人形
●
いつから人がいないのか、荒れ果てた廃屋の片隅にそれはあった。
雑草が生えた畳の上にごろりと転がったぼろぼろの人形が二体。
兄弟のように並べられていたのか寄り添うように転がっている。
肌はひび割れて所々欠け落ち、身に着けた鎧兜も元の華やかさは見る影もない。
腐った棚から落ちた拍子にガラスケースが壊れ投げ出された姿は何とも憐れだった。
いずれ更に朽ちて崩れて行くだろう己の不遇を嘆いたのか。
それとも置き去りにした者を恨んだか。
ぎしりぎしりと軋みながら、動くように作られていないはずの小さな手が傍らの武器を掴んだ。
●
「人形には魂が宿ると言いますが、大変なものが宿ってしまうようです」
久方 真由美(nCL2000003)は自分の手元にある資料を広げて呟く。
「妖の依代になるのはある廃屋にある人形です」
住宅街の片隅。長い間放置されて家も庭も荒れ放題。古い平屋建ての一軒家で玄関から続く廊下の先に居間があり、妖となった人形はそこにいる。
付近の住民は廃屋の事も中に人形がある事も知っているが、わざわざ入って行く理由もないのでこれまでは問題になっていなかった。
「今はまだ被害が出ていませんが、近い内にその人形を見に行こうと人が来ます。犠牲者が出る前にこの妖を退治して下さい」
廃屋がある住宅街は昼間何かと人目があるので廃屋に侵入しようとしても止められてしまうだろう。人気のない夜に現場に向かう事になる。
「扉も窓も壊れてしまっているので居間に繋がる廊下には簡単に侵入できます。屋内に灯りになる物はありません。こちらで用意する必要がありますね」
入ってから廊下をすすめばすぐに居間に着く。居間の襖を開けて中に入ったら戦闘になるだろう。
「人形は二体います。大きさはこれくらいでしょうか」
真由美は資料を綴じているA4サイズのファイルを示す。
「現場は廃屋ですが、隣は住人がいる民家なのであまり派手に周囲を壊さないように気を付けてくださいね」
廃屋の方は多少崩れても古かったからで済むかも知れないが、周囲の民家にまで被害が出てしまっては非常にまずい。
「最後に、皆さんも怪我に気をつけて行って来て下さい。よろしくお願いします」
いつから人がいないのか、荒れ果てた廃屋の片隅にそれはあった。
雑草が生えた畳の上にごろりと転がったぼろぼろの人形が二体。
兄弟のように並べられていたのか寄り添うように転がっている。
肌はひび割れて所々欠け落ち、身に着けた鎧兜も元の華やかさは見る影もない。
腐った棚から落ちた拍子にガラスケースが壊れ投げ出された姿は何とも憐れだった。
いずれ更に朽ちて崩れて行くだろう己の不遇を嘆いたのか。
それとも置き去りにした者を恨んだか。
ぎしりぎしりと軋みながら、動くように作られていないはずの小さな手が傍らの武器を掴んだ。
●
「人形には魂が宿ると言いますが、大変なものが宿ってしまうようです」
久方 真由美(nCL2000003)は自分の手元にある資料を広げて呟く。
「妖の依代になるのはある廃屋にある人形です」
住宅街の片隅。長い間放置されて家も庭も荒れ放題。古い平屋建ての一軒家で玄関から続く廊下の先に居間があり、妖となった人形はそこにいる。
付近の住民は廃屋の事も中に人形がある事も知っているが、わざわざ入って行く理由もないのでこれまでは問題になっていなかった。
「今はまだ被害が出ていませんが、近い内にその人形を見に行こうと人が来ます。犠牲者が出る前にこの妖を退治して下さい」
廃屋がある住宅街は昼間何かと人目があるので廃屋に侵入しようとしても止められてしまうだろう。人気のない夜に現場に向かう事になる。
「扉も窓も壊れてしまっているので居間に繋がる廊下には簡単に侵入できます。屋内に灯りになる物はありません。こちらで用意する必要がありますね」
入ってから廊下をすすめばすぐに居間に着く。居間の襖を開けて中に入ったら戦闘になるだろう。
「人形は二体います。大きさはこれくらいでしょうか」
真由美は資料を綴じているA4サイズのファイルを示す。
「現場は廃屋ですが、隣は住人がいる民家なのであまり派手に周囲を壊さないように気を付けてくださいね」
廃屋の方は多少崩れても古かったからで済むかも知れないが、周囲の民家にまで被害が出てしまっては非常にまずい。
「最後に、皆さんも怪我に気をつけて行って来て下さい。よろしくお願いします」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖二体の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
ST業は初となります。よろしくお願いします。
もう九月に入り秋の虫も鳴き始めましたが、肝試し代わりにいかがでしょう。
●場所
廃屋になった日本家屋です。周りはぐるりと雑草の庭と成人男性の肩上くらいのブロック塀で囲まれ隣の民家とは2メートルほど離れています。
時間帯は夜。廃屋なので電気は通っておらず、居間には外からの光もろくに入ってきません。
ちなみに灯りがなくても妖には関係ないようです。
居間は広めで足場も戦闘に問題はありません。
●妖
物質系ランク(1)
鎧兜を着た男の子の人形が二体。どちらも鎧兜を装備しており防御が高めです。
居間に人が入ると動き出し刀人形が前衛、弓人形が後衛を務めます。
前衛と後衛に分かれますが二体の防御力は同じです。
大きさは高さ30センチほど。小さいですが空中を浮いて攻撃してくるので、視点の高さは自分達と同じくらいだと思って下さい。
●スキル構成
刀人形
斬撃(近単体。刀で斬りつける)
刺突(近単体。刀を構え体ごと突撃してくる。斬撃よりダメージ高め)
弓人形
狙い撃ち(遠単体。矢の射撃属性攻撃。命中高め)
速射(遠単体。矢の射撃属性二連撃)
情報は以上になります。
皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月20日
2015年09月20日
■メイン参加者 8人■

●廃屋
昼間は散歩する人や目的地に向かう人が行き交う道も、深夜になるとしんと静まり返っている。
その静寂の中、一種異様な雰囲気を漂わせる廃屋があった。
当時は黒光りしていたであろう瓦屋根。白く輝いていただろう漆喰の壁。奥の方には濡れ縁があるのも見て取れる。そのすべてが古びて朽ちるままにされているのが何とも物悲しい。
「これはなかなか雰囲気出てるね、悪くない」
窓は曇って割れ、表面の塗装が剥落した壁や歪んだ屋根の穴から雑草が伸びている廃屋の有様に指崎 まこと(CL20000087)が思わずと言った風にこぼす。別の依頼で負った傷が治り切っておらず、それが気になるのか体に手を当てていた。
「廃屋の住人は何故人形を置いて行ったんだろうね。死んだのか、夜逃げしたのか。一体どんな人生を送ったのかな?」
家の構えを見ればそれなりにいい暮らしをしていたように思える。シャロン・ステイシー(CL2000736)はここにいた住人の事を考えた。こんな風に家を捨て、鎧兜を着た人形などと言うそれなりに値の張る物を置いて行く理由はなんだったのだろう。
「この中に入って日本人形の妖とご対面か。季節外れの肝試し、だねえ」
「気味悪いですが被害が出る前に、っていうならしょうがねーですね」
どことなく興味を示すような白部 シキ(DL2000399)とは逆に嫌そうな雰囲気を漂わせるのは風織 紡(CL2000764)。そんな二人の隣、十一 零(CL2000001)は廃墟に置き去りにされた人形に何か感じる事があるのか、ぼんやりとした風情で何かを考えているようだった。
「何が人形たちを駆り立てているんだろうな」
人形には魂が宿ると言われている。打ち捨てられた廃屋を目にした事でこんな中に置き去りにされた人形にそれぞれ感じるものがあるのだろう。
坂上 壊良(CL2000523)の言葉に加茂 たまき(CL20000994)も顔を曇らせる。
「今回は、お人形の寂しい気持ちに妖が憑りついたのでしょうね……。心持ち一つ……人の時と一緒ですね……」
「だが、人形であるなら存在意義とは殺すためにあらず」
凛とした口調で一色 満月(CL2000044)が言う。人形は人間と遊んでこそ人形であろう。妖として死ぬよりも、物として戻った方が良かろうと。
その時かたりと物音がした。もしや人形が動いたのかと身構えた覚者達の前で、玄関の扉がわずかに開いていた。最初から傾いて隙間が空いていたのは全員が目にしていたのだが、まるで中にいるものが入って来いと迎え入れるかのようにも見えた。
「さて、それじゃ皆、心の準備はいいかい?季節外れの肝試し、いざ挑戦と行きましょう」
まことが少しおもしろがるような声音で言い、マイナスイオンを使って緊張や恐怖を和らげようとする。それを合図に覚者達は廃屋へ入って行った。
●人形の住処
廃屋の中は月の光さえ入っておらず、まさに一寸先は闇といった具合だ。
「猛れ、りょうおー。天下に光明を与えるのは我らが武勇よ!」
壊良が守護使役のりょうおーに呼びかけともしびを使う。照らし出された屋内はそれでも薄暗く、暗い色の床の様子は更に見にくい。それに気づいた他の面子も各々が準備した懐中電灯や守護使役などで対応し、所々穴が開いた床や垂れ下がった蜘蛛の巣などを避けながら進んで行く。
奥へと近付くにつれ肌をぞわぞわとさせる感覚が強くなり、間違いなく人形はこの先にいると伝えていた。
そう歩かない内に、表面がボロボロに破れた襖に突き当たる。覚者達は視線を交わし、前衛が先に襖を開けて注意深く中の様子を窺う。襖の先は雑草が生えた畳敷きの広い部屋。ここが居間だろうと人形を探すが、見える範囲にはいない。
「中に入るとしよう。皆気を付けろ」
入口付近でじっとしていても埒があかぬと武器を構えた満月が中に入り、続く覚者も覚醒姿となって居間に突入する。
ぎしり。ぎしり。
最後尾の覚者が足を踏み入れた瞬間、待っていたとでも言いたげに軋んだ音が覚者達を出迎えた。
音がした方に身構えると、そこには宙に浮いた二体の人形。
ふっくらとしたあどけない顔立ちは瓜二つ。身に纏った鎧兜も同じ作りで、手に持った武器が刀か弓かの違いがあるだけだった。しかし華やかさはとうに失われ肌はひび割れ剥落し、鎧兜も着物も色褪せて毛羽立ち、弓を持った人形などは顔の半分が落ちてなくなっている。
なんとも憐れな姿であるが、覚者達を前に武器を構える姿には言いようのない不気味な気配を漂わせ、覚者達に向けられた武器には明らかな敵意があった。
●置き去りの人形
「! やっぱり気味悪いです!!! 早くぶっ倒すです!!」
真っ先に反応したのは紡だった。ぬいぐるみ好きの彼女は鎧兜を纏った人形はお気に召さないようで、前に出てきた刀人形に力いっぱい雷叩き込んだ。
ぐらりと揺れる刀人形。しかし、鎧兜が威力を減じたのか刀をしっかりと構える姿勢は崩れない
「なかなか堅いようだね。あまり長引くのは好ましくないのだが」
シャロンが演武・清風を舞い、覚者達の身体能力を上げる。夜も更け近所の住民も眠っている時間。長々と戦っていては目を覚ます者もいるかも知れない。
「それは同感だね。あんまり大騒ぎして廃屋が大きく崩れても支障がある」
五織の彩が刀人形の体を揺らして後退させる。しかし、刀人形はすぐさま体勢を立て直して攻撃に移る。その際にひび割れた顔からぱらりと欠片が落ちた。
「捨てられ、忘れ去られるというのは虚しいものだね」
結果朽ちて行くしかなかった人形の妖に、零は自分の忘れてきた記憶を思う。
だが、まあいいかと覚醒した影響か意識はすぐに切り替わる。任務対象になった以上滅すのみ。
「大人しくしてなよ」
零の召雷が刀人形を撃つ。びしりと音を立て鎧の直垂が一部はじけ飛んだが、刀人形は揺るがない。
幼い外見ながらも武士の風情を持った人形に、満月が口を開く。醒の炎により活性化した黒い炎が立ち上る姿でありながら、その心の内には人形に対する想いがあった。
「雄々しきもののふよ、遊んでやろう。遠慮なく、思いをぶつけてくるがいい」
妖が宿った人形であっても男の子。子供と遊びに来ただけだ。例えそれが恨みにより人を傷付けるものであったとしても。
「暫くふたりぼっちで寂しかっただろうにの」
元の持ち主を恨んでくれるな、恨みが収まらぬのなら全部受け止めてやろう。
その思いが伝わったわけでもないだろうが、刀人形に続き弓人形が動き出す。引き絞られた弓から放たれた矢は正確に満月を狙い撃つ。
「まだ大丈夫そうですね」
たまきは自身に強化を掛けた後いつでも補助できるように味方の様子を窺っていたが、これなら大丈夫と前衛に出て琴桜による攻撃を行っていた。
刀人形と弓人形の攻撃力はそれなりにあるがあまり素早いわけでないらしく、数も多い覚者達を圧倒するほどではない。
「僕も攻撃に加わろうか」
同じくこれなら大丈夫だろうと自分の体の具合と相談していたまことも刀人形を狙ってエアブリットを放つ。集中攻撃を受けている刀人形だが、なかなかにしぶとい。そして刀人形が攻撃を受けている分、弓人形はお返しとばかりに前衛を狙い撃ち、攻防は続いている。
壊良は考える。何が人形たちを駆り立てているのかと。放置されていた無念か別の意図があるのか。どちらにせよ割り切れぬものを抱えたまま消えたくないだろう。
「妖だろうが向けられた想いを担いで進むのがオレの道。しゃべれねえなら、剣で語れ。弓で語れ。それが武に生きるって事だ」
超視力で強化された視線が刀人形の動きを捉える。小さいながら十分な威力を持った袈裟懸けの斬撃をいなして掻い潜った。
「返す刀で燕を斬り落としたってな剣豪の話も聞くが……模倣してみようかッ!」
放たれた飛燕は刀人形の脇腹を薙いで確かなダメージを与えた。それでも刀人形はぐらりと揺らぐだけで決して構えを崩さない。逆に壊良をその場に留めるような姿勢を見せる。
そこに追撃を仕掛けようとした壊良の背中に向けて風を切る音。刀人形が攻撃を受けて立ち位置をずらすのに合わせ、ひそかに移動していた弓人形が放った矢の二連撃だ。
咄嗟に身をひねったものの、連続で突き刺さる矢に壊良の表情が歪む。
「まだまだ!」
矢を引き抜いて構える壊良。刀人形も集中攻撃を受けて深くひびが入った腕で刀を構え、突きの体勢に入った。
「隙ありだね」
人形の予備動作を見逃さずシキが刀人形に攻撃を加える。
びしりと大きな音が入ってついに片腕が落ちるが、残った腕で刀を支えて突撃する刀人形。しかし素早く走り込んだ満月によって攻撃は防がれ、動きが止まる。
「お返し」
「さっさと成仏しやがれです!」
そこに零と紡の召雷が炸裂。兜が割れてはじけ飛び、刀人形の本体もふるりと震えたかと思うと真っ二つになった兜と一緒に畳の上に転がった。
「まず一体」
刀人形を失い今度は自身が集中攻撃を受ける番となったが、落ちた刀人形の分とでも言うのか、弓人形はどれほど攻撃を受けても弓を引く動作を止めようとしない。
「くっ、こっちを狙ってきたか」
弓人形の狙い撃ちを受けたまことが傷を抑える。負傷が治りきっていない体にはなかなか堪える一撃だった。
「まことさん、無理しないでくださいね」
「そうだね。気を付けるよ」
たまきの蒼鋼壁を受け、まことはちょっと苦笑する。他の覚者の方も少しずつ負傷が増えていったが、八人ともまだ余裕があると言えた。
数が多い分攻撃が分散し補助能力も十分な覚者達とは違い、攻撃一辺倒な上に一体しかいない弓人形では勝負は見えていたようなものだった。
元々刀人形より破損の度合いが酷かった弓人形。たまきの攻撃で肩口の鎧がごっそりと取れ、シキの攻撃で足が落ちた。半分割れていた顔などもはや左目しか残っていない有様である。
「もう、止めにしないか?お主らの手は、人間を傷つける為にあるのではないぞ!」
満月の呼びかけに、ぎしりと弓人形の腕が軋む。単に傷ついて木製の体の軋みが酷くなったのだろうが、攻撃を躊躇ったかのようにも思えた。しかし、弓人形は止まらない。
「よく粘ったね。でも、これで終わりだよ」
矢が放たれるより先にシャロンの召雷が弓人形を撃つ。奇しくも刀人形と同じ技がとどめとなった。
弓人形は少しばかり宙をふらふらと漂い、糸が切れたかのように畳の上に落ちる。反動で二度三度と転がった先には動かなくなった刀人形。
こつん。と、ぶつかる小さな音を最後に、廃屋の居間に静寂が戻る。
宿った妖は消え去り、動く人形はただの壊れた人形に戻ったのだ。
●人形の結末
「結構ばらばらになっちゃったね」
人形が動かないのを確認し、まことは散らばった人形や鎧兜の破片を拾い集めた。弓人形から落ちたと思われる顔の破片を拾ったシャロンと零も、これは戻るまいとまことの集めた分に加える。
「残骸の方は庭にうめようか?」
「それもいいが、きちんと供養寺にでも持って行って供養してやりたいな」
壊良の提案にそれもそうかと言う思いになる。何しろ妖が宿っていた人形なのだ。仕方ないとは言え、自分たちで更に壊してしまった事もあった。
「できたら直せる所は直してあげたかったんですが」
残念そうなたまきは真っ二つになった兜を拾っていた。紡は「……怖くなんかねーですよ」と呟きつつ落ちた片足を拾ってくる。
そうして集まった破片を、刀人形と弓人形の本体を抱えた満月が俺が引き取ろうと手を差し出した。シキはそれを見て問いかける。
「持って帰るのかい?」
「ああ。俺の姉は手先が器用でな、きっと戻してくれる」
一緒においで、歓迎するさ。
満月が人形を抱えたのを見て、まことは持っていた布を差し出して丁寧にくるんだ。
「よし、じゃあファミレスで打ち上げしようか。僕の奢りだよ」
少ししんみりした空気を明るするように言うと、他の面子も表情を和らげて廃屋を後にする。
やがて覚者達の姿が夜道に消えて再び誰もいなくなった廃屋は、捨てられたものの寂しげな風情を晒しながらひっそりと夜風に吹かれていた。
昼間は散歩する人や目的地に向かう人が行き交う道も、深夜になるとしんと静まり返っている。
その静寂の中、一種異様な雰囲気を漂わせる廃屋があった。
当時は黒光りしていたであろう瓦屋根。白く輝いていただろう漆喰の壁。奥の方には濡れ縁があるのも見て取れる。そのすべてが古びて朽ちるままにされているのが何とも物悲しい。
「これはなかなか雰囲気出てるね、悪くない」
窓は曇って割れ、表面の塗装が剥落した壁や歪んだ屋根の穴から雑草が伸びている廃屋の有様に指崎 まこと(CL20000087)が思わずと言った風にこぼす。別の依頼で負った傷が治り切っておらず、それが気になるのか体に手を当てていた。
「廃屋の住人は何故人形を置いて行ったんだろうね。死んだのか、夜逃げしたのか。一体どんな人生を送ったのかな?」
家の構えを見ればそれなりにいい暮らしをしていたように思える。シャロン・ステイシー(CL2000736)はここにいた住人の事を考えた。こんな風に家を捨て、鎧兜を着た人形などと言うそれなりに値の張る物を置いて行く理由はなんだったのだろう。
「この中に入って日本人形の妖とご対面か。季節外れの肝試し、だねえ」
「気味悪いですが被害が出る前に、っていうならしょうがねーですね」
どことなく興味を示すような白部 シキ(DL2000399)とは逆に嫌そうな雰囲気を漂わせるのは風織 紡(CL2000764)。そんな二人の隣、十一 零(CL2000001)は廃墟に置き去りにされた人形に何か感じる事があるのか、ぼんやりとした風情で何かを考えているようだった。
「何が人形たちを駆り立てているんだろうな」
人形には魂が宿ると言われている。打ち捨てられた廃屋を目にした事でこんな中に置き去りにされた人形にそれぞれ感じるものがあるのだろう。
坂上 壊良(CL2000523)の言葉に加茂 たまき(CL20000994)も顔を曇らせる。
「今回は、お人形の寂しい気持ちに妖が憑りついたのでしょうね……。心持ち一つ……人の時と一緒ですね……」
「だが、人形であるなら存在意義とは殺すためにあらず」
凛とした口調で一色 満月(CL2000044)が言う。人形は人間と遊んでこそ人形であろう。妖として死ぬよりも、物として戻った方が良かろうと。
その時かたりと物音がした。もしや人形が動いたのかと身構えた覚者達の前で、玄関の扉がわずかに開いていた。最初から傾いて隙間が空いていたのは全員が目にしていたのだが、まるで中にいるものが入って来いと迎え入れるかのようにも見えた。
「さて、それじゃ皆、心の準備はいいかい?季節外れの肝試し、いざ挑戦と行きましょう」
まことが少しおもしろがるような声音で言い、マイナスイオンを使って緊張や恐怖を和らげようとする。それを合図に覚者達は廃屋へ入って行った。
●人形の住処
廃屋の中は月の光さえ入っておらず、まさに一寸先は闇といった具合だ。
「猛れ、りょうおー。天下に光明を与えるのは我らが武勇よ!」
壊良が守護使役のりょうおーに呼びかけともしびを使う。照らし出された屋内はそれでも薄暗く、暗い色の床の様子は更に見にくい。それに気づいた他の面子も各々が準備した懐中電灯や守護使役などで対応し、所々穴が開いた床や垂れ下がった蜘蛛の巣などを避けながら進んで行く。
奥へと近付くにつれ肌をぞわぞわとさせる感覚が強くなり、間違いなく人形はこの先にいると伝えていた。
そう歩かない内に、表面がボロボロに破れた襖に突き当たる。覚者達は視線を交わし、前衛が先に襖を開けて注意深く中の様子を窺う。襖の先は雑草が生えた畳敷きの広い部屋。ここが居間だろうと人形を探すが、見える範囲にはいない。
「中に入るとしよう。皆気を付けろ」
入口付近でじっとしていても埒があかぬと武器を構えた満月が中に入り、続く覚者も覚醒姿となって居間に突入する。
ぎしり。ぎしり。
最後尾の覚者が足を踏み入れた瞬間、待っていたとでも言いたげに軋んだ音が覚者達を出迎えた。
音がした方に身構えると、そこには宙に浮いた二体の人形。
ふっくらとしたあどけない顔立ちは瓜二つ。身に纏った鎧兜も同じ作りで、手に持った武器が刀か弓かの違いがあるだけだった。しかし華やかさはとうに失われ肌はひび割れ剥落し、鎧兜も着物も色褪せて毛羽立ち、弓を持った人形などは顔の半分が落ちてなくなっている。
なんとも憐れな姿であるが、覚者達を前に武器を構える姿には言いようのない不気味な気配を漂わせ、覚者達に向けられた武器には明らかな敵意があった。
●置き去りの人形
「! やっぱり気味悪いです!!! 早くぶっ倒すです!!」
真っ先に反応したのは紡だった。ぬいぐるみ好きの彼女は鎧兜を纏った人形はお気に召さないようで、前に出てきた刀人形に力いっぱい雷叩き込んだ。
ぐらりと揺れる刀人形。しかし、鎧兜が威力を減じたのか刀をしっかりと構える姿勢は崩れない
「なかなか堅いようだね。あまり長引くのは好ましくないのだが」
シャロンが演武・清風を舞い、覚者達の身体能力を上げる。夜も更け近所の住民も眠っている時間。長々と戦っていては目を覚ます者もいるかも知れない。
「それは同感だね。あんまり大騒ぎして廃屋が大きく崩れても支障がある」
五織の彩が刀人形の体を揺らして後退させる。しかし、刀人形はすぐさま体勢を立て直して攻撃に移る。その際にひび割れた顔からぱらりと欠片が落ちた。
「捨てられ、忘れ去られるというのは虚しいものだね」
結果朽ちて行くしかなかった人形の妖に、零は自分の忘れてきた記憶を思う。
だが、まあいいかと覚醒した影響か意識はすぐに切り替わる。任務対象になった以上滅すのみ。
「大人しくしてなよ」
零の召雷が刀人形を撃つ。びしりと音を立て鎧の直垂が一部はじけ飛んだが、刀人形は揺るがない。
幼い外見ながらも武士の風情を持った人形に、満月が口を開く。醒の炎により活性化した黒い炎が立ち上る姿でありながら、その心の内には人形に対する想いがあった。
「雄々しきもののふよ、遊んでやろう。遠慮なく、思いをぶつけてくるがいい」
妖が宿った人形であっても男の子。子供と遊びに来ただけだ。例えそれが恨みにより人を傷付けるものであったとしても。
「暫くふたりぼっちで寂しかっただろうにの」
元の持ち主を恨んでくれるな、恨みが収まらぬのなら全部受け止めてやろう。
その思いが伝わったわけでもないだろうが、刀人形に続き弓人形が動き出す。引き絞られた弓から放たれた矢は正確に満月を狙い撃つ。
「まだ大丈夫そうですね」
たまきは自身に強化を掛けた後いつでも補助できるように味方の様子を窺っていたが、これなら大丈夫と前衛に出て琴桜による攻撃を行っていた。
刀人形と弓人形の攻撃力はそれなりにあるがあまり素早いわけでないらしく、数も多い覚者達を圧倒するほどではない。
「僕も攻撃に加わろうか」
同じくこれなら大丈夫だろうと自分の体の具合と相談していたまことも刀人形を狙ってエアブリットを放つ。集中攻撃を受けている刀人形だが、なかなかにしぶとい。そして刀人形が攻撃を受けている分、弓人形はお返しとばかりに前衛を狙い撃ち、攻防は続いている。
壊良は考える。何が人形たちを駆り立てているのかと。放置されていた無念か別の意図があるのか。どちらにせよ割り切れぬものを抱えたまま消えたくないだろう。
「妖だろうが向けられた想いを担いで進むのがオレの道。しゃべれねえなら、剣で語れ。弓で語れ。それが武に生きるって事だ」
超視力で強化された視線が刀人形の動きを捉える。小さいながら十分な威力を持った袈裟懸けの斬撃をいなして掻い潜った。
「返す刀で燕を斬り落としたってな剣豪の話も聞くが……模倣してみようかッ!」
放たれた飛燕は刀人形の脇腹を薙いで確かなダメージを与えた。それでも刀人形はぐらりと揺らぐだけで決して構えを崩さない。逆に壊良をその場に留めるような姿勢を見せる。
そこに追撃を仕掛けようとした壊良の背中に向けて風を切る音。刀人形が攻撃を受けて立ち位置をずらすのに合わせ、ひそかに移動していた弓人形が放った矢の二連撃だ。
咄嗟に身をひねったものの、連続で突き刺さる矢に壊良の表情が歪む。
「まだまだ!」
矢を引き抜いて構える壊良。刀人形も集中攻撃を受けて深くひびが入った腕で刀を構え、突きの体勢に入った。
「隙ありだね」
人形の予備動作を見逃さずシキが刀人形に攻撃を加える。
びしりと大きな音が入ってついに片腕が落ちるが、残った腕で刀を支えて突撃する刀人形。しかし素早く走り込んだ満月によって攻撃は防がれ、動きが止まる。
「お返し」
「さっさと成仏しやがれです!」
そこに零と紡の召雷が炸裂。兜が割れてはじけ飛び、刀人形の本体もふるりと震えたかと思うと真っ二つになった兜と一緒に畳の上に転がった。
「まず一体」
刀人形を失い今度は自身が集中攻撃を受ける番となったが、落ちた刀人形の分とでも言うのか、弓人形はどれほど攻撃を受けても弓を引く動作を止めようとしない。
「くっ、こっちを狙ってきたか」
弓人形の狙い撃ちを受けたまことが傷を抑える。負傷が治りきっていない体にはなかなか堪える一撃だった。
「まことさん、無理しないでくださいね」
「そうだね。気を付けるよ」
たまきの蒼鋼壁を受け、まことはちょっと苦笑する。他の覚者の方も少しずつ負傷が増えていったが、八人ともまだ余裕があると言えた。
数が多い分攻撃が分散し補助能力も十分な覚者達とは違い、攻撃一辺倒な上に一体しかいない弓人形では勝負は見えていたようなものだった。
元々刀人形より破損の度合いが酷かった弓人形。たまきの攻撃で肩口の鎧がごっそりと取れ、シキの攻撃で足が落ちた。半分割れていた顔などもはや左目しか残っていない有様である。
「もう、止めにしないか?お主らの手は、人間を傷つける為にあるのではないぞ!」
満月の呼びかけに、ぎしりと弓人形の腕が軋む。単に傷ついて木製の体の軋みが酷くなったのだろうが、攻撃を躊躇ったかのようにも思えた。しかし、弓人形は止まらない。
「よく粘ったね。でも、これで終わりだよ」
矢が放たれるより先にシャロンの召雷が弓人形を撃つ。奇しくも刀人形と同じ技がとどめとなった。
弓人形は少しばかり宙をふらふらと漂い、糸が切れたかのように畳の上に落ちる。反動で二度三度と転がった先には動かなくなった刀人形。
こつん。と、ぶつかる小さな音を最後に、廃屋の居間に静寂が戻る。
宿った妖は消え去り、動く人形はただの壊れた人形に戻ったのだ。
●人形の結末
「結構ばらばらになっちゃったね」
人形が動かないのを確認し、まことは散らばった人形や鎧兜の破片を拾い集めた。弓人形から落ちたと思われる顔の破片を拾ったシャロンと零も、これは戻るまいとまことの集めた分に加える。
「残骸の方は庭にうめようか?」
「それもいいが、きちんと供養寺にでも持って行って供養してやりたいな」
壊良の提案にそれもそうかと言う思いになる。何しろ妖が宿っていた人形なのだ。仕方ないとは言え、自分たちで更に壊してしまった事もあった。
「できたら直せる所は直してあげたかったんですが」
残念そうなたまきは真っ二つになった兜を拾っていた。紡は「……怖くなんかねーですよ」と呟きつつ落ちた片足を拾ってくる。
そうして集まった破片を、刀人形と弓人形の本体を抱えた満月が俺が引き取ろうと手を差し出した。シキはそれを見て問いかける。
「持って帰るのかい?」
「ああ。俺の姉は手先が器用でな、きっと戻してくれる」
一緒においで、歓迎するさ。
満月が人形を抱えたのを見て、まことは持っていた布を差し出して丁寧にくるんだ。
「よし、じゃあファミレスで打ち上げしようか。僕の奢りだよ」
少ししんみりした空気を明るするように言うと、他の面子も表情を和らげて廃屋を後にする。
やがて覚者達の姿が夜道に消えて再び誰もいなくなった廃屋は、捨てられたものの寂しげな風情を晒しながらひっそりと夜風に吹かれていた。
