≪悪意の拡散≫思慮の圏外
≪悪意の拡散≫思慮の圏外


●夢見の外。深夜、冥宗寺。
 黒猫が一匹、なかなかに広大な墓地から影の濃いところを辿りたって庫裏の渡り廊下へ上がり、明かりの灯る本堂へと忍び込んだ。
 坊主が四人、本堂の真ん中で円座になって黙々と手を動かしているほうへ、足音を忍ばせて近づいていく。
 主人の膝の上で丸くなっていた三毛猫が、黒猫の気配を感じて首をもたげた。そのしぐさに主人――冥宗寺住職、義堂 隆寛(りゅうかん/たかひろ)もまた、飼い猫の帰還を知った。
「ジェロか。ちょうどいい、ミケとランを連れて家に戻ってくれ。……さっきから作業の邪魔をしてばかりで困っている」
 膝の上の三毛猫が隆寛を見上げながら低く鳴いた。自分はここで寝ているだけでなにも邪魔をしていない。小さなヌイグルミを入れたビニールの小袋を転がし、散らして遊んでいるのはランだけだ、と。
「まあまあ、隆寛(りゅうかん)さま。いいではありませんか。ランが遊んでいるのは袋詰めしたあとのものですし」
「なにがよいものか。お前たちがランたちにかまけてサボるから、作業が遅れている。明日の朝までにあと千個作らねばならんのだぞ。きりきり手を動かせ」
 冥宗寺たちが作っているのは携帯電話につけるストラップだ。守護使役を模したヌイグルミに赤や青のくみ紐を縫いつけたものを作っている。全部で9種類。ヌイグルミの中には、冥宗寺が過去に退治した妖の毛が入っていた。
 これらは明日の朝、とある事件で縁を得たヤクザのフロント企業が引き取りに来ることになっている。電波増幅装置を仕込んだ携帯電話にセットして、売りさばいてもらうのだ。
 隆寛は出来上がったものを検品しながらつぶやいた。
「ほんとうにやつらはこんな可愛らしいものを連れているのか?」
「発現者たちの話では、われわれにもついているとか。守護霊というものではないでしようか」
「馬鹿を言え。これらはやつらに取りついた悪霊だろう。キツネやイヌ憑きと同じ……ふむ、そう言えばキツネが居らぬが、かわりにネコになったのか?」
 犬と猫、幽霊そのもののデザインは解る。魚と鳥も、まあ解る。しかし、この種や水滴のようなもの、針のついた白くてまるっこいやつに割れた卵に入ったモンスターはなんだ?
「ぷぷ……隆寛(りゅうかん)さま、さっきから手が止まっておりますぞ。早く動かして――」
「やかましいわ! 破門するぞ!」
 坊主のおでこを直撃した木魚の音に驚いて、猫たちは本堂から逃げ出した。

●夢見の外。深夜、冥宗寺の墓地
 ――おもしろい人間たち。
 木の葉を揺らす風とともに、墓前に添えられた枯れた花より薄く気配を殺した悪意そのものが去っていった。
 闇の底を這う、楽しげな笑い声をあとに残して。


●夢見、眩の依頼
「あちらこちらで発現者の周囲限定の電波障害が発生していること、もう知っているわよね?」
 知っていて当然、と言わんばかりの口調で眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は切りだした。
 集まった覚者のうち何人かは曖昧に頷くにとどめ、それとなく眩から視線を外した。
 眩の言う「発現者限定の電波障害」は、現在、AAAとファイヴが合同で調査している。まだ大きな事件は起こっていないが、突然テレビの画像が乱れたり、ファックスが送れなかったり、電話中にノイズが発生して会話できないなどの不具合が報告されていた。
「いままではね。そう、事件はこれから起こるのよ。弟の骨が告げているわ」
 夢見はうっとりとした表情で、骨に彫られたルーン文字を指でなぞった。手にしているのは本物の人骨ではなく模造品だが、眩はこれが夢見の力を増幅してくれているという。
「電波障害を起こしている発現者たちと、それを非難する人が争っているところに妖が発生するの。妖たちは発現者たちに危害を加えようとしていた人間たちに次々と襲い掛かって食い殺す……でも、なぜか妖は発現者を襲わない。不思議とね」
 遠巻きにしてみていた人々には、まるで発現者が妖を呼んで人を襲わせたように思えただろう。事実、夢見ではこのあと、人々が口々に「発現者は悪」と言い広めていたらしい。
「同時に事件がいくつも起こるから、たぶん、偶然の出来事じゃない。誰か絵を描いた者がいるはずよ。『電波障害』による利便性の侵害、『妖』による安全侵害。この二つで発現者の信頼を落とそうってことかしら」
 ともかく、まずは現場に行って妖を退治し、発現者たちの身柄を保護することが先決だ。
「何かわかるかもしれないから、妖を退治したらそこにいた発現者――隔者たちを捕まえてね。彼らは訳も分からないくせに、人々の誤解を訂正せず、妖を自分たちが操っているように見せているわ。黒幕の思う壺ね……。だから人々の前で懲らしめたうえで、事件が起こるまでのことを詳細漏らさず聞きだしてちょうだい」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.妖・大まだらイタチの撃破
2.襲われている人間たちの保護(死亡者をださない)
3.捕まえた隔者たちから事件が起こるまで経緯を訊く
●場所と時間
とある街の繁華街、夜です。
明かりに問題はありませんが、通行人が結構います。
商業ビルの入り口でから出てきた隔者たちを、商店街組合の人たちが囲んでもみ合っています。
発生した妖・大まだらイタチは、横から商店街組合の人たちに襲い掛かります。

●敵
妖・大まだらイタチ……一体。
ビル入り口にいる隔者たちには襲い掛かりません。
それどころか彼らを守るように商店街組合の人たちに襲い掛かります。
覚者たちが彼らを攻撃すると、覚者たちにターゲットを変えて襲ってきます。

【切り裂き】……物近単/出血
【呪い】……特近単/呪い
【瘴気の渦】……特全体/毒


●商店街組合の人たち……30名
大まだらイタチに襲われてパニックになっています。
大半が腰をぬかして地面に座り込んでいますが、一部「やはりお前たちの仕業か」と怒って隔者に突っかかっていく人が何人かいます。

●隔者……3名
・ホスト風。水行、翼の因子
・黒スーツ。火行、彩の因子
・メガネ男。土行、械の因子
三名とも、それなりに戦えますが、覚者の味方はしてくれません。
実力はファイヴ平均の下ぐらい。
なぜか自分たちを守ろうとしている妖を面白がって、けしかけています。
妖が倒されそうになると、逃げ出します。
捕まえようとしたら抵抗(攻撃)してきます。

●関連依頼
品部ST
『≪悪意の拡散≫2人の思想』
『≪悪意の拡散≫3つの概念』
そうすけST
『≪悪意の拡散≫想定の圏内』
『≪悪意の拡散≫思慮の圏外』

※品部STの『≪悪意の拡散≫2人の思想』と『≪悪意の拡散≫3つの概念』の二つは同時刻発生です。重複して参加できません。
その他のシナリオはそれぞれ別の時間に起こる出来事ですので、重複して参加していただけます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(5モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
公開日
2017年04月08日

■メイン参加者 5人■

『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


 季節は夜から変わっていく。冷たく尖っていた夜風もずいぶんと柔らかなくなり、目の前を流れてゆく人たちの服装も冬のそれとは違ってずいぶん軽やかだ。
 宵闇の繁華街の入口で、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)と『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は、引き受けた依頼の内容をおさらいしながら他の仲間たちを待っていた。
「なんだかよく分からねえけど、隔者が悪いってことだけは分かるぜ」
 事件の背景を突き止めることをあきらめたのか、それとも最初から考える気がなかったのか。一悟はシンプルに殴る相手を決めて、おさらいを締めくくった。
 怖い顔を道行く人たちへ向けたまま、ああ、と隣で義高が相槌する。
「何目的にしてんだか知らねぇが、自分より力の劣る相手に手を出すなんざ許されざる所業というやつだな。俺が心込めて殴ってやろう」
「おう、遠慮なくぶっ飛ばしてやるぜ!!」
 男ふたり、ぐっと固めた拳を胸の前に掲げる。すると目の前を行く人の流れが大きく蛇行した。
「なに物騒なことをいっているんですか」
 一悟の左側から『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が、少々あきれぎみに声をかける。ラーラの後ろから『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)と桂木・日那乃(CL2000941)がついて来ていた。
「おう、ご苦労さん。で、上はなんて言ってた?」
「義高お……お兄さん、気が早いのよ。いまから回収したものを調べるところなのよ」
 女子三人は昼に受けていた依頼の報告に戻ってきてすぐ、ファイヴ職員からこのあとスケジュールに空きがあれば会議室へ行って欲しいと要請された。三人は先約のあった二人と別れ、とりあえず報告を後回しにして出向いた先で、夢見――眩から昼に受けた依頼と似たような事案を聞かされた。
 そのまま軽くミーティングを行ったあと、一悟と義高には先に考古学研究所を出てもらい、先の依頼報告を済ませて来たのが今のことだ。
 ちなみに飛鳥が義高の呼びかけでどもったわけは、前に一緒した依頼時のことが頭によみがえったからである。おじさん、と呼びかけたときの傷心顔を思い出したのだった。
「でも、何かあんだろ? 攻略ヒント」
「ない」
 日那乃は食い下がる一悟をあっさり切り捨てた。
「ゲームじゃ、ない……の」
「あはは。小学生に説教されちゃあ駄目だろう。しっかりしろよ、高校生!」
 義高が大きな手でバシンと一悟の背中をどやしつけると、それを合図にして全員が繁華街の中心に向かって歩きだした。
「そういえば、お店は大丈夫なんですか?」
 ラーラは周囲をそれとなく観察しながら、隣を歩く大男に問いかけた。
「早仕舞いした。今夜は商店街組合の会合があってな……もっと早くこの話をきいてりゃ、俺が会合に出てみんなを止めていたんだが」
 義高の店は『vengan todos(ベンガン トドス)』という名のフラワーカフェで、なんという偶然か、この繁華街の中にあった。
「では、いま……」
「うん、妻が俺の代わりに出ている。いくら相手が怪しい手合いとはいえ、センカが発現者への抗議行動に加わるとは思えねえが、もしいたら声をかけて避難誘導を手伝ってもらうつもりだ。そうだ――」
 早めに片付いたら店に寄って行ってくれよ、と義高は横を向いてラーラに笑いかけ、一悟の肩に腕を回した。
「美味しい珈琲を御馳走するぜ。おっと、子供が夜にカフェインを取っちゃいけねえな」
言ってから気づいたようで、首をまわして飛鳥と日那乃に話しかけた。
「ふたりはミックスジュースだ。店の窓から桜も見える。まだほとんど蕾だが、いくつか――」
 通行の邪魔をしている人垣の奥から複数の男たちが怒鳴りあう声が聞こえてきたと思ったら、いきなり甲高い悲鳴が上がった。すぐに人垣が崩れて散り散りになる。かなり開いた人と人の間から、白黒のまだら模様をした大きなイタチがのそりと後ろ脚で立ちあがるのが見えた。その後ろに、妖に怯える人々を嘲ってにやにや笑う隔者たちがいた。
「お先!」
 一悟は肩に回されていた腕を外すと、一目散に騒ぎの元へ走りだした。
「私たちも急ぎましょう!」
 

 一悟は妖と腰をぬかして道路にへたり込む中年の男の間に割りこんだ。素早く覚醒し、トンファーを構えて見得を切る。
「ファイヴだ! オレたちが来たからにはもう安心だぜ。悪い隔者も妖もすぐ倒すからな」
「あん? 誰だ、てめー?!」
「ファイヴの奥州一悟! 弱きを助け強きをくじく、正義の覚者だ!」
 ここへ飛鳥が加わる。
「同じくファイヴのかなえあすか見参! 人々を困らせる悪党め! 成敗いたすのよ、覚悟!」
 ステッキを回して覚醒ポーズを決めると、飛鳥は駆けつけたラーラと一緒に手分けしてテキパキと野次馬たちを整理し始めた。
「皆さん、危ないので下がってください。出来れば20メートル、可能ならそれ以上お願いします」
「危ないので下がっていてくださいなのよ。悪い隔者も妖も、あすかたちファイヴがバッチリ倒して差し上げますのよ。みなさんは遠くに下がって高みの見物としゃれこむといいのよ」
 飛鳥の台詞に苦笑いしながら、義高は野次馬たちの顔を見回した。
(「来ていたのか……」)
 義高は転んだ人を助け起こしている妻を見つけると、日那乃に断りを入れてその場を離れた。
「センカ、すまんが組合のみんなを近くの建物内に誘導してくれ。俺はこいつらを掃除してから迎えに行く!」
 田場夫人は後ろから声を掛けられて驚いた様子だったが、相手が主人だと分かるとすぐににっこりと笑って頼み事を引き受けてくれた。
 後ろではすでに一悟が隔者――メガネをかけた男に攻撃を仕掛けて妖の気を引きにかかっていた。
「兄貴!」
 長髪を茶色に脱色したホスト風の男が、殴り倒されたメガネ男に駆け寄る。
 大まだらイタチの鋭い爪が横に薙がれて一悟の胸が切り裂かれると、野次馬から飛び散った血に興奮したようなどよめきが上がった。
「い、いいぞ、イタチ。ファイヴだかなんだか知らねえが、生意気なガキどもをやっちまえ!」
 黒スーツを着た男の無責任極まる物言いに、ラーラはまなじりを吊りあげた。
「そこにいる隔者さん達、妖がいるのにそれをけしかけるだなんて不謹慎じゃありませんか?」
 隔者たちはラーラの怒りと批判をへらへらと笑って受け流した。
 日那乃は目に怒りの炎を灯すと手早く一悟の傷を癒し、ずいっと前に出た。大まだらイタチの後ろに逃げた隔者たちを指さし、言い放つ。
「……ん、被害者が出るなら、消す、から」
 比喩でもなんでもなく。この子は本気で「消し」にかかってくる、と向けられた気迫のすさまじさに、指先を突きつけられた隔者たちばかりでなく、妖も、そして周りの無責任な野次馬たちまでもがたじろぐ。
 そこへ――。
「おぅ! てめぇら、堅気の衆に手を出すなんざ嘗めたことしてんじゃねぇぞ」
 霊子甲冑を身に纏った義高が駆け寄ってきて、黒スーツ男の顔を五彩の力で固めた拳でぶん殴った。
 怒って食いついてきた大まだらイタチの牙を、振り上げたギュスターブで受け止める。
「甲冑って、てめーは一体どこの戦国武将だよ!?」
 状況の不利を悟ったホスト風の男が、わめきながら翼を広げて飛び立つ。
「ぶぶっー、なのよ!」
「ハズレ。不正解」
 飛鳥がホスト風の男を狙ってスティックの先端から激流を迸らせた。同時に、日那乃が真空の刃を飛ばす。
 竜の牙を剥いた激流が、隔者の翼を食いちぎる。地面に向かって真っ逆さまに落ちていく体を、地面をかすめて低んできたツバメのような刃が切り裂いた。
「正解は――」、と一悟が答えをラーラに丸投げしつつ、妖と隔者の双方を炎柱で巻き込んで焼いた。
 大まだらイタチが噛みついていた斧から口を離して身を引く。
「花の騎士さま、ですね」
「何が花の、だ!」
 立ちあがった黒スーツが逃げるメガネ男を援護して、炎を纏わせた武器を振り回す。
「ハゲの騎士のま――!!!」
「不正解だ、バカ野郎。スキンヘッドとハゲは違う、断じて違う!」
 義高に全力で殴り倒された黒スーツは白眼を剥いて気絶した。心無し、横顔が変形しているように感じる。
 覚者の活躍に、やんややんやの大喝采が湧きおこる。
 少し離れたところ、野次馬が増えて二重三重になった人垣の後では、なぞの坊主集団がサムアップしていた。
「む! むむ! むむむむ、なのよ。そこのお坊さん、ちょっとこっちに来るのよ!」
 飛鳥は謎の坊主集団の中に見知った顔を見つけると、指を突きつけながら走りだした。同時に、メガネ男が飛鳥と反対方向に走り出す。
「飛鳥、後にしろ!」
 メガネ男が人垣を割る前に、一悟が追いついた。前に回り込んで腕を突きだす。
 隔者はとっさの判断で体に土鎧を纏った。
「うお!?」
 土鎧に一悟の掌が触れた瞬間、気が炸裂して爆炎が起こった。高温で熱された鎧がぴしりと音をたててひび割れ、体ごと後ろへぶっ飛ぶ。
「ちっ、さすがに固いな」
 大まだらイタチが、メガネ男を庇って長い鼻面を突きだした。
 追撃しようとしていた一悟に向かって牙を剥く。
 噛みつかれる寸前に、日那乃が真空の刃を鼻先に飛ばして追い払った。
「……人が増えてきましたね。あまり時間をかけると何が起こるかわかりません。妖を倒すまで、大人しく寝ていてください」
 煌炎の書を左脇に抱え込んだまま、ラーラが力強く踏み込んで右手を突き出す。
 メガネ男が危険を感じて振り返った瞬間、胸の上で炎の塊が弾け広がった。燃えながらホスト風男と黒スーツの上に倒れ込む。
「みんな、気を引き締めろ。ここからが本番だぜ!」


 大まだらイタチは後ろ脚で立ちあがり、細く長い体を伸ばして威嚇の声をあげた。
 だが、威嚇の声に誰一人、ただの人である野次馬たちでさえ怯まない。
 妖が野次馬たちに気を取られている隙に、日那乃は読心術を仕掛けた。心の耳を澄ませて妖の思念を読み取ろうとする。
 怒り、恨み、そして畏れ――。
 なんとか捉えたのは、人の言葉に置き換えられぬ本能に近い感情だった。
(「怖い? 私たちのこと……じゃない?」)
 では一体、妖は誰を恐れているというのか。
 日那乃は思考を断ち切るように、苛立ち昂った大まだらイタチが歯をガチガチと噛み鳴らす。
妖は口を開けて毒の霧を吐き出した。上半身を大きく揺らし、回しながら広く、広く、瘴気の渦を広げていく。
 すぐに人垣の最前列にいた野次馬の一部が、紫色した瘴気の渦に触れて苦しみだした。酒が入っていたのか、覚者たちの強さにすっかり油断していたのか。彼らはラーラたちから、ここより後ろにいてください、と指定されたラインを大きくはみ出していたのだ。
「みなさん、危険です。もっと下がっていてください!」
 半円状に広がった人垣の端と端で、ネオン煌めく繁華街の明るい夜空に水晶のスティックが掲げられ、錬丹書のページがめくられる。
「祈りとともに天の恵みを届けましょう、なのよ!」
 飛鳥の声とともに、キラキラと光の花を纏う細かな雨が人々の上から静かに降りだす。
 日那乃が黒髪を濡れ光らせながら、演舞・舞衣を奉じる。
 毒が癒えた野次馬を、謎の坊主集団が腕を取って妖の攻撃範囲から下がらせた。
「おう、誰だか知らんが助かるぜ」
「義高お兄さん、礼なんていわなくていいのよ。そこの坊主たちは冥宗寺なのよ!」
 義高は、ん、と片眉を上げた。
 坊主たちが一斉に人垣の後ろへ隠れる。
 一悟が五織の彩――赤く燃える炎のオーラを纏ったトンファーで、大口を開けた大まだらイタチの腰を叩いた。
「冥宗寺ってのはイレヴンの一派だ。あ、いや、坊さんたち全員がそうだって確証はないんだけどさ」
「住職がイレヴンの幹部なんです。私たち、ちょっと前に受けた依頼で顔合わせして――」
 ラーラは守護使役のペスカから煌炎の書の封印を解く鍵を受け取った。大振りされた妖の爪を屈んでかわす。髪の先がほんの少し切られ、ぱらぱらと前に落ちた。
「そりゃ、興味深い話だな」
 義高が間に素早く入り込み、攻撃直後でガードも回避もとれないでいる大まだらイタチの腹を大地の気を纏わせたギュスターブで割り裂く。
「で、連中の中にいるのか、その幹部が――ああっ?!」
 大まだらイタチは赤い目を吊り上げると、己の腹に斧を食い込ませた男に呪いを浴びせた。
「誰? 鼎さん、教えて。逃げる前に捕まえる、から」
 日那乃が回復の術が記されたページをめくり開きながら言う。
「隆寛(りょうかん)はいないのよ。弟子の一人がそこにいるのよ」
 ラーラは飛鳥が指さしした方へ首をめぐらせると、あの日河原で顔を突き合わせたイレヴン構成員の一人を確認した。
 目と目がしっかりとあったにもかかわらず、隆寛の弟子は逃げる素振りさえみせない。
(「……この場に居合わせたことに何もやましいことはない、ということでしょうか?」)
 飛鳥が放った水龍が、大まだらイタチに横から喰らいついた。
 義高が傍を離れ、日那乃が癒しの滴をスキンヘッドにしたたらせる。
「危ねえ!!」
 叫びながら一悟が腕を振るう。
炎柱が轟音を上げながらラーラのすぐ前で立ちあがった。
 顔を焼かれた妖が悲鳴をあげながら体をのけ反らせる。
 ラーラは意識を目の前の敵に戻すと、足元に赤く光る魔法陣を広げた。
 唱える呪文の震動が、大気を構成する五行因子のうち、『火』の気のみを異常に増大させた。空に開いた魔界の扉から、獅子のごとき波が白熱する牙をむいて押し寄せてくる。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!!」
 怒れる炎の獅子が大まだらイタチを頭から飲み込んで、汚れに満ちた体を焼き払った。


「ここで何をしていたのですか?」
 野次馬たちを解散させた後、一悟と飛鳥、ラーラの三人は悪びれもせずその場にとどまった冥宗寺の僧侶を取り囲んだ。
 六人いたか、残ったのは以前に覚者たちと顔を合わせたことがある僧侶一人だ。ほかは野次馬たちにまぎれて離れ、姿を消していた。
「たまたまあの角を曲がった路地裏で小さな妖の亡き骸を見つけ、念仏を唱えてやっていただけ。こちらが急に騒がしくなったのでみんなで何事か、と見に来ただけなのですが……それが罪ですか?」
 僧侶はうっすらと笑って胸の前で手を合わせた。
 たまたま通りがかっただけと言われれば、もうそれ以上、拘束しておくことができなかった。たとえイレヴンの者であったとしても、何も問題を起こしていない一般人を無理に引き留めれば、せっかく回復した発現者の名誉がまた落ちる。
 三人は渋々包囲を解いた。
「名前、教えてくださいなのよ」
「――淳教と申します。では、私はこれで」
「引き留めて悪かったな」
 淳教はそそくさと雑踏にまぎれ、あっという間に姿を消した。
 袈裟が消えた先をいつまでもくやしそうに見つめる飛鳥に、さっさと気持ちを切り替えろよ、と一悟が声をかける。
「う~、絶対あやしいのよ」
「あやしいってだけじゃ、な……って、あれ? 田場さんは」
 一悟に声を掛けられて、日那乃は顔をあげて立ちあがった。崩れ始めた大まだらイタチの遺骸の前から離れる。
「お店。奥さん、送って……お花、持ってくるって」
「そうですか。淳教さんが言っていた別の妖の遺骸も気になりますが、先に隔者たちの尋問を始めましょう。長くなりそうですし」
 ラーラと一悟は倒れている隔者たちを起した。
「おら! 起きやがれ。起きてもう二度と悪さしねえって、商店街の人たちに謝ってこいよ」
 顔を引きつらせながら立ち去ろうとした隔者を飛鳥と日那乃が止める。
「ちょっと、待って。先に質問に答えるのよ」
「答えないのなら、消す……から」
 この子たちコワ~イ、と本気で怯える隔者たちに苦笑しつつ、ラーラが尋問を開始する。
「今回の件、妖とあなた達には何か不思議な関係性が見て取れたのですが……何か知っていることがあったら教えてください。もし、妖を使役していたわけでないのでしたら」
 隔者たちは即座に大まだらイタチとの関わりを否定した。理由は分からないが、なぜか自分たちを守ろうと動いていたので、調子に乗っただけで使役していたわけではない、と。
 そこへ花束を手にして義高が戻ってきた。
「ふうん。じゃ、与えられて所持していただけなのか。で、誰に、いつ頃与えられた? 言っとくが訊ねているんじゃねぇ、言わねえなら……」
 拳に息を吹きかけてから、ニヤリと笑いかける。
「どうして電波障害を起こしてみなさんを困らせたのよ? しかも妖まで操って」 
「オレたち害起こしていません。頻繁に発生していましたけど……、あ、妖も操っていません!」
 義高は抱き合って震えあがる三人の様子をつぶさに観察し、嘘はないと判断した。
「電波障害、起こるようになった前と後で。なにか違うこと、あったら教えて?」と日那乃。
 そういえば、と隔者たちが取りだしたのは、昼にも目にした守護使役ストラップつきの携帯電話だった。
 

 どこの名だたる隔者組織に所属していないチンピラたちに、ラーラがこんこんとお説教して解放した後、覚者たちは路地裏へ向かった。
 小さな――元はペットだったアライグマらしき小さな妖の遺骸はまだそこにあった。
「本当に偶然だったのでしょうか?」
「……さあ、どうだろうな」

 花束を捧げ亡骸に手を合わせる覚者たちの遥か上、黒々とした影がビルの屋上から飛び去っていった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『わんわん犬さんのストラップ』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:奥州 一悟(CL2000076)
『がおー竜の子ストラップ』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:鼎 飛鳥(CL2000093)
『芽吹く草花さんストラップ』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:田場 義高(CL2001151)
『ぷるるん水玉さんのストラップ』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:桂木・日那乃(CL2000941)
『ゆらゆらオバケのストラップ』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)




 
ここはミラーサイトです