<雷獣結界>枯尾花討伐記
●枯れた芒の真ん中で
――季節は秋から冬へと巡り、これから東北は厳しい寒さと分厚い雪の世界に閉ざされる。ここ岩手も例外では無いようで――山間部には既に霜が降りて久しく、枯れたススキの間にはちらほらと、白いものが降り積もっていた。
ひとが足を踏み入れることも無いその地には、朽ちかけた小さな祠がぽつんと建っていて。ススキがかさかさと哀しげな音を立てる中、その波間からぼぅと雷を纏った獣が顔を覗かせた。
『あれから、何年経ったのか。我の力では、もはや止め置くことは出来ぬのか』
猫のようなその獣は、ふぅと身体の毛を逆立てて彼方を睨みつける。その先には、稲妻で四肢を戒められながらも虚ろな笑みを浮かべる女の悪霊――妖が、微かな明滅を繰り返して佇んでいた。
あれが生み出された時から、自分は結界を張り巡らせてこの地に封じてきたけれど。時の流れは非情なもので、自分にはもう封印を維持する力も満足に残っていないらしい。
――妖が、嗤った。雷の呪縛を引き裂き、山を下りて存分にひとを食らってやると言わんばかりに。墨染の着物に描かれた朱色の花が、まるで血のように見えて――女はくすくすと、手にした髑髏を愛おしそうに撫でながら、己が解放される時を待っている。
『――頃合い、だろうか』
ぱちり、と辺りに火花を散らし、古妖――雷獣は深い深いため息をひとつ、そっと吐き出した。
●月茨の夢見は語る
四半世紀の間日本を覆っていた電波障害。それは全国に存在する雷獣という古妖の仕業だった。
彼らは妖を封じるために電磁波を出して、自らの結界を生み出していた――それが結果として、電波障害を生んでいたのだ。
「でも……二十年以上結界を維持していた雷獣も疲弊していて、結界の維持は限界が近いみたいなの」
報告書を確認しながら、事件のあらましを語る『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は、その雷獣の生み出している結界の一つが岩手にあるのだと覚者たちに告げた。
「雷獣の結界が無くなれば、そこに封じられた妖が世に出てしまうんだけど……今まで封印されていたことからも分かる通り、強力な個体だから混乱が起きてしまう」
――しかし、妖誕生の時期から妖を封じている雷獣は、その脅威がなくなるなら結界を解いても良いと言っているらしい。妖を退治することにより、雷獣結界が役目を終えるのであれば、日本に生じている電波障害も無くなるだろう。
「でも、それは楽な戦いではないと思う。封印されていた妖は、ランク3の心霊系……その中でも悪霊と呼ばれている存在みたいだから」
それは墨染色の着物を着た女の幽霊で、髑髏を抱えて妖艶な微笑を浮かべていると言う。広範囲に呪いを放ち、精神を汚染する厄介な相手であり、物理攻撃は本来の半分の威力も与えられないだろう。
「既に結界を張っている雷獣には、F.i.V.E.の方で話を通しているみたいだから、みんなが現場に向かって準備が整い次第、結界を解いて妖の戦いを始められるから」
尚、雷獣自身は失敗した時に結界を閉じる役目がある為に、戦闘には参加出来ない。しかし、長年妖を封印してきた結界は伊達では無く、戦闘開始時には弱体と鈍化、更に痺れが妖を蝕んでいる状態らしい。
「この状態でなら、高ランクの妖とも充分に渡り合うことが出来ると思う。だから、どうか雷獣がひっそりと封じてきたものを、此処で終わりにして欲しいんだ」
――雷獣は、稲妻が豊潤を与えるという伝承から、優しき獣という伝承もあるらしい。岩手に住まう彼が、たったひとりで背負ってきた重荷を降ろしてあげることが出来るのなら。瞑夜はそう言って一礼をして、覚者たちへ未来を託したのだった。
――季節は秋から冬へと巡り、これから東北は厳しい寒さと分厚い雪の世界に閉ざされる。ここ岩手も例外では無いようで――山間部には既に霜が降りて久しく、枯れたススキの間にはちらほらと、白いものが降り積もっていた。
ひとが足を踏み入れることも無いその地には、朽ちかけた小さな祠がぽつんと建っていて。ススキがかさかさと哀しげな音を立てる中、その波間からぼぅと雷を纏った獣が顔を覗かせた。
『あれから、何年経ったのか。我の力では、もはや止め置くことは出来ぬのか』
猫のようなその獣は、ふぅと身体の毛を逆立てて彼方を睨みつける。その先には、稲妻で四肢を戒められながらも虚ろな笑みを浮かべる女の悪霊――妖が、微かな明滅を繰り返して佇んでいた。
あれが生み出された時から、自分は結界を張り巡らせてこの地に封じてきたけれど。時の流れは非情なもので、自分にはもう封印を維持する力も満足に残っていないらしい。
――妖が、嗤った。雷の呪縛を引き裂き、山を下りて存分にひとを食らってやると言わんばかりに。墨染の着物に描かれた朱色の花が、まるで血のように見えて――女はくすくすと、手にした髑髏を愛おしそうに撫でながら、己が解放される時を待っている。
『――頃合い、だろうか』
ぱちり、と辺りに火花を散らし、古妖――雷獣は深い深いため息をひとつ、そっと吐き出した。
●月茨の夢見は語る
四半世紀の間日本を覆っていた電波障害。それは全国に存在する雷獣という古妖の仕業だった。
彼らは妖を封じるために電磁波を出して、自らの結界を生み出していた――それが結果として、電波障害を生んでいたのだ。
「でも……二十年以上結界を維持していた雷獣も疲弊していて、結界の維持は限界が近いみたいなの」
報告書を確認しながら、事件のあらましを語る『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は、その雷獣の生み出している結界の一つが岩手にあるのだと覚者たちに告げた。
「雷獣の結界が無くなれば、そこに封じられた妖が世に出てしまうんだけど……今まで封印されていたことからも分かる通り、強力な個体だから混乱が起きてしまう」
――しかし、妖誕生の時期から妖を封じている雷獣は、その脅威がなくなるなら結界を解いても良いと言っているらしい。妖を退治することにより、雷獣結界が役目を終えるのであれば、日本に生じている電波障害も無くなるだろう。
「でも、それは楽な戦いではないと思う。封印されていた妖は、ランク3の心霊系……その中でも悪霊と呼ばれている存在みたいだから」
それは墨染色の着物を着た女の幽霊で、髑髏を抱えて妖艶な微笑を浮かべていると言う。広範囲に呪いを放ち、精神を汚染する厄介な相手であり、物理攻撃は本来の半分の威力も与えられないだろう。
「既に結界を張っている雷獣には、F.i.V.E.の方で話を通しているみたいだから、みんなが現場に向かって準備が整い次第、結界を解いて妖の戦いを始められるから」
尚、雷獣自身は失敗した時に結界を閉じる役目がある為に、戦闘には参加出来ない。しかし、長年妖を封印してきた結界は伊達では無く、戦闘開始時には弱体と鈍化、更に痺れが妖を蝕んでいる状態らしい。
「この状態でなら、高ランクの妖とも充分に渡り合うことが出来ると思う。だから、どうか雷獣がひっそりと封じてきたものを、此処で終わりにして欲しいんだ」
――雷獣は、稲妻が豊潤を与えるという伝承から、優しき獣という伝承もあるらしい。岩手に住まう彼が、たったひとりで背負ってきた重荷を降ろしてあげることが出来るのなら。瞑夜はそう言って一礼をして、覚者たちへ未来を託したのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.雷獣結界に封印されていた、心霊系妖1体(ランク3)の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●心霊系妖(ランク3)×1
墨染色の着物に朱を散らせ、髑髏を抱く女の悪霊です。広範囲へ呪いをもたらす攻撃を得意としており、心霊系妖の例に漏れず物理攻撃は殆ど効きません(威力は半減以上します。物理特化のPCさんでも、物理で攻撃するより術式の方がまし、と言った位です)
※但し、今までの結界の影響により、戦闘開始時は『弱体』『鈍化』『痺れ』が付与された状態です。
・花麒麟(特遠単・貫2、【流血】【猛毒】)
・鬼火舞(特遠列・【重圧】【混乱】)
・髑髏唄(特遠全・【呪い】)
●戦場など
場所は岩手県の山間部、枯れたススキが生い茂る開けた場所になります。其処で妖を封印した結界を雷獣に解いてもらい、戦闘開始となります。
※事前付与などは行えません。行っても、戦闘開始と同時にリセットされます。
●雷獣
日本に妖が現れた時から、結界を張って妖を封印してきた古妖の一体です。この雷獣は雷を纏った猫のような姿をしており、悟ったような口調に反してちまっこくかわゆい系です。
F.i.V.E.との交渉により、結界を解く流れについては納得済みです。また、妖退治が失敗した時に結界を閉じる役目がある為、戦闘には参加しません。
条件つきで弱体化している為、難易度が下がっていますが、ランク3の妖と言うことで強敵となります。成功如何で電波障害が解決するかもと言う依頼になりますので、どうか頑張ってください。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年12月10日
2016年12月10日
■メイン参加者 8人■

●幽霊の正体見たり
身を切るような寒風に晒されて『淡雪の歌姫』鈴駆・ありす(CL2001269)は、首に巻いていたマフラーをそっとかき合わせた。やはり岩手の冬は厳しく、故郷の暖かさが恋しくなるが――ちょっぴり照れた様子で手を差し出してくれる『弦操りの強者』黒崎 ヤマト(CL2001083)のことを思えば、知らず心はほんのりと温かくなる。
「今はまだ、そう雪が積もっていないのが幸いかしらね」
――彼女たち覚者が向かっているのは、東北は岩手県の山間部にある雷獣の住処。其処では人知れず古妖――雷獣が結界を張り、二十年以上もの間妖を封じていたのだ。
「長年、危険な妖を抑え続けると言うのは、どれだけ大変だったでしょうか。できればそのご苦労を、今ここで終わらせてあげたいですね……」
吐き出した白い吐息が、灰色の空に溶けていくのをゆっくりと眺めながら『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)は、菫色の瞳に静かな決意の灯をともす。恐らくは、日本に突如として妖が出現した頃からずっと、彼はひとびとを守る為にひとりで力を使っていたのだろう。
「ええ、それに電波障害にそんなわけがあったなんて。雷獣たちが守ってくれているなんて知らなかったから、とても驚いたけれど……知ったからには放っては置けないわ」
艶やかな黒髪を靡かせて山道を往く三島 椿(CL2000061)は、毅然としたまなざしで前を見据えてきっぱりと告げた。今まで当たり前だった電波障害が、結界を解くことで解消される――そのことには不安もあるけれど、封印してきた妖を此処で倒せるなら、と椿は気合を入れる。
(でも、彼らはどうしてそこまで守ってくれたのかしら)
――自分たちと同じく、誰かを守りたいという気持ちだったのだろうか。椿もまた、幼い頃から兄に守られて育った為に、今度は自分が誰かを守れるようにありたいと思っていたから。
優しき獣と伝えられる雷獣の、今まで背負って来た使命を終わりに出来たら――そう想いを巡らせている内に、一行は冬枯れのススキがもの寂しげに揺れる広場へ辿り着いていた。と、ひと気のない場所を訪れた覚者の気配に気づいたのか、茂みがかさかさと揺れて――其処からひょっこりと、ちまっこい猫を思わせる雷獣が顔を覗かせる。
「あら、本当に可愛らしい姿をしているのね」
思わず相貌を和らげて『月々紅花』環 大和(CL2000477)が見つめる雷獣は、纏う雷が無ければちょっぴり毛足の長い猫のようだった。けれど妖という脅威が現れても、人が一度に滅びずそれなりに平穏を保ってこれたのは、彼ら雷獣のおかげであったのだ。
「……今までありがとう、あとはわたし達が頑張るわ」
『お主たちなのだな。今まで我らが封じていた妖を退治してくれると言うのは』
にゃあ、とひと声鳴いて頷く雷獣は、大和の言葉に少し照れたように尾を揺らして。既に妖に対処する旨は伝わっていたようであったが、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は改めて雷獣に敬礼し、今まで妖を封印してきたことへの感謝を述べた。電波障害は確かに厄介だったが、あなた達がこの日本を、人の営みの為に守っていたことに軍人として感謝し、尊敬する――と。
「ですから、次は自分達の番です。自分達が日本を守ってみせます」
実直な佇まいで誓いの言葉を紡ぐ千陽だが、其処でふと読みふけっていた本のことを思い出す。そう言えば岩手は、彼の地出身の詩人がイーハトーヴ――理想郷と呼んだ地であったか。
「テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東……ですね」
小首を傾げる千陽へ、唄うように文章の一節を諳んじたのは『囁くように唄う』藤 壱縷(CL2001386)。岩手出身である彼女にとって、それは馴染み深い言葉であり――同時にこの地を守ってくれた雷獣へ、そっと感謝の気持ちを伝える。
「……ならば、この雷獣にとってもここが理想郷となるように。全力を尽くしましょう」
その千陽の言葉に皆が頷き、軽く雷獣へ挨拶をしたヤマトは、お疲れ様は全部終わった後で言おうと決意したようだ。そうして頃合いを見た雷獣は、結界を解く準備に取り掛かり――枯れススキの野原の中央には、雷に戒められた妖がぼぅと姿を現わした。
「ふん、これが電波障害の元か。電磁波で封印可能というのは面白い」
雷獣結界を興味深そうに眺める赤祢 維摩(CL2000884)は、応用が効くのか、只の電磁波でも封じられるものなのかと思案に耽っているようだ。しかし、もがきながらも此方を睨みつける悪霊と目が合うと、ふんとその口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「まあいい、四半世紀封じ続けられた妖だ。人と大々的に関わる前のものと考えれば、貴重なサンプルか」
『――封印が解けるぞ。備えてくれ』
雷獣がひと声鳴くと同時、妖を縛っていた雷は弾け飛ぶ。それが意図的に解かれたものだとも知らず、戒めを解かれた妖はくすくすと邪悪な笑声を響かせて、早速目の前に居る獲物を食らおうと襲い掛かってくる。
「雷獣様はどうか、少し離れていてくださいっ!」
精霊顕現の証を輝かせた壱縷が、背後の雷獣に声を掛けるが――彼は本能的に、此方へ向かって来る妖を威嚇しようと猫パンチを繰り出しておられた。が、結界を解いた後は安全な場所で見守っていて、との大和の言葉をようやく思い出したらしく、ちょっぴり恥ずかしそうな様子で離れた場所まで引っこんでいく。
(か、可愛い……)
ついつい、きゅんとなってしまう澄香と椿だが、妖との戦いに抜かりはない。一方で紅蓮の髪を靡かせたありすは、枯れススキの中に佇む亡霊を一瞥して、魂ごと焼き尽くしてあげるとばかりに炎を纏う。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花……なんて。枯れ尾花くらい可愛いものならよかったんだけど」
こんなものを封印していたなんて、雷獣サンには頭が上がらない――そんなありすの言葉に頷くヤマトは、彼がのんびり休めるように、今度は自分たちが守る番だと言って紅蓮のギターを構えた。
「行こうぜありす! いつも通り、守り通す!」
「望むところよ。雷獣サンのためにも、ここで絶対にカタを付けてやろうじゃない!」
●枯尾花はいざなう
「は、初めての戦い……しかも強敵……。私に上手く出来るでしょうか……」
早鐘のような鼓動を打つ胸元をぎゅっと押さえながら、壱縷は震える己を叱咤して妖と向き合う。確かに敵は高ランクの強敵であるが、長年彼女を縛り続けていた雷獣結界は伊達ではない――その影響により弱体化しているようだと、能力の解析を行った維摩は断言した。
「ふん、陰気振りまき鬱々と鬱陶しいが……自然治癒で解除出来るものではないようだな」
つまり、既定の時間は効果を発揮し続けるようだと千陽も把握し、先ずは火力を上げようと英霊の力を引き出す。更にヤマトも体内の炎を燃え上がらせる傍らで、ありすは相手が弱体化している内に優位に進めるべく、第三の目を開いて破眼光を撃ち出した。
「いくわよ、ゆる。開眼! その動き、封じるわ!」
守護使役のゆるが、ふわりと主の周りを舞うと同時、眩い光が妖の着物を貫く。ざわざわとススキの群れが不吉な音色を奏でる中、黒翼を羽ばたかせる澄香は治癒力を高める濃縮した香り――清廉珀香を振りまいて、厄介な妖の状態異常に備えていった。
(負けるわけには、いかないわ)
更に椿は自身に超純水を取り込んで、何かあっても直ぐに仲間の異常に対処出来るように耐性を上げて。彼女たちの援護を受けながら、前衛に立つ大和は千陽と呼吸を合わせて、呪詛を纏う妖へと向かっていく。
「ここを守ってきた雷獣の代わりというわけではないのだけれども――」
覚醒と同時――妖艶な紫へと変じた瞳を細めて大和が繰り出すのは、雷獣の名を冠した天行の術式だ。今回の戦いにはピッタリだと呟いて、生じた雷雲から放たれる激しい雷は、辺り一帯を纏めて薙ぎ払っていった。
「……やはり枯れ尾花のように、平和な存在ではないようですね」
軽口を叩きながらも、油断せずに敵の動きに注意を払っていた千陽は、来ますかと呟きナイフを構える。少しでも負荷を与えられたらと発した威圧にも負けず、妖は花麒麟の如き鮮やかな棘を操り、獲物を一気に貫こうと襲い掛かった。
(お、恐れては……ダメ。その瞬間、戦えなくなってしまうでしょうから……)
色褪せた風景に、一際鮮やかな朱が散って――それが仲間たちの受けた傷だと知った壱縷は、己の役目を全うしようと癒しの術を行使する。癒しの滴が千陽の傷を塞いでいく中、維摩は慟哭の艶舞を披露し、妖へ怒りを付与出来ないかと試していた。
「……陰気振りまくよりも、怒りに駆られた方が魅力的だと思ったのだがな」
――しかし、精度の問題から付与までは至らず。髑髏を抱き怨嗟のうたを響かせる妖へ、真っ向からヤマトが立ち向かう。
「さぁ行くぜ! とびっきりのレクイエムで送ってやる!」
レイジングブル・スピリットの弦をかき鳴らし、激しい音楽と共にヤマトは炎を操った。呪いなんかに負けないように、全員の心を奮い立たせるつもりで――揺らめく尾を引いて火焔連弾が叩きつけられ、炎の塊は立て続けに妖を炎上させていく。
「巡り巡って、生命を潤す力を――」
その間にも椿が状態異常の回復に動き、指先から満ちていく深想水が、棘の呪いに蝕まれた千陽を浄化していった。
心霊系妖――それも悪霊となれば強敵だが、一行は敵の特性を把握した上で的確に対処していく。物理と相性が悪い相手へは術式の得意な者たちが当たり、厄介な状態異常への回復手段も充実、妖の強みが完全に封じられた形になっていた。
(万が一の場合は、舞衣での解除も視野に入れていたが)
この分では大丈夫かと維摩は判断し、お膳立てはしてやるとばかりに雷獣での攻撃へと転じる。どうやら妖は状態異常を与えることが主軸であり、火力自体はそうある訳では無い――ならばこのまま一気に波状攻撃を仕掛けようと、千陽は大和に合図を送った。
「今が好機、ならば……。環嬢、俺に続いて下さい」
地面から突き出した隆槍に、妖が気を取られたその時――枯れススキの海を足取りも軽く駆け抜ける大和は、千陽と息を合わせ、其処へ雷獣の稲妻を解き放つ。
「なるほど、こういう戦い方もあるのね」
直ぐに戦法をものにしていった大和は、眩いばかりの銀糸の髪を靡かせて嫣然と微笑んだ。それにしても、見事なまでに絵に描いたような悪霊――と、彼女は底知れぬ光を瞳に宿す妖を見て、軽く肩をすくめる。
「……本当、ホラー映画にでてきそうだわ」
●枯野に響く歌
どうやら戦場を離れた雷獣が標的になることは無いようで、何かあれば身体を張ってでも阻止しようと思っていた大和はそっと息を吐く。しかし妖は、後衛で回復に奔走している、皆よりも経験の浅い壱縷に狙いを定めたようだ。
「あ、妖……っ!」
不吉な鬼火がゆらりと舞い、彼女と――同列に居た維摩を纏めて呑み込んでいく。もし危機的な状況に陥ったら、戦闘から離れて回復を待てないかと考えていた壱縷だったが、とてもじゃないがそんな余裕は無いのだと思い知らされた。
(……敵ですらも傷つけてしまう事は怖い、です。でも……この地を守って下さった方がいるから……)
高められていた自然治癒力で混乱を振り切った彼女は、敵を牽制しようと水礫を撃ち出す。豊かに波打つ髪を飾る藤風が揺れる中、壱縷は震える声を懸命に響かせた。
「……雷獣様に少しでも報いる為に……私は私が出来る事を今っ!!」
そんな彼女の決意を祝福するように、辺りへ降り注ぐのは椿が招いた潤しの雨。更に澄香の大樹の息吹――生命力を凝縮した緑の雫が、消耗していた仲間たちに活力を与えていく。
「正直、妖は一人で倒せなくても、協力すればきっと倒せますよね」
「どうした! お前の想いは、この程度か! 全然響かねー!」
そうして後方に妖の注意が向いていると知ったヤマトは、此方に注意を呼び戻すべく声を張り上げ、その背の翼も広げつつ威嚇を行った。彼の挑発を理解したのだろう――生意気な人間を捩じ伏せてやるとばかりに、妖は前衛へと向き直り、鬼火舞で一行を侵食していく。
「こっちだって、アンタの呪い以上の想いで打ち返してあげる!」
しかし、勝気なありすは直ぐに反撃へと転じ――そんな勇ましい相棒の姿を見たヤマトも、格好悪い所は見せられないと頬を叩いて気合を入れ直した。と、其処で妖を蝕んでいた痺れがその動きを封じ、今が攻め時と見た千陽が一気に畳みかけようと大地を隆起させる。
「相手の体力は残り僅か……倒す好機です」
その言葉に頷いた大和は術符を操り、激しい雷を落として妖を追い詰めていき――前線で果敢に攻めるヤマトの気力を案じた維摩はと言えば、大填気によって転化させた己の精神力を分け与えるべく動いていた。
「ふん、休む暇などあるものかよ。精々擦り切れるまで撃ち続けてろ」
「あぁ、さんきゅー!」
維摩の突っぱねたような言い方は、ひとと馴れ馴れしくするのが苦手だからだろう――と、ありすとの付き合いが長いヤマトは何となく感じ取る。ツンデレ、なんて言えば怒るだろうけど、きっとこれも彼なりの激励なのだ。
「行くわよ、ヤマト! アタシ達の炎が合わされば無敵よ!」
行ける時に行くと決意したありすが、頭上に両手を掲げて炎の塊を次々に生み出していく。おう、と気合を満たしたヤマトは、タイミングを合わせて弦を弾き――奏でる音楽に乗せて炎を操っていった。
「行くぜ、ありす! 二人合わされば、どんな呪いも悪霊も跳ね除けてみせる!」
――全てを呪うお前に、オレ達の想いの強さを見せてやる。アタシ達の炎が合わされば無敵なのだと、二人の意志を乗せた火焔連弾は火の粉を散らし、妖を浄化せんばかりの勢いで激しく燃え上がった。
「呪いなんて、とっとと吐き尽くして忘れちまえ! 全部受け止めて、この炎を送り火に、まとめて浄化してやるよ!」
ああ、あああああ――爪を立てて、空を引き裂くかのような妖の絶叫が響き渡り、遂にその姿が掻き消えていく。消滅の間際まで憎悪と呪詛をまき散らす、彼女の姿を思ってか、其処でヤマトはギターを手にこもりうたを歌い始めた。
(最後まで呪ったまま終わるより、少しでも救われた方がいいよな)
最後までとびっきりのレクイエムをと、枯野に響き渡る歌声に耳を澄ませる椿は不意に想う。――人の想いの塊。それはどれほどの想いで、強さで、生まれた悪霊だったのだろうと。
「静かに……おやすみなさい。今度こそ」
●日の本の行く末
――お疲れ様、と無事に妖を倒したありすはヤマトとハイタッチを交わして。思わず自然に零れた笑みに、ありすはいつの間にかこんなに笑えるようになっていた自分に驚く。そんな自分の笑顔に、ヤマトが見惚れていたことには気付かずに――ありすは駆け寄って来た雷獣へ、今までありがとうとお礼の言葉を述べた。
「これからはアタシ達も一緒に、この国を守っていくわ。だから、雷獣サンは少し休んでいていいわよ」
「そうですね……少し休まれて下さい、ご自身のお体をご自愛くださいね」
ちょっぴり生意気かしらとありすは頬を掻くが、微笑を浮かべる壱縷にも労われて、雷獣はくすぐったそうに身を捩らせている。自分では封印するのが精一杯であった妖――それを、因子の力に目覚めた人間たちは見事に退治してくれたのだ。
『この国は、変わりつつあるのだな……。お主たちのような人間が居るのであれば、未来に希望を託すことも出来ると言うもの』
「あの、こんな時になんですけど……な、撫でてもいいでしょうか……猫さんみたいで可愛いのですけど……」
と、真面目な顔でにゃあと鳴く雷獣の元へ、おずおずと手を伸ばしたのは澄香。一瞬雷獣は虚を突かれたような顔をしたが、ひととの触れ合いは嬉しいらしく、ごろんと彼女の腕の中に納まった。
「わあ……ふかふかです……!」
澄香の歓声に惹かれた大和も、代わる代わるちまっこい雷獣をぎゅっと抱きしめて。ごろごろと幸せそうに喉を鳴らす雷獣の仕草に目を細める椿も、もふもふのお腹を撫でながら封印のお礼を述べる。
「こんにちは、私は三島椿。貴方の名前は?」
その問いに雷獣は、かつて人間に呼ばれた名はあったけれど、遠い昔のことなので好きに呼んでいいと言った。そんな訳で、見たままのネーミングセンスを発揮した椿が名付けた名前はと言えば――。
「サバトラの猫っぽいから……サバ太郎」
『……ふむ』
――かくしてサバ太郎と名付けられた雷獣を見守りながら、千陽と大和は結界が解けた後のことに思いを巡らせていた。
「これで、日本は一つまた大きく変化するんでしょうね。電波が通じるようになって、混乱はあるでしょうが」
「そうね、電波が通じることで日本がこれからどう変わっていくのか楽しみだわ」
雷獣結界のこと、そして封印されていた妖のこと――他所での事件と比較すれば、分かることもあるだろうかと維摩は考える。一方で初めての戦いを乗り切った壱縷は、皆の役に立てる存在になれるだろうかと、雪のちらつき始めた故郷の空を見上げていた。
(電波障害がなくなる事の利点、けれど同時になくなる事で新たな問題も起きると思うけれど)
――でも今は、良かったと思う。使命から解放された雷獣を撫でながら、椿は誰かを守れた事実を静かに噛みしめていた。
身を切るような寒風に晒されて『淡雪の歌姫』鈴駆・ありす(CL2001269)は、首に巻いていたマフラーをそっとかき合わせた。やはり岩手の冬は厳しく、故郷の暖かさが恋しくなるが――ちょっぴり照れた様子で手を差し出してくれる『弦操りの強者』黒崎 ヤマト(CL2001083)のことを思えば、知らず心はほんのりと温かくなる。
「今はまだ、そう雪が積もっていないのが幸いかしらね」
――彼女たち覚者が向かっているのは、東北は岩手県の山間部にある雷獣の住処。其処では人知れず古妖――雷獣が結界を張り、二十年以上もの間妖を封じていたのだ。
「長年、危険な妖を抑え続けると言うのは、どれだけ大変だったでしょうか。できればそのご苦労を、今ここで終わらせてあげたいですね……」
吐き出した白い吐息が、灰色の空に溶けていくのをゆっくりと眺めながら『願いの翼』天野 澄香(CL2000194)は、菫色の瞳に静かな決意の灯をともす。恐らくは、日本に突如として妖が出現した頃からずっと、彼はひとびとを守る為にひとりで力を使っていたのだろう。
「ええ、それに電波障害にそんなわけがあったなんて。雷獣たちが守ってくれているなんて知らなかったから、とても驚いたけれど……知ったからには放っては置けないわ」
艶やかな黒髪を靡かせて山道を往く三島 椿(CL2000061)は、毅然としたまなざしで前を見据えてきっぱりと告げた。今まで当たり前だった電波障害が、結界を解くことで解消される――そのことには不安もあるけれど、封印してきた妖を此処で倒せるなら、と椿は気合を入れる。
(でも、彼らはどうしてそこまで守ってくれたのかしら)
――自分たちと同じく、誰かを守りたいという気持ちだったのだろうか。椿もまた、幼い頃から兄に守られて育った為に、今度は自分が誰かを守れるようにありたいと思っていたから。
優しき獣と伝えられる雷獣の、今まで背負って来た使命を終わりに出来たら――そう想いを巡らせている内に、一行は冬枯れのススキがもの寂しげに揺れる広場へ辿り着いていた。と、ひと気のない場所を訪れた覚者の気配に気づいたのか、茂みがかさかさと揺れて――其処からひょっこりと、ちまっこい猫を思わせる雷獣が顔を覗かせる。
「あら、本当に可愛らしい姿をしているのね」
思わず相貌を和らげて『月々紅花』環 大和(CL2000477)が見つめる雷獣は、纏う雷が無ければちょっぴり毛足の長い猫のようだった。けれど妖という脅威が現れても、人が一度に滅びずそれなりに平穏を保ってこれたのは、彼ら雷獣のおかげであったのだ。
「……今までありがとう、あとはわたし達が頑張るわ」
『お主たちなのだな。今まで我らが封じていた妖を退治してくれると言うのは』
にゃあ、とひと声鳴いて頷く雷獣は、大和の言葉に少し照れたように尾を揺らして。既に妖に対処する旨は伝わっていたようであったが、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は改めて雷獣に敬礼し、今まで妖を封印してきたことへの感謝を述べた。電波障害は確かに厄介だったが、あなた達がこの日本を、人の営みの為に守っていたことに軍人として感謝し、尊敬する――と。
「ですから、次は自分達の番です。自分達が日本を守ってみせます」
実直な佇まいで誓いの言葉を紡ぐ千陽だが、其処でふと読みふけっていた本のことを思い出す。そう言えば岩手は、彼の地出身の詩人がイーハトーヴ――理想郷と呼んだ地であったか。
「テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東……ですね」
小首を傾げる千陽へ、唄うように文章の一節を諳んじたのは『囁くように唄う』藤 壱縷(CL2001386)。岩手出身である彼女にとって、それは馴染み深い言葉であり――同時にこの地を守ってくれた雷獣へ、そっと感謝の気持ちを伝える。
「……ならば、この雷獣にとってもここが理想郷となるように。全力を尽くしましょう」
その千陽の言葉に皆が頷き、軽く雷獣へ挨拶をしたヤマトは、お疲れ様は全部終わった後で言おうと決意したようだ。そうして頃合いを見た雷獣は、結界を解く準備に取り掛かり――枯れススキの野原の中央には、雷に戒められた妖がぼぅと姿を現わした。
「ふん、これが電波障害の元か。電磁波で封印可能というのは面白い」
雷獣結界を興味深そうに眺める赤祢 維摩(CL2000884)は、応用が効くのか、只の電磁波でも封じられるものなのかと思案に耽っているようだ。しかし、もがきながらも此方を睨みつける悪霊と目が合うと、ふんとその口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「まあいい、四半世紀封じ続けられた妖だ。人と大々的に関わる前のものと考えれば、貴重なサンプルか」
『――封印が解けるぞ。備えてくれ』
雷獣がひと声鳴くと同時、妖を縛っていた雷は弾け飛ぶ。それが意図的に解かれたものだとも知らず、戒めを解かれた妖はくすくすと邪悪な笑声を響かせて、早速目の前に居る獲物を食らおうと襲い掛かってくる。
「雷獣様はどうか、少し離れていてくださいっ!」
精霊顕現の証を輝かせた壱縷が、背後の雷獣に声を掛けるが――彼は本能的に、此方へ向かって来る妖を威嚇しようと猫パンチを繰り出しておられた。が、結界を解いた後は安全な場所で見守っていて、との大和の言葉をようやく思い出したらしく、ちょっぴり恥ずかしそうな様子で離れた場所まで引っこんでいく。
(か、可愛い……)
ついつい、きゅんとなってしまう澄香と椿だが、妖との戦いに抜かりはない。一方で紅蓮の髪を靡かせたありすは、枯れススキの中に佇む亡霊を一瞥して、魂ごと焼き尽くしてあげるとばかりに炎を纏う。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花……なんて。枯れ尾花くらい可愛いものならよかったんだけど」
こんなものを封印していたなんて、雷獣サンには頭が上がらない――そんなありすの言葉に頷くヤマトは、彼がのんびり休めるように、今度は自分たちが守る番だと言って紅蓮のギターを構えた。
「行こうぜありす! いつも通り、守り通す!」
「望むところよ。雷獣サンのためにも、ここで絶対にカタを付けてやろうじゃない!」
●枯尾花はいざなう
「は、初めての戦い……しかも強敵……。私に上手く出来るでしょうか……」
早鐘のような鼓動を打つ胸元をぎゅっと押さえながら、壱縷は震える己を叱咤して妖と向き合う。確かに敵は高ランクの強敵であるが、長年彼女を縛り続けていた雷獣結界は伊達ではない――その影響により弱体化しているようだと、能力の解析を行った維摩は断言した。
「ふん、陰気振りまき鬱々と鬱陶しいが……自然治癒で解除出来るものではないようだな」
つまり、既定の時間は効果を発揮し続けるようだと千陽も把握し、先ずは火力を上げようと英霊の力を引き出す。更にヤマトも体内の炎を燃え上がらせる傍らで、ありすは相手が弱体化している内に優位に進めるべく、第三の目を開いて破眼光を撃ち出した。
「いくわよ、ゆる。開眼! その動き、封じるわ!」
守護使役のゆるが、ふわりと主の周りを舞うと同時、眩い光が妖の着物を貫く。ざわざわとススキの群れが不吉な音色を奏でる中、黒翼を羽ばたかせる澄香は治癒力を高める濃縮した香り――清廉珀香を振りまいて、厄介な妖の状態異常に備えていった。
(負けるわけには、いかないわ)
更に椿は自身に超純水を取り込んで、何かあっても直ぐに仲間の異常に対処出来るように耐性を上げて。彼女たちの援護を受けながら、前衛に立つ大和は千陽と呼吸を合わせて、呪詛を纏う妖へと向かっていく。
「ここを守ってきた雷獣の代わりというわけではないのだけれども――」
覚醒と同時――妖艶な紫へと変じた瞳を細めて大和が繰り出すのは、雷獣の名を冠した天行の術式だ。今回の戦いにはピッタリだと呟いて、生じた雷雲から放たれる激しい雷は、辺り一帯を纏めて薙ぎ払っていった。
「……やはり枯れ尾花のように、平和な存在ではないようですね」
軽口を叩きながらも、油断せずに敵の動きに注意を払っていた千陽は、来ますかと呟きナイフを構える。少しでも負荷を与えられたらと発した威圧にも負けず、妖は花麒麟の如き鮮やかな棘を操り、獲物を一気に貫こうと襲い掛かった。
(お、恐れては……ダメ。その瞬間、戦えなくなってしまうでしょうから……)
色褪せた風景に、一際鮮やかな朱が散って――それが仲間たちの受けた傷だと知った壱縷は、己の役目を全うしようと癒しの術を行使する。癒しの滴が千陽の傷を塞いでいく中、維摩は慟哭の艶舞を披露し、妖へ怒りを付与出来ないかと試していた。
「……陰気振りまくよりも、怒りに駆られた方が魅力的だと思ったのだがな」
――しかし、精度の問題から付与までは至らず。髑髏を抱き怨嗟のうたを響かせる妖へ、真っ向からヤマトが立ち向かう。
「さぁ行くぜ! とびっきりのレクイエムで送ってやる!」
レイジングブル・スピリットの弦をかき鳴らし、激しい音楽と共にヤマトは炎を操った。呪いなんかに負けないように、全員の心を奮い立たせるつもりで――揺らめく尾を引いて火焔連弾が叩きつけられ、炎の塊は立て続けに妖を炎上させていく。
「巡り巡って、生命を潤す力を――」
その間にも椿が状態異常の回復に動き、指先から満ちていく深想水が、棘の呪いに蝕まれた千陽を浄化していった。
心霊系妖――それも悪霊となれば強敵だが、一行は敵の特性を把握した上で的確に対処していく。物理と相性が悪い相手へは術式の得意な者たちが当たり、厄介な状態異常への回復手段も充実、妖の強みが完全に封じられた形になっていた。
(万が一の場合は、舞衣での解除も視野に入れていたが)
この分では大丈夫かと維摩は判断し、お膳立てはしてやるとばかりに雷獣での攻撃へと転じる。どうやら妖は状態異常を与えることが主軸であり、火力自体はそうある訳では無い――ならばこのまま一気に波状攻撃を仕掛けようと、千陽は大和に合図を送った。
「今が好機、ならば……。環嬢、俺に続いて下さい」
地面から突き出した隆槍に、妖が気を取られたその時――枯れススキの海を足取りも軽く駆け抜ける大和は、千陽と息を合わせ、其処へ雷獣の稲妻を解き放つ。
「なるほど、こういう戦い方もあるのね」
直ぐに戦法をものにしていった大和は、眩いばかりの銀糸の髪を靡かせて嫣然と微笑んだ。それにしても、見事なまでに絵に描いたような悪霊――と、彼女は底知れぬ光を瞳に宿す妖を見て、軽く肩をすくめる。
「……本当、ホラー映画にでてきそうだわ」
●枯野に響く歌
どうやら戦場を離れた雷獣が標的になることは無いようで、何かあれば身体を張ってでも阻止しようと思っていた大和はそっと息を吐く。しかし妖は、後衛で回復に奔走している、皆よりも経験の浅い壱縷に狙いを定めたようだ。
「あ、妖……っ!」
不吉な鬼火がゆらりと舞い、彼女と――同列に居た維摩を纏めて呑み込んでいく。もし危機的な状況に陥ったら、戦闘から離れて回復を待てないかと考えていた壱縷だったが、とてもじゃないがそんな余裕は無いのだと思い知らされた。
(……敵ですらも傷つけてしまう事は怖い、です。でも……この地を守って下さった方がいるから……)
高められていた自然治癒力で混乱を振り切った彼女は、敵を牽制しようと水礫を撃ち出す。豊かに波打つ髪を飾る藤風が揺れる中、壱縷は震える声を懸命に響かせた。
「……雷獣様に少しでも報いる為に……私は私が出来る事を今っ!!」
そんな彼女の決意を祝福するように、辺りへ降り注ぐのは椿が招いた潤しの雨。更に澄香の大樹の息吹――生命力を凝縮した緑の雫が、消耗していた仲間たちに活力を与えていく。
「正直、妖は一人で倒せなくても、協力すればきっと倒せますよね」
「どうした! お前の想いは、この程度か! 全然響かねー!」
そうして後方に妖の注意が向いていると知ったヤマトは、此方に注意を呼び戻すべく声を張り上げ、その背の翼も広げつつ威嚇を行った。彼の挑発を理解したのだろう――生意気な人間を捩じ伏せてやるとばかりに、妖は前衛へと向き直り、鬼火舞で一行を侵食していく。
「こっちだって、アンタの呪い以上の想いで打ち返してあげる!」
しかし、勝気なありすは直ぐに反撃へと転じ――そんな勇ましい相棒の姿を見たヤマトも、格好悪い所は見せられないと頬を叩いて気合を入れ直した。と、其処で妖を蝕んでいた痺れがその動きを封じ、今が攻め時と見た千陽が一気に畳みかけようと大地を隆起させる。
「相手の体力は残り僅か……倒す好機です」
その言葉に頷いた大和は術符を操り、激しい雷を落として妖を追い詰めていき――前線で果敢に攻めるヤマトの気力を案じた維摩はと言えば、大填気によって転化させた己の精神力を分け与えるべく動いていた。
「ふん、休む暇などあるものかよ。精々擦り切れるまで撃ち続けてろ」
「あぁ、さんきゅー!」
維摩の突っぱねたような言い方は、ひとと馴れ馴れしくするのが苦手だからだろう――と、ありすとの付き合いが長いヤマトは何となく感じ取る。ツンデレ、なんて言えば怒るだろうけど、きっとこれも彼なりの激励なのだ。
「行くわよ、ヤマト! アタシ達の炎が合わされば無敵よ!」
行ける時に行くと決意したありすが、頭上に両手を掲げて炎の塊を次々に生み出していく。おう、と気合を満たしたヤマトは、タイミングを合わせて弦を弾き――奏でる音楽に乗せて炎を操っていった。
「行くぜ、ありす! 二人合わされば、どんな呪いも悪霊も跳ね除けてみせる!」
――全てを呪うお前に、オレ達の想いの強さを見せてやる。アタシ達の炎が合わされば無敵なのだと、二人の意志を乗せた火焔連弾は火の粉を散らし、妖を浄化せんばかりの勢いで激しく燃え上がった。
「呪いなんて、とっとと吐き尽くして忘れちまえ! 全部受け止めて、この炎を送り火に、まとめて浄化してやるよ!」
ああ、あああああ――爪を立てて、空を引き裂くかのような妖の絶叫が響き渡り、遂にその姿が掻き消えていく。消滅の間際まで憎悪と呪詛をまき散らす、彼女の姿を思ってか、其処でヤマトはギターを手にこもりうたを歌い始めた。
(最後まで呪ったまま終わるより、少しでも救われた方がいいよな)
最後までとびっきりのレクイエムをと、枯野に響き渡る歌声に耳を澄ませる椿は不意に想う。――人の想いの塊。それはどれほどの想いで、強さで、生まれた悪霊だったのだろうと。
「静かに……おやすみなさい。今度こそ」
●日の本の行く末
――お疲れ様、と無事に妖を倒したありすはヤマトとハイタッチを交わして。思わず自然に零れた笑みに、ありすはいつの間にかこんなに笑えるようになっていた自分に驚く。そんな自分の笑顔に、ヤマトが見惚れていたことには気付かずに――ありすは駆け寄って来た雷獣へ、今までありがとうとお礼の言葉を述べた。
「これからはアタシ達も一緒に、この国を守っていくわ。だから、雷獣サンは少し休んでいていいわよ」
「そうですね……少し休まれて下さい、ご自身のお体をご自愛くださいね」
ちょっぴり生意気かしらとありすは頬を掻くが、微笑を浮かべる壱縷にも労われて、雷獣はくすぐったそうに身を捩らせている。自分では封印するのが精一杯であった妖――それを、因子の力に目覚めた人間たちは見事に退治してくれたのだ。
『この国は、変わりつつあるのだな……。お主たちのような人間が居るのであれば、未来に希望を託すことも出来ると言うもの』
「あの、こんな時になんですけど……な、撫でてもいいでしょうか……猫さんみたいで可愛いのですけど……」
と、真面目な顔でにゃあと鳴く雷獣の元へ、おずおずと手を伸ばしたのは澄香。一瞬雷獣は虚を突かれたような顔をしたが、ひととの触れ合いは嬉しいらしく、ごろんと彼女の腕の中に納まった。
「わあ……ふかふかです……!」
澄香の歓声に惹かれた大和も、代わる代わるちまっこい雷獣をぎゅっと抱きしめて。ごろごろと幸せそうに喉を鳴らす雷獣の仕草に目を細める椿も、もふもふのお腹を撫でながら封印のお礼を述べる。
「こんにちは、私は三島椿。貴方の名前は?」
その問いに雷獣は、かつて人間に呼ばれた名はあったけれど、遠い昔のことなので好きに呼んでいいと言った。そんな訳で、見たままのネーミングセンスを発揮した椿が名付けた名前はと言えば――。
「サバトラの猫っぽいから……サバ太郎」
『……ふむ』
――かくしてサバ太郎と名付けられた雷獣を見守りながら、千陽と大和は結界が解けた後のことに思いを巡らせていた。
「これで、日本は一つまた大きく変化するんでしょうね。電波が通じるようになって、混乱はあるでしょうが」
「そうね、電波が通じることで日本がこれからどう変わっていくのか楽しみだわ」
雷獣結界のこと、そして封印されていた妖のこと――他所での事件と比較すれば、分かることもあるだろうかと維摩は考える。一方で初めての戦いを乗り切った壱縷は、皆の役に立てる存在になれるだろうかと、雪のちらつき始めた故郷の空を見上げていた。
(電波障害がなくなる事の利点、けれど同時になくなる事で新たな問題も起きると思うけれど)
――でも今は、良かったと思う。使命から解放された雷獣を撫でながら、椿は誰かを守れた事実を静かに噛みしめていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
