樹海の彷徨い人
【髑髏少女】樹海の彷徨い人


●あちらの事情
 戻ってみれば、主が帰国しており、まだ荷が散らかったままの事務所にいた。複数のPCモニターの前に陣取り、ローソク足チャートと気配値、通称『板』の上で視線を行き来させている。
 主は噺家に横顔を見せたままにして、柔らかい声で命じた。
「一休みされたら、報告に来てください」
 任された仕事を終えていないどころか、人もどきたちに仲間を三体も消された挙句、作ってあった剣まで失っていた。連れ帰った悪の鞘も無事とは言えず、どうやって修復してやればいいのか見当すらつかない。
 なにもかも、現場を離れていた自分の落ち度だ。果たしてどんな処罰が下されることになるのか。
 噺家は恐々としながら、事の顛末を主に報告しに行った。
「それで、怪我は?」
 どうして自分に緊張した顔が向けられているのかわからず、噺家は目を瞬いた。ややあってから、心配されていることに気づいて顔をしかめた。
 叱られるよりずっとたちが悪い。
「このとおり。私は傷一つ負っちゃいませんよ」
「それはよかった」
「あのですね、国枝さま。しでかした本人がいうことじゃありませんが、怪我の心配より、厳しく責任を追及するべきなんじゃありませんか? たとえば……」
 死をもって云々。
 さすがに口にはせず、畳んだ扇子で首の横をちょんちょんと叩く。
「仕事の失敗は、その失敗において損失した各々の時間や金をどう取り戻すかが重要であり、謝罪や責任をとっての死など、全く無意味で無価値。そう思いませんか、橘 将之助 典馬殿?」
 しまった、と主の子供っぽい仕返しに噺家は低く呻いた。
「勘弁してください。人であった頃の名は――」
 武士の身分とともに江戸の時代に捨てていた。
 それにしても、と噺家は心の内で首をひねる。思い出すことすら稀であったのに、どうしてこの方には名乗ってしまったのか。前後の流れも合わせてとんと思い出せない。勧められて、飲みなれない洋酒を飲んでいたせいかもしれなかった。たしかズブロッカという名前の酒だったように思う。
「捨てた? 私もそうしました。まあ、いまも便宜上、国枝加保留の名を出すことはありますが……みなさんの前では私のことは『アイズオンリー』と呼ぶようにお願いしていたはずですよ」
 その呼称は気恥ずかしくて呼びにくい、とは本人を目の前にして言えず、噺家は、はあ、と気のぬけた返事をした。
「で、恥を忍んでお聞きしますが、どうしたら責任を取れますか」
 途端、待っていましたとばかりに主が表情を緩める。
 噺家は嫌な予感に襲われた。
「今回のことに限らず、夢見の力は侮れません。我々にも『先読み』のできる仲間が必要です」
 主は椅子を回すと、背後にあったプリンターから一枚の紙を取り上げた。
 一読してから紙を机の上に置き、指で押すようにして噺家の方へ滑らせる。
「契約しているエージェントの一人から報告が入りました。現時点でわかっている詳細はそこに。富士の樹海に未来を読み当る、大きな髑髏に抱かれた少女がいるそうです」
 噺家は報告書を手に取って読んだ。
「先読みできるのは髑髏のほうですか、それとも少女のほうで?」
「報告では触れられていません。行ってみればわかるでしょう。夢見または妖であれば即、始末を。古妖であれば何としてもスカウトしてください。頼みましたよ」
「では、私が受け持っている他の案件は――」
 いま抱えているプロジェクトもちゃんと進めてくださいね、と先に釘を刺され、噺家はがっくりとうなだれた。
「もう一つ。貴方はくれぐれもマネージメントに徹するように。以上です」


●こちらの事情
「たぶん、少女が夢見でしょう」
 やけに歯切れの悪い説明だった。
 久方 真由美(nCL2000003)は頬に手をあてて、眉を下げる。
「ごめんなさい。少女と一緒にいる大髑髏も古妖なのか、妖なのか、それともただの飾りなのか、それすらわらないの。でも、少女が誰かに利用されているようには見えなかったし……」
 どうやら少女のいる風穴洞自体が、自然の結界になっているらしい。肝心なところが夢に出なかった、と真由美は嘆いた。
「いずれにしても、少女は保護しなくてはなりません」
 真由美が見た夢は、少女が真っ暗な風穴の奥で血を流して死んでいるもので、大髑髏も粉々に砕けていたらしい。
「残念ながら、夢に襲撃者の姿は出てきませんでした」
 夢見確保に動いている隔者や、憤怒者に殺されたのかもしれない。
 たまたま通りかかった妖に殺されたのかもしれない。
 あるいは古妖に――。
 少女と髑髏が戦って共倒れした可能性もある。
 だいたい事が起こる場所が分らない。
「現時点であまりにも不明な点が多く、本来はみなさんにお話しできるレベルではありません。だけど、朝からずっと嫌な予感につきまとわれていて……。まずは、この少女と髑髏について調べてください。お願いします」
 真由美はそういって覚者たちを送り出した。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.よく当たると評判の占いをする少女と大髑髏の正体を調べる
2.少女を殺害する襲撃者を特定する
3.少女が警戒し、姿を消してしまうようなことを起こさない
●場所と調査期間
・富士山山麓、樹海付近。
・三日間(金曜日の夜~日曜日の昼にかけて)

●髑髏少女
年のころは十五、六ぐらいと言われている。
噂によると髪型がコロコロ変わり、大きな髑髏に抱かれているらしい。
樹海をさまよっており、運よく出会うことができれば風穴洞に連れて行ってもらえる。
そこであるものと引き換えに、未来を占ってくれるらしい。
占いはよく当たると評判。

 ・少女の出現場所、不明
 ・少女が占いを行うという風穴洞の場所、不明
 ・占いの代価、不明
 ・夕方に目撃者が多い。
 ・土日祝は昼間でも会えることがあるとか
 ・逆に朝と夜は目撃例が一例もない
 ・目撃され、噂になりだしたのは一年ほど前から

●宿
少女が多数目撃されている樹海エリアに近い、ビジネスホテルをファイヴで手配しています。
ほかに中規模な旅館が一軒、民宿が三軒あります。
なお、調査に必要な道具、経費はすべてファイヴもちです(移動のためのタクシー代など)。

●集う人たち
ファイヴの覚者の他にも、噂を聞きつけて少女を探しに来ている者たちがいます。
大多数がビジネスホテルに宿泊しています。
未来を知りたがっている追いつめられた人々の他に、憤怒者や隔者、その他がいるかもしれません。

※仕掛けられれば別ですが、この三日間はなるべく戦闘をさけて調査に専念してほしい、と久方 真由美からお願いされています。最悪、危険を感じた少女が樹海に現れなくなる可能性があるそうです。


●その他
調べること、考えること。
たくさんありますが、あれこれ欲張るよりもイベシナのようにシーンを絞った方が得られる情報の質は高まります。
調査中に戦闘が発生する可能性も考慮して、行動予定を立ててください。
携帯電話、その他無線通信機は一切使えません。
街中で信号弾の発射はご遠慮ください。警察に通報されます。
ファイヴやAAAに何かを要請する場合、あまり連絡が遅いと(後編に)間に合わなくなる可能性がありますのでご注意を。


シリーズものです。
前編にあたる本作の調査結果によって、後編の内容が変化します。
よけしければご参加くださいませ。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年08月22日

■メイン参加者 6人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『希望を照らす灯』
七海 灯(CL2000579)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『白い人』
由比 久永(CL2000540)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)

●到着
 富士のシルエットを奥に置いて、夜の闍に沈む樹木が光のとどく部分だけ淡く色を見せていた。夏の風に吹かれて葉や枝が揺れ動くさまに海のうねりが重なれば、なるほど樹海の名に背かぬ壮観である。
 『希望峰』七海 灯(CL2000579)は、戻ってくるなり、蒼い富士を眺めていた仲間たちに告げた。
「旅館はこの道の先をまっすぐ行ったところに建っているそうよ」
 灯は宿泊を予定しているビジネスホテルのフロントで、チェックインのついでに樹海の近くにある旅館への行き道を教えてもらっていた。
「これ、ホテルの電話番号。送受心の範囲から離れるから……。ついたら連絡してね」
 『溶けない炎』鈴駆・ありす(CL2001269)は、メモを受け取るとポケットに入れた。地面からボストンバッグを持ちあげて肩に担ぐ。
「ありがとう。じゃ、行きましょうか成瀬サン」
「なあ、なにも歩いて行かなくたっていいんじゃね。タクシー使えよ」
 『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)が、歩き出した『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)の背に声をかける。
「大丈夫だって、一悟さん。宿に行く途中でちょっと樹海の雰囲気を掴みたいだけさ」
 今から千百年のこと。
 富士の噴火によって青木ヶ原は生まれた。現代、青木ヶ原は富士の裾野から広がる、他に類のない立派な原始の森林となっている。手つかずの自然が醸し出す美しさは、終の場所を求める自殺者や、死体を投棄しようとする不埒な輩を引き寄せ、樹海にまつわる怪異怨念話の類を数多く生み出していた。
「妖が出るかもなのよ。翔ちゃんも、ありすちゃんも気をつけて、なのよ」
 『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が遠ざかる人影に向かって手を振る。
「妖襲撃の可能性がまったくないとは言えぬが……あの二人なら大丈夫であろう。さて、余たちも宿に入ろうか」
 『白い人』由比 久永(CL2000540)の一言で、後に残った四人はそれぞれ荷物を担ぐとホテルに入った。


●一日目・夜
「何かいる?」
「イタチぽい影は見かけたけど。このあたりには妖も古妖もいないようね。そっちは?」
「空丸からは何も……」
 翔とありすは、行き交う車の数も少なく、明かりに乏しい真っ暗な道を、やや車道にはみ出ながら肩を並べて歩いた。
 道は端とはいえ樹海の中を通っており、夏とは思えぬ冷たい風が暗い木々の間からすっと吹きつけてくる。
「例の夢見、夜の目撃例はないらしいし。この時間じゃ、偶然も期待できないだろうな」
「いるとしたら夢見を探す憤怒者か隔者ね。あ、あれ。あの赤い灯、旅館の提灯じゃない?」
 御影石の門に、看板代りの大きな門灯が赤く浮かんでいた。藍染の暖簾に白い桔梗紋。ちょうどいい按配に古びた佇まいの旅館は、若い二人が泊まるには少し渋すぎるかもしれない。
 翔は角の暗がりで覚醒すると、青年の姿になった。ありすの荷物を受け取って『三人分』の荷物を手に持ち、先に門をくぐる。
「部屋は別々にしてね」
「も、もちろん。予約の時点で『オレたち』と別々にしてあるよ」
 『オレたち』というのは実質ウソで、後々の事を考えて、覚醒前の翔――弟が後からやってくるとことになっていた。
 ありすがビジネスホテルに電話をする横で、翔が宿泊簿に手早く記帳を済ませる。従業員に連れられて二階の部屋へ向かった。
 幅の広い階段に足をかけたとき、ありすが翔の腕を掴んだ。
 上から着物姿の男が、浴衣を着た女を連れてゆっくりと降りてくる。
 翔は息をのんだ。
 顔に見覚えがあるもなにも、男とは先日、とある島で殺しあう寸前だった。女の方は知らないが、ありすの様子からしてこちらも――。
「おや、奇遇だねぇ。こんばんは、美人の彼女とのんびり旅行かい?」
 先に声をかけてきたのは、噺家と呼ばれる古妖だった。
「彼女じゃないから。『いとこ』だから」
 とがった声で応じたありすを腕で押さえ、翔は古妖たちを通すために階段の端へ寄った。
「そっちこそ。美人のお姉さんと旅行?」
 すれ違った女の横顔は際立って美しかった。
 だらしなく気崩した浴衣の胸元から、雪のように白く豊満な胸を見せている。女は胸の青い谷間からおしろいの匂いをほのかに香り立たせ、指で結った髪から零れ落ちたおくれ毛をあげ戻しながら、翔に流し目をくれつつ舌で真っ赤な唇をねっとりと舐めた。
「あはは、そうかい『いとこ同士』か。いや、悪かった。お互い野暮な詮索はよそう」
 噺家と女は笑いながら宿の西奥に消えていった。
「なに、あの『人』たち。感じ悪いわね……とくに女のほう」
「お知り合いですか?」
「うん……ちょっとね。あの、あの人たちですけど二人だけ?」
「いいえ。お子さんを二人連れて、先週からお泊りですが。あの人、奥さまじゃ……」
 従業員はそれっきり口を噤んだ。どうやら噺家たちを不倫の仲と勘違いしたらしい。口は噤んだが、子を連れて愛人と旅行とは呆れたと、印象の薄い凡庸な顔にでかでかと出している。
 翔もありすも、あえて否定しなかった。
 それよりもいきなりすごい情報が得られたものだ。翔は拳を握り、小さくポーズを取った。
 噺家たちは間違いなく夢見と、一緒にいる妖または古妖に会いに来ている。夢見殺害犯の有力候補だ。
 二階に上がったところで、すまなさそうに従業員に声をかけられた。
「すみません、急なお電話でしたので。先ほどの方々の両隣の部屋になります」
 噺家たちの部屋を挟んで左が翔、右がありすにあてがわれた部屋だった。相手の動きを逐一見張れてよいが、裏を返せばこちらの動きも相手に逐一知れるということである。
 二人そろって顔をひきつらせたところで真ん中の部屋の扉が引かれた。
 戸の向こうに耳のとがった狐耳の女の子たちがいて、従業員には見せないように死角で鋭い歯を剥いた。


●二日目・昼
 目が文字をたどるほど、胸が痛みを感じ、指が冷たく痺れていく。
 灯は街の図書館にいた。
 蝉の大合唱と夏の強烈な日差しをガラス窓の向こうに置いて、空調の効いた図書館内は快適そのものだ。それなのに、さっきから嫌な汗が背筋を流れていくのはどうしたことだろう。
 使ったのは「占い少女」と「髑髏」と「自殺者」というたった三つのキーワードだけ。数年前にいじめを受けて樹海で命をたった少年は誰か。突きとめるのは簡単だった。
 久永とともに最初に訪ねた高校であっけなく手に入れた夢見と大髑髏の情報だったが、灯の心は夢見の弟の自殺原因を知るにつれて重く沈んでいった。
 発現に伴う身体変化。手足が獣化した夢見の弟は、不理解からくる陰湿で熾烈なイジメにあい、自ら命を絶っている。年を追うごとに覚者の数は増えているらしいが、それでも全人口に占める割合はまだまだ少ない。少年が日本語の不自由なハーフの帰国子女で、しかも離婚して母子家庭になっていたというのもイジメを重くした原因の一つだろう。
 ストックホルムで弟の自殺を知った夢見が、引き留める父親を振り切って日本にやってきたのは一年と半年前の春のことだったらしい。
(「それにしても、どうして……」)
 灯はマイクロフィルムを繰った。また一つ、該当する話を見つけて溜息をつく。
 一年の間に同じ中学校を卒業した青年が、三人もいなくなっていた。みな、夢見の弟を苛めていた者たちだ。
『眩(クララ)が復讐のため少年たちを樹海におびき寄せて殺した』
 そんな噂が高校の生徒たちの間で、まことしやかにささやかれていた。行方不明になった三人全員が、事件の直前に黒髪のかつらをつけた夢見らしき少女を追って樹海に向かう姿を目撃されおり、それが噂の元になっているらしい。
『殺したあとの始末で、連れの髑髏に死体を食わせている』
 前後して妖、あるいは古妖の噂も広がっている。
「そのことだが、少し話が大げさになっておるな」
「あ、由比さん」
 声をかけられて灯が顔を上げると、そこに気遣う目があった。
「……顔が少し青いぞ」
 大丈夫です、と答えて微笑んだつもりだったが、実際は頬がこわばっただけだった。
「休憩スペースへ行こう。ちょうど人もいない」
 いいながら久永は額の汗を白い手拭きでぬぐった。
 高校で聞き込みを終えた後、久永は灯と図書館に入った。噂の裏付けを取るために過去一年分の新聞記事を手分けして調べていたのだが、行方不明になった三人のうち実に二人の家が図書館から百メートル以内にあることか判ったので、日傘をさしつつ一人で周辺住民から話を聞いて回っていたのだ。
 自販機の横のベンチにならんで腰かけ、冷やし飴を飲んだ。他は売り切れていた。京都では珍しくもなんともないのだが、関東では売られていない飲み物ゆえか、未知の味が敬遠されたのだろう。
「美味しいのにな。さて、夜にみなと顔を合わせる前に、わかったことを言っておこう」
 結論を言えば、三人中二人は別の街でちゃんと生きていた。
「夜逃げ同然にいなくなったらしい。急に理由も告げず、挨拶なしで引っ越していったので、一家そろって神隠しにあったのでは、と一時はかなり噂になったようだ。しかし、ある日、とんでもない幸運に見舞われて、新天地へ旅立った……というのが、実情だよ」
 高額の宝くじにあたった。あるいは主人が大出世して海外に転勤になった。それまでは人生の負け組に入っていた一家が、少年が夢見と一緒に樹海に消えた日を境に勝組に転じている。
 残る一人もおそらくは幸運を手にして街から姿を消しただけのことだろう。それを面白おかしく学生たちが噂にしているに過ぎない。
「これは余の推測だが、夢見たちは幸運を掴むきっかけの予知と引き換えに、彼らに街から消えることを約束させたのではないかな。自分たちを悪者にして」
「どうして。そんなことをして夢見……眩・ウルスラ・エングホルムと大髑髏に何の得があるというのでしょうか?」
 よく当たる占いの話といい、怪異の殺し話といい、そんな噂か広く世間に流れれば、蜜にたかる犠のごとく、様々な思慮を秘めたものたちが群がってくるだろうに。
「案外、それが目的かもしれぬぞ」
「誰かが訪れてくるのを待っている?」
「望んでいるのはおそらく大髑髏であろう。夢見は自由に動けるからな。夢見が噂の流布に加担している理由は、自殺した弟の遺骨を取り戻すためではないかと思う」
 久永は立ち上がると、灯の手から空き缶を引き取った。ゴミ箱に捨てると、カコンカコンと乾いた音がした。
「これも聞き込みでわかったことだ。早川 朧くんの遺体はまだ見つかっていないそうだよ」


●二日目・夕
 ぶつかり、はじけあう。その都度、回転する面の色が微妙に変化した。やがて独楽の一つが失速し、陣地から倒れ出た。
「あすかの勝ちなのよ!」
 飛鳥は目をキラキラと輝かせてた。
 勝負を見守っていた子供たちが一斉にどよめく。飛鳥が勝ったのは、一番独楽回しの上手い男の子だった。
「さあ、約束を守ってくださいなのよ」
 このあたりには工場の作業場として広い空き地があった。子どもたちが積み上げられた材木や資材の影を利用したかくれんぼや独楽回しなどに興じている。いまどき独楽が遊ばれているのは、空き地近くの駄菓子屋にカラフルでユニークな形状の独楽がたくさん売られているからだ。なんでも駄菓子屋の老主人が自作しているらしい。
 悔しがる男の子に同情した一悟が声をかける。
「気持ちはわかるぜ。オレだって飛鳥に負けたのがいまだに納得できねえ」
 一悟は戦闘独楽の二回戦で飛鳥と当たって、あっさり負けていた。独楽の見立ても繰る腕も、自分の方がぜったいに上のはず、と観戦中もぶつぶつ文句を言い続けていた。
「ああ、納得いかねえよな。さっき初めて独楽を回したやつに負けるなんて」
「しつこいのよ。あすかはきっと独楽の天才なのよ、絶対そうなのよ」
 はいはい、と軽くいなして一悟は腰を伸ばした。
 空に湧いた入道雲が、ピンクがかったオレンジに色づき始めている。駄菓子屋で買った花火を持ってホテルに戻る前に、秘密の抜け穴とやらを確かめに行きたい。
「でもなあ、約束は約束だ。穴まで案内してくれるよな?」
 一悟と飛鳥は、空き地で知り合った五人の児童に導かれ、神社の裏手の林に向かった。立ち入り禁止の札が下げられたロープを潜り抜け、草を踏みながら斜面を降り、朽ちた木の戸が立てかけられている横穴の入口にたどり着いた。
「本当に樹海まで続いているのか?」
「そういう噂だよ。入ったことないから本当かどうかわからないけど」
 入らないのは禁じられているからではなく、妖が出入りしているところを見たことがあるから、という。
「どんな妖でしたか?」
「大きな骨の指がそこの……木の板を動かしていた」
 夢見と一緒にいるという大髑髏のことだろうか。
 一悟がもっと詳しいことを聞き出そうとしたとき、子供たちの口から悲鳴が上がった。
「ちっ、でやがったな妖!」
 妖といってもかなり小さい。しかも一体。
 一悟は飛鳥の制止を無視して、太めの子の背に飛びついた白骨ネズミをはたき落とすと、炎を纏ったトンファーで叩き潰した。
「あー、そんなことをしたらいけなかったのよ」
「じゃあ、どうしたらよかったんだよ。子供が襲われるのをだまって見ていろ、ていうのかよ」
「みんなと一緒に逃げればよかったのよ」
「やだね。第一、逃げきれるとは限らなかっただろ? 背中を向けて走り出した途端、あいつが襲い掛かってきたかもだぜ」
 穴に立てかけられた木の板の隙間に一瞬だけ、白い骨が見えた。


●二日目・夜
「空きが出たようです。私と由比さんは民宿に移りますね」
 ホテルに戻ってきた一悟と飛鳥を、久永と灯がロビーで出迎えた。
「あちらで他にも夢見を追う勢力があるか、すぐ調べよう。今夜中に報告できれば、明日、何人か寄越してもらえるはずだ」
 四人はそろって待ち合わせの公園に出かけた。
「……この子たち、ついてきちゃった」
 翔とありすの間に狐耳の双子がいた。
 狐耳の双子は飛鳥が手に下げている花火の袋を目ざとく見つけると、奇声を発して駈け寄った。
「あ、コラ! だめなのよ、勝手に……あ~っ!」
 乱暴に袋を開けて、花火を地面に落とす。二、三本を小さな手でつかみ取ると、早く火をつけろとありすにせがんだ。
「こいつらか、昨日電話で話していた古妖は」
「……うん」
 一悟の問いに翔は溜息とも返事ともつかない声を返す。心なしか疲れているように見えた。それを言えばありすもだ。
「その、ね。ちょっと……一晩中……壁越しに聞かされていたから」と、ありす。
「噺家とやらはどこに? 電話の話ではもう一体、女の古妖が一緒だと聞いておったが」
 翔は久永にげんなりとした顔を向けた。笑う気力もないらしい。
「寝てる。いまは……本当に……寝ていると思う」
 灯は双子の横にしゃがみこむと、ライターを取り出して花火に火をつけてやった。
「危ないから振りまわさないでね」
「あすかのも火をつけてくださいなのよ」
 狐耳とウサギ耳が仲良く並んで花火に興じている後ろで、保護者たちは送受心・改を使って情報交換を始めた。
 ホテルに隔者は一名も宿泊しておらず、憤怒者と思しき屈強な男たちが十二人いることかわかった。憤怒者たちは三日前からこっちに来ているらしい。向こうも四人一組の三班に分かれて情報収集にあたっているようだった。
 旅館には噺家のほか三体の古妖がいる。
 樹海とその周辺で他にめぼしい個体は感知できなかった。
 樹海に続く抜け穴と、樹海の風穴洞の位置(翔とありすが見つけたが、残念ながら少女とは会えなかった)、少女の名前、それに大体の事情も分かった。
<「ふむ。ファイヴに連絡するのは余たちが泊まる民宿からのほうがよいな。そこに覚者か隔者が泊まっているかもしれぬが……応援を頼むとしよう」>

 覚者たちが花火の後始末を終えてそれぞれ宿泊施設に引き上げようとしていた頃、深夜の樹海から怖い顔をした噺家が出てきた。
「……二百年もたっているのにね。アンタ、まだ許せないのかい?」
 噺家は女を無視して部屋に上がった。腰から刀を抜いて、どかりと座り込む。
「……来てくださるってさ。さっき電話があったよ。しっかり足止めしとけって」
「承知した」
 不愛想につぶやくと、噺家は女に背を向けて横になった。

●三日目・朝
 噺家はフロントにいた。
 早めに出てきたのだが、憤怒者たちはすでにチェックアウトしていた。まあ、連中はどうでもいい。
「あっ!」
 エレベーターから降りてきた覚者たちに手を上げ、笑いかける。
「おはよう。今から朝ごはん? 一緒してもいいかな。今朝はまだ食ってねえんだ」
「はあ?」
「出られやしないんだ。ゆっくり話でもしようや」
 覚者の一人が弾かれたように駆けだした。自動ドアに向かう。外へ飛び出そうとした瞬間、体が半透明の虹の幕に押し返された。
「悪いね、ちょいと結界を張らせてもらったよ」
 ばん、とガラスを叩く強い音がした。顔を向けるとガラス窓の向こうに、顔をひきつらせた覚者の仲間たちが立っていた。
「……話って?」
「私と事が終わるまで大人しく待つか、今すぐ帰るか。二つに一つだ。何もしないで帰るって約束してくれるなら今すく結界を解いてやる。私? 私はあのお方から『現場に出るな』、と釘を刺されちまっているもんでね。結界を解いても樹海へは行かないよ」
 本当に帰ってくれればな、と心のうちにこぼす。


 ファイヴの応援が到着するのは夕刻。
 予知夢が正夢になる頃。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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