古妖を封印せよ! ただし料理で
古妖を封印せよ! ただし料理で



 色とりどりの野菜。艶のある生肉。手入れされた包丁。磨かれたキッチン。
 某テレビ局のスタジオで、とある有名な料理番組の放送が始まろうとしていた。
「さあ、お時間がやって参りました。早速ですが、料理の前にあれをご覧ください」
 笑顔の司会者が、スタジオ中央の台を指差した。
 そこにはドラム缶サイズの素焼きの壷が、封をされ、埃を被った姿で置いてある。
 料理番組の舞台には、明らかにそぐわないオブジェだ。
「この壷は、100年前にこの町で封印された『餓鬼大将』という妖を封印したものだそうです」
 予め叩き込んでおいた台本に沿って、司会者は続ける。

 かつてこの土地には「餓鬼大将」と呼ばれる貧乏神の仲間がいた。
 すすんで悪さをする奴ではなかったが、ずっと居着かれたら、どんな災いを招くか分からない。
 そこで町の人々は一計を案じ、手紙に文をしたためて、餓鬼大将を誘い出した。
「餓鬼大将様。貴方のために料理を用意いたします。完成するまで、どうぞこの中でお待ち下さい」
 美味しい料理に目がない餓鬼大将はまんまとやって来て、壷へと封印されてしまった。
 それから100年たった今も、彼は壷の中で、料理が出来上がるのを心待ちにしている――

「……という言い伝えだそうです。その4種の料理が、こちら!」
 カメラが回り、設置された垂れ幕を映し出した。
「地獄と極楽の盛合わせ」、「三途スープ」、「阿鼻叫喚の焼き料理」、「極楽浄土のデザート」。
 そう、この番組のメインは言い伝えにある4種の料理。
 これらを料理人が自由に再現し、試食評論するパートがハイライトだ。
「言い伝えでは壺の封印は一度も解かれていないとか。特別に、スタジオで解いてみましょう」
 もっとも、司会者をはじめ番組スタッフは、壺の中は空だと知っている。
 事前に行ったX線検査の結果、何の影も写っていなかったからだ。
 十分な間を持たせ、さっと封を外す司会者。
「さあ、果たして中身は――」
 おや残念、カラッポでした! 少なくとも台本では、そのはずだった。
 ところが。
「ふわああ。よく寝たのである」
「えっ」
 壷の中からひょろりと手が伸び、ふんどし一丁の小男が出てきたではないか!
 蝋燭のような白い肌、落ち窪んだ眼、骨と皮だけの手足に、ぽっこり突き出た腹。
 どう見ても地獄の餓鬼そのものだ。
「それがし、腹が減ったのである」
「えっ」
 笑顔を凍りつかせる司会者をよそに、辺りをきょろきょろと見回す餓鬼大将。
 と、垂れ幕の品書きに目が留まり、血色の悪い顔がぱあっと輝く。
「おお、あれは……それがしが待ちわびた料理ではないか。大感激である」
「えっ」
 一体どういう事かと、司会者は無言で裏方スタッフに目線を送った。
 だが、カメラマンもディレクターも、青い顔を横に振るだけだ。
「ありがとう人間。喜んでご相伴に預かりたいのである」
「えええええっ!?」


「――という事件が起ころうとしている」
 覚者たちが集まるのを確認すると、久方 相馬(nCL2000004)は話を切り出した。
「古妖の名前は『餓鬼大将』。貧乏神の一種だ」
 相馬によると、餓鬼大将を放置した場合、彼はそのままテレビスタジオに居着いてしまうらしい。やがて彼がまき散らす貧乏オーラとでも言うべき呪いによってスタジオは潰れ、テレビ会社は傾き、下請けを含めて何百何千の社員が路頭に迷ってしまうという。
「そこで皆には、餓鬼大将に料理をご馳走して、もう一度彼を封印してほしいんだ」
 料理とは即ち、『地獄と極楽の盛合わせ』、『三途スープ』、『阿鼻叫喚の焼き料理』、『極楽浄土のデザート』の4品。昔の人間が出まかせに考えた料理なので、当然だがレシピなどない。参加者はそれらしいトークとパフォーマンスを交えつつ、それらしい食材をそれらしく料理して餓鬼大将に振舞わねばならない。
 幸いにも餓鬼大将は場のノリに流されやすい性格らしく、トークやパフォーマンスに優れたものなら、割とどんな料理でも美味い美味いと食べるという。
 参加者は全員、「正体不明の料理人」という肩書きで参加する。番組を盛り上げる演出は大歓迎だが、ゲストである餓鬼大将を攻撃するなどのエンタメから外れる行為は厳禁だ。
 依頼は餓鬼大将が壷から出てきた時点からスタート。呪い発生までのリミットは、番組の放送時間と同じ60分。それまでに4つの料理を全て仕上げ、餓鬼大将を封印しなければならない。
「餓鬼大将は、ご馳走を振舞ってくれた人間の言うことを信じる。満腹になったところを見計らって、壷の中で休んでいてくれとでも言えば、自分から入るだろう」
 餓鬼大将を壷に入れ、封印のフタをした時点で依頼は完了だ。
 あとはF.i.V.E.の専門チームが壷を運び出し、然るべき場所で厳重に管理する。
「テレビ局への手続き諸々はF.i.V.E.がやっておく。じゃ、頼んだぜ」
 そう言って、相馬は話を終えた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:坂本ピエロギ
■成功条件
1.4つの料理で餓鬼大将を封印する
2.なし
3.なし
ピエロギです。
この依頼は、腹を空かせた古妖に御馳走を振る舞い、再び封印するというものです。
現地には、あらゆる調理器具、あらゆる食材が揃っています。
もちろん自前の器具や食材を持ち込んでも構いません。
真面目に作るもよし。全力でネタに走るもよし。あなたのプレイングをお待ちしています。

余談交じりの補足をひとつ。
餓鬼大将が封印された頃(大正時代)は、和洋折衷の料理が庶民に普及した時期でした。
例えば、カレー、ラーメン、トンカツ、パン、チョコレート、アイスクリーム等です。
ですのでポピュラーな大衆料理の名前は、餓鬼大将にも大抵通じるとお考え下さい。

●ルール
「地獄と極楽の盛合わせ」「三途スープ」「阿鼻叫喚の焼き料理」「極楽浄土のデザート」

上記4品すべての料理を、60分以内に、餓鬼大将に振舞うこと。
これさえ守っていただければ、作る料理の数や順番に制限はありません。
1人で複数の料理を作るのも、数人で1つの料理をつくるのも自由です。
プレイングで割かれた字数の多い料理ほど、描写される確率は上がります。

ちなみに、同じ名前でまったく違う料理が出てきても問題はありません。
例えば一口にラーメンといっても、ラーメン、つけ麺、刀削麺、カップラーメンがすべて別物であるように、餓鬼大将もその辺りの事情はちゃんと分かったうえで食べます。

●注意
依頼参加者はテレビ出演者という触れ込みで登場し、ノーカット生放送で放映されます。
餓鬼大将との戦闘行為や度の過ぎた悪ふざけなど、視聴者のクレームを招くような行動は、
F.i.V.E.という組織の評判にも大きく関わるため、相応のリスクを伴うとお考え下さい。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年12月21日

■メイン参加者 8人■

『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『ストレートダッシュ』
斎 義弘(CL2001487)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)


 覚者たちがスタジオに着くと、そこには壺から目覚めた餓鬼大将がいた。
 ディレクターは壁際から8人の姿を確認して、
(FiVEから話は聞いた。後は頼む)
 とボードで伝え、司会者に進行の合図を送る。
「おーっと、今度は正体不明の料理人の登場だ!」
 司会者は目線で頷き、即座に舞台をセット。餓鬼大将の手を取り、ゲスト席へと導いてゆく。
「餓鬼大将さん、どうぞお座り下さい。あの方達が、腕を揮ってくれますよ!」
「おお、楽しみである」
 期待満面といった笑顔の餓鬼大将。それを受けて立つ8人の覚者。
 役者が揃ったスタジオに、軽快なイントロが流れ始めた。


 1品目、「地獄と極楽の盛り合わせ」に挑むのは3名。
「腕によりをかけて作るから、楽しみにしてね!」
 ひよこさんエプロンの男子中学生、『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)。
「わたしたちも……」「美味しい料理を作るからね!」
 そして『中学生』菊坂 結鹿(CL2000432)と『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)の、ホンワカさんとニッコリさんペア。ペアで4品通しての参加だ。
「今日はよろしくお願いします。さて菊坂さん。いったいどんな料理を?」
「はい、司会者さん。それはですね……」
 結鹿が見せたのは、白い大皿に敷き詰めたキャベツの酢漬け――ザワークラウト。
 そこへくし型に切った野菜と果物を、御菓子と一緒に盛り付けていく。
「んんん? これはサラダですか?」
「はい。決め手はこのソースです!」
 御菓子が掲げたのは、ワインレッドのザクロソース。果肉を裏ごしして煮詰めたものだ。
「ザクロは死と再生を司るといわれる果実。それをまぶして、地獄と極楽を表現しました!」
 レードルでソースを注ぎ、花に見立てた、バラのように紅い生ハムを添えれば完成。
「これは期待が持てそうです。餓鬼大将さん、どうですか?」
「は、腹が減ったのである……」
 司会者の言葉などどこへやら、餓鬼大将は先程からテーブルに突っ伏している。
 待つ時間というのは、長い。すきっ腹で料理を待つ時など、殊更だ。
「それがし腹が減って……んんん?」
 と、スタジオ内に溶けたバターの良い香りが漂いはじめ、餓鬼大将の言葉がふと途切れる。
「待ってて、もうすぐ完成だからね!」
 元気な声をかけたのは、熱したフライパンにバターを泳がせる、きせきだった。
 用意したライスとミックス野菜をフライパンに投入し、慣れた手つきでバターに絡ませてゆく。
「こっちも火を通しすぎないように、っと……」
 隣のコンロで同時進行で作るのは、ライスに乗せるスクランブルエッグ。
 卵に牛乳とチーズを混ぜて、半生に仕上げて――
「これで、よしっ!」
 きせきは絶妙のタイミングでスクランブルエッグを取り出し、ケチャップライスに載せた。
「おお……オムライスであるか。それがし、食するのは始めてである」
「残念、これはオムライスじゃないんだ。まあ見ててよ!」
 きせきの言う通り、油を満たした鍋がひとつ、ガス台に手つかずで残っている。
(一度沢山に入れると、油の温度が下がっちゃうって本に書いてあったから、焦らずに……)
 きせきは衣を一滴落として温度を確かめると、エビを一尾ずつ揚げはじめた。
 キツネ色になったエビをオムライスに乗せて、最後にタルタルソースをかければ――
「ハントンライスの完成だー!」
 黄色いオムライスの上にごろりと寝転ぶエビフライは、まさに絶大な視覚のインパクト。
 石川県金沢市で考案された、戦後生まれの洋食だ。
「そんな料理があったとは……楽しみである。是非とも食べたいのである」
「お待ちどうさま! 美味しいよ!」
「はい、わたし達の料理もどうぞ。ゆっくり召し上がってくださいね?」
 きせきと一緒に、結鹿・御菓子ペアもサラダのザクロソースかけをゲスト席に提出した。
「感謝感激である。いただきます、である」
 餓鬼大将は手を合わせ、ハントンライスを匙で削って口に入れた。
 エビ、卵、ケチャップライスのコントラストが美しい。
 次にサラダに手を伸ばし、薔薇の生ハムと、ザクロソースを絡めた野菜を一緒に口へと運ぶ。
「…………」
 餓鬼大将は無言。
 3人の料理を静かに平らげると、天を仰いでぽつりと呟いた。
「感無量である……」
 彼らの「地獄と極楽」を、餓鬼大将は存分に堪能したようだ。
 1品目、クリアー。


 続いて2品目、三途スープ。
 参加するのは結鹿・御菓子ペア、そして――
「この仕事、俺たち流しの料理人が! 引き受けます!」
 三角巾にエプロン姿の中学生、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)。
 その場でくるりと一回転、さわやかスマイルでアイキャッチ。女子力アピールで料理に挑む。
「家の弟子共の賄作るのにおかんに鍛えられとるからな。あたしの女子力見せたるで!」
 そして4人目、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)。
 古流剣術「焔陰流」の継承予定者にして、女子バンドのヴォーカルを務める大学生だ。
「むむむむむ。美味いものを食べたら、ますます腹が減ったのである」
「ええで。ぎょうさん作ったるから楽しみに待っとき」
 そう言って凛が冷蔵庫から取り出したのは、先ほどキッチンで下味をつけたスープだ。
「餓鬼大将。ジャガイモって分かるか? あたしが刻んどった芋のことや」
 言われた餓鬼大将は、記憶を辿ってみた。
 おそらく、凛がバターを溶かした鍋で、刻んだ葱と一緒に炒めていた野菜のことだろう。
 それから彼女はブイヨンとかいう出汁でアクを取り、何やら煮込んでいたが……
「あの芋は地下茎、即ち土葬された人間の象徴や。三途の名に相応しいスープやないか?」
「……うむ、まことにそうであるな」
 餓鬼大将は鷹揚に頷いた。凛が「ジャガイモ」と言ったあたりで「ヤバイ全然分からない」という表情を浮かべていたのは愛嬌ということにして欲しい。
 続いて凛は生クリームと牛乳を冷やしたスープに入れ、混ぜて伸ばしていく。最後に塩と胡椒で味を調えれば、完成は目の前だ。
「そいでこれはな、クルトンいうんや。『クルクル回ってトントン落ちる』が語源らしいで」
 なお正しくはパンの耳を意味するフランス語「croute」が訛ったものだという。ちなみに今回使うのは、舟形に成型した凛の特別製だ。
 冷えた器にスープをよそい、クルトンを乗せる。最後に刻んだパセリを散らせば、冷製スープのヴィシソワーズの完成だ。
「どや、美味そうやろ。これは渡し船でクルクル回って、六文銭を払えず三途の川にトントン落ちて、我先に船に戻ろうと冷たい川でもがき苦しむ、地獄の亡者どもを表した料理なんやで!!」
「な、なんと! それは凄い、まさに食べる芸術である!」
 ちょっぴり出鱈目を織り交ぜる凛の説明に、目を見開いて驚愕する餓鬼大将。
 代わって、隣のキッチンで作業する奏空は――
「うどん屋の両親から仕込まれた黄金出汁で挑みます!」
 沸いた鍋に日高昆布をさっと潜らせ、出してから鰹節を投入。
 表面のアクを丁寧に掬い、ペーパータオルを引いたざるで鍋の汁を漉せば、出汁の完成だ。
「仕上げに三つ葉と花麩をあしらい、お吸い物の完成です!」
 川のほとりの草花を表現したという奏空の一品は、見る者の目を喜ばせてくれる。
 ほんのり湯気が漂う黄金色に、緑と白の組み合わせは、なんとも優雅だ。
「どうです? この黄金色、まさしく極楽浄土に続く三途に流れる川でしょ!」
 奏空はえへんと胸を張りつつ、
(ちゃんと出汁のとり方教わってて良かった~!)
 うどん屋の両親に心の中で感謝した。
 一方の結鹿・御菓子ペアが作ったのは、三種の豆を使ったポタージュスープ。
 浮いているのは、ひよこ豆、茶レンズ豆、枝豆のようだ。
「三途の『途』を、『豆』に置き換えて作ってみました。味はわたし達が保証しますよ?」
「さしずめ名前は『三豆ポタージュ』でしょうか?」
 結鹿と御菓子は、ともに自信満々の表情だ。
「料理が揃ったようです。早速試食といきましょう!」
 司会の言葉とともに、まず餓鬼大将が口をつけたのは、奏空の吸い物。
 三つ葉の香りに頬を綻ばせつつ、一口一口を大事そうに啜る。
「極楽が見えるのである」
 放っておいたら本当に極楽に行ってしまいそうな声で、餓鬼大将は恍惚の笑みを浮かべる。
 塩のみというシンプルな味付けながら、昆布と鰹節の旨みがじんわりと舌に沁みこむ味だ。
 続いて、結鹿・御菓子ペアの三豆ポタージュ。
 こちらはポタージュの表面に、焼き麩が3個2列に並んで浮いている。
「この紋様は三途の川の渡し賃――6文銭をあしらってみました」
「ほう、これはよい」
 焼き麩のクニュっとした歯ごたえに、豆の舌触りのアクセントが心地よい。単なる洒落と馬鹿になど出来ない味だ。
 そしていよいよ、餓鬼大将は最後の皿――凛のヴィシソワーズに手を伸ばした。
「うっ……溺死の前に凍死しそうなスープであるな」
 キンキンに冷えた皿の冷たさに、思わず指を引っ込める餓鬼大将。
「そや。この季節に冷製スープとか、地獄にふさわしいやろ! 冷たいうちに召し上がれ!」
 だが凛の迫力に押し切られ、恐る恐る、匙を手に口を付ける。
「あっ、すすすっごく美味しいのででである」
「餓鬼大将さん。これは、合格とみて良いのでしょうか?」
「よ、よ、良いのである。お、おかわりがないのが残念である」
 寒さのあまり唇を震わせながらも、餓鬼大将は残さず平らげた。胃は口より正直らしかった。
 2品目、クリアー。


「さて、次は『阿鼻叫喚の焼き料理』。はたして――」
 言いかけた司会者の鼻先に漂ってきた香りが、彼の話を止めた。
 ニンニク、生姜、長ネギをラー油で炒めた、鼻腔をくすぐる扇情的な匂いだ。
「『阿鼻叫喚』……酷い名前よね。何で美味しい物にそんな名前を付けるのかしら」
 上半身が隠れそうなほど巨大な中華鍋を、細い腕で火にくべながら揺するのは、赤い髪の女子中学生、『淡雪の歌姫』鈴駆・ありす(CL2001269)だ。
 ありすは不満顔で、豚ひき肉を鍋に投入。熱で蒸発した肉の脂が絡まり、さらにそこへ豆板醤とトウガラシの鼻を突き刺す刺激的な香りがハーモニーとなって加わった。
 嗅いでいるだけで汗が噴出しそうだが、当のありすは平然としたもので、スープと角切りの絹ごし豆腐を黒い中華鍋に入れていく。
「阿鼻叫喚になる料理……と言ったらまあ、コレしかないわよね」
 見るからに美味しそうな料理なのに、彼女の口は尖ったままだ。
 沸かした別鍋にありすが入れたのは、辛味油。ラー油と唐辛子、そして山椒。
 空気までも赤く染めてしまいそうな辛い熱気に、ありすが小さくむせこむ。
「けほっ。これがあるから、嫌なのよね……」
 完成したのは、ありすの得意な中華料理、麻婆豆腐だった。
 出来立てを石鍋に注ぎ、辛味油を上から絡めて焼きつければ――石焼麻婆豆腐の完成だ!
 一方、結鹿・御菓子ペアが用意したのは、水を張った鍋。
 具材は、あさり、白菜、火を通した鶏肉、きのこ、春菊、ネギと、鍋物としてはオーソドックスなものばかり。敷き詰められた具材の真ん中には、握りこぶし大のスペースがぽっかり空いている。
「向日葵さん、これは何の料理ですか?」
「これはですね……結鹿ちゃん、できた?」
 司会者の顔を見上げた御菓子が、姪の結鹿を振り返る。つられて司会者も視線を移すと、
「うん、御菓子お姉ちゃん!」
 彼女が鍋で運んできたのは、なんと石。それも真っ赤に焼けた石だ。
 さっと濡らした石を鍋に放り込むと、たちまち水がぼこぼこ湧き上がり、湯気がたち昇る。
「最後に活きたエビを放り込んで、完成です!」
 2人が作ったのは、水を張った鍋に熱した石を入れ、具を一気に加熱するもの。新潟では「わっぱ煮」で知られる料理だ。活きた具を入れることで、非常な辛苦の中で号泣し、救いを求めるさまを表した――とは、結鹿の言である。
「料理が揃いました。では、試食してみましょう!」
「さあ、熱と辛味の阿鼻叫喚地獄に耐えられるかしら?」
「面白いのである。いただきます、である」
 挑む目つきで見つめるありす。麻婆豆腐に箸を伸ばす餓鬼大将。
「む! むむむむむ」
 ひと口食べた餓鬼大将の顔が、トマトのように真っ赤になった。
「辛さと美味さと熱さが一度に押し寄せるのである。辛いのであるー!!」
「寒くなったり、熱くなったり、忙しいヒトね。でも、ありがと」
 まんざらでもない表情で呟くありす。
 次は結鹿・御菓子の皿だ。ほんのり赤いエビを口に放り込み、餓鬼大将の頬が綻ぶ。
 どの食材も中まで熱が通っていて、噛み締めれば確かな風味がしみ出てくる。
「うむ、海の幸と山の幸の阿鼻叫喚が聞こえるようである」
 心底幸せといった顔で、餓鬼大将が息を吐いた。
 3品目、クリアー。


 続いて4品目、極楽浄土のデザート。これに挑むのは――
「さて、始めるとしようか」
 甘味処の従業員、斎 義弘(CL2001487)。
「ふふ、なんだか面白い方が封印されてたのですね」
 黒髪の女子高生、『深緑』十夜 八重(CL2000122)。
 そして結鹿と御菓子の計4名だ。
「十分に力を尽くし、餓鬼大将にあったまってもらおう」
 カメラに映った義弘が鍋から取り出したのは、火を通した小豆だった。
「最近はめっきり寒くなってきたからな。温かいものでも食べて、心も体もほっこりさせたいよな」
 義弘は細心の注意を払いつつ、砂糖と蜂蜜で味をつけていく。
 小豆は、日本料理の甘味材料を代表する素材のひとつで、とても繊細な甘みを持つ。百人が作れば全て違う味になると言われるほどだ。
「こっちも、焼けたようだ」
 遠火で炙った餅を取り、椀によそった小豆汁にそっと乗せる。
 ふくれた胃袋を優しく撫でるような、〆にふさわしい一品。ぜんざいの完成だ。
「おっと、どうやら残る2組の料理も完成したようです」
「おや? あれは一体なんであるか?」
 八重と御菓子が運んできた銀のドームに、餓鬼大将は注目した。
 目を引くのは、八重のトレイに乗った食器。それは、箒ほどもある長さのスプーンだ。
「とうとう最後の料理が出揃いました。まずは、十夜さんの料理から!」
「はい。私が作ったのは、これです!」
 ドームをサッと除けた皿には、スコップケーキのフルーツ乗せ。
 四季をあしらったフルーツゼリーが表面に並び、曼荼羅模様のクリームの上では、金箔がきらきら光っている。
「ビワ、スイカ、梨、蜜柑……これは美味そうである。早速――」
「あっ、ちょっと待って下さい」
 ケーキに匙を伸ばす餓鬼大将を、八重が止めた。
「これで食べて欲しいのです」
 そう言って八重は、長い匙をケーキに突き刺し、餓鬼大将の口へ運んだ。
「極楽では、長いお箸でお互いに食べさせあうと聞きました。……というわけで」
 八重は、ケーキを掬った匙を、餓鬼大将の口に寄せた。
「はい、あーんなのです」
「え……い、いや、ちょっと恥ずかし……」
「あーん、ですよ?」
「うっ……あ、あーん、である」
 真っ赤になりつつも、餓鬼大将はケーキを残らず食べた。まろやかな口溶けのクリームに、ゼリーとフルーツの歯応えが加わり、自然に笑顔になってしまう。控えめに言って最高の味だ。
 一方、結鹿・御菓子ペア。
 銀のドームが外されたそこには、さらに小さな白いドームがあった。
 光を反射して輝くそれは、氷。ドーム表面には、クコやベリー、パインに粒餡が宝石のようにちりばめられ、頂上にはクルミが乗っている。
「全部かき混ぜて食べてみてください。口の中で色んな味が広がりますよ」
「ほう。どれどれである」
 御菓子の言葉に従い、餓鬼大将がドームを崩すと、中から白いプリンが出てきた。
 さっそく、かき氷やフルーツと一緒に、ぱくりと食べる。
「これは極楽である……」
 両手で数えきれない材料をそのまま用いているにも関わらず、どの味も明確に区別できる。
 味覚、触覚、視覚、嗅覚。全てを満足させてくれる、素晴らしい料理だ。
 そして餓鬼大将が最後に取ったのは、義弘のぜんざい。
 きつね色に焦げた餅をかじりつつ、小豆の汁をすする。
「良い小豆である。餅も良い。昔を思い出すのである」
 食べ終えるのを惜しむように、ゆっくりとぜんざいを飲み干すと、
「美味しかったのである。ご馳走様である」
 餓鬼大将は微笑んだ。心のこもった料理で、身も心も満たされた者の顔だ。
 義弘もそれに、笑顔で返した。
「お粗末さまでした」
 4品目、クリアー。


「ありがとう人間。腹一杯である」
「礼には及ばないわ。それより、食後の食休みも大事よ」
 手を合わせる餓鬼大将にありすが返すと、奏空が壷を担いでやってきた。
「こんな場所じゃ落ち着かないでしょ。この中で休みなよ」
「おお、何から何までかたじけないのである」
「ええよ気にせんで。ほら、はよ入り」
「では、失礼するのである」
 そう言って餓鬼大将が壺に入ると、きせきが蓋に手をかけて、
「じゃ、おやすみ」
 ボン! 派手な音と共に、壷は再び封印された。
「ふう。何とか間に合ったな」
 義弘がスタジオの時計を見上げると、残り時間は1分もなかった。
 餓鬼大将の封印完了。番組も盛り上がり、十分に成功と言える成果だ。
「お疲れ様です。では、壺はお預かりします」
 番組終了と同時に、FiVEの専属チームが餓鬼大将の壷を運び出してゆく。
(古妖さん、さようなら。また封印が解かれる頃に、お料理をご馳走しますね)
 仲間と共に壷を見送りながら、八重はそっと餓鬼大将に手を振った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

シナリオ参加、お疲れさまでした。
皆さんの活躍によって餓鬼大将は再び封印され、眠りにつきました。
スタジオも潰れずに済み、不幸な未来は回避できたようです。

今回の料理はどれも甲乙つけがたく、MVPの選定には非常に悩みましたが、
「料理をどう振舞うか」の観点がユニークだった、十夜 八重(CL2000122)さんに。




 
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