わたつみに響く聲
【海月奇譚】わたつみに響く聲


●あなたはいない
 淡い光を放つウミユリの幻を振り切り、海にある洞窟へ辿り着いた覚者たちは、其処で行方不明になっていた少女と、わたつみの巫女――サユリと対面する。
『ここはわたつみの、みなも様のやしろなのです』
 静かに事のあらましを語るサユリによると、みなも様とはかつて漁村で信仰されていた古妖だった。海月の姿をした彼女は、寿命を迎えると海に溶けて還り――新たに漁村の娘を依代にして、その肉体とひとつになり生き続けてきたらしい。
『しかし、数十年前……わたしが新たな依代になろうとした時。既に村は廃村になることが決まっていました』
 ――けれど、村を離れなければいけない人々の事情など、古妖に理解出来ないことは明らかだった。故に人々が自分を捨てたのだと嘆き悲しむことを察したサユリは、その身をやしろに封印して、古妖の輪廻を断とうと決意したのだ。
『でも……死期が迫る寸前で、みなも様は目覚めてしまった』
 直ぐに、彼女は変わり果てた周囲に気付き絶望し、自分を捨てた村人たちに憎しみを募らせていった。そして新たな依代を得て生まれ変わり、人間に復讐しようと動き出したのだ――。
 半身であるサユリが、肉体を抑えていられる時間はあと僅か。その意識を古妖に侵食されながら、彼女は最後に覚者たちへと乞う。
『出来るのであれば……みなも様を、鎮めてください』

●月の少女
 ――救出された少女は、月子と名乗った。快活そうなショートヘアをくしゃりと掻き上げつつ、彼女は覚者たちへ事件の経緯について話し始める。
 自分は夏休みを利用して、ここの海へ遊びに来ていたこと。泳いでいる内にウミユリの光に包まれ意識を失い、気が付けば洞窟に倒れていたこと――そして。
「この近くにね、昔漁村があって……あたしのお婆ちゃんは、そこに住んでいたらしいんだ」
 月子の祖母は何年か前に亡くなってしまったらしく、今回の一件は祖母の故郷を確かめる目的もあったらしい。生前、祖母はあまり漁村での話をしなかったけれど――随分前に、酷く哀しそうな顔で彼女に語ってくれたことがあったのだそうだ。
「お婆ちゃんはね、村で大切な親友とお別れしなくちゃいけなかったんだって。それは海の底の月に手を伸ばすように、見えてはいるけれど決して触れられないものなんだって――」
 月子は語る。祖母の名はミツキと言い、親友の名はサユリ――それは洞窟で、わたつみの巫女が語った内容とぴたりと一致していた。

●月茨の夢見は語る
「つまり漁村が廃村になる頃、サユリさんは古妖の依代になることが決まり、親友のミツキさんと離れ離れになってしまった」
 覚者からの報告、そして夢見の内容を確認しながら『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は依頼についての説明を開始した。
「サユリさんの外見は、巫女となってから変わっていないんだね……そして、ミツキさんのお孫さんである月子さんに、懐かしい気配を感じた」
 と、簡単に人物関係を整理しつつ、瞑夜は古妖がもたらす悲劇について皆に伝える。数十年ごとの生まれ変わりの時期が迫る古妖――みなも様だが、依代となる漁村の娘が居ないのではいずれ死を迎えるだろう。
「でも、自分を捨てた人間に憎しみを募らせる彼女は、残りの命と引き換えに、辺り一帯へ呪いを振りまくみたいなの」
 そうなれば海も土地も汚染され、良からぬものを呼び寄せてしまう。また、呪いの範囲には他の街も含まれていて、関係の無い人々も古妖の呪いに苦しむことになってしまう――。
「だからみんなには、古妖が呪いを発動する前にこれを倒して、輪廻を断ち切って欲しいんだ」
 時刻は深夜、依代であるサユリの身体を完全に乗っ取ったみなも様は、本来の姿である巨大な海月の姿となり、地上へ向けて侵攻を開始する。皆はこれを海岸で迎え撃ち、呪いが放たれる刻――夜明け前までに倒して欲しい。
「遥かな時を生きてきた古妖だけど、死期が迫っているから力は大分弱っている。でも、人間に対する憎しみはかなりのものだよ」
 その士気はかなり高く、最後まで戦い続けるだろうと瞑夜は俯く。しかし――かつて漁村で行われていた、みなも様を祭る儀式を行えば、その憎しみを和らげられるかもしれない。
「丁度お盆の頃にね、漁村ではお祭りをしていたみたいなんだ。村や海岸にかがり火を焚いて、みなも様へ感謝を捧げるようにして、蝋燭を立てた笹舟を海に流すの」
 ――それは、海に還った大切なひとを弔う意味もあったのだろう。このお祭りを再現することで、古妖の力を削ぐことが出来る筈だと瞑夜は言った。
「……根底に流れるのは、寂しさなんだと思う。誰からも忘れられて消えていくのが、哀しいんだと思うの」
 古妖の怨念を祓えるのは、巫女の意思を託された覚者たちだから。お願い、と瞑夜は頭を下げる。

 ――どうか彼女が焦がれた、海を照らす月になって欲しい、と。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:柚烏
■成功条件
1.古妖・みなも様を夜明け前までに倒す
2.なし
3.なし
 柚烏と申します。ちょっぴり水着百合なシリーズ依頼、後編となります。古妖にどう対応するかで、物語の終わりも大分変わってくるかと思います。ぜひ、目指すラストシーンに向けて頑張ってみてください。

●古妖・みなも様
漁村に祀られていた古妖で、正体は巨大な海月です(女性の人格)。永い眠りから目覚め、居なくなった人々が自分を捨てたのだと思い込み、人間へ復讐しようと残りの命で呪いを振りまこうとしています。
依代となったかつての漁村の娘・サユリと同化していますが、現在サユリの意識を乗っ取ってしまっています。尚、みなもは水母と書き、これはクラゲを意味します。
※浮遊状態で、特定の状態異常は効かないようです。
・触手で薙ぎ払う(物近列・【麻痺】【負荷】)
・嘆きの聲(特遠全・【虚弱】)
・海月火召喚(特遠列・【封印】【火傷】)

●漁村のお祭り
かつて漁村でお盆の頃に行われていた、みなも様を祭った行事です。かがり火を焚いて、蝋燭を浮かべた笹舟を海に流したりしていました。
みなも様へ伝えたいことを紙に書いて舟を流したり、花火をしたり、踊ったりしてわいわい楽しんだり。具体的にこのお祭りを実行することで、みなも様の憎悪が鎮められ能力が低下していきます(攻撃力が下がり、バッドステータスの一部が封じられます)。更に、此方の説得なども届くようになるかもしれません。
※ただし、完全に敵の動きを封じられる訳ではありませんので、戦闘プレイングとの配分に注意してお祭りのプレイングをかけてください(プレイングの比重によって、リプレイでのお祭りのシーンが多くなったりもします)。

●漁村関係者について
リプレイには登場しません。かつて漁村に住んでいた人々は散り散りになり、亡くなっている人も多いです。
月子も殆ど漁村については聞かされておらず、一般人なので古妖との戦場に同行させるのはリスクが大きすぎます。最悪、古妖の新たな依代となってしまう可能性があるので、同行は無理です。
サユリに意思を託されたのは彼女ではなく、覚者の皆さんですので、説得を行う場合は皆さんの言葉に全てが懸かっています。

●戦場など
時刻は真夜中、地上にむけてみなも様が侵攻してきた所を、砂浜で迎え撃ちます。タイムリミットは夜明けまでとなっています。尚、呪いの強さは古妖の残り体力で決まりますので、ダメージを与えるほどに被害は抑えられます。

 前後編のシリーズのラストですので、心情などぶつけたい気持ちがありましたら、悔いの残らないように伝えて下さい。それではよろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(6モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年08月22日

■メイン参加者 8人■

『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『想い重ねて』
蘇我島 燐花(CL2000695)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『Queue』
クー・ルルーヴ(CL2000403)

●忘却の果てを想う
 かつて漁村の人々と共に在り、幾多の生と死を繰り返してきた古妖――みなも様。しかし彼女は、自分が捨てられ忘れられていった現実に哀しみと怒りを募らせ――最期の力で呪いを振りまこうと地上へ向かう。
(あって当然というモノなどない。時が過ぎれば、全ては移ろい、変質していく)
 ――それは翳りを見せ始めた陽光の下、寄せては返す波のように。遥かな大海とて、絶えず違う顔を覗かせているのだと八重霞 頼蔵(CL2000693)は、怜悧な双眸で彼方を見据える。
「そんな当たり前も受け入れられなくなるとは。……長く在る、というのも善し悪しか」
 静かに紡がれる言葉は、悠久の時を生きた古妖に対してのもの。しかし――と、其処で頼蔵は思う。廃村直前に贄をやるとは、時間稼ぎの意味もあったのだろうかと。
「ならば。はは。実に面白い話だが」
「……ですが。信仰があり、崇められ、時のうつろいとともに失われる。それを責めることはできない」
 一方で、潮風に漆黒の髪を揺らす『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は、古妖とひととの在り方の違いに想いを馳せていた。古妖にとって、ひととコミュニケートを取れる方法は『それ』――信仰を通してだけだったのだろう。それが失われることはきっと、海より深い絶望であった筈だ。
「人とは違う存在の古妖の死とは、忘れられたときなのでしょう」
「人に忘れられた神様……か。信仰を失った神が妖怪として扱われる事例は割と聞くけれど、恨みを持って祟り神となっちゃうのは悲しいからね」
 サングラスの奥の瞳を和らげる『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)は、のんびりとした口調で語りながらも――何とか食い止めないと、と確りと頷く。その何処か飄々とした彼の佇まいを見つめていた『迷い猫』柳 燐花(CL2000695)は、胸に芽生えた不思議な感情を振り払いつつ、冷静さを保って同意した。
「みなも様……目覚めたらひとりぼっちで、きっと寂しかった、よね……」
 そっと吐息を零すのは『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)で――その菫色の瞳には、ウミユリの幻が見せた親友の姿が鮮やかに過ぎっているのだろう。彼女が転校していった後、ずっと自分はひとりぼっちだったけれど、あんな孤独を抱えたまま消えていくのは余りにも哀し過ぎる。
「最期が、寂しい気持ちなんて……つらい、から……できる限り、鎮めてあげたい、ね……」
 そんなミュエルを支えるように『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)がそっと寄り添って。案じる気持ちを反映したクーの耳と尻尾が、大丈夫と励ます代わりにぱたぱたと揺れた。
「みなも様が寂しかったのは分かったよ。でも、だからって呪いを溢れさせるわけにはいかないんだ!」
 それも、残りの命と引き換えに行うなんて悲痛な真似を『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)は、絶対にさせたくはない。
「だから……精一杯みんなで送ろう!」
 ――かつて漁村で行われていたと言う、みなも様のお祭り。それを自分たちで再現出来たのなら。復讐と憎悪で塗り固められたみなも様の心に、一筋の光を――ずっと受け継がれてきた想いを、届けられる筈なのだ。
「うん、折角のお祭りだ! 楽しんでいこう!」
 その方がきっといいと、満面の笑みを浮かべた『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)が頷いて、皆は早速祭りの準備に取り掛かっていった。
 わたつみのやしろへと向かう途中で、ウミユリが見せた幻のように――海に還った大切なひとびとを弔い、みなも様もまた、大いなる命の巡りのひとつとなれるように。

●数十年後の夏祭り
「えっと……ここに、こうやって通して……」
「む、むむ……こうか!」
 用意してきた笹を使って笹舟を作るミュエルは、優しくフィオナに作り方を教えているが――慣れないフィオナは、ついつい力を入れ過ぎてしまっている様子。
「笹の葉は、多めにあるから……失敗しても、焦らずに……ね」
 ふんわりと、花綻ぶように微笑むミュエルの気遣いが嬉しかったけれど、ふと隣を見つめたフィオナは「うぐ」と呻き声を飲み込んだ。
「……どうした?」
 涼しげな声で応える頼蔵は、合間を見つけて手伝ってくれていると言うのに着々と笹舟を量産していて――不器用だと言っていた千陽も、きちんと自分の笹舟を作り終えていたのだ。
「だ、だが飾りはちゃんと考えたんだ! みなも様をイメージした、ヒラヒラした吹き流しだぞ」
 そう言ってフィオナはようやく完成した笹舟に、自作の吹き流しを取り付ける。――が、その姿は何処となくシュールで、素朴な民間信仰と言うよりは怪しげな新興宗教の様相を呈してしまっていた。
「え、舟が変なオブジェになった!? た、助けてくれ!」
「あ、でも……華やかで、お祭りらしいと思う、よ……?」
 フィオナに泣きつかれたミュエルはその勢いに押されつつも、他にも花や吹き流しで飾り付けようと作業を進めていく。
(みなも様が、昔を思い出せるように……賑やかに……)
 砂浜には恭司や千陽の手で次々と、篝火を焚く為の木が組まれていって――そうして祭りに必要な資材を備えていく内に日が暮れて、いつしか空には眩い月が顔を覗かせ、地上を優しい光で照らしていた。
「では、海の豊穣に感謝を。当時の人達はもういませんが、彼らの分までみなも様への感謝を」
 千陽の祈りの声を皮切りに火が灯されて、あかあかと篝火は燃え上がる。砂浜に等間隔に設置された灯火は、海に眠るひとびとと――それを見守るみなも様にありがとうを伝えて、地上の者が手を振るかのようにゆらゆらと揺れていた。
「さあ、それじゃ盆踊りを始めますよ! 慣れていないなら僕が教えますから、みんなで踊りましょう!」
 涼しげな浴衣に着替えた小唄がCDプレイヤーのスイッチを押すと、辺りには賑やかな音頭が響き渡る。皆で踊るから良い――そう言った小唄に背中を押され、ミュエルも何とか見よう見まねで踊りを始めていた。
「簡単ですよー。それドドンがドン♪ ドドンがドン♪ さ、皆さんもご一緒に!」
(……ふふ)
 ――陽気に祭りを盛り上げる小唄の、その可愛らしい姿が微笑ましくて。滅多に揺らがない貌に微かな笑みを浮かべたクーは、浴衣の裾を翻してそっと小唄の隣に立ち、盆踊りの輪に加わる。
(もし私が居なくなる時、君は覚えていてくれるでしょうか)
 ふと、胸に過ぎった疑問は首を振って消し去って、愚問ですとクーは夜空に手を翳した。
(君が笑顔でいてくれるなら、十分でしょう。……今は、そう思います)
 そうして賑やかな盆踊りが終わり、皆はその足で海へ笹舟を流しに行く。手作りの舟には個性的な飾り付けがされて、何かを伝えるならば――と事前に燐花が差し出した短冊と筆記用具を手に、其々がさらさらと想いを書き綴っていった。
(みなも様は勿論だけど、サユリだってずっと独り……半ば忘れられて辛かっただろうな……)
 色々な人宛てにありったけのメッセージを書き終えたフィオナは、最後にふわりとアスターの花を乗せる。花言葉は『君を忘れない』――ウミユリの中向き合った少女の幻を思い出し、フィオナはきつく拳を握りしめた。
(もう、私は忘れたくないんだ――!)
 あたたかな灯をともした笹舟は、やがてゆっくりと岸を離れていく。空の月が零した欠片のように、それは波間を漂い――きっとわたつみのやしろに辿り着くのだろうと、皆には信じられたのだ。
「……あ」
 一方で、少し離れた場所で線香花火を楽しんでいた燐花と恭司は、夜空に上がった打ち上げ花火を見て微かに顔を上げた。しかしふたりには、ささやかな方がしっくりくるようで――パチパチと小さく、刹那の美を魅せる線香花火に、恭司は風情があるよねぇと微笑む。
「夏の夜の海を見ながら……うん。花火と言えば、僕的には大きな大輪かこの線香花火なんだよね」
 どちらも一瞬の美を追求した花火であり、燐花は彼の言葉を聞きながら、隣に座ってじっとその小さな光を眺めていた。
「刹那の美……ですか」
「うん、綺麗な瞬間、大切な時間というものは見逃しやすくて……それ故に、美しいんだよね」
 やがて、ぱちんと線香花火の玉がひとつ落下して、辺りの闇が深くなる。全て終わりがあるからこそ、美しいのかもしれないと吐息を零す燐花――その微かに陰を纏った表情もまた、刹那の美であるのだろう。
(……流石に無粋かな)
 そんな少女の姿を写真に収めたくなった恭司は、そっとかぶりを振って。しかし穏やかな時間の中、彼の研ぎ澄まされた感覚は、水底より陸に這い上がろうとしている海月の古妖の接近を感じ取った。
「来る、か……。行こう、燐ちゃん」

●笹舟は海をゆく
 ――海月、或いは水母が見上げる海面。其処にゆらゆらと漂い、あたたかな灯を投げかけるのは――幾つもの願いを乗せた笹舟だった。
(ああ、どうして)
 祭りはとうに絶え、人々は自分を見捨てたのではなかったのか。憎悪の中に戸惑いが混じる彼女の心へ、その時笹舟に込められた伝言が次々に飛び込んでくる。
『海に還った魂と、みなも様の鎮魂の思いも込めて』
 真摯な祈りは、千陽のものだろうか――楽しい気持ちを届けたいと願う小唄、そしてクーはみなも様への感謝と、今まで村の人々を守ってきた事への敬意を笹舟に込めたようだ。
『貴女の事は忘れません』
『勝手ながら、久しぶりに姿を見たよ。いつかまた、お酒を交わして話でも。良いワインがあるんだよね』
 一方で燐花はただ一言を短冊に書き、恭司は海の底で見た幻影――亡き友人へ直接届くようにメッセージを送る。
『先頃は愉しめた、感謝しよう。必要ならば呼び給え』
 幻影とは言え、懐かしい顔に会えたのは頼蔵も同じ。だから、それに対して礼をしたいと言うのは本心だ。
『この海に来なかったら、大切な人が居た事自体忘れたままだったかも知れない。ありがとう』
 そしてフィオナも、記憶の欠片を見つけられたことに感謝をして――忘れられたもの達に届くように、幾多の想いを海に放つ。
『私は忘れた側なんだ。大切な人を思い出せなくて、とても哀しいんだけど……忘れられた側の方がきっと、もっと悲しいよな』
 ――ふわり、海の底に舞い降りていくアスターの花。そして最後に託すのは、まだ思い出せない大切な君へのメッセージだ。
『きっと思い出して、絶対に見つけるから!』
『みなも様、再び私たち人間が会いにきました。サユリさん、みなも様にずっと寄り添っていてくれて、ありがとう』
 ああ、ああ、ミュエルの――彼らの確かな想いは、祟り神と化した古妖の力を鎮めていく。けれど水母には分かっていた――夜明けには自身の寿命が尽きて、そしてそれと引き換えに放とうとした呪詛は、もう自分の意志ではどうにも出来ないのだと言うことを。
 呪いの塊と化した己の身体を、その手を必死に伸ばして、水母は水面に瞬く灯火に触れようともがく。自身は海の月で、頭上の月に焦がれ続けて――そんな彼女は、最期に気付いただろうか。
 ――月は己だけでは輝けず、何かがあって初めてうつくしく周囲を照らすことが出来るのだということを。

●蒼炎の導
 お願い、と守護使役に灯りを頼んだ小唄は、水中から現れた巨大な海月に向けて必死に呼びかけた。
「みなも様! 僕達はあなたの事をやっと知りました! それなのに、こんな形でお別れなんてしたくないです!」
 そしてクーもまた、自分たちは倒すべき敵としてでなく、鎮めに来たのだと説得に入る。出来れば、争うこと無く戦いを止めたい――その為に一行は、最初から戦闘態勢を取ることはしなかった。
「寂しくさせてしまって、ごめんなさい……。でも……ここを離れた住民さんも……みなも様のこと、きっと覚えているから……ね……?」
 忘れていないからこそ、自分たちは貴女を知ることが出来たのだと、ミュエルは呼びかけながら濃縮した香を振りまき、仲間たちの治癒力を高めていく。
「――っ!」
 しかし、海月の触手が鞭のように振るわれて――前衛に立っていた者たちを一気に薙ぎ払った。其々が術による強化に努めていたとは言え、やはりその一撃は侮れないようだ。
(弱体化はされているようですが……それでも。彼女は爪あとだとしても呪いを大地に穿ち、この世界に生きた証が欲しいと思っているのでしょうか)
 中衛にて守りを固める千陽は、自分たちの想いは確かに届いたのだと言う手応えを感じていた。より深刻な状態異常は付与されていないようだと燐花も頷き――しかし降り注ぐ炎から、いつでも恭司を守れるようにその身を屈める。
『最後まで、誰かの為、妖の為か? 人としての全てを投げ打ち、耐えてきた結果がこれか?』
 そんな中、頼蔵は送受心を発動し、みなも様――その依代であるサユリに向けて呼びかけた。所詮は人に頼らねば生きられぬ脆弱な存在であるならば、奥底の彼女が意志を奮起出来ればその存在は揺らぐ――そう思っていたのだが。
『うらみつらみを吐きたいのは妖だけか? 村も、掟も、友も既に無い。あるのは御前だけだ』
 ――自己犠牲を成す者の本音を、聞いてみたかった。しかし頼蔵の呼びかけに応えは無く、代わりに水面を震わせる透明な嘆きの聲が、明確な殺意を宿して一行に襲い掛かった。
「戦いたく、ないんだ……!」
 ふらつく小唄の拳が砂を抉るが、彼は薄々気付いていたのだ――彼女を倒すことでしか、悲劇は止められないことを。そして彼女自身も、それを望んでいるのだと言うことを。
「私の伝えたい事は、全部舟に乗せた! ……『二人とも』悲しかったよな? 遠慮せずにぶつけて来い!」
 既にフィオナは、覚悟を決めたようだった。きっと彼女たちは優しくて、殴った方が痛いと思ったから――痛覚を遮断し痛みに強い所を見せつけて、フィオナは大丈夫と言った顔で笑ってみせる。
「……憎むな、などと言いません。恨んでもいいです。憎んでも構いません」
 静かに顔を上げるクーもまた、金の瞳に決意を宿して妖剣を構えた。私たちは今から、それだけの事をするから――だから呪い、恨み辛み、その全てを自分たちにぶつけて下さい、と。
(呪いを残さず消えて欲しいのです。海の守り神として祀られる存在のままに、人々の記憶に受け継がれるように)
 ――足元の砂より生み出されるのは、巨大な岩槍。それは海月の肉体を真っ直ぐに貫き、相手が怯んだ隙を狙って小唄が拳を叩きつける。
「僕だって、守りたい人がいるから。傷つけたくないし、傷つけてほしくないから!」
「故に、その怨念尽きるまで、お付き合いしましょう」
 そのクーの言葉を皮切りに、皆は一斉に攻撃を開始した。頼蔵の纏う炎は天を焦がさんばかりに迫り、負荷の掛かったフィオナは体術を封じられながらも、真っ直ぐに剣を打ち込んでいく。
「みなも様を、呪いを振りまく存在として残したくない! 優しい海の神様として語り継いで行きたいから! だからお願い! どうか鎮まって下さい!」
 海月火が次々に弾け飛んで行く中、小唄の悲痛な叫びが月夜に響き渡った。仲間たちが傷を負っても、ミュエルや恭司が回復に動いて皆を支え――すかさず千陽は、拳銃とナイフを駆使した連撃で古妖を追い詰めていく。
「貴方は忘れられるのが怖いのでしょうか? だとしたら大丈夫です。俺は貴方のことを忘れません」
 ――頑張りましたね、とはサユリに。貴方の優しさが今に繋がり、そしてその願いは自分達が繋げると。
 ――貴方は善神だ、とはみなも様へ。だから悪神ではなく善神として記憶に残って下さいと千陽は呼びかけた。
「みなも様。貴女に残された時間が僅かだというのであれば、最期まで一緒にいますから。海を見ながら静かに過ごしませんか?」
 両の苦無を操り斬り込んでいった燐花の声は、まるで凪のように穏やかで。それでも――戦うことでしか、生命を断つことでしか、呪いは止められないのだ。
「貴方がまた、いつか、この海に生まれ変わるその時まで。私たちは絶対に忘れないと、約束します」
 生命の灯が消えつつあるみなも様へ、一歩を踏み出したのはクーだった。彼女は言う――忘れられる、置いて行かれる寂しさは、わかっているつもりだと。
「海に還った人たちは、貴方が居たから寂しくなかった。だから次は、私達が見送ります」
 刃の如き鮮やかなクーの蹴りが、最期の灯をかき消して――かたちを失い、海に溶けて消えていくみなも様へ、そっとフィオナが寄り添った。
「みなも様と、サユリ! 貴女達の火を、私たちにくれないか? 本来のみなも様とその火は、この海の人々を照らして守る優しい火だったろうから……」
 貴女『達』が居た事を忘れないように、伝えていけるように、持って行きたい――最期に古妖が見せた蒼い火を、フィオナはきっと忘れないだろう。

 お家に帰ったら、ゆっくりしましょうかと、燐花はいつものように恭司へと声を掛ける。
「みなも様のこと……アタシ達は、ずっと覚えていたいな……。この海と、ずっと一緒にいた、神様みたいな存在のことを……」
 徐々に白んでいく空を見上げてミュエルは呟き――悠然と広がる海へ千陽はそっと、百合の花を手向けた。
 それは海と人を守った巫女への鎮魂であり、彼方に顔を覗かせる太陽を眺めながら彼は誓う。
(この先も貴方達のことを伝えていきましょう――海を護った、美しい月がいたと言うことを)

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

ラーニング成功!

取得キャラクター:天堂・フィオナ(CL2001421)
取得スキル:蒼炎の導




 
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