≪Vt2018≫古妖のケーキ屋さん奮戦記 その二
≪Vt2018≫古妖のケーキ屋さん奮戦記 その二



「お願いだ。もうすぐ馬連蛇印(ばれんたいん)だ。キツネの氷翔さまの心にぶっ刺さる品をオラのためにどーか作ってけれ」
 柿男は唸った。
 馬が連なったような蛇の印とはなんぞ?
 いやそれ以前に突っ込みどころ満載だ。
 店の目の前に立っているのはタヌキだった。うん、どこからどう見てもタヌキ……。
「あ~、う~、見てのとおり、うちはケーキのお店なんだな。ぶっささるなんて、そんな物騒な物は作ってないんだな」
 店の外作りは昨年末、ファイヴの覚者たちが手伝って飾り付けたまま。季節がクリスマスで止まっている。立派な看板だけをみると、和菓子屋と勘違いされてもおかしくない。
「だから頼んでんだ。馬連蛇印ちょこ、作ってけろ」
 またしても柿男は唸った。
 馬連蛇印ちょことはなんぞや? 
 ちょこ……チョコ……チョコレートのことか?
 そうか。チョコレートで作った短刀が欲しいのか。いやいや、そんなことよりも……。
 タヌキが御代金とこちらへ差し出しているのは木の葉だった。
「あ~、う~、それは……ダメなんだな。受け取れないんだな」
 化けタヌキなら、せめて紙幣に変えて欲しいところである。
 ――と、ここで尻に小さくて固いものがたくさんぶつけられた。
「怠けている。また怠けている!」
「噺家さんがもうすぐ集金にくるのに怠けている!」
 振り返らなくてもわかる。パテシェの小豆娘たちだ。
 もっとも、振り返る余裕なんて柿男にはなかった。
 目を丸くして口をひし形に開いたまま固まるタヌキ娘の真後ろに、紺青の着物を着た噺家が立っていたのである。
「一円の得にもならねぇことやってねぇで、さっさと稼げ。返済は一日たりとも待たねぇぞ」


「そこを拝み倒して馬連蛇印まで待ってもらったんだな~。でも、自分たちだけで稼げる気がまったくしないんだな」
 小豆娘たちはチョコレートケーキなら「まあ」つくれる。ただ美しくない。まだチョコレートコーティングの腕が足りないのだ。柿男の素人目から見ても及第点はあげられないらしい。
 聞けばコーティング用のチョコレートは、コンビニで売られているものを溶かしただけで、カカオから作ることは思いもしていないようだ。
 しかし、たくさんチョコレート作って売ってお金を稼ぐ一方で、タヌキ娘の一途な思いにも応えてやりたいという。
「そんなわけで馬連蛇印も手伝ってほしいんだな」
「……それで。ここの電話番号とわたしの名前を誰から聞いたのかしら?」
「うん? 大髑髏さんからなんだな」
 眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は受話器をフックに叩きつけた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.バレンタインチョコレートの売り上げ50万円達成
2.タヌキ娘に特製バレンタインチョコレートを作ってあげる
3.タヌキ娘の告白をサポート、カップルを誕生させる
●時期と場所
2月1日から14日の夜まで。
関東地方のある街。
人口一万人ほどの街で、中心地に女子大学が建っています。
小豆娘たちのケーキ店は市街地の外れにあります。
店の裏は山、まわりは畑と田んぼだけ。
キツネの氷翔は、夜になると店からちょっと離れたところあるチョット寂れた縁結び神社に現れます。

●タヌキ
立秋という名前なんだそうです。
黒々とした毛並みのぽっちゃりタヌキ娘。くりりっとした目がチャームポイントです。
人語を解し、話します。しかし人に化けるのは下手。

●キツネ
氷翔という名の白狐。
月夜の晩に縁結び神社に現れる神さまの使いです。
キツネの姿で現れることは珍しく、17歳前後の狩衣を来た美少年姿で横笛を吹いています。

●「ケーキ屋 あずき」
12月に開店したばかりのお店。
小豆あらいの娘二人と柿男がきりもりしています。
昨年末、ファイヴの覚者たちの力添えでケーキ作りも店の運営もなんとか様にさってきました。指導の甲斐あって、ケーキのレパートリーも少しずつ増えているようです。
ただし、店の装飾はクリスマスのまんま……。

●持ち込みできるもの
自分の一カ月のお小遣いの範囲で買えるもの、または自宅にあるもの。
必ずプレイングで指定してください。

●特別ルール
神具庫で売られているバレンタインチョコを持っていると、お手本になってあずき娘たちの上達速度があがります。
そのぶん美味しいチョコレートをたくさん作って売れるので、売り上げ目標を達成しやすくなります。

●その他
タヌキ娘の告白をサポートするにあたり、何をするか。
キツネの氷翔に渡すチョコはどんなものにするか。
みなさんで考えてみてください。


それではご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
公開日
2018年02月13日

■メイン参加者 4人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)


「ごらぁー!!」
「わぁ!?」
 『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)のどアップに驚いて、柿男は上半身を仰け反らせた。そのままよたよたと下がって、テーブルの縁に腰を打ちつける。
「な……なんだなんだな、藪から棒に?」
「なんだじゃねぇよ、飾り、オレたちが帰った時のままじゃねーか!!」
 少し前、昼なのにクリスマスの電飾が瞬く店を見て、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)はがっくりと肩を落としていた。
 自分たちが帰ったあとすぐにとは言わないが、せめて翌朝にはクリスマスの装飾を片づけていて欲しかったというのが正直な気持ちである。
「そ、そのまんまじゃないんだな。お正月飾りを増やしたんだな」
 確かに。玄関に門松が置かれていた。そして、一悟が覗きこむ窓の棚には謎の『ミカンに乗った雪だるま』が飾られている。
 もしかして、雪だるまを鏡餅に見立てているのだろうか。
「は~、謎すぎるのよ。素直に雪だるまを引っ込めて鏡餅を飾ったほうがよかったのよ」
 『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)は淡々と評価を下し、白い手袋に息を吹きかけた。
「そうですね。ですが……どっちにしてももう片づけなきゃダメですね」
 『聖夜のパティシエール』菊坂 結鹿(CL2000432)の言葉に柿男が狼狽える。
「なんで、なんで? いっぱいあったほうが、に、賑やかでいいんだな~」
 それを聞いて、芦原 ちとせ(CL2001655)は指でこめかみを押さえた。
「これは思っていたよりも大変そうだね」
 大変なのはクリスマスと正月飾の後片づけではない。そのあとのバレンタイン装飾も苦ではない。今後の事を考えて、古妖たちの意識そのものを変えなくてはならないことが大変だと思ったのだ。
 ちとせの言葉を結鹿が苦笑いで受ける。
「いまは店の飾りにまで気が回っていないだけだと思いますよ。ですが、柿男さん。よく聞いてくださいね。趣味ではなく商売としてする以上、すべてに気を回せなくてはいけません。美味しいには味だけでなく、見た目や香りなど五感すべてでおいしさを演出しなくてはいけないんです。わかりましたか?」
 今度はちとせが笑う番だった。
「うふふ。いまの喋り方、ひま、そっくり~」
「あすかも御菓子先生みたいって思ったのよ!」
「えええ……そんなにお姉ちゃんと似ていました? と、ところで小豆ちゃんたちと、秋立さんは?」
 結鹿の言葉にかぶさるように、甘い香りのする窓の奥の方から小さな足音が聞こえてきた。
「おひさしぶり、よくきてくれました」
「おひさしぶり、おまちしておりました」
 柿男の足元で、声を揃えて頭を下げたのは双子の古妖。小豆洗いの娘の一子と二子だ。
「あら? ふたりともちょっと大きくなった?」
「なりました、ちょっとだけ」
「なりました、一寸だけ」
 ほんの少し背が伸びただけだが、格段にスイーツが作りやすくなったという。
「そりゃよかった。チョコって作るのが大変らしいからな。意外と体力がいるって聞いたことがあるぜ。で、タヌキはぁぁぁぁぁ?!」
 飛鳥は背中から地面に倒れる一悟をさっと避けた。膝うらを蹴って倒したのだ。
「だから一悟はモテないのよ」
 冷たい道の上で大の字になった一悟をその場に残し、女たちはさっさと店の中に入って行った。


 秋立は居間にいた。
 ヘルプにやって来た覚者たちに座布団を勧め、みんなが座るのを待ってから、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。オラ、秋立いうだ。よろしくお願いします」
 一悟を庇うわけではないが、まんま狸である。喋る狸……。
 座卓を囲んでしばし、何とも言えぬ沈黙が続く。
 寒風が何度か窓ガラスを叩いたあと、柿男と小豆娘たちが湯のみを乗せた盆を持って居間へ入ってきた。
 盆には湯のみの他に、急須と茶筒も乗せられていた。柿男が部屋の隅に置かれた電気ポットを座卓の近くまで持って来て、茶葉を入れた急須に湯を注ぐ。
 前回、ほんとうに何もなかったこの家にも、今回はちゃんと食べ物や生活用品が用意されているようだ。
 とはいえ、基本、古妖たちは何も食べなくても存在し続けることができる。あとで戸棚や冷蔵庫をあけてみれば、あれがない、これがない、ということになるだろう。揃っているのはお菓子作りに必要なものだけ、と思っていたほうがいい。
 そういえば、部屋には暖房も入っている。
 北欧製の白いオイルヒーターが和室の隅に置かれてあった。
「ん、あれはあいずおんりーさんから貰ったんだな」
 運んできたのは噺家だという。
 車で、と聞くと、空飛ぶ敷物で、と返って来た。
「でも、よく来てくれたんだな~。夢見の眩ちゃんに電話を切られたもんだから、あきらめていたんだな~」
「まあ、な。今回は売れ残りが妖化することもないようだし。眩にすれば、わざわざ自分に電話されていい迷惑なんだろうさ」
 なんでと首をかしげる柿男と小豆娘たち。部外者である秋立はきょとんとしている。
 一悟は説明するのが面倒だと思ったのか、黙って立ちあがるとコートを手に取った。
「オレ、庭みてくる。じいちゃんが前に運んだ木がどれぐらい残っているか、まず調べないとな」
 陽が空にあるうちに、庭に作る暖炉窯の位置も決めたいし、と続けた。
「暖炉! いいわね」、とちとせが目を輝かせる。
「だろ? 木がたくさん残っていたら、ウッドデッキも作りたいんだ」
 かなり本格的な庭の改装を考えているようだ。
 一悟はコートを着ると、さっさと部屋を出て行った。
 まったりと茶をすすり、人心地ついたところで結鹿が話を切り直す。
「さて、前回のクリスマスに比べて時間はあります。まずはレシピよりそうした基本的なケーキ作りのいろはをみっちりと、わたしのもつすべてを教え込むつもりでいきます。ついてきてくださいね」
 は~い、と元気よく双子が手をあげる。
「果物のカットやデコレーション、テンパリング、デザインの考え方など、及第点が取れたらレシピを見せて実際にケーキやチョコレートを作っていきましょう。あ、いっておきますが、立秋さんもしっかり覚えてもらいますよ。せっかくですからおいしいチョコを想い人に贈らなくてはね」
 突然話を振られて驚いのか、秋立が、ぴゃ、と素っ頓狂な声をあげた。
「どうしたのよ?」
 飛鳥は羊毛フェルトを千切る手を止めた。
 チラシ作りのかたわら、バレンタインの飾りをこれで作るつもりなのだ。
「何か問題でもあるの?」
 柿男に顔を向けたまま固まる秋立に再度問いかける。
「あ~、う~、実は……」
 柿男の話によると、秋立は噺家にキッチンへの立ち入りを禁じられたらしい。衛生上の問題、と言ったとか。
「毛が食べ物に入るといけないからって言ったんだな。それに、……がキッチンにいるのが人間にばれたら、一発で客が寄りつかなくなるぞ、とも言ったんだな」
 もっともな話である。
「うーん、毛は三角巾と割烹着でなんとかなりそうな気がするけど」
 ちとせはそこで言葉を切って、親友の妹に顔を向けた。
「そうですね。しかし……残念ながらいくら衛生面に気を使っても、悪く言う人はいるでしょう」
 暗く沈みかけた雰囲気を、飛鳥の明るい声が吹き飛ばした。
「だったら、秋立ちゃんが人に化ければいいのよ。これで無問題なのよ」
「オラ、人に化けられないだ。毎日はっぱを頭に乗せて一生懸命、練習しているけんど……」
 ぱん、と手のひらを叩く音が響いた。
 勢いよくちとせが立ちあがる。
「よし。じゃあ特訓だね。為せば成るだよ、秋立ちゃん。昼はわたしと一緒にお店の飾り付けをしながら、夜は変身の訓練をしよう」
 元ジュニアアイドルに任せなさい、と胸を張った。
 要は思い込みなのだ。妖力の使い方を変えればなんとかなる……はず。何も体を作り変える必要はない、人の幻影を纏うだけでもいいのだから。
 結鹿は壁にカレンダーを見つけると、飛鳥からペンを借りた。14日を丸く囲む。
「チョコの売り上げも秋立さんの恋の行方も、みんなで力を合わせてがんばりましょうね」


 昼は店づくり、夜は神社に参拝を続ける日々が始まった。
 飛鳥が作ったチラシやポスターを持って、一悟がランニングがてら配る。
 結鹿は販売を柿男に任せ、キッチンで小豆娘たちに菓子つくりの基本を教えた。
 その間、ちとせと秋立がせっせと店の飾り付けを行う。店内外の清掃も二人の仕事になった。

 数日後。

「ただいまー。今日は女子大を回ってきた。14日の夜に特別イベントやるから、よかったら来てくれって言ったら結構いい反応があったぜ」
「おかえりなのよ。いい反応があったのはいいけれど、庭は間に合うの?」
 羊毛フェルトをさす針を止めて、飛鳥がいう。ちょうど、赤茶色のフェルトで一悟の髪を作っているところだった。
「オレ一人じゃしんどいな。今日から夜は柿男にも手伝ってもらうつもりだ。おー、これ、結鹿か? で、そのとなりはちとせさん。似てるじゃん」
 えっへん、と胸をはった飛鳥の前には、小豆娘と柿男、結鹿とちとせが並べられている。一悟を作り終えたら、最後に自分と秋立の人形も作ってウェルカムボードと一緒に庭の入口に飾るらしい。
「じゃ、頑張って前日までに仕上げないとな。リハーサルもしておきたいし」
 一悟は胡坐をかいた。
 庭仕事の前に一服、と試作品のチョコが入った皿に手を伸ばす。その時、座卓の上に自分たちの人形の他、フェルトで作られた小さなお釜があることに気づいた。
 演出用の小物だろうか。しかし、飛鳥のやつ妙なセンスしてるなぁ、と思いつつスルーする。
「ちょっと聞こえたけど、リハーサルって?」
 レジを手伝っていたちとせがエプロンを外しながら居間に入ってきた。
 近くの小学生が、店から漂う甘い匂いと新しい看板娘――秋立に惹かれて集団でやって来るようになっていた。
 結鹿と小豆娘たちはスイーツ作りに忙しく、柿男は小学生たちにからかわれて振り回されるばかり。秋立をもふりたいほうだいしたあとに、手もあらわず子供たちがチョコやクッキーの袋に手を伸ばすので、この時間帯たけはちとせが店を仕切っている。
「告白大作戦のリハーサルだよ。照明の角度とかチェックしておきたいじゃん? で、もふりたいほうだい……秋立、ストレス溜まってるんじゃね?」
「結構、本人も楽しんで子供たちと遊んでいるみたいだよ。どっちかというと、店を閉めてからの特訓の方がしんどそうかな」
「そっか。人に化けるのは難しそう?」
 それがね、とちとせは顔を輝かせた。
「秋立ちゃん、ちょっと化けてみせてあげて。あ、運んであげないと無理かな。待ってて」
「運ぶ? 運ぶって、何を」
 見ればわかるのよ、と飛鳥は一悟人形に針を刺した。チクチクチクチク……。
 一悟の顔が、甘いチョコを食べているのに渋くなる。
 しばらくして、ちとせがニコニコしながら鉄の釜を抱えて戻ってきた。
「もしかして、それ……」
 釜は座卓の上に置かれたとたん、カタカタと揺れ出した。――と尻尾と手足が出て、最後に開いた蓋からタヌキの頭がでた。
「分福茶釜になってどーすんだよ!?」
「とりあえず、化けられるようにはなったのよ。美少女化の第一段階なのよ」
 飛鳥がとりあげたフェルトのお釜をよくよく見れば、後ろにタヌキの尻尾がつけられていた。
 バレンタインまであと7日。
  
 一方、その頃キッチンでは。
「どうせなら一から作りましょう」
 結鹿による本格的なチョコづくりの講習が始まっていた。
 仕入れたカカオ豆を水の張ったボウルに入れる。
「「まかせてください、洗うのは得意です」」
 小豆娘たちが袖をまくってボウルに手を入れる。ショキショキと小気味の良い音を立てながら、カカオ豆をあっという間に洗いあげた。
「さすがですね。とってもきれいに洗えています」
 先生から褒められて、小豆娘たちはえへへと照れ笑った。
「では次に洗ったカカオを弱火で炒めます。ちょっと時間がかかるけど、やってみましょう」
 小豆娘たちがカカオを煎っている間に、結鹿は店頭に並べるチョコのラッピングを行った。
 先ほど、小学生たちが帰って行ったので、網籠に入れたチョコとクッキーの袋がなくなっているはずだ。もう少しすると、今度は仕事帰りの女性たちが一日の疲れを癒してくれるご褒美を求めてやって来る。早めに商品の補充をしておかなくては。
 手伝いに来てから今日までの売り上げは、右肩上がりで伸びている。チョコレートに限ってみるとまだ目標の半分も稼げていない。しかし、いまからがバレンタインチョコのセールス本番なのだし、大丈夫だろう。
「ケーキがもうないんだな~」
 柿男が店側からキッチンへ顔をのぞかせた。
「それなら、チョコレートケーキを作りましょう。売れ残ったら、夕食後のデザートにしますか」
 嬉しそうな顔で柿男がコクコクと頷く。柿男は最近、ちょっとほっぺたがぷっくらしてきた。
美味しい、美味しいと賞味期限が切れたケーキを片っ端から食べてくれるのはいいのだが、古妖とはいえ体の事を考えて、少し制限した方がいいのかもしれない。
「……と、いうことです。ふたりとも、ちょっと急ぎましょうか。教えながら私も手伝います」
 煎ったカカオの皮を剥き、すり鉢でつぶす。ペースト状になるまでやるのだが、これがなかなかの重労働だ。毎回やっていられないので、バレンタインイベントの売り上げで機械の購入を勧めようと結鹿は思った。
「「つかれました」」
「もうひと頑張り。ここへ砂糖を入れて、湯煎しながら混ぜる。お湯が入らないように気をつけてね」
 練り込めば練り込むほどいいのだが、さすがに腕も肩もパンパンになってきて、とろりとペースト状になったところで手を止めた。秋立が人の姿をとれるようなったら、少なくとももう一度、同じことをやらなくてはならない。
 肩を叩くと、結鹿は作り置きのスポンジを回転板の上に乗せた。
「さて、いよいよチョコを塗りますよ」


 夜、みんなで順番を決めて縁結び神社に参拝し続けていたが、まだ一度も氷翔と出会えていない。このところ夜になると空に雲がでていたし、雪が降る晩もあった。神さまのお使いというキツネの古妖はどこにいるのやら。
 ちなみに一悟は柿男と、結鹿は一子とペアを組んだ。
 飛鳥は様子見に現れた噺家を誘ったのだが、あっさり振られて二子と神社に行っている。ただその代わり、十四日の夜に顔を出す、と噺家に強引に約束させていた。

 で、今夜は――。

「今日と明日、どっちかで会えなかったら神社で待ち伏せだね」
「うん。だども……せっかくみんなが頑張ってくれたんだ。オラ、氷翔さまにどうしてもあの素敵な庭に来てほしい」
 ちとせと肩を並べて、黒目がちな目がくりくりとした少女が歩いていた。黒髪に縁取られた頬はややしもぶくれだが、それがまた愛嬌となって、守ってあげたくなるような雰囲気を作りだしている。
 ちとせは月明かり作る天使の輪に手を置いた。
「でも、よく頑張ったね。まだ、尻尾が見えているけど……あと二日もあれば完璧になるよ。だから、ぜったいお店に来てもらおう。一緒にお花の飾りつけもがんばったし、一悟くんが作った暖炉の前で花に囲まれて、氷翔さまに手作りチョコを渡そうね」
 神社の森から吹く風が、ふたりの耳に笛の音を運んできた。
「あ、この笛の音は!!」
 ぽん、と白い煙をたてて秋立が元の姿に戻る。
「あ、こら。ここで恥ずかしがってちゃダメじゃない。ほら、化けなおして」
 いくらなだめすかしても秋立はタヌキのまま。気がつくと笛の音がやんでいた。
「人……源素に目覚めし人と古妖よ、この寂れた神社に何用か?」
 声にちとせが顔をあげると、木の枝に狩衣姿の青年が腰掛けていた。
「あなたが氷翔さま?」
 ちとせは足に秋立を縋りつかせたまま、懸命に店の宣伝を始めた。縁結びのイベントに、是非、縁結びの神様のお使いに来ていただきたい云々。
「この近くで古妖たちが甘味処を始めたのは知っている。ふむ、人が『縁結びの日』を祝う……ここに籠っていても廃れるばかり。是非、行こう」

 そこからが大わらわ。
 一悟は暖炉窯の仕上げに専念、飛鳥はコースターと机の飾り、告白タイムのBGM選定を急ぐ。結鹿たちはチョコケーキ作りだ。
 結鹿は茶器の準備からお湯の適温や注ぎ方などを柿男にレクチャーする一方で、ちとせと秋立の手作りチョコ作りも手伝った。
 そして迎えたバレンタインの夜。

「しかし、お前さん。タキシードが似合わねぇな」
 銀のトレーを手にキッチンから出てきた柿男の成りを見て、噺家は眉を下げた。その噺家の後ろ、庭では女性客たちがチョコレートケーキを時々口に運びながら、うっとりと流れる曲に耳を傾けている。
 暖炉の前で、飛翔が横笛を吹いていた。
「噺家さんも庭に行くといいのよ」
「いや、わたしはここで。お嬢ちゃんがくれたチョコレートを頂くよ」、と一月分と二月分の回収金を懐に入れた。
 笛の音がやむと同時に、ぱっとライトがつけられた。
 華艶やかな友禅を着た秋立が、ちとせに付き添われて庭に出る。
 飛鳥が選曲したBGMが流れる中で、結鹿と小豆娘たちがラッピングされたチョコレートを秋立に手渡した。
 客も氷翔も、何事か、ときょとんとしている。
「頑張って!」
 チョコを握りしめて震える秋立の背を、ちとせがやさしく押しだした。


 祝の言葉と拍手と、花びらと。
 満月の下で笑顔が弾けた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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