恋獄~クサリガミの村
●どうあがいても、絶望
じっとりとした生ぬるい空気が肌を撫でる、欝々とした厭な夜だった。その村の外れにある神社の本殿では、仄かな蝋燭の灯が儚く周囲を照らし――その中央に座り込む、ふたりの男の顔を浮かび上がらせる。
「……なあ、あんた陰陽師と言う触れ込みだったが」
ややあって口を開いたのは、鍛え上げられた体躯を持つ30過ぎの男。その口調はひどく陰鬱で、まるで全てを諦めきった、息を引き取る間際の老人のようだった。
「妖退治なんて、村のもんのでっちあげだ。あんたは騙されたのさ、都合の良い生贄としてな」
む、とその男の声に眉根を寄せたのは、向かい合うもう一人の男。田舎の野暮ったさが抜けない先程の男に対し、此方の男は華のある容姿――と言うべきか、ともすればやや軽薄な印象すら与えるような身なりをしていた。
「生贄、だと……? ふふん、このオレ様の実力を舐めたらいかんぞ。そのような非道な行いをする化け物なら尚更、この偉大なる陰陽師であるオレ様が退治してくれる!」
ふははははと空気を読まずに高笑いをする男だが、もう一人の男の瞳には諦念の光がありありと窺える。彼は絶望しているのだ――抗えぬ己の運命に。
「退治出来るとか、そんなもんじゃないんだ……『あれ』は。クサリガミはこの村に根を下ろし、それこそ鎖のように全てを縛り、己の欲求を満たす……」
――他の村人は固く物忌みをしている。クサリガミの瘴気に当てられクサリビトにならないように。其処まで男が告げた所で蝋燭の灯がちりちりと揺れて、やがてふっと掻き消えた。
「うおおおおう、ちょっと待て! オレは暗いのだけはその、ちょっと苦手で……!」
何やら腰の抜けたらしい男が、手探りで扉を開けようと地面を這うが――如何なる力が働いたのか、扉はガタガタと音を立てるだけで全く動かない。
「え、何これ……ちょ待っ」
――ぺたり、ぺたり。暗闇に響くのは生き物が這う生々しい音。と、暗闇に慣れた男の目は、その先を――禍々しい瘴気を纏う、不気味なほどに生白い生き物を見た。
「ああ、クサリガミ……」
ひとの手足を生やした『それ』は、身体だけが饅頭のようにつるりと丸い。そしてだらしなく開いた口からは絶えず涎を垂れ流し、『それ』は獲物を見つけたと言わんばかりにはぁはぁと荒い息を吐いていた。
嗚呼、彼らは神に捧げられた供物。『それ』が、クサリガミが望むものとは――。
「ホモオオオオォォォォォ!!」
「アッ――!」
●白いアレ再来
――夢見の内容を告げた『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119) は、少しぐったりした様子だった。
「……えっと。古妖が荒ぶった結果、男性二名が心神喪失状態になるの。みんなには何とか、被害が出ないように頑張って欲しいんだ……」
場所は山間にある、連石村と言うちいさな村らしい。其処には『クサリガミ』なる古妖が神様のようにして祀られていたのだが、供物がお気に召さなかったらしく色々欲求不満なのだとか。
「そのね、クサリガミが好むのは『男性同士のいちゃらぶ』なんだけど、人口減少によってクサリガミの好む男性を手配出来なくなっちゃって」
――で、唯一の若い衆であるガチムチ系兄貴が、都会から来た自称陰陽師の優男と生贄にされたのだが、全然いちゃいちゃ出来ずに古妖を怒らせてしまうらしかった。
「なので、みんながクサリガミを満足させれば悲劇は防げるから、その……男性同士で、いちゃいちゃ、してきて、ください……」
嗚呼、瞑夜の語尾がどんどん尻すぼみになっていく。クサリガミとはあれらしい、腐ってる系の古妖だ。何やら以前、似たような依頼の報告を受けたから、色んな場所に分霊っぽい感じで存在しているのだろう。
「それで、その役柄とかシチュエーションにもこだわるといいかもしれなくて。でも、露骨な感じじゃなくて妄想のし甲斐がある方が、ホモォも喜ぶとか何とか」
――あ、クサリガミもといホモォになった。ちなみに古妖の身体から発する瘴気は、何となく同性に対するときめきを増幅する効果があるらしく、何だか変な気持ちになっても古妖の所為で済ませることが出来る。
なお女性の場合覚悟を決めて、男装を貫き男として振舞って欲しい。多分気合で何とかなるだろう。しかし此処で腹を括らねば、欲求不満のホモォの瘴気が村中に溢れ出し、村人たちがクサリビトになってしまうのだ――そうなると男性同士の恋愛を描いた薄い本を作ったり、買い集めたりするらしい。
「上手く古妖を鎮めることが出来れば、神社に伝わる勾玉も差し上げるって村の人は言ってるし、それに……」
――犠牲者のひとり、都会から来た自称陰陽師とは土御門玲司だろう。ちょくちょくF.i.V.E.にちょっかいを出す彼だが、助けて恩を売るも良し、騒ぎに巻き込まれる様を生暖かく見守るも良しだ。
「そんな訳で、どうかよろしくね。その、無事で……!」
じっとりとした生ぬるい空気が肌を撫でる、欝々とした厭な夜だった。その村の外れにある神社の本殿では、仄かな蝋燭の灯が儚く周囲を照らし――その中央に座り込む、ふたりの男の顔を浮かび上がらせる。
「……なあ、あんた陰陽師と言う触れ込みだったが」
ややあって口を開いたのは、鍛え上げられた体躯を持つ30過ぎの男。その口調はひどく陰鬱で、まるで全てを諦めきった、息を引き取る間際の老人のようだった。
「妖退治なんて、村のもんのでっちあげだ。あんたは騙されたのさ、都合の良い生贄としてな」
む、とその男の声に眉根を寄せたのは、向かい合うもう一人の男。田舎の野暮ったさが抜けない先程の男に対し、此方の男は華のある容姿――と言うべきか、ともすればやや軽薄な印象すら与えるような身なりをしていた。
「生贄、だと……? ふふん、このオレ様の実力を舐めたらいかんぞ。そのような非道な行いをする化け物なら尚更、この偉大なる陰陽師であるオレ様が退治してくれる!」
ふははははと空気を読まずに高笑いをする男だが、もう一人の男の瞳には諦念の光がありありと窺える。彼は絶望しているのだ――抗えぬ己の運命に。
「退治出来るとか、そんなもんじゃないんだ……『あれ』は。クサリガミはこの村に根を下ろし、それこそ鎖のように全てを縛り、己の欲求を満たす……」
――他の村人は固く物忌みをしている。クサリガミの瘴気に当てられクサリビトにならないように。其処まで男が告げた所で蝋燭の灯がちりちりと揺れて、やがてふっと掻き消えた。
「うおおおおう、ちょっと待て! オレは暗いのだけはその、ちょっと苦手で……!」
何やら腰の抜けたらしい男が、手探りで扉を開けようと地面を這うが――如何なる力が働いたのか、扉はガタガタと音を立てるだけで全く動かない。
「え、何これ……ちょ待っ」
――ぺたり、ぺたり。暗闇に響くのは生き物が這う生々しい音。と、暗闇に慣れた男の目は、その先を――禍々しい瘴気を纏う、不気味なほどに生白い生き物を見た。
「ああ、クサリガミ……」
ひとの手足を生やした『それ』は、身体だけが饅頭のようにつるりと丸い。そしてだらしなく開いた口からは絶えず涎を垂れ流し、『それ』は獲物を見つけたと言わんばかりにはぁはぁと荒い息を吐いていた。
嗚呼、彼らは神に捧げられた供物。『それ』が、クサリガミが望むものとは――。
「ホモオオオオォォォォォ!!」
「アッ――!」
●白いアレ再来
――夢見の内容を告げた『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119) は、少しぐったりした様子だった。
「……えっと。古妖が荒ぶった結果、男性二名が心神喪失状態になるの。みんなには何とか、被害が出ないように頑張って欲しいんだ……」
場所は山間にある、連石村と言うちいさな村らしい。其処には『クサリガミ』なる古妖が神様のようにして祀られていたのだが、供物がお気に召さなかったらしく色々欲求不満なのだとか。
「そのね、クサリガミが好むのは『男性同士のいちゃらぶ』なんだけど、人口減少によってクサリガミの好む男性を手配出来なくなっちゃって」
――で、唯一の若い衆であるガチムチ系兄貴が、都会から来た自称陰陽師の優男と生贄にされたのだが、全然いちゃいちゃ出来ずに古妖を怒らせてしまうらしかった。
「なので、みんながクサリガミを満足させれば悲劇は防げるから、その……男性同士で、いちゃいちゃ、してきて、ください……」
嗚呼、瞑夜の語尾がどんどん尻すぼみになっていく。クサリガミとはあれらしい、腐ってる系の古妖だ。何やら以前、似たような依頼の報告を受けたから、色んな場所に分霊っぽい感じで存在しているのだろう。
「それで、その役柄とかシチュエーションにもこだわるといいかもしれなくて。でも、露骨な感じじゃなくて妄想のし甲斐がある方が、ホモォも喜ぶとか何とか」
――あ、クサリガミもといホモォになった。ちなみに古妖の身体から発する瘴気は、何となく同性に対するときめきを増幅する効果があるらしく、何だか変な気持ちになっても古妖の所為で済ませることが出来る。
なお女性の場合覚悟を決めて、男装を貫き男として振舞って欲しい。多分気合で何とかなるだろう。しかし此処で腹を括らねば、欲求不満のホモォの瘴気が村中に溢れ出し、村人たちがクサリビトになってしまうのだ――そうなると男性同士の恋愛を描いた薄い本を作ったり、買い集めたりするらしい。
「上手く古妖を鎮めることが出来れば、神社に伝わる勾玉も差し上げるって村の人は言ってるし、それに……」
――犠牲者のひとり、都会から来た自称陰陽師とは土御門玲司だろう。ちょくちょくF.i.V.E.にちょっかいを出す彼だが、助けて恩を売るも良し、騒ぎに巻き込まれる様を生暖かく見守るも良しだ。
「そんな訳で、どうかよろしくね。その、無事で……!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.クサリガミを満足させて、村に被害を出さない
2.ホモオオオオォォ!!
3.なし
2.ホモオオオオォォ!!
3.なし
●クサリガミ
村で恐れ敬られている古妖です。真っ白ボディに生えた手足、「ホモォ」と鳴きます。男性同士のいちゃらぶを見るのが大好きで、目一杯堪能すると大人しくなって去っていきます。ですが欲求不満が募った場合、村中に瘴気を放ち村人たちをクサリビトに変えてしまいます(クサリビトになると、薄い本にひたすら執着するようになります)。
その身体から発する瘴気には『同性に対するときめき』を増幅する効果がありますので、何かあってもこいつの所為で済ませられます。また、不思議な鎖の結界を張り巡らせ、周囲では一切の戦闘が出来なくなります。
●村人
30代のガチムチ系。村では唯一の男手でした。皆さんが立ち向かわないと彼が犠牲となり、お婿に行けない程のショックを心に負います。
●土御門玲司
妖と古妖、等しく退治すべきとの信念を持つ隔者です。妖退治の触れ込みで村に来ましたが、クサリガミの生贄にされかかってます。このままではなす術なく犠牲になり、瞳のハイライトが失われてしまいます。
●ホモォ
同性同士なら何でもいい、と言う訳では無く、こだわりをもったカップリングが大事らしいです。シチュエーションや配役にも工夫してみてください。特定の属性を狙うのも効果的です(眼鏡、ドS、執事、上司と部下、幼馴染などなど)。女性の場合は男装して頑張ることになります。
※公序良俗に反しない程度に、節度のあるいちゃらぶを演じてください。
●依頼の流れ
クサリガミを鎮める為に来た、と言うと村人は大歓迎して神社に入れてくれます。神社で待機していると真夜中にクサリガミがやって来ますので、そこでいちゃらぶを演じるという流れになります。
※尚、犠牲を出さずに事件を無事解決すると、神社に伝わる勾玉をくれるようです。
古妖を満足させられなかった場合、それなりに被害が出てしまいますので、楽しみつつも(ある程度は)真剣にらぶを追求して頂ければと思います。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年06月25日
2016年06月25日
■メイン参加者 8人■

●どうあえいでも、絶望
連石村に巣食う古妖、クサリガミ――それは禁断の愛に狂い、荒ぶるままに瘴気をまき散らす祟り神のような存在だ。今回F.i.V.E.に課せられた使命は、犠牲者を出さずにこの古妖を鎮めることであった。
――と、此処までの説明を聞けば、古き因習に縛られた村云々と、正統派和風ホラーの世界が展開されると思うのだが。
「男装……です? 男性同士の恋愛を演じるって……ええええ!?」
改めて依頼の確認をした天野 澄香(CL2000194)は、両手で顔を押さえてぶんぶんと首を振っていた。そう、クサリガミとは男性同士の恋愛を追い求める腐女子の化身――いわゆるホモォと呼ばれる存在だったのだ。クサリガミを鎮めると言うことはすなわち、彼の好む男性同士のいちゃらぶを演じることに他ならない。
(クサリガミ様、鎮まり給えー)
で、『月下の白』白枝 遥(CL2000500)はと言えば、某映画のように、クサリガミの首を持ち上げて彼に返すシーンを思い浮かべていた。
(あれ、でも……クサリガミ様の首ってどこから……いや、うん)
――分かっている、これが現実逃避だと言うことは。暮れなずむ空を遥が見上げる一方で『Lightning Esq.』水部 稜(CL2001272)は、酷く冷静に恋愛観について考えを述べる。
「同性婚を実質的に認めている地域も出てきたしな……法律家としては否定するつもりはないんだが……」
別に同性愛のフィクションを好む事も、責められるべきものではないと思う――そんな稜であるが、クサリガミなどと言うそのものずばりな存在は、やはり洒落にならないと思うのだ。
(俺は、澄香が毒牙に掛からなければいいんだ)
自身が後見人を務める娘を見守りつつ、こほんと稜は咳払いをして。どうしてこんなことに――と『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は、その傍らで暫し頭を抱えていたが、こうなったら覚悟を決めてやるしかないと腹を括ったようだった。
「ここで逃げ出したら村人たちが犠牲になるんだよな。なら目指すは、クサリガミの完全浄化だ!」
「ええ、僕も事務員として、生徒に過度な負担をかけるわけにはいきません」
学園の生徒も多く所属するF.i.V.E.の現状を思う『スーパー事務員』田中 倖(CL2001407)は、自分が頑張ることで少しでも皆にかかるプレッシャーを減らせたらと微笑む。
「わ、私にできるでしょうか……。そう言えば、以前会った事のある土御門さんもいらっしゃると聞きましたが」
未だ澄香は怯えていたが、先に生贄として自称陰陽師のホスト――隔者である土御門玲司も、村へ来ているのが気がかりのようだ。F.i.V.E.へ度々ちょっかいをかける彼は今回被害者側になるのだが、『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)はと言えば、やれやれと言った様子で紫煙を吐き出していた。
「俺は土御門がどうなろうが知ったこっちゃねえが、仕事と割り切って一肌脱ぐか」
「え、今ここで脱ぐの!? いいわよ、すっかり臨戦態勢って訳ね! ならホモソムリエを自称する、この酒々井数多が! 確りと! 見届けてあげる!!」
「……今のは言葉の綾で、物理的にどうたらってことじゃねえぞ」
ホモォにも負けず劣らずな腐のオーラを漂わせ(でも腐女子ではない)、此方をガン見してくる『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)を、誘輔はすかさず牽制する。
しかし、それ位でめげる数多ではない――ホモソーシャル論を絡めたアカデミックな持論を展開する彼女は、いわばホモの伝道師。卒論も、これで一本書けること間違いなしだ。
「ま、まぁこれも依頼だからな。覚悟決めて頑張るか」
そんな数多の勢いに呑まれつつある『花守人』三島 柾(CL2001148)は、さすがに自信はない様子だが、こうなったらなるようになれだ。
――そうして一行は村人の歓迎を受け、クサリガミを祀る神社へと通されて夜を待った。村の兄貴と生贄の玲司は、やって来た覚者たちに驚きを隠せない様子だったが、それでも濃密なホモォの気配が漂うにつれて状況を理解したらしい。
「ホモクレェェェ……!」
やがて地の底から響くようなクサリガミの声に、ばばんと立ち上がったのは数多。既に男装を終えたその姿は、どこか艶やかな法服に包まれている。
「現れたわね、クサリガミ……いいえホモォ! 私が、いえ私たちが、本当のホモってのを見せてあげる」
仄かな蝋燭の灯りに照らされた本殿は、今やイケメン達の集うドキドキの密室空間だ。期待にぶるりと身を震わせるホモォに、行くわよと数多は声を張り上げた。
「ホモってパッション!」
●小悪魔な誘惑
(まあ、古妖が澄香を狙うことはなさそうだが……他の男とこういう真似をさせるのは嫌だ……)
でも自分がやるのも少々気が引けると葛藤しつつ、先ず立ち上がったのは稜であった。村の皆の為にも頑張ろうと決めた澄香は、学生服を着て男装しており――ちょっぴり小悪魔的な微笑を浮かべて稜を見上げている。
(他の方とこんな事を行うのは、ちょっと恥ずかしいですし……水部さんがいてくれて良かった……)
「……む」
惜しみない信頼を寄せてくれる澄香が、何だかいじらしい。これは演技だと分かっているのに――そんな彼女を見ていると、嬉しいような申し訳ないような、複雑な気分になる。
「と、先生、こんなとこに呼び出して何の用? ついに僕の魅力に目覚めちゃった?」
――しかしこれは任務。小悪魔ちっくな生徒の澄香が、教師の稜を惑わせると言うどっきどきのシチュエーションなのだ。どういう需要があるのか稜には理解しがたかったが、隅の方で数多が『もっと熱っぽく見つめて!』とフリップを上げて指示を送ってきた。
「でもなあ、僕、他の人からも好きだって言われてて。先生の事も好きだけど迷ってるんだよね~」
ふふっとからかうような笑みを浮かべる澄香は、上手く役に入っている様子。そのまま稜――先生を翻弄するように近づいて、シャツ越しにそっと彼の胸板に触れる。
(あ、なんか、ちょっと楽しいかも)
小首を傾げる仕草は、無意識の内に誘っているのか。やがて澄香の細い指先が稜の首元に伸ばされ、しゅるりと衣擦れの音を立ててネクタイが緩んだ。
「ねえ、先生? 僕の事本当に好きなら態度で示して欲しいなあ」
――と、其処で打ち合わせ通り稜は澄香をはねのけ、突き放された彼女は悲しげな顔をして、潤んだ瞳で稜を見つめる。
「どうして? 僕の事嫌い? それともやっぱり生徒だから――っ」
けれど問いかける澄香の声は、其処で不意に途切れた。無言のまま稜は彼女を抱きしめ――その情熱的な抱擁に、澄香はこれが演技と言うことも忘れて、瞳を何度も瞬きさせている。
(……? 澄香の奴、何で動じてるんだ……? 段取りと違うぞ?)
「え、え!? も、水部さん? 何だか目が本気になってませんか?」
急に狼狽える澄香に、何か間違っただろうかと稜は冷静に状況を分析して、直ぐに作戦を変更した。小悪魔生徒がたじろいだのであれば、生真面目な教師はサディスティックに攻めへと転じる――いわゆるギャップとか、そういう類の需要だ。よく知らないけど。
「水部さんじゃない。先生だろう。悪い子だ」
そっと澄香の耳元で囁いた後、稜はくいと彼女の顎を掴んで傲慢に告げる――俺が好きで好きで仕方ないんだろう、と。
(……い、いやこれ、澄香が事前に同意してるとはいえセクハラだろう!?)
そうして、ふにゃりと力の抜けた澄香を壁際に追い詰めて壁に手をついて(こう言うのが流行っていると聞いたが、実際やると難しかった)、頬を赤らめて此方を見上げる彼女と目が合うと、稜の良心がとてつもなく痛んだ。
「え、演技……ですよ、ね、これ……?」
「くっ……許せ澄香……」
何か、自分でも顔が真剣になりすぎている自覚がある稜は、苦悶の表情で歯を食いしばる。――が、そんな懸命な彼の姿を見た澄香は何だか嬉しくなって、思わずぎゅっと稜を抱き返した。
「先生……離さないで。お願い……」
(って、これ演技か? そうじゃないのか!?)
●恋するボディガード
そしてゲイルと遥のペアが挑むのは、ボディガードとその護衛対象に芽生える恋模様である。お菓子を差し入れしている内にゲイルと仲良くなった遥だが、その立場は秘密――其処は敢えて妄想させると言う趣向だ。
(頑張って演技しなきゃ。でも、どうすれば良いんだろう……恋と言われても良く分からないし……)
ゲイルに守られて一息吐いた遥は、その陰でそっと思い悩んでいた。周囲の安全を確かめた後、ピリッとした空気から一転――親しげな雰囲気になった彼へ渡そうと、遥が持ってきたのは手作りクッキー。思わず力をこめそうになったそれの無事を確認しつつ、人目を忍ぶ感じで遥はちらとゲイルを見上げる。
「あのね、今日はクッキーを作ったんだ、いつもの御礼だよ!」
食べてくれるかなとそわそわしながらゲイルの反応を窺うと、彼は平静を装いつつ嬉しそうに戌の尾を振っていた。折角だからと「あーん」と口を開く彼が何だか可愛らしくて、遥は嬉しそうに微笑みながらクッキーを食べさせる。
「蜂蜜を使ってるから、優しい甘さだと思うよ……あ」
と、其処でゲイルの口元に食べ滓が残っているのを見て、遥はニコニコしつつ欠片を指先で摘まんで――ぱくり。
「ふふ、おべんとついてたよ。可愛……い」
――あ、何だかゲイルの顔が赤い。つい幼馴染と同じ態度を取ってしまったことに気付いた遥は、彼と同じく一気に赤面してしまうが、決して気まずくなんかなくて――むしろふわふわと、心が浮き立つような不思議な気持ちになった。
「……良いなあ。僕もゲイルさんみたいに、大人になったら格好良くなれるかな……」
そうしていると、素直な言葉が遥の口から零れる。獣の因子を持つ彼は男らしいけれど、でも尻尾ももふもふで――。
「あの、耳と尻尾……触っても良い?」
「遥のたっての頼みとあれば、断る理由はあるまい」
おずおずと声をかけた遥に、ゲイルは快く頷いてくれて。ふわあ、と無邪気に遥はもふもふを堪能するが――耳と尻尾が敏感なゲイルは、声を出してしまわないようにするので精一杯だった。
「遥の翼も綺麗でもふもふだな。この翼で空を華麗に飛ぶ遥は、さぞ美しいのだろうな」
「えっと、僕のも触って良いよ」
美しい、なんて面と向かって言われた遥は少し照れた様子で、それでもゲイルに優しく翼を撫でて貰って幸せそう。そうして和やかなひと時を過ごした後、遥はそっと、逞しいボディガードの耳元で内緒話をした。
(ありがとう、また触らせてね)
(ああ。だが余り無防備だと、俺がお前を襲って食べてしまうぞ? 俺は狼だからな)
●キズナの証
(さて……どうしたもんか。考えようによっちゃ先輩と腹割って話すいい機会だが)
一方、元バイト先の先輩後輩と言うシチュエーションに挑戦する誘輔と柾は、普段と変わらない状況で接することが出来そうだと考えていた。其処で、煙草に火を点けようと取り出したライターを見た誘輔は、かつてのこの持ち主も親友の彼女に横恋慕していたことを思い出す。
――自分も、同じだ。初恋の人は先輩の許嫁で、それでも先輩は自分に、弟のように接してくれて――。
「なあ、今でも百合さんが忘れられねえか。一生独身でいるつもりか」
ぽつりと投げかけられた言葉に柾は一瞬たじろぐが、そう言うわけじゃ――と言いかけ、ふと口をつぐんだ。何が違うものか。未だに自分は事あるごとに、彼女――百合のことを思い出しているではないか。
「いい相手が見つかったら、そう思える人がいたらとは思っている……。ただそうだな、まだ良く分からないな」
そう言って柾は穏やかに微笑むが、その何処か煮え切らない態度に誘輔の心が軋む。其処にあるのは、微かな苛立ち――自分では何とも出来ないもどかしさだ。
「アンタは悪かねえよ、百合さんを守れなかった自分を責めるな」
「だが……あいつを守れなかった事はずっと悔いている。お前がそう言ってくれても、周囲がいくらそう言ってくれても、俺は自分が許せな――」
――柾の紡ぐ悔恨の声は、不意に迫る誘輔によって途切れた。彼はぎゅっと柾のネクタイを掴んで顔を近づけ、挑むように目を合わせて言ったのだ。
「……俺じゃだめか? ……馬鹿な事言ってるってわかってる。でも……」
「誘輔……?」
咄嗟の事態に柾は当惑したものの、此方を見つめる誘輔のまなざしは切ないまでに真剣だ。だからちゃんと彼の話を聞こう、そう決意した柾に誘輔はゆっくりと語り出す。
――百合は自分の大事な人で、けれど柾も兄貴みたいに大事な人だ。ちゃんと幸せになって欲しい――どちらかなんて選べない。そう告げた時の誘輔は、クサリガミも村の掟も忘れていたのだろう。
「本気で嫌ならはねのけてみな、できるだろそれ位。じゃねえと……抱くぞ」
勿論それは脅しで、こんな風にふたり見つめ合うのも――そして今から自分がすることも、ここの神様の影響だ。そう言い訳しつつ柾はそっと、意外に逞しい誘輔の身体を抱きしめていた。
「……俺だってお前が大事だよ。あの時、百合を失った時、お前が支えてくれたから俺は今、こうしてここに立っていられる」
微かに掠れた声を耳元で囁かれ、ぞくりと誘輔が震える中、柾は言う――お前がそう願うなら、俺は幸せになる努力をしてみようと思う、と。
「そしてお前がそう思ってくれているように、俺だってお前の幸せを願っている事も忘れるなよ」
――俺にとって、お前は大事だから。それでもお前に抱かれるのは困るなと笑いつつ、柾は大丈夫だとあやすように誘輔の背中を叩いて、暫しの間熱い抱擁を交わしたのだった。
●陰陽遊戯~新たなるホモォ
――やがて始まるのは、陰陽師たちの秘密の戯れ。土御門の姓を持つ玲司になぞらえ、倖が扮するのは稀代の陰陽師――安倍晴明だ。
「い、一応、僕が先輩なのですから……ね……?」
兎の耳をへたりと垂らして精一杯強がる彼は、ちょっぴりヘタレ系――かと思いきや。玲司とふたりきりになるや否や、倖は眼鏡の奥の瞳を不敵に細め、有無を言わせぬ威圧感を発揮して玲司に迫る。
「貴方は僕に逆らえない。ねえ、そうでしょう? 玲司」
「ぐぬぬ……」
慇懃無礼に微笑む倖は、相手を呼び捨てにするツボも確りと心得ているようだ。実際逆らったらとんでもない秘密を暴露されそうな気がした玲司は、蛇に睨まれた蛙状態で硬直しており――最早なすがままとなった彼の頬を、倖は雅な扇を滑らせつぅとなぞる。
「うおおう、や、やめ……っ!」
「……悪相が出て何かと思えば。俺の小僧に手を出すとはヤロウ! 覚悟は出来ているんだろうな」
――うわずった声で玲司が悲鳴を上げた其処へ、堂々たる佇まいで割って入ったのは数多。蘆屋道満に扮した彼女は奪い返すような素振りで玲司の手を引き寄せると、すっかり混乱している彼へ喝を入れた。
「ふざけんなよ、なんでそいつにいいようにされてんだ。お前は俺のだ!」
「何を言っても無駄ですよ。玲司はもう僕なしでは生きていけない。さっさと諦めてください」
しかし、鬼畜眼鏡攻めを行う倖は余裕たっぷりにそう断言し、誘うように玲司を手招く。あ、あ――と思わず従ってしまいそうになる玲司だったが、数多は今にも泣き出しそうな顔で彼を見つめた。
「こいつが男だってわかってる。だけど気持ちは止められない。それが人の理に反するとしても、好きになったもんはしかたねぇんだ!」
嗚呼、こいつの前ではカッコイイ俺でいないと駄目なのに、彼を目にしたら余裕なんてなくなってしまう。俺様系かと思いきや、数多はまさかのヘタレ攻め――心の脆さをちらつかせるその仕草に「俺がこいつを守ってやらないと」と、玲司の男心がきゅんとときめいた。
「だから俺を捨てんなよ! 馬鹿! 俺はお前がいなきゃダメなんだよ!」
「あう、オレは男で……道満も男、あれ本当は女? でも晴明はご主人様で、身も心も捧げてしまっていて……」
究極の二択を突きつけられた玲司の心は、千々に乱れて――その時、密室で展開される男性同士のいちゃらぶの素晴らしさに耐えきれなくなったクサリガミが「ホモオオォォ!!」と絶叫して眩い光を発した。
「ホモォ……」
いつしか瘴気はすっかり晴れて、今や神社の中は神々しい光で満ち溢れていた。一皮むけたホモォの背には堕天使の翼が――彼はルシ腐ェルとなり、その怒りを鎮めたのだ。
「いい、ホモォ。世界にはもっとたくさんのホモがあるわ。ここだけにとどまってないで、新しいホモを発掘しに行くのよ」
そんなホモォに優しく声をかけるのは数多。何かいい感じで話を纏めつつある辺り、流石である。
「まずは夏と冬の有明。あそこには世界のホモの可能性が詰まってる。だからここから離れなさい! 新しいホモの世界に旅立ちましょう!」
「ホモホモォ!」
夜空の星に向かって乙女たちは希望を燃やし、そうして連石村はクサリガミの呪縛から解き放たれた――。ついでに、なんかその気になっちゃうホモォの力も何となくモノにした数多は、晴れ晴れとした顔で皆に微笑む。
「私なら大丈夫! だって酒々井数多だから!」
「あー……もう今夜は無礼講だ! ナニが起きても気にすんな!」
――そして我に返った誘輔たちは恥ずかしさを紛らわすように、ゲットした勾玉を肴に宴会を楽しんだと言う。
連石村に巣食う古妖、クサリガミ――それは禁断の愛に狂い、荒ぶるままに瘴気をまき散らす祟り神のような存在だ。今回F.i.V.E.に課せられた使命は、犠牲者を出さずにこの古妖を鎮めることであった。
――と、此処までの説明を聞けば、古き因習に縛られた村云々と、正統派和風ホラーの世界が展開されると思うのだが。
「男装……です? 男性同士の恋愛を演じるって……ええええ!?」
改めて依頼の確認をした天野 澄香(CL2000194)は、両手で顔を押さえてぶんぶんと首を振っていた。そう、クサリガミとは男性同士の恋愛を追い求める腐女子の化身――いわゆるホモォと呼ばれる存在だったのだ。クサリガミを鎮めると言うことはすなわち、彼の好む男性同士のいちゃらぶを演じることに他ならない。
(クサリガミ様、鎮まり給えー)
で、『月下の白』白枝 遥(CL2000500)はと言えば、某映画のように、クサリガミの首を持ち上げて彼に返すシーンを思い浮かべていた。
(あれ、でも……クサリガミ様の首ってどこから……いや、うん)
――分かっている、これが現実逃避だと言うことは。暮れなずむ空を遥が見上げる一方で『Lightning Esq.』水部 稜(CL2001272)は、酷く冷静に恋愛観について考えを述べる。
「同性婚を実質的に認めている地域も出てきたしな……法律家としては否定するつもりはないんだが……」
別に同性愛のフィクションを好む事も、責められるべきものではないと思う――そんな稜であるが、クサリガミなどと言うそのものずばりな存在は、やはり洒落にならないと思うのだ。
(俺は、澄香が毒牙に掛からなければいいんだ)
自身が後見人を務める娘を見守りつつ、こほんと稜は咳払いをして。どうしてこんなことに――と『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は、その傍らで暫し頭を抱えていたが、こうなったら覚悟を決めてやるしかないと腹を括ったようだった。
「ここで逃げ出したら村人たちが犠牲になるんだよな。なら目指すは、クサリガミの完全浄化だ!」
「ええ、僕も事務員として、生徒に過度な負担をかけるわけにはいきません」
学園の生徒も多く所属するF.i.V.E.の現状を思う『スーパー事務員』田中 倖(CL2001407)は、自分が頑張ることで少しでも皆にかかるプレッシャーを減らせたらと微笑む。
「わ、私にできるでしょうか……。そう言えば、以前会った事のある土御門さんもいらっしゃると聞きましたが」
未だ澄香は怯えていたが、先に生贄として自称陰陽師のホスト――隔者である土御門玲司も、村へ来ているのが気がかりのようだ。F.i.V.E.へ度々ちょっかいをかける彼は今回被害者側になるのだが、『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)はと言えば、やれやれと言った様子で紫煙を吐き出していた。
「俺は土御門がどうなろうが知ったこっちゃねえが、仕事と割り切って一肌脱ぐか」
「え、今ここで脱ぐの!? いいわよ、すっかり臨戦態勢って訳ね! ならホモソムリエを自称する、この酒々井数多が! 確りと! 見届けてあげる!!」
「……今のは言葉の綾で、物理的にどうたらってことじゃねえぞ」
ホモォにも負けず劣らずな腐のオーラを漂わせ(でも腐女子ではない)、此方をガン見してくる『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)を、誘輔はすかさず牽制する。
しかし、それ位でめげる数多ではない――ホモソーシャル論を絡めたアカデミックな持論を展開する彼女は、いわばホモの伝道師。卒論も、これで一本書けること間違いなしだ。
「ま、まぁこれも依頼だからな。覚悟決めて頑張るか」
そんな数多の勢いに呑まれつつある『花守人』三島 柾(CL2001148)は、さすがに自信はない様子だが、こうなったらなるようになれだ。
――そうして一行は村人の歓迎を受け、クサリガミを祀る神社へと通されて夜を待った。村の兄貴と生贄の玲司は、やって来た覚者たちに驚きを隠せない様子だったが、それでも濃密なホモォの気配が漂うにつれて状況を理解したらしい。
「ホモクレェェェ……!」
やがて地の底から響くようなクサリガミの声に、ばばんと立ち上がったのは数多。既に男装を終えたその姿は、どこか艶やかな法服に包まれている。
「現れたわね、クサリガミ……いいえホモォ! 私が、いえ私たちが、本当のホモってのを見せてあげる」
仄かな蝋燭の灯りに照らされた本殿は、今やイケメン達の集うドキドキの密室空間だ。期待にぶるりと身を震わせるホモォに、行くわよと数多は声を張り上げた。
「ホモってパッション!」
●小悪魔な誘惑
(まあ、古妖が澄香を狙うことはなさそうだが……他の男とこういう真似をさせるのは嫌だ……)
でも自分がやるのも少々気が引けると葛藤しつつ、先ず立ち上がったのは稜であった。村の皆の為にも頑張ろうと決めた澄香は、学生服を着て男装しており――ちょっぴり小悪魔的な微笑を浮かべて稜を見上げている。
(他の方とこんな事を行うのは、ちょっと恥ずかしいですし……水部さんがいてくれて良かった……)
「……む」
惜しみない信頼を寄せてくれる澄香が、何だかいじらしい。これは演技だと分かっているのに――そんな彼女を見ていると、嬉しいような申し訳ないような、複雑な気分になる。
「と、先生、こんなとこに呼び出して何の用? ついに僕の魅力に目覚めちゃった?」
――しかしこれは任務。小悪魔ちっくな生徒の澄香が、教師の稜を惑わせると言うどっきどきのシチュエーションなのだ。どういう需要があるのか稜には理解しがたかったが、隅の方で数多が『もっと熱っぽく見つめて!』とフリップを上げて指示を送ってきた。
「でもなあ、僕、他の人からも好きだって言われてて。先生の事も好きだけど迷ってるんだよね~」
ふふっとからかうような笑みを浮かべる澄香は、上手く役に入っている様子。そのまま稜――先生を翻弄するように近づいて、シャツ越しにそっと彼の胸板に触れる。
(あ、なんか、ちょっと楽しいかも)
小首を傾げる仕草は、無意識の内に誘っているのか。やがて澄香の細い指先が稜の首元に伸ばされ、しゅるりと衣擦れの音を立ててネクタイが緩んだ。
「ねえ、先生? 僕の事本当に好きなら態度で示して欲しいなあ」
――と、其処で打ち合わせ通り稜は澄香をはねのけ、突き放された彼女は悲しげな顔をして、潤んだ瞳で稜を見つめる。
「どうして? 僕の事嫌い? それともやっぱり生徒だから――っ」
けれど問いかける澄香の声は、其処で不意に途切れた。無言のまま稜は彼女を抱きしめ――その情熱的な抱擁に、澄香はこれが演技と言うことも忘れて、瞳を何度も瞬きさせている。
(……? 澄香の奴、何で動じてるんだ……? 段取りと違うぞ?)
「え、え!? も、水部さん? 何だか目が本気になってませんか?」
急に狼狽える澄香に、何か間違っただろうかと稜は冷静に状況を分析して、直ぐに作戦を変更した。小悪魔生徒がたじろいだのであれば、生真面目な教師はサディスティックに攻めへと転じる――いわゆるギャップとか、そういう類の需要だ。よく知らないけど。
「水部さんじゃない。先生だろう。悪い子だ」
そっと澄香の耳元で囁いた後、稜はくいと彼女の顎を掴んで傲慢に告げる――俺が好きで好きで仕方ないんだろう、と。
(……い、いやこれ、澄香が事前に同意してるとはいえセクハラだろう!?)
そうして、ふにゃりと力の抜けた澄香を壁際に追い詰めて壁に手をついて(こう言うのが流行っていると聞いたが、実際やると難しかった)、頬を赤らめて此方を見上げる彼女と目が合うと、稜の良心がとてつもなく痛んだ。
「え、演技……ですよ、ね、これ……?」
「くっ……許せ澄香……」
何か、自分でも顔が真剣になりすぎている自覚がある稜は、苦悶の表情で歯を食いしばる。――が、そんな懸命な彼の姿を見た澄香は何だか嬉しくなって、思わずぎゅっと稜を抱き返した。
「先生……離さないで。お願い……」
(って、これ演技か? そうじゃないのか!?)
●恋するボディガード
そしてゲイルと遥のペアが挑むのは、ボディガードとその護衛対象に芽生える恋模様である。お菓子を差し入れしている内にゲイルと仲良くなった遥だが、その立場は秘密――其処は敢えて妄想させると言う趣向だ。
(頑張って演技しなきゃ。でも、どうすれば良いんだろう……恋と言われても良く分からないし……)
ゲイルに守られて一息吐いた遥は、その陰でそっと思い悩んでいた。周囲の安全を確かめた後、ピリッとした空気から一転――親しげな雰囲気になった彼へ渡そうと、遥が持ってきたのは手作りクッキー。思わず力をこめそうになったそれの無事を確認しつつ、人目を忍ぶ感じで遥はちらとゲイルを見上げる。
「あのね、今日はクッキーを作ったんだ、いつもの御礼だよ!」
食べてくれるかなとそわそわしながらゲイルの反応を窺うと、彼は平静を装いつつ嬉しそうに戌の尾を振っていた。折角だからと「あーん」と口を開く彼が何だか可愛らしくて、遥は嬉しそうに微笑みながらクッキーを食べさせる。
「蜂蜜を使ってるから、優しい甘さだと思うよ……あ」
と、其処でゲイルの口元に食べ滓が残っているのを見て、遥はニコニコしつつ欠片を指先で摘まんで――ぱくり。
「ふふ、おべんとついてたよ。可愛……い」
――あ、何だかゲイルの顔が赤い。つい幼馴染と同じ態度を取ってしまったことに気付いた遥は、彼と同じく一気に赤面してしまうが、決して気まずくなんかなくて――むしろふわふわと、心が浮き立つような不思議な気持ちになった。
「……良いなあ。僕もゲイルさんみたいに、大人になったら格好良くなれるかな……」
そうしていると、素直な言葉が遥の口から零れる。獣の因子を持つ彼は男らしいけれど、でも尻尾ももふもふで――。
「あの、耳と尻尾……触っても良い?」
「遥のたっての頼みとあれば、断る理由はあるまい」
おずおずと声をかけた遥に、ゲイルは快く頷いてくれて。ふわあ、と無邪気に遥はもふもふを堪能するが――耳と尻尾が敏感なゲイルは、声を出してしまわないようにするので精一杯だった。
「遥の翼も綺麗でもふもふだな。この翼で空を華麗に飛ぶ遥は、さぞ美しいのだろうな」
「えっと、僕のも触って良いよ」
美しい、なんて面と向かって言われた遥は少し照れた様子で、それでもゲイルに優しく翼を撫でて貰って幸せそう。そうして和やかなひと時を過ごした後、遥はそっと、逞しいボディガードの耳元で内緒話をした。
(ありがとう、また触らせてね)
(ああ。だが余り無防備だと、俺がお前を襲って食べてしまうぞ? 俺は狼だからな)
●キズナの証
(さて……どうしたもんか。考えようによっちゃ先輩と腹割って話すいい機会だが)
一方、元バイト先の先輩後輩と言うシチュエーションに挑戦する誘輔と柾は、普段と変わらない状況で接することが出来そうだと考えていた。其処で、煙草に火を点けようと取り出したライターを見た誘輔は、かつてのこの持ち主も親友の彼女に横恋慕していたことを思い出す。
――自分も、同じだ。初恋の人は先輩の許嫁で、それでも先輩は自分に、弟のように接してくれて――。
「なあ、今でも百合さんが忘れられねえか。一生独身でいるつもりか」
ぽつりと投げかけられた言葉に柾は一瞬たじろぐが、そう言うわけじゃ――と言いかけ、ふと口をつぐんだ。何が違うものか。未だに自分は事あるごとに、彼女――百合のことを思い出しているではないか。
「いい相手が見つかったら、そう思える人がいたらとは思っている……。ただそうだな、まだ良く分からないな」
そう言って柾は穏やかに微笑むが、その何処か煮え切らない態度に誘輔の心が軋む。其処にあるのは、微かな苛立ち――自分では何とも出来ないもどかしさだ。
「アンタは悪かねえよ、百合さんを守れなかった自分を責めるな」
「だが……あいつを守れなかった事はずっと悔いている。お前がそう言ってくれても、周囲がいくらそう言ってくれても、俺は自分が許せな――」
――柾の紡ぐ悔恨の声は、不意に迫る誘輔によって途切れた。彼はぎゅっと柾のネクタイを掴んで顔を近づけ、挑むように目を合わせて言ったのだ。
「……俺じゃだめか? ……馬鹿な事言ってるってわかってる。でも……」
「誘輔……?」
咄嗟の事態に柾は当惑したものの、此方を見つめる誘輔のまなざしは切ないまでに真剣だ。だからちゃんと彼の話を聞こう、そう決意した柾に誘輔はゆっくりと語り出す。
――百合は自分の大事な人で、けれど柾も兄貴みたいに大事な人だ。ちゃんと幸せになって欲しい――どちらかなんて選べない。そう告げた時の誘輔は、クサリガミも村の掟も忘れていたのだろう。
「本気で嫌ならはねのけてみな、できるだろそれ位。じゃねえと……抱くぞ」
勿論それは脅しで、こんな風にふたり見つめ合うのも――そして今から自分がすることも、ここの神様の影響だ。そう言い訳しつつ柾はそっと、意外に逞しい誘輔の身体を抱きしめていた。
「……俺だってお前が大事だよ。あの時、百合を失った時、お前が支えてくれたから俺は今、こうしてここに立っていられる」
微かに掠れた声を耳元で囁かれ、ぞくりと誘輔が震える中、柾は言う――お前がそう願うなら、俺は幸せになる努力をしてみようと思う、と。
「そしてお前がそう思ってくれているように、俺だってお前の幸せを願っている事も忘れるなよ」
――俺にとって、お前は大事だから。それでもお前に抱かれるのは困るなと笑いつつ、柾は大丈夫だとあやすように誘輔の背中を叩いて、暫しの間熱い抱擁を交わしたのだった。
●陰陽遊戯~新たなるホモォ
――やがて始まるのは、陰陽師たちの秘密の戯れ。土御門の姓を持つ玲司になぞらえ、倖が扮するのは稀代の陰陽師――安倍晴明だ。
「い、一応、僕が先輩なのですから……ね……?」
兎の耳をへたりと垂らして精一杯強がる彼は、ちょっぴりヘタレ系――かと思いきや。玲司とふたりきりになるや否や、倖は眼鏡の奥の瞳を不敵に細め、有無を言わせぬ威圧感を発揮して玲司に迫る。
「貴方は僕に逆らえない。ねえ、そうでしょう? 玲司」
「ぐぬぬ……」
慇懃無礼に微笑む倖は、相手を呼び捨てにするツボも確りと心得ているようだ。実際逆らったらとんでもない秘密を暴露されそうな気がした玲司は、蛇に睨まれた蛙状態で硬直しており――最早なすがままとなった彼の頬を、倖は雅な扇を滑らせつぅとなぞる。
「うおおう、や、やめ……っ!」
「……悪相が出て何かと思えば。俺の小僧に手を出すとはヤロウ! 覚悟は出来ているんだろうな」
――うわずった声で玲司が悲鳴を上げた其処へ、堂々たる佇まいで割って入ったのは数多。蘆屋道満に扮した彼女は奪い返すような素振りで玲司の手を引き寄せると、すっかり混乱している彼へ喝を入れた。
「ふざけんなよ、なんでそいつにいいようにされてんだ。お前は俺のだ!」
「何を言っても無駄ですよ。玲司はもう僕なしでは生きていけない。さっさと諦めてください」
しかし、鬼畜眼鏡攻めを行う倖は余裕たっぷりにそう断言し、誘うように玲司を手招く。あ、あ――と思わず従ってしまいそうになる玲司だったが、数多は今にも泣き出しそうな顔で彼を見つめた。
「こいつが男だってわかってる。だけど気持ちは止められない。それが人の理に反するとしても、好きになったもんはしかたねぇんだ!」
嗚呼、こいつの前ではカッコイイ俺でいないと駄目なのに、彼を目にしたら余裕なんてなくなってしまう。俺様系かと思いきや、数多はまさかのヘタレ攻め――心の脆さをちらつかせるその仕草に「俺がこいつを守ってやらないと」と、玲司の男心がきゅんとときめいた。
「だから俺を捨てんなよ! 馬鹿! 俺はお前がいなきゃダメなんだよ!」
「あう、オレは男で……道満も男、あれ本当は女? でも晴明はご主人様で、身も心も捧げてしまっていて……」
究極の二択を突きつけられた玲司の心は、千々に乱れて――その時、密室で展開される男性同士のいちゃらぶの素晴らしさに耐えきれなくなったクサリガミが「ホモオオォォ!!」と絶叫して眩い光を発した。
「ホモォ……」
いつしか瘴気はすっかり晴れて、今や神社の中は神々しい光で満ち溢れていた。一皮むけたホモォの背には堕天使の翼が――彼はルシ腐ェルとなり、その怒りを鎮めたのだ。
「いい、ホモォ。世界にはもっとたくさんのホモがあるわ。ここだけにとどまってないで、新しいホモを発掘しに行くのよ」
そんなホモォに優しく声をかけるのは数多。何かいい感じで話を纏めつつある辺り、流石である。
「まずは夏と冬の有明。あそこには世界のホモの可能性が詰まってる。だからここから離れなさい! 新しいホモの世界に旅立ちましょう!」
「ホモホモォ!」
夜空の星に向かって乙女たちは希望を燃やし、そうして連石村はクサリガミの呪縛から解き放たれた――。ついでに、なんかその気になっちゃうホモォの力も何となくモノにした数多は、晴れ晴れとした顔で皆に微笑む。
「私なら大丈夫! だって酒々井数多だから!」
「あー……もう今夜は無礼講だ! ナニが起きても気にすんな!」
――そして我に返った誘輔たちは恥ずかしさを紛らわすように、ゲットした勾玉を肴に宴会を楽しんだと言う。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
勾玉「保萌」取得!
ラーニング成功!
取得者:酒々井 数多(CL2000149)
取得スキル:恋鎖
ラーニング成功!
取得者:酒々井 数多(CL2000149)
取得スキル:恋鎖
