【日ノ丸事変】狩人と猟犬
●
それは、まるで狩りだった。
仲間の剣は枯葉でも相手をしているかのように空を切り、敵の刀は隣で怯えていた仲間の体を通り抜けてゆく。
敵は、相手が恐怖し逃亡する事すら計算に入れられた陣形とは裏腹に、感情の伴わない猟犬の如く淡々と襲い来る。
戦で死ぬ事は怖くは無いと思う傭兵ですら、ただ狩られるという事には恐怖を覚える。
戦とは戦力がある程度拮抗した者達が争う事を言う。
襲い来るヒノマル陸軍の小隊を迎え撃つ新興組織『黎明』の者達との争い。
これは、戦では無い。
なぜなら、この争いは元より結果が決まっているのだから。
日は没し、夜を駆ける彼らは止まらない。
そう、これは正に『狩り』だったのだ。
●
「急に集めちまって悪いな。 実はヒノマル陸軍の小隊と新興組織『黎明』の小隊が争い始めたって話しでさ」
息を切らし会議室に駆け込んできた夢見の久方 相馬(nCL2000004)は、集った覚者達にまくしたてる様に話す。
隔者組織『七星剣』の一勢力、ヒノマル陸軍。 それに対する新興組織『黎明』は、以前救助を求めてきた少年『暁』の所属する組織である。
隔者同士の争い。 それに七星剣が関係しているとなればほうっておく事も出来ないだろう。
「争ってるって言っても、小隊同士の実力差は歴然みたいだ。 ヒノマル陸軍はほぼ無傷で黎明は既に壊滅状態。 今から向かえば戦闘中に合流する事が出来ると思うけど……」
不利を押して黎明の者を助けるのか、それともヒノマル陸軍を退ける事に尽力するのか。
そんな基本的な事ですら覚者に任せざるをえない程、状況は切迫しているといえる。
ヒノマル陸軍が、黎明を退けた後に大人しく帰るという保障もないのだから。
「とにかく、一般人に被害が出る事だけは避けないといけない。 厳しい戦いになるだろうけど…みんな、頼む!」
相馬の言葉に頷いた覚者達は、それぞれの思いを胸に戦闘が行われているという場所へと駆け出すのだった。
それは、まるで狩りだった。
仲間の剣は枯葉でも相手をしているかのように空を切り、敵の刀は隣で怯えていた仲間の体を通り抜けてゆく。
敵は、相手が恐怖し逃亡する事すら計算に入れられた陣形とは裏腹に、感情の伴わない猟犬の如く淡々と襲い来る。
戦で死ぬ事は怖くは無いと思う傭兵ですら、ただ狩られるという事には恐怖を覚える。
戦とは戦力がある程度拮抗した者達が争う事を言う。
襲い来るヒノマル陸軍の小隊を迎え撃つ新興組織『黎明』の者達との争い。
これは、戦では無い。
なぜなら、この争いは元より結果が決まっているのだから。
日は没し、夜を駆ける彼らは止まらない。
そう、これは正に『狩り』だったのだ。
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「急に集めちまって悪いな。 実はヒノマル陸軍の小隊と新興組織『黎明』の小隊が争い始めたって話しでさ」
息を切らし会議室に駆け込んできた夢見の久方 相馬(nCL2000004)は、集った覚者達にまくしたてる様に話す。
隔者組織『七星剣』の一勢力、ヒノマル陸軍。 それに対する新興組織『黎明』は、以前救助を求めてきた少年『暁』の所属する組織である。
隔者同士の争い。 それに七星剣が関係しているとなればほうっておく事も出来ないだろう。
「争ってるって言っても、小隊同士の実力差は歴然みたいだ。 ヒノマル陸軍はほぼ無傷で黎明は既に壊滅状態。 今から向かえば戦闘中に合流する事が出来ると思うけど……」
不利を押して黎明の者を助けるのか、それともヒノマル陸軍を退ける事に尽力するのか。
そんな基本的な事ですら覚者に任せざるをえない程、状況は切迫しているといえる。
ヒノマル陸軍が、黎明を退けた後に大人しく帰るという保障もないのだから。
「とにかく、一般人に被害が出る事だけは避けないといけない。 厳しい戦いになるだろうけど…みんな、頼む!」
相馬の言葉に頷いた覚者達は、それぞれの思いを胸に戦闘が行われているという場所へと駆け出すのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.一連の事件の被害を最小限に留める
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
OP見て頂き有難うございます!
●敵勢力
ヒノマル陸軍の兵士6人。 連携が取れていてここの実力も高い。(FiVEの平均的な覚者よりも少し強い)
・刀を持った兵士×3……ミリタリー調の服装に軍刀を持った兵士。 皆、火行で暦の因子持ち。
攻撃力、防御力が高い。
使用スキルは「炎撃」「錬覇法」「飛燕」。 飛燕は体力が半分を切ると使い始める様子。
・銃を持った兵士×3……ミリタリー調の服装にライフルを持った兵士。 皆、水行で現の因子持ち。
ライフルによる攻撃力は高いが、防御や気力はさほど高くは無い。
使用スキルは「B.O.T.」「癒しの滴」。 暗視の技能スキルを持つ。
絶対に全滅させなければならない訳ではありません。
退けるだけでも大丈夫ですが、もちろん倒しても問題ありません。 …が、それなりに強いです。
●黎明勢力
既に残っているのは一人のみ。
・ビィト……剣を持った黎明の戦士。 20台半ばの痩せ型の男性。
逃げ回っていた為に大きなダメージは無い物の、相当疲労している様子。
使用スキルは「斬・一の構え」
覚者の言う事には従うでしょうが、疲労のため戦力としてはやや乏しいです。
●場所情報
時間は夜中、地方の楕円型の陸上競技場のグラウンドに逃げ込んだビィトが客席への壁を背に、それを半円で囲うようにヒノマル陸軍が追い詰めた状態です。
ライト等は無く辺りは戦闘にやや支障が出るほどの暗さです。
グラウンドへは容易に侵入できますが、グラウンドを囲う客席への扉は鍵が閉められ、ビィトの背側等の客席から侵入するのは難しいでしょう。
出入り口は左右に1つずつです。
●サポート参加について
今依頼はサポート枠が2枠あります。
前線で激しい戦闘での活躍は出来ませんが、回復や補助、情報伝達や逃走阻止等でのサポートが行えます。
●投票
この依頼では新興組織『黎明』を仲間に招くか招かないかの投票を行います。
EXプレイングにて、『はい』か『いいえ』でお答え下さい。結果は告知されますが投票したPC名が出る事はございません。
何も書かれていない場合は無効と見なします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
サポート人数
2/2
2/2
公開日
2015年10月29日
2015年10月29日
■メイン参加者 8人■
■サポート参加者 2人■

●
「くそ……。 こんな事なら…来るんじゃなかった……」
壁を背に、ビィトは呻くように呟く。
足は疲れからか恐怖からかガクガクと震え、それにつられて構えた剣がカチャカチャと情けない音をたてる。
一緒に逃げてきた仲間は一人二人と居なくなり、恐らく生きてはいないだろう。
ヒノマル陸軍の兵達は勝ち戦だというのに喜びの声も上げずに、ただビィトを囲う包囲網を無情に狭めてゆく。
この状況下でも万に一つの逃亡も逃さぬ為、獲物を確実に狩る。
訓練された猟犬のような兵達の恐怖は、黎明の剣士であるビィトにとっても体験した事のない物だった。
「なんで…。 なんでこんな……。 第一ほんとに……」
うわ言のようにぶつぶつと呟くビィト。
そんなビィトの様子を意に介さないように包囲を狭めたヒノマル陸軍の銃士達が射程距離に入ったのかその銃口をビィトへと向ける。
死刑宣告のように響くカチャリ、カチャリという銃の音。
目をぎゅっと閉じ、次に聞こえるであろう自分の命を奪うであろう銃弾が放たれる音を待つビィト。
一瞬なのか、それとも10秒は経ったのか。
一向に放たれない銃声の変わりに、ザッザと砂を蹴るような音が響く。
恐る恐る目を開けたビィトが見たものは、ヒノマル陸軍のさらに奥から迫る光。
それは正に、ビィトにとって希望の光だった。
迫るものは複数、しかも恐らく戦える者だ。
ヒノマル陸軍の者達はすぐさま向き直り陣形を整え、迫り来る者達を迎え撃つ。
松明のようでいてそうでは無い、中を浮く守護使役の炎に照らされた影。
何者かは解らないが、敵であると判断する。
陸軍剣士がハンドシグナルを送ると同時に、3人の銃士が先頭を走る影に向かい一斉に鉛の弾を発射する。
闇夜の中でも獲物を外す事は無い銃士の銃弾。 それが戦闘を走る影に吸い込まれてゆく。
次に聞こえるのは銃弾を体に受けたものの呻き声と倒れ伏す音。 そう、陸軍の誰もが予想したが…。
高い金属音と共に小さく火花が散り、影は速度を落とす事無く近づいてくる。
弾かれた……?
陸軍兵が意表を付かれ小さな隙を見せる。
その小さな隙の間に、大きな布がバサリと空を切るような音と打ち付けるような突風が中央に位置していた陸軍剣士を襲う。
「……風の術か?」
何とか弾き飛ばされる事なく風に耐え切った剣士の目に映ったのは、襲撃者達の姿。
先陣を切る大盾を構えた黒髪の少女、納屋 タヱ子(CL2000019)。 銃を弾いたのはこの娘。
後衛の『Little Flag』守衛野 鈴鳴(CL2000222)の持つ大きな旗は今だ風の魔力が残り不自然にはためいている。
風の弾丸を放ってきたのはこの娘…。
…あわせて10人。 他の者も恐らく全員能力者だろう。
何者かは知らないが、偶然居合わせた訳では無い事は解る。
厄介ではあるが、結果は変わらない些細な問題だ。
ヒノマル陸軍である我々が敗れるなどという事は、ありえないのだから。
●
「みいくん…無茶しないで、ね」
「あぁ、これ以上被害は出させん。 止めるぞ」
『花日和』一色 ひなた(CL2000317)の祝詞の加護を受けた『星狩り』一色・満月(CL2000044)が、正面突破をすべく立ちふさがる剣士へと切りかかる。
突進の力を加えての袈裟懸けの一刀は陸軍剣士の刀の上を滑りいなされるが、そのまま流れるように刃を返し反応の送れた剣士の脇腹を浅く切り裂く。
「…チッ」
思いの他に腕の立つ満月に思わず舌打ちをする剣士。 しかしヒノマル陸軍とて一山いくらの雑魚では無い。
攻撃を腹に喰らいながらも刀に炎を宿らせた剣士は振り払うように満月の腕を切りつけ、引かせる事に成功する。
「わっ! 大丈夫っすか!?」
腕を押さえ下がる満月の傷を癒そうと水端 時雨(CL2000345)が癒しの滴を傷口へと降り注がせる。
炎からかそれとも切り裂かれた痛みからか。 熱を持つ腕に染み込む癒しの水は、瞬く間にその腕の傷と熱を消しさってゆく。
「でも…。 このままでは…」
焦るようにタヱ子が小さく呟く。
ビィトを助ける為に一気に敵を抜ける筈の楔型の陣形での一転突破の形。
しかし敵も錬度が高い6人の猛者。
獲物を逃がさぬ為の網は、翻れば獲物を中に入れる事を拒む力にも長けている。
覚者達の尖らせた楔ですら、その先端を内へと入れる事は用意では無い。
そして、勢いを失った楔を打ち込む事は用意では無い。
敵は完全にこちらへ注意を向け弱りきったビィトを意識している者は居ないが、ずっとこの状態が続くとも限らない。
余裕が出ればそちらに手を回す可能性もあるし、逆に追い込めば人質に使う可能性すらある。
「なんとか隙を作らないとあきまへんなぁ」
『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)が拳銃を防壁中央の陸軍剣士へと向ける。
満月の切り込みですら活路を開く事が出来なかった鉄壁の防壁。
それを銃弾1発で何とか出来る筈が無い。 そんな陸軍の判断の意表をつき、銃身から放たれたのは鉛の弾ではなく実態の無い衝撃の波だった。
「何…!?」
咄嗟に刀を構え衝撃の威力を殺す剣士。 しかしB.O.Tの波は剣士を透過し後ろの銃士の体へも内部に響くような衝撃を与える。
「よしっ! 僕も続くぞ!」
「戦争戦争言ってるキミらはこういうのが好きだろうから、合わせてあげる」
防壁へと付けられた僅かな亀裂。 その亀裂をこじ開けるために指崎 心琴(CL2001195)と華神 悠乃(CL2000231)が間髪を居れずに動く。
心琴が武器の先端を敵へと向けると闇を裂く雷が銃士達へと降り注ぎ、悠乃のグレネードランチャーから放たれた砲弾は剣士達を爆炎で包み込む。
「今です!」
衝撃で僅かに隊列の乱れた陸軍の防壁の中央。 雷とランチャーが全ての兵を怯ませたその隙に、タヱ子が盾を構え再び突破を仕掛ける。
タヱ子の作った道を雪崩込むようにたの覚者が続き、ビィトの周りへと展開してゆく。
「くそ……!」
切り込んでくる覚者達を止めようと左へ展開していた剣士が覚者の列へと攻撃を仕掛けようとするが、それを銃士が静止する。
「何も乱戦にする事は無い」
そう言い、駆け抜ける覚者へと銃撃を1発。 突破の無理な妨害ではなく包囲と銃撃を優先する。
逆側の陸軍兵達も同じ結論を出したのか、そちらからは衝撃の波が覚者へと放たれる。
「うぅっ……!」
「あぅ…!?」
銃士の放った鉛弾は列の半ばに位置していたひなたの肩をかすめ、続く衝撃の波は列の後衛を担っていた鈴鳴の足を貫く。
犠牲を払いながらもビィトを庇うよう陣を展開させる覚者達。
「ま、まずは回復を……」
痛む足を堪えながら鈴鳴が旗を振るい、『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)が術符を掲げると、ほのかな光を纏った霧が覚者とビィトを包み込みその傷を癒してゆく。
「お前も、気合い入れろ」
寺田 護(CL2001171)も疲れ果てているビィトの肩へと手を置き、その気力を分け与える。
なんとか目的であるビィトへの合流を果たし、体勢を整え直す覚者達。
しかし、陸軍兵は敵の策が成ったというのに動揺する事も無くニヤリと笑う。
「迂愚な鼠が、自ら袋に飛び込んできたか」
背後は高い壁、そして陸軍達の囲うような布陣は乱れを修正し再び強固な物となっている。
もはや先程のように不意を突き抜ける事も難しいだろう。
戦闘の状況だけで言えば、むしろ先程よりも厳しい状態だと言えるかも知れない。
それでも覚者達の目には迷いや不安等は見られない。
「ここが不利な事位解っています」
鈴鳴が凛とした声で答えると、強がりと取ったのか剣士の一人がくすりと笑う。
それをさらに笑い返すようにかがりが一言。
「解りまへんか? ここでも勝算があるから来たんやで」
ひくりと眉を上げ厳しい目つきを覚者達に向ける剣士。
他の兵も同じ心境なのか、表情の節に怒りを滲ませている。
「…状況が理解できていないなら、解らせてやるしかないな」
剣士達は表情を取り繕いながらも怒りを炎とし刀身へと宿らせて、覚者へと斬りかかる。
「猟犬みたいな兵士だって聞いてたけどよく吠えるね。 臆病な飼い犬みたいに」
対した悠乃が咄嗟に剣士の腕を蹴りつけ、斬撃の軌道を逸らす。
蹴りつけた足をそのまま踏み出し、刀の間合いの内側へと身を滑り込ませた悠乃は、剣士の腹、そして続けて顎へと重い拳を打ち込む。
ぐらりと体勢を崩す剣士だが、態勢を立て直しつつ体を捻り、内に居る悠乃を巻き込むように刀を振るい、その腕を斬りつける。
悠乃へとさらに追撃を見舞おうと銃を構える銃士。
額へと狙いをつけその引き金を引こうとした瞬間に、猛烈な風に弾かれ吹き飛ぶように地面へ倒れ伏す。
「貴方の相手はこっちです」
暴風を放ったのは前衛に立ちながら術での牽制をも行うひなただ。
数に勝る利点を生かし、多方からの攻めで敵をかく乱する。
「ならば望み通り貴様から片付けてくれる…」
剣士の一人が素早い身のこなしでひなたへと接近すると、軍刀を引き絞り鋭い突きをひなたへと放つ。
銃弾よりも鋭い渾身の突き。 それを、煌く刃が横から弾く。
「見立ててではアンタが一番弱そうか? だが、俺の姉に刃を向けた重いぞ」
満月の刀と怒りの視線。 それに挑発の言葉が剣士へと向けられる。
侮辱された剣士は満月に劣らぬ程の怒りを視線に込めると、刀の矛先を満月へと変える。
満月の神速の刀は剣士が刀を一振りする間に二度輝き、剣士の炎を纏う斬撃は満月のガードを容易に弾きその皮膚を焦がす。
錬度の高い悠乃や満月ですらほぼ互角の腕の相手。
ビィトを守る為に果敢にも前へと出た心琴は残りの剣士を相手に劣勢を強いられていた。
「負けるもんか! 相手に負けるって思った時が本当の負けだ!」
意地を貫きなんとか戦線を崩さぬように維持するも、腕の差を埋めるには至らない。
当のビィトも傷は癒えてはいるものの、恐怖に引きつった様子で剣に手をかけることすら出来ずに慌しく目線を動かしている。
「む…無理しちゃ駄目っすよ」
心琴が炎の刀に晒される度に時雨の術が傷を癒しなんとか場を保つ。
しかし時雨の気力も心琴の体力も見る見るうちに削られ、長くは持たない事は誰の目から見ても明らかだ。
「このままじゃ……まずいっす」
時雨が憂いの言葉を喉の奥で呟くと同時に、剣士の刀の威力を殺しきれなかった心琴が地面へと弾かれ転がる。
なんとか膝を立て立ち上がろうとするが、それよりも早く剣士は大きく刀を振り上げ勝利を確信した笑みを浮かべる。
「まずは一人……」
鋭い一撃が振り下ろされる姿が、時雨と心琴の目にまるでスローモーションのようにゆっくり写る。
最悪の事態さえ想定し、覚悟を決める心琴の視界を遮るように現れたのは大きな盾を携えた少女、タヱ子だ。
「大丈夫ですか? 指崎さん、水端さん」
盾で敵の攻撃を弾きつつそのまま盾ごと体当たりをしかけ、剣士を引かせるタヱ子。
歯軋りの音が聞えて来そうな程悔しさを顔に出した剣士は再び刀を燃え上がらせ、その怒りをタヱ子へと向けようとするが…。
「頭上注意やで。 暗うてよう解らんかもやが……」
護符を指先で摘んだかがりが剣士に忠告すると同時に、激しい雷が剣士を貫きその身を駆け巡る。
剣に宿した炎を維持することすら出来ず、よろよろと後退する剣士。
「皆さん…頑張ってください」
くるりと舞うように振るわれた鈴鳴の旗に扇がれたように周囲を澄んだ霧が包んだかと思うと、覚者達の傷が瞬く間に癒えてゆく。
陸軍の予想に反して戦況は五分。
ややもすると押されている節すらある。
互いの決定的な差は、癒しの力の差。
前衛を押える錬度の高い者達の存在も予想外だが、それでもジリジリと劣勢へと追いやられるのはそれを支える力に差があるからだ。
旗を振るう少女だけではなくサポートへと回った二人も広範囲への回復の術式で味方を癒す。
眼鏡をかけた少女は、戦況を良く見て的確な回復を行っている。
数による優位をただ群れるのみに使うのでは無い。
守る事、耐える事に適した分担で、徐々にこちらの力を削いでゆく。
このままではジリ貧…。
ならば…。
「我らは猟犬、喰らえる者から喰らうのみ」
まずは数を減らし、そこから切り崩す。
陸軍が狙うのは、オロオロと右往左往していたビィト。
強固な連携は小さなひび一つで瓦解するもの。
そのひびを入れる場所としては、連中が助けたがっていたと見える黎明の者は正におあつらえ向きだろう。
銃士の一人はビィトへと狙いを定めると、空気の振動のような魔力の塊をビィトへと放つ。
「させませんっ!」
すかさずガードに入ったタヱ子が盾でなんとか衝撃を防ぐと、蒼鋼の力でその衝撃を反射し銃士へと返す。
自らの放った衝撃に貫かれ口から血混じりの唾を吐き出す銃士だが、その表情には苦しさの中に笑みが混じる。
「お前が…防ぎに入る事は……解っていた……」
その言葉に答えるように、血を吐いた銃士の左右へと展開した他の銃士がその銃口をビィトへと向ける。
タヱ子を引き付ける事で確保された射線を通すように、2人の銃士は左右から銃弾を放つ!
僅かな人の隙間を縫うように進む銃弾はまっすぐにビィトへと進み、赤い飛沫を上げさせる。
その間に体を滑り込ませた、心琴の血を…。
「正義の味方ってのは…絶対に困ってる人を見捨てたりはしないんだ……!」
体力の限界を超える程のダメージを負いながらも命の力でなんとか踏み止まる心琴。
すぐさま護とエメレンツィアが駆け寄り、癒しの術をかけその傷口を塞いでゆく。
「飼い犬かと思ったらハイエナだったかな?」
攻撃の隙、横一列に並んだ銃士へと悠乃がグレネードランチャーを構え、轟音と共に砲弾を発射する。
緩い山形の弾道を描き、剣士達を越えた先へと着弾した砲弾は銃士全員をその爆炎で包み込む、
「切り崩す取っ掛かりが欲しかったのは、なにもそちらさんだけじゃないんやで」
好機とみたかがりが護符へと魔力を込め、さらに銃士へと落雷を降り注がせる。
雷の雨は地面を跳ねるように伝わり、爆炎に包まれた者達に更なるダメージを与えてゆく。
「このまま一気に押し切っちゃいますっ!」
「わたしも……続きます」
攻勢へと転じた覚者達の攻撃は止まらない。 旗と拳が魔力を宿すと、炎と雷が荒れ狂う中へと鈴鳴とひなたが同時にエアブリッドの術を放つ。
圧縮された風を打ち付けられ炎の中から弾き出された二人の銃士は倒れ伏したまま起き上がる事は出来ずに痙攣を繰り返している。
「くそ…! こんな…こんな事が……」
動揺し取り乱す陸軍の剣士へと、小さな水塊がその腹へと打ち込まれる。
攻撃の術士はもう他には居ないと思っていたいたが…。
「ウチが回復しかできないと思ったら間違いっすよ」
時雨が杖に宿った水の魔力を払うようにスタッフを振るう。
後方支援が二人倒れてしまっては、もはや戦況は絶望的だ。
ここは一旦撤退を…。
痛みと焦りで脂汗と冷や汗を混じらせた剣士へと、闇を裂くような銀閃が走る。
「貴様の罪は重いといった筈だ。 よもや逃げられるとは思っていないであろう?」
音も無く接近した満月の刀が深く剣士の体を捕え、剣士はついに力尽き地に伏せる。
あっという間に半数の兵を戦闘不能へと追いやられた陸軍兵の目に浮かぶのは、紛れも無い恐怖。
「こ、こんな奴等如きに損害を出すことも無い。 引くぞ!」
せめてもの体裁を取り繕い、そう言い放つ陸軍兵。
表情に余裕はなく、明らかな強がりだと誰にでもわかる。
逃げるための口実。 そして安いプライドを支える為の虚勢だろう。
「昭和のコントかっての」
捨て台詞を残す陸軍兵に悠乃がグレネードランチャーを発射する。
響く悲鳴ともうもうと立ち込める煙。
その煙が晴れた先には、倒れた仲間を引きずりながら競技場の外へと駆け出す陸軍兵の姿があった。
●
「あ……ありがとう。 助かった……」
まだ恐怖が癒えていないのか、恐る恐る覚者達へと礼を述べるビィト。
助かった事に実感が沸かないかのように目を瞬かせる。
「でも、今更になるがアンタ達は…?」
頭の整理が追いついてきたのか、次に出たのはそんな言葉だった。
「お互い話すべき事が沢山ありそうですね。 ですが、まずは競技場から出ましょうか…」
夜の闇に遮られてはいるが、空には季節外れの雲がまばらに浮かんでいる。
季節外れの雨にでも降られてしまっては事である。
「あぁ………雨が降ったら、大変だからな」
ビィトは言葉を返し、覚者達と一緒に競技場を後にするのだった。
「くそ……。 こんな事なら…来るんじゃなかった……」
壁を背に、ビィトは呻くように呟く。
足は疲れからか恐怖からかガクガクと震え、それにつられて構えた剣がカチャカチャと情けない音をたてる。
一緒に逃げてきた仲間は一人二人と居なくなり、恐らく生きてはいないだろう。
ヒノマル陸軍の兵達は勝ち戦だというのに喜びの声も上げずに、ただビィトを囲う包囲網を無情に狭めてゆく。
この状況下でも万に一つの逃亡も逃さぬ為、獲物を確実に狩る。
訓練された猟犬のような兵達の恐怖は、黎明の剣士であるビィトにとっても体験した事のない物だった。
「なんで…。 なんでこんな……。 第一ほんとに……」
うわ言のようにぶつぶつと呟くビィト。
そんなビィトの様子を意に介さないように包囲を狭めたヒノマル陸軍の銃士達が射程距離に入ったのかその銃口をビィトへと向ける。
死刑宣告のように響くカチャリ、カチャリという銃の音。
目をぎゅっと閉じ、次に聞こえるであろう自分の命を奪うであろう銃弾が放たれる音を待つビィト。
一瞬なのか、それとも10秒は経ったのか。
一向に放たれない銃声の変わりに、ザッザと砂を蹴るような音が響く。
恐る恐る目を開けたビィトが見たものは、ヒノマル陸軍のさらに奥から迫る光。
それは正に、ビィトにとって希望の光だった。
迫るものは複数、しかも恐らく戦える者だ。
ヒノマル陸軍の者達はすぐさま向き直り陣形を整え、迫り来る者達を迎え撃つ。
松明のようでいてそうでは無い、中を浮く守護使役の炎に照らされた影。
何者かは解らないが、敵であると判断する。
陸軍剣士がハンドシグナルを送ると同時に、3人の銃士が先頭を走る影に向かい一斉に鉛の弾を発射する。
闇夜の中でも獲物を外す事は無い銃士の銃弾。 それが戦闘を走る影に吸い込まれてゆく。
次に聞こえるのは銃弾を体に受けたものの呻き声と倒れ伏す音。 そう、陸軍の誰もが予想したが…。
高い金属音と共に小さく火花が散り、影は速度を落とす事無く近づいてくる。
弾かれた……?
陸軍兵が意表を付かれ小さな隙を見せる。
その小さな隙の間に、大きな布がバサリと空を切るような音と打ち付けるような突風が中央に位置していた陸軍剣士を襲う。
「……風の術か?」
何とか弾き飛ばされる事なく風に耐え切った剣士の目に映ったのは、襲撃者達の姿。
先陣を切る大盾を構えた黒髪の少女、納屋 タヱ子(CL2000019)。 銃を弾いたのはこの娘。
後衛の『Little Flag』守衛野 鈴鳴(CL2000222)の持つ大きな旗は今だ風の魔力が残り不自然にはためいている。
風の弾丸を放ってきたのはこの娘…。
…あわせて10人。 他の者も恐らく全員能力者だろう。
何者かは知らないが、偶然居合わせた訳では無い事は解る。
厄介ではあるが、結果は変わらない些細な問題だ。
ヒノマル陸軍である我々が敗れるなどという事は、ありえないのだから。
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「みいくん…無茶しないで、ね」
「あぁ、これ以上被害は出させん。 止めるぞ」
『花日和』一色 ひなた(CL2000317)の祝詞の加護を受けた『星狩り』一色・満月(CL2000044)が、正面突破をすべく立ちふさがる剣士へと切りかかる。
突進の力を加えての袈裟懸けの一刀は陸軍剣士の刀の上を滑りいなされるが、そのまま流れるように刃を返し反応の送れた剣士の脇腹を浅く切り裂く。
「…チッ」
思いの他に腕の立つ満月に思わず舌打ちをする剣士。 しかしヒノマル陸軍とて一山いくらの雑魚では無い。
攻撃を腹に喰らいながらも刀に炎を宿らせた剣士は振り払うように満月の腕を切りつけ、引かせる事に成功する。
「わっ! 大丈夫っすか!?」
腕を押さえ下がる満月の傷を癒そうと水端 時雨(CL2000345)が癒しの滴を傷口へと降り注がせる。
炎からかそれとも切り裂かれた痛みからか。 熱を持つ腕に染み込む癒しの水は、瞬く間にその腕の傷と熱を消しさってゆく。
「でも…。 このままでは…」
焦るようにタヱ子が小さく呟く。
ビィトを助ける為に一気に敵を抜ける筈の楔型の陣形での一転突破の形。
しかし敵も錬度が高い6人の猛者。
獲物を逃がさぬ為の網は、翻れば獲物を中に入れる事を拒む力にも長けている。
覚者達の尖らせた楔ですら、その先端を内へと入れる事は用意では無い。
そして、勢いを失った楔を打ち込む事は用意では無い。
敵は完全にこちらへ注意を向け弱りきったビィトを意識している者は居ないが、ずっとこの状態が続くとも限らない。
余裕が出ればそちらに手を回す可能性もあるし、逆に追い込めば人質に使う可能性すらある。
「なんとか隙を作らないとあきまへんなぁ」
『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)が拳銃を防壁中央の陸軍剣士へと向ける。
満月の切り込みですら活路を開く事が出来なかった鉄壁の防壁。
それを銃弾1発で何とか出来る筈が無い。 そんな陸軍の判断の意表をつき、銃身から放たれたのは鉛の弾ではなく実態の無い衝撃の波だった。
「何…!?」
咄嗟に刀を構え衝撃の威力を殺す剣士。 しかしB.O.Tの波は剣士を透過し後ろの銃士の体へも内部に響くような衝撃を与える。
「よしっ! 僕も続くぞ!」
「戦争戦争言ってるキミらはこういうのが好きだろうから、合わせてあげる」
防壁へと付けられた僅かな亀裂。 その亀裂をこじ開けるために指崎 心琴(CL2001195)と華神 悠乃(CL2000231)が間髪を居れずに動く。
心琴が武器の先端を敵へと向けると闇を裂く雷が銃士達へと降り注ぎ、悠乃のグレネードランチャーから放たれた砲弾は剣士達を爆炎で包み込む。
「今です!」
衝撃で僅かに隊列の乱れた陸軍の防壁の中央。 雷とランチャーが全ての兵を怯ませたその隙に、タヱ子が盾を構え再び突破を仕掛ける。
タヱ子の作った道を雪崩込むようにたの覚者が続き、ビィトの周りへと展開してゆく。
「くそ……!」
切り込んでくる覚者達を止めようと左へ展開していた剣士が覚者の列へと攻撃を仕掛けようとするが、それを銃士が静止する。
「何も乱戦にする事は無い」
そう言い、駆け抜ける覚者へと銃撃を1発。 突破の無理な妨害ではなく包囲と銃撃を優先する。
逆側の陸軍兵達も同じ結論を出したのか、そちらからは衝撃の波が覚者へと放たれる。
「うぅっ……!」
「あぅ…!?」
銃士の放った鉛弾は列の半ばに位置していたひなたの肩をかすめ、続く衝撃の波は列の後衛を担っていた鈴鳴の足を貫く。
犠牲を払いながらもビィトを庇うよう陣を展開させる覚者達。
「ま、まずは回復を……」
痛む足を堪えながら鈴鳴が旗を振るい、『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)が術符を掲げると、ほのかな光を纏った霧が覚者とビィトを包み込みその傷を癒してゆく。
「お前も、気合い入れろ」
寺田 護(CL2001171)も疲れ果てているビィトの肩へと手を置き、その気力を分け与える。
なんとか目的であるビィトへの合流を果たし、体勢を整え直す覚者達。
しかし、陸軍兵は敵の策が成ったというのに動揺する事も無くニヤリと笑う。
「迂愚な鼠が、自ら袋に飛び込んできたか」
背後は高い壁、そして陸軍達の囲うような布陣は乱れを修正し再び強固な物となっている。
もはや先程のように不意を突き抜ける事も難しいだろう。
戦闘の状況だけで言えば、むしろ先程よりも厳しい状態だと言えるかも知れない。
それでも覚者達の目には迷いや不安等は見られない。
「ここが不利な事位解っています」
鈴鳴が凛とした声で答えると、強がりと取ったのか剣士の一人がくすりと笑う。
それをさらに笑い返すようにかがりが一言。
「解りまへんか? ここでも勝算があるから来たんやで」
ひくりと眉を上げ厳しい目つきを覚者達に向ける剣士。
他の兵も同じ心境なのか、表情の節に怒りを滲ませている。
「…状況が理解できていないなら、解らせてやるしかないな」
剣士達は表情を取り繕いながらも怒りを炎とし刀身へと宿らせて、覚者へと斬りかかる。
「猟犬みたいな兵士だって聞いてたけどよく吠えるね。 臆病な飼い犬みたいに」
対した悠乃が咄嗟に剣士の腕を蹴りつけ、斬撃の軌道を逸らす。
蹴りつけた足をそのまま踏み出し、刀の間合いの内側へと身を滑り込ませた悠乃は、剣士の腹、そして続けて顎へと重い拳を打ち込む。
ぐらりと体勢を崩す剣士だが、態勢を立て直しつつ体を捻り、内に居る悠乃を巻き込むように刀を振るい、その腕を斬りつける。
悠乃へとさらに追撃を見舞おうと銃を構える銃士。
額へと狙いをつけその引き金を引こうとした瞬間に、猛烈な風に弾かれ吹き飛ぶように地面へ倒れ伏す。
「貴方の相手はこっちです」
暴風を放ったのは前衛に立ちながら術での牽制をも行うひなただ。
数に勝る利点を生かし、多方からの攻めで敵をかく乱する。
「ならば望み通り貴様から片付けてくれる…」
剣士の一人が素早い身のこなしでひなたへと接近すると、軍刀を引き絞り鋭い突きをひなたへと放つ。
銃弾よりも鋭い渾身の突き。 それを、煌く刃が横から弾く。
「見立ててではアンタが一番弱そうか? だが、俺の姉に刃を向けた重いぞ」
満月の刀と怒りの視線。 それに挑発の言葉が剣士へと向けられる。
侮辱された剣士は満月に劣らぬ程の怒りを視線に込めると、刀の矛先を満月へと変える。
満月の神速の刀は剣士が刀を一振りする間に二度輝き、剣士の炎を纏う斬撃は満月のガードを容易に弾きその皮膚を焦がす。
錬度の高い悠乃や満月ですらほぼ互角の腕の相手。
ビィトを守る為に果敢にも前へと出た心琴は残りの剣士を相手に劣勢を強いられていた。
「負けるもんか! 相手に負けるって思った時が本当の負けだ!」
意地を貫きなんとか戦線を崩さぬように維持するも、腕の差を埋めるには至らない。
当のビィトも傷は癒えてはいるものの、恐怖に引きつった様子で剣に手をかけることすら出来ずに慌しく目線を動かしている。
「む…無理しちゃ駄目っすよ」
心琴が炎の刀に晒される度に時雨の術が傷を癒しなんとか場を保つ。
しかし時雨の気力も心琴の体力も見る見るうちに削られ、長くは持たない事は誰の目から見ても明らかだ。
「このままじゃ……まずいっす」
時雨が憂いの言葉を喉の奥で呟くと同時に、剣士の刀の威力を殺しきれなかった心琴が地面へと弾かれ転がる。
なんとか膝を立て立ち上がろうとするが、それよりも早く剣士は大きく刀を振り上げ勝利を確信した笑みを浮かべる。
「まずは一人……」
鋭い一撃が振り下ろされる姿が、時雨と心琴の目にまるでスローモーションのようにゆっくり写る。
最悪の事態さえ想定し、覚悟を決める心琴の視界を遮るように現れたのは大きな盾を携えた少女、タヱ子だ。
「大丈夫ですか? 指崎さん、水端さん」
盾で敵の攻撃を弾きつつそのまま盾ごと体当たりをしかけ、剣士を引かせるタヱ子。
歯軋りの音が聞えて来そうな程悔しさを顔に出した剣士は再び刀を燃え上がらせ、その怒りをタヱ子へと向けようとするが…。
「頭上注意やで。 暗うてよう解らんかもやが……」
護符を指先で摘んだかがりが剣士に忠告すると同時に、激しい雷が剣士を貫きその身を駆け巡る。
剣に宿した炎を維持することすら出来ず、よろよろと後退する剣士。
「皆さん…頑張ってください」
くるりと舞うように振るわれた鈴鳴の旗に扇がれたように周囲を澄んだ霧が包んだかと思うと、覚者達の傷が瞬く間に癒えてゆく。
陸軍の予想に反して戦況は五分。
ややもすると押されている節すらある。
互いの決定的な差は、癒しの力の差。
前衛を押える錬度の高い者達の存在も予想外だが、それでもジリジリと劣勢へと追いやられるのはそれを支える力に差があるからだ。
旗を振るう少女だけではなくサポートへと回った二人も広範囲への回復の術式で味方を癒す。
眼鏡をかけた少女は、戦況を良く見て的確な回復を行っている。
数による優位をただ群れるのみに使うのでは無い。
守る事、耐える事に適した分担で、徐々にこちらの力を削いでゆく。
このままではジリ貧…。
ならば…。
「我らは猟犬、喰らえる者から喰らうのみ」
まずは数を減らし、そこから切り崩す。
陸軍が狙うのは、オロオロと右往左往していたビィト。
強固な連携は小さなひび一つで瓦解するもの。
そのひびを入れる場所としては、連中が助けたがっていたと見える黎明の者は正におあつらえ向きだろう。
銃士の一人はビィトへと狙いを定めると、空気の振動のような魔力の塊をビィトへと放つ。
「させませんっ!」
すかさずガードに入ったタヱ子が盾でなんとか衝撃を防ぐと、蒼鋼の力でその衝撃を反射し銃士へと返す。
自らの放った衝撃に貫かれ口から血混じりの唾を吐き出す銃士だが、その表情には苦しさの中に笑みが混じる。
「お前が…防ぎに入る事は……解っていた……」
その言葉に答えるように、血を吐いた銃士の左右へと展開した他の銃士がその銃口をビィトへと向ける。
タヱ子を引き付ける事で確保された射線を通すように、2人の銃士は左右から銃弾を放つ!
僅かな人の隙間を縫うように進む銃弾はまっすぐにビィトへと進み、赤い飛沫を上げさせる。
その間に体を滑り込ませた、心琴の血を…。
「正義の味方ってのは…絶対に困ってる人を見捨てたりはしないんだ……!」
体力の限界を超える程のダメージを負いながらも命の力でなんとか踏み止まる心琴。
すぐさま護とエメレンツィアが駆け寄り、癒しの術をかけその傷口を塞いでゆく。
「飼い犬かと思ったらハイエナだったかな?」
攻撃の隙、横一列に並んだ銃士へと悠乃がグレネードランチャーを構え、轟音と共に砲弾を発射する。
緩い山形の弾道を描き、剣士達を越えた先へと着弾した砲弾は銃士全員をその爆炎で包み込む、
「切り崩す取っ掛かりが欲しかったのは、なにもそちらさんだけじゃないんやで」
好機とみたかがりが護符へと魔力を込め、さらに銃士へと落雷を降り注がせる。
雷の雨は地面を跳ねるように伝わり、爆炎に包まれた者達に更なるダメージを与えてゆく。
「このまま一気に押し切っちゃいますっ!」
「わたしも……続きます」
攻勢へと転じた覚者達の攻撃は止まらない。 旗と拳が魔力を宿すと、炎と雷が荒れ狂う中へと鈴鳴とひなたが同時にエアブリッドの術を放つ。
圧縮された風を打ち付けられ炎の中から弾き出された二人の銃士は倒れ伏したまま起き上がる事は出来ずに痙攣を繰り返している。
「くそ…! こんな…こんな事が……」
動揺し取り乱す陸軍の剣士へと、小さな水塊がその腹へと打ち込まれる。
攻撃の術士はもう他には居ないと思っていたいたが…。
「ウチが回復しかできないと思ったら間違いっすよ」
時雨が杖に宿った水の魔力を払うようにスタッフを振るう。
後方支援が二人倒れてしまっては、もはや戦況は絶望的だ。
ここは一旦撤退を…。
痛みと焦りで脂汗と冷や汗を混じらせた剣士へと、闇を裂くような銀閃が走る。
「貴様の罪は重いといった筈だ。 よもや逃げられるとは思っていないであろう?」
音も無く接近した満月の刀が深く剣士の体を捕え、剣士はついに力尽き地に伏せる。
あっという間に半数の兵を戦闘不能へと追いやられた陸軍兵の目に浮かぶのは、紛れも無い恐怖。
「こ、こんな奴等如きに損害を出すことも無い。 引くぞ!」
せめてもの体裁を取り繕い、そう言い放つ陸軍兵。
表情に余裕はなく、明らかな強がりだと誰にでもわかる。
逃げるための口実。 そして安いプライドを支える為の虚勢だろう。
「昭和のコントかっての」
捨て台詞を残す陸軍兵に悠乃がグレネードランチャーを発射する。
響く悲鳴ともうもうと立ち込める煙。
その煙が晴れた先には、倒れた仲間を引きずりながら競技場の外へと駆け出す陸軍兵の姿があった。
●
「あ……ありがとう。 助かった……」
まだ恐怖が癒えていないのか、恐る恐る覚者達へと礼を述べるビィト。
助かった事に実感が沸かないかのように目を瞬かせる。
「でも、今更になるがアンタ達は…?」
頭の整理が追いついてきたのか、次に出たのはそんな言葉だった。
「お互い話すべき事が沢山ありそうですね。 ですが、まずは競技場から出ましょうか…」
夜の闇に遮られてはいるが、空には季節外れの雲がまばらに浮かんでいる。
季節外れの雨にでも降られてしまっては事である。
「あぁ………雨が降ったら、大変だからな」
ビィトは言葉を返し、覚者達と一緒に競技場を後にするのだった。
