百数えるにはひとつ足らない
百数えるにはひとつ足らない



「まあ……素敵です! これ、全部おじいさまのなんですか!?」
 真っ暗な中に一筋の光が差し込んだ直後、一度息を飲む音に続いて年若い女の声が無邪気に弾けた。
「そうだ。そして、今日からお前のものになる」
 肯定と移譲を告げたのは、年老いた女の声。
 若い女と老婆は、ふたりともどことなく顔つきが似ている――おそらく血縁者なのだろう。
「お前が一番、じいさんに似たね。ガラクタを集めるのが大好きところなんて、そっくりだ」
「おばあさま、ひどいです! 私もおじいさまも、ガラクタなんて集めてないですよぉ。
 うわー! これなんて、すごいステキです! ほらおばあさま、そう思いません?」
 ボロボロとしか言いようのないハムスターの小屋を掲げて、少女は嬉しそうに笑う。
 老婆は理解できない、といった顔で頭をゆっくり左右に振ると、蔵の戸から離れた。
「それじゃ、あたしは先に戻ってるからね。帰る前に鍵を閉めるの、忘れないようにね」
「はい!」
 返事だけはいいが、少女は老婆を振り返りもせずに次から次へと、ウインドウショッピングで目移りするかのようにキラキラとした目で、ガラクタ――少女がどう言おうと、ほとんど間違いなくガラクタだった――を見て回る。
 そのまましばらく、そうしていた時だった。
「……? これ、何だか不思議です……」
 埃の積もったからくり人形を見て、少女は首を傾げる。
 その弓引き童子の何が不思議なのか、少女にはわからなかった。
 ただ、妙に気にかかるというだけである。
 なんだか薄ら寒い感覚に襲われて、少女はぶるりと肌を震わせた。
「もう秋だからかな。羽織るの、何か探してこよう」
 その後まだまだ物色する気満点で、少女は蔵を出ようとした。
 その時。
『しんぞう……よこせ……』
 低い、幼子の声がした。
 何、と思ったが、少女は振り返ることができなかった。
 その首を、細い何かが貫いていたから。
「……え……?」
 ぱたり、と体が地面に倒れたのを感じ、少女は顔だけを上げて必死に、何が起きたのかを知ろうとした。
 からくり人形の童子が、弓をつがえて少女の顔に狙いを定め、そして――。


「という夢を見たんだ」
 異様に難しい顔をして、久方 相馬(nCL2000004)はそう告げた。
「多分付喪神の類だと思う。
 まあ、古妖じゃなくて、妖としての付喪神っていうか、ああもうなんつったらいいかな!
 いい! 物質系の妖! うん多分そう!」
 何をイライラしているのか。
 相馬はそのことを指摘されると、再び難しい顔をした。
「……それがさ。俺だけじゃないんだ、このお姉ちゃんの夢を見たの」
 聞けば、久方 真由美(nCL2000003)、久方 万里(nCL2000005)の二人も同じ夢を見たのだという。
 話だけならば、どうにも普通の妖事件の『夢』にしか聞こえないことなのに。
 三人が同じ夢を見たというのなら、確かにこれは奇妙なことなのかもしれない。
「とにかく、このままじゃ、このお姉ちゃんが殺されてしまうんだ。
 助けることができるかもしれない以上、助けたい。みんな、頼んだぜ!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:ももんが
■成功条件
1.一般人である少女の生存
2.『FiVE』に関する情報の秘匿
3.蔵内の被害を可能な限り少なくする
ももんがです。付喪神、九十九髪。

●状況
蔵は、古い土蔵。入り口から奥に向かって長い形、内側左右に棚がある。最奥まで10m。
内部はガラクラだらけに見えて稀に貴重品が混在。被害は少ないに越したことはありません。
また、蔵内部は狭く、戦闘に向いているとは言いがたいです。
蔵の外はちょっとした武道の修練とかに使えるんじゃないかって広さが有ります。

●敵
すべて物質系の妖ですが、相馬は仮称的な感じで付喪神と呼んでいます。
弓曳き童子以外は、似たものがいくつか蔵内に存在しています。
いずれかに、誰かが触れた段階で行動を開始します。

・弓曳き童子
 蔵の奥、隅に置かれていたからくり人形の一種。
 少し巨大化し、台座を含めて幅50、高さ60センチほど。浮遊し、自由に動作します。
 ランク2。彼にとっては心臓が的。配置としては中衛に位置します。

 弓を曳く:遠距離、単体攻撃
 力強く曳く:遠距離、貫通
 斉射:遠距離、全

・壺
 蔵の床に置かれているつぼ。どんなって言われてもツボ。
 OPに描写ありませんが、これも同様に敵対存在です。
 幅40センチ高さ1メートルの大きなもの。地面をずりずりと動くためか、かなり鈍重。
 ランク1。前衛にいます。

 突撃:近距離、単体攻撃
 のしかかる:近距離、単体攻撃。BS負荷

・硯
 棚のどこかに存在するすずり。毛筆習字でつかうあれ。豪華なものなので大きく、意外と重たい。
 ふよふよしていて、素早いです。これもやっぱり敵対存在です。
 硯の移動をブロックすることはできませんが、硯自身もブロックを行うことが出来ません。
 ランク1。前衛にいます。

 突撃:近距離、単体攻撃
 墨ばっしゃあ:近距離、列攻撃。

●少女
 黒髪おさげ、どこかおっとりした女性。大学生くらい?
 放っておくと矢で射られます。
 急いで向かえば少女が弓曳き童子を見つける頃に到着できるでしょう。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年10月20日

■メイン参加者 8人■

『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『インヤンガールのインの方』
葛葉・かがり(CL2000737)
『幼年期の終わり』
空閑 ぼいど(CL2000958)
『インヤンガールのヤンの方』
葛葉・あかり(CL2000714)
『歪を見る眼』
葦原 赤貴(CL2001019)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


 少女が蔵の中でその童子人形に気がついた時、外が急に騒がしくなった。
「なんでしょう……?」
 首を傾げている間にも、騒ぎはどんどんと蔵に近づいてくる。
 やがて突然、人影が蔵の中に飛び込んできた。
「待った!」
「ひょわ!?」
 全速力で蔵まで来た『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)の声に、少女が飛び上がらんばかりの勢いで後退し――その拍子に、弓曳き童子がごとりと落ちた。
 驚いた彼女の、肘があたったのは間違いなかった。
「王子様やのうて悪いな」
 舌打ちする間も惜しい。既に髪の色も赤い『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が通常の3倍の速度で少女に駆け寄り、有無を言わせず抱え上げた。お姫様抱っこで。
「な、なんですかー!?」
 じたばたと。暴れるというほどではなくとも突然の客の行動に対し大人しくするはずもなく、少女は凛の腕から逃げ出そうと体をよじる。
「私達のせ、は『郷土史研究クラブ』で古いものに憑き物があって、妖遭遇経験もあるから対抗手段に覚者も混じってるの、うんそういうこと!」
 蔵の外から、設定、と言いかけて一瞬噛んだのは『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)だ。
「クラブ対抗って借り物競争ですか!?」
 よくわからないなりに状況を把握しようとしてなおさら混乱した様子の少女の顔を覗き込むようにして、指崎 まこと(CL2000087)が声をかける。
「ちょっと失礼、緊急事態なんだ」
 まことの持つ、言葉で言い表せぬ妙な安心感に警戒心が少しは和らいだのだろう。
「え? ふえ? ええと……?」
 よくわかっていないのは変わらずだが、それはそれとして多少は落ち着いたようだった。


 一方で、まことは肩に走った痛みを顔に出さぬよう、耐えていた。
 振り返らなくてもわかる。肩という決して低くない、広い範囲への打ち付けるような痛み。
 硯だ。素早いとは聞いていたから、覚悟がなかったわけではない。
(――3人の夢身が同時に同じ未来を見る、か。
 少女か、それとも蔵の中身にアタリがあるか……まあ、その辺は終わってからで良いな)
「まずは、少女を護りきる事が最優先だ」
 反射的に肩をおさえながら、まことは優先順位を確認する。
 彩の刻印を赤く輝かせ、身のうちの炎を目覚めさせながら、数多は周囲に視線を巡らせる。
 蔵の中には、抱えられた少女を含めて4人。外には蔵の入口で覗きこむような立ち位置の数多自身を含めて6人。狭い蔵の中でごちゃごちゃとして戦うのは、どう考えてもこちらが一方的に不利だ。
 蔵の外で待つ判断をした内の一人、葦原 赤貴(CL2001019)が地面をしっかと踏みしめると、銀に変じた彼の髪のあたりまで、土がその身を護るように覆う。
「譲渡に際し無邪気に喜ぶ持ち主を射抜くなど――などと妖相手に語るのも無為か」
 呟いて、赤貴は口を引き結ぶ。
 きりりり。と。
 嫌な音が僅かにした。童子が、弓を力強く引いているのだ。童子人形にほんの一瞬だけ視線を投げて、凛はわざと不敵に笑ってみせた。――韋駄天の速度で常人を抱えて走るのは、少々無理がある。だが、今から急げば、ぎりぎりで、かなり後ろまで下がれるだろう。
(――この子にだけは矢当てんよう体張らなな)
 少女を落とさないように――そういえば、何か思うところでもあったのか、少女は協力的にしがみついたりこそしなかったが、抵抗はしなくなっていた――抱え直し、蔵の外へと飛び出す。急に明るくなった視界に、少しだけ目が痛かった。
 弓曳き童子は、ぐうっと引いた弦から指を離した。パシッ、と鋭く乾いた音が、まこととかがりの身を貫いて蔵の戸に突き刺ささった。
 痛みは強い。だが、これこそが目的だったと、蔵の外に出ながらまことは口の端を上げた。
 童子の目の前に、こうして狙いやすい誰かがいればこそ。覚者でない少女が矢を受ける可能性が下がるのだから。
「蔵、か……ええなあ」
 かがりが、すう、と息を吸いながら呼吸を整え、すり足で蔵の外へ出る。意識を集中させながら、ゆるり、とその身を大人びたものへと変える。
「暗くて狭くてひんやりしてて、ちょっとコワイ。こう言うトコ、好きですわ」
「ボクは正義の祓魔師! 本業は学生!」
 蔵の前で符を構えて立つ『インヤンガールのヤンの方』葛葉・あかり(CL2000714)が、二卵性双生児の姉に代わって蔵の前に立つ。こちらは、ふう、と息を吐くと髪が灰色に変色した。
 あかりと対になるような位置で、誘い出すために姿を見せた『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の髪色もまた、黒から銀へと移り変わる。ラーラは炎が宿っているのを意識すると、既に動きだした硯と人形、そして暗い中をごろり、と動き始めた壺に目を細め、呟く。
「さて。夢見さんの予知にあったのはこの子達ですね。
 ……残しておくと今後の被害にもつながりますし、しっかり対処しておきましょう」
 ごろりとのしかかってくる壺を経典で受け止めても、ずしりとした重みから逃れられるわけではないが、ラーラとてそれは覚悟のうえだ。
 蔵から少し離れたところで待っていた『二重未来世界』空閑 ぼいど(CL2000958)は、凛が下ろした少女の手を引いた。
「細かい説明は後……だけど、危険だから、守ることにした」
 ぼいどの姿は既に、本来のローティーンのものでなく、成人するかしないか程度の、少女と同じ年頃の見た目になっていた。ヘルメットは外していても宇宙服姿なので非日常感が妙に溢れるが、少女はそのあたりにさして疑問は感じていないらしく、曖昧に頷く。
「え、はあ……ええと、ありがとうござい、ます?」
 頭を下げようとして首を傾げ、妙な角度になったまま、少女はぼいどを見返した。
 状況がつかめないなりにも、どうもこの覚者たちが自分を守ろうとしているのだとは、納得したらしい。
「蔵……がらくた……親近感、湧いた。
 ぼくのおじいちゃんも、集めるの好きだった。きっと、大事な宝物、眠ってるはずだと思った」
「ううん……? 蔵の中の物、ですか?」
 興味はあるが、その話は後で聞かせて欲しいと。ぼいどは独特な口調でそう伝えた。


 硯が、今度はラーラへと向かって突撃してくる。日光に対して抵抗はないようで、誘導されるままに蔵の外に出てきている。
「櫻花真影流、酒々井数多、往きます!」
 位置が少し悪いが――できなくもないと踏んで、数多は駆け出しながら緋鞘から刀を抜いた。蔵の中まで踏み込んで、硯を、壺を斬りつける。壺が後方に向かわぬように位置取りながら、赤貴は淡い銀光をまとった大剣を振りかぶり、硯に叩きつけた。
 少女をぼいどに渡した凛が、引き返してくるなり焔のような刃紋の刀を構えた。
「焔陰流21代目(予定)焔陰凛、推して参る!」
 かっこよてい、と発音しながらも、目にも留まらぬ速さで振りぬかれた刀は二筋、硯を斬りつける。
 その直後に、蔵内から外を伺えるような位置まで出てきた弓曳き童子が、いくつかの矢を同時につがえて引き放ってきた。戸や壁に刺さるのもお構いなしの斉射に、矢筒の中が空になる――童子の髪が幾筋か、ひとりでに抜けて矢へと変わるあたり、向こうの空打ちは期待できそうにないなとまことは判断し、向こうの動きに合わせて返す構えを取る。
 かがりが書き損じていない札を投げつけると、札は小さな雲に変じて雷を壺と硯に落とす。あかりが続けざまに放った符もまたその身を変じ、濃い霧となって付喪神どもを包み込んだ。
「思った以上に厄介な妖ですね……」
 のしかかっていた壺から逃れたラーラが、炎の塊を硯へと飛ばす。
 壺もラーラに執着する様子はなく、さっきおのれを切りつけた数多へとごろごろぶつかっていく。
 ごぽり、と妙な音を立てて硯がわなないた。滴るようにあふれだす、独特の龍脳臭がする黒い液体を前線にいた者達に向けてふりかけてくる。まことはそれを受けるやいなや霞返しを硯に食らわせるも数多と赤貴、まことの服が黒く汚れ、そこからちりちろとした痛みが走る。
 ぺっぺ、と口の中に入りかけた墨を吐き出しながら、数多は再度疾風斬りを試み――この様子だと、妖たち3体が同時に一列に並ぶことはないだろうと踏んだ赤貴が、数多にあわせて壺と硯を斬りつける。
 更には凛のふたたびの飛燕が硯を幾筋か削ってみせる。だが。
「ぐっ……!」
「焦らなくても大丈夫、順番にきっちり潰していこう」
 童子の強く引いた矢が、赤貴を、凛を傷つける。焦燥を浮かべた赤貴を励ましながら、まことは硯を攻撃する。かがりの召雷が、再度前列の妖たちに降り、硯はその身に罅を増やした。
「急々如律令……癒せ、ボクの力で!」
 言葉はどことなく大雑把でも、その効能に影響はない。あかりは精製した神秘の力を含んだ雫を、怪我の大きかった赤貴に与える。
「物に魂が宿るってこと自体は、少し夢のある話かなって思うんですけどね……」
 後ろに下がりながら、ラーラも再度、火炎弾を硯に放つ。ふいに、昔、大切にしていたぬいぐるみのことを思い出した。あれが動き出すとしたら――妖になって、人にあだなすものになるのだろうか。それとも、古妖としての付喪神として目覚めてくれるだろうか。後者であればいいと願うのは、わがままではないだろう。
 どしり、という音が、ラーラの意識を前衛の方へと向けさせた。さっきラーラにのしかかったあの壺が、今度は数多にのしかかっている。端から見れば、背負っているようにも見えなくもない。
 その壺が、ぐらりと揺れた。その奥で、童子人形も呻くように震える。。
 ちょうど戻ってきたぼいどが、後衛で妙なデザインの長銃を構え、波動弾で射抜いたのだ。


 硯や壺は、反撃を痛いと感じたか、まことを極力避けるように攻撃することが多くなった。
 それとは違い、童子人形は覚者の数を鬱陶しく思ったようで斉射を多用する形で戦いを続ける。
 対する覚者側は、斉射を防ぎきれずかがりは倒れ、凛とラーラの、そして前線で戦い続ける赤貴の3人は生命力を削ることにはなってしまったけれど――
「言っては何だがガラクタだ。付喪神ならぬツクモドキとでも呼ぶか。
 ――瓶割りの太刀、とはいかんが……砕く程度、できぬと思うな」
「悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 そう言って赤貴が、壺を叩き割り、ラーラが硯を燃やした。
 残るは人形だけという段になって、人形は斉射でなく、貫通矢をつがえ、数多に狙いをつけた。
 幾本かの矢を払いのけ、数多には確信があった。
 ――この弓曳き童子は、確かに心臓を狙っている。
 斉射や、ただ射るだけのときはともかくとして、こうしてきりきりと弦が悲鳴を上げそうなほどに強く引いたときは、必ず胸の中心、わずかに右寄りを狙っていたのだ。
 数多は僅かに身を捩る。それだけで正中の急所をそれるほどまっすぐな矢は、それでも数多の身を貫き、その向こう、ぼいどにも刺さる。生命力を削られても、数多はそのまま刀を振りぬき、二連の閃きでもって童子人形を分断した。


「危ない所やったな」
「突然で申し訳ないね。怪我はない?」
 凛とまことが少女にそう声をかけた時、彼女はぺこりとあたまを下げ、「だいじょうぶです」と即答した。
「ちょっと遠巻きに見てましたから! あれですよね、妖とかいうのが、うちの蔵にいたんですよね?」
 覚者に対し、不快感を持つ人も世間にはいるが、彼女はどうやらそうではないらしく。戦闘を終え、それぞれ先刻と違う姿の覚者達を見ても、特に変わった反応を示すことはなかった。
 童子人形などを壊したことについても、「まー仕方ないですよねー」と言うだけだ。
「あたしら郷土史を研究しとるんやけど、よければ倉の中見せてもらえんかな?」
「あのね、不躾だとは思うのだけれども、他にもああいう危ないのないのか調べさせて欲しいの。
 古いものってすごく興味があって」
「はい、いいですよー」
 多少の血や埃を手早く払ってから凛と数多がそう言うのを、あっさりと少女は受け入れた。
「あ、でも」
 蔵の中を見てみようとする覚者たちを、しかしすぐに少女は引き止めて。
「墨とか、気持ち悪いでしょう? お風呂をお貸ししましょうか?」

 閑話休題。

 再び蔵に戻ると、数名の覚者たちは中を探り始めた。
「3人に同じ夢を見させた物が見つかればええけど」
 ぼいどが、ダハクに灯りをつけさせて中の物を眺めているのを見て、凛は髪をがしがしとかいた。
「蔵に何がしか封印でもされてる……わけでも、なさそうやね」
 既に意識を取り戻したかがりも、蔵の中の検分に参加している。
「それと、おばあさんにこの蔵の成り立ちもよければ教えてもらいたいの、おじいさんの話も」
「はあ……この蔵、でもそんなに古くないですよ? 確か、先の戦争の頃の」
 数多の聞くことにさらりと答える少女は、おそらくすでに蔵のことに対して祖母より詳しいのだろう。
「第二次?」
「いえ、応仁の。……冗談ですよ?」
 この場でそういう冗談を交えられても、覚者たちとしては困るだけなのだが、少女はそう言ったあと、少ししてから恥ずかしそうに頬を染めた。照れるなら最初からやるな、とは今は言わないでおくべきだろう。
「ほんとは、確か……江戸の終わり、だったかな。
 おじいさまのお父様が、このあたりで住むと決めた時に建てた蔵です。でも、そのひいおじいさまも、おじいさまも、色んな物を貯めこむ人で――世間的に価値のあるものは、そんなにないはずですよ」
 カリカリと、歴史研究のための聞き取り調査と称してメモを取っていたあかりの手が止まる。何か、ひっかかる。少女の顔を――そういえば、随分と大きな眼鏡をかけている――まじまじと覗き込んで、問うた。
「……つまり、結局、ほとんどはガラクタ?」
「やだなあ、ガラクタなんてないですよ?
 どれもこれもみーんな、使っていた人の思い出に溢れてるものなんですから!」
 にこにことそんなことを主張する少女に、数多が唸った。
「うーん……だけど、久方の三人が同じ夢を見たのにはきっと意味があるわ。
 貴重品とか何かないか調べさせてもらうわ。本当の付喪神とかがこの蔵にいるとかはないかしら?」
 そう言って、数多もまた蔵の中を探りに行く。
 赤貴は、ただ眉根を寄せる。探しものをしたところで何を探ればいいのかもよくわからないし、変なところでボロを出すぐらいなら黙って見ていることにしたようだ。
 だが結局のところ、蔵内では他に妙なものは発見できず、覚者たちは手土産なしに引き返してくる羽目となった。せいぜいが、例のハムスター小屋が実は神具だったことがわかった程度である。
 一体何がどうしてそんなものが神具として作られたのかは、当の少女も含め誰もが首をひねったが――そもそのあたりを言ってしまえば、覚者たちの知る神具庫の主だって時折妙なもの――記念品と称するぬいぐるみだとか――を作るのだから、どこかに技術を持つ酔狂がいたのだろう、という結論が出るのも早かった。


 妖の討伐のほかにはこれといった成果を得られぬまま、覚者たちは五麟市に引き返すことになった。
「あら、助けていただいたのにこれといったお構いもできませんで――そうだ!」
 困った顔で首を傾げ、頬に手を当てた少女だったが、突然顔を輝かせると蔵の中に取って返す。
 ラーラは、慌てて少女に声をかけた。
「あ、そういうところのものって見た目よりもけっこう古くなってるんです。
 不用意に触ると壊れてしまうかもしれませんよ」
 ないとは思うが、万が一。見落とした中に妖がいた可能性もある――そう思って追いかけた矢先、少女がぱっと蔵から飛び出してきて、ラーラとぶつかった。
「ひゃ!? ごめんなさいぶつからなかったですかってぶつかったですよね大丈夫です?」
「大丈夫です――けど、それは?」
 あわあわとしている少女が手にした箱を見て、ラーラは首を傾げる。
「あ、はい。せめてみなさんに、お礼の印でもと! 私が持っていても意味がないですし」
 どうぞ! と言って少女が差し出してきたのは、ぱっと見は普通の古銭に見えた。
 覚者たちは顔を見合わせる。
 その古銭は、確かに彼女が持っていてもしかたがないだろう。どう見ても神具なのだから。
 だが――。
「……さっき、こんなものあったっけ……」
 それを誰が呟いたかわからなかったくらい、蔵の中を探った覚者たちは皆、同じことを考えていた。
「え? やですよー、ずっとありましたよー?」
 首を傾げて朗らかに言う少女は、嘘を付いているようにも見えなかった。 

<了>

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『真新しい古銭』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員




 
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