【古妖狩人】廃教会と虹色の羊
●しあわせな思い出
あなたがね、いてくれて良かった。
わたしはもう思い残すことはないけれど、どうか私が天に召されてしまったら。
あなたは自由に生きて頂戴ね。
『……』
優しい人だった。
人ではない自分をただ置いて居てくれた。
もしかしたら教会で一人だったあの人だって寂しかったのかもしれないけれど。
自分の居場所はあの人と共に、此処にあった。
今は自分だけしか居ない。
でも、離れたくはない。
もう廃墟としか呼ばれない教会の祭壇前に、あの人のお墓を作った。
ステンドグラスから生まれた自分が綺麗だと言ったから、欠片も一緒に埋めた。
毎日外の庭で咲いている花を供えている。
だから、寂しくないよ。
「妖怪はこの中だ、確実に捕らえろ!」
誰かの声がした。誰だろう。誰だろう。
良くない気配と沢山の足音がする。
怖い。こわい。
●穏やかな日々を脅かす者達
「『古妖狩人』と呼ばれる憤怒者達が一匹の古妖を捕獲しようと迫っています」
久方 真由美(nCL000003)が悲しげに伏せていた顔をゆっくりあげた。
「彼等は郊外にある今はもう廃墟と化した教会に住む、ステンドグラスの付喪神の存在を突き止めたようです」
何時から其処に居たのかは定かではないが、まだ教会に人々が礼拝に来る頃から一人のシスターが匿っていたそうだ。
やがて誰も来なくなって、一人だけになったシスターが生涯を終えたと同時に忘れられた教会。
それでも付喪神は居続けた。誰に迷惑をかける事無く唯ひっそりと。
「羊の姿をした付喪神に戦う力はありません、癒しの力は持っているようですが大勢の敵意に怯えております。『古妖狩人』達が古妖を捕らえれば彼等の道具として酷い扱いを受けてしまいます」
何の罪もない古妖を憤怒者達の理不尽な手段にする訳にはいかない。
「憤怒者達が来るのは真夜中。晴れていて月明かりはありますが教会内はステンドグラスから差す光が中を照らすのみです。付喪神は祭壇付近に居ます。今から急げば、憤怒者達が来る前に教会に入ることが可能です」
彼等はただ道具を得る為にやってくるに過ぎない。其処が古妖の思い出の地だとしても、躊躇なく踏み入り蹂躙するだろう。
「古妖は勿論ですが……教会は古妖にとっても大切な場所ですから」
助けて欲しいと、真由美の視線は訴えていた。
あなたがね、いてくれて良かった。
わたしはもう思い残すことはないけれど、どうか私が天に召されてしまったら。
あなたは自由に生きて頂戴ね。
『……』
優しい人だった。
人ではない自分をただ置いて居てくれた。
もしかしたら教会で一人だったあの人だって寂しかったのかもしれないけれど。
自分の居場所はあの人と共に、此処にあった。
今は自分だけしか居ない。
でも、離れたくはない。
もう廃墟としか呼ばれない教会の祭壇前に、あの人のお墓を作った。
ステンドグラスから生まれた自分が綺麗だと言ったから、欠片も一緒に埋めた。
毎日外の庭で咲いている花を供えている。
だから、寂しくないよ。
「妖怪はこの中だ、確実に捕らえろ!」
誰かの声がした。誰だろう。誰だろう。
良くない気配と沢山の足音がする。
怖い。こわい。
●穏やかな日々を脅かす者達
「『古妖狩人』と呼ばれる憤怒者達が一匹の古妖を捕獲しようと迫っています」
久方 真由美(nCL000003)が悲しげに伏せていた顔をゆっくりあげた。
「彼等は郊外にある今はもう廃墟と化した教会に住む、ステンドグラスの付喪神の存在を突き止めたようです」
何時から其処に居たのかは定かではないが、まだ教会に人々が礼拝に来る頃から一人のシスターが匿っていたそうだ。
やがて誰も来なくなって、一人だけになったシスターが生涯を終えたと同時に忘れられた教会。
それでも付喪神は居続けた。誰に迷惑をかける事無く唯ひっそりと。
「羊の姿をした付喪神に戦う力はありません、癒しの力は持っているようですが大勢の敵意に怯えております。『古妖狩人』達が古妖を捕らえれば彼等の道具として酷い扱いを受けてしまいます」
何の罪もない古妖を憤怒者達の理不尽な手段にする訳にはいかない。
「憤怒者達が来るのは真夜中。晴れていて月明かりはありますが教会内はステンドグラスから差す光が中を照らすのみです。付喪神は祭壇付近に居ます。今から急げば、憤怒者達が来る前に教会に入ることが可能です」
彼等はただ道具を得る為にやってくるに過ぎない。其処が古妖の思い出の地だとしても、躊躇なく踏み入り蹂躙するだろう。
「古妖は勿論ですが……教会は古妖にとっても大切な場所ですから」
助けて欲しいと、真由美の視線は訴えていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.虹色羊の救出
2.憤怒者の鎮圧
3.なし
2.憤怒者の鎮圧
3.なし
古妖依頼を一つお届けします。
▼現場
誰も来なくなった教会。
こじんまりしてますが内部で戦闘は可能な広さです。
また教会周辺は花畑が隣接する広場のようになっており、外でも戦えます。
時間は夜。明りは月明かりのみで薄暗く、教会内はステンドグラスの極彩色が照らしていますが何方も灯として期待は余り出来ません。
▼敵
憤怒者達×12
・捕獲隊(6)
投網や棍棒を持っています。
棍棒で殴る他、網を投げて(BS鈍化)きます。
・松明持ち(6)
火の付いた松明とナイフを持っています。
ナイフ投げ(遠距離可・BS出血)と松明(BS火傷)で攻撃してきます。
▼成功条件補足
敵は敵わないと悟れば撤退します。
殺すと明記しない限りトドメはさしません。
また教会の損傷は成功条件に影響されません。
▼虹色ひつじ
パステルカラーの毛を纏うもこもこふわっふわした丸っこい羊さん。
大昔に建てられた教会の一番大きなステンドグラスから生まれ、暫く隠れていたようですが教会最後のシスターが偶然見つけて心を通わせていたようです。
今はシスターも亡き、たった一匹で朽ちる建物と共に暮らしています。
大きさは一般的な大人羊と同じ位。
巻角と瞳は硝子のようにキラキラしています。
突然の事態に怯えておりますが、祭壇前から離れる事はしないようです。
覚者が敵でないことを理解すれば癒しの力でフォローをするかもしれません。
元々人懐っこい性格のようです。
友好的になればふわっふわを堪能できます。
皆様のプレイングお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年12月06日
2015年12月06日
■メイン参加者 8人■

●廃教会に至る
月明かりの綺麗な夜だ。
教会内は細く疎らな月光と極彩色のステンドグラスに当てられた光が差し込む。
見上げる一匹の古妖と同じ、優しい色で僅かな場所が照らされていた。
『……?』
ふと音が聞こえて古妖、虹色の羊が後ろを振り向く。
硝子細工に似た丸い両目がゆっくり開く入口の扉を見つめた。
「今晩は、お邪魔……します」
先ず入って来たのは扉を優しく開いた逞しい手、月の輝きに負けぬ毛並みと立派な耳を立てた『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)が落ち着いた雰囲気で足を踏み込み。
続いて黒いおさげに眼鏡をかけた少女四条・理央(CL2000070)が控えめに、然し確りと言葉を虹色羊に投げかけた。
古妖が少しだけびっくりしている間、人はどんどん入ってきて最終的に目の前に来たのは8名。
「はじめまして……」
次に『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)が、控えめに声をかけながらも嬉しそうに羊を見つめている。
「これから、羊さんを、守るために……戦うから。騒がしく、なっちゃったら……ごめんね……」
告げた言葉は伝わったようだがまだ状況が呑み込めずゆっくり羊は小首を傾げた。
その姿は物珍しそうに、自分に話しかける彼ら――覚者達を眺めているようで。
「今から君を捕らえようとする者が来ます。俺達は、この教会と君を守る為に来ました」
状況を詳しく説明する鈴白 秋人(CL2000565)が冷静に接したからか、虹色羊は驚き体を硬直させても慌てる様子はない。
「外で騒がしい音がして少し怖いかも知れないけれど、絶対に守るから」
「そうだなぁ。いきなり押し入ってきてすまぬが……時間が無い。隠れられる所があれば、そこに隠れていてもらえぬかのぉ?」
艶やかな戦羽織の前身頃を直しながら、『白い人』由比 久永(CL2000540)も聴き心地の良い穏やかな声をかける。
じっと、古妖は中性的な彼の金目を見てから真っ白い彼の薄紫の瞳を見上げた。ステンドグラスがそのまま瞳に成った輝きが、僅かに揺れた後……首を横に振った。
「それは此処に居る、って事でいいんだな?」
やり取りを見守っていたゲイルが尋ねると今度はふわりと柔らかい頷きが返ってくる。
何があっても、羊はそこを動かないと言っているのだろう。ふわふわの身体の後ろにある、少しだけ斜めって立てられた十字架の傍を。
古妖狩人に関わるのは2度目の偉丈夫が、少しだけ顔を顰めた。この優しい古妖を理不尽に連れ去ろうとする輩が居る事に反吐が出る。
「解ったぜ。じゃ俺達が悪い奴ら追い返すから、お前は教会の中を守って待っててくれな」
燃えるような赤髪を揺らし『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が理解したと掌に拳を合わせた。
虹色羊も承知したようで、柔らかな身体を上下に動かし頷いている。
気持ちが通じ喜ぶ後輩を横目に『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)も輝く笑顔を見せた。
「誰かの思い出を踏みにじることは、しちゃいけないことだ。例え古妖だったとしても」
だから彼女は、拳を握る。自分達の守ってあげたい想いは伝えた、後は実行するだけだ。
「あたしは十天がひとり、鐡之蔵禊! 悲しい結末、蹴り飛ばしてくるね!」
善は急げと来た道を戻る最中、その姿は周囲と色彩を同化させ個を消していく。
「相手は七星剣じゃないが……見逃す訳にはいかねェからな」
最後に口を開いた『星狩り』一色・満月(CL2000044)が、黒髪の合間に覗く視線を古妖に向ける。
二人きりだった世界で、たった一人になってしまっても思い出は残るから。
面影を残す場所を守る為なら、彼らは戦える。
迷彩に消える前、羊は確かに彼の笑みを見た。安心させてくれるような、そんな感覚を残して。
「モフモフ、堪能したいけど今は我慢……じゃなかった。それじゃ、行ってくるね!」
手を振る理央に続いて他の者達も扉の外へと駆け出していく。
もうすぐ、彼らを信じるなら恐ろしい事が起こるのだろう。
ひと時の静寂を取り戻した廃教会の中で、再び虹色羊は自分を見上げた。
大丈夫、今は怖くない。
●月光が当たる庭
秋桜を中心に、花畑で咲く彩りの欠片が風に乗せて夜空の下ふわりと教会の横を通り過ぎる。
星明かりに照らされたひとひらの安らぎの向こうに6つの炎が近づいてくるのが見えた。
『来たようだな』
入口前で様子を見ていたゲイルが、息を潜めて待機または潜む仲間達に心の声を送信する。
数は12人揃っている。松明2名が捕獲隊を挟むように並び、後ろで残りの松明持ちが付いてくる布陣を簡潔に伝えると仲間達が動く気配を感じた。
秋人が自身の中に眠る炎を呼び覚ますと、近くで同じ炎の暖かさを覚える。
月夜と同化している禊の赤い彩が一瞬、煌めいた気がした。
「あんな無害な子が、ひどい目に遭うの、許せないから……」
呟くミュエルのビスクドールを連想させる脚は既に車輪の形を成していた。
更に因子の力を高め硬質化させれば、準備完了と静かに脚を滑らせ位置へ付く。
覚者達は廃教会の入口前を陣取った。此処は通さないと強い意思表示を込めて。
間も無く彼等は対峙する。手に其々凶器を持った憤怒者達が予想外の人影に狼狽えると正反対の落ち着いた様子で久永が一時、前に出る。
「妖といえど同じ命……それを道具として無理やり使おうなどと、人の風上にも置けんなぁ」
羽扇で口元を隠しその表情は半分伺えなくも、冷めた薄紫の視線が略奪者達に突き刺さる。
「……この先には行かせませんよ」
秋人の言葉を敵対と理解した憤怒者達が身構えるより早く、風景に紛れた死角から飛び出した満月が迷彩を解き姿を現した。
「視覚だけを頼りにしていると痛い目をみるぞ」
置いた懐中電灯の光を背に振り上げる刀の反射、そして首元描く刺青の輝きが鮮烈に敵対者の眼に焼き付く。
「花々を焼くのなら、教会を壊すのなら。その前に貴様等の命程度、この俺が燃やし尽くしてやろうか!」
不意打ちに降ろされた刃が地を這う二連撃と化し前に並ぶ者達を横一閃に薙ぎ払った。
憤怒者の悲鳴と戸惑いを戦闘開始の合図とばかりにヤマトが守護使役のクロと前に出る。
幼竜が戦いの舞台を明るくさせる炎を吐き出し光を灯せば、主が雄牛のシルエットを描くギター型の神具を構え弦に手を掛ける。
「行くぜレイジングブル! 俺達の音を聴かせてやる!」
相棒をかき鳴らし、静寂を打ち破ると同時に周囲が一気に明るくなる。敵の足元から湧き上がる火柱が煌々と燃え盛り狙う範囲を焼き払った。
古妖を捕獲する為用意した投網の一部に火が付き慌てて消しているのを羽扇を降ろした白い人が冷静に見据えている。
「熱いか? 今、冷やしてやるとしよう」
久永の手が緩やかに弧を描けば、術者と同じ色の霧が静かに敵の回りを覆い尽くした。
慌てる声がちらほら、松明の炎も心細くなるも――ここで怯むなら彼等はアウトレイジを名乗らない。
「力ある者を倒せ!」
力があれば、誰にでも憎悪を向けるのか彼等の怒りの声が霧の中から木霊する。
やがて言葉は多数の暴力と成って覚者達の前へ飛び出してくる。ある者は棍棒を手に、また松明を振り回しながら前衛に襲いかかった。
「キミ達の怒りが何であろうと、ボク達を……ううん古妖の大切な場所を土足で踏み躙ろうとするなんて許せない!」
澄んだ青色の瞳を赤に染め、陰陽師の力を呼び起こした理央が怒りの声を上げる。
然し彼女は自分の役割を忘れる事はない。流星飛剣を月夜に翳すと今度は癒しを齎す霧を発生させ味方の傷を治していく。
「今回は輪を掛けて怒ってるんだ、一人もこの先通さないよ!」
心優しい娘の憤りを隣で感じながら、同じ後衛のゲイルも確かにと小さく同意を零す。
「もこもこ羊さんも教会も、しっかり守りきって見せないとな」
攻守の霧が辺りを包み込む中、霊弦甲を構え正確に捕獲隊の一人に高速の雫を当ててみせる。
額に衝撃を受けた網持ちの男は脳震盪を起こしたのかその場に昏倒した。
後ろに居た松明持ちが驚きはしたものの、すぐに意識を前へと戻し持っていたナイフを一斉に投げつける。
それは3本が前衛を通りぬけ、残り1本は途中で何者かにはたき落とされた。
何が起こったか未だ理解できない敵達を尻目に、ナイフを受けきった中衛のミュエルが表情を変えず硬化した身にかすり傷を負わせた凶器を取り払う。
「諦めて、帰って……? 人相手の戦い、慣れないけど……羊さんの為なら、頑張って、守るから……」
棘を抜いた腕には、植物の蔓が巻き付いていた。それが攻撃だと知る前にまた一人捕獲隊の憤怒者が打ち据えられ吹き飛び気絶する。
仲間の名を呼んだ隣の網持ちも自分の直ぐ側で気配がある事に気付きはっとする、が対処をするには既に遅い。
「隙あり!」
姿を見せた禊が繰り出す鋭い蹴りが相手の鳩尾に叩きつけられる。視界がぶれる程の衝撃を受け腹を抑えたまま敵が蹲り動けなくなった。
「逃げるなら今のうちだよ!」
先程自らの手で払ったナイフを敵の方へ蹴飛ばしながら、禊が強気の笑みを見せつける。
罪なき人々の思い出を守る為に、それが古妖であろうと。拳を握り戦う意思を込め改めてファイティングポーズをとってみせた。
「余り、騒がず退散して欲しい。……守ると決めたから、怖い思いさせたくないんだ」
現の因子を顕現させ、長い髪を風に舞わせた秋人が告げる言葉は力強く。
色素の薄い手が敵へと向けられると同時に、貫通弾が前と後にいた松明持ちを撃ち抜いた。
●立ち向かう想い
「俺等を殺してでも通る気が無いのなら、退け!」
向けた刀の切っ先よりも鋭い満月の声が響く。
霧が晴れ辺りが見渡せるようになれば憤怒者達が少しだけ落ち着いた様子を見せた。
数人気絶し何名か深手も負ったが動ける範囲内、そして彼の言葉に本来の目的を思い出す。
「先に妖を捕まえろ!」
数ならまだ自分達が多いと判断したのだろう。松明持ちが叫び、次々と前へ突撃していく。
敵が繰り出すナイフと覚者達の武器がぶつかり合い拮抗する中、相手の居ない残りの憤怒者が横をすり抜けた。
「人に攻撃するの……本当は、したくないけど……」
だが敵の侵略をそう簡単に許す筈もない。前衛を突破されても、次の壁が在る。
ワンドを手にもう一人の盾が行く手を阻む。同時に、後ろから理央が神秘の力を込めた雫をミュエルに放ち先の怪我を癒し援護した。
「ボクが皆を支えるんだよ!」
「余も忘れて貰っては困るなぁ」
赤い羽根を数枚月夜に散らし、久永の演舞が仲間達に加護を与える。神々しき天行の力は出血や火の粉による火傷を和らげていった。
回復で仲間を支える者がいればその分攻撃に集中できる。自らを越えようと迫り来る敵に臆せず秋人が身構える。
「行かせないと、言った筈だ……!」
しなやかに身体を回転させ、中衛に迫った敵を鋭い蹴りで一掃する。
追い打ちをかけるようにミュエルが飛ばした種が発芽し、鋭い棘による痛みでまた一人地に伏せのた打ち回っていた。
それでも隙を見て、最後の網持ちが中衛を超え扉へと突き進む。だが――。
「何処へ行く?」
憤怒者の前に立ち塞がったのは2メートルの精悍なる男。
「この身を呈しても、羊さんの大切な場所を壊させたりなどさせん」
重なる覚者達の攻撃からくる恐怖か、敵は一瞬後ずさる。ゆっくりと、ゲイルの手甲を付けた手が伸び……他の網持ち同様水撃に堕ちていった。
「どう? まだやる? ……このまま手を引いて欲しいな、あの子に戦う力なんてないんだ」
網持ちが全て戦闘不能になり、ヤマトが足止めしている相手に問いかける。
すると悔し気に顔を歪ませた憤怒者達が、最後の抵抗とばかりに松明を振り翳した。
「!? 松明投げる気だ!」
「させないぜ!」
敵の考えを読み取った禊が叫び、瞬時に赤い彩を纏わせた脚で松明ごと相手を蹴り上げる。
ヤマトも高圧縮した空気を放ち燃え盛る炎を消し去る勢いで敵を吹き飛ばした。
「後はお前だけだ」
最後の松明持ちは首筋に満月の刀を突付けられ、微動だにすらできない。
青ざめる顔で周囲を見渡せば戦闘不能になっている仲間と立ちはだかる覚者達の姿。
「ここで逃げるなら、見逃すよ。でもまだやるなら……嫌だけど徹底的に叩くだけだよ!」
「殺すつもりは更々無いけど、痛い目には遭って貰うからね!」
先程激しい一撃を見せた脚に再び赤い精霊の力を宿す禊に水行の力を込めた術符を見せつける理央を見て、敵は観念したか腕を下ろした。
敵が負けを認めればそれ以上戦う理由はない。気絶している男をゲイルが掴み、前へ突き出したのを皮切りに辛うじて意識の在る憤怒者が倒れている者を回収する。
「てめェ等の親玉に言っておけ。十天、一色満月が、貴様等程度ぶっ潰してやるとな」
満月の声を背に、古妖狩人達はよろけながらも逃げていく。
その心を読めば計画が失敗した混乱と悔しさに満ちていた。
●新しい思い出
「花畑は……まぁ、大丈夫そうだのぉ」
戦いの跡を確認する久永が顔を上げ結論を零した。
気をつけてはいたが心配だった花畑は教会横に集中していたのが幸いし、衝撃で多少花弁が夜空に散ったものの酷い荒れようではない。
懐中電灯で周囲を確認していた満月も、クロと一緒に見回りしてきたヤマトも戻ってくる。
「入口付近は流石に少し跡が目立つが、掃除すれば大丈夫だと思うぜ」
「一応花畑は、後で新しい種も植えておくか」
外の問題に一区切り付けば、よし!と禊が明るい声を上げる。
「羊さんの所に戻ろう!」
来た時と同じく、ゲイルが静かに扉を開く。
古妖の羊は最初と変わらず、同じ場所で静かに覚者達を見つめていた。
彼等が近付いても怖がる素振りを見せず、事情説明も大人しく聞いている。
「羊さんの思い出、ばっちり守れたよ!」
指を二本立てて禊が明るい笑顔を見せると、羊はとことこ寄って彼女を見上げた。
至近距離の毛玉さんに思わず触れてみても大人しく、むしろ一人一人を見てもふもふと身を揺らしている。
不意に皆が暖かさを感じ、驚く間も無く僅かに残っていた傷が消えていった。
「これ……羊さんの、力?」
ミュエルが古妖のお礼だと気づき、堪らずそっと腕を伸ばす。抱きしめてみるとほわり暖かい。
「ふわふわ……?」
まるでお日様の下で干した布団のような温もりを堪能するも、少しだけ震えてるのに気付く。
やはり戦闘の音に少しだけ怯えていたのだろう、安心させようとマイナスイオンで包み込めばよりもふもふ度が上がった気がした。
「すまない。怖かっただろうに……俺等も、怖いだろうに」
人間が起こした所業は、俺達人間の責任だと謝罪を口にした満月の前に羊がやってくる。
見上げたと同時に首を横に振り、控えめにその身を擦り寄せる仕草は古妖なりの好意を伝えているようで。
「少し騒がしくしてしまってごめんね……もう大丈夫だよ」
次に秋人の元へ来た羊に、優しく声かけると気にしないでと言わんばかりにもふっと寄り添う。
撫でると弾力のある柔らかさが帰ってきた。目を細めて、言葉を続ける。
「君は、ずっと此処に居るのかい?」
もしかしたらまた奴らが来るかもしれない。心配する彼に、羊はふわりと頷いた。
「けど、一人じゃ寂しくないか? シスターさんもお前が寂しい思いをするのは望んでないと思うがな」
横から顔出すヤマトの問いかけに、羊は近付き視線を合わせる。
自分が離れてしまったら、シスターが一人になってしまうから。
だから此処に居たいと、そう虹色の瞳が訴えていた。
「そっか……。あ、そういや名前は?」
ちゃっかりもふもふしつつ、名がなかったらモコモコだしモコ?と首傾げると羊も同じ動作をした。
小さな金属音がして、ステンドグラス色の角にタグが引っかかっているのに気付く。
「アルカンシエル?」
「『虹』という意味だな」
そっとタグに触れたゲイルが呟くと呼ばれた羊は大きな彼を見上げふわふわ、頷いた。
「シスターが付けた名だろう。彼女のお参りがてらに、教会の様子を毎日見に来ていいか?」
何が起きても対処できるようにとの提案には弾む仕草で頷く反応が返ってくる。
微笑み返し、膝を付いて視線を合わせると近づいてきたので優しく抱きしめ撫でてみる。
暖かいなと呟けば、綺麗な瞳が笑った気がした。
「お墓も大丈夫そうだね。ちょっと傾いてるのは……直す?」
理央の問いに同意を示す羊の反応を受け、失礼しますと断り入れた後十字架を立て直した。
綺麗に立った墓標が嬉しかったのか、お礼代わりにもふりとくっつく虹色の毛玉を目一杯もふもふすると尻尾がぱたぱた揺れている。
「それにしても立派な『すてんどぐらす』だ」
十字架を前に見上げる久永が感嘆の声を零す。月夜の虹を連想させる輝きが、神々しく思えた。
此処ではどう祈るのかと尋ねると羊は静かに眠るシスターの前で目を閉じる。
それに習い、皆も一時祈りを捧げて。
後はきっちり彼もふわもこを堪能し「これが一番癒されるのぉ……」と嬉しそうな声を上げていた。
最後は皆で軽く掃除して、もう一度ふわふわを抱きしめて。
また遊びに来ると弾む声を聴きながら、虹色羊は覚者達を見送って。
静かに成った教会内で、古妖は嬉しそうに十字架に寄り添った。
――あのね、シスター。友達ができたよ。
月明かりの綺麗な夜だ。
教会内は細く疎らな月光と極彩色のステンドグラスに当てられた光が差し込む。
見上げる一匹の古妖と同じ、優しい色で僅かな場所が照らされていた。
『……?』
ふと音が聞こえて古妖、虹色の羊が後ろを振り向く。
硝子細工に似た丸い両目がゆっくり開く入口の扉を見つめた。
「今晩は、お邪魔……します」
先ず入って来たのは扉を優しく開いた逞しい手、月の輝きに負けぬ毛並みと立派な耳を立てた『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)が落ち着いた雰囲気で足を踏み込み。
続いて黒いおさげに眼鏡をかけた少女四条・理央(CL2000070)が控えめに、然し確りと言葉を虹色羊に投げかけた。
古妖が少しだけびっくりしている間、人はどんどん入ってきて最終的に目の前に来たのは8名。
「はじめまして……」
次に『罪なき人々の盾』明石 ミュエル(CL2000172)が、控えめに声をかけながらも嬉しそうに羊を見つめている。
「これから、羊さんを、守るために……戦うから。騒がしく、なっちゃったら……ごめんね……」
告げた言葉は伝わったようだがまだ状況が呑み込めずゆっくり羊は小首を傾げた。
その姿は物珍しそうに、自分に話しかける彼ら――覚者達を眺めているようで。
「今から君を捕らえようとする者が来ます。俺達は、この教会と君を守る為に来ました」
状況を詳しく説明する鈴白 秋人(CL2000565)が冷静に接したからか、虹色羊は驚き体を硬直させても慌てる様子はない。
「外で騒がしい音がして少し怖いかも知れないけれど、絶対に守るから」
「そうだなぁ。いきなり押し入ってきてすまぬが……時間が無い。隠れられる所があれば、そこに隠れていてもらえぬかのぉ?」
艶やかな戦羽織の前身頃を直しながら、『白い人』由比 久永(CL2000540)も聴き心地の良い穏やかな声をかける。
じっと、古妖は中性的な彼の金目を見てから真っ白い彼の薄紫の瞳を見上げた。ステンドグラスがそのまま瞳に成った輝きが、僅かに揺れた後……首を横に振った。
「それは此処に居る、って事でいいんだな?」
やり取りを見守っていたゲイルが尋ねると今度はふわりと柔らかい頷きが返ってくる。
何があっても、羊はそこを動かないと言っているのだろう。ふわふわの身体の後ろにある、少しだけ斜めって立てられた十字架の傍を。
古妖狩人に関わるのは2度目の偉丈夫が、少しだけ顔を顰めた。この優しい古妖を理不尽に連れ去ろうとする輩が居る事に反吐が出る。
「解ったぜ。じゃ俺達が悪い奴ら追い返すから、お前は教会の中を守って待っててくれな」
燃えるような赤髪を揺らし『B・B』黒崎 ヤマト(CL2001083)が理解したと掌に拳を合わせた。
虹色羊も承知したようで、柔らかな身体を上下に動かし頷いている。
気持ちが通じ喜ぶ後輩を横目に『罪なき人々の盾』鐡之蔵 禊(CL2000029)も輝く笑顔を見せた。
「誰かの思い出を踏みにじることは、しちゃいけないことだ。例え古妖だったとしても」
だから彼女は、拳を握る。自分達の守ってあげたい想いは伝えた、後は実行するだけだ。
「あたしは十天がひとり、鐡之蔵禊! 悲しい結末、蹴り飛ばしてくるね!」
善は急げと来た道を戻る最中、その姿は周囲と色彩を同化させ個を消していく。
「相手は七星剣じゃないが……見逃す訳にはいかねェからな」
最後に口を開いた『星狩り』一色・満月(CL2000044)が、黒髪の合間に覗く視線を古妖に向ける。
二人きりだった世界で、たった一人になってしまっても思い出は残るから。
面影を残す場所を守る為なら、彼らは戦える。
迷彩に消える前、羊は確かに彼の笑みを見た。安心させてくれるような、そんな感覚を残して。
「モフモフ、堪能したいけど今は我慢……じゃなかった。それじゃ、行ってくるね!」
手を振る理央に続いて他の者達も扉の外へと駆け出していく。
もうすぐ、彼らを信じるなら恐ろしい事が起こるのだろう。
ひと時の静寂を取り戻した廃教会の中で、再び虹色羊は自分を見上げた。
大丈夫、今は怖くない。
●月光が当たる庭
秋桜を中心に、花畑で咲く彩りの欠片が風に乗せて夜空の下ふわりと教会の横を通り過ぎる。
星明かりに照らされたひとひらの安らぎの向こうに6つの炎が近づいてくるのが見えた。
『来たようだな』
入口前で様子を見ていたゲイルが、息を潜めて待機または潜む仲間達に心の声を送信する。
数は12人揃っている。松明2名が捕獲隊を挟むように並び、後ろで残りの松明持ちが付いてくる布陣を簡潔に伝えると仲間達が動く気配を感じた。
秋人が自身の中に眠る炎を呼び覚ますと、近くで同じ炎の暖かさを覚える。
月夜と同化している禊の赤い彩が一瞬、煌めいた気がした。
「あんな無害な子が、ひどい目に遭うの、許せないから……」
呟くミュエルのビスクドールを連想させる脚は既に車輪の形を成していた。
更に因子の力を高め硬質化させれば、準備完了と静かに脚を滑らせ位置へ付く。
覚者達は廃教会の入口前を陣取った。此処は通さないと強い意思表示を込めて。
間も無く彼等は対峙する。手に其々凶器を持った憤怒者達が予想外の人影に狼狽えると正反対の落ち着いた様子で久永が一時、前に出る。
「妖といえど同じ命……それを道具として無理やり使おうなどと、人の風上にも置けんなぁ」
羽扇で口元を隠しその表情は半分伺えなくも、冷めた薄紫の視線が略奪者達に突き刺さる。
「……この先には行かせませんよ」
秋人の言葉を敵対と理解した憤怒者達が身構えるより早く、風景に紛れた死角から飛び出した満月が迷彩を解き姿を現した。
「視覚だけを頼りにしていると痛い目をみるぞ」
置いた懐中電灯の光を背に振り上げる刀の反射、そして首元描く刺青の輝きが鮮烈に敵対者の眼に焼き付く。
「花々を焼くのなら、教会を壊すのなら。その前に貴様等の命程度、この俺が燃やし尽くしてやろうか!」
不意打ちに降ろされた刃が地を這う二連撃と化し前に並ぶ者達を横一閃に薙ぎ払った。
憤怒者の悲鳴と戸惑いを戦闘開始の合図とばかりにヤマトが守護使役のクロと前に出る。
幼竜が戦いの舞台を明るくさせる炎を吐き出し光を灯せば、主が雄牛のシルエットを描くギター型の神具を構え弦に手を掛ける。
「行くぜレイジングブル! 俺達の音を聴かせてやる!」
相棒をかき鳴らし、静寂を打ち破ると同時に周囲が一気に明るくなる。敵の足元から湧き上がる火柱が煌々と燃え盛り狙う範囲を焼き払った。
古妖を捕獲する為用意した投網の一部に火が付き慌てて消しているのを羽扇を降ろした白い人が冷静に見据えている。
「熱いか? 今、冷やしてやるとしよう」
久永の手が緩やかに弧を描けば、術者と同じ色の霧が静かに敵の回りを覆い尽くした。
慌てる声がちらほら、松明の炎も心細くなるも――ここで怯むなら彼等はアウトレイジを名乗らない。
「力ある者を倒せ!」
力があれば、誰にでも憎悪を向けるのか彼等の怒りの声が霧の中から木霊する。
やがて言葉は多数の暴力と成って覚者達の前へ飛び出してくる。ある者は棍棒を手に、また松明を振り回しながら前衛に襲いかかった。
「キミ達の怒りが何であろうと、ボク達を……ううん古妖の大切な場所を土足で踏み躙ろうとするなんて許せない!」
澄んだ青色の瞳を赤に染め、陰陽師の力を呼び起こした理央が怒りの声を上げる。
然し彼女は自分の役割を忘れる事はない。流星飛剣を月夜に翳すと今度は癒しを齎す霧を発生させ味方の傷を治していく。
「今回は輪を掛けて怒ってるんだ、一人もこの先通さないよ!」
心優しい娘の憤りを隣で感じながら、同じ後衛のゲイルも確かにと小さく同意を零す。
「もこもこ羊さんも教会も、しっかり守りきって見せないとな」
攻守の霧が辺りを包み込む中、霊弦甲を構え正確に捕獲隊の一人に高速の雫を当ててみせる。
額に衝撃を受けた網持ちの男は脳震盪を起こしたのかその場に昏倒した。
後ろに居た松明持ちが驚きはしたものの、すぐに意識を前へと戻し持っていたナイフを一斉に投げつける。
それは3本が前衛を通りぬけ、残り1本は途中で何者かにはたき落とされた。
何が起こったか未だ理解できない敵達を尻目に、ナイフを受けきった中衛のミュエルが表情を変えず硬化した身にかすり傷を負わせた凶器を取り払う。
「諦めて、帰って……? 人相手の戦い、慣れないけど……羊さんの為なら、頑張って、守るから……」
棘を抜いた腕には、植物の蔓が巻き付いていた。それが攻撃だと知る前にまた一人捕獲隊の憤怒者が打ち据えられ吹き飛び気絶する。
仲間の名を呼んだ隣の網持ちも自分の直ぐ側で気配がある事に気付きはっとする、が対処をするには既に遅い。
「隙あり!」
姿を見せた禊が繰り出す鋭い蹴りが相手の鳩尾に叩きつけられる。視界がぶれる程の衝撃を受け腹を抑えたまま敵が蹲り動けなくなった。
「逃げるなら今のうちだよ!」
先程自らの手で払ったナイフを敵の方へ蹴飛ばしながら、禊が強気の笑みを見せつける。
罪なき人々の思い出を守る為に、それが古妖であろうと。拳を握り戦う意思を込め改めてファイティングポーズをとってみせた。
「余り、騒がず退散して欲しい。……守ると決めたから、怖い思いさせたくないんだ」
現の因子を顕現させ、長い髪を風に舞わせた秋人が告げる言葉は力強く。
色素の薄い手が敵へと向けられると同時に、貫通弾が前と後にいた松明持ちを撃ち抜いた。
●立ち向かう想い
「俺等を殺してでも通る気が無いのなら、退け!」
向けた刀の切っ先よりも鋭い満月の声が響く。
霧が晴れ辺りが見渡せるようになれば憤怒者達が少しだけ落ち着いた様子を見せた。
数人気絶し何名か深手も負ったが動ける範囲内、そして彼の言葉に本来の目的を思い出す。
「先に妖を捕まえろ!」
数ならまだ自分達が多いと判断したのだろう。松明持ちが叫び、次々と前へ突撃していく。
敵が繰り出すナイフと覚者達の武器がぶつかり合い拮抗する中、相手の居ない残りの憤怒者が横をすり抜けた。
「人に攻撃するの……本当は、したくないけど……」
だが敵の侵略をそう簡単に許す筈もない。前衛を突破されても、次の壁が在る。
ワンドを手にもう一人の盾が行く手を阻む。同時に、後ろから理央が神秘の力を込めた雫をミュエルに放ち先の怪我を癒し援護した。
「ボクが皆を支えるんだよ!」
「余も忘れて貰っては困るなぁ」
赤い羽根を数枚月夜に散らし、久永の演舞が仲間達に加護を与える。神々しき天行の力は出血や火の粉による火傷を和らげていった。
回復で仲間を支える者がいればその分攻撃に集中できる。自らを越えようと迫り来る敵に臆せず秋人が身構える。
「行かせないと、言った筈だ……!」
しなやかに身体を回転させ、中衛に迫った敵を鋭い蹴りで一掃する。
追い打ちをかけるようにミュエルが飛ばした種が発芽し、鋭い棘による痛みでまた一人地に伏せのた打ち回っていた。
それでも隙を見て、最後の網持ちが中衛を超え扉へと突き進む。だが――。
「何処へ行く?」
憤怒者の前に立ち塞がったのは2メートルの精悍なる男。
「この身を呈しても、羊さんの大切な場所を壊させたりなどさせん」
重なる覚者達の攻撃からくる恐怖か、敵は一瞬後ずさる。ゆっくりと、ゲイルの手甲を付けた手が伸び……他の網持ち同様水撃に堕ちていった。
「どう? まだやる? ……このまま手を引いて欲しいな、あの子に戦う力なんてないんだ」
網持ちが全て戦闘不能になり、ヤマトが足止めしている相手に問いかける。
すると悔し気に顔を歪ませた憤怒者達が、最後の抵抗とばかりに松明を振り翳した。
「!? 松明投げる気だ!」
「させないぜ!」
敵の考えを読み取った禊が叫び、瞬時に赤い彩を纏わせた脚で松明ごと相手を蹴り上げる。
ヤマトも高圧縮した空気を放ち燃え盛る炎を消し去る勢いで敵を吹き飛ばした。
「後はお前だけだ」
最後の松明持ちは首筋に満月の刀を突付けられ、微動だにすらできない。
青ざめる顔で周囲を見渡せば戦闘不能になっている仲間と立ちはだかる覚者達の姿。
「ここで逃げるなら、見逃すよ。でもまだやるなら……嫌だけど徹底的に叩くだけだよ!」
「殺すつもりは更々無いけど、痛い目には遭って貰うからね!」
先程激しい一撃を見せた脚に再び赤い精霊の力を宿す禊に水行の力を込めた術符を見せつける理央を見て、敵は観念したか腕を下ろした。
敵が負けを認めればそれ以上戦う理由はない。気絶している男をゲイルが掴み、前へ突き出したのを皮切りに辛うじて意識の在る憤怒者が倒れている者を回収する。
「てめェ等の親玉に言っておけ。十天、一色満月が、貴様等程度ぶっ潰してやるとな」
満月の声を背に、古妖狩人達はよろけながらも逃げていく。
その心を読めば計画が失敗した混乱と悔しさに満ちていた。
●新しい思い出
「花畑は……まぁ、大丈夫そうだのぉ」
戦いの跡を確認する久永が顔を上げ結論を零した。
気をつけてはいたが心配だった花畑は教会横に集中していたのが幸いし、衝撃で多少花弁が夜空に散ったものの酷い荒れようではない。
懐中電灯で周囲を確認していた満月も、クロと一緒に見回りしてきたヤマトも戻ってくる。
「入口付近は流石に少し跡が目立つが、掃除すれば大丈夫だと思うぜ」
「一応花畑は、後で新しい種も植えておくか」
外の問題に一区切り付けば、よし!と禊が明るい声を上げる。
「羊さんの所に戻ろう!」
来た時と同じく、ゲイルが静かに扉を開く。
古妖の羊は最初と変わらず、同じ場所で静かに覚者達を見つめていた。
彼等が近付いても怖がる素振りを見せず、事情説明も大人しく聞いている。
「羊さんの思い出、ばっちり守れたよ!」
指を二本立てて禊が明るい笑顔を見せると、羊はとことこ寄って彼女を見上げた。
至近距離の毛玉さんに思わず触れてみても大人しく、むしろ一人一人を見てもふもふと身を揺らしている。
不意に皆が暖かさを感じ、驚く間も無く僅かに残っていた傷が消えていった。
「これ……羊さんの、力?」
ミュエルが古妖のお礼だと気づき、堪らずそっと腕を伸ばす。抱きしめてみるとほわり暖かい。
「ふわふわ……?」
まるでお日様の下で干した布団のような温もりを堪能するも、少しだけ震えてるのに気付く。
やはり戦闘の音に少しだけ怯えていたのだろう、安心させようとマイナスイオンで包み込めばよりもふもふ度が上がった気がした。
「すまない。怖かっただろうに……俺等も、怖いだろうに」
人間が起こした所業は、俺達人間の責任だと謝罪を口にした満月の前に羊がやってくる。
見上げたと同時に首を横に振り、控えめにその身を擦り寄せる仕草は古妖なりの好意を伝えているようで。
「少し騒がしくしてしまってごめんね……もう大丈夫だよ」
次に秋人の元へ来た羊に、優しく声かけると気にしないでと言わんばかりにもふっと寄り添う。
撫でると弾力のある柔らかさが帰ってきた。目を細めて、言葉を続ける。
「君は、ずっと此処に居るのかい?」
もしかしたらまた奴らが来るかもしれない。心配する彼に、羊はふわりと頷いた。
「けど、一人じゃ寂しくないか? シスターさんもお前が寂しい思いをするのは望んでないと思うがな」
横から顔出すヤマトの問いかけに、羊は近付き視線を合わせる。
自分が離れてしまったら、シスターが一人になってしまうから。
だから此処に居たいと、そう虹色の瞳が訴えていた。
「そっか……。あ、そういや名前は?」
ちゃっかりもふもふしつつ、名がなかったらモコモコだしモコ?と首傾げると羊も同じ動作をした。
小さな金属音がして、ステンドグラス色の角にタグが引っかかっているのに気付く。
「アルカンシエル?」
「『虹』という意味だな」
そっとタグに触れたゲイルが呟くと呼ばれた羊は大きな彼を見上げふわふわ、頷いた。
「シスターが付けた名だろう。彼女のお参りがてらに、教会の様子を毎日見に来ていいか?」
何が起きても対処できるようにとの提案には弾む仕草で頷く反応が返ってくる。
微笑み返し、膝を付いて視線を合わせると近づいてきたので優しく抱きしめ撫でてみる。
暖かいなと呟けば、綺麗な瞳が笑った気がした。
「お墓も大丈夫そうだね。ちょっと傾いてるのは……直す?」
理央の問いに同意を示す羊の反応を受け、失礼しますと断り入れた後十字架を立て直した。
綺麗に立った墓標が嬉しかったのか、お礼代わりにもふりとくっつく虹色の毛玉を目一杯もふもふすると尻尾がぱたぱた揺れている。
「それにしても立派な『すてんどぐらす』だ」
十字架を前に見上げる久永が感嘆の声を零す。月夜の虹を連想させる輝きが、神々しく思えた。
此処ではどう祈るのかと尋ねると羊は静かに眠るシスターの前で目を閉じる。
それに習い、皆も一時祈りを捧げて。
後はきっちり彼もふわもこを堪能し「これが一番癒されるのぉ……」と嬉しそうな声を上げていた。
最後は皆で軽く掃除して、もう一度ふわふわを抱きしめて。
また遊びに来ると弾む声を聴きながら、虹色羊は覚者達を見送って。
静かに成った教会内で、古妖は嬉しそうに十字架に寄り添った。
――あのね、シスター。友達ができたよ。
