2人の少女
●10月末日
ええ、貴女の気持ちはとてもよくわかります。
理不尽にまみれ、悲哀にまみれ――今の貴女は絶望の淵にいるのでしょう。
人は、それを耐えろ、というのでしょう。それは間違ってはいませんわ。貴女自身が、そうと納得してそれを選ぶのであれば。
重要なのは――試練を受け入れること。そして、自らの意思で選択する事ですのよ。そうでないのなら、他人に誘導されて自身の進退を選ぶのであれば、それは何ら意味のないこと。それこそ、今の状況は無為となってしまう。
それだけは、絶対に避けねばなりません。
だって、全ての理不尽には意味があるのですもの。
全ての絶望には意味があるのですもの。
そうでなければ――ああ、そうでなければ、この世は全く、救われない。
ええ、よくお考えなさい。貴女がどのような選択をしたとしても、わたくしたちは、貴女の全てを受け入れましょう。
そうそう、これをお持ちください。お守りのようなモノですわ。
ええ、きっと、貴女のお役に立つでしょう。
●12月9日
放課後の学校で、私はその女に出会った。
そいつは私にいきなり、妹を殺した事を後悔しているか、なんて聞いてきた。
全く意味が分からない。頭がおかしいんじゃないかって、そう思った。
私が殺した? 勝手に自殺したのはあのグズじゃん。
こっちはちょっとからかって遊んでやってただけなのに、マジに受け取ってさ。
私の何が悪いって言うの? いじめはなかった、って教師達も言ってたじゃない。
そう言ってやると、そいつは、まるで何かつきものが落ちたみたいな顔で笑った。
やっぱり我慢する事なかったんだ、とか、試練には立ち向かわなければいけなかったんだ、とか――やっぱり頭おかしいんじゃないの?
そう思っていると、そいつは笑いながら、懐から何かを取りだした。
なんだアレ。矢? そいつは持っていた矢を、軽く放り投げた。それは音もなくすっ、と宙を滑ると、まるで吸い込まれるみたいに、私の胸に突き刺さった。
え、と思った瞬間には、私は全身の力が抜けて、廊下に倒れてしまった。と、同時に、胸を中心に、全身に激痛が走る。
ああ、痛い、痛い。死ぬ、死んでしまう。
●2人の少女
「……その後、この『りるか』って女の子は、学校に残っていた教師全員を殺して、姿を消してまうんよ」
沈痛な面持ちで、速水 結那(nCL2000114)が言った。
なんでも、『りるか』という少女は、妹をいじめにより亡くしており、その復讐のために今回の凶行に走ったようだ。
最初の被害者となった少女は、いじめの主犯格であるようである。
「今回のミッションは、この殺されてまう女の子を助けることなんやけど……」
結那は、覚者達の顔色を窺うように言いよどんだ。
なるほど、確かに彼女は被害者であるが、同時に同情の余地はないほどに加害者でもある。
心情的に、あまり守りたいと思えない対象かもしれない。
かと言って、私刑を認めるわけにはいかないのも事実だ。
「ごめんなぁ。複雑かもしれへんけど……」
結那はそう言って頭を下げた。
「……それにしても、前にもこんな感じの事件、有ったような……あ、ううん、気にせんといて。皆、頑張ってな」
そう言うと、彼女は覚者達を送り出すのだった。
ええ、貴女の気持ちはとてもよくわかります。
理不尽にまみれ、悲哀にまみれ――今の貴女は絶望の淵にいるのでしょう。
人は、それを耐えろ、というのでしょう。それは間違ってはいませんわ。貴女自身が、そうと納得してそれを選ぶのであれば。
重要なのは――試練を受け入れること。そして、自らの意思で選択する事ですのよ。そうでないのなら、他人に誘導されて自身の進退を選ぶのであれば、それは何ら意味のないこと。それこそ、今の状況は無為となってしまう。
それだけは、絶対に避けねばなりません。
だって、全ての理不尽には意味があるのですもの。
全ての絶望には意味があるのですもの。
そうでなければ――ああ、そうでなければ、この世は全く、救われない。
ええ、よくお考えなさい。貴女がどのような選択をしたとしても、わたくしたちは、貴女の全てを受け入れましょう。
そうそう、これをお持ちください。お守りのようなモノですわ。
ええ、きっと、貴女のお役に立つでしょう。
●12月9日
放課後の学校で、私はその女に出会った。
そいつは私にいきなり、妹を殺した事を後悔しているか、なんて聞いてきた。
全く意味が分からない。頭がおかしいんじゃないかって、そう思った。
私が殺した? 勝手に自殺したのはあのグズじゃん。
こっちはちょっとからかって遊んでやってただけなのに、マジに受け取ってさ。
私の何が悪いって言うの? いじめはなかった、って教師達も言ってたじゃない。
そう言ってやると、そいつは、まるで何かつきものが落ちたみたいな顔で笑った。
やっぱり我慢する事なかったんだ、とか、試練には立ち向かわなければいけなかったんだ、とか――やっぱり頭おかしいんじゃないの?
そう思っていると、そいつは笑いながら、懐から何かを取りだした。
なんだアレ。矢? そいつは持っていた矢を、軽く放り投げた。それは音もなくすっ、と宙を滑ると、まるで吸い込まれるみたいに、私の胸に突き刺さった。
え、と思った瞬間には、私は全身の力が抜けて、廊下に倒れてしまった。と、同時に、胸を中心に、全身に激痛が走る。
ああ、痛い、痛い。死ぬ、死んでしまう。
●2人の少女
「……その後、この『りるか』って女の子は、学校に残っていた教師全員を殺して、姿を消してまうんよ」
沈痛な面持ちで、速水 結那(nCL2000114)が言った。
なんでも、『りるか』という少女は、妹をいじめにより亡くしており、その復讐のために今回の凶行に走ったようだ。
最初の被害者となった少女は、いじめの主犯格であるようである。
「今回のミッションは、この殺されてまう女の子を助けることなんやけど……」
結那は、覚者達の顔色を窺うように言いよどんだ。
なるほど、確かに彼女は被害者であるが、同時に同情の余地はないほどに加害者でもある。
心情的に、あまり守りたいと思えない対象かもしれない。
かと言って、私刑を認めるわけにはいかないのも事実だ。
「ごめんなぁ。複雑かもしれへんけど……」
結那はそう言って頭を下げた。
「……それにしても、前にもこんな感じの事件、有ったような……あ、ううん、気にせんといて。皆、頑張ってな」
そう言うと、彼女は覚者達を送り出すのだった。
■シナリオ詳細
■成功条件
1.『被害者少女』の生存
2.『りるか』の排除
3.なし
2.『りるか』の排除
3.なし
襲われた少女を救出してください。
敵データ
『りるか』
クラス:破綻者深度1
因子:獣の因子(猫)
使用スキル
猛の一撃 物近単《格闘》
癒力活性 物近味全
火行壱式 火柱 特近列【火傷】
特殊ルール
『りるか』は以下の神具を持ち、状況によって使用してきます。
贋作・天羽々矢(アメノハバヤ・デッドコピー)
かつて邪心持つ者を射殺したとされる、伝説上の矢をモチーフに作られた神具。対象に向かって投げつけて使う。
その逸話から「狙った獲物に確実に命中する」という特性を持つが、
質の悪い贋作であるため、鍛えた一般人程度の実力があれば、避けたり受け止めたりすることは容易いだろう。
状況
皆様には、『りるか』が『被害者少女』へと襲い掛かる寸前に止めに入っていただく状態になります。
場所は、学校、放課後、夕暮れの教室。
周囲に人はいませんが、騒ぎを聞いて駆けつけてくる人物はいるかもしれません。
教室の中には、机や椅子がありますが、皆さんの行動の邪魔にはならないでしょう。
『りるか』のターゲットはあくまで『被害者少女』であり、執拗に狙っています。仮に、『被害者少女』をどこかへ逃がそうとした場合、『りるか』はそれを追って姿を消す危険性がありますし、説得などが有効でなければ、倒れる寸前まで『被害者少女』を殺害しようとするでしょう。
なお、『被害者少女』をプレイヤーの皆様で守る場合、通常のスキルでは攻撃が届かないものとします。
以上となります。
皆様のご参加、お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2016年12月18日
2016年12月18日
■メイン参加者 6人■
●ほんとうの救済者
覚者達が夕暮れに染まる教室へ突入した時、2人の少女は異口同音に「誰!?」と言葉を発した。
「動かない、で……! ……お願い、だから……動かないで。アナタを、止めに……ううん、助けに、来たんだよ……?」
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は穏やかな雰囲気を纏わせながら、『りるか』へと声をかける。
その言葉に、りるかは残り少ない理性を総動員させた。
「止める……私を? 邪魔しに来たんですね……!?」
怒りに囚われた理性がはじき出した結論は、敵対である。
狂気に囚われた破綻者へ声を届かせるのは、容易な事ではない。
だが、それでも、言葉をかけ続けなければ、りるかは帰ってこれない場所へ行ってしまう。
「りるか! 落ち着け、よく聞け! 俺達は敵じゃない!」
りるかの視線をまっすぐに受け、『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が叫ぶ。
「確かに、彼女を守るが……敵ではないよ」
その言葉に反応したのは、りるかではなく、りるかに狙われた少女である。
「守る……って、なんなのよ!? そいつが私の事狙ってるの!? 確かにさっきからわけのわかんない事言ってたけど、なんで私が襲われなきゃなんないの!?」
状況に混乱し、喚く少女。しかし、中田・D・エリスティア(CL2001512)は、威圧感をのせ、彼女を叱り飛ばす。
「細かい話は後だ。死にたくなかったらとりあえずそこを動くな!」
ひっ、とか細い悲鳴をあげる少女。
「言うことを聞いている間は、俺がお前を絶対に守ってやる。怖いとは思うが我慢しろよ。……後黙っとけよ。余計な事を言ったら守ってやらねえからな」
エリスティアの言葉に、少女はこくこくと頷いた。
その様子を見ていたりるかは、
「あなた達も、そうなんですね!? そいつを庇って! 妹を殺した人達と同じなんだ……!」
泣きながら、少女へと襲い掛からんと、りるかが跳躍する。およそ、普通の少女とは思えぬ拳の一撃。それを受け止めたのは、機関銃と一体化した『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)の腕である。
――ちっ、重いな。
胸中でぼやく誘輔。
破綻したがゆえの、力のセーブが効かぬ一撃。それは、覚者達にとっても、彼女自身にとっても危険な状態だ。
「頼む、落ち着いてくれ、りるか! その状態、破綻している状態はまずい! その先には、破滅しかないんだよ!」
ジャックが言う。だが、りるかは頭をふって、
「そんなのどうだっていい!」
答えた。
「よく、ない……!」
答えたのは、ミュエルである。
「今ここで、貴女がこの子を殺したら……人殺しってことで、人生が全然変わっちゃうよ……!」
「人……殺し?」
りるかが言う。
「それでも……それだってかまわない……! 妹はもう、死んじゃったんだ! 人生を歩むことだってできない……それなのに、私だけ幸せに生きるなんて、出来ない……!」
とめどなく涙を流しつつも、笑いながら、りるかが言う。破綻の狂気に飲まれ、自我と理性が崩壊の兆しを見せている証左であった。
「はき違えんな! 踊らされんな!」
誘輔がいう。
「テメエの復讐が今成功したとして! それでどうなる! テメエは満足かもしれねぇがな、テメエの親は、大事な娘をふたり同時になくした上に、犯罪者の身内として白い目で見られる! これ以上不幸の底に叩き落とすつもりか!?」
間違っている。彼女の復讐は間違っているのだ。
彼女の復讐の果てに待っているのは、家族すら巻き込んだ大いなる破滅だ。
誘輔は、職業柄、様々な人間を見てきた。だからこそわかる。まだ彼女は引き返せる。彼女の瞳はまだ――絶望に染まりきっていはいない。
「……あんたの気持ちは否定しない。否定はできないよ」
東雲 梛(CL2001410)が続ける。
彼もまた、大切なモノを、理不尽に奪われた経験がある。
だから、分かる、憎悪に囚われる事も。絶望に押しつぶされそうになる事も。
分かるから――止めなければならない。
「……でもさ、あんたはその気持ちを……復讐を、最初は押し留めていた。葛藤していた……ねぇ、どうして押し殺すのをやめたの? その矢をくれた人の言葉がなければ、あんたは今ここにいないんじゃないの? あんたは、そいつに誘導されたんじゃない?」
「ゆう……どう……?」
りるかは困惑の表情を見せた。
「違う……違う、だって、聖女様は……これこそが試練だって。私が本当に思ったとおりにするべきだって……!」
「聖女様。それが貴女を追い込んだ人なんですね」
『悪食娘「グラトニー」』獅子神・玲(CL2001261)が言った。
その言葉には、どこか怒りの色がにじんでいる。
「試練」と称し、人を復讐に駆り立て、破綻者に堕とす。
そんな人間は、決して許すことはできない。
「りるかさん……貴女の復讐の気持ちを僕は否定はしないよ。でも……本当にそれは貴女が望んだ事なの?」
「わ、私は……!」
りるかが後ずさる。
「僕は前にも貴女と同じ事をした人を知っている……その人は最後に後悔していたよ。りるかさん……妹さんを本当に愛してたのなら……もうこれ以上は駄目だよ」
エリスティアは、仲間たちの説得の様子を、少女を庇いつつ――同時に、余計な口を挟まないように牽制しつつ――見守る。
「私は……違うの! 私が選んだの! 私が! 私の意思で! じゃないと、そうじゃないと、あの子が、あの子はどうして死んだのよ!!」
破綻による狂気、そして自身の思考にぐらつきが生じたが故に、その言葉は意味をなさない物になり果てていく。
彼女はそれでも、少女を狙って走る。振り上げられた拳。梛がそれを受け止める。
「いいよ。全部吐き出しな。失ったものは戻らない。起こった事は変わらない」
でも。
「これから起こる事を変える事はできる。復讐したって、妹だってきっと喜ばない。だってあんたが余計苦しむ事になるから。家族が苦しむのは……辛かった。だろう?」
「辛……かった……」
その言葉に、梛は、うん、と頷いた。
「別の覚悟をすべきだと俺は思うよ。妹とあんたの為にもなる覚悟を」
破綻者、りるかの攻撃は止まなかったが、それも徐々に、力ない物へと変わっていく。
覚者達の粘り強い説得は功を奏し、やがて、りるかの殺意ともいうべき気配は、明らかに薄れていった。
「妹を殺された悲しみを知っているのなら、誰かにその悲しみを与えてはいけない。それがきっと神様がお前に与えた試練やわ!」
ジャックの叫び。
りるかはその言葉に、泣きながら――それは、狂気に彩られた涙ではなかった――頷いた。
「……ごめんなさい。ごめん……なさい……!」
りるかが、その場にへたり込んだ。
玲が、そばに駆け寄る。
「……大丈夫です?」
肩に手をやる。りるかは、それを拒絶しなかった。
「うん。頑張ったね」
玲が微笑む。その腕の中で、りるかは意識を手放した。
破綻、そしてそこから帰ってきたことによる消耗は激しい。
今すぐ、彼女から事情を聴くことは難しいだろう。
ましてや、事情が事情。少しばかり休ませてあげても罰は当たるまい。
「さて……」
エリスティアが呟いて、今しがたまで守っていた少女をみやる。
「な……なによ」
恐怖に顔を引きつらせながら、彼女は後ずさる。
「見ただろ? りるかを。あれが結果だよ。アンタがやった事の」
ジャックが言う。
「わ、私が?」
「……まだ、自覚してないです?」
玲が目を細めながら尋ねる。
「……皆、まって……」
ミュエルが声を上げた。彼女は、少女の元へとゆっくり歩み寄る。
そして、懐から手のひらサイズに折りたたまれたメモ用紙を取り出した。
それを少女へと差し出しながら、ゆっくりと、優しい声で、続ける。
「今日、怖い思いをしたこと……人をひとり、自殺に追い込んだこと……少しでも、後悔したなら……これから他のいじめに遭遇したら、貴女が、勇気を出して止めてあげて……? これ、アタシの、連絡先だから……もしそれで貴女がいじめられるようになったら……相談に乗るから、ね……絶対、助けてあげる、から……」
少女のおびえたような表情は変わらない。それでも、ミュエルは微笑んだ。
「……知らない」
かすれるような声で、少女が言った。
「知らない! 私、私は……!」
少女はミュエルの手から、連絡先をひったくるように受け取ると、そのまま教室から走り去ってしまった。
「まぁ、いきなり反省の言葉を述べろ、と言う方が無理か」
エリスティアが嘆息する。
少女にとっては、自分のした事がどれだけ大事であったか、突然目の前に突きつけられたのだ。混乱もしているだろう。ああいった反応になってしまうのも仕方ないのかもしれない。
「でも……大丈夫、だと、思う……」
ミュエルは穏やかに言った。
そうだ。少女は、ミュエルの連絡先を受け取っていったのだ。
「勇気を出して……くれると思う。……難しいんだけれど、ね……」
胸に手を当てながら、ミュエルは苦笑した。
「さて、じゃあ、りるかは任せたぜ」
と、誘輔。エリスティアはその言葉に頷くと、
「うむ、じゃあ行こうか」
「……どこへ行くんだ?」
梛の言葉に、
「なに、ちょっと大人の話をしに、な?」
にやり、と人の悪い笑顔を浮かべつつ、誘輔とエリスティアは2人で教室を後にする。
2人が向かった先は校長室である。ノックもなしにドアを開けた誘輔は、とりあえず、と手にしたカメラで校長の顔を一枚、撮影してやった。
「なにを――」
困惑する校長へ、
「なに、記念撮影だ。こちらの男は記者だ。腕は確かだ。保証する。何でもかんでも、暴いてくれるだろうぜ」
エリスティアが一息にまくしたてる。
校長は、わけがわからない、という顔で目を白黒させている。
エリスティアは、ふん、と鼻を鳴らすと、
「……腐った大人が腐った子供を産むんだ。全く、忌々しい。さて、これから色々聞かせてもらおうか。ついでに説教も受けてもらうかな。長いぞ。茶でも用意させるんだな。まぁ、飲む暇など与えないが」
そして、2人の『取材』が始まる――。
一方、教室に残った覚者達は、りるかの持ち物をチェックしていた。
彼女のポケットを探ると、そこには二つに折れた矢があった。
「……折れちまったか」
梛がぼやく。
「どうやら、戦闘中の衝撃で壊れちまったみたいだ。贋作・天羽々矢。デッドコピー、って通り、とんでもない粗悪品だったみたいだな。もう、何の力も感じられない。ただの、折れた矢だよ」
舌打ちひとつ、梛が言った。ここから痕跡を探るのは難しいだろうか。なんにしても、一度F.i.V.E.に持ち帰ってみた方が良いか。
「スケジュール帖……ゴメン、ね」
謝りつつ、ミュエルがスケジュール帖を開く。確か、夢見の話によれば、彼女が誰かにこの話を吹き込まれたのは、10月の末日。該当のページを探り、ある日付に、メモ書きを見つけた。
教会 14時から
「……教会?」
ミュエルが呟く。
「……新人類教会ですか?」
玲が尋ねる。
新人類教会。覚者を『新人類』と称する宗教団体であり、F.i.V.E.とも何度か衝突した集団である。
だが、そうは言った玲も、どこか違和感をぬぐえなかった。
新人類教会とは、手段、方向性、あらゆるものが違うような気がしたのだ。
「分からない……これも、調査待ち……かな」
「教会、ね」
ジャックが、吐き捨てるように言った。
「……悪趣味だな。正義と勘違いしてんじゃねえぞ」
まもなく、F.i.V.E.から迎えの車がやってくるだろう。
やがてりるかが目覚めれば、事件の概要も明らかになるはずだ。
暗躍する者の存在を確かに感じながら、事件はひとまず幕を下ろすこととなる。
覚者達が夕暮れに染まる教室へ突入した時、2人の少女は異口同音に「誰!?」と言葉を発した。
「動かない、で……! ……お願い、だから……動かないで。アナタを、止めに……ううん、助けに、来たんだよ……?」
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は穏やかな雰囲気を纏わせながら、『りるか』へと声をかける。
その言葉に、りるかは残り少ない理性を総動員させた。
「止める……私を? 邪魔しに来たんですね……!?」
怒りに囚われた理性がはじき出した結論は、敵対である。
狂気に囚われた破綻者へ声を届かせるのは、容易な事ではない。
だが、それでも、言葉をかけ続けなければ、りるかは帰ってこれない場所へ行ってしまう。
「りるか! 落ち着け、よく聞け! 俺達は敵じゃない!」
りるかの視線をまっすぐに受け、『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が叫ぶ。
「確かに、彼女を守るが……敵ではないよ」
その言葉に反応したのは、りるかではなく、りるかに狙われた少女である。
「守る……って、なんなのよ!? そいつが私の事狙ってるの!? 確かにさっきからわけのわかんない事言ってたけど、なんで私が襲われなきゃなんないの!?」
状況に混乱し、喚く少女。しかし、中田・D・エリスティア(CL2001512)は、威圧感をのせ、彼女を叱り飛ばす。
「細かい話は後だ。死にたくなかったらとりあえずそこを動くな!」
ひっ、とか細い悲鳴をあげる少女。
「言うことを聞いている間は、俺がお前を絶対に守ってやる。怖いとは思うが我慢しろよ。……後黙っとけよ。余計な事を言ったら守ってやらねえからな」
エリスティアの言葉に、少女はこくこくと頷いた。
その様子を見ていたりるかは、
「あなた達も、そうなんですね!? そいつを庇って! 妹を殺した人達と同じなんだ……!」
泣きながら、少女へと襲い掛からんと、りるかが跳躍する。およそ、普通の少女とは思えぬ拳の一撃。それを受け止めたのは、機関銃と一体化した『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)の腕である。
――ちっ、重いな。
胸中でぼやく誘輔。
破綻したがゆえの、力のセーブが効かぬ一撃。それは、覚者達にとっても、彼女自身にとっても危険な状態だ。
「頼む、落ち着いてくれ、りるか! その状態、破綻している状態はまずい! その先には、破滅しかないんだよ!」
ジャックが言う。だが、りるかは頭をふって、
「そんなのどうだっていい!」
答えた。
「よく、ない……!」
答えたのは、ミュエルである。
「今ここで、貴女がこの子を殺したら……人殺しってことで、人生が全然変わっちゃうよ……!」
「人……殺し?」
りるかが言う。
「それでも……それだってかまわない……! 妹はもう、死んじゃったんだ! 人生を歩むことだってできない……それなのに、私だけ幸せに生きるなんて、出来ない……!」
とめどなく涙を流しつつも、笑いながら、りるかが言う。破綻の狂気に飲まれ、自我と理性が崩壊の兆しを見せている証左であった。
「はき違えんな! 踊らされんな!」
誘輔がいう。
「テメエの復讐が今成功したとして! それでどうなる! テメエは満足かもしれねぇがな、テメエの親は、大事な娘をふたり同時になくした上に、犯罪者の身内として白い目で見られる! これ以上不幸の底に叩き落とすつもりか!?」
間違っている。彼女の復讐は間違っているのだ。
彼女の復讐の果てに待っているのは、家族すら巻き込んだ大いなる破滅だ。
誘輔は、職業柄、様々な人間を見てきた。だからこそわかる。まだ彼女は引き返せる。彼女の瞳はまだ――絶望に染まりきっていはいない。
「……あんたの気持ちは否定しない。否定はできないよ」
東雲 梛(CL2001410)が続ける。
彼もまた、大切なモノを、理不尽に奪われた経験がある。
だから、分かる、憎悪に囚われる事も。絶望に押しつぶされそうになる事も。
分かるから――止めなければならない。
「……でもさ、あんたはその気持ちを……復讐を、最初は押し留めていた。葛藤していた……ねぇ、どうして押し殺すのをやめたの? その矢をくれた人の言葉がなければ、あんたは今ここにいないんじゃないの? あんたは、そいつに誘導されたんじゃない?」
「ゆう……どう……?」
りるかは困惑の表情を見せた。
「違う……違う、だって、聖女様は……これこそが試練だって。私が本当に思ったとおりにするべきだって……!」
「聖女様。それが貴女を追い込んだ人なんですね」
『悪食娘「グラトニー」』獅子神・玲(CL2001261)が言った。
その言葉には、どこか怒りの色がにじんでいる。
「試練」と称し、人を復讐に駆り立て、破綻者に堕とす。
そんな人間は、決して許すことはできない。
「りるかさん……貴女の復讐の気持ちを僕は否定はしないよ。でも……本当にそれは貴女が望んだ事なの?」
「わ、私は……!」
りるかが後ずさる。
「僕は前にも貴女と同じ事をした人を知っている……その人は最後に後悔していたよ。りるかさん……妹さんを本当に愛してたのなら……もうこれ以上は駄目だよ」
エリスティアは、仲間たちの説得の様子を、少女を庇いつつ――同時に、余計な口を挟まないように牽制しつつ――見守る。
「私は……違うの! 私が選んだの! 私が! 私の意思で! じゃないと、そうじゃないと、あの子が、あの子はどうして死んだのよ!!」
破綻による狂気、そして自身の思考にぐらつきが生じたが故に、その言葉は意味をなさない物になり果てていく。
彼女はそれでも、少女を狙って走る。振り上げられた拳。梛がそれを受け止める。
「いいよ。全部吐き出しな。失ったものは戻らない。起こった事は変わらない」
でも。
「これから起こる事を変える事はできる。復讐したって、妹だってきっと喜ばない。だってあんたが余計苦しむ事になるから。家族が苦しむのは……辛かった。だろう?」
「辛……かった……」
その言葉に、梛は、うん、と頷いた。
「別の覚悟をすべきだと俺は思うよ。妹とあんたの為にもなる覚悟を」
破綻者、りるかの攻撃は止まなかったが、それも徐々に、力ない物へと変わっていく。
覚者達の粘り強い説得は功を奏し、やがて、りるかの殺意ともいうべき気配は、明らかに薄れていった。
「妹を殺された悲しみを知っているのなら、誰かにその悲しみを与えてはいけない。それがきっと神様がお前に与えた試練やわ!」
ジャックの叫び。
りるかはその言葉に、泣きながら――それは、狂気に彩られた涙ではなかった――頷いた。
「……ごめんなさい。ごめん……なさい……!」
りるかが、その場にへたり込んだ。
玲が、そばに駆け寄る。
「……大丈夫です?」
肩に手をやる。りるかは、それを拒絶しなかった。
「うん。頑張ったね」
玲が微笑む。その腕の中で、りるかは意識を手放した。
破綻、そしてそこから帰ってきたことによる消耗は激しい。
今すぐ、彼女から事情を聴くことは難しいだろう。
ましてや、事情が事情。少しばかり休ませてあげても罰は当たるまい。
「さて……」
エリスティアが呟いて、今しがたまで守っていた少女をみやる。
「な……なによ」
恐怖に顔を引きつらせながら、彼女は後ずさる。
「見ただろ? りるかを。あれが結果だよ。アンタがやった事の」
ジャックが言う。
「わ、私が?」
「……まだ、自覚してないです?」
玲が目を細めながら尋ねる。
「……皆、まって……」
ミュエルが声を上げた。彼女は、少女の元へとゆっくり歩み寄る。
そして、懐から手のひらサイズに折りたたまれたメモ用紙を取り出した。
それを少女へと差し出しながら、ゆっくりと、優しい声で、続ける。
「今日、怖い思いをしたこと……人をひとり、自殺に追い込んだこと……少しでも、後悔したなら……これから他のいじめに遭遇したら、貴女が、勇気を出して止めてあげて……? これ、アタシの、連絡先だから……もしそれで貴女がいじめられるようになったら……相談に乗るから、ね……絶対、助けてあげる、から……」
少女のおびえたような表情は変わらない。それでも、ミュエルは微笑んだ。
「……知らない」
かすれるような声で、少女が言った。
「知らない! 私、私は……!」
少女はミュエルの手から、連絡先をひったくるように受け取ると、そのまま教室から走り去ってしまった。
「まぁ、いきなり反省の言葉を述べろ、と言う方が無理か」
エリスティアが嘆息する。
少女にとっては、自分のした事がどれだけ大事であったか、突然目の前に突きつけられたのだ。混乱もしているだろう。ああいった反応になってしまうのも仕方ないのかもしれない。
「でも……大丈夫、だと、思う……」
ミュエルは穏やかに言った。
そうだ。少女は、ミュエルの連絡先を受け取っていったのだ。
「勇気を出して……くれると思う。……難しいんだけれど、ね……」
胸に手を当てながら、ミュエルは苦笑した。
「さて、じゃあ、りるかは任せたぜ」
と、誘輔。エリスティアはその言葉に頷くと、
「うむ、じゃあ行こうか」
「……どこへ行くんだ?」
梛の言葉に、
「なに、ちょっと大人の話をしに、な?」
にやり、と人の悪い笑顔を浮かべつつ、誘輔とエリスティアは2人で教室を後にする。
2人が向かった先は校長室である。ノックもなしにドアを開けた誘輔は、とりあえず、と手にしたカメラで校長の顔を一枚、撮影してやった。
「なにを――」
困惑する校長へ、
「なに、記念撮影だ。こちらの男は記者だ。腕は確かだ。保証する。何でもかんでも、暴いてくれるだろうぜ」
エリスティアが一息にまくしたてる。
校長は、わけがわからない、という顔で目を白黒させている。
エリスティアは、ふん、と鼻を鳴らすと、
「……腐った大人が腐った子供を産むんだ。全く、忌々しい。さて、これから色々聞かせてもらおうか。ついでに説教も受けてもらうかな。長いぞ。茶でも用意させるんだな。まぁ、飲む暇など与えないが」
そして、2人の『取材』が始まる――。
一方、教室に残った覚者達は、りるかの持ち物をチェックしていた。
彼女のポケットを探ると、そこには二つに折れた矢があった。
「……折れちまったか」
梛がぼやく。
「どうやら、戦闘中の衝撃で壊れちまったみたいだ。贋作・天羽々矢。デッドコピー、って通り、とんでもない粗悪品だったみたいだな。もう、何の力も感じられない。ただの、折れた矢だよ」
舌打ちひとつ、梛が言った。ここから痕跡を探るのは難しいだろうか。なんにしても、一度F.i.V.E.に持ち帰ってみた方が良いか。
「スケジュール帖……ゴメン、ね」
謝りつつ、ミュエルがスケジュール帖を開く。確か、夢見の話によれば、彼女が誰かにこの話を吹き込まれたのは、10月の末日。該当のページを探り、ある日付に、メモ書きを見つけた。
教会 14時から
「……教会?」
ミュエルが呟く。
「……新人類教会ですか?」
玲が尋ねる。
新人類教会。覚者を『新人類』と称する宗教団体であり、F.i.V.E.とも何度か衝突した集団である。
だが、そうは言った玲も、どこか違和感をぬぐえなかった。
新人類教会とは、手段、方向性、あらゆるものが違うような気がしたのだ。
「分からない……これも、調査待ち……かな」
「教会、ね」
ジャックが、吐き捨てるように言った。
「……悪趣味だな。正義と勘違いしてんじゃねえぞ」
まもなく、F.i.V.E.から迎えの車がやってくるだろう。
やがてりるかが目覚めれば、事件の概要も明らかになるはずだ。
暗躍する者の存在を確かに感じながら、事件はひとまず幕を下ろすこととなる。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし








