレイは不器用に紅茶を注ぐ。 「時に魔女よ。その狂ったファッションセンスの服はなんなのじゃ?」 「ええ!? 気に入ってますのに!」 「何じゃ。単に生まれ持った美的センスの問題じゃったか」 「魔女はこういう格好をするものなんですよ!」 「二十一世紀ではないな」 「うぐ……」 ゼルマとアシュレイの掛け合いは中々リズムが良い。 「不思議なモノが入っていたり、爆発したり、しないわよ、ね?」 恐る恐るといった風に銀のスプーンでお茶をかき混ぜたポルカが白いカップを瑞々しい口元へと運んでいた。 「アシュレイくんの帽子の上に居る、彼? 彼女? 可愛いすごい可愛い。初めて見た時からずっと気になってたの。 アシュレイくんの手作り? おんなじようなのあったら、欲しいな。だってすごく可愛いんですもの」 「唯のお人形ですよ。何なら作り方でも教えましょうか?」 ポルカとアシュレイのやり取りはのんびりとしている。 「嬉しい。そう、それでね。これ、あげる。チョコレィト。 そろそろバレンタインだし、素敵なお茶会のお礼に、ね。貰ってくれる?」 「美人からチョコレート! ボーナスステージの訪れですね!」 ……確かにこれはお茶会なのだ。 「このカップ、使う人の趣味嗜好を汲み取って美味しい紅茶が絶対飲めちゃうのです。 妖精さんからのプレゼントなの。ふふ、羨ましかろう!」 「うーん、すごい。研究してみたいんですけど貸して……あ、駄目ですね」 マリアムが薄い胸を張る。 「ああ……」 妙に考え過ぎても熱が出る。無意識に頭を振ったアラストールの口が香ばしいスコーンを小さく齧った。 「……美味しい」 アラストールには昔の記憶が無い。 少女はクリームとジャムで食べるこのお菓子が『懐かしく感じられた』事に目を丸くする。 「本当ですか?」 「うむ。これは中々だ」 不思議な感覚も手伝って手を止めずにもぐつくアラストールを目を細めて眺めて。机に頬杖を突いたアシュレイは嬉しそうに呟いた。 「良かった。私も、少しだけ――手伝ってみたんですよ。それ」 「もぐもぐ」 眠そうな瞳はそのままに何やらもぐつく天乃がふとアシュレイに話しかけた。 「……実は……私は、ジャックは嫌いじゃなかった」 彼の為した事がどれ程の悪徳であるかを天乃とて知っている。 しかして彼の人格が、彼の執念が、彼の戦いが侮蔑に及ぶものかどうかと言われればそれは人によるという事か。 「愛すべき敵、越えるべき壁……彼はどんな人、だったのか、教えて……くれない?」 「強い方でしたよ。そして瑞々しかった」 天乃の言葉に苦笑い交じりのアシュレイが答える。 「誰より一途な方でした。人にも、モノにも、運命にも。目に見えない名声にも。 そこにどんな理由があったのか、どんなドラマがあったのかは――私が言えば語るに落ちるもいい所でしょうけど」 曖昧な答えは明確な結論を述べない。しかして全ての事実を重ねれば想像出来る部分は小さくない。 「私は……出来れば、彼を自分の手で倒したかった。 それが出来なかったのは、仲間を死なせたのは、私の不甲斐無さ。 後どれほど、修練を積み、技を研鑽すれば……あの境地、に辿り着けるのか? それとも辿り着けない、のか? 魔女にはそれが……分かるの?」 天乃の言葉にアシュレイは小さく肩を竦めた。 「このBBA、300年も生存しているにもかかわらず、生娘ロールをしていやがるぞよ!」 少し神妙な空気を酷く掻き混ぜたのはメアリである。 「酷!?」 「カマトトぶるでない! 乙女のフリをするのも辛かろう! 子供や自分の生まれ育った家庭の事でもはなしたらどうじゃ? おともだちになるからにはお互いの出自もしるべきじゃ。妾はモヒカン族の血が流れておって……」 「……っ、子供は、いませんけどね!」 「なあなあ。じゃあ、アシュレイとジャックの出会いってどんなんだったんだ?」 ラヴィアンが気になるのはやはりと言うべきかその辺りである。 「同郷の誼だったり、好みのタイプだったり。あはは、フィクサードの恋愛も皆さんと大して変わりませんよ」 「そういうモンか?」 「ええ。そういうモノです。まぁ、それ以上は――御話するには少しお日様が高すぎる……という事で!」 「どれ、わらわも一つ同席して『オトモダチ』になるとするかのぅ」 十歳の鋭い問いをやんわりと受け流すアシュレイに今度は瑠琵が歩み寄った。 「さて、年上と茶を飲むのは何年ぶりだったかのぅ?」 長い椅子の一端にちょこんと腰掛けた彼女は子供にしか見えない『なり』の割に随分と長い時間を生きている方である。 「そう言えば、あのクェーサー夫妻も十二年前、この辺りで起きたナイトメア・ダウンで散ったそうじゃが。お主、知っておったかぇ?」 「あら、あの方達が。まぁ……知りはしませんでしたけど、予想はついていましたけどね」 アシュレイは然したる驚きも無くそう言った。 「予想?」 「はい。あの方達は謂わば原理主義者なんですよ。ですから、アレを見逃す事なんてない。 そして、あのR-typeと戦った方々は99・9%以上亡くなっている……と言われている訳ですから、はい。そういう事です」 (成る程、やっぱり事情通ね) 何が何の助けになるか分からないのは世の常である。 細い湯気を立てる紅茶を時折啜りながら手元のメモにペンを走らせるのはジルだった。 アシュレイの声の聞こえる範囲で彼女の話を書き留める。ICレコーダーでも持ち込めば早いのかも知れないが、些か興の削げる……と言うより幾らなんでも不躾過ぎるそれを彼女は好まなかった。 「若い頃の苦労は買ってでもしろ……って言う事だしねー」 談笑する年嵩の若作り共を何となく眺めてジルはジンジャークッキーに手を伸ばした。 千客万来。アシュレイの元に今度は一人の少女がやって来た。 「ええと、アシュレイさんは占いをされるんですよね? 人捜しと言いますか、私が目当ての人物に会えるかどうか等も占えるんでしょうか? ええ、どうしても見付けたい相手が居まして。私に、とても素敵な名前を付けてくれた最……の父なんですけれど」 虚ろな目でアシュレイに問い掛けるのは『件の』珍粘その人である。 ニアミスを嘲笑うかのように入れ違いでエスケイプした茅根を求める彼女が、 「今の私が有るのは彼のお陰ですので、是非とも会ってお礼がしたいんです。 還暦を超えていますし、赤い服を送るのが喜ばれるでしょうか? 真っ赤な真っ赤な赤い服。とっても良く似合いそうですよね」 どんな想いを父へ抱いているのかは想像するに難くない。 「あはは。じゃあ占ってみましょうか、私の占い『塔』しか出ないんですけどね!」 「せっかくなのでタロットカードも見せてほしいのですよ~♪」 「素晴らしい」と珍粘が頷き、奏音が期待に瞳を輝かせる。 私はなゆなゆの復讐を心から応援するものです。 期待に反して……というと違うかも知れないが魔女とのやり取りは大半が他愛の無い雑談に過ぎない。 しかし、幾つかのやり取りは少しだけ……『お茶会』の空気からかけ離れる事もあった。 「私が貴女をどう思っているかはこの際どうでもいいのよ。 それは私のリベリスタである部分、崩界を進めるフィクサードに対しての話だから」 「腹を割って話しましょう」と彩歌は言った。 「でも、『仲良くする』は話が別。それはね。仕事とも使命とも違う。 互いのプライベートな領域に脚を踏み入れる事だから、切り分けないとやりにくい事この上ないのよ。 だからそうね、今日は手ぶらで来たから。次はお気に入りの豆を持ってくるわ。 私に足りなかったのは、敵になるかもしれない相手の事を知る覚悟だと思うから――今は知りたいと思っているから」 「嬉しい、と伝えるのは卑怯でしょうか?」 拓真は言った。 「一つ、聞かせて欲しい事がある。……神風、そう呼ばれた世代の先達に比べ……今の俺達は、やはり矮小な存在か?」 自罰的な拓真はその『正義』故に決して『正義足り得ない』。 彼の手に掬える余地は広くは無く、故に『誰が為の力』は『誰が為の力でも有り得ない』。 茶会の歓談に無粋と理解しながらも、自嘲しながらも彼は結局問わずにはいられなかったのだ。 「どんな答えが欲しいのでしょう? 矮小と思わば如何にも矮小になるでしょうね。ええ、私も、皆さんも」 「全く、普段は……普通の女みたいなのにな。お前には幾つ重ねても疑問が尽きない」 自身の言葉に「そうですか?」と首を傾げたアシュレイに美散は「ああ」と短く応えた。 「お前さんにとってエリューションとは何なんだ? 運命に愛されぬ者達も、この世界の住人か? フェイトとは、革醒とは、崩界とは――今のこの世界は誰に都合の良い世界なのか」 「人もエリューションも、生まれ落ちた事に意味は無く、同時に全て意味を持っている。 だから区別は無意味と思いますし――例えば。 聖者に降りかかる苦難も、勇者の知る試練も『必要だからそうなる』のではありませんかね?」 アシュレイは答えになるようなならないような事を言う。 「不思議なものです。大抵の人はこの世界が優しくないと言う。 大抵の人は自分の現状に満足を抱かないし、大抵の人は未来が必ずしも明るいものだと信じてはいない。 けれど、大抵の人は『都合の悪い世界』を望んでいる。都合が悪くても明日を待っている。 私、それで考えたんですよ。全ての事実には意味があるって考える事にしようって」 魔女の言葉の解釈は多岐に渡る。咄嗟に彼女の真意を掴みかねた美散は言葉を少し詰まらせた。 「正直な所、気になっている事は多い。 君が持つ神秘についても勿論だが、君が出会った神という存在にもだね。 そして何より、何故歪夜十三使徒を倒そう等と考え、到ったのか――」 ヴァルテッラの言葉にアシュレイは答えない。 「ああいや、正しくは、何故使徒倒す必要が出来たのか、か。 君が、かの『使徒』ですら通過点に過ぎないような大望を抱いたのには何らかの理由があるはずだね。 果たして何が原因で、何故その様な大望を抱いたのか? 淑女に向ける質問でない事は重々承知だが、私は君に理解されたく思うし、同時に理解したいと思っているのだよ」 「もう少し直接的な疑問もあるわよ。 それこそバロックナイツを相手するだけならば、オルクス・パラストの方が適任だったのではないかしら?」 美散に代わるようにブリジットが問うた。 沙織の護衛にも意識を置く彼女である。少なくとも『フィクサード』に対しての警戒は根強いと言える。 ティータイムが穏やかなティータイムだけで終わらないのは魔女の重ねる罪故だ。 「やはり穴に何かがあるとしか思えませんわね」 「そうですか?」 しかし、アシュレイの方は動じない。 予め『そういう話題』も想定していたのだろう。回答は澱みなく、鮮やかだ。 「バロックナイツを相手にする『だけ』じゃないからアークが良いのです。 再三のお話になりますけど、私は私の占いを信用していますから。運命を侵す大事は力の多寡のみで決まる訳ではないのですよ」 「どういう意味?」 「人の運命を侵すには人の運命が要る。王の運命を侵すには王の運命が要る。神の運命を侵すには、神の運命が要るのです。 それにほら、もっと単純で納得出来る答えもあるじゃありませんか」 アシュレイは溜息を一つ吐いて続けた。 「他意はありませんよ。ホントですよ。でも、アークの方がずっと操作しやすいでしょう?」 「道理だな。王威とはかくあるべし、間違ってはおらぬ」 大笑して口を挟んだのは刃紅郎である。 「我が名は降魔刃紅郎……百獣百魔を冠する、この世界の王たる存在よ。一つこの名を刻んでおくがいい」 「あらあらまあまあ! 王様なんて、じゃあ刃紅郎様に囲って頂ければお后様になれますね!」 口元に手を当てたアシュレイは何処まで本気か刃紅郎の大仰な名乗りに乗ってみせた。 彼としては『王なる自称』への反応を見てみたかった所であったのだが――アシュレイに特別な反応は見受けられない。 「笑い事では無いぞ。ふむ、しかしまあ危険な程に妖艶な女よな」 刃紅郎は多種多様なる興味を込め、艶めく魔女の姿を眺めて言う。 玉藻の前、ポンパドール夫人、傾国の美女・悪女は事実か知らねど史実にも幾多の爪痕を残してきたものではあるが―― 「そんなもの、御し切れぬ男が悪い。ははは! 実に面白い女よ!」 ――王様には余り関係の無い事である。 「ところで、魔女さん……お昼寝、好き、かしら……?」 「ずっと寝ていていいなら何時までも寝て居たい位ですよ!」 「ふふ……じゃあ、後でいい所に案内してあげる…… ぽかぽかのお日様と、さやさやと吹き抜ける風。 座り午後地のいいソファに、フローリングの上にやわらかいふわふわのラグマット…… ゆらゆらと揺れるハンモック……私の部屋だけど、とっても日当たりがいいのよ……」 「遊びに行ってもいいんですか?」 「勿論……」 一方のアシュレイもマイペースなまま。『シエスタ』を勧めた傍らの那雪と談笑を続けている。 「今日はね、お菓子がいっぱいあるって聞いたからきたの。 ついでにリベリスタの恰好良いお兄ちゃんや綺麗なお姉ちゃんにツバつけようと思ったの。うふうふ」 「! 大事な事ですね、人生に恋は大切ですよ!」 同じくこの場を訪れる者も多種多様という事か。年齢以上に幼く見え、何処となく危うい色気を見せる菜々那にアシュレイはコクコクと頷いた。 「あっ、アシュレイのおばちゃんはナナの趣味じゃないからパスなの」 「お姉さん!」 魔女にも譲れぬ矜持はあるらしい。 「世界に名高きバロックナイツが一柱とまみえる機会があるとは……! と、いう訳でアシュレイさん。突然で済みませんが、この色紙にサインをお願い致します! いえいえ、呪術などには用いません。名誉と命に誓います。 何ならギアスでも何でも掛けて下さって結構です。純粋に有名人のサインが欲しいだけですので!」 「はいはい。お安い御用ですよー」 「家法にしますよ! 何れコンプリートを目指し……あ、ジャックさんはもう居ないんでしたっけ」 これもミーハーと言っていいのだろうか。何故だか瞳を全開で輝かせるユーキのような者も居る。 目的の無い時間は楽しいものだ。 始まりは奇妙だったが、激動続きのアークに訪れた束の間の休息を意味するかのように穏やかである。 「今日もなんか拳の形が攻撃的だね!」 夏栖斗と桃子がマウントポジションでじゃれている。平和だなぁ。 ●三高平の出来事、これから。 「大層な名前使うてるけど、店の作り自体はラーメン屋と変わらん変わらん。んでな、名物は豚まんなんや♪ ちょお、食べてみ!」 「んがんぐ」 「実はうちもココには来たばっかりなんや~。アシュレイはんと一緒について行って他の所見るのもええなぁ」 「いいれふえ! 一緒に回りましょうか!」 自身が居候する『***黒白熊猫飯店***』を紹介したついでに同道を決めたのはさくらである。 街中の見学を願い出たアシュレイに応え、幾らかのポイントを回ってやろうという話だ。 中々世話焼きの多い『お人よし』なリベリスタ達は彼女の願い通り付き合ってやる事を決めたのである。 「希望はコーポ案内のようだけど……つまり、それはうちの活動内容ってとこなんでね。 各場所の案内は俺達『M・G・K』に任せてくれってとこだな」 クラリスの案内に言及したツァインと所属同じくする翔太と、 「M・G・Kは自警団だ。このような市内案内から、迷子猫の捜索まで受け持つこともある。 最近は女性メンバーが増え、女子力とやらが上がったらしい。遊びに来るなら歓迎するぞ」 さり気ないアピールを入れた優希がキョロキョロと忙しなく辺りを見回すアシュレイ(と同道の何名か)を案内している。 「……お前はどうしてマトモな服を着ないのだ? 折角の美人が台無しであろう」 「あはは」 「あはは、ではない。全く……」 奔放な(?)魔女を直視し難い優希はぶっきらぼうに言って大きな溜息を吐いた。 いちいち外人らしく反応の大きなアシュレイは中々連れ回し甲斐があった事もあり、寒空の下に時間を使う意味はあったと言えるだろうか。 「これから『リトル・トイズ』を案内しましょう。平和で安全な場所ですよ」 「面白いお屋敷ですか!」 「……ええ、かなり」 はしゃぐアシュレイに凛子が頷く。 嘘のようなやり取りは、この時間真実を孕む。これまでではなく、これからの為に時間がゆっくりと流れていく。 「まあ、思惑は色々、アークの中でさえ完璧な一枚岩とは言えませんし、それでこそ人だと僕は思ってましてね。 マスターとしての信条はひとつ。訪れてくれたからには、歓待すること」 移動式のカフェ『TomorrowCoffee』を白い息を吐き出した魔女に寄せた朋彦はとびきりの笑顔に片目を瞑ってウィンクを一つ飛ばすのだ。 「ようこそ、ようこそ。メイド喫茶で珈琲が要る時は、ぜひ」 「うむ、オリエンタルなテイストをふんだんに取り入れて異国情緒を味わえる……喫茶店だな。 といっても、そんなに格式張ってはいない、気軽に入れるそんなアジアンカフェなのだ」 三高平の喫茶店と言えばまず第一に名前が挙がる事も多いだろう――『陰ト陽』でアシュレイを出迎えたのは少しの緊張をあどけないその顔に浮かべた『店長』つまり雷音と、 「アシュレイ! ようこそ『拙者達の』店へ!」 拙者達の、に強調を置く……ある意味で健気な強面――虎鐵の二人だった。 『陰ト陽』には多くのリベリスタが、三高平の住人が顔を出す。 「雷音今日はしっかりとアシュレイを接待するでござる!」 「おすすめはブレンド紅茶かな? あとワッフルもおすすめだ……君だとクロテッドクリームとティーシロップ…… うん、好きそうだとおもうのだが」 実に暑苦しい虎鐵を嗜めるように雷音は冷静であった。 無意味に近い距離を引き離しつつ、「拙者もあーんとかして欲しいでござる!」とのたまう虎鐵に困った顔をしながらも…… 結局「仕方ないのだ……」と折れる彼女も、そんな二人のやり取りも名物と言えば名物なのであるが……雷音には少し、不本意かも知れない。 「こっち。あたしの城『遊流癒龍運送社』ぁ」 三高平の物流を助ける『遊流癒龍運送社』は御龍が三高平に移ってきてから興した会社である。 二台の大型トラックが停まっている広い駐車場の奥には倉庫を改装した事務所がある。 「モットーは何でも運ぶぅとぉ安全運転。他と変わってるところはぁウチはデコトラを使うところかねぇ。デコトラって言うのはデコレーショントラックぅ。トラックを派手に飾る日本の文化だよぅ。ウチの自慢さぁあそこに停まってるのがあたしの運転する『龍虎丸』ぅ。んでぇ、隣に停まってる大型ダンプがぁウチの社員の禍津ちゃんの『討魔』ぁ。まぁ今んとここの2台しかないけどぉ商売はぁおかげさまで繁盛してるよぅ」 「うーん、かっこいいですねぇ。大きいという事は唯それだけで何処となくロマンを刺激されるものです」 しみじみと言うアシュレイの胸元に視線をずらし、御龍は「全くだねぇ」と頷いた。 「……割と風光明媚でしょう?」 うさぎが案内した『獣塚』はその名の通り『動物の埋葬場』である。 観光する場所でもましてやくつろぐ場所でもないのかも知れないが――アシュレイの反応は存外に芳しいものだった。 「私は魔女ですからねぇ。こういう場所も馴染むんですよ!」 「創設者に曰くフラっと着たくなる所が理想だそうです。 来れば、ここに眠っている存在の事も思い出す。 死んでも別れても、忘れられなければ消えないのだから、と。此処は、忘れさせない為にある場所なのだと――」 辺りを見回す彼女を少し遠く見つめてうさぎはそんな風に言葉を並べた。 ――でも。何も知らない、分かり合えてないままでは、覚えていても意味が薄い。 伝えなかった言葉はうさぎにとって理屈を超えた感情論であった。 目の前ではしゃぐ魔女が『そのまま、その通りの存在』であるとはうさぎも思っては居ない。 うさぎは魔女を猜疑し、警戒し、打算を働かせ、下心を持ち、恐怖している。しかし、それでもそれを承知の上でも。 「友達になれるのなら……それは嬉しいです」 「?」 響いたうさぎの声にアシュレイは首を傾げる。不思議そうに傾げていた。 「なりましょうよ、オトモダチに」 「うむ。『ダメ人間の集い』だ。聞くからにダメだが楽しいぞ? 楽だぞ?」 誘惑とはまさにこの事である。 ユーヌの案内した場所、コーポレーション、その一室はまさに三千世界に幅を利かす甘美なる誘惑達が潜む伏魔殿そのものであった。 冷蔵庫に飲食物完備、冬は炬燵も付いて無敵仕様。 やる気? なにそれ美味しいの? 何処までも分かり易いその趣旨は、 「今ならおでんも良い感じに味が染みて、ゆっくりするのに丁度良いからな」 眠気な目でそんな風に言うユーヌの言葉を待つまでもない。 「お、おぉ……」 と。まさに現代日本にあな遠き理想郷を見つけたかのようなアシュレイの顔を見れば分かる事である。 「さあ、炬燵に入るがいい。出れなくなっても知れないが」 「これは、罠。間違いなく、罠っ……!」 そう言う魔女、既に嵌っている、首まで――! 「こっち、こっち。そうそう、学園のキャンパスなんだけどな。ま、一応サークルみたいなもんだしよ」 アシュレイを三高平キャンパスに案内したのはフツの用意した人形――観光ガイド役の式神だった。 三高平学園のキャンパスに存在する『三高平大学オカルト研究会』は部長の強烈な造詣も手伝って中々熱烈なサークルになっている。 「これ……呪いの人形。髪が伸びるらしい……」 デフォルメされたイヴの人形は意外と誠実に本人に似た調子で何やら奇妙な謂れのある人形等を解説したり……ある意味で本物を知るリベリスタが、本物そのものである魔女にオカルトを教授するというのはシュールな光景ではあるのだが。 「ま、大抵駄弁ってる感じだけどな。気が向いたら顔出してくれよ、魔女の話なんて皆興味があるからよ!」 何時でもとっても爽やかなフツさんである。 「うむ。こちらが我等が『怪人の集い』になりますな」 九十九が案内したのは彼自身が日頃から運営するカレー屋台……その名も名乗った通りの『怪人の集い』であった。 客……の大半はまさにその名が示す通り。怪しい人と書いて怪人なのだからむべなるかな、子供が暗がりで見たら泣き出しそうなラインナップには違いないが、当のアシュレイはころころと笑って楽しそうにしている。 「まあ、普通のカレー屋台なんですけどな。 うちの店ではチキンカレーに好きな物を乗せて食べてることが可能になっております。 ソーセージとかチーズとかハンバーグとかまあ色々ですな。 カレー以外にも、ラッシーやデザートのプリンもありますぞ」 「ほうほう」 確かにスパイシーな香りは食欲を誘う。味自体は十分評価出来る店ではあるのだ…… 「まあ、暇な時にでも食べに来て下さいな。歓迎しますから。 うちのお客様は見た目は多少個性的かもしれませんが、気の良い方ばかりですからな。 きっと気に入って頂けると思いますぞ。勿論、今すぐ食べて行かれることも可能ですぞ。用意しますか?」 甘いモノは別腹、甘いモノ『とも』別腹なのか。アシュレイは破顔して一も二も無く頷いた。 「通称『自堕落喫茶』。本当の名前はあるにはあるけど、営業努力しない所も含めてそんな感じ」 レナーテが案内した『自堕落喫茶』は彼女が店主代行を勤める『ごくごく普通の喫茶店』だった。 自分自身を特別と思わない、特別としないレナーテの飾り気の無さを良く表すその場所は、彼女自身が落ち着ける一種の『聖域』であった。 「御覧の通りの静かな場所なので、ゆったりしたい時とかに使ってもらえればいいんじゃないかなと思うわ……じっくりお話したいしね」 そんな場所に『嫌い』な魔女を案内した彼女は小さな嘆息と共にゆっくりと言葉を吐き出した。 「気を許したわけではないけどね。 でも貴女の行動にどんな意図や想いがあるのかを知らずに敵視するのも何だか違う気がして…… まあそういうわけだから、また暇があったらお喋りしましょ」 「喜んで!」 魔女は本当に嬉しそうにそう言った。 それが『彼女の本当』かどうかはレナーテには判断がつかなかったけれど―― 「はじめまして、アシュレイさん。 私はラインハルト。ラインハルト・フォン。クリストフであります」 フィクサードが世界を侵す者ならば、リベリスタは世界を守る者である。 それは基本中の基本なのだが、リベリスタの中でも、アークの中でも、三高平の中でも格別に『正義』への使命感を燃やすのがこのラインハルト率いる『境界最終防衛機構-Borderline-』の面々である。 「普段は警備員の真似事もしているのでありますよ。 メイド喫茶、でありましたか。接客業を営まれると言う事で……私も紅茶の淹れ方には一家言ある身なのであります。 アシュレイさんさえ宜しければ、是非に一杯ご馳走させて頂きたく」 ラインハルトの抱く正義は何時でも澄み切っている。 幾ら元は敵だとは言えど。友情を欲し、互いに分かり合おうと呼びかける者には既に蟠りが無いのか。 少し面食らうアシュレイに実に友好的に接していた。 「あの、じゃあ……お願い出来ますか?」 「はい! 勿論!」 ラインハルトは笑顔のまま、アシュレイに右手を差し出した。 アシュレイは同じように表情を緩め、手袋の無い右手で握手に応える。 「ようこそ、三高平へ。ようこそ、私達の街へ。ようこそ、境界線の此方側へ。私は貴女を心から歓迎するものであります! お困りの際は何時でも御申し出下さい。この世界を生きる貴女に祝福あれ!」 (もし敵なら、まず真っ先に腹の探り合いをしなきゃいけない相手だけど…… こうして隣人になったんだ。そんなことは必要に迫られた時だけでいい。まずは、よき友人であろうとしよう) ウルザがアシュレイを『Dom Nochi』に案内したのはそんな思いもあっての事だった。 国も信仰も、家族も全て捨てた者の、最後の居場所。 時の流れすら捨て去った者が、ひと時、まどろむ白壁の邸宅。 或いはこの場所は、魔女にも相応しい場所なのかも知れなかったが。 「君の友人にも会いたいものだなぁ。面白い人が多そうだ。 協定ではそういう人々の連れ込みを禁じていない。連れてきてもいいんじゃないかね」 何処まで本気か淳が言う。 この男、中々どうして肝が据わっており、アシュレイをして『とびきりいい女』、『ジャックも本望だったろう』と言える豪胆さである。 「私は君の頼みを個人的に聞いてもいいと思っている。何かあれば、是非話を聞かせて貰いたいね――」 アシュレイの思惑も、リベリスタの思惑も色々という事か―― ――特撮番組に興味あるなら三高平アクションクラブを案内するよ―― 疾風の提案はある意味でアシュレイが一番『食いついた』言葉の一つだった。 日本のサブカルチャーに並々ならぬ興味を示す彼女は外国人オタクの例に漏れず日本のスーツアクションに絶大なリスペクトを持っていたからだった。 「まだ怪人役のスークアクターを演じるのが自分は多いかなあ」 「成る程! 出世して、ヒーローに変わる訳ですね! でも普段はリアルヒーローですね!」 「あはは」 『三高平アクションクラブ』内を案内するのは疾風である。 彼は――というより彼を含めた何名かは――この魔女を『歓迎』するのにちょっとした一計を案じていた。 「見つけたよ、仮面サイガー! 今日こそ決着をつけてやる!」 「何か来ましたよ!?」 仰々しい台詞と共に飛び出してきた『怪傑ワイルドキャット』こと石 瑛にアシュレイのテンションが駄々上がる。 「……くっ!」 即座にスイッチを入れ替えて表情をヒーローモードに切り替えた疾風を挟み撃ちするように、 「何故お前を狙うかだと? 答える必要はない」 長槍を見事に扱うメタリックドラゴン(但し下は履いていない)蒼龍――『龍神ソーリュウ』が現れる。 俄かに始まったヒーローショー。確かに彼等の活動を一度に説明するには理の叶ったやり方であった。 「こちらが、当市の図書館となります。どうぞお暇な時でもゆるりと御寛ぎを。それと――」 イスカリオテ・ディ・カリオストロは夕日の差し込む図書館の一角で言った。 豊かなバリトンのトーンを僅かに落とし、少しだけ茶目っ気を感じさせるそんな調子で。 「――宜しければ、地下の禁帯出書庫にもお招きさせて頂きますが?」 図書館の秘奥には彼の工房がある。 「さて、ここが我等が『工房』。ようこそ塔の魔女。神秘探求同盟へ」 『神秘探求同盟』と名付けられたその場所は大アルカナの数より1を引いた『探求者』達により成り立つ魔人の集いである。 「くすくす! 流石、神父サマだわ! 随分な美人をエスコートしてきたのね!」 分厚い革の本をパタンと閉じたイーゼリットが戻ってきたイスカリオテと客人にからかうような視線を送る。 「神秘探求同盟、月のイーゼリットよ。よろしくね、魔女サマ。くすくす!」 「まるで、バロックナイツみたい――ですね」 アシュレイの感想は素直なものだった。 何処と無く懐かしい居心地を彼女が感じた理由はそれと同じなのだろうか。 「実に光栄」 イーゼリットにお茶の支度を命じたイスカリオテは悠然と笑む。 『若く勉強熱心な』彼の性質は何処までも貪欲な蛇のようである。 魔女の危険性を知りながら――否、知るからこそ。誰よりも興味を示し、黒扉の奥へと誘ったのだから。 「我々は知の探究者。代価さえお支払い頂けるなら如何様なりと」 蛇。 「魔女殿に助力させて頂けるかと思いますよ」 蛇。 「勿論、“友人”として」 蛇。 「以後ともどうぞ、お見知り置きを――」 蛇の言葉は毒を含む。 「塔の魔女」 「……?」 「この街で、望みの『何か』は見つかりそうですか?」 その問い掛けは戯れで、その問い掛けは無為だった。 アシュレイは宙に視線を浮かべ、少しだけ逡巡した後、にっこりと笑ってイスカリオテへと向き直った。 「勿論。三高平は、アークは、皆さんは私にとって、とても大事なものになるでしょう――」 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|