≪友ヶ島2016≫あの夏の思い出
●
「あう」
樹神・枢はやり残した宿題の束を持っていた。
真夏?
海?
山?
島?
水着?
浴衣?
イベント?
まずは、魔物(夏休みの宿題)を倒してからだ―――!!
「あう」
樹神・枢はやり残した宿題の束を持っていた。
真夏?
海?
山?
島?
水着?
浴衣?
イベント?
まずは、魔物(夏休みの宿題)を倒してからだ―――!!

■シナリオ詳細
■成功条件
1.魔物を倒す
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●状況
つまり夏休みの宿題やろうぜって話なんだ
●場所
・島内部の特設、かなり大きめコテージ。海は目前
中では一日中、スイーツパラダイスで、ドリンクバー、残念だがアルコールは無い
冷えすぎない程度に冷房もきいている落ち着いた雰囲気
なお、水着姿でも入っていける
つまり勉強にはうってつけであり、これみよがしに個室なんかもあるから
大勢でも、少人数でも、個人でも、カップルでも対応ができるわけだ
なお、冷房で冷えた身体は外で熱するといい
屋外にもパラソルのあるテーブルなんかが設置されているので、
水着姿で海を眺めながら宿題に苦しむこともできる
水着姿で勉強ってなんかよくない? あ、これ僕だけかな
●樹神枢
・スケジュールたてるのは好きだけどスケジュール通りにやらなかった奴
コテージにいます、呼ばれたら出現します
●久方 相馬
・宿題は一面の銀世界。顔面蒼白。
コテージにいます、呼ばれたら出現します
●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】というタグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。
ご縁がございましたら、宜しくお願い致します
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
35/∞
35/∞
公開日
2016年09月06日
2016年09月06日
■メイン参加者 35人■

●
空はスカイブルー。
暑さを助長させるような蝉の鳴き声が響き、そして砂浜を洗う波の音。
波の音は、更に潮風を運んでくる。普段なら嫌悪な湿気を含んだ風も、今、このときだけは許せるのは何故だろうか。
なのに。
なのに。
なのに。
「ってぇぇぇ!!? 勉強会だなんて聞いてないぃぃ!!」
「頑張る生徒達を応援するのも、事務員のお仕事……。頑張らない生徒を宿題の締め切りまでに頑張らせるのも事務員のお仕事です」
「嘘だあああああああ!!」
田中 倖(CL2001407)は工藤・奏空(CL2000955)を引きずり、砂浜に『軌跡』と書いて『抵抗した跡』と読むものを描きながら、連行。
あっという間に外から、コテージ内。
成瀬 基(CL2001216)はコテージ内を見ながら、自分たちの周辺以外にもすし詰めのようになっている宿題難民を見て。
「あっらー……、皆して物の見事に。まあ僕も父さんに言われたことあるもんなぁ。『基、生憎こういうのは社会のルールを守る人間かどうかを問うテストだから、苦しいだろうがやっておきなさい』って」
奏空は水着に浮輪やゴーグルのフル装備のまま、しおしおに干された魚のように床へへたり込んだ時。
迷家・唯音(CL2001093)は逃げるように出口へ走り込んだが、柔らかく朗らかな笑みを浮かべた十夜 八重(CL2000122)が、彼女の首根っこを掴んで捕獲。
「目の前ビーチなのに! 宿題!! そんなー」
「ちゃんと分からないところは教えますから。ほら、奏空さんも」
「ふぁい……」
されどしかし。
心的ショックであと5分くらいは起き上がる気配がない奏空に、椿 那由多(CL2001442)は赤色のゾウさんの形をした如雨露に水を汲んで、ミイラのようになっている彼にかけてやった。
「大丈夫やろか……顔色が、悪そうやけど。まさか、熱中症やなんて!?」
「大丈夫ですよ、熱中症ではありません。これから勉強に熱中して頂くので」
倖は那由多の肩をぽんと叩いた。
どさどさどさ、と成瀬 翔(CL2000063)はドリルや紙の束、筆箱をテーブルに並べつつ、シャーペンを手の平の上でくるくる回す。
「これさっさと終わらせたら、早く海で遊べるんじゃねー。こんな海が目の前なのに、缶詰!! 嗚呼!! 宿題早く終わらせることができたら苦労してねー!!」
天野 澄香(CL2000194)は翔を見つめながら、くりっとした瞳を細くしていく。
「いいから、シャーペンの芯を出したり仕舞ったりを繰り返していないで終わらせましょう?」
「やる気はある! けど身体は正直なんだぜー。今日は手が筋肉痛で。いや、やらねば終わらねえ、頑張れ俺!!」
「その調子だよ」
澄香はにこりと笑ってから、席を立った。
「数学が出来ないぞおおおお!!」
天堂・フィオナ(CL2001421)は立ち上がった力だけで椅子を吹き飛ばしながら、天井へ向かって雄叫びを上げていた。
「数字を見ると訳が分からなくなるんだ! 平方根ってなんだ、何故、正と負の平方根が存在するのだ。そもそも負の逆は勝では無いのか、何故そんな文字を連ねて、ていうか数字と一緒に英数字もあるぞ!?」
フィオナは瞳に軽い塩水を溜め込みながら、鉛筆でノートにひたすら丸のような物体を書きながら唸っていた。
八重は彼女の正面に座りながら、氷が溶けていく紅茶をストローで吸いつつ教科書を開いてそっとノートの隣においてやった。
「落ち着いてください、フィオナさん。どうなるか形から入って、理屈は後で覚えてもいいんですよ?」
「そ、そうか。私にも、できるのか。倒せるのか。先日戦った妖よりも、強いぞ」
「はい。フィオナさんにも倒せるように支援しますね」
「すまない八重! 嗚呼!! なんか変な図形が出てきた!! これはなんの暗号なんだ!!」
葛藤を横目に、唯音はカラフルで先端にキャラクターがついているシャーペンをかちかち。
「ゆいねももう中学生だしがんばるぞ」
「唯音ちゃんはどれが分からないのかなー?」
「基おじさん!」
成瀬 基(CL2001216)は唯音の助け船に、そして彼女がここぞと並べたのは――。
「国語でしょ、数学でしょ、理科でしょ、英語でしょ……教えておねがい!」
「全部とは恐れ入った! でも大丈夫だよ! この僕に任せて! 博覧強記があるからね! 難しい問題だって大丈夫だよ!」
「ある意味ちーとなの」
「にぎやか、やわ」
那由多は一人ごちながら、隣に座った八重とフィオナがうんうんと頷いた。
八重は一旦、教える側からやる側へと変わり、真っ白な画用紙を広げている。
「ふふ、夏休みの思い出でこの光景描いちゃおうかなって、見え方とか色使い、那由多さんはセンスあっていいですね」
「絵には、少し、自信があるんよ」
「ふふ、絵の那由多さんに光で羽とか付けちゃいましょうか」
「八重ちゃん、ったら」
唯音は八重の作業をみつつ、那由多へにこっと笑った。
「あー、那由多ちゃんは近所の駄菓子屋さんの看板娘なの。かわいくて気になってたからお近づきになれて嬉しいな」
「あかん、可愛いんやろか? それ言うたら、唯音ちゃんの方がずっと可愛らしです」
俯きながら、頬を朱に染める那由多の耳が恥ずかしそうに揺れていた。
フィオナは冷たい麦茶を飲みほしてから、やっと片付いた数学の宿題をもう見たくないと言いつつ仕舞う。
「外国語全般と中世ヨーロッパ史は任せろ! 私の前世に関係ありそうな、騎士が居た頃のくだりとか熱く語っちゃうぞ! だから――」
奏空は撃沈していた。
「奏空! 生きろ!」
フィオナの背後で、基が眼鏡をくいっと上にあげた瞬間。光の反射で眼鏡は輝き、何故だからそれは奏空にとって恐ろしいものに見えたらしく。
「う、嘘です嘘です!! キリキリやります!!」
今までにない猛スピードでノートが埋まり始めていく。
フィオナもそれを手伝ってやるのだが、マルチリンガルが災いしているのかたまに日本語では無い言語が飛び交い、混乱を更に招くうっかりを発動させ、倖が正しい方向へと導く形があったとか。
「倖先生!! ここがわかりません!!」
「はい、読解ですね。これはこの文章に全て答えがあるようなものですから、一緒に探してみましょう」
塾のアルバイトも兼ねていた倖は、懇切丁寧に教えていく。その間、奏空は何回か揺れるうさぎみみが気になったとかなってないとか。
数分後。
「――――飽きた」
ちーん。
翔はテーブルに突っ伏した。
「「早い」」
稜と基は丸めた参考資料で、死にゆく翔の頭を叩いた。
「まだ、ものの四分だ。四分で一体なにが終わるっていうんだ。私が教えてやるから、やる気スイッチ、翔のはどこにあるんだ」
「俺にとっては、最高記録の四分なんだー!!」
「私が分かりやすく納得いくまで説明してやる。分からん所が分からんのなら諦めて全部記憶しろ。どんな科目でも必要なのはルールを学ぶって態度だ」
「腹減ったし、態度もくそもねえよぉ。叔父さーん、少し休憩しようぜー疲れたー腹減ったー……」
「ははは……翔君、退屈なのは分かるけど、これ頑張ったら美味しいご飯が待ってるからさ」
「マジで!?」
先より、澄香は腹が減っては戦はできぬだろうと、調理室を借りてカレーを作り始めていた。
玉葱を飴色になるまで炒めて作った玉葱カレー、チキンライスにふわとろオムレツを乗せたオムライス、冷たいスープのヴィシソワーズ。
まだまだこれだけじゃなく――。
「カレーの匂いっ!! わかった! オレがんばるっ! メシの為だっ!!」
果てしない勢いに、稜は単純だとぼやきながらも面倒見良く彼を見ていた。
「おい基。宿題終わった奴に補習始めるのはいいが暴走したら殴るぞ?」
もののついでのように稜は言ってみたのだが、その時には。
「僕でよければもうそれは張り切って教えちゃうよ!」
暴走しかけている彼がいて。無言で彼の頭に――。
「っていでぇ! 稜! 数学のその参考書分厚いから! 殴るのやめて! 角やめて! 血が出る!」
「お前、械因子だし物理的防御は大丈夫だろ」
「今覚醒してない! 万年筆はやめて! 万年筆の先っぽは攻撃力が高いからやめろ!!」
すっかり忘れてた宿題の山……塵も積もれば山となるとはこういうことか。否、やらないと終わらないとはこの事か。
「うぅ、やだなぁ……まずはドリルから片付けるか」
鯨塚 百(CL2000332)は今にも死にそうな表情をしていたが、両頬をぱちんと叩いてやる気を見せてから敵を見定める。
漢字の書き取りはある意味己との闘いである。それよりも……小数分数に体積……つまり、算数が山であり壁。
「考えれば考えるほどわけわかんなくなってきちまう! だから算数はキライなんだよ!」
開始直後ではあるが、頭を抑えて叫んでみた。
「なんだよ小数と分数の混じった計算とか! これ何分の一なんだよ!! どうすりゃいいんだよ……」
しびれを切らしように、おやつのコーナーへ走り出していく百。
砂糖は頭も活性化するのだろうと、百は両手いっぱいに皿を持って走り出したとき――ぶつかりかけた、澄香と百。
「ご、ごめんなさいっ!」
「い、いえ、そちらこそ怪我はなかったですか?」
というところで百のお腹がぐーと鳴ったことに、澄香はふふと笑った。
「もしよかったら――」
ゲイル・レオンハート(CL2000415)は両手に、いや、腕にまで皿を置きながら並んだスイーツを眺めていた。
和、洋、果ては中華まで。
もちろん、お好みのパフェとミルフィーユも揃いつつ、彼のお腹はぐうーと鳴りながら、音を止める甘い甘い生贄を探し求めていた。
「む、あっちからもいい香りがする――」
何はともあれ。
「お待たせ致しました!」
澄香の料理が完成した。
先程のものに付け加えて、ゆで卵、チーズ、ミニとんかつ、ミニハンバーグ、ブロッコリやカリフラワー、人参の温野菜。茄子、南瓜、蓮根の素揚げ(原文儘)。
「ふふ、翔くん、頑張りましたね。たくさん食べてね」
「うおーやった! あと日記だけだからもう食べていい?」
「澄香もお疲れさんだったな。俺は温野菜貰おうか」
「水部さんもどうぞ。野菜が好きなんですね? じゃあ、今度野菜メインのメニュー考えますね」
「みんなスイカ食べよー えっスイーツもあるの? カレーもある! やったー! どっちが早くスイカ食べきるか競争しよ、八重おねーさん」
「ふふ、競争ですか、いいですよ? よーい、どんっと――あっ、凄いです。種遠くまで飛んでっちゃいますね
」
「頑張った人たちのために、特製スイーツをご用意しました。スイカのジュレを添えた杏仁豆腐、お好みでサイダーを注いでも美味しいですよ。冷蔵庫をお借りして冷やしてあるので、宿題が片付いた人から早い者勝ち、です」
「勉強したあとの甘いものは、ええね……事務員さんの作った杏仁豆腐、とっても美味しい」
「澄香にはオムライスをリクエストしていたのだ! スイーツも勿論全部頂くぞ――……うん、美味しい!」
「スイーツ食べるぞー! あ、そっちのカレーもいいな! どっちから先に食べよう……」
「まだ数学の宿題、残ってなかったかい?」
「ひ!!? 基さん見逃して!!」
――勉強会の時間は終わりが近い、か?
●
「相馬くん、大丈夫?」
鳴神 零(CL2000669)はきょとんした瞳で、久方相馬を見つめていた。
零の瞳に移る相馬は、机に突っ伏した状態で烏龍茶が入ったグラスを掴みながら、息絶えそうになっているとかで。
「大丈夫じゃ、無いかも知れない、けど頑張る」
「うんうん! ……といっても、大丈夫じゃないよね、鳴神がてつだってあげるね!」
「零……!」
体勢を起こした相馬は、再び真っ白に近いノートを広げた所で、弓弦葉・操・一刀斎(CL2000261)は零の背中に飛び込むように抱きしめた。
「うう~あんまりなのだ……今年の水着はママに買って貰ったイチオシであるのに夏休みの宿題を消化しなければならぬ! ……なので鳴神よ、どうか一緒に手伝ってくれまいか!」
「おうっ、いいよお。一緒にやろっ! 早くその水着も、水着として使ってあげなきゃだもん!」
零の隣に座った弓弦葉は、その湿った胸元に張り付きそうになっていた宿題を広げた。
どこからやる? と覗き込んだ零は、相馬と弓弦葉へ視界が行ったり来たりしつつ、内心、あまり得意ではない勉強にウッ、と心を詰まらせていた。
けれど一人でやるよりは、きっと多くが居た方が早く終わるであろう。三人寄れば文殊の知恵とも言うであろうし。
二人のアテンド、まこまこ師匠とキッドはテーブルの上で転がりながら皆を応援していた。
そんな時、むくりと起き上がった影がひとつ。
切裂 ジャック(CL2001403)は諦めきったどんよりと光を通さない瞳で、突っ伏したままで赤くなっていた額を抑えた。重い溜息が出る。だがしかし、
「ん? んんん!!?」
ジャックの闇堕ちていた瞳が、光輝いた。
なんて言ったって、おっぱい。
褐色肌が少し濡れていて、それでいて極上の汗を滴らせている。隣では零が豊満なボディラインを魅せている。
おっぱい最高。
「褐色、おっぱい、最高!!」
ジャックの下半身の刺激的な部位が弓弦葉という殺傷能力の高い水着とボディで、潤しの雨によって氷巖華を咲かせそうになっているところで。
「なに鼻の下伸ばしてんのさ」
「う゛!!」
覚醒した零の肘がジャックの鳩尾を突いた。そのままバックヘッドで倒れ伏したジャックは、おっぱい天国と痛みの地獄を彷徨いながら幸せそうな笑みで泣いていた。
「よし、邪魔者のジャックはいなくなったから。思う存分に宿題を殺していこうか!」
飛び上がったジャックは、テーブルから前のめりに飛び出し、弓弦葉の片手を両手で包み込んだ。
「あのあのあのあの!! 俺、切裂!! ぜひ親密な仲になってください!!」
「ジャック、色々すっとばしたなあ」
「しっ! 相馬君、しっ!!」
「うむ。この宿題を終わらせた後に、存分に水着を披露したい」
弓弦葉は深く谷間のできた胸元をチラつかせ、ジャックと相馬は思わず鼻から赤色の液体を出した。
その隣で、零は二発目の攻撃を打つ体勢へと移る―――続きはWebで!
●
夏休み入って、ふと、ポストを開けたときに大きな封筒が入っていた。
六道 瑠璃(CL2000092)は鋏で封を切ってから中身を開けると――宿題がサムズアップしていた。
という事があり。
教科書と宿題の間を視線が行ったり来たりを繰り返す瑠璃は、ついに髪の毛を掻き上げながら重くながーい息を吐いた。
「壊滅的だ……。まだ読解なら、いける。でも他は」
生唾を飲み込むように、冷たいアイスティを飲み込んだ瑠璃。
ただ、目の前には三島 椿(CL2000061)が居て、教科書の一部にマーカーで線を引きながら、指を指す。
「ええとここ……この数式を使って解いていけばいいわ」
「あ、それか。見逃してた。それなら分かるかも………こう?」
「そう。そんな感じ。ええ、でここをこうして解けば」
「ああ、こっちはさっきののやつの応用だったんだ」
「ええ、だからここさえ押さえておけば」
きちんと、瑠璃に伝えられているだろうか。理解できるように噛み砕けているだろうか。そんな不安な思いで椿は、瑠璃の表情を細かく見ていた。
……どうやら、今のところは平気そうか。一問一問が終わるたびに、ほっと胸を撫で下ろす。
瑠璃も、本当は家の人に教わることはできたのだが、悔しくて恥ずかしくて、こんな島まで保留にしてしまった宿題の山。
けれど、椿が真摯に教えてくれる姿を見れば、役得というか、それ以上に嬉しい気持ちで心が満たされていく。
そのうち、椿は席を立った。
暫くして、瑠璃は再び数学の問題に頭を抱えているとき、ひんやりとした冷気が瑠璃の頬に当たり、条件反射に身体がびくりと震えた。
「……っ、びっくりした」
「ふふ、少し、休憩しない?」
「え、あぁ、そうだな。結構いい時間だし、休憩するか……なぁ、椿。これ終わったら、海でもいこうか」
椿は笑顔で、ええ、と静かな声色で返した。
こっそり持ってきた水着も、瑠璃の前ではいつもより見栄えが変わるだろうか。鼓動が高鳴るのを抑えながら、椿から見える目の前の海は碧くゆらめきながら、ゆったりとした時間を運んでいた。
「えっと枢ちゃん」
「うむ」
「計画だけ立てて満足しちゃったらダメだと思うの。なつねも偉そうに言えるような人間じゃないけど、一緒に遊びたいから応援するの!」
「す、すまない。僕も、できた人間では無いのだ……」
野武 七雅(CL2001141)は、思いオーラを纏っている枢の両手を包み込むように握ってから、大丈夫だよと花が咲くような笑顔をひとつ。
「冷たい麦茶持ってくるの!」
「うむ、早く帰って来てくれなのだ」
暫くして。
茶色に揺れる麦茶をデカンタで置いて、二人はまた横並びになって戦争を開始していた。
「ところで、七雅は宿題は終わったのか」
「ギリで終わらせてきたの!」
「そうか、僕も七雅を見習わなければならないな。そしてここの問だが、不可解だ」
「この問題、この問題は。えっと、えっと……パスなの!」
「パス」
「あああぁ、この問題の答えがパスっていうことじゃないの! 大丈夫なの。先に違うところから片付けていけばいいとおもうの」
「そうだな、分からないところは分からないと言ってしまってもいいかもしれん」
「うぅ……なつねあまり役に立ってないかもなの。お茶のおかわりとか、軽食持ってくるとかならよゆーなの!」
「では、ケーキを一緒に食べないか?」
「脱線しようとしても駄目なの!」
●
「――……すまない、これを終わらせてからでよいだろうか」
アテンドのもちまるがぴょんと飛んで行った、その下に小論文提出の旨が書かれたプリントをぴらりとみせつけた志賀 行成(CL2000352)。
把握して、いなかった――と行成は額を抑えた。
三島 柾(CL2001148)と阿久津 亮平(CL2000328)はプリントに書かれた文字を上半分くらいまで読んでから、概ね理解し、悟った。
「そうか。志賀は大学生だったな。しっかりしてるから、似たような歳みたいに感じてたが」
「あれ? 行成君、ひとつだけ終わってない論文があったのか。ううん、いいよ謝らなくても」
「ああ、あとで俺も食べるから先に食べててくれ。俺でも流石に、何時終わるのか予想できんし誘惑があると、こう……な」
行成は非力な手の振り方で、少々消極的な笑みを添えて席を立った二人を見送った。
打ってかわって。
勉強している者が多いがここはスイーツパラダイス。食べ放題で、時間制限無しでそこらへんのファミレスよりも居心地はバカンス真っ只中。
「へぇ、色々とあるんだな。俺は何にするかな。どちらかといえば和のデザートの方がすきなんだが」
見つけたように柾は皿を取って、抹茶や団子、おまんじゅうや大福が一口サイズになっているコーナーへ行く。
「俺はワッフルやブリュレがあったら食べてみたいです――ハッ、焼きたてのワッフル作って下さるのか」
「阿久津は洋風デザートが好きなんだな」
両手によそってきた和デザートを抱えた柾が、焼きたてのワッフルの順番待ちをしている亮平の隣で覗き込んでいた。
「……! 柾さんが見つけた和スイーツ、どこにありました? それも食べたいです」
「前言撤回か。皆の分も持ってくればよかったな」
「うーん、こんなに美味しそうなのがいっぱいあるし、行成君にも持って行きたいな」
「そうだな。志賀にも何か持って行ってやろう」
「これなんか良くないか?」
「女子力の塊ですね」
バケツのような透明なパフェグラス(最早グラスかも怪しいが)にあれやこれやスイーツと生クリームとアイスと白玉とかケーキとか刺さっていたりとにかく凄い(語彙力の欠如)パフェに柾は笑顔で、亮平は苦笑で。
それにした。
ぐちゅ……くちゃ……むちゃ……。
ふと、異音に行成は隣を見れば巨大パフェに顔面を突っ込んでいるもちまるに、流石の行成も飲み込もうとした水を噴きだした。
「やはり大きいので良かったな」
「もちまる、すごい食べっぷりだな……っ」
はっはっは、と豆大福を口に運びながら緑茶を持つ柾に、亮平はケーキを上品にフォークでカットしてから口に運んだ。
「急いで仕上げないと私の分がなくなってしまうなこれは。柾さんと亮平さん、もちまるをちょっと食べすぎないよう見ててください……」
「うん、見てるね……」
「おっ、もう一個持ってくるか?」
「「マジでか」」
●
葦原 赤貴(CL2001019)自身は宿題は終わらせているのだが、問題は酒々井 数多(CL2000149)の驚きの白さを盛った宿題の山だ。
「よって、今日はこの場で学びながら、一緒に課題に取り組む――準備はいいか、……お、ね……おねえちゃ……ん」
恥ずかしさと、さらっと言えないぎこちなさを孕んだおねえちゃんというワードに数多は即反応して、
「はい! おねえちゃんです!」
脳天のうさぎみみがぴょこんと揺れた。
「え、なに、五麟学園ってもしかして宿題とかいう文化がある学校だったの? 聞いてないし知らないわ」
脳天のうさぎみみが、しおしおっと垂れた。
「繰り返すが、全力だ」
「宿題っていわゆる持ち帰りの仕事よね? 就業時間外よね? 残業手当も出ないのに何故こういうことしなければならないの」
「繰り返すが、全力だ!」
「赤貴君はさすがね。終わってるの? 私諦めるわ。今立ち向かうのは宿題なんかじゃない! この高2の夏を楽しみきる勇気なのよ!」
椅子に立ち、海を指さした数多だが赤貴は宿題のプリントを広げながら鉛筆をナイフで削った。
「いいからやるぞ」
「にーさまいたら教えれるとは思うのだけれども。えっ、赤貴君がやってるやつ私知らないんだけど、学校教育かわったの?」
「そっ、それは」
赤貴の目線が、数多の眼より少し下へと滑っていく。
赤色の水着に覗いた、少し汗ばみ、胸元から谷目にかけて汗が流れた数多の姿。
生唾を飲み込んだ赤貴は三白眼が震度4くらいの勢いで揺れ動きつつ、机に突っ伏す数多の圧縮された胸元を見て見ぬふりをしてから、宿題のプリントで顔を覆った。
「な、何故バニー……、や、水着、か……?」
「え、うん。水着よ。ワンピース水着」
脳天のうさぎみみが、ぴこぴこと揺れた。
「でもまあ、全くやらないってのもなんだし、あれね! 鉛筆転がしてでた答えでどれだけ当たるかっていうアトラクションにもできるってことね」
確かに、零の状態から足掻いたとしても消化しきれるかは分からない。恐らく徹夜してもどうかという線だ。
ならば。
「しっかり全問正解している必要もないだろう」
赤貴の熱の籠った頭はそれで妥協だと、揺れるうさぎみみに催眠されたか一緒に鉛筆を転がすことに決定した。
国生 かりん(CL2001391)はコテージの上で、背筋を伸ばしてから屋根の上で寝転んだ。
宿題なら、もうほぼ終わらせているところだ。あと少しトドメを刺さなければならないくらいはあるだろうが、数分で終わる量だから問題は無い。
こんなナリだからと、己の褐色に金髪めいた姿は学校の見本とはほど遠いのは自覚している。故に、やるべきことだけはしっかり踏んでおけば何も言われない、賢く生きよう。
しかし、少々物足りなさはある。
「覚者ばっかりだ」
せっかくの海だから、男でも探しに行きたいところだが見た感じ、FiVEでお馴染みの顔ばかり。つい最近まで妖被害があったのも総じて、純粋な一般人も少ないのだ。
それでも少しはどこかに転がっているだろう。希望は捨てずに、遠くの景色を眺めた。
●
ガヤガヤの大衆とは、別に。個室では、御白 小唄(CL2001173)とクー・ルルーヴ(CL2000403)、それに樹神・枢が居た。
「うぅ……海で遊びたいよぅ」
「全くなのだ」
ノートに並んだ数式の答えに詰まってなお模索して解ききった小唄に、なんとか終わらせた自由研究の紙束をとんとんと整えてからホチキスで止めた枢は、うんうんと頷いた。
クーは、デカンタに入っている烏龍茶をコップに注ぎながら、そっと二人の前に差し出した。
「水着の方が良かったでしょうか」
「水着だと勉強する気にならないと思うからそのままで!」
水着は、見たいけれど……と目を強く瞑った小唄。しかしそれからか、クーの水着姿を想像して、小唄は落ち着かずにそわそわしてしまう。
クーはきょとんとしながら窓の外を見た。送られてくるのは潮風と共に、海で遊んでいる人々の声だ。
「ふふ、早く水着を着たいのだ」
「せっかくの海で遊べなくなるのは、残念ですから」
「うう……」
そのうち、小唄はまた張り切ってシャーペンを動かし始めるのだが、ぺき、と折れた芯と共に心が折れたか、頭から煙を噴きだしながら「あー!」と叫んだ。
そんな彼の耳を撫でながら、クーはお菓子の入ったバケットを差し出す。
「あ、ひらめいた! こうだ」
「そうです。よくできました、偉いです」
お菓子パワーか、数式をサっと説いた小唄はしてやったりと笑い、クーは華やかな金髪を撫でて褒める和やかな空間が出来上がっていた。
そのうち、枢も口から煙を噴きだして壊れたロボットのように放心していた。
「樹神家終了なのだ。勉強分からないのだ」
「大丈夫だよ! 枢ちゃんのなら、教えられるかも!」
小学生の問題集を覗き込むように、小唄は枢の隣に座った。少しだけ、ほんのちょっぴり、クーの尻尾が揺れるのをやめた。
枢は遠慮気味にクーの方にも宿題を滑らせ、すまぬ、と言いながら分からない場所を指さした。
そうやってちょっとずつ終わらせて。
「じゃあ、宿題が終わったら海で一緒に一杯遊びましょう!」
「終わったら何かご褒美あげましょうか。私にできることなら何でもいいですよ」
「お菓子も食べたいし、海でも遊びたいから迷ってしまうな」
珍しく湿気を含まない、爽やかな風が三人の間を通り抜けていった――。
●
白いワンピースで、何時もとは違うスタイルの麻弓 紡(CL2000623)。
赤いフレームの眼鏡をそっと乗せた新緑の瞳が映したのは、時任・千陽(CL2000014)である。
千陽はレポート作成の為に、パソコン画面を見ながら指はピアノでも弾くかのように忙しく繊細に踊る。
そして、その僅かな動きの中で揺れる腕が、紡の身体を揺らす度に心の中でくすぐったくも暖かいもので満たされていくのを、幸せという言葉以外になんと言い表せばいいものだろう。
言葉のいらない時間が流れ、暫くしてから傾いた眼鏡を治しつつ千陽は言う。
「紡はつい最近まで補修でしたっけ?」
「本が好きだから司書に、なんて安直だけどね……でも、実は教員免許も狙ってたりするんだよね」
頬を朱に染めながら、紡は簡潔に応える。
「俺は、好きなことだからそれを仕事にしたいという夢は素敵だと思います。教師もですか。似合いそうですね」
紡は再びくすぐったそうに身をねじらせつつ、そして放った言葉の奥の真意を想い、千陽を見た。
一方、千陽は哀愁がほんのり漂うような表情でパソコンの端を指でなぞった。
「好きなことを仕事か……地学者にでもなりたいと、思ったことはあります……少し、休憩にしましょう」
冷たい麦茶を置いて、一呼吸。
外から刺した日差しが、紡だけを煌かせ。影った千陽は外の海を指さした。
「紡、そろそろレポート終わるのですが、海にでも行きませんか?」
「勿論、よろこんで」
千陽の腕に、細い腕を絡ませて。
「……夢は、諦めなければ叶うんじゃないかな」
――諦めないで。
●
全てはこの一言から始まってしまった。
「え? 宿題? まったくやって無いんだぞ!」←今年一番の笑み
目の前に宿題の山!
散乱する筆記用具!
死んだ眼をした神楽坂 椿花(CL2000059)。
香月 凜音(CL2000495)はテーブルをバン!! と叩き、椿花は小さくひ!?と震えた。
「遊ぶ前に、まず勉強。これは鉄則な」
「うぅ」
全く……とプリントを広げる凜音であるが、どんどん肩身が小さく強張っていく椿花を見れば、どうしようもなく。
凜音ちゃんと遊びたかったのに、とぐずぐず鼻を鳴らして泣きそうな彼女を見ればトドメを刺されたかのように……悪い意味では無いが溜息をひとつ。肺の中の空気を入れ替えてから言い過ぎたかと反省した。
「家に着いてから残りをちゃんと片づけるなら、あと2時間くらい頑張ったら椿花の行きたい所に連れてってやるから」
「わーい! 凜音ちゃん大好きー!」
スイッチが入ったかのように切り替えが早い椿花は、筆記用具を握りしめてプリントを空欄を埋めていく。
凜音としても、何時までも終わらずにこの個室で一日が終わるのは不本意である。故の、譲歩か。
暫くして。
ぜぇぜぇ、と。外でも走ってきたかのように疲れを見せている椿花は、凜音に400文字かける用紙を見せながら。
「後は、読書感想文だけにできたんだぞ……、凜音ちゃんに手伝ってもらえてよかったんだぞ……」
と言いながら、戦場で果てる戦士のように頭を突っ伏した。
「ん。ご褒美って訳じゃないけどやるよ。誕生日プレゼントな」
そんなぐんにょりな椿花の手前に小箱を置き、可愛らしく包装されたものを見て椿花は顔を一気に上へ上げた。
「誕生日プレゼント! 凜音ちゃん、ありがとう! 何が入ってるのかなあ」
「中は開けてからのお楽しみだ」
無邪気にもプレゼントに縋りつくように抱き着く彼女を見て、凜音は今度は安堵の息を吐いた。
●
「先生」
「ん」
樹神枢は分からない場所を指さしながら、すまぬ、すまぬと何度も呟いていた。
先生とは、向日葵 御菓子(CL2000429)のことであり、御菓子自身も……わたしが手伝ったら反則かしら……という疑問はあったが、
「問題ないのだ」
何故か心の声を呼んだ枢が言った刹那、
「そうだねえ~問題ないよねえ♪」
という形で、おい教師! というツッコミはどこにあるんだ。
上手く誤魔化しても宿題の映しやその他反則はバレるものか。菊坂 結鹿(CL2000432)は代わりに自由研究のお手伝いをすると申し出た。
「わたしは料理くらいしか特技がないから、簡単にできるホットケーキミックスを使ったお菓子レシピなんて……どうかな? これなら枢ちゃんも作って楽しいし、食べて美味しいし……」
「うむ! 素敵だと思うぞ。だって作って楽しくて、宿題にもなるってとても素晴らしいことだと思うのだ」
結鹿はホットケーキミックスで作れるお菓子を、指を折りながら数えていく。思いのほか、9つ以上も案が出ると、二人だけでは選べないのが幸せな悩みだ。
「ここからいくつか選んで、レシピと材料、出来上がりの写真、味の感想やお菓子の由来とか入れれば、いいレポートになるんじゃないかな?」
「うむ。僕は、そうだな……き、決められないっっ、全部食べたいのだ。御菓子殿は、どう思う?」
「ふっふっふ、枢ちゃんが一番! ていうのが食べたいかなっ。それと、こっちは「工作」で楽器を作ってみよう♪ ファイト・オ~!」
「工作で、楽器を作るのか!? それは、考えた事が無かったのだ。未知なる領域なのだ」
「お菓子の缶、釣り糸、木材、あとねじとかの工具で作れるのよ」
怪我だけは、注意ね! と御菓子はウィンク。
かくして、お菓子作りと一緒に楽器も作るという巧妙な形になった。だがしかし、二人のお蔭もあってか短時間でクオリティの高いものができたことは間違いないだろう。
納屋 タヱ子(CL2000019)は、腕にいくつもの浮輪をつけるフル装備。
つまり、その、なんだ。
「その……私、金槌なんですよ」
誰に言うでも無く、小声で言いながらも地面を見つめた。
詰まる所、タヱ子はまったく泳げなくて、体育のプール授業の点数は察して欲しいレベルであり、今年はもう過ぎ去った過去であるが来年を思えばこのままではいけないという危機感に狩られている。
それに……海なら浮力とかあったりするって聞いて、泳げるかもしれないって。
子供ならはしゃぎながら波と追いかけっこをするくらいの水位の場所で、冷たさに身体を浸しながら歩いて行く――。
例え、腰あたりに浸かる場所であったとしても胸元あたりの波がきた瞬間はタヱ子は必死の形相で逃げるのであった。
一色・満月(CL2000044)はカリカリ……とノートを埋めていて、シャーペンの芯がペキと折れた。
折れた芯は転がり、目の前の子のノートに落ちる。しかし、先方はそれに気づいていないらしい。
しかし何やら、問題にでも突き当たっているのか――頭を抱えて、その頭にある耳がしおしおと縮こまっていた。もちろん、尻尾も動いていない。
「……」
「……?」
そこで、満月は柳 燐花(CL2000695)の視界の中に映った。彼はいつも耳を抑えているヘッドホンを首に降ろしてから、遠慮気味にほほ笑んだ。
「あ、すまない。珍しいと思って見入ってしまった。……そっちも、最後の追い込みか?」
「はい。お仕事やら何やらで宿題が残ってしまってましたので……お互い、頑張らないといけませんね」
「ああ、そうだな……何か分からないところがあったら、手伝うぞ」
満月的には、燐花はとっくに宿題を終わらしているだろうと思い、先入観でここにいることは違和感を感じていたが、お仕事と言われると妙に納得するのはFiVEに所属している者同士であるからだろう。
しかし逆に、同じ学生であることに変わりはないと思えば、親近感は沸いてくる。むしろ好印象が助長されていく。
「これ、食うか?」
「ケーキ……! ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、一つ頂きますね」
満月の休憩用にと取っておいたらしい色とりどりの小さなケーキたちが、燐花の瞳の中をカラフルに彩った。
このまま食べ損ねて乾いてしまうよりは、きっと少女の口に幸せを与えた方がケーキにとっても本望でもあろうと、満月は付け足したところで、ふと、燐花の尻尾も揺れる。
ひとつ、燐花は取ろうとしたときであったが、気づいたように席を立ち。
「飲み物を取ってきますね。一色さんの分もお持ち致します。何になさいますか?」
「俺は、じゃあ、紅茶をお願いしようかな」
紅茶と、燐花は……何にしようかなと考えながらドリンクバーの前でにらめっこ。
今まで仕事以外で接することが無かった彼と、次は何を話そうか考えながら、ドリンクのスイッチを押した。
不思議な縁と出会いに、乾杯。
空はスカイブルー。
暑さを助長させるような蝉の鳴き声が響き、そして砂浜を洗う波の音。
波の音は、更に潮風を運んでくる。普段なら嫌悪な湿気を含んだ風も、今、このときだけは許せるのは何故だろうか。
なのに。
なのに。
なのに。
「ってぇぇぇ!!? 勉強会だなんて聞いてないぃぃ!!」
「頑張る生徒達を応援するのも、事務員のお仕事……。頑張らない生徒を宿題の締め切りまでに頑張らせるのも事務員のお仕事です」
「嘘だあああああああ!!」
田中 倖(CL2001407)は工藤・奏空(CL2000955)を引きずり、砂浜に『軌跡』と書いて『抵抗した跡』と読むものを描きながら、連行。
あっという間に外から、コテージ内。
成瀬 基(CL2001216)はコテージ内を見ながら、自分たちの周辺以外にもすし詰めのようになっている宿題難民を見て。
「あっらー……、皆して物の見事に。まあ僕も父さんに言われたことあるもんなぁ。『基、生憎こういうのは社会のルールを守る人間かどうかを問うテストだから、苦しいだろうがやっておきなさい』って」
奏空は水着に浮輪やゴーグルのフル装備のまま、しおしおに干された魚のように床へへたり込んだ時。
迷家・唯音(CL2001093)は逃げるように出口へ走り込んだが、柔らかく朗らかな笑みを浮かべた十夜 八重(CL2000122)が、彼女の首根っこを掴んで捕獲。
「目の前ビーチなのに! 宿題!! そんなー」
「ちゃんと分からないところは教えますから。ほら、奏空さんも」
「ふぁい……」
されどしかし。
心的ショックであと5分くらいは起き上がる気配がない奏空に、椿 那由多(CL2001442)は赤色のゾウさんの形をした如雨露に水を汲んで、ミイラのようになっている彼にかけてやった。
「大丈夫やろか……顔色が、悪そうやけど。まさか、熱中症やなんて!?」
「大丈夫ですよ、熱中症ではありません。これから勉強に熱中して頂くので」
倖は那由多の肩をぽんと叩いた。
どさどさどさ、と成瀬 翔(CL2000063)はドリルや紙の束、筆箱をテーブルに並べつつ、シャーペンを手の平の上でくるくる回す。
「これさっさと終わらせたら、早く海で遊べるんじゃねー。こんな海が目の前なのに、缶詰!! 嗚呼!! 宿題早く終わらせることができたら苦労してねー!!」
天野 澄香(CL2000194)は翔を見つめながら、くりっとした瞳を細くしていく。
「いいから、シャーペンの芯を出したり仕舞ったりを繰り返していないで終わらせましょう?」
「やる気はある! けど身体は正直なんだぜー。今日は手が筋肉痛で。いや、やらねば終わらねえ、頑張れ俺!!」
「その調子だよ」
澄香はにこりと笑ってから、席を立った。
「数学が出来ないぞおおおお!!」
天堂・フィオナ(CL2001421)は立ち上がった力だけで椅子を吹き飛ばしながら、天井へ向かって雄叫びを上げていた。
「数字を見ると訳が分からなくなるんだ! 平方根ってなんだ、何故、正と負の平方根が存在するのだ。そもそも負の逆は勝では無いのか、何故そんな文字を連ねて、ていうか数字と一緒に英数字もあるぞ!?」
フィオナは瞳に軽い塩水を溜め込みながら、鉛筆でノートにひたすら丸のような物体を書きながら唸っていた。
八重は彼女の正面に座りながら、氷が溶けていく紅茶をストローで吸いつつ教科書を開いてそっとノートの隣においてやった。
「落ち着いてください、フィオナさん。どうなるか形から入って、理屈は後で覚えてもいいんですよ?」
「そ、そうか。私にも、できるのか。倒せるのか。先日戦った妖よりも、強いぞ」
「はい。フィオナさんにも倒せるように支援しますね」
「すまない八重! 嗚呼!! なんか変な図形が出てきた!! これはなんの暗号なんだ!!」
葛藤を横目に、唯音はカラフルで先端にキャラクターがついているシャーペンをかちかち。
「ゆいねももう中学生だしがんばるぞ」
「唯音ちゃんはどれが分からないのかなー?」
「基おじさん!」
成瀬 基(CL2001216)は唯音の助け船に、そして彼女がここぞと並べたのは――。
「国語でしょ、数学でしょ、理科でしょ、英語でしょ……教えておねがい!」
「全部とは恐れ入った! でも大丈夫だよ! この僕に任せて! 博覧強記があるからね! 難しい問題だって大丈夫だよ!」
「ある意味ちーとなの」
「にぎやか、やわ」
那由多は一人ごちながら、隣に座った八重とフィオナがうんうんと頷いた。
八重は一旦、教える側からやる側へと変わり、真っ白な画用紙を広げている。
「ふふ、夏休みの思い出でこの光景描いちゃおうかなって、見え方とか色使い、那由多さんはセンスあっていいですね」
「絵には、少し、自信があるんよ」
「ふふ、絵の那由多さんに光で羽とか付けちゃいましょうか」
「八重ちゃん、ったら」
唯音は八重の作業をみつつ、那由多へにこっと笑った。
「あー、那由多ちゃんは近所の駄菓子屋さんの看板娘なの。かわいくて気になってたからお近づきになれて嬉しいな」
「あかん、可愛いんやろか? それ言うたら、唯音ちゃんの方がずっと可愛らしです」
俯きながら、頬を朱に染める那由多の耳が恥ずかしそうに揺れていた。
フィオナは冷たい麦茶を飲みほしてから、やっと片付いた数学の宿題をもう見たくないと言いつつ仕舞う。
「外国語全般と中世ヨーロッパ史は任せろ! 私の前世に関係ありそうな、騎士が居た頃のくだりとか熱く語っちゃうぞ! だから――」
奏空は撃沈していた。
「奏空! 生きろ!」
フィオナの背後で、基が眼鏡をくいっと上にあげた瞬間。光の反射で眼鏡は輝き、何故だからそれは奏空にとって恐ろしいものに見えたらしく。
「う、嘘です嘘です!! キリキリやります!!」
今までにない猛スピードでノートが埋まり始めていく。
フィオナもそれを手伝ってやるのだが、マルチリンガルが災いしているのかたまに日本語では無い言語が飛び交い、混乱を更に招くうっかりを発動させ、倖が正しい方向へと導く形があったとか。
「倖先生!! ここがわかりません!!」
「はい、読解ですね。これはこの文章に全て答えがあるようなものですから、一緒に探してみましょう」
塾のアルバイトも兼ねていた倖は、懇切丁寧に教えていく。その間、奏空は何回か揺れるうさぎみみが気になったとかなってないとか。
数分後。
「――――飽きた」
ちーん。
翔はテーブルに突っ伏した。
「「早い」」
稜と基は丸めた参考資料で、死にゆく翔の頭を叩いた。
「まだ、ものの四分だ。四分で一体なにが終わるっていうんだ。私が教えてやるから、やる気スイッチ、翔のはどこにあるんだ」
「俺にとっては、最高記録の四分なんだー!!」
「私が分かりやすく納得いくまで説明してやる。分からん所が分からんのなら諦めて全部記憶しろ。どんな科目でも必要なのはルールを学ぶって態度だ」
「腹減ったし、態度もくそもねえよぉ。叔父さーん、少し休憩しようぜー疲れたー腹減ったー……」
「ははは……翔君、退屈なのは分かるけど、これ頑張ったら美味しいご飯が待ってるからさ」
「マジで!?」
先より、澄香は腹が減っては戦はできぬだろうと、調理室を借りてカレーを作り始めていた。
玉葱を飴色になるまで炒めて作った玉葱カレー、チキンライスにふわとろオムレツを乗せたオムライス、冷たいスープのヴィシソワーズ。
まだまだこれだけじゃなく――。
「カレーの匂いっ!! わかった! オレがんばるっ! メシの為だっ!!」
果てしない勢いに、稜は単純だとぼやきながらも面倒見良く彼を見ていた。
「おい基。宿題終わった奴に補習始めるのはいいが暴走したら殴るぞ?」
もののついでのように稜は言ってみたのだが、その時には。
「僕でよければもうそれは張り切って教えちゃうよ!」
暴走しかけている彼がいて。無言で彼の頭に――。
「っていでぇ! 稜! 数学のその参考書分厚いから! 殴るのやめて! 角やめて! 血が出る!」
「お前、械因子だし物理的防御は大丈夫だろ」
「今覚醒してない! 万年筆はやめて! 万年筆の先っぽは攻撃力が高いからやめろ!!」
すっかり忘れてた宿題の山……塵も積もれば山となるとはこういうことか。否、やらないと終わらないとはこの事か。
「うぅ、やだなぁ……まずはドリルから片付けるか」
鯨塚 百(CL2000332)は今にも死にそうな表情をしていたが、両頬をぱちんと叩いてやる気を見せてから敵を見定める。
漢字の書き取りはある意味己との闘いである。それよりも……小数分数に体積……つまり、算数が山であり壁。
「考えれば考えるほどわけわかんなくなってきちまう! だから算数はキライなんだよ!」
開始直後ではあるが、頭を抑えて叫んでみた。
「なんだよ小数と分数の混じった計算とか! これ何分の一なんだよ!! どうすりゃいいんだよ……」
しびれを切らしように、おやつのコーナーへ走り出していく百。
砂糖は頭も活性化するのだろうと、百は両手いっぱいに皿を持って走り出したとき――ぶつかりかけた、澄香と百。
「ご、ごめんなさいっ!」
「い、いえ、そちらこそ怪我はなかったですか?」
というところで百のお腹がぐーと鳴ったことに、澄香はふふと笑った。
「もしよかったら――」
ゲイル・レオンハート(CL2000415)は両手に、いや、腕にまで皿を置きながら並んだスイーツを眺めていた。
和、洋、果ては中華まで。
もちろん、お好みのパフェとミルフィーユも揃いつつ、彼のお腹はぐうーと鳴りながら、音を止める甘い甘い生贄を探し求めていた。
「む、あっちからもいい香りがする――」
何はともあれ。
「お待たせ致しました!」
澄香の料理が完成した。
先程のものに付け加えて、ゆで卵、チーズ、ミニとんかつ、ミニハンバーグ、ブロッコリやカリフラワー、人参の温野菜。茄子、南瓜、蓮根の素揚げ(原文儘)。
「ふふ、翔くん、頑張りましたね。たくさん食べてね」
「うおーやった! あと日記だけだからもう食べていい?」
「澄香もお疲れさんだったな。俺は温野菜貰おうか」
「水部さんもどうぞ。野菜が好きなんですね? じゃあ、今度野菜メインのメニュー考えますね」
「みんなスイカ食べよー えっスイーツもあるの? カレーもある! やったー! どっちが早くスイカ食べきるか競争しよ、八重おねーさん」
「ふふ、競争ですか、いいですよ? よーい、どんっと――あっ、凄いです。種遠くまで飛んでっちゃいますね
」
「頑張った人たちのために、特製スイーツをご用意しました。スイカのジュレを添えた杏仁豆腐、お好みでサイダーを注いでも美味しいですよ。冷蔵庫をお借りして冷やしてあるので、宿題が片付いた人から早い者勝ち、です」
「勉強したあとの甘いものは、ええね……事務員さんの作った杏仁豆腐、とっても美味しい」
「澄香にはオムライスをリクエストしていたのだ! スイーツも勿論全部頂くぞ――……うん、美味しい!」
「スイーツ食べるぞー! あ、そっちのカレーもいいな! どっちから先に食べよう……」
「まだ数学の宿題、残ってなかったかい?」
「ひ!!? 基さん見逃して!!」
――勉強会の時間は終わりが近い、か?
●
「相馬くん、大丈夫?」
鳴神 零(CL2000669)はきょとんした瞳で、久方相馬を見つめていた。
零の瞳に移る相馬は、机に突っ伏した状態で烏龍茶が入ったグラスを掴みながら、息絶えそうになっているとかで。
「大丈夫じゃ、無いかも知れない、けど頑張る」
「うんうん! ……といっても、大丈夫じゃないよね、鳴神がてつだってあげるね!」
「零……!」
体勢を起こした相馬は、再び真っ白に近いノートを広げた所で、弓弦葉・操・一刀斎(CL2000261)は零の背中に飛び込むように抱きしめた。
「うう~あんまりなのだ……今年の水着はママに買って貰ったイチオシであるのに夏休みの宿題を消化しなければならぬ! ……なので鳴神よ、どうか一緒に手伝ってくれまいか!」
「おうっ、いいよお。一緒にやろっ! 早くその水着も、水着として使ってあげなきゃだもん!」
零の隣に座った弓弦葉は、その湿った胸元に張り付きそうになっていた宿題を広げた。
どこからやる? と覗き込んだ零は、相馬と弓弦葉へ視界が行ったり来たりしつつ、内心、あまり得意ではない勉強にウッ、と心を詰まらせていた。
けれど一人でやるよりは、きっと多くが居た方が早く終わるであろう。三人寄れば文殊の知恵とも言うであろうし。
二人のアテンド、まこまこ師匠とキッドはテーブルの上で転がりながら皆を応援していた。
そんな時、むくりと起き上がった影がひとつ。
切裂 ジャック(CL2001403)は諦めきったどんよりと光を通さない瞳で、突っ伏したままで赤くなっていた額を抑えた。重い溜息が出る。だがしかし、
「ん? んんん!!?」
ジャックの闇堕ちていた瞳が、光輝いた。
なんて言ったって、おっぱい。
褐色肌が少し濡れていて、それでいて極上の汗を滴らせている。隣では零が豊満なボディラインを魅せている。
おっぱい最高。
「褐色、おっぱい、最高!!」
ジャックの下半身の刺激的な部位が弓弦葉という殺傷能力の高い水着とボディで、潤しの雨によって氷巖華を咲かせそうになっているところで。
「なに鼻の下伸ばしてんのさ」
「う゛!!」
覚醒した零の肘がジャックの鳩尾を突いた。そのままバックヘッドで倒れ伏したジャックは、おっぱい天国と痛みの地獄を彷徨いながら幸せそうな笑みで泣いていた。
「よし、邪魔者のジャックはいなくなったから。思う存分に宿題を殺していこうか!」
飛び上がったジャックは、テーブルから前のめりに飛び出し、弓弦葉の片手を両手で包み込んだ。
「あのあのあのあの!! 俺、切裂!! ぜひ親密な仲になってください!!」
「ジャック、色々すっとばしたなあ」
「しっ! 相馬君、しっ!!」
「うむ。この宿題を終わらせた後に、存分に水着を披露したい」
弓弦葉は深く谷間のできた胸元をチラつかせ、ジャックと相馬は思わず鼻から赤色の液体を出した。
その隣で、零は二発目の攻撃を打つ体勢へと移る―――続きはWebで!
●
夏休み入って、ふと、ポストを開けたときに大きな封筒が入っていた。
六道 瑠璃(CL2000092)は鋏で封を切ってから中身を開けると――宿題がサムズアップしていた。
という事があり。
教科書と宿題の間を視線が行ったり来たりを繰り返す瑠璃は、ついに髪の毛を掻き上げながら重くながーい息を吐いた。
「壊滅的だ……。まだ読解なら、いける。でも他は」
生唾を飲み込むように、冷たいアイスティを飲み込んだ瑠璃。
ただ、目の前には三島 椿(CL2000061)が居て、教科書の一部にマーカーで線を引きながら、指を指す。
「ええとここ……この数式を使って解いていけばいいわ」
「あ、それか。見逃してた。それなら分かるかも………こう?」
「そう。そんな感じ。ええ、でここをこうして解けば」
「ああ、こっちはさっきののやつの応用だったんだ」
「ええ、だからここさえ押さえておけば」
きちんと、瑠璃に伝えられているだろうか。理解できるように噛み砕けているだろうか。そんな不安な思いで椿は、瑠璃の表情を細かく見ていた。
……どうやら、今のところは平気そうか。一問一問が終わるたびに、ほっと胸を撫で下ろす。
瑠璃も、本当は家の人に教わることはできたのだが、悔しくて恥ずかしくて、こんな島まで保留にしてしまった宿題の山。
けれど、椿が真摯に教えてくれる姿を見れば、役得というか、それ以上に嬉しい気持ちで心が満たされていく。
そのうち、椿は席を立った。
暫くして、瑠璃は再び数学の問題に頭を抱えているとき、ひんやりとした冷気が瑠璃の頬に当たり、条件反射に身体がびくりと震えた。
「……っ、びっくりした」
「ふふ、少し、休憩しない?」
「え、あぁ、そうだな。結構いい時間だし、休憩するか……なぁ、椿。これ終わったら、海でもいこうか」
椿は笑顔で、ええ、と静かな声色で返した。
こっそり持ってきた水着も、瑠璃の前ではいつもより見栄えが変わるだろうか。鼓動が高鳴るのを抑えながら、椿から見える目の前の海は碧くゆらめきながら、ゆったりとした時間を運んでいた。
「えっと枢ちゃん」
「うむ」
「計画だけ立てて満足しちゃったらダメだと思うの。なつねも偉そうに言えるような人間じゃないけど、一緒に遊びたいから応援するの!」
「す、すまない。僕も、できた人間では無いのだ……」
野武 七雅(CL2001141)は、思いオーラを纏っている枢の両手を包み込むように握ってから、大丈夫だよと花が咲くような笑顔をひとつ。
「冷たい麦茶持ってくるの!」
「うむ、早く帰って来てくれなのだ」
暫くして。
茶色に揺れる麦茶をデカンタで置いて、二人はまた横並びになって戦争を開始していた。
「ところで、七雅は宿題は終わったのか」
「ギリで終わらせてきたの!」
「そうか、僕も七雅を見習わなければならないな。そしてここの問だが、不可解だ」
「この問題、この問題は。えっと、えっと……パスなの!」
「パス」
「あああぁ、この問題の答えがパスっていうことじゃないの! 大丈夫なの。先に違うところから片付けていけばいいとおもうの」
「そうだな、分からないところは分からないと言ってしまってもいいかもしれん」
「うぅ……なつねあまり役に立ってないかもなの。お茶のおかわりとか、軽食持ってくるとかならよゆーなの!」
「では、ケーキを一緒に食べないか?」
「脱線しようとしても駄目なの!」
●
「――……すまない、これを終わらせてからでよいだろうか」
アテンドのもちまるがぴょんと飛んで行った、その下に小論文提出の旨が書かれたプリントをぴらりとみせつけた志賀 行成(CL2000352)。
把握して、いなかった――と行成は額を抑えた。
三島 柾(CL2001148)と阿久津 亮平(CL2000328)はプリントに書かれた文字を上半分くらいまで読んでから、概ね理解し、悟った。
「そうか。志賀は大学生だったな。しっかりしてるから、似たような歳みたいに感じてたが」
「あれ? 行成君、ひとつだけ終わってない論文があったのか。ううん、いいよ謝らなくても」
「ああ、あとで俺も食べるから先に食べててくれ。俺でも流石に、何時終わるのか予想できんし誘惑があると、こう……な」
行成は非力な手の振り方で、少々消極的な笑みを添えて席を立った二人を見送った。
打ってかわって。
勉強している者が多いがここはスイーツパラダイス。食べ放題で、時間制限無しでそこらへんのファミレスよりも居心地はバカンス真っ只中。
「へぇ、色々とあるんだな。俺は何にするかな。どちらかといえば和のデザートの方がすきなんだが」
見つけたように柾は皿を取って、抹茶や団子、おまんじゅうや大福が一口サイズになっているコーナーへ行く。
「俺はワッフルやブリュレがあったら食べてみたいです――ハッ、焼きたてのワッフル作って下さるのか」
「阿久津は洋風デザートが好きなんだな」
両手によそってきた和デザートを抱えた柾が、焼きたてのワッフルの順番待ちをしている亮平の隣で覗き込んでいた。
「……! 柾さんが見つけた和スイーツ、どこにありました? それも食べたいです」
「前言撤回か。皆の分も持ってくればよかったな」
「うーん、こんなに美味しそうなのがいっぱいあるし、行成君にも持って行きたいな」
「そうだな。志賀にも何か持って行ってやろう」
「これなんか良くないか?」
「女子力の塊ですね」
バケツのような透明なパフェグラス(最早グラスかも怪しいが)にあれやこれやスイーツと生クリームとアイスと白玉とかケーキとか刺さっていたりとにかく凄い(語彙力の欠如)パフェに柾は笑顔で、亮平は苦笑で。
それにした。
ぐちゅ……くちゃ……むちゃ……。
ふと、異音に行成は隣を見れば巨大パフェに顔面を突っ込んでいるもちまるに、流石の行成も飲み込もうとした水を噴きだした。
「やはり大きいので良かったな」
「もちまる、すごい食べっぷりだな……っ」
はっはっは、と豆大福を口に運びながら緑茶を持つ柾に、亮平はケーキを上品にフォークでカットしてから口に運んだ。
「急いで仕上げないと私の分がなくなってしまうなこれは。柾さんと亮平さん、もちまるをちょっと食べすぎないよう見ててください……」
「うん、見てるね……」
「おっ、もう一個持ってくるか?」
「「マジでか」」
●
葦原 赤貴(CL2001019)自身は宿題は終わらせているのだが、問題は酒々井 数多(CL2000149)の驚きの白さを盛った宿題の山だ。
「よって、今日はこの場で学びながら、一緒に課題に取り組む――準備はいいか、……お、ね……おねえちゃ……ん」
恥ずかしさと、さらっと言えないぎこちなさを孕んだおねえちゃんというワードに数多は即反応して、
「はい! おねえちゃんです!」
脳天のうさぎみみがぴょこんと揺れた。
「え、なに、五麟学園ってもしかして宿題とかいう文化がある学校だったの? 聞いてないし知らないわ」
脳天のうさぎみみが、しおしおっと垂れた。
「繰り返すが、全力だ」
「宿題っていわゆる持ち帰りの仕事よね? 就業時間外よね? 残業手当も出ないのに何故こういうことしなければならないの」
「繰り返すが、全力だ!」
「赤貴君はさすがね。終わってるの? 私諦めるわ。今立ち向かうのは宿題なんかじゃない! この高2の夏を楽しみきる勇気なのよ!」
椅子に立ち、海を指さした数多だが赤貴は宿題のプリントを広げながら鉛筆をナイフで削った。
「いいからやるぞ」
「にーさまいたら教えれるとは思うのだけれども。えっ、赤貴君がやってるやつ私知らないんだけど、学校教育かわったの?」
「そっ、それは」
赤貴の目線が、数多の眼より少し下へと滑っていく。
赤色の水着に覗いた、少し汗ばみ、胸元から谷目にかけて汗が流れた数多の姿。
生唾を飲み込んだ赤貴は三白眼が震度4くらいの勢いで揺れ動きつつ、机に突っ伏す数多の圧縮された胸元を見て見ぬふりをしてから、宿題のプリントで顔を覆った。
「な、何故バニー……、や、水着、か……?」
「え、うん。水着よ。ワンピース水着」
脳天のうさぎみみが、ぴこぴこと揺れた。
「でもまあ、全くやらないってのもなんだし、あれね! 鉛筆転がしてでた答えでどれだけ当たるかっていうアトラクションにもできるってことね」
確かに、零の状態から足掻いたとしても消化しきれるかは分からない。恐らく徹夜してもどうかという線だ。
ならば。
「しっかり全問正解している必要もないだろう」
赤貴の熱の籠った頭はそれで妥協だと、揺れるうさぎみみに催眠されたか一緒に鉛筆を転がすことに決定した。
国生 かりん(CL2001391)はコテージの上で、背筋を伸ばしてから屋根の上で寝転んだ。
宿題なら、もうほぼ終わらせているところだ。あと少しトドメを刺さなければならないくらいはあるだろうが、数分で終わる量だから問題は無い。
こんなナリだからと、己の褐色に金髪めいた姿は学校の見本とはほど遠いのは自覚している。故に、やるべきことだけはしっかり踏んでおけば何も言われない、賢く生きよう。
しかし、少々物足りなさはある。
「覚者ばっかりだ」
せっかくの海だから、男でも探しに行きたいところだが見た感じ、FiVEでお馴染みの顔ばかり。つい最近まで妖被害があったのも総じて、純粋な一般人も少ないのだ。
それでも少しはどこかに転がっているだろう。希望は捨てずに、遠くの景色を眺めた。
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ガヤガヤの大衆とは、別に。個室では、御白 小唄(CL2001173)とクー・ルルーヴ(CL2000403)、それに樹神・枢が居た。
「うぅ……海で遊びたいよぅ」
「全くなのだ」
ノートに並んだ数式の答えに詰まってなお模索して解ききった小唄に、なんとか終わらせた自由研究の紙束をとんとんと整えてからホチキスで止めた枢は、うんうんと頷いた。
クーは、デカンタに入っている烏龍茶をコップに注ぎながら、そっと二人の前に差し出した。
「水着の方が良かったでしょうか」
「水着だと勉強する気にならないと思うからそのままで!」
水着は、見たいけれど……と目を強く瞑った小唄。しかしそれからか、クーの水着姿を想像して、小唄は落ち着かずにそわそわしてしまう。
クーはきょとんとしながら窓の外を見た。送られてくるのは潮風と共に、海で遊んでいる人々の声だ。
「ふふ、早く水着を着たいのだ」
「せっかくの海で遊べなくなるのは、残念ですから」
「うう……」
そのうち、小唄はまた張り切ってシャーペンを動かし始めるのだが、ぺき、と折れた芯と共に心が折れたか、頭から煙を噴きだしながら「あー!」と叫んだ。
そんな彼の耳を撫でながら、クーはお菓子の入ったバケットを差し出す。
「あ、ひらめいた! こうだ」
「そうです。よくできました、偉いです」
お菓子パワーか、数式をサっと説いた小唄はしてやったりと笑い、クーは華やかな金髪を撫でて褒める和やかな空間が出来上がっていた。
そのうち、枢も口から煙を噴きだして壊れたロボットのように放心していた。
「樹神家終了なのだ。勉強分からないのだ」
「大丈夫だよ! 枢ちゃんのなら、教えられるかも!」
小学生の問題集を覗き込むように、小唄は枢の隣に座った。少しだけ、ほんのちょっぴり、クーの尻尾が揺れるのをやめた。
枢は遠慮気味にクーの方にも宿題を滑らせ、すまぬ、と言いながら分からない場所を指さした。
そうやってちょっとずつ終わらせて。
「じゃあ、宿題が終わったら海で一緒に一杯遊びましょう!」
「終わったら何かご褒美あげましょうか。私にできることなら何でもいいですよ」
「お菓子も食べたいし、海でも遊びたいから迷ってしまうな」
珍しく湿気を含まない、爽やかな風が三人の間を通り抜けていった――。
●
白いワンピースで、何時もとは違うスタイルの麻弓 紡(CL2000623)。
赤いフレームの眼鏡をそっと乗せた新緑の瞳が映したのは、時任・千陽(CL2000014)である。
千陽はレポート作成の為に、パソコン画面を見ながら指はピアノでも弾くかのように忙しく繊細に踊る。
そして、その僅かな動きの中で揺れる腕が、紡の身体を揺らす度に心の中でくすぐったくも暖かいもので満たされていくのを、幸せという言葉以外になんと言い表せばいいものだろう。
言葉のいらない時間が流れ、暫くしてから傾いた眼鏡を治しつつ千陽は言う。
「紡はつい最近まで補修でしたっけ?」
「本が好きだから司書に、なんて安直だけどね……でも、実は教員免許も狙ってたりするんだよね」
頬を朱に染めながら、紡は簡潔に応える。
「俺は、好きなことだからそれを仕事にしたいという夢は素敵だと思います。教師もですか。似合いそうですね」
紡は再びくすぐったそうに身をねじらせつつ、そして放った言葉の奥の真意を想い、千陽を見た。
一方、千陽は哀愁がほんのり漂うような表情でパソコンの端を指でなぞった。
「好きなことを仕事か……地学者にでもなりたいと、思ったことはあります……少し、休憩にしましょう」
冷たい麦茶を置いて、一呼吸。
外から刺した日差しが、紡だけを煌かせ。影った千陽は外の海を指さした。
「紡、そろそろレポート終わるのですが、海にでも行きませんか?」
「勿論、よろこんで」
千陽の腕に、細い腕を絡ませて。
「……夢は、諦めなければ叶うんじゃないかな」
――諦めないで。
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全てはこの一言から始まってしまった。
「え? 宿題? まったくやって無いんだぞ!」←今年一番の笑み
目の前に宿題の山!
散乱する筆記用具!
死んだ眼をした神楽坂 椿花(CL2000059)。
香月 凜音(CL2000495)はテーブルをバン!! と叩き、椿花は小さくひ!?と震えた。
「遊ぶ前に、まず勉強。これは鉄則な」
「うぅ」
全く……とプリントを広げる凜音であるが、どんどん肩身が小さく強張っていく椿花を見れば、どうしようもなく。
凜音ちゃんと遊びたかったのに、とぐずぐず鼻を鳴らして泣きそうな彼女を見ればトドメを刺されたかのように……悪い意味では無いが溜息をひとつ。肺の中の空気を入れ替えてから言い過ぎたかと反省した。
「家に着いてから残りをちゃんと片づけるなら、あと2時間くらい頑張ったら椿花の行きたい所に連れてってやるから」
「わーい! 凜音ちゃん大好きー!」
スイッチが入ったかのように切り替えが早い椿花は、筆記用具を握りしめてプリントを空欄を埋めていく。
凜音としても、何時までも終わらずにこの個室で一日が終わるのは不本意である。故の、譲歩か。
暫くして。
ぜぇぜぇ、と。外でも走ってきたかのように疲れを見せている椿花は、凜音に400文字かける用紙を見せながら。
「後は、読書感想文だけにできたんだぞ……、凜音ちゃんに手伝ってもらえてよかったんだぞ……」
と言いながら、戦場で果てる戦士のように頭を突っ伏した。
「ん。ご褒美って訳じゃないけどやるよ。誕生日プレゼントな」
そんなぐんにょりな椿花の手前に小箱を置き、可愛らしく包装されたものを見て椿花は顔を一気に上へ上げた。
「誕生日プレゼント! 凜音ちゃん、ありがとう! 何が入ってるのかなあ」
「中は開けてからのお楽しみだ」
無邪気にもプレゼントに縋りつくように抱き着く彼女を見て、凜音は今度は安堵の息を吐いた。
●
「先生」
「ん」
樹神枢は分からない場所を指さしながら、すまぬ、すまぬと何度も呟いていた。
先生とは、向日葵 御菓子(CL2000429)のことであり、御菓子自身も……わたしが手伝ったら反則かしら……という疑問はあったが、
「問題ないのだ」
何故か心の声を呼んだ枢が言った刹那、
「そうだねえ~問題ないよねえ♪」
という形で、おい教師! というツッコミはどこにあるんだ。
上手く誤魔化しても宿題の映しやその他反則はバレるものか。菊坂 結鹿(CL2000432)は代わりに自由研究のお手伝いをすると申し出た。
「わたしは料理くらいしか特技がないから、簡単にできるホットケーキミックスを使ったお菓子レシピなんて……どうかな? これなら枢ちゃんも作って楽しいし、食べて美味しいし……」
「うむ! 素敵だと思うぞ。だって作って楽しくて、宿題にもなるってとても素晴らしいことだと思うのだ」
結鹿はホットケーキミックスで作れるお菓子を、指を折りながら数えていく。思いのほか、9つ以上も案が出ると、二人だけでは選べないのが幸せな悩みだ。
「ここからいくつか選んで、レシピと材料、出来上がりの写真、味の感想やお菓子の由来とか入れれば、いいレポートになるんじゃないかな?」
「うむ。僕は、そうだな……き、決められないっっ、全部食べたいのだ。御菓子殿は、どう思う?」
「ふっふっふ、枢ちゃんが一番! ていうのが食べたいかなっ。それと、こっちは「工作」で楽器を作ってみよう♪ ファイト・オ~!」
「工作で、楽器を作るのか!? それは、考えた事が無かったのだ。未知なる領域なのだ」
「お菓子の缶、釣り糸、木材、あとねじとかの工具で作れるのよ」
怪我だけは、注意ね! と御菓子はウィンク。
かくして、お菓子作りと一緒に楽器も作るという巧妙な形になった。だがしかし、二人のお蔭もあってか短時間でクオリティの高いものができたことは間違いないだろう。
納屋 タヱ子(CL2000019)は、腕にいくつもの浮輪をつけるフル装備。
つまり、その、なんだ。
「その……私、金槌なんですよ」
誰に言うでも無く、小声で言いながらも地面を見つめた。
詰まる所、タヱ子はまったく泳げなくて、体育のプール授業の点数は察して欲しいレベルであり、今年はもう過ぎ去った過去であるが来年を思えばこのままではいけないという危機感に狩られている。
それに……海なら浮力とかあったりするって聞いて、泳げるかもしれないって。
子供ならはしゃぎながら波と追いかけっこをするくらいの水位の場所で、冷たさに身体を浸しながら歩いて行く――。
例え、腰あたりに浸かる場所であったとしても胸元あたりの波がきた瞬間はタヱ子は必死の形相で逃げるのであった。
一色・満月(CL2000044)はカリカリ……とノートを埋めていて、シャーペンの芯がペキと折れた。
折れた芯は転がり、目の前の子のノートに落ちる。しかし、先方はそれに気づいていないらしい。
しかし何やら、問題にでも突き当たっているのか――頭を抱えて、その頭にある耳がしおしおと縮こまっていた。もちろん、尻尾も動いていない。
「……」
「……?」
そこで、満月は柳 燐花(CL2000695)の視界の中に映った。彼はいつも耳を抑えているヘッドホンを首に降ろしてから、遠慮気味にほほ笑んだ。
「あ、すまない。珍しいと思って見入ってしまった。……そっちも、最後の追い込みか?」
「はい。お仕事やら何やらで宿題が残ってしまってましたので……お互い、頑張らないといけませんね」
「ああ、そうだな……何か分からないところがあったら、手伝うぞ」
満月的には、燐花はとっくに宿題を終わらしているだろうと思い、先入観でここにいることは違和感を感じていたが、お仕事と言われると妙に納得するのはFiVEに所属している者同士であるからだろう。
しかし逆に、同じ学生であることに変わりはないと思えば、親近感は沸いてくる。むしろ好印象が助長されていく。
「これ、食うか?」
「ケーキ……! ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、一つ頂きますね」
満月の休憩用にと取っておいたらしい色とりどりの小さなケーキたちが、燐花の瞳の中をカラフルに彩った。
このまま食べ損ねて乾いてしまうよりは、きっと少女の口に幸せを与えた方がケーキにとっても本望でもあろうと、満月は付け足したところで、ふと、燐花の尻尾も揺れる。
ひとつ、燐花は取ろうとしたときであったが、気づいたように席を立ち。
「飲み物を取ってきますね。一色さんの分もお持ち致します。何になさいますか?」
「俺は、じゃあ、紅茶をお願いしようかな」
紅茶と、燐花は……何にしようかなと考えながらドリンクバーの前でにらめっこ。
今まで仕事以外で接することが無かった彼と、次は何を話そうか考えながら、ドリンクのスイッチを押した。
不思議な縁と出会いに、乾杯。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
