2人の少女
2人の少女


●10月末日
 ええ、貴女の気持ちはとてもよくわかります。
 理不尽にまみれ、悲哀にまみれ――今の貴女は絶望の淵にいるのでしょう。
 人は、それを耐えろ、というのでしょう。それは間違ってはいませんわ。貴女自身が、そうと納得してそれを選ぶのであれば。
 重要なのは――試練を受け入れること。そして、自らの意思で選択する事ですのよ。そうでないのなら、他人に誘導されて自身の進退を選ぶのであれば、それは何ら意味のないこと。それこそ、今の状況は無為となってしまう。
 それだけは、絶対に避けねばなりません。
 だって、全ての理不尽には意味があるのですもの。
 全ての絶望には意味があるのですもの。
 そうでなければ――ああ、そうでなければ、この世は全く、救われない。
 ええ、よくお考えなさい。貴女がどのような選択をしたとしても、わたくしたちは、貴女の全てを受け入れましょう。
 そうそう、これをお持ちください。お守りのようなモノですわ。
 ええ、きっと、貴女のお役に立つでしょう。

●12月9日
 放課後の学校で、私はその女に出会った。
 そいつは私にいきなり、妹を殺した事を後悔しているか、なんて聞いてきた。
 全く意味が分からない。頭がおかしいんじゃないかって、そう思った。
 私が殺した? 勝手に自殺したのはあのグズじゃん。
 こっちはちょっとからかって遊んでやってただけなのに、マジに受け取ってさ。
 私の何が悪いって言うの? いじめはなかった、って教師達も言ってたじゃない。
 そう言ってやると、そいつは、まるで何かつきものが落ちたみたいな顔で笑った。
 やっぱり我慢する事なかったんだ、とか、試練には立ち向かわなければいけなかったんだ、とか――やっぱり頭おかしいんじゃないの?
 そう思っていると、そいつは笑いながら、懐から何かを取りだした。
 なんだアレ。矢? そいつは持っていた矢を、軽く放り投げた。それは音もなくすっ、と宙を滑ると、まるで吸い込まれるみたいに、私の胸に突き刺さった。
 え、と思った瞬間には、私は全身の力が抜けて、廊下に倒れてしまった。と、同時に、胸を中心に、全身に激痛が走る。
 ああ、痛い、痛い。死ぬ、死んでしまう。
 
●2人の少女
「……その後、この『りるか』って女の子は、学校に残っていた教師全員を殺して、姿を消してまうんよ」
 沈痛な面持ちで、速水 結那(nCL2000114)が言った。
 なんでも、『りるか』という少女は、妹をいじめにより亡くしており、その復讐のために今回の凶行に走ったようだ。
 最初の被害者となった少女は、いじめの主犯格であるようである。
「今回のミッションは、この殺されてまう女の子を助けることなんやけど……」
 結那は、覚者達の顔色を窺うように言いよどんだ。
 なるほど、確かに彼女は被害者であるが、同時に同情の余地はないほどに加害者でもある。
 心情的に、あまり守りたいと思えない対象かもしれない。
 かと言って、私刑を認めるわけにはいかないのも事実だ。
「ごめんなぁ。複雑かもしれへんけど……」
 結那はそう言って頭を下げた。
「……それにしても、前にもこんな感じの事件、有ったような……あ、ううん、気にせんといて。皆、頑張ってな」
 そう言うと、彼女は覚者達を送り出すのだった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:洗井 落雲
■成功条件
1.『被害者少女』の生存
2.『りるか』の排除
3.なし
 お世話になっております、洗井落雲です。
 襲われた少女を救出してください。

 敵データ
  『りるか』
  クラス:破綻者深度1
  因子:獣の因子(猫)
  使用スキル
   猛の一撃 物近単《格闘》
   癒力活性 物近味全
   火行壱式 火柱 特近列【火傷】
  特殊ルール
   『りるか』は以下の神具を持ち、状況によって使用してきます。
  贋作・天羽々矢(アメノハバヤ・デッドコピー)
   かつて邪心持つ者を射殺したとされる、伝説上の矢をモチーフに作られた神具。対象に向かって投げつけて使う。
   その逸話から「狙った獲物に確実に命中する」という特性を持つが、
   質の悪い贋作であるため、鍛えた一般人程度の実力があれば、避けたり受け止めたりすることは容易いだろう。


 状況
  皆様には、『りるか』が『被害者少女』へと襲い掛かる寸前に止めに入っていただく状態になります。
  場所は、学校、放課後、夕暮れの教室。
  周囲に人はいませんが、騒ぎを聞いて駆けつけてくる人物はいるかもしれません。
  教室の中には、机や椅子がありますが、皆さんの行動の邪魔にはならないでしょう。

 『りるか』のターゲットはあくまで『被害者少女』であり、執拗に狙っています。仮に、『被害者少女』をどこかへ逃がそうとした場合、『りるか』はそれを追って姿を消す危険性がありますし、説得などが有効でなければ、倒れる寸前まで『被害者少女』を殺害しようとするでしょう。
 なお、『被害者少女』をプレイヤーの皆様で守る場合、通常のスキルでは攻撃が届かないものとします。

 以上となります。
 皆様のご参加、お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2016年12月18日

■メイン参加者 6人■

『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『追跡の羽音』
風祭・誘輔(CL2001092)
『悪食娘「グラトニー」』
獅子神・玲(CL2001261)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)

●ほんとうの救済者
 覚者達が夕暮れに染まる教室へ突入した時、2人の少女は異口同音に「誰!?」と言葉を発した。
「動かない、で……! ……お願い、だから……動かないで。アナタを、止めに……ううん、助けに、来たんだよ……?」
 『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は穏やかな雰囲気を纏わせながら、『りるか』へと声をかける。
 その言葉に、りるかは残り少ない理性を総動員させた。
「止める……私を? 邪魔しに来たんですね……!?」
 怒りに囚われた理性がはじき出した結論は、敵対である。
 狂気に囚われた破綻者へ声を届かせるのは、容易な事ではない。
 だが、それでも、言葉をかけ続けなければ、りるかは帰ってこれない場所へ行ってしまう。
「りるか! 落ち着け、よく聞け! 俺達は敵じゃない!」
 りるかの視線をまっすぐに受け、『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が叫ぶ。
「確かに、彼女を守るが……敵ではないよ」
 その言葉に反応したのは、りるかではなく、りるかに狙われた少女である。
「守る……って、なんなのよ!? そいつが私の事狙ってるの!? 確かにさっきからわけのわかんない事言ってたけど、なんで私が襲われなきゃなんないの!?」
 状況に混乱し、喚く少女。しかし、中田・D・エリスティア(CL2001512)は、威圧感をのせ、彼女を叱り飛ばす。
「細かい話は後だ。死にたくなかったらとりあえずそこを動くな!」
 ひっ、とか細い悲鳴をあげる少女。
「言うことを聞いている間は、俺がお前を絶対に守ってやる。怖いとは思うが我慢しろよ。……後黙っとけよ。余計な事を言ったら守ってやらねえからな」
 エリスティアの言葉に、少女はこくこくと頷いた。
 その様子を見ていたりるかは、
「あなた達も、そうなんですね!? そいつを庇って! 妹を殺した人達と同じなんだ……!」
 泣きながら、少女へと襲い掛からんと、りるかが跳躍する。およそ、普通の少女とは思えぬ拳の一撃。それを受け止めたのは、機関銃と一体化した『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)の腕である。
 ――ちっ、重いな。
 胸中でぼやく誘輔。
 破綻したがゆえの、力のセーブが効かぬ一撃。それは、覚者達にとっても、彼女自身にとっても危険な状態だ。
「頼む、落ち着いてくれ、りるか! その状態、破綻している状態はまずい! その先には、破滅しかないんだよ!」
 ジャックが言う。だが、りるかは頭をふって、
「そんなのどうだっていい!」
 答えた。
「よく、ない……!」
 答えたのは、ミュエルである。
「今ここで、貴女がこの子を殺したら……人殺しってことで、人生が全然変わっちゃうよ……!」
「人……殺し?」
 りるかが言う。
「それでも……それだってかまわない……! 妹はもう、死んじゃったんだ! 人生を歩むことだってできない……それなのに、私だけ幸せに生きるなんて、出来ない……!」
 とめどなく涙を流しつつも、笑いながら、りるかが言う。破綻の狂気に飲まれ、自我と理性が崩壊の兆しを見せている証左であった。
「はき違えんな! 踊らされんな!」
 誘輔がいう。
「テメエの復讐が今成功したとして! それでどうなる! テメエは満足かもしれねぇがな、テメエの親は、大事な娘をふたり同時になくした上に、犯罪者の身内として白い目で見られる! これ以上不幸の底に叩き落とすつもりか!?」
 間違っている。彼女の復讐は間違っているのだ。
 彼女の復讐の果てに待っているのは、家族すら巻き込んだ大いなる破滅だ。
 誘輔は、職業柄、様々な人間を見てきた。だからこそわかる。まだ彼女は引き返せる。彼女の瞳はまだ――絶望に染まりきっていはいない。
「……あんたの気持ちは否定しない。否定はできないよ」
 東雲 梛(CL2001410)が続ける。
 彼もまた、大切なモノを、理不尽に奪われた経験がある。
 だから、分かる、憎悪に囚われる事も。絶望に押しつぶされそうになる事も。
 分かるから――止めなければならない。
「……でもさ、あんたはその気持ちを……復讐を、最初は押し留めていた。葛藤していた……ねぇ、どうして押し殺すのをやめたの? その矢をくれた人の言葉がなければ、あんたは今ここにいないんじゃないの? あんたは、そいつに誘導されたんじゃない?」
「ゆう……どう……?」
 りるかは困惑の表情を見せた。
「違う……違う、だって、聖女様は……これこそが試練だって。私が本当に思ったとおりにするべきだって……!」
「聖女様。それが貴女を追い込んだ人なんですね」
 『悪食娘「グラトニー」』獅子神・玲(CL2001261)が言った。
 その言葉には、どこか怒りの色がにじんでいる。
 「試練」と称し、人を復讐に駆り立て、破綻者に堕とす。
 そんな人間は、決して許すことはできない。
「りるかさん……貴女の復讐の気持ちを僕は否定はしないよ。でも……本当にそれは貴女が望んだ事なの?」
「わ、私は……!」
 りるかが後ずさる。
「僕は前にも貴女と同じ事をした人を知っている……その人は最後に後悔していたよ。りるかさん……妹さんを本当に愛してたのなら……もうこれ以上は駄目だよ」
 エリスティアは、仲間たちの説得の様子を、少女を庇いつつ――同時に、余計な口を挟まないように牽制しつつ――見守る。
「私は……違うの! 私が選んだの! 私が! 私の意思で! じゃないと、そうじゃないと、あの子が、あの子はどうして死んだのよ!!」
 破綻による狂気、そして自身の思考にぐらつきが生じたが故に、その言葉は意味をなさない物になり果てていく。
 彼女はそれでも、少女を狙って走る。振り上げられた拳。梛がそれを受け止める。
「いいよ。全部吐き出しな。失ったものは戻らない。起こった事は変わらない」
 でも。
「これから起こる事を変える事はできる。復讐したって、妹だってきっと喜ばない。だってあんたが余計苦しむ事になるから。家族が苦しむのは……辛かった。だろう?」
「辛……かった……」
 その言葉に、梛は、うん、と頷いた。
「別の覚悟をすべきだと俺は思うよ。妹とあんたの為にもなる覚悟を」

 破綻者、りるかの攻撃は止まなかったが、それも徐々に、力ない物へと変わっていく。
 覚者達の粘り強い説得は功を奏し、やがて、りるかの殺意ともいうべき気配は、明らかに薄れていった。

「妹を殺された悲しみを知っているのなら、誰かにその悲しみを与えてはいけない。それがきっと神様がお前に与えた試練やわ!」
 ジャックの叫び。
 りるかはその言葉に、泣きながら――それは、狂気に彩られた涙ではなかった――頷いた。
「……ごめんなさい。ごめん……なさい……!」
 りるかが、その場にへたり込んだ。
 玲が、そばに駆け寄る。
「……大丈夫です?」
 肩に手をやる。りるかは、それを拒絶しなかった。
「うん。頑張ったね」
 玲が微笑む。その腕の中で、りるかは意識を手放した。
 破綻、そしてそこから帰ってきたことによる消耗は激しい。
 今すぐ、彼女から事情を聴くことは難しいだろう。
 ましてや、事情が事情。少しばかり休ませてあげても罰は当たるまい。
「さて……」
 エリスティアが呟いて、今しがたまで守っていた少女をみやる。
「な……なによ」
 恐怖に顔を引きつらせながら、彼女は後ずさる。
「見ただろ? りるかを。あれが結果だよ。アンタがやった事の」
 ジャックが言う。
「わ、私が?」
「……まだ、自覚してないです?」
 玲が目を細めながら尋ねる。
「……皆、まって……」
 ミュエルが声を上げた。彼女は、少女の元へとゆっくり歩み寄る。
 そして、懐から手のひらサイズに折りたたまれたメモ用紙を取り出した。
 それを少女へと差し出しながら、ゆっくりと、優しい声で、続ける。
「今日、怖い思いをしたこと……人をひとり、自殺に追い込んだこと……少しでも、後悔したなら……これから他のいじめに遭遇したら、貴女が、勇気を出して止めてあげて……? これ、アタシの、連絡先だから……もしそれで貴女がいじめられるようになったら……相談に乗るから、ね……絶対、助けてあげる、から……」
 少女のおびえたような表情は変わらない。それでも、ミュエルは微笑んだ。
「……知らない」
 かすれるような声で、少女が言った。
「知らない! 私、私は……!」
 少女はミュエルの手から、連絡先をひったくるように受け取ると、そのまま教室から走り去ってしまった。
「まぁ、いきなり反省の言葉を述べろ、と言う方が無理か」
 エリスティアが嘆息する。
 少女にとっては、自分のした事がどれだけ大事であったか、突然目の前に突きつけられたのだ。混乱もしているだろう。ああいった反応になってしまうのも仕方ないのかもしれない。
「でも……大丈夫、だと、思う……」
 ミュエルは穏やかに言った。
 そうだ。少女は、ミュエルの連絡先を受け取っていったのだ。
「勇気を出して……くれると思う。……難しいんだけれど、ね……」
 胸に手を当てながら、ミュエルは苦笑した。

「さて、じゃあ、りるかは任せたぜ」
 と、誘輔。エリスティアはその言葉に頷くと、
「うむ、じゃあ行こうか」
「……どこへ行くんだ?」
 梛の言葉に、
「なに、ちょっと大人の話をしに、な?」
 にやり、と人の悪い笑顔を浮かべつつ、誘輔とエリスティアは2人で教室を後にする。
 2人が向かった先は校長室である。ノックもなしにドアを開けた誘輔は、とりあえず、と手にしたカメラで校長の顔を一枚、撮影してやった。
「なにを――」
 困惑する校長へ、
「なに、記念撮影だ。こちらの男は記者だ。腕は確かだ。保証する。何でもかんでも、暴いてくれるだろうぜ」
 エリスティアが一息にまくしたてる。
 校長は、わけがわからない、という顔で目を白黒させている。
 エリスティアは、ふん、と鼻を鳴らすと、
「……腐った大人が腐った子供を産むんだ。全く、忌々しい。さて、これから色々聞かせてもらおうか。ついでに説教も受けてもらうかな。長いぞ。茶でも用意させるんだな。まぁ、飲む暇など与えないが」
 そして、2人の『取材』が始まる――。

 一方、教室に残った覚者達は、りるかの持ち物をチェックしていた。
 彼女のポケットを探ると、そこには二つに折れた矢があった。
「……折れちまったか」
 梛がぼやく。
「どうやら、戦闘中の衝撃で壊れちまったみたいだ。贋作・天羽々矢。デッドコピー、って通り、とんでもない粗悪品だったみたいだな。もう、何の力も感じられない。ただの、折れた矢だよ」
 舌打ちひとつ、梛が言った。ここから痕跡を探るのは難しいだろうか。なんにしても、一度F.i.V.E.に持ち帰ってみた方が良いか。
「スケジュール帖……ゴメン、ね」
 謝りつつ、ミュエルがスケジュール帖を開く。確か、夢見の話によれば、彼女が誰かにこの話を吹き込まれたのは、10月の末日。該当のページを探り、ある日付に、メモ書きを見つけた。

 教会 14時から

「……教会?」
 ミュエルが呟く。
「……新人類教会ですか?」
 玲が尋ねる。
 新人類教会。覚者を『新人類』と称する宗教団体であり、F.i.V.E.とも何度か衝突した集団である。
 だが、そうは言った玲も、どこか違和感をぬぐえなかった。
 新人類教会とは、手段、方向性、あらゆるものが違うような気がしたのだ。
「分からない……これも、調査待ち……かな」
「教会、ね」
 ジャックが、吐き捨てるように言った。
「……悪趣味だな。正義と勘違いしてんじゃねえぞ」

 まもなく、F.i.V.E.から迎えの車がやってくるだろう。
 やがてりるかが目覚めれば、事件の概要も明らかになるはずだ。
 暗躍する者の存在を確かに感じながら、事件はひとまず幕を下ろすこととなる。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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