《真なる狩人》信念の盾
《真なる狩人》信念の盾


●窮鼠が剥く牙
 ふざけやがって。
 ふざけやがって。
 我が物顔で闊歩するな。
 汚れた足で踏み入るな。
 ここを誰の領域だと思っている。
 お前らは不要だ。
 どこにも居場所を与えない。
 死ね。死ね。死ね。
 ――吹き飛ばしてやる! 歯向かう奴らは。
 粉微塵まで。

●目には目を
 このところのF.i.V.E.の活動実績は目覚ましいものがある。
 実働部隊が取り押さえた憤怒者から収集した情報を元に『古妖狩人』の足跡を辿り、ついにその根城を突き止められたのは、その代表的な成果と言えよう。
「皆様のおかげですね」
 会議室に集った覚者達を前に、ソファに腰掛けた久方 真由美(nCL2000003)はどこか誇らしげな笑みを浮かべた。本当に頼れる勇士ばかりだ。
 ただ――と、真由美は奇妙に思う。
 拠点を追及するにあたって候補地を導き出したのはF.i.V.E.の覚者一同だが、その中から最終的に特定したのは――安土八起なる謎めいた少年。
 彼は古妖の在り処を広域的に判別できるとのことだが、そのような能力は前代未聞だ。現在ラボの人間が調査と解明に四苦八苦しているが未だ答えの出る気配はない。
 ともあれ、様々な過程を経てひとつの事実は確定した。
 滋賀県の琵琶湖周辺に立ち並ぶ工場群。そこが『古妖狩人』の本拠地だという、最重要項目が。
「それにしても、工場、ですか」
 真由美は報告書を読みながら頬に手を当てる。実験器材や研究機関を設けているとは予測が立っていたが、外観も含めて工場という形態を取っているのであれば納得が出来る。そして琵琶湖周辺は元より豊富な水資源から工業地帯として栄えていた地域。成程、木を隠すなら森の中といったところか。
「もちろん、無防備ということはありません。『古妖狩人』にとっても最後の砦なんですから」
 厳重な警戒態勢が敷かれていることは容易に予期できる。数日前に真由美が見た夢では、カノン砲を搭載した戦闘車両の存在まで確認された。
「いくら因子の力で身体能力が向上しているとはいえ、これだけの重兵器です、直撃すれば擦り傷では済まされないでしょう……そこで」
 そう言うと真由美は、膝の上に乗せている古妖『貝児』の肩に手を置いた。
 先日の任務で覚者達の手によって救出されたこの人間の女の子に似通った古妖は現在、F.i.V.E.で一時保護処分となっている。多くの触れ合いがあったらしく、貝児は今もちょうど、教えてもらったあやとりに夢中になっていた。
「彼女から申し出があるそうなのです」
 お願いね、と話の続きを頼まれた貝児は元気よく返事すると、ソファの後ろに置いていた自らの貝桶をよいしょと担ぎ、それを覚者の前に差し出した。
「これ、持って行って欲しいの!」
 突然微妙に大きな代物を渡された覚者達は困惑するが、真由美の解説によれば、この桶は貝児の感情の憂い次第でシェルターじみた強度に達するのだという。危険なので貝児自身はF.i.V.E.本部に待機するが、桶だけでも役立てて欲しいとのことだ。
「ですが貝桶の硬度を保つためには、この子も寂しい思いをしなくてはなりません」
 気分が昂って軟化してしまったら台無しである。そこで貝児は皆が攻城戦に出発している間、あえて孤独に浸って、ひっそりと過ごすのだそうだ。
「大丈夫だよ! 一日くらい、我慢できるもん! みんなも頑張ってきてね!」
 覚者に向けて精一杯凛々しい表情を作る貝児は、ぐっと手に力を入れた。
 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:深鷹
■成功条件
1.憤怒者の撃退
2.なし
3.なし
 OPを御覧頂きありがとうございます。
 長期に渡って続いた古妖狩人との抗争ですが、いよいよクライマックスです。

●目的
 ★防衛線の突破

●現場について
 ★『古妖狩人』本拠地
 琵琶湖近辺にある工業地帯の一角が舞台となります。 
 憤怒者達は施設内に外部者を立ち入らせないよう、工場外周を哨戒しています。
 そのうちの一団に夜襲を仕掛けます。
 憤怒者を打ち倒し戦線を確保することで、後続が活動しやすくなるでしょう。
 夜間の作戦となるので暗いです。視界の補助があれば十全に戦えるかと思います。

●敵について
 ★装甲車 ×1
 憤怒者の資金力の結晶です。乗員は操縦担当と砲撃担当の二人。
 見た目上は戦車というより武装した大型トラックに近いです。
 口径の広いカノン砲に加えて、副砲として自動制御の機銃が複数台据えられています。
 主砲の威力は絶大ですが、発射には1ターンのチャージが必要となります。
 徹甲弾に耐えるだけの装甲を持つため、そこそこ頑丈です。その分機動性を犠牲としています。

 『主砲』 (物/遠/貫3/溜め1) ※高威力
 『副砲』 (物/遠/列)

 ★歩兵 ×8
 いつもの連中です。前後に分かれて機関銃を掃射し装甲車のサポートをします。
 適当に蹴散らすのが吉でしょう。

 『機関銃』 (物/遠/列)

●特殊ルール
 今回はアイテムとしてクエストID267の依頼で保護された貝児の桶が支給されます。
 該当シナリオの解説文に詳細がありますが、簡単に言うと所有者である古妖の感情に応じて硬度などの性質が変化する代物です。
 貝児は一日外出を我慢して寂しさを募らせることで桶の状態維持に努めます。頑張ります。
 硬質化している間は源素由来でない攻撃なら概ね防ぐことができます。中に入ると他に行動は取れませんが、憤怒者がどんな猛攻を仕掛けてきてもやり過ごせます。
 移動不可という点を除けば全力防御の上位互換なので、強力です。
 ただし桶は一個しかありません。あと体の大きな方には少々窮屈です。ご利用は計画的に。



 解説は以上になります。
 今回はこちらが積極策に出る番です。ご参加お待ちしております。
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年12月22日

■メイン参加者 8人■


●末端神経
 哨戒任務に当たる憤怒者達が異変に勘付いた時には、既に夜の静穏は引き裂かれていた。
「てっ、敵襲ー!」
 銃声と、装甲車のバックライトが砕け散る音がその契機であった。動転を抑えつけて敵の到来を告げる号令を上げると、憤怒者は順路の反対方向から出現した、煙の立ち昇る拳銃を握った覚者――『狗吠』時任・千陽(CL2000014)へと視線を集めた。
 警護の主軸を担うカノン砲を載せた装甲車はその鈍い動作性ゆえ咄嗟には旋回できなかったが、機関銃で武装した歩兵は皆一様に黒の外套を羽織った千陽に銃口を向けている。それでも尚千陽の張り詰めた表情に臆する気配は微塵も見られない。暗闇をものともせず冴え渡る黄金の目は今も揺らぐことなく装甲車の全貌を捉え続けている。
 何故なら――
「余所見してたらアカンで!」
 有刺鉄線の巻かれた防護柵の陰から意気揚々と躍り出た『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)の接近は疾うに完了していた。音もなく忍び寄った凛は闇色の外套を脱ぎ捨てて業物の切っ先を下げたまま敵中に飛び込むと。
「焔陰流、逆波!」
 刀を返し、下方から半円を描くように振り上げる。刃紋の入れられていない峰の部分を状況処理が追いつかずにいる複数の憤怒者の顎へと叩き込み、軽い脳震盪を引き起こした後、更には流れるような所作で水平に薙ぎ、刀身の鋼の硬度のみを活かして次々に打撃を繰り出す。
 忍び足で敵陣に潜り込んだのは凛のみならず、重厚な半月斧を肩に担いだ『自称サラリーマン』高橋・姫路(CL2000026)もまた同様である。
「うむ、見計らった時機はバッチリだったようじゃのう」
 憤怒者の渦中にありながら泰然と構える姫路は空いた左手で顎を一撫でしてから、その斧を自重に任せて振り下ろした。威力は神具そのものの質量が担い、命中精度は火行特有の戦闘における優れた才覚で補う、効率化した一撃である。直撃を免れた者でさえも、間近で仲間の肩口を裂いた斧が、勢力を維持したままアスファルトの路面と激突する地響きのけたたましさには思わず息を呑む。
 全身に薄く纏わせた火の働きに、姫路は僅かに頬を綻ばせた。明らかに身体能力が増進している。
「ええい何をしている! 敵は寡兵、気後れするんじゃない! 撃ち方始め!」
 業を煮やした装甲車に搭乗中の砲撃手から発令が掛かり、覚者達から見て奥手にいる憤怒者が射撃態勢に入るが――しかし。
「後手に回っていては主導権は握れませんよ」
 千陽は既に次なる策を実行している。そしてそれは、現実のものとなって証明される。
「うっ、なんか、体が……?」
 重い。加えて、息苦しさも感じる。憤怒者は全員が得体の知れない気怠さを覚え、引き金に掛けた指先にうまく握力を伝えられない。
「背中がガラ空きよのう」
 軽く掛けた程度の声に憤怒者達が先行隊から照準を外して勢い勇んで振り向いた時、あまりの一貫性のなさに『白い人』由比 久永(CL2000540)は少々苦笑した。その背には真紅の翼で包むように、古妖から借り受けた貝桶を背負っている。
「そう感情的になるでないぞ。目に見えるものまで映らなくなってしまうからなぁ」
 彼の言葉の通り、狭まった視野では認識できない影があった――『送受心』を持つ千陽から合図を受け取り、同じく攻勢に打って出た『浄火』七十里・夏南(CL2000006)の足取りだ。
「不穏の種は排除よ」
 守護使役が灯した火を頼りに圧縮空気の弾丸を敵の死角から放つ。ひとまずの先制攻撃を見舞った後で、更に歩を進めて距離を詰める。それに追随して、共にライトを持った三峯・由愛(CL2000629)と鹿ノ島・遥(CL2000227)も続き夏南のやや後ろに布陣した。
「来たぜ!」
 遥は持っていた懐中電灯を地面に転がして両手の自由を獲得すると、まずは先程まで情報交換を行っていた千陽に親指を立て、それから装甲車へと視線を滑らせた。
「へへっ、あいつだけは結構楽しめそうだな」
 とはいえ万全の態勢で臨むためには周りの憤怒者から片付ける必要がある。張り合いのない相手だと不本意に思いながらも、指の骨をパキリと鳴らし、歩兵隊と対峙する。
「……人間は、自分が嫌うものを容易に認めることは出来ません。だからといって、理不尽な暴力を振り翳すのは絶対に間違っています。利己的な考えは悲劇しか生まないのですから」
 敵の様子を見やる由愛は夏南の真後ろ、あるいは久永の目前に立たないよう注意しながら、自らの足場を固める。機械化した右腕部と一体化させたライフルを構え、意を決すると、その銃口を一直線に憤怒者へ向けた。
「そんな理由で古妖さんに刃を向けるあなた達を……わ、私は許しませんっ!」
 兵器は殺意で振るうものではない。一度矛先を向ければ誰かを傷付けるかも知れない、けれどそれ以上に、大切な誰かを守る盾にも成り得る――由愛はそう信じて、久永に続き深い霧を立ち込めさせた。
 最後に合流した納屋 タヱ子(CL2000019)もまた、いや、それ以上に、人に対して覚者としての力を差し向けることに若干の抵抗を感じていた。いくら身勝手な目的のために古妖に危害を加える非道な憤怒者とはいえ、相手が人間であることに変わりはない。
 彼ら自身が生き様を大きく歪ませるほどに憎む因子の力。その力による優位こそをもって制圧するというのは、憤怒者からしてみればひどく皮肉な話である。だがここで止めなければ、またどこかで別の戦禍を招きかねない。落涙に喘ぐ誰かを救える機会は今この瞬間しかない。
「それだけは許せません!」
 不退転の決意を結び、身を呈して憤怒者の前に立ちはだかる。今の自分に出来るのは、私欲のために力を用いることの罪の重さを知らしめることだけだ。
 千陽はタヱ子の様子を見送った後、憤怒者と目を合わせて宣言する。
「同じ人間であるあなた達との争いを好ましくは思いません……ですが、譲るわけにもいかないのですよ。必ず帰ると約束したのですから」
 小指に軽く触れながら、千陽は味方の各位置を確認し隊列を整え始めた。

●動脈部
 ようやく整然を取り戻した憤怒者の列が一斉射撃を開始した。奇襲を受けた際に二人ほど人員を欠いたが、怯んではいられない。
 装甲車も副砲を動作させ散弾を手当たり次第に連射する。
「こちとらあの子の気持ちも背負ってるんやから、きばっていかんとな。焔陰流二十一代目……予定っ! 焔陰凛、推して参る!」
 千陽が展開した『蒼鋼壁』の防護を頼りに、厚い弾幕を掻い潜って前衛に位置する覚者達は更なる接近を図る。凛は撹乱時と同じように下から跳ね上げるような太刀筋で立ち並ぶ敵勢をまとめて攻撃し、夏南も内から溢れ出る紅蓮の焔をちらつかせながら、効果対象が最大公約数となることを心がけて火柱を出現させた。
「下らない玩具まで用意して、『普通の人々』は余程金が余っているらしいわね。全く羨ましいものだわ」
 間近に迫る頑健な装甲車を見上げた夏南は、町内の清掃活動で得られる報酬のことを思い返しながら嫌味を言った。
 しかしその眼差しはただ気紛れに向けたわけではなく、内部機構を『透視』によって暴くことが本命であった。通常の大型車両のような運転席にいる操縦手と、カノン砲の根元付近に備え付けられた専用座席に乗り込んだ砲撃手の存在を確認する。後者は開閉ハッチ式の乗降口から乗り込んでいることを考えると、機密性はかなり高い。乗員に直接攻撃を加えるとすれば運転席か。
「もしくは開いた穴経由で熱を伝導させるかね」
 装甲を損傷させれば不可能ではない。歩兵の対処に復帰しつつ夏南は心に留めておく。
「撃て! 撃て! 撃て!」
 憤怒者は一心不乱に銃を乱射するが、それでも一歩も怯まず前進を続けるのは――両手に大型の盾を翳したタヱ子だ。土の代わりに砕けたアスファルトを自身の周辺に浮遊させて、凶弾から身を守る補助としている。
 小さな体に似つかわしくない丈夫さを背景に、ひたすら前へ、前へと。味方が不自由なく活動できるよう戦線を構築する。
 タヱ子が切り開いた進路を辿る姫路は、無骨な装甲車の壮観にほうと小さく息を漏らした。
「随分と手間の掛かった兵器じゃのう。しかしこんなものは所詮、賽を投じるための器のようなものじゃ。肝心なのは出目。わしの天運とそちらの天運、どちらが上から試そうじゃないか」
 視線を歩兵隊へと移す。
「さて、準備は整ったから本格的な反撃といくのじゃ」
 体内で滾らせた『醒の炎』で腕力を引き上げた姫路は、味方が撃ち漏らした標的を一人ずつ始末に掛かる。半月斧の背に眼前の敵を引っ掛けると、そのまま大きく振り回して投げ飛ばした。
 地面に強く叩きつけられ、昏倒する。一名脱落。
「一息吐いてる暇はないぜ!」
 遥の苛烈な攻めの姿勢はひと時も崩れる瞬間はない。並列に立つ二人の憤怒者の脛目掛けて放った下段回し蹴りでバランスが崩れたところを見定めてから、やや遅らせて掌底を顎にかまし、二者まとめて突き上げる。転ばせたかのように見せかけて、流れの中で自然に虚を衝く。防御の意識がそちらに向いていないゆえに、その破壊力は実際のもの以上に感じられることだろう。
 そのうちの一人は、脳を大きく揺らす衝撃に膝を折るのを余儀なくされた。それまで受けたダメージの蓄積も響いて立ち上がる気力もない。
「あと半分か! 順調だな! ……っと!?」
 副砲から放たれた銃弾に一瞬肝を冷やすが、即座に襤褸切れめいた布に気を流して弾くと、遥は再び攻撃を仕掛ける。あくまで効率を重視した、乱取りに適した体術を連発する。
「まだ銃を下ろさないのであれば、私も受けて立ちますっ」
 隣に立つ由愛が霧に続いて巻き起こしたのは至極小規模な黒雲である。装甲車後方にいる憤怒者の頭上を覆う程度のそれはしかし、嘘偽りのないれっきとした雷雲である。今にも弾けんばかりにバチバチと帯電した音を響かせ――
「これで、諦めてください!」
 由愛の喝を皮切りに幾何学的な軌道を取る落雷が一気に降り注いだ。自らが起こした雷に人が打たれるのはショッキングな光景だったが、由愛は片時も目を離さなかった。これが悪行の報いであると彼らに痛感してもらうためにも、断罪を下した自分が目を背けるわけにはいかない。
「うむ、その意気や良し」
 同じく後列に『召雷』を浴びせるのは久永である。その威力たるや凄まじく、唸りを上げる轟音は言うに及ばず、付随する余波でさえ落下地点のアスファルトに皹を走らせていた。
 靄のように白く霞んだオーラを纏った彼は、桶を背負っているというのに随分と体が軽くなったように感じていた。天行の力を引き出すことで、ここまで自己を高められるのかと改めて実感する。
「誰一人、逃がしはせんよ。ここでそなたらはすっかり潰えてもらわねばな」
 羽扇で扇ぎながら耳を澄ませ、逃亡者の有無を探る久永。だが敵も然したる者で、一人として撤退する兆候を覗かせない。相手もまたここがデッドラインだと理解しているのだろう。
 または――単純に勝算が残っているか。
「……まずいわね。みんな! 大きいのが来るわよ!」
 真っ先に前触れを嗅ぎ取ったのは『透視』で砲撃手の動向を窺っていた夏南だった。その言葉にタヱ子は装甲車に視点を上げると、微妙にではあるが、大型のカノン砲が角度の修正を図っている様子が見て取れる。
「本当に……人に向けて撃つのですか!?」
 タヱ子の問い掛けに対する返答はない。敵もまた、不退転である。
「あなた達は兵器を、どこまでも激憤を込めて使うのですね……」
 由愛は寂しげな色を金の瞳の中に浮かべる。
 ついに主砲の発射準備に入った装甲車を前に、覚者達は各自行動を変更する。まず第一に、千陽と遥は前列へと進み出た。直線に並ぶ人数を減らし、被害を分散する構えだ。
「邪魔です!」
 千陽は残る憤怒者を拳銃のグリップで殴りつけ、軍隊仕込の格闘術で組み伏せると、後ろに誰もいないことを確認して装甲車のすぐ近辺に布陣する。
 自分個人がターゲットとなるのであれば問題ない。他に危害が及ばずに済むのなら。
「来るなら来たらええよ。砲弾叩っ斬ってみせるで!」
 刀をだらりと下げた迎撃態勢に入っている凛は、斬鉄で立ち向かう心積もりでいる。動体視力には自信がある。見極められるなら、あとは自分の力量次第だ。
 だが砲身は凛でも千陽でもなく、とある一方を目指して射角を変えている。
 朧な、けれど力強い輝きが舞っている――タヱ子が自身に宿した神祝ノ光を顕現させていた。
「あの人達からすればこの光は怪異に映るでしょう……ならば」
 きっと目を引くに違いない。不気味に思われたのなら、いの一番に除外しようとこちらに向けて砲撃してくるはず。
 それを、全身で受け止める。
 今から何かしらのアクションは出来ない。他の七人はタヱ子の覚悟に委ねた。千陽はタヱ子が独力で最大限に補助を施していることを確認すると、念のため貝桶の手前に『蒼鋼壁』を。
「わたしの居る場所が、わたしの居場所です!」
 タヱ子は足を大股に開いて地面にしっかりと根を張る。
 カノン砲の銃口と直面する。
 足の裏に伝わってくる感触を通して、自分と世界との繋がりをタヱ子は痛感した。しっかりと踏みしめれば、地面は負けじと反発してくる。
 覚者と非覚者との隔絶が解消される日はまだ遠いかも知れないけれど、この世界こそが自分の居場所なのだから。
「撃てるものなら――」
 三つ編みの少女の視界は不意に、闇に閉ざされた。

●心臓部へ
 暗い空間の中で、久永はしみじみと思う。
「まさか貝桶に入る日が来るとは……きっと余が初めてだろうなぁ。長生きはしてみるものだ」
 桶の蓋はぴたりと閉じられているから、何が起きたかは分からない。が、時間からして恐らく砲撃は止んでいるであろう。外の様子を窺いつつ、慎重に顔を出してみる。
「あれはっ……!」
 久永が目にしたのは、盾の下敷きになって横たわるタヱ子だった。

「やったか!?」
 運転席から主砲が放たれる瞬間を眺め見ていた憤怒者は、タヱ子が倒れる一部始終をじっくりと観察していた。盾を構えているところに徹甲弾が命中し、砲弾自体はそこで勢いを逸したものの、直撃したのは間違いない。いくら一般人より頑丈な覚者とはいえ、タダでは済まされないはず。
「……よし、残る奴らにも……」
 再び砲撃手に指示を出そうとしたが、刹那、車内の温度が急上昇するのを知覚した。暖房の故障とは思えない――こんなサウナじみた高温設定はありえない。
「ほら、出て来ないとじっくり蒸し焼きよ」
 強化ガラス越しに聞こえてきたのは、潔癖な性格を象徴するかのように神経質なまでに真っ白い翼を生やした少女、夏南の声である。夏南は腕を装甲の裂け目に突っ込むと、そこから内部に向けて火を放っていた。
「最大の攻撃というのは隙を作るものじゃからな」
 装甲に傷跡を穿った張本人である姫路が斧を肩に乗せて笑う。発射の溜めを作っている間の、無防備極まりない隙を晒しているところに強烈な攻撃を加えていた。
「お、お前ら、仲間がやられたってのになんで平然としてるんだ!?」
「何故って? やられてないからよ」
 暑さに耐えかねてドアを開けた縛りながら、夏南は冷淡に答えた。
「やられるわけないでしょう。あの子の耐久力なら」
 見れば、タヱ子はとっくに立ち上がっている。巨大な盾を二枚重ねたことで、体に掛かる負担を軽減したのが功を奏したらしい。
 とはいえ完全に無傷とはいかない。未だ衝撃の際に生じた痛みが全身で悲鳴を上げている。
「無茶するなぁ。若い娘なのだから体は大事にするのだぞ」
 久永がすぐさま回復に走る。術式の高い攻撃力は当然、高い治癒力にも昇華される。
「あ、ありがとうございます。ですが、突破口は開けたと思います……!」
 主砲はなんとか耐えられる。それが判明しただけで大きな収穫だ。
 その上、操縦手を失った装甲車は一切の機動性を失っている。攻めに回るには今しかない。
「ちくしょー! ヤケクソだ!」
 自動制御の副砲を撒き散らした後で、再び主砲の装填に掛かるが――
 砲身が大きく揺らいだ。装甲車に乗っかった凛が斬撃を加えたがゆえである。
「廻焔、決まったで」
 機械相手に遠慮は要らない。峰ではなく、刃を用いて全力の剣撃を叩き込んだ。威力を増加させた返し刀に及んでは、強化金属の砲身そのものを両断するまでに至っていた。
「決戦の予行演習だ! その装甲、ぶち抜くぜ!」
 タイヤがカバーに覆われ、接地面しか露出していないことを確認した遥も同様に砲身へと対象を変えていたが、凛が先に仕留めたことを知ると合板で覆われた砲撃手の座席に拳打を放った。
 硬い。しかし、だからこそ燃えてくる。何度も何度も『五織の彩』による高精度の打撃を繰り出すうちに、徐々に装甲は凹み始め、金属疲労で歪みが生まれる。
 やがて拳は分厚い装甲を突き破り、その綻びを端緒に覚者総出で座席を囲む合板の全てを引き剥がした。
「今ここで撃たれたいですか」
 千陽が銃口を向けると、最後の一人だった憤怒者は投降を認めるしかなかった。

「さて、と」
 夏南は空になった装甲車を点検し、タイヤが無事なことから問題なく走行できることを確認する。
「どうするつもりだ?」
 捕虜となった憤怒者が問うが、夏南は特に気に掛けもせず。
「ちょっと借りるだけよ。壊れるまでね」
 それだけ告げると、悪びれもせずに乗り込んだ。
 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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