≪教化作戦≫引き裂かれる絆
●
どうしようもなくて。
もうどうしようもなくて。
彼が彼でなくなるぐらいなら、彼らにこの魂引き渡してでも助けよう。
●
新人類教会。
表向きは覚者および覚者事件における被害者の保護を理念とし、その為に生活支援や養護施設の経営、関連企業への就職斡旋まで行っている。彼らは覚者を『新人類』と称して、手厚く保護する活動をしていた。
構成員の多くは源素を使えない普通の人で、宗主の指導の元に幅広い活動を行う宗教団体だ。
「だが、その実態は――ってか?」
七星剣の孫組織、平たくいえばただの使いっぱしり――『飛天』の高山たすくは、覚者洗脳の儀式が行われることをタレこんできた古妖・木の子と仲間数人を連れて、兵庫県のとある山間部にある新人類教会の支部にやって来ていた。
「俺たちが先に目をつけていた“新人”を横からかっさらった挙句、洗脳して兵隊にしようだなんてよ、ふてぇ野郎どもだ。ま、大船に乗った気で待っていろ。すぐ連れて戻してやるさ。そのかわり、分かっているな?」
木の子はこくりと頷いた。目をぱちりぱちりと瞬かせる。遠くに視線をさまよわせたかと思うと、虚ろな声で語りだした。
「……弘史は……周りを黒いコートの様な物を着た男たちに囲まれて……広い部屋に……下から見上げているから、座らされているようだね。男の後ろに『人』という漢字に似た模様がかかれた大きな幕が見える。明かりが落とされた。窓はないみたい。ロウソクの光だけ……暗いよ」
「ちっ。暗視ゴーグルは持ってこなかったな。まあいい。なんとかなるだろう。しかし、なかなか面白い力だな。そいつが俺のものになるのか……くくく、楽しみだぜ。よし、野郎ども。弘史を取り戻しに行くぞ!」
●
「はい、みなさん注目」
久方真由美(nCL2000003)は、手を叩いて配布された新人類教会発行のパンフレットに見入っている覚者たちの顔を上げさせた。
「パンフレットには良いことしか書かれていません。しかし……みなさんにはこれから新人類教会の裏の姿、彼らが行っている非道を止めてきてもらいます」
真由美のすぐ横に、天井から白いスクリーンが降ろされた。ぼんやりと何か図のようなものが映っている。室内の明かりが落ちると、それが建物の見取り図であることが分かった。
凸型の建物で、出っ張った部屋に星印がつけられている。
「凸の下の部分ですが、ここはロビーと講堂になっています。凸のでっぱり部分は二部屋続きになっており、奥の部屋で捕らわれた覚者が洗脳されます」
洗脳の儀式が行われる部屋は出入口が一か所。図を見る限り、窓はなく、手前の部屋から入るしかない。手前の部屋には、講堂奥の二か所の出入口から出入りできるようだ。
「手前の部屋には武装した一般人が三名、守備についています。手前の講堂にも六名いますが、こちらはみなさんが到着時、七星剣に関係のある隔者三人と古妖一体が戦闘中でしょう」
テーブルを囲む覚者の一人が手を上げた。
「古妖? 隔者と一緒に新人類教会のやつらと戦っているのか?」
「はい。森の中に住む古妖で『木の子』。山童の一種です。ここで洗脳されようとしているのが古妖・木の子と仲良くしていた覚者、高砂子弘史(たかさご こうじ)くんなんです」
夢見では木の子がある能力を隔者たちに授けることを条件に、弘史の奪還を依頼していたという。
「隔者たちは前々から弘史くんに仲間になれ、と迫っていたようですね。だから木の子は隔者たちのことを知っていた。自分の力だけでは友達を助けられないので、しかたなく彼らを頼ったのでしょう」
洗脳されるとどうなるのか、という質問が出た。
「非暴力主義だった人でも、新人類教会の敵なら仕方がないよね、と自分の行動を正当化して暴力で排除するようになります。相手がどんなに仲のよかった友達であったとしても。洗脳――彼らは教化と呼んでいますが、強化完了の仕上げとして、弘史くんは最終的に木の子を殺すように命じられるはずです」
真由美は顔を僅かに歪ませた。
「隔者たちに救出は任せられません。彼らは力を伝授されたあと、木の子を殺してしまうから。中途半端に洗脳されたままの弘史くんは、彼らの仲間になってしまいます。どうかみなさんの力で木の子と弘史くんを助けてください。お願いします」
どうしようもなくて。
もうどうしようもなくて。
彼が彼でなくなるぐらいなら、彼らにこの魂引き渡してでも助けよう。
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新人類教会。
表向きは覚者および覚者事件における被害者の保護を理念とし、その為に生活支援や養護施設の経営、関連企業への就職斡旋まで行っている。彼らは覚者を『新人類』と称して、手厚く保護する活動をしていた。
構成員の多くは源素を使えない普通の人で、宗主の指導の元に幅広い活動を行う宗教団体だ。
「だが、その実態は――ってか?」
七星剣の孫組織、平たくいえばただの使いっぱしり――『飛天』の高山たすくは、覚者洗脳の儀式が行われることをタレこんできた古妖・木の子と仲間数人を連れて、兵庫県のとある山間部にある新人類教会の支部にやって来ていた。
「俺たちが先に目をつけていた“新人”を横からかっさらった挙句、洗脳して兵隊にしようだなんてよ、ふてぇ野郎どもだ。ま、大船に乗った気で待っていろ。すぐ連れて戻してやるさ。そのかわり、分かっているな?」
木の子はこくりと頷いた。目をぱちりぱちりと瞬かせる。遠くに視線をさまよわせたかと思うと、虚ろな声で語りだした。
「……弘史は……周りを黒いコートの様な物を着た男たちに囲まれて……広い部屋に……下から見上げているから、座らされているようだね。男の後ろに『人』という漢字に似た模様がかかれた大きな幕が見える。明かりが落とされた。窓はないみたい。ロウソクの光だけ……暗いよ」
「ちっ。暗視ゴーグルは持ってこなかったな。まあいい。なんとかなるだろう。しかし、なかなか面白い力だな。そいつが俺のものになるのか……くくく、楽しみだぜ。よし、野郎ども。弘史を取り戻しに行くぞ!」
●
「はい、みなさん注目」
久方真由美(nCL2000003)は、手を叩いて配布された新人類教会発行のパンフレットに見入っている覚者たちの顔を上げさせた。
「パンフレットには良いことしか書かれていません。しかし……みなさんにはこれから新人類教会の裏の姿、彼らが行っている非道を止めてきてもらいます」
真由美のすぐ横に、天井から白いスクリーンが降ろされた。ぼんやりと何か図のようなものが映っている。室内の明かりが落ちると、それが建物の見取り図であることが分かった。
凸型の建物で、出っ張った部屋に星印がつけられている。
「凸の下の部分ですが、ここはロビーと講堂になっています。凸のでっぱり部分は二部屋続きになっており、奥の部屋で捕らわれた覚者が洗脳されます」
洗脳の儀式が行われる部屋は出入口が一か所。図を見る限り、窓はなく、手前の部屋から入るしかない。手前の部屋には、講堂奥の二か所の出入口から出入りできるようだ。
「手前の部屋には武装した一般人が三名、守備についています。手前の講堂にも六名いますが、こちらはみなさんが到着時、七星剣に関係のある隔者三人と古妖一体が戦闘中でしょう」
テーブルを囲む覚者の一人が手を上げた。
「古妖? 隔者と一緒に新人類教会のやつらと戦っているのか?」
「はい。森の中に住む古妖で『木の子』。山童の一種です。ここで洗脳されようとしているのが古妖・木の子と仲良くしていた覚者、高砂子弘史(たかさご こうじ)くんなんです」
夢見では木の子がある能力を隔者たちに授けることを条件に、弘史の奪還を依頼していたという。
「隔者たちは前々から弘史くんに仲間になれ、と迫っていたようですね。だから木の子は隔者たちのことを知っていた。自分の力だけでは友達を助けられないので、しかたなく彼らを頼ったのでしょう」
洗脳されるとどうなるのか、という質問が出た。
「非暴力主義だった人でも、新人類教会の敵なら仕方がないよね、と自分の行動を正当化して暴力で排除するようになります。相手がどんなに仲のよかった友達であったとしても。洗脳――彼らは教化と呼んでいますが、強化完了の仕上げとして、弘史くんは最終的に木の子を殺すように命じられるはずです」
真由美は顔を僅かに歪ませた。
「隔者たちに救出は任せられません。彼らは力を伝授されたあと、木の子を殺してしまうから。中途半端に洗脳されたままの弘史くんは、彼らの仲間になってしまいます。どうかみなさんの力で木の子と弘史くんを助けてください。お願いします」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.高砂子弘史と古妖『木の子』の保護
2.『飛天』隔者たちの逮捕、または撃退
3.新人類教会の司祭及び助祭、一般信徒の無力化
2.『飛天』隔者たちの逮捕、または撃退
3.新人類教会の司祭及び助祭、一般信徒の無力化
兵庫県の山間にある新人類教会の支部。
凸型の建物です。
講堂部分の天井高さは15メートル。
横は50メートル、縦20メートルとかなりの広さがあります。
木の丈夫な長椅子がいくつも並べられています。
講堂奥に1メートルほど高い舞台が作られていて、中央に演説台が置かれています。
舞台の両脇に奥に続く出入口があります。
昼ですが、救助対象がいる奥の部屋は窓がなく、洗脳中は部屋の明かりが落とされているようです。
●敵 新人類教会……12名
・ロビーには誰もいません。玄関入口は閉じられていますが、鍵はかかっていません。
・講堂……6名/武装した一般信者。対能力者用拳銃とナイフを所持。
※舞台の上に陣取って隔者たちと交戦中です。
手前に『飛天』の三名と古妖・木の子。奥に新人類教会の戦闘員たち6名がいます。
※新人類教会の戦闘員たちにとっては、ファイヴの覚者も隔者も同じく敵となります。
・講堂後ろの部屋……3名/武装した一般信者。対能力者用拳銃とナイフを所持。
・奥の部屋……司祭(覚者・火行、彩の因子)一名と、助祭(一般人)二名。
司祭の実力はファイヴ覚者の中程度。壱式のみ使用。体術はもっていません。
助祭の二人はナイフを持っており、ファイヴ突入時に弘史くんを人質にします。
●敵 『飛天』……三名
七星剣の孫組織(ただの使いっぱしり。不良集団)です。
リーダーの高山たすく以下、全員が天行・翼の因子です。壱式スキルのみ使用。体術はもっていません。武器はロングボウとナイフ。
講堂で新人類教会の戦闘員たちと戦っています。
なお、講堂の天井高さは15メートルです。横は50メートル、奥行きは20メートルとかなりの広さがあります。
●古妖・木の子
3~4歳ほどの子供のような姿。木の葉で作った衣服を身につけています。
普通の人間にはまるで影のように見えて、いるかいないかはっきりしません。
覚者にははっきりと姿が見えます。
戦闘能力はありませんが、「視覚共有」という能力を有しており、離れている仲間たちと互い視覚を共有することで危険を察知、回避してきました。
視覚を共有している10秒間は完全に無防備な状態になります。移動もできません。
【草木の迷路】……近・複/混乱・ダメージ0
【森の恵み】……全体/体力回復
【木の葉隠れ】
影のように見えて、いるかいないか、姿がはっきりしません。
※この能力は覚者や妖、古妖には通じません。
【視覚共有】
認識している対象と自身の視界を共有できます(10秒間)。
対象と視界を共有している間、自身の視界は見えません。
そのため完全無防備な状態になり、移動もできなくなります。
※この能力は視界共用を強く拒否する者、混乱状態の者には使用できません。
木の子は隔者たちと一緒に行動しています。
ファイヴの覚者たちを、加勢に来た新人類教会の戦闘員だと思い込んでパニックに。
●高砂子弘史(たかさご こうじ)
新人類教会にさらわれた覚者。15歳。木行、現の因子。
奥の部屋で洗脳教育を受けています。
司祭は組織の中でも下っ端のため、弘史君に行われているのは本格的な洗脳ではありません。本部へ輸送する前の段階、洗脳の下地を作っている最中のようです。
そのため、司祭を尋問しても、新人類教会が行う覚者洗脳のノウハウは得られないでしょう。
※半分、自我が崩壊している状態です。弘史くんは戦闘には加わりません。
●その他
拘束具やロープの持ち込み可(ファイヴが事前に用意、配布したものとします)。
●STコメント
表向きは覚者の味方を気取る新人類教会。
司祭たちを殺害すればファイヴの評判を著しく貶めるばかりか、一般社会を敵に回しかねません。ご注意ください。
それでは、みなさまのご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年05月07日
2016年05月07日
■メイン参加者 6人■

●
がらんとしたロビーには六人の覚者のほかに人影はなく、座り心地のよさそうな長椅子が初夏の日差しを浴びて紫色の影を床に伸ばしている。新人類教会が、洗脳の儀式に集中するために一般信徒を遠ざけていたのはファイヴにとって幸いだった。
もっとも、こんな田舎にそれほど信者がいるとは思えない。土地が安かったので購入して、信者を集めるよりも先に箱ものを建てたというのが本当のところではないだろうか。
「どっちにしても助かるよ。こちらとしても余計なトラブルは招きたくないからね」
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は仲間との連絡を絶やさぬため送受心・改を発動させた。
くぐもった発砲音を扉の向こうに聞きながら、亮平に倣ってファイヴの覚者たちはそれぞれ突入前の準備を行う。
「新人類教会な……」
奥州 一悟(CL2000076)は高い天井につり下げられたシャンデリアを見上げながら、自身に術をかけて土の鎧を身にまとった。
新人類教会の支部は、白くて大きな建物だった。前面部分は裾に田んぼの苗を写す総ガラス張りで、ロビーの中が丸見えになっている。夜になればキラキラと輝くシャンデリアの明かりが、遠くの山からも見えるに違いない。
「覚者を祭り上げて何しようてんだ? どうにも気に入らねぇぜ。とりあえず名前が胡散臭すぎる」
一悟のもっともな感想に、『一級ムードメーカー』成瀬 翔(CL2000063)は、ああ、とうなずいた。翔はすでに覚醒して、少年から青年へ姿を成長させている。
「前にも関わったけど相変わらず訳わかんねーな。覚者の味方って言ってるけど、その覚者攫って洗脳してんじゃねーか」
彼らは一体、どういうつもりで『覚者の味方』を名乗っているのか。
「まったくだぜ。いいことしてるフリして裏でこんなことしてやがったなんてな……」
鯨塚 百(CL2000332)はヒーローらしい正義から新人類教会のやり口に憤りつつ、体内に宿る火の因を活性化させた。
その横で『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)も固めた拳を振り上げる。
「そうなのよ! 洗脳して仲良しの古妖さんを殺させようとするなんてひどいのよ! 新人類教会許すまじ、なのよ!」
「ああ。洗脳完了しちまう前に助け出してやらねーとな。もちろん、木の子もな!」
翔と亮平がドアの左右にわかれ、背を壁にしてはりついた。飛鳥が下がって、一悟と百が大きな両開きのドアの前に並び立つ。
『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)がステッキの先で床をついた。膨れ上がった気で黒いドレスの裾が踊る。
「彼らは絶対に覚者の『良き隣人』じゃない。行きましょう。かわいさの欠片もない嘘つきはお仕置きなの!」
ころんの宣言をうけて、ドアが蹴破られた。
●
内側に勢いよく開いた扉がドアストッパーに当たって大きな音をたてた。第三勢力の突然の介入に驚いて、講堂内部で行われていた戦闘が止まった。
一悟と百がまっすぐ伸びた白亜の通路を祭壇目がけて駆け抜けていく。
「飛鳥ちゃん、翔ちゃん、飛天はまかせるの。頑張って」
数が少ないとはいえ、相手は隔者である。しかも七星剣の末端組織であるからにはそれなりに戦闘経験を積んでいるに違いない。それでも二人で頑張ってもらわなくてはならなかった。
「任せてくださいなのよ!」
飛鳥は走り出したころんに向けて親指を立てた。
とたん、高みから怒声が落とされる。同時に奥で戦闘が始まったらしく、流れ弾が信徒席に当たって木くずを散らせた。
「ちっ!」
舌うちしてこちらを見おろした顔と、夢見の資料にあった似顔絵とがぴたりと重なった。飛天のリーダー、高山たすくだろう。あの絵は誰が描いているのか知らないが、よく似ている。
「なにが『任せてくださいなのよ』、だ。てめーら、どこのどいつか知らねえが死にたくなかったら――」
「ヒーロー参上! ファイヴだぜ! 全員おとなしくしろー!」
たすくとのんびり問答している暇はない。弘史の人格が壊され、作り変えられてしまう前に助け出さなくては。
翔は画面に梵字を浮き上がらせたスマホを振り、大きなアーチ型の天井から流星群を降らせた。うっとりするほど美しい青の中で控えめに瞬いていた無数の金色の星が、灼熱の尾を引きながら空を飛ぶ三人の男たちに容赦なく襲い掛かる。
飛天たちは堪らず翼を畳み、頭を手で庇いながら降りて来た。
そこを飛鳥が狙いすましてステッキを振るい、先の鋭く尖った氷柱で三羽まとめて貫く。
「神妙にあすかのお縄を頂戴しろ、なのよ!」
翔が降らせた流れ星の一部は奥の祭壇にも落ちたが、こちらは武装した一般信者たちに直接当たらず、説教台の後ろへ下がらせるにとどまった。
「阿久津さん! いまの内だ。木の子を頼んだぜ!」
亮平は親指をたてて応えると、送受心・改を発動させた。飛天に同行してここに来ている古妖に心で呼びかける。
<『心を閉ざさずに聞いてほしい。俺たちはファイヴの者だ。君と弘史君を助けに来た』>
木の子は3~4歳ほどの子供のような姿をしている。そう資料に書かれていたので、亮平は古妖を見つけやすいように身を低くしながら、がっしりとした木作りの長椅子をすり抜けて行った。もちろん、身を低くするのは再開した戦いの流れ弾を受けて負傷しないためでもある。
<『……君は……誰?』>
木の子からおずおずとした反応が返ってきた。
亮平は信徒席を盾にして体を隠し、中央通路に頭だけを出して辺りを見回した。三つ前の列で同じように首を出していた木の子と目が合った。
にっこりと笑いかけたところへ重い矢が落ちてきて床に突き刺さり、視線が断ち切られた。さらにもう一本。今度はさっきよりも木の子に近いところへ落ちた。
<『危ないから下がって! 長椅子の下へ!』>
叫ぶよりも早く、亮平は青天井に向けたハンドガンの引き金を絞っていた。
一悟はきらびやかな祭壇に駆けあがった。
「おらっ! ファイヴのお出ましだ。とっとと降伏しやがれ。抵抗する奴は容赦なくぶん殴るからな。そのつもりでヨロシク!」
続いて百も駆け上がる。
「ファイヴだ! お前たち動くな!」
勧告は無視された。武装信者たちは一悟に狙いを定めると、一斉に撃ってきた。
ファイヴの名は思っていたよりも世間に知られていないらしい。主に木の子を落ち着かせるために発した百のマイナスイオンも、狂信者たちには効果がないようだ。
「いだだだっ!」
蔵王で防御力を高めていても弾が当たればやっぱり痛い。それも普通の拳銃ではなく、対能力者用に殺傷力を高めた特殊拳銃で集中的に撃たれているのだ。痛い。ものすごく痛い。
一悟は涙目になりながら首を後ろへ回した。
「百、頼む!」
弾切れのタイミングに合わせて、百は一悟の後ろから飛び出した。説教台を盾にする二人は無視して、左側で膝を立てて銃を構える別の二人に素早く駆けよった。
「おとなしくしろってば!」
百はバンカーバスター・炎式を信者たちの足に向けて構えるや、灼熱の弾を続けて発射した。
信者たちは片足を吹き飛ばされた痛みに耐えながら覚者に反撃できるほど訓練されていないし、狂ってもいなかったらしい。二人とも拳銃を捨てて、砕け折れた骨が皮膚を破る足を抱えて転げまわった。
何者だ、と反対側から怒鳴る声。
最後にベラドンナの香を広げつつ祭壇へあがったころんは、束縛用のロープを取りだすと百に手渡した。
「答えろ!」
ころんは片頬をゆがめて軽蔑をあらわにしつつ、ゆっくりと、祭壇右奥へ体を向けた。
放たれた弾丸が、甘い香りのする紫色の毒被膜に当たってはじき返された。
「もしかしてバカなの? さっきから何度も言っているの!」
どん、とステックで床を強くつく。
「もしかしなくてもこいつらバカだぜ! 守られるべき非覚者のくせして自分たちが崇める覚者さまに武器を向ける……自分たちのやっていることが『教会の教え』と矛盾していることにまったく気づいてねぇんだからさ!」
一悟は怒鳴りながら説教台に切迫すると、手のひらをぴたりと押しつけた。手のひらと台の間で熱く圧縮された空気が弾け、説教台とその後ろに隠れていた二人の信徒を吹き飛ばした。
「覚者が偉くて非覚者が格下? は? 何それ? そんな意味不明な持ち上げられ方したって、ころん全然嬉しくないの」
「む、矛盾なんてしていないし、お前たちを持ち上げたりもしない。お前たちは神秘に目覚めてはいるが天使さまではないからな!」
「そうだ! 人に仇する悪魔ども、何をしに――」
「ころんたちは天使でも悪魔でもないの、ファイヴなの! 弘史さんを助けにきたの!!」
ついに堪忍袋の緒が切れた。キャンディステックを怒りに任せて大振りする。
閉じたパラソル型チョコレートを模した波動弾が信徒二人の腹を貫いた。
そこにタイミングよく亮平から連絡が入る。
<『阿久津です。木の子を無事保護しました』>
百は祭壇から飛び降りた。
「ころんさん、一悟さんとこいつらの回復頼んだ。オイラは飛天ぶん殴ってくる!」
「百ちゃん……じゃないのよ、鯨ちゃん! いまからあすかが高山をそっちに落とすのよ!」
飛鳥に名指しされたたすくが中指をたてて悪態をつく。
「はあ? ふざけんなクソガキ! 誰がてめーなんぞにやられるかっ!」
「これでも?」
翔は星を招いた。これで三回目の流星ショーだ。
飛鳥は青白い光を放つステックを高々と掲げ、星の間を逃げ惑うたすくを撃ち落とした。
「いまなのよ!」
「おう!」
勢いよく背から床に落ちて跳ねあがったたすくめがけて、百は鋼鉄の拳を力強く振りぬいた。
●
講堂の後ろに続く部屋に籠っていた武装信徒たちは、左右のドアから一斉になだれ込んできた覚者たちにあっさりと取り押さえられた。布を裂いて口に噛ませ、ロープで拘束して飛天たちとともに祭壇の上に転がしている。
捕縛した飛天たちは、後ほどAAAに身柄を引き渡すことになっていた。
「あすかちゃん、木の子ちゃん。どうなの?」
ふたりの集中を邪魔しないように、ころんは小さな声で尋ねた。
戦闘音は最奥の部屋にも届いているはずだ。よからぬことをするために防音壁になっていたとしても、講堂で戦闘が行われていることぐらい、この部屋にいる者たちから報告を受けていただろう。
「それにしても火事になったらどうすんだ? 窓無しで出入口が一か所しかねぇって、よく分かんねえけど違法建築じゃねえの?」
実はこの建物。津山信夫という、先ごろ日本から逃亡した犯罪者の会社が設計から施工まで請け負っていた。津山信夫はロシアで死亡が確認されているが、これは別の話。
そう、司祭たちは戦略的があって籠城しているのではなく、逃げたくとも逃げられなかったから仕方なしに閉じこもっているのだ。
頬を寄せ合うようにして、それぞれが持つ能力で部屋の中を覗き見ていたふたりが太い息を吐きだした。
「思った通りなのよ。司祭? 偉そうな服を着たおっさんがドアの前でファイティングポーズを取って待ち構えているのよ。その後ろに助祭と弘史がいると思うのだけれど、おっさんが邪魔であすかにはみえなかったのよ」
飛鳥は、正面から部屋を見通してわかった家具類の位置を一悟に伝えた。
木の子が弘史の視点で得た情報を加える。
「司祭の後ろ、だいたい1メートルぐらい離れて三人で固まってんだな。ひざまずかせた弘史を真ん中にして」
一悟は情報をまとめると、送受心・改で外から奥の部屋の裏手にまわった亮平と翔に伝えた。二人は透過の能力を使って、新人類教会の背後から奇襲をかけることになっている。捕らわれている弘史の保護も彼らの仕事だ。
<『うん、わかった。ありがとう。あ、奥州君。成瀬君と俺からの伝言を、木の子に伝えてくれないか。高砂君は何があっても俺たちが守りぬくから心配しないで、て』>
一悟から伝言を聞いた木の子は、自分もみんなと一緒に戦うと言いだした。
「友達を助けたいって気持ちはよくわかるぜ。けど無茶はすんなよ、しっかりオイラたちの後ろで隠れてろよ」
百は若草の冠を乗せた緑色の髪に手を置いた。
「じゃあ、打ち合わせ通りにやりましょうなの。みんな、準備はいい?」
<『こちらも突入準備はできている』>
亮平に頷きかけられた翔は、暗視を活性化すると二メートルほど離れたところで壁に向いた。
飛鳥たちの情報によると、丁度、人という文字をデザインしたシンボルの払いの先にあたる……らしい。左右から壁を抜けて、同時に弘史を捕えている助祭を床に引き倒す作戦だ。透過時に余計な不可が身体にかからぬように、シンボルの真下に設えてある小さな祭壇を避ける狙いもあった。
<『よっしゃ、行くぜ! GO!』>
一悟がドアを蹴破ると同時に、壁の後ろから亮平と翔が室内に侵入した。
「弘史! しっかりしろ。いま助けてやっからからな!」
百がすばやく一悟の体を回って、逆光に目をくらませる司祭の腹を下から固めた拳で突きあげる。
亮平は後ろからナイフを手にした助祭の足をキックで払った。倒れて来た体を斜めによじって腕を取り、男の薄い背に回す。そのまま顔を床に押しつけて身動きを完全に封じた。
翔は気配に振り返った助祭の鼻筋を掌底でつぶして怯ませた。ひらりと手刀を空で返し、手からナイフを叩き落とす。背後に回って両腕をねじり上げ、呻く男を床にひざまずかせた。
「亮平さん、弘史さんがすぐ左にいる! 体を起こしたままだから引き倒して!」
「わかった」
ドアから差し込む光に目をつらぬかれでもしたのか、目をしょぼつかせたまま亮平は助祭の背を膝で押さえて腕を左へ伸ばした。
襟首を掴み、弘史を後ろへ倒す。
同時に、ころんが室内の明かりをつけた。
炎をまとった一悟の拳が司祭の頬にクリーンヒットする。
「あがっ!」
飛鳥は木の子が抱き着いた弘史に水衣をかけた。
司祭は頬に手をあてて顔を起こすと、憎しみの籠った目で室内になだれ込んできた異教徒たちを睨みつけた。次いで怒りの炎をまきちらす。
降り注ぐ火の粉のような拳が、一悟と百を襲った。
「無理やり洗脳しないと信者増やせないくらい、あんたたちの宗教って弱いのね。しかも仲間の古妖を殺させて、孤立させて逃げられなくするとか? 教科書通りのカルトの手段ね。はい偉いえらーい」
癒しの術を発動して仲間の傷を癒しながら、ころんはこれ以上ないぐらいつまらなそうに手を打った。
「女! 我々をカルト呼ばわりしたか! ゆ、許さん!」
「あんたの許しなんて、ころん、ちっとも欲しくないの!」
真実を言い当てられて逆切れするなんて、本当に可愛くない。
「やっておしまい!」
威風堂々、命ずると覚者たちは司祭に対して一斉に牙を剥いた。
●
「な、なあ……その、よかったらさ、あれ……オレたちに教えてくんねえか?」
捕えた飛天たちと半ば意識のない状態の弘史を乗せたAAAの特別車を見送りながら、一悟はいつまでも手を振り続ける木の子に駄目もとで頼んでみた。
「あれって?」
「あ~、ほら、あれだよ、あれ。手前の部屋で木の子が使ったやつ」
一悟があれというのは木の子の妖術、【視覚共有】のことである。夢見の報告では、木の子が【視覚共有】の伝授を報酬にして飛天たちに弘史救出を頼んでいたことになっていた。飛天たちに教えられるということは、当然、ファイヴの覚者たちにも教えられるはずだ。
木の子は少し考えるような素振りをみせたあと、一悟に向けて破顔した。
「いいよ。教えてあげる。ちょうど弘史くんを助けてくれたお礼をしなきゃって思ってたんだ」
「やったぜ!」
車が見えなくなると、木の子は後ろにいた覚者たちを振り返った。
「これからのことだけど……木の子ちゃん、ファイヴ村に来る? 」と飛鳥。
「ファイブ村?」
通称ファイヴ村。正式名称はマックス村という。ファイヴが保護した古妖たちのために作った村だ。
まだまだ住民の数も少なく、村のあちらこちらが開発中ではあるが、そこなら安心して暮らせるだろうと飛鳥は請け負った。
翔は膝を屈めて木の子と目線の高さをそろえた。笑顔で語りかける。
「木の子はどうしたい? 森で連絡待ってるか? それともファイブに来るか?」
「そうだ、お前はどうしたい? オイラたちはお前の意思を尊重するぜ」
二人の横からころんが言い添える。
「弘史くんも心の傷が癒えて退院したらファイヴに誘ってみるの。ここから五麟学園に通うとなると遠すぎるけど……寮あるし、なにより周りにたくさん同世代の覚者がいるから、弘史くんのケアにもなると思うわ」
「うん。そうだね。ご両親にも話をしてみなきゃ、だけど。高砂子君が望むならファイヴはいつだって歓迎するよ。五麒市からならファイヴ村へも通いやすいし、ファイヴ村からも来やすいしね」
亮平は帽子を脱ぐと、膝に手を置いて体を屈めた。どうかな、と微笑みかける。
「それなら……お世話になりたいな。みんな、誘ってくれてありがとう」
木の子は覚者たち一人ひとりの顔を見ながら名を呼んだ。
「これからもよろしくお願いします」
深々と頭をさげる。
「よし、決まった! みんな、新人類教会の連中が目を覚まして騒ぎ出さないうちに撤収しようぜ!」
飛鳥は木の子に手を差し出した。
おずおずと手のひらに置かれた指を包み込む。
「あすかたちと一緒に帰りましょうなのよ」
がらんとしたロビーには六人の覚者のほかに人影はなく、座り心地のよさそうな長椅子が初夏の日差しを浴びて紫色の影を床に伸ばしている。新人類教会が、洗脳の儀式に集中するために一般信徒を遠ざけていたのはファイヴにとって幸いだった。
もっとも、こんな田舎にそれほど信者がいるとは思えない。土地が安かったので購入して、信者を集めるよりも先に箱ものを建てたというのが本当のところではないだろうか。
「どっちにしても助かるよ。こちらとしても余計なトラブルは招きたくないからね」
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は仲間との連絡を絶やさぬため送受心・改を発動させた。
くぐもった発砲音を扉の向こうに聞きながら、亮平に倣ってファイヴの覚者たちはそれぞれ突入前の準備を行う。
「新人類教会な……」
奥州 一悟(CL2000076)は高い天井につり下げられたシャンデリアを見上げながら、自身に術をかけて土の鎧を身にまとった。
新人類教会の支部は、白くて大きな建物だった。前面部分は裾に田んぼの苗を写す総ガラス張りで、ロビーの中が丸見えになっている。夜になればキラキラと輝くシャンデリアの明かりが、遠くの山からも見えるに違いない。
「覚者を祭り上げて何しようてんだ? どうにも気に入らねぇぜ。とりあえず名前が胡散臭すぎる」
一悟のもっともな感想に、『一級ムードメーカー』成瀬 翔(CL2000063)は、ああ、とうなずいた。翔はすでに覚醒して、少年から青年へ姿を成長させている。
「前にも関わったけど相変わらず訳わかんねーな。覚者の味方って言ってるけど、その覚者攫って洗脳してんじゃねーか」
彼らは一体、どういうつもりで『覚者の味方』を名乗っているのか。
「まったくだぜ。いいことしてるフリして裏でこんなことしてやがったなんてな……」
鯨塚 百(CL2000332)はヒーローらしい正義から新人類教会のやり口に憤りつつ、体内に宿る火の因を活性化させた。
その横で『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)も固めた拳を振り上げる。
「そうなのよ! 洗脳して仲良しの古妖さんを殺させようとするなんてひどいのよ! 新人類教会許すまじ、なのよ!」
「ああ。洗脳完了しちまう前に助け出してやらねーとな。もちろん、木の子もな!」
翔と亮平がドアの左右にわかれ、背を壁にしてはりついた。飛鳥が下がって、一悟と百が大きな両開きのドアの前に並び立つ。
『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)がステッキの先で床をついた。膨れ上がった気で黒いドレスの裾が踊る。
「彼らは絶対に覚者の『良き隣人』じゃない。行きましょう。かわいさの欠片もない嘘つきはお仕置きなの!」
ころんの宣言をうけて、ドアが蹴破られた。
●
内側に勢いよく開いた扉がドアストッパーに当たって大きな音をたてた。第三勢力の突然の介入に驚いて、講堂内部で行われていた戦闘が止まった。
一悟と百がまっすぐ伸びた白亜の通路を祭壇目がけて駆け抜けていく。
「飛鳥ちゃん、翔ちゃん、飛天はまかせるの。頑張って」
数が少ないとはいえ、相手は隔者である。しかも七星剣の末端組織であるからにはそれなりに戦闘経験を積んでいるに違いない。それでも二人で頑張ってもらわなくてはならなかった。
「任せてくださいなのよ!」
飛鳥は走り出したころんに向けて親指を立てた。
とたん、高みから怒声が落とされる。同時に奥で戦闘が始まったらしく、流れ弾が信徒席に当たって木くずを散らせた。
「ちっ!」
舌うちしてこちらを見おろした顔と、夢見の資料にあった似顔絵とがぴたりと重なった。飛天のリーダー、高山たすくだろう。あの絵は誰が描いているのか知らないが、よく似ている。
「なにが『任せてくださいなのよ』、だ。てめーら、どこのどいつか知らねえが死にたくなかったら――」
「ヒーロー参上! ファイヴだぜ! 全員おとなしくしろー!」
たすくとのんびり問答している暇はない。弘史の人格が壊され、作り変えられてしまう前に助け出さなくては。
翔は画面に梵字を浮き上がらせたスマホを振り、大きなアーチ型の天井から流星群を降らせた。うっとりするほど美しい青の中で控えめに瞬いていた無数の金色の星が、灼熱の尾を引きながら空を飛ぶ三人の男たちに容赦なく襲い掛かる。
飛天たちは堪らず翼を畳み、頭を手で庇いながら降りて来た。
そこを飛鳥が狙いすましてステッキを振るい、先の鋭く尖った氷柱で三羽まとめて貫く。
「神妙にあすかのお縄を頂戴しろ、なのよ!」
翔が降らせた流れ星の一部は奥の祭壇にも落ちたが、こちらは武装した一般信者たちに直接当たらず、説教台の後ろへ下がらせるにとどまった。
「阿久津さん! いまの内だ。木の子を頼んだぜ!」
亮平は親指をたてて応えると、送受心・改を発動させた。飛天に同行してここに来ている古妖に心で呼びかける。
<『心を閉ざさずに聞いてほしい。俺たちはファイヴの者だ。君と弘史君を助けに来た』>
木の子は3~4歳ほどの子供のような姿をしている。そう資料に書かれていたので、亮平は古妖を見つけやすいように身を低くしながら、がっしりとした木作りの長椅子をすり抜けて行った。もちろん、身を低くするのは再開した戦いの流れ弾を受けて負傷しないためでもある。
<『……君は……誰?』>
木の子からおずおずとした反応が返ってきた。
亮平は信徒席を盾にして体を隠し、中央通路に頭だけを出して辺りを見回した。三つ前の列で同じように首を出していた木の子と目が合った。
にっこりと笑いかけたところへ重い矢が落ちてきて床に突き刺さり、視線が断ち切られた。さらにもう一本。今度はさっきよりも木の子に近いところへ落ちた。
<『危ないから下がって! 長椅子の下へ!』>
叫ぶよりも早く、亮平は青天井に向けたハンドガンの引き金を絞っていた。
一悟はきらびやかな祭壇に駆けあがった。
「おらっ! ファイヴのお出ましだ。とっとと降伏しやがれ。抵抗する奴は容赦なくぶん殴るからな。そのつもりでヨロシク!」
続いて百も駆け上がる。
「ファイヴだ! お前たち動くな!」
勧告は無視された。武装信者たちは一悟に狙いを定めると、一斉に撃ってきた。
ファイヴの名は思っていたよりも世間に知られていないらしい。主に木の子を落ち着かせるために発した百のマイナスイオンも、狂信者たちには効果がないようだ。
「いだだだっ!」
蔵王で防御力を高めていても弾が当たればやっぱり痛い。それも普通の拳銃ではなく、対能力者用に殺傷力を高めた特殊拳銃で集中的に撃たれているのだ。痛い。ものすごく痛い。
一悟は涙目になりながら首を後ろへ回した。
「百、頼む!」
弾切れのタイミングに合わせて、百は一悟の後ろから飛び出した。説教台を盾にする二人は無視して、左側で膝を立てて銃を構える別の二人に素早く駆けよった。
「おとなしくしろってば!」
百はバンカーバスター・炎式を信者たちの足に向けて構えるや、灼熱の弾を続けて発射した。
信者たちは片足を吹き飛ばされた痛みに耐えながら覚者に反撃できるほど訓練されていないし、狂ってもいなかったらしい。二人とも拳銃を捨てて、砕け折れた骨が皮膚を破る足を抱えて転げまわった。
何者だ、と反対側から怒鳴る声。
最後にベラドンナの香を広げつつ祭壇へあがったころんは、束縛用のロープを取りだすと百に手渡した。
「答えろ!」
ころんは片頬をゆがめて軽蔑をあらわにしつつ、ゆっくりと、祭壇右奥へ体を向けた。
放たれた弾丸が、甘い香りのする紫色の毒被膜に当たってはじき返された。
「もしかしてバカなの? さっきから何度も言っているの!」
どん、とステックで床を強くつく。
「もしかしなくてもこいつらバカだぜ! 守られるべき非覚者のくせして自分たちが崇める覚者さまに武器を向ける……自分たちのやっていることが『教会の教え』と矛盾していることにまったく気づいてねぇんだからさ!」
一悟は怒鳴りながら説教台に切迫すると、手のひらをぴたりと押しつけた。手のひらと台の間で熱く圧縮された空気が弾け、説教台とその後ろに隠れていた二人の信徒を吹き飛ばした。
「覚者が偉くて非覚者が格下? は? 何それ? そんな意味不明な持ち上げられ方したって、ころん全然嬉しくないの」
「む、矛盾なんてしていないし、お前たちを持ち上げたりもしない。お前たちは神秘に目覚めてはいるが天使さまではないからな!」
「そうだ! 人に仇する悪魔ども、何をしに――」
「ころんたちは天使でも悪魔でもないの、ファイヴなの! 弘史さんを助けにきたの!!」
ついに堪忍袋の緒が切れた。キャンディステックを怒りに任せて大振りする。
閉じたパラソル型チョコレートを模した波動弾が信徒二人の腹を貫いた。
そこにタイミングよく亮平から連絡が入る。
<『阿久津です。木の子を無事保護しました』>
百は祭壇から飛び降りた。
「ころんさん、一悟さんとこいつらの回復頼んだ。オイラは飛天ぶん殴ってくる!」
「百ちゃん……じゃないのよ、鯨ちゃん! いまからあすかが高山をそっちに落とすのよ!」
飛鳥に名指しされたたすくが中指をたてて悪態をつく。
「はあ? ふざけんなクソガキ! 誰がてめーなんぞにやられるかっ!」
「これでも?」
翔は星を招いた。これで三回目の流星ショーだ。
飛鳥は青白い光を放つステックを高々と掲げ、星の間を逃げ惑うたすくを撃ち落とした。
「いまなのよ!」
「おう!」
勢いよく背から床に落ちて跳ねあがったたすくめがけて、百は鋼鉄の拳を力強く振りぬいた。
●
講堂の後ろに続く部屋に籠っていた武装信徒たちは、左右のドアから一斉になだれ込んできた覚者たちにあっさりと取り押さえられた。布を裂いて口に噛ませ、ロープで拘束して飛天たちとともに祭壇の上に転がしている。
捕縛した飛天たちは、後ほどAAAに身柄を引き渡すことになっていた。
「あすかちゃん、木の子ちゃん。どうなの?」
ふたりの集中を邪魔しないように、ころんは小さな声で尋ねた。
戦闘音は最奥の部屋にも届いているはずだ。よからぬことをするために防音壁になっていたとしても、講堂で戦闘が行われていることぐらい、この部屋にいる者たちから報告を受けていただろう。
「それにしても火事になったらどうすんだ? 窓無しで出入口が一か所しかねぇって、よく分かんねえけど違法建築じゃねえの?」
実はこの建物。津山信夫という、先ごろ日本から逃亡した犯罪者の会社が設計から施工まで請け負っていた。津山信夫はロシアで死亡が確認されているが、これは別の話。
そう、司祭たちは戦略的があって籠城しているのではなく、逃げたくとも逃げられなかったから仕方なしに閉じこもっているのだ。
頬を寄せ合うようにして、それぞれが持つ能力で部屋の中を覗き見ていたふたりが太い息を吐きだした。
「思った通りなのよ。司祭? 偉そうな服を着たおっさんがドアの前でファイティングポーズを取って待ち構えているのよ。その後ろに助祭と弘史がいると思うのだけれど、おっさんが邪魔であすかにはみえなかったのよ」
飛鳥は、正面から部屋を見通してわかった家具類の位置を一悟に伝えた。
木の子が弘史の視点で得た情報を加える。
「司祭の後ろ、だいたい1メートルぐらい離れて三人で固まってんだな。ひざまずかせた弘史を真ん中にして」
一悟は情報をまとめると、送受心・改で外から奥の部屋の裏手にまわった亮平と翔に伝えた。二人は透過の能力を使って、新人類教会の背後から奇襲をかけることになっている。捕らわれている弘史の保護も彼らの仕事だ。
<『うん、わかった。ありがとう。あ、奥州君。成瀬君と俺からの伝言を、木の子に伝えてくれないか。高砂君は何があっても俺たちが守りぬくから心配しないで、て』>
一悟から伝言を聞いた木の子は、自分もみんなと一緒に戦うと言いだした。
「友達を助けたいって気持ちはよくわかるぜ。けど無茶はすんなよ、しっかりオイラたちの後ろで隠れてろよ」
百は若草の冠を乗せた緑色の髪に手を置いた。
「じゃあ、打ち合わせ通りにやりましょうなの。みんな、準備はいい?」
<『こちらも突入準備はできている』>
亮平に頷きかけられた翔は、暗視を活性化すると二メートルほど離れたところで壁に向いた。
飛鳥たちの情報によると、丁度、人という文字をデザインしたシンボルの払いの先にあたる……らしい。左右から壁を抜けて、同時に弘史を捕えている助祭を床に引き倒す作戦だ。透過時に余計な不可が身体にかからぬように、シンボルの真下に設えてある小さな祭壇を避ける狙いもあった。
<『よっしゃ、行くぜ! GO!』>
一悟がドアを蹴破ると同時に、壁の後ろから亮平と翔が室内に侵入した。
「弘史! しっかりしろ。いま助けてやっからからな!」
百がすばやく一悟の体を回って、逆光に目をくらませる司祭の腹を下から固めた拳で突きあげる。
亮平は後ろからナイフを手にした助祭の足をキックで払った。倒れて来た体を斜めによじって腕を取り、男の薄い背に回す。そのまま顔を床に押しつけて身動きを完全に封じた。
翔は気配に振り返った助祭の鼻筋を掌底でつぶして怯ませた。ひらりと手刀を空で返し、手からナイフを叩き落とす。背後に回って両腕をねじり上げ、呻く男を床にひざまずかせた。
「亮平さん、弘史さんがすぐ左にいる! 体を起こしたままだから引き倒して!」
「わかった」
ドアから差し込む光に目をつらぬかれでもしたのか、目をしょぼつかせたまま亮平は助祭の背を膝で押さえて腕を左へ伸ばした。
襟首を掴み、弘史を後ろへ倒す。
同時に、ころんが室内の明かりをつけた。
炎をまとった一悟の拳が司祭の頬にクリーンヒットする。
「あがっ!」
飛鳥は木の子が抱き着いた弘史に水衣をかけた。
司祭は頬に手をあてて顔を起こすと、憎しみの籠った目で室内になだれ込んできた異教徒たちを睨みつけた。次いで怒りの炎をまきちらす。
降り注ぐ火の粉のような拳が、一悟と百を襲った。
「無理やり洗脳しないと信者増やせないくらい、あんたたちの宗教って弱いのね。しかも仲間の古妖を殺させて、孤立させて逃げられなくするとか? 教科書通りのカルトの手段ね。はい偉いえらーい」
癒しの術を発動して仲間の傷を癒しながら、ころんはこれ以上ないぐらいつまらなそうに手を打った。
「女! 我々をカルト呼ばわりしたか! ゆ、許さん!」
「あんたの許しなんて、ころん、ちっとも欲しくないの!」
真実を言い当てられて逆切れするなんて、本当に可愛くない。
「やっておしまい!」
威風堂々、命ずると覚者たちは司祭に対して一斉に牙を剥いた。
●
「な、なあ……その、よかったらさ、あれ……オレたちに教えてくんねえか?」
捕えた飛天たちと半ば意識のない状態の弘史を乗せたAAAの特別車を見送りながら、一悟はいつまでも手を振り続ける木の子に駄目もとで頼んでみた。
「あれって?」
「あ~、ほら、あれだよ、あれ。手前の部屋で木の子が使ったやつ」
一悟があれというのは木の子の妖術、【視覚共有】のことである。夢見の報告では、木の子が【視覚共有】の伝授を報酬にして飛天たちに弘史救出を頼んでいたことになっていた。飛天たちに教えられるということは、当然、ファイヴの覚者たちにも教えられるはずだ。
木の子は少し考えるような素振りをみせたあと、一悟に向けて破顔した。
「いいよ。教えてあげる。ちょうど弘史くんを助けてくれたお礼をしなきゃって思ってたんだ」
「やったぜ!」
車が見えなくなると、木の子は後ろにいた覚者たちを振り返った。
「これからのことだけど……木の子ちゃん、ファイヴ村に来る? 」と飛鳥。
「ファイブ村?」
通称ファイヴ村。正式名称はマックス村という。ファイヴが保護した古妖たちのために作った村だ。
まだまだ住民の数も少なく、村のあちらこちらが開発中ではあるが、そこなら安心して暮らせるだろうと飛鳥は請け負った。
翔は膝を屈めて木の子と目線の高さをそろえた。笑顔で語りかける。
「木の子はどうしたい? 森で連絡待ってるか? それともファイブに来るか?」
「そうだ、お前はどうしたい? オイラたちはお前の意思を尊重するぜ」
二人の横からころんが言い添える。
「弘史くんも心の傷が癒えて退院したらファイヴに誘ってみるの。ここから五麟学園に通うとなると遠すぎるけど……寮あるし、なにより周りにたくさん同世代の覚者がいるから、弘史くんのケアにもなると思うわ」
「うん。そうだね。ご両親にも話をしてみなきゃ、だけど。高砂子君が望むならファイヴはいつだって歓迎するよ。五麒市からならファイヴ村へも通いやすいし、ファイヴ村からも来やすいしね」
亮平は帽子を脱ぐと、膝に手を置いて体を屈めた。どうかな、と微笑みかける。
「それなら……お世話になりたいな。みんな、誘ってくれてありがとう」
木の子は覚者たち一人ひとりの顔を見ながら名を呼んだ。
「これからもよろしくお願いします」
深々と頭をさげる。
「よし、決まった! みんな、新人類教会の連中が目を覚まして騒ぎ出さないうちに撤収しようぜ!」
飛鳥は木の子に手を差し出した。
おずおずと手のひらに置かれた指を包み込む。
「あすかたちと一緒に帰りましょうなのよ」

■あとがき■
死人なし。
すみやかかつ素晴らしい作戦とみなさんの頑張りで、古妖・木の子と高砂子弘史は無事に保護されました。
木の子はファイヴ……マッチョ村に移住することが決まっています。
また、木の子からお礼に【視覚共有】が伝授されています。
なかなか使いどころが難しいスキルではありますが、是非、ファイヴの活動にお役立てください。
それでは、また。
別の依頼でみなさまとお会いできることを願って。
✳伝授された技能スキル視覚共有は翌日より取得可能となります。
すみやかかつ素晴らしい作戦とみなさんの頑張りで、古妖・木の子と高砂子弘史は無事に保護されました。
木の子はファイヴ……マッチョ村に移住することが決まっています。
また、木の子からお礼に【視覚共有】が伝授されています。
なかなか使いどころが難しいスキルではありますが、是非、ファイヴの活動にお役立てください。
それでは、また。
別の依頼でみなさまとお会いできることを願って。
✳伝授された技能スキル視覚共有は翌日より取得可能となります。
