孤独は、共に潜く。
掻いて、掻いて。蹴って、蹴って。急激な浮上で体に負荷が掛かろうが、今の彼女には関係ない。ただひたすらに、水面を目指す。
「どうした?! 何をそんなに焦って」
彼女は夫に引き上げられ、息も絶え絶えに言葉を発した。
「出た、の、トモカヅキ」
「何?! すぐ船を出す、引き返そう」
ぱちゃ。
しばらく波間を漂っていた人影は、船を見送ると海中へと姿を消した。海面から覗いていたその顔は、先程船に乗っていた女性と瓜二つであった。
●
「まだ寒さが残る時期にすっげー申し訳ないんだけど」
海に行って下さい、と知識 柊(nCL2000126)は地図を開き、三重県鳥羽市の海岸を指し示す。
「海に潜って漁をしてる海女さんが、古妖に蚊帳みたいな物を被せられる事件が起きてるんです」
今の所、被害に遭った海女達は持参した工具等で網を破って脱出している為、犠牲者は出ていない。だが、昔からこの辺りの地域には『トモカヅキに遭うと命を取られる』といった言い伝えがあり、トモカヅキが現れると2,3日の間は漁を休む程に恐れられているらしい。
「でも、何つーか……悪意、ってもんは感じられないっていうか……。構って欲しくてやってるみたいなんだよな」
とはいえ、いつ不幸な事故に繋がってもおかしくない。たとえ助かったとしても、水中で囚われる恐怖は、その後の仕事に響く可能性もあるだろう。
「夢で次にトモカヅキが現れる日が分かったんで、皆にはその日に向かって貰います。一回思いっきり暴れさせてあげれば、満足して海で大人しくしてくれるみたいなんで、この古妖と戦ってあげてください。ただ、その為にはまず……海に潜らなきゃならなくって」
全員が海に入る必要は無いが、誰かが古妖を戦場までおびき出さねばならない。夏なら良かったのに、と覚者の一人がぼやいた。
「頼めば現地の漁師さんが漁船を出してくれるらしい。守護使役が魚系の人が潜ると良さそうだけど、必要ならFiVEでダイビング器材を手配出来るってさ」
苦笑いを浮かべ、柊は話を続ける。
「トモカヅキの外見なんだけど、誰かそっくりに変身しちゃうんだ。そりゃもう、顔も服装も装備まで瓜二つ」
唯一、『頭に鉢巻を巻いている』という明確な違いがある為、仲間と見紛う心配は無い。装備も見目が同じなだけで、性能までは真似出来ないようだ。
「で、能力なんだけど、水行っぽい技と、あと……ぶん投げる。海に向かって。いちいち海に落とそうとする」
攻撃力はあまり高くないようだが、どうにも悪戯っ子な性格らしい。海に入らない者も、多少は濡れる覚悟でいた方が良さそうだ。
会議室を後にする覚者達へ、柊は叫んだ。
「風邪、ひかないでくださいね!」
「どうした?! 何をそんなに焦って」
彼女は夫に引き上げられ、息も絶え絶えに言葉を発した。
「出た、の、トモカヅキ」
「何?! すぐ船を出す、引き返そう」
ぱちゃ。
しばらく波間を漂っていた人影は、船を見送ると海中へと姿を消した。海面から覗いていたその顔は、先程船に乗っていた女性と瓜二つであった。
●
「まだ寒さが残る時期にすっげー申し訳ないんだけど」
海に行って下さい、と知識 柊(nCL2000126)は地図を開き、三重県鳥羽市の海岸を指し示す。
「海に潜って漁をしてる海女さんが、古妖に蚊帳みたいな物を被せられる事件が起きてるんです」
今の所、被害に遭った海女達は持参した工具等で網を破って脱出している為、犠牲者は出ていない。だが、昔からこの辺りの地域には『トモカヅキに遭うと命を取られる』といった言い伝えがあり、トモカヅキが現れると2,3日の間は漁を休む程に恐れられているらしい。
「でも、何つーか……悪意、ってもんは感じられないっていうか……。構って欲しくてやってるみたいなんだよな」
とはいえ、いつ不幸な事故に繋がってもおかしくない。たとえ助かったとしても、水中で囚われる恐怖は、その後の仕事に響く可能性もあるだろう。
「夢で次にトモカヅキが現れる日が分かったんで、皆にはその日に向かって貰います。一回思いっきり暴れさせてあげれば、満足して海で大人しくしてくれるみたいなんで、この古妖と戦ってあげてください。ただ、その為にはまず……海に潜らなきゃならなくって」
全員が海に入る必要は無いが、誰かが古妖を戦場までおびき出さねばならない。夏なら良かったのに、と覚者の一人がぼやいた。
「頼めば現地の漁師さんが漁船を出してくれるらしい。守護使役が魚系の人が潜ると良さそうだけど、必要ならFiVEでダイビング器材を手配出来るってさ」
苦笑いを浮かべ、柊は話を続ける。
「トモカヅキの外見なんだけど、誰かそっくりに変身しちゃうんだ。そりゃもう、顔も服装も装備まで瓜二つ」
唯一、『頭に鉢巻を巻いている』という明確な違いがある為、仲間と見紛う心配は無い。装備も見目が同じなだけで、性能までは真似出来ないようだ。
「で、能力なんだけど、水行っぽい技と、あと……ぶん投げる。海に向かって。いちいち海に落とそうとする」
攻撃力はあまり高くないようだが、どうにも悪戯っ子な性格らしい。海に入らない者も、多少は濡れる覚悟でいた方が良さそうだ。
会議室を後にする覚者達へ、柊は叫んだ。
「風邪、ひかないでくださいね!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖「トモカヅキ」の戦闘不能
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
古妖「トモカヅキ」との戦闘になります。
●古妖
常に誰かしらの姿に化けています。
武具も真似ていますが、通常攻撃時のダメージは素手扱いになります。
・スキル
ぶん投げる:物/近/単/ノックB
水鉄砲:特/遠/単/解除
冷たい波:特/遠/列/凍傷
古妖なので当然守護使役はいませんが、技能に因るものなのか、息継ぎを必要としないようです。
水中で戦闘を仕掛けるのはお勧めできません。
●戦場
当日の天候は曇天、水温も高くありません。
どこで戦うかの判断は皆様にお任せ致します。
陸地の場合:泳ぐ、または船で砂浜まで誘導します。
船上の場合:あまり大きくない漁船の上での戦闘になります。操縦する漁師さんは一般人です。
(余程派手に立ち回るといったプレイングが無い限りは転覆しないものとして判定します。古妖も船をひっくり返すような事はしません)
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年03月02日
2016年03月02日
■メイン参加者 8人■

●灰色の海で
「トモカヅキの対処法は確か……ポマード――じゃなくて、ドーマン、セーマン♪ だった筈なのです」
車椅子のタイヤの跡が波にさらわれる様子を見やり、落雷を防ぐおまじない「クワバラ」と似たようなものですけれど、と『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)が呟いた。何の根拠もない言い伝えではあるが、一時期流行った都市伝説よろしくそのような噂が生まれる辺り、住民達から恐れられる存在なのだと窺い知れる。
「本当のところは、ただの構ってちゃんみたいだけどねん♪」
砂地で引き摺らぬよう着物の裾を上げ、『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)が目を細めた。仲間の現身を真似た妖も記憶に新しいが、今回の古妖の技にも興味がある。尤も、姿形を変える技より体術の方が気になるようだが。
「この時期に海はちょっと……」
一般人対策に結界を張りつつ、自身の体を掻き抱くように身を縮こまらせたのは、ククル ミラノ(CL2001142)だ。普段ならピンと立った桃色の耳も、今は頭にぴたりとくっつくように寝ている。
「オレも寒いのとか、水の冷たいの、ニガテなんだよなー……ックシュッ」
同じく隣で体を震わせていた新咎 罪次(CL2001224)は、誘導に向かった仲間はまだかと水平線を眺める。雪でも降り出しそうな鈍色の雲の下、広がる海も同じように暗く、受ける印象はただただ寒々しい。
せめて船が戻る時に、少しでも分かり易いように、と。『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)は自身を輝かせ、海に出た仲間を、そしてトモカヅキを待っていた。
一方、『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)は海中を進む。ウエットスーツが体温の低下を防いでくれるが、水が冷たい事に変わりはない。長居はしたくない。
ふいに、人影が見えた。はっきりと姿を確認する事は叶わないが、海女達は日待ちといって海に潜らない日だ。トモカヅキだと気付くと同時に、膜のような物が視界を過ぎる。目の細かい網――蚊帳のようだ。
(「一緒に思いっきり遊びませんか?」)
すんでの所で蚊帳を避け、送受心を試みると、相手はぴたりと動きを止めた。動揺しているのだろうか。
守護使役のイブキの能力が切れる前に水面へと泳ぎ始めると、人影もゆっくりと後を付いてくる。誘導は成功のようだ。
「よし、交代だ!」
海上で待機していた漁船に灯を引き上げ、入れ替わりに『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が水面へと降りた。水に濡れない絶妙な高さで飛行しながら、守護使役のクロに『ともしび』を命じる。明かりならば、海中からでも視認し易い。
「お疲れ様です」
タオルを差し出し、三峯・由愛(CL2000629)は覗き込むように海を見た。クロの明かりを追いかけるように、確かに黒い影が船と並んで泳いでいた。
●同一の潜水者
「船を出してくださってありがとうございました」
「礼を言うのはこっちの方だ。こんなに覚者が来てくれるなんてな」
漁師の男は被害が無くなるなら安い物だと笑い、灯に言われるままに海岸から離れていく。これで砂浜に残るのは、覚者達だけだ。
「こっちこっちー! おつかれさまー、あとであったかいモン飲もうぜー!」
船で誘導していた班が罪次達に合流するとほぼ同時に、それはざばりと姿を現した。
「覚者、たくさん!」
一斉に振り返った先、海に半身が浸かったままの『彼女』は、長い鉢巻を除いては、何から何まで灯と同じ姿をしていた。
「んじゃ、おっぱじめますかー。よろしくおねしゃー……す?!」
ぶん。青年の姿になった罪次の体が、宙を舞った。水飛沫が上がる。
「あらん、やんちゃそうな子ねぇ♪」
いつ水から上がったというのか。先手は取られたものの、拮抗する速さで動いたのは輪廻だ。トモカヅキは腕を掲げてガードを試みるも、異なる軌道で繰り出された二撃目が腹に入り、目を見開く。
「わ、こんなにそっくりにばけるなんてすごい……!」
感嘆の声を上げながらも、ミラノは攻撃の手を緩めない。絡みつくように伸びた植物が、トモカヅキの肌を裂く。
「さて、お話し合いといかせてもらうのですよ」
――物理的に。磯特有の匂いに紛れ、槐の清廉香の香りが漂った。
「行くぜレイジングブル! 新技見せてやろうぜ!」
眼前に迫る火の玉を避けようと、トモカヅキは砂浜を転がるが、連続して放たれた攻撃をかわし切れない。ヤマトの掻き鳴らすギターの音にも負けぬ、轟音が響いた。
「技、珍しい。強い覚者!」
決して小さなダメージではなかったはずだ。それでも弐式のスキルが物珍しかったのか、トモカヅキは声を弾ませ、にかっと笑って見せる。姿は灯でも、普段柔和な笑みを浮かべる彼女とは異なる印象の笑顔に、本人が一番複雑そうな表情をしていた。
「私に変身する事は予想していましたが……なんだか変な感じです」
鎖分銅を振るった次の瞬間、トモカヅキはヤマトへと姿を変じる。ギターを気に入ったのか、滅茶苦茶なメロディを奏でながらステップを踏むトモカヅキの周囲に、水が生じた。
ざあ。海と異なる方向から訪れた波が、前衛を飲み込んだ。
(「殺意は感じられませんし……何が理由なのか、聞きたいですけれど」)
「まずは、落ち着いて話を聞ける状態にしないと」
由愛の霧に包まれ、きょろきょろと辺りを見回すトモカヅキの足元が、突然隆起する。隆槍だ。
「試合するときはまずあいさつだろー?!」
海水がえげつねーほど冷たかったと文句を垂れながらも、戦線に復帰した罪次の表情は明るい。釣られて笑ったトモカヅキを、空気の弾丸が掠めた。
「こんにちは、トモカヅキさん」
飛行する鈴鳴を興味深そうに見上げ、
「こにちわっ」
撃ち落とそうとするかのように、水鉄砲を放つ。
(「冬ですし、人がほとんど泳ぎに来ないから、だと思っていましたが」)
たどたどしい喋り方は、話し慣れない為か。地元の人々と上手くいかないのは、言葉が不自由な事も関係しているかもしれない――、濡れて顔に貼り付いた髪を振り払いながら、鈴鳴は相手を理解しようと努めていた。
「こんな風にそっくりに化けてると、ちょっと悪戯したくなってきちゃうわねぇ♪ あれとかこれとかも本物と一緒なのかしらん?」
「あああれとかこれって何だよ?!」
女性陣に化けられるより自身の姿の方がずっとやり易い……と思っていたのだが、一体何を確認されてしまうというのか。耳まで赤くして狼狽える照れ屋さんの事など気にも留めず、輪廻が距離を詰めた。だが。
「きゃっ」
ばしゃん! 水柱が上がる。
「ミラノはうしろからどんどんたねをとばすよっ!」
「濡れたって俺の炎は消せねぇ!」
海に投げ込まれた輪廻を指差しケタケタと笑うトモカヅキに、ミラノの種が、ヤマトの炎が降り注ぐ。悪戯が成功した子供のような態度に、由愛もまた子供を叱るように「めっ」とトリガーを引いた。
「理由はどうあれ、いたずらでも人に迷惑をかけちゃいけませんっ!」
「めー、わく?」
ぴたりと笑うのを止め、きょとんとした表情になる。
「誰でも冬の海で凍えるのは勘弁したいところなのです」
至近距離で撃ち込まれた、槐の波動弾。トモカヅキが初めて眉を顰めて見せ、首を横に振った。
「迷惑、違う。遊ぶ!」
大きな波が覚者を襲う。真正面から冷たい水に晒された槐に、鈴鳴が深想水で癒しをもたらした。
「投げとは――こうやるのよんッ♪」
駄々っ子のようにギターを振り回し始めたトモカヅキの体が、飛んだ。
「その子の投げ、海に投げ落としてるだけって感じで、実戦向きじゃないのよねぇ」
あわよくば古妖の技を習得しようと考えていた輪廻が、残念そうに眉尻を下げ、笑う。投げ飛ばされたトモカヅキの方はといえば、一瞬何が起きたのか理解出来ない様子できょとんとした後、初めて喰らった技に目を輝かせていた。
「おお……」
いや、違う。輪廻に姿を変え、嬉しそうに豊かな胸元を見つめている。性別があるかすら不明だが、羨望の眼差しから察するに、女の子なのかもしれない。下着を着用していない事に気付いたのか、少し照れながら着物を直していた。
その無邪気な様子に、やはり人に害を無そうとする意思は感じられず、理解があれば共存は可能だと灯は確信する。
「漁師さん達、怖がってるんです」
人は水中での呼吸は不可能なのだと。海中で身動きが取れなくなる事は、命にかかわるのだ、と。飛燕を繰り出しながらも、諭すように語り掛ければ、トモカヅキは少し悲しそうに目を伏せた。
「遊ぶ、だけ!」
「おっと、危ねぇ」
ぶん。後方へと飛ばされる灯の体を、ヤマトが抱き留めた。
「遊び相手が欲しかったなら、俺達が一緒に遊ぶからさ。こいよ、トモカヅキ! お前が遊び飽きるまで、とことん相手してやるぜ!」
●古妖の遊び相手
「一緒に暴れてやるだけでいいなんて、楽しいしごとだしなー!」
低い位置を振り抜いた罪次の鉄パイプに足を取られ、トモカヅキが前のめりによろける。
「ちゃんと反省してもらいますからっ」
たしなめるように言いながらも、無防備になった背にエアブリットを打ち込んだ鈴鳴の視線はどこか優しい。
「私、楽しい。皆、楽しい?」
湿った砂にまみれた顔を上げ、不安そうに尋ねるトモカヅキに、ミラノは人懐こそうな笑顔を向けた。
「もっともっと古妖さんたちのこと、知りたいなってミラノは思ってるっ」
――トモカヅキちゃんは? 問われ、しばしの逡巡の後、破顔した。
「人、知る!」
ブンッ! 吹っ切れたと言わんばかりの笑顔で槐を引っ掴み、投げた。彼女は中空で姿勢を立て直し、浅瀬に足から着水する。入念な下調べにより、極力濡れる事を避けている辺り、流石だろう。
「そうでなければ困るのですよ。事件が再発しては、わざわざ冬の海で濡れた意味が無いのです」
守護使役のぞんでの力を借りて浜辺に降り立ち、氣力を回復する。対するトモカヅキは既に氣力が尽きているのか、鈴鳴の姿に化け、戦旗を振るっている所であった。
「こうやって暴れたくなっても、街の人達にやってはダメですよ?」
由愛が無機質な右腕で攻撃を受け、「その時はまた私達がお付き合いしますから、ね?」と付け加えれば、トモカヅキも小首を傾げる。
「また?」
「ええ、『また』です」
鈴鳴が戦旗を翻し、癒しの霧をもたらした。ただ振り回しているだけのトモカヅキと異なり、旗がたなびく様は味方を鼓舞するに相応しい。灰色の空に、青が映える。
「出来れば、夏が良いですね。一緒に水遊びが出来ますから」
「水遊び」
誰かと並んで泳ぐのは、きっと、楽しいだろう。はにかむ彼女に火炎弾を放ち、ヤマトも白い歯を覗かせる。
「これだけ遊んだら俺達、友達になれるかな?」
「友達?」
「俺はトモカヅキと友達になりたい!」
「友達……」
目を瞬かせるトモカヅキに連撃を浴びせ、灯が問うた。
「もう、海女さん達をからかうのはやめて頂けますか?」
こくり。力強く頷き、満面の笑みを浮かべた。
「しない。だって、友達、居る」
「よーし、よく言ったわねんっ! じゃ、お開きにしましょ♪」
トモカヅキに受け身を取る余裕を与えず、輪廻が力いっぱい投げ飛ばす。
砂煙が収まった時。そこには、昔ながらの磯着姿の海女が一人、目を回して倒れていた。
●人と古妖の橋渡し
「あ。起きたのですよ」
目を開くと視界いっぱいに槐の顔があり、トモカヅキは思わず後ずさりをした。槐はただ写真を撮っていただけなのだが、携帯電話は古妖にとっては得体の知れない機器でしかない。
「しゃしんはこわくないよっ」
小さな背中に必死に隠れようとするトモカヅキに、ミラノは大丈夫だと一生懸命フォローをしている。きゃあきゃあと女子特有の賑やかな声が上がった。
「古妖も起きたみてーだな。これで気が済んだかー? なんかあったかいモン買いに行こうぜー!」
罪次の声に、寂しげな表情を浮かべたトモカヅキの背を、ヤマトが叩く。
「冬は寒いから海に入りづらいけどさ、夏になって温かくなったら一緒に泳いで遊ぼうぜ。約束!」
「それまで、イタズラは控えめにしてて下さいね?」
由愛に借りたタオルで体を拭いつつ、鈴鳴がくすくすと笑えば、トモカヅキは唇を尖らせた。
「イタズラ、しない! 約束、する!」
砂浜を去る前に、灯はもう一度古妖を振り返る。
「漁師さんと、話し合いをしてみませんか?」
一瞬戸惑うような素振りを見せた彼女に、「私達が間に立ちますから」と言えば、唇を引き結んだまま、頷いた。
「……謝る」
「きっと、これからは仲良くできますよ。行きましょう」
差し伸べられた手を、トモカヅキは強く握る。
「何か、お礼。する」
「いえ、そういうのは……」
辞退しようとして、ふと思い立つ。
「……では、何か技を見せて頂けますか?」
今後の参考になるかもしれないのでと言うと、トモカヅキは名案だというように手を叩いた。
「潜る、教える。また、遊べる!」
「トモカヅキの対処法は確か……ポマード――じゃなくて、ドーマン、セーマン♪ だった筈なのです」
車椅子のタイヤの跡が波にさらわれる様子を見やり、落雷を防ぐおまじない「クワバラ」と似たようなものですけれど、と『偽弱者(はすらー)』橡・槐(CL2000732)が呟いた。何の根拠もない言い伝えではあるが、一時期流行った都市伝説よろしくそのような噂が生まれる辺り、住民達から恐れられる存在なのだと窺い知れる。
「本当のところは、ただの構ってちゃんみたいだけどねん♪」
砂地で引き摺らぬよう着物の裾を上げ、『ドキドキお姉さん』魂行 輪廻(CL2000534)が目を細めた。仲間の現身を真似た妖も記憶に新しいが、今回の古妖の技にも興味がある。尤も、姿形を変える技より体術の方が気になるようだが。
「この時期に海はちょっと……」
一般人対策に結界を張りつつ、自身の体を掻き抱くように身を縮こまらせたのは、ククル ミラノ(CL2001142)だ。普段ならピンと立った桃色の耳も、今は頭にぴたりとくっつくように寝ている。
「オレも寒いのとか、水の冷たいの、ニガテなんだよなー……ックシュッ」
同じく隣で体を震わせていた新咎 罪次(CL2001224)は、誘導に向かった仲間はまだかと水平線を眺める。雪でも降り出しそうな鈍色の雲の下、広がる海も同じように暗く、受ける印象はただただ寒々しい。
せめて船が戻る時に、少しでも分かり易いように、と。『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)は自身を輝かせ、海に出た仲間を、そしてトモカヅキを待っていた。
一方、『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)は海中を進む。ウエットスーツが体温の低下を防いでくれるが、水が冷たい事に変わりはない。長居はしたくない。
ふいに、人影が見えた。はっきりと姿を確認する事は叶わないが、海女達は日待ちといって海に潜らない日だ。トモカヅキだと気付くと同時に、膜のような物が視界を過ぎる。目の細かい網――蚊帳のようだ。
(「一緒に思いっきり遊びませんか?」)
すんでの所で蚊帳を避け、送受心を試みると、相手はぴたりと動きを止めた。動揺しているのだろうか。
守護使役のイブキの能力が切れる前に水面へと泳ぎ始めると、人影もゆっくりと後を付いてくる。誘導は成功のようだ。
「よし、交代だ!」
海上で待機していた漁船に灯を引き上げ、入れ替わりに『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が水面へと降りた。水に濡れない絶妙な高さで飛行しながら、守護使役のクロに『ともしび』を命じる。明かりならば、海中からでも視認し易い。
「お疲れ様です」
タオルを差し出し、三峯・由愛(CL2000629)は覗き込むように海を見た。クロの明かりを追いかけるように、確かに黒い影が船と並んで泳いでいた。
●同一の潜水者
「船を出してくださってありがとうございました」
「礼を言うのはこっちの方だ。こんなに覚者が来てくれるなんてな」
漁師の男は被害が無くなるなら安い物だと笑い、灯に言われるままに海岸から離れていく。これで砂浜に残るのは、覚者達だけだ。
「こっちこっちー! おつかれさまー、あとであったかいモン飲もうぜー!」
船で誘導していた班が罪次達に合流するとほぼ同時に、それはざばりと姿を現した。
「覚者、たくさん!」
一斉に振り返った先、海に半身が浸かったままの『彼女』は、長い鉢巻を除いては、何から何まで灯と同じ姿をしていた。
「んじゃ、おっぱじめますかー。よろしくおねしゃー……す?!」
ぶん。青年の姿になった罪次の体が、宙を舞った。水飛沫が上がる。
「あらん、やんちゃそうな子ねぇ♪」
いつ水から上がったというのか。先手は取られたものの、拮抗する速さで動いたのは輪廻だ。トモカヅキは腕を掲げてガードを試みるも、異なる軌道で繰り出された二撃目が腹に入り、目を見開く。
「わ、こんなにそっくりにばけるなんてすごい……!」
感嘆の声を上げながらも、ミラノは攻撃の手を緩めない。絡みつくように伸びた植物が、トモカヅキの肌を裂く。
「さて、お話し合いといかせてもらうのですよ」
――物理的に。磯特有の匂いに紛れ、槐の清廉香の香りが漂った。
「行くぜレイジングブル! 新技見せてやろうぜ!」
眼前に迫る火の玉を避けようと、トモカヅキは砂浜を転がるが、連続して放たれた攻撃をかわし切れない。ヤマトの掻き鳴らすギターの音にも負けぬ、轟音が響いた。
「技、珍しい。強い覚者!」
決して小さなダメージではなかったはずだ。それでも弐式のスキルが物珍しかったのか、トモカヅキは声を弾ませ、にかっと笑って見せる。姿は灯でも、普段柔和な笑みを浮かべる彼女とは異なる印象の笑顔に、本人が一番複雑そうな表情をしていた。
「私に変身する事は予想していましたが……なんだか変な感じです」
鎖分銅を振るった次の瞬間、トモカヅキはヤマトへと姿を変じる。ギターを気に入ったのか、滅茶苦茶なメロディを奏でながらステップを踏むトモカヅキの周囲に、水が生じた。
ざあ。海と異なる方向から訪れた波が、前衛を飲み込んだ。
(「殺意は感じられませんし……何が理由なのか、聞きたいですけれど」)
「まずは、落ち着いて話を聞ける状態にしないと」
由愛の霧に包まれ、きょろきょろと辺りを見回すトモカヅキの足元が、突然隆起する。隆槍だ。
「試合するときはまずあいさつだろー?!」
海水がえげつねーほど冷たかったと文句を垂れながらも、戦線に復帰した罪次の表情は明るい。釣られて笑ったトモカヅキを、空気の弾丸が掠めた。
「こんにちは、トモカヅキさん」
飛行する鈴鳴を興味深そうに見上げ、
「こにちわっ」
撃ち落とそうとするかのように、水鉄砲を放つ。
(「冬ですし、人がほとんど泳ぎに来ないから、だと思っていましたが」)
たどたどしい喋り方は、話し慣れない為か。地元の人々と上手くいかないのは、言葉が不自由な事も関係しているかもしれない――、濡れて顔に貼り付いた髪を振り払いながら、鈴鳴は相手を理解しようと努めていた。
「こんな風にそっくりに化けてると、ちょっと悪戯したくなってきちゃうわねぇ♪ あれとかこれとかも本物と一緒なのかしらん?」
「あああれとかこれって何だよ?!」
女性陣に化けられるより自身の姿の方がずっとやり易い……と思っていたのだが、一体何を確認されてしまうというのか。耳まで赤くして狼狽える照れ屋さんの事など気にも留めず、輪廻が距離を詰めた。だが。
「きゃっ」
ばしゃん! 水柱が上がる。
「ミラノはうしろからどんどんたねをとばすよっ!」
「濡れたって俺の炎は消せねぇ!」
海に投げ込まれた輪廻を指差しケタケタと笑うトモカヅキに、ミラノの種が、ヤマトの炎が降り注ぐ。悪戯が成功した子供のような態度に、由愛もまた子供を叱るように「めっ」とトリガーを引いた。
「理由はどうあれ、いたずらでも人に迷惑をかけちゃいけませんっ!」
「めー、わく?」
ぴたりと笑うのを止め、きょとんとした表情になる。
「誰でも冬の海で凍えるのは勘弁したいところなのです」
至近距離で撃ち込まれた、槐の波動弾。トモカヅキが初めて眉を顰めて見せ、首を横に振った。
「迷惑、違う。遊ぶ!」
大きな波が覚者を襲う。真正面から冷たい水に晒された槐に、鈴鳴が深想水で癒しをもたらした。
「投げとは――こうやるのよんッ♪」
駄々っ子のようにギターを振り回し始めたトモカヅキの体が、飛んだ。
「その子の投げ、海に投げ落としてるだけって感じで、実戦向きじゃないのよねぇ」
あわよくば古妖の技を習得しようと考えていた輪廻が、残念そうに眉尻を下げ、笑う。投げ飛ばされたトモカヅキの方はといえば、一瞬何が起きたのか理解出来ない様子できょとんとした後、初めて喰らった技に目を輝かせていた。
「おお……」
いや、違う。輪廻に姿を変え、嬉しそうに豊かな胸元を見つめている。性別があるかすら不明だが、羨望の眼差しから察するに、女の子なのかもしれない。下着を着用していない事に気付いたのか、少し照れながら着物を直していた。
その無邪気な様子に、やはり人に害を無そうとする意思は感じられず、理解があれば共存は可能だと灯は確信する。
「漁師さん達、怖がってるんです」
人は水中での呼吸は不可能なのだと。海中で身動きが取れなくなる事は、命にかかわるのだ、と。飛燕を繰り出しながらも、諭すように語り掛ければ、トモカヅキは少し悲しそうに目を伏せた。
「遊ぶ、だけ!」
「おっと、危ねぇ」
ぶん。後方へと飛ばされる灯の体を、ヤマトが抱き留めた。
「遊び相手が欲しかったなら、俺達が一緒に遊ぶからさ。こいよ、トモカヅキ! お前が遊び飽きるまで、とことん相手してやるぜ!」
●古妖の遊び相手
「一緒に暴れてやるだけでいいなんて、楽しいしごとだしなー!」
低い位置を振り抜いた罪次の鉄パイプに足を取られ、トモカヅキが前のめりによろける。
「ちゃんと反省してもらいますからっ」
たしなめるように言いながらも、無防備になった背にエアブリットを打ち込んだ鈴鳴の視線はどこか優しい。
「私、楽しい。皆、楽しい?」
湿った砂にまみれた顔を上げ、不安そうに尋ねるトモカヅキに、ミラノは人懐こそうな笑顔を向けた。
「もっともっと古妖さんたちのこと、知りたいなってミラノは思ってるっ」
――トモカヅキちゃんは? 問われ、しばしの逡巡の後、破顔した。
「人、知る!」
ブンッ! 吹っ切れたと言わんばかりの笑顔で槐を引っ掴み、投げた。彼女は中空で姿勢を立て直し、浅瀬に足から着水する。入念な下調べにより、極力濡れる事を避けている辺り、流石だろう。
「そうでなければ困るのですよ。事件が再発しては、わざわざ冬の海で濡れた意味が無いのです」
守護使役のぞんでの力を借りて浜辺に降り立ち、氣力を回復する。対するトモカヅキは既に氣力が尽きているのか、鈴鳴の姿に化け、戦旗を振るっている所であった。
「こうやって暴れたくなっても、街の人達にやってはダメですよ?」
由愛が無機質な右腕で攻撃を受け、「その時はまた私達がお付き合いしますから、ね?」と付け加えれば、トモカヅキも小首を傾げる。
「また?」
「ええ、『また』です」
鈴鳴が戦旗を翻し、癒しの霧をもたらした。ただ振り回しているだけのトモカヅキと異なり、旗がたなびく様は味方を鼓舞するに相応しい。灰色の空に、青が映える。
「出来れば、夏が良いですね。一緒に水遊びが出来ますから」
「水遊び」
誰かと並んで泳ぐのは、きっと、楽しいだろう。はにかむ彼女に火炎弾を放ち、ヤマトも白い歯を覗かせる。
「これだけ遊んだら俺達、友達になれるかな?」
「友達?」
「俺はトモカヅキと友達になりたい!」
「友達……」
目を瞬かせるトモカヅキに連撃を浴びせ、灯が問うた。
「もう、海女さん達をからかうのはやめて頂けますか?」
こくり。力強く頷き、満面の笑みを浮かべた。
「しない。だって、友達、居る」
「よーし、よく言ったわねんっ! じゃ、お開きにしましょ♪」
トモカヅキに受け身を取る余裕を与えず、輪廻が力いっぱい投げ飛ばす。
砂煙が収まった時。そこには、昔ながらの磯着姿の海女が一人、目を回して倒れていた。
●人と古妖の橋渡し
「あ。起きたのですよ」
目を開くと視界いっぱいに槐の顔があり、トモカヅキは思わず後ずさりをした。槐はただ写真を撮っていただけなのだが、携帯電話は古妖にとっては得体の知れない機器でしかない。
「しゃしんはこわくないよっ」
小さな背中に必死に隠れようとするトモカヅキに、ミラノは大丈夫だと一生懸命フォローをしている。きゃあきゃあと女子特有の賑やかな声が上がった。
「古妖も起きたみてーだな。これで気が済んだかー? なんかあったかいモン買いに行こうぜー!」
罪次の声に、寂しげな表情を浮かべたトモカヅキの背を、ヤマトが叩く。
「冬は寒いから海に入りづらいけどさ、夏になって温かくなったら一緒に泳いで遊ぼうぜ。約束!」
「それまで、イタズラは控えめにしてて下さいね?」
由愛に借りたタオルで体を拭いつつ、鈴鳴がくすくすと笑えば、トモカヅキは唇を尖らせた。
「イタズラ、しない! 約束、する!」
砂浜を去る前に、灯はもう一度古妖を振り返る。
「漁師さんと、話し合いをしてみませんか?」
一瞬戸惑うような素振りを見せた彼女に、「私達が間に立ちますから」と言えば、唇を引き結んだまま、頷いた。
「……謝る」
「きっと、これからは仲良くできますよ。行きましょう」
差し伸べられた手を、トモカヅキは強く握る。
「何か、お礼。する」
「いえ、そういうのは……」
辞退しようとして、ふと思い立つ。
「……では、何か技を見せて頂けますか?」
今後の参考になるかもしれないのでと言うと、トモカヅキは名案だというように手を叩いた。
「潜る、教える。また、遊べる!」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
ラーニング成功!!
取得者:七海 灯(CL2000579)
取得技:水中散歩
取得者:七海 灯(CL2000579)
取得技:水中散歩
