疫病神を封印せよ! ただし料理で
疫病神を封印せよ! ただし料理で



「ごめん。もう無理だよ、俺」
 恋人の男が切り出した突然の別れ話に、女は面食らった。
 普段は暖かいマンションのリビングが、今日はやけに寒々しい。
「何それ……別れようってこと? どうして?」
 数秒の沈黙の後、女は自分の思いを口にした。
 今まで、そんな素振りなんて微塵もなかったのに。
 ようやく彼の就活も一息ついて、腕をかけてごちそうを作ろうと思ってたのに。
「だってお前……」
 男は後ろめたい顔で躊躇っていたが、やがて意を決したように言った。
「メシが不味すぎるんだよ!!」
「えっ!?」
 予想だにしない返事に、女は思わず面食らう。
 こみ上げるモノを抑える男の声には、涙が混じっていた。
「普通の料理が食べたいんだ。芯のない白米が、きつね色のトーストが食べたい……鰻とクロレラのシチューも、〆サバ餃子のチョコソースがけも、もう嫌だ……」
「だって今まで、美味しい美味しいって全部食べてくれたじゃない! 今日だって疲れてると思ったから、ザリガニとはんぺんのマーマイト和えにしようって……」
「もう沢山だよ! お前の勝手な愛情押し付けてんじゃねぇ!」
「そんな……モブくん、待って!」
 乱暴な足取りで部屋を出て行く男の背中を、女は茫然と見つめていた。
(思えば、あの時から全てがおかしくなった)
 女の脳裏に蘇るのは、数ヶ月前に五麟学園の大学部で受けた発掘のアルバイト。
 発掘した壺――下手な字で「餓鬼」と彫り込まれた素焼きの壺――を誤って割ってしまった、あの時からだ。
 その日から女には、斬新な料理のインスピレーションが泉のように沸いてきた。
 バイトを通じて知り合った男性と交際し、もうすぐ結婚というところまで行った。
 第一志望の内定も貰って、明るい未来が待っているはずだったのに――
「わああああ」
『ンッン~? 男と女って、ホントに複雑だわねェ……』
 フローリングを涙で濡らす女の背中で、古妖はひとり、感慨深げに呟くのだった。


 ところ変わって、FiVEの某研究所。
 封印を施された素焼きの壺に、久方 相馬(nCL2000004)が深刻な面持ちで話しかけた。
「……という夢を見たんだが、心当たりはないか?」
「なるほど。恐らく、餓鬼大臣であるな」
「大臣」
 夢に出た古妖と雰囲気の似た声が、壺の中から返ってきた。
「人間で言うところの、疫病神の一種である。それがしとは料理への方向性が合わぬ故、大喧嘩の末に別れてはや数世紀……そうか、奴も封印されていたとは」
 声の主は古妖で、名前を餓鬼大将という。
 彼は美味しい料理に目のない貧乏神の仲間で、かつてFiVEの覚者に捕獲されて以来、こうして壺の中に封印されているのだ。
「仕方ない、討伐の依頼を出すか」
「それはお勧め出来ないのである」
 餓鬼大将の壺が、ゴトゴトと抗議の音を立てて踊った。
「どうして?」
「奴の体には不運が詰まっているのである。下手に討つと周囲が呪いで汚染されるのである」
「だったら新しい壺に封印するしかないな。いい方法はないか?」
「それなら簡単である。奴は人間が言うところの『メシマズ料理』に目がないのである」
「メシマズねえ……」
「かと言って、わざと手を抜いたり、腐った物や毒物を入れたりすると、不機嫌になって疫病オーラをまき散らすのである」
「食品衛生的に問題のある料理はアウトってことか」
「うむ。愛情を込めて、なおかつ不味い料理。これが大臣の大好物であるな」
「恩に着るぜ、餓鬼大将。いつか外に出られたら、一緒に腹一杯ラーメン食おうぜ」
 相馬は餓鬼大将に礼を言って、いつもの教室へと足を向けた。

 そして数日後。
 学生食堂でふさぎ込む女の元に、FIVEの覚者たちがやって来た――


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:坂本ピエロギ
■成功条件
1.疫病神を封印する
2.なし
3.なし
ピエロギです。
今回は少々趣向を変えた料理シナリオをお送りします。

●ロケーション
時刻は13時頃。
五麟学園傍の学生向け食堂で、OPに登場した女性がひとり落ち込んでいます。
参加者は依頼を受けて店に来ていて(※)、封印用の壺は店の外に置いてあります。
店にはFiVEから連絡が行っており、厨房と食材は自由に使えます。


依頼受諾の理由については、キャラごとにある程度の幅を持たせて構いません。
例えば、自分の料理を美味しいと信じて疑わないメシマズという設定のキャラならば、
「腹を空かせた古妖に、君の料理をご馳走してほしい」と相馬に頼まれて参加した。
或いは、殺人料理(自覚あり)を他人に振舞うのが大好きという設定のキャラならば、
「その素晴らしい腕前を存分に振るってくれ」と頼まれて参加した……といった具合です。

●古妖
餓鬼大臣 × 1
疫病神に属する古妖です。
宿主となった人間に1の幸運と100の不幸をもたらす非常に厄介な古妖ですが、
本人は自分を幸運の神だと思っており、その事に気づいていません。

彼にメシマズ料理を振舞い、満腹にさせて封印するのがこの依頼の目的です。
満腹状態で食休みを持ち掛けると、自分から進んで壺の中に入るでしょう。
ただしOPの説明にもある通り、食品衛生的に問題のある料理は食べません。

●NPC
・御神籤 凶子(おみくじ きょうこ)
OPに登場した女性。
五麟大学に通う21歳の学生です。
疫病神に取り付かれた影響により、料理の腕が壊滅的なものへと変質しています。
非覚者のため、疫病神の姿は見えません。

・只野 茂武夫(ただの もぶお)
凶子の恋人。
五麟大学に通う23歳の学生です。
凶子同様の非覚者で、バイトで知り合った凶子を心から愛していますが、
彼女の作る料理のメシマズぶりにノイローゼになりかけています。
プレイングにて指定がない限り、シナリオには登場しません。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
公開日
2017年06月26日

■メイン参加者 4人■

『獅子心王女<ライオンハート>』
獅子神・伊織(CL2001603)
『悪食娘「グラトニー」』
獅子神・玲(CL2001261)

●序~疫病神、餓鬼大臣出現す~
 五麟学園にほど近い、とある学生食堂で。
 かき入れ時を過ぎて閑散とした食堂内のテーブルで、凶子はひとり落ち込んでいた。
 愛する恋人から半ば強引に別れを告げられ、不幸のどん底に落ちている彼女にとって、世界の全ては暗闇なのだ。このままここで死んでしまえれば、どんなに楽だろう――溜息をつくのも億劫な表情で凶子が肩を落とした、その時だ。
 チリン。入口のドアのベルが鳴り、金髪の少女が入店してきた。自身に満ち溢れた顔つきで、耳と尻尾が生えているところを見ると、どうやら獣憑の覚者らしい。
「御神籤さんですわね?」
 その少女――『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神・伊織(CL2001603)のよく響く声に、凶子は思わず顔を上げる。
「あの……どなたですか?」
「私はFiVEの獅子神ですわ! この度は貴女の料理の腕が壊滅的になった原因を排除しに来ましたわ。ですから、少しだけ私達に付き合ってくださる?」
「壊滅的になった……原因? どういう――」
 凶子が口を開きかけたその時、再びドアのベルが鳴った。ふらりとした足取りで入ってきたのは、パーカーで顔を隠した中学生くらいの子供だ。華奢な体格から少年と間違いそうだが、体のラインをよく見れば、少女だと分かる。
「ふふふ……今日は料理の依頼なんだってさ……」
 少女はどこか虚ろな声で店内に入ると、凶子に挨拶をした。
「御神籤さん? 僕の名前は『悪食娘「グラトニー」』獅子神・玲(CL2001261)、FiVEの覚者だよ」
「よ、よろしくお願いします」
「僕は食べる専門だけどさ、料理だって出来るんだよ? そこにいる覚者さんの料理も――」
 玲は言いかけて、伊織に向けた目を見開いた。
「イ……イオ姉ェ? 死んだと思ってたのに……生きてたんだ!」
「アキちゃん? ほ、本当にアキちゃんなの!?」
「イオ姉……イオ姉ェ……」
 死んだと思っていた親戚と再会し、しばし無言で抱き合う玲と伊織。互いに固い抱擁を交わし、背中をギュッと抱きしめると、ふたりは凶子に向き直った。
「いけませんわね。アキちゃん、まずは依頼を果たしますわよ!」
「わかったよ、イオ姉。僕とイオ姉がいれば、何だって――」
 その時、ベルがみたび鳴った。入ってきたのは2人の女性で、いずれもFiVEの覚者のようだ。
 一人目は、褐色肌に白髪の女性。二人目は、黒い長髪に目が隠れた少女だった。
「おや、先客がいたみたいだね。私は村雨・あやめ(CL2001618)。よろしく」
 白髪の女性――あやめが、柔らかい物腰で凶子に一礼した。歳は20過ぎくらい、礼儀正しい振舞の中にどこか危険な雰囲気を感じるのは、果たして気のせいだろうか。
「あ……あの……私、白詰・小百合(CL2001552)です……よろしくお願いします……」
 少し遅れて、黒髪の少女――小百合がおどおどと挨拶をした。他人とのコミュニケーションに慣れていない、そんな雰囲気だ。見た目の年齢からして、恐らくどこかの女子高生だろう。
「さてと。もう良いでしょう、餓鬼大臣さん? 私達、あなたに御馳走をしに来ましたわ」
「あ~ら。ご馳走ですってェ? 感激じゃないの……」
 伊織の言葉に反応して、凶子の背中でのっそりと蠢く影があった。青白い肌、骨の浮き出た体、陰気な目とおかしな口調――相馬の話した餓鬼大臣に間違いない。
「大臣さん。私達が貴方を満足させられたら、この方から離れてくださる?」
「気が進まないわねェ。私をこの子から引き離して、どうする気なの?」
「決まってる。僕達が、君の好物をもっと用意した場所に連れて行ってあげるよ」
「あら、本当にィ?」
「はい……まずは前菜ということで……私達の料理を……」
「ンッン~。そういう事なら、話は別だわァ。ご相伴に預かろうかしら?」
 大臣はきらきらと目を輝かせると、凶子のソファの隣に腰かけた。
 事態を呑み込めずにいる凶子に、伊織がそっと耳打ちする。
(凶子さん。1時間だけ、お時間をいただけませんこと? そうすれば――)
(そ……そうすれば?)
(あなたは疫病神とお別れして、最高に幸せな気分でこのお店を出られる。私達が約束しますわ)
 目の前の覚者達は、自分を助けに来ている。伊織を、彼女達を信じてみよう――
 ワーズ・ワースを発動する伊織の言葉が、凶子の心に強い確信を与える。
 凶子がテーブルから目を上げると、玲と小百合とあやめも力強く頷いてくれた。
(分かりました。お願いします)
(決まりですわね。任せてもらいますわ)
 伊織がウィンクして微笑んだ。
 4人の覚者と疫病神、そして失意に沈む女子大生――世にも奇妙な食事会の幕開けだ。

●破~愛情は最高の調味料?~
 相馬から聞いた通り、スタッフは4人の覚者に快く厨房を貸してくれた。
「さあ、作りますわよ。腕がなりますわ!」
「えっと……何を……作るんですか……?」
 腕まくりをする伊織に向かって、小百合が興味津々といった面持ちで尋ねる。
 伊織は、よくぞ聞いてくれましたと胸をはって答えた。
「私の大好物を使った料理。『メロンのカレー』ですわ!」
「メロンの……カレー……」
 予想もしない組み合わせに、小百合は言葉を失う。
 伊織によれば関東某県のご当地カレーで、メロンの甘さとスパイスで味が締まった、なかなか得難い味わいとのことだ。小百合と会話をしながらも、伊織はメロンをひと玉カットしている。どうやら丸ごとカレーにぶち込むつもりらしい。
「見たところ、あの大臣さん、随分顔色が悪いようですわ。ここはひとつ、滋養強壮にいいのを作るべきですわ!」
 そう言って伊織が取り出したのは、すっぽんとマムシである。
 エキスや錠剤などではない。生きたすっぽんとマムシである。
「えい♪」
 ドスンと一太刀で頭を切り落とし、溢れ出る血をボウルに丁寧に注いでいく。むせるような金臭い匂いが、厨房に充満した。
「血の一滴も粗末には出来ませんものね。火を通して凝固したものを、トッピングで添えますわ」
 サッサッと肉を捌くと、伊織が次に取り出したのは玉ねぎだ。
「玉ねぎの含硫アミノ酸は、体にとってもいいんですの。食べれば血液がサラサラになりますわ」
「聞いたことがあるよ。玉ねぎの、涙が出る成分が体にいいって」
 伊織の料理解説に、ひょいと玲が加わった。すでに体は覚醒し、女性のそれへと変わっている。
「その通りですわ。顔色の優れない大臣さんには、効果てきめんに違いありませんわ」
「でも、その成分って、過熱しすぎると壊れちゃうんだよね」
「さすがアキちゃん、詳しいですわね。その通りですわ。だから、こうしますわ」
 伊織はカレーの火を止めると、生の玉ねぎをドバドバと放り込んだ。玉ねぎへの過熱を行わず、余熱でサッと火を通すつもりらしい。メロンと火を通したマムシ、スッポン、凝固した血を、緑色のルーで和えて完成。心のこもった特製カレーを片手に、伊織がピースサインを決めた。
「私もアイドルですもの。料理のひとつくらい、お茶の子さいさいですわ!」
「イオ姉、見て。僕もできたよ」
「素晴らしいですわ、アキちゃん! ところで、これは何の料理ですの?」
 黒い煙が立ち昇るドーム状の何かを指さして、伊織は不思議そうに首を傾げた。
「これはね、チャーハン」
「どうやって作ったんですの?」
「まず、お米3合に水1リットルを火にかけて」
 ちなみに水の量は、レシピの倍以上。こっちの方がふっくら炊き上がりそうだから、という理由で玲が増やしたのだ。
「その後、ちょっとふやけちゃったご飯を強火で炒めて、それからハバネロソースと胡椒と豆板醤と砂糖と……とにかく沢山入れた」
「アキちゃん。本当に大丈夫ですの?」
 眉根を寄せて、伊織が頭を振った。
「古妖とはいえ、他人に召し上がっていただく料理ですわよ。ちゃんと食べられますの?」
「もちろん。……ぱくり……ほら、ちゃんと痛い」
「痛い」
「イオ姉。痛さっていうのは、辛さの一種なんだ。世の中に辛い料理は沢山ある。僕が作ったのは、それを極限まで突き詰めた、立派な料理だよ?」
 試食皿を片付けながら、玲は頬を膨らませる。
「それもそうですわね! 怒ってごめんなさい、さすがアキちゃんですわ!」
「イオ姉……」
 従姉の抱擁を、黙って受け入れる玲。そんな二人の姿を、小百合はそっと見守っていた。
「おふたりは仲がいい……のですね……」
 小百合にとって、この依頼は初めて参加する仕事だった。外の世界に疎い彼女にとっては、依頼で目に映るすべてが新鮮に見えているのだ。
(あのおふたり……本当に……羨ましいです……)
 ぽっ、と頬を染める小百合の脳裏に、凶子の顔が映った。彼女にも愛する恋人がいるのだということを、小百合は今更ながらに思い出す。
(凶子さんも……失恋なんて……可哀想です……)
 この依頼は、小百合にとっての初依頼だった。覚者として新人の自分がどこまで出来るかは、小百合自身にも分からない。今出来ることを精一杯をやるだけだ。
(私は……料理初心者……凝ったものは作れません……)
 改めて、小百合はキッチンに向き直る。業務用のコンロには水を張った大鍋が煮え立ち、台の上には、冷蔵庫から見繕ってきた肉や魚が無造作に並んでいる。これを使って、大臣を唸らせる料理を作らねばならない。
(ここはひとつ……私が唯一……知っている……料理を……作りましょう……)
 姉のように慕う従者の言葉を思い出しながら、小百合はそっと鍋の蓋を外す。包丁を手に、野菜、果物、肉、魚……あらゆる食材をぶつ切りに、骨も内臓も目玉も、あらん限りを放り込んだ。
 彼女が作るのは――闇鍋だ。
(料理の出来は……味の良し悪しだけでは決まらない……時として……味より大事なのが……演出……だから私は……愛情と演出で……勝負します……)
 ふと小百合の耳に、従者の言葉が蘇る。
 お嬢が上目遣いで「食べて」と言えば、どんな相手もイチコロさ――
 自分の闇鍋をつつく餓鬼大臣の姿を思い描きながら、小百合は上目遣いの練習を始めた。
「『食べて』。ううん……こう、でしょうか? それとも……こう……『食べなさい』……」
 必死に相手を落とす練習をしていて、小百合はハッ、と我に返る。
「いけない……愛情も込めなくちゃ……甘くて塩辛い、私の愛情……」
 砂糖と塩の袋を開け、どさどさどさどさと放り込む。ダマはそのままにしよう、きっと良いアクセントになるに違いない。
「美味しくなーれ……ふふふっ……美味しくなーれ……」
 にこにこと笑みを湛えながら、鍋の恐ろしげな料理をかき混ぜる小百合。
 一方、あやめはと言うと……
「細かい作業は苦手だし、シンプルに肉じゃがで行くかな。やあ、滾ってきたよ!」
 包丁を握り、並べた野菜をゴツンゴツンと角切りにしていく。
 じゃがいも、にんじん……むろん、皮など剥かない。軽く洗っただけだ。
「こいつに、しらたきと豚コマを入れて、ぐつぐつ煮る……と」
 醤油と酒、みりんに塩。鍋から立ち上る湯気が、あやめの鼻孔をそっと撫でた。一体どんな味に仕上がるのだろう。あやめはまだ味わわぬ料理に想像を躍らせた。
「お袋の味、ってやつだな。これであの古妖も……ん?」
 ふとあやめは眉をしかめた。匂いに何か、猛烈な異物感があるのだ。試しに恐る恐る味見してみると、随分と――いや、猛烈に塩辛い。
「まずい、ちょっとポかしちまった。塩と砂糖を間違えるなんて……」
 砂糖を足すか……と調味料の棚に目をやれば、すでに小百合が闇鍋に使い切っているようだ。
「……うん。ま、大丈夫だろ。完成だ!」
 テヘペロ顔であやめが肉じゃがを器によそっていると、他の面々も配膳の支度を始めていた。どうやら、丁度よいタイミングで完成したようだ。
「それでは、古妖さんに私達の料理を召し上がっていただくといたしましょうか!」
「私のお袋の味も、たっぷり味わってもらおうかな」
 カレーと肉じゃがを皿いっぱいによそり、伊織とあやめは厨房を出て行った。
「さて、そしたら僕も……おや?」
 チャーハンの載った皿を抱え、玲が厨房を出ようとすると、小百合が手元で何かを弄っているのが見えた。先ほど伊織と何か話をしていたから、それと関係があるのかもしれない。
「どうしたの?」
「あっ、お……お構いなく……私もすぐ……行きますので……」
 半ば強引に玲を厨房から押し出すと、小百合はスマホをプッシュした。電話先は、五麟学園だ。
「もしもし……大学部、学生課……ですか……?」

●急~最後の仕事~
 緑色のルーに、蛇の頭とスッポンの手足が生えたカレー。
 禍々しい黒煙が立ち昇る、黒いドーム状のチャーハン。
 寸胴鍋にぷかぷかと浮く具の隙間から、魚の目玉がこちらを見つめる闇鍋。
 そして、塩加減が完全にキている肉じゃが。
(作っておいて何だけど……凄まじいラインナップだ)
 テーブルに並ぶ料理は、すべて4人が万糧厨子を発動して作ったものだ。故に、この料理を食べて毒にあたる、という事態は起こりえない。玲も理屈では分かっていたが、それでも。
 ランク1程度の妖ならば、ゆうに10匹は殺せそうだと玲は思った。
(さすがの古妖でも、ちょっとハードルが高いかもしれないね)
 いざとなったら僕が片付けよう……そう決意して、玲は餓鬼大臣に視線を向けた。
「完成だよ。どうぞ、召し上がれ」
「ありがとうねェ、あなた達。それじゃ、いただきます」
 大臣が最初に口をつけたのは、伊織が作ったメロンのカレーだった。
「美味しいわこの料理、最高よ。色といい食感といい、申し分ないわ」
 あっという間に緑のカレーを空にすると、次に大臣は玲のチャーハンに箸を伸ばす。
「これも素敵。お米と香辛料のハーモニーが最高だわ。こういう料理が食べたかったの」
 カレーを平らげ、チャーハンを平らげ……大臣は食事のペースを全く落とさず、あやめの肉じゃがもぺろりと腹に収めてしまった。
「私の……お鍋も……どうぞ……食べて……」
「うん、いい匂いだわねェ。食材のチョイスも完璧だわ……あら? どうしたの?」
 ジッと大臣を上目で見ながら、小百合はニッコリ微笑んで見せる。どこか目が笑っていないのは、愛嬌と言うものだろう。
「演出も……味のうち、ですから……」
「まあ、ありがとう。それじゃ……」
 大臣は小百合の鍋を掴むと、ザザザザッ、と中身を胃袋へと流し込んだ。 
「あー、美味しかったわァ。ご馳走様でした」
 両手を合わせ、ソファにもたれかかると、大臣はすやすやと寝息を立て始めた。
「むにゃむにゃ……もう食べられないわァ……」
「寝てしまいましたわ。今がチャンスですわね」
「封印の壺……持ってきました……」
「起きる前に、さっさと封印しちゃおう。イオ姉、そっち持って」
「よいしょっ、と。この古妖、重いですわね」
 玲と伊織は餓鬼大臣の手足を抱え、やっとの思いで抱き上げた。
 小百合とあやめが壺を支えて、ぽっかり空いた壺の口を餓鬼大臣へと向ける。
「そのまま……まっすぐ……です……」
「……よし、入った。蓋をするぞ」
 ボンッ! という音とともに、壺の胴に「封」の文字が浮かび上がった。
「封印完了、ですわね」
 大きくため息をついて、伊織が額の汗をぬぐう。
 食堂の時計に目をやれば、凶子と約束した時間まで、あと5分残っていた。
「じゃ、お邪魔なブツを外に出してくるよ」
 あやめは壺を抱えて、何やら目線で合図を送る。伊織は無言で頷くと、凶子の肩をそっと叩いた。
「さて、凶子さん。私の約束、覚えていらっしゃいます?」
「『1時間経ったら、最高に幸せな気分でこのお店を出られる』……ですか?」
「そう。今からそれを証明しますわ」
 伊織の目配せに、小百合が頷いた。
「只野さん……どうぞ、中へ……」
「……えっ?」
 ドアを開けて姿を見せた恋人に、凶子は信じられないといった表情をした。
「凶子……」
「ど、どうしてここが?」
「学生課から連絡があってさ。この店に、急いで来てくれ、って」
 ばつの悪そうな顔の恋人に、伊織がそっと耳打ちする。
「貴方が彼女を愛してるなら……最後にもう一度彼女の料理を食べてあげて。きっと見違える様に美味しくなってるから」
「俺が悪かった。もう一度、やり直せないかな……」
「そんな……私こそ」
 後悔を滲ませる恋人に、凶子はそっと寄り添った。どうやら、こちらも上手くいったようだ。
 周囲に漂う、どこか甘い空気。影の仕掛人である小百合が、そっとふたりの幸せを祈った。
(どうか……この二人の恋愛が……再び……成就しますように……)
 餓鬼大臣を封印した後、別れた二人を引き合わせよう――
 料理の最中に伊織からそう持ち掛けられて、小百合はすぐさま承諾した。恋愛というものに憧れを抱き、恋に恋する少女である小百合も、まさに伊織と同じ事を考えていたからだ。
(いつか私も……こんな素敵な恋が……出来たら……)
 野暮は承知しつつも、小百合はこっそり恋鎖を発動した。
 ふたりは今まで、疫病神によって運命を狂わされてきたのだ。このくらいは許されるだろう。
「おふたりとも……お幸せに……」
 抱擁を交わす二人に祝福を送る小百合。
 復縁を見守る伊織の肩を、少女に戻った玲がぽんと叩いた。
「依頼完了、だね。お疲れ、イオ姉」
「お疲れ様ですわ、アキちゃん。これから、よろしくですわ」
 食堂の外では、あやめがスマホを手に、FiVEに連絡を取っていた。
 チラリと窓越しに、店内で抱き合う凶子と恋人を見る。もうあのふたりは大丈夫だろう。
「ああ、村雨だけど。依頼達成だ」
 初仕事にしては、上々の首尾といったところか――あやめはほっと胸を撫で下ろした。

 こうして4人の覚者は無事に依頼を終え、FiVEへと帰還を果たしたのだった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『恋結びの少女』
取得者:白詰・小百合(CL2001552)
特殊成果
なし




 
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