《島根動乱》妖を包み追い込む竜の滝<西の陣>
《島根動乱》妖を包み追い込む竜の滝<西の陣>


●中国地方随一の瀑布
 龍頭ヶ滝。
 島根県雲南市にある滝で、落差四〇メートルもある直瀑である。激しく流れる水はまさに竜の如くと称され、明治時代の詩人も『出雲国中、滝は龍頭ヶ滝が第一なり。この滝日光に持ち行くも十番以内に有るべし』と言葉を残している。
 ランク四の妖、戦蘭丸。ヤマタノオロチの骨を囮に妖をここに誘い込み、一気に叩く作戦が発令する。戦蘭丸を誘いこみ、一気に勝負をつける算段だ。
 決戦の場をここに選んだ理由は大きく三つ。
 一つ。人を巻き込まずに済むこと。
 二つ。大群を連れて移動するには向いていない場所であること。
 三つ。地理的優位を得ることが出来ること。

●FiVE
「戦蘭丸はおそらく『音』で周囲を理解しているわ」
 御崎 衣緒(nCL2000001)は資料を手にて覚者達に説明を開始する。
「報告では『音をけして近づいた時は気づかず、その後でこちらの数を当てられた』とあるわ。匂いや他の要素なら音をけして近づいても気づかれたはず。
 おそらくアクティブソナーのように自分で音を出して、その反響を感じ取っているみたいね。そして別の報告書で『刀をこすり合わせるような音で指令を送っている』というのもあるわ。おそらくだけど――自分自身の爪か歯をこすり合わせ、その音の反響を聞いて状況を把握していると推測できるわ」
 断言はできないが、的外れはない。御崎自身はこの推測をそう評価していた。
「龍頭ヶ滝の決戦場近くに金属をこすり合わせるのと同種の音を出す仕組みをセットするわ。多少なりとも効果があるはず。
 そして戦う場所は、ここよ」
 御崎が示すのは、川が大きくカーブしている場所だ。妖の向きが赤い矢印で示され、カーブに差し掛かった場所で三方向から青い矢印でその先端とぶつかるように書かれている。
「ヤマタノオロチの骨を使って妖の群れをこの場所に誘導する。先頭にいるであろう戦蘭丸をこの場所で三か所から叩く。
 流れの速い川で妖の足が奪われている間に一気に攻めたれるのがこの作戦の肝よ。相応の数の妖が後から追ってくるでしょうけど、それを迎撃する部隊も用意済み。漏れはあるかもしれないけど、狙いはあくまで戦蘭丸よ」
 妖の足も一定ではない。さらに言えば大群を連れて歩くのが難しい山道だ。重要な何かを追えば、自然と隊列は間延びする。伸びきった先端にいるであろう戦蘭丸を叩き、島根動乱に決着をつけるのだ。
 ただ――
「作戦の穴として、戦蘭丸は戦いながら強くなっていくという報告があるわ。おそらく足場の不利も時間がたつごとに克服していくわ」
 戦いながら強くなっていく妖。それは不利な状況でもすぐに克服していくだろう。時間が経てば不利になる。そして更に悪い話として――この戦いはFiVEメンバー以外には任せられない。
「更にあの妖は『殺人の罪を持つ死体を妖化する』特性もある。経歴が分からない覚者をメンバーに入れれば、最悪の場合敵になってしまうわ」
 重要なのは罪の有無、ではない。その有無が分かっているなら、戦闘不能と同時に離脱させればいい。それが分からないのが問題なのだ。なので戦蘭丸戦はその情報を熟知しているFiVEメンバーにしか任せられない。
「難しい任務だけど、やれるかしら?」
 御崎の問いかけに、貴方は――


■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:難
担当ST:どくどく
■成功条件
1.戦蘭丸の打破
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 島根動乱最終回。三方向から攻めるという形なので、決戦ではなくこういう形で。
 他の『妖を包み追い込む竜の滝<〇の陣>』とは同時参加不可とします。

●敵情報
・戦蘭丸(×1)
 妖。ランク4。人語を解し、強くなるためには何でもする妖です。その為にヤマタノオロチを復活させようとしていました。
 ですが、復活に必要なヤマタノオロチの骨を奪われ、それを追っている状態です。骨に釣られる形で、戦場に引きずり出されました。
 盲目のため、初手の攻撃はほぼ決まります。さらに山中に張り巡らされた刀をこする音により、命中にマイナス修正がついています。更に河で足を奪われているため、回避にマイナス修正がついています。このマイナス修正は、5ターンごとに緩和されていきます。
 三方向から攻められているため、範囲攻撃全体攻撃も『同じシナリオ内』の同列が対象となります。

攻撃方法
右爪  物近列 右腕の爪を振るいます。
死真似  P  戦闘開始時に発動。『レベル35以下』のキャラクターを根性復活(含む命数復活)を無視して戦闘不能にするスキル……なのですが、音をかく乱されているため使用不可。
古傷   P  とある剣士につけられた腹部の傷跡。PCの体術による被ダメージ増加。
盲目   P  目が見えません。不意打ちを受ける確率増加。
十六夜 物近列 ※下記参照
波動滅弾 物遠単 ※下記参照
鉄指穿 物近単 ※下記参照
戦ノ蘭  P   物攻、反応速度が5ターンごとに【+(ターン数×5)%増加】され、攻撃回数が+1される。
無名の古武術 物近列 骨を砕くことを目的とした動き。【無力】【使用条件:5ターン経過後】
無名の暗殺術 物遠単 目に見えない針を飛ばし、体の機能を狂わせます。【不随】【使用条件:10ターン経過後】
無名の交差法 物遠全 敵陣を駆け抜けながら切り裂きます。【使用条件:15ターン経過後】 
噛み付き 物近単 歯で噛みついてきます。【必殺】【使用条件:口が使える事】

・飛燕刀
 ツバメの妖です。ランク1。羽の部分が鋭い刃となっています。
 戦蘭丸についてこれた妖です。4ターン毎に4匹、敵後衛に追加されます。

 攻撃方法
 飛燕  物近単 飛びながら切り裂きます。【出血】
 飛行   P  同名のスキル参照。

●場所情報
 龍頭ヶ滝。その上流にある川辺。周囲は岩山です。この戦場に合わせた即席の橋を用意しており、PC側の足場の不利はありません。
 他戦場への干渉(回復など)は可能ですが、移動はできません。
 戦闘開始時、敵前衛に『戦蘭丸(×1)』敵中衛に『飛燕刀(×4)』がいます。
 事前付与は一度だけ可能とします。

 皆様のプレイングをお待ちしています。


7月12日追記
●十六夜(いざよい)
踊るような連続動作で対象列へ強烈な二連撃を放ちます。
[攻撃] A:物近列 【二連】
物攻:+20 基礎命中:85 速度:+30 ゆらぎ:+15


●波動滅弾(はどうめつだん)
より威力を高めた波動はまさしく【必殺】の一撃へと昇華した。
[攻撃] A:物遠単 《射撃》【必殺】
物攻:+50 基礎命中:90

●鉄指穿(てっしせん)
極限まで鍛えた己が指を急所に捻りこみます。
[攻撃] A:物近単 【致命】
物攻:+35 基礎命中:100 会心:+5

※一部スキルの説明が誤っていたのを修正致しました。
誤)範
正)列
ご迷惑をお掛けし申し訳ございません。
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
公開日
2018年07月23日

■メイン参加者 7人■



「背水の陣とは言うけれど、なかなか崖っぷちの作戦だねぇ」
 視界内にいるヤマタノオロチの骨を持った覚者を見ながら『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)が苦笑する。この作戦のキモは『無理をすれば骨を奪えるかもしれない』と思わせることだ。奪回不可能なら逃げる判断を選ぶかもしれない。まさに崖っぷちだ。
「ヤマタノオロチの骨が囮とは大胆な作戦。……偽物では見破られてしまうのでしょう」
 恭司の言葉に頷く『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)。負ければランク4妖にヤマタノオロチの骨を奪還させるだけではなく、覚者は妖に勝てないという絶望を与えることになる。何がなんでも勝たなくては。
「私、いつも以上に頑張りますね!」
 首から下げたネックレスをぎゅっと握りしめて『意志への祈り』賀茂 たまき(CL2000994)が叫ぶ。相手はランク4の妖。強さとしてはかなりのものだということは知っている。だけどそれを討ち倒すために作戦を練って、ここまで来たのだ。負けるつもりはない。
「ナナンもお手伝いするねぇ!」
『ホッケースティック改造くん』を元気良く振り回しながら『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)は叫ぶ。ここでこの妖を倒さないと、島根の人が大変になることは奈南も理解している。だから自分の持つ力を使って、戦うのだ。
「ここで倒さないと更なる脅威になってしまう可能性が高いのですね……」
 離宮院・太郎丸(CL2000131)は言ってから唾をのむ。相手は成長する妖だ。この状況すら成長して克服し、二度目は通じなくなる。ここで一気に攻めて倒さなければ、次倒せるかはわからないのだ。
「確かにあれを野放しにするのは拙いよな」
 うんうんと『ファイブブラック』天乃 カナタ(CL200145)が頷いた。戦う前から伝わってくる相手の強さ。肌を刺すような圧力をカナタは強く感じていた。それでも臆するつもりはない。笑みを浮かべて、戦いに挑む。
「いろんな武術を取り込んで強くなった妖、ね」
『豪炎の龍』華神 悠乃(CL2000231)は妖の方を見て、小さくつぶやく。武器を食べ、そこから記録を読みとってそれに沿って自らを鍛え上げた妖。ならば戦いのベースは何らかの武術なのだろう。人の四肢を持つ以上、その行動は読みやすい。
「来な、人間!」
 ランク4妖――戦蘭丸は自分が罠にはめられたことを察し、その上でニヤリと笑う。策を弄することを卑怯と罵ることはない。智謀も奸智も能力の一つだ。己の能力を最大限生かして戦うことのなにが悪い?
 島根解放をかけた戦いの火ぶたが、今切って落とされた。


「参ります」
 言葉短く、しかしはっきりと宣言して燐花が走る。三方向からの一斉攻撃。その一番槍。その名に恥じぬ動きと、そして威力を見せると言わんがばかりの気迫がそこにあった。二本の刀を手に一気にかける。
 蒼銀の炎を纏い、燐花の刃が戦蘭丸を捕らえる。一撃目は爪で弾かれたが、二撃目が妖の身体を捕らえる。確かな手ごたえの後に血飛沫が広がった。だがランク4の妖がそれで止まるはずがない。攻撃を予測していた燐花は着地と同時に一気に距離をとる。
「ここが、貴方の終焉の地となるのです」
「お前らの、かもな」
「そんなことはさせないよ」
 確かな決意を込めて恭司が答える。そんなことはさせない。誰も死ぬことなく日常に戻るのだ。最悪、ヤマタノオロチの骨を渡してでも燐ちゃんは生かして帰す。短い言葉の中に、それだけの決意を込めていた。
 勿論、負けるつもりもないと恭司は動き出す。妖から受けた傷を確認し、水の源素を練り上げる。自分がやるべきことはサポートだ。仲間を癒し、戦いに集中させる。放たれた水の源素が仲間たちの傷を癒していく。
「出し惜しみをせず、全力で向かおう。その為のサポートはさせてもらうね」
「お願いします。それでは!」
 恭司に言葉を返し、たまきが戦蘭丸を見る。ここで妖を倒しておかなければ、次の機械がいつ訪れるかわからない。そして何よりもその間に島根の人達は妖に怯え、その怯えは日本中に広がっていく。人は妖という脅威を打ち払えること。これを示さなくては。
 術符を手にしてたまきは大地に願い乞う。五行の一つである土。源素を使って大地を動かし、多数の槍を隆起させる。それは土の龍が如く。うねりをあげるように突き上げる槍は、天に昇る龍を想起させた。
「ここで戦蘭丸さんを、完全に止めてみせます!」
「言ったな人間。ならば止めて見ろ! 全力で跳ね返してやる!」
「やっべーよなぁ。ああいう輩は見飽きたぜ」
 嫌気がさしたかのようにカナタが呟く。自らの力を振るい、他者を蹂躙する。それに抗う相手を楽しそうに打ち砕こうとする。隔者にも似た奴らはたくさんいた。妖とはいえ、その根本は同じなのだろうか。
 想像してもそれ以上の結論は出ない、とカナタは意識を戦闘に戻す。水の源素を展開し、源素に集中させる。刹那の集中の後に源素は雨となって覚者達の傷を冷やす。熱気を失った傷口は源素の力に従い、少しずつ塞がれていく。
「ま、攻めるのは任せたぜ。ツバメが増えたら俺もがんばるから」
「ボクも回復のお手伝いをさせてもらいますっ」
 拳を握って太郎丸が気合を入れる。基本的に引っ込み思案の太郎丸だが、島根で苦しむ人達を見て参戦を決めた。目立つことは嫌いだけど、今ここで立たなければ一生何もできなかっただろう。青の双眸で戦蘭丸を見る。
『ノートブック』を手に源素を集める。息を吸い、そして吐く。これ自体はただの呼吸。だけど呼吸により心がりらっ駆使していくことが大事なのだ。落ち着いた心のままで放たれる水の術式。太郎丸の優しい心が乗った癒しの水が、覚者達の体力を回復させる。
「全身全霊を持ってお相手しましょう」
「調べるほどに思うけど。せっちゃんより私向きの相手よ、キミ」
 戦蘭丸を見ながら悠乃が頷く。誰かを理解しようとすること。知識の元、体を鍛えること。悠乃と戦蘭丸は同じような方法で強くなっていた。知識を得る方法が違うだけでしかない。人の身体を持ち、自らを鍛えた妖。
 だからといって、同情する気もなければ見過ごすつもりもない。悠乃はただ、戦蘭丸に飲み意識を集中していた。手の向き足の向き顔の角度。その全てが次の一手を語っている。知識の元で次の一手を読み、戦蘭丸の動きをかわしていく。
「いかに知られていなくても、人の形で取れる動きは限られているわ」
「確かにな。だがその集中と体力がどこまで持つ?」
「尽きる前にやっつけちゃえばいいんだよー!」
 明るい声で戦蘭丸に攻撃を仕掛ける奈南。『ホッケースティック改造くん』をぐるぐる振り回し、間合を計る。無邪気天然で子供同然の奈南だが、苦しむ人の声が理解できないわけじゃない。苦しむ声に答える為にその力を振るう。
 覚者なら誰もが持つ源素。それを効率よく神具に集中させる。精霊顕現の基礎の基礎、その技を昇華させた次の段階。源素に慣れ親しむ精霊顕現だからこそ可能な、源素その者を力とする打撃技。力強い一撃が戦蘭丸を襲う。
「戦蘭丸ちゃんをびっくりドッキンコさせちゃうのだ!」
「ああ、驚いたぜ。お返しにコイツを喰らっていきな!」
 振るわれる戦蘭丸の攻撃。それは足が水に取られているせいもあってか、覚者を追い詰めるほどではない。
 しかし、少しずつその爪はこちらに届きつつある。今は皮膚一枚程度の傷でも、時間が経てばそれは心臓に届くかもしれない。それを覚者達は本能的に悟っていた。
 龍頭ヶ滝の闘いは、少しずつ加速していく。


 時間が経てばたつほど、戦蘭丸は動きを増す。聴覚を乱す音や足を奪う水にも慣れ、その爪が覚者に届き始める。
「命数を削るほどではありませんが……!」
 少しずつ急所に近づいてくる妖の爪。それはまるで死神が近づいてくるよう。こちらの攻撃は確実に届いているのに、倒れる気配はまだない。本当に倒せるのか、恐怖すら感じてきた。
 だが、その恐怖は使命感でかき消される。
「どっかーん!」
 力強く神具を戦蘭丸に叩きつける奈南。そしてその最中にも死力を浄化させて他の陣営の動きを見て、どう動くかを思考していた。ここで負けることは島根の、そして日本の人達に不安を与えてしまう。だからできることは何でもするのだ。
「つぎはこれでどーだぁ!」
「滝の傍は涼しくて良いものです。この時期の観光にはもってこいじゃないでしょうか」
 言いながら刀を振るう燐花。その皮膚を伝って落ちる汗一つ。夏の日差しによるものではない。極度の集中と過度の運動。ランク4と相対するだけでここまで疲弊するとは。呼吸を整え、燐花は再度地面を蹴って戦蘭丸に迫る。
「戦蘭丸さんにも頭を冷やして貰いたいものですね」
「……む、暗殺の針が来るわよ!」
 守護使役と武術知識の連携で戦蘭丸の挙動を読み取る悠乃。所作はわずかなものだったが、それを逃すことなく見切って注意を促す。読めたからと言って慢心はしない。数あるパターンの一つを察知できただけだ。その一つから、全てを見切らなくては。
「なんとなくわかったわ。左手の薬指と中指で針を挟んでるのね」
「あ、ありがとうございますっ……!」
 悠乃の注意を受けて、針を避けることが出来た太郎丸。回復役が動けなくなってしまえば、前線の者に影響が出る。動けないまま全てが終わっていくのを見るかもしれなかったかと思うと……。堕ちる日や汗をぬぐい、回復の術式を唱える。
「皆さん、行きますよ!」
「あの雷……。雷太鼓のあの子も手伝いにきてんのか?!」
 遠くで響く落雷の音を聞き、カナタが驚きの声をあげる。性格的に手伝う、といいうよりは喧嘩に混ぜろと言いたげな隔者だ。その戦いっぷりを想像し、負けてられないと気合を入れる。炎を呼び出し、妖の群れを一掃する。
「こりゃ気合入れないとな!」
「時間が経つほどに強くなる相手だからね。時間経過で此方の戦力が下がるなんて事の無いように」
 矜持は回復を優先して動いていた。戦蘭丸の特性上、その脅威を発揮するのは後半だ。今は三方向から囲んでいることもあり、こちらの陣に攻撃をしてくる頻度は多くない。だが時間が経つにつれて攻撃数が増えてくる。その時に疲弊していれば耐えれない。
「僕が攻撃に転じることはなさそうかな。攻めは任せたよ」
「皆さん、信じています!」
 回復を受けたたまきが、土の槍を展開する。たまきは今回補助や回復を捨てて全力で攻めていた。長きにわたる島根の争乱をここで終わらせるのだ。戦蘭丸の爪が振るわれるたびに皮膚が避け、血が飛び散った。その痛みをこらえるように、首から吊った指輪を握る。
「戦蘭丸さん。貴方には、負けません!」
「負けません、か。それは『コッチ』で語ってもらおうか!」
 言葉と同時に繰り出される爪の一閃。その爪は先ほどの一閃よりも深く覚者達に傷を残す。川の足場に慣れ、さらに力が増した妖の攻撃が覚者達を蹂躙する。
「っ……!」
「まだ、です」
 たまきと燐花が爪により命数を削られる。傷口を押さえながら立ち上がり、呼吸を整え戦いを再開する。
「く……まだ、負けるわけには!」
 気弾の一撃を受け、太郎丸が膝をつく。命数を燃やしてなんとか意識を保っていた。
「どうした。遊びは終わりか? 楽しませてくれた礼だ。逃げるなら追わずにいてやるぜ!」
 挑発するように戦蘭丸は嗤う。歪んだ乱杭歯が覚者達を威嚇するように交差している。
 その答えとばかりに神具を振るう覚者達。そしてそれに驚くことなく爪で受け止め、嬉しそうに笑った。
「呵々! 精々長く楽しませろよ!」
 加速する妖と覚者の闘い。その咆哮は瀑布よりも大きく響く。


(楽しい)
 戦いの最中だが、戦蘭丸は高揚している自分を発見した。
(人間との戦いが、楽しい)
 人間はぜい弱だ。それは今でも変わらず、弄っても長くはもたない。ヤマタノオロチの骨を奪われるまで、人間襲撃を重視しなかったのはひとえに人間に価値を見出せなかっただけだ。
(あの時の剣士以来か)
 一年以上前、とある人間の剣士と相対した。たった一人で挑んだ人間は、予想以上に素早く、鋭く、そして苛烈だった。今でもその傷は痛む。
『強くなりたい』
 それは戦蘭丸の欲望だ。目的ではない。強くなることで何かを為したいわけではない。強くなることそのものが戦蘭丸の目的だ。強くなければ生きてはいけない妖の世界だったが、人と戦って――まあ『戦い』になった人間など片手で余るのだが――更に世界が広がった。
 強さを実感して初めて別の欲望が生まれてきた。だがそれが何なのか、戦蘭丸には分からない。形にならない欲望は、この人間達を超えれば形になるのだろう。
 三方向から囲む智謀。こちらの動きを封じる陣形。そして人間達の基礎となる肉体能力。弱いと思ってたやつらがここまでやってくれるとは!
 卑怯と罵るつもりはない。むしろもっとやれと叫びたくなる。策を練り、連携し、そして鍛えた身体をぶつけてくる。心技体全てを出すのが『人間』の強さなのだ。
 そしてそれを乗り越えるのが、この戦蘭丸なのだ。
「どうした。遊びは終わりか? 楽しませてくれた礼だ。逃げるなら追わずにいてやるぜ!」
 口から出たのは、嘘偽りのない言葉だった。
 ――戦いは、加速していく。


「戦蘭丸さん。あなたを、ここでたおします!」
 ランク4妖、戦蘭丸。島根を苦しめていた原因。たまきは荒い呼吸を整えながら自分を奮起させるためにそう叫ぶ。簡単に勝てる相手ではないことは解っている。だけど口にするのだ。例え不可能に近い可能性でも、倒すという決意を。
 戦蘭丸は強い。それは妖だからということもあるが、強さに貪欲であることもある。たまきはそれを感じながら、それでも自分達が勝つと信じていた。戦蘭丸が努力したように、自分達もFiVEで積み上げてきたのだから。
「力を求め、力を持つものと戦い続けるならば……。いずれ力あるものに倒される。それが摂理というものです。終わりは、来るのですよ」
 燐花が静かに告げる。体中傷だらけでもう倒れるかもしれない状況でも、その信念だけは曲げられないとばかりに。終わりは来る。それが相手なのか自分なのか、それはわからない。それでも戦うのだ。
 何故戦うのか。その答えは燐花の中ではまだ見えない。平和のため、組織のため、自分の為。……大事な人の為。様々な因子はあれど、決定的な理由にはならない。おそらくそれは、最後の最後に分かるのだろう。戦いが終わり、刃を置く時に。
「いつもより、もっと頑張らなくちゃ! なのだ!」
 いつもほのぼのしている奈南は、言って神具を握りしめる。いつもの闘いで手を抜いているわけではないが、この戦いの敗北が意味することは理解している。緩んだ口をきゅっと結んで、しかし必要以上に気負わず神具を振るう。
 傷が痛くないわけがない。妖が怖くないわけがない。それでも奈南は笑っていた。恐怖を感じないほど幼いのか、敢えて幼いふりをしているのか。それはわからない。奈南は何も言わずに元気良く、島根動乱の元凶に挑む。
「幾多の戦闘の連鎖を今度こそとめて見せますっ」
 力を求める妖、戦蘭丸。彼が力を求める限り、島根に平和は訪れない。ヤマタノオロチの骨を奪還されれば、島根の土地はヤマタノオロチ復活の影響で洪水に見舞われるだろうと太郎丸は思っていた。そのような事をさせるわけにはいかない。
 島根県で跋扈する妖の群れ。それがどれだけ不安を呼び起こすか。島根県に人はいざ知らず、その県外にいる者もいつか自分達がこうなるのでは、と思ってしまう。だからこそ、それを打ち払う光として自分達が戦うのだ。拳を握り、源素を練る太郎丸。
『己の道へ唱わるる言を意に介さず。其の道に何事も論を挟むことなく。ただ、望む先にて覇を為せ』
 華神。自分の家に伝わる教え。悠乃は常にそれを胸に秘めている。戦蘭丸に挑んだ自分の姉もまた、この信念の元に戦蘭丸に挑んだ。故に戦蘭丸を憎むつもりはないし、姉を悼むつもりもない。ただ『華神悠乃』の信念のもと、武をもって妖に挑むのみ。
 武器を喰らい、そこから人を殺した技を見る妖。幾多の武器を喰らい、幾多の殺し方を学んだ。その知識をここで散らせるには惜しいとは思う。だからと言って生かす余裕もない。そこは残念かな、と諦める悠乃。
「強さを求める事自体は悪い事ではないけれど、周りに被害を発生させるというのはいただけないね」
 ヤマタノオロチの骨を意識しながら、恭司がため息を吐く。ヤマタノオロチ復活がなければ、あるいは戦蘭丸の行為を許容できたかもしれない。だが妖は人の命を何とも思っていないのは確かだ。ここでしっかり討ち、憂いを無くさなければ。
 前線で戦う燐花を見る恭司。長く一緒にいた少女を見る恭司の心境は複雑だ。傷ついてほしくないと思う反面、彼女のやりたいことを邪魔するわけにもいかない思いがある。攻めて手が届く今だけは、できうる限りの支えをしよう。
「まだ倒れるわけにはいかねーからな!」
 肩で息をするカナタ。回復役が倒れるわけにはいかない、と気合を入れて戦いに挑んでいた。今島根で苦しんでいるのは、何の事情も知らない普通の人達だ。そんな人達が苦しむ姿を見るのは、もううんざりなのだ。だからこの程度の苦しみはどうということはない。
 去来するのは避難所で苦しむ島根の人達。住む家を失い、元の生活を奪われたただの人。彼らはその苦しみを見せることなく、覚者達を激励した。その頑張りに応えずしてどうするか。カナタは顔をあげて戦場を見る。自分に与えられた役割は、軽くはない。
 それぞれが、それぞれの思いを抱いて妖に挑む。
 戦いの終わりは、近い。
 最後に立つのは人か、それとも妖か――


 さらに加速した戦蘭丸が、戦場を一気に駆け抜ける。疾風のように突き進みながら、陣全体に凶刃を走らせた。
「いてぇ!? 流石に厳しいか?」
「流石に後衛には厳しいダメージだね」
 鋭い爪の一閃に、カナタと恭司が命数を削られる。
「ごめんなさい。もう少し頑張りたかったんだけど……」
 最後まで回復に専念していた太郎丸がここで倒れ伏す。
「ひとには持ち得ない学習方法……正直、ちょっと羨ましいかな」
 戦蘭丸に炎を放ちながら悠乃が呟き、笑みを浮かべる。余裕があるように見えて、余裕など全くない。それでも慌てることなく心を冷静に保つために、敢えてこういった振る舞いをしていた。まあ、惜しいと思うのは確かなのだが。
「あははははは。いくよー!」
 悠乃と方向性こそ違えど、笑いながら奈南が笑いながら戦う。体力の限界が近いのか、その笑いも陰りが見える。だけどその態度を崩すことはない。ここで笑うことを止めてしまえば、何かが崩れそうになるからだ。
「――これで!」
 走り、斬り、離れる。燐花のヒットアンドアウェイは少しずつ戦蘭丸を追い詰めていく。だが動きが大きくなればなるほど、燐花の疲労も大きくなる。体術中心で攻めていたからこそ戦蘭丸に与えるダメージは大きいが、その分燐花の消耗も激しい。
「あの人も、別の陣で頑張ってる、から!」
 息絶え絶えになりながらたまきが汗をぬぐう。妖の攻撃を受けて傷だらけになっており、連続の術行使で気力もつきそうになっている。それでも心の芯は折れていない。術符を振るい、大地から槍を突きあげる。
「気力切れの人はいないかい? 早めに言ってくれ」
 声をかけながら全体を支援する恭司。傷ついていない人などいない。それでもあきらめる人はいない。ならば全力でサポートするのだ。勿論自分だって諦めてるつもりはない。ここで倒して、平和な日常を撮るのだ。
「はは。そろそろガス欠かな……!」
 全力を出し切った、とカナタは笑う。まだ余力はあるが、そろそろ終わらないと本当に倒れそうだ。そんな状況でも、俯いているわけにはいかない。この妖を倒し、力による恐怖を断つのだ。
「コイツでどうだぁ!」
 そんな覚者の奮戦を薙ぎ払う妖の爪。暗殺の針で回復役を痺れさせ、戦場を一気に駆け抜けての一撃。
「読み切れ、なかった……!」
「まだまだナナンは倒れないよ!」
 悠乃と奈南が戦蘭丸の暴威を受けて命数を燃やす。
「ごめん、なさい……」
「ここまで……ですか」
「あとは任せた、ぜ」
 たまきと燐花とカナタが爪で切り裂かれて気を失う。
「終わりだな」
 爪を構えた戦蘭丸が告げる。西の陣で立っているのは悠乃と奈南、そして恭司。三人とも命数を燃やしており、虫の息だ。次に同じ攻撃が来れば、耐えきれないだろう。
「そうね」
 状況が不利であることを認める悠乃。
 その表情は変わらず余裕を含んでおり、
「その前に倒せばいいのよ」
 その言葉は変わらず前向きだった。
(大丈夫。動きはほとんど理解している)
 戦いを通じて、戦蘭丸の動きは理解していた。初撃を避けて全力を叩き込む。勝機はそこだ。だから見ろ。見ろ見ろ。攻撃の所作を逃すことなく見つけ、相手より先に踏み込むんだ。
 実際は一秒にも満たない時間。それを無限に引き延ばす集中力。その集中力をもって、悠乃は戦蘭丸のつま先の動きを察した。
(右腕で押さえ込んで噛みついてくる――)
 攻撃の軌跡が分かれば、あとは容易い。思うよりも早く悠乃の体が動く。
 戦蘭丸の右腕を悠乃自身の拳で打ち据える。止まることはないが、その動きを逸らせれば回転して竜の尾で相手の足を払う。バランスを崩した戦蘭丸の顎を、竜の炎を纏わせた拳で突きあげた。
「――て、め」
 まだ戦蘭丸は生きてる。だが悠乃は静かに瞳を閉じた。
 北の陣と南の陣。その覚者が神具を振るう姿が見えたからだ。
「が、はぁ!」
 それが戦蘭丸の絶命の言葉。最後まで戦いを求めた修羅の最後。そして――

 妖から島根が解放された、瞬間である。


「終わったわね」
 悠乃はそういって脱力し、座り込む。もうこれ以上動くことが出来そうにない。緊張から解放され、気が抜けてしまった。
 他の覚者も同様なのか、神具を杖にしながらゆっくりと座り込んだ。もう一歩も動けない、とばかりに横になり……笑い出す。
「勝った……勝ったぞ!」
 叫んだのは誰だったか。その叫びを発端に、覚者達は勝鬨の声をあげる。島根における戦いの終幕を告げる声が、龍頭ヶ滝に響いていた。

 後日談として――
 戦蘭丸が率いていた妖は、全て死亡していた。植え付けられた刀の部分から壊死するように崩れ落ちていったという。おそらく戦蘭丸の死と連動していたのだろう。多少の時間差こそあれ、一斉に塵となっていく妖達。それは島根のどこでも見て取れた。
 復興はその後スピーディに行われる。中があらかじめ用意しておいた復興案を政府に提出し、それを元に予算が組まれて人員が送られた形になる。何よりもヤマタノオロチが復活せず、土地自体に大きな被害が出なかったことが復興の早さに拍車をかけていた。
 それぞれの覚者達は復興を手伝った後にそれぞれの場所に帰る。FiVEも然りだ。やらなくてはならないことはたくさんある。
 復興していく島根のニュースを聞きながら、今日もFiVEの覚者達は日常を過ごしている。この日常こそが彼らが得た最大の報酬だった――


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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