《緊急依頼》赤椿と白椿
●数時間前
「まさか……な」
中・恭介(nCL2000002)は前髪をぐしゃりと掴みながら、溜息を吐いた。
「間違いは、無いのか」
「はい。ありません……残念ながら、あと数時間でこの五麟市は、七星剣幹部逢魔ヶ時紫雨と、その部下禍時の百鬼に襲撃されます」
久方 真由美(nCL2000003)が語るのは紛れもない事実だ。
それも、協力組織として迎えていた『黎明』という覚者組織は、あの逢魔ヶ時紫雨の率いる禍時の百鬼であるという事実と共に。
●十分前
「ちんたらするな。端から順に片していけ!」
燃える五麟の町並みを背にして、男は怒鳴った。
それまで戸惑い気味に男の背後で控えていた若者たちが、捕虜を拘束している二人を残して一斉に散った。ある者は巨大な鎚を、ある者はチェーンソーを、あるいは火炎放射器を手に、次々と建物を破壊していく。奪った五麟を百鬼の街に作り変えるために。
抵抗する一般人、力の低い覚者たちは容赦なく殺された。この街を守る、力ある覚者たちはそのほとんどが、紫雨の奸計にはまり、血雨討伐に出向いている。紫雨の野望達成に必要な、『ある程、神秘の力が使える者』だけは、戦闘不能にされたあと拘束されてどこかへ連れ去られてしまった。
「……それで? どうする気?」
「それはこっちの台詞だろ」
刻々と周りが燃える柱と瓦礫に変わっていく中で、ほぼ被害を受けていない建物がひとつあった。小さいがとても美味しい手作りパンを売っている店だ。
その店の看板に真っ赤なハイヒールの先を乗せて、男を睥睨する黒髪の女がいた。
「まさか、裏切るつもりじゃないよな、奈央?」
「まさか!」
椿 奈央は、じゃあ、と言いかけた男を、舌を打つ音に合わせて左右に振る人差し指で黙らせた。そのまま解けた腕で、肩にかかった髪を後ろへ払うと人を馬鹿にしきった笑みを顔に浮かべる。
「知らないなら教えてあげるわ、晴にぃ。ここのメロンパンは二番目に美味しいのよ。あの子がくれたメロンパンの次にね」
だからここはあたしのもの。誰にも手を出させない。そういいながら、奈央は守護使役が出したランスを手にした。
「なんだそりゃ。しかし困ったな。紫雨は『いらないものは全部壊せ』って言ったんだよ。邪魔する奴も殺せって、な。なあ、たった一人のにいちゃんとどこにでも売っているメロンパン、どっちが大事なんだ? なあ、奈央……お前もオレに殺されたいのか?」
「親みたいに? はっ、やれるもんならやってみなさいよ!」
●五分前
急遽招集した覚者たちを前にして、久方 相馬(nCL2000004)は大きく息を吸い込んだ。
「よし! よく来てくれたな、みんな!」
いつもなら着席を促すところだが、今日に限ってない。なぜなら、緊急事態だからだ。
「五麟が百鬼に内と外から攻められている。内……ああ、そうだよ。黎明は百鬼だ。ヒノマル陸軍による京都襲撃事件は、ファイブに探りを入れるために紫雨が仕組んだことだったみたいだな。それに血雨討伐も――と、いまこんな話をしている場合じゃない。今すぐ五麟市から百鬼たちを追いだしてくれ!」
頼む、と言った相馬の口調は切羽詰まっていた。
血雨討伐に向かった精鋭たちの数30名。彼らを欠いたまま、果たしてどこまで持ちこたえることができるか……。
いや、持ちこたえなくてはならない。何としても。
「まさか……な」
中・恭介(nCL2000002)は前髪をぐしゃりと掴みながら、溜息を吐いた。
「間違いは、無いのか」
「はい。ありません……残念ながら、あと数時間でこの五麟市は、七星剣幹部逢魔ヶ時紫雨と、その部下禍時の百鬼に襲撃されます」
久方 真由美(nCL2000003)が語るのは紛れもない事実だ。
それも、協力組織として迎えていた『黎明』という覚者組織は、あの逢魔ヶ時紫雨の率いる禍時の百鬼であるという事実と共に。
●十分前
「ちんたらするな。端から順に片していけ!」
燃える五麟の町並みを背にして、男は怒鳴った。
それまで戸惑い気味に男の背後で控えていた若者たちが、捕虜を拘束している二人を残して一斉に散った。ある者は巨大な鎚を、ある者はチェーンソーを、あるいは火炎放射器を手に、次々と建物を破壊していく。奪った五麟を百鬼の街に作り変えるために。
抵抗する一般人、力の低い覚者たちは容赦なく殺された。この街を守る、力ある覚者たちはそのほとんどが、紫雨の奸計にはまり、血雨討伐に出向いている。紫雨の野望達成に必要な、『ある程、神秘の力が使える者』だけは、戦闘不能にされたあと拘束されてどこかへ連れ去られてしまった。
「……それで? どうする気?」
「それはこっちの台詞だろ」
刻々と周りが燃える柱と瓦礫に変わっていく中で、ほぼ被害を受けていない建物がひとつあった。小さいがとても美味しい手作りパンを売っている店だ。
その店の看板に真っ赤なハイヒールの先を乗せて、男を睥睨する黒髪の女がいた。
「まさか、裏切るつもりじゃないよな、奈央?」
「まさか!」
椿 奈央は、じゃあ、と言いかけた男を、舌を打つ音に合わせて左右に振る人差し指で黙らせた。そのまま解けた腕で、肩にかかった髪を後ろへ払うと人を馬鹿にしきった笑みを顔に浮かべる。
「知らないなら教えてあげるわ、晴にぃ。ここのメロンパンは二番目に美味しいのよ。あの子がくれたメロンパンの次にね」
だからここはあたしのもの。誰にも手を出させない。そういいながら、奈央は守護使役が出したランスを手にした。
「なんだそりゃ。しかし困ったな。紫雨は『いらないものは全部壊せ』って言ったんだよ。邪魔する奴も殺せって、な。なあ、たった一人のにいちゃんとどこにでも売っているメロンパン、どっちが大事なんだ? なあ、奈央……お前もオレに殺されたいのか?」
「親みたいに? はっ、やれるもんならやってみなさいよ!」
●五分前
急遽招集した覚者たちを前にして、久方 相馬(nCL2000004)は大きく息を吸い込んだ。
「よし! よく来てくれたな、みんな!」
いつもなら着席を促すところだが、今日に限ってない。なぜなら、緊急事態だからだ。
「五麟が百鬼に内と外から攻められている。内……ああ、そうだよ。黎明は百鬼だ。ヒノマル陸軍による京都襲撃事件は、ファイブに探りを入れるために紫雨が仕組んだことだったみたいだな。それに血雨討伐も――と、いまこんな話をしている場合じゃない。今すぐ五麟市から百鬼たちを追いだしてくれ!」
頼む、と言った相馬の口調は切羽詰まっていた。
血雨討伐に向かった精鋭たちの数30名。彼らを欠いたまま、果たしてどこまで持ちこたえることができるか……。
いや、持ちこたえなくてはならない。何としても。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.禍時の百鬼の撃退(椿 奈央を含む)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
・【緊急依頼】タグ依頼は、全てが同時進行となる為、PCが同タグに参加できる数は一依頼のみとなります。
重複して参加した場合、重複した依頼の参加資格を剥奪し、LP返却は行われない為、注意して下さい。
・決戦【血ノ雨ノ夜】に参加しているPCは、【緊急依頼】タグの依頼には参加できません。参加した場合は依頼の参加資格を剥奪し、LP返却は行われない為、注意して下さい。
・【緊急依頼】の戦況結果により、本戦でペナルティが発生する恐れがあります。
●敵1 椿 元晴と百鬼8名
・椿 元晴(つばき もとはる)28才/天行、獣(猫)/守護使役は鳥系
実力はファイブトップクラスと同格。武器は日本刀。力で押すタイプ。
活性スキル…【猛の一撃】【演舞・清風】【填気】【地烈】【物攻強化・壱】【韋駄天足】【送受信】
・元晴の部下…8名/いずれもファイブの中以下の実力。
木行、暦……2名(1人は北で、もう一人は東で破壊活動中)
土行、械……2名(1人は北で、もう一人は東で破壊活動中)
火行、彩……2名(1人は元晴のもとに、もう一人は南で破壊活動中)
水行、翼……2名 (1人は元晴のもとに、もう一人は南で破壊活動中)
※元晴と一緒にいるのは「火行、彩」と「水行、翼」の二名。そのほかは近くで建物を破壊しています。
●敵2 椿 奈央
・椿 奈央(つばき なお)22才/木行、彩の因子/守護使役は猫系
元晴の妹。実力はファイブトップクラスよりやや下。武器はランス。
艶のある長い黒髪、宝石にブランド物の服、ミニのタイトスカートをはいている。
活性スキル…【五織の彩】【深緑鞭】【棘一閃】【葉纏】【非薬・紅椿】
※初出シナリオ『<黎明>ノーフェイス』
●人質
・保坂 環(nCL2000076)/天行、翼人
編集プロダクション・薫風社に所属するトラベルライター兼トラベルフォトグラファー。
ベーカリーの取材中に襲撃を受け、街の人たちと一緒に反撃したが、負けて捕らわれてしまった。他の者は殺されてしまった模様。
●時間と場所
時間:夜
場所:五麟市住宅街、五麟学園西側。
●状況
・建物が破壊され、あちらこちらで火が上がっています。
・ベーカリーを除いてほとんどが壊されて瓦礫状態です。
・足場、視界ともに極めて悪いでしょう。
・道路は、消火活動をしようとして百鬼たちに壊された消防車やパトカーなどで寸断されており、人々が逃げるにも苦労している状況です。
救急車も現場に近づけません。けが人はその場で癒すか、安全な場所へ連れて行く必要があります。
・自力で動けない一般人の重傷者が少なくとも3名、現場近くにいます。
・椿 奈央は自分の我儘でとあるベーカリーを守り、椿 元晴たちと戦っていますが、けっしてファイブのためには戦ってくれません。逆に隙を見せれば攻撃してきます。
・椿 奈央はファイブが黎明の正体に気づいていることを知りません。
・椿 元晴たちはファイブが黎明の正体に気づいていることを知りません。
・元晴のもとに2名。「火行、彩」と「水行、翼」が、保坂 環(戦闘不能状態)を捕えています。そのほか6名は半径25m以内で建物の破壊を行っていますが、5ターン後に元晴が一斉に呼び戻します。
●STコメント
人質の生死、および奪還は成功条件には含まれていません。元晴は環を連れ帰るつもりでいるようですが、別に死んでしまったところでまったく困らないでしょう。
それでは、ご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年03月04日
2016年03月04日
■メイン参加者 8人■

●
「クソ野郎どもめ……」
『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は、ブリーフィングが終わるなり立ちあがり、考古学研究所の建物を飛び出した。百鬼たちへの怒りを原動力に、五麟市を守りたい一心で、五麟中と五麟小のあいだを走り抜けていく。
「な……」
惨状に雷鳥の足が止まった。
立ち昇る黒い煙が空から星を消していた。門から見える街の通りは街灯の明かりの下でも暗く、恐怖におののく人たちでひしめいている。
拳を固めて震える雷鳥の背に手を添えたのは、『裏切者』鳴神 零(CL2000669)だ。
「街は護るよ、だって……血雨に行った金髪の馬鹿が帰る場所だもの」
零もまた、焼かれる街を見て痛恨の思いを新たにしていた。
悔いても仕方がないとはいえ、こうなってしまう前に何か打てる手があったのではないか。そう考えてみたところで過ぎた時は戻せぬ。
だったら、ああ、これ以上の狼藉を許すわけにはいかない。おかえり、とアイツに言ってやれる場所を失ってなるものか。
零は決意を胸に、黒狐の面で美しいスカーフェイスを覆った。
「行こう。悲鳴の先に零たちを待つ人がいる」
「そうだね。これ以上人のすんでる街を瓦礫の山にされてたまるもんですかっての!」
ふたりは駆けだした。
華奢な二人の背を追いかけながら、奥州 一悟(CL2000076)は心の中でひとりごちた。
(「ちくしょう。あいつらを五麟に、ファイブに近づけちゃ駄目だったんだ」)
目の前が真っ白になるほどの強い怒りが、一悟の胸のうちを浸し始めていた。
黎明は初めから怪しいと思っていた。椿 奈央にしても、初めから一瞬たりとも心を許したことはない。それでも、みんなが信じて受け入れた相手だからと、ともに戦う仲間として努めて公平に接してきた。それなのに――。
「泰然自若、全力でもって事にあたろうぞ」
声に振り返ると、すぐ横を『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)が走っていた。
「お前様、いま椿 奈央のことで腹を立てていたであろう。確かに気にはなるが、それで冷静さを失うわけにはいかぬの」
いまは一刻も早く、百鬼を五麟市から早く退けることこそが大事。
そう言って一悟を諭すと、樹香は倒れた自販機を飛び越した。暗視と超直観をフルに使って、障害物を軽々とかわしていく。
「一悟さんの気持ち……よく解るよ。私も隔者たちに怒っている。でも、奈央さんは……もしかしたら、他の隔者とは違うかもしれない」
『カワイコちゃん』飛騨・沙織(CL2001262)は奈央を庇った。
現に百鬼からベーカリーを守っているではないか。
「可能性があるなら……彼女を説得したい。……メロンパン好きの友達を殺すなんて……したくないから」
(「ベーカリー『しか』守っていねぇけどな」)
考えるよりも早く行動する質の一悟だったが、さすがにこれは口にしなかった。
しかし、この度の事でみんなが腹を立てているのは間違いない。
「黎明は悪い子たちだったのよ、あすか、すっかり騙されたのよ!」
最後尾でウサギの耳を揺らし、プンプン怒りながらついてくるのは『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)だ。
飛鳥は裏切りのショックもさることながら、まんまと騙された自分に対する怒りも強かった。
「だからちょっとの間、あすかたちが奈央お姉さんたちを騙してやるのよ。共闘上等なのよ!」
「ていうかころん達余り物扱い? ひどいじゃない!」
飛鳥と並んで走る『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)が憤った。
街に残っている覚者などどうにでもなる。百鬼のやつらがそう思っていたとしたらとんでもない話だ。
(「かわいい女の子を怒らせたらどうなるか、思い知らせてやるの」)
ブリーフィングを受けながら、ころんはこの上なく惨めな思いで、驚がく、否定、怒りという経過をたどり、最終的に『黎明=百鬼』の事実を認めざるをえなかった。
(「椿 奈央……やっぱり仲間なんかじゃなかったんじゃない」)
すべてが初めから見せかけにすぎなかったのだ。これに怒らずして、一体何に怒るのか。
いや、思い返せば奈央は初めから仲間の素振りすら見せていなかった。
(「ある意味自分に素直っていうか、嘘がつけない子っていうか……」)
暗いため息を一つ吐き出し、ころんが杖を振りあけて覚醒したまさにその時――どさり、と重い音につづいて『恋路の守護者』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)の罵声が後ろから聞こえてきた。
「ムキーー! 頭にキマシタネ!!」
リーネは倒れた自販機を乗り越える際、残し足の先を縁にひっかけて転んでしまった。
ぴっちりしたミニスカート、肩に重いライフル。ハイバランサーがあるから大丈夫、と過信していたのだろう。怒りで視界が狭くなっていたことも、転倒の一因か。
「愛しの彼が居ない間にこんな事をするナンテ、絶対に許せマセンネ!」
「大丈夫?」
八つ当たりで自販機をガンガンガシガシやっていると、戻ってきたころんに助け起こされた。なんでもない、と苦笑いで応える。
リーネは一瞬、守護使役のヴァルに体を浮かせてもらうことを考えたが、歩く程度の速さでしか移動できなくなるので却下した。
「とにかく急ぎ対処デスヨ!!」
「ええ、行って奈央を……百鬼を殴ってやりましょうなの!」
●
赤々と燃え続ける瓦礫の上を跳び越え、踏み分けながら覚者たちは百鬼たちが暴れているという地区にたどり着いた。
「落ち着いて逃げてくださいなのよ! 西の方角が安全です、五麟学園を回り込んで街の外へ逃げてくださいなのよ!」
飛鳥が人々に声をかけながら、仲間と別れて南東方面へ駆けて行く。
小さな背を見送って、角を曲がった。
瓦礫を焼く炎に赤くにじんだ煙の向こう、ぽつんとひとつだけ形を保っている建物があった。椿 奈央が守っているベーカリーだ。奈央自身はベーカリーの影になっていて、この距離からは確認できない。
代わりというのも変だが、ベーカリーを左手に見て数メートル離れた場所に人影を三つ、いや四つ確認した。低い位置で他と重なる影は、百鬼に捕まったという保坂 環だろう。
「保坂さんを確認した。突っ込むぜ!」
環を捕えていた男たちが身動きできずにいるうちに、風のごとく駆け出した一悟が一気に距離を詰め、跳躍した。
雄叫びを伴った拳が、緊迫する大気を打ちぬき、背に翼を広げた男の顔面を捕える。圧縮された空気とともに男が後ろへすっ飛んだ。
ほぼ同時に、樹香は火行の男に向けて種をまいた。種は地に落ちるのを待たず発芽し、蔓を伸ばして男の体を絡め取る。
「しばし踊るがよい」
自由を奪われた男の左手が、環の体から離れていく。腕を伸ばしてもがくが、逆に蔓が強く絡みつき、ますます身動きが取れなくなっただけだった。
ころんが水衣をかけて、環の自己防衛力を高める。
「ころんも避難誘導に行くの。みんながんばって!」
後ろ髪引かれる思いでころんは足を北へ向けた。
「おいおい! いきなりじゃねーか。挨拶なしかよ!」
少し離れたところに立っていた男が日本刀を鞘から抜き放った。人の血を啜った赤刃を大上段に構える。
そこへ一匹の黒狐が踊り込んできた。
「ごめんね、元晴! 私の事覚えてる? 十天、鳴神零! 遊んであげるから許してちょーだい♪」
零は振り下ろされた刀を肩掛けた大太刀で受け止めた。力に逆らわず、柄頭を天に向けて赤刃を滑り落とす。そのまま腰を上げながら左回りで立ち上がった。
「誰かと思えば、その声は――どすこい姉ちゃんか!?」
「ちょ……!」
なにそれ。狐面を取る。花も恥じらう乙女を捕まえて『どすこい姉ちゃん』とはなんだ。文句をいってやろうとしたが、肝心の相手の姿がなかった。
元晴は韋駄天足を生かしてさっと零の横を抜け、環を抱き起そす一悟に迫った。あと一歩を残して、強く瓦礫を蹴りつける。
一閃、白銀の槍が元晴を阻んだ。
雷鳥だった。
「おいウスノロ、そっちはいいからこっちと遊ぼうぜ」
閃く銀光が、時に弧を絡ませ、乾いた音を立てて何度も赤刃とぶつかりあう。龍が天を舞うような敏捷な動きに加えて、攻めの勢いは猛虎のようにすさまじい。
元晴は刀を引いて後ろへ飛び下がると、強く舌を打ち鳴らした。
「ずっと好き勝手できるかと思った? 人生ってままならんよね~、てめーらにくれてやるもんなんかもう何もねーよ」
雷鳥に代わって今度は零が元晴に剣を振う。
「いまのうち」
一悟は環の後ろから腕を差し込んで引きずった。
「ベーカリーまでさがる。フォローしてくれ!」
「ここはワシに任せておけ。環どののこと、頼んたぞ」
樹香は飛んで戻ってきた男に向けて種子を放った。空中で殻が割れ、蔦が爆発的勢いで伸び、翼を絡め取る。
リーネは避難誘導から戻ってくると、狙撃に適した場所を見つけて膝をついた。神秘の力で練り上げた波動弾を弾倉に装填し、銃身にはめ込む。ライフルを構えると、スコープを覗いた。
「いきなり元晴をライフルで撃ちたいのは山々デスガ……」
銃口を水平に滑らせて、照準を元晴から蔦の拘束から抜け出したもう一人の男へ。
「それは人質を助けてカラデス!」
ライフルから波動弾が発射され、男の胸に命中し、死の波紋を広げながら飛びぬけた。
蔦から抜け出した水行の男が、すかさず癒しの霧を広げる。リーネの銃弾に倒れた男の回復が遅いと判断するなり、さらに術をかけようとした。
「おっと、そこまでじゃ。回復はほどほどにしてもらうぞ」
樹香が再び棘散舞を放つ。
「ノブ! 浜路!! くそ……。おい、みんな。戻って来い!」
元晴の呼びかけに、百鬼たちが集まってきた。
●
「あら! メロンパンちゃんじゃない。アンタはこっちよ、こっち!」
覚者たちの中に沙織を見つけ、奈央ははしゃいだ声をあげた。腕を大きく振って少女を手招きする。
「ねえ、ちゃんと学校行ってた? 高校の門前で張り込んでいたんだけど、ちっとも姿を見なかったじゃない。探したんだから」
「私、中学生……」
「あら、そう。最近の子は発育がいいわね。幼顔のほうで判断すべきだったわ」
沙織はとりあえず奈央を無視すると、ベーカリーの近くで倒れていた人のところに駆け寄り、意識の有無を確認したのちに樹の雫で手当てした。傷がしっかり癒えたことを確認し、二本用意して来た懐中電灯のうち一本を持たせると、西側から街の外へ非難するように促した。
「ねえ、聞いてる?」
苛立ちを含んだ声が頭の上から落ちてきた。
沙織は顔をあげた。
「まあいいわ。アンタがくれたあのメロンパン、すごく美味しかったけど、どこで買ったのよ。今から一緒に買いにいきましょう。あ、もしかして手作り?」
炎の照り返しを受けてオレンジ色にくゆる煙を背後に、聞こえてくる戦いの音は次第に激しさを増していく。なのに、奈央ときたら、笑顔すら浮かべて話しかけてくる。緊縛した空気などまるでお構いなしだ。
「何、のんきなこと言ってんだよ! お前、こんな状況でよくそんな話ができるな」
一悟が環を引きずってやってきた。しゃがみ込んで、意識のない環の体を横たえる。
「おしゃべりしてぇなら丁度いい。国枝さんのことを教えてくれ。お前、ずっとお見舞いに行ってたんだろ。嵯峨野の竹林で『体は大丈夫』って、いってたけど………もう退院してるのか?」
「なによ。国枝、国枝ってこの間から。ホモなの? ねえ、ホモなの?」
「違うよ!」
「あやしいのよ。チョコを鍋に入れる一悟は異次元でもホモ疑惑があったのよ」
南から飛鳥が姿を現し、環に癒しの滴を振りかけた。
「こら、飛鳥! 変なことをいうな!」
北からころんも戻ってきた。杖を振るって元晴らと戦う仲間を回復の術で支援する。
「ホモかどうかはともかく、ころんも国枝さんのことはずっと気にかかっていたの。いいから教えなさいなの。ていうか、飛鳥ちゃん。なんなの異次元って?」
「小石さんまで……」
一悟はがっくりとうなだれた。
「知らないわよ。どうしているかなんて。現在、絶賛行方知れずなんだから。どっかで首でも吊ってるんじゃないの? 他人の顔でね」
「なんだって?!」
気色ばんで立ち上がろうとした一悟のふとももを、地面から突き上げた土の槍が刺し貫いた。
「飛鳥ちゃん、一悟くんに癒しの滴! 百鬼たちが戻って来たの。奈央を問い詰めるのはあとにしましょう!」
飛鳥がぴっと額に手をあてて応える。
「イエスマムなのよ!」
ころんは甘い香りの中に毒を含んだ花を、向かってくる敵の前面に咲かせた。
沙織は棘のある植物の種子を飛ばして、チェーンソーを振り回しながら向かってきた男を牽制した。
「奈央さん! とりあえず一緒にベーカリーを守りましょう! ……そしてそれを邪魔する奴等は……殺しましょう」
「あは! いいわね。一緒にぶっ殺しましょ!」
ランスを片手に奈央がベーカリーの二階から飛び降りた。沙織に、覚者と隔者の間で揺れる不安と、殺人の桃惚、愛に対する焦操、この不条理な世の中に対する怒り、そして目覚めし者としての自尊心をすべて理解しているといった視線を向ける。
「……あとで。……メロンパンのお店巡りしょう」
沙織は恐れずにまっすぐに奈央の目を捕えると、微笑みとともに手を差し出した。
●
剣を打ち合う音が響くたびに、橙の火花が場違いなほど残酷に、壊れた夜を美しく照らし出す。
「元晴はどうして百鬼なの? 聞かせてほしいな、私は貴方に興味がある。前も今日も、命令遂行にヤケに必死だね。そこまで君を突き動かすものって?」
「とことん惚れちゃったのよ、紫雨にさ。アイツが見させてくれるでかい夢に痺れちまった。あ、俺、別にホモじゃないから安心しな。好きだよ、乳のでかい女!」
元晴は体を低く沈めながら突きだされた槍先をかわして、刀で雷鳥の脇腹を横に薙ぐように払い切った。流れのままに体を回転させ、今度は零に迫って、猛る一撃で胸を鷲掴む。
「――っ!!」
零は強く身をよじって元晴の手から逃れた。腕で痛む胸を抱え守る。大きな目からは涙があふれ出ていた。
樹香は二人の怪我の具合を冷静に判じると、樹の雫を雷鳥に与えた。
「お前様、女好きというたがモテなさそうじゃな」
「乱暴なほうが感じるって女、意外と多いんだぜ。ま、貧乳には分からねぇかな」
元晴はにたりと下卑た笑みを樹香に向けた。
「ほざきやがるなデスヨ、ド変態野郎っ! オッパイの大小は感度に関係ありませんデスネ!」
唸り声を上げながら、リーネがライフルを持った腕を横へ鋭く振りぬいた。
元晴と、元晴の脇を固めていた百鬼たちをまとめて伊邪波に巻き込む。風圧で落ちていた瓦が浮き飛び、ベーカリーの壁にひびが入った。
(「やべえ」)
周りを見れば百鬼の劣勢は明らかだった。あろうことか、奈央までもファイブらと一緒に戦っているではないか。
突然、強烈な閃光を伴った地鳴りのような雷爆音が耳を弄した。
「天行弐式、雷獣。元晴、今日も貴方が壊れる前に撤退してよね」
「よし、そうしよう」
元晴がバックステップで距離を取る。トントントン、と奈央と沙織の傍まで飛び下がった。
「でも、その前に……」
「その男、何か企んでおるぞ。気をつけるのじゃ!」
樹香が叫ぶ。
追撃に向かった雷鳥の前に、翼を持つ女と土鎧に身を固めた男が立ち塞がった。
「邪魔だよ、そこをおどき!」
強い風が吹いて、元晴は黒い煙と巻き上がった砂塵の中に消した。
●
「えっ?」
沙織は眼を大きく見開いた。
煙が晴れるとともに殺気を感じ、奈央を振り返り見ると、腹から赤刃の刀が突き抜けていた。するどい痛みとともに、刀の切っ先が自分の腹にも届いていることを知った。
「奈、お――」
腕を掴まれ、乱暴に後ろへ引き倒された。沙織の目に一悟の背が映る。
腹から刀を抜かれた奈央は、口から血を吐き出した。
「奈央!」
一悟は倒れかかってきた奈央を両腕で抱きかかえた。
奈央はしばらく一悟の顔をじっと見ていたが、ふいと左手を前に突き出し、胸を押して身を遠のけようとした。
黒髪の後ろから元晴の声がした。
「裏切り者は始末しておかねぇとな」
「いかん、逃げろ!」
樹香の叫びは遠かった。
リーネが悲鳴を上げる。
ころんはとっさに飛鳥を引き寄せると、しっかりと胸に頭を押しつけた。
今度は沙織が一悟の腕を引く。
零が走った。
雷鳥も走った。
世界中の音を消して、驚標の色を浮かべた奈央の相貌が横へずれていく。
間に合わない。手遅れだ。
遅れて、一悟の喉に食い込んだ切っ先が赤い筋を引いて行く。
飛鳥は見た。見てしまった。
ころんの腕を振り切って。
椿は花弁を散らさない。
その終わりにぽろりと首を落とす。
「あ゛……ああ゛あ゛っ……元、ハルぅうゥッ!」
喉から鮮血を吹きながら、一悟が爆発した。
固めた拳に炎を纏わせ、逃げる元晴に拳を叩き込む。
白熱した怒りが痛みを押して、沙織を跳ね起こさせた。
だが――。
「私は……こんな事をする貴様等隔者を……絶対に許さない!」
振り上げた拳を降ろす相手はもうそこにいなかった。
「クソ野郎どもめ……」
『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)は、ブリーフィングが終わるなり立ちあがり、考古学研究所の建物を飛び出した。百鬼たちへの怒りを原動力に、五麟市を守りたい一心で、五麟中と五麟小のあいだを走り抜けていく。
「な……」
惨状に雷鳥の足が止まった。
立ち昇る黒い煙が空から星を消していた。門から見える街の通りは街灯の明かりの下でも暗く、恐怖におののく人たちでひしめいている。
拳を固めて震える雷鳥の背に手を添えたのは、『裏切者』鳴神 零(CL2000669)だ。
「街は護るよ、だって……血雨に行った金髪の馬鹿が帰る場所だもの」
零もまた、焼かれる街を見て痛恨の思いを新たにしていた。
悔いても仕方がないとはいえ、こうなってしまう前に何か打てる手があったのではないか。そう考えてみたところで過ぎた時は戻せぬ。
だったら、ああ、これ以上の狼藉を許すわけにはいかない。おかえり、とアイツに言ってやれる場所を失ってなるものか。
零は決意を胸に、黒狐の面で美しいスカーフェイスを覆った。
「行こう。悲鳴の先に零たちを待つ人がいる」
「そうだね。これ以上人のすんでる街を瓦礫の山にされてたまるもんですかっての!」
ふたりは駆けだした。
華奢な二人の背を追いかけながら、奥州 一悟(CL2000076)は心の中でひとりごちた。
(「ちくしょう。あいつらを五麟に、ファイブに近づけちゃ駄目だったんだ」)
目の前が真っ白になるほどの強い怒りが、一悟の胸のうちを浸し始めていた。
黎明は初めから怪しいと思っていた。椿 奈央にしても、初めから一瞬たりとも心を許したことはない。それでも、みんなが信じて受け入れた相手だからと、ともに戦う仲間として努めて公平に接してきた。それなのに――。
「泰然自若、全力でもって事にあたろうぞ」
声に振り返ると、すぐ横を『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)が走っていた。
「お前様、いま椿 奈央のことで腹を立てていたであろう。確かに気にはなるが、それで冷静さを失うわけにはいかぬの」
いまは一刻も早く、百鬼を五麟市から早く退けることこそが大事。
そう言って一悟を諭すと、樹香は倒れた自販機を飛び越した。暗視と超直観をフルに使って、障害物を軽々とかわしていく。
「一悟さんの気持ち……よく解るよ。私も隔者たちに怒っている。でも、奈央さんは……もしかしたら、他の隔者とは違うかもしれない」
『カワイコちゃん』飛騨・沙織(CL2001262)は奈央を庇った。
現に百鬼からベーカリーを守っているではないか。
「可能性があるなら……彼女を説得したい。……メロンパン好きの友達を殺すなんて……したくないから」
(「ベーカリー『しか』守っていねぇけどな」)
考えるよりも早く行動する質の一悟だったが、さすがにこれは口にしなかった。
しかし、この度の事でみんなが腹を立てているのは間違いない。
「黎明は悪い子たちだったのよ、あすか、すっかり騙されたのよ!」
最後尾でウサギの耳を揺らし、プンプン怒りながらついてくるのは『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)だ。
飛鳥は裏切りのショックもさることながら、まんまと騙された自分に対する怒りも強かった。
「だからちょっとの間、あすかたちが奈央お姉さんたちを騙してやるのよ。共闘上等なのよ!」
「ていうかころん達余り物扱い? ひどいじゃない!」
飛鳥と並んで走る『かわいいは無敵』小石・ころん(CL2000993)が憤った。
街に残っている覚者などどうにでもなる。百鬼のやつらがそう思っていたとしたらとんでもない話だ。
(「かわいい女の子を怒らせたらどうなるか、思い知らせてやるの」)
ブリーフィングを受けながら、ころんはこの上なく惨めな思いで、驚がく、否定、怒りという経過をたどり、最終的に『黎明=百鬼』の事実を認めざるをえなかった。
(「椿 奈央……やっぱり仲間なんかじゃなかったんじゃない」)
すべてが初めから見せかけにすぎなかったのだ。これに怒らずして、一体何に怒るのか。
いや、思い返せば奈央は初めから仲間の素振りすら見せていなかった。
(「ある意味自分に素直っていうか、嘘がつけない子っていうか……」)
暗いため息を一つ吐き出し、ころんが杖を振りあけて覚醒したまさにその時――どさり、と重い音につづいて『恋路の守護者』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)の罵声が後ろから聞こえてきた。
「ムキーー! 頭にキマシタネ!!」
リーネは倒れた自販機を乗り越える際、残し足の先を縁にひっかけて転んでしまった。
ぴっちりしたミニスカート、肩に重いライフル。ハイバランサーがあるから大丈夫、と過信していたのだろう。怒りで視界が狭くなっていたことも、転倒の一因か。
「愛しの彼が居ない間にこんな事をするナンテ、絶対に許せマセンネ!」
「大丈夫?」
八つ当たりで自販機をガンガンガシガシやっていると、戻ってきたころんに助け起こされた。なんでもない、と苦笑いで応える。
リーネは一瞬、守護使役のヴァルに体を浮かせてもらうことを考えたが、歩く程度の速さでしか移動できなくなるので却下した。
「とにかく急ぎ対処デスヨ!!」
「ええ、行って奈央を……百鬼を殴ってやりましょうなの!」
●
赤々と燃え続ける瓦礫の上を跳び越え、踏み分けながら覚者たちは百鬼たちが暴れているという地区にたどり着いた。
「落ち着いて逃げてくださいなのよ! 西の方角が安全です、五麟学園を回り込んで街の外へ逃げてくださいなのよ!」
飛鳥が人々に声をかけながら、仲間と別れて南東方面へ駆けて行く。
小さな背を見送って、角を曲がった。
瓦礫を焼く炎に赤くにじんだ煙の向こう、ぽつんとひとつだけ形を保っている建物があった。椿 奈央が守っているベーカリーだ。奈央自身はベーカリーの影になっていて、この距離からは確認できない。
代わりというのも変だが、ベーカリーを左手に見て数メートル離れた場所に人影を三つ、いや四つ確認した。低い位置で他と重なる影は、百鬼に捕まったという保坂 環だろう。
「保坂さんを確認した。突っ込むぜ!」
環を捕えていた男たちが身動きできずにいるうちに、風のごとく駆け出した一悟が一気に距離を詰め、跳躍した。
雄叫びを伴った拳が、緊迫する大気を打ちぬき、背に翼を広げた男の顔面を捕える。圧縮された空気とともに男が後ろへすっ飛んだ。
ほぼ同時に、樹香は火行の男に向けて種をまいた。種は地に落ちるのを待たず発芽し、蔓を伸ばして男の体を絡め取る。
「しばし踊るがよい」
自由を奪われた男の左手が、環の体から離れていく。腕を伸ばしてもがくが、逆に蔓が強く絡みつき、ますます身動きが取れなくなっただけだった。
ころんが水衣をかけて、環の自己防衛力を高める。
「ころんも避難誘導に行くの。みんながんばって!」
後ろ髪引かれる思いでころんは足を北へ向けた。
「おいおい! いきなりじゃねーか。挨拶なしかよ!」
少し離れたところに立っていた男が日本刀を鞘から抜き放った。人の血を啜った赤刃を大上段に構える。
そこへ一匹の黒狐が踊り込んできた。
「ごめんね、元晴! 私の事覚えてる? 十天、鳴神零! 遊んであげるから許してちょーだい♪」
零は振り下ろされた刀を肩掛けた大太刀で受け止めた。力に逆らわず、柄頭を天に向けて赤刃を滑り落とす。そのまま腰を上げながら左回りで立ち上がった。
「誰かと思えば、その声は――どすこい姉ちゃんか!?」
「ちょ……!」
なにそれ。狐面を取る。花も恥じらう乙女を捕まえて『どすこい姉ちゃん』とはなんだ。文句をいってやろうとしたが、肝心の相手の姿がなかった。
元晴は韋駄天足を生かしてさっと零の横を抜け、環を抱き起そす一悟に迫った。あと一歩を残して、強く瓦礫を蹴りつける。
一閃、白銀の槍が元晴を阻んだ。
雷鳥だった。
「おいウスノロ、そっちはいいからこっちと遊ぼうぜ」
閃く銀光が、時に弧を絡ませ、乾いた音を立てて何度も赤刃とぶつかりあう。龍が天を舞うような敏捷な動きに加えて、攻めの勢いは猛虎のようにすさまじい。
元晴は刀を引いて後ろへ飛び下がると、強く舌を打ち鳴らした。
「ずっと好き勝手できるかと思った? 人生ってままならんよね~、てめーらにくれてやるもんなんかもう何もねーよ」
雷鳥に代わって今度は零が元晴に剣を振う。
「いまのうち」
一悟は環の後ろから腕を差し込んで引きずった。
「ベーカリーまでさがる。フォローしてくれ!」
「ここはワシに任せておけ。環どののこと、頼んたぞ」
樹香は飛んで戻ってきた男に向けて種子を放った。空中で殻が割れ、蔦が爆発的勢いで伸び、翼を絡め取る。
リーネは避難誘導から戻ってくると、狙撃に適した場所を見つけて膝をついた。神秘の力で練り上げた波動弾を弾倉に装填し、銃身にはめ込む。ライフルを構えると、スコープを覗いた。
「いきなり元晴をライフルで撃ちたいのは山々デスガ……」
銃口を水平に滑らせて、照準を元晴から蔦の拘束から抜け出したもう一人の男へ。
「それは人質を助けてカラデス!」
ライフルから波動弾が発射され、男の胸に命中し、死の波紋を広げながら飛びぬけた。
蔦から抜け出した水行の男が、すかさず癒しの霧を広げる。リーネの銃弾に倒れた男の回復が遅いと判断するなり、さらに術をかけようとした。
「おっと、そこまでじゃ。回復はほどほどにしてもらうぞ」
樹香が再び棘散舞を放つ。
「ノブ! 浜路!! くそ……。おい、みんな。戻って来い!」
元晴の呼びかけに、百鬼たちが集まってきた。
●
「あら! メロンパンちゃんじゃない。アンタはこっちよ、こっち!」
覚者たちの中に沙織を見つけ、奈央ははしゃいだ声をあげた。腕を大きく振って少女を手招きする。
「ねえ、ちゃんと学校行ってた? 高校の門前で張り込んでいたんだけど、ちっとも姿を見なかったじゃない。探したんだから」
「私、中学生……」
「あら、そう。最近の子は発育がいいわね。幼顔のほうで判断すべきだったわ」
沙織はとりあえず奈央を無視すると、ベーカリーの近くで倒れていた人のところに駆け寄り、意識の有無を確認したのちに樹の雫で手当てした。傷がしっかり癒えたことを確認し、二本用意して来た懐中電灯のうち一本を持たせると、西側から街の外へ非難するように促した。
「ねえ、聞いてる?」
苛立ちを含んだ声が頭の上から落ちてきた。
沙織は顔をあげた。
「まあいいわ。アンタがくれたあのメロンパン、すごく美味しかったけど、どこで買ったのよ。今から一緒に買いにいきましょう。あ、もしかして手作り?」
炎の照り返しを受けてオレンジ色にくゆる煙を背後に、聞こえてくる戦いの音は次第に激しさを増していく。なのに、奈央ときたら、笑顔すら浮かべて話しかけてくる。緊縛した空気などまるでお構いなしだ。
「何、のんきなこと言ってんだよ! お前、こんな状況でよくそんな話ができるな」
一悟が環を引きずってやってきた。しゃがみ込んで、意識のない環の体を横たえる。
「おしゃべりしてぇなら丁度いい。国枝さんのことを教えてくれ。お前、ずっとお見舞いに行ってたんだろ。嵯峨野の竹林で『体は大丈夫』って、いってたけど………もう退院してるのか?」
「なによ。国枝、国枝ってこの間から。ホモなの? ねえ、ホモなの?」
「違うよ!」
「あやしいのよ。チョコを鍋に入れる一悟は異次元でもホモ疑惑があったのよ」
南から飛鳥が姿を現し、環に癒しの滴を振りかけた。
「こら、飛鳥! 変なことをいうな!」
北からころんも戻ってきた。杖を振るって元晴らと戦う仲間を回復の術で支援する。
「ホモかどうかはともかく、ころんも国枝さんのことはずっと気にかかっていたの。いいから教えなさいなの。ていうか、飛鳥ちゃん。なんなの異次元って?」
「小石さんまで……」
一悟はがっくりとうなだれた。
「知らないわよ。どうしているかなんて。現在、絶賛行方知れずなんだから。どっかで首でも吊ってるんじゃないの? 他人の顔でね」
「なんだって?!」
気色ばんで立ち上がろうとした一悟のふとももを、地面から突き上げた土の槍が刺し貫いた。
「飛鳥ちゃん、一悟くんに癒しの滴! 百鬼たちが戻って来たの。奈央を問い詰めるのはあとにしましょう!」
飛鳥がぴっと額に手をあてて応える。
「イエスマムなのよ!」
ころんは甘い香りの中に毒を含んだ花を、向かってくる敵の前面に咲かせた。
沙織は棘のある植物の種子を飛ばして、チェーンソーを振り回しながら向かってきた男を牽制した。
「奈央さん! とりあえず一緒にベーカリーを守りましょう! ……そしてそれを邪魔する奴等は……殺しましょう」
「あは! いいわね。一緒にぶっ殺しましょ!」
ランスを片手に奈央がベーカリーの二階から飛び降りた。沙織に、覚者と隔者の間で揺れる不安と、殺人の桃惚、愛に対する焦操、この不条理な世の中に対する怒り、そして目覚めし者としての自尊心をすべて理解しているといった視線を向ける。
「……あとで。……メロンパンのお店巡りしょう」
沙織は恐れずにまっすぐに奈央の目を捕えると、微笑みとともに手を差し出した。
●
剣を打ち合う音が響くたびに、橙の火花が場違いなほど残酷に、壊れた夜を美しく照らし出す。
「元晴はどうして百鬼なの? 聞かせてほしいな、私は貴方に興味がある。前も今日も、命令遂行にヤケに必死だね。そこまで君を突き動かすものって?」
「とことん惚れちゃったのよ、紫雨にさ。アイツが見させてくれるでかい夢に痺れちまった。あ、俺、別にホモじゃないから安心しな。好きだよ、乳のでかい女!」
元晴は体を低く沈めながら突きだされた槍先をかわして、刀で雷鳥の脇腹を横に薙ぐように払い切った。流れのままに体を回転させ、今度は零に迫って、猛る一撃で胸を鷲掴む。
「――っ!!」
零は強く身をよじって元晴の手から逃れた。腕で痛む胸を抱え守る。大きな目からは涙があふれ出ていた。
樹香は二人の怪我の具合を冷静に判じると、樹の雫を雷鳥に与えた。
「お前様、女好きというたがモテなさそうじゃな」
「乱暴なほうが感じるって女、意外と多いんだぜ。ま、貧乳には分からねぇかな」
元晴はにたりと下卑た笑みを樹香に向けた。
「ほざきやがるなデスヨ、ド変態野郎っ! オッパイの大小は感度に関係ありませんデスネ!」
唸り声を上げながら、リーネがライフルを持った腕を横へ鋭く振りぬいた。
元晴と、元晴の脇を固めていた百鬼たちをまとめて伊邪波に巻き込む。風圧で落ちていた瓦が浮き飛び、ベーカリーの壁にひびが入った。
(「やべえ」)
周りを見れば百鬼の劣勢は明らかだった。あろうことか、奈央までもファイブらと一緒に戦っているではないか。
突然、強烈な閃光を伴った地鳴りのような雷爆音が耳を弄した。
「天行弐式、雷獣。元晴、今日も貴方が壊れる前に撤退してよね」
「よし、そうしよう」
元晴がバックステップで距離を取る。トントントン、と奈央と沙織の傍まで飛び下がった。
「でも、その前に……」
「その男、何か企んでおるぞ。気をつけるのじゃ!」
樹香が叫ぶ。
追撃に向かった雷鳥の前に、翼を持つ女と土鎧に身を固めた男が立ち塞がった。
「邪魔だよ、そこをおどき!」
強い風が吹いて、元晴は黒い煙と巻き上がった砂塵の中に消した。
●
「えっ?」
沙織は眼を大きく見開いた。
煙が晴れるとともに殺気を感じ、奈央を振り返り見ると、腹から赤刃の刀が突き抜けていた。するどい痛みとともに、刀の切っ先が自分の腹にも届いていることを知った。
「奈、お――」
腕を掴まれ、乱暴に後ろへ引き倒された。沙織の目に一悟の背が映る。
腹から刀を抜かれた奈央は、口から血を吐き出した。
「奈央!」
一悟は倒れかかってきた奈央を両腕で抱きかかえた。
奈央はしばらく一悟の顔をじっと見ていたが、ふいと左手を前に突き出し、胸を押して身を遠のけようとした。
黒髪の後ろから元晴の声がした。
「裏切り者は始末しておかねぇとな」
「いかん、逃げろ!」
樹香の叫びは遠かった。
リーネが悲鳴を上げる。
ころんはとっさに飛鳥を引き寄せると、しっかりと胸に頭を押しつけた。
今度は沙織が一悟の腕を引く。
零が走った。
雷鳥も走った。
世界中の音を消して、驚標の色を浮かべた奈央の相貌が横へずれていく。
間に合わない。手遅れだ。
遅れて、一悟の喉に食い込んだ切っ先が赤い筋を引いて行く。
飛鳥は見た。見てしまった。
ころんの腕を振り切って。
椿は花弁を散らさない。
その終わりにぽろりと首を落とす。
「あ゛……ああ゛あ゛っ……元、ハルぅうゥッ!」
喉から鮮血を吹きながら、一悟が爆発した。
固めた拳に炎を纏わせ、逃げる元晴に拳を叩き込む。
白熱した怒りが痛みを押して、沙織を跳ね起こさせた。
だが――。
「私は……こんな事をする貴様等隔者を……絶対に許さない!」
振り上げた拳を降ろす相手はもうそこにいなかった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
