郷土史研究クラブはいずこなりや?
●
「え? ああ……あの、超能力みたいな人たち?」
妙な言葉だったが、言いたいことが伝わったことは理解できて、祭木蓮風は力強く頷いた。
「ですです、ああいう人達。どういうところに集まってるんでしょう?」
「集まってって、習性か何かじゃないんだから。
あ、でもそうか。そんな多いわけじゃないし、いろいろ考えると集まったほうがやりやすいこともあるか。
じゃあどっかに、そういうコミュニティありそうだね。調べてみたらわかるかもしんない。
センパイに詳しい人がいたと思うから、後で聞いてみるね」
飲み終えたジュースパックのストローをぺきぺき折りながら、蓮風の友人は考えこんだ。
それから数時間後だ。蓮風のもとに、一人の青年が現れたのは。
「あなたが、ニューヴに興味がある人ですか?」
「にゅ……?」
「ニューヴ。彼らを導くのが、オリジンとしての使命ですよ」
ニコニコと微笑む青年の笑顔に、蓮風は相手の言葉がよくわからないままに微笑み返す。
●
「まあ『憤怒者』とかも万里たちの言い方だものね」
自分の言葉にうんうんと頷きながら、久方 万里(nCL2000005)がそう口にした。
さっきのよくわからない言葉は、青年の所属する組織での『覚醒した者』と『一般人』を示す言葉らしい。
「新しい奴隷、ニュースレイヴでニューヴ。ちょっとどうかと思う言語センスだよね」
嫌な単語が入っているあたりで、彼ら組織の思考は少々わかりやすい。
つまり、覚醒した存在を新種の生き物としてとらえ、それは現在主流である人類の従者として発生したものであるという考え方。四半世紀前から時々見かける覚醒劣性論を振りかざす、ある種の新興宗教染みたものだと考えれば間違いないだろう。彼らの主張は『オリジンに従わないニューヴは壊さなければならない』――すなわち抵抗する覚者の殺害を是とする。その思考は立派に憤怒者のものだ。
「でも、今回はこの憤怒者たちのことはあまり気にしなくてもいいのよ、武装もしてないし。
彼らがやってるのはクラブ活動みたいなもの……本部? みたいなのは別のところにあるみたい。
ただこの後ね、この人たち、ちょっと困ったことになるのよ」
●
蓮風は困った顔で、妖に対峙する青年の姿を見ていた。
「くそっ……こういう時のためのニューヴだろ……!」
ぜえぜえと息を切らし、負傷した腕を押さえる青年は、しかしもう戦えるような状態には見えない。
そのあたりに転がっていた木の棒を振り回している青年は、それはそれで頑張ってくれているのだが。
周囲には他にも、同じような状態になっている青年が数名、妖に向けて手にした物――鞄だったり、靴だたtりする――を振り上げたりしているのだが。へたり込んでいる人の姿もある。
「あの……発現した人とか、いないんでしょうか? 私、ついてきたら会わせてあげるって言われて」
「発現? ニューヴはまだ一匹も捕まえてないんだ!
せっかく女子を仲間に引き入れるチャンスだったのに!」
その時になって初めて、蓮風は自分が騙されていた事に気がついたようだった。
「そんな……私、どうしたら」
自分の身が様々な意味で危険に晒されていたことにようやく思い至り、蓮風の足が震える。
蓮風はお手製のリュックをぬいぐるみのように抱え込んで、唇を噛んだ。
「私、もう一度あの子にあいたいだけなのに……」
彼女が頭のなかに思い浮かべたのは、モルモットによく似た小さな古妖らしき姿。
――これが娯楽小説ならば、思い浮かべた相手が助けに来るところなのだろうけれど。
そんな奇跡は、起きそうにもない。
「え? ああ……あの、超能力みたいな人たち?」
妙な言葉だったが、言いたいことが伝わったことは理解できて、祭木蓮風は力強く頷いた。
「ですです、ああいう人達。どういうところに集まってるんでしょう?」
「集まってって、習性か何かじゃないんだから。
あ、でもそうか。そんな多いわけじゃないし、いろいろ考えると集まったほうがやりやすいこともあるか。
じゃあどっかに、そういうコミュニティありそうだね。調べてみたらわかるかもしんない。
センパイに詳しい人がいたと思うから、後で聞いてみるね」
飲み終えたジュースパックのストローをぺきぺき折りながら、蓮風の友人は考えこんだ。
それから数時間後だ。蓮風のもとに、一人の青年が現れたのは。
「あなたが、ニューヴに興味がある人ですか?」
「にゅ……?」
「ニューヴ。彼らを導くのが、オリジンとしての使命ですよ」
ニコニコと微笑む青年の笑顔に、蓮風は相手の言葉がよくわからないままに微笑み返す。
●
「まあ『憤怒者』とかも万里たちの言い方だものね」
自分の言葉にうんうんと頷きながら、久方 万里(nCL2000005)がそう口にした。
さっきのよくわからない言葉は、青年の所属する組織での『覚醒した者』と『一般人』を示す言葉らしい。
「新しい奴隷、ニュースレイヴでニューヴ。ちょっとどうかと思う言語センスだよね」
嫌な単語が入っているあたりで、彼ら組織の思考は少々わかりやすい。
つまり、覚醒した存在を新種の生き物としてとらえ、それは現在主流である人類の従者として発生したものであるという考え方。四半世紀前から時々見かける覚醒劣性論を振りかざす、ある種の新興宗教染みたものだと考えれば間違いないだろう。彼らの主張は『オリジンに従わないニューヴは壊さなければならない』――すなわち抵抗する覚者の殺害を是とする。その思考は立派に憤怒者のものだ。
「でも、今回はこの憤怒者たちのことはあまり気にしなくてもいいのよ、武装もしてないし。
彼らがやってるのはクラブ活動みたいなもの……本部? みたいなのは別のところにあるみたい。
ただこの後ね、この人たち、ちょっと困ったことになるのよ」
●
蓮風は困った顔で、妖に対峙する青年の姿を見ていた。
「くそっ……こういう時のためのニューヴだろ……!」
ぜえぜえと息を切らし、負傷した腕を押さえる青年は、しかしもう戦えるような状態には見えない。
そのあたりに転がっていた木の棒を振り回している青年は、それはそれで頑張ってくれているのだが。
周囲には他にも、同じような状態になっている青年が数名、妖に向けて手にした物――鞄だったり、靴だたtりする――を振り上げたりしているのだが。へたり込んでいる人の姿もある。
「あの……発現した人とか、いないんでしょうか? 私、ついてきたら会わせてあげるって言われて」
「発現? ニューヴはまだ一匹も捕まえてないんだ!
せっかく女子を仲間に引き入れるチャンスだったのに!」
その時になって初めて、蓮風は自分が騙されていた事に気がついたようだった。
「そんな……私、どうしたら」
自分の身が様々な意味で危険に晒されていたことにようやく思い至り、蓮風の足が震える。
蓮風はお手製のリュックをぬいぐるみのように抱え込んで、唇を噛んだ。
「私、もう一度あの子にあいたいだけなのに……」
彼女が頭のなかに思い浮かべたのは、モルモットによく似た小さな古妖らしき姿。
――これが娯楽小説ならば、思い浮かべた相手が助けに来るところなのだろうけれど。
そんな奇跡は、起きそうにもない。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の討伐
2.死者を出さないこと
3.なし
2.死者を出さないこと
3.なし
●場所
ちょっと郊外に出た、山に続く雑木林の入り口。
憤怒者たちは拠点としているらしいプレハブに向かっているところでした。
拠点ならそこそこの武器はあるのでしょうが、走って10分ほど先です。
また、そういう場所があるとわかってはいますが近隣にはいくつか似たようなプレハブがあり、どれが拠点かはFiVE側で判別できませんでした。
夜になったところなので明かりに乏しいです。
整備されてはいますが、山に向かう途中なので足元は万全といえる状態ではありません。
●憤怒者
手ぶらに近い状態ですが、全部で6人います。
既に怪我をしているものが2名、腰を抜かしているのが1名。武器はそのあたりの木の棒など。
覚者だとわかれば敵対的な態度になるでしょうが、武器もない状態で勝てると思っていないため、挑発しない限りは攻撃してこないでしょう。敵わないとなれば逃げることも躊躇しません。
せいぜいが遠くで強がっているだけです。
●妖
ランク2、ランク1が1体ずつ。ともに前衛。
ともに元は丸太だったらしき物質系。
ランク2の丸太はでっかい舌がでろりと出ている。つまり、でか舌。
でか舌はランク1の丸太に自分をかばわせることがあるようです。
ランク1(ギョロ目の丸太)
ぶんまわる 物列近
どつきまわる 特単遠 痺れ付与
ランク2・でか舌(ランク1のものより一回り大きい)
ランク1と同じ攻撃手段
ごろんごろん 物列近貫2 混乱付与
●祭木蓮風
成人したてくらいに見える、一般人の女性。
長い黒髪を三つ編みにしている。大きな眼鏡。
10月頃、彼女の所有する蔵の所蔵物が妖に変異した事件で。
11月には古妖の逆鱗にうっかり触れてしまうという事件でFiVEに助けられた記録がある。
なお、当該事件の収束にあたった人員は、自分たちは郷土史研究クラブだと名乗っている。
そのため最近は自分で「郷土史研究クラブ」を探しており、変なのに引っかかった模様。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年12月28日
2015年12月28日
■メイン参加者 8人■

●
「お前は文房具屋の倅だろ、火炎放射器ぐらいぱぱっと作れないのかよ!」
「はぁ? 何わけのわかんないこと言ってんだよ!」
退くことも進むこともできない覚醒劣等論者たちが自棄気味なことを言い出し、丸太の妖のぎょろりとした目があざ笑うように歪む。
手にした、武器とも呼べない物でどうにか応戦していた憤怒者たちだが、不幸なことにこの場に居合わせた彼らの中には武道の類を修めた者がおらず――言ってしまえば。自己肯定感を育てられずに身体ばかりが大きくなってしまった、世の中を拗ねた目で見る卑屈な若者たちが妖に出くわしてしまった事自体、不幸ながらもよくある妖事例だったのかもしれない。
どうにかして、逃げることだけでも出来ないか。
そう考えた若者たちが、目の端で震える『よく知らない、初対面の女性』を囮にすることを思いつく、寸前。
「オリジンの方々、ここはあたしらにお任せを」
関西弁の発音があたりに響いた。
韋駄天の速度でいち早くその場に着いた『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は、声を張り上げながらまず蓮風に近寄った。妖と、彼女らとの間に割り込むためでもある。にっと笑いながら、すねこすりなる古妖を模したぬいぐるみを蓮風に預けた。
「お久しぶりやね。怖かったらこれ抱いてたら落ち着くで」
蓮風は驚きに目を見開きながら凛とぬいぐるみとを見比べ、とっさに言葉がでなかったのか「あう、えう」と妙な声をあげるばかりだったが、おとなしくぬいぐるみをぎゅうと抱いた。怖かったのは確からしい。
警戒している憤怒者たち――突然現れたのだ、それは普通の反応だったろう――を見ながら、凛は足元に懐中電灯を置いた。
「女性がご所望ならこの卑しい奴隷が何なりとして差し上げますのに。
妖退治も――せやけど皆様のお力添えが無ければ倒せません。これで照らして頂けますか?」
憤怒者たちにむかって、微笑みながらそう言ってのける、凛。
芝居だ。
そうと割りきってしまえば、彼らのかざす『クソな理論』は非常に都合が良かった。
彼らの味方だと思わせてしまえば、妖と憤怒者を同時に相手取る必要がないのだから。
凛と同様に、他の覚者たちよりも早くその場に姿を見せた『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が、同性の気安さを活かし、憤怒者たちと蓮風を自然に切り分ける位置に割り込む。
「はいはい、ニューヴさんは妖退治で忙しいのよ。貴方達はうしろに下がってて。
怪我したくないでしょ。私たちに任せて頂戴。そのためにいるんだから」
すこし剣呑な物言いになってしまったのは、数多としては仕方なかったのかもしれない。
彼らの理論に乗るのは、業腹だったのだから。
(それでも。妖を斬るためにこの力を持ってここにいるのは事実だわ)
そう考えれば、些か荒れそうになる心境は押さえ込める。
敵が増えたことを把握したのだろう、妖たちの態度は威嚇の色を強め、でか舌が挑発するかのように周囲を睨み回す。同様に目を血走らせるギョロ目の前に立ちふさがりながら、葦原 赤貴(CL2001019)はほんの僅かに眉をひそめた。
――山道の肌は、石や木の根といった自然の段差。それらは足がかりにした先人たちの靴が踏み均しすり減らし、不安定な階段の様相をなしている。
剣技の延長のような荷重制御でどうにかなる程度の足場ならば、わざわざ『足場が悪い』とは言われないということだろう。意識し、警戒することで少しでもマシになれば良いと割り切ると、赤貴は、蓮風と言う名らしい救助対象の女性を確認する。
見覚えがあるような気がする、とは思う。以前の事件で接触したことがある、と。その際にも同行したという他の覚者からも聞かされたが、直接会話したわけでもない赤貴には見覚え以上の意識は特にない。
何よりも。
面識の度合いで相手への対応を変えるのは、会ったことのない相手に対して無礼だと赤貴は考える。
業務上の対応に差をつけることの方が問題だと。
面識のある相手への対応としては失礼になることもあるだろうが、覚えていなくて当然だろう程度の間柄だと今こうして確認した以上、何の問題があるだろうか。
妖を倒す。敵を殺す。
赤貴はそのために、ここにいるのだから。
「お、おい、誰か本部とか連絡したのか?」
「どうやってだよ……信号弾だって上げてないってのに」
憤怒者たちが、助かったのかという安堵と、困惑を隠し切れない顔でこそこそと話し合っている。
「いや、そういえば……ニューヴには予知能力を持つ種族もいたはずだ」
最初に蓮風に声をかけた青年が何かを思い出した顔でそう呟き、他の憤怒者たちは納得したようなしきれていないような、そんな微妙な表情を浮かべた。
●
「本部から言われて助けに来ました!
俺達……オリジン様達の素晴らしい考えに心酔致しまして……。
ぜひあなた達オリジン様達の為にお仕えさせてください!」
息せき切って、追いついた工藤・奏空(CL2000955)が芝居の駄目押しをする。
当然本心の訳がなく、奏空が内心で思っているのは(よっしゃ、噛まずに言えた!)くらいのことだったりするのだけれど。奏空もまた、不自然にならぬ程度に自称『オリジン』たちより蓮風に近い位置を探る。
「妖は俺達が倒しますので、オリジン様達は、一塊になってここで避難しててください!」
「お、おう。頼んだぜ」
おとなしく従う憤怒者たちに対し、奏空はこっそり(俺の演技力、すげー!)と鼻息を荒くする。
事実としては、他人に押し付けられるならそれでいいという考え方が原因なのだが、今そこは追求することでもなければ気にする意味もない。
「焔陰流21代目……焔陰凛、推して参る!」
肩書の後に小さく、(予定)と囁いて。凛は朱焔を、姿勢ごと低く構えると腕にぐっと力を込めた。地を這うような軌跡を辿った影打の刀は、丸太の妖たちを跳ね上げるように打ち据える。
続いて、数多が一気に駆け込んだ。
「櫻火真陰流、酒々井数多、往きます!」
風が駆け抜けるように、妖たちを斬りつける赤い柄の日本刀。
「目の前に居るのと同様の妖が付近に居るかもしれません。
今は近くに留まって頂ければ貴方方をお守り出来ましょう――しかし、遠くへ移動されましたらお守りできる保障は御座いません」
続いて到着したのは四条・理央(CL2000070)だ。人形じみた、感情の抜け落ちたかのような雰囲気を意図的に自分に課し、言葉少なに立ち振る舞う。憤怒者や蓮風たちを後ろに守れるよう前衛よりは少し遠巻きな場所で自然治癒力を高める香りを振りまきながら、口には出さず理央は考える。
(覚者を新しい奴隷とか言い出すとはトンでも理論だね。
自分より力ある存在を劣等種と決め付けて精神的安定を図るのもこの理論に繋がるのかな?)
その最中にも赤貴は数多同様に疾風斬りを繰り出し、魔術紋様が浮かんだ刀身を妖に叩き込む。
「本部より派遣されたニューヴですー。
オリジンの皆さん危険ですので負傷者を連れて安全な所まで下がって!
ボクらの戦いを見届けたって下さいなー!」
「ニューヴがちゃんと戦えるように監督するのも、オリジンの立派な務めて言いますからなあ」
守護使役のえどわーどにともしびを任せて憤怒者たちに呼びかけた『インヤンガールのヤンの方』葛葉・あかり(CL2000714)に、『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)が言葉を続ける。
ぐっと言葉に詰まり、憤怒者たちは姿勢を正す。排他思考に傾倒するほど低俗な自尊心は、持ち上げられることに慣れていない。
あかりはまるで印を結んでいるかのように唇の前に指を立て、蓮風にむけて片目をつぶる。意味が伝わったのか、こくこくと二度蓮風は頷いて、口を真横に結ぶ。
とんとんと足元の地面をつま先で蹴りながら、あかりは絡みつくような霧をあたりにたちこめさせる。
「霧笛の似合う海の男……あ、女」
にっと笑って口にした冗談は、山の中では少し、すべる。
かがりは慣れたと言いたげな様子で首を横に振りながら、自作の術符、伏見を折って頭上へ投げる。符は小さな雲に姿を変えて、まとった雷気を妖に振らせた。雷声に紛れるくらいの小声で、かがりは呟く。
「別の生きもん扱いかあ……そこまで断じられると逆に清々しいな。悪い意味で」
苦渋の顔こそ、見せないけれど。
前線に踊りでた『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が、ブレイジングスターの踵で地面を強く踏みしめる。その先から炎の柱を吹き出させると妖たちにけしかけた。
「丸太は丸太らしく燃やしてやる!
――下がって怪我人の手当を! ここは俺達の出番!」
幻視で姿を変えてみたものの、ヤマトは目の前で上がる火にふと、(オレのことを『オリジン』だと誤解することはなさげだなあ)と眉尻を下げた。覚者と普通の人を分ける要素は、五行術式の駆使ができるかどうかの違いに等しいのだから。
ぎょろりとした目を持つ妖は火がくすぶったままぐぉんぶぉんとばかりに己の身を振り回し、大きな舌を持つ丸太はごろごろと転がりまわってみせる。妖の反撃を受けずにすんだのは憤怒者たちと蓮風、奏空、あかり、かがりだけだ。
深手というわけではなかったが、数多、赤貴、ヤマトの3人は、すぐに己の認識能力に異常が起きていることに気がついた。妖はどっちだ、いや、どこだ。
ぐらりと揺らされた脳は、視神経の情報を正しく処理できなくなっているようだった。
様子がおかしい事に気がついた奏空がすぐさま、蓮風に「じっとしていてくださいね!」と声をかけながら浄化物質を周囲に集めだした。混乱した覚者が蓮風たちに襲いかかってしまう事態は、避けたい。
とはいえ、奏空は声をかける時、蓮風の顔を見るつもりが、その30センチほど下を直視してしまった。頑張って目をそらしたが、年頃だからね。仕方ないね。
浄化物質の恩恵を受けたヤマトが、未だ目線の定まらぬ数多と赤貴を目にして眉間に皺を寄せてから、ひとつ頷く。この状況も、想定されていた。
「ショック療法だな!」
殴って手を怪我したら、ギターが扱えなくなってしまう。ヤマトにとってそれは避けたいことだ。新調した赤いブーツを最初に食い込ませるのが妖でないことだけが残念だったけれど。すぐ近くにいた赤貴を、軽く蹴ってみる。その躊躇が影響でもしたのか、それとも赤貴の戦闘経験の賜物か、混乱収まらぬ赤貴は振り上げた大剣を力任せに振り下ろす。目の前にいるのが何者かわからなくても、それが敵なら殺すだけだ。――その刀身が舌の妖にあたったのは、運が良かったのか、狙えた結果かはわからないが。追撃とばかりに凛は狙いを定め、その刀でもってでか舌の身を貫く。
「あはははお兄様がいっぱーい」
視覚情報の混乱が引き起こしている異常だ。見たと思ったものと、見たいと思ったものが混同されている事に気がついて数多は笑う。緋鞘の刀を振り回せば、お兄様のひとりに当たったようだ。
「ったー……」
呻くような苦痛の声が関西弁なあたり、それがぶつかったのは実際には凛の様子だが。
小さな怪我が多いとはいえ負傷が蔓延する様に、理央は治癒能力を有した霧を漂わせる。
「え、俺たちは……?」
傷の癒えていく覚者たちの様に困惑した声をあげたのは、憤怒者だ。はっとした顔を浮かべそうになりながらも、理央は動揺を見せないように意識しつつ彼らを霧の癒やす対象に含ませる。自分たちの怪我が治療されていくさまを見て、ほっとした表情を浮かべる憤怒者たち。仲間だと思わせるならば、他の者達の治療中に彼らを無視するのはおかしいことになるとは把握しておくべきだったと、唇を噛みそうになる。
「うまいこと撃ち抜けるポジションを取れたら良かったんやけど」
下手に動き回ればこける。その自覚のあるかがりは、それよりもこっちが優先やねえ、と呟いて舞衣を舞う。浄化物質は、今度こそ数多と赤貴の混乱を治めることに成功したようだった。
あかりの平衡感覚は、それこそ荒れる海原だろうとものともしない程度のものだ、この程度の山肌を苦にすることなどない。強く踏みしめた両の脚と同じほどに開いた経典をかざし、召雷を叫ぶ。
またもや雷に打たれた丸太たちは、先と同様に覚者たちに襲いかかるが――今度は誰ひとりとして惑うことはなく。
吠えるような声をあげる、丸太たち。ギョロ目の身体にくすぶりつづける、火。
ギョロ目を倒してしまえば、残ったでか舌を制圧するのにはそう長い時間を必要としなかった。
●
「さすがは俺達のニューヴだな!」
そう言って喜ぶオリジンたちに向けて、あかりがにっこり笑いながら纏霧を絡みつかせる。
「……え?」
不意打ちは、綺麗に決まった。
疑いなく自分たちの味方だと信じていた『オリジン』の諸氏は、覚者たちの攻撃をなすすべなくその身に受ける。成人程度の男性ばかり6人、とはいえまるで鍛えたこともないような輩ばかりだったのも覚者たちに有利に働いた。後衛にいた覚者たちは皆それぞれに蓮風の――結果として憤怒者の近くに位置取っており、3人、すぐに羽交い締めにされる。逃げようとした者もいたが、韋駄天を使う覚者が本気になって追いかければ逃げ切ることも難しい。
多少の時間と被害を要したが、すべての憤怒者たちを気絶させて転がすことができた。
時間はかかるが、ひとりずつ、記憶をすいとればなんとかなるだろう。理央はふぅと息をつくと守護使役に目を向け、小さく頷いた。記憶をすいとることができるのは、この場にリーちゃんしかいない。
「あの……すみません、私、きっとみなさんにご迷惑をお掛けしたんですね……」
憤怒者たちが記憶をすいとられている傍で、蓮風はしょげかえる。
これで覚者たちに助けられるのは三度目ともなれば。二度目まではまだ偶然と笑うことも出来たが、そうではないのだろうという推測はすぐにできたようだった。
「……あんまし男にホイホイついてくもんや無いで」
凛は、返されたぬいぐるみを手に、少し困った顔で笑いながらも蓮風をそうたしなめる。こくりと頷く蓮風の顔には、確かに反省の色があった。
少しばかり重たい空気を吹き飛ばすかのように。あかりが「よし!」と気合を入れ、蓮風に向き直った。
「改めて――郷土史研究クラブのあかりちゃんです! 三度目!
ボクらは五麟学園でクラブ活動してるんだ」
「五麟……京都の、です?」
「そう! 蓮風さんはどうも妖関係のトラブルが多いから、何かあったら連絡してね」
名前は知っていたのだろう。オウム返しに呟いた蓮風に、あかりは力強く頷いて返す。
「例の……なんやったか。げっ歯類的な可愛いモルちゃん探しも手伝えると思いますわ。
妖怪もののけ困った時には相談頂ければ……と、こちら連絡先やね。
助けを借りたいときは、いつでも呼んだってな!」
「うんとね、貴方と個人的に友達になりたいから、連絡先渡しとくわね」
「何かあったら連絡してよ。必ず駆けつけるから!」
かがりが、数多が。折った紙片を蓮風に渡し、ヤマトがウインクしながら自分の胸を親指で示す。
きょとんとした顔で「もる……ちゃん」とつぶやき、少しの間困惑していた蓮風だったが。
「はい!」
やがて――ようやく安心したのだろう――朗らかな笑顔を見せてそう頷いた。
●
図書館から、続き物の本が途中で抜けている時のことを想像して欲しい。
全6巻のうち3巻から5巻が棚から抜けているのを見た時、『それは最初からそこになかったのだ』と考える人間はいないだろう。『誰かが借りたのだ』と考えるのが自然だ。だが、もしそれが自分の家の本棚だとすれば、自分が最初から買っていないからその棚にないのだと思うこともあるかもしれない。
それでも。6人の家の本棚から同じ本の、同じ巻が消えていたとしたら。
6人が6人とも、最初からそこに本はなかったと考えるだろうか。
――明確すぎる欠落は、そこに隠したいものが存在していたことを主張する。
だから。
その場で目を覚ました憤怒者たちが、その場にいた全員からここしばらくの記憶が抜け落ちていることを把握した後、ひとりが「守護使役だ」と呟いたのは、当然のこととも言えた。
「きっと俺たちは、ニューヴと交戦したんだ。畜生、舐めやがって……」
彼らは、F.i.V.Eで言うところの『憤怒者』だ。
憤怒者はそのほとんどが、敵対する隔者、覚者に対し、殺意でもって接触する。
自意識の塊のような彼らにとって、記憶にない敗北は死の恐怖よりも殺せなかった怒りを伴った。
「ここで戦ったってことは、拠点も知られた可能性が高い。
引き払って、新しい場所で、もっと力を蓄えよう。そして、オリジンに従わないニューヴに価値が無いってことを広く世間に知らしめてやるんだ」
文字通りの憤怒を顔に宿らせて、彼らは頷き合う。
覚者たちのあずかり知らぬ場で、また新しい殺意が芽生え始めていた。
<了>
「お前は文房具屋の倅だろ、火炎放射器ぐらいぱぱっと作れないのかよ!」
「はぁ? 何わけのわかんないこと言ってんだよ!」
退くことも進むこともできない覚醒劣等論者たちが自棄気味なことを言い出し、丸太の妖のぎょろりとした目があざ笑うように歪む。
手にした、武器とも呼べない物でどうにか応戦していた憤怒者たちだが、不幸なことにこの場に居合わせた彼らの中には武道の類を修めた者がおらず――言ってしまえば。自己肯定感を育てられずに身体ばかりが大きくなってしまった、世の中を拗ねた目で見る卑屈な若者たちが妖に出くわしてしまった事自体、不幸ながらもよくある妖事例だったのかもしれない。
どうにかして、逃げることだけでも出来ないか。
そう考えた若者たちが、目の端で震える『よく知らない、初対面の女性』を囮にすることを思いつく、寸前。
「オリジンの方々、ここはあたしらにお任せを」
関西弁の発音があたりに響いた。
韋駄天の速度でいち早くその場に着いた『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は、声を張り上げながらまず蓮風に近寄った。妖と、彼女らとの間に割り込むためでもある。にっと笑いながら、すねこすりなる古妖を模したぬいぐるみを蓮風に預けた。
「お久しぶりやね。怖かったらこれ抱いてたら落ち着くで」
蓮風は驚きに目を見開きながら凛とぬいぐるみとを見比べ、とっさに言葉がでなかったのか「あう、えう」と妙な声をあげるばかりだったが、おとなしくぬいぐるみをぎゅうと抱いた。怖かったのは確からしい。
警戒している憤怒者たち――突然現れたのだ、それは普通の反応だったろう――を見ながら、凛は足元に懐中電灯を置いた。
「女性がご所望ならこの卑しい奴隷が何なりとして差し上げますのに。
妖退治も――せやけど皆様のお力添えが無ければ倒せません。これで照らして頂けますか?」
憤怒者たちにむかって、微笑みながらそう言ってのける、凛。
芝居だ。
そうと割りきってしまえば、彼らのかざす『クソな理論』は非常に都合が良かった。
彼らの味方だと思わせてしまえば、妖と憤怒者を同時に相手取る必要がないのだから。
凛と同様に、他の覚者たちよりも早くその場に姿を見せた『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が、同性の気安さを活かし、憤怒者たちと蓮風を自然に切り分ける位置に割り込む。
「はいはい、ニューヴさんは妖退治で忙しいのよ。貴方達はうしろに下がってて。
怪我したくないでしょ。私たちに任せて頂戴。そのためにいるんだから」
すこし剣呑な物言いになってしまったのは、数多としては仕方なかったのかもしれない。
彼らの理論に乗るのは、業腹だったのだから。
(それでも。妖を斬るためにこの力を持ってここにいるのは事実だわ)
そう考えれば、些か荒れそうになる心境は押さえ込める。
敵が増えたことを把握したのだろう、妖たちの態度は威嚇の色を強め、でか舌が挑発するかのように周囲を睨み回す。同様に目を血走らせるギョロ目の前に立ちふさがりながら、葦原 赤貴(CL2001019)はほんの僅かに眉をひそめた。
――山道の肌は、石や木の根といった自然の段差。それらは足がかりにした先人たちの靴が踏み均しすり減らし、不安定な階段の様相をなしている。
剣技の延長のような荷重制御でどうにかなる程度の足場ならば、わざわざ『足場が悪い』とは言われないということだろう。意識し、警戒することで少しでもマシになれば良いと割り切ると、赤貴は、蓮風と言う名らしい救助対象の女性を確認する。
見覚えがあるような気がする、とは思う。以前の事件で接触したことがある、と。その際にも同行したという他の覚者からも聞かされたが、直接会話したわけでもない赤貴には見覚え以上の意識は特にない。
何よりも。
面識の度合いで相手への対応を変えるのは、会ったことのない相手に対して無礼だと赤貴は考える。
業務上の対応に差をつけることの方が問題だと。
面識のある相手への対応としては失礼になることもあるだろうが、覚えていなくて当然だろう程度の間柄だと今こうして確認した以上、何の問題があるだろうか。
妖を倒す。敵を殺す。
赤貴はそのために、ここにいるのだから。
「お、おい、誰か本部とか連絡したのか?」
「どうやってだよ……信号弾だって上げてないってのに」
憤怒者たちが、助かったのかという安堵と、困惑を隠し切れない顔でこそこそと話し合っている。
「いや、そういえば……ニューヴには予知能力を持つ種族もいたはずだ」
最初に蓮風に声をかけた青年が何かを思い出した顔でそう呟き、他の憤怒者たちは納得したようなしきれていないような、そんな微妙な表情を浮かべた。
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「本部から言われて助けに来ました!
俺達……オリジン様達の素晴らしい考えに心酔致しまして……。
ぜひあなた達オリジン様達の為にお仕えさせてください!」
息せき切って、追いついた工藤・奏空(CL2000955)が芝居の駄目押しをする。
当然本心の訳がなく、奏空が内心で思っているのは(よっしゃ、噛まずに言えた!)くらいのことだったりするのだけれど。奏空もまた、不自然にならぬ程度に自称『オリジン』たちより蓮風に近い位置を探る。
「妖は俺達が倒しますので、オリジン様達は、一塊になってここで避難しててください!」
「お、おう。頼んだぜ」
おとなしく従う憤怒者たちに対し、奏空はこっそり(俺の演技力、すげー!)と鼻息を荒くする。
事実としては、他人に押し付けられるならそれでいいという考え方が原因なのだが、今そこは追求することでもなければ気にする意味もない。
「焔陰流21代目……焔陰凛、推して参る!」
肩書の後に小さく、(予定)と囁いて。凛は朱焔を、姿勢ごと低く構えると腕にぐっと力を込めた。地を這うような軌跡を辿った影打の刀は、丸太の妖たちを跳ね上げるように打ち据える。
続いて、数多が一気に駆け込んだ。
「櫻火真陰流、酒々井数多、往きます!」
風が駆け抜けるように、妖たちを斬りつける赤い柄の日本刀。
「目の前に居るのと同様の妖が付近に居るかもしれません。
今は近くに留まって頂ければ貴方方をお守り出来ましょう――しかし、遠くへ移動されましたらお守りできる保障は御座いません」
続いて到着したのは四条・理央(CL2000070)だ。人形じみた、感情の抜け落ちたかのような雰囲気を意図的に自分に課し、言葉少なに立ち振る舞う。憤怒者や蓮風たちを後ろに守れるよう前衛よりは少し遠巻きな場所で自然治癒力を高める香りを振りまきながら、口には出さず理央は考える。
(覚者を新しい奴隷とか言い出すとはトンでも理論だね。
自分より力ある存在を劣等種と決め付けて精神的安定を図るのもこの理論に繋がるのかな?)
その最中にも赤貴は数多同様に疾風斬りを繰り出し、魔術紋様が浮かんだ刀身を妖に叩き込む。
「本部より派遣されたニューヴですー。
オリジンの皆さん危険ですので負傷者を連れて安全な所まで下がって!
ボクらの戦いを見届けたって下さいなー!」
「ニューヴがちゃんと戦えるように監督するのも、オリジンの立派な務めて言いますからなあ」
守護使役のえどわーどにともしびを任せて憤怒者たちに呼びかけた『インヤンガールのヤンの方』葛葉・あかり(CL2000714)に、『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)が言葉を続ける。
ぐっと言葉に詰まり、憤怒者たちは姿勢を正す。排他思考に傾倒するほど低俗な自尊心は、持ち上げられることに慣れていない。
あかりはまるで印を結んでいるかのように唇の前に指を立て、蓮風にむけて片目をつぶる。意味が伝わったのか、こくこくと二度蓮風は頷いて、口を真横に結ぶ。
とんとんと足元の地面をつま先で蹴りながら、あかりは絡みつくような霧をあたりにたちこめさせる。
「霧笛の似合う海の男……あ、女」
にっと笑って口にした冗談は、山の中では少し、すべる。
かがりは慣れたと言いたげな様子で首を横に振りながら、自作の術符、伏見を折って頭上へ投げる。符は小さな雲に姿を変えて、まとった雷気を妖に振らせた。雷声に紛れるくらいの小声で、かがりは呟く。
「別の生きもん扱いかあ……そこまで断じられると逆に清々しいな。悪い意味で」
苦渋の顔こそ、見せないけれど。
前線に踊りでた『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が、ブレイジングスターの踵で地面を強く踏みしめる。その先から炎の柱を吹き出させると妖たちにけしかけた。
「丸太は丸太らしく燃やしてやる!
――下がって怪我人の手当を! ここは俺達の出番!」
幻視で姿を変えてみたものの、ヤマトは目の前で上がる火にふと、(オレのことを『オリジン』だと誤解することはなさげだなあ)と眉尻を下げた。覚者と普通の人を分ける要素は、五行術式の駆使ができるかどうかの違いに等しいのだから。
ぎょろりとした目を持つ妖は火がくすぶったままぐぉんぶぉんとばかりに己の身を振り回し、大きな舌を持つ丸太はごろごろと転がりまわってみせる。妖の反撃を受けずにすんだのは憤怒者たちと蓮風、奏空、あかり、かがりだけだ。
深手というわけではなかったが、数多、赤貴、ヤマトの3人は、すぐに己の認識能力に異常が起きていることに気がついた。妖はどっちだ、いや、どこだ。
ぐらりと揺らされた脳は、視神経の情報を正しく処理できなくなっているようだった。
様子がおかしい事に気がついた奏空がすぐさま、蓮風に「じっとしていてくださいね!」と声をかけながら浄化物質を周囲に集めだした。混乱した覚者が蓮風たちに襲いかかってしまう事態は、避けたい。
とはいえ、奏空は声をかける時、蓮風の顔を見るつもりが、その30センチほど下を直視してしまった。頑張って目をそらしたが、年頃だからね。仕方ないね。
浄化物質の恩恵を受けたヤマトが、未だ目線の定まらぬ数多と赤貴を目にして眉間に皺を寄せてから、ひとつ頷く。この状況も、想定されていた。
「ショック療法だな!」
殴って手を怪我したら、ギターが扱えなくなってしまう。ヤマトにとってそれは避けたいことだ。新調した赤いブーツを最初に食い込ませるのが妖でないことだけが残念だったけれど。すぐ近くにいた赤貴を、軽く蹴ってみる。その躊躇が影響でもしたのか、それとも赤貴の戦闘経験の賜物か、混乱収まらぬ赤貴は振り上げた大剣を力任せに振り下ろす。目の前にいるのが何者かわからなくても、それが敵なら殺すだけだ。――その刀身が舌の妖にあたったのは、運が良かったのか、狙えた結果かはわからないが。追撃とばかりに凛は狙いを定め、その刀でもってでか舌の身を貫く。
「あはははお兄様がいっぱーい」
視覚情報の混乱が引き起こしている異常だ。見たと思ったものと、見たいと思ったものが混同されている事に気がついて数多は笑う。緋鞘の刀を振り回せば、お兄様のひとりに当たったようだ。
「ったー……」
呻くような苦痛の声が関西弁なあたり、それがぶつかったのは実際には凛の様子だが。
小さな怪我が多いとはいえ負傷が蔓延する様に、理央は治癒能力を有した霧を漂わせる。
「え、俺たちは……?」
傷の癒えていく覚者たちの様に困惑した声をあげたのは、憤怒者だ。はっとした顔を浮かべそうになりながらも、理央は動揺を見せないように意識しつつ彼らを霧の癒やす対象に含ませる。自分たちの怪我が治療されていくさまを見て、ほっとした表情を浮かべる憤怒者たち。仲間だと思わせるならば、他の者達の治療中に彼らを無視するのはおかしいことになるとは把握しておくべきだったと、唇を噛みそうになる。
「うまいこと撃ち抜けるポジションを取れたら良かったんやけど」
下手に動き回ればこける。その自覚のあるかがりは、それよりもこっちが優先やねえ、と呟いて舞衣を舞う。浄化物質は、今度こそ数多と赤貴の混乱を治めることに成功したようだった。
あかりの平衡感覚は、それこそ荒れる海原だろうとものともしない程度のものだ、この程度の山肌を苦にすることなどない。強く踏みしめた両の脚と同じほどに開いた経典をかざし、召雷を叫ぶ。
またもや雷に打たれた丸太たちは、先と同様に覚者たちに襲いかかるが――今度は誰ひとりとして惑うことはなく。
吠えるような声をあげる、丸太たち。ギョロ目の身体にくすぶりつづける、火。
ギョロ目を倒してしまえば、残ったでか舌を制圧するのにはそう長い時間を必要としなかった。
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「さすがは俺達のニューヴだな!」
そう言って喜ぶオリジンたちに向けて、あかりがにっこり笑いながら纏霧を絡みつかせる。
「……え?」
不意打ちは、綺麗に決まった。
疑いなく自分たちの味方だと信じていた『オリジン』の諸氏は、覚者たちの攻撃をなすすべなくその身に受ける。成人程度の男性ばかり6人、とはいえまるで鍛えたこともないような輩ばかりだったのも覚者たちに有利に働いた。後衛にいた覚者たちは皆それぞれに蓮風の――結果として憤怒者の近くに位置取っており、3人、すぐに羽交い締めにされる。逃げようとした者もいたが、韋駄天を使う覚者が本気になって追いかければ逃げ切ることも難しい。
多少の時間と被害を要したが、すべての憤怒者たちを気絶させて転がすことができた。
時間はかかるが、ひとりずつ、記憶をすいとればなんとかなるだろう。理央はふぅと息をつくと守護使役に目を向け、小さく頷いた。記憶をすいとることができるのは、この場にリーちゃんしかいない。
「あの……すみません、私、きっとみなさんにご迷惑をお掛けしたんですね……」
憤怒者たちが記憶をすいとられている傍で、蓮風はしょげかえる。
これで覚者たちに助けられるのは三度目ともなれば。二度目まではまだ偶然と笑うことも出来たが、そうではないのだろうという推測はすぐにできたようだった。
「……あんまし男にホイホイついてくもんや無いで」
凛は、返されたぬいぐるみを手に、少し困った顔で笑いながらも蓮風をそうたしなめる。こくりと頷く蓮風の顔には、確かに反省の色があった。
少しばかり重たい空気を吹き飛ばすかのように。あかりが「よし!」と気合を入れ、蓮風に向き直った。
「改めて――郷土史研究クラブのあかりちゃんです! 三度目!
ボクらは五麟学園でクラブ活動してるんだ」
「五麟……京都の、です?」
「そう! 蓮風さんはどうも妖関係のトラブルが多いから、何かあったら連絡してね」
名前は知っていたのだろう。オウム返しに呟いた蓮風に、あかりは力強く頷いて返す。
「例の……なんやったか。げっ歯類的な可愛いモルちゃん探しも手伝えると思いますわ。
妖怪もののけ困った時には相談頂ければ……と、こちら連絡先やね。
助けを借りたいときは、いつでも呼んだってな!」
「うんとね、貴方と個人的に友達になりたいから、連絡先渡しとくわね」
「何かあったら連絡してよ。必ず駆けつけるから!」
かがりが、数多が。折った紙片を蓮風に渡し、ヤマトがウインクしながら自分の胸を親指で示す。
きょとんとした顔で「もる……ちゃん」とつぶやき、少しの間困惑していた蓮風だったが。
「はい!」
やがて――ようやく安心したのだろう――朗らかな笑顔を見せてそう頷いた。
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図書館から、続き物の本が途中で抜けている時のことを想像して欲しい。
全6巻のうち3巻から5巻が棚から抜けているのを見た時、『それは最初からそこになかったのだ』と考える人間はいないだろう。『誰かが借りたのだ』と考えるのが自然だ。だが、もしそれが自分の家の本棚だとすれば、自分が最初から買っていないからその棚にないのだと思うこともあるかもしれない。
それでも。6人の家の本棚から同じ本の、同じ巻が消えていたとしたら。
6人が6人とも、最初からそこに本はなかったと考えるだろうか。
――明確すぎる欠落は、そこに隠したいものが存在していたことを主張する。
だから。
その場で目を覚ました憤怒者たちが、その場にいた全員からここしばらくの記憶が抜け落ちていることを把握した後、ひとりが「守護使役だ」と呟いたのは、当然のこととも言えた。
「きっと俺たちは、ニューヴと交戦したんだ。畜生、舐めやがって……」
彼らは、F.i.V.Eで言うところの『憤怒者』だ。
憤怒者はそのほとんどが、敵対する隔者、覚者に対し、殺意でもって接触する。
自意識の塊のような彼らにとって、記憶にない敗北は死の恐怖よりも殺せなかった怒りを伴った。
「ここで戦ったってことは、拠点も知られた可能性が高い。
引き払って、新しい場所で、もっと力を蓄えよう。そして、オリジンに従わないニューヴに価値が無いってことを広く世間に知らしめてやるんだ」
文字通りの憤怒を顔に宿らせて、彼らは頷き合う。
覚者たちのあずかり知らぬ場で、また新しい殺意が芽生え始めていた。
<了>
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
