マスコットキャラ大暴走!
●封印されし獣の目覚め
そこは倉庫とは名ばかりで、使わなくなった物を押し込むだけの場所だった。
商店街のパーティーで使ったサンタの衣装。 祭りで店先につるした提灯。 講演会で1度だけ使用した案内の立て看板。
次から次へと押し込まれ、奥の物から順にその存在を忘れられていく。
そんな中に、それはあった。
暗い倉庫の中で、それの目に鈍い光が宿ったかと思うと、眠りから覚めたかのように動き出す。
重い腰をゆっくりと上げ立ち上がり、長らく開けられていない倉庫を内側からこじ開けた。
ゴトリと錠前が落ちたその後に続く扉の開く重い音は、まるで地獄の釜が開いてしまったかのようだ。
その音を聞いてか、何事かといった様子でひょっこりと倉庫の入り口を覗きに来た男が、それを見て腰を抜かす。
倉庫の中から、異形のものが現れた。
それだけで腰を抜かすに値するが、その男が驚いたのは何もそれの姿からという訳では無い。
その男はそれを知っていた。 しかし、動くはずが無いのだ。
何せそれは…
「く…くま~る君が! ひとりでに動いてるっ!」
●万里の説明会
「みんな、くま~る君って知ってる?」
依頼の話があるからと集った覚者達に夢見の久方 万里(ID:nCL2000005)が世間話でもするかのように笑顔を向ける。
小首をかしげる覚者達だが万里の話しはなおもその謎のくま~る君についてだ。
「こ~んなおっきな、ちょっと寝ぼけた感じのクマのマスコットキャラでね! 胴体がぐにゅーんと伸びるの!」
それは…色々大丈夫なのか? という覚者の視線に気がついたのか、万里はショボンと肩を落とす。
「地方の町おこしで出来たキャラらしいんだけど、人気が全然でなかったみたいであっという間に倉庫行きだったんだって」
世には沢山のご当地物が出るが3年以上残る物は意外と少ない。 そして残らないものは消えてゆく。 当たり前の事だ。
「で! そういう訳で今回の相手はこのくま~る君だよ!」
再び首をかしげる事となる覚者達。 話しの繋がりが見えず、何がそういう訳なのか解らない。
しかし考えられる可能性はそこまで多い訳でもない。
「このくま~る君…の、きぐるみっていうのかな? これがツクモガミになってイタズラして回るって夢を見ちゃったんだ」
物に魂が宿り古妖となるというツクモガミ。 しかしまさかこんな緊張感の無い物に宿るとは。
「攻撃方法は、ぎゅーっと抱きしめるみたいな、べあはっぐ?みたいなのと、胴体をぐにゅ~んと伸ばして巻き付いてくる攻撃。 もこもこのふわふわで気持ち良さそうに見えなくも無いけど、暑苦しいし結構力も強いみたい」
確かにきぐるみに抱きしめられた所で大したダメージは受けないように思うが注意するに越した事は無いだろう。
「それにね! 1番注意しないといけないのは…。 なんと! バクっと人を食べる攻撃だよ!」
今までのどこか微笑ましい絵面になりそうな攻撃から一変、いきなりの獰猛そうな攻撃方法! 一体どうしたというんだくま~る君!
「くま~る君は大きな口から人が入るタイプなんだ。 だから食べられちゃうと、丁度きぐるみを着た感じにされちゃうの」
人を喰らう…といえば聞こえは恐ろしいが、とどのつまりはきぐるみを無理やり着せられるような物らしい。
「あ! しょーもないって思ってるでしょ! でも、くま~る君の中の蒸し暑さは半端じゃないと思うよ~! それに汗だくでひと夏着続けたまま洗ってないみたいで…。 な、中に閉じ込められたらって考えるだけでもゾっとするよ…。 しっかり退治してきてね!」
力の抜けそうな依頼に無理やり気合を入れようと、万里は元気に覚者達を送り出すのだった!
そこは倉庫とは名ばかりで、使わなくなった物を押し込むだけの場所だった。
商店街のパーティーで使ったサンタの衣装。 祭りで店先につるした提灯。 講演会で1度だけ使用した案内の立て看板。
次から次へと押し込まれ、奥の物から順にその存在を忘れられていく。
そんな中に、それはあった。
暗い倉庫の中で、それの目に鈍い光が宿ったかと思うと、眠りから覚めたかのように動き出す。
重い腰をゆっくりと上げ立ち上がり、長らく開けられていない倉庫を内側からこじ開けた。
ゴトリと錠前が落ちたその後に続く扉の開く重い音は、まるで地獄の釜が開いてしまったかのようだ。
その音を聞いてか、何事かといった様子でひょっこりと倉庫の入り口を覗きに来た男が、それを見て腰を抜かす。
倉庫の中から、異形のものが現れた。
それだけで腰を抜かすに値するが、その男が驚いたのは何もそれの姿からという訳では無い。
その男はそれを知っていた。 しかし、動くはずが無いのだ。
何せそれは…
「く…くま~る君が! ひとりでに動いてるっ!」
●万里の説明会
「みんな、くま~る君って知ってる?」
依頼の話があるからと集った覚者達に夢見の久方 万里(ID:nCL2000005)が世間話でもするかのように笑顔を向ける。
小首をかしげる覚者達だが万里の話しはなおもその謎のくま~る君についてだ。
「こ~んなおっきな、ちょっと寝ぼけた感じのクマのマスコットキャラでね! 胴体がぐにゅーんと伸びるの!」
それは…色々大丈夫なのか? という覚者の視線に気がついたのか、万里はショボンと肩を落とす。
「地方の町おこしで出来たキャラらしいんだけど、人気が全然でなかったみたいであっという間に倉庫行きだったんだって」
世には沢山のご当地物が出るが3年以上残る物は意外と少ない。 そして残らないものは消えてゆく。 当たり前の事だ。
「で! そういう訳で今回の相手はこのくま~る君だよ!」
再び首をかしげる事となる覚者達。 話しの繋がりが見えず、何がそういう訳なのか解らない。
しかし考えられる可能性はそこまで多い訳でもない。
「このくま~る君…の、きぐるみっていうのかな? これがツクモガミになってイタズラして回るって夢を見ちゃったんだ」
物に魂が宿り古妖となるというツクモガミ。 しかしまさかこんな緊張感の無い物に宿るとは。
「攻撃方法は、ぎゅーっと抱きしめるみたいな、べあはっぐ?みたいなのと、胴体をぐにゅ~んと伸ばして巻き付いてくる攻撃。 もこもこのふわふわで気持ち良さそうに見えなくも無いけど、暑苦しいし結構力も強いみたい」
確かにきぐるみに抱きしめられた所で大したダメージは受けないように思うが注意するに越した事は無いだろう。
「それにね! 1番注意しないといけないのは…。 なんと! バクっと人を食べる攻撃だよ!」
今までのどこか微笑ましい絵面になりそうな攻撃から一変、いきなりの獰猛そうな攻撃方法! 一体どうしたというんだくま~る君!
「くま~る君は大きな口から人が入るタイプなんだ。 だから食べられちゃうと、丁度きぐるみを着た感じにされちゃうの」
人を喰らう…といえば聞こえは恐ろしいが、とどのつまりはきぐるみを無理やり着せられるような物らしい。
「あ! しょーもないって思ってるでしょ! でも、くま~る君の中の蒸し暑さは半端じゃないと思うよ~! それに汗だくでひと夏着続けたまま洗ってないみたいで…。 な、中に閉じ込められたらって考えるだけでもゾっとするよ…。 しっかり退治してきてね!」
力の抜けそうな依頼に無理やり気合を入れようと、万里は元気に覚者達を送り出すのだった!

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖、くま~る君(ツクモガミ)の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
でも実際に会った事はほとんど無かったりします。
●くま~る君の紹介
ぼ~っとした表情の可愛いくまのきぐるみ。 大きさは2m程。
胴部分が段々腹のように蛇腹になっていて、そこを伸ばす事で遠距離に届くくらいまでびよ~んと伸びる。
腹のせいか他が悪いのか、中はとにかく蒸し暑い。
倉庫の奥にしまわれていたとは思えないほどもっこもこのふわふわで、外側は肌触りも良い。
着させられている状態だと、くま~る君の口から中の人が見えている状態、だけど口を閉じて蒸し暑くする事も出来る様子。
どうもイタズラ好きらしく、迷惑をかけて楽しんでいる様子。
倒せば反省し、おとなしくなる。
●攻撃方法
・べあはっぐ……近距離の相手を両腕で抱きしめて締め上げる単体物理攻撃。 暑苦しい。
・巻き付き……胴を伸ばし、遠距離1列にダメージを与える物理攻撃。 暑苦しい。
・丸呑み……バクリと相手を口から食べて、自分を着た状態にさせる近距離攻撃。 くま~る君の中に入れられた人は動けなくなり、体力がじわじわ減っていく。 外からある程度攻撃すると助け出せる。 外から攻撃してももこもこの生地のおかげで中の人はダメージを受けない。
●戦う場所
古い倉庫の前で、出て来たばかりのくま~る君と戦うことが出来ます。
周囲に居るのは、オープニングで倉庫を覗きに来た用務員さんのみ。 逃げるよう伝えればすぐ逃げてくれるでしょう。
倉庫の周りは芝の生えた開けた場所になっています。
遮蔽物や高低差などは無く、戦いやすい場所といえるかもしれません。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月18日
2015年09月18日
■メイン参加者 8人■

●
「く…くま~る君が! ひとりでに動いてるっ!」
用務員の叫び声が響く。
夢見の夢ではくま~る君の蒸し蒸し地獄の犠牲になってしまう筈だった彼だが、ここからは夢とは筋書きが違う。
「ここは俺達に任せてくれ」
あわや腰を抜かしてしまいそうな用務員の肩を、阿久津 亮平(CL2000328)がぽんと叩き、前に出る。
突然後ろから現れた覚者達に息を呑み驚く用務員だったが、はっと我に返るとこくこくと頷きやや不安そうに振り返りながらも走り去る。
「あら、けっこうかわいいじゃないの」
「ホンマやな! どんなんか思ったけど意外と可愛いやん、くま~る君♪」
兎耳を付けた虚ろな目の南条 棄々(CL2000459)が、その目にハイライトを取り戻しつつくま~る君を一瞥すると、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)もその言葉に同意する。
「無条件で子供達がキャッキャと群がってくる、いわゆる万年モテ期! そんな素敵な身体を悪戯に使うなんて、たまちゃん許しません…!」
続く明智 珠輝(CL2000634)からの言葉は、女性達と同じ意見と捕えて良いのかは微妙な所だが、今まで受けた事の無い羨望の眼差しは、悪い気はしない。
邪魔をしに来たと思われる相手からの高評価に上機嫌のくま~る君。 人に仇をなす事はあるが、純粋に悪い存在では無い。
そんな雰囲気をくま~る君に見た神室・祇澄(CL2000017)が、すかさず疑問と優しい言葉を投げる。
「出番がなくて、寂しかったの、ですか?……それとも、人を襲うのは、あなたの意思、なのですか?」
寂しさがない訳では無い。 情けなさが無い訳でもない。 しかし、それよりも今は…!
くま~る君は久々の外の空気を謳歌し空気を体いっぱいに取り込むと、腕をガパガパとベアハッグの素振りの如く動かす。
日の光を浴びて思いっきり体を動かしたい…に近いのかもしれない。
「確証はないが、君を活かせる場所を僕は知っているのだが…」
水蓮寺 静護(CL2000471)が、やる気満々のくま~る君を見てやれやれと呟き、鈴白 秋人(CL2000565)がその続きを代弁する。
「先ずは大人しくなって貰わないとだな」
覚者達はこくんと頷きくま~る君に向き直り、気合を入れる。
「こんな外見でも敵は敵だ。外見に騙されて足元を掬われる訳には行かないな」
天明 両慈(CL2000603)の言葉を合図にしたかのように、くま~る君VS覚者の戦いの火蓋が切って落とされたのだった!
●
「……さっさと倒すぞ」
対峙の緊張感を残したまま両慈が素早く本を開き、その上に手をかざす。
本は淡く緑色に輝くと、両慈を中心に清らかな風が渦を巻くように辺りを流れ、覚者達の身体能力を研ぎ澄まさせる。
体に力が漲るのを感じた亮平は、くるんとナイフを逆手に持ち直し、すくい上げるように目の前の虚空を断つ。
ナイフの斬撃の軌跡が雷に変化し、静電気のような物がくま~る君に向けて走ったかと思うと、破裂するような爆音と共に上空からの稲妻がくま~る君にお見舞いされる!
雷を呼ぶ、「召雷」の術だ。
何が起こったかすらも解らない様な不可避の雷撃。
ポカンと空いていた口をムググっと引き締めるくま~る君。 遊びたいとはいってもやられっぱなしでは癪だ!
ここらでいっちょ自分の力をみせてやろうとばかりに、のったのったと前衛達に走り寄る!
その姿は愛くるしいといえなくも無いが、攻撃の為の移動となればそうも言ってられない。
「させはしない!」
静護の声と共に水弾が頬に炸裂し、ぐらりと怯むくま~る君!
攻撃に転じようとした先でさらに返り討ち。 くま~る君はさらにむぐむぐと口を結んで悔しがる!
その隙に、紅い何かが懐にもぐりこみ、返した刃が日の光を反射させる。
「ちょい痛いかもしれんのはカンベンな!」
凛が刀を振るうと峰がくま~る君の横っ腹にめり込み、重い衝撃につぐんだ口が大きく開いてしまう。
前のめりに1歩、よろけたように歩を進めるくま~る君だが…。
「あ…危ないです…!」
気づいた祇澄の声はぎりぎりのところで間に合わず、くま~る君はキラリと瞳を光らせて、凜に抱きつくように腕を振るう!
「のわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
凜を抱えるように捕えたくま~る君は、空けていた口をさらに大きく開き、そのまま口の中に凜を放り込んでしまう!
悲鳴は瞬く間にくぐもり、くま~る君の形がモゾモゾと大きく歪み、それが収まる。
すると、ほんの一瞬の出来事でありながら、見事に凜がくま~る君を着たかのような状態になってしまっていた!
「こ、こらクマったな…」
くま~る君の口から顔を出した凜がジョークを飛ばすが、中からはやはり動かせないらしく、身じろぎをしようとしているらしいがくま~る君は微動だにしない。
「……可愛いわね。 少し羨ましくすらあるわ」
棄々の冗談とも本気とも思えるような言葉に、思わず照れるような表情を浮かべた凜の顔が唐突に何かに遮られ見えなくなる。
くま~る君がその口を閉じたのだ!
「な…!? 臭っ! 暑っ! な、なんやこれぇぇぇぇぇ!」
のほほんと立っているくま~る君の中から、くぐもった悲鳴が響く!
実家の道場でむさ苦しい匂いには慣れていた凜だが、FiVEに危険と判断されたくま~る君が必殺技に選ぶ蒸し蒸し地獄のその威力は、道場で味わった物よりも遥か上を行った。
すえた匂いは呼吸を妨害し、不快な暑さは頭を朦朧とさせる。
中から聞こえる凜の悲鳴は、あっという間に何を言っているかも解らないほどに弱々しくなってしまう。
「まずいな…!」
秋人がハンドガンを構え、左右に1発ずつの牽制射撃を行いながら駆ける!
思わず怯んだ隙に背後まで回りこんだ秋人はくま~る君の背にチャックなどが無い事を確認すると…
「やはり吐き出させるしかないか」
弧を描くような鋭い蹴りを放ち、くま~る君の背を強打する!
異物を飲み込んだ人の背を叩く事で吐き出させることが出来るように、背中への強いダメージで、思わず咽るように咳き込むくま~る君。
「ちょっと我慢しててね?」
背への衝撃に意識を背後に向けたくま~る君の正面にもぐりこんだ棄々が、猛る獣の如き一撃をその腹に打ち込む!
ボディへの重い一撃に体をくの字に折るくま~る君。
中の人へのダメージは無いとの事だが、それでも心配になってしまうほどの猛攻。
しかし、凜を助けるにはこれしか方法は無いのである。
「こ、こんな事は…やめてくださいっ!」
「やる事は変わらん。 手を休めず、攻めるだけだ」
続けて祇澄が大数珠から光の弾丸を、両慈が目の冴える様な雷を放つ!
光の弾丸は大きく曲線を描きくま~る君の脇腹につきささりボフンと鈍い音をたて、雷は一瞬の内にくま~る君の体を駆け巡り、その身を激しく痙攣させる。
やや焦げたかのように黒い煙を上げるくま~る君。 思わず開けてしまった大口から、ずるりと凜の体が吐き出される!
「ちょっと、大丈……ぅっ!」
正面に居た棄々が凜を助け起こそうとするが、思わず鼻を覆いその手を引っ込めてしまう。
体に付いてしまった匂いだけでも中の酷さが怖いほど解り、ダイエット効果すら期待できそうな量の汗は、短時間の拘束だったとは思えない程だ。
「……。 やっぱり羨ましくないわね」
棄々は、中に入ってみるのもいいかも…という考えを払い飛ばし凜の手を引き起こす。
「ど…道場の男連中が100キロ増量して、10倍に増えたようなキツさやったわ……」
ぐるぐると目を回してぐったりとした様子の凜に、秋人が手をかざすと、癒しの力を秘めた水が凜に降り注ぎ、長時間のサウナの後に水を与えられたような、脱力した体に力を与えるような癒しが凜を包む。
「お、恐ろしい攻撃……ですね」
癒しの水の力を受けてもヒクヒクと痙攣する凜の姿に、祇澄はごくりと息を呑む。
凜の惨状で士気の下がった覚者達に追撃をしようとくま~る君はぐにゅ~~んと胴を伸ばし、まるでヘビがとぐろを巻くように覚者達をその胴に絡めとる!
犠牲になったのは…中衛の秋人と棄々だ!
「く…っ! きぐるみのバイトはなれてるとはいえ…!」
「うぇ…暑苦し……。 匂いも酷い……!」
締め上げる力は決して強いとはいえないが、モコモコふわふわな生地は異様な熱気を孕み、染み出す香りは強靭な覚者の体力すら削る。
胴のとぐろに巻き込まれ身動きもままならない状態で、二人は必死にジタバタもがく!
着させられた状態と比べれば幾分はマシとはいえ、やはり暑いものは暑く、臭いものは臭い。
「今、助けるっ!」
伸びきった胴体は広い攻撃範囲を持つが、自身の弱点を増やすといえなくも無い。
その胴を、静護の水の力を宿した刀が切り裂いた!
蛇腹が伸びた状態の腹は、他の生地とくらべやや薄く、そこを攻められるのはやはり得策では無い。
慌てて、巻尺が巻き取られるように胴を戻すくま~る君。 絡まりそうなほど伸びきっていた胴は驚くほどスムーズに縮みきり、元のくま~る君の姿に戻る。
胴を収めつつも、胴の熱気にやられ弱った二人に更なる追撃を行おうとノタノタ走るくま~る君。
「ふふふ。 少しおイタが過ぎますね」
そのくま~る君の短い足に緑の蔦が絡みつきドテンとくま~る君の巨体が地面に転がる。
珠輝の、深緑鞭の術だ!
もそもそっと起き上がろうとするくま~る君に、再び激しい落雷が襲い掛かる。
「そろそろ諦めたらどうだ?」
まだ雷の残滓がパチパチとほとばしる本を閉じ、両慈は戦闘開始時と変わらぬトーンで話す。
しかし、何がそこまでくま~る君を掻き立てるのか、まだくま~る君の闘争心は衰えていない!
足に絡んだ蔦を振り払い、痺れる体を動かし、なおも覚者達に向けて腕を振り上げる!
しかし覚者もそれを黙って見ては居ない。
「そういう事をしちゃ、ダメだ」
「悪い子は、お仕置き、ですっ!!」
亮平と祇澄が左右に回り込み、ナイフの柄と隆起した地面がくま~る君の段々腹を打ち上げる。
よろよろとおぼつかない足取りでたたらを踏むくま~る君。
もはや限界なのは誰から見ても明らかである。
しかし、せめてもう一矢! もう一人を腹に収めて……!
最後の力を振り絞り、くま~る君は飛びつくように珠輝へと飛びつく!
勝利を確信した覚者達の隙を付いた、正に一瞬の出来事だった。
後ろを向き、ガツガツと貪る様に喰らわれ、あっという間に腹に収まってしまう珠輝。
字面的にはかなり恐ろしい事が起きているようだが、実際は匂いと熱気にさらされるだけ。 それが解っていながらも仲間が貪られるのをくま~る君の背越しに感じるというのは、やはりどこか恐ろしい物を感じる。
全てを腹に収めたくま~る君は、もごもごと大きく体を歪ませると、今までの荒々しさが嘘だったかのようにピタリと動きを止める。
「馴染む…。 実に馴染む! なんと暑い、そして刺激的な香り…!」
静けさに包まれた場に、珠輝の声が響く。
背を向けたままゆらりと立ち上がるくま~る君。
今までとは明らかに違う、異質な雰囲気。 身を分けられた魔王がその半身を喰らい、力を取り戻してしまったかのような威圧感だ。
腰から上をスマートに振り向かせたくま~る君。
口の中から覗く珠輝は世の心理を理解した賢人の如く恍惚の表情を浮かべ覚者達を見下ろす。
「さて、続きをやりましょうか?」
自信を携えた珠輝の微笑。 くま~る君は、やたらと軽やかにターンをし覚者達に向き直る。
まるで新しい妖でも誕生したかのような、その奇抜な容姿と動き。
どこから出したのか、赤いばらを短い指で器用に挟み、覚者達に向ける。
その香りを楽しむかのように薄く目を閉じた珠輝は、ゆっくりと開いた鋭い瞳を覚者達に向け、言葉を放った。
「さぁ、攻撃して助け出してくださいお願いします…!」
覚者の拳と足が一斉にくま~る君に襲い掛かる!
それは攻撃なのかツッコミなのかは定かでは無いが、「お前は何なんだよ!」という気持ちが込められているように見えるのは気のせいでは無いだろう。
目が眩むほどの青空に打ち上げられるくま~る君と珠輝。
覚者とくま~る君の、激しい戦いの幕切れであった。
●
「…よし。 これでほつれちゃった所は全部でしょうか?」
繕い、固定した糸をピンっと糸切り鋏で切った祇澄は、くま~る君の全身のほつれと汚れをチェックする。
激しい戦いで負傷し、所々から綿のでてしまっていたくま~る君。
しかし、ひとしきり暴れ終え満足したようで覚者の好意に甘えて戦いで負った傷を治療中だ。
「材料や器具があれば、蒸し暑い点も改善したかったんだけどな」
綿がはみ出していた頬を修復した亮平が首を捻り、改善できないかと考えるも、やはり即席の裁縫セットでは難しい。
しかし、それでも祇澄と亮平のおかげで倉庫から出てきたばかりの時よりも綺麗な姿になったくま~る君はご満悦の様子だ。
「でも、あんたも針仕事できるなんてね。 少し意外だわ」
「こう見えても女の子なんやで。爺ちゃんの弟子の剣着の繕い物とかもしてたしな」
祇澄と亮平だけではなく棄々と凜も修復を手伝い、少し前まで戦闘をしていたとは思えない程、和気あいあいとした空気に包まれている。
和やかな雰囲気の中、発揮される乙女達の女子力とその中心に居る可愛らしいきぐるみ。
絵になるといえばこれ以上絵になる事も少ないかもしれない。
「…依頼は成功したんだ。 後は好きにすれば良い」
我関せずとその様子を見ていた両慈も、言葉とは裏腹に散らかされた道具やもう使わない器具を片付けている。
口は出さないが、仲間の気づかない細かな事をあれこれとこなしている様だ。
「くま~る君。 ここでやる事がないのなら、俺達の所に来てもらう事は可能だろうか?」
静護の切り出した言葉に、元からとぼけた顔をしていたくま~る君はさらにキョトンとした表情で覚者達を見る。
結果を出す事が出来ずに役目を終えた自分に来いと言うのはどういうことだろうか…。
「食費や世話が必要な訳ではありませんしね。 イベント等もあるでしょうし、ここに居るよりかは充実していると思いますよ?」
秋人もその意見に同意し、他の皆もうんうんと頷いてくれている。
イベントでまた人前に出ることが出来る…かもしれない。
これから案内される所がどのような場所なのかくま~る君には解らないが、それはとても魅力的な提案だ。
しかし、くま~る君は少し悩んだ後に首を横に振る。
自分が生まれ、盛り上げようとしたこの町から逃れた先で人気を得るというのもまた何かが違う気がする。
生まれた時は皆が自分に期待をしていた。 炎天下の真夏日で汗だくになりながらも、自分を着てくれた人が沢山いた。
一度忘れられはしたかもしれないが、この体には未だに、皆の期待と汗が染み込んでいる。
自分はこの町で成功し、皆に恩返しをする。 そんな決意がくま~る君の瞳に宿っていた。
「…そうか。 なら無理は言わないが、何か手伝いが必要ならば遠慮なく頼ってくれ」
「俺からも、もう一度くま~る君をイベント等に呼べないか町の方にかけあってみよう」
静護は可愛らしさの中に凛々しさを宿したくま~る君に優しい言葉をかけ、秋人も協力を申し出てくれる。
「そうよ。 見た目は可愛いんだから、次はなんとかなるんじゃない? あんたの頑張り次第だけど」
棄々にも発破を掛けられ、くま~る君は気を引き締めるようにググっと気合を込める。
「私でよければいつだって中の人として演じさせていただきます、ふふ…!」
珠輝のその申し出もくま~る君にとっては嬉しい物の、先ほどのキワモノ感を見ている覚者達は苦笑いを浮かべる。
「でも、まずはしっかり匂いと汚れを落としてからです…!」
「せや! このままイベントに出てみぃ。 えらい事になるで?」
祇澄と凜の言うとおり、見た目が可愛いとはいえこのままでは見る人も中に入る人も厳しすぎる。
くま~る君を新たな挑戦に送り出す前に、この汚れきったきぐるみを中まで洗うという大きな仕事が待っている。
激しい戦いを終えたばかりだというのに、まだやる事の控えた覚者達だが、被害を抑えくま~る君をも幸せにすることの出来た彼らは、笑顔で最後の大仕事に取り掛かるのだった。
「…………ところで、どうやって洗ったらいいんだろうな?」
「さあな。 洗車機にでも突っ込んでみたらどうだ?」
亮平の素朴な問いに両慈が返す。
最後の仕事は、本当に大掛かりな物になりそうだった。
「く…くま~る君が! ひとりでに動いてるっ!」
用務員の叫び声が響く。
夢見の夢ではくま~る君の蒸し蒸し地獄の犠牲になってしまう筈だった彼だが、ここからは夢とは筋書きが違う。
「ここは俺達に任せてくれ」
あわや腰を抜かしてしまいそうな用務員の肩を、阿久津 亮平(CL2000328)がぽんと叩き、前に出る。
突然後ろから現れた覚者達に息を呑み驚く用務員だったが、はっと我に返るとこくこくと頷きやや不安そうに振り返りながらも走り去る。
「あら、けっこうかわいいじゃないの」
「ホンマやな! どんなんか思ったけど意外と可愛いやん、くま~る君♪」
兎耳を付けた虚ろな目の南条 棄々(CL2000459)が、その目にハイライトを取り戻しつつくま~る君を一瞥すると、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)もその言葉に同意する。
「無条件で子供達がキャッキャと群がってくる、いわゆる万年モテ期! そんな素敵な身体を悪戯に使うなんて、たまちゃん許しません…!」
続く明智 珠輝(CL2000634)からの言葉は、女性達と同じ意見と捕えて良いのかは微妙な所だが、今まで受けた事の無い羨望の眼差しは、悪い気はしない。
邪魔をしに来たと思われる相手からの高評価に上機嫌のくま~る君。 人に仇をなす事はあるが、純粋に悪い存在では無い。
そんな雰囲気をくま~る君に見た神室・祇澄(CL2000017)が、すかさず疑問と優しい言葉を投げる。
「出番がなくて、寂しかったの、ですか?……それとも、人を襲うのは、あなたの意思、なのですか?」
寂しさがない訳では無い。 情けなさが無い訳でもない。 しかし、それよりも今は…!
くま~る君は久々の外の空気を謳歌し空気を体いっぱいに取り込むと、腕をガパガパとベアハッグの素振りの如く動かす。
日の光を浴びて思いっきり体を動かしたい…に近いのかもしれない。
「確証はないが、君を活かせる場所を僕は知っているのだが…」
水蓮寺 静護(CL2000471)が、やる気満々のくま~る君を見てやれやれと呟き、鈴白 秋人(CL2000565)がその続きを代弁する。
「先ずは大人しくなって貰わないとだな」
覚者達はこくんと頷きくま~る君に向き直り、気合を入れる。
「こんな外見でも敵は敵だ。外見に騙されて足元を掬われる訳には行かないな」
天明 両慈(CL2000603)の言葉を合図にしたかのように、くま~る君VS覚者の戦いの火蓋が切って落とされたのだった!
●
「……さっさと倒すぞ」
対峙の緊張感を残したまま両慈が素早く本を開き、その上に手をかざす。
本は淡く緑色に輝くと、両慈を中心に清らかな風が渦を巻くように辺りを流れ、覚者達の身体能力を研ぎ澄まさせる。
体に力が漲るのを感じた亮平は、くるんとナイフを逆手に持ち直し、すくい上げるように目の前の虚空を断つ。
ナイフの斬撃の軌跡が雷に変化し、静電気のような物がくま~る君に向けて走ったかと思うと、破裂するような爆音と共に上空からの稲妻がくま~る君にお見舞いされる!
雷を呼ぶ、「召雷」の術だ。
何が起こったかすらも解らない様な不可避の雷撃。
ポカンと空いていた口をムググっと引き締めるくま~る君。 遊びたいとはいってもやられっぱなしでは癪だ!
ここらでいっちょ自分の力をみせてやろうとばかりに、のったのったと前衛達に走り寄る!
その姿は愛くるしいといえなくも無いが、攻撃の為の移動となればそうも言ってられない。
「させはしない!」
静護の声と共に水弾が頬に炸裂し、ぐらりと怯むくま~る君!
攻撃に転じようとした先でさらに返り討ち。 くま~る君はさらにむぐむぐと口を結んで悔しがる!
その隙に、紅い何かが懐にもぐりこみ、返した刃が日の光を反射させる。
「ちょい痛いかもしれんのはカンベンな!」
凛が刀を振るうと峰がくま~る君の横っ腹にめり込み、重い衝撃につぐんだ口が大きく開いてしまう。
前のめりに1歩、よろけたように歩を進めるくま~る君だが…。
「あ…危ないです…!」
気づいた祇澄の声はぎりぎりのところで間に合わず、くま~る君はキラリと瞳を光らせて、凜に抱きつくように腕を振るう!
「のわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
凜を抱えるように捕えたくま~る君は、空けていた口をさらに大きく開き、そのまま口の中に凜を放り込んでしまう!
悲鳴は瞬く間にくぐもり、くま~る君の形がモゾモゾと大きく歪み、それが収まる。
すると、ほんの一瞬の出来事でありながら、見事に凜がくま~る君を着たかのような状態になってしまっていた!
「こ、こらクマったな…」
くま~る君の口から顔を出した凜がジョークを飛ばすが、中からはやはり動かせないらしく、身じろぎをしようとしているらしいがくま~る君は微動だにしない。
「……可愛いわね。 少し羨ましくすらあるわ」
棄々の冗談とも本気とも思えるような言葉に、思わず照れるような表情を浮かべた凜の顔が唐突に何かに遮られ見えなくなる。
くま~る君がその口を閉じたのだ!
「な…!? 臭っ! 暑っ! な、なんやこれぇぇぇぇぇ!」
のほほんと立っているくま~る君の中から、くぐもった悲鳴が響く!
実家の道場でむさ苦しい匂いには慣れていた凜だが、FiVEに危険と判断されたくま~る君が必殺技に選ぶ蒸し蒸し地獄のその威力は、道場で味わった物よりも遥か上を行った。
すえた匂いは呼吸を妨害し、不快な暑さは頭を朦朧とさせる。
中から聞こえる凜の悲鳴は、あっという間に何を言っているかも解らないほどに弱々しくなってしまう。
「まずいな…!」
秋人がハンドガンを構え、左右に1発ずつの牽制射撃を行いながら駆ける!
思わず怯んだ隙に背後まで回りこんだ秋人はくま~る君の背にチャックなどが無い事を確認すると…
「やはり吐き出させるしかないか」
弧を描くような鋭い蹴りを放ち、くま~る君の背を強打する!
異物を飲み込んだ人の背を叩く事で吐き出させることが出来るように、背中への強いダメージで、思わず咽るように咳き込むくま~る君。
「ちょっと我慢しててね?」
背への衝撃に意識を背後に向けたくま~る君の正面にもぐりこんだ棄々が、猛る獣の如き一撃をその腹に打ち込む!
ボディへの重い一撃に体をくの字に折るくま~る君。
中の人へのダメージは無いとの事だが、それでも心配になってしまうほどの猛攻。
しかし、凜を助けるにはこれしか方法は無いのである。
「こ、こんな事は…やめてくださいっ!」
「やる事は変わらん。 手を休めず、攻めるだけだ」
続けて祇澄が大数珠から光の弾丸を、両慈が目の冴える様な雷を放つ!
光の弾丸は大きく曲線を描きくま~る君の脇腹につきささりボフンと鈍い音をたて、雷は一瞬の内にくま~る君の体を駆け巡り、その身を激しく痙攣させる。
やや焦げたかのように黒い煙を上げるくま~る君。 思わず開けてしまった大口から、ずるりと凜の体が吐き出される!
「ちょっと、大丈……ぅっ!」
正面に居た棄々が凜を助け起こそうとするが、思わず鼻を覆いその手を引っ込めてしまう。
体に付いてしまった匂いだけでも中の酷さが怖いほど解り、ダイエット効果すら期待できそうな量の汗は、短時間の拘束だったとは思えない程だ。
「……。 やっぱり羨ましくないわね」
棄々は、中に入ってみるのもいいかも…という考えを払い飛ばし凜の手を引き起こす。
「ど…道場の男連中が100キロ増量して、10倍に増えたようなキツさやったわ……」
ぐるぐると目を回してぐったりとした様子の凜に、秋人が手をかざすと、癒しの力を秘めた水が凜に降り注ぎ、長時間のサウナの後に水を与えられたような、脱力した体に力を与えるような癒しが凜を包む。
「お、恐ろしい攻撃……ですね」
癒しの水の力を受けてもヒクヒクと痙攣する凜の姿に、祇澄はごくりと息を呑む。
凜の惨状で士気の下がった覚者達に追撃をしようとくま~る君はぐにゅ~~んと胴を伸ばし、まるでヘビがとぐろを巻くように覚者達をその胴に絡めとる!
犠牲になったのは…中衛の秋人と棄々だ!
「く…っ! きぐるみのバイトはなれてるとはいえ…!」
「うぇ…暑苦し……。 匂いも酷い……!」
締め上げる力は決して強いとはいえないが、モコモコふわふわな生地は異様な熱気を孕み、染み出す香りは強靭な覚者の体力すら削る。
胴のとぐろに巻き込まれ身動きもままならない状態で、二人は必死にジタバタもがく!
着させられた状態と比べれば幾分はマシとはいえ、やはり暑いものは暑く、臭いものは臭い。
「今、助けるっ!」
伸びきった胴体は広い攻撃範囲を持つが、自身の弱点を増やすといえなくも無い。
その胴を、静護の水の力を宿した刀が切り裂いた!
蛇腹が伸びた状態の腹は、他の生地とくらべやや薄く、そこを攻められるのはやはり得策では無い。
慌てて、巻尺が巻き取られるように胴を戻すくま~る君。 絡まりそうなほど伸びきっていた胴は驚くほどスムーズに縮みきり、元のくま~る君の姿に戻る。
胴を収めつつも、胴の熱気にやられ弱った二人に更なる追撃を行おうとノタノタ走るくま~る君。
「ふふふ。 少しおイタが過ぎますね」
そのくま~る君の短い足に緑の蔦が絡みつきドテンとくま~る君の巨体が地面に転がる。
珠輝の、深緑鞭の術だ!
もそもそっと起き上がろうとするくま~る君に、再び激しい落雷が襲い掛かる。
「そろそろ諦めたらどうだ?」
まだ雷の残滓がパチパチとほとばしる本を閉じ、両慈は戦闘開始時と変わらぬトーンで話す。
しかし、何がそこまでくま~る君を掻き立てるのか、まだくま~る君の闘争心は衰えていない!
足に絡んだ蔦を振り払い、痺れる体を動かし、なおも覚者達に向けて腕を振り上げる!
しかし覚者もそれを黙って見ては居ない。
「そういう事をしちゃ、ダメだ」
「悪い子は、お仕置き、ですっ!!」
亮平と祇澄が左右に回り込み、ナイフの柄と隆起した地面がくま~る君の段々腹を打ち上げる。
よろよろとおぼつかない足取りでたたらを踏むくま~る君。
もはや限界なのは誰から見ても明らかである。
しかし、せめてもう一矢! もう一人を腹に収めて……!
最後の力を振り絞り、くま~る君は飛びつくように珠輝へと飛びつく!
勝利を確信した覚者達の隙を付いた、正に一瞬の出来事だった。
後ろを向き、ガツガツと貪る様に喰らわれ、あっという間に腹に収まってしまう珠輝。
字面的にはかなり恐ろしい事が起きているようだが、実際は匂いと熱気にさらされるだけ。 それが解っていながらも仲間が貪られるのをくま~る君の背越しに感じるというのは、やはりどこか恐ろしい物を感じる。
全てを腹に収めたくま~る君は、もごもごと大きく体を歪ませると、今までの荒々しさが嘘だったかのようにピタリと動きを止める。
「馴染む…。 実に馴染む! なんと暑い、そして刺激的な香り…!」
静けさに包まれた場に、珠輝の声が響く。
背を向けたままゆらりと立ち上がるくま~る君。
今までとは明らかに違う、異質な雰囲気。 身を分けられた魔王がその半身を喰らい、力を取り戻してしまったかのような威圧感だ。
腰から上をスマートに振り向かせたくま~る君。
口の中から覗く珠輝は世の心理を理解した賢人の如く恍惚の表情を浮かべ覚者達を見下ろす。
「さて、続きをやりましょうか?」
自信を携えた珠輝の微笑。 くま~る君は、やたらと軽やかにターンをし覚者達に向き直る。
まるで新しい妖でも誕生したかのような、その奇抜な容姿と動き。
どこから出したのか、赤いばらを短い指で器用に挟み、覚者達に向ける。
その香りを楽しむかのように薄く目を閉じた珠輝は、ゆっくりと開いた鋭い瞳を覚者達に向け、言葉を放った。
「さぁ、攻撃して助け出してくださいお願いします…!」
覚者の拳と足が一斉にくま~る君に襲い掛かる!
それは攻撃なのかツッコミなのかは定かでは無いが、「お前は何なんだよ!」という気持ちが込められているように見えるのは気のせいでは無いだろう。
目が眩むほどの青空に打ち上げられるくま~る君と珠輝。
覚者とくま~る君の、激しい戦いの幕切れであった。
●
「…よし。 これでほつれちゃった所は全部でしょうか?」
繕い、固定した糸をピンっと糸切り鋏で切った祇澄は、くま~る君の全身のほつれと汚れをチェックする。
激しい戦いで負傷し、所々から綿のでてしまっていたくま~る君。
しかし、ひとしきり暴れ終え満足したようで覚者の好意に甘えて戦いで負った傷を治療中だ。
「材料や器具があれば、蒸し暑い点も改善したかったんだけどな」
綿がはみ出していた頬を修復した亮平が首を捻り、改善できないかと考えるも、やはり即席の裁縫セットでは難しい。
しかし、それでも祇澄と亮平のおかげで倉庫から出てきたばかりの時よりも綺麗な姿になったくま~る君はご満悦の様子だ。
「でも、あんたも針仕事できるなんてね。 少し意外だわ」
「こう見えても女の子なんやで。爺ちゃんの弟子の剣着の繕い物とかもしてたしな」
祇澄と亮平だけではなく棄々と凜も修復を手伝い、少し前まで戦闘をしていたとは思えない程、和気あいあいとした空気に包まれている。
和やかな雰囲気の中、発揮される乙女達の女子力とその中心に居る可愛らしいきぐるみ。
絵になるといえばこれ以上絵になる事も少ないかもしれない。
「…依頼は成功したんだ。 後は好きにすれば良い」
我関せずとその様子を見ていた両慈も、言葉とは裏腹に散らかされた道具やもう使わない器具を片付けている。
口は出さないが、仲間の気づかない細かな事をあれこれとこなしている様だ。
「くま~る君。 ここでやる事がないのなら、俺達の所に来てもらう事は可能だろうか?」
静護の切り出した言葉に、元からとぼけた顔をしていたくま~る君はさらにキョトンとした表情で覚者達を見る。
結果を出す事が出来ずに役目を終えた自分に来いと言うのはどういうことだろうか…。
「食費や世話が必要な訳ではありませんしね。 イベント等もあるでしょうし、ここに居るよりかは充実していると思いますよ?」
秋人もその意見に同意し、他の皆もうんうんと頷いてくれている。
イベントでまた人前に出ることが出来る…かもしれない。
これから案内される所がどのような場所なのかくま~る君には解らないが、それはとても魅力的な提案だ。
しかし、くま~る君は少し悩んだ後に首を横に振る。
自分が生まれ、盛り上げようとしたこの町から逃れた先で人気を得るというのもまた何かが違う気がする。
生まれた時は皆が自分に期待をしていた。 炎天下の真夏日で汗だくになりながらも、自分を着てくれた人が沢山いた。
一度忘れられはしたかもしれないが、この体には未だに、皆の期待と汗が染み込んでいる。
自分はこの町で成功し、皆に恩返しをする。 そんな決意がくま~る君の瞳に宿っていた。
「…そうか。 なら無理は言わないが、何か手伝いが必要ならば遠慮なく頼ってくれ」
「俺からも、もう一度くま~る君をイベント等に呼べないか町の方にかけあってみよう」
静護は可愛らしさの中に凛々しさを宿したくま~る君に優しい言葉をかけ、秋人も協力を申し出てくれる。
「そうよ。 見た目は可愛いんだから、次はなんとかなるんじゃない? あんたの頑張り次第だけど」
棄々にも発破を掛けられ、くま~る君は気を引き締めるようにググっと気合を込める。
「私でよければいつだって中の人として演じさせていただきます、ふふ…!」
珠輝のその申し出もくま~る君にとっては嬉しい物の、先ほどのキワモノ感を見ている覚者達は苦笑いを浮かべる。
「でも、まずはしっかり匂いと汚れを落としてからです…!」
「せや! このままイベントに出てみぃ。 えらい事になるで?」
祇澄と凜の言うとおり、見た目が可愛いとはいえこのままでは見る人も中に入る人も厳しすぎる。
くま~る君を新たな挑戦に送り出す前に、この汚れきったきぐるみを中まで洗うという大きな仕事が待っている。
激しい戦いを終えたばかりだというのに、まだやる事の控えた覚者達だが、被害を抑えくま~る君をも幸せにすることの出来た彼らは、笑顔で最後の大仕事に取り掛かるのだった。
「…………ところで、どうやって洗ったらいいんだろうな?」
「さあな。 洗車機にでも突っ込んでみたらどうだ?」
亮平の素朴な問いに両慈が返す。
最後の仕事は、本当に大掛かりな物になりそうだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
参加された皆さん、お疲れ様でした!
くま~る君も大満足のバトルとその後の和解(?)だったと思います。
くま~る君に今後人気が出るかどうかは解りませんが、彼もやるときゃやるきぐるみだと思います。
くま~る君も大満足のバトルとその後の和解(?)だったと思います。
くま~る君に今後人気が出るかどうかは解りませんが、彼もやるときゃやるきぐるみだと思います。
