●年末商戦とも云う。 「実に突然だが、今日はお前達にいい話を持ってきた」 その日、そんな風に言葉を切り出した『戦略司令室長』時村沙織 (nBNE000500)の提案は全く本人の言う通り、滅法唐突なモノだった。 「十二月って言えば何だ?」 「十二月……」 やぶからぼうに問う沙織にリベリスタは首を捻った。 一口に十二月と言っても色々。師走年の瀬、大掃除、言わずと知れたクリスマスに大晦日。一年も総決算を迎えれば帳尻を合わせる為に立て込むのは世の常である。 「まぁ、今回用があるのはクリスマスだ。 より厳密に言うならば用があるのはアークじゃなくてうちの会社……なんだけどな」 「分かるように話せよ」 沙織らしい喋りに溜息を吐いたリベリスタは自力での理解を諦め彼の言葉を促した。 全く会話というものは言葉と言葉のキャッチボールである。時村沙織がキャッチボールで高速スライダーを投げたがる大人気ない大人である事は嫌と言う程知っているのだが。 「うちの系列企業(グループ)に時村観光って会社がある。 連中が大々的にテーマパークを建設しているのは知ってるヤツは知ってると思うが……」 「何かのニュースで見たような見ないような。不況知らないな、お宅は」 「うちが沈没したら日本が沈むよ」 「……冗談に聞こえねぇ冗談は辞めろ」 「客観的事実だと思うがね。……ま、それは兎も角。 時村観光の手掛けた大規模テーマパークはこのクリスマスに合わせて――年末商戦に合わせて一般開放される予定なんだ。今はもう大詰め、色々の最終調整中。 オープン直後は文字通り芋で芋を洗う殺人的混雑が見込まれるが……」 「……見込まれるが?」 この期に及べばリベリスタも沙織の言いたい事が読めてきた。 「思ってる通りだよ。正式オープン前なら、人混みは無い。 俺は親会社の社長の息子、そんで専務取締役。謂わばオーナーの一人だ。 目の前の心優しい室長の手にはプレオープン用の招待券。 アトラクションも設備も同じように使えるよ。何て言ったって従業員の業務訓練を含めて……正式前のリハーサルを兼ねてるからね」 「遊ばせてくれんの?」 「うん、貸し切りよ。アーク福利厚生、冬版第一弾ね。 友達と誘い合わせてもいいし、彼女に点数稼ぎしてもいいと思うよ。 相手が居ない女の子は何なら俺がエスコートするし」 「お前のエスコートは兎も角。珍しい。本当にいい話でやんの」 何せテレビや雑誌でも何度も取り上げられている大遊園地である。凝りに凝ったその造りはまさに隅から隅へ到るまで拘り尽くされ、夢の国を形成していると聞く。 「さて、どうするかな……」 呟き宙に視線を投げたリベリスタに沙織は軽く笑って言った。 「――気が向いたら遊びに来なよ。時村ランド(仮)へようこそ! だ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月17日(土)22:13 |
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●ドリンランドへようこそ! 師走も半ばを過ぎればいよいよ来たる新年の匂いも強くなり、忙しなさも増すものである。 外を吹く風も寒く、冷え切った身も心もある種の『温もり』を求めたくなる季節には違いあるまい。 そんな十二月のある日の出来事である。 「わーい、オイラこんなでっかい遊園地はじめて!」 「これで今年のクリスマスもリア充ですよ~」 「いえー、アークばんざーい。 毎回言っているような気もするけど……やっぱりばんざーい!」 快哉の声を上げたのはモヨタ、あすかにウェスティアだった。 実に百二十名以上を数えたリベリスタ達の目の前には『閑散とした』遊園地が待ち構えていた。 「創作欲や発想力を刺激するアトラクションがいっぱいで迷いますねー。 もちろん全部体験して帰りたいんですけど、ホラー映画好きとしては『お化け屋敷』は外せませんね! 色々参考にしたいです」 広大な敷地内にはあすかでなくても目移りする位の多くのアトラクションやスペースが用意されているという。 『閑散』と『遊園地』という単語が結び付けばある種のネガティヴ・イメージが強くなるものでもあるが……無論、今日の場合は話は違った。 「全く時村財閥は金もってんなあ。血族誰でもいいから誰か嫁にしてくんねえかな。一生遊んで暮らせそうだぜっと」 まさか本気ではあるまいが――半ば呆れたような溜息を吐き出した美峰がしみじみと呟いた。 「スカイラウンジで高い酒ってのにも惹かれるんだが……柄じゃねえしなあ。私は量考えりゃフードコーナー巡りかね?」 「いいアイデアだな」 誰に言うともなく言った美峰に答える声があった。 「基本は美味いものを食べる、だ。ちなみに好物は、親子丼とカレー、それに寿司だな」 「こういうところのはウマイけど大抵高っけぇからな……そりゃもう食いまくるしかねえだろー!」 零児と同じく『ぼっち』で参加した燕が合わせるように気勢を上げた。 「あるといいねぇ、色々と」 何処かのんびりとした彼等の言葉に美峰は笑った。 一口に遊園地といっても色々な目的があり――あって然るべきものである。勿論彼女自身も含めての話。 「ココが噂の時村さんの時村さんによる時村さんの為の時村ランド(仮)ですね。(仮)ですね」 何故か『噂の時村さん』を観察する事に決めた香夏子は相変わらず良く分からないマイペースをそのままに大事な事は二回ばかり繰り返した。 『時村観光』が開発した一大テーマパークは始動の時を待っている段階だ。毎度毎度の話ながら何時もの気まぐれで唐突に話を持ち出した『噂の』時村沙織(ほんしゃせんむとりしまりやく)の提案を受け――リベリスタ達は今日ここを訪れる事になったのである。 「なぁ、イヴ。良かったら一緒に『メルヘンワールド』行ってみないか?」 「……ん」 「やったー!」 「走ると、転ぶよ」 はしゃぐモヨタに頷くイヴ。『おねえさん』らしい所を見せる姿は微笑ましい。 「お、いいな! 実は俺達もメインは『メルヘンワールド』にしようと思ってるんだ」 「ドリンがいっぱいなんだって。楽しみ!」 相変わらず仲睦まじいフツとあひるのカップルがぴったりと腕を組んで身体を寄せ合っている。 「今日は皆イチャイチャしてるから、オレ達も遠慮なくくっつこうぜ。いや、いつものことか、ウヒヒ」 「……くわ!」 確かにお熱いお二人のみならず師走も半ば過ぎ下旬に差しかかった――そんな遊園地の空気は実に浮き足立っている。 「ここが『あの』遊園地か」 テレビや雑誌を眺めていれば今冬オープンのこの場所が話題になっているのは知っていた。 「何度も見かけて実は結構興味あったんだよね」 疾風は見上げる程に大きな――薄青の空にかかるアトラクションの数々を眺めてほうと溜息を吐く。 当然と言うべきか彼がエスコートする相手は決まっている。ずっと前から決まっている。 ひんやりとした外気に繋ぐ手の指先が伝える温かさが心地良い。「ね?」と彼が振り返るその先には―― 「遊園地、楽しみですねぇ」 ――白い頬を赤く染め、恥ずかしそうに……しかし、蕩けるチョコレートのように甘ったるく。応える最愛の恋人、愛華の姿がある。 「きっと今日は楽しいですよぉ。とっても素敵な場所だし……」 彼女がちらりと視線を向けるのは世界一と銘打たれた見事な観覧車である。 あの空の上から見下ろすこの世界はどんな顔をしているのだろうか? 幸福な休日は誰にも高揚感を与えるものである。 「去年のクリスマスの無念はこの御厨九兵衛、僅かたりとも忘れてはおらん……! 今年はあらゆるもの(詳細不明)の力を借りて体調万全じゃー! 天はワシを見放しとらーん!」 ……最優先で行くべきはプールじゃ、おなごのみずぎじゃうっはっは、なこの九兵衛(じーさん)は置いといて。 「こういう時は……本当にリベリスタやってて良かったって思うよね」 こういう時『は』なのは御愛嬌。 「お言葉に甘えて適当に遊ばせて貰おうかな。たまには息抜きも必要だよね。一週間に六日位は」 週休六日制『も』後愛嬌。 七の言う通りこの状況子供にカップルならずともテンションの上がる役得には違いあるまい。 「時村室長、此の度は『ワンダータイム静岡』の無事の御開園おめでとうございます。一足、気は早いかも知れませんが――」 全く所作、物腰、見るからには――第一次大戦の産物かというような正統派お嬢様なのである。 日頃よりギャグ担当だの残念だの外さないだのメイドのオマケだの低空を飛ぶ複葉機に向く苛烈な対空十字砲火の如く心無い言葉を浴びせ掛けられる事も決して少なくない彩花だが、そこはそれ名家の生まれ、令嬢、事業の一責任者として丁寧な挨拶をしている。 「贈り物……というのもおかしいですが、プレオープン記念に花輪を用意させて頂きました」 恐らくは長い黒髪の美少女に構って貰った事それそのものが喜ばしいのだろう。 「ありがと。この後暇?」 ……等と息を吐くように軽薄な応対をする沙織に彩花のお供となったモニカが言葉を添える。 「時村室長、ぶっちゃけ誰でもいいんですね。 こちら、芸能人とかが送りつけてるアレです。平日昼の長寿番組でもよく置いてますね。 派手はいいんですがぶっちゃけ処分に困りそうですよねコレ」 背格好の露骨に小さなモニカが背負うように花輪を装備している様は中々シュールなものである。 ――時村ランド(笑)様へ 祝開園 大御堂重機械工業株式会社三高平支店より 「モニカッ!」 明らかに意図的に加えられた(笑)の一文字にお嬢様が面白い声を上げた。 「……で、どう?」 「生憎と。ご遠慮しておきますわ」 お笑い担当(笑)から丁寧律儀に軌道修正してくれる何気に親切な沙織ちゃんにふ、と微笑んだ彩花は『誘われ慣れた高嶺の花』の笑みで言う。 「それと一つお節介を。よりどりみどりの花火遊びも結構ですが、後始末を怠ると大火事の元ですわよ?」 日頃のあれこれはさて置いて。全く風の撫でた長い黒髪を僅かにかき上げた少女の様は流麗である。 「三分しかもたないと思いますけどね」と余計な一言をフランス料理のソース、つまり必須に添えるモニカの一言は聞かない振りをして。 「ちなみに、わたくしの事でしたらご心配なく。そう簡単には燃えませんので」 「不思議なもんでね。そう言われた方が俺は燃やしたくなったりする」 沙織がロリコンであるとか、たっぷり一回り以上年下のお嬢様がお笑い担当であるとか、傍らのメイド(こぶ)が指差してプギャーしてるとか。 あれこれ一切合財を無視すれば、美男美女の何ともお洒落なやり取りである。 「はー、遊園地か友達や恋人と来たかったぜ……」 しみじみと呟いた守夜が渡りに船と見かけた知り合いの一団に声を掛けた。 「良かったら一緒に遊びませんか?」 「グループ交際というヤツですね!」 「あら、いいわね。青春だわあ」 人生とはうまくいかないから人生なのだ。 彩花に向けられた言葉に応えたのは何故か桃子とティアリアだった。 (そう簡単に二人きりになれるとは思っちゃいないさ。 焦るな。機を待つんだ。耐えろ。耐えるんだ。チャンスはいつか来る。きっと来る――) 内心でぶつぶつぶつぶつ自分に言い聞かせるセリオを平気な顔で従えた彼女はその大きな瞳を輝かせ鼻白んだ守夜を眺めている。 「タイムリーですね。お嬢様と一緒に遊園地()とか何てショボい休日だろうと嘆いておりました」 「どっちの台詞よ!?」 抗議めいた彩花の声は兎も角、このモニカ割と桃子が好きなようである。 「ドリンドライバーから降りてきた人の酷い顔を見て笑ったり、お化け屋敷から出てきた人たちに追い討ちかけたり、VTSで勝利の余韻に浸っている人をルール無用で強襲したり、etcetc。デートしているカップルを冷やかし……はつまらなそうね。やめましょう。 何れにせよ、ふふ。考えるだけで楽しそうね?」 ティアリアの悪戯っぽい笑みは時に傍若無人な桃子にさえ向けられる。 「……本当は、梅子と一緒に来たかった?」 「姉さんはいいんですよ」 桃子もさるもの、軽く流す。 「お風呂で洗いっこしたり、一緒のベッドで眠ったり。姉さんと私の愛の日々は特別なイベント一つでどうこうではないのです」 「ぶっ!」 ……嗚呼、セリオが一メートル位鼻血を噴いてる。 喧騒は華やぎ、談笑は場所に少しずつ熱を入れていた。 オープン前の遊園地はまさにベールを剥がされる前の夢の形そのものである。 やがて近い内に何万、何十万という人々に『幻想』を振りまくその場所はそれでもいっそ奇妙にも思える程に静かなままだった。 「遊園地、ってのが意外と好きでね。オレは」 少し似合わない、と言えば失礼になるのかも知れないが――飄々としたままウィリアムが軽く笑った。 誰に言うともなしといった風に呟いた彼は『何をするでもなく』のんびりする為にここへ来た。 (オレが遊園地に来る理由。それは其処に居る人間達が『幸せ』ってのを感じるから。オレはソイツを眺めてるのが大好きでね――) 紫煙を冷たい空気の中に燻らせた彼の視線の先には、成る程。 (スケートは初めてだし、この前の事はまだ……だけど、幸成が教えてくれるって言うし、遊園地なんて初めてだし……) 所在なさげに居心地悪そうに視線を前と傍らの幸成に行ったり来たりさせている杏樹、 「杏樹殿はスケートは不慣れとの事。でも大丈夫。転んでもそんなに痛くないで御座るし、エスコートは任せるで御座るよ」 胸を張り如何にもこのチャンスに頼り甲斐のある所を見せよう――とする朴念仁が一人。 転ぶ転ばない以前に少女が小さな胸に抱える何某かのもやもやを察してやる程にこのグラサン、人間が出来ては居ないのだ。 「此度の件、何れ建設する、サファリパークと遊園地を合体させた野生溢れるまったく新しいアミューズメント施設! 『降魔キングダムパーク(仮)』の為の研究、視察なのだ。中村、ついて参れ。否、遊園地の達人と見込んで――案内役を頼んだぞ」 「は、はいッ! 必ずや、わ……わかりました、お任せをっ!」 刃紅郎と夢乃の組み合わせは少し意外な感がある。 「我はそうだな、まずは『お化け屋敷』とやらから所望しようか。ふ、紛いモノ等我が塵芥のように吹き飛ばしてくれる」 「ひ、ヒィ……お化け!」 カップルかどうかは置いておいて楽しそうなので放っておく。 「ちなみに僕はらぶこめが好きでな?さらに言うなら、らぶ四割、こめ六割くらいのが良いのだが。 どうもこの手のイベントは、らぶばっかりで、こめでぃが無いと思うのだよ。もっと僕好みの展開は無いモノかって話だよ。 桃子お嬢さんのくろいぢんみゃくとけんりょくで、何とかならないモノかね?」 「誰が黒だ、誰が」 りりすの小さな頭を桃子さんのホーリーメイガス的アイアンクローが黒の万力の如く締め上げる。 「じゃあ、そろそろ開園と行くか?」 色々諦めて頭を振った沙織のその言葉を待っていた人間は決して少なくは無かった。 何せたっぷり一日の貸切はクリスマスを前に距離を縮めたい恋人達にも、気の置けない仲間と過ごす人々にとっても、新たな出会いを求めて参加した誰かにとっても。それなりに特別な時間になる事は約束されているのだから。 「さおりん、さおりん。一緒にお化け屋敷に入るです」 「得意じゃねぇんだけどな――」 「さおりんが怖くてもあたしが守ってあげるのです。くっついてたら怖くないのですよ?」 瞳をきらきらと輝かせて沙織の袖をくいくいと引っ張るそあらはまるで小型犬が主人の周りをくるくると回っているかのようである。 「うむ、こんな時に何だと言うかも知れませんが、こんな時だからこそ要人の警護は重要です」 「同感ね。室長は余り頓着しないから……」 じゃれる子犬を笑ってあしらう沙織を見てアラストールに恵梨香が頷く。 そして、もう一人…… 「……」 その光景をじっと見つめているのは冷然とした――例えば上等のビスクドールのような美貌を全く崩さない氷璃だった。 「名は体を表す為の重要な要素……夢の国にはそれ相応の名が必要だわ」 夢の国が仮名のままでは忍びない。いや、正式名称は別にあるのだが―― 「そう、例えば――『そあらんど(´・ω・`)』」 「そあらんどじゃないのです。そんなものはないのです」 「いいね、それ。ソアランド。ソ・ソ・ソアランド」 (´・ω;`)←この時のそあらさんの顔 最愛の人は一も二も無く裏切った。委細迷わず裏切った。嗚呼、これも全く何時もの事―― ●驚天墜落ハイパードリン ハイパードリンドライバー。 その名を聞き及ぶ人間は決して少なく無かった。 娯楽に飢え、同時に何だかんだで世界的に見ても金があり、且つ技術と探究心に余念が無い日本という国は、これまでに作り出してきた輝かしいスーパー・コースターの歴史に赫々と――新たな金字塔を打ち立てたのである。 「あ、すいません。お客様、身長制限アウトです」 「ちょ……私駄目っすか!? ぼっちで来たのに――マジでどうしても駄目っすかッ!?」 「駄目です」 未璃亜が無情な宣告を受け、 「……何故身長制限はともかく年齢制限もあるのよ。沙織ちゃんの陰謀ね。ちょっと責任者を呼んできなさい。や、やっぱり沙織ちゃんを」 エレオノーラが訥々と係員を苛めている一方でこの絶叫マシンに挑む勇者達は戦慄と唾を一緒にごくりと飲み込んでいた。 「あー、身長制限か。皆大丈夫か?」 アウラールの言葉に一緒に並んでいたルアが薔薇色の頬をぷっくりと膨らます。 「だ、大丈夫だもんっ! 140センチは越えてるもんっ」 ぽかぽか痛くもないパンチを「はっはっは。そうか大丈夫か良かったな」と頭を撫でて受け流す余裕のアウラールは引率の先生めいている。 「それにしても、近代日本の遊園地は狂気の産物だと母様に伺ってはいたのでありますが」 彼等――一際目を引く集団は『境界最終防衛機構-Borderline-』の面々である。 「これは……凄いでありますね、正に娯楽の万華鏡であります」 平素よりドが付く位に大真面目なラインハルトは遊びに来た今日も真面目だった。神妙な顔でしみじみ述べる。 「絶叫マシン!? なんだかすごい乗り物だな、高速……? む、なんだ、身長制限だと!? 大丈夫に決まっている! こんなもの余裕だっ!」 人間は後ろめたい、不安な時程饒舌になるものらしい。 「確かに俺は遊園地に来るのは初めてだ。 田舎に住んでいたし、日本にきてからはほとんどアークで過ごしたから。 テレビでは見たことがあった、たくさんの乗り物、かわいい着ぐるみ、おいしそうな食べ物、きらきらしたパレード。 自分がこんなものに……踊らされ等……しないぞ! いや、断じてしていない! このポップコーンは、ル、ルアが、だな…この風船は勝手につけられたんだ! 俺がほしかったわけじゃない!」 レンの主張がほぼ自白に等しいのは微笑ましい所である。 「身長! 足りるです! わたし! もう中学三年生の、おねーさんなのです! しかも! じゃじゃん! ゆーしゃなのです! だから! やっぱりこわくないのです!」 「おお、私はジェットコースター初体験であります。流石に頼もしい。勇猛でありますな」 微妙にテンションがアレでソレでおかしくなったレンやイーリスといった仲間達にラインハルトが感心している。 「いーやっはー! アークは素晴らしいな! あれも愉快だったぞ! 次はこれか!」 そのイーリスの駄目な血縁である所のイセリアはパンフレットを片手にジャンクフードを片手に大笑してこの場にやって来た。 「フフン、たかがジェットコースターくらい、歴戦のリベリスタたるアタシにかかれば……」 「普段から空飛んでるから高い所は別に怖くないしね。天才と煙は高い所が好きって言葉もあるくらいだし!」 イーシェとウェスティアは何処まで本当か余裕の風を吹かせていた。 「ジェットコースターは何度か乗った事がありますが、こんなに大きいのは初めてです」 しみじみと言うレイチェルは来る最大級の衝撃に猫耳をぴくぴくと動かしていた。 うずうずするのだ。ドキドキするのだ。少しの恐怖感と何とも言えない期待感。まさにそれは興奮だ。 まさに神話級とも呼ぶべき驚天動地のその威容は世界最大・最強を謳うに確かに相応しいようにも感じられた。 コースターに次々と人が乗り込んでいく。流石に貸切だ。待ち時間は殆ど無く集まった何十人かが乗るのも殆ど時間的な問題は無い。 「……すいません、手を握ってもらってもいいですか?」 「ああ!」 上目遣いでそんな風に言ったレイチェルの可愛気に牙緑が任せろと胸を張る。 「この登ってく時の緊張感がいいんだ。落下のときって何でいつもケツがむずむずするんだろーな」 目を細めた牙緑が呟く。 「おー、随分見晴らしがいいな。街が一望出来る!」 今は未だ嬉しそうな牙緑である。 「ジェットコースター、遊園地の定番だよな。俺は一応経験あるけど」 小首を傾げたリセリアを安心させようとするかのように猛がにっと笑顔を見せた。 「一緒に……隣にですね、乗ります。 遊園地とか、ジェットコースターとか、どれも初めてなので、楽しみです――」 何時もと変わらない穏やかな調子でリセリアは誘う猛に応えてその隣へと腰を下ろした。 彼女の『楽しみ』が何時までもつのかは――兎も角として。 「あら、カメラを向けているわね。プレオープン中にパンフの写真とかを撮っているのかしら?」 「恐怖に引き攣る凡人共の顔が宣伝材料に必要なんですよ」 「すべてがドリンになる、なんてコピーなのだからそれらしい表情が必要よね」 コースターの安全装置を指先でちょいちょいと弄りながらエナーシアが呟いた。 こういう所では『そういう顔』をするべきである――そう考えた彼女は当人曰く『デート』の相手である桃子の横顔をそっと確認する。 (桃子さんは……睥睨しているのです><。) 何に期待を寄せてか爛々と目を輝かせる桃子は既に声を掛けられる雰囲気では無い。 ドリンな顔を自分で考えて何とかしようとエナーシアは覚悟を決める。その後ろの座席では、 (これも試練、愛の試練、そう俺は孤高のチャレンジャー!) 桃子の長い金髪にじっと視線を注ぎ恐怖を堪えるセリオは無意識の内に何事か念仏のようなモノを唱えている。 「随分高くまで上がってしまいましたね」 柄にも無く……とは当人の談。少しはしゃいで華やいだ調子でカルナが言う。 これに『付き合わされた』のは彼女と共に時村ランドを訪れた悠里である。 (うん、ぶっちゃけすげえ怖いです……) 男の子とは退くに退けぬ時がある、そんな動物なのである。 日々厳しい戦いに身を置き――先だっては命の危機すら乗り越えたばかりのカルナなのだ。 彼女が望むなら、望むなら神話の墜落さえ何するものぞ。 「いやー、高いなー! あははは!」 顔を真っ青にしながらも空元気で高く笑い、悠里は傍らの少女の顔を覗き込んだ。 「……カルナは高いの平気?」 「はい。落下は経験が無いので、少々怖くはありますが楽しそうですね」 流石、空に親しむフライエンジェの回答である。 既に――否、最初から逃げ場は無く。楽しそうなカルナの様子に何を言える筈も無く悠里は腹を括って尚笑う。 「あはははは! いいね、最高だね。ほら、もうこんなに高いよ! 落ちたら死ぬかも!」 「……? ああ、嬉しそうで良かったです。楽しみですね、悠里」 殺し文句に乾いた笑いが響き渡る。 「だ、大丈夫でしょうか……」 「僕が居ますから。大丈夫ですよ」 手を繋ぐ凛麗とカイ。 「絶叫系好きですねー?」 「リベリスタの能力とは違ったものだし、思いっきり叫ぶと楽しいからね♪」 何時もと同じようにのんびりした調子で言う桐に声を弾ませた光が応えた。 彼が彼女が皆がどれ程の身のこなしを持っていようとも、どれ程超常識の世界にいようとも。怖いものは怖いし、面白いものは面白い。 天から地上へ物凄い勢いで落下するというスクリュードライバーはやはり期待の的であった。 「お、天辺まで来たな!」 光の言葉通りである。紆余曲折と悲喜こもごもも最高潮。 ガタガタと低い音を立てながらゆっくりと最高地点までリベリスタ達を運んだコースターはやがてぴたりとその動きを止める。 その一瞬の猶予はこれから始まる驚天動地の時間を――その覚悟を彼等に強いるに十分だった。 ほんの一瞬の浮遊感、そして―― 「――――っ!」 「ぴゃああぁああ――――!?」←面白い声です 「ほぎゃああああああああ!」←瀕死 「わ、わ、あは、あははははは、きゃ―――っ♪」←大喜び 「きゃっほー! ぐるぐるです! てんまでとどけ! おーばーざふじやま!」←バカ 「ぅぁぁぁぁあああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」←死にそうなバカ 「い、いいい!? ま、まて、話が違う! ええい! たばかったな!? 高い! 早い! 死ぬ! まあ、まて! 落ち着け! うわああああああああ!?」←オマエが落ち着け 「おおお、落ちる落ちる落ちる。楽し……たの……た……(´・ω;`)(´・ω;`)(´・ω;`)」←どりーん 「目標は七時方向、スキャン開始って四時に移動、二時……九時……ツイスト始まってるのです><。」←冷静 「えなちゃんかわいいよえなちゃん」←場違い 「ギャー! 神様、桃子嬢、梅子嬢!」←それに祈っても…… 「ぎゃ――――! うあぁぁぁ――――!」←王道 「きゃあ、きゃあ、きゃああああああ!」←遂に決壊した人 ――その後は、当然色々酷かった。 ●幻想世界メルヘンドリン ワンダータイム静岡は夢の国である。 異世界を意識して造られたこのテーマパークには一般の誰も知る事の無い或る事実が潜んでいる。 そう、園内の象徴的マスコットとして採用された(´・ω・`)――ドリンはかつて異世界からやって来たアザーバイドなのである。 それはそれとして、実に可愛らしいドリンは中々の好評を博していた。 つまり、何だ。そう。要するに。 ――彩歌・D・ヴェイルは現在の所専業リベリスタである。 アークでの仕事や組に出入りしていたりするけど。 情勢は予断を許さないもののアーク発足より一年が過ぎ、色々と安定してきたので、何故か。 そう、(´・ω・`) の中にいる ゆらゆらと奇妙に揺れながら園内を練り歩くドリンのバイトは中々に気力と体力が要求される。 今日の客はリベリスタばかりだが、夢を与える為の遊園地である。決して着ぐるみに中の人等いてはいけないのだ。 彼女は頑張った。良く頑張った。今日の彼女はドリン。一介のドリン。例え知り合いに会おうともドリンはドリン。 そんな崇高な彼女の仕事意識の一方で、どうしようもない奴等も(´・ω・`)の中には混じっていた。 (約束通り、後でお前の部屋に縛った女フィクサード運んどくから……今日はしっかりあっしを手伝えよ) (ギャーギャギャー) 見た目はとっても可愛いドリン。しかしてその中身は豚とトカゲ。 オークとリザードマンのコンビはその身を寄せ合い碌でもない相談に精を出していた。 風船の束を抱え、可愛らしい着ぐるみの動きにシンクロし、しかし女子供を見つめるそのドリンの瞳は濁っていた。 今か今かと獲物を待ち構えるオークの前に、 「それにしても流石時村財団、敷地内とは言えアザーバイドのドリン達を呼ぶなんて! ドリン、一度会ってみたかったんだ♪ バベルも準備して来たからお話も出来る!」 嗚呼、彼等の前に純真無垢にして可愛らしい美月が現れてしまったのは不幸な運命の悪戯だったに違いない。 (おっ……ありゃ美月ちゃン! ついにチャンスが巡ってきやがったぞ!) (ギャギャギャ、ギャー) 舌なめずりする豚野郎、ギャーギャーウルセェトカゲ野郎。 「あ! ドリンさんだ。おーい、はじめまして! ぼくはうs……!!!」 スキップで駆け寄った美月はしかし彼等に近寄る前にその表情を凍らせた。 「ギャー!? 緑ドリンさんの中からトカゲ人ー!? あわわわわ赤ドリンさんが食べられ……豚ー!?」 「バカ、着ぐるみ食っちまう奴があるか!」 「ギャギャー……(だから御腹空いたっていったじゃないですかー……)」 しかして昏倒した美月は豚にとって好都合である。彼が下卑た笑みを浮かべた瞬間だった―― 「うげぶ!?」 「グハア!」 ――光速で現れた黄色ドリンが彼等の腹に鋭くパンチ。ダウンした異物達を物陰に引き摺っていく。 目をぐるぐるにして意識を失った美月は知らない。彼(?)が千葉の水っぽいテーマパークで愉快なネズミのあん畜生の中に居た事を。 かつて彼女を責め立てたその運命が今度は彼女を救った事を。 何れにせよ彼等は夢を壊す存在を赦さない。夢紡ぐ彼等は何時だって幻想の味方なのだ。 引っ込め、豚。あとトカゲ! お呼びじゃねぇ!!! すっきりした! 閑話休題! メルヘンワールドはアザーバイド・ドリンをモチーフにした独特の世界観が可愛らしいアトラクションとして纏められている。 この場所を訪れたリベリスタ達は幻想の空間を船で進むゆったりとした時間をそれなりに楽しんでいた。 「わー!ドリンがいっぱい! ぴょこぴょこリズミカルなダンス見てると、オイラも踊りたくなっちまうぜ」 「踊ったら、危ない」 「こっちのゾーンはお菓子工場だ! ドリンがカラフルなキャンディやケーキ作ってるー! おいしそう……え、これ食えないの?」 「あとでお土産の買おうね。でも、うさぎはあげないよ」 モヨタとイヴの分かり易い反応である。 「みてみて、あっちにもドリン、いっぱい居るわ……! えへへ、可愛いね……!」 「おー、色んな色がいるんだな。写真撮っとくか」 あひるとフツのカップルは『意外と揺れる船』を免罪符に身を寄せ合っている。 「後で一緒にお弁当食べよ……!」 「お、作ってきてくれたのか?」 「フツ、喜ぶかと思って……!」 「オウ、すげえ嬉しいぜ!」 ぎゅむ。 「くわっ!」 「雷音見るでござる! どりん可愛いでござるな! ……まぁ、雷音の方がもっと可愛いでござるが!」 「馬鹿。虎鐵。お前は何を言っているのだ」 光景に目を輝かせ、二人きりの時間を過ごすのは親子何だかカップル何だか分からない虎鐵に雷音の二人も同じである。 「あ……」 「どうしたでござるか?」 思わず雷音の唇から零れ落ちた声に必要ない時ばかりは耳聡く虎鐵が聞き返す。 「な、何でも無いのだ」 頬を心なしか染めた雷音は自分の中で言い聞かせる―― (ボクは少女だから気軽に隙をみせれないのだ。クールにいくのだ) 「本当にどりん可愛いでござるな。まぁ、雷音には負けるでござる!」 繰り返しになったその言葉に小さく噴き出した雷音は気持ちを抑えて出来るだけ『くぅる』に呟いた。 「ま、まあ、かわいいのではないか」 羽はぱたぱた。嬉しくて可愛いのは我慢出来ていない。 虎鐵はそれを知ってか知らずか、或いは雷音が楽しければそれでいいのかニコニコとしている。 「可愛いもの好きな俺としてはメルヘンに生きなくては! どりんワールドでどりんどりーんとするには、俺もまた、どりんにならねばならない。 どりんきぐるみで俺もメルヘン……否! どりんへんワールドの一員になる!」 何だか無意味に騒がしいのは言わずと知れた竜一である。正式オープン後ならば例の黄色ドリンにドロップキックでも浴びそうなアレであるが、今日はこの位はお目こぼしなのか特に処理される様子は無い。 「楽しいか、俺の嫁! 即ちユーヌたん!」 「ふむ、どりんと戯れる竜一は可愛いな? 童心に返ってるみたいで……まぁ、大体いつも童心だが」 実に恋人に寛容なユーヌである。全くもって落ち着きというモノを知らない彼氏に必要以上に冷静な彼女は言葉を添える。 「しかし着ぐるみだと少々アレだな? ぶら下がりたくなるのは何でだろうな? いや、どりんを見ていると守護神の叫びを思い出すというか……踏み潰したくなるんだ。 こう踏むと綺麗に中身吐き出しそうだし? 意外と感触良さそうだし」 「アリだ! ユーヌたんに踏まれるとか何かそれアリだ!」 「……そうか、竜一は乗り心地良さそうだものな?」 恋人は何処までも寛容だった。しかし、寛容な彼女に対して――寛容でない妹も居た。 「……ギリッ」 愛するお兄ちゃんの動向は何時でも何処でもつぶさにチェック。 「お兄ちゃんが私も誘わずデートとか……ぐぎぎ」 手にしたピーチマークのスタンガンが青白い電光を迸らせている。 「今の私ならテラーテロールが撃てる気がする…… うふふ、虎美から逃げようったって逃さないんだから。この私の眼が黒い内は逃さない。 うぎぎ、あんなにいちゃついて……家に帰ったらバチバチしてあげるからね、お兄ちゃん……」 妹よ、君はオッドアイで無かったかい? ●戦慄無双ドリ屋敷 「お化け屋敷……一人じゃ怖くて入れねぇっす!」 今度はここで駄目なのか、未璃亜さん。 「お化け屋敷か、定番のデートスポットだな」 俊介が言った。 遊園地の楽しみの一つと言えば――血も凍るお化け屋敷である。 様々な趣向の凝らされた恐怖の館は恐怖を味わいたいと思う人間の心理を的確に捉え、今日も哀れな犠牲者を誘い込むのだ。 好きな人は大好きというこのアトラクション、やはり今回も中々の盛況を見せていた。 「依頼でお世話になったからな、全て俺の奢りで。 こう見えてもバイトすげーしてるから奢るくらい余裕だし。余裕だし(´・ω・`)」 「こういうところは、初めてだから……ほんの少し、楽しみ。あら、しーくんのおごりでいいの?」 顔を見る限りではそうも見えない俊介にふわりと笑みを浮かべた那雪が優しく応える。 「なら、今回はお言葉に甘えておくわ……ね。次は……私の番。何か考えておいて……」 『浮気ではないデート』の顛末はさて置き、本場ハリウッドから技術を輸入し、巨匠の演出指導を盛り込んだという時村ランド最大の恐怖は『完走率5%』の前評判である。態々恐怖を買おうとするチャレンジャーにとって脅し文句はスパイスに過ぎないのか。 「完走率涙目5%のお化け屋敷があると聞いてきたのである! フフフ、笑止! 所詮作り物等作り物に過ぎぬのである! 瀟洒かつダンディにお化け共を攻略し、私の男らしさを世に知らしめるのである!」 それとも、日々そあらさんとかの視線に「マジで食われるかも知れねぇ」とリアルリアリティな恐怖を抱く恵にとっては現実の方が余程恐怖だからなのか。勇気か無謀か鳥頭の恵は威風堂々とこの場に居た。 「何なのこの人。チキンレースかなにかデスカ」 「だれうまっ」 冷たいツッコミを入れる行方に更に突っ込んだのは『何故か知らんが彼女とデート(?)する事になったらしい』羽音である。 「というか羽音さん怖いの駄目なんじゃないデスカ。なんでお化け屋敷行こうとか言い出したのデスカ」 「うぅ、実は怖いのは、苦手だけど…… 行方が怖がるとこ、見てみたいし……が、がが、頑張る」 「実はも何も読者の皆さんも誰一人羽音さんが怖いの得意とか思っていないのデス」 「酷っ!?」 だが、尤も過ぎる。 都市伝説を気取る行方にとってお化け屋敷の類はどうというものではない。 夜の住人である彼女にとっても驚くべきものは驚くものに違いないが、それが恐怖であるかと言えば話は異なる。 「遊園地に来たのなんて何年ぶりですかのう。私も随分年を取ったものです。 たまには童心に帰るのも良いかもしれませんな。ところで……何故、皆さん私を見るのですかな?」 「ボクは恐怖を与えるものなのデス。思わず対抗意識を燃やしたくなるのデス」 仮面の男……露骨に怪しい九十九の惚けた台詞に行方が無駄に燃え上がる。 九十九は最初からアレとして。 どちらかと言えばお化け屋敷に加担したそうな行方の様子を早々に恐怖に染まった瞳で見つめる羽音。 肝心要の盾が『これ』で果たして自分は生還出来るのか……不安は募る。大いに募る。 「……ところで完走率5%とか、終盤の仕掛けはほとんど日の目を見ないんじゃないか?」 たまには労われても罰は当たるまい――確かにそれは道理である。 しかし、クールでシリアスな鉅が晴れのこの日に何故この場所を選んだのかはまさに深淵のみぞ知る事実である。 大人気無いと言う勿れ。そのキャラクター性が故に狼狽する事は赦されず、恐慌すれば色々台無し。 今日、この場に挑む事になった彼は超直観にESP、不意打ちに対しての万全の備えを用意していた。 (とは言え……分かっていても怖い系統には通用せんか) 願わくば自身が5%に入る事を。後、出来れば涙目にならない事を…… 「ハリウッド技術を惜しげなく使ったお化け屋敷だという。 ハリウッドと言われるとワタシのような宇宙時代の人間はどうにもときめいてしまうな。 完走率5%というが、それだけ素晴らしいということなのだろう。 いざ、踏み出さん。アポロ計画の如く、人類史に赫々と歩みを刻む、勇気あるその一歩を!」 場違いなおっさん――キャプテン・ガガーリンが綺麗に話を纏めた。 始まるのだ、恐怖が。踏み出せばそこに待つのだ。大いなる恐怖が。 死者の葬列の如くお化け屋敷の入り口に列を作ったリベリスタ達が順番に少しずつ……その暗闇の中に飲み込まれていく。 「うあああ! ナンなのこれ! ちょっとこっちこないでぇぇぇ! ぎゃあああぁあぁぁ!」 途中で合流した守夜と共に中に入った瑛の悲鳴が入り口の方にまで響いてくる。 つまる所、幾らも行かない内に彼女が望まぬクライマックスに突入した事を意味するその事実に――誰かがごくりと息を呑む。 「はん、オバケ屋敷なんてもんは全然怖くないんだよ! 顔白塗りにしたおばはんの方がよっぽど怖いってのきゃ――っ!!!」 「キャー! すごく怖い! うわー、怖い!」 嗚呼、案の定……瞑の絶叫が酷く通る。 ペアになって入った5%――あすかの悲鳴が余りにも余裕を感じさせるから一層無様。←酷い 「震えてるのは外が寒かったからでしょうか? 早く入りましょう」 「こ、怖くなんて無いのだよ。非科学的だし、それに私には電子の妖精が……だめ?」 「室長に怒られちゃいますよ」 あどけない可憐な美貌に露骨な狼狽を浮かべるうさ子にヴィンセントは少しだけ意地悪く釘を刺した。 「お、お化けなんて怖くない泣いてない。目にゴミ入っただけだから。 お化けなんて怖くない。泣かないのだよ。怖くない怖くない。CGCG」 腕に必死にしがみつき、ぶつぶつと呟いて自分を鼓舞するうさ子をヴィンセントはくすと笑う。 「見るのが怖かったら僕を見ていて下さい。 聞くのが怖かったら僕の声をだけに集中していて下さい――」 その言葉はまるで、そう。全く、言うねぇ。ヴィンセント。 「――あなたは僕が守りますから、絶対に大丈夫ですよ」 ご馳走様な二人はどうあれ、恐怖と悲鳴に彩られた時間は続く。 「ああっ!? ぎゃああああ! ヒィィィィィ! うわああああッ!? ヒッ……ヒッ……」 入る前は…… ――怖くねえったら怖くねえ。俺がなあ! この世で一番怖ェのは! アニキの何かを企んだ時の笑顔だッ! そいつと比べたらおばけなぞ物の数でも―― そう嘯いていた八郎も御覧の有様。 「……ええ、怖く無いわよお化けなんて。 物理科学的に観測しえないものはいないはずだし、いるとしたらそれはエリューションよ。討伐対象。 よってお化けなんていないわ。帰納的に言って当然のことよ。ええ」 「そうそう。おばけなんて怖くない……つーか、アザーバイドとかおばけみたいなもんじゃね? こういうのは恐怖心をどれだけ煽るかだと思うんだ。学校祭でネタにするためにもきっちり観察していくんだぜ!」 お化けとは如何に非科学的で在り得ざるものかを訥々と語るのはアンナ、相槌を打つのは明奈である。 言葉こそ両者共お化けの否定ではあるが、その心情が全く正反対なのは一目見れば分かる事である。 「やー、しかし良く作ってあるなー」 そう言う明奈は笑顔のまま。全く恐れた様子は無い。 しかして、ややヒステリックにお化けの存在を全否定するアンナの方は顔色からしてまさに蒼白そのものであった。 「お化けなんて居ない。お化けなんて居ない。お化けなんて居ない、そんなもの全て気の迷いなのよ!」 細い縁の眼鏡をずい、とずり上げた彼女はお化けを威嚇するように自慢(?)のデコから闇を切り裂く光を放つ。 「発光やめろよー。雰囲気なくなるじゃんか。やっぱ怖いんだろー」 「怖くないったら怖くないの! 居ないものは怖くないの。お化けなんて嘘なの! 偉い教授もプラズマって言ってたの!」 何ともはや語れば語る程、語るに落ちるアンナである。 聡明な彼女がそれに気付かないのもお化け屋敷の醍醐味か。 『獣塚』で時間を過ごす事も多い組み合わせと言えば――攻め受けが何時もと逆転しているのは風斗とうさぎの組み合わせだった。 「……どうしたうさぎ、随分と汗をかいているじゃないか。まあ、気にせず中に入ろうか。はっはっは」 「ホラーは怖いものです怖くなくては意味がない怖さこそ真髄であり怖いのが当たり前なのですかく言う私も正直怖いと言いますか凄い怖いと言いますかもう何か漏らしそうなんですもう帰りたああいやいやいや何でもありません私にも意地と言うものがある!ホラーに対しては『最後まで怖さを味わい尽くす』事こそが至高!全てを体験しなければ意味が無い!だから私は何としてでも完走する決意で……よし、ギブアップしましょう!」 立て板に水を流すが如くへたれたうさぎの体を、 「何時もお前には『世話』になっているからな! いいぞ、任せておけ! 俺がついていてやる。さあ、完走しようか完走!」 「いやー! 助けて! 楠神さんにさらわれる!」 ここぞと復讐に目を輝かせた風斗がガッチリとホールドして奥に引きずり込んでいく。 「いやぁあああああああ! 楠神さんに殺される!」 ……面々が個性的な分、反応が様々になるのも頷ける。 流石のリベリスタでも大半が怖がる風ではあったのだが……中に例外が居るのは当然だった。 「確かに技巧を凝らした、最高水準のお化け屋敷だ。 だが……我を恐怖させたいというのであれば『殺意』が足りんな。 尤も、我は王だ。如何なる殺気を向けられた所で王者の覇気で一笑に付してくれるがな!」 「相手が悪いのデス。王様は全く脅かし甲斐が無いのデス」 出現した脅かし役……に何故か混ざった行方の首根っこを捕まえて――駄目出しに説教をくれているのは言わずと知れた王様・刃紅郎である。 行方ちんに大分殺気があったのは王様にとっては全く誤差の範囲であるらしい。第一この男驚くのか。どうなんだ。 「怖い……なのに、あっちでいちゃいちゃ、そっちでイチャイチャ……ええいあっちもこっちも! りあじゅうばくはつしやだ怖い―!?」 相方になる夢乃は言うまでも無く錯乱し現実逃避を繰り広げている。 鷹揚に頷く王様にはそんな夢乃の姿が元気一杯に見えているらしい。 「もうやだ!? 色々怖い! やだ!?」 「ははは、中村も勇ましいなぁ。 よし、我のお化け屋敷では野生の動物に特殊メイクを施し室内に放つ事にしようか!」 ●ドリ間 何だかんだで粗相やらかして九兵衛が転がされているのは置いといて。 ――目は離さない。 粉雪と遊ぶお前の舞踏(ピルエット)、俺の瞳に閉じ込めたいから―― 或る意味で最も熱を帯びているのは特設ステージの上でマイクを握るNOBU周辺だったのは間違い無い。 Black Catが勢揃い。キーボードのSHOUがオーバーアクションでメロディを奏でればNOBUの歌声はより一層力強く引き立てられる。 「はふふ~、こんなにいっぱいヒトが居る中で踊るなんて久し振りだよぅ♪」 「フ……折角やるんだ、派手に盛り上げるとするか」 何故だかノリと勢いでセッションに参加したアナスタシアと鷲祐が息の合ったバックダンスを見せている。 唐突に企画され、唐突に始まった特別ライブは殆ど伸暁の趣味のようなものである。 物珍しさにステージを眺める色とりどりのドリン達。無論、そこには何人かのリベリスタ達の姿もある。 「衝動に抗えず『Black Cat』特別ライヴとやらを見に来たよ。堂々ぼっちだけど気にしない。私の心超強い」 朽葉の言う通りこれは確かに中々お目にかかれない大いなる機会である気もしないでもない。 「きゃーっ! 伸暁さんファイトーっ!」 砂被りのその席で一際目立つ応援を飛ばすのは桜である。 その辺のファンには負けないですよ、と豪語する彼女である。 「あ……」 NOBUがヴォーカルの合間に飛ばした流し目のウィンクに少女の心臓は途端にどきんと跳ね上げる。 (……今の、こっち見たよね?) 何百人、何千人の為のライヴでは無い。ならば彼の視線がその瞬間、見ていたのは。その瞳が閉じ込めたのは…… 「(伸*・ω・)オレのウィンターが、オマエをソングする……何かすごいです、京子さん!」 「戦場ヶ原先輩も夏にライヴしたんでしょ? 私もその場に居たかったな。もう一度甘えてみたかったかも……」 「京子さん!」 一瞬、しんみりとしかかった雰囲気に敢えて舞姫は拳を握る。 「ほら、京子さんも、もっとノリノリでいきましょう! 合い言葉は『ですとろーい!』ですよ。ロックンロールの魂の言葉です。 ほら、いっしょに。『ですとろ――い』!」 一つ目の鬼さん的ロックが迸る感じでデストローイ。 頬に汗を流した京子が何かを突っ込むのも諦めて彼女に倣う。 「ですとろーい!」 そんな風にするだけで馬鹿馬鹿しい程に――姉が過ごした時間を少女は理解出来るのだった。 「前座はここまで!」 そんなこんなしている内にステージの方から何か聞き覚えのある駄目な人の声が聞こえてきた。 「主役の登場よ! 私の歌を聴きなさい!」 華麗に宣言してマイクをジャックしたのは真昼間からほろ酔い加減のソラ先生である。 駄目である。この聖職者色んな意味で駄目である。 彼等、彼女等の盛り上がりの方はさて置いて。 フードコーナーでは零児や美峰、燕が皿にコップを積み重ねている。 ――同情するなら……友達になってくれっす! 切ない台詞は容易に容易に胸を打つ。 見ればその輪の中には――再三ぼっちの絶望感を味わい続けた未璃亜の姿も加わっている。 「レストランの方は先日にデザートのメニュー提供とチェックは終わらせたから問題はないだろう。あとはオープンを待つだけだ。 すまないね、急に呼び出して。ここの分は僕が出すよ」 「いえいえ。時村グループのテーマパークです。勉強にならない訳がありませんからね」 一方で達哉やかるたが多様なメニューのチェックを続けていた。 「折角の休日ですし、ちょっとゲームっぽくしてみましょうか? 同じメニューの推定素材を、それぞれ隠してメモし、同時に見せ合うとかして――」 かるたは言ってからふと考える。最大の問題はとても達哉に勝てそうな気がしない事―― スケートリンクでは見事なハプニングが杏樹と幸成の二人を襲っていた。 「……」 「……………」 幸成は言うだけあってそれなりの手際で杏樹をリードした。 杏樹も筋のいい所を見せて支えて貰えれば何とか滑れる所まではこぎつけたのだ。 しかし付け焼き刃は付け焼き刃。 「……」 「……………」 転ぶ時は転ぶ。それが氷の上の原則である。 丁度、幸成をクッションにする形で転んだ杏樹は怪我はおろか痛い思いをする事も無かったのだが。 無かったのだが、彼をクッションにしたという事はである。それは非常に距離が近いという事を意味していて…… 唯でさえ微妙な関係の二人である。唯でさえ何とか決心をして「又今度遊びに行かないか」と誘ったばかりの杏樹である。 (今のは……勘違い……?) 転んだ拍子の悪戯な偶然は杏樹の唇に柔らかい感触を残していた。 幸成は気付いていないように見えた。 (頭がぐるぐるする……) 頬が熱い。彼は意外と逞しい。体温が近くて心臓が痛い――でもそんな全部が嫌じゃない。 (早く身体を起こさねば……しかし伝わる温もりが幸せすぎて中々動けぬ……) 奇しくも杏樹と同じように、くっついたままの彼女の様子から『唇に触れた感触』を気のせいと決め付けた幸成は天を仰いで白い息を吐き出した。 「……立ち方、教えて欲しい」 「では。お手をどうぞ、姫」 固まった二人が動き出したのはたっぷり時間が過ぎた後。 「お値段も結構なものですし……でもあの感触は魅惑的…… うううう、買うべきか買わざるべきか……」 透真斗の心を大いに悩ませるのは彼だか彼女だかが見初めたそれはそれは魅力的なお土産アイテム…… 触感が何とも夢心地な『メガドリーン特大ぷにぷにクッション』である。 「欲し過ぎるのです……! もにゅっと抱きついたら超癒されること間違いなしなのです! でも、とまとくんの部屋狭いうえに本やCDで埋め尽くされてるからこんな大きな物を置くスペースは……」 懊悩する透真斗の向こうでは疾風と愛華のカップルが仲良くお土産を選んでいた。 「おいしいですよ、おひとついかがー。どりんまん、残りわずかですよー」 外では何故かどりんまんの売り子をしているニニギアの牧歌的な声が響いている。 「あら、美味しそうね。一つ貰えるかしら?」 そんなニニギアに声を掛けたのは心なしかとぼとぼやって来たエレオノーラである。 「かわいいですよ。おいしいですよ」 (´・ω・`)としたまんじゅうを差し出されたエレオノーラがしみじみとそれを眺めている。 「あたしの心境みたいな顔してるわ……(´・ω・`)」 「げ、げんきをだして下さいですよ!」 「……じゃあ、お酒付き合ってくれる?」 「よろこんで!」 一も二も無く頷いたニニギアにエレオノーラの花弁のような唇があっさりと綻んだ。 何処からどう見ても地上に舞い降りた天使にしか見えないエレオノーラ、この時心臓が跳ねるような上目遣いである。 何でアンタ爺さんなんだ。人類の喪失だろう。ふざくんな。何故爺さんなんだ。何故! 何故! 邪悪ロ(ry) ~お見苦しい映像が流れました。誠に申し訳御座いません~ ……コホン。休日の時間は騒がしい。 「――沙織、ゲームは好き?」 氷璃は何処に居ても変わらない。 決まった通りのマイペースは崩れず、同時にそれを崩さない。 「エスコートして頂戴」この日の始まりに沙織にそう命じた彼女はやぶからぼうにそんな問いを投げかけた。 「時と場合、内容によるかな」 「折角の遊園地、楽しまなければ損よ。『そういう』ゲーム」 悪戯めいた色香を湛えた少女の美貌が軽やかに笑う。沙織の袖をくいと引く。 ルージュも引かないのにやけに艶のある薄い唇を白い指でちょん、と撫でた氷璃は沙織の同意を待たないで先を続けた。 「――見付からずに奪えたら、貴方の勝ちね?」 氷璃の視線の先には彼の『護衛』の二人が居る。 「全く……何を考えているんですか」 「クリームたっぷりのパイを時村沙織にご馳走したかった。余り反省していない」 恵梨香は沙織にパイをぶつけようとして見事に網に掛かったエーデルワイスに説教をびしばしかましている。 前科があるだけに恵梨香の追及は厳しく、桃子のご神託を真に受けて今日も今日とて拿捕されたエーデルワイスは目の幅涙で反省中の有様である。 「むぅ、これが獅子身中の虫というものですか」 何処と無くズレた反応を見せるのは何故か遊園地で護衛に励むもう一人、騎士子さんことアラストールである。 ドリンの着ぐるみを身に纏い強襲を見せたエーデルワイスのパイを空中で切り捨てたのは彼女の剣で、燃やし尽くしたのは恵梨香の魔術だった。無駄にいいコンビネーションを見せた官憲の犬(エーデルワイス談)に一敗地に塗れたという訳だ。 「……難易度高ぇなぁ」 何せ相手は百戦錬磨のリベリスタである。二人の構えに何処にも隙は見当たらない。 呆れたように溜息を吐いた沙織に対して氷璃は鈴を転がすような声で笑った。 「秘密を纏う程、蜜は甘く滴るものよ。『ゲーム』は難しいから燃えるのでしょう?」 「全く同感。理屈だな。……で、その難関に対する褒賞は?」 「そうね」 一瞬思案した氷璃はからかうように言葉を続けた。 「今夜、部屋の鍵は開けておこうかしら――」 「そりゃあ、名案」 いや、最大の難関は護衛の二人ではあるまい。 「さおりん、いちごのジュース買ってきたです。二人で飲むのです」 最大の壁は言わずと知れたそあらである。 「……残念ね。無理難題を言ってしまったかも知れないわ?」 「多分、ね」 「?(´・ω・`)?」 何時だって傍らの彼の横顔をじっと見つめて頬を染める、可愛い可愛いそあらである―― ●天才咆哮DTS 「ゲーム好きとしては、やはりサイバーサバイバル……その響きには惹かれますね。 命の危険がない戦場ってのも娯楽としては上等か――」 弐升の口の端に薄い笑みの色が乗る。 「安全確認、と」 角の向こうに彼が投げ入れるのは獲得したアイテム『スタングレネード』。 「サバイバルってこういうもんですしー……ヒャッハァ!」 一度は言ってみたい「ヒャッハァ!」達成。 FPSやら何やらで慣れた彼に言わせれば安全の確保は当然の手段である。 「最後まで生き残り、この世界を征服するのじゃ――わらわの銃捌きに見惚れるが良い!」 一方で始まった遭遇戦に幼い和装のシルエット――瑠琵の小さな身体が躍動する。 繰り出されるのは容赦無い連射。的確に獲物を狙い、追い詰める――過酷な攻撃の暴風であった。 「ミルフィ……私のこと、護って下さいね」 「はいっ、このミルフィ、命に代えましても、お嬢様をお護り致しますわっ……!」 「きっとミルフィが好きそうだから」そんな言葉と共にこの場へと彼女を誘った愛しきお嬢様(アリス)。愛する主人の健気な期待を一身に受ければ従者(ミルフィ)は全身に力が漲ってくるのを確信した。 (お嬢様、何てお優しい。何て愛しい……お嬢様、このミルフィ。お嬢様の敵は全てこの手で――) 超反射神経がモノを言う。突き刺さった苛烈な轟音はすんでで彼女を捉えない。 「――撃滅して差し上げますわっ!」 そして、裂帛の気合と共に新たな銃声が泣き喚くのだ。 「依頼以上に本気。悲しみも背負いましたし……射手としての矜持。それにオタクの挑戦心がある!」 狙撃手として好機を――ヘッドショットを虎視眈々と狙うのは七海、 「敵の数が減るのを待ちましょう。卑怯? キャンパー? 何とでも言って下さい」 戦闘スーツに身を包み、中盤までは自らを秘する……頭脳的な作戦で戦場のコントロールを目論むのはリーゼロットである。 その場はまさに戦場だった。 「あはは! いい気味ね! 喰らいなさい!」 高笑いと共にビームガンを乱射するイーゼリット(こころがよわい)が、 「やっぱゲームって本気だからこそ楽しいと思うんだよね。 だからアタシは本気モードで一位狙っちゃうよ。遊び気分やいちゃついてる人は真っ先に撃ちぬいちゃお」 「なによ……べつに。た、たかがゲームでしょ。くやしくなんか」←拗ねた マジでガチな嵐子にお約束で撃墜されたのは当然として。 ジャングル、要塞内、豪華客船の中…… くるくると移り変わるステージは抜群の臨場感をプレイヤーに与えながら苛烈な戦闘のシーンを演出する。 「和泉さんの為にも、負けられないんだ!」 何か微妙に愛に生きているような気もしないでもない新田快容疑者(22)が声を上げる。 「俺が何とか優勝して、彼女をこの場に――」 多分、面白がった沙織辺りの提案であろう。 現実と幻想の境界を俄かに信じ切る事が出来なくなる位に――天才・真白智親の作り上げたシステムの一端はリベリスタ達を熱狂させていた。 「む、このアイテムは……ダンボール! 伝説のステルス兵器では無いか。 よし、早速このダンボール箱を使って……」 ミストラルが愉快な位の集中砲火を浴びたのは言うまでもない。 「ああ、判ってるさ。守り手の居ないスナイパーなんて死亡フラグしか無い事を。 ま、楽しめればいいだろう? 撃墜数No1でも目指して頑張るとするさ」 狙撃手を執拗に狙う猟犬こそこの碧衣。 「あれだな、こういうのは攻めて攻めて攻めまくったほうが強い! 優勝するのはこのラヴィアンだぜ!」 揚々と宣言したラヴィアンの声に注目が集まる。攻撃を受けた彼女だがそれは想定の内である。 手に入れた防弾バリアで攻撃を弾き、鋭く突撃。宣言通りに敵を薙ぎ倒しにかかるのである。 「ようこそ、ここが君達の墓地だよ」 市街戦エリアで立て篭る警察署周辺に無数のトラップを配し余裕を見せるのはアンデッタ。 頭脳戦こそ彼女の本懐である。長らく潜み地雷系アイテムを山と集めた彼女の防備は完璧だ。 「僕が回復してますから、攻撃を続けて下さい。そっちからも二人、来ます……っ!」 「了解よ、私達に立ち向かってきた報い、受けさせてあげましょう!」 攻と防、二人の性格そのままに絶妙のコンビネーションを見せるのはミュゼーヌと三千のペアだった。 隙の無いこの二人、完璧な役割分担のままに中々の戦果(スコア)を挙げている。 (で、デートですっ!) (デート……なのよね。ふふ、デート) 以心伝心、考えている事が同じというのはかくも強い事なのか。 しかして凛然としたミュゼーヌは甘美な空想を戦いのこの場のみでは打ち切って、緩んだ頬を引き締める。 「気を入れていかないとね。これは遊びじゃないのよ」 「はい、ミュゼーヌさん!」 ※遊びです。 サバイバルゲームという特性上、ペアを組んでいるのは彼等ばかりでは無かった。 「ただ遊ぶだけってのも芸がないね。ここで多く敵を倒した数が少ない方が飯奢りってのはどうだい?」 「その勝負受けて立とう」 遊園地には流石に慣れず、右往左往していた源一郎をこの場に誘ったのは瀬恋である。 源一郎からすればそれは正直感謝するべき所で――遊びと言えど戦場にその身を置くからにはその条件も申し分の無い所であった。 「おーけー。んじゃあいっちょ楽しんでいくとしますか」 「我が首級が欲しくば、いざ参られよ!」 勝負は勝負、だが途中でどちらかが落ちるのは本意では無い。事実上二人はペアである。 迎え撃つのは、新たなトリオ。 「銃は使い慣れて無いが、速さには関係無い――」 その可愛い耳をもふもふされるだけが能ではない! 「トップスピードで強化された速度で敵を翻弄――近接射撃で撃ち落してやるわい!」 縦横無尽に戦場を駆け巡り「にゃははははは」と笑い声を上げるのはレイライン。 「相変わらず良い耳触り! 猫耳ラブ♪」 すかさず背後から彼女の耳をもふるのは陽菜である。 「にゃああああああ!」 このチームは、どういう数奇な運命の末にか…… 「やるからには勝つ。本気でいくぞ!」 「負けないわよー! 景気付けにドリンドライバー十回ループして来たし!」 「ね、猫じゃないのじゃ……」 優希と陽菜のカップルに同行する事になったレイラインを加えた三人組である。 「いいぞ、レイライン。陽菜は良く狙え――」 集音装置で敵の動きを探り、速度のレイラインと射撃本職の陽菜を使いこなす優希はパーティの司令塔といった所か。 効率的な戦いを展開する仲間達をちらりと横目で見て陽菜はくすりと笑みを漏らす。 (ゲームは非情なのだよ~……クスクス♪) 仲間は中々頼りになる。チームが勝ち残るまでは計算の内、勝ち残ってからも計算の内である。勝者は一人なのだから。 結びつきが愛とか友情じゃなくてヒッデェ連中も中には居る。 「それ行けやれ行け鉄砲玉(しゃどうさん)!」 「桃子様を勝たせるために(リア充抹殺に)動きますとも!」 まさに戦場に女帝として君臨する女が一人居る。 「頑張れファイトだ弾除け(セリオ)さん!」 「皆まで言わずとも!」 哀れな男共をまさにアイテムとしてこき使う桃子・エインズワースが笑っている。 彼等の周りには死屍累々の敵の山。「一軍の指揮官たるもの自ら戦うのは下策でしょ」と言わんばかりに応援に徹する桃子には何故か銃弾が飛んでこない。腫れ物を扱うように皆に放置されている。 「影よりの使者! リア充を滅ぼす者、それは俺だ。吼え猛る仮想の閃光()は闇に囁き、リア充を決して赦さない!」 大暴れな影継君がたまに愛しい。 「ていうかVTSの話最近聞かないと思ったらこんなの作ってたのね……」 「暇と金を持て余したおっさん達の考える事は分かんねぇな」 暴風のようなシャドウブレイダーの猛威に後退しながら朱子が呟く。 バトルロイヤルの極意は仲間を作る事――彼女に言わせればそれが鉄則である。 応えるように苦笑いを浮かべた火車も『これ』が何らかの有用な実験であり開発に繋がる事は理解している。 しかし、ゲームが立派過ぎる程に複雑な感情を禁じ得ないのは確かである。 「兎に角、勝つぞ。一緒にな!」 「……背中を預けるのは信頼の出来る誰かがいい。信頼出来れば出来る程、いいに決まっている」 景気のいい火車の声に朱子はこくこくと頷いた。 「だって火車君だもん。火車君が居るし負けないよ、私……ぜったいしゃだし。危なくなったら火車君が守ってくれるよね。守ってくれるもん。ナイトだし。今はこんな事言っても恥ずかしくないんだから! そろそろ責任とってよ自分で何言ってるかもわかんないし!」 「守る? おいおい弱気な事言うなよ。一緒になって敵倒すために立ち回るってんなら……ま! それも悪かねえな! ……って、え? おい。あ? せ、責任!?」 要するに―― 「大好き」 朱子は言ってしまった。つい、言ってしまった。 「……あー……」 そういうのが『苦手』だった。 意図的に考えないようにしてきた……そういう自覚が今更あった。 宮部乃宮火車という男はそういうのがやっぱり得意では無くて、つまる所要するに―― 「オレ、朱子の事、好きだぜ」 馬鹿馬鹿しいやり取りである。誰がどう見てもそうとしか見えなくても、お互いに本当の事を確認する手順こそに意味があるのか。顔を赤くして何とも言えない表情を浮かべて。しかし、それだけで若い二人の胸は一杯になるのである。周りが、見えなくなる程度には。 「闇よりの使者! 影からの挑戦状! 俺はお前等を滅ぼす者!!! シャドウ! ガンナー!」 「火車君……」 「朱子……」 (駄目だこいつ等……早く何とかしないと……) 見つめ合う二人は乱入してきた影継に蜂の巣にされたけど、そんな事は既にどうでも良かった。 ついでに言うなら未だ火車は思い当たっていない。この後、夜景の見える素敵なホテルで『一泊』イベントがある事を。 「手ぬるいわねぇ。ねぇ、桃子?」 「これだから経験皆無は……」 桃子の言葉に頷いたティアリアが影継にロケットランチャーを手渡した。 「シャドウ! ガンナー!!!」←慟哭 「……チャンス」 気配を殺して、殺して、殺してそっと近付いて背後から見事にシュート一発。 「……ふふ、勝利は、いただく」 まさに暗殺者の風情、天乃に排除された影継が天を仰ぐ。 むしろ蜂の巣にした影継の方が浮かばれない。上を向いていれば涙は零れたりしないけど。 ●甘恋砂死ドリ覧車 夕日が赤く燃えている。 暮れなずむ彼方空を見上げれば、遠く夜の帳が近付いてくる様が良く分かった。 冬の短い黄昏時は殆ど心の準備も許さないままに透き通る今夜を連れてくるのだ。 「まあ、観覧車ラストってベタだけどさ。でも基本に忠実なのもいいよね」 「勿論。だから期待して――お願いしたのだから」 眼窩に見下ろす光景と赤い夕陽に目を細め。夏栖斗の声に応えたこじりはふと唇を綻ばせた。 どれ程楽しい時間もやがて終わる。冬の日が彼方に堕ちて行くように――零れ落ちる銀色の砂時計は猶予を知らない。 しかし。 「なんかテンションあがって来ちゃった」 「はしゃぐと危ないわ、御厨くん」 年下の彼氏を嗜めるように言ったこじりはこの時間が『二度と来ないもの』では無い事を知っていた。 得難い時間が全く同じ形を描く事が無くても、人間が――世界が何ら変わらずこの時間を切り取る事が無い事を知っていたけれど。 それでも、彼女は分かっていた。夜の後には又、朝が来る。 ぐるりと世界を見回した観覧車が何も言わず二週目を描き出した時、だから彼女は破顔した。 「ほら、ね」 「もうすこし、こじりさんとふたりでいたい、だめ?」 「駄目な訳ないでしょう」 隣に座り直した夏栖斗の――意図してのものかどうかは知らないが――余りの『鈍臭さ』にこじりは僅かに唇を尖らせた。 拗ねたような目で彼を見つめ、機嫌を直してとばかりに髪を梳くその手に負けたようで不本意ながら身を委ねる。 外の景色はまだ変わらない。相変わらず、圧倒する赤のまま―― 「待ってたでしょ?」 言葉少なのまま、終着が近付いた観覧車の中で夏栖斗はこじりにキスをした。 「今日の御厨くんは、意地が悪い」 二週目の終わりに『もう一周分のチケットを係員に手渡した』彼女は――ぞっとするような美しい笑みを浮かべて。 「まだ、睦みましょう。紡ぎましょう?」 ――貴方となら、終らない輪廻も悪くない。 はしゃいだ顔を見せるのは木蓮である。 「へへへ~、こういう所に来ると小学生の頃を思い出すぜ」 「嬉しそうだな。いや、全く構わんが……この趣味の悪いのが好きなのか」 「ぬっ、何だその感想は。乗ったからには印象変わるぞ、きっと!」 「ああ。そうある事を願っている」 抗議めいた木蓮に呟いた龍治は小さな嘆息を漏らした。 全く運命というものは数奇なものだ。彼自身、まさか自分の人生に『遊園地デート』等というピースが嵌るとは想像だにしていなかったのである。そしてそれが嫌かと言えば全然そんな事は無いのだから溜息が二重に染まる理由である。 「俺は勝手が分からんからな。お前が好きなようにすればいい」 「やった! 話が分かるな!」 破顔する天真爛漫な木蓮は嬉しそうに外の景色を眺めている。 彼女は気付いていない。一緒に観覧車に乗る彼が彼女の嬉しそうなその顔をずっと見つめている事に。 「ほら、見ろよ! 最高の景色だぜ!」 向き直った木蓮の瞳を深くじっと覗き込み、 「――お前の全てを、この俺にくれないか」 見事な不意打ちで龍治はその言葉を吐き出した。 元より良く考えれば最高の機会だったのだ。思い煩う事長く、結論は今下された。 彼女の顔を見て、胸の奥からこみ上げたその感情は答えを全く完全に肯定するものだった。 「え、ちょ、え……」 「遅くなって申し訳ない。ようやく、告げる決心が付いた」 言葉の順序は逆である。しかし狙撃手たる龍治はその追撃の手を緩めない。 「ずっと俺の傍に居て欲しい。愛している。木蓮」 「――――っ!」 時が止まれば良いのに、何て。使い古された退屈なフレーズ。 龍治はこの時「らしくもない」と凡庸な自らを嘲った。 「こっ……こういう所で言うのは、その、はん、反則だろ……!」 顔を真っ赤にして唇を戦慄かせた愛しい恋人のその顔は。 ――ああ、やっぱり止まってしまえばいいのに。 そう思わせるに十分過ぎて。 (そう言えば……昔……昔……記憶が定かでない昔。 誰かと……一緒に……観覧車に……乗っていたような) こんなに大きなものではない。新しい遊園地のものでもない。 何処の街にでもある、極普通の有り触れた観覧車。 揺られた記憶が遠い過去にエリスの心を引き戻す。 (……今はもう居ない……あの人たちと。もう……一人で……居ることに……慣れたけれど……) 既にディティールを失った両親の笑顔は何処か他人事にも感じられた。 彼女はここに今でも居るのに、彼等はもうこの世界の何処にも居ない。 圧倒的な、赤い夕日。 「夕日は何だか切ないね」 「でもきっと明日も二人で見れますよ、二人ならきっと切なさも減りますよ」 光の言葉に桐が応えた。 今日という休日の終わりをこの場所で迎えようとする人々は多い。 やはり定番とは強いものだ。こういう場所を共に過ごしたくなる誰かが居るとするならば、それは当然の事である。 「何時かの浄化の儀式で言いそびれたお返しの言葉……僕も凛麗さんの事が大好き……これかもずっと一緒にいたい……」 「頼れる好きな人がそばに居る時は、私も普通の女の子になれるのかもしれないですね」 幾つもの言葉が宙を舞う。 解ければ消えてしまいそうな赤色の時間に色彩豊かな想いが混ざる。 「予想以上に大きいですね!」 「看板に偽りなしって所だな」 世界最大級との触れ込みは『乗る方』としては歓迎出来る部分である。 恋人の壱也を伴ってこの観覧車に乗り込んだモノマはしみじみとした調子で呟いた。 「三高平キャンパスはあっちの方でしょうか? 先輩と出会った学校も見えないかな」 「そうだな、あっちの方にあるんじゃねぇかな」 嬉しそうにはしゃぐ壱也の姿を見るだけでモノマは全く呆れる位の充足感を覚える自分に苦笑した。 人と人との結びつきはどうしてこんなに愛しいのだろうか。出会わなければ始まらなかった関係も今ではこんなに、美しい。 「夕日のオレンジは先輩の色だからー……」 隣に座った壱也がモノマの肩に頭を預けた。 「全部が先輩に包まれてるみたい」 頬に触れた優しい感触は全くモノマの不意を打つ。 慌ててみせるのも何か悔しくて、先輩として彼氏として格好はつかない。 でも嬉しい事には違いなく、モノマは少し顔に感情が出ないように努力をする事を強いられた。 「いいよな、こんな時間」 優しい手が少女の柔らかい髪を撫でる。そんな、時間。 「護衛は要らない」 「……っ」 沙織が恵梨香に告げた言葉は酷く短く端的なものだった。 少なからず面食らった彼女に彼が続けたその言葉は。 「一緒に乗りたい、なら歓迎するけどね」 扱い難い少女がその言葉に冷然とした表情を一瞬だけ崩し、 「では、一緒に乗らせて貰います。どの道護衛になるのは同じですから」 そんな『可愛くない』答えを返したのに沙織は小さな笑い声を上げた。 観覧車は夢現の時間を幾つも運ぶ。 「頂上まで随分あるけれど、この高さが飛べる人たちの住む世界なのね。 自由自在に飛べる人達の事、ちょっと憧れるわ」 ゆっくりと昇っていく空の籠に揺られて対面に座るぐるぐの顔をじっと見る。 「ねぇ、ぐるぐさん。地上から見上げるだけの人達を、飛んでいる人達から見ると、どんな風に見えるの?」 冗談めいた問い掛けに「なんて、ね」と小さな笑いを繋げた糾華もこの時間を満喫していた。 「難しいことはわかんないけど人はしたいと思ったことは出来るし。 やっちゃえば出来るんだよ。それはきっと手を伸ばせば容易い事」 「そ、か」 少しきょとんとしたようなぐるぐは思った通り素直な言葉を吐き出した。 彼女は天真爛漫な風のようだ。誰にも囚われず、誰も捕らえない。 逃げ水のような彼女の性質に糾華が気を揉む事が無い訳では無いけれど――だからこそ、糾華はこの少女が『好き』だった。 「きっかけは人それぞれだけどね」 眺める景色に嬉しそうに騒ぐぐるぐを糾華は目を細めて見つめている。 「そ、か」 二度目、繰り返された少女の言葉は一つの切っ掛けを帯びていた。 「そっち、座っていい? いつも、いつもね。凄く凄く感謝してる。新しい日常をありがとう、ぐるぐさん」 頬に口付けを一つ。くすぐったそうな顔をしたぐるぐが十倍を返す――少女の戯れは子猫のよう。 「下僕でいいです。一生御側に仕えさせて下さい」 いよいよ、漸く、何とか、やったね。 セリオが桃子と『二人きり』になれたのは日も落ち、辺りが闇に染まった頃の事だった。 対面にちょこんと座る桃子の前に跪き、恭しく手を取ってその甲に口付けを落とす。 誠心誠意の言葉は悪戯な魔王に「ふ」と小さな笑みを浮かべさせていた。 「セリオさんはなぁ、それだからなぁ」 逡巡するような仕草を見せた桃子は猫が鼠を嬲るようなそんな目をしていた。 「下僕でいいんですか? 本当に。心から? 大事な事ですよ、良く考えて下さいね?」 試す言葉は何処まで本気で冗談か。他ならぬ桃子が相手では誰より十倍性質が悪い。 穏やかな時間を紡ぐ観覧車(いとぐるま)は止まらない。 「街の夜景が綺麗だな。人々が生きてる、って感じがする。ライトアップもすっげ綺麗だ!」 ――超っっっ! でっかっっっ! 静さん、アレ乗る乗る乗るぅ―――っっっ! テンションを高く玲がおねだりをしたのは何時間か前。 最高の場所を最高のタイミングで過ごす為に静と玲はこの夜の時間を待っていた。 「うわぁ……凄い綺麗……」 窓に張り付くように身を乗り出した玲は夜に広がる景色にうっとりとした声を漏らしていた。 恋人と過ごす時間はそれだけでかけがえが無いが、それがより特別になれば――言うまでも無い事だろうか。 二人で寄り添って、言葉に頷き合い、気持ちを確かめ合う。 極々自然に二人の顔が近くに寄り、交わされた口付けは今夜の特別な味がした。 「……えへへ……」 気恥ずかしく、照れて玲が笑う。 「この街で玲に出会えて良かった。二人なら冬の寒さも乗り越えられる。 今までもこれからも、ずっと玲が大好きだよ」 言葉以上に彼のその目が言っていた。 「……空前絶後、だったか。確かに……これは凄いな……綺麗だ」 ライトアップが施された夜の景色は昼間のそれとは姿を変える。 見下ろすだけで一杯に広がる見事な夜景に拓真は息を呑み、それからそんな言葉を吐き出した。 「綺麗ですね。謳い文句に違わない、見事なもの……」 物腰柔らかで落ち着いた悠月が拓真と同じように「ほう」と息を吐く。 僅かに白く染まったそれを見て、拓真は彼女の肩を抱いた。 「夜になると冷えるな……大丈夫か? 悠月」 「……ええ、大丈夫です。暖かい」 言葉の後半に主語を用意せず、悠月はその名にかかる月の光のような笑みを浮かべていた。 幻想的な時間に光景。先がどれ程長くても再び訪れる事の無い刹那と刹那はどうしてか嬉しい時間なのに少女の胸を幾ばくか締め付ける。 「どうしてだろうな」 拓真は言い掛けてその先を言わなかった。 ――この場所に大切な女性(きみ)と居るのはまるで……泡沫の夢の様だとさえ錯覚する―― 霧の奥を思わせるのは彼女の雰囲気の為なのか。それとも自分自身の弱さ故なのか。 答えを決めかねた拓真はそっと少女の頤を持ち上げた。 「……悠月、大好きだよ。君を、愛してる」 「……私も、愛しています、拓真さん」 交わされる口付け(まほう)は有史以来数多の男女が縋った一番簡単で一番強力な魔法なのだ。 嘘のようなこの夜に、確かな足跡を刻む最高の―― 「何だか、不思議な感じよね」 ゆっくりと空へ昇っていく観覧車。 人目が少し離れたこの隙を逃さずに――オーウェンの膝にちょこんと座ったのは未明だった。 「何がだね?」 少し意地悪で酷く自信家な恋人の顔。 整ったその美貌に白い指を這わせて少女はくすりと笑う。 「オープン後は人混み嫌いだし絶対来ないもの。だから、機会があったのは奇跡だわ」 「一度、遊園地デートしてみたかったの」と笑う未明に「成る程」とオーウェンは頷いた。 遠く広がる街の灯は望外の美しさを湛える――地上に落ちた星の海のようだ。 地上から空を見上げる事も、空の籠から地上を見下ろす事もその実大きな差は無いのかも知れない。 そんな錯覚を覚える程度には、空気は幻想と想いに滲む。 「最近は多忙極まりなかったからな。やはり寂しかったか?」 「寂しかった」 「寒くは無いかね?」 「少し寒いけど、くっついてる分マシだし」 その身体をぎゅっと寄せてから――未明は少し頬を紅潮させた。 「もっとくっつけば平気、だし」 オーウェンの肩に頭を預けた未明はやや上向いて背後の彼の首を抱く。 自然な所作は何の澱みも残さない。抱っこの形で触れ合った唇と唇を、覗いていたのはこの夜だけ―― ●守りたい世界(ドリン) 「……んー、やっぱりお酒が一番ねぇ」 「うん、フルーツのはいった、きらきらきれいなカクテルをチョイス。綺麗で可愛くて美味しいのですよ」 スカイラウンジには乗り物には恵まれなかったものの、それなりに時間を満喫するエレオノーラとお相手のニニギアの姿が在る。 「どう思う?」 「何がです?」 唐突なエレオノーラの問いにニニギアは小首を傾げた。 「そあらちゃん」 「ああ……頑張ってるみたいですね……」 酒のあてに誰かの恋模様を使うのは妙齢の女性も天使にしか見えない爺さんも同じらしい。 「今頃、(´・ω・`)としてる頃なのかしら」 答えは――どうだっただろうか。 「確かに目をつぶって背中にくっついてただけでしたけれど…… 怖いって言ってたくせにさおりん平気そうだったので悔しいのです」 レストランで向かい合っているのは唇を尖らせたそあらと今日のホストの沙織だった。 「いや、苦手なのは本当だぜ。でもねぇ、あんなに必死にくっつかれたらお兄さん、見栄の一つも張っちまうよ」 本気か嘘かくっくっと鳩が鳴くような声で笑う沙織にそあらは「むぅ」と複雑な顔をした。 「こんな話じゃなくてもっとロマンティックな夜を過ごしたいのです。 でも、さおりん今日は素直にあたしに付き合ってくれたのです。嬉しいのです」 「そりゃあ――」 沙織は幾らかの勿体をつけてから、当然であるかのように言葉を繋いだ。 「――十二日はお前の誕生日だろう?」 「!」 分かり易い反応でそあらの尻尾がぱたぱた揺れる。 「きょ、今日は付き合ってくれるです……?」 上目遣いで問うそあら。要するにお化けが怖くて眠れない。 「さて、ねぇ」 はぐらかすように曖昧な笑みを浮かべた沙織は―― ぐるるるるるぐきゅるるるるるるる…… ――微妙な雰囲気にそぐわない異音の方に視線を向ける。 「取り敢えず、ほら。騎士子さん。ご飯あげるから我慢しないでこっちへおいで」 「む、これは助かる。流石室長だ。では遠慮なくお呼ばれする事にいたしましょう」 「(´・ω;`)」 エレオノーラの予想、この時点で的中である。 夜は未だ長い。果たしてそあらが眠れるのか、悪い夢を見ないのかは――未だ分からない先のお話。 誰もが守りたい世界は特別な時間の後に、暫しの眠りに落ちるのだ。 朝が、来るまで。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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