<南瓜夜行>謎の古妖Sを探せ!
●謎の古妖S
ハロウィン!
海外の霊験あらたかな祭りは日本においてその様相を変化させている。
悪霊を追い出すどころか皆して悪霊と一緒に飲めや歌えやの大騒ぎなんだからとんでもない!
けれど、現代日本においてはこうした皆で楽しむお祭りは特に必要とされている。
多くの問題を抱え夜を恐れるこの国だからこそ人々はより強く熱狂し、積極的に楽しもうとしているのだろう。
そんな中、人々のお祭りに興味津々な古妖が一匹。
人の世に紛れて活動しているそいつは、バリバリの空調を利かせた部屋の中、一枚のチラシを見て全身を震わせていた。
「シャー、こいつは絶対に参加しないと!」
描かれているのは体の至る所が腐り落ちたグロテスクな人間達。あーとかうーとか書いてあるのは恐らくセリフで、知性のかけらも感じられない。
世にいう動く腐った死体、ゾンビという奴だ。
「ゾンビのコスプレ推奨のハロウィン集会……なんという天国! あ、成仏しちゃだめジャ」
チロチロと人間らしくない長く細い舌を振りつつ、人間の男に化けた古妖が笑う。
「ゾンビ祭り! ゾンビ映画大王にして潜入のプロの俺様が最強のくおりていで満喫してやるコブラ!」
ついでに一人二人お持ち帰りして、久々のご馳走となってもきっとばれないだろう。
お楽しみがいっぱいなのが相当嬉しいのか、ギョロリと動く目もせわしない。
こうしてまた、一匹の古妖が羽目を外そうとしていた。
●ゾンビ祭りへ行こう
「あー、うー?」
両手を前に突き出し、のたのたとおぼつかない足取りで歩いていた夢見の少女『紫水晶』神塚・蛍(nCL2000140)は、覚者達の到着に気づくとぴたりとその動きを止めた。
「……ゾンビ、知ってる?」
手はそのままで覚者達へと向き合った蛍は問いかけつつ、用意して貰った資料を目で示す。
一枚付随しているチラシには、ゾンビ祭りが開催される旨が伝えられていた。
「ここに……古妖が来る、みたい。正体は、謎」
夢見で見た相手は人の姿に化けていたらしく、変化の術に長けていると想定される。
それがゾンビ祭りに紛れ込み、何やら悪さを企てているというのだ。
「ただ、一緒に遊ぶだけなら……いいのに、ね」
そうやって楽しむだけの古妖もいる中、この古妖はついでに何人か活きのいい人間を見繕い、攫って、生気を奪おうとしているのだという。
「生気を奪われたら、死んじゃう…かも」
万が一、という場合もある。事が成る前に対象を確保しきついお灸をすえる必要があった。
「……ん」
力強く頷き、蛍はチラシを構えた。
「参加」
ゾンビ祭りへGO。
ハロウィン!
海外の霊験あらたかな祭りは日本においてその様相を変化させている。
悪霊を追い出すどころか皆して悪霊と一緒に飲めや歌えやの大騒ぎなんだからとんでもない!
けれど、現代日本においてはこうした皆で楽しむお祭りは特に必要とされている。
多くの問題を抱え夜を恐れるこの国だからこそ人々はより強く熱狂し、積極的に楽しもうとしているのだろう。
そんな中、人々のお祭りに興味津々な古妖が一匹。
人の世に紛れて活動しているそいつは、バリバリの空調を利かせた部屋の中、一枚のチラシを見て全身を震わせていた。
「シャー、こいつは絶対に参加しないと!」
描かれているのは体の至る所が腐り落ちたグロテスクな人間達。あーとかうーとか書いてあるのは恐らくセリフで、知性のかけらも感じられない。
世にいう動く腐った死体、ゾンビという奴だ。
「ゾンビのコスプレ推奨のハロウィン集会……なんという天国! あ、成仏しちゃだめジャ」
チロチロと人間らしくない長く細い舌を振りつつ、人間の男に化けた古妖が笑う。
「ゾンビ祭り! ゾンビ映画大王にして潜入のプロの俺様が最強のくおりていで満喫してやるコブラ!」
ついでに一人二人お持ち帰りして、久々のご馳走となってもきっとばれないだろう。
お楽しみがいっぱいなのが相当嬉しいのか、ギョロリと動く目もせわしない。
こうしてまた、一匹の古妖が羽目を外そうとしていた。
●ゾンビ祭りへ行こう
「あー、うー?」
両手を前に突き出し、のたのたとおぼつかない足取りで歩いていた夢見の少女『紫水晶』神塚・蛍(nCL2000140)は、覚者達の到着に気づくとぴたりとその動きを止めた。
「……ゾンビ、知ってる?」
手はそのままで覚者達へと向き合った蛍は問いかけつつ、用意して貰った資料を目で示す。
一枚付随しているチラシには、ゾンビ祭りが開催される旨が伝えられていた。
「ここに……古妖が来る、みたい。正体は、謎」
夢見で見た相手は人の姿に化けていたらしく、変化の術に長けていると想定される。
それがゾンビ祭りに紛れ込み、何やら悪さを企てているというのだ。
「ただ、一緒に遊ぶだけなら……いいのに、ね」
そうやって楽しむだけの古妖もいる中、この古妖はついでに何人か活きのいい人間を見繕い、攫って、生気を奪おうとしているのだという。
「生気を奪われたら、死んじゃう…かも」
万が一、という場合もある。事が成る前に対象を確保しきついお灸をすえる必要があった。
「……ん」
力強く頷き、蛍はチラシを構えた。
「参加」
ゾンビ祭りへGO。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.謎の古妖Sを捕まえる
2.楽しいお祭りを台無しにしない
3.なし
2.楽しいお祭りを台無しにしない
3.なし
みちびきいなりと申します。
今回はハロウィンに紛れて悪さをしようとする古妖を見つけて懲らしめる依頼です。
謎の古妖Sの正体を予測し、その見事な化け術を乗り越え正体を見破る必要があります。
●舞台
都市部の大きなダンスホール一つを貸し切って行われる『ゾンビ祭り』が舞台です。
その日は職員も参加者も皆が皆、本格的なゾンビの格好で飲めや歌えや踊れやと楽しんでいます。
●敵について
謎の古妖Sがゾンビ祭り会場に紛れ込んでいます。その正体は謎。イッタイナニモノナンダ。
暑いとテンションが上がって寒いとしょんぼりするような奴です。ゾンビ映画大好き。
化け術に関してはかなりの実力者らしく、普段は人の世界に完全に溶け込んでいます。
以下はその能力です。
『謎の古妖S』
・毒牙
[攻撃]A:物近単・元来持つ毒の牙で対象に噛み付き、中ダメージを与えます。【麻痺】
・生気吸収
[攻撃]A:特近単・対象から体力を奪い、中ダメージを与える。
対象にダメージを与えた時、自身の物攻+15% 特攻+15% 効果継続:12ターン
・ソウルに刻まれた本能
[強化]P:人間に化けたところで嫌いな物は嫌い。好きな物は好き。
●一般人について
イベントという事もあり、数百人規模の人間が一般人、覚者含め入り乱れています。
混沌としていますが祭りを楽しむという共通の思考の元、現場の治安は維持されています。
混乱が発生してしまった場合、その収束には困難を極めるでしょう。
●『ゾンビ祭り』のチラシについて
あーとかうーとか言うゾンビ達の挿絵と共に、開催場所、会場の開放される時刻等が書かれています。
開場は21時、閉場は0時までのようです。
また、ゾンビの仮装が推奨されており、非仮装や別の仮装者は『人間』として襲われる役を与えられるという趣旨の注意書きも書いてあります。
マニアックな者達の集いが持つ熱狂は計り知れません。十分に注意を。
如何にして暴くか。覚者の皆様、よろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年11月11日
2016年11月11日
■メイン参加者 6人■

●覚者仮装祭り
10月31日、ハロウィン。
カボチャと仮装が乱舞するその日、その場所はどこか異質な気配を漂わせていた。
「恐怖! 蘇った亡霊将校! ……的な?」
白の軍服に血糊やダメージを与え、自らの顔にも化粧を施した格好の四月一日 四月二日(CL2000588)は、今回の依頼を共にする仲間の覚者達へその衣装をお披露目していた。
「まぁ、こんなもんだろ」
ぼろ布と化したシャツにジャケットといった装いの東雲 梛(CL2001410)も、自らの仮装っぷりに納得しているようだった。
彼らがいるのはハロウィンの中でも独特な趣向を持ったイベント会場。その名も『ゾンビ祭り』。
その中に紛れ邪な働きを考えている古妖を見つけ被害を未然に防ぐのが、彼らFiVEに今回与えられた役割である。
「ふん、随分と頭が緩い古妖だな」
四月二日に似た軍服をゾンビ衣装にアレンジした格好の赤祢 維摩(CL2000884)が姿を見せれば、彼と腐れ縁の四月二日が即座に絡みに行く。
「赤祢くんもイイねその仏頂面! ゾンビの辛気臭さとマッチしてる~」
「ふん、お前の浮かれた面は脳ごと腐って蕩けたみたいだな?」
彼らにとっては日常的なやりとりを重ねているその横では、二人の覚者がキャッキャと騒いでいた。
「ハロウィン! 鈴鹿ハロウィン大好き! だってお菓子も貰えるし悪戯も出来る素敵な日なの!」
「わたしせっかくのオフだったのに……FiVEのお仕事はちゃっちゃと片付けてめいっぱい悪戯して遊ぶぞー!」
両目と額の目がチャームポイントの、三つ目ゾンビを自称する『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)と、体の至る所に包帯を巻きつけながらも、グロテスクさよりも可愛さを追求したゾンビになりきる楠瀬 ことこ(CL2000498)。
「トリック&トリート! お菓子も貰うし悪戯もしちゃうの♪」
「衣装が可愛い? だってことこちゃんはアイドルだから♪」
二人してポーズをとったりもして、とてもノリノリである。
「古妖S。フフ、いったい何者なのかしらねぇ~♪」
「寒さに弱くて暑いのが得意。で、Sのつく動物なんだから……」
「ま、スネークよねん♪」
最後に姿を現したのは『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)。彼女は仮装せず普段着で現場入り。
梛と今回相手取る正体不明の古妖について早速と解答を導き出しながら、その時を待つ。
そして――
時刻は午後9時、その瞬間がやってくる。
「ようこそ、ゾンビニストの皆さん! ゾンビ祭り、開催です!」
彼らの任務が始まった。
●ダンス ウィズ ゾンビー
会場内にはノリの良いポップなBGMが流れていた。
明度もまちまちの明かりが会場を照らし、思い思いのゾンビの格好をした参加者達が動き回る。
ただ姿を真似ただけの人から、動き方一つとるまで完全なゾンビになり切る人まで楽しみ方も様々で、独特な雰囲気の中にあっても、皆一様に祭りを楽しんでいる様子だった。
「さて、始めるか」
祭りの開始から30分程経過した所で、維摩は行動を開始する。
一般人避けの結界を展開。起点となった部分から半径50m、つまり会場のかなりの範囲を覆う人払いの陣が広がっていき――
「やっぱ乗れないわ、帰るね」
「あ、おい待てよ!」
影響を受けた一般人が何かと理由をつけ結界の範囲から出ていく。が、その数は想定よりまばらで少ない。
多くの人々はここで祭りを楽しむ、という意識の元で結界に対して抵抗を示しているようだった。
普段表立って好きとはいい辛い嗜好を存分に楽しむ場、その度合いは推して知るべしだったろうか。
さらに言えば覚者達と同じく、因子を発現していた者に結界はそもそも影響を与えない。それもまた結界を避ける人が減る要因となっていた。
(思ったより効果はない、か。チッ、面倒だな……)
上手く人員誘導の助けとなればと思っての行動だったが、その成果は低かった。
(――結界の効果が薄い。そっちはどうだ?)
維摩は念じて仲間達に意識を伝達する。彼の送受信・改はその能力を十二分に発揮し、
(ごめん今ちょっと無理)
輪廻の切羽詰まった意識を受信した。
魂行輪廻には誤算が二つあった。
一つには、守護空間は妖に対して効果を発揮するモノであり、この状況では役に立たなかったということ。
そしてもう一つは……
「あー、うあー」
「うヴぁぁ……あー……」
「ヒャッハー! 美人のお姉さんに抱きついても許されるぜぇ!」
ゾンビの衣装を纏わないという選択が、どういう結果を導くのかを読み違えたということだ。
「ん、もぅ!」
入場の際、主催者側にその格好でいいのかと改めて問われたが、彼女は目的の為にそれを通した。
その結果がコレである。
ただゾンビロールを楽しむ者、ルールに従って動く者、下心からそうする者、様々な理由を持ったゾンビ達に追い立てられる状況となった。
さらに最近は走るゾンビも一般的な認知らしく、距離をとったところでしつこく追いかけてくる輩も多い。
「うぁぁぁー、柔らかな肉ー」
「おねぇさぁん」
「綺麗な肌してるとかズルい! 触らせろー! あやからせろー!」
男女問わずのゾンビ達が輪廻を追い、囲み、その動きを封じ込めに掛かる。時折動きのいい因子発現ゾンビもいるから手に負えない。
人の注意を引き誘導する、という目的こそ果たしているが、輪廻もそれ以上何も出来ずにいた。
「その格好で来たってことは、こういう状況も楽しみにしてたってことだろ? なら触らせへぶ」
「私のお肌はそんなに安くないわよん?」
飛び掛かるスケベなゾンビをいなし、けれど一般人相手では鎮圧も出来ず、ただ逃げるしかない。
今はただ他の仲間が上手く仕事をこなしてくれるのを祈るだけだった。
そんな騒ぎとは別の方向で、また一つ大きな人の流れが生まれようとしていた。
「なんだあれ、ゾンビっぽくない動きなのに目が離せない」
「何て魅力的なゾンビなんだ。ゾンビ界にあんな天使が居たのか……」
ことこは他の参加者の間をただ練り歩いていた。それだけで人目を引くと確信していた。そして案の定、人々は彼女の華やかな立ち居振る舞いと、放つオーラに意識を向け始めた。
「……ふふっ♪」
「おおっ!」
多くの人々を扇動するにあたって多くの言葉は要らない。その動き、一挙手一投足が説得力になる。
勉強家のアイドル楠瀬ことこに於いてそれは必修科目だった。
「……あれ? あれってアイドルのことこちゃんじゃね?」
「知ってるのかタケシ!?」
「めっちゃ似てる」
アイドルとしての彼女の知名度もまた、彼女の魅力を引き立てる力となる。
気づけば彼女は会場の一角で数多の視線を浴びていた。
(お仕事第一段階完了っ! 後はこの中から古妖さんを見つけたら、ミッションコンプリートね)
多くの意識がこちらに向いているなら、その隙を仲間がしっかりと活用してくれる。ついでに視線を浴びるのはなんだかんだ言って好きなので一石二鳥。大人数でも平気、だってあいどるだもん!
と、思っていたのだが。
(輪廻姉様の方が人が集まってる。これはゆゆしき事態)
同族把握を駆使して古妖の気配を探りながらも、鈴鹿はことこの後を追従する動きをとっていた。
こうした人の流れに乗って古妖も混ざる可能性を考えての行動だが、輪廻とことこで人の流れが大きく二分されている現状ではその作戦もあまり力を発揮しないように思えていた。
(ことこお姉さんを目立たさなきゃいけないの!)
熱い使命感が鈴鹿の中に芽生える。
そして彼女は考えた。いっぱいいっぱい考えた。――そして、閃いた。
(そうだ、パンツ脱がそう)
閃いてしまった。
(期間限定ノーパンアイドル、これは流行るの!)
流行りません。
「むん!」
気合十分、鈴鹿は行動を開始する。それは訓練に訓練を重ねた熟練のハンターの動きだった。
人の波の中をマイナスイオンを振りまいて進む。警戒や緊張が解け緩くなった人混みを、草原を駆ける野生動物のようにすり抜けていく。
「あ、鈴鹿ちゃん。もしかして見つかっ……」
「ふんっ!」
一切迷わず鈴鹿はことこのスカートの中に手を突っ込んだ。そしてそれを掴んで思い切りずり降ろした。
「え?」
ことこは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
だが下半身に感じるスースーとした感触と、見下ろして見えた鈴鹿のやり遂げた顔とその手の先にある布に気が付いて。
「―――ッッ!!」
思わずスカートを抑えて前屈みになる。その手に当たる感触でも確信した。
「ぱっん……!」
ゾンビメイクで青白く染めたはずの頬が真っ赤になっていく。ここに来てようやく事態を把握した周囲もどよめきの声を上げ始めた。
「ちょっ、ま」
視線の色が変わったのが分かった。今は一刻も早くこの場から逃げなければとことこの頭で警鐘が鳴る。
飛んで逃げる? 見える! 声を出して助けを呼ぶ? アイドルが叫んじゃいけない声が出そう。
でも限界だった。
「ふぇぇ」
ことこはへたり込み、悲しげに泣いた。
「……よし!」
人の注目を思い切り集めることこを見つめ、鈴鹿は己の使命を果たしたことを確信した。
後は自らの同族把握を活用し、この人の流れから古妖を……
「君、ちょっといいかい?」
「なの?」
肩を叩かれ振り返れば、保安官ゾンビが二人立っていた。
「お祭りだからって羽目を外し過ぎちゃダメだよ。ほら、ちょっとお話と反省して貰おうね」
「え、あ、その……」
腕を掴まれ運ばれる。
「なのーーーー!?」
身内に怒られるより先に運営に捕まり、鈴鹿はメイン会場から引っ張り出されていった。
ことこもまた、保護される形で連れ出され事情聴取を受ける。
パンツは元の持ち主に回収されました。
余談だが、中学生アイドルことこがノーパンになったという噂が一部で流れ、しかし本人は否定したという。
●Where are you?
午後10時。
女性陣の大活躍? もあり、祭りは大いに盛り上がっていた。
人々の興奮は掻き立てられ、楽しげな音楽にゾンビ達が本能を剥き出しにして踊る。
普段の鬱屈した感情を吐き出すかのように、祭り会場は熱狂した気配に包まれていた。
(魂行はスニーキングミッションに移行、瀬織津と楠瀬は管理室で説教と保護……探しやすくなったが人手も減ったか)
中継役の維摩は頭を抱えた。鈴鹿が定点観測から古妖は積極的に動いてはいないと伝えているが、探す足が足りない。
(多分、こっちの方だと思うんだが……すまない赤祢さん)
(気にするな、そのまま頑張ってくれ)
もう一人の同族把握を持った梛の足で捜索網が狭められるかどうかが要となっていた。
維摩も古妖が好むだろうカエルを取り出し足で稼いでいるが、その効果はやはりというかある程度古妖の場所が限られなければ、強く発揮されない。
(おい、そっちはどうなってる?)
誰とも言わず念を飛ばす。反応するのは彼の腐れ縁、四月二日だ。
(あー、ごめん。捕まった)
(なに!?)
思わぬ返事に鋭く念を返す。だが、続く言葉にその思いは霧散しため息が零れた。
(酒飲みのおっさん連中がずーーーーっと愚痴と、俺に酒勧めてくるんだ。飲みたい)
状況が動くまで気配を殺し人の注意から逸れていた四月二日の足は、自然とバーの方へと向いていた。
そのおかげか女性陣の巻き起こした騒動に巻き込まれることはなかったが、代わりに酒場にたむろしている人々の目に留まり、引きずり込まれてしまったのだ。
「だからぁ、ああいう直接的な奴は別でなぁ?」
「あははー」
「大体あれじゃただ女の尻を追っかけてるだけでゾンビの風情も何もあったもんじゃないだろお? ヒック」
(俺もウィスキー飲みたい……)
悲しげな瞳で空になっていくボトルを見つめる四月二日。けれど今は任務中、酒を飲むわけにはいかない。
四月二日に対してこの場にいる人々は皆、かなり拘り抜いたゾンビの仮装を身に纏っていた。
「すげえクオリティ。自分で作ったの? 近くでよく見てもイイ?」
「おうよ。どんどん見ろ見ろー」
酒に酔った人々は、四月二日のとっつきやすい性格もあってか上機嫌に振る舞う。だが逆にそれが、四月二日がここから抜け出せない要因になっていた。
「じゃ、俺はこの辺で」
「まぁ待て待て。ゾンビ映画の元祖の話をこれからするんだよ」
「聞いとけ聞いとけ~、ひぇっひぇっひぇ」
いわゆるマニア層といった彼らは、表で行われている大騒ぎを嫌ってこのような場所に密集した。
その結束は固く、引きずり込まれた四月二日はもがけばもがく程、まさにゾンビ達の手によって囚われる。
(これで酒が飲めたら天国だったのに~!)
四月二日は飲めない酒の香りの中で絶望を感じていた。
「しゃーねぇ、ここでいつまでも飲んだくれてたって、俺たちゃ時代に取り残されちまってんだ」
「だなぁ。今はゾンビ映画でも愛だの希望だの言ってた方が人気でるもんなぁ」
「あれもあれで、いいもんだ」
拘りマニア層は、遠く騒ぐ若者達を見つめて優しい瞳を浮かべていた。
それを見た四月二日は自分が被害を受けている身にも拘らず、彼らに向けて声を上げる。
「なあなあ。こんなパーティ、今しかないぜ。一緒に楽しまない?」
「若いの……ありがとうな」
マニア層の参加者達は、皆一様に四月二日の言葉を胸に刻んだようだった。
「飲め飲め! 飲んで楽しむんだ!」
「ここじゃー若者の邪魔になる。街に繰り出してハシゴするぞ!」
「おお!」
消沈気味だった人々が一気に湧き上がる。その様子を四月二日は楽しげに見つめ、
「兄ちゃんも来るかい?」
「あー、俺は、ここに居ないとだから」
「そうか」
「うん」
やるべきことがある。会場を意気揚々と後にするマニア達を見送り見届けて、四月二日は気を引き締めた。
と、そんな四月二日の元へ梛がやって来る。
「四月一日さん!」
梛は辿り着くなり周囲を見回し、慌てた様子で、
「……気配が変わらない? 距離をとられた? 四月一日さん、この辺から移動した人はいますか?」
「それならい今さっき、マニア層の人達が酒飲みに外へ」
「それだ!」
梛はすぐさま送受信・改の力を駆使し仲間達へと伝達する。
(古妖がマニア層の参加者を引き連れて、会場の外に抜け出した!!)
事態は風雲急を告げていた。
●謎の古妖S
覚者達の中でいち早く会場を出た梛は、人の流れを掻き分けながらもがくように走っていた。
数打てば当たるの精神ではなく、もっと根拠に強く依り、意志をもって探すべきだったかと今は思う。
(能力に頼り過ぎた……!)
だが今はこの能力こそが頼みの綱で、縋るように力を信じて駆け抜ける。
「いた! あのグループ!」
隣を駆ける四月二日が遂に出ていった一団を見つける。彼らは道の脇に立ち止まり休んでいるようだった。
「「?」」
だが、追いついたと思った二人は同時に疑問符を浮かべる。
梛の同族把握は気配に近づいていなかった。
四月二日が彼らと別れた時よりも、人数が一人減っていた。
「よう、若いの。どうした?」
立ち止まった二人に気づいて、座っていた男が立ち上がり手を振る。その表情には少しの疲労が見て取れた。
「えっと」
四月二日が会話を始めたのを見てすぐに、梛は意識で先行する旨を伝え走り去る。
「……大丈夫?」
「何が? ああ、年甲斐もなくはしゃいで酔っぱらってるのに動いたからなぁ。ちょっと休んでるんだよ」
残った四月二日の問いかけに、声を掛けた男は笑みを見せた。
「四月二日!」
維摩が追いつき、状況を問う。だが、答えは恐らく既にここにある。
「ちょっとずつ、か」
恐らくほんの僅かずつ、本当に僅かずつ回収していったのだろう。彼らが意識しない程度に。
「おじさん、ここにもう一人。ほら、ハシゴしようって言ってた人いたじゃん? あの人は?」
「ああ、あいつかぁ」
四月二日の真剣な顔に不思議そうな視線を返しながらも、男は問われたことに答える。
「なんか、いっぱいになったから今日はもういいって、俺ら全員に挨拶して帰ってったよ」
「帰った?」
維摩は話を促しながら、一人追跡している梛と密に送受信を繰り返す。だが、
(悪い、同族把握はそこまでの精度はないんだ。距離がだいぶ離されてる。このままだと)
(……そうか)
意識を受け止め、こちらの様子を窺う四月二日に維摩はゆっくりと首を左右に振った。
「若いの。あいつお前さんについて真面目な顔して言ってたぜ」
「俺?」
「いっぱい褒めて貰って、興味持って貰って、話聞いて貰って、ありがたかったってな」
「……」
「一緒に楽しもうって言って貰って、嬉しかったってな」
言うべきことは言ったと、男は周囲の仲間に声を掛け出発を促す。
「お前さんもお前さんで、お祭りを楽しみな。ハッピー、ハロウィーン!」
やはり酔っぱらっているのか上機嫌に言い放ち、彼らは強い足取りでその場を後にする。
そこに来てようやく解放された輪廻、ことこ、鈴鹿が合流し、同時に梛から古妖が能力範囲外に抜けたことが伝えられた。
「ぐぬぬ……」
想定されていた被害は恐らく最小限に収まった。祭りも大いに盛り上がった。けれど、
「古妖は計画を実行し、逃走。反省を促すことも出来なかった、か」
維摩の呟きに、覚者達は自分達に課せられた任務が失敗に終わったことを理解した。
どこかで蛇が楽しげに鳴いていた。
10月31日、ハロウィン。
カボチャと仮装が乱舞するその日、その場所はどこか異質な気配を漂わせていた。
「恐怖! 蘇った亡霊将校! ……的な?」
白の軍服に血糊やダメージを与え、自らの顔にも化粧を施した格好の四月一日 四月二日(CL2000588)は、今回の依頼を共にする仲間の覚者達へその衣装をお披露目していた。
「まぁ、こんなもんだろ」
ぼろ布と化したシャツにジャケットといった装いの東雲 梛(CL2001410)も、自らの仮装っぷりに納得しているようだった。
彼らがいるのはハロウィンの中でも独特な趣向を持ったイベント会場。その名も『ゾンビ祭り』。
その中に紛れ邪な働きを考えている古妖を見つけ被害を未然に防ぐのが、彼らFiVEに今回与えられた役割である。
「ふん、随分と頭が緩い古妖だな」
四月二日に似た軍服をゾンビ衣装にアレンジした格好の赤祢 維摩(CL2000884)が姿を見せれば、彼と腐れ縁の四月二日が即座に絡みに行く。
「赤祢くんもイイねその仏頂面! ゾンビの辛気臭さとマッチしてる~」
「ふん、お前の浮かれた面は脳ごと腐って蕩けたみたいだな?」
彼らにとっては日常的なやりとりを重ねているその横では、二人の覚者がキャッキャと騒いでいた。
「ハロウィン! 鈴鹿ハロウィン大好き! だってお菓子も貰えるし悪戯も出来る素敵な日なの!」
「わたしせっかくのオフだったのに……FiVEのお仕事はちゃっちゃと片付けてめいっぱい悪戯して遊ぶぞー!」
両目と額の目がチャームポイントの、三つ目ゾンビを自称する『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)と、体の至る所に包帯を巻きつけながらも、グロテスクさよりも可愛さを追求したゾンビになりきる楠瀬 ことこ(CL2000498)。
「トリック&トリート! お菓子も貰うし悪戯もしちゃうの♪」
「衣装が可愛い? だってことこちゃんはアイドルだから♪」
二人してポーズをとったりもして、とてもノリノリである。
「古妖S。フフ、いったい何者なのかしらねぇ~♪」
「寒さに弱くて暑いのが得意。で、Sのつく動物なんだから……」
「ま、スネークよねん♪」
最後に姿を現したのは『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)。彼女は仮装せず普段着で現場入り。
梛と今回相手取る正体不明の古妖について早速と解答を導き出しながら、その時を待つ。
そして――
時刻は午後9時、その瞬間がやってくる。
「ようこそ、ゾンビニストの皆さん! ゾンビ祭り、開催です!」
彼らの任務が始まった。
●ダンス ウィズ ゾンビー
会場内にはノリの良いポップなBGMが流れていた。
明度もまちまちの明かりが会場を照らし、思い思いのゾンビの格好をした参加者達が動き回る。
ただ姿を真似ただけの人から、動き方一つとるまで完全なゾンビになり切る人まで楽しみ方も様々で、独特な雰囲気の中にあっても、皆一様に祭りを楽しんでいる様子だった。
「さて、始めるか」
祭りの開始から30分程経過した所で、維摩は行動を開始する。
一般人避けの結界を展開。起点となった部分から半径50m、つまり会場のかなりの範囲を覆う人払いの陣が広がっていき――
「やっぱ乗れないわ、帰るね」
「あ、おい待てよ!」
影響を受けた一般人が何かと理由をつけ結界の範囲から出ていく。が、その数は想定よりまばらで少ない。
多くの人々はここで祭りを楽しむ、という意識の元で結界に対して抵抗を示しているようだった。
普段表立って好きとはいい辛い嗜好を存分に楽しむ場、その度合いは推して知るべしだったろうか。
さらに言えば覚者達と同じく、因子を発現していた者に結界はそもそも影響を与えない。それもまた結界を避ける人が減る要因となっていた。
(思ったより効果はない、か。チッ、面倒だな……)
上手く人員誘導の助けとなればと思っての行動だったが、その成果は低かった。
(――結界の効果が薄い。そっちはどうだ?)
維摩は念じて仲間達に意識を伝達する。彼の送受信・改はその能力を十二分に発揮し、
(ごめん今ちょっと無理)
輪廻の切羽詰まった意識を受信した。
魂行輪廻には誤算が二つあった。
一つには、守護空間は妖に対して効果を発揮するモノであり、この状況では役に立たなかったということ。
そしてもう一つは……
「あー、うあー」
「うヴぁぁ……あー……」
「ヒャッハー! 美人のお姉さんに抱きついても許されるぜぇ!」
ゾンビの衣装を纏わないという選択が、どういう結果を導くのかを読み違えたということだ。
「ん、もぅ!」
入場の際、主催者側にその格好でいいのかと改めて問われたが、彼女は目的の為にそれを通した。
その結果がコレである。
ただゾンビロールを楽しむ者、ルールに従って動く者、下心からそうする者、様々な理由を持ったゾンビ達に追い立てられる状況となった。
さらに最近は走るゾンビも一般的な認知らしく、距離をとったところでしつこく追いかけてくる輩も多い。
「うぁぁぁー、柔らかな肉ー」
「おねぇさぁん」
「綺麗な肌してるとかズルい! 触らせろー! あやからせろー!」
男女問わずのゾンビ達が輪廻を追い、囲み、その動きを封じ込めに掛かる。時折動きのいい因子発現ゾンビもいるから手に負えない。
人の注意を引き誘導する、という目的こそ果たしているが、輪廻もそれ以上何も出来ずにいた。
「その格好で来たってことは、こういう状況も楽しみにしてたってことだろ? なら触らせへぶ」
「私のお肌はそんなに安くないわよん?」
飛び掛かるスケベなゾンビをいなし、けれど一般人相手では鎮圧も出来ず、ただ逃げるしかない。
今はただ他の仲間が上手く仕事をこなしてくれるのを祈るだけだった。
そんな騒ぎとは別の方向で、また一つ大きな人の流れが生まれようとしていた。
「なんだあれ、ゾンビっぽくない動きなのに目が離せない」
「何て魅力的なゾンビなんだ。ゾンビ界にあんな天使が居たのか……」
ことこは他の参加者の間をただ練り歩いていた。それだけで人目を引くと確信していた。そして案の定、人々は彼女の華やかな立ち居振る舞いと、放つオーラに意識を向け始めた。
「……ふふっ♪」
「おおっ!」
多くの人々を扇動するにあたって多くの言葉は要らない。その動き、一挙手一投足が説得力になる。
勉強家のアイドル楠瀬ことこに於いてそれは必修科目だった。
「……あれ? あれってアイドルのことこちゃんじゃね?」
「知ってるのかタケシ!?」
「めっちゃ似てる」
アイドルとしての彼女の知名度もまた、彼女の魅力を引き立てる力となる。
気づけば彼女は会場の一角で数多の視線を浴びていた。
(お仕事第一段階完了っ! 後はこの中から古妖さんを見つけたら、ミッションコンプリートね)
多くの意識がこちらに向いているなら、その隙を仲間がしっかりと活用してくれる。ついでに視線を浴びるのはなんだかんだ言って好きなので一石二鳥。大人数でも平気、だってあいどるだもん!
と、思っていたのだが。
(輪廻姉様の方が人が集まってる。これはゆゆしき事態)
同族把握を駆使して古妖の気配を探りながらも、鈴鹿はことこの後を追従する動きをとっていた。
こうした人の流れに乗って古妖も混ざる可能性を考えての行動だが、輪廻とことこで人の流れが大きく二分されている現状ではその作戦もあまり力を発揮しないように思えていた。
(ことこお姉さんを目立たさなきゃいけないの!)
熱い使命感が鈴鹿の中に芽生える。
そして彼女は考えた。いっぱいいっぱい考えた。――そして、閃いた。
(そうだ、パンツ脱がそう)
閃いてしまった。
(期間限定ノーパンアイドル、これは流行るの!)
流行りません。
「むん!」
気合十分、鈴鹿は行動を開始する。それは訓練に訓練を重ねた熟練のハンターの動きだった。
人の波の中をマイナスイオンを振りまいて進む。警戒や緊張が解け緩くなった人混みを、草原を駆ける野生動物のようにすり抜けていく。
「あ、鈴鹿ちゃん。もしかして見つかっ……」
「ふんっ!」
一切迷わず鈴鹿はことこのスカートの中に手を突っ込んだ。そしてそれを掴んで思い切りずり降ろした。
「え?」
ことこは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
だが下半身に感じるスースーとした感触と、見下ろして見えた鈴鹿のやり遂げた顔とその手の先にある布に気が付いて。
「―――ッッ!!」
思わずスカートを抑えて前屈みになる。その手に当たる感触でも確信した。
「ぱっん……!」
ゾンビメイクで青白く染めたはずの頬が真っ赤になっていく。ここに来てようやく事態を把握した周囲もどよめきの声を上げ始めた。
「ちょっ、ま」
視線の色が変わったのが分かった。今は一刻も早くこの場から逃げなければとことこの頭で警鐘が鳴る。
飛んで逃げる? 見える! 声を出して助けを呼ぶ? アイドルが叫んじゃいけない声が出そう。
でも限界だった。
「ふぇぇ」
ことこはへたり込み、悲しげに泣いた。
「……よし!」
人の注目を思い切り集めることこを見つめ、鈴鹿は己の使命を果たしたことを確信した。
後は自らの同族把握を活用し、この人の流れから古妖を……
「君、ちょっといいかい?」
「なの?」
肩を叩かれ振り返れば、保安官ゾンビが二人立っていた。
「お祭りだからって羽目を外し過ぎちゃダメだよ。ほら、ちょっとお話と反省して貰おうね」
「え、あ、その……」
腕を掴まれ運ばれる。
「なのーーーー!?」
身内に怒られるより先に運営に捕まり、鈴鹿はメイン会場から引っ張り出されていった。
ことこもまた、保護される形で連れ出され事情聴取を受ける。
パンツは元の持ち主に回収されました。
余談だが、中学生アイドルことこがノーパンになったという噂が一部で流れ、しかし本人は否定したという。
●Where are you?
午後10時。
女性陣の大活躍? もあり、祭りは大いに盛り上がっていた。
人々の興奮は掻き立てられ、楽しげな音楽にゾンビ達が本能を剥き出しにして踊る。
普段の鬱屈した感情を吐き出すかのように、祭り会場は熱狂した気配に包まれていた。
(魂行はスニーキングミッションに移行、瀬織津と楠瀬は管理室で説教と保護……探しやすくなったが人手も減ったか)
中継役の維摩は頭を抱えた。鈴鹿が定点観測から古妖は積極的に動いてはいないと伝えているが、探す足が足りない。
(多分、こっちの方だと思うんだが……すまない赤祢さん)
(気にするな、そのまま頑張ってくれ)
もう一人の同族把握を持った梛の足で捜索網が狭められるかどうかが要となっていた。
維摩も古妖が好むだろうカエルを取り出し足で稼いでいるが、その効果はやはりというかある程度古妖の場所が限られなければ、強く発揮されない。
(おい、そっちはどうなってる?)
誰とも言わず念を飛ばす。反応するのは彼の腐れ縁、四月二日だ。
(あー、ごめん。捕まった)
(なに!?)
思わぬ返事に鋭く念を返す。だが、続く言葉にその思いは霧散しため息が零れた。
(酒飲みのおっさん連中がずーーーーっと愚痴と、俺に酒勧めてくるんだ。飲みたい)
状況が動くまで気配を殺し人の注意から逸れていた四月二日の足は、自然とバーの方へと向いていた。
そのおかげか女性陣の巻き起こした騒動に巻き込まれることはなかったが、代わりに酒場にたむろしている人々の目に留まり、引きずり込まれてしまったのだ。
「だからぁ、ああいう直接的な奴は別でなぁ?」
「あははー」
「大体あれじゃただ女の尻を追っかけてるだけでゾンビの風情も何もあったもんじゃないだろお? ヒック」
(俺もウィスキー飲みたい……)
悲しげな瞳で空になっていくボトルを見つめる四月二日。けれど今は任務中、酒を飲むわけにはいかない。
四月二日に対してこの場にいる人々は皆、かなり拘り抜いたゾンビの仮装を身に纏っていた。
「すげえクオリティ。自分で作ったの? 近くでよく見てもイイ?」
「おうよ。どんどん見ろ見ろー」
酒に酔った人々は、四月二日のとっつきやすい性格もあってか上機嫌に振る舞う。だが逆にそれが、四月二日がここから抜け出せない要因になっていた。
「じゃ、俺はこの辺で」
「まぁ待て待て。ゾンビ映画の元祖の話をこれからするんだよ」
「聞いとけ聞いとけ~、ひぇっひぇっひぇ」
いわゆるマニア層といった彼らは、表で行われている大騒ぎを嫌ってこのような場所に密集した。
その結束は固く、引きずり込まれた四月二日はもがけばもがく程、まさにゾンビ達の手によって囚われる。
(これで酒が飲めたら天国だったのに~!)
四月二日は飲めない酒の香りの中で絶望を感じていた。
「しゃーねぇ、ここでいつまでも飲んだくれてたって、俺たちゃ時代に取り残されちまってんだ」
「だなぁ。今はゾンビ映画でも愛だの希望だの言ってた方が人気でるもんなぁ」
「あれもあれで、いいもんだ」
拘りマニア層は、遠く騒ぐ若者達を見つめて優しい瞳を浮かべていた。
それを見た四月二日は自分が被害を受けている身にも拘らず、彼らに向けて声を上げる。
「なあなあ。こんなパーティ、今しかないぜ。一緒に楽しまない?」
「若いの……ありがとうな」
マニア層の参加者達は、皆一様に四月二日の言葉を胸に刻んだようだった。
「飲め飲め! 飲んで楽しむんだ!」
「ここじゃー若者の邪魔になる。街に繰り出してハシゴするぞ!」
「おお!」
消沈気味だった人々が一気に湧き上がる。その様子を四月二日は楽しげに見つめ、
「兄ちゃんも来るかい?」
「あー、俺は、ここに居ないとだから」
「そうか」
「うん」
やるべきことがある。会場を意気揚々と後にするマニア達を見送り見届けて、四月二日は気を引き締めた。
と、そんな四月二日の元へ梛がやって来る。
「四月一日さん!」
梛は辿り着くなり周囲を見回し、慌てた様子で、
「……気配が変わらない? 距離をとられた? 四月一日さん、この辺から移動した人はいますか?」
「それならい今さっき、マニア層の人達が酒飲みに外へ」
「それだ!」
梛はすぐさま送受信・改の力を駆使し仲間達へと伝達する。
(古妖がマニア層の参加者を引き連れて、会場の外に抜け出した!!)
事態は風雲急を告げていた。
●謎の古妖S
覚者達の中でいち早く会場を出た梛は、人の流れを掻き分けながらもがくように走っていた。
数打てば当たるの精神ではなく、もっと根拠に強く依り、意志をもって探すべきだったかと今は思う。
(能力に頼り過ぎた……!)
だが今はこの能力こそが頼みの綱で、縋るように力を信じて駆け抜ける。
「いた! あのグループ!」
隣を駆ける四月二日が遂に出ていった一団を見つける。彼らは道の脇に立ち止まり休んでいるようだった。
「「?」」
だが、追いついたと思った二人は同時に疑問符を浮かべる。
梛の同族把握は気配に近づいていなかった。
四月二日が彼らと別れた時よりも、人数が一人減っていた。
「よう、若いの。どうした?」
立ち止まった二人に気づいて、座っていた男が立ち上がり手を振る。その表情には少しの疲労が見て取れた。
「えっと」
四月二日が会話を始めたのを見てすぐに、梛は意識で先行する旨を伝え走り去る。
「……大丈夫?」
「何が? ああ、年甲斐もなくはしゃいで酔っぱらってるのに動いたからなぁ。ちょっと休んでるんだよ」
残った四月二日の問いかけに、声を掛けた男は笑みを見せた。
「四月二日!」
維摩が追いつき、状況を問う。だが、答えは恐らく既にここにある。
「ちょっとずつ、か」
恐らくほんの僅かずつ、本当に僅かずつ回収していったのだろう。彼らが意識しない程度に。
「おじさん、ここにもう一人。ほら、ハシゴしようって言ってた人いたじゃん? あの人は?」
「ああ、あいつかぁ」
四月二日の真剣な顔に不思議そうな視線を返しながらも、男は問われたことに答える。
「なんか、いっぱいになったから今日はもういいって、俺ら全員に挨拶して帰ってったよ」
「帰った?」
維摩は話を促しながら、一人追跡している梛と密に送受信を繰り返す。だが、
(悪い、同族把握はそこまでの精度はないんだ。距離がだいぶ離されてる。このままだと)
(……そうか)
意識を受け止め、こちらの様子を窺う四月二日に維摩はゆっくりと首を左右に振った。
「若いの。あいつお前さんについて真面目な顔して言ってたぜ」
「俺?」
「いっぱい褒めて貰って、興味持って貰って、話聞いて貰って、ありがたかったってな」
「……」
「一緒に楽しもうって言って貰って、嬉しかったってな」
言うべきことは言ったと、男は周囲の仲間に声を掛け出発を促す。
「お前さんもお前さんで、お祭りを楽しみな。ハッピー、ハロウィーン!」
やはり酔っぱらっているのか上機嫌に言い放ち、彼らは強い足取りでその場を後にする。
そこに来てようやく解放された輪廻、ことこ、鈴鹿が合流し、同時に梛から古妖が能力範囲外に抜けたことが伝えられた。
「ぐぬぬ……」
想定されていた被害は恐らく最小限に収まった。祭りも大いに盛り上がった。けれど、
「古妖は計画を実行し、逃走。反省を促すことも出来なかった、か」
維摩の呟きに、覚者達は自分達に課せられた任務が失敗に終わったことを理解した。
どこかで蛇が楽しげに鳴いていた。
■シナリオ結果■
失敗
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
依頼終了、覚者の皆様はお疲れ様でした。
本文の通り、祭りを大いに盛り上げれども古妖の行いを止めるには至りませんでした。
ハロウィンの街に消えた謎の古妖Sの正体は何だったんでしょうね。ナゾデス。
今回の結果もどうか皆様の糧となりますよう。
祭りのどたばた物語。楽しんでいただけましたら何よりです。
次の機会も、またよろしくお願いします。
本文の通り、祭りを大いに盛り上げれども古妖の行いを止めるには至りませんでした。
ハロウィンの街に消えた謎の古妖Sの正体は何だったんでしょうね。ナゾデス。
今回の結果もどうか皆様の糧となりますよう。
祭りのどたばた物語。楽しんでいただけましたら何よりです。
次の機会も、またよろしくお願いします。
