そして少女は堕ちていく
●
最高の気分だ。
誰も私に逆らえない。
私が相手の目を見て、何かを命じれば、誰もがそれに従ってくれる。
ずっと私を馬鹿にして虐めていたクラスメイトも、見て見ぬ振りをしていた先生も、無駄に厳しいくせに私を助けてくれなかった両親だって。
全部が全部、私の意のまま。
唯一懸念があるとすれば、この力は能力者には通用しないという事だけど、幸いにも私の学校には私以外の能力者は少ない。
前はもう少し多かったが、FiVEとかいう組織が世間で話題になった時に、五麟学園へと編入していってしまった。
馬鹿な奴らだ。こんな便利な力を自分のために使わずに、何のために使おうというのか。
私が能力者だということは、まだ誰にも知られていない。気付かれていない。
背中の刺青さえ見られなければ大丈夫だろう。
邪魔な守護使役だって、律儀に私の命令を守ってずっと鞄の中だ。
これでいい。
このまま私はこの力を使って、私の思い通りに生きていく……!
もう誰にも私のことを馬鹿にさせない!
●
「先日、FiVEの外部協力者が新しい覚者を発見した」
会議室に集まった覚者たちは、中 恭介(nCL2000002)の報告に対し嫌な予感を覚えた。
FiVEが新たな覚者をどこからともなく見つけてくるのは今に始まった話じゃない。
そして大抵の場合はFiVEのスカウトマンが勝手に勧誘するなりなんなりして、FiVEへと連れてくる。そこに自分たちの出番はあまりない。
自分たちに活躍の場があるとすれば、それは往々にして見つけた覚者が『厄介な相手』だった場合だ。
「……そこまで身構える必要はない。今回は比較的簡単なミッションだ」
言いながら、中は覚者たちに資料を手渡した。
資料には一人の少女の詳細なプロフィールが載っている。
「その少女が今回発見した覚者だ。名前は大貫蘭子(おおぬき らんこ)で、職業は中学生」
資料に添えられた写真には、どこか暗い顔をした少女が映っている。
「大貫蘭子はどうやらごく最近、覚者の力を発現させたらしい。そしてその力を周囲から上手く隠して生活していたようだ」
ここまでは良くある話だ。
「問題は大貫蘭子がその力を悪用し始めた事だ」
情報によると、大貫蘭子は魔眼の力を使って周囲の一般人を言いなりにさせているらしい。
クラスでは地味で目立たない方だった少女が、ある日突然、口先一つで他者を操れるようになれば、怪しく思わない者はいないだろう。
「本人は上手く隠し通せているつもりだろうが、それは周囲を低く見過ぎというものだ」
中は資料から目を離すと、覚者たちへ鋭い眼差しを向けた。
「ここまで言えばもう分かった思うが、今回の依頼は大貫蘭子の悪行を止める事だ。このまま彼女を放置すれば、いずれは必ず報いを受ける事になるだろう」
中の意見はもっともだ。魔眼の命令でやりたくもない事をやらされた人間が、蘭子に報復しないとも限らないし、彼女の行いが憤怒者の耳にでも入ればただ事で済まない可能性だってある。
「相応の報いを受けなかったとしても、覚者の力を悪用する者の堕ちる先は隔者だけだ」
それだけは、あってはならない。
そんな思いが会議室の中を満たしていた。
「彼女はまだ引き返せる場所にいる」
中が言うと、同意するように誰かが頷いた。
「彼女を説得して、愚かな行いを止めさせるんだ。同じ覚者のお前たちになら、きっとそれが出来る」
最高の気分だ。
誰も私に逆らえない。
私が相手の目を見て、何かを命じれば、誰もがそれに従ってくれる。
ずっと私を馬鹿にして虐めていたクラスメイトも、見て見ぬ振りをしていた先生も、無駄に厳しいくせに私を助けてくれなかった両親だって。
全部が全部、私の意のまま。
唯一懸念があるとすれば、この力は能力者には通用しないという事だけど、幸いにも私の学校には私以外の能力者は少ない。
前はもう少し多かったが、FiVEとかいう組織が世間で話題になった時に、五麟学園へと編入していってしまった。
馬鹿な奴らだ。こんな便利な力を自分のために使わずに、何のために使おうというのか。
私が能力者だということは、まだ誰にも知られていない。気付かれていない。
背中の刺青さえ見られなければ大丈夫だろう。
邪魔な守護使役だって、律儀に私の命令を守ってずっと鞄の中だ。
これでいい。
このまま私はこの力を使って、私の思い通りに生きていく……!
もう誰にも私のことを馬鹿にさせない!
●
「先日、FiVEの外部協力者が新しい覚者を発見した」
会議室に集まった覚者たちは、中 恭介(nCL2000002)の報告に対し嫌な予感を覚えた。
FiVEが新たな覚者をどこからともなく見つけてくるのは今に始まった話じゃない。
そして大抵の場合はFiVEのスカウトマンが勝手に勧誘するなりなんなりして、FiVEへと連れてくる。そこに自分たちの出番はあまりない。
自分たちに活躍の場があるとすれば、それは往々にして見つけた覚者が『厄介な相手』だった場合だ。
「……そこまで身構える必要はない。今回は比較的簡単なミッションだ」
言いながら、中は覚者たちに資料を手渡した。
資料には一人の少女の詳細なプロフィールが載っている。
「その少女が今回発見した覚者だ。名前は大貫蘭子(おおぬき らんこ)で、職業は中学生」
資料に添えられた写真には、どこか暗い顔をした少女が映っている。
「大貫蘭子はどうやらごく最近、覚者の力を発現させたらしい。そしてその力を周囲から上手く隠して生活していたようだ」
ここまでは良くある話だ。
「問題は大貫蘭子がその力を悪用し始めた事だ」
情報によると、大貫蘭子は魔眼の力を使って周囲の一般人を言いなりにさせているらしい。
クラスでは地味で目立たない方だった少女が、ある日突然、口先一つで他者を操れるようになれば、怪しく思わない者はいないだろう。
「本人は上手く隠し通せているつもりだろうが、それは周囲を低く見過ぎというものだ」
中は資料から目を離すと、覚者たちへ鋭い眼差しを向けた。
「ここまで言えばもう分かった思うが、今回の依頼は大貫蘭子の悪行を止める事だ。このまま彼女を放置すれば、いずれは必ず報いを受ける事になるだろう」
中の意見はもっともだ。魔眼の命令でやりたくもない事をやらされた人間が、蘭子に報復しないとも限らないし、彼女の行いが憤怒者の耳にでも入ればただ事で済まない可能性だってある。
「相応の報いを受けなかったとしても、覚者の力を悪用する者の堕ちる先は隔者だけだ」
それだけは、あってはならない。
そんな思いが会議室の中を満たしていた。
「彼女はまだ引き返せる場所にいる」
中が言うと、同意するように誰かが頷いた。
「彼女を説得して、愚かな行いを止めさせるんだ。同じ覚者のお前たちになら、きっとそれが出来る」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.大貫蘭子の改心
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
まだまだ新人のへいんです。
今回の依頼は道を踏み外そうとしている覚者少女を改心させる、というものです。
説得の方法は任せます……が、手荒な方法とかだと名声的にアレな気もします。
まあ、その辺りは皆々様にお任せします。
以下、対象の簡易プロフィールをどうぞ。
●大貫蘭子(おおぬき らんこ)14歳。
彩の因子、水の行。刺青の位置は背中。
クラスに一人はいそうな、地味で存在感の希薄な少女。
突筆すべきような容姿でもなく、成績も中の下ほど。
力が発現する前はクラス内で虐めにあっていたようだ。
そのせいもあってか友達らしい友達もおらず、心が完全に孤立している。
今回の一件もそういった彼女の闇が露出してしまった事が起因していると思われる。
魔眼習得後も、よほど他者を信用できないのか基本的には一人を好んでいる。
登校時でも下校時でも、家にいる時でも、説得のタイミングを探すのは容易なはずだ。
魔眼で周囲の人間を言いなりにしている。
今はまだその程度の行為で済んでいるが、この先もそうであるとは限らない。
彼女が完全な隔者となる前に決着を付けて欲しい。
……それともう一点、彼女に関する情報が一つ。
これは彼女の小学校時代の友達からの情報だが、
元々の蘭子は心優しく、他人の痛みが分かる子だったようだ。
以上。皆様のプレイングをお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2016年12月17日
2016年12月17日
■メイン参加者 4人■

●
師走の冷たい風が町中を駆け抜けた。
その風に乗って、学生たちの話し声や、練度不足な楽器の音色が穏やかに流れてくる。
どこかノスタルジックな雰囲気が漂う午後のひととき。
しかし、中学校の校門を遠巻きに見守る一行からは、緊張した空気が発せられていた。
FiVE所属の覚者達だ。
覚者達は、神妙な面持ちで下校してくる生徒の一人一人に目を光らせている。
彼ら彼女らは、とある人物が学校から出てくるのを待っていた。
大貫蘭子。それがターゲットの名前だ。
曰わく、覚者の力を発現させた少女が、その力を悪用してかつて自分をいじめていた者に復讐しているという。
覚者達はその少女を止めに来た、という訳だ。
「今日は極力穏便に、戦いにならず、話し合いで済むといいね。戦いに慣れてはきたけど、楽しいとはとても思えないし」
宮神 羽琉(CL2001381)の言葉に、同行する仲間達が首肯する。
戦いにならずに済めばいいというのは、何も戦いを苦手をする羽琉だけの気持ちではない。
この場に居る全員が同じ感情を共有していた。
「まぁ私も他人の生き方に口出せるほど上等な人生は送ってないけどさ」
と、『スピード狂』風祭・雷鳥(CL2000909)が口を開く。
彼女は彼女で、仕事意外だと暴走する場面が多いタイプの人間だ。特に速さに関する部分では。
だから件の少女にも説教できる立場ではないと自覚していた。
でも、だからといって黙って見ていることは出来ない。
「あの子がやってることは間違ってるっていうのはわかるよ。せめてそこからは、脱してほしいね」
雷鳥にも雷鳥なりの思いがあってここに来ているのだから。
魔眼で一般人に言うことを聞かせる……というのは、FiVEの人間ならたとえそれが非常時であっても躊躇う場合が多い。
それを自身の欲望に任せて扱うなんてもってのほかだ。
いや、FiVEの人間でなかっとしても一般的な道徳観を持っていれば、己の過ちに気がつけるはず。
いずれにせよ力を悪用しなくてはならないほど、少女は追い詰められていたのだろう。
「……力に溺れた、っていうのは簡単だが。こいつの場合はそれであってるかは怪しいところだな」
中田・D・エリスティア(CL2001512)はいじめられていた蘭子の事情を加味して考える。
追い立てられた人間の前に、ある日突然、力が降って湧いてきたのだ。
その力を行使してしまった人間を、力に溺れた悪だと決めつけて良いものか。
「とはいえ。やるこたぁ似たようなもんだ」
大貫蘭子が何であったとしても、自分たちの使命は変わらない、少女の過ちは正さなくてはならない。
事情がどうあれ、私利私欲のために覚者の力を使わせてはならない。
「アタシも……」
「うん?」
「アタシも、発現したのがもっと早かったら……大貫さんみたいに、力を悪用して、自衛してた、かも……」
「……そうか」
過去を思い出すように呟いた『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)の言葉に、エリスティアは静かに頷いた。
また風が吹き、ハーフの証でもあるミュエルの金髪が大きくなびく。
「そう考えると、他人事じゃないなぁって……」
髪を押さえながら言ったミュエルは、在りし日の自分と蘭子を重ねているようだった。
ミュエルと蘭子。同じ覚者だが、両者は何が違っていたのか。
「……覚者ってのは難しいもんだな」
ひとりごちながら校門の方へと目を向けるエリスティア。
途端、その双眸は鋭く細められた。
「どうやら来たようだぜ」
会話によって緩みかけていた空気に再び緊張が戻ってくる。
四つの視線が向かう先、中学校の校門から、一人の少女が歩いてくるのが見えた。
手元の写真と見比べると、彼女が大貫蘭子であることは一目で分かった。
覚者の力を悪用して好き勝手している……にしては、随分と落ち込んだような雰囲気をまとっている。
そんな蘭子を遠目に見て、先に動き出したのは羽琉だ。
「傷ついているひとを追い撃つような真似はしたくない」
羽琉の声には戦いに対する怯えのような物があったかもしれない。
「だから、きちんと言いたいことを伝えられるように、しっかりと正面から向き合わないと」
それでも目を逸らさずに、羽琉は前を見据えていた。
●
覚者達は大貫蘭子が、学校から少し離れた場所まで移動するのを待ってから接触することにした。
前情報通り、蘭子はずっと一人だったので、機会を狙うのはそう難しくはない。
「大貫蘭子、だな」
エリスティアが声を掛けると、俯き気味だった蘭子が顔を上げてこちらを見てきた。
「なに……?」
見ず知らずの4人を見て、蘭子が迷惑そうに眉根をひそめる。
「悪いけど、私急いでるんで」
蘭子は足早に立ち去ろうとしたが、その進路に雷鳥が素早く割り込む。ここで逃がす訳にはいかない。
恨みがましい視線が雷鳥にぶつけられた。
「なんなのよ一体! そこをどけ!」
まるで命じるような口調の蘭子。いや、実際に彼女は『命じた』のだろう。
恐らくは、魔眼の力を使って。
しかし当然、雷鳥はピクリとも動かない。覚者に魔眼は通用しない。
「な、なんで……どけ! どいてよ!」
「俺たちに魔眼は効かないぜ」
「なっ……!?」
エリスティアの発言に蘭子は驚愕に目を見開いた。
蘭子とて知っているのだろう。覚者に魔眼が効かないという事実を。
それ故か、蘭子の顔には一瞬、怯えのようなものが見えた。
「おっと、あんまり怪しまないでくれ。俺たちはFiVE所属の覚者だ」
「FiVEの……? それじゃあ、あなた達があの……?」
FiVEの所属である事を伝えた覚者達は、そのまま軽い自己紹介を済ませた。
羽琉とミュエルのマイナスイオンの効果もあってか、蘭子はあまり警戒もなく挨拶を聞いてくれた。
問題はその後、だ。
「それで、その覚者が私に何の用?」
半ば拒絶するような口調で蘭子が眉間にシワを寄せる。
何の用とは聞いてはいるが、恐らく用件は蘭子自身すでに察していると、エリスティアと雷鳥は直感で悟った。
「ま、なんだ。まずはこいつらの話を聞いてやってくれ」
「ひと先ず、落ち着いて話せそうな場所に移動しようか」
エリスティアからバトンを受け取った雷鳥は、ちょうど近場にあった喫茶店を指さした。
「ちょっとそこで話しない?」
「お断りします。話す事なんて何も無い」
しかし返ってきたのは断固たる拒絶。
思わず固まる覚者達に、蘭子が意地悪い笑みを浮かべた。
「連れて行きたければ、力尽くでやればいいでしょ。そのために人数揃えて来たんじゃないの?」
さあ早く力尽くで連れて行け、とばかりに、蘭子が片手を突き出した。
その手を引く者はいない。これが彼女の挑発であるのは明らかだ。
ここで実力行使に及べば、力での支配を肯定したと捉えられかねない。
「ふん……私より強い力を持ってるくせに、それを使おうとしないなんて、馬鹿みたい」
手を出せない覚者達を見て、何故か蘭子が苛立たしげに舌打ちした。
「この力さえあれば、私たちは何だって思い通りに出来るのよ。だったらそれを使わない手はないでしょ? そうしなければ……馬鹿を見るのはこっちの方なのに」
最後はほとんど吐き捨てるように、蘭子は顔を背けながらそう言った。
その顔は、とても全てを思い通りに動かせている人間のモノではなくて、
「でも、大貫さん……魔眼で、人を操って……思い通りにしてても、全然楽しそうじゃないね……。すごく、悲しそうな顔してる……」
ミュエルはそんな言葉を口にしていた。
「……っ!」
その言葉に蘭子はより一層、顔に苦渋を滲ませる。
差し出していた片手から力が抜け、敗北を認めるように蘭子はそれ以上何も言い返してこなかった。
「蘭子さん、話を聞いてくれるよね?」
羽琉の申し出を、蘭子は今度は断らなかった。
●
場所は変わって喫茶店。
奥側の席を陣取った一行は、とりあえず各々好きな飲み物を頼んだ。
蘭子は打って変わって大人しくなっていた。出されたコーヒーにも手を付けないほどに。
それほどミュエルの先程の言葉が効いたのだろうか。
ともあれ、ここまでこれば、後は力の悪用を止めるよう説得するだけだ。
「蘭子さん。これ以上、魔眼の力を使うのは止めた方がいいよ」
「何で?」
単刀直入に切り出した羽琉に、蘭子が予想していたとばかりに素早く切り返す。
何故と問われても難しい案件だ。蘭子の行為を断罪するのは簡単だろう。
だがそれを責めるならば、そこに至るまでの要因である、周囲の人間の行為について切り込んでいかなければならない。
蘭子自身に全ての非がある訳ではない。
だから切り込むならば別方面からが有効だろう。
「これ以上は、蘭子さんの身に危険が及ぶ可能性があるんだ」
「どういう事よ」
蘭子はいまいち分かっていない様子だった。
恐らくは、自衛に必死すぎて、今後起こりえる事への予測が出来ていない。
それを確信した上で羽琉は順を追って説明した。
FiVEには夢見が多く、他組織より情報入手が早い事。
一つの組織に察知されるということは、いずれ他にも見つかるという事。
蘭子が力の使い方を変えない限り、悪意には悪意が返ってくるのだと。
言葉への反応を瞬間記憶し、蘭子が拒否反応を示さないよう注意を払いながら全てを話した。
「憤怒者って何よそれ……何でそんな大事に……」
顔を青ざめさせる蘭子を見て、羽琉はかなりの効果があった事を確信する。
怖がらせてしまったのは申し訳ないが、これだけで蘭子は力を無闇に使わなくなるだろう。
客観的事実を伝えるという自分の仕事は終わった。
でも、まだ終わりじゃない。
「力を使えないって……それじゃあ私はこれから、どうすれば良いのよ……!」
蘭子が頭を抱えて一人取り乱していた。
「大貫さん……」
そんな蘭子に対し、ミュエルがゆっくりと口を開く。
羽琉は安心して後を仲間に託す事にした。
「大貫さん……アタシもね、昔は孤立してて、心を閉ざしていたの……」
とうとうと語りながら、ミュエルは渡された蘭子の資料に載っていた情報を思い出していた。
いじめられ、孤立して、ひとりぼっちで思い悩んでいた一人の少女。
紛れもない、かつての自分自身だ。
そんな少女が悪い隔者に身を堕とそうとしている。憤怒者に目をつけられようとしている。
止めるなら今をおいて他にはない。
「田舎だったから、かな……。目立つ金髪とか、外国人の親譲りの細かい習慣とか、そういうのが悪目立ちして……学校で孤立してて……」
「……」
ミュエルの告白に、俯いていた蘭子がこわごわと顔を上げた。
細かい点は違えど、二人の境遇に似た部分がある事に蘭子も気が付いたのだろう。
「このままずっと一人で生きるんだって、そう思い込んでた、でも……」
「でも?」
縋るように先を促してくる蘭子に、ミュエルは優しく頷いた。
「FiVEに入るために転校して、環境が変わったら……みんな、受け入れてくれて……」
「転校……」
環境を変える。
もっとも単純で分かりやすく、しかしこれ以上ないほど効果的な提案だった。
「今の環境が嫌なら……そんなふうに自衛してまで、居続けなくても、大丈夫……だと、思うよ……」
蘭子に語りかけるミュエルの言葉はどこまでも優しい。
「こういう環境で、自分を変えるのはすごく大変ってこと……自分で実感して、よく分かってるから……」
だから、とミュエルは続けた。
「もし、大貫さんが、良ければだけど……五麟に転校って選択肢もあるよ……」
「私が五麟……FiVEに? でも……」
今まで考えても見なかった選択しに、蘭子は大きく戸惑っているようだった。
ここで無理強いは出来ない。決めるのは彼女だ。
「別に能力あるから組織の一員として戦えっていうつもりはないよ? 個人的な意見だけどね」
だから雷鳥は、あくまで個人の意見である事を調教して、話を始めた。
「人間、自分の心殺してまでやんなきゃいけないことってそんなないんだしさ、嫌ならやらないって選択肢もあるし」
「だけど、やらなきゃ私はずっといじめられ続けてた。力がなければ……」
「でも、今の状態でいるのはよくないと思う、君もわかってんじゃない?」
「それは……」
「誰にも悲しみ打ち明けられないままで殻にこもってさ、それじゃ一歩も前に進めないよ?」
ともすれば厳しさすら感じる雷鳥の言葉に、蘭子が小さく唇を噛んだ。
それが事実だったから、何も言い返せずに悔しくて、自分が情けなくなったのだ。
蘭子には誰にも相談できる人間がいなかった。ずっと孤立していた。
他でもない自分自身の弱さがそうさせた。
殻にこもって、一歩も前に進めていない。正にその通りだ。
力を得た所で、結局は何も変わらない。ひとりぼっちのままだ。
「FiVEにくれば馬鹿にする奴も親もいない新しい環境にだって行ける。辛い思い出かかえたまま強がって生きることもない。何だったら私もいくらでも話聞くしさ」
そんな蘭子に、雷鳥は彼女なりの気遣いを見せた。
一人でいる蘭子に、話相手になってやると。他人に気を使うのが苦手な彼女にしては珍しく。
「別に強くなろうって必死になることなんてないし、今まで十分頑張ってきたんだから、これからはさ、変な我慢せずに自分の人生楽しく生きれるようにいこうよ」
そういって雷鳥から励ましをもらった蘭子は、やはりまだ決断しかねている様子だった。
「最後は俺か。ま、もうほとんど言うことも無いだろうが。俺よかみんなよっぽど場数踏んでるから説得力はあるだろうし」
頃合いを見計らって、エリスティアが蘭子と向き合った。
「俺もさ、別に能力を使うのを悪いとは言うつもりはないんだよな」
エリスティアはあくまで力の行使を否定せず、蘭子に寄り添うような意見を口にした。
「特権とか何とかいうとまたややこしい事にはなるんだが、折角ある力だ、有効に使わせてもらおうぜ」
「有効にって……」
「俺も便利に使わせてもらっているしな。声色変化」
冗談めかしたエリスティアの声は、力を使ったらしく別人の声色になっていた。
「何よそれ……力を使うなって言ったり、有効活用しろって言ったり……矛盾してない?」
そんなエリスティアに、蘭子は理解出来ないと首を振る。
「それとも、FiVEは正義の味方だから、そんなのは関係ないって訳?」
「俺達は正義の味方じゃない。お前が悪だというつもりもないしな」
「じゃあなんなのよ!」
「俺が伝えたい事は一つ。俺達のこの『力』が何のためにあるか、それを考えてほしいって事だ」
「何のために……?」
エリスティアの問いに、蘭子はしばし黙考した。
「私に妖と戦えって言うの?」
「そう言うつもりはない。アンタはFiVEじゃないし、雷鳥がいったように、能力あるから戦わなきゃいけない訳じゃない」
ただ、とエリスティアは真剣な表情で続ける。
「力を持ってしまったことで、俺達は一般人よりは強いものになっちまった訳だな。だからって一般人を見下さないでほしい。俺らじゃ農業とかやっていけないしな」
「別に私は見下してなんか……ない」
自分で言ってて自信がなくなったのか蘭子の語気は弱々しかった。
「何より同じ人間なんだからな。うまく共存していこうぜ」
そう付け加えたエリスティアに、しかし蘭子は深くうなだれた。
「無理だよ……だって同じ人間だなんて思えないもん」
理解は出来ないと、蘭子は諦めを口にして、
「だって……だって、他人をいじめて、それで笑っていられる奴らの気持ちなんて、一生分からないよ!」
そう心情を吐露したのだった。
●
「ミュエルさんの言う通りだよ。魔眼を使って他人を言いなりにしても、私はこれっぽっちも楽しくなかった」
夕暮れ時。喫茶店を後にした一行は、蘭子の話に耳を傾けていた。
先刻、蘭子の口から、もう力の悪用はしないと確約を得た。
口約束だったが、恐らく蘭子はもう本当に力を悪用する事はないだろう。
しかし、FiVEに転校するかどうかは、まだ保留にするのだと言う。
少なくとも、自身の過ちと決着をつけるまでは、転校をするつもりはないのだそうだ。
「今日は、有り難う御座いました……さようなら」
蘭子は覚者達に深々と頭を下げ、別れの意図を示す。
「待って、蘭子さん」
立ち去ろうとする蘭子を羽琉が引き留めた。
そして蘭子に自分の連絡先の書かれた紙を手渡した。
「これって……」
「僕が確約できるのは、愚痴を聞いてあげられるってくらいだけど、笑顔で過ごす力になれたらって、思うよ」
「アタシも、いつでも相談して……」
羽琉に続くように、ミュエルも蘭子に連絡先を渡した。
そのやり取りを見て、エリスティアが男勝りな笑みを浮かべる。
「何かあったらいつでも俺たちが相談に乗るぜ。俺たちはアンタの味方だからな」
「……どうして私なんかに、そこまで構うのよ」
蘭子はまた理解出来ないと、しかし確かな優しさに触れて、涙をこぼした。
涙ぐむ蘭子に、雷鳥は一つ、
「私もいじめられっ子だったからさ何か放っておけなかったんだよね」
と、言った。
すると蘭子はキョトンとした顔をして、
「……全然そんな風には見えないですけど」
蘭子の返しに誰かが噴き出し、雷鳥が睨みを利かせる。
いつしか穏やかな笑みが場に広がり、蘭子もまた、久方ぶりの笑顔を取り戻したのだった。
師走の冷たい風が町中を駆け抜けた。
その風に乗って、学生たちの話し声や、練度不足な楽器の音色が穏やかに流れてくる。
どこかノスタルジックな雰囲気が漂う午後のひととき。
しかし、中学校の校門を遠巻きに見守る一行からは、緊張した空気が発せられていた。
FiVE所属の覚者達だ。
覚者達は、神妙な面持ちで下校してくる生徒の一人一人に目を光らせている。
彼ら彼女らは、とある人物が学校から出てくるのを待っていた。
大貫蘭子。それがターゲットの名前だ。
曰わく、覚者の力を発現させた少女が、その力を悪用してかつて自分をいじめていた者に復讐しているという。
覚者達はその少女を止めに来た、という訳だ。
「今日は極力穏便に、戦いにならず、話し合いで済むといいね。戦いに慣れてはきたけど、楽しいとはとても思えないし」
宮神 羽琉(CL2001381)の言葉に、同行する仲間達が首肯する。
戦いにならずに済めばいいというのは、何も戦いを苦手をする羽琉だけの気持ちではない。
この場に居る全員が同じ感情を共有していた。
「まぁ私も他人の生き方に口出せるほど上等な人生は送ってないけどさ」
と、『スピード狂』風祭・雷鳥(CL2000909)が口を開く。
彼女は彼女で、仕事意外だと暴走する場面が多いタイプの人間だ。特に速さに関する部分では。
だから件の少女にも説教できる立場ではないと自覚していた。
でも、だからといって黙って見ていることは出来ない。
「あの子がやってることは間違ってるっていうのはわかるよ。せめてそこからは、脱してほしいね」
雷鳥にも雷鳥なりの思いがあってここに来ているのだから。
魔眼で一般人に言うことを聞かせる……というのは、FiVEの人間ならたとえそれが非常時であっても躊躇う場合が多い。
それを自身の欲望に任せて扱うなんてもってのほかだ。
いや、FiVEの人間でなかっとしても一般的な道徳観を持っていれば、己の過ちに気がつけるはず。
いずれにせよ力を悪用しなくてはならないほど、少女は追い詰められていたのだろう。
「……力に溺れた、っていうのは簡単だが。こいつの場合はそれであってるかは怪しいところだな」
中田・D・エリスティア(CL2001512)はいじめられていた蘭子の事情を加味して考える。
追い立てられた人間の前に、ある日突然、力が降って湧いてきたのだ。
その力を行使してしまった人間を、力に溺れた悪だと決めつけて良いものか。
「とはいえ。やるこたぁ似たようなもんだ」
大貫蘭子が何であったとしても、自分たちの使命は変わらない、少女の過ちは正さなくてはならない。
事情がどうあれ、私利私欲のために覚者の力を使わせてはならない。
「アタシも……」
「うん?」
「アタシも、発現したのがもっと早かったら……大貫さんみたいに、力を悪用して、自衛してた、かも……」
「……そうか」
過去を思い出すように呟いた『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)の言葉に、エリスティアは静かに頷いた。
また風が吹き、ハーフの証でもあるミュエルの金髪が大きくなびく。
「そう考えると、他人事じゃないなぁって……」
髪を押さえながら言ったミュエルは、在りし日の自分と蘭子を重ねているようだった。
ミュエルと蘭子。同じ覚者だが、両者は何が違っていたのか。
「……覚者ってのは難しいもんだな」
ひとりごちながら校門の方へと目を向けるエリスティア。
途端、その双眸は鋭く細められた。
「どうやら来たようだぜ」
会話によって緩みかけていた空気に再び緊張が戻ってくる。
四つの視線が向かう先、中学校の校門から、一人の少女が歩いてくるのが見えた。
手元の写真と見比べると、彼女が大貫蘭子であることは一目で分かった。
覚者の力を悪用して好き勝手している……にしては、随分と落ち込んだような雰囲気をまとっている。
そんな蘭子を遠目に見て、先に動き出したのは羽琉だ。
「傷ついているひとを追い撃つような真似はしたくない」
羽琉の声には戦いに対する怯えのような物があったかもしれない。
「だから、きちんと言いたいことを伝えられるように、しっかりと正面から向き合わないと」
それでも目を逸らさずに、羽琉は前を見据えていた。
●
覚者達は大貫蘭子が、学校から少し離れた場所まで移動するのを待ってから接触することにした。
前情報通り、蘭子はずっと一人だったので、機会を狙うのはそう難しくはない。
「大貫蘭子、だな」
エリスティアが声を掛けると、俯き気味だった蘭子が顔を上げてこちらを見てきた。
「なに……?」
見ず知らずの4人を見て、蘭子が迷惑そうに眉根をひそめる。
「悪いけど、私急いでるんで」
蘭子は足早に立ち去ろうとしたが、その進路に雷鳥が素早く割り込む。ここで逃がす訳にはいかない。
恨みがましい視線が雷鳥にぶつけられた。
「なんなのよ一体! そこをどけ!」
まるで命じるような口調の蘭子。いや、実際に彼女は『命じた』のだろう。
恐らくは、魔眼の力を使って。
しかし当然、雷鳥はピクリとも動かない。覚者に魔眼は通用しない。
「な、なんで……どけ! どいてよ!」
「俺たちに魔眼は効かないぜ」
「なっ……!?」
エリスティアの発言に蘭子は驚愕に目を見開いた。
蘭子とて知っているのだろう。覚者に魔眼が効かないという事実を。
それ故か、蘭子の顔には一瞬、怯えのようなものが見えた。
「おっと、あんまり怪しまないでくれ。俺たちはFiVE所属の覚者だ」
「FiVEの……? それじゃあ、あなた達があの……?」
FiVEの所属である事を伝えた覚者達は、そのまま軽い自己紹介を済ませた。
羽琉とミュエルのマイナスイオンの効果もあってか、蘭子はあまり警戒もなく挨拶を聞いてくれた。
問題はその後、だ。
「それで、その覚者が私に何の用?」
半ば拒絶するような口調で蘭子が眉間にシワを寄せる。
何の用とは聞いてはいるが、恐らく用件は蘭子自身すでに察していると、エリスティアと雷鳥は直感で悟った。
「ま、なんだ。まずはこいつらの話を聞いてやってくれ」
「ひと先ず、落ち着いて話せそうな場所に移動しようか」
エリスティアからバトンを受け取った雷鳥は、ちょうど近場にあった喫茶店を指さした。
「ちょっとそこで話しない?」
「お断りします。話す事なんて何も無い」
しかし返ってきたのは断固たる拒絶。
思わず固まる覚者達に、蘭子が意地悪い笑みを浮かべた。
「連れて行きたければ、力尽くでやればいいでしょ。そのために人数揃えて来たんじゃないの?」
さあ早く力尽くで連れて行け、とばかりに、蘭子が片手を突き出した。
その手を引く者はいない。これが彼女の挑発であるのは明らかだ。
ここで実力行使に及べば、力での支配を肯定したと捉えられかねない。
「ふん……私より強い力を持ってるくせに、それを使おうとしないなんて、馬鹿みたい」
手を出せない覚者達を見て、何故か蘭子が苛立たしげに舌打ちした。
「この力さえあれば、私たちは何だって思い通りに出来るのよ。だったらそれを使わない手はないでしょ? そうしなければ……馬鹿を見るのはこっちの方なのに」
最後はほとんど吐き捨てるように、蘭子は顔を背けながらそう言った。
その顔は、とても全てを思い通りに動かせている人間のモノではなくて、
「でも、大貫さん……魔眼で、人を操って……思い通りにしてても、全然楽しそうじゃないね……。すごく、悲しそうな顔してる……」
ミュエルはそんな言葉を口にしていた。
「……っ!」
その言葉に蘭子はより一層、顔に苦渋を滲ませる。
差し出していた片手から力が抜け、敗北を認めるように蘭子はそれ以上何も言い返してこなかった。
「蘭子さん、話を聞いてくれるよね?」
羽琉の申し出を、蘭子は今度は断らなかった。
●
場所は変わって喫茶店。
奥側の席を陣取った一行は、とりあえず各々好きな飲み物を頼んだ。
蘭子は打って変わって大人しくなっていた。出されたコーヒーにも手を付けないほどに。
それほどミュエルの先程の言葉が効いたのだろうか。
ともあれ、ここまでこれば、後は力の悪用を止めるよう説得するだけだ。
「蘭子さん。これ以上、魔眼の力を使うのは止めた方がいいよ」
「何で?」
単刀直入に切り出した羽琉に、蘭子が予想していたとばかりに素早く切り返す。
何故と問われても難しい案件だ。蘭子の行為を断罪するのは簡単だろう。
だがそれを責めるならば、そこに至るまでの要因である、周囲の人間の行為について切り込んでいかなければならない。
蘭子自身に全ての非がある訳ではない。
だから切り込むならば別方面からが有効だろう。
「これ以上は、蘭子さんの身に危険が及ぶ可能性があるんだ」
「どういう事よ」
蘭子はいまいち分かっていない様子だった。
恐らくは、自衛に必死すぎて、今後起こりえる事への予測が出来ていない。
それを確信した上で羽琉は順を追って説明した。
FiVEには夢見が多く、他組織より情報入手が早い事。
一つの組織に察知されるということは、いずれ他にも見つかるという事。
蘭子が力の使い方を変えない限り、悪意には悪意が返ってくるのだと。
言葉への反応を瞬間記憶し、蘭子が拒否反応を示さないよう注意を払いながら全てを話した。
「憤怒者って何よそれ……何でそんな大事に……」
顔を青ざめさせる蘭子を見て、羽琉はかなりの効果があった事を確信する。
怖がらせてしまったのは申し訳ないが、これだけで蘭子は力を無闇に使わなくなるだろう。
客観的事実を伝えるという自分の仕事は終わった。
でも、まだ終わりじゃない。
「力を使えないって……それじゃあ私はこれから、どうすれば良いのよ……!」
蘭子が頭を抱えて一人取り乱していた。
「大貫さん……」
そんな蘭子に対し、ミュエルがゆっくりと口を開く。
羽琉は安心して後を仲間に託す事にした。
「大貫さん……アタシもね、昔は孤立してて、心を閉ざしていたの……」
とうとうと語りながら、ミュエルは渡された蘭子の資料に載っていた情報を思い出していた。
いじめられ、孤立して、ひとりぼっちで思い悩んでいた一人の少女。
紛れもない、かつての自分自身だ。
そんな少女が悪い隔者に身を堕とそうとしている。憤怒者に目をつけられようとしている。
止めるなら今をおいて他にはない。
「田舎だったから、かな……。目立つ金髪とか、外国人の親譲りの細かい習慣とか、そういうのが悪目立ちして……学校で孤立してて……」
「……」
ミュエルの告白に、俯いていた蘭子がこわごわと顔を上げた。
細かい点は違えど、二人の境遇に似た部分がある事に蘭子も気が付いたのだろう。
「このままずっと一人で生きるんだって、そう思い込んでた、でも……」
「でも?」
縋るように先を促してくる蘭子に、ミュエルは優しく頷いた。
「FiVEに入るために転校して、環境が変わったら……みんな、受け入れてくれて……」
「転校……」
環境を変える。
もっとも単純で分かりやすく、しかしこれ以上ないほど効果的な提案だった。
「今の環境が嫌なら……そんなふうに自衛してまで、居続けなくても、大丈夫……だと、思うよ……」
蘭子に語りかけるミュエルの言葉はどこまでも優しい。
「こういう環境で、自分を変えるのはすごく大変ってこと……自分で実感して、よく分かってるから……」
だから、とミュエルは続けた。
「もし、大貫さんが、良ければだけど……五麟に転校って選択肢もあるよ……」
「私が五麟……FiVEに? でも……」
今まで考えても見なかった選択しに、蘭子は大きく戸惑っているようだった。
ここで無理強いは出来ない。決めるのは彼女だ。
「別に能力あるから組織の一員として戦えっていうつもりはないよ? 個人的な意見だけどね」
だから雷鳥は、あくまで個人の意見である事を調教して、話を始めた。
「人間、自分の心殺してまでやんなきゃいけないことってそんなないんだしさ、嫌ならやらないって選択肢もあるし」
「だけど、やらなきゃ私はずっといじめられ続けてた。力がなければ……」
「でも、今の状態でいるのはよくないと思う、君もわかってんじゃない?」
「それは……」
「誰にも悲しみ打ち明けられないままで殻にこもってさ、それじゃ一歩も前に進めないよ?」
ともすれば厳しさすら感じる雷鳥の言葉に、蘭子が小さく唇を噛んだ。
それが事実だったから、何も言い返せずに悔しくて、自分が情けなくなったのだ。
蘭子には誰にも相談できる人間がいなかった。ずっと孤立していた。
他でもない自分自身の弱さがそうさせた。
殻にこもって、一歩も前に進めていない。正にその通りだ。
力を得た所で、結局は何も変わらない。ひとりぼっちのままだ。
「FiVEにくれば馬鹿にする奴も親もいない新しい環境にだって行ける。辛い思い出かかえたまま強がって生きることもない。何だったら私もいくらでも話聞くしさ」
そんな蘭子に、雷鳥は彼女なりの気遣いを見せた。
一人でいる蘭子に、話相手になってやると。他人に気を使うのが苦手な彼女にしては珍しく。
「別に強くなろうって必死になることなんてないし、今まで十分頑張ってきたんだから、これからはさ、変な我慢せずに自分の人生楽しく生きれるようにいこうよ」
そういって雷鳥から励ましをもらった蘭子は、やはりまだ決断しかねている様子だった。
「最後は俺か。ま、もうほとんど言うことも無いだろうが。俺よかみんなよっぽど場数踏んでるから説得力はあるだろうし」
頃合いを見計らって、エリスティアが蘭子と向き合った。
「俺もさ、別に能力を使うのを悪いとは言うつもりはないんだよな」
エリスティアはあくまで力の行使を否定せず、蘭子に寄り添うような意見を口にした。
「特権とか何とかいうとまたややこしい事にはなるんだが、折角ある力だ、有効に使わせてもらおうぜ」
「有効にって……」
「俺も便利に使わせてもらっているしな。声色変化」
冗談めかしたエリスティアの声は、力を使ったらしく別人の声色になっていた。
「何よそれ……力を使うなって言ったり、有効活用しろって言ったり……矛盾してない?」
そんなエリスティアに、蘭子は理解出来ないと首を振る。
「それとも、FiVEは正義の味方だから、そんなのは関係ないって訳?」
「俺達は正義の味方じゃない。お前が悪だというつもりもないしな」
「じゃあなんなのよ!」
「俺が伝えたい事は一つ。俺達のこの『力』が何のためにあるか、それを考えてほしいって事だ」
「何のために……?」
エリスティアの問いに、蘭子はしばし黙考した。
「私に妖と戦えって言うの?」
「そう言うつもりはない。アンタはFiVEじゃないし、雷鳥がいったように、能力あるから戦わなきゃいけない訳じゃない」
ただ、とエリスティアは真剣な表情で続ける。
「力を持ってしまったことで、俺達は一般人よりは強いものになっちまった訳だな。だからって一般人を見下さないでほしい。俺らじゃ農業とかやっていけないしな」
「別に私は見下してなんか……ない」
自分で言ってて自信がなくなったのか蘭子の語気は弱々しかった。
「何より同じ人間なんだからな。うまく共存していこうぜ」
そう付け加えたエリスティアに、しかし蘭子は深くうなだれた。
「無理だよ……だって同じ人間だなんて思えないもん」
理解は出来ないと、蘭子は諦めを口にして、
「だって……だって、他人をいじめて、それで笑っていられる奴らの気持ちなんて、一生分からないよ!」
そう心情を吐露したのだった。
●
「ミュエルさんの言う通りだよ。魔眼を使って他人を言いなりにしても、私はこれっぽっちも楽しくなかった」
夕暮れ時。喫茶店を後にした一行は、蘭子の話に耳を傾けていた。
先刻、蘭子の口から、もう力の悪用はしないと確約を得た。
口約束だったが、恐らく蘭子はもう本当に力を悪用する事はないだろう。
しかし、FiVEに転校するかどうかは、まだ保留にするのだと言う。
少なくとも、自身の過ちと決着をつけるまでは、転校をするつもりはないのだそうだ。
「今日は、有り難う御座いました……さようなら」
蘭子は覚者達に深々と頭を下げ、別れの意図を示す。
「待って、蘭子さん」
立ち去ろうとする蘭子を羽琉が引き留めた。
そして蘭子に自分の連絡先の書かれた紙を手渡した。
「これって……」
「僕が確約できるのは、愚痴を聞いてあげられるってくらいだけど、笑顔で過ごす力になれたらって、思うよ」
「アタシも、いつでも相談して……」
羽琉に続くように、ミュエルも蘭子に連絡先を渡した。
そのやり取りを見て、エリスティアが男勝りな笑みを浮かべる。
「何かあったらいつでも俺たちが相談に乗るぜ。俺たちはアンタの味方だからな」
「……どうして私なんかに、そこまで構うのよ」
蘭子はまた理解出来ないと、しかし確かな優しさに触れて、涙をこぼした。
涙ぐむ蘭子に、雷鳥は一つ、
「私もいじめられっ子だったからさ何か放っておけなかったんだよね」
と、言った。
すると蘭子はキョトンとした顔をして、
「……全然そんな風には見えないですけど」
蘭子の返しに誰かが噴き出し、雷鳥が睨みを利かせる。
いつしか穏やかな笑みが場に広がり、蘭子もまた、久方ぶりの笑顔を取り戻したのだった。

■あとがき■
皆様、素晴らしいプレイング有り難う御座いました!
素晴らし過ぎて、少人数だったにも関わらず、文字数ギリギリまで詰めてしまいました。
また次回も宜しくお願いします!
素晴らし過ぎて、少人数だったにも関わらず、文字数ギリギリまで詰めてしまいました。
また次回も宜しくお願いします!
