≪初夢語≫。或いは、誰かの為の夢物語
●誰かのための物語
そびえ立つのは、天を貫くほどの高い高い塔だった。
塔の周りは、一面の野原。広く広く、どこまでも緑が広がっている。
頬を撫でる風は無温。どこか、現実離れした浮遊感が身体を包んでいる。
塔を見上げると、遥か上空、頂上付近に赤い髪をした女性の姿が見える。その手に持たれた、スピーカー付きの杖をこちらへ向けて、女性は言った。
『貴方達、ここまであがってらっしゃいな。でなきゃずっと、この世界に囚われたままよ』
赤いドレスを纏った女性だ。美しい赤髪を風に踊らせ、くるくると踊る。踊りながら、こちらへ向かって語りかけてくる。
『ここは私の庭。私の城。赤の女王の世界へようこそ! 貴方達はお客様。もちろん丁重におもてなしするわ。えぇ。えぇ、もちろん。私なりのやり方でね!』
女王がそう叫ぶと、塔の入口なのだろう鉄の扉がゴゴゴ、と大きな音と共に開く。塔の入口から出てきたのは、十数体の兵士であった。顔のない、マネキンのような身体をしている。それぞれ、銃士のような衣服に身を包んでいた。
マントには、ハートやスペード、ダイヤにクローバーとトランプの模様が刻まれていた。
更に、その後ろに控えるのは巨大な竜のような生物だ。翼はないが、代わりにその背には、骨で出来た蜘蛛のような8本の脚が付き出ている。
『まず皆さまをお迎えしますわ、私の配下、トランプ兵。よわっちぃから沢山いても問題ないでしょう?
(麻痺)にだけ気を付ければ問題ないと思いますわ。ちゃっちゃと無双しちゃってくださいな』
女王の声に応えるように、トランプ兵達が剣を引き抜く。剣を鳴らして、足踏みを繰り返した。
その背後では、鎖に繋がれた竜がぐるると低く喉を鳴らす。
『そっちの竜はジャバウォックちゃん。私のペットね。頭は悪いけど、とっても可愛いの。遊んであげて? でも、(炎傷)と(重圧)に注意ですわ』
強いわよ、なんて楽しそうに女王は言った。
それから女王は、思い出したように「あぁ」と呟く。
「もちろん、塔の上までの道のりは遠いものね。面倒だったら、まっすぐにここまで駆け上がってくれても構わないわ。兵や竜は邪魔をするけど、戦うも戦わないも、皆さんの自由ですものね」
いいですわ。
と、女王は笑う。
「塔は全部で13階までありますから。是非楽しんで。8階には休憩室も用意してありますから。お茶でもお菓子でも好きに楽しんでくださいね。私も準備ができたらお迎えに上がりますから、後でお会いしましょう」
女王の姿が消えると同時、兵士たちが一斉にこちらへと駆け出した。
そびえ立つのは、天を貫くほどの高い高い塔だった。
塔の周りは、一面の野原。広く広く、どこまでも緑が広がっている。
頬を撫でる風は無温。どこか、現実離れした浮遊感が身体を包んでいる。
塔を見上げると、遥か上空、頂上付近に赤い髪をした女性の姿が見える。その手に持たれた、スピーカー付きの杖をこちらへ向けて、女性は言った。
『貴方達、ここまであがってらっしゃいな。でなきゃずっと、この世界に囚われたままよ』
赤いドレスを纏った女性だ。美しい赤髪を風に踊らせ、くるくると踊る。踊りながら、こちらへ向かって語りかけてくる。
『ここは私の庭。私の城。赤の女王の世界へようこそ! 貴方達はお客様。もちろん丁重におもてなしするわ。えぇ。えぇ、もちろん。私なりのやり方でね!』
女王がそう叫ぶと、塔の入口なのだろう鉄の扉がゴゴゴ、と大きな音と共に開く。塔の入口から出てきたのは、十数体の兵士であった。顔のない、マネキンのような身体をしている。それぞれ、銃士のような衣服に身を包んでいた。
マントには、ハートやスペード、ダイヤにクローバーとトランプの模様が刻まれていた。
更に、その後ろに控えるのは巨大な竜のような生物だ。翼はないが、代わりにその背には、骨で出来た蜘蛛のような8本の脚が付き出ている。
『まず皆さまをお迎えしますわ、私の配下、トランプ兵。よわっちぃから沢山いても問題ないでしょう?
(麻痺)にだけ気を付ければ問題ないと思いますわ。ちゃっちゃと無双しちゃってくださいな』
女王の声に応えるように、トランプ兵達が剣を引き抜く。剣を鳴らして、足踏みを繰り返した。
その背後では、鎖に繋がれた竜がぐるると低く喉を鳴らす。
『そっちの竜はジャバウォックちゃん。私のペットね。頭は悪いけど、とっても可愛いの。遊んであげて? でも、(炎傷)と(重圧)に注意ですわ』
強いわよ、なんて楽しそうに女王は言った。
それから女王は、思い出したように「あぁ」と呟く。
「もちろん、塔の上までの道のりは遠いものね。面倒だったら、まっすぐにここまで駆け上がってくれても構わないわ。兵や竜は邪魔をするけど、戦うも戦わないも、皆さんの自由ですものね」
いいですわ。
と、女王は笑う。
「塔は全部で13階までありますから。是非楽しんで。8階には休憩室も用意してありますから。お茶でもお菓子でも好きに楽しんでくださいね。私も準備ができたらお迎えに上がりますから、後でお会いしましょう」
女王の姿が消えると同時、兵士たちが一斉にこちらへと駆け出した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.全員で塔の最上階へ到達すること
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
この依頼は参加者全員が見ている同じ夢の中での出来事となります。
その為世界観に沿わない設定、起こりえない情況での依頼となっている可能性が
ありますが全て夢ですので情況を楽しんでしまいしょう。
またこの依頼での出来事は全て夢のため、現実世界には一切染み出す事はありません。
※要約すると一夜限りの夢の出来事なので思いっきり楽しんじゃえ!です。
●場所
13階建ての高い塔。各フロアをまっすぐ移動するだけでも2ターンほど消費するだろう。8階の休憩室には、ティーセットや各種茶葉。クッキー、ケーキ、正体不明のドリンクなど用意されている。8階には敵は侵入して来ないようだ。
塔の内装はファンシーテイストに統一されている。
塔の中をトレーニング感覚で駆け抜ければOK。
全員最上階に到着しないと、攻略にならないようだ。
●ターゲット
赤の女王×1
赤いドレスに赤い髪。全身真っ赤に統一された女性。
手に持ったスピーカー付きの杖で、時々此方を煽ってくる。
塔の内部の様子は全て把握しているようだ。
塔の頂上にいる彼女の元に到達することが達成条件となる。
【shower abuse】→特遠列[ダメ0][凶]
こちらを挑発する言葉。最上階から、時々こちらへ向けて語りかけてくる。
ジャバウォック
1~7階に1体、8~12階に1体ずついる。討伐の必要はなく、8階を超えて移動することはできない。
背中に付いた骨のような多脚を駆使した突進や、炎を吐いて攻撃してくる。
頭は悪いようで、目の前の動くものを見境なく襲う傾向にある。
【霧の魔都】→特遠単貫2[炎傷][重圧]
黒い煙のような灼熱の吐息。
トランプ兵
塔の内部に無数に登場するトランプ兵。
ハート、スペード、ダイヤ、クローバーの4種類居るが性能は同じ。1、2撃でも受ければ紙切れと化して消え失せる。
倒しても、そのうち復活するようだ。
最大で54体まで同時に出現する。
【女王の為の一撃】→物近単[麻痺]
剣による斬撃。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
5/8
公開日
2016年01月19日
2016年01月19日
■メイン参加者 5人■

●ここは夢中。赤の塔。
『ここは私の庭。私の城。赤の女王の世界へようこそ! 貴方達はお客様。もちろん丁重におもてなしするわ。えぇ、もちろん。私なりのやり方でね!』
見上げるほどの赤い塔。その最上階で、豆粒ほどの人影が叫ぶ。赤いドレスに赤い髪。杖の先に取りつけたスピーカーを通して、甲高い声で(赤の女王)はそう告げた。
直後、重たい音をたて塔の入口が開く。中から現れたのは30に近い銃士隊である。それぞれマントに、スートやナンバーの違ったトランプの絵柄が記載されている以外は、皆一様に同じ外見をしていた。
トランプ兵達の後ろには猛り狂う竜のような怪物もいる。背中から蜘蛛にも似た骨の脚が突き出したその姿は醜悪そのもの。灼熱の吐息を吐きながら、自身を拘束する鎖を忌々しげに引き千切ろうともがいている。
ここは夢の中。最上階へ全員で到達する他に、この夢から覚める術はない。
故に、走る。
同じ夢に囚われた5人の覚者は各々の武器を手に携え、塔の最上階を目指し。
ある者は楽しげに。
ある者は冷静に。
今はただ。
目の前を埋め尽くす、トランプ兵を薙ぎ払い、走る。
●狂い狂った素敵な夢。
「さて、夢にしてはちょっと異常事態というか何というか」
扉から溢れだしてくるトランプ兵を一瞥。溜め息と共に『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は呟いた。
「新年早々大変な夢だな。だが年始め、折角の【夢】なんだ。存分に楽しもう」
「夢の中でこのような事とはな。AAA時代では中々考えられない事だ」
薙刀を構えた『アフェッツオーソは触れられない』御巫・夜一(CL2000867)は駆け出した。突出した戦力は狙われやすい。夜一に向け殺到するトランプ兵は、だが次の瞬間には弾丸を叩き込まれ、紙切れへと姿を変えた。
硝煙を立ち昇らせる機関銃を手にした赤坂・仁(CL2000426)は、ただ黙々と目の前の敵を屠ることにのみ意識を向ける。
仁の撃ち漏らしたトランプ兵を、夜一の薙刀と、有為の戦斧が薙ぎ払った。
「あー、忙しい忙しい! 何がそんなに忙しいって? あれ? なんだっけ?そ ういえばここはどこ?俺は……? あれれ? 俺ウサギになってる!」
「わーっ不思議の国のアリスモチーフの初夢だ! ゆいねアリスだーいすき! アリスの世界に入れるなんて夢みたい! あっ夢だけど!」
「あ、そうか。ここは夢の中だっけ? そういえば、13階まで行って女王を倒さないとここから出られないんだっけ? それじゃあ、皆と力を合わせてこの世界から脱しよう!」
戦場と化した塔の入口付近、その後方で青いワンピース、ストライプのソックス姿の『ママは小学六年生(仮)』迷家・唯音(CL2001093)と時計を下げた兎の格好をした『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は無邪気に笑う。
仲達の手によって、塔の入口を封鎖していたトランプ兵の大半は殲滅された。だが、倒される端から新たなトランプ兵が湧き出てくる。
とはいえ、1体1体は脆弱なトランプ兵だ。束になった所で、こちらの攻勢を防ぎきれるものではない。少しずつ、しかし確実に押し戻され、ついに先頭を駆けていた夜一は塔の中へと足を踏み入れた。
有為と仁が夜一に続く。仁の乱射する機関銃が、入口付近のトランプ兵を一掃。安全を確認した、唯音と奏空も塔へと入る。
その瞬間。
バキリ、と甲高く硬質な音。
鎖に繋がれていたジャバウォックが、それを引き千切り解き放たれた。
猛り狂うジャバウォックは、手始めに目の前に固まっていた数体のトランプ兵を前肢の一振りで薙ぎ払う。細切れになった紙片が床に舞い落ち、それすらもジャバウォックの吐く火炎の吐息で消し炭と化した。
建物全体を震わせるような大咆哮。耐えきれず、耳を塞いだ有為の視界の隅に、黒い影が迫る。
左右から有為目がけて放たれたのは、ジャバウォック背から伸びた骨の脚だ。
「う、っぐ!?」
骨の脚に打ち据えられた有為が床に倒れ込む。その身を、不自然なまでの重圧が襲い、立ちあがるのも一苦労といった有様だ。追撃に備え、防御姿勢をとった有為だが、ジャバウォックは彼女には見向きもせずに、トランプ兵を骨の脚で串刺しにしていた。
どうやら、敵味方の区別を付けられるほどの知能さえ持ち合わせてはいないようだ。
だが、一撃が重い。
災害、といった言葉が有為の脳裏をよぎる。
「ジャバウォックさんはあんまり頭よくないみたい。だったら戦闘しなくても上手く逃げればいっかな?」
仲間達を先導し、唯音が走る。スカートの裾を指で摘まんで、タッタと軽い足音を鳴らす。
唯音の進行方向には、大きな柱。一旦姿を隠してしまえば、ジャバウォックには逃げた獲物を探しだす、というような芸当はできないと踏んだ。
唯音の進路を阻む数体のトランプ兵を、奏空の双刀が切り裂く。
「おりゃあー! いっぱい出て来たな! 刀の錆にしてやるー!」
刀が一閃。目にも止まらぬほどの抜刀から、続けざまの連撃を放つ。
後方から追ってくるトランプ兵を、仁が機関銃で牽制。5人は柱の影へと見を隠した。
「……ジャバウォックは難敵だな。そのまま叩き潰すのは厳しいだろう」
「戦闘せず機動性を活かして走った方がいい場合もありそうです。ほら、あっち」
仁の呟きに対し、有為が答える。彼女の指差した先、僅か20メートルほど向こうには、二階へと昇る階段があった。
「まだ居るのか……気が遠くなるな」
ジャバウォックの居ない2階を駆け抜け、3階へと辿り着いたのだが、そこにいたのはおよそ40体のトランプ兵達だった。
さらに、すぐ後ろでは階段の崩れる音と、大きな振動。1、2階のトランプ兵を殲滅したジャバウォックが、後を追って来ているのが分かる。
仕方ない、と夜一が床を蹴った、その直後。
轟音と共に、真黒い煙に似た業火が床を砕いて溢れす。
瓦礫を押しのけ、煙を吐きだす醜悪な邪竜が姿を現した。
「ジャバウォックは出来るだけ戦わない方向で……」
「疾風斬りで一掃した方が効率がよさそうです」
「手伝おう」
トランプ兵の陣中へ駆け込む有為が、風を唸らせ戦斧を振るう。それを援護するように、仁と夜一は外側の敵の殲滅に移った。。
「へん! ウサギをなめんなよ!」
耳を揺らして、奏空はそう叫ぶ。
数体のトランプ兵の頭上に黒雲が生まれ、落雷。焼け焦げたトランプ兵達が床に倒れるが、そのうち1体にはまだ息があるようだ。立ちあがったトランプ兵の身体を、奏空は後方へと蹴り飛ばす。
ふとした思い付きだが、功を奏した。
よたよたと踏鞴を踏んだトランプ兵を、ジャバウォックの視線が捉える。
進行方向に、邪魔なものがある。ならばどうするか? 答えは簡単、退けるだけだ。ジャバウォックの骨の脚が、トランプ兵を串刺した。
ジャバウォックがトランプ兵を口へと運ぶ、その隙に、5人はまっすぐ、通路の向こうへ走って行った。
重圧の状態異常を、韋駄天足でもって無理矢理カバーし、有為は先頭を走り抜ける。
立ちはだかるトランプ兵を、仁が機関銃の掃射で殲滅。残った数体のトランプ兵も、他の仲間の攻撃で切り抜ける。ジャバウォックの回避は、トランプ兵を投げつけることで可能だと判明した今、脅威ではない。
追いつかれた場合のみ、顔を狙って攻撃し、注意を逸らして逃げる。そうすることで5人は7階まで到達した。目前には、8階へと昇る階段が見えている。
『つまらない。ああ、つまらないわ! どうしてジャバウォックと遊ばないのかしら? もう休憩してしまうの? まぁ、逃げるのも作戦ですものね! お好きになさればよろしいわ!』
フロアの何処かから、赤の女王の声が響いた。
鬱陶しいと視線を上げた5人の背後にジャバウォックが迫る。
ジャバウォックが骨の脚を振り下ろした。
床が砕け、轟音と共に瓦礫が飛び散る。
衝撃波に煽られながら、先頭を駆ける唯音が階段へと跳び込んだ。
●お茶会
「無傷とはいかなかったか……。まぁ回復は任せておけ」
肩と脇腹から血を流しながら、夜一はそう呟いた。周囲に飛び散る淡い燐光は、雫となって仲間達の身体に降り注ぐ。
傷が癒えたのを確認し、唯音はぐるりと部屋の中を見渡した。今まで通って来た部屋と違って、随分と狭い。部屋の中央には丸いテーブル。人数分のティーカップや菓子がセットされている。ずらり、と壁際の棚には青や赤の不可思議なドリンク瓶が並んでいた。
「せっかくお菓子と紅茶が用意してあるんだもん おもてなしの心を無駄にしちゃだめだよね」
奏空の手を引いて、唯音は急ぎ足で席に付いた。他の仲間もそれに続く。
「ひゃほー!お菓子食べ放題!」
さっそく、テーブルの上のクッキーに手を伸ばす2人。それを心配そうに見つめる残りのメンバーの視線など意にも介さず、2人はクッキーを口へと放り込んだ。
クッキーを咀嚼し、それを紅茶で流しこむ。
すると、どうだろう。
「あれ? あれれ?」
戸惑いの声と共に、奏空の身体は小さくなっていく。僅か数センチにまで縮んだ身体を、面白そうに眺めている。
「あら、不思議」
一方、唯音の身体は大きくなっていた。天井にぶつけた頭を擦りながら、椅子の上で飛び跳ねていた奏空を摘まみあげる。
楽しげにはしゃぐ2人を横目に、有為、夜一、仁の3人は顔を見合わせた。さしあたり、体に影響のなさそうな紅茶を口に運び、溜め息を零す。
「即リタイア級のは置いてないと思いますし、闇鍋のつもりで。変なの引く気でいきましょう」
「なんなら給仕の真似事でもしてみようか」
有為の元に、うやうやしく青い瓶のドリンクを運ぶ夜一。それを受け取り、有為は一息に、瓶の中身を飲みほした。
「自分は念の為に即応体制で待機だな。敵がいつ来ても対応できるようにしておく」
席を立った仁は、ドアの傍に控え銃を構える。ドアの向こうへ気を向けつつ、仲間達の様子を興味深そうに眺めていた。
仁の視線の先では、有為の肌の色が、赤になったり青になったりと色を変えている。
「む……」
飲まなくてよかった、とそう思いながら仁は再びドアの向こうへ意識を向けた。
小さくなったり、大きくなったり、体の色が変わったり、或いは急に眠たくなったりを繰り返し、一通りのお菓子とドリンクを試し終わる頃には小一時間ほど経過していた。
唯音と奏空は満面の笑みで。
有為と夜一はげっそりとした顔で。
仁はそれを、なんともいえない微妙な顔で見つめつつ。
5人は9階へと進む。
『お茶会はいかがだったかしら? 楽しんで下さった? もしそうなら嬉しいわ。ではここからラストスパート! 私も最上階でお待ちしているから、死ぬ気で会いにいらしてね』
ドアを開けるなり、女王の声が鳴り響く。
眼前には、黒い煙を吐きだす醜悪な竜の顔がある。
「やはり敵地か。十二分に休息できる安全地帯があるとは限らないな」
敵の強襲に備えていた仁は、素早く機関銃の引き金を引く。僅かにジャバウォックが怯んだ隙に、残る4人は散開。
視界を塞がれながらも振り下ろされた骨の脚が、仁の腹部を貫いた。
「ぐ……っふ」
血を吐き、その場に膝をつく仁。それを助けに駆け戻った夜一が、仁の身体を突き飛ばす。
先ほどまで仁がいた場所に、ジャバウォックの吐きだした灼熱の吐息が降り注ぐ。床が溶け、黒煙が立ち昇る。
吐息が掠めた夜一の腰が焼けただれ、血が零れた。
夜一と仁は互いに肩を貸しあいながら、急ぎ仲間達の元へと戻る。夜一の周囲に淡い燐光が降り注ぎ傷を癒すが、それよりも速く、ジャバウォックの骨の脚が2人を襲った。
●女王のもとへ
「その場に留まる為には走り続けなければならない、は確か赤の女王の言葉でしたか。至言だとは思ってますよ」
迫りくるトランプ兵を蹴り倒しながら、有為が駆ける。
その後ろでは、仁と夜一がジャバウォックの猛攻を受けていた。
助けに戻るべきか、進路を切り開くべきか思案し、彼女は後者を選んだ。
背後で、ジャバウォックが吼える。
轟音。粉塵。塔が揺れ、灼熱の吐息が有為の脚を焼いた。
血に濡れ、よろめきながらも仁と夜一は駆け続ける。
ジャバウォックの振り回した骨の脚が2人の身体を打ちのめす。
血を吐き、内臓が潰れるほどの衝撃を身に浴び、2人は壁へ叩きつけられた。
床に倒れた仁の手から機関銃が零れ落ちた。
2人はピクリとも動かない。そんな2人に興味を失ったのか、ジャバウォックは反転。トランプ兵たちの元へと歩み寄って行く。
「ぐ……なかなか、強烈な一撃だったな」
「だが、まだ動ける。やはりジャバウォックは無視して踏破を優先するべきだな」
一度は意識を失った2人だが、命数を使用することでどうにか意識を繋ぎ直す。
万全とは言い難いが、ジャバウォックの興味が他へ移った今が好機だ。
部屋の隅を駆け抜け、2人はトランプ兵達の陣中へ。
仁の手が、トランプ兵の頭部を掴み宙へと放る。
タイミングを合わせ跳んだ夜一の足刀が、トランプ兵をジャバウォックの眼前へと蹴り飛ばした。
宙を舞うトランプ兵を、ジャバウォックの骨の脚が貫く。
そのまま、残りのメンバーと合流し、次の階へと向かう。
『あらあら? ジャバウォックのあしらい方も、すっかり板に付いてきましたわね。面白くない』
ある種の呪いが込められた、赤の女王の声が聞こえる度、ふとした瞬間に足が止まりそうなる。
言い返したいが、しかしそんな暇はないのである。
11階まで進んだ5人の背後を、ジャバウォックが追ってくる。
ジャバウォックの伸ばした骨の脚が、奏空の服を突き破り、その身を宙へと持ち上げた。
ゆっくりと、ジャバウォックは奏空の身体を眼前へと運んだ。口の端から零れる灼熱の吐息が、奏空の脚を焼く。
「あちっ! あちちっ! 俺は美味しくないぞ! お菓子の方が美味しいぞ!」
ポケットの中から取り出した数枚のクッキーを、奏空はジャバウォックの口の中へと放り込む。ゆっくりと、大きな口を広げたジャバウォックの喉の奥へと、クッキーが吸い込まれていった。
ジャバウォックの牙が、奏空の身体を突き破るその直前……。
『------------!?』
戸惑いの悲鳴と共に、ジャバウォックの身体は収縮。宙へ放り出された奏空の身体を、仁が受け止め、床へと降ろす。
『えぇ? そんなのって反則ですわ!』
赤の女王の悲痛な叫びを聞き流し、唯音が叫んだ。
「これで邪魔者はいなくなったね! 一緒にゴールをめざそ」
風之祝詞による追い風が、5人の背を押し、行動速度を上昇させる。
トランプ兵の最後の1人を、有為の戦斧が切り裂いた。
真っ赤に塗られた豪奢な扉を蹴り開けたのは、奏空だ。油断なく機関銃を構えた仁が扉を潜る。次いで、素早く部屋へと転がりこんだ夜一が薙刀を構える。
そんな彼らを出迎えたのは、玉座に腰かけた全身真赤な美女だった。紅の塗られた唇を、笑みの形に歪め、くすりと笑う。
『ようこそ、皆さん。お待ちしていましたわ。えぇ、待っていましたとも。ここで皆さんをお迎えできるこの時を、首を長くして』
お楽しみいただけたかしら? と小首を傾げ女王は問う。
答えに窮する仁とよ夜一は顔を見合わせた。
構うことなく、女王は言葉を紡ぐ。
『でも、お楽しみはもうおしまい。夢はいずれ覚めるもの。お帰りは、奥の扉から。夢の続きは、またいずれ。夢の続きを強く思って、優しい眠りに誘われたなら、きっとまた、どこかでお会いすることもできますわ』
そう言って女王は、杖の先で玉座の後ろの白い扉を指し示す。
そんな女王の前へ、とっとと小走りで唯音が駆け寄った。
「ゆいね女王様に言いたいことあるの! あのね ゆいねとお友達になって!」
服の裾で手を拭い、唯音は女王へ向かってそれを差し伸べる。僅かに戸惑いの表情を浮かべる女王に向け、彼女はにこりと笑って見せた。
「女王様もひとりぽっちじゃ寂しいでしょ? 今度は一緒にお茶会しよ? きっとそっちのが楽しいよ」
『え、えぇ……。そうね。一人は、寂しいものだものね』
虚をつかれた、といった風な女王の顔。
唯音に流されるままに、彼女の握手に応じ苦笑いを浮かべている。
「はいこれ。こっそりポケットに詰めてきたクッキーだよ。おいしいから食べて食べて!」
次いで唯音は、女王へとハンカチで包んだクッキーを差し出す。8階の休憩室から持ってきていたものだ。女王は困ったようにそれを受け取る。
『これ、小さくなるクッキーでしょう?』
「うん!」
「………。さ、もう夢から目覚めなさいな。お茶会は、いつか、もう一度どこかで」
女王に促され、唯音は扉へと歩いていく。名残惜しそうに何度も背後を振り返る彼女の背を、仲間達が押す。ばいばい、と唯音が大きく手を振った。女王は、ぎこちなく手を振り返し、溜め息を一つ。
『最後に、ちょっとだけ意地悪をしようと思ってましたのに。そんな気、失せましたわ』
なんて、誰にも聞こえない呟きを零す。
5人が扉を潜ると、扉は光の粒子と化して消え去った。扉だけではない。女王も、塔も、トランプ兵もジャバウォックも、まるで初めから存在しなかったかのように、空へと溶けて、消えたのだ。
そして5人は夢から覚める。
戦いに身を投じ、明日の命さえ分からない。そんな世界へ。
『ここは私の庭。私の城。赤の女王の世界へようこそ! 貴方達はお客様。もちろん丁重におもてなしするわ。えぇ、もちろん。私なりのやり方でね!』
見上げるほどの赤い塔。その最上階で、豆粒ほどの人影が叫ぶ。赤いドレスに赤い髪。杖の先に取りつけたスピーカーを通して、甲高い声で(赤の女王)はそう告げた。
直後、重たい音をたて塔の入口が開く。中から現れたのは30に近い銃士隊である。それぞれマントに、スートやナンバーの違ったトランプの絵柄が記載されている以外は、皆一様に同じ外見をしていた。
トランプ兵達の後ろには猛り狂う竜のような怪物もいる。背中から蜘蛛にも似た骨の脚が突き出したその姿は醜悪そのもの。灼熱の吐息を吐きながら、自身を拘束する鎖を忌々しげに引き千切ろうともがいている。
ここは夢の中。最上階へ全員で到達する他に、この夢から覚める術はない。
故に、走る。
同じ夢に囚われた5人の覚者は各々の武器を手に携え、塔の最上階を目指し。
ある者は楽しげに。
ある者は冷静に。
今はただ。
目の前を埋め尽くす、トランプ兵を薙ぎ払い、走る。
●狂い狂った素敵な夢。
「さて、夢にしてはちょっと異常事態というか何というか」
扉から溢れだしてくるトランプ兵を一瞥。溜め息と共に『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は呟いた。
「新年早々大変な夢だな。だが年始め、折角の【夢】なんだ。存分に楽しもう」
「夢の中でこのような事とはな。AAA時代では中々考えられない事だ」
薙刀を構えた『アフェッツオーソは触れられない』御巫・夜一(CL2000867)は駆け出した。突出した戦力は狙われやすい。夜一に向け殺到するトランプ兵は、だが次の瞬間には弾丸を叩き込まれ、紙切れへと姿を変えた。
硝煙を立ち昇らせる機関銃を手にした赤坂・仁(CL2000426)は、ただ黙々と目の前の敵を屠ることにのみ意識を向ける。
仁の撃ち漏らしたトランプ兵を、夜一の薙刀と、有為の戦斧が薙ぎ払った。
「あー、忙しい忙しい! 何がそんなに忙しいって? あれ? なんだっけ?そ ういえばここはどこ?俺は……? あれれ? 俺ウサギになってる!」
「わーっ不思議の国のアリスモチーフの初夢だ! ゆいねアリスだーいすき! アリスの世界に入れるなんて夢みたい! あっ夢だけど!」
「あ、そうか。ここは夢の中だっけ? そういえば、13階まで行って女王を倒さないとここから出られないんだっけ? それじゃあ、皆と力を合わせてこの世界から脱しよう!」
戦場と化した塔の入口付近、その後方で青いワンピース、ストライプのソックス姿の『ママは小学六年生(仮)』迷家・唯音(CL2001093)と時計を下げた兎の格好をした『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は無邪気に笑う。
仲達の手によって、塔の入口を封鎖していたトランプ兵の大半は殲滅された。だが、倒される端から新たなトランプ兵が湧き出てくる。
とはいえ、1体1体は脆弱なトランプ兵だ。束になった所で、こちらの攻勢を防ぎきれるものではない。少しずつ、しかし確実に押し戻され、ついに先頭を駆けていた夜一は塔の中へと足を踏み入れた。
有為と仁が夜一に続く。仁の乱射する機関銃が、入口付近のトランプ兵を一掃。安全を確認した、唯音と奏空も塔へと入る。
その瞬間。
バキリ、と甲高く硬質な音。
鎖に繋がれていたジャバウォックが、それを引き千切り解き放たれた。
猛り狂うジャバウォックは、手始めに目の前に固まっていた数体のトランプ兵を前肢の一振りで薙ぎ払う。細切れになった紙片が床に舞い落ち、それすらもジャバウォックの吐く火炎の吐息で消し炭と化した。
建物全体を震わせるような大咆哮。耐えきれず、耳を塞いだ有為の視界の隅に、黒い影が迫る。
左右から有為目がけて放たれたのは、ジャバウォック背から伸びた骨の脚だ。
「う、っぐ!?」
骨の脚に打ち据えられた有為が床に倒れ込む。その身を、不自然なまでの重圧が襲い、立ちあがるのも一苦労といった有様だ。追撃に備え、防御姿勢をとった有為だが、ジャバウォックは彼女には見向きもせずに、トランプ兵を骨の脚で串刺しにしていた。
どうやら、敵味方の区別を付けられるほどの知能さえ持ち合わせてはいないようだ。
だが、一撃が重い。
災害、といった言葉が有為の脳裏をよぎる。
「ジャバウォックさんはあんまり頭よくないみたい。だったら戦闘しなくても上手く逃げればいっかな?」
仲間達を先導し、唯音が走る。スカートの裾を指で摘まんで、タッタと軽い足音を鳴らす。
唯音の進行方向には、大きな柱。一旦姿を隠してしまえば、ジャバウォックには逃げた獲物を探しだす、というような芸当はできないと踏んだ。
唯音の進路を阻む数体のトランプ兵を、奏空の双刀が切り裂く。
「おりゃあー! いっぱい出て来たな! 刀の錆にしてやるー!」
刀が一閃。目にも止まらぬほどの抜刀から、続けざまの連撃を放つ。
後方から追ってくるトランプ兵を、仁が機関銃で牽制。5人は柱の影へと見を隠した。
「……ジャバウォックは難敵だな。そのまま叩き潰すのは厳しいだろう」
「戦闘せず機動性を活かして走った方がいい場合もありそうです。ほら、あっち」
仁の呟きに対し、有為が答える。彼女の指差した先、僅か20メートルほど向こうには、二階へと昇る階段があった。
「まだ居るのか……気が遠くなるな」
ジャバウォックの居ない2階を駆け抜け、3階へと辿り着いたのだが、そこにいたのはおよそ40体のトランプ兵達だった。
さらに、すぐ後ろでは階段の崩れる音と、大きな振動。1、2階のトランプ兵を殲滅したジャバウォックが、後を追って来ているのが分かる。
仕方ない、と夜一が床を蹴った、その直後。
轟音と共に、真黒い煙に似た業火が床を砕いて溢れす。
瓦礫を押しのけ、煙を吐きだす醜悪な邪竜が姿を現した。
「ジャバウォックは出来るだけ戦わない方向で……」
「疾風斬りで一掃した方が効率がよさそうです」
「手伝おう」
トランプ兵の陣中へ駆け込む有為が、風を唸らせ戦斧を振るう。それを援護するように、仁と夜一は外側の敵の殲滅に移った。。
「へん! ウサギをなめんなよ!」
耳を揺らして、奏空はそう叫ぶ。
数体のトランプ兵の頭上に黒雲が生まれ、落雷。焼け焦げたトランプ兵達が床に倒れるが、そのうち1体にはまだ息があるようだ。立ちあがったトランプ兵の身体を、奏空は後方へと蹴り飛ばす。
ふとした思い付きだが、功を奏した。
よたよたと踏鞴を踏んだトランプ兵を、ジャバウォックの視線が捉える。
進行方向に、邪魔なものがある。ならばどうするか? 答えは簡単、退けるだけだ。ジャバウォックの骨の脚が、トランプ兵を串刺した。
ジャバウォックがトランプ兵を口へと運ぶ、その隙に、5人はまっすぐ、通路の向こうへ走って行った。
重圧の状態異常を、韋駄天足でもって無理矢理カバーし、有為は先頭を走り抜ける。
立ちはだかるトランプ兵を、仁が機関銃の掃射で殲滅。残った数体のトランプ兵も、他の仲間の攻撃で切り抜ける。ジャバウォックの回避は、トランプ兵を投げつけることで可能だと判明した今、脅威ではない。
追いつかれた場合のみ、顔を狙って攻撃し、注意を逸らして逃げる。そうすることで5人は7階まで到達した。目前には、8階へと昇る階段が見えている。
『つまらない。ああ、つまらないわ! どうしてジャバウォックと遊ばないのかしら? もう休憩してしまうの? まぁ、逃げるのも作戦ですものね! お好きになさればよろしいわ!』
フロアの何処かから、赤の女王の声が響いた。
鬱陶しいと視線を上げた5人の背後にジャバウォックが迫る。
ジャバウォックが骨の脚を振り下ろした。
床が砕け、轟音と共に瓦礫が飛び散る。
衝撃波に煽られながら、先頭を駆ける唯音が階段へと跳び込んだ。
●お茶会
「無傷とはいかなかったか……。まぁ回復は任せておけ」
肩と脇腹から血を流しながら、夜一はそう呟いた。周囲に飛び散る淡い燐光は、雫となって仲間達の身体に降り注ぐ。
傷が癒えたのを確認し、唯音はぐるりと部屋の中を見渡した。今まで通って来た部屋と違って、随分と狭い。部屋の中央には丸いテーブル。人数分のティーカップや菓子がセットされている。ずらり、と壁際の棚には青や赤の不可思議なドリンク瓶が並んでいた。
「せっかくお菓子と紅茶が用意してあるんだもん おもてなしの心を無駄にしちゃだめだよね」
奏空の手を引いて、唯音は急ぎ足で席に付いた。他の仲間もそれに続く。
「ひゃほー!お菓子食べ放題!」
さっそく、テーブルの上のクッキーに手を伸ばす2人。それを心配そうに見つめる残りのメンバーの視線など意にも介さず、2人はクッキーを口へと放り込んだ。
クッキーを咀嚼し、それを紅茶で流しこむ。
すると、どうだろう。
「あれ? あれれ?」
戸惑いの声と共に、奏空の身体は小さくなっていく。僅か数センチにまで縮んだ身体を、面白そうに眺めている。
「あら、不思議」
一方、唯音の身体は大きくなっていた。天井にぶつけた頭を擦りながら、椅子の上で飛び跳ねていた奏空を摘まみあげる。
楽しげにはしゃぐ2人を横目に、有為、夜一、仁の3人は顔を見合わせた。さしあたり、体に影響のなさそうな紅茶を口に運び、溜め息を零す。
「即リタイア級のは置いてないと思いますし、闇鍋のつもりで。変なの引く気でいきましょう」
「なんなら給仕の真似事でもしてみようか」
有為の元に、うやうやしく青い瓶のドリンクを運ぶ夜一。それを受け取り、有為は一息に、瓶の中身を飲みほした。
「自分は念の為に即応体制で待機だな。敵がいつ来ても対応できるようにしておく」
席を立った仁は、ドアの傍に控え銃を構える。ドアの向こうへ気を向けつつ、仲間達の様子を興味深そうに眺めていた。
仁の視線の先では、有為の肌の色が、赤になったり青になったりと色を変えている。
「む……」
飲まなくてよかった、とそう思いながら仁は再びドアの向こうへ意識を向けた。
小さくなったり、大きくなったり、体の色が変わったり、或いは急に眠たくなったりを繰り返し、一通りのお菓子とドリンクを試し終わる頃には小一時間ほど経過していた。
唯音と奏空は満面の笑みで。
有為と夜一はげっそりとした顔で。
仁はそれを、なんともいえない微妙な顔で見つめつつ。
5人は9階へと進む。
『お茶会はいかがだったかしら? 楽しんで下さった? もしそうなら嬉しいわ。ではここからラストスパート! 私も最上階でお待ちしているから、死ぬ気で会いにいらしてね』
ドアを開けるなり、女王の声が鳴り響く。
眼前には、黒い煙を吐きだす醜悪な竜の顔がある。
「やはり敵地か。十二分に休息できる安全地帯があるとは限らないな」
敵の強襲に備えていた仁は、素早く機関銃の引き金を引く。僅かにジャバウォックが怯んだ隙に、残る4人は散開。
視界を塞がれながらも振り下ろされた骨の脚が、仁の腹部を貫いた。
「ぐ……っふ」
血を吐き、その場に膝をつく仁。それを助けに駆け戻った夜一が、仁の身体を突き飛ばす。
先ほどまで仁がいた場所に、ジャバウォックの吐きだした灼熱の吐息が降り注ぐ。床が溶け、黒煙が立ち昇る。
吐息が掠めた夜一の腰が焼けただれ、血が零れた。
夜一と仁は互いに肩を貸しあいながら、急ぎ仲間達の元へと戻る。夜一の周囲に淡い燐光が降り注ぎ傷を癒すが、それよりも速く、ジャバウォックの骨の脚が2人を襲った。
●女王のもとへ
「その場に留まる為には走り続けなければならない、は確か赤の女王の言葉でしたか。至言だとは思ってますよ」
迫りくるトランプ兵を蹴り倒しながら、有為が駆ける。
その後ろでは、仁と夜一がジャバウォックの猛攻を受けていた。
助けに戻るべきか、進路を切り開くべきか思案し、彼女は後者を選んだ。
背後で、ジャバウォックが吼える。
轟音。粉塵。塔が揺れ、灼熱の吐息が有為の脚を焼いた。
血に濡れ、よろめきながらも仁と夜一は駆け続ける。
ジャバウォックの振り回した骨の脚が2人の身体を打ちのめす。
血を吐き、内臓が潰れるほどの衝撃を身に浴び、2人は壁へ叩きつけられた。
床に倒れた仁の手から機関銃が零れ落ちた。
2人はピクリとも動かない。そんな2人に興味を失ったのか、ジャバウォックは反転。トランプ兵たちの元へと歩み寄って行く。
「ぐ……なかなか、強烈な一撃だったな」
「だが、まだ動ける。やはりジャバウォックは無視して踏破を優先するべきだな」
一度は意識を失った2人だが、命数を使用することでどうにか意識を繋ぎ直す。
万全とは言い難いが、ジャバウォックの興味が他へ移った今が好機だ。
部屋の隅を駆け抜け、2人はトランプ兵達の陣中へ。
仁の手が、トランプ兵の頭部を掴み宙へと放る。
タイミングを合わせ跳んだ夜一の足刀が、トランプ兵をジャバウォックの眼前へと蹴り飛ばした。
宙を舞うトランプ兵を、ジャバウォックの骨の脚が貫く。
そのまま、残りのメンバーと合流し、次の階へと向かう。
『あらあら? ジャバウォックのあしらい方も、すっかり板に付いてきましたわね。面白くない』
ある種の呪いが込められた、赤の女王の声が聞こえる度、ふとした瞬間に足が止まりそうなる。
言い返したいが、しかしそんな暇はないのである。
11階まで進んだ5人の背後を、ジャバウォックが追ってくる。
ジャバウォックの伸ばした骨の脚が、奏空の服を突き破り、その身を宙へと持ち上げた。
ゆっくりと、ジャバウォックは奏空の身体を眼前へと運んだ。口の端から零れる灼熱の吐息が、奏空の脚を焼く。
「あちっ! あちちっ! 俺は美味しくないぞ! お菓子の方が美味しいぞ!」
ポケットの中から取り出した数枚のクッキーを、奏空はジャバウォックの口の中へと放り込む。ゆっくりと、大きな口を広げたジャバウォックの喉の奥へと、クッキーが吸い込まれていった。
ジャバウォックの牙が、奏空の身体を突き破るその直前……。
『------------!?』
戸惑いの悲鳴と共に、ジャバウォックの身体は収縮。宙へ放り出された奏空の身体を、仁が受け止め、床へと降ろす。
『えぇ? そんなのって反則ですわ!』
赤の女王の悲痛な叫びを聞き流し、唯音が叫んだ。
「これで邪魔者はいなくなったね! 一緒にゴールをめざそ」
風之祝詞による追い風が、5人の背を押し、行動速度を上昇させる。
トランプ兵の最後の1人を、有為の戦斧が切り裂いた。
真っ赤に塗られた豪奢な扉を蹴り開けたのは、奏空だ。油断なく機関銃を構えた仁が扉を潜る。次いで、素早く部屋へと転がりこんだ夜一が薙刀を構える。
そんな彼らを出迎えたのは、玉座に腰かけた全身真赤な美女だった。紅の塗られた唇を、笑みの形に歪め、くすりと笑う。
『ようこそ、皆さん。お待ちしていましたわ。えぇ、待っていましたとも。ここで皆さんをお迎えできるこの時を、首を長くして』
お楽しみいただけたかしら? と小首を傾げ女王は問う。
答えに窮する仁とよ夜一は顔を見合わせた。
構うことなく、女王は言葉を紡ぐ。
『でも、お楽しみはもうおしまい。夢はいずれ覚めるもの。お帰りは、奥の扉から。夢の続きは、またいずれ。夢の続きを強く思って、優しい眠りに誘われたなら、きっとまた、どこかでお会いすることもできますわ』
そう言って女王は、杖の先で玉座の後ろの白い扉を指し示す。
そんな女王の前へ、とっとと小走りで唯音が駆け寄った。
「ゆいね女王様に言いたいことあるの! あのね ゆいねとお友達になって!」
服の裾で手を拭い、唯音は女王へ向かってそれを差し伸べる。僅かに戸惑いの表情を浮かべる女王に向け、彼女はにこりと笑って見せた。
「女王様もひとりぽっちじゃ寂しいでしょ? 今度は一緒にお茶会しよ? きっとそっちのが楽しいよ」
『え、えぇ……。そうね。一人は、寂しいものだものね』
虚をつかれた、といった風な女王の顔。
唯音に流されるままに、彼女の握手に応じ苦笑いを浮かべている。
「はいこれ。こっそりポケットに詰めてきたクッキーだよ。おいしいから食べて食べて!」
次いで唯音は、女王へとハンカチで包んだクッキーを差し出す。8階の休憩室から持ってきていたものだ。女王は困ったようにそれを受け取る。
『これ、小さくなるクッキーでしょう?』
「うん!」
「………。さ、もう夢から目覚めなさいな。お茶会は、いつか、もう一度どこかで」
女王に促され、唯音は扉へと歩いていく。名残惜しそうに何度も背後を振り返る彼女の背を、仲間達が押す。ばいばい、と唯音が大きく手を振った。女王は、ぎこちなく手を振り返し、溜め息を一つ。
『最後に、ちょっとだけ意地悪をしようと思ってましたのに。そんな気、失せましたわ』
なんて、誰にも聞こえない呟きを零す。
5人が扉を潜ると、扉は光の粒子と化して消え去った。扉だけではない。女王も、塔も、トランプ兵もジャバウォックも、まるで初めから存在しなかったかのように、空へと溶けて、消えたのだ。
そして5人は夢から覚める。
戦いに身を投じ、明日の命さえ分からない。そんな世界へ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
