<雷獣結界>北方の小さな守護者
●双子の雷獣
一面の白。
雪が、大地を覆っていた。
その土地は人を払う結界の中にあった。
二十五年前、およそ人の力では太刀打ち出来ない強大な妖を封じるために展開されていた。
結界を張ったのは二匹の雷獣の兄弟。
二匹の姿は白い雪うさぎのそれに、怪異の証である美しい小さな一本角を有していた。
一匹では他の雷獣より劣っていたが、二匹助け合うことで見事に一人前の働きをしてみせている。
だが、
「――――!!」
「!」
今、二匹の維持する結界は限界を迎えようとしている。
封じられた妖の力の発露である吹雪が、雷獣達から体力を奪っていく。
それでも二匹は己の力の限りを尽くして結界を強化する。
それが最後の抵抗だと分かっていながら。
「……ゴガゴゴゴゴーーーーーーー!!!」
吹雪の中、妖が叫んだ。
ゆっくりと、大きな影が立ち上がる。
雪の巨人。
それは最も力を発揮する冬の訪れと共に、結界を打ち破り暴れ出そうとしていた。
●古妖と共闘せよ
「雷獣と協力して、結界に封じられた妖を倒して下さい」
久方 真由美(nCL2000003)は集まった覚者達を前にして今回の依頼について説明を開始した。
「昨今まで継続的に発生していた電波障害、その原因は妖を封印する雷獣が発生させた結界が原因だったということが判明しました。今回の依頼は、四半世紀の間日本を悩ませていたその問題を解決する大きな一手となるものと思われます」
真由美は期待を隠さず語りつつ、覚者達へ資料を配布していく。今回の戦場は日本の北端、北海道だ。
「この地に封印されている妖は非常に強力で、自然系のランク3に分類されました。全身が真っ白で空洞のような落ち窪んだ黒い目、そして真っ赤な口の巨人。それが私の視た妖の姿です」
彼女の夢見によって知り得た情報が資料には詳細に書き込まれていた。そこには妖の他に、封印を施していた雷獣の情報も記されている。
「この地を封印していた雷獣は双子で、皆さんに協力的な行動をとってくれていました」
強大な妖に対し、彼らは術で戒めを与えその動きを弱体化させてくれるという。
「双子の雷獣の助けがある限り敵は本来の力を発揮しきれないと思うわ。でも、二匹ともとても弱っていて、もしかしたら途中で力尽きてしまうかもしれないの」
もしも彼らの助けを失う事態となれば、この依頼の達成は難しい物となるだろう。
「だから、雷獣を守ることも視野に入れて立ち回って貰えないかしら?」
それは今まで人の世界を守ってくれていた古妖に対する恩を返すことにも繋がる。
真由美は背筋を正し、覚者達へと望む。
「人々の生活を、今度は戦う術を磨いた私達で守りましょう」
一面の白。
雪が、大地を覆っていた。
その土地は人を払う結界の中にあった。
二十五年前、およそ人の力では太刀打ち出来ない強大な妖を封じるために展開されていた。
結界を張ったのは二匹の雷獣の兄弟。
二匹の姿は白い雪うさぎのそれに、怪異の証である美しい小さな一本角を有していた。
一匹では他の雷獣より劣っていたが、二匹助け合うことで見事に一人前の働きをしてみせている。
だが、
「――――!!」
「!」
今、二匹の維持する結界は限界を迎えようとしている。
封じられた妖の力の発露である吹雪が、雷獣達から体力を奪っていく。
それでも二匹は己の力の限りを尽くして結界を強化する。
それが最後の抵抗だと分かっていながら。
「……ゴガゴゴゴゴーーーーーーー!!!」
吹雪の中、妖が叫んだ。
ゆっくりと、大きな影が立ち上がる。
雪の巨人。
それは最も力を発揮する冬の訪れと共に、結界を打ち破り暴れ出そうとしていた。
●古妖と共闘せよ
「雷獣と協力して、結界に封じられた妖を倒して下さい」
久方 真由美(nCL2000003)は集まった覚者達を前にして今回の依頼について説明を開始した。
「昨今まで継続的に発生していた電波障害、その原因は妖を封印する雷獣が発生させた結界が原因だったということが判明しました。今回の依頼は、四半世紀の間日本を悩ませていたその問題を解決する大きな一手となるものと思われます」
真由美は期待を隠さず語りつつ、覚者達へ資料を配布していく。今回の戦場は日本の北端、北海道だ。
「この地に封印されている妖は非常に強力で、自然系のランク3に分類されました。全身が真っ白で空洞のような落ち窪んだ黒い目、そして真っ赤な口の巨人。それが私の視た妖の姿です」
彼女の夢見によって知り得た情報が資料には詳細に書き込まれていた。そこには妖の他に、封印を施していた雷獣の情報も記されている。
「この地を封印していた雷獣は双子で、皆さんに協力的な行動をとってくれていました」
強大な妖に対し、彼らは術で戒めを与えその動きを弱体化させてくれるという。
「双子の雷獣の助けがある限り敵は本来の力を発揮しきれないと思うわ。でも、二匹ともとても弱っていて、もしかしたら途中で力尽きてしまうかもしれないの」
もしも彼らの助けを失う事態となれば、この依頼の達成は難しい物となるだろう。
「だから、雷獣を守ることも視野に入れて立ち回って貰えないかしら?」
それは今まで人の世界を守ってくれていた古妖に対する恩を返すことにも繋がる。
真由美は背筋を正し、覚者達へと望む。
「人々の生活を、今度は戦う術を磨いた私達で守りましょう」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.雪巨人の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
みちびきいなりと申します。
今回は結界を張り人々を妖の脅威から守っていた雷獣との共闘を行なう依頼です。
非力ながらも力を合わせ封印を維持していた双子の雷獣と共に、強大な妖を打ち倒して下さい。
●舞台
北海道の平野部が舞台となります。季節か妖の影響か戦場は軽く吹雪いており、雪が積もっています。
雪の深さはくるぶし辺りまであり、地上での動きを阻害してきます。
雷獣結界の効果で人は近づいていません。寄り付きません。
空は曇り雪は降り視界は良いとは言えませんが、敵は大きく発見は容易です。
●敵について
雪から発生した自然系、ランク3の妖『雪巨人』が相手です。
その身長は5m程で、淡く光る白い身体、落ち窪んだ黒い目、真っ赤な口が特徴です。
見た目通りのタフさで尚且つ強力な力を持ちますが、雷獣の援護があれば弱体化します。
以下はその能力です。
『雪巨人』
・豪雪拳
[攻撃]A:物近単[貫3]・腕を伸ばし対象を巻きこみつつ突き通し大ダメージを与える。
後列程威力は低下する。
・妖気の吹雪
[攻撃]A:特遠全・邪気を纏った吹雪を巻き起こし、中ダメージを与える。【氷結】
・大雪山
[攻撃]A:特遠単・妖気で編んだ雪を収束させ、対象に叩きつけ特大ダメージを与える。
【凍結】 溜め1
・雪集め
[回復]A:自・周辺の雪を吸収し、中回復と強化を同時に行います。
物防+30% 効果継続:6ターン
●双子の雷獣について
通常のユキウサギと同等のサイズ、見た目に特徴的な小さな角が生えた古妖です。
戦場にいる限り雪巨人を弱体化させる封印を実行し続けます。
弱体化の封印は双子の雷獣が両方戦闘不能となった場合解除されます。
発動中は雪巨人に【虚弱】【鈍化】【呪い】に相当するBSが与えられ、覚者を対象に含む攻撃は一段階威力が落ちます。
人の言葉を話せませんが覚者の言葉を理解し、指示があれば基本的に従います。
相手は強大な妖ですが、雷獣と協力することで活路は大きく開きます。
吹きすさぶ雪嵐の中の戦いです。心して立ち向かって下さい。
如何にして勝つか。覚者の皆様、どうかよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年12月10日
2016年12月10日
■メイン参加者 8人■

●限界と希望
現場付近へ到着した覚者達は、踏みしめた雪の感触と肌に当たる吹雪に身を震わせていた。
「北海道……もうこんなに雪が降ってるんですね」
「ですねっ。うー、右腕が冷たいですっ」
『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)の感嘆の声に『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が頷く。
雪を被った翼も急速に冷えていく機械の腕も、寒さ相手に少々難儀しているようで。
「寒いですが、この程度なら問題ありませんね」
「そ、そうですね……」
同じ獣の因子を持つ者だが『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)と『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)の戌の耳と狐の耳は対照的に映る。
(クー先輩と手を繋いでいても寒いものは寒いですね)
小唄は握った手の温かさと体をつんざく冷たさを感じつつ、吹雪の吹き付けてくる方を見やった。
禍々しい気配がある。それは覚者の誰もが感じ、敢えて口にはしていない。
「急ごうぜ、みんな!」
『百戟』鯨塚 百(CL2000332)の呼びかけに、覚者達はここまで送り届けてくれた支援スタッフに礼を言い歩き出す。
目指すは戦場、25年の間人々を妖から守り続けた雷獣の元へ。
「あ! あれだよね!」
『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)の示す先、吹雪の中に立つ大きな影が見えた。
「ちょっ、あれ結界解けてないっすか?」
「! 急ぎましょう!!」
水端 時雨(CL2000345)の指摘に賀茂 たまき(CL2000994)が慌てて駆け出したその時、
「……ゴガゴゴゴゴーーーーーーー!!!」
「くぅっ! 耳が!」
強大な雪の巨人の叫びと共に紫電が奔る。北の大地を覆う雷獣の結界に大きくヒビの入った音がした。
限界はとうに超えていた。
そもそも一人前に足りぬ双子の雷獣がこれまで耐えられたのは、それを補佐する仲間がいたからだ。
時を追うごとに一匹、また一匹と戦列を離れ、或いは力尽き、その数は減っていた。
そして最後の最後となったこの時に、希望は遂に現れた。
「―――!」
綻び、力の結びがひび割れた結界を、それでも最後の力を振り絞り守り抜く。
未だ完全な動きを取り戻していない雪の巨人へ、渾身の戒めを与えていく。
「雷獣さん!!」
年若い子供達の声がする。温かで、力強い想いを宿した、未来を持った人の子達の声だ。
「―――――!」
最後の踏ん張りどころだと、二匹の雷獣は自らの力を解放した。
●封印されし邪妖
「グガゴー!」
のっぺりとした腹の雪の巨人は、ともすれば愛嬌を感じるその見た目にそぐわぬ剛腕を振るう。
白い雪で構成されたそれに強固な実体はないのか、殴り抜くその時に相手を拳の、腕の中へと巻き込んでいく。
「ッッ!」
「雷獣さん!」
双子の片割れが吹き飛ばされた。だが、それを最前線で駆け込んだたまきが受け止める。
「守衛野さん、すぐに治療を!」
「はい!」
クーがもう一匹の雷獣の前に立ちガードの構えを取り、たまきの抱く雷獣へは鈴鳴が即座に治療へ向かう。
「天が知る地が知る人知れずっ!」
雪飛沫を撒き散らしながら、浅葱が巨人の前へと立ち塞がった。
自らの何倍もの巨体を前にして、しかし己の絶対正義を信じる少女は揺らがない。
「さあ、さくっと退治しちゃいますよっ!」
機化硬により因子の力を高めた右腕で、目にも止まらぬ二連撃を叩きこむ。
彼女の打ち込んだ拳は大げさな穴を開け、巨人の巨体を揺らす。だが、
「……なるほど、それが防御の仕方だね?」
きせきの感嘆の声が上がる。一撃を受けた巨人は、しかし直後に開いた穴を修復していった。
巨人の体は雪の塊。いくら砕かれようとも周囲の無尽蔵の雪を取り込んで力に変えていくのだ。
人智を嗤う超自然の暴力。それがこの妖の特性なのだ。
「でも、効いてないわけじゃない!」
浅葱の上を飛び越えるようにして、小唄が中空に舞う。
「いつも通りやれば大丈夫っ!」
吹雪の中、金毛の耳と尻尾が踊る。装備したショットガントレットによる高速の二連撃が再び雪の巨人を穿つ。
「ゴゴゴー!?」
号砲のような音と共に開いた穴は、やはり即座に雪を集積し封じ込められる。が、確かにその体にブレが生じているように見えた。
「間違いありません。物理も通っています!」
きせきと共にエネミースキャンを試みたクーが、確信と共に頷く。その言葉に百が動いた。
「だったらコイツを、くらえー!!」
鍛え抜いた正拳の一撃、正鍛拳。炎で活性化された体から沸き上がるエネルギーを思い切り叩き込む。
「―――!」
雷獣達の角が輝いた。
「グゴゴー!」
刹那、巨人の動きは鈍り百の拳は正確に相手を撃ち抜いた。
「……入った!」
目に見えて巨人への雪の集まりが悪くなる。
「おっと、こいつは使う機会ないと思ってたんっすけどね!」
これが好機と時雨が周りの雪から水の気を集め、雫を弾丸にして打ち出す。
タイミングよく命中したそれは巨人に取り込まれることもなくダメージを蓄積していった。
多勢による見事な連携。それで一気に戦局を傾けたと思った矢先。
「……ゴオーーー!」
「うわああ!」
超自然がその牙を剥く。
視界を覆う程の強烈な吹雪。それも先程までの自然の延長でない妖の気の込められた害意の嵐。
周囲の一切合財を飲み込んで、それは氷結を撒き散らす。
「ぐ、く」
「こ、れ……くらい!」
「クー先輩!」
「たまきちゃん!?」
小唄と鈴鳴から悲鳴が上がる。雷獣を庇った二人の体に氷結の症状が発生していた。
「ぐぬっ、やりますねっ!」
「浅葱ちゃんもっすか! すぐに治療するっすよ」
技一つで先程までの攻勢がひっくり返された。覚者達は息を飲む。
「弱いとは思ってませんでしたが……ここまでとはっ!」
氷結に封じられながらも睨む浅葱の視線の先、雪の巨人は赤い口を開き雄叫びを上げていた。
●悪意の豪雪
幸いにも氷結による消耗は、きせきが事前に展開していた治癒力強化の香の力で相殺できた。
「グゴガガガガー!!」
覚者達が立て直しを図る間、それを見越していたかのように雪の巨人もまた己を雪でコーティングし守りを固める。
百の一撃がここで利いた。巨人は守りこそ固めたがそれを己の回復に回すことは出来なかった。
「今は敵に狙われないように隠れていてください」
「出来れば後ろの後ろの方まで下がって欲しいんですが……」
クーとたまきの言葉を理解しているのか、雷獣は首肯する。が、たまきの願いには申し訳なさそうに首を振ると共に巨人を見やる。
「結界の維持、ですか」
もはやそれほどまでに弱っているのだと理解したたまきは、そっと雷獣を符で撫でた。緩やかで優しく、しかし強い守りの加護を与える。
今はまだその柔らかでふかふかな冬毛の感触を楽しむ時ではない。
「もし、宜しければ……無事に雪巨人さんを倒した後、また触らせて頂けたなら、嬉しいです」
そんなたまきの願いは届いたのか、抱かれた雷獣は一度たまきの手の平に体を擦りつけた後、指示の通りに雪に身を隠し始めた。
「回復支援は任せるっすよ! ぶちかますっす!」
吹雪に髪とリボンを激しく揺らしながら時雨が声援を送る。
「「はぁぁー!!」」
浅葱と小唄が同時に巨人を殴り飛ばす。強烈な破砕音と共に雪が爆ぜ……
「っつぁ!?」
浅葱が硬さに顔を顰めた。彼女の一撃は通りこそすれ、先程までの効果的な打撃とは言い難いものになっていた。
「浅葱ちゃん、切り替えできる?」
「勿論、ですっ!」
巨人を蹴り後方へ跳んだ小唄の呼びかけに、浅葱は己の天の気を練り上げていく。吹雪に抗うように雷雲が生成される。
「どかーんと行きましょうかっ!」
雷雲は巨人の頭上へと移動し、浅葱の想いに応えて雷を落とす。電導性が高いのか稲妻は巨人の全身を奔った。
「グガーーーー!?」
「ふっ、慣れ親しんだ雷の追加のサービスですよっばふっ!?」
勝ち誇る浅葱へ向かい、雪の巨人は右腕を振るう。それは彼女目掛けて放たれた物だが、後衛の時雨にまで届く一撃となる。
「さ、寒いのは平気っすけど、い、痛いのは……!」
「すぐに回復させます!」
ダメージを重く見た鈴鳴が即座に治療に回る。複数の癒し手の存在は敵の複数攻撃の前に最大限に機能していた。
「―――!」
「グググ……!」
雷獣による支援も時折相手の動きを阻害し、重ねて放たれるたまきの符術に生み出された土槍や攻め手を豪炎撃に切り替えた百の一撃が着実に雪の巨人を削っていく。
しかし、
「ゴオオオオ!!」
再びの邪気の吹雪。全ての覚者を容赦なく巻き込む一撃が来ると、覚者の攻撃の手は強制的に切り落とされる。
「さすがにこれを連発されると……厳しいですか」
体力の回復と氷結の回復、両方を強いられる覚者達。特に雷獣や癒し手を優先して庇う選択をしたクーの消耗は激しい。
畳み掛けるように打ち込まれる雪の拳は、
「きせきさん!」
「うん、鈴鳴ちゃん!」
「はい!」
百、きせき、鈴鳴が声を掛け合い、雷獣まで狙いが来ないよう自らが標的となりに行く。
敵の戦術の上を覚者達は確かに行っていた。が、巨人のタフネスがそれに拮抗した。
人が抗えぬと雷獣達が判断した強大な妖は、封印されていてなお、強い。
だから、その動きは圧倒的威圧感をもって覚者達の前に行われる。
「溜め……皆さん、大技が来ます!」
クーが声を張った。彼女の観察は誰よりも早くその技が来ることを警告する。
だが、それに被さるようにきせきが叫んだ。
「クーさん避けて!」
「!?」
直後、クーの真正面に巻き上げられた雪の塊が現出した。それは濃い邪気を纏って獲物を見定め、
(狙いは私? いや、違う!)
クーの観察眼は即座に悟った。狙いは彼女が背に庇う雷獣。敵は何が脅威なのかを十分に理解していた。
「ゴオオオオ!」
邪気の雪塊がクーを呑み込んだ。
「……ッ!」
雪塊が弾け飛んだその先、雷獣を庇うように仁王立ちしてクーは凍りついていた。
「こっ、のおおお!!」
小唄が吼える。己の獣の因子を最大限に呼び覚ました猛りの一撃。それは固めた守りの上から巨人の頭をぶち抜いた。
しかしそれでも、妖は嗤う。
「時雨ちゃん! 湧きいずる水よ、暖かな癒しを……!」
「分かってるすよ! 深想水、時雨ちゃんの願いに応えるっす!」
「時間は稼ぎますよっ!」
「雪巨人! オイラの炎で溶かしてやる!」
即座に対応を始める鈴鳴と時雨。同時に雪上であることを忘れるかのような機敏な動きで浅葱と百が巨人の左右へと回り込む。
「お前なんかに負けてたまるか!!」
炎を纏った百の拳が駆け込む加速ものせて放たれる。燃え盛る赤は巨人の左足を削り取る!
ぐらりと巨人の体がぶれた瞬間、浅葱が飛び込んだ。
「防御の雪、溶け切りましたねっ?」
浅葱は再び拳に力を込めていた。空中で一回転。体を捻ってしならせて、思い切りよく叩き込む!
「っだああああ!」
右わき腹に一撃、だがこれだけでは終わらない。
(一撃で駄目なら、二度三度っ!)
左の拳から入った一撃は、無理矢理腰を折り頭を下げる。空中で前転。
「もう一つっ!!!」
浴びせ蹴り。踵を思い切り突き立てて巨人の右膝を狙い撃ち。鎌のように振り下ろされたそれは巨人の足を寸断した。
前に倒れ込むような体勢になった雪の巨人は、それでも余裕を崩さない。
「ゴゴゴッ……!」
異形は既に百の攻撃から自らの体が再生できるようになっていることを理解していた。
だから転ぶ前に雪を集めれば問題はない。そう思っていた。
「!?」
だが、出来なかった。そのまま無様に雪に倒れ込む。
直前に打ち込まれた小唄の猛りの一撃は、巨人に再び致命を与えていたのだ。
「見誤りましたね!」
倒れた顔面に、たまきの生成した土槍が突き刺さる。それは戒めを伴い雪の巨人の動きを更に妨害する。
「!? ……!?」
状況を理解できずにいる巨人へ、きせきは言い放つ。
「僕達の、勝ちだよ」
クーの治療に回った時雨と鈴鳴に代わり仲間達を癒す。吹雪の中にあってその瞬間覚者達の身を温かな森の気が包んだ。
「グ、ゴゴ……!」
言葉を理解しているのか、雪の巨人はきせきの言葉に激昂する。怒りに伴い再び邪気の吹雪を呼ぶが、
「ふぅぅっ……!」
「これでっ!」
「トドメだーーー!」
それよりも早く放たれた覚者達の本気の一撃の前に、雪の巨人はその本領を取り戻すことなく破砕された。
「クー先輩!」
一撃を打ち込んですぐに小唄は治療を受けるクーの元へ駆け込んだ。
「小唄さん……」
刈り取られた意識はクーの意志が自らを助け、傷はあれどハッキリとしていた。その彼女が、手を握る小唄に言う。
「まだ、です!」
「!?」
クーの視線は未だ止まぬ吹雪と、その奥に立ちあがる巨大な影をしっかりと捉えていた。
●北方の小さな守護者達
それはもはや、元の巨人の形を維持出来ずにいた。
ところどころ崩れ落ち、空洞の目には涙のように白い雪が流れていく。
「……ォ」
だが、真っ赤な口だけは尚も妖しく濃い色を映し出していて。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
妖の怨嗟の声を響かせた。
「クーさん、いけそうっすか?」
「なんとか。一人で立てます」
時雨と小唄に支えられていたクーが、しっかりと地に足をつけて立つ。
「クーさんは休んでてくれよな! 後はオイラ達が、終わらせてやるぜ!」
「僕も行くよ!」
百ときせきが引導を渡すべく駆け出した。
「私も、頑張らないと! ですね!」
二人のサポートをするべくたまきも向かった。
「……っ!」
いつでも動けるよう、浅葱も気を練り敵の万一の吹雪に備える。ここに来て全体が動きを止められることはあってはならない。
次が最後の攻撃だと、覚者達は理解していた。
「グォオオオオオ!!」
巨人は崩れる自らの体すら近い巨大な雪塊を作っていく。もはや勝機の無い今、一人でも多くの道連れを狙った動きだ。
「足を鈍らせます!」
手帳を構え、思い切り叩きつける。打ち込んだ先から土の気を放ち、巨人へプレッシャーをかけていく。
「!?」
鈍る体がさらに動かせなくなり、巨人の体がブレた。雪塊はしかし、それでもチャージされていく。
「いっくぞぉ!」
己の腕と一体になっているバンカーバスターを構え、百が突貫する。
まずは真っ直ぐな刺突。巨人の腹部へ思い切り突き立てる。
「もういっちょだ!」
百は自らの火の気を解放し、バンカーバスターへ念を込めた。彼ならではの二連撃。
「ぶっ飛べ!!」
爆炎と共にパイルが射出され、それは巨人の腹部を大きく撃ち抜いた。
巨人の体が大きくぐらつく。もはや傷ついた箇所は全く修復されなくなった。
「これでお終いだよ!」
きせきは中距離から木気を込めた種を飛ばした。それは巨人の下半身に急速に繁茂し、茨でもって雪を削り取る。
「僕の体術、通してみせる!」
そのまま流れるような動きで接近。踏み込み、反動に震える百の隣を駆け、巨人の腹の中へ飛び込む。
「奈落!」
今はまだ身の丈に合わぬ双刀を打ち抜き、打ち開かれた穴を抜けると共に刃を振るう。
高速の二連斬が、巨人の胴を薙いだ。
「ッ!」
きせきは飛沫をあげながら雪上を滑った。残心。刀を納める動きと同時に振り向き、巨人を見やる。
「ゴ、ガ……ガ……」
それはもはや言葉もまともに発せなくなり、微かな呻きと共にその身を崩壊させた。
吹雪は止み、空を覆う雲は静かに日の光に溶かされていく。
25年の封印を受けた巨妖はこの時、遂に人の手によって討ち取られたのだった。
晴れ渡る空の下、一面の雪景色を覚者達は目の当たりにしていた。
「雪、綺麗です」
「だね」
「もーう、癒しの霧はしばらく使わなくていいってくらい使ったっす」
「お疲れ様です、助かりましたっ!」
互いの健闘を讃え合いながら景色を堪能している覚者達の元へ、双子の雷獣が近づいていく。そして、
「はわわ……!」
一匹はたまきの手に、もう一匹はたまきの肩に飛び乗って、覚者達と目線を合わせた。
「ふわふわ。あ、ああ……!」
「たまきさんがダメになってる」
「あっ、あっ、次はウチの方へ来るっす!」
色めき立つ覚者達の脳裏に、ふと言葉が伝わる。
『―――ありがとう』
それは明確な音ではなかったが、暖かな心を感じる優しい気持ちにさせるものだった。
「雷獣さんたちこそ、ずっと守っててくれたんだよな。……ありがとな」
「長い間お疲れ様ですよっ。これからは正義の味方である私が! 守るという意思を繋ぐのですよっ!」
「ふふ……私達が、ですよ?」
「クーさんっ!」
重症を残しつつも、クーは小唄と共に会話へ参加する。
「クーさん、あまり無理はしちゃダメですよ?」
「はい、守衛野さん」
気遣われながらも彼女はどこか嬉しげで、その原因はきっと、小唄と握った手にあった。
「せ、先輩。いつまで手を握ってるのでしょうか」
「ふふ」
恥ずかしげに俯く小唄を、クーは優しく見守っている。
自分の胸に浮かぶ感情を掴みかねているなど、そんな本音は握る手の熱に溶かしながら。
「これで電波が使えるようになるんだよな? で、そもそも電波ってなんだ?」
「ええっと、たまきちゃん。たまきちゃーん……!」
「ズルいっす! 雪玉ぶつけるっすよ!」
「えへへへ……」
子供達は騒ぎだし、気がつけばきゃいきゃいと雪遊びが始まっていた。
この中の誰一人として、電波のまともだった時代には生まれていなかった。
そんな彼らが新時代とどう向き合い乗り越えていくのか。
全てはこれからの話である。
現場付近へ到着した覚者達は、踏みしめた雪の感触と肌に当たる吹雪に身を震わせていた。
「北海道……もうこんなに雪が降ってるんですね」
「ですねっ。うー、右腕が冷たいですっ」
『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)の感嘆の声に『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)が頷く。
雪を被った翼も急速に冷えていく機械の腕も、寒さ相手に少々難儀しているようで。
「寒いですが、この程度なら問題ありませんね」
「そ、そうですね……」
同じ獣の因子を持つ者だが『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)と『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)の戌の耳と狐の耳は対照的に映る。
(クー先輩と手を繋いでいても寒いものは寒いですね)
小唄は握った手の温かさと体をつんざく冷たさを感じつつ、吹雪の吹き付けてくる方を見やった。
禍々しい気配がある。それは覚者の誰もが感じ、敢えて口にはしていない。
「急ごうぜ、みんな!」
『百戟』鯨塚 百(CL2000332)の呼びかけに、覚者達はここまで送り届けてくれた支援スタッフに礼を言い歩き出す。
目指すは戦場、25年の間人々を妖から守り続けた雷獣の元へ。
「あ! あれだよね!」
『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)の示す先、吹雪の中に立つ大きな影が見えた。
「ちょっ、あれ結界解けてないっすか?」
「! 急ぎましょう!!」
水端 時雨(CL2000345)の指摘に賀茂 たまき(CL2000994)が慌てて駆け出したその時、
「……ゴガゴゴゴゴーーーーーーー!!!」
「くぅっ! 耳が!」
強大な雪の巨人の叫びと共に紫電が奔る。北の大地を覆う雷獣の結界に大きくヒビの入った音がした。
限界はとうに超えていた。
そもそも一人前に足りぬ双子の雷獣がこれまで耐えられたのは、それを補佐する仲間がいたからだ。
時を追うごとに一匹、また一匹と戦列を離れ、或いは力尽き、その数は減っていた。
そして最後の最後となったこの時に、希望は遂に現れた。
「―――!」
綻び、力の結びがひび割れた結界を、それでも最後の力を振り絞り守り抜く。
未だ完全な動きを取り戻していない雪の巨人へ、渾身の戒めを与えていく。
「雷獣さん!!」
年若い子供達の声がする。温かで、力強い想いを宿した、未来を持った人の子達の声だ。
「―――――!」
最後の踏ん張りどころだと、二匹の雷獣は自らの力を解放した。
●封印されし邪妖
「グガゴー!」
のっぺりとした腹の雪の巨人は、ともすれば愛嬌を感じるその見た目にそぐわぬ剛腕を振るう。
白い雪で構成されたそれに強固な実体はないのか、殴り抜くその時に相手を拳の、腕の中へと巻き込んでいく。
「ッッ!」
「雷獣さん!」
双子の片割れが吹き飛ばされた。だが、それを最前線で駆け込んだたまきが受け止める。
「守衛野さん、すぐに治療を!」
「はい!」
クーがもう一匹の雷獣の前に立ちガードの構えを取り、たまきの抱く雷獣へは鈴鳴が即座に治療へ向かう。
「天が知る地が知る人知れずっ!」
雪飛沫を撒き散らしながら、浅葱が巨人の前へと立ち塞がった。
自らの何倍もの巨体を前にして、しかし己の絶対正義を信じる少女は揺らがない。
「さあ、さくっと退治しちゃいますよっ!」
機化硬により因子の力を高めた右腕で、目にも止まらぬ二連撃を叩きこむ。
彼女の打ち込んだ拳は大げさな穴を開け、巨人の巨体を揺らす。だが、
「……なるほど、それが防御の仕方だね?」
きせきの感嘆の声が上がる。一撃を受けた巨人は、しかし直後に開いた穴を修復していった。
巨人の体は雪の塊。いくら砕かれようとも周囲の無尽蔵の雪を取り込んで力に変えていくのだ。
人智を嗤う超自然の暴力。それがこの妖の特性なのだ。
「でも、効いてないわけじゃない!」
浅葱の上を飛び越えるようにして、小唄が中空に舞う。
「いつも通りやれば大丈夫っ!」
吹雪の中、金毛の耳と尻尾が踊る。装備したショットガントレットによる高速の二連撃が再び雪の巨人を穿つ。
「ゴゴゴー!?」
号砲のような音と共に開いた穴は、やはり即座に雪を集積し封じ込められる。が、確かにその体にブレが生じているように見えた。
「間違いありません。物理も通っています!」
きせきと共にエネミースキャンを試みたクーが、確信と共に頷く。その言葉に百が動いた。
「だったらコイツを、くらえー!!」
鍛え抜いた正拳の一撃、正鍛拳。炎で活性化された体から沸き上がるエネルギーを思い切り叩き込む。
「―――!」
雷獣達の角が輝いた。
「グゴゴー!」
刹那、巨人の動きは鈍り百の拳は正確に相手を撃ち抜いた。
「……入った!」
目に見えて巨人への雪の集まりが悪くなる。
「おっと、こいつは使う機会ないと思ってたんっすけどね!」
これが好機と時雨が周りの雪から水の気を集め、雫を弾丸にして打ち出す。
タイミングよく命中したそれは巨人に取り込まれることもなくダメージを蓄積していった。
多勢による見事な連携。それで一気に戦局を傾けたと思った矢先。
「……ゴオーーー!」
「うわああ!」
超自然がその牙を剥く。
視界を覆う程の強烈な吹雪。それも先程までの自然の延長でない妖の気の込められた害意の嵐。
周囲の一切合財を飲み込んで、それは氷結を撒き散らす。
「ぐ、く」
「こ、れ……くらい!」
「クー先輩!」
「たまきちゃん!?」
小唄と鈴鳴から悲鳴が上がる。雷獣を庇った二人の体に氷結の症状が発生していた。
「ぐぬっ、やりますねっ!」
「浅葱ちゃんもっすか! すぐに治療するっすよ」
技一つで先程までの攻勢がひっくり返された。覚者達は息を飲む。
「弱いとは思ってませんでしたが……ここまでとはっ!」
氷結に封じられながらも睨む浅葱の視線の先、雪の巨人は赤い口を開き雄叫びを上げていた。
●悪意の豪雪
幸いにも氷結による消耗は、きせきが事前に展開していた治癒力強化の香の力で相殺できた。
「グゴガガガガー!!」
覚者達が立て直しを図る間、それを見越していたかのように雪の巨人もまた己を雪でコーティングし守りを固める。
百の一撃がここで利いた。巨人は守りこそ固めたがそれを己の回復に回すことは出来なかった。
「今は敵に狙われないように隠れていてください」
「出来れば後ろの後ろの方まで下がって欲しいんですが……」
クーとたまきの言葉を理解しているのか、雷獣は首肯する。が、たまきの願いには申し訳なさそうに首を振ると共に巨人を見やる。
「結界の維持、ですか」
もはやそれほどまでに弱っているのだと理解したたまきは、そっと雷獣を符で撫でた。緩やかで優しく、しかし強い守りの加護を与える。
今はまだその柔らかでふかふかな冬毛の感触を楽しむ時ではない。
「もし、宜しければ……無事に雪巨人さんを倒した後、また触らせて頂けたなら、嬉しいです」
そんなたまきの願いは届いたのか、抱かれた雷獣は一度たまきの手の平に体を擦りつけた後、指示の通りに雪に身を隠し始めた。
「回復支援は任せるっすよ! ぶちかますっす!」
吹雪に髪とリボンを激しく揺らしながら時雨が声援を送る。
「「はぁぁー!!」」
浅葱と小唄が同時に巨人を殴り飛ばす。強烈な破砕音と共に雪が爆ぜ……
「っつぁ!?」
浅葱が硬さに顔を顰めた。彼女の一撃は通りこそすれ、先程までの効果的な打撃とは言い難いものになっていた。
「浅葱ちゃん、切り替えできる?」
「勿論、ですっ!」
巨人を蹴り後方へ跳んだ小唄の呼びかけに、浅葱は己の天の気を練り上げていく。吹雪に抗うように雷雲が生成される。
「どかーんと行きましょうかっ!」
雷雲は巨人の頭上へと移動し、浅葱の想いに応えて雷を落とす。電導性が高いのか稲妻は巨人の全身を奔った。
「グガーーーー!?」
「ふっ、慣れ親しんだ雷の追加のサービスですよっばふっ!?」
勝ち誇る浅葱へ向かい、雪の巨人は右腕を振るう。それは彼女目掛けて放たれた物だが、後衛の時雨にまで届く一撃となる。
「さ、寒いのは平気っすけど、い、痛いのは……!」
「すぐに回復させます!」
ダメージを重く見た鈴鳴が即座に治療に回る。複数の癒し手の存在は敵の複数攻撃の前に最大限に機能していた。
「―――!」
「グググ……!」
雷獣による支援も時折相手の動きを阻害し、重ねて放たれるたまきの符術に生み出された土槍や攻め手を豪炎撃に切り替えた百の一撃が着実に雪の巨人を削っていく。
しかし、
「ゴオオオオ!!」
再びの邪気の吹雪。全ての覚者を容赦なく巻き込む一撃が来ると、覚者の攻撃の手は強制的に切り落とされる。
「さすがにこれを連発されると……厳しいですか」
体力の回復と氷結の回復、両方を強いられる覚者達。特に雷獣や癒し手を優先して庇う選択をしたクーの消耗は激しい。
畳み掛けるように打ち込まれる雪の拳は、
「きせきさん!」
「うん、鈴鳴ちゃん!」
「はい!」
百、きせき、鈴鳴が声を掛け合い、雷獣まで狙いが来ないよう自らが標的となりに行く。
敵の戦術の上を覚者達は確かに行っていた。が、巨人のタフネスがそれに拮抗した。
人が抗えぬと雷獣達が判断した強大な妖は、封印されていてなお、強い。
だから、その動きは圧倒的威圧感をもって覚者達の前に行われる。
「溜め……皆さん、大技が来ます!」
クーが声を張った。彼女の観察は誰よりも早くその技が来ることを警告する。
だが、それに被さるようにきせきが叫んだ。
「クーさん避けて!」
「!?」
直後、クーの真正面に巻き上げられた雪の塊が現出した。それは濃い邪気を纏って獲物を見定め、
(狙いは私? いや、違う!)
クーの観察眼は即座に悟った。狙いは彼女が背に庇う雷獣。敵は何が脅威なのかを十分に理解していた。
「ゴオオオオ!」
邪気の雪塊がクーを呑み込んだ。
「……ッ!」
雪塊が弾け飛んだその先、雷獣を庇うように仁王立ちしてクーは凍りついていた。
「こっ、のおおお!!」
小唄が吼える。己の獣の因子を最大限に呼び覚ました猛りの一撃。それは固めた守りの上から巨人の頭をぶち抜いた。
しかしそれでも、妖は嗤う。
「時雨ちゃん! 湧きいずる水よ、暖かな癒しを……!」
「分かってるすよ! 深想水、時雨ちゃんの願いに応えるっす!」
「時間は稼ぎますよっ!」
「雪巨人! オイラの炎で溶かしてやる!」
即座に対応を始める鈴鳴と時雨。同時に雪上であることを忘れるかのような機敏な動きで浅葱と百が巨人の左右へと回り込む。
「お前なんかに負けてたまるか!!」
炎を纏った百の拳が駆け込む加速ものせて放たれる。燃え盛る赤は巨人の左足を削り取る!
ぐらりと巨人の体がぶれた瞬間、浅葱が飛び込んだ。
「防御の雪、溶け切りましたねっ?」
浅葱は再び拳に力を込めていた。空中で一回転。体を捻ってしならせて、思い切りよく叩き込む!
「っだああああ!」
右わき腹に一撃、だがこれだけでは終わらない。
(一撃で駄目なら、二度三度っ!)
左の拳から入った一撃は、無理矢理腰を折り頭を下げる。空中で前転。
「もう一つっ!!!」
浴びせ蹴り。踵を思い切り突き立てて巨人の右膝を狙い撃ち。鎌のように振り下ろされたそれは巨人の足を寸断した。
前に倒れ込むような体勢になった雪の巨人は、それでも余裕を崩さない。
「ゴゴゴッ……!」
異形は既に百の攻撃から自らの体が再生できるようになっていることを理解していた。
だから転ぶ前に雪を集めれば問題はない。そう思っていた。
「!?」
だが、出来なかった。そのまま無様に雪に倒れ込む。
直前に打ち込まれた小唄の猛りの一撃は、巨人に再び致命を与えていたのだ。
「見誤りましたね!」
倒れた顔面に、たまきの生成した土槍が突き刺さる。それは戒めを伴い雪の巨人の動きを更に妨害する。
「!? ……!?」
状況を理解できずにいる巨人へ、きせきは言い放つ。
「僕達の、勝ちだよ」
クーの治療に回った時雨と鈴鳴に代わり仲間達を癒す。吹雪の中にあってその瞬間覚者達の身を温かな森の気が包んだ。
「グ、ゴゴ……!」
言葉を理解しているのか、雪の巨人はきせきの言葉に激昂する。怒りに伴い再び邪気の吹雪を呼ぶが、
「ふぅぅっ……!」
「これでっ!」
「トドメだーーー!」
それよりも早く放たれた覚者達の本気の一撃の前に、雪の巨人はその本領を取り戻すことなく破砕された。
「クー先輩!」
一撃を打ち込んですぐに小唄は治療を受けるクーの元へ駆け込んだ。
「小唄さん……」
刈り取られた意識はクーの意志が自らを助け、傷はあれどハッキリとしていた。その彼女が、手を握る小唄に言う。
「まだ、です!」
「!?」
クーの視線は未だ止まぬ吹雪と、その奥に立ちあがる巨大な影をしっかりと捉えていた。
●北方の小さな守護者達
それはもはや、元の巨人の形を維持出来ずにいた。
ところどころ崩れ落ち、空洞の目には涙のように白い雪が流れていく。
「……ォ」
だが、真っ赤な口だけは尚も妖しく濃い色を映し出していて。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
妖の怨嗟の声を響かせた。
「クーさん、いけそうっすか?」
「なんとか。一人で立てます」
時雨と小唄に支えられていたクーが、しっかりと地に足をつけて立つ。
「クーさんは休んでてくれよな! 後はオイラ達が、終わらせてやるぜ!」
「僕も行くよ!」
百ときせきが引導を渡すべく駆け出した。
「私も、頑張らないと! ですね!」
二人のサポートをするべくたまきも向かった。
「……っ!」
いつでも動けるよう、浅葱も気を練り敵の万一の吹雪に備える。ここに来て全体が動きを止められることはあってはならない。
次が最後の攻撃だと、覚者達は理解していた。
「グォオオオオオ!!」
巨人は崩れる自らの体すら近い巨大な雪塊を作っていく。もはや勝機の無い今、一人でも多くの道連れを狙った動きだ。
「足を鈍らせます!」
手帳を構え、思い切り叩きつける。打ち込んだ先から土の気を放ち、巨人へプレッシャーをかけていく。
「!?」
鈍る体がさらに動かせなくなり、巨人の体がブレた。雪塊はしかし、それでもチャージされていく。
「いっくぞぉ!」
己の腕と一体になっているバンカーバスターを構え、百が突貫する。
まずは真っ直ぐな刺突。巨人の腹部へ思い切り突き立てる。
「もういっちょだ!」
百は自らの火の気を解放し、バンカーバスターへ念を込めた。彼ならではの二連撃。
「ぶっ飛べ!!」
爆炎と共にパイルが射出され、それは巨人の腹部を大きく撃ち抜いた。
巨人の体が大きくぐらつく。もはや傷ついた箇所は全く修復されなくなった。
「これでお終いだよ!」
きせきは中距離から木気を込めた種を飛ばした。それは巨人の下半身に急速に繁茂し、茨でもって雪を削り取る。
「僕の体術、通してみせる!」
そのまま流れるような動きで接近。踏み込み、反動に震える百の隣を駆け、巨人の腹の中へ飛び込む。
「奈落!」
今はまだ身の丈に合わぬ双刀を打ち抜き、打ち開かれた穴を抜けると共に刃を振るう。
高速の二連斬が、巨人の胴を薙いだ。
「ッ!」
きせきは飛沫をあげながら雪上を滑った。残心。刀を納める動きと同時に振り向き、巨人を見やる。
「ゴ、ガ……ガ……」
それはもはや言葉もまともに発せなくなり、微かな呻きと共にその身を崩壊させた。
吹雪は止み、空を覆う雲は静かに日の光に溶かされていく。
25年の封印を受けた巨妖はこの時、遂に人の手によって討ち取られたのだった。
晴れ渡る空の下、一面の雪景色を覚者達は目の当たりにしていた。
「雪、綺麗です」
「だね」
「もーう、癒しの霧はしばらく使わなくていいってくらい使ったっす」
「お疲れ様です、助かりましたっ!」
互いの健闘を讃え合いながら景色を堪能している覚者達の元へ、双子の雷獣が近づいていく。そして、
「はわわ……!」
一匹はたまきの手に、もう一匹はたまきの肩に飛び乗って、覚者達と目線を合わせた。
「ふわふわ。あ、ああ……!」
「たまきさんがダメになってる」
「あっ、あっ、次はウチの方へ来るっす!」
色めき立つ覚者達の脳裏に、ふと言葉が伝わる。
『―――ありがとう』
それは明確な音ではなかったが、暖かな心を感じる優しい気持ちにさせるものだった。
「雷獣さんたちこそ、ずっと守っててくれたんだよな。……ありがとな」
「長い間お疲れ様ですよっ。これからは正義の味方である私が! 守るという意思を繋ぐのですよっ!」
「ふふ……私達が、ですよ?」
「クーさんっ!」
重症を残しつつも、クーは小唄と共に会話へ参加する。
「クーさん、あまり無理はしちゃダメですよ?」
「はい、守衛野さん」
気遣われながらも彼女はどこか嬉しげで、その原因はきっと、小唄と握った手にあった。
「せ、先輩。いつまで手を握ってるのでしょうか」
「ふふ」
恥ずかしげに俯く小唄を、クーは優しく見守っている。
自分の胸に浮かぶ感情を掴みかねているなど、そんな本音は握る手の熱に溶かしながら。
「これで電波が使えるようになるんだよな? で、そもそも電波ってなんだ?」
「ええっと、たまきちゃん。たまきちゃーん……!」
「ズルいっす! 雪玉ぶつけるっすよ!」
「えへへへ……」
子供達は騒ぎだし、気がつけばきゃいきゃいと雪遊びが始まっていた。
この中の誰一人として、電波のまともだった時代には生まれていなかった。
そんな彼らが新時代とどう向き合い乗り越えていくのか。
全てはこれからの話である。

■あとがき■
依頼完了。覚者の皆様はお疲れ様でした。
双子の雷獣はどちらも欠ける事無く、封印された妖も見事撃破の成功です。
回復の充実、敵戦術への対策、雷獣の護衛。皆様の頑張りの結果です。
年若い覚者達が迎える新時代。一体どうなるのか。
今回の物語も楽しんでいただけたなら何よりです。
またの機会ございましたらよろしくお願いします。
双子の雷獣はどちらも欠ける事無く、封印された妖も見事撃破の成功です。
回復の充実、敵戦術への対策、雷獣の護衛。皆様の頑張りの結果です。
年若い覚者達が迎える新時代。一体どうなるのか。
今回の物語も楽しんでいただけたなら何よりです。
またの機会ございましたらよろしくお願いします。
