<ヒノマル陸軍>特攻戦隊、高槻
●誰がための命
ヘッドライトを前に、一台のジープが走る。
地下へ伸びる、コンクリート舗装された長い長いトンネルを下る。
「あれは私が乗るべきだった」
地下隠し格納庫『第三匿隧封納庫』。旧帝時代、本土決戦に備え急遽作られた地下施設である。
当時存在した様々な地下組織や地下技術を集め魔術妖術錬金術などあらゆるオカルトの力をもってして怨敵殲滅を成さんとした者たち……の、いわば遺物である。
ジープはやがて動きを止め、助手席から一人の男が現われた。
濃い緑色の翼をもった、古い軍服姿の男である。
顔や身体は30台のそれだが、目の光や顔つきには百歳近い何かを感じさせる。そんな男である。
彼の名は高槻フタジ。
七星剣直系隔者組織・ヒノマル陸軍に所属し、かつて京都作戦において飛行戦隊を率いファイヴと戦ったのが、他ならぬ彼だ。
運転席と後部座席からそれぞれ二人の女性が姿を見せる。
土と砂のような色をした翼のホーカー。白色翼の桑名。二人とも同じ作戦に従事していた隔者だ。
沈黙する二人を背に、高槻は三歩、歩を進める。
「ファイヴはどうしている」
かの京都作戦に現われ、軍を撤退させた組織である。
タブレットPCを手に取るホーカー。
「ランク3の妖を立て続けに撃破してマス。やっぱり、この一年で急激に戦力を増強してマス」
「やはり、潰えるさだめの組織ではなかったか。京都作戦当時、戦力の半分もぶつけられなかったことが悔やまれる」
京都に潜伏する新興組織とやらが百人規模であることを予想しなかったと言えば嘘になる。しかしあの時点で潰しておけば、今ほどの驚異にはならなかったものを。
桑名が重々しいレバーを上げると、壁際の証明が次々に点灯。テニスコートほどもある部屋が照らし出された。
その中央には、黒い鎖で幾重にも固定された戦闘機が、一機。
ホーカーの開いた資料には『マガツオウカ』と記されていた。
「総帥はどのようにお考えか、知っているな?」
「重々。しかし承服しかねます」
「そうだ。『ファイヴを日本の切り札にする』など、自滅に等しい行為。たとえアジアを開放したとて、彼らは平和主義という名の洗脳思想によって米帝の奴隷となるに違いないのだ。ゆえに教えねばならない」
戦闘機に手を触れる。手のひらから順に、じわじわと身体が黒ずんでいく。
ホーカーの声が震えた。
「誰に、デスカ……」
「全ての者に」
浸食が進み、身体の半分は異形のそれに変わっている。
「ファイヴは唾棄すべき堕落思想の集合体であると総帥に知らしめる。そしてファイヴには、『命をかければなんでもできる』などという自らの怠慢を知らしめるのだ」
「さあ、我をあざ笑え。そして省みるのだ。自らの怠慢を」
●特攻戦隊
憤怒者組織『ツバサクロス』。隔者犯罪に対抗すべく非覚者だけで組織された武装組織である。
ランドセル式ジェットによる簡易飛行と豊富な銃火器による包囲殲滅パターンはこれまで多くの隔者を殲滅してきた。
が、しかし。
「我が隊、襲撃者によって壊滅!」
「ばかな……たった一人だぞ!? 打ち払え! 囲んで潰せ!」
小銃を持った兵隊たちが全身を機械のようなもので覆った翼人を取り囲む。
一斉射撃を加えるが、相手はその全てをことごとく回避。
どころか、両腕から露出させた機銃攻撃によって兵隊たちをたったの二十秒で殲滅してしまった。
崩れゆく基地。
がれきに埋もれゆく非覚者たちは何も言い残すこと無く消えていった。
そして上空にぴたりと滞空する三人は、何も述べること無くその光景を見下ろしていた。
彼らにはもう、意志はない。
あるのは闘争と破壊。
そして全てへの敵意のみである。
●出撃命令
AAAより出撃要請。
複数の憤怒者組織が一人の隔者によって壊滅された。
ヒノマル陸軍所属隔者と断定。
観測報告にて、行動中に破綻者化を確認。推定深度3。
発生地点から南方の町に向けて移動を開始している模様。
至急戦闘を要する。
至急戦闘を要する。
ヘッドライトを前に、一台のジープが走る。
地下へ伸びる、コンクリート舗装された長い長いトンネルを下る。
「あれは私が乗るべきだった」
地下隠し格納庫『第三匿隧封納庫』。旧帝時代、本土決戦に備え急遽作られた地下施設である。
当時存在した様々な地下組織や地下技術を集め魔術妖術錬金術などあらゆるオカルトの力をもってして怨敵殲滅を成さんとした者たち……の、いわば遺物である。
ジープはやがて動きを止め、助手席から一人の男が現われた。
濃い緑色の翼をもった、古い軍服姿の男である。
顔や身体は30台のそれだが、目の光や顔つきには百歳近い何かを感じさせる。そんな男である。
彼の名は高槻フタジ。
七星剣直系隔者組織・ヒノマル陸軍に所属し、かつて京都作戦において飛行戦隊を率いファイヴと戦ったのが、他ならぬ彼だ。
運転席と後部座席からそれぞれ二人の女性が姿を見せる。
土と砂のような色をした翼のホーカー。白色翼の桑名。二人とも同じ作戦に従事していた隔者だ。
沈黙する二人を背に、高槻は三歩、歩を進める。
「ファイヴはどうしている」
かの京都作戦に現われ、軍を撤退させた組織である。
タブレットPCを手に取るホーカー。
「ランク3の妖を立て続けに撃破してマス。やっぱり、この一年で急激に戦力を増強してマス」
「やはり、潰えるさだめの組織ではなかったか。京都作戦当時、戦力の半分もぶつけられなかったことが悔やまれる」
京都に潜伏する新興組織とやらが百人規模であることを予想しなかったと言えば嘘になる。しかしあの時点で潰しておけば、今ほどの驚異にはならなかったものを。
桑名が重々しいレバーを上げると、壁際の証明が次々に点灯。テニスコートほどもある部屋が照らし出された。
その中央には、黒い鎖で幾重にも固定された戦闘機が、一機。
ホーカーの開いた資料には『マガツオウカ』と記されていた。
「総帥はどのようにお考えか、知っているな?」
「重々。しかし承服しかねます」
「そうだ。『ファイヴを日本の切り札にする』など、自滅に等しい行為。たとえアジアを開放したとて、彼らは平和主義という名の洗脳思想によって米帝の奴隷となるに違いないのだ。ゆえに教えねばならない」
戦闘機に手を触れる。手のひらから順に、じわじわと身体が黒ずんでいく。
ホーカーの声が震えた。
「誰に、デスカ……」
「全ての者に」
浸食が進み、身体の半分は異形のそれに変わっている。
「ファイヴは唾棄すべき堕落思想の集合体であると総帥に知らしめる。そしてファイヴには、『命をかければなんでもできる』などという自らの怠慢を知らしめるのだ」
「さあ、我をあざ笑え。そして省みるのだ。自らの怠慢を」
●特攻戦隊
憤怒者組織『ツバサクロス』。隔者犯罪に対抗すべく非覚者だけで組織された武装組織である。
ランドセル式ジェットによる簡易飛行と豊富な銃火器による包囲殲滅パターンはこれまで多くの隔者を殲滅してきた。
が、しかし。
「我が隊、襲撃者によって壊滅!」
「ばかな……たった一人だぞ!? 打ち払え! 囲んで潰せ!」
小銃を持った兵隊たちが全身を機械のようなもので覆った翼人を取り囲む。
一斉射撃を加えるが、相手はその全てをことごとく回避。
どころか、両腕から露出させた機銃攻撃によって兵隊たちをたったの二十秒で殲滅してしまった。
崩れゆく基地。
がれきに埋もれゆく非覚者たちは何も言い残すこと無く消えていった。
そして上空にぴたりと滞空する三人は、何も述べること無くその光景を見下ろしていた。
彼らにはもう、意志はない。
あるのは闘争と破壊。
そして全てへの敵意のみである。
●出撃命令
AAAより出撃要請。
複数の憤怒者組織が一人の隔者によって壊滅された。
ヒノマル陸軍所属隔者と断定。
観測報告にて、行動中に破綻者化を確認。推定深度3。
発生地点から南方の町に向けて移動を開始している模様。
至急戦闘を要する。
至急戦闘を要する。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
破綻者高槻の撃破が条件となっております。
●シチュエーションデータ
AAAの手引きによって大規模な緊急避難および安全な迎撃地点の確保がなされています。
そのためファイヴの覚者だけで戦闘をこなす必要があります。
迎撃地点は二階建てショッピングセンター。無人。
屋上での待機を推奨されています。
相手は主に飛行していますが、戦闘するのに十分な距離を必要とするためこちらが飛行能力を有していなくても跳躍などで近接攻撃を当てることができるものとします。(※今回の現場の立地や状況を総合しての判定パターンであります)
●エネミーデータ
・高槻フタジ
翼人木行。
木葉舞、棘散舞、非薬・紅椿、烈波、霞舞を使用。
継戦能力が高い。使用武器は機関銃とサーベル。
深度3の破綻者となっており、あらゆる戦闘能力がブーストされています。特に命中・回避補正と速度が高く、長期戦が予想される。
●その他の補足
・禍津桜花(マガツオウカ)
魔術や錬金術などの闇技術を無理矢理結集した禁忌兵器。神具と装身具のセット。
装着者の精神を大きく崩壊させる副作用をもつが強力な装備。ただし装着者の肉体と同化に近い融着作用を起こすため封印されていた。
高槻の精神同様、回収不可能。
・破綻者までの経緯
高槻は禁忌兵器を装着後、手当たり次第に小規模な憤怒者施設を襲撃。戦闘を繰り返しました。
尋常ならざる連戦と精神の崩壊によって能力が暴走、破綻者化。その後も戦闘を続け、深度3までシフトしたものと思われる。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年09月23日
2016年09月23日
■メイン参加者 6人■

●『百年かかってもいい。お前が押し殺した叫びを、全人類に聞かせてやる』
強風が木の葉をさらう。九月の空。
「ねえ燐ちゃん、秋の服を買いたいね」
『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)は瞑目したまま、飛んできた木葉をつまんで止めた。
西の空をにらんでいた『迷い猫』柳 燐花(CL2000695)がわずかに振り返る。
「シャツは、まだ綺麗だと思いますけど……」
「燐ちゃんの服だよ」
「私の……ですか」
こんな時に服の話とは。
いや、こんな時だからだろうか。
蘇我島恭司という男は、空からミサイルが振ってくる三分前にも明日の天気を話そうな男だった。
だから……。
「これが終わったら、買い物にいきましょうか」
「そうだね!」
笑う恭司。燐花は西の空へと視線を戻した。
「心の準備はよさそうね」
三島 椿(CL2000061)が翼を畳み、ゆるく腕を組む。
「屋上に陣取って戦闘。一応私たちも攻撃には加わるけど、ダメージが酷ければリカバリーに回るわよ。基本的な回復は切裂さんに任せていいのよね?」
「…………」
「切裂さん?」
地面をじっとにらんでコンクリートの縁に座っていた『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が、はたと顔をあげた。
「あ、ああ……任せといて。回復両は低めに見積もって300ちょいやわ」
「それだけじゃ足りなさそうね。適時判断でもいいけれど……いざというときに決めておかないと咄嗟の時に困らないかしら」
「俺がやっておく」
腕組みしたまま黙っていた『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)が小さく手を上げた。
「元々今回の装備は回復向けだ。問題は痺れや出血への対応だが……」
「その場合は私が。三人ともBSのリカバリースキルはもっているから……そうね、誰かが一括して判断してくれれば迷わないと思うんだけど」
「でしたら、お任せください」
装備の点検を終えた『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が立ち上がった。
「速度では自分が上です。高槻へのスキャンも併用しますし、判断が速いかと。しかし速度型で尚且つ深度3までブーストされた破綻者ですから、私の速度でも先手をとれるか怪しいですね。このなかでは……」
ぐるりと見回して、燐花に目をとめた。
「200……いや250ですか。これなら対抗できそうですね」
「これだけ平均速度があれば連続行動も防げるかもしれないわ。頼もしいわね」
「……いえ」
燐花は視線を迷わせたが、両慈の視線を受けて目をそらした。
頷き会う椿たち。
「戦術としてはこんなところね。ところで……高槻はずっと屋上の上を飛ぶのかしら。屋内に入られたら追いかけるのが難しくならない?」
「いえ、それは……」
「待った。作戦会議は終わりだよ」
ジャックが尻の砂を落としながら立ち上がり、立てかけた杖を蹴り上げて掴んだ。
振り向く千陽たち。
西の空を割くように、真っ黒な物体が高速で飛行してくるのが見えた。
「命をかけりゃなんでもできるワケやない。今は認めよう。命はちっせえぇよ、けど……だから尊いんだ」
●『帝国に尽くせば命の尊さが変わるだと……ふざけるなよ。ふざけるなよ!』
「敵機接近、交戦ライン突入まで3――2――いま!」
千陽が走り出すのと高槻がライフルを構えるのはほぼ同時だった。
トリガーを引く速度とナイフを叩き付けるまでの速度は、絶望的なまでに長い――が、しかし。
黒い翼を広げて制動をかける高槻の眼前に燐花が現われたのはまさにその瞬間だった。
「速度勝負は、のぞむところ」
制動の角度を急速転換。燐花の放った斬撃を上方飛行で回避すると、空中で二回転して背後へと回り込む。
斬撃の反動で後ろ回し蹴りを繰り出す燐花。防御しせいのまま高槻は蹴り飛ばされ、屋上のコンクリート面をバウンドしながら転がった。
チャンスとばかりにナイフを逆手に握って叩き込む千陽。
しかし振り下ろす前に手首を蹴りつけられ、ナイフが三メートル先へと飛んでいった。
素早く銃を抜いて発砲。
対する高槻はエネルギー噴射で急速離脱。
頭上で八の字ターンをかける高槻に銃を向ける千陽だが、狙いが定まらない。
目も耳も追いつかない。直感で撃つしか無い。が、直感が別のことを告げてきた。
「中後衛、対ショック!」
「とっくに――!」
風音が自分の方向へと近づいていることを察した恭司はその場から大きく飛ぶように転がった。
薙ぎ払うような射撃が恭司から椿までのラインを描いていく。
コンクリートが爆発したようにえぐれ、金属板が紙切れのように千切れて飛んでいった。
「つっ」
恭司の足に着弾。それだけで破裂現象が起き、骨から肉から千切れて野外駐車場へと落ちていった。
一方で椿は弓に矢をつがえ、高槻めがけて発射。
肩へと突き刺さる矢。
肩へと突き刺さる弾。
椿の肩がはじけ飛んでいく。
きりもみ回転して駐車場へと落ちそうになる椿――を、ジャックが掴んで屋上に引っ張り戻した。
「高槻ィ!」
術式を高速起動。淡い光の輪が椿と恭司の傷口にうまれ、無理矢理肉体を高速蘇生させはじめた。といっても骨格が限界だ。
「お前をこれ以上の破綻から助けたる、けど救いたいとは思わないね! ないて土下座させたる!」
「……」
熱くなりすぎている。両慈はジャックの目つきに危険を感じたが、気を配っている余裕はない。
「蘇我島!」
「わかってる……!」
両慈は同時に天空へ手を翳し、大気と術式を共鳴させた。
恭司たちの破損した肉体を強制修復。義足でもつけたような気持ちで立ち上がると、恭司は千陽に合図を送った。
頷く千陽。
『烈波は二人がかりで修復可能』。
派手な直撃を受けたことでダメージが跳ね上がっていると考えるべきだろう。
反撃だ。
恭司はフラッシュライトを翳すと、特殊なエネルギーを流し込んだ。
屋上を凄まじいスピードで飛び回る高槻を目でとらえるのは難しい。
しかし人間大の物体が飛行するというだけで相当な空圧が生じ、当然かなりの音もする。
それを聞き分けるのは難しいが、今の恭司には可能だった。
「そこだ!」
振り向き、フラッシュライトのスイッチを押し込んだ。
空中に激しいスパークがおき、飛行中の高槻に直撃。バランスを壊した高槻はきりもみ回転しながら屋上エリアの外へと落ちていった。
●『私はやり直さねばならない。そのためになら、私は欲望の奴隷となろう』
戦闘は激化の一途をたどっていた。
「平和を望むことが堕落思想だと。米国の奴隷だと。変化に取り残され生きる意味を闘争に求めるなど、あっていいはずがない!」
千陽は集中を重ねて高槻に飛びかかり、身体にナイフを突き立てる。
「俺たちを切り札にするとはどういうことだ! 応えろ高槻!」
高槻は刺さる寸前で身体をひねり、千景もろともショッピングセンターの窓へと突っ込んだ。
爆発するように飛び散るガラス。吹き飛んでいくワゴンとマネキンにまみれて千景までも吹き飛ばされ、柱を破壊しながらワンバウンド。無理矢理姿勢を整えて軍靴で床をスライドした。
「っく……!」
誤算が二つ。それも大きな誤算である。
集中二回分の命中補正をのせて放った無頼だが、高槻に直撃以上の成果を出すことは難しかった。何度も行なえば比較的高い確率で成功するだろうが、それまで二回以上のターンを消費するのはリターンに対してリスクが大きすぎた。鈍化による速度低下や、その後に予定していた負荷による体術封じは高槻の二回行動の可能性や烈波の使用を抑制することができるが、決定的な勝因になるとはとてもいいがたい。集中抜きで連発したほうが効率的だったかも知れない。
相手に対する問いかけも今回の場合は無意味を通り越して隙になる。
結果として、高槻撃破に至るまでの重要戦力である千陽のパワーを大きく損なうことになってしまった。
「このまま続けるのは得策ではありませんね。切り替えるしか……」
銃を抜く千陽を一旦無視して、高槻は反対側の壁を突き破って屋外へ。
千陽は屋上へと走った。
一方……屋上は酷い有様だった。
「燐ちゃん、さがって……」
膝をつき自らの肩を押さえる恭司。
身体の大部分が術式修復によって保っているが、高槻の放つ棘散舞の直撃を受けて倒れかけていた。
そんな彼を守るため、クナイを逆手に握った燐花が立ち塞がっていたのだ。
「燐ちゃん」
「……」
空中に現われる高槻。ライフルから放たれた特殊弾をしっかりと視界にとらえクナイを振り込む。
凄まじい弾速である。ズラせるのはほんの僅かな軌道のみ。しかし急所を避けるには有効な打撃だった。
腹にめり込む弾。弾頭が複雑に炸裂し、燐花の身体を大きくえぐっていった。
がくりと膝を突く燐花。
恭司は強く歯噛みした。
高槻はおそらく優秀な男だ。破綻者となった今その優秀さは戦術に集中されていた。
烈波で中衛を攻撃した後、比較的もろい方である恭司を棘散舞で集中攻撃し始めたのだ。
ダメージ量は凄まじく、完全回復には三人のヒーラーを要した。痺れや出血も加われば四人がかりである。
戦闘が長引けば填気による補給もしなければならない。
結果として6人中4人がリカバリーに回り、千陽と燐花が攻撃を担当することになる。
そして戦闘が長引いた結果、補給と回復を両立できなくなり恭司が負傷。彼を庇うために立ち塞がった燐花が今、敵弾の直撃を受けた……という経緯である。
膝を突く燐花。
「リンカちゃ――やっべ!」
燐花が行動不能になったら速度問題からして事前のリカバリーができなくなる。今回はこらえたようだが、次がどうなるかわからない。
ジャックは急いで回復を始めた。
一方で、燐花の腕を引いて立ち上がらせる両慈。
「無理をするな」
「……」
椿が駆け寄ってきて、燐花の腹部に手を当てた。
波動が伝わり傷口をジェル状の液体が塞いでいく。
「ちょっとマズイ展開ね」
「なんだか悪いね。けど、『全員元気に立ったまま勝利しよう』なんて段階じゃ……ないよね?」
恭司が苦笑するのを、燐花は黙って見つめていた。
駆け寄ってくる千陽。
「いいんですか?」
「負けを取り返さないと。誤植回収って、タダじゃやってくれないもんだよ」
恭司はそう呟くと、高槻へと振り返った。
それまでかけ直しがきかず滞っていた演舞・清爽を発動。
「頼んだよ」
直後、恭司の胸を特殊弾が貫いた。
高槻の戦術は、実のところ『当てずっぽう』に近い。
こちらの戦力が分かっていないのだから当然だが、前衛でも後衛でもなくあえて中衛に打ち込んで、そのもろい方を集中攻撃という手順をとったわけだが、これが後衛へ行なっていたならもっと不利な状況になっていたかもしれない。
「しつこいわね……!」
椿は矢を大量に掴むと、次々と高槻めがけて発射した。
身体へ次々に突き刺さる矢をそのままに、特殊弾を椿へと打ち込み続ける高槻。
完全な打ち合い状態だが、負うダメージは圧倒的に椿の方が大きかった。
リカバリーはあえてしない。
両慈とジャックが協力しても完全回復が難しく、手をつけずに戦闘不能になるのを待つのと回復で抵抗しながらネバるのとでは何ターンも変わらない可能性があるからだ。
「こんな展開になるとはな」
両慈は腕に雷をため、強靱な動体視力で高槻をロックオン。
メダルを握ってレールガンさながらの弾を発射した。
その間にジャックが破眼光を連射。追撃を加えていく。
「もう一発……!」
椿は強く弓を引き絞り、高槻をにらんだ。
バイザー越しの目が見えた気がしたが……。
意識を攻撃に集中。矢を解き放つ。
不自然なほど鋭い軌道を描いた矢は回避行動をとった高槻を追尾し、彼の脇腹を強くえぐっていった。
と同時に、椿の心臓部を特殊弾がえぐっていく。
大きくのけぞり、仰向けに倒れる椿。
4対1。
こちらが消耗しきるか、相手を潰しきれるか。
どちらか、である。
「時任さん……」
高槻へ懸命に追いすがっては打撃を与え続けてきた燐花は、同じように飛びかかりながら打撃を繰り返していた千陽に呼びかけた。
勝負の行方を問うものだが……。
千陽は厳しい表情で言った。
「半々、ですね。できれば自分が決着をつけたいのですが」
呟きに応じたわけではないのだろうが、高槻は地面へと降り立ち、ライフルを投げ捨ててサーベルを両手持ちにした。
ナイフを逆手に握り、じりじりと回り込む千景。同じく燐花。
この未来に起こるであろうことを、語っておこうと思う
高槻が戦法を霞舞に切り替えたことを察した千景と燐花は、無頼漢と炎撃でもって攻撃を開始。対する高槻は非薬紅椿を塗布したサーベルで二人を攻撃。
持ち前の回避補正と恭司やジャックから受けた補助効果によってダメージを軽減させ、両慈とジャックは二人への回復を続けることでそれをカバーし続ける。
最終的に千陽と燐花が多少負傷する結果にはなるが、高槻を倒し戦闘を終える……というものである。
ただ、それをよしとしない者がいた。
「高槻。高槻。高槻フタジィ……!」
ジャックは杖を投げ捨て、ばちばちと不思議なスパークを起こした手を握りしめた。
「あれは……魂を……?」
目を細める千陽。
高槻も異様な気配を察したのか、標的をジャックだけに絞った。
急いで恭司と椿を抱えて離脱する燐花と両慈。
「殺しすぎだ。殺しすぎなんだよ、フタジィ……!」
ジャックの右目が、大きく開いた。
様々なエネルギーが彼を取り巻き、螺旋状に重なって登っていく。
サーベルを握って斬り込もうと踏み出した高槻――の額にジャックが超高速でヘッドバッドを叩き込んだ。
軽くのけぞる高槻の首を掴み、目を限界まで見開くジャック。
「俺はな、自分の手は汚さないタイプなんよ」
強引に振り回し、地面に叩き付ける。
それだけで高槻は屋上建材を突き破り、屋内へと叩き付けられた。
バウンドしたところへ、待ち構えていた千陽が強引なまでのパンチを叩き込む。
窓ガラスを突き破って屋外へ吹き飛ぶ高槻。
影がかかる。
燐花の影だ。
超高速で繰り出した蹴りが高槻の腹に直撃し、高槻は駐車場にクレーターを作ってめりこんだ。
すたん、と着地する両慈。
彼の肩に担がれる形でジャックが腰掛けていた。
「俺が仲間にとってのマガツオウカになる。素敵なことやない? これって」
重要なこととして。
重要なこととしてだ。
魂一個分のリソースを仲間の頭数で分配すれば当然効果は薄まってしまう。今回のようなケースではとてもではないが効率的とは言えない。
言えないが。
「フタジ、お前に誓うよ」
両慈が黙って手を翳し、手のひらにエネルギーを溜めていく。
「命をかけて、日本を救う。だから……」
一瞬の静寂。
軋むように起き上がる高槻。
「終わってくれ、フタジ」
高槻を、膨大なエネルギーの渦が飲み込んだ。
●『平和という、戦争への準備期間を続けよう。やがて時が来る。その時に……』
意識を取り戻した椿や恭司が、千景たちに支えられるかたちで駐車場へとやってきていた。
ジャックが、焦げた地面を見下ろしている。
両慈と燐花は顔を見あせ、小さく首を振った。
高槻の身体は跡形も残っていなかった。
攻撃の威力もさることながら、マガツオウカの代償とでも言うべきだろうか。肉体はかけらも残りはしなかった。
その代わりに。
「……」
ジャックはさび付いた鉄板を拾い上げた。
ひび割れ、砕け落ちる板。
板の中には一枚の布が残っていた。そこには。
「なにか書いてある……」
「兵士よ。
このメッセージを読んでいるということは、私は満足して死んだということだろう。
ゆえに貴様には、この続きを読む権利がある。
真実をひとつだけ、知る権利がある」
振り返り、ジャックは再び布に視線を下ろした。
「終戦時、我々は再戦を決意した。
国の誇りを想った者、憎しみに狂った者、闘争におぼれた者、死者の代弁を求めた者。
理由は多々あれど、みな同じことを願った。
準備をしよう。
長く長く、準備をしよう。
その間に日本が奴隷となっても。
多くの民が平和という名の透明な呪縛にとらわれても。
必ず立ち上がり、立ち塞がる全てを打ち倒し、真の平和を手に入れると」
くずれゆく布きれ。
「百年は待ち続ける必要がある。
その間に折れない人間が必要だ。
暴力坂乱暴は、絶好の指針だった。
全ての財産を彼に集め、我々は再戦の時を待つことにした」
くずれゆく布きれ。
「海外領土を手に入れろ。妖のイな いと チ が あ レ バ」
そして布きれは灰となり、風に乗って消えた。
強風が木の葉をさらう。九月の空。
「ねえ燐ちゃん、秋の服を買いたいね」
『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)は瞑目したまま、飛んできた木葉をつまんで止めた。
西の空をにらんでいた『迷い猫』柳 燐花(CL2000695)がわずかに振り返る。
「シャツは、まだ綺麗だと思いますけど……」
「燐ちゃんの服だよ」
「私の……ですか」
こんな時に服の話とは。
いや、こんな時だからだろうか。
蘇我島恭司という男は、空からミサイルが振ってくる三分前にも明日の天気を話そうな男だった。
だから……。
「これが終わったら、買い物にいきましょうか」
「そうだね!」
笑う恭司。燐花は西の空へと視線を戻した。
「心の準備はよさそうね」
三島 椿(CL2000061)が翼を畳み、ゆるく腕を組む。
「屋上に陣取って戦闘。一応私たちも攻撃には加わるけど、ダメージが酷ければリカバリーに回るわよ。基本的な回復は切裂さんに任せていいのよね?」
「…………」
「切裂さん?」
地面をじっとにらんでコンクリートの縁に座っていた『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が、はたと顔をあげた。
「あ、ああ……任せといて。回復両は低めに見積もって300ちょいやわ」
「それだけじゃ足りなさそうね。適時判断でもいいけれど……いざというときに決めておかないと咄嗟の時に困らないかしら」
「俺がやっておく」
腕組みしたまま黙っていた『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)が小さく手を上げた。
「元々今回の装備は回復向けだ。問題は痺れや出血への対応だが……」
「その場合は私が。三人ともBSのリカバリースキルはもっているから……そうね、誰かが一括して判断してくれれば迷わないと思うんだけど」
「でしたら、お任せください」
装備の点検を終えた『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が立ち上がった。
「速度では自分が上です。高槻へのスキャンも併用しますし、判断が速いかと。しかし速度型で尚且つ深度3までブーストされた破綻者ですから、私の速度でも先手をとれるか怪しいですね。このなかでは……」
ぐるりと見回して、燐花に目をとめた。
「200……いや250ですか。これなら対抗できそうですね」
「これだけ平均速度があれば連続行動も防げるかもしれないわ。頼もしいわね」
「……いえ」
燐花は視線を迷わせたが、両慈の視線を受けて目をそらした。
頷き会う椿たち。
「戦術としてはこんなところね。ところで……高槻はずっと屋上の上を飛ぶのかしら。屋内に入られたら追いかけるのが難しくならない?」
「いえ、それは……」
「待った。作戦会議は終わりだよ」
ジャックが尻の砂を落としながら立ち上がり、立てかけた杖を蹴り上げて掴んだ。
振り向く千陽たち。
西の空を割くように、真っ黒な物体が高速で飛行してくるのが見えた。
「命をかけりゃなんでもできるワケやない。今は認めよう。命はちっせえぇよ、けど……だから尊いんだ」
●『帝国に尽くせば命の尊さが変わるだと……ふざけるなよ。ふざけるなよ!』
「敵機接近、交戦ライン突入まで3――2――いま!」
千陽が走り出すのと高槻がライフルを構えるのはほぼ同時だった。
トリガーを引く速度とナイフを叩き付けるまでの速度は、絶望的なまでに長い――が、しかし。
黒い翼を広げて制動をかける高槻の眼前に燐花が現われたのはまさにその瞬間だった。
「速度勝負は、のぞむところ」
制動の角度を急速転換。燐花の放った斬撃を上方飛行で回避すると、空中で二回転して背後へと回り込む。
斬撃の反動で後ろ回し蹴りを繰り出す燐花。防御しせいのまま高槻は蹴り飛ばされ、屋上のコンクリート面をバウンドしながら転がった。
チャンスとばかりにナイフを逆手に握って叩き込む千陽。
しかし振り下ろす前に手首を蹴りつけられ、ナイフが三メートル先へと飛んでいった。
素早く銃を抜いて発砲。
対する高槻はエネルギー噴射で急速離脱。
頭上で八の字ターンをかける高槻に銃を向ける千陽だが、狙いが定まらない。
目も耳も追いつかない。直感で撃つしか無い。が、直感が別のことを告げてきた。
「中後衛、対ショック!」
「とっくに――!」
風音が自分の方向へと近づいていることを察した恭司はその場から大きく飛ぶように転がった。
薙ぎ払うような射撃が恭司から椿までのラインを描いていく。
コンクリートが爆発したようにえぐれ、金属板が紙切れのように千切れて飛んでいった。
「つっ」
恭司の足に着弾。それだけで破裂現象が起き、骨から肉から千切れて野外駐車場へと落ちていった。
一方で椿は弓に矢をつがえ、高槻めがけて発射。
肩へと突き刺さる矢。
肩へと突き刺さる弾。
椿の肩がはじけ飛んでいく。
きりもみ回転して駐車場へと落ちそうになる椿――を、ジャックが掴んで屋上に引っ張り戻した。
「高槻ィ!」
術式を高速起動。淡い光の輪が椿と恭司の傷口にうまれ、無理矢理肉体を高速蘇生させはじめた。といっても骨格が限界だ。
「お前をこれ以上の破綻から助けたる、けど救いたいとは思わないね! ないて土下座させたる!」
「……」
熱くなりすぎている。両慈はジャックの目つきに危険を感じたが、気を配っている余裕はない。
「蘇我島!」
「わかってる……!」
両慈は同時に天空へ手を翳し、大気と術式を共鳴させた。
恭司たちの破損した肉体を強制修復。義足でもつけたような気持ちで立ち上がると、恭司は千陽に合図を送った。
頷く千陽。
『烈波は二人がかりで修復可能』。
派手な直撃を受けたことでダメージが跳ね上がっていると考えるべきだろう。
反撃だ。
恭司はフラッシュライトを翳すと、特殊なエネルギーを流し込んだ。
屋上を凄まじいスピードで飛び回る高槻を目でとらえるのは難しい。
しかし人間大の物体が飛行するというだけで相当な空圧が生じ、当然かなりの音もする。
それを聞き分けるのは難しいが、今の恭司には可能だった。
「そこだ!」
振り向き、フラッシュライトのスイッチを押し込んだ。
空中に激しいスパークがおき、飛行中の高槻に直撃。バランスを壊した高槻はきりもみ回転しながら屋上エリアの外へと落ちていった。
●『私はやり直さねばならない。そのためになら、私は欲望の奴隷となろう』
戦闘は激化の一途をたどっていた。
「平和を望むことが堕落思想だと。米国の奴隷だと。変化に取り残され生きる意味を闘争に求めるなど、あっていいはずがない!」
千陽は集中を重ねて高槻に飛びかかり、身体にナイフを突き立てる。
「俺たちを切り札にするとはどういうことだ! 応えろ高槻!」
高槻は刺さる寸前で身体をひねり、千景もろともショッピングセンターの窓へと突っ込んだ。
爆発するように飛び散るガラス。吹き飛んでいくワゴンとマネキンにまみれて千景までも吹き飛ばされ、柱を破壊しながらワンバウンド。無理矢理姿勢を整えて軍靴で床をスライドした。
「っく……!」
誤算が二つ。それも大きな誤算である。
集中二回分の命中補正をのせて放った無頼だが、高槻に直撃以上の成果を出すことは難しかった。何度も行なえば比較的高い確率で成功するだろうが、それまで二回以上のターンを消費するのはリターンに対してリスクが大きすぎた。鈍化による速度低下や、その後に予定していた負荷による体術封じは高槻の二回行動の可能性や烈波の使用を抑制することができるが、決定的な勝因になるとはとてもいいがたい。集中抜きで連発したほうが効率的だったかも知れない。
相手に対する問いかけも今回の場合は無意味を通り越して隙になる。
結果として、高槻撃破に至るまでの重要戦力である千陽のパワーを大きく損なうことになってしまった。
「このまま続けるのは得策ではありませんね。切り替えるしか……」
銃を抜く千陽を一旦無視して、高槻は反対側の壁を突き破って屋外へ。
千陽は屋上へと走った。
一方……屋上は酷い有様だった。
「燐ちゃん、さがって……」
膝をつき自らの肩を押さえる恭司。
身体の大部分が術式修復によって保っているが、高槻の放つ棘散舞の直撃を受けて倒れかけていた。
そんな彼を守るため、クナイを逆手に握った燐花が立ち塞がっていたのだ。
「燐ちゃん」
「……」
空中に現われる高槻。ライフルから放たれた特殊弾をしっかりと視界にとらえクナイを振り込む。
凄まじい弾速である。ズラせるのはほんの僅かな軌道のみ。しかし急所を避けるには有効な打撃だった。
腹にめり込む弾。弾頭が複雑に炸裂し、燐花の身体を大きくえぐっていった。
がくりと膝を突く燐花。
恭司は強く歯噛みした。
高槻はおそらく優秀な男だ。破綻者となった今その優秀さは戦術に集中されていた。
烈波で中衛を攻撃した後、比較的もろい方である恭司を棘散舞で集中攻撃し始めたのだ。
ダメージ量は凄まじく、完全回復には三人のヒーラーを要した。痺れや出血も加われば四人がかりである。
戦闘が長引けば填気による補給もしなければならない。
結果として6人中4人がリカバリーに回り、千陽と燐花が攻撃を担当することになる。
そして戦闘が長引いた結果、補給と回復を両立できなくなり恭司が負傷。彼を庇うために立ち塞がった燐花が今、敵弾の直撃を受けた……という経緯である。
膝を突く燐花。
「リンカちゃ――やっべ!」
燐花が行動不能になったら速度問題からして事前のリカバリーができなくなる。今回はこらえたようだが、次がどうなるかわからない。
ジャックは急いで回復を始めた。
一方で、燐花の腕を引いて立ち上がらせる両慈。
「無理をするな」
「……」
椿が駆け寄ってきて、燐花の腹部に手を当てた。
波動が伝わり傷口をジェル状の液体が塞いでいく。
「ちょっとマズイ展開ね」
「なんだか悪いね。けど、『全員元気に立ったまま勝利しよう』なんて段階じゃ……ないよね?」
恭司が苦笑するのを、燐花は黙って見つめていた。
駆け寄ってくる千陽。
「いいんですか?」
「負けを取り返さないと。誤植回収って、タダじゃやってくれないもんだよ」
恭司はそう呟くと、高槻へと振り返った。
それまでかけ直しがきかず滞っていた演舞・清爽を発動。
「頼んだよ」
直後、恭司の胸を特殊弾が貫いた。
高槻の戦術は、実のところ『当てずっぽう』に近い。
こちらの戦力が分かっていないのだから当然だが、前衛でも後衛でもなくあえて中衛に打ち込んで、そのもろい方を集中攻撃という手順をとったわけだが、これが後衛へ行なっていたならもっと不利な状況になっていたかもしれない。
「しつこいわね……!」
椿は矢を大量に掴むと、次々と高槻めがけて発射した。
身体へ次々に突き刺さる矢をそのままに、特殊弾を椿へと打ち込み続ける高槻。
完全な打ち合い状態だが、負うダメージは圧倒的に椿の方が大きかった。
リカバリーはあえてしない。
両慈とジャックが協力しても完全回復が難しく、手をつけずに戦闘不能になるのを待つのと回復で抵抗しながらネバるのとでは何ターンも変わらない可能性があるからだ。
「こんな展開になるとはな」
両慈は腕に雷をため、強靱な動体視力で高槻をロックオン。
メダルを握ってレールガンさながらの弾を発射した。
その間にジャックが破眼光を連射。追撃を加えていく。
「もう一発……!」
椿は強く弓を引き絞り、高槻をにらんだ。
バイザー越しの目が見えた気がしたが……。
意識を攻撃に集中。矢を解き放つ。
不自然なほど鋭い軌道を描いた矢は回避行動をとった高槻を追尾し、彼の脇腹を強くえぐっていった。
と同時に、椿の心臓部を特殊弾がえぐっていく。
大きくのけぞり、仰向けに倒れる椿。
4対1。
こちらが消耗しきるか、相手を潰しきれるか。
どちらか、である。
「時任さん……」
高槻へ懸命に追いすがっては打撃を与え続けてきた燐花は、同じように飛びかかりながら打撃を繰り返していた千陽に呼びかけた。
勝負の行方を問うものだが……。
千陽は厳しい表情で言った。
「半々、ですね。できれば自分が決着をつけたいのですが」
呟きに応じたわけではないのだろうが、高槻は地面へと降り立ち、ライフルを投げ捨ててサーベルを両手持ちにした。
ナイフを逆手に握り、じりじりと回り込む千景。同じく燐花。
この未来に起こるであろうことを、語っておこうと思う
高槻が戦法を霞舞に切り替えたことを察した千景と燐花は、無頼漢と炎撃でもって攻撃を開始。対する高槻は非薬紅椿を塗布したサーベルで二人を攻撃。
持ち前の回避補正と恭司やジャックから受けた補助効果によってダメージを軽減させ、両慈とジャックは二人への回復を続けることでそれをカバーし続ける。
最終的に千陽と燐花が多少負傷する結果にはなるが、高槻を倒し戦闘を終える……というものである。
ただ、それをよしとしない者がいた。
「高槻。高槻。高槻フタジィ……!」
ジャックは杖を投げ捨て、ばちばちと不思議なスパークを起こした手を握りしめた。
「あれは……魂を……?」
目を細める千陽。
高槻も異様な気配を察したのか、標的をジャックだけに絞った。
急いで恭司と椿を抱えて離脱する燐花と両慈。
「殺しすぎだ。殺しすぎなんだよ、フタジィ……!」
ジャックの右目が、大きく開いた。
様々なエネルギーが彼を取り巻き、螺旋状に重なって登っていく。
サーベルを握って斬り込もうと踏み出した高槻――の額にジャックが超高速でヘッドバッドを叩き込んだ。
軽くのけぞる高槻の首を掴み、目を限界まで見開くジャック。
「俺はな、自分の手は汚さないタイプなんよ」
強引に振り回し、地面に叩き付ける。
それだけで高槻は屋上建材を突き破り、屋内へと叩き付けられた。
バウンドしたところへ、待ち構えていた千陽が強引なまでのパンチを叩き込む。
窓ガラスを突き破って屋外へ吹き飛ぶ高槻。
影がかかる。
燐花の影だ。
超高速で繰り出した蹴りが高槻の腹に直撃し、高槻は駐車場にクレーターを作ってめりこんだ。
すたん、と着地する両慈。
彼の肩に担がれる形でジャックが腰掛けていた。
「俺が仲間にとってのマガツオウカになる。素敵なことやない? これって」
重要なこととして。
重要なこととしてだ。
魂一個分のリソースを仲間の頭数で分配すれば当然効果は薄まってしまう。今回のようなケースではとてもではないが効率的とは言えない。
言えないが。
「フタジ、お前に誓うよ」
両慈が黙って手を翳し、手のひらにエネルギーを溜めていく。
「命をかけて、日本を救う。だから……」
一瞬の静寂。
軋むように起き上がる高槻。
「終わってくれ、フタジ」
高槻を、膨大なエネルギーの渦が飲み込んだ。
●『平和という、戦争への準備期間を続けよう。やがて時が来る。その時に……』
意識を取り戻した椿や恭司が、千景たちに支えられるかたちで駐車場へとやってきていた。
ジャックが、焦げた地面を見下ろしている。
両慈と燐花は顔を見あせ、小さく首を振った。
高槻の身体は跡形も残っていなかった。
攻撃の威力もさることながら、マガツオウカの代償とでも言うべきだろうか。肉体はかけらも残りはしなかった。
その代わりに。
「……」
ジャックはさび付いた鉄板を拾い上げた。
ひび割れ、砕け落ちる板。
板の中には一枚の布が残っていた。そこには。
「なにか書いてある……」
「兵士よ。
このメッセージを読んでいるということは、私は満足して死んだということだろう。
ゆえに貴様には、この続きを読む権利がある。
真実をひとつだけ、知る権利がある」
振り返り、ジャックは再び布に視線を下ろした。
「終戦時、我々は再戦を決意した。
国の誇りを想った者、憎しみに狂った者、闘争におぼれた者、死者の代弁を求めた者。
理由は多々あれど、みな同じことを願った。
準備をしよう。
長く長く、準備をしよう。
その間に日本が奴隷となっても。
多くの民が平和という名の透明な呪縛にとらわれても。
必ず立ち上がり、立ち塞がる全てを打ち倒し、真の平和を手に入れると」
くずれゆく布きれ。
「百年は待ち続ける必要がある。
その間に折れない人間が必要だ。
暴力坂乱暴は、絶好の指針だった。
全ての財産を彼に集め、我々は再戦の時を待つことにした」
くずれゆく布きれ。
「海外領土を手に入れろ。妖のイな いと チ が あ レ バ」
そして布きれは灰となり、風に乗って消えた。
