白狐宵闇秋祭
●月下の独白
朱塗りの鳥居を幾つもくぐれば、夢と現は次第に混じり合っていく。ぽつりぽつりと、行く手にともる仄かな灯は、提灯のものかそれとも狐火か。
夜風に揺れる木々は淡雪のように葉を散らし、見上げる空に浮かぶ月は冴え冴えとした光を地上に投げかけている。
――きらきらと輝く月の光を浴びて天を仰ぐのは、純白の毛並みを持った狐だった。その優しくも毅然とした瞳には、歳経たものが持つ深い知性が宿っていたが――その存在は、何故かひどくおぼろげだ。
「先日のすねこすりの一件……儂らに畏怖することなく、且つ丁重な扱いで情況を収束させたものたちがおったと言うが」
ふと、歌うような響きを伴って、白狐の口から独白が紡がれる。その声は女性的な柔らかさを感じさせるもので、その狐は何かを見定めるかのように、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……ならば彼らは、狐子を探してくれるじゃろうか。力の弱まった儂の替わりに、この厄介事を引き受けてくれるじゃろうか」
ああ、あの悪戯っ子どもがと白狐は吐息を零し、彼らの無事を願うかのように空へ向かって一声鳴いた。
●伏見稲荷の古妖
その日は陽が照りながら雨の降る、奇妙な天気が続いていた。こう言うのは狐の嫁入りと言うのだったか――何処か手持ち無沙汰にF.i.V.E.指令室で過ごしていた覚者たちの元へ、伏見稲荷の神主より連絡があったのは運命の悪戯か何かだったのだろうか。
「皆様に、会って話を伝えたいと言う御方がいらっしゃるのです」
そんな神主の要請を受けて覚者たちは神社へと向かい、案内されるがままに千本鳥居の先へ進むと――其処では美しい白狐が彼らを待っていた。自らを古妖『狐神』であると名乗った彼女の姿は、儚くおぼろげで触れれば消えてしまいそうな程だ。その佇まいに覚者たちが驚く中、狐神は静かに彼らを呼んだ理由を語り始めた。
「実は、儂に仕える狐子3匹が、好奇心に煽られて神社の外に出てしもうたのじゃ。……いなくなった彼ら狐子を、どうか探してはくれまいか」
本来、狐神の力で神社の外には出られない筈なのだが、どこかに力の綻びがあったのだろう。彼らは其処から外界へと飛び出してしまったらしい。
「まだ子供な彼らとて古妖。人前で不用意に力を使えば大変な事になるとは想像に容易い。どうか事が大事になる前に、彼らを見付けて連れ戻してはくれまいか」
そう告げてゆっくりと頭を下げる狐神の姿は、子を心配する母親のようで。どうやら子どもがはしゃぎすぎた故の可愛らしい問題のようにも思えるが、このまま放っておく訳にはいかないだろう。
「儂は今、この神社から動く事が出来ぬ。其方たちだけが頼りなのじゃ……どうか、狐子らの事を頼まれてはくれまいか」
狐子たちは好奇心旺盛のようだから、賑やかな場所に姿を現す事だろう。丁度、外の街では秋祭りが行われている所があるようだ。もしかしたら其処に、と覚者たちは顔を見合わせた。
――ほら、祭りが始まるよ。一緒においで、手は放しちゃ駄目だよ。いちど離れたら、帰れなくなっちゃうから。
くすくすと鈴の音のような笑い声が響いて、白い狐面がぼぅと月夜に浮かび上がった。
朱塗りの鳥居を幾つもくぐれば、夢と現は次第に混じり合っていく。ぽつりぽつりと、行く手にともる仄かな灯は、提灯のものかそれとも狐火か。
夜風に揺れる木々は淡雪のように葉を散らし、見上げる空に浮かぶ月は冴え冴えとした光を地上に投げかけている。
――きらきらと輝く月の光を浴びて天を仰ぐのは、純白の毛並みを持った狐だった。その優しくも毅然とした瞳には、歳経たものが持つ深い知性が宿っていたが――その存在は、何故かひどくおぼろげだ。
「先日のすねこすりの一件……儂らに畏怖することなく、且つ丁重な扱いで情況を収束させたものたちがおったと言うが」
ふと、歌うような響きを伴って、白狐の口から独白が紡がれる。その声は女性的な柔らかさを感じさせるもので、その狐は何かを見定めるかのように、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……ならば彼らは、狐子を探してくれるじゃろうか。力の弱まった儂の替わりに、この厄介事を引き受けてくれるじゃろうか」
ああ、あの悪戯っ子どもがと白狐は吐息を零し、彼らの無事を願うかのように空へ向かって一声鳴いた。
●伏見稲荷の古妖
その日は陽が照りながら雨の降る、奇妙な天気が続いていた。こう言うのは狐の嫁入りと言うのだったか――何処か手持ち無沙汰にF.i.V.E.指令室で過ごしていた覚者たちの元へ、伏見稲荷の神主より連絡があったのは運命の悪戯か何かだったのだろうか。
「皆様に、会って話を伝えたいと言う御方がいらっしゃるのです」
そんな神主の要請を受けて覚者たちは神社へと向かい、案内されるがままに千本鳥居の先へ進むと――其処では美しい白狐が彼らを待っていた。自らを古妖『狐神』であると名乗った彼女の姿は、儚くおぼろげで触れれば消えてしまいそうな程だ。その佇まいに覚者たちが驚く中、狐神は静かに彼らを呼んだ理由を語り始めた。
「実は、儂に仕える狐子3匹が、好奇心に煽られて神社の外に出てしもうたのじゃ。……いなくなった彼ら狐子を、どうか探してはくれまいか」
本来、狐神の力で神社の外には出られない筈なのだが、どこかに力の綻びがあったのだろう。彼らは其処から外界へと飛び出してしまったらしい。
「まだ子供な彼らとて古妖。人前で不用意に力を使えば大変な事になるとは想像に容易い。どうか事が大事になる前に、彼らを見付けて連れ戻してはくれまいか」
そう告げてゆっくりと頭を下げる狐神の姿は、子を心配する母親のようで。どうやら子どもがはしゃぎすぎた故の可愛らしい問題のようにも思えるが、このまま放っておく訳にはいかないだろう。
「儂は今、この神社から動く事が出来ぬ。其方たちだけが頼りなのじゃ……どうか、狐子らの事を頼まれてはくれまいか」
狐子たちは好奇心旺盛のようだから、賑やかな場所に姿を現す事だろう。丁度、外の街では秋祭りが行われている所があるようだ。もしかしたら其処に、と覚者たちは顔を見合わせた。
――ほら、祭りが始まるよ。一緒においで、手は放しちゃ駄目だよ。いちど離れたら、帰れなくなっちゃうから。
くすくすと鈴の音のような笑い声が響いて、白い狐面がぼぅと月夜に浮かび上がった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.狐子3匹を捕まえて、狐神の元へ連れ戻す
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●古妖・狐神(きつねがみ)
齢数百年を超える古妖。見かけは普通の白狐だが、なぜか存在がおぼろげで儚い。伏見稲荷から離れる事が出来ない為、今回の件を依頼しました。ちなみに女性。
●古妖・狐子(きつねご)×3
狐神と同属の古妖。まだ幼いため、たびたび問題を起こしている。見た目は普通の子狐だが、妖術や変化を使用できる。今回は人間に化けて、外の秋祭りへと遊びに来ているようです。
●依頼の流れ
秋祭りの会場に遊びに来ている狐子に接触、一緒に祭りを楽しむなどして彼らの好奇心を満たしてあげてください。頃合いを見て、支給された神主さん秘伝の油揚げを見せると、大好物を目にした彼らは気を緩めて変化が解けてしまいます。正体がばれると大人しくなりますので、上手いこと説得をして狐神の元へ帰しましょう。
※ただし、彼らの信頼を得られず強引に捕縛しようとすると、妖術を駆使して無理矢理逃走を図ります。
●人間に化けた狐子
変化が未熟で、ちいさな狐の耳と尻尾が出ている子供の姿をしています。狐面をひっかけ、神主や巫女服を着ているので人ごみの中にいても目立ちます。3人で秋祭りの会場に来ましたが、現在はぐれてばらばらに行動しています。それぞれの特徴は次の通りです。
・やんちゃな男の子(元気、身体を動かすのが好き)
・マイペースな男の子(天然、変わったものが好き)
・勝気な女の子(ツンデレ、お菓子が好き)
●秋祭り
下町の商店街にある神社のお祭りです。時刻は夜、通りには沢山の屋台が出ており、大勢の人で賑わっています。りんご飴やべっこう飴、わたあめや焼きそば。金魚すくいに射的、アクセサリー屋などなど、子供が興味を惹かれるものはいっぱいあります。
ぜひ皆さんの力で、大事になる前にこの事件を解決してください。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月28日
2015年09月28日
■メイン参加者 8人■

●祭囃子に誘われて
伏見稲荷の古妖――狐神からF.i.V.E.へと持ちかけられた依頼。それは、神社の外に出てしまった狐子たちを自分の代わりに連れ戻して欲しい、と言うものだった。
「わかりやすい頼みものじゃな。女性の頼みなら断らんし、それが子を思う親の頼みならなおさらじゃの」
祭囃子に耳を澄ませながら『自称サラリーマン』高橋・姫路(CL2000026)は、今夜の為に着こなした浴衣姿でぽりぽりと頭を掻く。
「狐神さん、狐子さん達が心配なのですね……」
そう言って、そっと優しい藍色の瞳を伏せる上靫 梨緒(CL2000327)も、彼女らの身を案じるひとりだ。
「狐子さん達を保護して、連れ戻してあげれば元気になって下さるでしょうか」
「……そうだの。狐神の様子も気になるが、まずは目先の不安を取り除いてやることが先決か」
のんびりと、けれど確りと頷く由比 久永(CL2000540)の浮世離れした美貌は、非日常である秋祭りの夜に奇妙なほど映えていた。
「ふふ、狐神の子どもたちなんて、さぞかし可愛いのでしょうね」
と、『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)も、祭りの喧騒に惹かれた狐子たちに興味津々の様子。滝のように流れる豊かな銀髪に、深紅のドレスが鮮やかで――彼女もまた、人ならざる美しさを放って祭りの夜にやって来た妖精のようだった。
「よもや、伏見に住まうお稲荷様から直々にご依頼頂くとは……畏れ多いことですわ」
一方、闇に溶けるように静かに佇むのは『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)で――彼女も、信太のお稲荷様に縁浅からぬ家の出と言うことで、気合を入れていこうと決意を新たにする。
「しかし、本当にこれで狐子さんが釣れるんやろか……」
そんなかがりが目の前にぶら下げているのは、神主さんから支給された油揚げだった。確かにそれは綺麗な狐色をしていて、秘伝の一品だと言われれば納得もするのだが――神主さん自らが割烹着を着て作り、神社に奉納しているのだと教えられた時は妙な脱力感を覚えたものだ。
「童子が祭囃子に惹かれるのは自然の習い。無理に連れ戻すのは野暮、まずは存分に付き合い好奇心を満たしてやればよい」
ほっほ、と好々爺然とした笑みを浮かべ『木暮坂のご隠居』木暮坂 夜司(CL2000644)は人々でごった返す通りを眺めた。
「そうだね、楽観視し過ぎるのもいけないのだろうけれど……」
歌うように呟き、『人懐っこい蛇』三間坂 雪緒(CL2000412)の唇がうっとりするような笑みを刻む。紺地に鱗に垂れ桜六通の浴衣を着た彼女は、思わず見惚れるほどに美しかった。
「きっと僕らに掛かれば、三人の狐子達はすぐに見つかるよ。それに、儚いあの母君を一人で置いていくなんて、流石にしないんじゃあないかとね」
と、其処で彼女はこの場所に仲間がひとり足りないことに気付く。確かこの依頼には、『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)も参加する筈だったのだが――。
「あ、御菓子先生は、先にお祭りの会場に向かっているそうですよ。何でも、屋台のお手伝いをするとかで……」
梨緒曰く、実家が洋菓子店だと言う御菓子は、家の手伝いを子供の頃からしていたらしい。今回の秋祭りでもクレープの屋台を出すとの事で――当然のように、こういう時には彼女も駆り出されるのだとか。
さて、簡単な打ち合わせが終わったところで一行は三手に別れ、其々が狐子をひとりずつ探すことになった。
「それにしても祭りというのは、どうしてこう心躍るのだろうなぁ」
好奇心に負けるのも仕方あるまいて――そう呟く久永の声が、静かに夜空に吸い込まれていった。
●狐子~ケン
「じゃあウチは、エメさんと一緒に」
「ええ、元気な狐子くんを探すとしましょうか」
見た目に反して意外と気さくなエメレンツィアはかがりに頷き、あちこちに興味を惹かれつつも目当ての狐子を探し始めた。
「身体を動かすのが好きって事だし、射的や輪投げ……それと金魚すくいみたいなゲームをする屋台を覗いてみましょうか」
「あるいは、もう何もかもが珍しくて走り回ってる言う可能性も高いな」
そう言って辺りを見回すかがりの元に「ひゃっはー!」と言うやけにテンションの高い声が響いてくる。もしや、と妙な予感を覚えてふたりが顔を見合わせると、其処には全身で喜びを表現していると思しき少年の姿があったのだった。
(いきなり見つかった……)
狐面をひっかけ、元気に走り回ってる子――狐耳と尻尾も出かかってるし間違いない。しかも致命的に空気を読めずはしゃぎまくっている。
「こんにちは、元気な僕。お姉さんと一緒にお祭り遊びましょ?」
――だが、エメレンツィアは持ち前の社交的な性格を活かし、にっこりと微笑んで少年に近寄り声を掛けた。すると彼は「いいぜ!」と頷いてエメレンツィアの手をぎゅっと握る。
「やっぱり可愛い男の子ね♪」
「なんや坊ん、元気な子やなあ」
かがりも少年の白い髪をわしゃわしゃと撫でて――狐子が化けた少年は、くすぐったそうにかがりへお返しをしようとぴょんぴょん跳ねていた。
「ね、君はお名前なんていうの?」
人ごみの邪魔にならないように手を繋いで歩きながら、エメレンツィアは少年に問う。しかし彼は、うーんと唸って考え込んでしまった。
「あー……ニンゲンって名前で呼んだりすんだっけ……まずいな、名前なんて特にねーし……」
「ん? 何か言うた?」
小首を傾げるかがりに、少年は慌てて首を振って。訳あって名乗れねーんだ、とお忍びのお坊ちゃまのような事を言ってふたりを見上げた。
「そーだ! 姉ちゃん達が付けてくれよ、名前!」
「名前かぁ……」
今度はふたりが逆に考え込みつつ――やがてどちらからともなく、ぽつりと『ケン』と零す。
「へー、ケンかぁ。格好いい名前だな!」
うきうきと狐子――ケンは祭囃子に耳を澄ませ、人々でごった返す通りを楽しそうに歩き始めた。そんな彼の様子を見守るかがりが、何とはなしに自分のことを話し始める。
「ウチ自身は体を動かすのは得意やないけど、双子の妹がおりましてなぁ。これがまたチョロチョロと元気な子ぉで、もうホンマに……」
と、其処でケンがじーっと自分を見つめているのに気が付いて、かがりは「こほん」と咳払いをした。
「……えーと、そう。つまり、そう言う子ぉの相手には慣れてる言うこっちゃな」
そんな会話を交わす内に、三人は射的の店へと辿り着く。お姉さんたちと勝負してみる? とエメレンツィアが微笑み、一も二もなくケンが頷いた。
「ふふ、君はこういうのが得意かなって思ったんだけど、どう?」
玩具の銃を受け取り、真剣に狙いを定めるケン。しかし彼の弾は僅かに逸れ、かがりが彼の肩を叩く。
「でも射的の腕はまだまだやな!」
そんな訳で、次に挑戦するのはかがり。運動は苦手と言いつつも、戦いで銃を扱う彼女は難なく的を射抜き――景品のお菓子詰め合わせを手に入れて得意げに笑ったのだった。
「へぇ、こんな味がするのね……おいしい?」
それから三人は人通りの少ない場所でお菓子をぱくつきつつ、自身も初めての体験と言うエメレンツィアに、元気よくケンが頷いた。
――さて、十分楽しんだだろうし頃合いだろうか。其処でふたりが取り出したのは、秘伝の油揚げ。それを目にしたケンは「お!」と身を乗り出し――気を緩めた所で変化が解け、本来の子狐の姿に変わる。
「あ……!」
口をぱくぱく開け閉めしながら、観念したように尻尾を丸めて大人しくなるケン。気まずそうに此方を見上げて来る彼へ、かがりが優しく言い聞かせるように囁いた。
「なあ、お母ちゃんも心配しててんで? お腹も空いたやろ? 皆と一緒に、おうち帰られへんかな」
ん、とすっかりしおらしくなったケンの尻尾を撫でながら、エメレンツィアも愛らしいウインクをする。
「ふふ、心配しないで。他の二人も一緒よ。狐神様のところに一緒に帰りましょう?」
そんなふたりにそっと身を摺り寄せて、ケンははっきりと頷いてみせたのだった。
●狐子~ハク
人々の気持ちも高揚している故、未熟な変化でも即座に騒ぎになることはないと思うが――そう言いつつも久永は、早く見つけてやるに越したことはないかと言って。マイペースな狐子を探すことにした三人は、それぞれ分担して屋台を回ることにする。
狐耳と尻尾、それに神主衣装を頼りに雪緒は屋台を行ったり来たり。残念ながら射的と型抜きの店は不発に終わったが――姫路が覗いた、玩具を売っているお店に狐子の少年は居た。マイペースと言うことで、見てて飽きにくそうな出店に居るのでは、と言う彼の読みが当たったらしい。
「迷子の迷子の子猫ちゃん探しじゃ。母親も心配しておるのでわしらも探しておる、そんなところじゃよ」
姫路が店主にそう断りを入れつつ、じーっと売り物を眺めている少年に先ず雪緒が声を掛けた。
「やあ。良い祭りの夜だね、楽しめているかい? ……急に話しかけて済まない。でも、なんだか楽しそうに見えたものだから」
んー、と何処か夢心地に頷く少年は、出店に鎮座する木彫りの熊の置物に目を奪われている様子。渋い趣味だねと苦笑する雪緒は、そっと少年に向けて手を差し伸べた。
「僕は、このお祭り初めてなんだ。良かったら、少し一緒に巡って貰えないだろうか」
そうして久永もまた、少年と目線を合わせながら共に遊んでくれまいかと尋ねる。祭りにひとりは寂しかろう――そう言った彼の言葉に、ふと少年の表情に陰が差した。
「そう言えば名を聞いておらなんだが、教えてもらえるものだろうか」
「……好きに呼んで、いいよ」
じゃあ、と三人は暫し考え、彼をハクと呼ぶことにする。そのハクはと言えば、今度は屋台に並んだ妙なTシャツに心奪われているようだった。――なんか、でかでかと真ん中に『根性』と書かれているような奴だ。
「むぅ、こちらのも捨てがたいな」
と、真剣に悩む久永が指さしたのは『茶柱』と書かれたシャツ。どっちもどっちじゃな、と密かに姫路は苦笑する。
「でもまぁ、わしもこういうのは好きじゃからな」
水風船の感触を楽しみつつ姫路が呟き、ハクは久永と手を繋ぎながら興味深そうにわたあめを食べていた。そんな彼らを、雪緒が微笑ましく見守っている。
「わたあめはふわふわして甘いのだ。不思議だろう?」
「うん。雲をちぎって食べたら、こんな感じになるのかな」
久永とハクの会話を聞きながら――幼い頃、兄と祭りへ行ったことを思い出すと雪緒は呟いた。兄は射的や金魚すくいが苦手な不器用な人で。そう言った雪緒の目に飛び込んで来たのは、金魚すくいの屋台だ。
「僕が代わりに景品を取ったものだ……と、どれがいい? 取ってみせるよ」
すいすいと水槽を泳ぐ金魚たちにハクは魅せられたようで――久永も腕を組んで、うんうんと頷く。
「金魚すくいも外せんな。余は下手だがな、上手く掬えると楽しい」
ちなみに食ってはならぬらしいぞ、と忠告する久永に、何だかハクはがっかりした様子だった。ともあれ鮮やかな手捌きで雪緒は金魚を掬い、お土産だと言って戦利品を彼に手渡す。
「……実はね、僕たちは母君に頼まれたんだよ」
たくさん遊んで、ハクの満足気な顔が見れた所で――雪緒たちは人目につかない場所でこっそりと、油揚げを見せてハクの変化を解かせた。観念して項垂れるハクの頭を撫でて、久永は年長者らしい佇まいで彼に言い聞かせる。
「祭りは楽しかったか? ならばそろそろ帰ろうぞ。狐神も心配しておる……余達に依頼をするくらいにな」
「祭りもしまいじゃ。カラスも鳴き疲れて寝る頃じゃろ」
姫路も帰ろうとハクを促し、けれどハクは勝手に神社から抜け出したことを後ろめたく思っているようだ。そんな彼へ、怖い事は何もないのだと――雪緒が優しく囁いて、子狐姿のハクを抱きしめた。
「母君は君を、君たち三人を心から心配しているよ」
嘘なんて吐いていやしない、そんな雪緒の言葉に励まされ、ハクはゆっくりと立ち上がる。
「……そう。僕は良い子の味方だから、さ」
●狐子~コン
「いらっしゃいませ~」
皆が狐子の捜索に動く中、御菓子はクレープ屋の手伝いをしながら、お客の子供たちに注意を払っていた。七分袖のブラウスにジャンパースカート、頭に三角巾を乗せた今の姿は、これはこれで可愛いんじゃないかなと思いながら。
(……ん?)
興味津々に子供たちがクレープのトッピングを覗き込む中――彼女は其処に、巫女服を着た女の子が輪の中に入ろうかどうしようかと悩んでいる姿を見つけた。もしかして彼女が、探している狐子だろうか。
「ね、甘いお菓子は好き?」
そう思った時、御菓子は妹に屋台をお願いして少女の元へと向かっていた。あ、と其処で、同じく狐子を探していた梨緒と夜司も合流する。
「一人でどうしたんですか? それ、食べたいんでしたら一緒に食べましょう?」
「え、ええっと……別に、どうしても食べたいって訳じゃないけど、あなたが一緒に食べたいって言うなら食べてあげる!」
――やはり話に聞いた通り、この狐子はツンとした子のようだ。それでもその尻尾が嬉しそうにぱたぱた揺れているのに、三人はしっかりと気付いていた。
「はい、美味しいお菓子はみんなを幸せにするんだよ」
そう言って御菓子が手渡したクレープを少女は頬張り、一方で梨緒は怯えさせないよう注意しながら優しく手を引きつつ、ふんわりと少女に話し掛ける。
「お祭りって色々な物が売ってますし、歩く人々も皆楽しそうでわくわくしますものね」
と、その間に皆が簡単に自己紹介をしつつ、夜司は少女に名を尋ねた。けれど少女は口ごもり、好きに呼んでと言うようにぷいと頬を膨らませる。なら、と三人は考えた末に彼女をコンと呼ぶことにした。
「ふ、ふん……ニンゲンにしては気の利いた名前ね!」
「屋台に興味津々な様子じゃが、金がなくては買えなかろう? ならばこの爺が出してやるぞい」
どうやって、と訝しげに此方を見つめてくるコンに、夜司はほっほと人好きのする笑みを浮かべてみせる。
「なに、心配には及ばん。こちとら年金をたんと貰っておる、蓄えは万全じゃよ」
「ネンキン……何だかわからないけど、すごいものなのね……」
何でも好きな物を選ぶとよいと言う夜司に、コンは真剣な表情で屋台を見比べた。林檎飴に綿菓子、ベビーカステラ――普段余り目にすることのないお菓子は、彼女の目の前できらきらと光り輝いているようだ。
「……こうしておると孫の幼い頃を思い出す」
と、必死にどれを食べようかと悩むコンの元に、静かな夜司の独白が聞こえてきた。孫娘は早くに両親を亡くし、自分が男手ひとつで育ててきたのだ――そう言った彼は、ふと真面目な表情になってコンの背中に問いかけた。
「おぬしはどうじゃ? 心配してくれる母御はおるのかね」
「……っ」
結局コンは我儘を言う事無く、可愛らしい林檎飴をひとつだけ買って。何時しか彼らは、祭りの喧騒から離れた鳥居の近くまでやって来ていた。
「さて、狐子や。気は済んだかのう。母御が心配しておる、うちに帰ろうぞ」
夜司がコンに告げる中、御菓子が油揚げを出して――大好物を前に気の緩んだコンは、子狐の姿に戻ってしゅんと項垂れる。
「お主は優しい娘じゃ。祭りにも行けずひとり稲荷で待つ母御に心を痛めぬわけはあるまい」
そう、コンも狐神のことを思ったから――大好きなお菓子を前にしても、素直に喜べなかったのだ。それをちゃんと見抜いた夜司は、時の流れを変化させて13歳の少年の姿へと変わる。
「叱られるのが怖ければ、儂もついていって一緒に詫びよう」
「そうして、狐神さんに楽しかった話を色々聞かせてあげましょう?」
梨緒も一緒になってコンの説得を行うが、あと少しといったところ。其処で夜司がコンに近寄り、その耳元でそっと囁いた。
(それでも怖いなら、儂と逢引していたと言えばよい)
「……~っ!!」
と、耳まで真っ赤になったコンは「帰るわよ!」とばかりに急いで駆けだす。途中狐神へのお土産も選びつつ、彼女の胸はどきどきと奇妙な高鳴りを見せていた。
●狐神の言葉
其々が無事に狐子を連れ帰ったのを確認した一行は、千本鳥居をくぐって狐神の元へと向かった。
彼女は優しくも厳しい母親のように狐子を出迎えたが、彼らが項垂れつつも満足気な顔をしているのを見て、喜びの方が勝ったようだ。本当に世話になったと、狐神は皆へ丁寧に頭を下げる。
「何かお礼ができればいいのじゃが……そうじゃ、狐子が使っていた変化、あれをぬしらも使えるようにしておこう」
それはまだ発現していない者達に対して因子特徴を認識されなくなり、一般人のように映るようになる能力なのだと言う。
「ぬしらの中には、因子による特徴が顕著に現れているものもいるだろう。そういったものが一般人にまぎれる際には便利かも知れぬ」
――そして、と更に狐神は言葉を続けた。
「……今回の件で、儂ら『狐』と人との絆はより深まった。今後は儂らのような特徴を持つものも現れるかもしれぬ」
こうして、伏見稲荷の古妖からの依頼は無事に解決した。姫路から渡されたお土産の林檎飴に目を細めつつ、狐神と狐子たちは社の奥へと消えていく。
「……名残惜しいが達者でな」
夜司がそっと呟き、彼らは手を振ってお別れをして――そしてF.i.V.E.の元へと帰還をするのだった。
伏見稲荷の古妖――狐神からF.i.V.E.へと持ちかけられた依頼。それは、神社の外に出てしまった狐子たちを自分の代わりに連れ戻して欲しい、と言うものだった。
「わかりやすい頼みものじゃな。女性の頼みなら断らんし、それが子を思う親の頼みならなおさらじゃの」
祭囃子に耳を澄ませながら『自称サラリーマン』高橋・姫路(CL2000026)は、今夜の為に着こなした浴衣姿でぽりぽりと頭を掻く。
「狐神さん、狐子さん達が心配なのですね……」
そう言って、そっと優しい藍色の瞳を伏せる上靫 梨緒(CL2000327)も、彼女らの身を案じるひとりだ。
「狐子さん達を保護して、連れ戻してあげれば元気になって下さるでしょうか」
「……そうだの。狐神の様子も気になるが、まずは目先の不安を取り除いてやることが先決か」
のんびりと、けれど確りと頷く由比 久永(CL2000540)の浮世離れした美貌は、非日常である秋祭りの夜に奇妙なほど映えていた。
「ふふ、狐神の子どもたちなんて、さぞかし可愛いのでしょうね」
と、『女帝』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)も、祭りの喧騒に惹かれた狐子たちに興味津々の様子。滝のように流れる豊かな銀髪に、深紅のドレスが鮮やかで――彼女もまた、人ならざる美しさを放って祭りの夜にやって来た妖精のようだった。
「よもや、伏見に住まうお稲荷様から直々にご依頼頂くとは……畏れ多いことですわ」
一方、闇に溶けるように静かに佇むのは『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)で――彼女も、信太のお稲荷様に縁浅からぬ家の出と言うことで、気合を入れていこうと決意を新たにする。
「しかし、本当にこれで狐子さんが釣れるんやろか……」
そんなかがりが目の前にぶら下げているのは、神主さんから支給された油揚げだった。確かにそれは綺麗な狐色をしていて、秘伝の一品だと言われれば納得もするのだが――神主さん自らが割烹着を着て作り、神社に奉納しているのだと教えられた時は妙な脱力感を覚えたものだ。
「童子が祭囃子に惹かれるのは自然の習い。無理に連れ戻すのは野暮、まずは存分に付き合い好奇心を満たしてやればよい」
ほっほ、と好々爺然とした笑みを浮かべ『木暮坂のご隠居』木暮坂 夜司(CL2000644)は人々でごった返す通りを眺めた。
「そうだね、楽観視し過ぎるのもいけないのだろうけれど……」
歌うように呟き、『人懐っこい蛇』三間坂 雪緒(CL2000412)の唇がうっとりするような笑みを刻む。紺地に鱗に垂れ桜六通の浴衣を着た彼女は、思わず見惚れるほどに美しかった。
「きっと僕らに掛かれば、三人の狐子達はすぐに見つかるよ。それに、儚いあの母君を一人で置いていくなんて、流石にしないんじゃあないかとね」
と、其処で彼女はこの場所に仲間がひとり足りないことに気付く。確かこの依頼には、『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)も参加する筈だったのだが――。
「あ、御菓子先生は、先にお祭りの会場に向かっているそうですよ。何でも、屋台のお手伝いをするとかで……」
梨緒曰く、実家が洋菓子店だと言う御菓子は、家の手伝いを子供の頃からしていたらしい。今回の秋祭りでもクレープの屋台を出すとの事で――当然のように、こういう時には彼女も駆り出されるのだとか。
さて、簡単な打ち合わせが終わったところで一行は三手に別れ、其々が狐子をひとりずつ探すことになった。
「それにしても祭りというのは、どうしてこう心躍るのだろうなぁ」
好奇心に負けるのも仕方あるまいて――そう呟く久永の声が、静かに夜空に吸い込まれていった。
●狐子~ケン
「じゃあウチは、エメさんと一緒に」
「ええ、元気な狐子くんを探すとしましょうか」
見た目に反して意外と気さくなエメレンツィアはかがりに頷き、あちこちに興味を惹かれつつも目当ての狐子を探し始めた。
「身体を動かすのが好きって事だし、射的や輪投げ……それと金魚すくいみたいなゲームをする屋台を覗いてみましょうか」
「あるいは、もう何もかもが珍しくて走り回ってる言う可能性も高いな」
そう言って辺りを見回すかがりの元に「ひゃっはー!」と言うやけにテンションの高い声が響いてくる。もしや、と妙な予感を覚えてふたりが顔を見合わせると、其処には全身で喜びを表現していると思しき少年の姿があったのだった。
(いきなり見つかった……)
狐面をひっかけ、元気に走り回ってる子――狐耳と尻尾も出かかってるし間違いない。しかも致命的に空気を読めずはしゃぎまくっている。
「こんにちは、元気な僕。お姉さんと一緒にお祭り遊びましょ?」
――だが、エメレンツィアは持ち前の社交的な性格を活かし、にっこりと微笑んで少年に近寄り声を掛けた。すると彼は「いいぜ!」と頷いてエメレンツィアの手をぎゅっと握る。
「やっぱり可愛い男の子ね♪」
「なんや坊ん、元気な子やなあ」
かがりも少年の白い髪をわしゃわしゃと撫でて――狐子が化けた少年は、くすぐったそうにかがりへお返しをしようとぴょんぴょん跳ねていた。
「ね、君はお名前なんていうの?」
人ごみの邪魔にならないように手を繋いで歩きながら、エメレンツィアは少年に問う。しかし彼は、うーんと唸って考え込んでしまった。
「あー……ニンゲンって名前で呼んだりすんだっけ……まずいな、名前なんて特にねーし……」
「ん? 何か言うた?」
小首を傾げるかがりに、少年は慌てて首を振って。訳あって名乗れねーんだ、とお忍びのお坊ちゃまのような事を言ってふたりを見上げた。
「そーだ! 姉ちゃん達が付けてくれよ、名前!」
「名前かぁ……」
今度はふたりが逆に考え込みつつ――やがてどちらからともなく、ぽつりと『ケン』と零す。
「へー、ケンかぁ。格好いい名前だな!」
うきうきと狐子――ケンは祭囃子に耳を澄ませ、人々でごった返す通りを楽しそうに歩き始めた。そんな彼の様子を見守るかがりが、何とはなしに自分のことを話し始める。
「ウチ自身は体を動かすのは得意やないけど、双子の妹がおりましてなぁ。これがまたチョロチョロと元気な子ぉで、もうホンマに……」
と、其処でケンがじーっと自分を見つめているのに気が付いて、かがりは「こほん」と咳払いをした。
「……えーと、そう。つまり、そう言う子ぉの相手には慣れてる言うこっちゃな」
そんな会話を交わす内に、三人は射的の店へと辿り着く。お姉さんたちと勝負してみる? とエメレンツィアが微笑み、一も二もなくケンが頷いた。
「ふふ、君はこういうのが得意かなって思ったんだけど、どう?」
玩具の銃を受け取り、真剣に狙いを定めるケン。しかし彼の弾は僅かに逸れ、かがりが彼の肩を叩く。
「でも射的の腕はまだまだやな!」
そんな訳で、次に挑戦するのはかがり。運動は苦手と言いつつも、戦いで銃を扱う彼女は難なく的を射抜き――景品のお菓子詰め合わせを手に入れて得意げに笑ったのだった。
「へぇ、こんな味がするのね……おいしい?」
それから三人は人通りの少ない場所でお菓子をぱくつきつつ、自身も初めての体験と言うエメレンツィアに、元気よくケンが頷いた。
――さて、十分楽しんだだろうし頃合いだろうか。其処でふたりが取り出したのは、秘伝の油揚げ。それを目にしたケンは「お!」と身を乗り出し――気を緩めた所で変化が解け、本来の子狐の姿に変わる。
「あ……!」
口をぱくぱく開け閉めしながら、観念したように尻尾を丸めて大人しくなるケン。気まずそうに此方を見上げて来る彼へ、かがりが優しく言い聞かせるように囁いた。
「なあ、お母ちゃんも心配しててんで? お腹も空いたやろ? 皆と一緒に、おうち帰られへんかな」
ん、とすっかりしおらしくなったケンの尻尾を撫でながら、エメレンツィアも愛らしいウインクをする。
「ふふ、心配しないで。他の二人も一緒よ。狐神様のところに一緒に帰りましょう?」
そんなふたりにそっと身を摺り寄せて、ケンははっきりと頷いてみせたのだった。
●狐子~ハク
人々の気持ちも高揚している故、未熟な変化でも即座に騒ぎになることはないと思うが――そう言いつつも久永は、早く見つけてやるに越したことはないかと言って。マイペースな狐子を探すことにした三人は、それぞれ分担して屋台を回ることにする。
狐耳と尻尾、それに神主衣装を頼りに雪緒は屋台を行ったり来たり。残念ながら射的と型抜きの店は不発に終わったが――姫路が覗いた、玩具を売っているお店に狐子の少年は居た。マイペースと言うことで、見てて飽きにくそうな出店に居るのでは、と言う彼の読みが当たったらしい。
「迷子の迷子の子猫ちゃん探しじゃ。母親も心配しておるのでわしらも探しておる、そんなところじゃよ」
姫路が店主にそう断りを入れつつ、じーっと売り物を眺めている少年に先ず雪緒が声を掛けた。
「やあ。良い祭りの夜だね、楽しめているかい? ……急に話しかけて済まない。でも、なんだか楽しそうに見えたものだから」
んー、と何処か夢心地に頷く少年は、出店に鎮座する木彫りの熊の置物に目を奪われている様子。渋い趣味だねと苦笑する雪緒は、そっと少年に向けて手を差し伸べた。
「僕は、このお祭り初めてなんだ。良かったら、少し一緒に巡って貰えないだろうか」
そうして久永もまた、少年と目線を合わせながら共に遊んでくれまいかと尋ねる。祭りにひとりは寂しかろう――そう言った彼の言葉に、ふと少年の表情に陰が差した。
「そう言えば名を聞いておらなんだが、教えてもらえるものだろうか」
「……好きに呼んで、いいよ」
じゃあ、と三人は暫し考え、彼をハクと呼ぶことにする。そのハクはと言えば、今度は屋台に並んだ妙なTシャツに心奪われているようだった。――なんか、でかでかと真ん中に『根性』と書かれているような奴だ。
「むぅ、こちらのも捨てがたいな」
と、真剣に悩む久永が指さしたのは『茶柱』と書かれたシャツ。どっちもどっちじゃな、と密かに姫路は苦笑する。
「でもまぁ、わしもこういうのは好きじゃからな」
水風船の感触を楽しみつつ姫路が呟き、ハクは久永と手を繋ぎながら興味深そうにわたあめを食べていた。そんな彼らを、雪緒が微笑ましく見守っている。
「わたあめはふわふわして甘いのだ。不思議だろう?」
「うん。雲をちぎって食べたら、こんな感じになるのかな」
久永とハクの会話を聞きながら――幼い頃、兄と祭りへ行ったことを思い出すと雪緒は呟いた。兄は射的や金魚すくいが苦手な不器用な人で。そう言った雪緒の目に飛び込んで来たのは、金魚すくいの屋台だ。
「僕が代わりに景品を取ったものだ……と、どれがいい? 取ってみせるよ」
すいすいと水槽を泳ぐ金魚たちにハクは魅せられたようで――久永も腕を組んで、うんうんと頷く。
「金魚すくいも外せんな。余は下手だがな、上手く掬えると楽しい」
ちなみに食ってはならぬらしいぞ、と忠告する久永に、何だかハクはがっかりした様子だった。ともあれ鮮やかな手捌きで雪緒は金魚を掬い、お土産だと言って戦利品を彼に手渡す。
「……実はね、僕たちは母君に頼まれたんだよ」
たくさん遊んで、ハクの満足気な顔が見れた所で――雪緒たちは人目につかない場所でこっそりと、油揚げを見せてハクの変化を解かせた。観念して項垂れるハクの頭を撫でて、久永は年長者らしい佇まいで彼に言い聞かせる。
「祭りは楽しかったか? ならばそろそろ帰ろうぞ。狐神も心配しておる……余達に依頼をするくらいにな」
「祭りもしまいじゃ。カラスも鳴き疲れて寝る頃じゃろ」
姫路も帰ろうとハクを促し、けれどハクは勝手に神社から抜け出したことを後ろめたく思っているようだ。そんな彼へ、怖い事は何もないのだと――雪緒が優しく囁いて、子狐姿のハクを抱きしめた。
「母君は君を、君たち三人を心から心配しているよ」
嘘なんて吐いていやしない、そんな雪緒の言葉に励まされ、ハクはゆっくりと立ち上がる。
「……そう。僕は良い子の味方だから、さ」
●狐子~コン
「いらっしゃいませ~」
皆が狐子の捜索に動く中、御菓子はクレープ屋の手伝いをしながら、お客の子供たちに注意を払っていた。七分袖のブラウスにジャンパースカート、頭に三角巾を乗せた今の姿は、これはこれで可愛いんじゃないかなと思いながら。
(……ん?)
興味津々に子供たちがクレープのトッピングを覗き込む中――彼女は其処に、巫女服を着た女の子が輪の中に入ろうかどうしようかと悩んでいる姿を見つけた。もしかして彼女が、探している狐子だろうか。
「ね、甘いお菓子は好き?」
そう思った時、御菓子は妹に屋台をお願いして少女の元へと向かっていた。あ、と其処で、同じく狐子を探していた梨緒と夜司も合流する。
「一人でどうしたんですか? それ、食べたいんでしたら一緒に食べましょう?」
「え、ええっと……別に、どうしても食べたいって訳じゃないけど、あなたが一緒に食べたいって言うなら食べてあげる!」
――やはり話に聞いた通り、この狐子はツンとした子のようだ。それでもその尻尾が嬉しそうにぱたぱた揺れているのに、三人はしっかりと気付いていた。
「はい、美味しいお菓子はみんなを幸せにするんだよ」
そう言って御菓子が手渡したクレープを少女は頬張り、一方で梨緒は怯えさせないよう注意しながら優しく手を引きつつ、ふんわりと少女に話し掛ける。
「お祭りって色々な物が売ってますし、歩く人々も皆楽しそうでわくわくしますものね」
と、その間に皆が簡単に自己紹介をしつつ、夜司は少女に名を尋ねた。けれど少女は口ごもり、好きに呼んでと言うようにぷいと頬を膨らませる。なら、と三人は考えた末に彼女をコンと呼ぶことにした。
「ふ、ふん……ニンゲンにしては気の利いた名前ね!」
「屋台に興味津々な様子じゃが、金がなくては買えなかろう? ならばこの爺が出してやるぞい」
どうやって、と訝しげに此方を見つめてくるコンに、夜司はほっほと人好きのする笑みを浮かべてみせる。
「なに、心配には及ばん。こちとら年金をたんと貰っておる、蓄えは万全じゃよ」
「ネンキン……何だかわからないけど、すごいものなのね……」
何でも好きな物を選ぶとよいと言う夜司に、コンは真剣な表情で屋台を見比べた。林檎飴に綿菓子、ベビーカステラ――普段余り目にすることのないお菓子は、彼女の目の前できらきらと光り輝いているようだ。
「……こうしておると孫の幼い頃を思い出す」
と、必死にどれを食べようかと悩むコンの元に、静かな夜司の独白が聞こえてきた。孫娘は早くに両親を亡くし、自分が男手ひとつで育ててきたのだ――そう言った彼は、ふと真面目な表情になってコンの背中に問いかけた。
「おぬしはどうじゃ? 心配してくれる母御はおるのかね」
「……っ」
結局コンは我儘を言う事無く、可愛らしい林檎飴をひとつだけ買って。何時しか彼らは、祭りの喧騒から離れた鳥居の近くまでやって来ていた。
「さて、狐子や。気は済んだかのう。母御が心配しておる、うちに帰ろうぞ」
夜司がコンに告げる中、御菓子が油揚げを出して――大好物を前に気の緩んだコンは、子狐の姿に戻ってしゅんと項垂れる。
「お主は優しい娘じゃ。祭りにも行けずひとり稲荷で待つ母御に心を痛めぬわけはあるまい」
そう、コンも狐神のことを思ったから――大好きなお菓子を前にしても、素直に喜べなかったのだ。それをちゃんと見抜いた夜司は、時の流れを変化させて13歳の少年の姿へと変わる。
「叱られるのが怖ければ、儂もついていって一緒に詫びよう」
「そうして、狐神さんに楽しかった話を色々聞かせてあげましょう?」
梨緒も一緒になってコンの説得を行うが、あと少しといったところ。其処で夜司がコンに近寄り、その耳元でそっと囁いた。
(それでも怖いなら、儂と逢引していたと言えばよい)
「……~っ!!」
と、耳まで真っ赤になったコンは「帰るわよ!」とばかりに急いで駆けだす。途中狐神へのお土産も選びつつ、彼女の胸はどきどきと奇妙な高鳴りを見せていた。
●狐神の言葉
其々が無事に狐子を連れ帰ったのを確認した一行は、千本鳥居をくぐって狐神の元へと向かった。
彼女は優しくも厳しい母親のように狐子を出迎えたが、彼らが項垂れつつも満足気な顔をしているのを見て、喜びの方が勝ったようだ。本当に世話になったと、狐神は皆へ丁寧に頭を下げる。
「何かお礼ができればいいのじゃが……そうじゃ、狐子が使っていた変化、あれをぬしらも使えるようにしておこう」
それはまだ発現していない者達に対して因子特徴を認識されなくなり、一般人のように映るようになる能力なのだと言う。
「ぬしらの中には、因子による特徴が顕著に現れているものもいるだろう。そういったものが一般人にまぎれる際には便利かも知れぬ」
――そして、と更に狐神は言葉を続けた。
「……今回の件で、儂ら『狐』と人との絆はより深まった。今後は儂らのような特徴を持つものも現れるかもしれぬ」
こうして、伏見稲荷の古妖からの依頼は無事に解決した。姫路から渡されたお土産の林檎飴に目を細めつつ、狐神と狐子たちは社の奥へと消えていく。
「……名残惜しいが達者でな」
夜司がそっと呟き、彼らは手を振ってお別れをして――そしてF.i.V.E.の元へと帰還をするのだった。
