吸血姫ブラッド=サンの接吻 BBQ味
●
夜、清流のせせらぎを子守唄にしてまどろむ。
とある川原のキャンプ場にて、F.i.V.Eの面々は依頼に基づき調査に訪れている。
依頼人はキャンプ場の管理者だ。
『夜、空舞う“何か”に襲われそうになったという目撃例が相次いでいる』
観光シーズン前の、今のうちに怪異事件を解決せねばキャンプ場は大損失を被る。
で、一週間ほど調査――という名目でキャンプ生活を満喫することになった。
今回キャンプを愉しむのに必要な機材、食材などはすべて無料で依頼人に提供されている。昼間に“何か”は出没しない為、BBQに川釣り、水遊びにカヌーと依頼にかこつけて遊び放題だ。
F.i.V.Eは証言を元に今回の事件の真相を古妖『飛倉』と想定している。幸いなことに古妖『飛倉』は、人を殺めるほど凶悪な古妖ではない。動物や人間の生き血を啜る、といった伝承はあってもそれで死んだ例はないのだ。
そうした危険度の低さもあって、F.i.V.Eの皆さんの大半が埃かぶった肉食って喜ぶパーティーピーポーと化していた。
バーベキュー、みんなで食べると美味しいね。
●
「くっくっくっくっくっ……」
夜闇の中、悪の笑いが木霊する。
テントの灯りを、遠くより見据える紅い瞳。木枝に吊り下がって、美しき吸血姫は悪辣げに笑う。
華奢な体型、栗色のサイドテール、齢十四ほどの端正な顔立ちの少女はにっと口許に鋭い牙を覗かせ、大仰な黒いビロードのマントを羽織っていた。――蚊や羽虫の尽きぬ野山とミスマッチこの上ない。いや、マントの下は大正ロマンよろしく矢絣柄のおしゃれな小紋はまだいいとして、機能性重視の赤い“もんぺ”は『西洋風』を『西洋かぶれ』にものの見事に零落させてしまっている。逆さまに吊り下がった時、スカートや袴では邪魔になるのでやむない選択肢であったとみえる。
「凡俗なパーティーピーポーどもめ、真っ昼間からトウモロコシに醤油ぬったくって香ばしい薫りに現をぬかしおって! 凡ては余の計略とも知らずに!」
「はい、全くでございます」
古妖『飛倉』『野衾』『野鉄砲』つまりは妖化したムササビ、モモンガ、コウモリのファンシーな三種三匹が魔法少女のマスコットよろしく吸血姫のまわりをすいすい飛び回っている。
「やつらときたら我らより蚊に食われる心配をする始末」
「昼間から酒に酔う、まるでダメなやつも居るみてーですぜ」
「バカンスをエンジョイしてるネ!」
吸血姫は配下の古妖三匹に全肯定されて上機嫌でにたりと悪巧み顔をみせる。
「余は吸血姫ブラッド=サン! F.i.V.Eよ、復讐の時は来たれり! あーはっはっはっはっ!」
悦に浸る吸血姫にあわせ、三匹も高笑いを重ねる。
「ところで山地乳(やまちち)様、一体どうやって彼奴らを罠にハメ……」
「――今、何と?」
「ですから、彼奴らを罠にハメ……」
「その、前」
「……山地乳様」
ガッ。
首根っこを掴まれた野衾は青ざめ、怒りに震える吸血姫――古妖『山地乳』に睨まれる。
紅い瞳が妖しい輝きを帯びていた。
「一億歩譲って余の種族は“山地乳”に相違ない。貴様の“今、考えている”ように飛倉や野衾の進化の果てにこの山地乳に至る。それは認めよう、余にも由緒正しい古妖として種族の誇りはある」
紅い瞳は心を見透かす。
「貴様、今“やっぱり山地乳なのにツルペタなのを気にして……”と思ったな!?」
「ひぃっ!」
自然、野衾の目線は胸元へ。「山」には程遠い、なだらかな大平原が其処にある。
「余は吸血姫ブラッド=サン! 乳ではない! 血だ! 山地血《ブラッド=サン》と呼べ!」
「は、はひっ!」
野衾をよそに、飛倉と野鉄砲はひそひそ話。
「でも“サン”って太陽のことだぜ?」
「昔まだ英語がレアだった頃、山(やま)の英語をサンだと勘違いして名乗って引っ込みつかなくなってしまったネ」
「視えているぞ貴様らァ!! 目からビーム!」
「ぎゃひんっ!」
紅い怪光線が止まり木を貫き、二匹は命からがら空に逃れる。
「とにかく憎きはF.i.V.Eの連中ぞ。古くは余をハイソな吸血貴族ではなく山猿扱いして絵に描き、近年では学術調査と称して訪れた際は内心“え、そのちっぱいで?”とセクハラ(心の中で)発言! この上は精気を頂くだけでは気が済まぬ」
悪戯げに舌なめずりし。
「乳を、吸う」
山地乳はさも悪逆非道な企みを披露したかのように決め顔でそう言った。
「ついに亡き母上恋しさに幼児退行を……」
配下のざわめきをよそに山地乳はどや顔でつづける。
「余は生来、接吻によって余命を奪う夜魔である。血を啜る原初的な貴様らより高等なのだ。そして余は新たな力を開花させた! 余はキスした相手のバストサイズを奪えるようになったのだ!」
迷走する主君を哀れむ三匹をよそに、山地乳は我が世の春と勝ち誇る。
「さぁ、余に余命と豊乳を捧げるが良い!! F.i.V.Eのパーティーピーポーどもよ!」
夜、清流のせせらぎを子守唄にしてまどろむ。
とある川原のキャンプ場にて、F.i.V.Eの面々は依頼に基づき調査に訪れている。
依頼人はキャンプ場の管理者だ。
『夜、空舞う“何か”に襲われそうになったという目撃例が相次いでいる』
観光シーズン前の、今のうちに怪異事件を解決せねばキャンプ場は大損失を被る。
で、一週間ほど調査――という名目でキャンプ生活を満喫することになった。
今回キャンプを愉しむのに必要な機材、食材などはすべて無料で依頼人に提供されている。昼間に“何か”は出没しない為、BBQに川釣り、水遊びにカヌーと依頼にかこつけて遊び放題だ。
F.i.V.Eは証言を元に今回の事件の真相を古妖『飛倉』と想定している。幸いなことに古妖『飛倉』は、人を殺めるほど凶悪な古妖ではない。動物や人間の生き血を啜る、といった伝承はあってもそれで死んだ例はないのだ。
そうした危険度の低さもあって、F.i.V.Eの皆さんの大半が埃かぶった肉食って喜ぶパーティーピーポーと化していた。
バーベキュー、みんなで食べると美味しいね。
●
「くっくっくっくっくっ……」
夜闇の中、悪の笑いが木霊する。
テントの灯りを、遠くより見据える紅い瞳。木枝に吊り下がって、美しき吸血姫は悪辣げに笑う。
華奢な体型、栗色のサイドテール、齢十四ほどの端正な顔立ちの少女はにっと口許に鋭い牙を覗かせ、大仰な黒いビロードのマントを羽織っていた。――蚊や羽虫の尽きぬ野山とミスマッチこの上ない。いや、マントの下は大正ロマンよろしく矢絣柄のおしゃれな小紋はまだいいとして、機能性重視の赤い“もんぺ”は『西洋風』を『西洋かぶれ』にものの見事に零落させてしまっている。逆さまに吊り下がった時、スカートや袴では邪魔になるのでやむない選択肢であったとみえる。
「凡俗なパーティーピーポーどもめ、真っ昼間からトウモロコシに醤油ぬったくって香ばしい薫りに現をぬかしおって! 凡ては余の計略とも知らずに!」
「はい、全くでございます」
古妖『飛倉』『野衾』『野鉄砲』つまりは妖化したムササビ、モモンガ、コウモリのファンシーな三種三匹が魔法少女のマスコットよろしく吸血姫のまわりをすいすい飛び回っている。
「やつらときたら我らより蚊に食われる心配をする始末」
「昼間から酒に酔う、まるでダメなやつも居るみてーですぜ」
「バカンスをエンジョイしてるネ!」
吸血姫は配下の古妖三匹に全肯定されて上機嫌でにたりと悪巧み顔をみせる。
「余は吸血姫ブラッド=サン! F.i.V.Eよ、復讐の時は来たれり! あーはっはっはっはっ!」
悦に浸る吸血姫にあわせ、三匹も高笑いを重ねる。
「ところで山地乳(やまちち)様、一体どうやって彼奴らを罠にハメ……」
「――今、何と?」
「ですから、彼奴らを罠にハメ……」
「その、前」
「……山地乳様」
ガッ。
首根っこを掴まれた野衾は青ざめ、怒りに震える吸血姫――古妖『山地乳』に睨まれる。
紅い瞳が妖しい輝きを帯びていた。
「一億歩譲って余の種族は“山地乳”に相違ない。貴様の“今、考えている”ように飛倉や野衾の進化の果てにこの山地乳に至る。それは認めよう、余にも由緒正しい古妖として種族の誇りはある」
紅い瞳は心を見透かす。
「貴様、今“やっぱり山地乳なのにツルペタなのを気にして……”と思ったな!?」
「ひぃっ!」
自然、野衾の目線は胸元へ。「山」には程遠い、なだらかな大平原が其処にある。
「余は吸血姫ブラッド=サン! 乳ではない! 血だ! 山地血《ブラッド=サン》と呼べ!」
「は、はひっ!」
野衾をよそに、飛倉と野鉄砲はひそひそ話。
「でも“サン”って太陽のことだぜ?」
「昔まだ英語がレアだった頃、山(やま)の英語をサンだと勘違いして名乗って引っ込みつかなくなってしまったネ」
「視えているぞ貴様らァ!! 目からビーム!」
「ぎゃひんっ!」
紅い怪光線が止まり木を貫き、二匹は命からがら空に逃れる。
「とにかく憎きはF.i.V.Eの連中ぞ。古くは余をハイソな吸血貴族ではなく山猿扱いして絵に描き、近年では学術調査と称して訪れた際は内心“え、そのちっぱいで?”とセクハラ(心の中で)発言! この上は精気を頂くだけでは気が済まぬ」
悪戯げに舌なめずりし。
「乳を、吸う」
山地乳はさも悪逆非道な企みを披露したかのように決め顔でそう言った。
「ついに亡き母上恋しさに幼児退行を……」
配下のざわめきをよそに山地乳はどや顔でつづける。
「余は生来、接吻によって余命を奪う夜魔である。血を啜る原初的な貴様らより高等なのだ。そして余は新たな力を開花させた! 余はキスした相手のバストサイズを奪えるようになったのだ!」
迷走する主君を哀れむ三匹をよそに、山地乳は我が世の春と勝ち誇る。
「さぁ、余に余命と豊乳を捧げるが良い!! F.i.V.Eのパーティーピーポーどもよ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖『飛倉』の調査
2.依頼者であるキャンプ場の悩みを解決する
3.古妖『山地乳』による被害の阻止
2.依頼者であるキャンプ場の悩みを解決する
3.古妖『山地乳』による被害の阻止
今回はセクシー&コメディ系の依頼ですが難易度はノーマルにつき、あしからず。
諸々キャラ崩壊等ありえますので参加の際は、ご覚悟を。
●状況
山中、川原のキャンプ場近隣にて古妖『飛倉』とみられる目撃例が多数。
キャンプ場側より事態を解決するようF.i.V.Eに依頼が舞い込んできた。
期間は一週間。
閑散期のまばらな一般客にまぎれて調査を行うことになっている。
――ということで昼間はキャンプ場で遊び放題である。
しかし、じつは古妖『飛倉』『野衾』『野鉄砲』の主君である古妖『山地乳』に狙われている。
無事にキャンプ場の依頼を解決することができるだろうか?
●目的
1、古妖『飛倉』の調査
2、依頼者であるキャンプ場の悩みを解決する
3、古妖『山地乳』による被害の阻止
本依頼の主目的は、古妖『飛倉』の調査とキャンプ場の依頼解決である。
事前情報として『野衾』『野鉄砲』そして『山地乳』の情報はF.i.V.Eの組織側には無い。
キャンプ場の悩みを完全に解決するには、調査を進めることで古妖すべてに接触する必要がある。
古妖に対する対応は、F.i.V.Eの現場任せとなる。煮るなり焼くなり飾るなりお気に召すままに。
3番目の目的は、厳密には成功目的ではなく失敗条件となる。
古妖『山地乳』にもし“余命”を吸われた場合、戦闘不能にならずとも命数が少し減少します。
4名以上が“余命”を吸われてしまった場合、依頼継続は危険とみなして撤退命令が下ります。
●流れ
依頼にあたって、昼パートと夜パート双方での行動指針を記すことをおすすめします。
また不眠不休での活動は無理なのであしからず。
・昼パート
キャンプを満喫してください。
真面目な人は古妖の調査をどうぞ
・夜パート
遊び疲れて眠るもよし、夜の山へ調査に赴くもよし。
夜の睡眠中は古妖『山地乳』に寝込みを襲われる可能性が高いです。※昼もありえます
●敵
・『吸血姫ブラッド=サン』山地乳(やまちち)
西洋伝承の偉大な古妖『吸血鬼』に憧れる、山育ちのブラッディプリンセス。キス魔。
ダサい大正センスと裏腹に、多彩な能力を誇っている一味違う古妖。こうみえてかなり強い。
ただし、直接的に人を殺めるほど凶悪ではなく、危険度は控えめ。
当人はセクシーな夜魔を自負するものの、外見年齢十四歳にしては平地乳である。
『覚』と同一視されている為か、覚に準じる「心を読む力」を両眼に宿している。
眼力によって眠らせる、混乱させる、魅了する等の精神異常を招くこともできる。
野衾など夜空舞う古妖より進化した為、高い飛翔能力と暗視能力を有する。
食事は、主に木の実。火を食べることもでき、火の無効化と共に自らも火を操ることができる。
人間や動物の血を吸うこともできるが、なにより好むのは人間の寿命である。
伝承では、寝ている人間の寝息を吸い取ることで「寿命」を奪うことができ、誰にも視られなかった場合は翌日には死んでしまうとされる。ただし、その光景を目撃された場合、逆に「寿命」を得ることができる。
もっとも「誰も見ていない」のだから「翌日、死んだから山地乳の仕業」というのは目撃者も証拠もないのに犯人だと決めつけるような矛盾した話だ。同様に、人間はいつ死ぬか不明瞭なのだから寿命が伸びたことを山地乳のせいとも言い切れない。
しかし、命数をなんとなく自覚できる覚者の場合、命数の増減は体感できることだろう。
今回さらに山地乳は恐るべきことにキスによって「豊乳」を奪うことができる。
命数を奪う性質ゆえか尋常ならざる不死性を誇り、殺すより捕まえた方が早いほど死にづらい。
なお、夜行性だが吸血鬼になりきってるだけなので昼間でも行動できる。
山地乳の伝承は、F.i.V.Eの古い資料に残っているので関連性に気づけば確認できる。
元々古妖についての知識が深い場合もあらかじめ能力を知っている可能性がある。
・古妖『飛倉』『野衾』『野鉄砲』
夜空舞う小動物ズ。古妖。三匹居るが、全員が『飛倉』で『野衾』で『野鉄砲』である。
それぞれムササビ、モモンガ、コウモリを原型とする。
山地乳も含め、個人名を持たないが当人間では困っていない。
より長い年月を経ることで、この三匹も山地乳のような高等な古妖に進化するらしい。
飛翔、暗視、火喰い、木の実を食べる等の性質は山地乳と同一だが寿命を吸ったり心を読んだりといった高等なことはできない。基本、危険度は低い古妖である。
●注意事項
・命数の微弱な増減 ※戦闘不能を経由しません ※減少値は通常の戦闘不能と同等の-2です
・バストの増減 ※あくまで一時的なものです ※男女問わず
・キス魔の被害
・キャラ崩壊
当依頼は、以上の危険性を含みますことあらかじめご了承ください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年06月06日
2016年06月06日
■メイン参加者 8人■

●一日目
キャンプ場でレッツエンジョイ!
パーティーピーポー、略してパリポ勢の下準備はもっぱら食材やキャンプ用品の調達だ。
というわけで初日、キャンプ場へ赴くにあたって買い出し担当は――華神 悠乃(CL2000231)、宮神 早紀(CL2000353)、四月一日 四月二日(CL2000588)、『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)の四名が行うことになった。
今回は最長一週間に及ぶ長期の依頼だ。
和気藹々とした買い物風景まで報告書に書き留める訳にもいかないが、率先して料理担当に名乗りをあげた結鹿のおかげもあって最後まで食事に不自由しなかった点は特筆すべきだろう。
朝陽の差す、剣道場。
納屋 タヱ子(CL2000019)は木刀を手に、いつもと変わらぬ素振り稽古に務めていた。
「七十七、七十八!」
家族に許しを得て、一週間の外泊を許可して貰ったが何も遊びにいく訳ではない。気を緩めず、日々の精進を忘れずに。そう在ってしまう自分を、不器用だなと笑うことさえ彼女は知らない。
資料室という迷宮の奥底にて。
東雲 梛(CL2001410)は記憶の再確認をすべく、古妖の資料を探して銀細工に彩られた右腕を、古ぼけた表題の海で泳がせていた。
適当人間だとか、無気力な若者だとか、梛の日頃装う言動や外見は“誰にも期待されすぎないこと”を求めた結果なのではないか? そんな自己への疑問を抱いては苦笑して、また文献を探した。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)もまた、見つからぬ資料群に顎に手を当てて一考する。
影ひとつ。千陽の背後より、その襟首へと指先をそっと伸ばして――。
「お探しの品はこちらかしら?」
「普通に渡してほしい」
『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は悪戯げにくすくす笑って資料を手渡し、千陽の若干ズレてしまった軍帽を正してやる。
「飛倉の調査……野衾や野鉄砲もだったとかしら。だとしたら百々爺や山地乳も? ふふ、楽しみ」
●二日目
「はーい、注目!」
悠乃はブルーシートの上に特大の書道紙を敷くとバケツ一杯に墨汁を満たした。
「おお、なんだ?」
「尾筆検定一級の腕前、とくとご覧あれ」
龍尾の先っぽを墨汁に漬けた悠乃はあたかも達人が大筆を抱えて描くように、ヒップをフリフリ尻尾をゆさゆさと流麗な字を書きつけていく。
『ひとりにならない』
『寝るときは交代で』
『情報共有』
『よく遊び、よく休み、よく探す』
事前の話し合い結果を書き連ねた一筆をテントの内側に張りつけ意識づけする。その悠乃の提案より“習い事”の腕前にパチパチ拍手が起こる。
「よ! ユノ和尚!」
「俺のバンドより稼げそうだな、ははっ」
悠乃の尻尾はバサコン跳ねる。
「いやーどうもどうも♪」
スパコン!
尻尾の跳ね飛ばしたバケツは見事、早紀と四月二日を墨汁で黒一色に染めたのだった。
「……」
「あら、これも日本の伝統芸能?」
エメの容赦ない追撃に悠乃は笑顔が凍り、二人は目を白黒させた。
●三日目
はじめて古妖を発見したのは東雲 梛であった。
木の心を試みるも、森林でアテもなく植物の記憶を読むのは効率性に欠ける。地図と方位磁石を手に赤ペンで探索範囲を記す、と地道な方が有力だった。
「この近隣ですか?」
「そうだぜ時任さん、たぶん飛倉、こっちが感知した後すぐに気づいた様子で逃げてった。反響定位――エコーロケーションで位置関係を把握してんのかも」
「……詳しいですね」
「俺、ずっと読んでたから。古妖に関する本や資料」
軽薄そうな印象に反して、この少年は繊細で真面目だ。そこが危うさを伴ってもみえる。
「今日はここまでにして戻りましょう。きっと“向こう側”もこちらを認識した筈。次はこちらが探られる番でしょう」
軍帽を深く被り直して、千陽は白煙たちのぼるキャンプ場を振り返った。
菊坂 結鹿は中学生にして皆のお母さん役――結鹿ママとして大活躍中だ。
今朝だって――。
「みんなー! 朝ごはんができましたよー」
と早寝早起きして炊事を行い、八人分の食事をこしらえるのみならず、探索日や休息日に遠出する仲間のためにとお弁当まで手渡してくれる。
「はい! おにぎり三つ! 塩もみの青菜にふんわり卵焼きにプチトマト、メインはゆず山椒風味の鶏の唐揚げですよ。明日は塩麹漬け風味、明後日は南蛮風、明々後日は醤油にんにく風味にしてみますね。あと、熱中症に気をつけてお水を忘れちゃダメですよ?」
手作り弁当に朗らかな笑顔、お節介焼きなとこもかわいい。
「感謝いたします。ですが、今後自分の分は軍用レーションがあるので不要であります」
と遠慮もあって固辞しようとした千陽は角砂糖の角に頭ぶつけて二階級特進するべきであります。
が、結鹿ママは負けない。
「いいですか、レーションは日常的に食べていいものではありません。栄養バランスが偏っていて、激しい運動をする軍人さん向けのカロリー過多な非常食です。趣味で常食しようなんて、戦地でも美味しい食事をと心血を注いで軍用レーションを作った先人にも失礼です」
理路整然。
食事に無頓着な千陽に対して、栄養学的な角度のツッコミは直撃打だ。
「レーションは軍隊ごっこの道具ではありません! 回収です、軍用レーションは回収です!」
「ま、待て! 俺の“軍食コレクシヨン”が……!」
軍人は母親に勝てない。
祖国や家庭の味を追い求めた世界のレーションの数々を食せば、それは自明の理であった。
●四日目:朝
眠れぬ夜が遂に明ける――。
昨夜は一行の大半が浅い眠りの為、朝食の時間にも寝ている者もちらほらだ。
「えと、ブラッドさんという方がいらっしゃるんですか? でしたら多めに食事を用意しますね」
結鹿ママは夜はぐっすり快眠していた為、はために寝ぼけたことを言っている。
同じく、早寝早起き厳守の規則正しきタヱ子も元気にみえる。
「血の太陽……! とんでもなく強力な古妖かもしれません!」
「“山地乳”と書いて“ブラッド=サン”だものねー、ふふっ」
エメレンツィア、勝手に略せば“えめちー”は自分の貴族然とした大仰なネームをさておいて、ワイングラスを片手に昨晩の残りのカレーライスを堪能する。
「昨夜は“してやられた”のよね」
グラスを傾け、紅の滴に想起する。
「山地乳は“こちらの索敵能力と範囲”を確かめようと動いてたみたい。ワタヌキ探偵の鷹の目と暗視、梛の同族把握はタネが割れたかも」
「マジかよ、だるいなぁ全く」
「おまけに俺のは目が疲れるときた」
「お疲れさま。おかげで全員無事だけれど、発見しても追跡は難しい、となると――」
「寝たフリ、ですね」
●四日目:昼
休息日。敵を油断させるための、悠乃と早紀の迫真の演技がこちらです。
「よしっ! 習っておいて正解だったよ~、シッポ釣り通信講座」
「うわ、大きなスベスベカスベ!」
水飛沫をあげて、悠乃の龍尾に釣られた魚はダイレクトにBBQの鉄板へダイブした。
「いいなぁ、あたしスベスベマンジュウガニばっかだよ?」
「二十匹も釣れたら大漁だからいいんでなーい?」
川釣りにBBQ、二人は見事に山のキャンプ風景を演じきっている。
そんな二人をよそに、エメレンツィアは鵜飼よろしく釣ってきた魚に舌鼓を打つ。
「ふふ、急がば回れ、だったかしら? 果報は寝て待て、最高ね」
貴族令嬢はワインの肴にスベスベマンジュウガニの鉄板焼きを堪能しつつ優雅に過ごす。
まさにセレブ。
女子テントの護衛役、梛は騒がしさに読書に集中できぬままツッコミ役を要求される。
「あるといいな、美肌効果」
そう、爽やかにツッコミの責務を放棄した。
夜に護衛。昼にも護衛。
探索までも行い、常に古妖に神経を尖らせてきた梛はいつしか睡魔に堕ちていた。
うつら、うつらと木陰に座って。
「愛い寝顔よ、くっくっくっ」
神出鬼没の吸血姫は舞い降りる。
「視えるぞ、貴様の夢……悪夢。ほう、これはじつに惨美」
黒の外套を翻して、吸血姫は指先を妖しげに這わせて鎖骨から頬へと梛の素肌を撫ぜ、そうしてゆっくりと色知らぬ少年の唇を塞いだ。
寝息を奪われている梛の寝顔は穏やかなれど、奪っている吸血姫は恍惚として、熟れ透けた果実のようにどろりと甘い雫を啜っているかのようだ。
「ハァ……ふっふ、甘露な花蜜であった」
お礼代わりに額に軽いキスを施して、妖艶な古妖少女は女子テントへ忍び込んだ。
標語の張られた女子テントの中では、夜に備えて納屋 タヱ子が寝入っていた。タヌキ寝入りのために、今は真面目に昼寝しているのだ。
「此奴の夢は“…バーベキュー、食べたかったなぁ”か。ほう、仲間との戯れを控えてまで、余を謀るべく昼寝しておるとは小賢しいが殊勝なことよ」
吸血姫は傍らに座して、そっと寝顔を盗み見つつ、なだらかな胸元に手を伸ばす。
「同じ大草原の一家、見逃してやらんでも――ん?」
小学生(と思い込んだ)タヱ子の胸元を、小生意気な下着《ブラ》が。山地乳は稲妻に打たれた。
「裏切り者!」
裏切られた怒りに任せ、山地乳は無理やり下着を脱がそうとする。
「く、この、着けたことがないからブラホックの位置がわからぬ! くぅ」
「んっ……」
くすぐったげなタヱ子の息遣いにビビる。
「――よい。ならばその青き果実を摘むまでよ」
タヱ子の吸いつくようなもち肌をなぞって顎に指で支えて、山地乳は寝息を啜る。木漏れ日に透けたテントの中、微熱を帯びた息遣い、衣擦れの音のみが響く。
妖しくも美しき背徳の一時がゆったりとたゆたい、流れていく――。
●四日目:夜
犠牲者は二名。
日中、梛とタヱ子が寝たまま目覚めない様子に異変に気づいたことで襲撃が発覚した。
このまま犠牲者が半数に達すれば撤退を余儀なくされる――。
夜、手薄になった警戒態勢を補うべく悠乃、早紀は二人一組で夜の探査に赴き、四月二日と千陽は交代して仮眠をとりつつテントの護衛につく。
より手薄になったと見せかけて、女子テントではエメが寝たフリで待ち構える。なお、隣では結鹿がすやすや素で寝ている。案外と自然な寝息の聴こえるおかげで寝たフリのわざとらしさを軽減でき、囮として機能するので有用だ。
しかし、夜は長いのにずっと寝たフリというのは疲れる。えめちーは夕刻、皆の食事中に仮眠をとっているが浅い睡眠のまま、暗いテント内で寝たフリを続けていれば自然と睡魔が訪れる。あとワイン昼間に呑みすぎ。
「まだよ、まだその時では……すやぁ」
策士夢に溺れる。
「うにゃ、おしっこ……」
一方、結鹿は寝ぼけ眼のままテントから離れたトイレ小屋へふらふらと。
影、来る。――山地乳は愉悦に口尾を歪ませ、牙を剥く。
「妖の因子の力なくば、近づくのは容易きこと。第一、タヌキ寝入りなぞ心を読める余には通じぬ」
吸血姫は嘲笑い、横たわって寝るエメの毛布を剥がして、顔を覗こうと隣に寝そべろうとする。
「なっ」
脅威の胸囲が、其処に在る。
「何だ、このホワイトモンブランは……ッ!」
西欧貴族の家柄に貞淑で豪奢な装いだけでも憧れの吸血鬼像にぴったりなエメレンツィアの胸元は、アルプスの山々を彷彿とさせるほど壮大で美しい。そのたわわに実った乳房の上で、アルプスの少年少女や白山羊さん達が家庭教師と寸劇にトライする幻影さえみえる。
たかだか小中学生のちっぱいを奪い取って狂喜乱舞、水着で記念撮影を撮った山地乳の惨めさよ。
「ぐ、ぐぬぬ、この敗北感! こんな駄肉なぞっ!」
「ん……あ、ん」
もにゅ。
もにゅもにゅもにゅ。手が止まらない。
「む、ぐぅ」
めくるめく回想。幼い頃、母の大きな胸に抱かれたオモイデ。そう、単なる劣等感だけではなく、亡き母恋しさゆえに――かはともあれ、山地乳は薄っすら涙を浮かべながら魔性の乳を揉みしだいていた。生で。
「ただいふぁ~」
そこへあくびを噛みつつ、寝ぼけたままの結鹿が戻ってきた。その目は超視力の優れた動体視力で確実に、エメの宝山に甘える山地乳の凍りついた表情と淫猥な手つきを捕らえていた。
「ふぁう~?」
「い、いや、こ、これはその……!」
山地乳、絶体絶命の窮地!
「ずる~い、わらしの■■れすよ~」
ふにゃりとした調子で聞き取れなかったが親しき人名を口にした結鹿は山地乳を押しのけ、エメのエメラルドマウンテンを独り占めして寝つく。
「た、助かった――!」
(世間体的な意味で)命からがら女子テントを這い出て、山地乳は脱兎した。
――チュン、チュンチュン。
翌朝、エメは快い目覚めを迎えた。どうも深く寝てしまっていたようだ。
「……え?」
傍らには結鹿の寝顔。寝間着がほんのり肌蹴て、朝の陽射しを浴びて煌めいてみえる。
「あむあむ……」
結鹿が噛んでいるのは、エメのブラ紐だ。
軽い二日酔いに頭痛と記憶の混濁を伴う中、エメの顔は赤葡萄酒の色を帯びてゆく。
「にゃむ……おはよう、ございます」
純真無垢に微笑んで。
「昨日はいっぱい、(料理を)美味しそうに食べてくれましたね」
真っ白な頭、真っ白な教会。祝福の鐘、純白のドレス、牧師は千陽、誓いのキス。
親愛なる祖国の父よ、母よ、私、幸せになります――。
●夜明け
ともしびが忽然と消えてしまい、森林は闇に閉ざされた。
悠乃と早紀へ迫る、三つの影。
「痛っ」
暗闇の中、飛倉による咬みつきに身じろいだ悠乃を狙って、山地乳の魔眼が閃く。
「油断し……」
「寝ろ、そう待たせぬ」
悠乃が催眠に倒れ伏した今、山地乳は孤立した早紀へ悠然と近づく。退路を配下に塞がせて。
「ぬしは火行使い、火を喰らう我らに勝てる道理はない。あれしきのチョロ火を失っただけで闇に平伏すとは脆弱なるかな人間よ。さぁ、余の糧となりその駄乳を捧げ――え?」
心を読んだ結果、山地乳は呆然とした。
『マジで、ラッキー!』
早紀は暗視もあってか目を爛々と輝かせ、興奮に(物理的に)胸躍らせていた。何気にでかい。
「じゃあ、あたし(の胸)を吸ってくれないかな! 直でもいいよ! 直で!」
縮地よろしく超速で手を掴んで、顔を近づけてグイグイ迫る。
早紀の雪崩れ込んでくる心の声は毎秒5おっぱいは当たり前、時に秒間16連おっぱい連打。
「よ、よせ! 寄るな! やめろ! おっぱい連呼すな!」
「や、山地乳様! 今お助――ぐはっ!」
ぺちんっ。
悠乃の龍尾が飛倉をはたき落とし、退路を断つ。
「寝たフリ大成功! 山ちゃんの読心眼が有効なのってさ、今見てる相手だけだよね? うーん興味深い、もっと分かり合いたいな、是非お友達になろうよ」
「くぅ! 誰がお友達になぞ! この乳ドラゴンが!」
「あたしの胸を吸えばキミも憧れのバストに!」
「吸うか! いや、こうなれば吸ってやる、吸ってやるぞッ!」
がぶりっ。
早紀の懐中で身動きのできぬまま、混乱した山地乳は玉肌に牙を突きたてる。ボンッ! と弾けるように山地乳のバストサイズは膨れ上がり、早紀は真っ平らに。
「うおっ、お、重い……ッ!」
華奢な山地乳は不慣れな爆乳にバランスを崩して、尻もちをつく。大正ロマンな小紋はあえなく着崩れてしまい、山地乳は気恥ずかしさに頬を真っ赤にする。
「き、貴様らこんな駄肉といっしょによくも生きてこれたなぁ!? クーパー靭帯切れろ!」
「いやー分かり合うって素晴らしいね、爆地乳さま」
天国と地獄。
早紀はぺたぺた自分の胸部を触って歓喜する。
「いぃやったー! ぺったんこ、ぺったんこだー! ブラッドちゃんありがとー!」
「やめよ! 余の乳に顔をうずめるな! 揉むな! 頬ずりするなぁ!」
「あっブラッドちゃん代わりにつける? 直ぐ脱ぐよ!」
不思議なもので、かえってスレンダーになった早紀は下着を脱ぐさまも様になる。
「あ、上下お揃いだからショーツも脱いだ方がいいよね?」
「やめれ!?」
真夜中の乙女達の戯れを、三匹のオトモは呆然と外野で見守る他なかった。
「――いいよな、大人貧乳」
紳士、四月二日。
彼は鷹の目と暗視をフル活用して一部始終を目撃していた。かも。
「あ、エイジ君! やったよ絶壁だよ!」
ごふっ、と咳込む。女子大生の貧乳に心中は拍手喝采なれど、紳士はあくまで平静を装う。
「ブラボー! ボーイッシュ貧乳女子ブラボー!」
(喜ぶトコ? 大きいなりの苦労があるのか、複雑だな)
コホン、とつい入れ替わってしまった本音と建前をごまかして。
「大丈夫。胸の大小関係なく、宮神さんはカワイイって」
「えっへへ!」
ぴょんと懐に飛び込んで甘えてくる早紀の背に腕をまわすのを我慢して、頭を撫でる。一呼吸を置いて、四月二日は茫然自失の山地乳の足元へと跪き、手の甲へ騎士の如き口づけを捧げた。
「気高い夜の姫君。謝罪の機会をくれないか? FIVEはキミの素晴らしさを理解できない、愚か者ばかりじゃない。なんなら俺のような貧乳最高派が存在するコト教えたってイイよ!」
そう、彼こそ貧騎士エグレナイト。
またしても雪崩れ込んでくる“貧乳最高”という嘘偽りなき心の声のごんぶとさに、もはや己を見失った山地乳は「……もう貧乳でいいや」と力なく答えた。
●おまけ
「時にブラッド嬢、貴方の覚の力を我々にお教え頂けませんか?」
「つらい特訓になるぞ?」
「特訓大歓迎! 流石は山ちゃん!」
残りの一週間、特訓の末、悠乃は無事に《バストバースト》を習得し――。
「違う、こうではない」
千陽は弾ける胸筋によって軍服のボタンを弾き飛ばして一着ダメにした。
キャンプ場でレッツエンジョイ!
パーティーピーポー、略してパリポ勢の下準備はもっぱら食材やキャンプ用品の調達だ。
というわけで初日、キャンプ場へ赴くにあたって買い出し担当は――華神 悠乃(CL2000231)、宮神 早紀(CL2000353)、四月一日 四月二日(CL2000588)、『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)の四名が行うことになった。
今回は最長一週間に及ぶ長期の依頼だ。
和気藹々とした買い物風景まで報告書に書き留める訳にもいかないが、率先して料理担当に名乗りをあげた結鹿のおかげもあって最後まで食事に不自由しなかった点は特筆すべきだろう。
朝陽の差す、剣道場。
納屋 タヱ子(CL2000019)は木刀を手に、いつもと変わらぬ素振り稽古に務めていた。
「七十七、七十八!」
家族に許しを得て、一週間の外泊を許可して貰ったが何も遊びにいく訳ではない。気を緩めず、日々の精進を忘れずに。そう在ってしまう自分を、不器用だなと笑うことさえ彼女は知らない。
資料室という迷宮の奥底にて。
東雲 梛(CL2001410)は記憶の再確認をすべく、古妖の資料を探して銀細工に彩られた右腕を、古ぼけた表題の海で泳がせていた。
適当人間だとか、無気力な若者だとか、梛の日頃装う言動や外見は“誰にも期待されすぎないこと”を求めた結果なのではないか? そんな自己への疑問を抱いては苦笑して、また文献を探した。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)もまた、見つからぬ資料群に顎に手を当てて一考する。
影ひとつ。千陽の背後より、その襟首へと指先をそっと伸ばして――。
「お探しの品はこちらかしら?」
「普通に渡してほしい」
『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は悪戯げにくすくす笑って資料を手渡し、千陽の若干ズレてしまった軍帽を正してやる。
「飛倉の調査……野衾や野鉄砲もだったとかしら。だとしたら百々爺や山地乳も? ふふ、楽しみ」
●二日目
「はーい、注目!」
悠乃はブルーシートの上に特大の書道紙を敷くとバケツ一杯に墨汁を満たした。
「おお、なんだ?」
「尾筆検定一級の腕前、とくとご覧あれ」
龍尾の先っぽを墨汁に漬けた悠乃はあたかも達人が大筆を抱えて描くように、ヒップをフリフリ尻尾をゆさゆさと流麗な字を書きつけていく。
『ひとりにならない』
『寝るときは交代で』
『情報共有』
『よく遊び、よく休み、よく探す』
事前の話し合い結果を書き連ねた一筆をテントの内側に張りつけ意識づけする。その悠乃の提案より“習い事”の腕前にパチパチ拍手が起こる。
「よ! ユノ和尚!」
「俺のバンドより稼げそうだな、ははっ」
悠乃の尻尾はバサコン跳ねる。
「いやーどうもどうも♪」
スパコン!
尻尾の跳ね飛ばしたバケツは見事、早紀と四月二日を墨汁で黒一色に染めたのだった。
「……」
「あら、これも日本の伝統芸能?」
エメの容赦ない追撃に悠乃は笑顔が凍り、二人は目を白黒させた。
●三日目
はじめて古妖を発見したのは東雲 梛であった。
木の心を試みるも、森林でアテもなく植物の記憶を読むのは効率性に欠ける。地図と方位磁石を手に赤ペンで探索範囲を記す、と地道な方が有力だった。
「この近隣ですか?」
「そうだぜ時任さん、たぶん飛倉、こっちが感知した後すぐに気づいた様子で逃げてった。反響定位――エコーロケーションで位置関係を把握してんのかも」
「……詳しいですね」
「俺、ずっと読んでたから。古妖に関する本や資料」
軽薄そうな印象に反して、この少年は繊細で真面目だ。そこが危うさを伴ってもみえる。
「今日はここまでにして戻りましょう。きっと“向こう側”もこちらを認識した筈。次はこちらが探られる番でしょう」
軍帽を深く被り直して、千陽は白煙たちのぼるキャンプ場を振り返った。
菊坂 結鹿は中学生にして皆のお母さん役――結鹿ママとして大活躍中だ。
今朝だって――。
「みんなー! 朝ごはんができましたよー」
と早寝早起きして炊事を行い、八人分の食事をこしらえるのみならず、探索日や休息日に遠出する仲間のためにとお弁当まで手渡してくれる。
「はい! おにぎり三つ! 塩もみの青菜にふんわり卵焼きにプチトマト、メインはゆず山椒風味の鶏の唐揚げですよ。明日は塩麹漬け風味、明後日は南蛮風、明々後日は醤油にんにく風味にしてみますね。あと、熱中症に気をつけてお水を忘れちゃダメですよ?」
手作り弁当に朗らかな笑顔、お節介焼きなとこもかわいい。
「感謝いたします。ですが、今後自分の分は軍用レーションがあるので不要であります」
と遠慮もあって固辞しようとした千陽は角砂糖の角に頭ぶつけて二階級特進するべきであります。
が、結鹿ママは負けない。
「いいですか、レーションは日常的に食べていいものではありません。栄養バランスが偏っていて、激しい運動をする軍人さん向けのカロリー過多な非常食です。趣味で常食しようなんて、戦地でも美味しい食事をと心血を注いで軍用レーションを作った先人にも失礼です」
理路整然。
食事に無頓着な千陽に対して、栄養学的な角度のツッコミは直撃打だ。
「レーションは軍隊ごっこの道具ではありません! 回収です、軍用レーションは回収です!」
「ま、待て! 俺の“軍食コレクシヨン”が……!」
軍人は母親に勝てない。
祖国や家庭の味を追い求めた世界のレーションの数々を食せば、それは自明の理であった。
●四日目:朝
眠れぬ夜が遂に明ける――。
昨夜は一行の大半が浅い眠りの為、朝食の時間にも寝ている者もちらほらだ。
「えと、ブラッドさんという方がいらっしゃるんですか? でしたら多めに食事を用意しますね」
結鹿ママは夜はぐっすり快眠していた為、はために寝ぼけたことを言っている。
同じく、早寝早起き厳守の規則正しきタヱ子も元気にみえる。
「血の太陽……! とんでもなく強力な古妖かもしれません!」
「“山地乳”と書いて“ブラッド=サン”だものねー、ふふっ」
エメレンツィア、勝手に略せば“えめちー”は自分の貴族然とした大仰なネームをさておいて、ワイングラスを片手に昨晩の残りのカレーライスを堪能する。
「昨夜は“してやられた”のよね」
グラスを傾け、紅の滴に想起する。
「山地乳は“こちらの索敵能力と範囲”を確かめようと動いてたみたい。ワタヌキ探偵の鷹の目と暗視、梛の同族把握はタネが割れたかも」
「マジかよ、だるいなぁ全く」
「おまけに俺のは目が疲れるときた」
「お疲れさま。おかげで全員無事だけれど、発見しても追跡は難しい、となると――」
「寝たフリ、ですね」
●四日目:昼
休息日。敵を油断させるための、悠乃と早紀の迫真の演技がこちらです。
「よしっ! 習っておいて正解だったよ~、シッポ釣り通信講座」
「うわ、大きなスベスベカスベ!」
水飛沫をあげて、悠乃の龍尾に釣られた魚はダイレクトにBBQの鉄板へダイブした。
「いいなぁ、あたしスベスベマンジュウガニばっかだよ?」
「二十匹も釣れたら大漁だからいいんでなーい?」
川釣りにBBQ、二人は見事に山のキャンプ風景を演じきっている。
そんな二人をよそに、エメレンツィアは鵜飼よろしく釣ってきた魚に舌鼓を打つ。
「ふふ、急がば回れ、だったかしら? 果報は寝て待て、最高ね」
貴族令嬢はワインの肴にスベスベマンジュウガニの鉄板焼きを堪能しつつ優雅に過ごす。
まさにセレブ。
女子テントの護衛役、梛は騒がしさに読書に集中できぬままツッコミ役を要求される。
「あるといいな、美肌効果」
そう、爽やかにツッコミの責務を放棄した。
夜に護衛。昼にも護衛。
探索までも行い、常に古妖に神経を尖らせてきた梛はいつしか睡魔に堕ちていた。
うつら、うつらと木陰に座って。
「愛い寝顔よ、くっくっくっ」
神出鬼没の吸血姫は舞い降りる。
「視えるぞ、貴様の夢……悪夢。ほう、これはじつに惨美」
黒の外套を翻して、吸血姫は指先を妖しげに這わせて鎖骨から頬へと梛の素肌を撫ぜ、そうしてゆっくりと色知らぬ少年の唇を塞いだ。
寝息を奪われている梛の寝顔は穏やかなれど、奪っている吸血姫は恍惚として、熟れ透けた果実のようにどろりと甘い雫を啜っているかのようだ。
「ハァ……ふっふ、甘露な花蜜であった」
お礼代わりに額に軽いキスを施して、妖艶な古妖少女は女子テントへ忍び込んだ。
標語の張られた女子テントの中では、夜に備えて納屋 タヱ子が寝入っていた。タヌキ寝入りのために、今は真面目に昼寝しているのだ。
「此奴の夢は“…バーベキュー、食べたかったなぁ”か。ほう、仲間との戯れを控えてまで、余を謀るべく昼寝しておるとは小賢しいが殊勝なことよ」
吸血姫は傍らに座して、そっと寝顔を盗み見つつ、なだらかな胸元に手を伸ばす。
「同じ大草原の一家、見逃してやらんでも――ん?」
小学生(と思い込んだ)タヱ子の胸元を、小生意気な下着《ブラ》が。山地乳は稲妻に打たれた。
「裏切り者!」
裏切られた怒りに任せ、山地乳は無理やり下着を脱がそうとする。
「く、この、着けたことがないからブラホックの位置がわからぬ! くぅ」
「んっ……」
くすぐったげなタヱ子の息遣いにビビる。
「――よい。ならばその青き果実を摘むまでよ」
タヱ子の吸いつくようなもち肌をなぞって顎に指で支えて、山地乳は寝息を啜る。木漏れ日に透けたテントの中、微熱を帯びた息遣い、衣擦れの音のみが響く。
妖しくも美しき背徳の一時がゆったりとたゆたい、流れていく――。
●四日目:夜
犠牲者は二名。
日中、梛とタヱ子が寝たまま目覚めない様子に異変に気づいたことで襲撃が発覚した。
このまま犠牲者が半数に達すれば撤退を余儀なくされる――。
夜、手薄になった警戒態勢を補うべく悠乃、早紀は二人一組で夜の探査に赴き、四月二日と千陽は交代して仮眠をとりつつテントの護衛につく。
より手薄になったと見せかけて、女子テントではエメが寝たフリで待ち構える。なお、隣では結鹿がすやすや素で寝ている。案外と自然な寝息の聴こえるおかげで寝たフリのわざとらしさを軽減でき、囮として機能するので有用だ。
しかし、夜は長いのにずっと寝たフリというのは疲れる。えめちーは夕刻、皆の食事中に仮眠をとっているが浅い睡眠のまま、暗いテント内で寝たフリを続けていれば自然と睡魔が訪れる。あとワイン昼間に呑みすぎ。
「まだよ、まだその時では……すやぁ」
策士夢に溺れる。
「うにゃ、おしっこ……」
一方、結鹿は寝ぼけ眼のままテントから離れたトイレ小屋へふらふらと。
影、来る。――山地乳は愉悦に口尾を歪ませ、牙を剥く。
「妖の因子の力なくば、近づくのは容易きこと。第一、タヌキ寝入りなぞ心を読める余には通じぬ」
吸血姫は嘲笑い、横たわって寝るエメの毛布を剥がして、顔を覗こうと隣に寝そべろうとする。
「なっ」
脅威の胸囲が、其処に在る。
「何だ、このホワイトモンブランは……ッ!」
西欧貴族の家柄に貞淑で豪奢な装いだけでも憧れの吸血鬼像にぴったりなエメレンツィアの胸元は、アルプスの山々を彷彿とさせるほど壮大で美しい。そのたわわに実った乳房の上で、アルプスの少年少女や白山羊さん達が家庭教師と寸劇にトライする幻影さえみえる。
たかだか小中学生のちっぱいを奪い取って狂喜乱舞、水着で記念撮影を撮った山地乳の惨めさよ。
「ぐ、ぐぬぬ、この敗北感! こんな駄肉なぞっ!」
「ん……あ、ん」
もにゅ。
もにゅもにゅもにゅ。手が止まらない。
「む、ぐぅ」
めくるめく回想。幼い頃、母の大きな胸に抱かれたオモイデ。そう、単なる劣等感だけではなく、亡き母恋しさゆえに――かはともあれ、山地乳は薄っすら涙を浮かべながら魔性の乳を揉みしだいていた。生で。
「ただいふぁ~」
そこへあくびを噛みつつ、寝ぼけたままの結鹿が戻ってきた。その目は超視力の優れた動体視力で確実に、エメの宝山に甘える山地乳の凍りついた表情と淫猥な手つきを捕らえていた。
「ふぁう~?」
「い、いや、こ、これはその……!」
山地乳、絶体絶命の窮地!
「ずる~い、わらしの■■れすよ~」
ふにゃりとした調子で聞き取れなかったが親しき人名を口にした結鹿は山地乳を押しのけ、エメのエメラルドマウンテンを独り占めして寝つく。
「た、助かった――!」
(世間体的な意味で)命からがら女子テントを這い出て、山地乳は脱兎した。
――チュン、チュンチュン。
翌朝、エメは快い目覚めを迎えた。どうも深く寝てしまっていたようだ。
「……え?」
傍らには結鹿の寝顔。寝間着がほんのり肌蹴て、朝の陽射しを浴びて煌めいてみえる。
「あむあむ……」
結鹿が噛んでいるのは、エメのブラ紐だ。
軽い二日酔いに頭痛と記憶の混濁を伴う中、エメの顔は赤葡萄酒の色を帯びてゆく。
「にゃむ……おはよう、ございます」
純真無垢に微笑んで。
「昨日はいっぱい、(料理を)美味しそうに食べてくれましたね」
真っ白な頭、真っ白な教会。祝福の鐘、純白のドレス、牧師は千陽、誓いのキス。
親愛なる祖国の父よ、母よ、私、幸せになります――。
●夜明け
ともしびが忽然と消えてしまい、森林は闇に閉ざされた。
悠乃と早紀へ迫る、三つの影。
「痛っ」
暗闇の中、飛倉による咬みつきに身じろいだ悠乃を狙って、山地乳の魔眼が閃く。
「油断し……」
「寝ろ、そう待たせぬ」
悠乃が催眠に倒れ伏した今、山地乳は孤立した早紀へ悠然と近づく。退路を配下に塞がせて。
「ぬしは火行使い、火を喰らう我らに勝てる道理はない。あれしきのチョロ火を失っただけで闇に平伏すとは脆弱なるかな人間よ。さぁ、余の糧となりその駄乳を捧げ――え?」
心を読んだ結果、山地乳は呆然とした。
『マジで、ラッキー!』
早紀は暗視もあってか目を爛々と輝かせ、興奮に(物理的に)胸躍らせていた。何気にでかい。
「じゃあ、あたし(の胸)を吸ってくれないかな! 直でもいいよ! 直で!」
縮地よろしく超速で手を掴んで、顔を近づけてグイグイ迫る。
早紀の雪崩れ込んでくる心の声は毎秒5おっぱいは当たり前、時に秒間16連おっぱい連打。
「よ、よせ! 寄るな! やめろ! おっぱい連呼すな!」
「や、山地乳様! 今お助――ぐはっ!」
ぺちんっ。
悠乃の龍尾が飛倉をはたき落とし、退路を断つ。
「寝たフリ大成功! 山ちゃんの読心眼が有効なのってさ、今見てる相手だけだよね? うーん興味深い、もっと分かり合いたいな、是非お友達になろうよ」
「くぅ! 誰がお友達になぞ! この乳ドラゴンが!」
「あたしの胸を吸えばキミも憧れのバストに!」
「吸うか! いや、こうなれば吸ってやる、吸ってやるぞッ!」
がぶりっ。
早紀の懐中で身動きのできぬまま、混乱した山地乳は玉肌に牙を突きたてる。ボンッ! と弾けるように山地乳のバストサイズは膨れ上がり、早紀は真っ平らに。
「うおっ、お、重い……ッ!」
華奢な山地乳は不慣れな爆乳にバランスを崩して、尻もちをつく。大正ロマンな小紋はあえなく着崩れてしまい、山地乳は気恥ずかしさに頬を真っ赤にする。
「き、貴様らこんな駄肉といっしょによくも生きてこれたなぁ!? クーパー靭帯切れろ!」
「いやー分かり合うって素晴らしいね、爆地乳さま」
天国と地獄。
早紀はぺたぺた自分の胸部を触って歓喜する。
「いぃやったー! ぺったんこ、ぺったんこだー! ブラッドちゃんありがとー!」
「やめよ! 余の乳に顔をうずめるな! 揉むな! 頬ずりするなぁ!」
「あっブラッドちゃん代わりにつける? 直ぐ脱ぐよ!」
不思議なもので、かえってスレンダーになった早紀は下着を脱ぐさまも様になる。
「あ、上下お揃いだからショーツも脱いだ方がいいよね?」
「やめれ!?」
真夜中の乙女達の戯れを、三匹のオトモは呆然と外野で見守る他なかった。
「――いいよな、大人貧乳」
紳士、四月二日。
彼は鷹の目と暗視をフル活用して一部始終を目撃していた。かも。
「あ、エイジ君! やったよ絶壁だよ!」
ごふっ、と咳込む。女子大生の貧乳に心中は拍手喝采なれど、紳士はあくまで平静を装う。
「ブラボー! ボーイッシュ貧乳女子ブラボー!」
(喜ぶトコ? 大きいなりの苦労があるのか、複雑だな)
コホン、とつい入れ替わってしまった本音と建前をごまかして。
「大丈夫。胸の大小関係なく、宮神さんはカワイイって」
「えっへへ!」
ぴょんと懐に飛び込んで甘えてくる早紀の背に腕をまわすのを我慢して、頭を撫でる。一呼吸を置いて、四月二日は茫然自失の山地乳の足元へと跪き、手の甲へ騎士の如き口づけを捧げた。
「気高い夜の姫君。謝罪の機会をくれないか? FIVEはキミの素晴らしさを理解できない、愚か者ばかりじゃない。なんなら俺のような貧乳最高派が存在するコト教えたってイイよ!」
そう、彼こそ貧騎士エグレナイト。
またしても雪崩れ込んでくる“貧乳最高”という嘘偽りなき心の声のごんぶとさに、もはや己を見失った山地乳は「……もう貧乳でいいや」と力なく答えた。
●おまけ
「時にブラッド嬢、貴方の覚の力を我々にお教え頂けませんか?」
「つらい特訓になるぞ?」
「特訓大歓迎! 流石は山ちゃん!」
残りの一週間、特訓の末、悠乃は無事に《バストバースト》を習得し――。
「違う、こうではない」
千陽は弾ける胸筋によって軍服のボタンを弾き飛ばして一着ダメにした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし

■あとがき■
ラーニング成功!
取得者:華神 悠乃(CL2000231)
取得技:バストバースト
取得者:華神 悠乃(CL2000231)
取得技:バストバースト
